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小説（とまとVer2020軸：劇場版リリカルなのは二次創作） その1.5 『断章2017／魔導師の記憶』 魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s その1.5 『断章2017／魔導師の記憶』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――恭文くんの口から語られた話は……とても重たく、そして痛烈なものだった。私も聞いたとき、絶句する程度には。 「……！」 今日もロイヤルブルーの衣服が眩しい雨宮さんも、あまりの話に言葉を失い、瞳に涙を浮かべていた。 恭文くんが突きつけられたものが……それをよしとしたミュージアムの考えが、その犠牲すら当然と宣う有り様が、残酷にすぎるから。 「……ね、まいさん達はその話」 「……知っているよ。ほんと……あり得ないって何度言ったか分からないし……！」 「まぁ我ながら反省ですよ。一人状況把握のためとはいえ実験台同然に見殺しだし、あの場でメモリごと園崎冴子も殺しておけば、後々面倒もなかったし」 『……………………』 「もちろん鳴海荘吉も速攻で首を落としておくべきだった」 「恭文君」 「そうだ。いくら初変身とはいえ、殺し切れなかった。幹部だなんだなんて言い訳だ。……ほんと我ながら温い」 「やっぱり止まってくれないかぁ！」 恭文くん、拳を鳴らしながら反省しないで！ 過去の自分に求めるハードルが高いって気づいて！？ 「はいはい……恭文くんもあっさり答えないの……！ みなさんどん引きだからね？ それほど親しいわけじゃないんだからね？」 「全くだ。まぁ、お前がこの段階で“古流武術を振るう戦闘者”として……心構えだけは完成されていたのも分かるが」 「あの、照井さん……」 「蒼凪が振るう武術は、いわゆる剣道や柔道、ボクシングなどのスポーツとはその根底から違う……人を殺すために使う。それを五才頃から教えられていたんだ」 山崎さんに答えながら、照井さんが困り気味にアイスコーヒーを一口……。 「だからもしその技を……暴力を振るうのなら、相手の命のみならず、分かり合う道も、これまでの縁も、全て殺すものだと覚悟しろと教えられる」 「それが嫌ならそもそも振るわないように……刀を抜かないよう、あらん限りの努力をしろってことだね。あくまでも最悪手としての武力という立ち位置なんだよ」 「だから、完成されている……刀を抜くなら、殺す……いや、最悪手としての心構えも含めてなら分かるけど……」 「照井さんとフィリップに補足すると、抜いたなら決して迷わない。抜くことをいちいち躊躇わないとも教えられます」 「は……！？」 山崎さんも……他の皆さんも凍り付くような有様だった。それはそうだよ、六才の子どもがって……普通は信じられないし。 「前者は、抜いた時点で相手を殺す……そういう分かり合うなんて可能性を潰すわけだから、その手の葛藤はもう終わっている。今更迷っても遅いという話」 「じゃあ、抜くことをいちいちってのはなんで！？」 「抜くべきとき……その線引きをブレさせないということです。……たとえば」 ……たとえば、かの有名な柳生新陰流。示現流……その開祖である東郷重位が学んでいたタイ捨流のベースだよ。 新陰流は戦国時代が終わった後……平和な中で剣術が廃れていくことを予期して、今の剣道にも繋がる『精神修行としての剣術』を提唱した。 実際新陰流の技はいわゆるぎりぎりを見極めてのカウンターが多くて、そこには精神的な強さが求められる。並み一つ立たない水面のような精神状態が極地とも言われている。 その新陰流が提唱したのが、活人剣（かつにんけん）――いわゆる不殺ではなく、一殺多生の理念。 一人の悪を殺し、多くの命を助ける。殺人の技を、他者を守るためのものに昇華する。そういう精神性と、そのための強さを説いた。平和な時代と言えど武力は必要だから。 まぁ武士が……刀がその武力で、象徴だったからこその考え方なんだけど、だからこそその心構えが“抑止力”でもあった。 その悪が友人だとか、恋人だとか、家族だとか……そんな理由でいちいち迷い、助けられるはずの命を危険にさらすようでは最悪手以前の問題。 だから線引きは定めるし、斬るべきときには迷わない。決して迷わない。そういう“心の強さ”を説いた。 そして、それは示現流……恭文くんが使う薬丸自顕流でも戒められている。 示現流が東郷重位の強さで隆盛を極め、“もどき”が広まったがゆえの処置として。 刀は極力抜かない。政（まつりごと）……話し合いは力ではなく“徳”で行う。農民などの、侍より立場の弱いものに暴力を振るわない、搾取しない。 殺されそうになってもできる限り抜かない。そのために鍔元を紐で結わえもする。それで十分だった。 たとえ相手が斬りかかったとしても、殺される寸前だったとしても、達人の領域にいる人は……示現流の心構えを体得している人は、そこからでも“抜いて仕留められる”。 朝三千夕五千の立ち木打ち……薬丸自顕流だと組木打ちになるけど、それを繰り返すことによる“修行と肉体改造”は絶大な効果を発揮しているし、精神にも大きく作用する。 「――まぁこう言うと怪しいセミナーの万能説みたいですから、もうちょい別の話もすると……これは現代の武道にも引き継がれているものです」 「えっと……」 「想像してください。たとえば僕が前ぶりもなく山崎さんをこの場でぶん殴ったら、純然たる暴力で犯罪ですよね？」 「まぁ、そうだね……というか怖いよ！？」 「でもその“怖いこと”を競技として行っているのが、剣道、柔道……ボクシングなどの“相手に直接的な暴力を振るって、白黒付ける戦うスポーツ”です。 ……その絶対条件は、相手が礼節やルールを遵守すること。見も知らぬ相手とでもそういうことができるのは、そこが大前提になっているおかげです。 でも勝つためにそういうルールをすっ飛ばすなら？ 山崎さんが感じたような恐怖が、安全なはずの競技中に襲ってきます。それも不意に」 「あぁ……そう、言われたら納得かも。そのための礼節で、ルールを守る……精神性？」 「同時に“自分が勝つためにルールを破れば、相手に殺されてもおかしくない”……そういう当たり前のことを教える意味もあります」 「……」 「それは当然です。誰だって負けたくもなければ死にたくない。しかも違法の内容によっては、一生涯の傷や命にも差し障ります。そりゃあ“殺してでも生き残りたい”と思う」 恭文くんがあっさりぶった切るものだから、山崎さんも言葉を失う。ただ……言いたいことは納得してくれたようで、困り気味に小さく頷きは返ってきて。 「言いたいことは、よく分かった……というか、碇専務とかを思い出すと……」 「あれこそアホの極みですよ。反撃が『自分達の措定した形で、なんとかなるレベルのものになる』なんて保証は誰もしないのに」 「……蒼凪くんって、やっぱりこう……武術家さんのルールというか、線引き中心で動いている感じなのかな」 「分かりやすいですし。というか、その辺踏まえていない時点で甘いかつ卑怯かつ自分勝手ですから」 「きつ！」 「お前はまた……いや、前にも行っていたな」 山崎さんやみなさんも納得してくれたところで……一応飲み込めたところで、照井さんはまた呆れ気味に恭文くんを見やる。 「蒼凪の場合、発達障害の絡みもあって……曖昧になりがちな感情論や機微の話が“よく分からない”のもあるが」 ≪私やショウタロスさん達もサポートして、なんとかという感じではありますね。ただ舐めた態度を取られたらいつでも斬り殺す構えです≫ 「そこは穏便に話し合いとかじゃないの！？」 「伊藤さん……だからそれが、甘いかつ卑怯かつ自分勝手なんです」 「これで！？」 「まずそうして殴り返してこないと相手を舐め腐っていることが甘い。 初手から殴り返して来ない、または殴り返してきても押さえ込める相手を選んで殴っているのが卑怯。 先に手を出しておいて、被害者面することが自分勝手ですから」 「……」 「そういうのを“加害者の利”って言うんですよ。それを貪り尽くしていたのが、やっぱり碇専務達みたいなのです」 「だよねー！」 うん、まずそこなんだよね！ 直近ではそこを例に出すのが一番分かりやすいんだよ！ 伊藤さんも納得するしかないよ！ だってあれこそ甘いし卑怯だし、自分勝手だもの！ その集合体だもの！ 「ただ、碇専務達が特別かっていうと実はそうでもないんです。 そもそもこの辺りは僕、いじめやハラスメント、SNS絡みの事件だったりトラブルの根幹って教えてもらいましたし」 「あぁ……それならいろいろ思い当たっちゃうかも。 あれでしょ？ 著名人のアカウントに誹謗中傷とか、リツイートでマウントとか……ハラスメントはまんま碇専務達だし」 「あたしらにも他人事の話じゃないね……」 「それもそもそも、自分の言動や行動が暴力たり得るということを……そのラインを弁えていないからなんですよ。もっと言えば暴力を振るう側として無知な上、その暴発を恐れない。 自分がそんなことをするわけがないと……しているわけがないと、恐れを畏れないから、なんなくラインを超えられるんですよ」 「恐れを恐れない……？」 「二つ目は畏怖のいの字です。力を恐れる……怖がることは大事なんです。それがあるからこそ届く可能性もある」 「………………」 その言葉はとても重たかった。雨宮さんも、その理由は分からないけど、なにかがあるんだって感じ取ってくれたみたいで。 でも……うん、そうなんだよね。恭文君はまずそこだった。その素養を、御影先生も大事だって言ってくれて……。 ≪そういうのもあって、根っこから武闘派なんですよ。 抜くと決めたら瞬時に抜きをぶちかます程度には迷いなしですし≫ 「……抜き？」 「股下めがけて、地面を斬り裂かんばかりの低姿勢から放つ抜刀術です。薬丸自顕流では有名な技で……いわゆる生殖器や太ももの血管狙いで、ばっさり行きます」 『怖！』 あぁ……みなさんが揃ってぞっとして！ それはそうだよ！ 狙うところが、ね！？ 鷹山さんと大下さんなんて股間を押さえちゃったし！ 「え、生殖器って……なんでそこ狙っちゃったの！？」 「元々は甲冑を着込んだ相手用の、戦場で使う技なんです。そこを外れても太い血管が切れれば致命傷になりやすいし、下から放つ斬撃な伸びて避けにくい」 「ほんでこう、ばっさり！？ 避けられなかったら死ぬって感じ！？」 「感じです」 「でね、天さん……恭文くんが一番得意なのが、その抜きなんだよ。……元々小さいから」 「…………いちごさんの……言う通りです……！ 実際、先生にも拍手大喝采で……これだけは最初から褒められましたし……！ 教えることはなにもないと…………大笑いしやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ！」 「あぁ、うん……」 恭文くん、落ち着いて！ そんな怒りに打ち震えないで！ 実際助けられているよね！ 凄い必殺技だよね！ 雨宮さんも戸惑っているから！ 「でもさ、そういう勉強……話し合いの方って……」 「……今ほど本格的にはしていませんでした。というより、もうミュージアムに対しては“抜いている”から、意味がない」 「そういう方向かぁ！ というか、そもそも誰に教わったの！？」 「……御影先生っていう……道場も持っていたような人です。 ただかなり高齢で、教わり始めてから三か月程度で亡くなってしまったんですけど」 「そうだ、御影先生だ。なんて不器用なーとか言われることは多かったけど、御影先生もこれだけは……これだけは大笑いしていたぁ！ これだけ極めても世界一は取れるって豪語していたぁ！ どういうことだぁ！ ちょっと天国行ってくる！」 『落ち着いて！？』 「いや、地獄の方かな！？ もしかしたらこの罪で閻魔様が極刑を下したのかも！」 『失礼すぎる！』 …………実はいたの。ヘイハチさんの前に師匠第一号と言うべきか。 「それでまぁ、恭文くんもその前に路上喧嘩でいろいろ鳴らしていたのもあって……基本的に喧嘩……戦闘だと容赦を全くせず、シビアに割り切っちゃう感じになって」 「路上喧嘩……！？ えっと、蒼凪くん」 「……僕、昔から運が悪くて、まぁカツアゲとかいろいろ……でもやられっぱなしは悔しいので、反撃していったら自然と慣れて」 「その時点で大人数人がかりでも、平然とのしちゃうくらい強かったんです……。 体格的に力勝負は難しくても、猫の遺伝子がある関係で危機察知能力や足の速さ、跳躍力、更に動体視力も含めた全般的な目のよさ……そういうところは大人顔負けどころか、正真正銘の野生動物でしたから」 「……そういえば、ミュージアムに攫われそうになっても蒼凪くん、抵抗はできるだけしたって……」 「……恭文くん、自前の蹴りやら、逃走中に見つけた鉄パイプを回収して、打ち込んで……頭蓋骨や肋骨、足……股間なんかを中心に潰し回ったんです。 結果、下っ端の構成員を十数人殺しています」 「い……！？」 夏川さんが戦々恐々と恭文くんを見やる。 「メモリに変身してどうこうが初めてじゃないの……！？」 「テーサースタンガンとか持ちだしていたので、ごくごく自然に」 「えぇぇえぇ…………」 ≪まぁ不思議なもので……心構えができると、自然に“刀を抜くべき状況”も分かるんですよ。薬丸自顕流は防御の技もなく、やることがシンプルな分余計に。 しかも訓練では実剣より重たい木の棒を使うので、そりゃあ鉄パイプ程度は羽毛のように軽いですよ≫ 「むしろ私、どうして捕まったのかが最初疑問で……というか、恭文くんが“そもそも加減できない状況”というのが本当に分からなくて」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ え、ちょっと待って。 想定が違う。あたしの感じていたものと全然違う。 蒼凪くん、その時点で覚悟も定めて、ばっちり暴れられたってこと？ それで、変身前からドンパチ？ しかもそれで温かったって……反省しているんだけど！ 風花ちゃんも納得っておかしくない！？ 「それだけしっかり訓練していたのなら、殺さないやり方……加減も当然できるでしょうしね」 かと思ったら赤坂さんも補足してくれたよ！ それは分かるって……いや、でもそっか。 活殺自在ってやつだよね。現に伊佐山さんにはそうしてくれたし。 でもそれって……。 「あの、風花ちゃん……その時点で蒼凪くんって、大人相手とか関係なく、“殺せる技”も教わっていたってこと……！？」 「……はい」 「ただ、そんな小さな武術家だった蒼凪君でも、人外の怪物には太刀打ちできなかったんですよ」 「……いきなりタブーのエネルギー弾を連発されて……なんとか避けたら、控えていたホッパーとラビットに周り込まれて、そのまま死なない程度に蹴り飛ばされて、抑え込まれた……」 蒼凪くん、頭を抱えないで！ かきむしって悔しがらないで！ みんな唖然としているんだから……。 「……悔しい……負けた……うがぁああぁ…………！」 無駄かぁ！ 本気であのときはーってギリギリしているし！ 「……ホッパーは、ミュージアムが雇っていたツートップの殺し屋です。 ラビットは親衛隊的に園崎家の直衛に回っていた人で……その時点で恭文くんが勝てるはずもなかったんですけど」 「え、ほんならその実力者や園崎冴子さんが囲んで、ようやく止められたの！？」 「しかも今、結果負けたのを……」 「うがぁあぁあぁあぁあぁ！」 「……滅茶苦茶悔しがっているね。しかも怪人を斬り殺す構えだよ。その前に結構な数を殺戮しているのに」 もちも滅茶苦茶戸惑っている！ いや、それはそうだよ！ クレイジーだもの！ そこまで暴れておいて、どうすればよかったかーって反省して、悔しがっているんだし！ それも徹底的に！ 現にあたしも戸惑っているよ！ ヤバい……あたしの想定した六歳児と全然違う！ そこでいろいろ悩んで、それでもーって流れかと思っていたのに！ 「蒼凪くん、そこは……迷ったり躊躇いは」 「え……？」 一応確認すると、蒼凪くんは頭をかきむしるのはやめて、こっちを……きょとんとしながら見てくれたよ！ 「実戦で人が死ぬのも、殺すのも、殺されるのも、当たり前じゃないですか」 「………………」 凄く、きょとんと……あっさりと言いきったんだけど……！ 「『戦場にことの善悪もなし。ただひたすらに斬るのみ』ですし」 「なにその脳筋すら感じさせるポリシー！」 「……蒼凪くん、天さんはね……そういう、武術家さんとしての決めごと？ それ以外を聞いているんだ。 君自身がどう思っていたかを知りたくて」 「え、刀を抜いたなら一切迷わないってさっき」 「あの、じゃあ抜く前！ 抜く前にね！？ 葛藤とかなかったのかなって！」 「あ、それは一切ありませんでした」 「「…………」」 断言しちゃったよぉ！ それも真っ直ぐに！ あのくりくりとした瞳を揺らがせずにだよ！ 「明らかに異常だったんで、もう殺害前提で対処するしかないってすぐ分かっちゃったんです」 「……どういうことかな」 「想像してください……麻倉さんがのんびり歩いているとき、突然ワゴンが横付けされて、知らない男達が飛び出し、自分を中に引きずり込もうとするんです。怖いですよね」 「……怖いね」 「それに対して出てくる前にドアを蹴り飛ばし、引き戸は後ろを叩いて骨もへし折りつつサンドイッチにして、逃げます。 でも追いかけてくるんですよ。それで仕方ないから赤ん坊の頭くらいはある適当な石を拾って、運転席めがけて投擲し、運転手の顔面を潰しつつ適当に事故らせます」 「私、そんなことできないと思うんだよなぁ……！」 ≪そこから石をぶん投げるスタイルは変わらずなんですよねぇ≫ 「しかもまだなにかあるの！？」 ≪うちのグランド・マスターが考案した修行方法で、ジープ特訓というのがありまして。 丸腰でジープに追いかけ回されて、恐怖心を克服するんです。立ち向かってジープを飛び越えられたら完璧ですよ≫ なにその狂った特訓！ え、ということは蒼凪くんも……いや、待って！ そこで運転席に石をってことは……！ ≪このすぐ後に知り合う、姉弟子兄弟子の二人から伝統だとやらされたら……始めて一分も経たず適当な石を拾い、運転席に投げたんですよ≫ 「運転席のガラスが砕け、運転していた姉弟子……ヒロリスさんの頬をかすめ、助手席のサリエルさんともども凍り付かせたんです。というか、見ていた私とヘイハチさんも凍り付きました。 ……恭文くん……そこで『ち』って舌打ちしたし！ 外したって！ 頭を潰せなかったって舌打ちしたんですよ！」 「ヤバすぎるじゃん！」 「えぇ……というか、恐怖心を克服するのに、修行を課した方が恐怖させられるの？」 「ヒロさん達が立ち向かえーって言うから……このときは成功させたんですけど、まだ甘かったです」 蒼凪くん、そこを反省をしないで！ 姉弟子さんを殺そうとしたことについてだけ反省して！ というか、この子ヤバい！ 伊佐山さんのときと全然違うんだけど！ 「で、話を戻しますけど……普通ならそれで終わるんですよ。そのまま連れ去って誘拐―ってのが目的ですから」 「あ、うん。それなら……私でも分かるんだけどさぁ……！」 「でも進行方向に仲間とおぼしきタキシードのおっちゃん達が出てくるし、それを避けてもまだ手勢が出てくるし……もうこの時点で普通の誘拐じゃないんですよ。 明らかに、僕を狙って、日頃の行動パターンも解析した上で、僕が反撃に出られる奴だと察した上で、戦力を用意しているんです。しかももしもしポリスメンしても、携帯は電波がつながらないときていますから」 「なんで！？」 「ご丁寧に電波ジャミングされていたんですよ……。そこまで用意周到な営利誘拐なんて、僕は聞いたことがありませんよ。雨宮さん、あります？」 「今が初耳かなぁ！」 「どう計算しても、捕まってロクなことにならないと思ったんですよ。狙われる理由も察しが付いちゃいましたし」 「え」 「まぁそっちは見当違いでしたけど」 え、なに。狙われる理由がすぐ分かったって……さすがに気になったので、ちょっと前のめりでツツく。。 「蒼凪くん、どういうことかな……」 「えっと、遺伝子変異障害を患っているって話、しましたよね」 「君の猫耳や尻尾もその関係だったよね」 「もっと言えば魔法や魔術の素養もです」 「え」 「この障害が世間に広まっていないのは、高レベルの遺伝子障害……HGSと呼ばれる状態の人達には、超能力が発言していたからなんです。 そのせいでHGS患者の遺伝子情報を盗んで、そのクローンを作り、超能力兵士として売り出そうとした組織もいたくらいなので」 「なにそれ！」 「蒼凪君の言う通りですよ。だからこの障害については世間一般に広まってはいないし、高レベルのHGS患者にも永続的な情報保護が徹底されているんです」 想定していた以上にとんでもない話だったよ！ 公安の赤坂さんも知っているなら、ほんと常識って感じっぽいし！ つまり蒼凪君、自分がそういう特殊な身の上だから、それで……そういう悪い連中が狙ってってすぐ察したの！？ 「なので警察を頼るにしても、最寄りのところまでな逃げなきゃいけない。でも手勢が多すぎてそれも難しい。となれば？」 蒼凪くん、そこであたし達に話を振らないで。それをやられるとあの、もう答えを出すしか……でちゃっているんだけどさぁ！ 「えぇ、そうです。捕まるのが嫌なら、殺してでも押し通ることを選ぶだけ。普通に銃とかも持っていましたし」 ≪だから奪った銃で適当に撃ち殺した人間も相当数ですよ。それで警察署目前というところで捕まっちゃったんですよ≫ 「銃まで撃っちゃったの！？」 「向こうも撃ってきたので……まぁ見切って避けるのは簡単だったので、懐に入って頭や股間などにバンバン打ち込むだけだったんですけど」 「たやすく銃弾を避けないで！？」 ≪鉄パイプで切り払ってもいますよ？ まぁだからこそタッチダウン寸前で、ドーパントに介入させちゃったんですけど≫ 「嘘でしょ！？」 というか蒼凪くん、六才当時から本当にそこまで強かったの｝！？ しかもなんか……いや、違うよね。 「まぁ安心してください。後々裁判を通し、きっちり不問にされていますから」 「裁判にかけられたの！？」 「それも蒼凪から申し出たんだ」 「まぁ正当防衛とはいえ、それなりに殺していますから。法律的にきっちり判断してもらわないのは気持ち悪い」 「蒼凪くん……」 「僕は私刑人じゃないので」 こう、サイコパスとかシリアルキラーって感じじゃない。ほんと邪魔者として排除したって感じだし。 いや、淡々としているのが逆に怖いんだけど……でも、それなら裁判どうこうもすっ飛ばしていいはずだし。 たとえ正当防衛と言えど、暴力を振るった……人の命を奪った。その咎はきちんと裁かれなきゃいけない。そういう気持ちはあたしにも伝わって。 「なにより、嘘を砕くと決めたなら……だったな」 「えぇ」 「……嘘？」 「コードギアス風に言うなら、僕は嘘を吐いていたんです。 生きているという嘘を……こんな世界を壊したいのに、その欲望を吐き出すことから逃げる嘘を」 「…………」 世界を壊す……え、待って待って。六歳の子どもなんだよね。それが、そんな欲望を……どうして。 しかも中二病の類いじゃない。照井さんも、苦しげに唸っちゃっているし。 「恭文くん、人斬りモードは一旦収めて……！ 思い出して感情が高ぶっているのは分かるけど、雨宮さん達も戸惑っているから」 「……人斬りモード？ 風花ちゃん」 「さすがにこのままだとコミュニケーションに差し障りがあるので、恭文くんなりに線引きしているんです」 「刀を抜かずできるだけ穏便が通常モード。 戦闘にはなるけどそれもできるだけ刀は抜かないで、なんとかしようーが戦闘モード。こっちが伊佐山さんを助けてくれたときの恭文君だよ」 ただ、さすがに見かねたまいさんや風花ちゃんが、あたし達に補足してくれて……。 「刀は抜かず？ え、でも」 「物理的じゃないよ。恭文君なりのスイッチ……自己暗示のトリガー」 「そもそも侍が刀を抜くというのは、そういう意味合いもあったそうなんです。 刀を抜き、意識……思考から『人とは違う何か』に変身する。そうして殺傷に対する精神的制限を外すんです」 「薬丸自顕流にも、そういう所作があるしね」 「ほんなら、人斬りモードって」 「……抜いた以上は、必ず斬る。必ず殺すとスイッチオンしちゃうの。 だから伊佐山さんのときも、アントライオンのときも、刀は“抜いていなかった”」 「当然です。僕が刀を抜く以上、その死も、破滅も、絶対なんですから」 「だから今は抜かないでね……！」 あぁ……なるほど。六才当時のことを思い出して、今はその人斬りモード……抜いていないときとは全く違う感じになっているんだ。 ……やっぱり、まいさん達から聞いていた通りなんだね。この辺りの話を思い出して、振り返るのも結構負担がかかるって。 あの、障害特性の問題もあって、ただ思い出すだけで済まないらしいんだ。そのときの感情とかも全部発生するらしいから。 だったら、あたしがちゃんとしないとだね。というか、改めて知りたくもなったし。 どうして……その、人斬りさんなキャラも、今ここにいるのかーとかさ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ まずいまずいまずい……恭文くん、想像以上にイヤーワームがヒドい。これは私達も気をつけておかないと。 「いや……俺は逆に納得しちゃったよ……。 やっちゃん、体格任せが苦手なだけで、動きは滅茶苦茶機敏だし、力やスタミナもあるしさ。そりゃあ普通には抑えられないって」 「……確か美由希や恭也からも軽く聞いたが、魔法とかなしで、最初から二階や三階くらいの高さくらいなら飛び降りできたんだよな。今なら鍛えてもっと」 「その年でその高さから！？ ちょ、蒼凪くん！」 「あ……それは、衝撃を殺すタイミングってあるじゃないですか。 そこで足先、かかと、膝、両手、転がって肩、更に転がって背中と分散していけば誰でもできます」 「できないよ！」 「蒼凪くん……それはお父さん達も心配するよ？ 野生児ってレベルじゃないもの」 「ん……？」 田所さんと伊藤さんが混乱しても、恭文くんはきょとんとしているけど……する権利ないからね！？ わりとビビるんだから！ 猫の遺伝子、一パーセントとは信じられなかったし！ もう二十パーセントくらい混じってそうだったし！ ……まぁ、それはさておき……。 「とにかくその路上喧嘩の最中……見かねた御影先生に声をかけられて、流れで武術……合気道の基礎から教わることになって。 ……それがヘイハチ先生と親友同士だったと知ったのは、この一件が起こった後でした」 「あら、そうなの？ じゃあもしかして、こてっちゃんとは……」 ≪そのミカゲさんから頼まれて、この人への教育を引き継いだんです。発達障害の絡みもありますし、魔法の素養も見抜いていたので……私達の方が適切だと判断した。 それに備えて、抜きを……示現流絡みの訓練方法も教えたし、自主練できる環境も整えたんです。……まぁ、整えられたところで老衰を起こしたんですけど≫ 「でもその時点だとさ、やっちゃんは魔法……使えないよね。使えたらもっと上手く対処できそうだし」 「魔法が使えたら……まず背後にクレイモアをセット。それで怯んでから刀を取りだしぶった切る……それは当然だ。 でもあのときは駄目だ。だったらどうすれば勝てた、どうすれば殺せた。どうすれば……どうすれば……」 「六歳の自分に、ここまで無茶ぶりする程度にはイカれているしさぁ……！」 大下さん、本当にごめんなさい！ 私も悪いクセだと常々言っているんですけど、もう……この調子で！ ≪見ての通りな上霊感などもあったし、HGS患者としての素養もある。フィジカルも足の速さと敏捷性、眼の良さだけで大人を潰せる程度には高い。 しかも……温厚そうに見えても、根っこのところでは“持っている力を思う存分振るいたい”という欲望がぎらぎら≫ 「力を……」 ≪もうちょっと噛み砕いて言うと、強くなりたいって気持ちですね。 その力をぶつけられる戦い……それでも勝てるかどうか分からない強い相手との死闘。 それに備えて日々鍛えて、絞って、つねに臨戦態勢であり続ける覚悟。 そういうものを繰り返し、強さの果てを目指す……≫ 「……そういえば蒼凪くん、ライブについてくれていたときもちょいちょいトレーニングしていたよね。 リハビリになる軽い感じだけど……腕立て伏せとか、スクワットとか、木刀素振りとか」 雨宮さんが思い出したように言うので、大下さんが困惑気味に私を見やる。 鷹山さんともども伊佐山さんについていてくれたから、知らないのも当然なので……首肯を返した。 「やってたやってた！ もう暇を見つけるととにかく体動かしてる感じでさ！ ついてくれていたダンスコーチの先生も感心していたもの！ いや、わたし達もだけど！」 「……それ、覚えがあるな。蒼凪は俺達とハマに向かう前も、港署に着いて水橋達がちょっかいを出す前も、ちょいちょい基礎トレーニングをしていた。 朝と夕はどこかで剣術の打ち込み練習もして、走り回って、大体汗だくにもなっていたし……」 「だからやっちゃん、大体お風呂も一日に二回入るんだよね。 でも……シャマル先生が泣くだろ。というかいちごちゃんがまた神刀ぶっこ抜くぞ」 「だから軽くですって！ このときは朝夕の打ち込み練習もさすがに控えましたし！」 「……いつも通りには、だよね」 あ、まずい。そこでいちごさんが、凄いいい笑顔に……！ 「一合だけならリハビリの範疇だとか、シャマルさんに許可をもらって……精神集中の修行だとか言って、その一合をがちにやっていたよね……！」 「い、いちごさん……あの、また目が……！」 「……蒼凪くん、あれはほんと駄目だって。いちさんが心配するのも理解して」 「雨宮ちゃんもなんか見たの？」 「見ましたよ！ もう滅茶苦茶驚いたし！」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 二〇一七年六月――。 伊佐山さんの一件も片付き、ライブも本番……まずは1DAYが終わり、千秋楽を残すのみとなった。うん、二日構成なんだ。 とりあえず伊佐山さん、なんとか落ち着いた状態で……自供も始めているそうで。鷹山さんと大下さんも大丈夫だと連絡してくれたから、あたしもホッとしていた。 でも……昨日踏みしめたステージは、いつもとはまた違っていて。それがこそばゆいやらなんやらで、二日目はわりと朝早くに目が覚めた。 それで少しホテルの外に出て、朝焼けの輝きと優しい風を浴びていた。 まぁそうして軽い散歩って感じなんだけど……横浜って港町だし、あたし達が移ったホテルは海岸公園も近くにあってさ。それで気分転換だよ。 そんな散歩にジャージ姿で出る途中、遭遇したいちさんを連れて……潮騒の音楽に耳を傾け、笑いながら歩いていく。 「天さん、もういつもの調子って感じだね」 「おかげ様でね。あー、でも蒼凪くんにもまたお礼をしないと……」 「軽い感じでいいよ？ あんまり気を遣っちゃうと、逆に恐縮しちゃうから」 「……あたしと、会ったことがあるから？」 「正確には……天さんと似た人、かなぁ」 いちさんはその辺りの事情を知っているんだ。いや……改めて確認したって感じかな。まいさんともども驚いてた様子だし。 「さすがに気になったから、先んじて状況は聞いているんだ。風花ちゃんにね」 「結構重たい感じかな。いちさん達にも話していなかったなら……」 「……これ、恭文くんが話すまでは、知らないことにしておいてね？」 「うん？」 「その“お姉さん”が……初恋みたいなんだ」 「はぁ！？」 「しかも一目惚れ」 「一目惚れ！？」 え、待って。つまりその、あたしが……というか、あたしと似た人が！？ いや、それ以前に似た人ってなに！？ 顔とか覚えていないのかな！ 顔立ちが十代の頃と変わっているから！？ 「恭文くん、記憶障害も抱えているの」 「え……」 「というか、発達障害の典型症状でね、人の顔や名前を覚えにくいの。 髪が長いとか、目が切れ長で奇麗とか、声が奇麗とか……そういう細かいところに目がいって、一番分かりやすい全体像が把握できない。その細かいところを大きな絵として作れない。 だから、天さんがそのお姉さんだって確証も……本当にすれ違ったって感じだから」 「そんな……でも」 「そこも、アルトアイゼンやヒカリちゃん達がサポートしているの。 ……実際それもあって、恭文くん……サポートなしでの忍者活動にはNGもかけられている」 「…………」 人の顔、名前……そんな本当に基本的なところにも、障害が絡むの？ いや、これも見下しだ。だって……それじゃあ……。 「まぁだから、そのお姉さんと天さんを同一視したくないって、思っていたみたいなんだ」 「……あたしがお姉さんだから、そういう……お付き合いとか、そっち方向の好きをぶつけるーとか？ こう、初恋だから」 「天さんにも天さんの生活や感情があるから、余計に……なによりね……これ、絶対内緒だよ？」 「うん？」 「そういうことを抜きに、天さんの歌が大好きなんだよ」 「…………」 「恭文くん、天さんの歌を聴いているとき、すっごく幸せそうな顔をするんだー。昨日のライブでもそうだった」 …………そっか。そういう、ことだったんだ。 「それで多分、天さん自身のことも……人間的には、もう好きなんだって思う」 「そうなの？」 「ほら、言っていたよね。逃げてもよかったのにって……恭文くん、そういうことができる心の強い人が好みっぽいんだ。 まいさんにも、リインちゃんにも、フィアッセさんにも……そういうところで気持ちを通じ合わせたから」 「……それは、ちょっと照れちゃうなぁ」 今はちょっと、そういう……割り切りを付けた初恋が再燃して、いろいろこんがらがっているだけなんだ。 それでも、あたしを……今いろんな縁で、近くなったあたしのことを見ようとしてくれて。 「あたしがそう思えたのは、蒼凪くんが叱ってくれたからだし」 「ん……」 「まぁ分かったよ。改めてお話しするまでは、知らない振りしておく」 「ごめんね」 「大丈夫だから」 ……だったら、あたしもちゃんとこう、考えて……だよね。 でも……。 （初恋がそのお姉さんで、一目惚れって……どういうことだろう） つまりそれくらい印象的な出会い方をしたってことだよね。記憶はあやふやだけど、それでもって……ううん、それもお話を聞いてからにしよう。 どうもその下りを抜いても、蒼凪くんの……最初の戦いって、相当重たいものらしいし……って、あれ？ 「――――」 朝焼け……潮騒の間近。なぜかぶっとい簀巻きが砂浜に刺さっていた。 それで、三十メートルくらい前に、木刀を真正面に構えた蒼凪くんが立っていて……。 袴に青い着物……でも上半身は脱いで、細身の体が昇る朝日に照らされていた。 あっちこっち傷だらけで、痛々しい後がたくさんある。でも……嘘、意外と筋肉質！ 細マッチョに近いかも！ 目を閉じて、深呼吸している様子で……ぴりっと張り詰めた空気を感じて、あたしも自然と足が止まって。 「恭文くん……って、まさか！」 「いちさん？」 そう言った瞬間だった。カッと蒼凪くんの目が見開かれると――。 「チェストォォォォォォォォォォォォォ――！」 裂帛の気合いとともに砂が弾けて――いつの間にか蒼凪くんが、簀巻きと交差。 そこから五メートルほど進んで停止……そして、簀巻きが袈裟斬りに両断されていた。 ただの木刀で……しかも木刀は折れた様子もなく、疾走を思わせる砂の破裂が一直線に起こり、それがすぐ静まって……でも夢とかじゃない。 それは、折られながらも剣閃を感じさせる……一直線の破砕を刻んだ簀巻きが、その断片が証明していた……！ 「……ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ………………」 息吹を漏らし、あの子は張り詰めたような空気を……慎重に、ゆっくりと解除していく。 「すご……！」 それを見守りながら、思わず口から出た言葉はそれだった。というか、魔導師さんだから魔法でズドンってだけじゃないんだ。 魔法とか使った感じでもないから、ほんと、素であれだけのことができて……あの小さい体で、一体どれだけ努力したら……。 「ち……あと半歩踏み込めたか」 しかもあれでまだ不満があるの！？ でもそっか、そうだよね。プロなんだもの。 あたしやみんながステージで、演技で、いろいろと突き詰めて……至らなさと四苦八苦するみたいに、あの子だって自分の領域で。 「…………このぉ…………」 …………って、言っている場合じゃなかった！ いちさんが怒りの形相で……というかそうだよ！ 蒼凪くんって確か。 「大馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！」 「ひゃああああああ！？」 リハビリに入ったばかりだったぁ！ 本格的訓練とかなしを宣言されていたんだったぁ！ だからいちさんはさっきの蒼凪くんを思わせる勢いで全力疾走……慌てて追いかけて、詰め寄るいちさんになんとか追いついて……！ 「い、いちごさん！？ 雨宮さんも……お、おはようございます！」 「おはようじゃないよ！ なにしているの！？ リハビリ期間って忘れたの！？」 「いや、だから許可はもらっていますって！ 一合だけ！ 一合だけ！ 一発だけ！」 「それで先っちょどころか根元までずぶっと入っているよね！ 本気だったよね！ それで一発だけなんて言い訳が成り立つわけないよね！」 いちさん、落ち着いて！ 表現が卑猥！ 朝から卑猥！ ふだんそういう話絶対しないよね！ 引くほうだよね！ 「というか……そうだよそうだよ！ 昨日も手が空いたら腕立て伏せとか始めちゃうし！ リハビリと称してスタッフさんのお手伝いもしちゃうし！ 走り回るし！」 「だから許可はー！ それにまだあの、ステークの練習が……クレイモアの精度確認も」 「やり過ぎだよ！ というか私の許可を取ってよ！ 私、泣くよ！？ また泣くよ！？ 自分で言うのもあれだけど……今は恭文くんのこと、ぎゅってしてないと……駄目な子なんだからぁ！」 「ごめんなさいー！」 「もちろんさ、強くなりたいとか……そういう気持ちは、受け止めるよ？ 私だって、受け止めてもらっているし……でも、でもね……今は、ちゃんと休んでほしいから……」 「まぁまぁ……いちさん、そこんところはまた朝ご飯食べながらお話するとして……」 とりあえずいちさんを宥めて……改めて蒼凪くんを見やるけど……。 「え、でも蒼凪くん……ほんと無茶とか駄目だよ！？ あたし、素人だけど今のは凄いってことだけ分かるし！」 「これでも六割も力を出していなかったんですけど……」 「そうなの！？」 「シャマルさんにも泣かれたくなかったので」 「だったら、訓練しないって方向は」 「習慣づいているので、どうもじっとしてられなくて……！」 あぁ、うん。うずうずしちゃって……また飛び出した猫耳と尻尾がまた愛らしい。 「どうしよう、走りたい、走りたい……もっと打ち込みしたい……あぁでも、今は休まないと……。 だからGOサインが出たらたっぷり事件の反省も込みで模擬戦しまくって、ドーパント相手の装備もまた調えて……」 しかもわくわくしてる。そういう訓練とかすっごく好きみたいで、目も輝いているし。 そういうのを見ていると……こう……いや、その前に…………。 「……雨宮さん？」 「……寒くない？」 「にゃあ！？ あ、あの……ごめんなさい！ お見苦しいものをー！」 「いや、大丈夫！ 全然見苦しくないから！ むしろアリだから！」 そんな慌てて着物を羽織らなくていいのに……男の子なんだし……それにほんと、体つきだけでも分かるもの。凄く頑張っているんだってことは。 「……天さん、気持ち悪い」 「なんでだぁ！」 なに！？ ちょっと心配しただけなのに！ それで遠慮しないようにって……それでなぜそこまで言われるの！ 「………………」 というか絹盾ぇ！ 引くなぁ！ さっきの怒りはどこ言ったんだよ！ いいからお前戻ってこいー！ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ そして、時間は現在に戻る……あれはヒドかったなぁ。朝食をもりもり食べながら、いちごさんが凄い説教していたし。シャマルさんもお説教されていたし。 一応シャマルさんが定めた制限は守っていたから、理不尽ではあるんだけど……まぁ、心配はするよね。 「……天さん、よだれ出していたの？」 「出していたね」 「出してねぇし！ むしろ……うん……もうちょっと見たいなって思っただけだし」 「にゃあ！？」 「「やっぱり出しているし……」」 「だから違う！ 練習！ 全体的な練習！ 蒼凪くんの体にやましい気持ちとかは向けていないから！ そういうのじゃないから！」 「「……！」」 はいはい……恭文くんもいきなり立ち直らないの。舞宙さんと一緒に『仲間が増えた』って顔をしないの……！ その辺りの話をすると脱線がヒドくなるから落ち着いて。 「……蒼凪……お前、ストイックがすぎない？」 「確かさ、この間の反省というか……感想戦？ それをまたこてっちゃんと念入りにやっているってのは聞いているけど、そこまで徹底しているのかよ」 「修行しないと、強くなれないじゃないですか。 実際水橋戦では足を潰されて、詰めをいろいろ任せちゃいましたし……」 恭文くん、ガッツポーズをしないで。気合いを入れないで。みんな唖然としているんだから。 「あの液体装甲だって、零距離を取って撃ち貫くのは本来僕の仕事ですし」 「いや、対物ライフルでやってなかった？」 「だから、刀で……または拳で。スキルはあったのに……油断が過ぎた」 「うん……やっちゃんの気持ちは……よく分かったからさぁ……！」 「頼むから、その純粋な瞳でガッツポーズをするな……。無駄に心が痛くなる」 あぁ……鷹山さん達が頭を抱えて。まさかそこまでしているとは思わなかったんですよね。それはびっくりですよね。 「え、でも蒼凪くんって、そんながっしりしているの？ ちょっと見せてもらっても」 「ぴょんさん……！」 「いや、あの……それはー！ お見苦しいというかー！」 「あぁ……それはちょっと聞いているよ。斬られた傷や撃たれた傷があっちこっちにあるから、慣れていない人に肌を見せるのは躊躇っちゃうんだよね」 「びっくりさせちゃうので……って舞宙さん！？」 「そこは勘弁してよ……。恭文君、夏でも長袖の袴とか中心だし、髪も男の子としては長めでしょ？」 あぁ……そこで山崎さん達も気になった感じなんだ。恭文くん、それで肌とかあんまり見せないような服が多いし、髪だって……。 「そうだ、それもびっくりしたよ。……頭に銃弾がかすった傷とかも残っているんだよね。だから髪を短くすると傷が丸見えでビビられちゃうって」 「……そういやハマへ戻る前、やっちゃんとホテルの大浴場に入ったときは凄かったなぁ……」 「俺もよく覚えているよ。身体中傷だらけな上、頭を洗うとその銃創が見えるんだよ。周囲の客もどん引きしていた」 「よくあることです。体育の時間とか水泳の授業とかで脱ぐと、みんなにぎょっとされるんですよ」 「ぎょっとするのは、その体格で筋肉も相応にあるせいだからな？ 腹筋とかちょっと割れていただろ」 「それ頭洗うとき、ちょっとかがんだせいですって……」 「いや、割れてたよ！ あたしはしっかりチェックした！ 腕とかも筋肉の線できていたし！ 顔立ちと違和感ないレベルだけど……逆にそれがよかった！」 「雨宮さん！？」 え、なにそのフォロー！ そこは幼なじみな私もするところじゃ。 「「……………………」」 あぁあぁあぁあ……引いている！ いちごさんがまた引いている！ というか麻倉さんも一緒にずずずーって引いている！ 「ちょ、二人とも引かないで！ 本当に違うの！ あのね、二人が想像したような意味じゃないの！」 「……で、恭文くんがほんとストイックな修行馬鹿気質なのもあるから、きっちり正しく指導しないと危ないって思ったんだよね。永遠の夏男でもあるし」 「無理矢理話を戻してきたし！」 ≪結果いつ暴発的に魔力が覚醒するか分からない……ミカゲさんはそう考えていました。なにせ三か月弱の付き合いでも察していけるほど、運勢最悪でしたし≫ 「……蒼凪、お前……どれだけなんだよ……」 鷹山さん、触れないでください！ 恭文くんはもう……仕方ないじゃないですか！ こうなってしまったんだから！ ≪当然それは的中しました≫ 「したって定義でいいのか……！？」 ≪いいんですよ。ウィザードメモリを受け入れたことで、この人の体内器官≪リンカーコア≫と、魔術回路が強制起動しましたし≫ 「そっからがやっちゃんの……魔導師兼魔術師としてのスタート？」 ≪そのきっかけですね。……とはいえその段階から私達も気ままな旅暮らし。ミカゲさんからの手紙を受け取った時点でもう当人も亡くなっていて、慌てて地球に向かったのが……このタイミングです≫ そこでアルトアイゼンが、珍しく疲れたようなため息を漏らす。 ≪そうしてミカゲさんの息子さんと連絡を取って、この人の家も聞いて……そこから改めて東京に着いて、家を訪ねたら……まさしく修羅場でしたよ≫ 「――僕が意識を取り戻したときには、もう一週間が経っていました。 探偵のおじさん……鳴海荘吉さんもお父さん達に事件のことは警察に言わないようにと口止めし、無責任に風都に戻っていて」 「だからその間におじさん達、誘拐事件が誰の責任かって下りで大げんかして、仲裁しても全く聞かなくて」 「……一週間も寝ていた……時間を無駄にした。一体どれだけ打ち込みできたんだろう。奴らを皆殺しにする準備がもっとできた」 「……私、ツッコまないからね……！」 恭文くんにはそう告げてから……つい軽く首を振る。 「まぁ、おじさん達が喧嘩というか、動揺することそのものは……普通なら仕方ないことだったんですけど」 「周囲の人々を守るためとはいえ、自分の子どもが……まだ六歳の子どもである蒼凪君が、そんなメモリで怪物になった。 しかも悪党と言えど人を殺めた……それも多数となったら、ね」 「しかもそれを僕に忘れろとか悪い夢とか……そんなどうでもいいことでぎゃーぎゃー騒ぐものだから、ほんと大迷惑でしたよ」 「どうでもよくないんだけどなぁー！」 「邪魔するなら皆殺しにするだけですし」 『…………』 ……田所さんにあっさり答えるから、みんなが絶句。 「嘘を吐く奴も殺す。 あんな馬鹿で誰かを傷つけ、踏みにじる奴も殺す。 それに手を貸した奴も殺す。 僕の庭で好き勝手をしてくれた上、見下してくれた奴らは徹底的に殺す――」 「あ、蒼凪くん……！？」 「深町本部長はやっぱり理想の上司だった。その魂は僕の中にも宿っていたものだから――！」 「落ち着いてくれる！？ え、本当にそんなことを本部長さんがぶちまけたの！？ なにかの勘違いってことはないのかなぁ！」 「……田所ちゃん、それ俺とタカが一番思った。でもあの人、キレるとこうなの」 「それは自分でも分かっているから、ふだんはできるだけ良識的にと抑えているんだが……おい、風花……」 「………………」 鷹山さんがまさかという顔で私を見やるので、今はただ……小さな首肯を、また返すだけだった。 「一週間……ここで眠り続けていたことで、それだけの時間が消費された。しかもおじさんが口止めしていたせいで、警察などなどにも通報していなかった。 ……いつまたミュージアムに……アイツらに襲われてもおかしくなかったのに。それも今度は徹底的にだ。 なら戦争……戦争しかない。既に口火は奴らが切った。戦争でどちらが殺されるか……ただそれだけのこと――！」 「……お父さん達もそうだし、風花ちゃん……周囲の人達も危なかったんだよね。 そのことも話そうとしたのに聞いてくれないものだから、恭文くんはこの調子でぶちギレて……病院から抜け出したんだよ」 「しかもサムライメモリまでぶんどられていた！ あれ、どんな効果か気になっていたのに！ 魔法経由だけど使ってみたかったのに！」 「まだ入院とかしていたのに……この会話が全然成り立たない勢いで？ 今の思い出し怒りだよね？ あと最後、明確に私利私欲だよね？」 ≪大下さんが見た通りですよ……。 そこで大慌てしていたタイミングで私とグランド・マスターが到着して……風花さんから捜索を頼まれたんですよ≫ 「それで恭文くん、PSAに飛び込もうとしていたんだよね」 「普通の警察じゃあ無理だし、もうアテにできるところがなくて」 恭文くんはハイボールをぐいっと……そのまま一気に飲み干しちゃう。ザルと言ってもお酒なのに……やっぱりこの話になると、いろいろ繊細になるみたい。 「……しかも恭文くんの馬鹿、その前段階でも暴れて……PSAも動かざるをない状況にしたんだよね！ 暴力団とか暴走族のところに乗り込んで、暴れて……喧嘩しまくってさ！」 「え、そこからまた喧嘩！？」 「したんだよ！ メモリの精神汚染はなかったけど、その影響で魔力とか、魔術回路とかが覚醒して……自分でも振り回された状態で、苦しかったはずなのに……！」 「一週間修行できなかったので、まぁリハビリついでに」 『どんなリハビリ！？』 恭文くん、それジョークのつもり！？ だとしたらセンスがないよ！ いちごさんじゃないけどそうツッコむしかないよ！ 「でも元々幽霊とかは……その上で“更に”ってことかぁ！ え、でもなんで！？ なんで暴れたの！？」 「探偵のおじさん……鳴海荘吉さんをとっ捕まえて、馬鹿だったお父さん達ともども殴り潰し、徹底利用するためです」 『えぇ！？』 「どういうこと……！？」 普通ならあり得ない言葉に、雨宮さんがまた瞳に涙を溜め…………られないよ！ 無理だよ！ 発言がおかしいもの！ これで嫌いになったとか、相談しても無駄だったーとかならいいよ！ でも利用だよ！？ 人の心がないもの！ しかも雨宮さん、優しい人なのにさぁ！ 怖がったっていいのに……そこまで追い込まれた恭文くんのこと、心配していたのに、それすら台無しにするんだから！ だからまぁ、そこから続けていくのが……本当に申し訳ないんだけど……！ もう恭文くんの中で、気持ちはとっくに固まっていたから。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 恭文くんとウィザードメモリとの出会い……その後のことも含めて、全てが最悪だった。 ただ恭文くんはそれじゃあ止まれない。止まるつもりなんてないと、もうとっくに定めていて。 「雨宮さん……というか、みなさんも疑問に思っているところとも繋がります。 どうして僕が、メモリを受け入れたのか……メモリの声みたいなものを感じ取れたのかって下り」 「あ、そうだよ。それも……かなり聞きにくいことだけど、大丈夫かな」 「大丈夫です。……まぁ鷹山さん達には結論から話したんですけど……僕はそもそも、ウィザードメモリの過剰適合者だったんです。 伊佐山さんが過去に受けた屈辱……傷からインジャリーの能力を引き出したみたいに、僕は僕でウィザードメモリに適合する理由があった」 「あ、そうだよね！ それも言っていた！ じゃあ過剰ってことは……君の場合は、もっと？」 「だから僕みたいな素人が……幹部クラスのドーパントを、ある程度有利条件が揃っていたとはいえ瞬殺できたんです」 「自分に合う鼠は、合わない獅子よりも遙かに強い……だったね。……はい」 「ありがとうございます」 いちごさんが次のハイボールを持ってきてくれたので、恭文くんはそれを受け取り一口……美味しいらしく表情が一気に緩んだ。 「同時に僕は、ウィザードメモリが持つ“意志”ともベストマッチした」 「意志……！？」 「ボク達のように自由自在な思考と発言ができるわけじゃない。だが、実際にそうとしか思えない現象をメモリが起こす場合もあるんだ。 ……たとえば彼と同じ過剰適合者――大道克己は、別の人間が使用したエターナルメモリに触れたことで、そのメモリを“自分以外が絶対使用できないようにした”。メモリそのものがそれを選んだんだ」 「それは今僕が使っている次世代タイプも同じです。 僕以外の人間が起動しようとすると、メモリ当人が拒絶し、電撃まで発生する」 「……例外は精製を手伝ってくれたフィリップさんとシュラウドさんくらいだよね。こう、お母さんは特別というか」 「怖！ え……でも待って！ あたし、そんなことなかったよ！？」 「僕が使いたい魔法に、雨宮さんの気持ちも必要だったせいです。ウィザードメモリとは離れていてもリンクしていますし」 「あのときだけのお目こぼしだったわけかぁ……」 「だから……もうさぁ……！」 ……あ、まずい。恭文くんがぷるぷる震えだしてる。 「事後に聞いてビビったし！ それでびりびりして怪我でもしたらどうするの！？ 雨宮さん、ステージにも立つ声優さんなのに！ フィリップにはまた説教だ！」 「彼女の気持ちが一番必要だったんだよ……。何せ変身もせず、メモリの力だけを引き出そうとするんだから。説明しただろう？」 「だとしても……あぁああ……それを言えば説得を許した時点で僕もアウトだしぃ！」 「蒼凪くん、落ち着いて！ あたしはほら、大丈夫だし！ まぁ……心配してくれてありがとね」 「い、いえその……はい……」 ……恭文くん、ほんと弱いなぁ。でも……私も話を聞いたときは本当にびっくりしたよ。前に私がやったときもびりびりーってきたし。 だから本当に……メモリにはちゃんと意志があるんだよ。それこそ八百万みたいに……うん……。 「ならフィリップくん、園咲冴子さんは……逆にどうなのかな」 「はっきり言えば“使いこなせなかった一例”だ。現に話した中で“禁忌”を連想させる能力は見えなかっただろう？」 「だから、“合う鼠“を掴んだ恭文くんが勝った……」 「更に言うと……まぁボクがそこへ触れると完全に嫌みだが、冴子姉さんそのものの素養が園咲家の中では低いものだった。 それはプライドが極端に強い冴子姉さんからすればコンプレックスでね？ 彼を……発達障害者を出来損ないと見下し、実験体を平然と殺そうとしたのもそのためさ」 「フィリップや若菜さんみたいに、地球の記憶へアクセスする素養もなく、父親のように絶大な恐怖を振るうこともできず……だしね。 もちろんそんな超絶的な存在と比べればって話だけど、そのプライドの高さゆえに中途半端だった部分は否めない」 「その上ミュージアムや冴子姉さん……そして父さん達も、ウィザードメモリの性質を大きく勘違いしていたからね。それもまた幸運だった」 ……あぁ……そうなんだよね……！ そこがあったと、つい身震いしちゃう。 「結論から言うと、この間ボクも触れた“記憶のコピー”は大嘘さ」 『えぇ！？』 ≪考えてみてください。たとえば相手のメモリから能力をコピーするとしても、その記憶にウィザードの変身者……うちのマスターが同じくらい適合できるとは限らないでしょ。 仮に適合しても、向こうが力をより引き出していたら、同じものをぶつけても結局劣化版。押し切られてしまうんです≫ 「同じ力でも、使う人間によって最大レベルは変わる……その下りが矛盾を作ってしまうんだね。 なら、蒼凪君がメモリの声を聞こえたのも、複数のメモリを最初から一気に使いこなせたのも、その“真実”に絡んだから？」 「だから毒素による悪影響も一切なかったんだ。ただそれが判明するのは、もう少し後……今ここで重要だったのは、彼が園咲冴子を……ミュージアム首魁の長女を蹂躙しうる“遙かに強い鼠”だと証明されたこと。 単純にミュージアムに唾を吐いたということだけじゃない。ウィザードメモリの能力証明……更に勘違いしていた“真実”に気づく一端を見せつけた」 フィリップさんは手元のウーロン茶を一口飲み、心地よさそうに……ううん、少し重たげに息を吐く。 「だから父さんも彼を無理矢理にはさらわなかったんだ。改めてメモリの性質を探る必要も出てきたから」 「それで無理に攫い、その性質に反する状況が生まれれば……せっかくのメモリ適合者を自ら潰すことになる。だから園咲琉兵衛も出直すことにした」 ≪それが三つ目ですね。まぁそれだけの規模で適合者を……スペアまで探していた重要な計画で暴れたわけですし？ ある意味当然ですよ≫ 「それで四つ目……ずっと声が聞こえていたこと」 恭文くんは右親指で……自分のウィザードメモリを撫でながら、少し寂しげに笑う。 「あのとき聞いた“助けて”という声が……ずっと」 「……やっくんはそれを幻聴だとは思えなかったんだよね。 だから、お父さん達のことは鎮圧する算段も付けた上で……熱に浮かされながらも冷静に、事件を調べることにした」 「は……！？」 「それを無視したら駄目だ……周囲の大人も頼れないなら、自分が手を伸ばすしかない。 とはいえ自分だけじゃ限界がある。こういう事件で頼れる人達を引っ張り出すだけの材料は集めないといけない。 それで……メモリを差し込んでから使えるようになった、魔力とか……眼の力も使って、自分なりに調べ始めたんだって」 「PSAの人達を動かすために！？ いや、あの……でも君、そのとき六歳だよね！」 「普通なら無理です。ただ、僕には特技もあったので」 そこでぴょんと跳ねるのが、恭文くんの猫耳と猫尻尾。それで疑問をぶつけた雨宮さんも納得する。 「……動物や幽霊とお話する能力かぁ。あたしに道を聞く前にも、それで探していたって言っていたけど……やっぱ凄いんだ」 「凄いよー。実際横浜の事件について調べていたときもそれで大幅に進めたし、街のこととか全部分かっちゃうんだもの」 「あの、いちごさん……褒めてくれるのは嬉しいんですけど、頭を撫でるのはー」 「いいのー。私は年上の彼女なんだからー」 「今日もその日なんですねー！」 「ん、その日……なんだよ？」 いちごさんがなんだかステップアップを……！ あぁでも、まだ緩い……まだゆるめな感じだ！ じれったい！ もっとがーっていっていいのに……凄くじれったい！ まだ油揚げな感じだし！ ……でも分かっている。それだけじゃない。いちごさん……というか舞宙さんには前もってあらかたのことはお話しているし、気遣ってくれているんだ。 今までは……半分の理由だけ話していたから。 「なら蒼凪くん、そのときはどうしたの？」 「まずはあの廃病院近くの目撃情報を集めて、黒服連中……園咲冴子と会っていた奴らをピックアップ。 あとは突然襲撃を仕掛けて、一人一人痛めつけて聞き出す。……まぁ実に原始的かつ理性的な方法で」 「うん、それは全くもって世紀末かつ本能的だね。 というか六歳の子どもに事務所とか潰されたら、やくざの人達も面目丸つぶれ……廃業だよ」 「それは何一つ問題ありません。金庫や財布に入っていた金品は、丸々僕にカツアゲされるんですから。活動なんてもうできません」 「……えぇ……」 「もちろん報復なんて真似もさせません。顔なじみの事務所や仲間内の居場所も聞き出し、訪ねて同じように潰す……昔懐かしお昼のうきうきテレフォンショッキング方式でみんな笑顔です」 「蒼凪、お前は馬鹿なのか！？ そんなテレフォンショッキングがあるわけないだろ！ あと気付け！ 麻倉がどん引きしているんだよ！」 「え、どこに引く要素が！」 恭文くんは本当に正気なの！？ 引く要素だらけだよ！ 麻倉さんの顔を見て？！ 凄い微妙な顔をしているよね！ 本当にどん引きしているんだから！ 「待ってください……麻倉さん……僕は、平和的に話そうとしました。 ちゃんとお昼休みのうきうきウォッチングーってうたいながら登場しました」 「恭文くん、ちゃんと正確に言って！？ まず事務所内にバルサンを投げ込んで、混乱したところで次々叩きのめしたんだよね！ お話は縛り上げた後だよね！ しかもまず狙ったのは親分格だよね！ それをこてんぱんにした上で、人質同然に扱いつつ他の人達もさぁ！」 「……完全に強盗……というか君がテロリストだよ。あとね、単純に怖い。サイコパスだよ」 「……もちさん、それ……風花ちゃんも今みたいにツッコんだ。というかわたし達もツッコんだ」 「ツッコみましたよ！ ツッコみますよ！ なんとか止めたいと思っていたら……そんなことしていたんですから！」 「大騒ぎにならないと、PSAも僕の話を信じてくれないと思って……それにほら、共通点もないと、同じ奴がやっているなーって分からないでしょ？ だからうたいながら襲ったの」 「そのためにそっち方面では“死に神が具現化した子ども”って未だに恐れられているんだよね！ 都内のそういう悪い人達、怖くて仕方ないって激減したんだよね！ その後忍者になったから余計に！ PSAの人達もとんだダークヒーローが現れたって、大騒ぎしていたそうだし…………それも狙い通りだったけどー！ でもほんと反省して！？」 「それほんと危ないなぁ……！」 そうだよそうだよ……私も聞いていたよ！ 沙羅さんとか、劉代表代理……そのときは代理さんじゃなかったけど、聞いたんだよ！？ 異能力を使って暴れるっていうのは、HGS絡みの事件とかで多いそうだよ！ でもそれが犯罪者限定で、警察でも足取りが掴めなくて……犯人が六歳の子どもとか！ 現実を離れすぎているもの！ しかもその目的が、怪物化するメモリの製造組織を潰すため！？ もうどっからツッコめばいいか分からないよ！ 普通は背後関係も疑うのに、それすらなしなんだから！ 「だからふーちゃん、大丈夫だってー。もうこの時点で弁護士もつけて、僕の無罪は確定しているんだから。全ての責任を押しつける先も決まっていたんだから」 「そこから入念なのが恐ろしいって気づいて！？」 「え、弁護士さんまで用意していたの？ どうやって？」 「苺花ちゃんの自殺騒ぎがあったとき、虐待やら人権侵害やらの訴訟も起こせないかって調べたことがあって。 更に無理を言って、その間の潜伏先……保護先にもなってもらいました。条件も上手く提示できたので」 「……君、そのとき六歳だよね？ 着の身着のまま状態で交渉したの？ できたの？」 「幸い交渉のネタがあったので」 「開き直りってレベルじゃないんだよなー」 「じゃあさ、恭文君はそもそも……なんで気のせいで片付けられなかったの？」 舞宙さんも状況は知っている。だからこれは確認……恭文君が話しやすいようにってサポートしてくれている。 ……恭文くんはプレートのジャークチキンを一口食べて、しっかり味わって租借。お茶も少し飲んで、少し鬱屈した気持ちをため息で吐き出す。 「一度は助けられなかったんです。 エールももらったのに、ちゃんとできなかったから」 「……その子の名前は」 「――美澄苺花ちゃんです」 そう……それがまず一つのキッカケ。だからこそ道を尋ねたことも、一つ目の風になる。 「なによりウィザードメモリとは……この蒼は凄く奇麗で……僕の気持ちとベストマッチしたから」 ≪それになにより、この時点で鳴海荘吉は信用ならない奴扱いで確定でしたからねぇ≫ 「……まぁね」 「え、待って。だってほら、君を助けてくれて」 「助けてなんていませんよ。むしろ状況を悪化させている……疫病神だ」 「えぇ……！？」 その風が恭文くんに、きちんと道を示していったから。 （本編へ続く） ［*前へ］［次へ#］ [戻る]  |