[通常モード] [URL送信]

小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
その7.4 『断章2017/設定固めにはアベンジャーズが向いている』





魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

その7.4 『断章2017/設定固めにはアベンジャーズが向いている』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「うん、なんていうかあの……険悪ってレベルじゃない。もう笑えないくらいにバチバチだよ」


いちごさんが腕組みしながら、渋い顔をするのも……まぁ仕方ないとは思うけど。


「頭蓋骨上部陥没、尾てい骨骨折、両目圧壊、右眼底部骨折、後頭部骨折、腕の靱帯断裂、左二の腕骨折、右腕と左足喪失、男性器損壊、あばら数本や顔面各所に小さなヒビ、歯も大多数が欠損……そして複数箇所の内臓破裂。
本来なら全治数年以上の重傷……なんですけど、それも“麻酔なしの物質変換”で死なない程度に修復されました」

「え、じゃあ腕とか足も」

「両目とクソ臭い(ぴー)ともども直していませんよ?」

「…………」

「さすがにそこまでの重傷をこのときすぐ直すと、ショック死しかねませんしね。そこんところは一旦放置です」

「えぇ…………!?」

「安心してください、山崎さん。まだ利用価値がありますから、あとできちんと修復します」


恭文くん、ストレートに言わないで……! 山崎さんが凍り付いたから。


「クレイジーダイヤモンドなら、痛みなしなんだけどなぁ……!」

「……雨宮、それ……なに?」

「ジョジョの奇妙な冒険……えっと、有名漫画に出てくるスタンドです。
超能力みたいなものですけど、それが殴ったものとか触れたものを、なんでも治しちゃう」

「あ、そうなのね。え、でも蒼凪、魔法って本当にそんなことまで」

「普通には無理です」


傷を治すとか、魔力を回復させるとかならOKなんだ。ただ、腕や足、眼などの欠損部位については遺伝子治療などで時間をかけて再生する必要がある。

人間の体は単純じゃない。生態的なショックだってあるから。ただ……恭文くんにはそれが可能とする能力があった。

治療対象に刻まれた記憶……もっと言えば“人体を構築するデータ”を読み取り、それを元に物質変換を走らせる。それで欠損した部位に変わる素材さえあれば、瞬間的な再生治療は可能になった。


それこそ本来は欠損したら取り返しようがない、魔眼や魔術回路みたいな特殊なものまで……本来は恭文くんがいろいろ特殊だから、その自己治療用にって組み上げた特殊術式なんだ。

もちろん欠点もある。完全治療の根本が“当人に刻まれた記憶”に依存するから、臓器や人体のパーツを単独でコピーするなどはできないし、再生時の激痛についてはまた別の術式で緩和する必要もある。

特に後者が問題で……。


「え、それなら蒼凪くんもその緩和する魔法使えば」

「恭文くんの魔力適性で、術式をリアルタイムで並行処理するのが、滅茶苦茶苦手っていうのがあるんです……。
少なくともこの術式を走らせつつ、痛みを緩和する……それができるレベルの回復魔法は使えないんです」

「やるのであれば元々そう言う術式をかけておくか、ショック死しない程度に連続詠唱するか、他のヒーラーに分担するか……ですね」


だから、さすがにクレイジーダイヤモンドレベルにはどうにもならないんだけど……。


「もちろん猪熊修也がやられたみたいに、瞬間的に急所を全破砕されたら……もう助けようがないし、僕自身も直しようがありません」

「そもそも治療する相手にも相応に負担がかかるし、その点で恭文君も多用はできないんだよね。いろんな意味でバックアップが取れて、初めてみんなを助けられる術式になる」

「当時は組み上がったばかりでしたし、余計にその問題点が顕著でした。
……だから鳴海荘吉があれなのは、とっても都合がよかった。すぐ安い喧嘩を……子ども相手に負けるわけがないと見くびった上で買ってくれたし」

「……平然と実験台みたいに言うの、よくないと思うよ?」

「麻倉さん、勘違いしないでください。“実験台みたい”じゃなくて、実験台にしたんです」

「えぇぇえぇえ……」

「やっちゃん、そこを訂正するって狂っているからな!?」

「でも否定できる要素がないし」

「「えぇえぇぇえぇえぇえぇえ…………!」」


恭文くん、そこまでにするんだよ! 麻倉さんと大下さんが揃ってどん引きしているから! そこは配慮してあげて!


「……豊川さん、もしかして……蒼凪君は、その」

「……若干……マッドサイエンティストの気が……あ、でもそんな恭文くんですけど、実験は成功させるんです」

「……でしたね」

「じゃあ、鳴海さんの腕や足はまた日を改めて治療して……仲直り?」

「いえ……そっちじゃなくて……ハイドープとしての性質を、消し去ったんです」

「……え」


私がそう告げると、伊藤さんが……みなさんが揃って、わけが分からないと小首を傾げる。


『え?』

「クモ毒についても……天眼で切り離した上で、ばっさりと」

『えぇ!?』


うん、驚くよね。びっくりするよね。まさかそこまでやっているとは……私も思わなかったし!


「あ、蒼凪くん……」

「天眼はただの攻撃技じゃありません。僕が斬りたいものを斬れる未来を見つけ、それに到達する一線を放つ能力。
だからおじさんの右腕を切り落とすと同時に、クモ毒も肉体から切り離せる……そんな未来を見つけ、それ以外の未来を殺せる剣閃を打ち込んだんです」

「概要ががちで中二病……というか、そんなことまでできたの!?」

「幸運がありました。
……まずクモ毒の性質。それは先輩にもお話したとおりです」

「感染した人間が“一番愛する人”に触ったら、その人にクモが移って……爆発する……だよね」


そう……だからメリッサさんは、鳴海さんと会えなくなったし……鳴海さんも奥さんや亜樹子さんには会えなくなった。

そして初期型のメモリゆえに、普通に除去することもできなかった。……それゆえに天眼のような能力と、相性の悪い部分もあったけど。


「つまるところこれは、特定条件でターゲットの体内に侵入し、発動する爆弾型ウィルスなんです。それもたった一つだけ仕込まれた爆弾……」


毒蜘蛛は起爆まで待機状態を保っているけど、その数もあくまで一つ……個体が一つだけ。その形も保ったままで、鳴海さんの体内を徘徊していた。

つまりこの爆弾は、鳴海さんという運び屋≪キャリア≫に寄生しているのが本質。そして爆弾はキャリが誰かに触れるような行動を取ったとき、すぐ移動できるよう腕付近に待機する。そういう性質があった。

だから、天眼で切り離すことは可能だった。切断しても命に支障がない末端部分にいるとき、そこから先を切り落とせば……。


「文字通りの寄生虫……一つの個体が体内を移動し、キャリアが触れた相手にすぐ飛び移れるよう待機する。その性質があったから切り落とせたんです」

「だったら、最初からそう言えば……!」

「嫌だなぁ、先輩……言ったら裁判で楽しくならないでしょ?」

「………………裁判!?」

「当然訴えるんですよ。障害者への侮辱やら、お父さん達へのえん罪をかけたこと……その損害賠償を。民事でも刑事でもきっちりと。
もちろんPSAも訴えます。松井誠一郎の一件で被害者遺族となった人達も訴えます。騙されて所属タレントを無残に殺された、メリッサさんの事務所も訴えます。
当然苺花ちゃんのミュージアム入りを手伝った件も追及されるので、苺花ちゃんのお母さんからも訴えられます」

「なにそれ……え、鳴海さんが亜樹子さんに会えるようにとか、そういう気遣いはないの!?」

「まぁ、田所は素人さんだしな。つい勘違いしちゃうか」

「勘違い!?」


あぁ……鷹山さんは、やっぱり気づいちゃうんだね。私、裁判のときまで教えられていなくて……びっくりしたんだけど。


「クモ毒やハイドープ化がなくなったということは、鳴海荘吉は普通の人間だ。
それを理由に、致し方なく非合法活動に勤しんでいた……そんな言い訳そのものがもうできない」

「え…………」

「しかもそんな公開処刑を受けては、探偵としての信頼もパーになる。
それを、普通の人間に戻った状態で、全て背負えって話だよ」

「もちろん腕や足、眼が潰れた状態で……全部。障害なんて言い訳をすることなくだよ」

「変な力を使うなというのなら、蒼凪の再生能力をアテにするのもおかしいからなぁ」

「えぇ…………!?」


……鷹山さんと大下さんの言う通りだった。


「蒼凪、それはいつ、教えたんだ?」

「だから、教えていませんよ?」

「つまり、裁判のときに……その話が出て、調べたんだな? 事実証明の必要もあるから」

「やりましたねぇ。弁護士もそれで情状酌量を勝ち取ろうと必死でしたよ」

「そのときには、言ったか?」

「言っていませんよ?」

「つまり……その時点で全て消えていて、お前がそれをやったという証拠も、話も出ていないから……鳴海荘吉が言い逃れをしたって結論になる……!」

「なっていましたねぇ」


恭文くんは別に、慈悲や哀れみで天眼の力を振るったわけじゃない。むしろその真逆。

恭文くんはね……鳴海さんが一人で戦う言い訳を一つ一つ潰して! 逃げ場がなくなるように調整したんだよ!


「そしておじさんは蜘蛛毒に触れられるのを嫌って、シュラウドさんに調べさせることもしていませんでした。
……最初からそんなのは自作自演。蜘蛛毒なんて感染していなかったし、それを言いわけに好き勝手していただけなんです。怖いですねー」

「お前……!」

「蒼凪くん、それ……えぇえぇえぇ…………!?」

「ほんと陰湿だな、お前! ほら、鷹山さんともちさんのどん引き具合を見なよ! これが世間の評価だよ!」

「ん……?」


恭文くんは田所さんの言葉にも、小首を傾げるだけだった。本当にそれだけなのが……クレイジーだよね!


「なんでピンときてないの!?」

「全て事実じゃないですか」

「解釈がおかしい!」

「……蒼凪君をかばうわけではありませんが、鳴海氏に非がありますよ。
寄りにも寄って丸居久の主張まで持ち出すなんて」


赤坂さんはなにをやっているのかと……本気で理解できないと、頭を抱えて首振りする。

あぁ、知っているんだ。あの丸居久という人が、一体なにをしたのか……!


≪劉さん達も頭を抱えていましたよ……。どこかで演説なり聞いてしまったのなら、そりゃあ説得なんて無理に決まっていると。
しかもこの人の趣味関係まで否定したのは、そういう“虐待”を当然とする前時代的な父親……非常識な大人だという証明に他ならないですし≫

「ほんとだよねぇ! 編み物とかいい趣味だと思うよ!? というかね、男の子でそういうのを理解できるのは高得点だから!」

「山崎さん……?」

「……赤坂さん、山崎さんって、コスプレもできる人なんです。
それでディズニーキャラのコスプレとかを、Twitterに上げていることもあって……ハロウィンとかに」

「あぁ、そういう……」


私の補足で、ビックリしていた赤坂さんも納得してくれる。こう、そういうのを作る側から憤ってくれているんだよね。ジャンルは違えど近いところはあるって……それが、本当にありがたかった。

思えばあの頃は、そう言ってくれる人も少なかったから。


「でも丸居久……もしかしてあれ? 発達障害支援法撤廃を訴え、都議会の議席を獲得したとんでも政治家」

「ぴょんさん、とんでもって……」

「いわゆる野党の一員で、発達障害者をやり玉にしたそうなの。うちの親が滅茶苦茶キレていたから」

「……プラシル事件のせいで、当時は精神障害者への差別偏見が強まっていた時期でしたから。
“だったら同じことが起きないようにするべきだ”って主張で、その辺りに差別意識を持っていた人達を味方にしたんです」

「その広報活動のため、療育施設へ乗りこみ、声高らかにスタッフや通っている子ども達にも説教をかましたそうですよ。
実際、蒼凪君と美澄さんが通っていた療育施設でも……スタッフがどれだけ言っても、相当無礼な態度を取ったと」

「関係者が正式に抗議しても、それすらスピーチの材料にするんです。
こんな攻撃を受けても、自分は決して負けない。精神障害など気持ちで直る。医者の金儲けに利用されてはいけないと……!」

「なにそれ……そんなのが票を獲得できちゃうの!?」

「できちゃうんです! それが正しい……それが真実だって思っている人達から応援されれば!」


伊藤さんの悲鳴には、同じく悲鳴で返すしかなかった。その程度にはヒドかったし、それが当たり前で通ってしまうのが……あの頃の現実だったから。


「……選挙によく行く高年齢層が、丸居久が煽った否定派の層とがっつり一致していましてね? 結果投票数が多く集まるんですよ」

「蒼凪くん……」

「この時点で医療機関から『専門家でもない人間が宣う、医学的根拠のない妄言』って、注意喚起と警告……正式な抗議も出されていたんですよ。
もちろん療育移設も含めて、障害者当人と接するような場所への立ち入りも禁止されていました」

「そこまでして……当選しちゃったの!?」

「支持層にとっては、丸居久の主張は自分の正しさを証明するものでもありましたし……それだけでのたまえるんですよ、周囲に。
自分の言っていることは、政治家の主張と同じだ。だったら間違っているはずがないーって」

「それまんまこのときの鳴海さん!」

「とはいえ、医学的根拠がない上、医学界から村八分状態だったのがネックになったんですよ。
そんなの知ったことかーで乗りこんで、逮捕されて……政治家としてはクビです。
……それでも余波は消えませんでしたけど。苺花ちゃんのお父さんも、コイツの影響を受けまくっていましたし」

「今なお丸居久のような政治家がいればという声は、後を絶たないしね……。
だから支持者達の間では、彼は『厳しくも伝えるべきことを叫び続けた、愛のある政治家』という評価に落ち着いているし、再起もできてしまった」


そう……余波は消えない。実は丸居久という人、全くなんの反省もせず、議員活動を続けているの……!


「実際に再出馬を願い、後援組織が作られ、生活から支援され……今の彼は、改めて国会議員の一席を担っている。
そうして鳴海氏のように無知で無理解な人間を煽り、支持者を増やし続けているんです」

「それもこのときの反省を生かし、富裕層で高齢の人達を中心に……ですよね。
劉さん達もあきれ果てていましたよ。そういう層が周囲や親族に抱えている不満を煽り、金をせびる寄生虫だと」

「なにそれ……! というか、なんでそんなのが議員になれるのかなぁ!」

「だったら毎回選挙には行くべきなんですよ。もし雨宮さん達が言っているなら、そのまま継続してもらえると助かります。
……結局のところ奴のような政治家がのさばっているのは、それが得で社会のためという声の方が大きいからですし」

「私と恭文くんも、この件でそれを痛感しました……。だから選挙権が得られたら、必ずという気構えになって」

「あたしもちゃんとするし! というかしているし!」

「私も、ちゃんと行きます……!」


雨宮さんだけじゃなくて、伊藤さんが凄く恐縮した様子で……いや、仕方ないよ。私もあの、これで……大人になったら選挙は欠かさず行こうーって決めたもの。

障害者当人やその関係者からも、医学的根拠もなにもないと散々批判されて……それでも変わらず政治活動できるんだから。余りに救われない。


「でも……蒼凪くん、六歳当時からそこまで強かったの?
変身しているドーパント……というか仮面ライダー相手に、腕や足を切り落とすって!」

「ほら……先輩、見てください。伊藤さんも感激で打ち震えて」

「「恐怖だよ!?」」

「恐怖しかないよね……。
鳴海荘吉が地雷を踏みまくったとはいえ、一気に臨界点だもの」

「……まぁこういう狂った奴だからこそ、だな。
だから劉代表代理やウェイバーも警告したというのに……」


照井さんもさすがに呆れたと言わんばかりに、アイスコーヒーを一口……美味しいらしく、すぐ表情が緩んだ。……後で私も頼もうかなぁ。


「しかもこのときであれば、負担〇でテラーの能力まで使えたからな……」

「あ、それもあった! え、それって今も」

「相応に消耗はしますけど、使えます。……ただ、僕の恐怖が“そのままだと”おじいさんのものより劣っているのは説明した通りです」

「まぁ伊佐山にやったら、逆効果で喉をばりって……いっちゃうよね? やっちゃん」

「いっちゃいましたね」


うん、テラーの能力は便利そうだけど……琉兵衛さんのより弱いとしても、便利そうなんだけど、いろいろ欠点もある。

伊佐山さんみたいに自殺の可能性がある相手には、逆効果でそのまま殺しかねないというのも一つ。それで、一番大きいのは……。


「一番は敵味方無差別に影響する能力という点。使った場合耐性持ち以外とは一切連携できなくなるんですよ」

「それで全部解決するならともかく、敵方にその耐性持ちがいて、棒立ちになった味方をそのまま……って可能性も出ちゃうしね。
だから恭文くんも恐怖の記憶については、乱用しないようにしている」

「使いどころが難しいわけか。しかし……やっちゃん、どこまでもロジックで能力制御してんだなぁ」

「変に感情論だけでなんとかするよりは安心できるがな。現に鳴海荘吉がこの有様だ。……だが、お前……本当に六歳当時からそれ?」

≪その点は変わらずでしたよ。だから一線級の動きができたんです≫

「……はっきり言いますが、そのとき蒼凪が積み重ねた訓練内容は『普通の警察官や自衛隊員がやるものよりキツい』です。
スケジューリング的にも、内容的にも、日々の仕事を交えてできることじゃないので」


うん、キツいっていうのはそういう意味なんだ。照井さんが言うと余計に説得力が強い。

大人だと、仕事の上でってことになっちゃううから。でも恭文くんはその辺りの枷がなかった。だからそれdけできたの。


「だったら四十代に入り、肉体の衰えも見える鳴海荘吉が……そういう訓練をやってもいない中年男性が、プロの戦闘訓練を受けたこともない民間人が、対抗できるかという話です」

「その僕当人も今は生活ペースも変化しましたし、このときみたいには無理ですしね……。その分密度と内容のレベルは上げているけど」

「そういう対処が正当だ」


そう言いながら、恭文くんが見せるのは手首や足首のウェイトベルト。更にインナーも……実は結構な重さがあって。



「……ねね、付けてみていい?」

「え、それはちょっと」

「えー、いいじゃんー。あたしもほら、レッスンとかで効果あるなら、やってみたいし!」

「……筋力じゃなくて、魔力の方に負荷をかけるんです」

「…………は…………!?」


それで恭文くんが実際に……安全な形で、ウェイトを雨宮さんに持たせる。

ただしエネルギー切れによるブラックアウトが起きないように、雨宮さんに強化魔法をかけ、そちらから魔力を持っていく形で。


「え、なにこれ……めっちゃ重たい! 知らずに持ってたら足潰してた!」

≪なお、あなたの魔力資質がさっぱり不明なので、ギブスの負荷設定は最低レベルにしてあります≫

「この重さで!?」

≪ウェイト負荷としては現在二〇キロですね。ちなみにこの人が今設定しているものだと、一つ当たり一〇〇キロです≫

『一〇〇キロォォォォォォォォ!?』


雨宮さんは装着した右腕が上がらず、ぶるぶると打ち震えて。


「あ、蒼凪君…………これは、どういう……」

「装着しているだけで使用者に魔力負荷を与えるんです。それこそ立って、歩いて……そこにいるだけで魔力を消費していく。
これなら関節や筋肉に無駄な負担をかけず、魔力の制御力やその総量を増やすこともできるので一石二丁なんです」

「じゃあ、君もそれで……こう、魔力的なパワーで、合計五〇〇キロの負荷を……ここまでずっと?」

「寝るときと本気のドンパチ以外はずっとです。負荷と解放を繰り返すことが重要なので……でもアルト、設定は最低限なんだよね」

≪このときのあなたにかけていたものと同じです≫

「このときもやっていたのかよ!」

≪成長期にやると効果が抜群なんです≫


……そうなんだよね。私もそういうのがあるって教えてもらって、ほんとびっくりして……そのときも総量一〇〇キロの重りを付けた状態で、跳んだり跳ねたりしているものだから……本当にびっくりして。


「……まぁこれ以上は危ないか。雨宮さん、ウェイト外しますね」

「あ、うん……でも、この五倍の重さで今まで……!」

「慣れちゃうと変に重りを付けるより楽ですよ。関節も痛めない」

「それはいいな……あたしも魔法使えたらなー」

「天さん……舌の根も乾かぬうちにー!」

「でもまいさんは魔力あるって言うし……そうだ! まさかダンスの切れとかどんどんよくなってきたのは……!」

「実は……この訓練方法教えてもらって、こっそり」

「やっぱり!」

『えぇぇぇぇぇぇぇ!』


ウェイトは安全確実に外して、恭文くんは自分の手首にそれを戻す。そうして増大した負荷を心地よさそうに受け止めて、伸び……。


「でもそれで日常的に訓練かぁ。他にはなんかやっているの?」

「アルト……というかデバイスが送ってくる仮装戦闘データを元にイメトレとか」

≪こちらも実際の戦闘データなどを元にしているので、実戦に限りなく近い経験が得られます。
そうして戦闘に必要な思考速度と判断力等々を……頭の経験値を鍛えていくんです≫

「海外などで研究されている、VRトレーニングみたいなものか。それがそのサイズでできるとは便利なものだ」

「……ということは、もしかして今も」

「今はさすがにやっていないです。…………このトレーニングも相当助かりました。
とにかく数をこなして、知恵と戦術を徹底的に高めなきゃいけなかったし」


それで楽しげに笑う恭文くんを見て、雨宮さんも……みなさんも表情を緩める。


≪空戦についてもそれでなんとか手が回りましたし、ほんとよく頑張ったと思いますよ≫

「これで空飛べたの!?」

≪適性もありましたから。しかも空を飛ぶのが楽しいのか、不器用なくせにやたらと覚えが早いのなんのって≫

「空戦は楽しいじゃないのさ。縛られている感じがしないしさ」

≪その縛られた中で戦う方が強いじゃないですか、あなた……≫

「それと空を飛ぶのとはまた違う話!」

「……そっかぁ」


こういうことに一生懸命なところ、私も好きだし……うん、それを喜ばしいことと思ってくれているなら、それは嬉しい。


「……まぁ、初手からこういう奴だったからな。それが鳴海荘吉に止められるかと言われれば」

「でも、鳴海さんってドーパント相手に戦ったりしていましたよね。
それでも……どうしてここまで」

「しかもやっちゃんに負けたってことは、対ウィザードの切り札としては失格ってことだしね」

「え……」

「鳴海荘吉は変な力に頼るなとか、翼なんて出すなとか正論めいたふうに言っていたけど……ウィザードはその“多種多様な能力を使う魔法使い”。その理解を放り投げたってことだもの」


大下さんもすぐに分かってくれる。鳴海さんがこのとき突きつけられたのは、ただの敗北じゃない。

探偵として、風都を守る戦士として、ミュージアムに……ウィザードに対抗する力がないという証明だった。

スカルの打たれ強さに依存して、子どもだから本気で攻撃してくるわけがないと油断して……結果腕や足を落とされ、変身解除に持っていかれたのは十分な事実証明だった。


……鳴海さんは、裁判でも結論づけられた。このとき恭文君を実験台にして、叩きのめして……殺してでも潰して、自分の優位性を示そうとしたの。そうすれば自分はウィザードに勝てると証明されるから。

その結果情けなく返り討ちになったのも当然だった。……あの人の戦闘スタイルは、要するにプロレスなの。

それも相手の能力や経験などの洞察もしないで、全部受けて倒す……それだけのことしかできない、悪い意味でのプロレス。


確かに腕っ節は強かったかもしれない。バイヤーからメモリを購入した素人レベルなら、それで十分だったのかもしれない。

でも、その洞察を相応にできるミュージアム幹部や、恭文くんのように異能力戦では必須と言える技能を持っている“プロ”には勝てない。


要するに鳴海さんが誇っていた“これまで街を守ってきた実績”というのは……そんな素人相手に、痛みを感じない特性のメモリで初見殺しをしてきたことを指す。

相手への洞察や能力打破などの難しいこともなく、ただその点で、相性のいい相手ばかりをなぶり殺しにしてきただけ。それが鳴海荘吉という人の強さ……実力。


洞察をしないということは、そもそも渡り合う相手と同じ土俵に立てないということ……。

それをやせ我慢だけで乗り切ってきたということは、それだけでは通用しないなにかにぶつかった経験がなく、また打破する手段を見つけられないということ……。

しかもそれをあの人は、使用するメモリに対してもやっていた。だったら、それができる人達に勝てる理由が全くない。


そもそも同じ土俵にすら立っていないんだから、あの人の言葉を聞く理由がない。でも“それすら分からない”。

結局のところ、人の心とか人道なんて言うのも、あの人がそんな素人の立場で、ごちゃごちゃとごねているだけの話だった。


「でも裁判でその話を……劉さんが証人として呼ばれたときにしてたけど、面白かったなぁ。
自分が僕を実験台にした……その疑いも立証されたから、もう顔真っ赤で、混乱して……あーはははははは!」

「蒼凪くん、それで笑えるのは相当歪んでいるよ?」

「笑う以外の対処方があるなら教えてください」

「ん……はにかむのはどうかなぁ」

「もちさん、それ煽っているから……! でもほんと、こてんぱんすぎるって」

「先輩のありがサンキューとは正反対ですね」

「どういう基準で言っているの!?」

「とはいえ、見くびるのも仕方ないんだろうがな……。
普通は、ただの六歳児がそこまでやっているとは想定しない。その上殺す気構えまで整えているってのは」

「え、整うものですよね?」


恭文くん、きょとんとしないの! 鷹山さんもぎょっとするから! しているから!


「毎日朝三千夕五千の打ち込みをする中で……一つ一つ打ち込むごとに、体と心にその気構えがたたき上げられていきますよ?」

「それは一般的じゃないって自覚を持てよ! その総量五〇〇キロの負荷とイメトレもだがな!」

「……蒼凪くん、ほんと武術家マインドで動いているんだなぁ……」

「ほら、蒼凪……伊藤も引き気味だぞ! お前年も近いんだからちょっと合わせろよ!」

「そうそう! ほら、お仕事のガードとか……PSAのみなさんにって感じだけど、これからまたお願いするし!? 相応のコミュニケーションは、ね!」

「え、えっと、じゃあ……」


恭文くんはやや戸惑いながら……はっとして拍手を打つ。


「今日は、良い天気ですね!」

「「コミュニケーション下手か!」」

「あ、じゃあ……歯並び奇麗ですね!」

「「切り替え下手か!」」

「…………にぃまぁー」

「「はにかみ下手か!」」


恭文くん……! 突発的に振られたからって、混乱しないで! そこはほら、普通に特撮の話とかでいいんだよ!


≪まぁとにもかくにも、そうして改めてスカルメモリとロストドライバーをゲットしたわけです≫

「あ、それがあったね! ……おっしゃー!」


恭文くん、ちょっと黙っていて!? そこで誇らしげにウィザードメモリを掲げてこないで!? スカルメモリの代わりかな!?


「君、そこでテンション上げるのは相当サイコパスだからね!?」

「先輩……考えてみてくださいよ。法律の力や罪人が裁きを受ける権利はもちろん、僕にいろいろ気遣ってくれていた劉さんやいづみさん……僕の友達たちすら、スカルメモリという無法を傘に着て踏みつぶしてきたんですよ?
でもそのスカルメモリすら使いこなせていないと知らしめられ、回収されたスカルメモリはPSAの戦力となる……素晴らしいじゃないですか! 王道じゃないですか!」

「論破しにかからないで!? いや……ん、分かっているよ。君が結局ガチ切れしたのは、そこがずるいからだって」

「褒めてください」

「自慢げにするなぁ!」

「えへへ……」

「照れるなぁ!」

「に、にぃまぁー」

「だからはにかみ下手かぁ! 鏡の前でもっと練習しなさい! ビジュアルはそうして磨くの! 頑張ればちょっとずつでも成果が出るから!」

「あ、でも早速頑張ろうとしてくいるのはいいことだと思うよ? うん、笑顔は大事」


麻倉さん、それについてはどこ基準の発言……いや、もしかしてあれかな。


「う、うぅぅぁあぁ…………」

「やっぱり意識的には難しいかぁ」

「まぁ、ちょっとずつだよ。君、見ているとわりと真顔だし」

「んぐあがぁあぁあ……!」

「やっくん……ちょっと練習はしていたはずなのに、成果が出ていない」

「緊張しているみたいだね。ほらほら、先輩も見てくれているから頑張らないと」

「ま、まひろさ……ふにゃあああー」


恭文くんがASDの絡みで、笑顔とか……あまり意識的に制御できないから。そういうのを察して……だったら、ちょっとありがたいかも。


「マジかよお前……!」

「なんですか、大下さん……感涙でむせびなくのは分かりますけど、今は許してくださいよ」

「そんな顔だけはしていないだろ!」

「おじさんはもうこのまま突っ走って、破滅するしかないんですよ。
それまでの選択が、経験が、男の意地なんてクソ下らない自己満足が、体を突き動かすんだから。
当然それは乱立する訴訟団には通用しない。あえてみんな、ばらける形で個別に訴えていきますからね」

「それで長期間引っ張り出されまくるわけか! 地獄だろ!」

「恭文くん、ぶったぎらないで! そんな純粋な顔で言い切らないで! わりとサイコパスだからね!」


さすがにどうかと思って止めると、恭文くん小首を傾げる。


「ふーちゃんも気持ちは同じだったでしょ?」

「……まぁね。殺す人間としてもメモリに頼らなきゃ殺せないし、生かして相手を制することも正体秘匿だなんだと手抜きしたし……そんな人、破滅させて当然だよ」

「ちょっと……!?」

「え、待って。風花ちゃんがヤバい……」


あれ、麻倉さんと雨宮さんが引いている!? 待ってください! ほら、これは……もうね!? 正義ってありますし!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「まぁ……私は、そういうの素人さんだけどさ」

「えぇ」

「それでも、一番に君達のことを助けたいって……そう思った気持ちが嘘じゃないなら、信じてあげられなかったのかな」

「そもそもそれが僕達を見下しているんですよ」

「え」

「助けたい……助けなきゃいけない。助けなければどうにもならないくらいには弱く、間違った存在だと見下している。
同時に自分は僕達より社会や難しいことも分かるし、そんな自分が間違っているはずがないとおごり高ぶっている」

「あの、ちょっと待って。さすがにそれは」

「そもそものことを言えば、健常者が言う『こうしたらどうだ』とか『なんでこうしないんだ』っていうのは、障害者当人がとっくに試している場合がほとんどなんですよ。
……それを自慢げに説教している時点で、助けたいって気持ちすら嘘っぱちです。それならまず相手を知って寄り添おうとするはずですから」

「…………」

「だからずっと戒めています。助けたい……救いたいという気持ちは、自己満足な悪意たり得るんだって」


麻倉さんが戸惑っちゃったよ……! しかも実感……自分にもそういうものがあるって断言しちゃったから。


「というかですね、そもそもの話をすると……奴は十年にわたり、犯罪者を大量に殺してきた殺人鬼ですよ?
それが露呈したのに出頭もせず、ヒーロー気取りでうろついていやがるようなクズ、どうして信じられるんですか」

「ん……」

「この間のことで言うなら、碇専務達を運命のダーリンだと信じ、全てを委ね逆ハーレムプレイに勤しむようなものですよ」

「そのレベルなの!?」

「麻倉さん、安心してください。
……僕はそれに対してとやかく言いません」

「え、ちょっと待って。それは」

「………………」

「顔を背けないで!? いや、私……そんな趣味ないから! 本当だよ!?
結婚したら、五人くらい子どもを産んで、孫も含めて大家族で余生を過ごしたいなーって……それだけだからぁ!」


恭文くんが最悪だよ! いや、言っていることは正しいんだけどね! そういうレベルの話なんだけどね!


「ねね、蒼凪くん……やっぱりそういうの、よく分かっていないと駄目な感じ?」

「天さん−!」

「分かっているから! その誤解も解くから! ……で」

「駄目というか、話し合いすらできない程度には論外です。僕も愛育園の先生や、療育施設のスタッフさんから教わりました」

「出入りしている孤児院さんとかから?」


そう……そもそも日常的に障害者へ接している支援スタッフでも、そういう問題やハードルを十全に理解できていないことはザラ。

これは手を抜いているとか、不勉強とかじゃないの。単純に視点の違い……障害者として日頃ハードルに感じる部分を、そうでない人は上手く気づいてあげられない。

そういう視点の違い……自分とは違うハードルを、そうして日頃から接していることで、ようやく理解するということの方が多いの。


「僕の友達には、聴覚に不自由を抱えている子もいるんです。
その子が言っていたことの一つに、映画館での字幕放映にはいろいろ要望があるって話があって」

「要望?」

「たとえば字幕放映の有無が、放映直前でないと分からないとか……。
放映してくれても、その映画館や放映時間が大分限られるとか……。
字幕眼鏡というものもあるんですけど、その貸し出しも数日前じゃないと予約できないとか……。
だったら、ディスク化されるのを待とうとしても、そもそもディスクに字幕機能がないとか……。
もちろんこれは一例です。日常的に……そういう趣味趣向の話まで触れないと、分からないような違和感や不便さってのは多々あるんです」

「だから、よく知らないのにああしろこうしろって言っても、自己満足……なら孤児院さんの方は」

「親がいない……金銭的なものも含めた、バックボーンがない孤児相手ですから。
その孤児達相手に僕が……親がいて、裕福な僕が考えなしであれこれ言うのは、悪意たり得るんです。
……実際に、非行に走った年長者の……タカ兄って人に言われましたよ。お前に俺達の気持ちが分かるわけないって」

「蒼凪くん……」

「まぁ『非行に走って園のルールを蔑ろにしておきながら、おめおめと寝泊まりしている奴には言われたくないわ』とぶった切り、そいつと所属グループを徹底的にボコりましたけど」

「台なしだよ! あの、風花ちゃん」

「自分が裕福さゆえにお前を見下しているというのなら、お前は園の優しさに甘ったれている卑怯者だって感じで……」


そうなんだよね……あのときもぶった切られて、タカ兄さん、顔真っ赤だったよ。しかも所属していた不良グループも潰されたし。


「蒼凪が最初のとき、“そもそも何も分かっていない”って言ったのも……無理はない感じだな」

「だね。現に俺達、映画の字幕絡みとか全く知らなかったし」

「当然障害の内容によって、日常のハードルは変化するだろうからな……」

「まぁそういうクソの象徴として祭り上げるにはちょうどいいので、外に出してぶちのめしたんですよ。
おかげで僕もその後、障害者差別の典型例として実名も交え、説明しまくっていますし」

「「なんて陰湿な!」」

「犯罪者だからちょうどいいんですって」

「いやいや……陰湿! 君はやり方が陰湿だよ! というかさ、それでもほら……苺花ちゃんのことをなんとかしようって、考えてくれていたわけでしょ!? だったら」

「……先輩も……いえ、なんでもありません」

「ちょっと待って!?」


あぁ、田所さん……ごめんなさい! でも仕方ないんです! 鳴海さんはもう、言った通りの問題人物なので! そういう考えが当たり前になるんです!


「というか、そこでテラーからいかない時点で嘘以下の妄想ですよ」


だから恭文くん、そこでぶった切るのは……って、仕方ないかぁ。

……そうだ、ここについては仕方なかった。


「え……!?」

「この状況で最初に狙うべきは、僕達を助けることなんかじゃない。
テラーメモリを砕き、ミュージアムを潰し、更にはフィリップを奪い去る……全部そこからです」

「いや、でも」

「……蒼凪君の言うことは筋が通っています」

「赤坂さん!?」

「麻倉さんやみなさんが驚くお気持ちも分かります。……ですがテラーメモリによる被害者の救済にも繋がりますし、恐怖支配を砕く一手にもなる。
間違いなくミュージアム内部の統率は崩れる……少なくとも今まで通りにはならないんです」


赤坂さんも衝撃を受けていた。私達が聞いたときよりはずっと素直に……やっぱりプロは違うんだなぁ。それでも理屈は分かる。


「そもそもの諸問題も、あまりにテラーの能力が……そのハイドープであるおじいさんの力が支配的なせいで生まれています。
当然ウィザードメモリの能力が圧倒的なのも、ミュージアムとフィリップの力が“魔導書”代わりになっているせいでもある」

「でも、テラーが砕けたら……それも解決するから問題ナシになる……!」

「彼女はやっぱり六歳の子どもで、ミュージアム入りしてから日も浅いですしね。
それになにより、彼らがウィザードのハイドープであることのリスク……ミュージアムから狙われ続けるという“変わらない現実”も砕ける」

「もちろん田所さんや麻倉さんが言うような形が、理想かもしれないけど……でも、それを一番に否定したのも鳴海さんなんです」


それで鳴海さんが全部解決するまで、全部待てと?

いつミュージアムに狙われるかとビクビクしながら、その所在も縛られながら……でも警察との連携は鳴海さんが拒んだから、どこかに駆け込むこともできずに。

そんなものが善意であるはずもない。そういう話は何度もしていたのに、そこから逃げた時点で……鳴海さんにはなにかを成す権利なんてない。


「だから恭文くんは現状打破のために、園咲琉兵衛さんの“暗殺“を企んだ」

「そもそも僕はテラーの能力が通用しないもの。
だったら……その暗殺を成功させるだけのシチュエーションを作り、おじいさんと苺花ちゃんを引っ張り、陥れるのが手っ取り早い。
でもさすがに僕だけでは手が回らない。そこで苺花ちゃんのヘイトを引きつけ、盾になってくれる頼もしい大人を用意することにした。
もちろんまかり間違ってもメモリブレイクなんてできない程度に……弱く、情けなく、“冷酷になれない奴”を」

「それが、鳴海荘吉さん……って、君なにとんでもないこと考えているのぉ!?」

「メモリがなきゃ人一人殺せず、かと言って生かして制することも手抜きしていたサイコパスに頼るよりは現実的です」

「ついに鳴海さんをサイコパス扱いしたし! ……でもさ、それは……鳴海さんが君と違って、そういう戦いができない人ってことじゃないかな」

「そんなどうだっていいことに配慮する義理立てはありませんよ」


田所さんが戸惑うけど、恭文くんはためらいなくぶった切る。


「ちょっと!?」

「正義は勝たなきゃ正義じゃないんです。そのために権力や後ろ盾、実績、いろんなツテ……そういうものを利用しつつ戦うことだってある。
……なのになんで、鳴海荘吉みたいな頭のおかしい半端者を尊重しなきゃいけないんですか。
なんの権力も、後ろ盾もなく、戦闘要員としても役に立つことすらできない虫けらを。仮にも『正義を守る側』に立っているのに」

「なんで、そこまで言うの……」

「現に僕だって、舞宙さんの彼氏で実績ある忍者だからと……この間先輩達から依頼も受けたので」


でもそこで……恭文くんが宣ったある事実によって、空気が凍り付く。


「え……!」

「あれを考えると、やっぱり権力や後ろ盾は大事だなぁって再認識したので」

「あぁ……それは、否定できないな」

「舞宙ちゃん経由で、やっちゃんのことも聞いていて、そこからって流れだったしね。
というかさ、みんなだってやっちゃんが実績や保証もないただの子どもだったら、あんなこと頼まないよね」

「それは、そう……なんですけどー!」

「確かにやっちゃんもまぁ、かなりキツいこと……言っているよ?
でもさ、やっぱ大量殺人犯を全面的に信じて任せるってのは、あり得ないって」

「それで勝てなかった場合も問題だ。……この間だって俺達が勝てなかったら、水橋参事官達の妄想が正しいことになっていた。そのときになってあれこれ言っても遅い」

「………………」


そうしてはしごを外したのは、鳴海さんだった。だから……恭文くんももう容赦できなくなった。


「だから実にちょうどいいんですよ。
そんなつまらない奴もミュージアムと相打ちする形に持っていけるし、裁判で公的に全ての責任を押しつけられる」

『えぇ……!?』

「うんうん……君達の気持ち、おじさん達はよく分かる。引くよな、恐怖だよな。
でも……大正解なんだよ……!」

「……これが、ですか?」

「ミュージアムのような非合法組織だと、乗っ取りや裏切りなどを警戒し、重要な情報や利益をトップが占有している場合も多い。
今回の場合テラーメモリによる支配と、フィリップの力を利用したガイアメモリ製造能力がそれに該当する」

「占有情報……特に技術が絡んだものは、それ自体が大きなアドバンテージですしね。場合によっては身の安全にも繋がる」


園咲家は、ただテラーの力で支配していただけじゃないんだよ。それは侮辱に等しい。

自分達だけが持っている情報やノウハウ……それも組織の根幹であるガイアメモリ製造に絡んだものを一人締めすることで、組織的な反逆を防いでいたの。

特に大きいのが、若菜さんとクレイドールドーパントの真価だよ。クレイドールについては、変身して倒しても即時再生する……それだけのメモリだった。多分エクストリームがあればすぐ倒される。


だけど、クレイドールにはもう一つ可能性があって……それゆえに琉兵衛さんも、ぎりぎりまで若菜さんにその情報は明かしていなかった。

それも極めて正解だった。一見万能に思える“情報の盾”だけど、実はそうでもなくて……。


「だがそれでも、そのアドバンテージが覆されたときのリスクは変わらない。そこをツツくのはむしろ王道だ」

「まぁでも、そんな戦士としてド三流な素人でも役に立つことはあるわけです。……そのまま戦いのイロハも知らない分際だと自覚もできず潰れてもらう……それがおじさんの生きてきた意味で、存在意義。
そうして美味しいところを僕とPSAがかっさらえばいい。風都署もここで蚊帳の外状態で割を食えば、もう警視庁やPSAの協力要請をはね除けることなんてできませんし?」

「ね……本気で見殺しにする覚悟だったの?」

「そのときの僕達に必要だったのは、華々しいお手柄です。状況的に見て、全国的にメモリが拡散することも予測されていましたし、そこでまたクソほどの役にも立たない地元愛理論を振りかざされても面倒。
となれば、実績と経験で黙らせるのが一番でしょ。幸運なことに風都署と鳴海荘吉は、市民に被害が及んでも笑って過ごせるサイコパスどもですし?
最悪例として司法に刻まれ、こんな奴らみたいになりたいのかーと指差し笑う分には実に利用しやすかった」

「えぇ……!」

「なにより痛快じゃないですか。男の覚悟だとかなんとか抜かしていた私刑人と、それに後れを取りまくっていた所轄署が潰れる中、愛と正義の忍者達がリアルアベンジャーズとして乗り込み、街を救うんですから。
しかもその主軸がたった六歳で忍者候補生になった“天才少年”ですよ? 今時のなろう小説を先取りしまくりですよ」

「恭文くん、気づくんだよ……! もちさんがまた引いているから」

「いちごさん、引く理由なんてかけらもないですよ?」

『………………!?』


恭文くん、逃げ道を塞ぐのは駄目だよ!? それ悪いクセだって言っているよね!


「アベンジャーズですよ? それがリアルですよ? リーゼさんやヘイハチ先生、ウェイバー、PSAってだけでも凄いクロスオーバーされているんですよ? 子どもみたいに目を輝かせてください」

「アベンジャーズはそんなどす黒いやり口を使わないはずなんだよ!」

「ほんと、このときは大笑いでしたよ。
幸いにもおじさんは安い喧嘩を買ってくれてそのまま自爆。
風都署も籠絡寸前でアテにならない様を見せつけてくれている。
市民はその有様をまざまざと突きつけられ、絶望し混乱……ここまでは全て筋書き通り」

「恭文くんー!」

「おいおいタカ……コイツやべぇぞ! 幸いって言い切ったぞ!」

「……蒼凪、いくらなんでもやり口があくどすぎると思うよ? 僕達はさ」

「…………みんなで幸せになろうよー」

『なれるかぁ!』


恭文くん、その後藤隊長から引き継いだ決めぜりふはいらないよ! あとそれどこまで本気なの!?

しかもその“みんな”には確実な仲間はずれがいるよね! 察したよ! というか口にしていたから分かっちゃうよ! 私も気持ちは同じだけど……だとしてもどん引きだよ!


(――その7.5へ続く)






[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!