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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年5月・星見市その9 『Mの視線/佐伯遙子が惑う理由』


……ほんと、恭文さんがここに住んでいなくてよかった。早坂さん、まだ一緒の部屋がいいなぁーとか言いながら、荷物を運び込んでいたし。

まぁその恭文さんもひな……もとい、極秘の地方出張に出たし、ユニットも結成という運びになった。


戻ってくるまでには、私ももっとしっかりした私を見せたいけど……となると……。


「…………」

「あ、あの……怜さん?」

「いえ……あとで、また牧野さん達に相談しようかと」

「相談……?」

「その、お話した通りの事情なので、元々アルバイトはしていたんです。近所のスーパーマーケットで」

「「おぉ……!」」

「ただ、デビューするならスケジューリングもあるし、シフトも調整しないと……ですから」


現在、お風呂待ちの合間に、千紗さんと雫さん相手にお話……というより、持ってきていたダンス資料を渡していた。

……そのおかげで、恥ずかしい話をするハメになったけど……!


「で、でもそれでダンスの練習もとなると、凄く大変じゃ……!」

「だから大人や周囲とも相談して、ペースは考えてと……そこは、恭文さんにも約束しました。
……限界は超えるものじゃなくて、地道に上限値を上げるものだからだと」

「超えるんじゃなくて、上げる……」

「よく言われる、無理と無茶は違う……というやつ……?」

「それです。というか、恭文さん自身発達障害の絡みで、捜査官として制限があるそうですし……」

「……それは、私達も聞いています。事件現場とか、人間関係とか……とにかくストレスが過度にかかると、精神病……二次障害が発生するって」

「それも、定型発達者より……ずっとリスクが、高い……」

「えぇ……」


正直衝撃的だった。

練習しなきゃ上手くならない。頑張らなきゃ成果が出ない……限界をそうして超えてって、テンプレ……って言うとあれだけど、当たり前のことだと思っていたから。

でも……恭文さんは事件現場での凄惨な光景とか、人間関係での不和とか、そういうことへのストレス耐性は……その限界値は低い。努力だけではどうしようもない程度には。


まぁ、とにかく……その限界値をちょっとだけ超えるのはまだいい。超えた分のアフターケアもするのなら……というかそれもしないなら論外。

もちろん限界を超えるんだーって、自分のそれを無視した行動を続けることもアウト。特に私達はチームだからと……。


――そこまで言うのはね、限界を超える云々と言っても“超えて出せる出力”そのものにも限界値があるからだよ――

――え……あの、それってどういう――

――仮にダンスをやるとして、おのれの限界出力が百、他のメンバーが五十とするよ?
……なら、おのれが百二十の数値を出すのと、みんながそれを出すのとでは“無理の度合い”が全然違うでしょうが。当然かかる負担もだ――

――た……確かに……!――


数値にすると分かりやすかった。私は二十の無理でそれを達成できるけど、みんなは七十……私の三倍は無理をしないといけない。

現実はもっと複雑なんだろうけど……いや、だからこそぞっとする。それでもしも、怪我や事故に繋がったら……!


――経験者な分、おのれがそのペースを握りがちなんだ。プロのトレーナーさんが常時見られない分余計にね? まずそういう自覚は持つこと――

――だから、限界値は無視しない……上限値を上げる……――

――それを諦めないこと、努力し続けること……そういう言葉で濁すのは卑怯だし逃げなんだよ――

――…………――

――もちろんおのれも付いていく側に回る場合がある。ダンスはともかく、歌やビジュアル……それ以外の表現は未知の領域だよね――

――そっか。そこはお互い様で……支え合わなきゃいけないんですね。その上で、一緒にレベルアップする――

――そうそう――


……そういうお話……聞けてよかったと思う。じゃないと私、多分また正論でがつんがつんとやらかしていただろうし。

スタート地点も、動機も、積み重ねたものだって違う。でも、違いを認めて、一緒に進めなかったら……。


「……怜、さん?」

「いえ、なんでもありません」


ちょっと黙ってしまって、千紗さんに心配をかけたみたい。なので大丈夫と……あと、ありがとうとも不器用に笑って返す。


「……でもバイト先との、相互理解……大事……」

「それもお仕事だしね……」

「まぁそれは私の話ですし、それより……千紗さんにはこれとこれ。
雫さんには、この三冊が参考になると思います。
基礎の体力トレーニングから書いていますし」

「「ありがとうございます!」」

「いえ」


どうしよう、揃って頭を下げられると極めて照れくさい……というか恥ずかしい……! 私が他人行儀過ぎるのかな。これだと仲間って感じでもないし。


「でも、怜さんは……どうして、そこまでしてくれるんですか……?」


すると千紗さんがぽつりと……でもすぐにハッとして、両手と首を振る。怯えた小動物みたいに……私、怖いのかな。


「いえ、あの……嫌とか、駄目とかじゃないんです……! ただ、私達がヘタにしても、凄く付き添ってくれるから……」

「途中……言いたいことが溜まって壁に頭を打ち付けていたし……」

「まぁ、そうですね。びしばしと駄目だししたいところは、百二百とありました」

「「やっぱり……!」」

「いや、あの……私、そんなに溜まっているような感じでした? というか壁に頭を……打ち付けましたけど……!」

「「かなり……」」


怯えさせている……!? む、難しい! びしばししなきゃしないで、こうなるって!

でも壁に頭を打ち付けるくらい普通……じゃないわよねー! だってレッスン中に、突然だもの! そりゃあビビるわよ! これはノーマルの反応だわ!


「そ、それについてはあの、改善しますので。というかあの……付きそう理由もそれなりにあるので」

「なにかな……」

「まずは、さっき言った通り……それぞれの限界値を無視したやり方は、お互いのためにならない。
ダンスについては私や遙子さんが一番の経験者ですし、練習のペースを握りがちになりますから」

「……ん……」

「もう一つは……父とのお話を恭文さんにほとんど押しつけたことで、凄く反省したんです」


話が纏まったときは安堵した。ただ……父にも改めて顔を合わせたとき、軽く言われたから。


――彼に丸投げするようでは、まだまだだ。それではやはり認められない――

――……はい――

――だがそこはお互い様だ。今回は一緒に反省していこう――

――お父さんも、一緒に?――

――彼の話を受けて、大学進学……いろんな方向での模索を考えてくれたんだろう?――


そう言ってあの人を……牧野さん達にいろいろお願いしてくれている恭文さんを見て、父はかすかに微笑んだ……ような気がした。


……そう、一緒にだ。これは一緒に……反省して、乗り越えなきゃいけない壁だって……歩み寄ってくれた。

あの人のおかげで……私自身はまだ一歩も踏み出せなくて……!


「でも、父も反省してくれたんです。私に学校のこととか、将来のこととか……正論を押しつけるだけで、折り合っていく道を作れなかった。恭文さんに丸投げしたと……私がそうしたように」

「…………」

「私、それで情けなくなって……分かり合いたい……認めてほしい……そう踏み出すことすらいつの間にか諦めて、放り投げて……お父さんは不器用でも、ずっと私のことを見てくれていたのに、それすら否定して。
だからきっと……私はそのままだったら、そんな父を見下していた。トップダンサーになった。世間が認めた。だから私は正しい。お前達は間違っていたって……!」

「怜さん……」

「しかも更に情けないのは……それが嫌だ、怖いって思っていることなんです。勝ち負けで傷つけ合うことしかできなかったのに、本気で両親を殺しにかかる覚悟もなかった。中途半端だった」

「……」

「……そうです。はっきり言えば、あなた達のためじゃないんです。
麻奈さんの言い方を借りれば、自分のため……私が変わりたいと思った、私のためにやっているだけ」


もう自分で言っていて情けなくなって、つい俯いてしまう。目を合わせるのも恥ずかしくて……そっぽを向くと。


「だから、そんな……感謝なんて」

「感謝は、します……!」


だんと……テーブルを叩く音が響く。

慌てて顔を上げると、怒ったような……悲しむような顔で、千紗さんが私を見ていて。


「させてください……!」

「千紗、さん……」

「私……私も、怜さんと……同じです……」


千紗さんは取り直すように、正座に戻って……真っ直ぐに……瞳に涙を溜めながら私を見続ける。その視線が、私の心を射貫き続けていて。


「お姉ちゃんと一緒だから……一緒じゃなかったらって、最近ずっと……怯えていました。……グループが二つに分かれるかもしれないって聞いたときから」

「……えぇ」

「でも、それは違うって……麻奈さんとお話できて、怜さんのお話を聞いて、分かりました。
……私も……変わりたい私がいるから、ここにいるんだって……! お姉ちゃんが一緒かどうかは、関係ない!」

「…………」

「……アイドルの語源は、偶像。だからきっと、それでいい……変わりたい自分が……夢があるから、ステージに立てる……輝ける……」


雫さんが場を落ち着かせるように、ぽつりと呟き……。


「私も……同じ……」

「え」

「怜さんや千紗ちゃんばかりは悪いから、少し、お話。気分のいい話では、ないけど……」


それは、不器用な歩み寄りだった。でも、それが不思議と嬉しくて……自然と頷いていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「私、従姉妹がアイドルで……その影響で、アイドル、好きになって、やってみたいと思って。
でも……口べたで、上手く笑えない私がアイドルなんて無理って、学校で馬鹿にされて……中学時代、いじめられて、引きこもっていた。
……先生も一緒に……アイドル絡みで知り合った友達とか、私のSNSアカウントとか……根掘り葉掘りほじくり返して、裏サイトで悪口ばっかり言って、否定して……」

「そんな……!」

「そこで一度、諦めたけど……でも、きっかけがあった。一つは、恭文さん」

「「え!?」」

「恭文さん、そういう……裏サイトとか、ネットが絡んだいじめ……ハラスメント問題とか、時折依頼を受けて、解決しているの。
自分もいろいろ……障害絡みで言われて、やり返してきた経験があるからって。お姉ちゃんとお父さん達が私を心配して、PSAに依頼して……それが、恭文さんで」


あ、なるほど。民間からの依頼を受けるって言っていたものね。さすがにそれは見過ごせないと、家族が依頼したのが……ってことは。


「ただ、顔を合わせたのは……ここが初めて。私、引きこもって……挨拶もそこそこだったから。……でも、言ってくれたの。
本当に何一つ……やましいことをしていないのなら、それでいいって。好きなことを好きと言っただけで、よってたかって囲んで、正義みたいに笑って馬鹿にする奴らの方が間違っているって……はっきりと」

「それで、恭文さん……大暴れ?」

「ん。まずは私がそのとき消したSNSアカウントを復活させて、DMを……裏サイトのURLを送ってきた相手に情報公開請求……。
あとは裏サイトを運営していた、学校の生徒を突き止めて、そこのサイトを全部、譲渡させた。……このまま訴訟されるのとどっちがいいかって脅した……みたい。
そこからサイトの匿名性を切って、書き込みを消せないようにも調整して……そのログを元に訴訟。先生も書き込んでいたから、教育委員会も出張って大騒ぎ」

「やり口が完全に悪党だし!」

「うちには、引っ切りなしに謝りたいって……いろんな人がきたけど、お父さん達は全部追い返した。
……散々人をいたぶって、弱い立場に追い込まれたから許してほしいなんて……卑怯すぎるって」

「恭文さん、相当優秀なのね……! いや、経歴を聞く限りほんと歴戦の勇士だから、当然だけど」

「でも、私はそれで……全部解決とは、行かなかった。
それでも中学は怖くて行けなかったし……アイドルも、無理かなって」


そして、続いた言葉が重たい。でも……それを誰が責められるんだろう。

数十人……先生もよってたかって、雫さんの願いや夢を馬鹿にして、それをいじめる理由にしていたのよ?

しかも裏サイトでも好き勝手言って、それがバレたら謝って許してもらう? 卑怯すぎて吐き気がするわよ……!


「とにかく訴訟で、結構……凄い額が得られて……。
それでお父さん達は、星見市に引っ越して……私も、高校からは特に問題は、なかった。
一つあったとすれば……星見市には、あの長瀬麻奈さんが……いたこと」

「そういえば麻奈さんが活躍したのって、ちょうど私達が高校に入る前後だから……」

「直撃だったんですね。今更ですけど。それで、雫ちゃんも長瀬麻奈さんに憧れて、オーディションを?」

「ううん……私が受けたのは、事務バイト。
というか、えっと……牧野さんに、憧れて」

「「え!?」」

「牧野さん……もとい、麻奈さんのマネージャーさんが、高校時代の同級生で、二人三脚で進んできたっていうのは、有名な話だったから」

「「有名だったの!?」」


思わず千紗さんを見るけど、知らないと首をふりふり……ど、どこかのタイミングで話したのかなぁ、麻奈さんが。


「アイドルは、私には無理……でも、そこからマネージャーになることなら、できるかもしれないと思って。
……でも、当日……遙子さんに勘違いされて、アイドルオーディションを受けることになって」

「タイミング、同じだったんだね……」

「当然話が食い違っているしでオーディション自体は落ちたんだけど、後日……牧野さんから連絡がきて、お話することになった。
それで……うん、いろいろ、絆された。伝説のマネージャーは、その気にさせるのが上手い」

「牧野さん、伝説扱いでいいんだ……!」

「でも言っていた。知らなくて不安だから進めない子……知っているからこそ戸惑って進めない子……。
一人で輝けなくても、違うところ、同じところを寄り添って、組み合わせて……そうして輝けるユニットを作りたいって」

「一人で輝けなくても……」


あぁ、そっか。だから絆された……その気にさせられたと。

確かにそうだ。私達は一人じゃどうにもならなくて、進めなくて……それが嫌で、だけどどうしていいか分からない子達ばかりで。

だから雫さんは言ってくれている。みんな同じだと……傷をさらけ出してでも、私を、励ましてくれている。


私は……一人じゃないんだと。


「えぇ、そうですね」


私、まだ殻に閉じこもっていたんだ。ここでは取り繕う必要なんてない。私は、変わりたいと思った私を……我がままを吐き出していいんだって。


「ごめんなさい。でも……ありがとうございます、千紗さん、雫さん」

「怜さん……」

「なのでもう遠慮はなしです。明日からはびしばしいきます」

「「か、覚悟します……!」」

「あ、もちろん基礎から少しずつですよ? 
……私も二人の熱意を裏切ったり、利用するような無茶ぶりはしません。それは約束しますし、覚悟します。
それで、こういうの、らしくないかもだけど……」

「怜さん?」

「それで行き違っても、また……こうやって話しあって、一緒にやっていけたらいいなって、思います。
……違うところも、同じところも……全部使い尽くしながら」


だから、私も一つ歩み寄り。らしくなくても……そうなれたらいいなと、声を上げると……二人とも笑ってくれて。


「はい――!」

「なるほど……これが、取らないと後悔すると断言した女の力」

「そこは触れないでください!」


そうして私達は笑っていた。先日知り会ったばかりなのに……笑って、仲間みたいに……ううん、違うよね。

一歩ずつ進んで、仲間になっていくんだ。それで……みんな一緒に、それぞれ違う自分を目指して。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


三人とも盛り上がっているようだし、お風呂前の水分補給に麦茶でも……と思っていたんだけど。


「…………」

「…………沙季」


お盆を持った私に、そっとマネージャーさんが声をかけてきて。

それで静かに頷き……そっと、お盆だけは和風リビングの入り口に置いておく。


そのまま、千紗達の邪魔をしないように……そっとマネージャーさんと下がって、夜風が心地よい縁側に。


「……千紗、いつの間にかあんなことを言えるようになったんですね」

「千紗なりにずっと考えた結果だろう。あとは怜にもお礼を言っておかないとな」

「私……駄目ですね。
千紗を心配する余り、もしかしたらあの子を信じていないかもしれません」

「難しい問題だ……。心配するのは家族だから当然だが……それでもか」

「マネージャーさん……牧野さんもご経験が?」

「麻奈にずっと付いていたからな。俺はマネージャーだから、ステージの上には上がれない……いつも袖までしか行けなかった」


マネージャーさんは煌々と輝く満月を見上げながら、ふと思い立ったように呟く。


「……力になるかも、しれない……か」


どこか寂しげで……でも、希望も感じさせるようなまなざしに、つい惹かれてしまう。


「えっと……」

「いや、あのNEXTグランプリの本戦が始まった辺りで、麻奈が言ってくれたんだよ。
……部隊袖まで付き添い、ステージに送るのは俺の仕事。俺はそこまでしかできない。
でも……そこで見守ってくれることが、力になることもあるかもしれないってさ」

「麻奈さんが……」

「沙季、まずはそんなところから始めてみるのはどうだろう。
いつ転けるんじゃないかってハラハラするだろうが……それでも、無駄じゃないって俺は思う」

「……そうですね」


かもしれない、かもしれない……かもしれない。

なんてあやふやで曖昧なんだろう。だけど……それでいいのかもしれないと、私も笑って月を見上げる。


「ありがとうございます、牧野さん。……また……心配になったらお話、聞いてもらっても」

「もちろんだ」

「さすがは伝説のマネージャーさんです。その気にさせるのがお上手で」

「伝説!?」

「いえ、こちらの話です。
……あと、お部屋や“お仕事場”のお掃除が滞っている件についても……改めてお話しましょうね」

「あ、はい……」


でも、そうよね。千紗は私の後を追いかけて、ここに来たわけじゃない。それだけじゃない。

きちんと自分で考えて、変わりたい自分を描いて……そうして踏み出して今に繋がっていて。姉妹であるのと同じように、琴乃ちゃんやさくらちゃん達と同じ……私とは対等な仲間なのよ。

だから、ちゃんと私も頑張って、千紗に負けないように……走っていかないと。


(私にだってあるもの)


変わりたい……こうなりたいと思える自分が。

……だからきっと、しゅごキャラも見えるようになったんだと思うし。




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2019年5月・星見市その9 『Mの視線/佐伯遙子が惑う理由』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


二〇一九年五月十六日――

都内某所・レッスンスタジオ



デビューライブの日取りも決まりそうとのことで、私達はいよいよ本格的なレッスンに入る。

マネージャー……牧野さんや三枝さんはその準備で大忙しだし、その辺りの付き添いはなし。というか、レッスンスタジオは東京だった。

以前言っていた、お姉ちゃんも通っていたプロのスタジオ……そこを前に、身が引き締まる思いで輝く外壁を見やる。


「わぁ……ここなんだね、琴乃ちゃん」

「……お姉ちゃんが通っていたスタジオ……」


荷物を入れたバッグ……その肩紐の重さを改めて背負い、渚と沙季、芽衣、すずと一緒に一歩踏み出す。


「行こう、みんな!」

「「「「おー!」」」」


――レッスン着に着替えて、予約したスタジオルームへ入る。それで少しして、身軽なレッスン着を身につけた、はね気味ショートの女性が入ってきて。


「みなさん、初めましてー」

『初めまして!』

「野本と言います。みなさんのダンスや振り付けを中心にサポートしていくことになります。これからよろしくお願いします」

『よろしくお願いします!』

「それで……あぁ、あなたが長瀬琴乃さん」

「あ、はい」

「あなたのお姉さん……麻奈さんのことも見ていたときがあってね。……そっかそっか、聞いていた通りだ」

「お姉ちゃんが、ですか? え……どんなふうに……」


一瞬、あのマンティコアタロスくん二号状態な姉を思い出し、ぞっとしてしまう。というか気になるのでツッコむしかなかった。

まぁお姉ちゃんのことだし、悪口ではないと思うけど……。


「まじめな頑張り屋で……でも頑張り過ぎて視野狭窄になるから、彼氏でも作って余裕を持った方がいいのになーとか?」

「…………あとで、説教することにします。はい」

「墓前で!?」

「ちょうど写真、家にあるので……そこからでも、えぇ……えぇ……!」

「まぁまぁ琴乃ちゃん! 落ち着いて!」

「そうですわよ。大体それなら、もう恭文さんがおりますでしょうに」

「いないわよ! 恭文とはただの友達だから!」

「あ、そうなの? じゃあ芽衣が先でもいいよねー♪」

「芽衣!?」


ああもう……いいや! 芽衣は後だ! とにかくお姉ちゃん……本当に余計なお世話だし! というか、というか……実質悪口ってぇ! 自分だってアイドルなのに! 彼氏とか厳禁なのに!


「恭文……あぁ、ジンウェンの中の人よね。そっちも三枝さんから聞いているけど……確か今は、出張中」

「はい。恭文君は国家的秘密結社の陰謀を追いかけ、大立ち回りの最中なんです」

「秘密結社の陰謀!?」

「嘘みたいですけど、事実なんですよね……。というか、本業が忍者さんですし」

「なるほどね……。で、それが琴乃さんの意中の人と」

「違いますよ!?」

「でも残念だなぁ」


なにがですか!? まさかその意中の人と会えなかったのが……そ、そうじゃないよね! 違いますよね!


「そっちの調子も早めに見たかったけど……まぁ、そこはあなた達からもおいおい聞く形でいいか」

「あの、それは……ダ、ダンスの話……ですよね? 今の馬鹿話ではなくて」

「ダンスの話だから大丈夫」


野本さんは納得した様子で、両手をパンと叩き……。


「じゃあ、まずは基礎的なところから見せてもらうね! それで技量や体力を確かめて……限界ギリギリまでいくよー!」

『はい!』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いよいよプロのレッスン……本当に、アイドルのステージに近づいているようで、とても感動です!

恭文さんも出張先で頑張っているだろうし、私達も負けていられない! そう思いながら、琴乃ちゃん達とは違う時間にスタジオへ入り、野本さんにいろいろ見てもらったところ……。


「……はい、そこまでー!」

「…………はい……」

「「「「は、はい……!」」」」


き、キツい……自主練と、プロの人に見てもらうのとでは全然違った。もう息が上がりまくり……大丈夫なのは、怜ちゃんと遙子ちゃん……うん、せっかくだしお互い敬語はなしということにしました。

まぁ遙子ちゃんは年上で先輩でもあるし、いろいろ気を遣っちゃうところはあるんだけどね? それでもって感じで。


「うん……やっぱりダンスについては、一ノ瀬さんが強い。元々スクールにも通っていたんだっけ」

「はい」

「でも、表情が硬いというか……一本調子なところはあるかなぁ。
楽曲のイメージによっては、また違う柔らかさや笑顔が求められるところもあるから……その辺り、今のうちから意識してみようか」

「確かに……」


あれ、一瞬怜ちゃん、私達をちらりと見なかった?


「はい、分かりました」


え、なんだろう。今こう……私達にかっこいい感じはないと思われたような……気のせい!?


「その次が遙子さん……というか、私は嬉しいですよ……! ようやく火がついたのかと!」

「野本さん、泣かないでくれると嬉しいなー。それよりほら、さくらちゃん達は」

「みんなはほとんど初心者って聞いていたんですけど、その割には基礎からきっちりできています。体力もありますし……なにかやっている?」

「えっと、恭文さんに勧められて、縄跳びを……お姉ちゃん達もですけど」

「同じく……体力増強に、一番手軽で簡単だって……忍者のお墨付き……」

「なるほどー。簡単なところから、運動のクセを付けさせようと……いい教え方だ」


あははは……恭文さんもやっていた練習法、本当に有効だったんだ。いや、気になって私もネットで調べて出てはいたけど、プロのトレーナーからもお墨付きをもらえると、ちょっと安心。


「ならそれは継続して続けていこうか。何はともあれ、表現に必要なのは体力だから」

「「はい!」」

「それで川咲さんは……」

「は、はい!」

「……心臓移植だったよね。それで今も経過観察で通院していて」

「あ、はい……」

「じゃあまず私と約束。ちょっとでもそこで違和感があったり、お医者さんからのドクターストップがかかったら、隠さずちゃんとお話してほしい」


そこで、胸がチクっと痛む。先生が悪いわけじゃない。ただ私が……あの苦しい時間を思い出すから。


「これは川咲さんだけの話じゃないんだよ……。
大事なステージの前だから、新曲を思う通りに表現できないから……そういう形でオーバーワークになりがちなの。特にみんなくらいの年頃はね」

「でも練習しなきゃ入らない……というのも、言い訳になっちゃうんですよね」

「怜ちゃん?」

「私もダンススクールの先生からよく注意されていたし、恭文さんにも改めてお話されたから……」

「あ……あのお話、ですよね。成長期に無理をしすぎると、結果的に逆効果で……もう踊れなくなる可能性だってあると……」

「だから限界は……超えるものじゃない……その上限値を伸ばすこと……。限界を認めて……その中にあるものを……使い尽くす……」

「うん、千紗さんと雫さんも大正解。
もっと言えばそういうやりくりの技能こそ、プロの必須能力って感じかな?」


でも……。

その言葉で、恭文さんがあの日、桜が舞う中で教えてくれたことを思い出す。


(……自分より強い相手に勝つためには、相手より強くなければならない)


そうだ、いきなり強くなることなんてできない。だから敵対した相手が自分よりずっと強くて、どうしようもない場合はあるって言っていた。

でも、それでも……一番だって誇れるくらい鍛えた武器があるなら、その総合力で勝る相手とも渡り合える。今あるものを使い尽くす覚悟こそ大事なんだって。


本当にふた月も経っていないことなのに、忘れちゃうなんて……駄目だなぁ。


「……そうですよね。うん、まずそこなんだ」


そうだ、忘れかけていた。はしゃいで、もうすぐデビューだって……でも大丈夫だと、両手で胸を押さえる。


「自分の限界がどこまでか知って……知り続けて、その上でできることを使い尽くす」

「だから、心臓や病気だったことをあまり気にしなくていいって話だね。
川咲さん一人でその手が思いつかなくても、マネージャーさんも、三枝さんも……私だってダンス限定だけど相談に乗れるし?」

「野本さん……」

「その辺りは大丈夫そうかな」

「はい! あの、改めてよろしくお願いします!」

「こちらこそ」

「……だったら、私とも約束よ?」


え、怜ちゃんも? というかやたら真剣な顔で……。


「やっぱりダンスレッスンで引っ張るのは、私になりそうだし……でも、ついついロジハラやらかしがちだから……そういうときは止めてほしい」

「怜ちゃん……」

「確かに、怜ちゃんはスパルタよねー」

「「鬼コーチ……」」

「だから反省しています……!」

「……よし、ちょうどいい感じで小休憩も取れたし……続き、行ってみようか!」

『はい!』


限界を知る……それは超えるためではなく、努力によってちょっとずつ上限値を伸ばしていくための行為。

限界は超えなくていい。超えた先を制御できず、自分すら食いつぶす可能性があるから。超えるとしても計算ずくの上で。

なんて地道で、なんて泥臭い歩き方なんだろう。キラキラしたステージに立っているアイドルの人達……リズノワやトリエルのみなさんも、ずっとこうだったのかな。


……でも、どうしてだろう。

その汗だらけで、ときに泣いちゃうような地道な歩みが、こんなにときめくのは。

野本さんも怜ちゃんに負けないくらい厳しく教えてくれるのに、それが嬉しいのは。


この鼓動が高鳴るのは……どうして、こんなに……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そして、二〇一九年五月十七日――恭文君から連絡があった。それもテレビ電話で。

まぁ早速の近況報告かと思ったら……全く、違う……おかしい状況で……!


俺も、隣の麻奈も、事務所のデスクで頭を抱えるしかなかった。


「どういうことなんだ……!」

『僕が聞きたいですよ……!』

「トリエルの子と現場で鉢合わせ……で、結局雛見沢にいると?」

『居場所は不明! OK!?』

「あ、はい」


現地調査の……問題の場所には上手く到着した。現地の協力者も確保できたらしい。それは順調だそうだ。

ただ、状況的に権力を全開で振り回すこともできないので、あくまでもそこの人達から信頼を掴んで、上手く対処という草の根運動になるそうなんだが……問題は一つ。

鈴村さんも含めたトリエル三人が、その問題の場所……雛見沢に合宿で出向いているそうだ。なおその辺りは、三人がコラボする予定の絹盾さん達ポプメロも同じ。


つまり恭文君は現地で、いつドンパチが起きる状況かも分からないまま、六人や村の人達を守るというとんでもない状況に……!


『で、ですね。朝倉社長がその辺りで気を遣ってくれて……コテージの設備は僕も自由に使っていいって言ってくれたんですよ』

「設備を?」

『合宿中は、トリエルが出演するラジオもリモート収録になっていたんですよ。それで準備していて……ポプメロも似た感じになるので、結構いい設備がどっさりと』

「つまり、ジンウェンとしての活動もできる」

『収録機材もあるので、うたってみたなどもOKです。時間的余裕もあります』

「そうか……それは助かるよ。君も見ているだろうが、更新を待ち遠しく思っている人達もいるしさ」

「だね……ん……!」


そこでテーブル上の……まだ慣れないんだが……とにかくテーブル上のマンティコアタロスくん二号(麻奈)が伸び。


「…………この間真知哉かざねちゃんと……その舞宙さんとのコラボ配信したとき、凄い盛り上がったし。牧野くんもいい仕事をした」

「……俺はあくまでスタッフとしての登場だからな?」


まぁ彼もいろいろ忙しい身だし、やはり通常通りは難しいが……それでもなにかあるだけでも十分違う。こっちの都合も考えて対処してくれるのは、本当にありがたいよ。


「ただ第二第三とあの垣根を越えたものはやりたいし……実際君が聞いた通り、声優事務所の方からも申し込みは来ている。
それにさくらと琴乃……それぞれのユニットも本格始動だからな」

『……月ストとサニピですか。結局遙子さんも入れたんですね』

「本人と相談の上でな。早速揃って東京のスタジオで本格レッスンだ。アイドル雑誌の取材も同時進行で受けてもらっている」

『側にいなくていいんですか?』

「みんなが取材を受けるスタジオ……というかレッスンするところは、麻奈もお世話になっていたところだ。それぞれ沙季と遙子さんっていう年長者もいるし、早々トラブルも起きないさ」

『そうですか。なら…………あれ』


恭文君が手元を見て、小首も傾げる。それでスマホを取り出して……。


「どうした?」

『……琴乃からです』

「え」

『今日の夕飯、すずと一緒に何を作ろうか悩んでいると……レッスンは順調だけど、その分食べ応えがあるものがいいなぁと』

「琴乃ぉ……」

「すっかり恭文先生の料理教室にハマっているなぁ」


秘密任務に出向いているのは知っているのに、そこで恭文君に頼るのか……! これは思っていたよりも重傷だ。


「というか、それこそ沙季や遙子さんに相談してもいいだろうに……または俺とか」

『牧野さんはテイクアウト専門でしょ……』

「……まぁな」


そう……恥ずかしながら俺は、そこまで料理に明るくない。少なくとも渚や沙季、遙子さん、恭文君レベルではない。そんなことおこがましくて口にできない。

だからまぁ、帰りにお総菜やらお弁当を食べるという、独身男性にありがちなことをよくしていて……!


『あと、二人はそれぞれの当番があるじゃないですか。それで頼りにくいのかもしれません』

「あぁ……二人のネタを消耗しちゃうから」

「気遣いと捉えるべきか、距離感がまだあるせいと危惧するべきか、迷うところだな……」

『半分半分でしょうね。まぁそっちは……僕も普通に電話できるようになりましたし、対応していきますから』

「大丈夫か?」

『こっちの夕飯作りも兼ねて頑張りますよ』

「そうか……助かるよ」


まぁ琴乃や芽衣達も心配していたし、無事を知らせるだけでも大分違うだろう。それは、本当に嘘偽りなく助かる。


「というか、君はなんでまたそこまで……実家暮らしだろう?」

『お料理ってロジックで組み立てられるものじゃないですか。だから小さい頃から……ガンプラ作りとかと同じくらい好きだったんです』

「……発達障害……ASDの典型症状も絡んでと」

『あと、推理とかで煮詰まったとき、考えを纏めるためとか……ほぼクセです』

「牧野くんにそのクセがあるなら、琴乃の力になれたのにねぇ。……あ、でもマネージャーとアイドル以上は駄目だから!」

「そっちも恭文君にお任せしているって……」

『なんだとぉ!?』


でも考えるクセとしてかぁ。俺もそこは見習いたいが……っと、そこはいいか。

恭文君もこっちに配慮してくれるのは嬉しいが……それでも、仮にも大人としては気遣いも必要で。


「とはいえ、君も自分の仕事がある。それは優先してくれて構わない……んだが……」

『そのつもりですよ。まぁそれでも、しばらくは』

「……あと、もう一つ……なんだが」

『はい? どうしたんですか、また歯切れが悪くなって』

「確認なんだが、青梅サアヤという子に、心辺りは……ないだろうか……」

『何度かコラボしたこともある、知り合いのVチューバーですけど。というか過去動画でそれが』

「彼女から、そのコラボ申請が事務所経由で矢継ぎ早に来ている」

『………………』


恭文君、凍り付かないでくれ。お願いだから凍り付かないでくれ。俺も対処に困る。


「まぁ、状況は聞いている。うちに入ってから、今までのようにほいほいお呼ばれも難しくなったし、事務所経由でお話をーってお願いはしていたんだよな」

『……えぇ。僕も、まだ勝手が分からないし、事務所に迷惑をかけてもアレだからと』

「結果、矢継ぎ早だ。まぁ……うん、本人とも話してくれ」

『牧野さぁん……!』

「分かっている! 相当大変なんだよな! 俺も力になっていくから!」

「……牧野くん」

「あとで説明する! と、とにかく……また夜にでもかけるよ。琴乃達とのコラボ企画も纏めたいからさ」

『……ラジオみたいな感じで、デビューしますよーって宣伝を』

「それだ」


そういうことなら甘えてしまおう……その程度には琴乃達も正念場を迎えていた。


「当然通常のラジオや雑誌媒体での宣伝も行うが、レスポンスで言えば……言い方は悪いけど、ジンウェンとのコラボは使いやすいからさ」

『同じ事務所ですしね。まぁそれはいいですけど……ということは、デビューの日にちも』

「――星見市で開かれる星見まつりの特設ステージだ。今年は七月後半に行われる」

「もう琴乃達にも伝えてあるよ。今日もまたしごかれていると思うなー」

『……確か、長瀬さんもそこでのデビューでしたね。登竜門的な感じですか?』

「一応そうなるかなぁ」


そう……画面の中でシオンが言った通りだ。星見まつりは、麻奈にとっても思い出深いステージ。星降る奇跡なんて二つ名が付く程度にはいいステージだった。

とはいえ単なる思い出チョイスじゃない。星見まつりは星見市きっての大型イベントだし、いわゆる街起こしも絡んで来客数も相当。特設ステージのライブも毎年の目玉だし、宣伝効果としてはかなり大きいんだ。


琴乃達も今後はチラシ配りなどの宣伝にも協力してもらうし、上手くいけば新人アイドルとして一気に注目されて……。


『……スケジュールは、大丈夫なんですか?』


一応は明るい話なんだが……恭文君はそこで不安げな顔をする。恐らく天原さん達の付き添いなどもしてきた経験から、結構スケジュールが厳しいと感じているんだろう。


『コンセプトが決まったのは最近ですし、曲ができるのも相応に時間がかかる。……正味一か月あるかないかですよね』

「さすがに詳しいなぁ……。
まぁそこは琴乃達の状態を見て決めたから、信じてくれて構わない」

『期末試験も含めてなんとかなると』

「え」

『時期が同じくらいじゃないですか。これで成績が下がったとかなったら……親御さんもちょっと厳しくなると思いますよ? 怜と沙季は大学受験もあるんですから』

「…………」

『……牧野、さん?』

「まさか牧野くん、何も考えていなかったとか?」


恭文君……麻奈も、そんな顔で俺を見ないでくれ。いや、確かに……レッスンは厳しくなるけどって、思っていて……思っていて……それだけしか考えていなかったぁ!

しまったしまったしまったしまった……俺自身高校を卒業してすぐ星見プロへ就職した形だから、完全にすっ飛ばしていた! 大学受験というイベントがあるのを忘れていた!


『……琴乃達への連絡には、勉強の件も追加しておきます。ちょうど全国模試の例題も用意していたので』

「え……」

『こっちで知り合った村の子が今年高校受験なんですけど……学力がチンパンジー以下とか言われる有様で』

「あー、それで模試で学力を上げようと……え、事件と関係なくない?」

『その子、大地主の時期跡取りなんだよ。今の頭首さんに捜査協力とかいろいろと取り付けたから……瑠依達ともども頼まれちゃってね』

「え、ちょっと待ってくれ。鈴村さん……トリエルの三人も!?」

『東京の子なら、勉強もできるんじゃーって感じで……あれ、軽く聞こえましたけど……結構マジでした』

「…………」


まぁ、学力水準は都心だから高いだろうが、そういう第三者の目も必要な程度にはと。あ、まずい……俺にも突き刺さる。


「でもそれで学力がチンパンジー以下ってどういうことかな」

『村の分校、世界の首都が言えれば入れるってレベルだそうだから……なお奴はそれでも間違えた』

「「うわぁ……!」」


ヤバい、これは他人事じゃない。明日は我が身……琴乃達をシェアハウスで預かっている以上、やはりそういうことにも気を遣わなくては。

改めて当人達の志望なども聞いて……いや、その辺りも恭文先生に……!


「牧野くん、これは恭文くんと遙子ちゃんに一任しようか」

「そ、そうだな。俺達……高卒組だし」

『ならこっちで準備していた資料を基に、それぞれと軽くお話していくよ。
で、牧野さんも勉強時間の確保などは……全力でやるように。やったという証拠すらないと、親御さんと揉めたときに大問題ですから』

「分かった……!」

「じゃあ恭文くん、気をつけてねー。琴乃もやっぱりハラハラしているから」

『そっちも了解』


そこでリモート通話は終了。俺も一旦画面を閉じて……ほっと一息。


「で、牧野くん……?」

「……青梅サアヤ――Vチューバー企画としては大手の『ぶいじげん』で活躍するベテラン配信者だ」


ネットで検索して、その画像を見せる。


紫髪ロング、瞳はダークパープル。スタイルは遙子さん張りで、いわゆるコギャルっぽい子だが、明るい印象なのがその姿見からも伝わる。……まぁVチューバーとしての絵面になるが。

ただ、中の人やキャラクターに寄せてデザインするところは大きいそうなので、実物も比較的近い印象だったりする……らしい。いや、その辺りは専門外なところが多くて……!


まぁ試しにどんなものかと、うたってみた動画を流すと……。


≪〜〜〜〜♪≫

「へぇ……これはなかなか。声も奇麗だし、発声もしっかりしている。凄くレッスンしているのも分かるよ」

「……どうもジンウェンが配信を始めた初期から見ていたようでな。そこから声をかけて、何度かコラボしていったんだ。
もっと言えば、個人活動な後輩を可愛がっていた先輩と言える」

「でも、恭文くんの様子だと困り果てていたような……」

「……これだ」


というわけで、また別の動画を再生……まぁ当人の公式チャンネルでも上げている切り抜き動画なんだが、タイトルからヤバい。


――激白! 青梅サアヤ、ジンウェンにガチ恋中!――

「……え……」

『――ねぇジンウェンくん、あのとんでくるの……ELS? あれなんか精(ぴー)みたいじゃない?』

『違うわボケぇ!』

「……!?」


そこで派手にずっこける麻奈。まぁ……昼間からとんでもないワードも羅列したし、そうもなるだろう。

なお、今回のコラボは、ガンダム00劇場版をみんなで見ようという配信だ。どうも彼女もジンウェン……恭文君の影響で、ガンダムやガンプラが好きになったそうで。その流れからこの配信が成立したとか。

……あ、なおこういう企画はよくあるが、実際の配信で映像を流したりはしない。著作権の問題もあるからな。


視聴者はそれぞれ作品が見られるサブスクで、タイミングに合わせて再生ボタンを押すって……割とアナログな方法でやっている。

それで恭文君がネタバレしない程度の解説役で、青梅さんが自由に初心者として意見をぶつける……はずだったんだが。


『いや、でもほら、女の子も襲って俺色に染めてやるよーってやってたしさ。
あの大きいのとか先も丸いしさ。それに本星? あれ棒が付いていたら』

『やめてやめてやめてぇ! ほんとそうとしか見えなくなる! というか00ファンに謝らなきゃいけなくなるぅ!』

『まぁでも、サアヤとジンウェンくんがこれからすることだしね。ちゃんと見ないと』

『話聞いてた!? というかしないよ!?』

「ま、牧野くん……」

「……彼女は、こういう下ネタもできるタイプの子なんだ」


まぁ切り抜きなのでダイジェストなんだが、本編もヒドかった……あ、そろそろ特にヒドいのが来るぞ。


『きゃー! え、なに……地球の終わりに、幸せなキスをしてハッピーエンドって!? この童貞が! 最後の最後で勝利者になりやがって!』

『言葉を選んで!?』

『でもヘタレじゃん! あのジンウェンくんも大好きな艦長さんに、四年間なにもしないでさぁ! 絶対童貞だって!』

『だから言葉を選んで!?』

『……あ、でもコイツ死ぬんじゃね!? フラグ立ててやがるよ!』

『よーし、選んでくれたね! うん、そうだよね! 僕も初見はそう感じた!』

「言葉を選んでもヒドすぎるんだよなー。
というか……え、今話しているこの……ビリーさんって牧野くん」

「おい……!」


なにとんでもない勘違いをしているんだよ! 見ろ! ちゃんと劇中キャラのことですーってテロップも出ているだぞ! ぶいじげんのみなさん、凄いな! 仕事が早いよ!


『まぁ大丈夫。ジンウェンくんの童貞は、サアヤがもらってあげるから♪』

『駄目―! 事務所さんに怒られる−!』

『プライベートだからいいじゃん! 大丈夫! サアヤ、処女じゃないし! リードできるし!
……あ、もちろんジンウェンくんが童貞じゃなくても、そのときは一緒に楽しむ感じで……ね?』

『そういう話、配信でバラして大丈夫なの!? 炎上しない!?』

『もしかしてさ、引いちゃう? エッチしたことがあるとか……そういうこと楽しもうーってお誘いって』


青梅さん、そこじゃありません! というかVチューバー自由過ぎ……ああもう、見たことはあるのについツッコむていどにはぶっ飛んでいるって!


『それは受け入れるよ! そういうことも……サアヤ先輩が本気とかなら……ちゃんと考えた上でお返事するよ!』

『え……』

『でも遊び気分は駄目だから!』

『そっかぁ。えへへへ……やっぱりジンウェンくん、好き……♪』

『話を聞いているの!? マネージャーさんとか怒ってないよね!』


……始終この調子なので、一旦動画は停止し……打ち震える麻奈に、一つ聞いてみる。


「……感想は?」

「この間のインサイダーゲームがヒドくなるわけだ……!
え、これコラボして大丈夫なの? 星見プロ潰れない?」

「既に絡んでいる時点でその心配は手遅れだ」

「……それに、うちに入ったからそれまでの縁故が切れるというのも駄目だろ」


するとそこで、コーヒーカップをお盆に載せて……三枝さんが笑いながら近づいてくる。


「それぞれのファンからすれば損だしな」

「三枝さん」

「ジンウェンという配信者のスタンスもそう変わらない……そのためのアピールとしては、彼女の力を借りるメリットは大きい。
……まぁ、この営業だか本気だか分からない勢いについては、ジンウェンになんとかしてもらう必要もあるが」

「いやぁ……私はがちだと思うよ、この子。
なにせ恭文くんだし……リアルでも知り合いなんだよね」

「そうらしいな」

「じゃあガチだよ、ガチ」

「……まぁ……うん……炎上だけは、気をつけるか……」


三枝さんは麻奈に苦笑しながらも、俺達にそのコーヒーを渡してくれる。更に自分もカップの一つを取って……。


「お疲れさん」

「ありがとうございます」

「さ、麻奈も……」

「ありがと、三枝さん!」

「…………お前、本当に麻奈か?」

「本当に麻奈ですー! この体で衝撃なのは分かるけど!」

「それ以前の問題なんだがなぁ……!」


戸惑う三枝さんから、コーヒーカップを受け取る。なお、麻奈は湯飲みだが許してほしい。さすがにこの体でカップは使えない。


「しかしなんの因果か……まぁ蒼凪は大丈夫そうだな」

「むしろ歴戦の勇士だもの。私達が心配しても邪魔かもよ?」

「確かに……」

「とはいえ、状況的にはかなり助けられているよ。芽衣と怜も不安には思っていたようだしさ」

「蒼凪がスカウトした二人だからな。だが……面白い子達だ」

「えぇ」


芽衣と怜の加入は、俺達にとっても天恵だった。それでようやく……ぼやけていた新しい星見プロの姿が見えてきたからさ。


「……思えば、恭文くんもまたハラハラさせるタイプなんだよね」


麻奈はマンティコアタロスくん二号ボディでフーフーと……湯飲みのコーヒーを冷ましながら、そんなことを言う。


「クレイジーで無茶苦茶なところはあるけど、その分場を動かす力がある」

「かき乱すんだよな。空気を……停滞している淀みを」

「しいて言うなら起爆剤ってところだな。
……だが、起爆剤が一時火の手を出しただけじゃ足りない。更なる火種が必要だ」

「それを延焼させ、より大きく燃え上がらせ、うまく纏めていく……それが俺達の仕事ですね」

「そういうことだ」


その起爆剤は、芽衣と怜にも言えるだろう。もちろん遙子さんにも言える。だからここからなんだ。

新しい星見プロを……アイドルの形を育てていくのは。


ようやくスタートラインだと、気を引き締めるように、コーヒーに口をつけて…………。


「「「う……!」」」


俺と三枝さん、麻奈は揃って……渋い表情で、止まることを余儀なくされた。


「これ、三枝さんが入れたんですよね」

「……あぁ」

「苦い、ですね」

「苦いな」

「苦いねぇ」


というか、こういう話をしたところでこのまず……苦いコーヒー……なんだろう、不安だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


一方その頃雛見沢……というかたった今から雛見沢。

あっちこっちドタバタはしたけど、それでもちょっと落ち着きを見せ始めた中……つい見かねて余計な仕事を抱えてしまった。

まぁ瑠依や優、圭一用に用意していた問題を流用するだけだし、大した手間ではないけどさぁ。


「――それで恭文さん、模試資料を纏め始めたんですか」

「そうだよー。おのれと優の分もあるから、また後で頑張ってもらうねー。
あ、すみれは魅音と一緒に模擬試験をやるから。それで競争だ」

「頑張ります!」

「……はい、できたっと」

「「早!」」

「問題自体は知恵先生からも頼まれて、既にピックアップしていたっぽいからなぁ……」


ここは雛見沢にある、バンプロの合宿所……というかコテージ。

そのリビングで、印刷した資料を纏めて……後のデータは、琴乃達用に編集しておくか。


「とはいえ、おのれらについてはあんまり心配もしていないけど」

「あらま、そっけないなぁ……骨身が焦げるほど心配で打ち震えてくれた方が、うちは嬉しいんやけど」

「重たすぎるわ! ……ほら、朝倉社長はその辺り厳しいんでしょ?」

「そう、ですね。実際定期的な成績の報告は義務づけられて……というか、私達が通っている芸能コース経由で伝わりますし」

「でも瑠依ちゃん、勉強もすっごくできるんですよ! ……ガッツポーズややらかし続けている様子からは絶対信じられないだろうけど」

「すみれ!?」

「……瑠依、アメリカの首都は?」

「ワシントンDCですよね。
……って、園崎さんは本当に大丈夫なんですか……!?」


瑠依があっさり答えてくれて安心……でも、瑠依はそれどころじゃないとおたおたしていた。それはそうだ。魅音と詩音はそれが分からず、ワシントンDCに喧嘩を売った姉妹なんだから。


「でも、部活の様子を見るに……学習力というか、問題点を改善して、対策―ってところは得意そうなんやけどなぁ」

「あれはもうメンタル面の問題だね。やる気どうこうとはまた違う……もう、レナが言っていたみたいなクソ雑魚メンタルだよ」

「つまり勉強で調子づかせれば、目の前のニンジンどころか勝利の女神を追い越し、前髪くらいは食いちぎると?」

「それだけの材料が、勉強であればいいんだけど……」


――こうして、僕達は未来に憂いをもちながらも……静かにため息。

なお、その杞憂が紛れもなく正しかったと突きつけられるのは、本当に目の前だった。


≪〜〜〜〜〜♪≫


目の前だったんだけど……そこでスマホに着信。それを見ると……。


――サアヤ先輩――

「…………噂をすれば本当に影があるんだぁ」

「恭文さん?」

「その、Vチューバーの先輩から……着信が……」

「え、リアルのアドレスを知っているんですか!?」

「事務所さんで顔を合わせたこともあるから」

「あぁ……青梅サアヤちゃんやな。あのめっちゃ濃いアプローチをしとる子」

「私も見ました! 一緒にコラボで歌ってみた動画……よかったなぁ」

「あ、ありがと」


どうしよう、トリエルにチェックされていたの? あのときは滅茶苦茶緊張したし、結構ビクビクなんだけど。


(……まぁ、いろいろ気遣ってくれるのは嬉しいんだけどね)


その分僕も頑張ってーってなっているんだけど……ちょっと、出るのが怖くあるけど……一応、通話を繋いで……。


「もしも」

『ジンウェンくん遅いー! サアヤ、ヘラるとこだったしぃ!』


いきなりハイトーンボイスが耳を突き抜けたので、軽くスマホから離れてしまう。


『というかコラボ配信いつやる!? もう事務所経由は返信遅くて−!』

「サアヤ先輩、落ち着いて! ちょうどその話を今星見プロの人達としたところだから! 今日改めて夜に打ち合わせするところだから! なお方針は今までと変わらずって感じだから!」

『あ、そうなの!? なんだなんだ……長期出張、余裕あるじゃんー!』

「本来ならなかったの! でも……こう、思いがけず少し早い夏休みみたいになっちゃって」

『えー! いいなー!』

「その代わり強制的に最終日付近はドンパチ。負ければ付近一帯もろとも地獄行きコースだけどね……!」

『あははは−、相変わらず運悪いんだー♪』


ノリが軽いなぁ、先輩は! まぁいつものことだけどさ!


『でも……』

「うん?」

『声聞けて、安心した』

「……先輩……」

『じゃあ夏休みの間はまた頑張ろうね? 星見プロから新しい子達もデビューするんだし』

「……うん……そこも、また……お話して、上手くやっていく感じに」

『今度は君が先輩だもん』

「ん……」


本当に、いつものことで……別事務所なのに、そこまで心配してくれるというのは、心苦しいやらなんやらで。


(ほんと、しっかり恩返ししないとね)


かしましい先輩に励まされながら、てんやわんやの毎日は過ぎていく……が、僕はこのとき知らなかった。

星見プロ……我らが遙子さんに、とんでもない問題が襲っていることを。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――青天の霹靂とは、よく言ったもので。

全ての始まりは東京から戻り、寮へ着いて二時間後。

私達サニピメンバーは途中のメインターミナルまでみんな一緒だったんだけど、遙子さんが一旦実家の方に寄ると別行動。


なんでも親戚から緊急の連絡とかで……それで、どうしたのかと思っていたら……。


「――ただいまぁ……はぁぁあ」


夕暮れ……琴乃達月ストメンバーが戻ってきて、夕飯の準備を始めた頃。

遙子さんは日が沈みかけた空のように、暗く重たい表情で、リビングのソファーに突っ伏した。


「……って、遙子さん? どうしたんですか」

「あぁ怜ちゃん……その、なんというか……」

「……困りごとなら……聞くくらいはできますよ?」


親戚に呼び出されて、そこからこれだし……いろいろ話しにくいのは分かる。

ただ、遙子さんは年長者だし、いつも明るいからさすがに心配で……つい、口を出してしまっていて。


「まぁ、同じ……ユニットメンバーですし」

「ありがと。でも、そうよね……ユニット……メンバーだし……うん……!」

「……どうしたんですか?」

「遙子さん……表情、重たい……暗い……」


すると千紗さん……もとい、千紗と雫、さくらも何事かと駆け寄ってくる。

……今更だけど、説明。さくらの提案で、まずサニピの間では敬語等々はなしになった。


「遙子ちゃん……?」


だからリーダーのさくらもちゃんづけ。これについてはまぁ、遙子さんが……十七歳であろうとする心構えを受けたもので……!

でも、二十歳と十七歳ってそこまで気を遣うものなのかしら。今ひとつよく分からない。


「…………実は……実はね……!?」


……っと、今は遙子さんのお話だった。遙子さんはようやく話す決心をしてくれたらしく、私達に向き直り……あるワードを出してきた。


「「「「――――――――お見合い!?」」」」

「そうなの!」


お見合い……あの、写真を見せられた相手と会って、会食して、結婚を前提にという……あの!?

あ、どうしよう。思っていたより衝撃かも。この自由恋愛全開な状況で、お見合い……そんなものが未だ残っているとは思わなくて!


「お見合い……お見合い!? え、なんですかそれ! 遙子さんが!?」

「ちょ、待ってください! マネージャーとして聞き捨てなりません! どういうことですか! 詳しく説明を!」


あ、月ストメンバーと牧野さんも食いついてきた。……って、当たり前か! ユニットを二つに分けたとは言え、それだってあくまでもそれぞれの特性を鑑みてのこと!

星見プロダクションという事務所ユニットでの繋がりもあるし、それは他人事じゃいられないわよ! 特に牧野さんはマネージャーだし!


「いや、はっきり言われたわけじゃないの。
でも……親戚のおばさんから、私に会わせたい人がいるって……」

「遙子ちゃん、それで断れないの!?」

「断れないのぉ! そのおばさん、昔から一方的にまくし立てて、いろいろ決めちゃう仕切り屋さんでぇ!」

「なら、相手……相手はどんな人なんですか! お見合いなら、写真とか!」

「それもなしなの! 一方的に電話をかけてきて、私のことを凄く気に入っている人が、どうしても会ってみたいーって! それであとは当日のお楽しみって!」

「それ、もう結婚させる気満々じゃないですか……! というか、サニピのことは」


そう言いかけて気づく……。

いや、それなら新しい仕事がきているし、今は無理って言い訳ができると思った……思ったんだけど。


「……まだ箝口令、敷かれていましたよね……!」

「そうなの……!」


遙子さんも絶望している! それはそうか! サニピのことはギリギリで公式発表前! 確かにユニットごとのレッスンは始まったけど、それまでは内緒って約束事だし!

つまり、失礼ながら遙子さんは星見プロの外から見たら、鳴かず飛ばず(本人談)で二十歳を迎えた、事務員に間違われる程度には仕事がないアイドルで……だからお見合い!? あり得る……十分あり得る!


「……遙子さんが、結婚……そうだ、ファックス……マスコミ各社に、ファックス……送らなきゃ……」


あ、ヤバい。私の動揺とかどうでもよかった! マネージャーが……牧野さんが、うつろな目でうろちょろし始めて!

あれ。でも売れていないのなら……必要よね! 仮にもアイドルだし! トップに食い込めていないだけで、ファンもいるんだし!


「牧野……目が、うつろになっておりますわよ?」

「未曾有の危機に……マネージャーの心も大粉砕……」

「牧野さん、今のうちからその覚悟は必要ですよ。……なにせ琴乃ちゃんと芽衣ちゃんは恭文さんにフラグ全開ですし」

「沙季!?」

「そうだったぁ! ふ、二人の熱愛報告についても、今のうちから準備を……」

「しなくていいですから! というか、私と恭文はそういう関係じゃありません!」

「ならやっぱり芽衣からだねー♪ えへへへ……恭文ちゃん、喜んでくれるかなー」

「芽衣!」


琴乃が大変そう……。あぁ、でもどうしよう。牧野さんがこれだし、私達もお見合いなんて未知数…………あ。


「……恭文さん!」

「怜ちゃん?」

「遙子さん、恭文さんに相談しましょう!」

「え……い、いいのかしら」

「いいですよ! 牧野さんもこの有様ですし!」

「私も賛成よ。……今アテにするのは、あまりに……」


そう、残酷過ぎる。沙季も言葉を濁す程度には残酷だった。


「まず、会見……引退や活動継続について話し合って……そうすると、サニピは一人既婚者? それで大丈夫……大丈夫なのだろうか……あはははははは……!」

「……牧野さん……あの、落ち着きましょう。そこはひとまず、置いて……」

「お、俺は……これから、どうやって生きていけば」

「そこまで血迷っていたんですか!?」

「琴乃ちゃん、そこまでに……ね?」


駄目だ、本気で牧野さんは精神崩壊しかけている! ここは恭文さんに……連絡! 連絡!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……ちょうど那美さんと久遠も帰ってきて、また大騒ぎになりつつある中……恭文さんと通話が繋がった。

ちょうど天動さん達や雛見沢の子達と夕飯の買い出し中だったという恭文さんは、音声オンリーの通話で私達の事情を聞いて…………。


『――――まじめにやるしかないんじゃないの?』

「ちょ、恭文ちゃん!?」

「一刀両断……!?」


見事に、一刀両断した。声だけになるけど、あきれ果てた顔が見えて仕方ない。


『というか、そこで遙子さんが無礼をかましまくると、今度は遙子さんを紹介した人の顔を潰すことになるもの』

「た、確かに……」

『しかも話を聞いた限り、それは遙子さんの親戚。当然親戚との交友関係にもヒビを入れかねない。
そうでなくても今後アイドル活動を続ける中で、火種になる可能性もある』

「それは困る……肉親との確執とか、ほんとヤバいんだよ! アイドルにはみんな夢を求めて……それも、どう説明すればぁ!」

「……牧野くん、落ち着こう……ね?」


マンティコアタロスくん二号な麻奈さんに慰められても、牧野さんは錯乱状態だった。

……でも、一つ気になって……。


「あの、失礼ですけど……麻奈さんのときって、こういうのは」

「もう一切なかったよ。だからまぁ、“初めての修羅場”にうろたえまくっているわけで……はぁぁぁぁぁ」


麻奈さん当人も相当呆れているようで、大きくため息……。


「牧野くんもいわゆる浮いた話がない人だからなぁ。余計対処に混乱しているよ、これは」

「な、納得しました……!」

「ならお姉ちゃん、そっちの対処は三枝さんに聞いた方がいいかな」

「今の牧野くんよりは、アテになるかな? というか改めての新人研修?」

「なら遙子さんがいい縁を掴んだときは、そうするとして……」

「琴乃ちゃん!?」

「いや、さすがに……出会いを邪魔するのは駄目ですし」


琴乃……いや、そうよね。そこで実は運命のーって可能性もあるわけだし。……そういう覚悟は、私達サニピにも必要かぁ。


『そうそう、琴乃の言う通り。……なので遙子さん、お見合いはまじめにやりましょう。
それでピンとこないようなら、おばさんにはっきりと断りを入れましょう』

「断れるものなの!? 話を聞きもしないのに!」

『まぁテンプレ的なもので言うと……沙季、仲介役をやって。僕が遙子さんとお見合いしたとして、お断りの例を見せるから』

「分かりました。……こほん」


沙季さんは咳払いして、通話を繋ぎっぱなしのスマホに語りかける……。


「……恭文さん、どうでしょうか。遙子さんは素晴らしい女性だと思うんですけど」

『……大変申し訳ありません。とても素敵な方なのですが、お話してみるとどうしても価値観が合わない部分もあり……お断りさせていただきたいです』

「価値観が、合わない? たとえば……」

『はい……佐伯さんはキャンプや廃墟巡りなどが好きとのことですが、あまりそういう……アウトドア方面が苦手で。
これだとたとえ交際を始めたとしても、佐伯さんに寂しい思いをさせてしまいそうで。
本当にいい方なので、さすがにそれは躊躇ってしまいます』

「そう……ですかぁ。でも、それもやってみたら楽しかったーってこともあるし、ここは」

『恐れながら、佐伯さんも本気でお相手を探しているのに、わざわざ僕の都合で振り回すのは……不誠実かと』

「えぇ……」

『なので、今回は本当に申し訳ありませんが、お断りさせてください。あくまでも僕の問題になってしまって、すみませんが』


…………そのとき、私達に電流が走る。


「……とまぁ、こんな感じ?」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


その衝撃のままに、拍手……全力の拍手!

分かった! 私達全員分かった! 一体なにが必要なのか分かった!


「恭文さん、それですよ! 今のピンときました!」

「わたくしもですわ! それならお相手の気持ちやプライドを傷つけませんもの!」

「相手のことはとてもよい方だと持ち上げつつ、お断りするのは自分の問題……そういう形に持っていくと……」

『そうそう。結婚って一緒に暮らすし、どうしても趣味嗜好、金銭感覚、仕事も含めた生活リズム、ペース……そういうもののすり合わせが必要になるから』

「だからその辺りが合わないって話をされると、なんとか成立させたい側も無理を言えない……!」


考えてみれば当然のことだった。実際シェアハウス暮らしも、私はちょっと……不安があったし。

仕事仲間として、一緒にというだけでも壁を大きく感じる。だったら結婚相手となれば、そのハードルが高くなるのも仕方ない……!


『で、ここで重要なのはまず紹介者に話を通すこと。それであとはなんとかしてくれるから』

「でも恭文、ならない場合はどうすれば……」

「そうそう! うちのおばさん、言ったらアレだけど、本当に話を聞かないの! それでも付き合ってみれば変わるからとか言って流しそうなの!」

『だったら本人に直接言いましょう』

「言っていいの!?」

『聞いてくれないのなら仕方ないでしょ。相手方にもその旨を伝えれば、遙子さんに非はありません。……でも』

「断る理由は自分のせいにすること……よね」

『そして誠意を持って、感謝と謝罪を伝えること』

「感謝と、謝罪……」


恭文さんはしっかりと……力強く頷く。


『繰り返しますけど、お見合いって婚活なんです。しかも結婚の適齢期というものはちゃんと存在しているし、そこから外れた年齢になると紹介される人もいろいろ変わってくる。
だから駄目なら駄目で結論は早めに出すべきだし……一般的には、二〜三回のデートで交際するかどうか決定って感じかなぁ」

「て、適齢期……」

「……あの、それってさすがに時代錯誤じゃ」

「ところがそうでもないのよね……」

「「え!?」」


ちょ、沙季さんが認めた!? 遙子さんも驚いているし……いや、待って。恭文さんも知識豊富だし、沙季さんだって……なにか理由があるってこと!?


「たとえば怜ちゃんが……私達が四十代後半で結婚して、出産するとするわよ? その場合、子どもが成人するのは六十代を超えてから。
……普通に定年退職も視野に入る年齢で、ちゃんと子どもを支えられる財力と体力が残っているのかしら」

「それ、は……」

「これは男性・女性双方に言えることよ。子作りも含めて計画的にやるのなら、適齢期……もっと言えば『家庭を万全に持つことができる年代』というのは定められているの」

『しかも沙季が出した話しだと、立派な高齢出産。何らかの出産事故が起こるリスクも相応に高いしね。
たとえば子どもが何らかの障害を持つ確率は、一般的に適齢期なんて言われる二十九歳以下のときだと四〇〇分の一。
三十代以上だとその確率がどんどん上がっていって……三十五歳では二〇〇分の一。例に出た四二歳以上なら……三十三分の一だ』

「な……!」

「十年ちょっとでリスクが十倍以上に跳ね上がりますの!? で、では男性は」

『男だって生殖機能は年相応に衰えていくし、子どもを作りたいと思ってもその体力や状態にならない場合もある。
もちろん精子の数や活動力も下がるし、自然妊娠が難しくなる……そのピークは三十代半ばだよ』

「………………」


言葉がなかった。というか、私の認識がいかに甘ったれたか突きつけられてしまった。

単純に結婚できるかどうかじゃないんだ。家庭を作って、子どもを持って……そういう選択肢が年齢によって狭められる。生物的にも、生活的にも。

そういうことも含めての適齢期……そこで好きな相手と、どうしても折り合えない……すり合わせることができないという可能性が、そこにあって。


『まぁ、子どもがいなくてもいいって場合もあるだろうけど……それだって双方がそういうリスクを踏まえて、すり合わせていくことだしね』

「だから適齢期はある。人間が生き物で、社会生活にお金もかかるから……琴乃ちゃん……」

「……甘かったかも、私……」

「いや、それは私もよ。そんなの時代錯誤だって思って……調べようともしなかった……」

『おのれら一直線だしね。……ただ、こういう仕事でその時間をある程度消費する……そういうリスクを背負う可能性があるってことは、忘れない方がいい。
実際僕もね、舞宙さんやフィアッセさん達とそういう話はよくするんだ』

「そこは怜ちゃんと琴乃ちゃんだけじゃなくて、私達みんな……ですよね。アイドルって恋愛禁止……らしいですし」

『そうなるけど……え、さくらはなんでそんな不安げに』


そうよ。というか、そこで琴乃と芽衣をなんでまじまじと……。


「……琴乃ちゃんと芽衣ちゃんは、早め早めにお願いします。あ、もちろん優さんも」

『さくら!?』

「さくらは何を言っているの!? 私は、そういうのじゃないから! あくまでも友達だし!」


いや、琴乃……それは説得力がないから。そんな顔を背けなくても。


「ん……なら、やっぱり芽衣から先だねー♪」

『「芽衣!」』


そして否定しない芽衣も凄い……! これ、本当にアイドルとしてデビューしていいのかしら。


「というか、今は私達の話じゃなくて……遙子さん、そういうことならちゃんと真摯に対応しないと駄目ですよ」

「ん……相手の人、凄く……真剣かもしれない……」

「それで、遙子さんが断らせようと散々なことをしたら、傷つく……よね……」

「……そうね」


ただ……そんな不安は招いたけど、今ここでこういう話を聞けたことは幸運でもあって。


「みんなの言う通りだわ。
……私がアイドルであるために、誰かのそんな願いを邪険にしちゃいけない」


遙子さんは琴乃と雫、千紗の言葉も受け止め……気持ちを入れ替えるようにガッツポーズ。


「私……お見合い、頑張ってみる!」

「はい」

「うんうん、それでいいよ」

「――――――そうだ、琴乃と芽衣はどうすれば……いや、もういっそ最初から彼氏がいるってことを公表しておけば、ダメージは少ない」

「牧野さん!?」

「牧野さん、まだ混乱してたんだ……」

「琴乃、芽衣ちゃんも放っておいていいよ。……牧野くんにとってもいい経験だろうし」

「い、いいのかしら……」


まぁこんなわけで――レッスンやデビュー準備を継続しつつ、遙子さんのお見合いもしっかりやっていくことになった。

それは私達サニピもしっかりサポート。でもみんな、本当にお人好しだ。これでアイドルを辞める可能性だってあるのに……それでもって。

まぁそんな甘さがどこか心地よくも感じていたけど……まだ、私達は知らなかった。


――遙子さんに舞い込んだ話は、むしろ“お見合いの方がマシだった“と思うほどに大きく、衝撃的で……そして遙子さんにとってはかけがえのない評価でもあったのだと。


(第10話へ続く)






あとがき

恭文「というわけで、久々のアイプラ編。雛見沢へ僕が出立した後のお話……なお遙子さんのお見合いは、アプリの星見編を元にしています」

古鉄≪アニメは十二話でテンポ良く進みましたけど、アプリはまた違う展開になっているんですよね。どちらも楽しめていい流れです。……そしてあなたはまた現地妻が≫

恭文「現地妻言うな! そういうのじゃないから!」

フェイト「ヤスフミ、それはお話だよ! うんうん……ちゃんと紹介してほしいな」

恭文「おのれとはこのとき知り合っていなかったでしょうが! Ver2020だから!」

フェイト「そうだったぁ!」


(関わる人間がいちいち濃い蒼い古き鉄)


恭文「まぁそんなわけで、今回のアイプラキャラ紹介は……」

愛「はい! LizNoir所属、小見山愛です!」

フェイト「ふぇ……お、お腹出てる! え、冬だよ!? 寒くないのかな!」

愛「大丈夫です! 鍛えていますから!」


(莉央、こころに続くリズノワ三人目は、今回のお話だと全く出番がない追加メンバーの一人です)


恭文「愛は劇中だと高校一年生。二月九日が誕生日」

愛「遅生まれな方です」

恭文「身長一六四、体重五十一……スリーサイズは上から八五・五九・八六。
学校は私立月出高等学校の芸能コース。趣味は筋トレ、実家の手伝い。
声はスフィアの寿美菜子さん」

フェイト「筋トレ……実家の手伝い?」

愛「あ、うち……お父さんがラーメン屋さんをやっているんです! それで私も店先に立つので!」

フェイト「そうだったんだ! あ、じゃあ美奈子ちゃんとは」

愛「佐竹美奈子さんですね! あの、実は恭文さんが縁でお料理番組のお仕事をさせてもらって!
……ラーメンと大衆中華料理、分野は違うけど通ずるところはあるみたいで……すっごく楽しくお話させてもらったんです!」

フェイト「うん……分かるよ。美奈子ちゃんと愛ちゃん、ちょっと空気が…………あの、愛ちゃんって、こう……太っている人が好きとかは」

愛「ないですよ!? え、なんですかそれ……美奈子さん、そんな危ない趣味があるんですか!」

フェイト「……ヤスフミをこう、三倍くらいの体重にしたがっているから」

愛「うわぁあぁ……!」


(小見山さん、どうやらクレイジーな部分は見えなかったらしい)


フェイト「でも筋トレ……」


(閃光の女神、小見山さんのお腹をじーっと見る)


フェイト「…………腹筋、割れてる……!」

恭文「そうだよー。愛はその辺りストイックなんだよー。食べるものもふだんから変わっているし……一歩間違えたらザ・ランのあの人だよ」

愛「あのレベルにはさすがに到達できませんー! ……きのこ……たべられないし……」

フェイト「じゃああの、将来的にはボディビルダーさんかな」

愛「違いますよ!? リズノワで……莉央さん達と一緒にトップアイドルです!」

フェイト「ふぇ……ふぇ…………!?」

愛「混乱させている!?」

恭文「今、フェイトの頭の中で愛は……筋肉隆々で胸も大胸筋オンリーな肉体に移っているんだよ」

愛「本当にそのレベルじゃないですー! いえ、憧れますけど!」


(閃光の女神、絶賛混乱中……え、いつものこと? そうだね)


恭文「でも愛、それでバンプロの養成所に入って、心とも知り合って……だよね。あこがれのアイドルは」

愛「もちろんLizNoirのお二人です! だから……まさか私がそのLizNoirに入れるなんて思わなくて! いえ、このお話だとまだなんですけど!」

フェイト「……私は詳しくなかったけど、リズノワってやっぱり人気なんだ」

愛「それはもう! かっこいい系の極北……って、言い方でいいのかな? とにかく莉央さんと葵さんは凄いんです!
私も、お二人が作ったLizNoirのイメージを壊さないように、大事に……全力でついていく覚悟です!」

フェイト「そっかぁ。じゃあ……えっと、赤崎こころちゃんも、同じ感じなのかな」

愛「はい! こころは……ちょっとひねくれた物言いをするときもありますけど、本当は莉央さん達のことも尊敬しているし、すっごく研究熱心ですから。いっつも助けられています」

恭文「そのこころとも養成所からの親友同士なんだよね」

愛「大親友です! えっと、付き合いは浅いですけど……フェイトさんで言うところの、なのはさんみたいな」

フェイト「え……ということはあの、模擬戦とかでどがんどがんとか」

愛「どういうことですか!?」

恭文「……フェイト、言いたいことは分かるけど、普通に友達同士ってだけだから。というかなのはとおのれが特殊なだけだから」


(二人は普通に、養成所で切磋琢磨しながら友情をはぐくんだようです。
本日のED:LizNoir『GIRI-GIRI borderless world』)


愛「……私とこころ、リズノワに入る前はよく二人でオーディションを受けて、落ちて……人がいないところで一緒に泣いたりしていたんです。
そうしている間に、どんどんお互い……友達って言えるようになってきて……」

フェイト「オーディションに……リズノワに入れるくらい凄い子達なのに」

愛「あはははは……私達もまだまだだったってことです」

フェイト「……でも、模擬戦とかしないんだ……」

愛「私達、魔法使いではありませんからー! ……あ、でも高町教導官の訓練は興味がすっごくあります!」

フェイト「ふぇ!?」

愛「ティアナさんから聞きました! こう、すっごく鍛えられるって! 絞られるって!」

恭文「まぁ、なのはは基礎の基礎からやるしね。……魔法戦はともかく、他の練習なら愛も参加できそうだけど」

フェイト「あ、それいいかも。また時期が落ち着いたら、みんなでオフトレ……うん、決定」

愛「ありがとうございます! なら、スケジュールは……えっと……滅茶苦茶に空けておきます!」

フェイト「目先のお仕事優先でいいよ!?」


(おしまい)








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あきゅろす。
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