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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年6月・雛見沢その13 『Pは繋ぐもの/古手梨花の死で起こるものはなにか』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 奉祀(たてまつ)り編

西暦2019年6月・雛見沢その13 『Pは繋ぐもの/古手梨花の死で起こるものはなにか』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ローウェル事件について知っているか――。

山沖さんはそう前置きを置いた上で、改めて私と向き合ってくれた。


そうして思案するようにたばこを取り出しかけるけど……署内は全面禁煙だと思いだし、すぐに箱ごと仕舞う。

そんな示準を数十秒繰り返して、呼吸を整え……ようやく山沖さんが口を開いた。


「――警察現代史のおさらいになるかもしれんがぁ……まずは事件のあらましから話そう。
十三年前……二〇〇六年。とある精神疾患で入院していた患者が移動行動を起こし、その果てに屋上から飛び降りて即死した」

「はい。よく知っています」


二〇〇六年……直近で、しかも平成に入ってからの政治的・国際的な薬害事件ということもあり、私自身興味もあって調べたこともある。

当時、圧倒的情勢を誇っていた与党が衆議院で過半数割れ寸前にまで追い込まれ、地方自治体では野党推薦の新人が選挙に勝利する……それほどに政治不信を呼び込んだ、大疑獄事件。

……まだ今ほど、精神疾患……さっき話にも出た、発達障害や境界知能などなどの問題にも理解が示されず、精神障害への差別や偏見も根強かった時代。それこそあの探偵が発したような暴論がまかり通っていた時代だ。


そんな時代に……この事件は起きてしまった。


「確か……看護師や医師、周囲の患者に次々と襲いかかり、刃物を振るったと」

「幸い死者こそ出なかった……というのは建前。実際には患者が二人、その傷が元で死亡している」

「え……!」

「当時、精神障害者……発達障害の支援法も設立されたばかりだったからなぁ。それも含めた他の精神疾患の患者達への差別意識、あるいは排斥行動を強めかねなかった」

「しかもそれは正しかった。実際鳴海荘吉は……精神障害を、そういう甘ったれが患う言い訳……弱さの象徴のように考えていたし」

「御剣さんもご存じだったんですか」

「恭文君の一件で、恥ずかしながらって感じです」


……それは知らない話だ。いや、それだけ警察内部での箝口令も厳しかったのだろう。私も興味が云々とは言ったけど、結局記事とかを見漁った程度だし。

というか、当時から第一種忍者の御剣さんでも“それ”ってところで、いろいろ察するべきだったんだろう。


「でもその一件で話をする理由は……ありますよね」

「えぇ。……鳴海荘吉の前時代的かつ無自覚な、精神障害者への偏見・差別は、敵側にいた苺花ちゃんを煽り、下手をすればその患者と同じ状態に陥れかねないものでした。当然その影響は恭文君にも直結する」

「しかもそのしっぺ返しは馬鹿にできない。……実際例の……公由夏美さんのお母さんも、相当ひどい偏見・差別意識を持っていましたし」

「でも当人達はそれが善意だと誇ってすらいる。甘ったれた子どもを叱って正す“躾け”なのだと……。
まぁ私達のときはそんな感じでしたけど、それは南井さん……というか、公由さんの方も変わらずでしょうか」

「変わらずでしたね。こちらが精神的DVなどなどで立件できる可能性を指摘しても、そんなつもりはなかったと言い訳ばかりでしたから」

「それでぇ、別の精神医にも状態を見てもらったところ、相当強めに説教がされたそうだねぇ。顔を青ざめ『あなた方は娘を殺すつもりですか』と怒鳴りつけたとか」

「……それはもう……盛大に。
なら御剣さん、その子のときは」

「私達はそれすら無理でした。なにせその専門家ですら、正しい状態を認識しているかどうかも怪しい時期でしたし」


そんな状態でなければ、もっとできることもあったはず……御剣さんは少し、悔やんだ様子で目を細めた。


(あぁそうか……。ちょうど発達障害者支援法も設立されたばかりだし、一度改訂もあったから)


そこにローウェル事件やら諸々の出来事から影響を受けていたなら……こうなるのも必然か。


「……山沖署長、確か事件を起こした方を司法解剖した際に、脳から異常なほどの興奮物質≪アドレナリン≫が発見されたんですよね」

「その通りです。それを受けて、その患者に処方されていた治療薬がなにか……厚生労働省と警察庁が主導となり、調査が行われた。
そしてその薬物の構成……成分配列を分析した結果、ある外資系製薬会社によって提供されたものだと分かったのです」

「それが、ローウェル社ですね」

「ローウェル社は多額の賄賂により、薬の審査をすり抜けた。その段階で危険性を指摘されていながら、強引に押し通したのだ。ゆえにローウェル社は日本国内での薬剤販売禁止を言い渡された。
そして数年にわたる警察、厚生省、検察庁による合同捜査の末……それを斡旋した厚生省の薬事局次長が逮捕された。その結果、輸入の窓口となっていた製薬会社幹部、薬事審査会の連中はほとんど辞職へと追い込まれていった。
あとはニュースなどで取り上げられている通りだ」


……危険性の高い薬物を、法律無視で権威機関などに流し、それで死亡事故まで引き起こした……これだけでも大問題。

でも更に悪辣なのは、審査を行い、問題をあらかじめ排除すべき立場にいる人間が賄賂と引き替えに…………ちょっと、待って。


さっき、山沖署長……なんて言っていた……!?


「山沖さん、まさか……!」

「そもそも精神薬というのは、金のたまごだ。
開発が難しい、審査も厳しい。しかし単なる治療に留まらず、戦場での興奮剤などなど……様々な利用価値がある。
だから臨床データを求める。日本のような先進国で得られたデータであれば、他の国で……同じような文化体系の国で、それは売りさばけるからだ」

「………………!」


あまりにおぞましい考えに、前進の毛という毛が逆立つ想いだった。というか、戦場の興奮剤……それってつまり。


「向精神薬……!」

「戦場において最も大きな敵……それは恐怖心だ。
鍛錬、使命感、正義感……そういうもので乗り越えるとしても、万が一ということはある。
それを手軽に、道具≪ツール≫で払えるのであれば、利用したいと思うのも常だろう」

「今発達している軍事ドローンもその一種と言えますよね。戦闘するのはドローンだから、戦場での恐怖心……ストレスなどの影響も緩和できるかもしれない。
でも、そんなものを使い続けていたら……その人は……」

「我々公安が捜査していたのも、そんな危険を……あり得てはいけない未来を感じ取ったからだ」


本来公安の敵は、国家転覆や、危険な政治思想を持った存在。幾ら被害が出たとはいえ、薬害事件……政治的な問題も絡んだ話に
出張るのは不自然でもあった。

だけどそれは甘い考えだった。そんな軍事転用まで視野に入れた薬の開発……それを手伝った人間が野放しになっているのなら、それは逆賊として追い立てるべきで……!


「冗談じゃない……!」

「そう、冗談じゃない。国益を守るためにも、我々公安は様々な方面から捜査を進めていた。
……ローウェル社は取り締まり対象となった薬物……プラシルのみならず、他にも未認可製剤の試験を日本で行い、そのデータを本社へと持ち出していた。仲介の連中に賄賂をばら撒き斡旋を頼んでいた。
明らかに外為法及び薬事法違反だ。そしてその仲介を行っていたのが、とある政商……先日亡くなった、小泉と呼ばれる男だ」

「その人って、確か紫綬勲章も受章した……」

「残念ながら小泉がやったという有効な証拠は掴めなかった。
なんにしても今現在も、ばら撒かれた未認可製剤がどこかで誰かの口に入っている可能性が高い。現金問屋を通じてな」

「現金問屋を……!?」


……現金問屋っていうのは、薬物を安価で仕入れ、実際価格よりも低価格で販売する中小卸問屋。ただし、合法非合法を問わずよ。

そんな商売が成り立つ理由は実に簡単。製薬会社の社員が小遣い稼ぎに、サンプルや在庫品を横流したり……別の問屋が過剰に仕入れたものを内々に処分したものまで……数限りがない。

更に悪辣な場合は、病院側が主導として行う場合もある。過剰に買い込みすぎた薬品を、事務長などの責任者が内密に売りさばき、その収益を懐に入れる。つまり“裏金作りの手段”としても成立する。


……そんなルートを使ってまで薬を欲する人達がいて、その人達の口にそれが入る。それがどれだけ危険で無謀かつどうしようもなく愚かかは、もう察してほしい。


「だったら、どうしてそれを取り締まらないのですか!」

「……警察には、その権限がない。無論公安にもな。
薬事に関しては厚生省、そして政財界の汚職は検察庁特捜部と、明確に区分けがされている。
そして、それらが好意的かつ積極的に協力して行動を起こしたことは……ほとんど……いやぁ、ゼロに等しいだろう」

「だからうちみたいな外部組織が、密かに追って……それでも限界はある。これもその一つということですね」

「………………」

「しかし、雄介……君の父は、何かを掴んだのだと私は考えている。そうでなければ、あれほどあからさまな口封じはされないだろう」

「……私を垣内に呼んでくださったのは、それも関係しているのですか?」


……思えば公安で辣腕を振るっていたような人が、こんな……地方の署長に収まるのもおかしかった。楽隠居にも等しい仕事なのよ?

というか、急に本庁からこの垣内に引っ張ってくるのも……プロファイリングの実地研修という形で呼びつけたのもおかしかった。

だからずっと思っていた。そうじゃないか……父のことと関係しているのかと。実際父は、この垣内に……亡くなる直前も出入りしていたようだし。


いつもならこの人ははぐらかす。そんなことはないさと……でも……今回は……!


「――そうだ」

「……!」


いつもと違って、山沖さんは首肯した。

それは正しい……正しいのだと、はたして正しかったのだと……私の目を見て、頷いたのだ……!


「雄介が接触していたという情報提供者が、この近辺にいるという噂を聞きつけてな。
詳しい情報を掴むためにも、ちょうど空席となっていたここの署長職を利用させてもらった。
そして、入念な捜査の結果……ほぼ確実と見込んで、君を呼び寄せた。せめて最後は、君に手錠をかけさせてやりたいと思ったのだ」

「山沖さん……」

「だが……残念ながらその人物は、君がここに赴任する直前に、行方が分からなくなった。
消されたか、それとも危険を察して身を隠したか……それも不明だ。そして捜査は、再び振り出しに戻ったというわけだ」

「……その人物は、一体誰だったんですか」

「垣内空港の国際線移設を反対していた、空港近隣の住民だ。
市民運動の関係上、とある政治団体とも繋がっていたそうだが……公安の見立てでは、関与はシロということだった。
結局、その男にどうして雄介が接触をかけたのか……今となってはなにも分からん。
……私が知るのは、それが全てだ」

「…………」

「ならそこからは私が。……垣内空港、結構臭いです」


すると御剣さんが、ある資料を取り出してくる。それは……垣内空港の幹部名簿だった。


「垣内空港の幹部……大半がローウェルの元OBなんです」

「つまり、それで空港側のチェックはすり抜けられる……?」

「とはいえ現場を押さえないとどうにも……まずは周辺の証拠固めからです」

「……となれば、彼に頼るべきか」

「えぇ」

「え……」


そこで山沖さんが……安堵にも似た脱力で動けなくなっている私に、ある書類を出す。というかこれ……例の子じゃない!


「蒼凪、恭文……」

「実は君に、彼からみで一つ頼みがあってねぇ。――先生になってくれないだろうか」

「は……!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――二〇一九年・五月十九日 午前五時

鹿骨市雛見沢地区・バンプロダクションの合宿所



すみれに泣かれ、優共々説教を受け……社長にも『……大事なことなのは確かなので、まずは家族から相談していこう』となぜか窘められた翌日のこと。

雛見沢にいると、自然と目が早く覚める。というか、早寝早起きになってしまうというか……なにより空気が美味しかった。

朝一番に、肺一杯に吸い込む空気……それがごちそうになると知ったのは、こののどかな村での合宿が始まってすぐのことだった。


そんな空気を一人締めしたくて、また早朝からトレーニングと思っていたところに……夜もまだ明けきらないうちから、蒼い毛並みの狼さんがやってきて……。


「この格好で……というより、この時間にすまない」

「ザフィーラさん! 待ってましたぁ!」

「無事でなによりだ。……シャマルとリインも心配していたからな」

「……向こうも変わらず大騒ぎでしたっけ」

「本局の方針もあってな」


しかもその狼、喋ったんだけど! 私と優、すみれが眼をぱちくりさせると、その狼さんがこっちを見上げて……。


「お前達か。蒼凪によくしてもらっているというアイドルは」

「あ、は……はい……」

「えっと……恭文くん、この狼さんか? 例のザフィーラさんって」

「そうだよ。僕の友達……八神はやてって子の守護獣」

「ザフィーラだ。大まかなことは蒼凪から聞いている。しばらくはお前達の側についている。よろしく頼む」

「よろしく、お願いします……!」


あぁ、そうだった。えっと……使い魔さん、だっけ。死にかけの動物とかと、魔法の術式で契約して、一緒に戦ったりするパートナー。

まぁ魔法にもいろいろ種類があって、この人の場合は守護獣って言うそうだけど……でも、喋る狼って衝撃的かも……!


≪ザフィーラさんは魔導師……騎士としても防御力がありますし、サポート術式も多数覚えています。直衛としては相当頼りになりますよ≫

「わぁ……狼さん、凄いんだね! ドーパントも楽勝でどがんとかかな!」

「……状況次第となるな、それは」

「魔法が使えても、ドーパント相手やと苦戦必至なんかぁ」

「直接殴り合うなら早々後れを取るつもりはないが、精神干渉タイプは厄介だ。
なにせ蒼凪の師匠である伝説のマスターも、戦わずに膝を屈することとなった」


……この人もアルトアイゼンがそう褒めるだけの凄腕……らしいのに、それでも万全じゃないと言い切っていた。相応に確信もあるし、油断しないようにという構えだ。

恭文さんは、そんな怪物とこれまでも、何度も戦って……私もなにかできれば、いいんだけど……いや、一番いいのは、きちんと腰を据えて、指示に従うことだって分かっている。


戦うための訓練なんてしたこともないし、それで介入されても邪魔なだけよ。だからそれ以外で……そういう焦りというか、気持ちの届け方は、どこかで探していて。


「それで蒼凪、状況は」

「……わりと膠着状態ってところですね」


ザフィーラさんを改めてコテージのリビングに招いて、恭文さんからかくかくしかじか……それでザフィーラさんは、少々困り気味に唸る。


「……雛見沢症候群か。だがその『東京』という組織、内情が相当に混乱しているな。シャマルや鷹山殿達から聞いている以上だ」

「えぇ。症候群の研究だけで考えても、反対派と継続派って図式が見えますし」

「蒼凪、鷹山殿達の雛見沢入りは、しばらく待たせた方がいい。
少なくとも入江機関……機関長である入江所長や、富竹監査役との接触と協力が得られてからだ」

「そのつもりです。……それで今日、梨花ちゃんがその入江先生に、改めて……症候群のこととか、自分の立ち位置とかお話を聞く予定です」

「その上でまたか。だが彼女だけに任せて大丈夫か?」

「そこはご心配なくー。うちと恭文くんで、ちょーっと入れ知恵させてもろうたんで……少なくとも不審がられる心配はないと思います」


するとザフィーラさんが、笑顔の優を見て、疑問そうに首を傾げて……って、そうよね。一般人……アイドルなのに、そんなことできるのかって思って当然だし。なのでトリエルセンターとして補足させてもらう。


「優の言う通りです。優、元々ライブのMCやバラエティーのお仕事とかで、私やすみれをトークなどでサポートしてくれるので……」

「そういう、トークデッキ……お話のネタも集めて、上手く場を盛り上げるのが上手なんです!
もちろん恭文さんにも内容は確認してもらったので、万全です! ご心配なくです!」

「なるほど……そういうことなら納得しよう」

「……!」


それでザフィーラさんは、私やすみれの話もまじめに聞いて、すぐ納得してくれて。

……子どもだからとか、素人だからとか、そういう壁を作らず、柔軟に受け入れてくれる……凄く大人な対応に、とても驚かされてしまった。


「それと蒼凪、頼まれていたものはいちごと才華にも渡しておいた。舞宙の分も二人預かりだ」

「そうですか……」

「だが覚悟しておいた方がいいぞ。……いちごが“やっぱり夏なんだ”と言っていたからな」

「その誤解も全力で解きますよ……!」

「あとはミュージックレイン……伊佐山奈津子と深く関わった、雨宮嬢達だな。そちらはリインとシャマルも心配していた」

「雨宮、さん? え、それって恭文さんが憧れているお姉さんの」

「伊佐山さんが事件を起こしたとき、ヘルプで呼び出して手伝ってくれたんだよ……。
シャマルさんは向こうじゃあ医者でもあるから、それでなんとか初期対応はできた」


かなりギリギリの対応だったらしく、恭文さんが困り気味に眼を細める。


「なにせインジャリーに変身して、喉をかいていたからね……!」

「い……!?」


ちょっと、待って。インジャリーってあの、傷を広げる能力だって……それで喉を……喉をぉ!?


「そのときには美咲涼子達も“同じ死に方”をしていたから、見たときにぞっとしたよ」

「本当にギリギリだったんやなぁ……。
で、その一件だけしか関わっていないと言えるみなさんも、ちょお危ない感じと」

「なのでひとまず状況は伏せつつ、沙羅さん直々に護衛してくれている。別事務所の先輩達も、人を相当選んで任せている形だね。もちろんバンプロも同じ」

「バンプロも、ですか?」

「尾崎渚、だったか。彼女へのとばっちり同然な殺害を考えれば、妥当な対応と言えるな。
だが蒼凪、ここまで状況が切迫している以上、いくら工作を行おうと限度はあるぞ」

「えぇ。だから……狙うなら“頭”でしょうね。それでも駄目なら、適当な落としどころを用意する」

「……件のローウェル事件が如く、スケープゴートを用意するか……または」

「あえて腹を探らせて、それで全部解決って形にする。
なにせ薬物や政治絡みの事件は、捜査組織の領分がきっちり定められている“聖域”ですし」


恭文さんの言いたいことが分かってしまった。というか、分かってしまうからこそ怒りが吹き上がる。


「……!」


要するに、そういうことが領分の人達を自分達で動かして、マッチポンプ的に解決したーって……また適当な人を犯人に仕立てて、押しつけて……それで逃げるのよ!

そこまでして……そうまでして、一体何がしたいの!? お金!? 権力!? そんなものって言ったら、駄目かもしれないけど……でも……!


「瑠依、そうイライラしなくてもいいよ。むしろ連中に感謝しようか」

「は……!?」

「そこまでするなら、もう何でもありってことじゃないのさ。……だったら、僕達だけ、のうのうとルールを守る必要なんてどこにもないでしょ」

≪えぇ。何でもありなんですから。
奴らの誰を殺そうと、騙そうと、陥れようと、破滅させて泣き叫ぶような地獄に叩き込もうと……もう何をやってもいいんです≫

「それでそんな滅茶苦茶な状態にしたツケは、きっちり払ってもらうわけだよ。むしろこれは好機……今まで神様気取りで鎮座していた奴らも、相応に腰を動かすことになる。逆転のチャンスくらいは掴めるよ」

「……どうして、そう冷静にいられるんですか。やっぱり経験の」

「今ここで怒りを燃やしたって無駄だもの。
一番腹立たしいのは直接事件を調べていた人達だし、レナみたいな事件の被害者側だ。
だから……僕の怒りは、奴らの首根っこを掴んでから、徹底的に叩き込む」


それはとても冷淡に思えた。でも……そこで軽く、背筋がぞくっとする。

だってそれって……“逃げられないようにした上で、一方的に蹂躙する”ってことだもの……!


私は勘違いしていた。この人は全然冷静じゃない。現段階で、私なんか及ばないほど激怒している。というか多分、怒ると逆に冷静な方へ偏っていくタイプ――――。


「……ごめんなさい」

「どうして謝るのよ」

「私、妻としてはまだまだみたいですから」

「だから妻じゃないよね!」

「……蒼凪……お前……」

「ザフィーラさん、違います! これについては本当に誤解です!」


……しっかりしようと、ガッツポーズ。

恭文さんの言う通りだもの。本当にたまらないのは、やっぱり……事件を間近で見てきた人達で。


「お兄ちゃん、いずれにせよ修羅場は避けられないよ……。
いちごさんと優ちゃんが火花を散らしたときも、大変だったんでしょ?」

「そやかて、恭文くんと彼氏彼女の日とか……アカンもん。添い寝するくらい好きなら、それはもう彼女やし。そやからうちも、恭文くんの彼女やからな?」

「優!?」

「……いけず。ここまで言うとるんに、まだ冗談かなにかと思うとるんか? うち、そないに軽い女とちゃうよ」

「え、あの……あの……あのー!」

「……シャマルとリインが来られなくてよかったな。またとんでもない修羅場になっていたぞ」


それで私は、やっぱり一般人枠で……できることなんて少ないけど、でも……。


「……っと、そうそう。もう一つ頼まれていたものがあったな」


するとザフィーラさんが目を閉じて……一瞬で大柄な男の人に変化する。

タンクトップにジーンズ、浅黒い肌に、白色のざんばら髪という……かなりがっしりとした男性に……!


「「「変わった!?」」」

「あの姿では不都合な場合に備えてな。……蒼凪、これで間違いないか」


それでザフィーラさんが、どこからともなく取り出したもの……なにかの端末やUSBメモリらしきものが、テーブルに置かれる。

恭文さんは自分用のノートパソコンを取りだし、それらをくまなくチェック……すぐに表情がぱぁっと明るくなる。


「えぇ、問題ないです! ザフィーラさん、わざわざありがとうございます!」

「礼ならリインとサリエル殿達に言うことだ。ほとんどのことは三人がやってくれた」

「あの、お兄ちゃん……」

「………………嫁二人に、妹か。随分慕われたものだな」

「えぇ! すみれは自慢の妹ですから!」

「お兄ちゃんも東京のお兄ちゃんとして、私の誇りです!」

「そこは揃って否定しないのか……」


……あれ、なんだろう。今一瞬すみれに置いていかれるような距離感を……って、そこはいいわね。


「あの、恭文さん」

「おのれら用のデバイス資材だよ」

「……私達の」

「デバイス……?」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


恭文さんは私達のスマホを一旦借り受けて、機材に接続。その上でノートパソコンのキーボードを叩き、更に空間モニターというものも複数生成。

それで……持ってきてくれた資材の一つである、携帯型3Dプリンタやら、内蔵回路のセッティング機材を動かし、ほぼ同時に中と外を作り上げて……!


「――元々ヘルプで人を呼べるかどうかも微妙だったし、これだけはってお願いしていたんだ」

「でもお兄ちゃん、私達は魔法とかは……」

「ん……瑠依以外は使えないね」

「え」

「瑠依についてはリンカーコア……つまり魔法資質がある」

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


慌てて自分を指差し……というか、優とすみれも私を見る。

いや、でも私……そんな、魔法とか! 魔力とかはさっぱりだし! 雛見沢にきて初めて知ったし!


「ほれ、最初に会ったとき、瑠依が寝落ちして家まで運んだでしょ。
あのとき軽く脈拍などの体調も見たよね」

「もしかして、それで気づいたん?」

「我も初見で気づいた。魔法資質が覚醒していない状態なので、微弱なものだが……それでも感じ取れるとするなら、相当な魔力だろう」

「私が……魔法使いに……」

「ただ、今回その辺りには一切触れない。下手に魔力を覚醒させ、訓練もなく動けば、ふとした拍子にその力を振るってしまう危険がある」

「……魔法って、そんなに……いえ、そうですよね」


それはそうよ。だって、怪人とだって殴り合えるし、空だって飛べるし、身を守るような鎧……バリアジャケットだっけ。そういうのも使えるそうだし。

そこを考えると、そんなものを制御する訓練もなしで持つなんて……危なすぎる。それこそドーピングに近いかも。


「タイミングを見て、話そうかとは思っていたんだ。まぁその辺りはまたじっくり相談って感じで……おのれはアイドルだしね」

「……はい。というか、今重要なのは“それ”ですよね。優やすみれでも……そういう状態の私でも使えるものってことですし」

「使用者の魔力に頼らない稼働方式の構築……。
デバイス用の人工知能と演算装置を、おのれらのスマホと紐付けして組み立てる……。
ついでにおのれらのスマホも次元世界と通信できるように改造……そんなところだね」

「そんなことまでできるんですか!? というかどうして」

「尾崎渚の一件も考えると、側に誰か付いていた方がいいでしょ。
万が一の避難誘導や生活サポート、瑠依が寝落ちした場合のお知らせなどなども含めて、いろいろ支えてくれるはず」


ちょっと待って! 今寝落ちの話を入れなかった!? どれだけ警戒しているんですか! そのためにこれって大仰すぎますよ!


「おぉ……それは大助かりやなー。というか特に最後が」

「心臓に悪いしね……」

「ふ、二人とも! それはあの……はい、ごめんなさい……!」


しかも二人とも納得……するしかないかぁ! 心配するに決まっているし!


「寝落ち……?」

≪この人、いろいろ加減せずにレッスンして、ステージでうたって踊って、仕事もしまくるせいで、突然寝ちゃうんですよ。本当に電源がプチって落ちるみたいに≫

「……若さゆえと思うが、ペース配分は大事だぞ」

「あ、はい……」

「だがそういうことなら納得だ」


そして初対面の人にも納得されてしまった……! 私、どれだけなんだろう。


「……よし、できた」

「「「もう!?」」」

「外装のベース自体はこっちで作っていたしね。
あとは充電の供給システムと、スマホを連動させて……はい、立ち上げっと」


恭文さんが私達に渡してくるのは……えっと、私とすみれは羽根型のペンダント。優には同じ形のブレスレット。それと一緒にスマホも返してくれて……。


「デバイスの充電は、信頼と実績のリンカーコアエミュレータシステム。
周囲の魔力素をデバイスが自動吸収して動くから、今の段階だと電源切れの心配はないよ。メンテも自動修復機能を搭載しているから、基本は年単位。必要ならデバイス自身が提案する。
外装デザインはまぁ、時間がなかったしでっち上げだけど……必要ならまた調整するし」

「アフターフォローもしてくれるならありがたいなぁ。でもこの子とは、会話とかできないんかな」

≪それも問題ありませんよ≫


すると私達のスマホ画面が急にブラックアウト。ううん、電脳世界的な……なにかのエフェクトが走ると、中からふわふわな……猫? そう、猫っぽいなにかが歩いてくる。

でも猫じゃない。体が平べったくて、足があるかどうかも分からないほど短くて、長い尻尾をひらひらさせていて。


≪≪≪うーりゅー♪≫≫≫


私のは白い毛並みで、優は翠色、すみれは黄色の子達で……画面内でぴょんぴょんと飛び跳ねて……。


≪≪≪うりゅりゅ♪ うりゅりゅりゅー♪≫≫≫

≪デバイスと直接はもちろん、スマホを通じて、アバターと対話できるようにしています≫

「……いや、あの……この可愛らしい動物さんは、なんなん?」

「ほんとだよ! アルト、この子達……まさかぱんにゃ!? おのれや先生も数度しか見たことがないっていう、次元世界でも珍しい動物さんの!」

「お兄ちゃんもそこで驚くの!?」

「アバターまで作っている時間がなかったから、そっちはアルトに丸投げしたんだよ!」

≪私も時間がなかったから、そのときの画像データを元に仕上げたんですよ。
……あと、うりゅーとしか喋れないのは、揃って赤ん坊だからです≫


赤ん坊……画面の中で甘えるように泣いて、笑いかけるこの子達を見て……私と、優、すみれは……ハッとさせられる。


≪この子達はデータによって作られた存在ですけど、マスターであるあなた達を支え、守るために全力であろうとします。そこから派生する成長も、あなた達とのふれあいによって変化します。良くも悪くもです≫

「……私達がこの子達を蔑ろにすれば、悪く……傷つけることになる」

≪なのでただのデータやおもちゃの類いと思わず、大事に……しかし限界性能いっぱいまで可愛がってあげてください≫

「そっかぁ。みんな……生きているんだね。私達と同じように心もあって、きっと願いも生まれて」

≪うりゅー♪≫

「ほな、名前も含めてちゃーんと面倒みんとなぁ。これからいっぱい助け合うんやし」

≪うりゅ!≫


……黒くて丸々とした瞳で、スマホの画面から私を見つめる子。


≪うりゅ……≫


その視線が……よく知っている誰かと重なって、自然と……指で画面を撫でて、あの子によろしくとサイン。それは伝わったようで、画面の中にいる子は、心地よさそうに笑う。


「よろしくね」

≪うりゅ……♪≫

「恭文さん、あの……ありがとうございます。私達のために……というか、こういうのって天原さん達に渡す方がいいはずなのに」

「そっちもそっちで対策はするから……というか、舞宙さん達については元々対策しているんだよ。伊佐山さんの一件もあったからさ」

「それも元々仲良しさんなら当然かぁ。そやからうちらにここまでしてくれたんやな」

「一番重要なのは、SOSを送る手段が豊富になることだ。
僕達の直援が無理でも、最悪興宮警察や、葛西さん達園崎組を頼れる。あとはジャミング対策が無駄になるかどうかってとこだけど……」

「我も来る途中でざっと周囲を見渡したが、その手の野戦装備を密かに設置できるような場所が至る所にある。
シャマルがいれば、詳細に探査もできただろうが……蒼凪、普通に戦うのであれば、不利は必至だぞ」


え、無駄ってそういう……デバイスっていう次元世界の凄いアイテムでも駄目かもしれないと? それは、怖すぎるんですけど……!


「分かっています。どうしても地理の関係では勝てない。
せめてこの周辺の地形を徹底的に把握し、利用できるサポーターがいれば……」

「そういう意味でも園崎組の人達……葛西さん達との連携は必須やな。向こうは軍隊って言える数なわけやし」

「梨花ちゃんが直接殺された予言……世界の話から考えても、恭文さんだけは無理ですよ……!」

「ん……その辺りもまた、対策を考えないと」

≪私達の仕事としては、入江機関が暴走した場合の鎮圧……その主軸となる人物の確保になるでしょうしね。
同時に症候群で誰かしらが暴走しないよう、しっかり目を光らせる必要もある≫

「梨花ちゃんの予言以外のコースでって可能性もあるし……よし」


恭文さんは手早く広げた機材やコード類を片付け、さっと伸びをしながら立ち上がる。


「ちょっと遅れたけど、朝練行こうか。こういうときは体を動かして、走って、頭をすっきりさせる」

「そやなぁ。村の見回りも兼ねて、また頑張ろうかー」

「うん! 行こう、瑠依ちゃん!」

「……えぇ」


――天原さんの帰国ももうすぐ。というか、今日の夜帰国して、そのまま雛見沢を目指すってコースらしい。

本当は見送りに行きたい恭文さんを一人締めしているのもあるし、その分……私達はポプメロとの合宿前に、改めて気合いを入れる。

確かに私達には、戦ったり、こんな謀略に立ち向かう力はない。というか、それは信じられる人達が、全力で手を伸ばしてくれている。


だったら私達にできるのは、そんな人達の頑張りが報われるように祈ることと……その頑張りが実を結んだとき、心から楽しめるライブを、歌を届けること。

まずはそこからでいいと、気持ちを入れ直す。だって……私達はアイドル。TRINITYAiLEは、どこまでも高く飛び立つ翼なんだから。


それで今日からは、ちょっとずつ……好きになり始めている人からの贈り物も、一緒に。


≪…………うりゅー≫


あ、でも名前……どうしよう。そこは、ちゃんと考えないと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


リインとシャマルにはどう言うべきか……まぁ蒼凪も知り合ってから六年だ。相応の成長と人脈の広がりはあって当然だろう。ミッド暮らしな我々では想像も付かないものがあるのもな。

この場では狼形態はいろいろ不都合と判断し……というより、大型犬を超える大きさだからな。さすがに村民を驚かせるだろう。なのでBCフィールドは全開にした上で、改めて人型で彼女達のトレーニングに付き合う。


「――おぉ瑠依ちゃん! 優ちゃん! すみれちゃん! 蒼凪のぼんもおはようさんー」

「「「「おはようございます! 並河さん!」」」」

「また鍛えとるんじゃなぁ。感心感心……っと、そちらさんは?」

「あ……恭文くんのお知り合いで、ちょーっと遠くの方でボディガードとか、フィジカルトレーナーとかしとるザフィーラさんっていう人です。外国の方なんですけど」

「もうちょっと体を絞りたいなーってお話していたら、お兄ちゃんのツテできてくれたんです」

「……初めまして。ザフィーラです」

「ほんでまぁ、おしゃれなお名前で……ようこそ、雛見沢へ」


腰も曲がり気味なご老体……おばあさんがお辞儀してくるので、我もそれに従い頭を下げる。

しかし打ち合わせもしておらず、さらっと経歴を作るとは……なるほど。これならば蒼凪もOKサインを出すはずだ。古手梨花という少女についても問題はなさそうだ。


「お、そうじゃそうじゃ……せっかくじゃからこれ、持っていっとくれ」


すると老婆は畑の脇に置いていた袋を蒼凪達に手渡す。中には……みずみずしい色の柿が入っていた。


「柿ですか? え……雛見沢って六月に柿が採れるんですか!?」

「かかかかか! そりゃあ」

「というかこれ……樽柿!」

「だよね……!」

「そうそう……って、瑠依ちゃんとすみれちゃんもよう知っとるなぁ」

「あの、私……家が山形の造り酒屋なので! それで樽柿とか干し柿も作っているんです! 大好きです!」

「というか、うちらもですね。ユニットを組んでから、すみれちゃんが差し入れで持ってきてくれたんで……ほんま美味しいんですよねー」

「おぉそうじゃったかー。
うちの嫁は東京もんには気に入ってもらえんとか言うとったけど……そりゃあよかったわぁ」


酒屋……樽柿? 干し柿は分かるが、さすがにそれは聞いたことがない。蒼凪にも軽く念話を送って聞いてみる。


“蒼凪、樽柿というのは……”

“飲み干した酒樽に渋柿を詰めて、渋みを抜いた保存食です”

“酒樽に?”

“残っているアルコール分が、干し柿で言うところの消毒や水分抜きに作用するんですよ。
山形には蔵王柿や紅柿っていうブランド品もあるので、すみれの家も試行錯誤しているんです“

“なるほど……”


干し柿と同じ保存食……今で言うところのドライフルーツなのか。しかしそれを、こんなに……見積もっても二十個以上あるが……まぁヒカリもいるなら食べきれるだろう。


「で、でも干し柿もそうだけど、旬って冬ですよね?
今でもこんなに、美味しそうな樽柿が作れるんですか……!」

「ほれ、雛見沢は豪雪地帯じゃろ? 今くらいまでじゃったらカビとかも心配せんで食べられるんじゃわ」

「それでだったんですか……」

「あ、ありがとうございます! これは、大事に食べさせてもらいます!」

「「「ありがとうございます!」」」

「えぇよえぇよー。昨日畑仕事を手伝ってもらったお礼じゃあ」


――そうしてもらった柿を手に、全員が粛々とお辞儀。試しに全員で一つ、柿を食べてみるが……。


「ん……これ、本当に美味しいです!」

「甘くて、柿の風味や美味しさがこれでもかーって広がって……食べていて優しい気持ちになる味やなぁ」

「う、うちの樽柿や干し柿も、負けていられない……! これはお父さん達に報告しないと!」

「かかかかかか! 酒屋さんの柿に勝てるなら、わしらもまだまだいけるなぁ!」

「…………並河のばっちゃん、ありがとー。これでもう十キロ走れそう」

「おう、走れ走れ! アイドルも、忍者も、走りが基本じゃったなぁ!」


そう……それは非常に甘く、深い味わいの絶品だった。まさしくごちそうと言うにふさわしいものだ。

そんな柿と一緒に、早朝ランニングを続ける。朝の畑仕事に出ている村民達から……野球の朝練か何かで走っていく子ども達から、次々と挨拶を受け、すれ違っていく。

それだけでよく分かる。滞在数日程度で、蒼凪が……天動達がこの村になじんでいるのが。


「……すっかり村の一員という様子だな」

「えぇ。村の方々もいい人達ばかりですし」


するとその要素をほほえましそうに守っていたシオンとショウタロス、ヒカリが、我の隣りにやってくる。


「だが一番の要因は、ああやって走っている瑠依達だな。毎日この調子だから、村の連中もさすがに見直すんだよ。
……アイドルってのは派手な仕事じゃない。むしろこういう地道な走り込みの上でできることだってよ」

「まぁ、当人達は今ひとつ気づいていないがな……もぐもぐ……この樽柿、ほんと美味いな! すみれのとこの柿も楽しみだぞ!」

「なんですみれの樽柿も食べる話になってんだよ! だったら冬まで惰眠でも貪ってろ!」

「……なるほどな」


思えば舞宙達も、柔軟体操やらランニングやらをよくしていたが……仕事道具の手入れと考えれば、その努力も納得だ。

だからショウタロス達も一歩下がって、蒼凪と天動達を見守れるのだろう。蒼凪も方向性は違えど、そういう努力を欠かさなかった男だ。

ただのガード対象としてではない。守りたい物も、表現したい物も違うが……通ずるところのある仲間であり、友人として、新しい広がりを見せているのだから。


それについては、恐らく例の星見プロダクションも同じだろうが……まさかそちらはフラグなど……建てて、いないよな?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ばっちゃんから受け取った樽柿は、半分を今日の朝と夜のデザートに、明日は冷蔵庫に入れているもう半分をじっくり味わうことにした。またお礼をしないとなぁ。

とにかく朝のランニングを終えて……コテージの庭先で、組み立てた立ち木打ちを“結界を張った上で”こなし、朝のシャワーを浴びたところで朝ご飯。

今日は炊きたてのお米、魅音から分けてもらった自家製のお味噌で作った……お味噌汁、鮭の塩焼き……質素ながらも豊かな朝食。


なお、卵もある。近くで仕入れた新鮮なものだ。それでたまごかけご飯をすると、もう幸せで……ふぁぁあぁあぁあ……♪


「うん……うん……これはなかなか。素材もいいのだろうが、調理もきちんとしている。天動達もいい腕だ」

「ありがとうございます」


それにはザフィーラさんも思わず笑み。というか……普通に、一緒にテーブルを囲むってわりとなかったなぁ。いっつも狼形態で、犬皿でがつがつ食べているし。


「だが、意外と言ってはあれだが……慣れているのか? コテージの中も新品同然に奇麗だ」

「うちと瑠依ちゃん、親元から離れて一人暮らししとりますから。まぁそれなりに」

「それに優とは同じマンションで、隣同士なので、お互いそこは支え合って……すみれもお泊まりが必要なときは来てくれますし」

「なるほどな。仕事仲間というよりは、姉妹のように見える」

「そうですね。そういう暖かさで、いつも……私も支えられています」

「私もだよ、瑠依ちゃん! いやでも……ほんと今日のお味噌汁最高! 風味が全然違うし!」

「あの樽柿もやけど、地産地消って感じやなぁ。こうしてうちら、少しずつ雛見沢になじんでいるんよ。東京に戻ったらどないしようかー」


……それは確かに心配かも。僕、このお味噌汁以上のものは早々出会わないって思うし。そこだけは確信しちゃうし。


「梨花ちゃんと沙都子ちゃんから教えてもろうたお豆腐屋さんもえぇとこやし……運動できる環境も多いし、最高の合宿所やなぁ」

「僕も思いっきり打ち込みできるし、ほんと楽しい。いや、さすがに結界は張るんだけど」

「……薬丸自顕流のあれは、さすがに庭先だとうるさいからな」

「あの、恭文さん……やっぱりあれは徹底して続けているんですよね。私達も最初見たとき、びっくりして」

「毎日やっているからな」

「……そうして目指すは、雷撃の如く……その姿勢は見習わないとです」

「「「「……ほどほどでいいと思う」」」」

「どうして揃って止めてくるの!?」


瑠依、おのれはよーく今までを思い出していこうよ。突っ走って最初に会ったときも寝落ちしたじゃないのさ。それを考えると……なぁ。

でもいずれ“自分もやりたい”とか言い出しそうなので、戦々恐々としながらも……和やかな朝食は進み、また新しい一日が始まる。


――少しずつ……惨劇へと迫りながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


二〇一九年五月十九日 午前十一時頃――。

雛見沢地区・雛見沢分校医務室



あれからタイミングを探り……ちょうどいいところで、入江が学校にやってきてくれた。

実はもうすぐ、夏休み前の定期検診が予定されているの。その打ち合わせも兼ねて、軽く顔を出した。

あとはまぁ、部活入りしていろいろお騒がせしている恭文や瑠依達の様子も見て……今は、それどころじゃないけどね。


とにかくここなら鷹野達に聞かれる心配もない。台本も恭文と優に協力してもらって作って、覚えたし……というか恭文が凄かった。

恭文は発達障害……その対策のために、いろいろトークデッキとか作るのが習慣付いているそうだから。優もトークで瑠依達をサポートするから、ふだんから話題探しをするのがくせになっていた。

おかげで入江については……いきなり医務室に引っ張った私を不審がることもなく、どこか暖かく……でも寂しさも感じさせるような表情で、私を見守ってくれていて。


「――天動さん達も村の人達から認識を改められているようですしね」

「改めているのですか? 初対面なのに」

「アイドルの派手な側面による印象と言いますか……歌って踊って、楽な仕事だと思っている人が多かったんですよ。
……でも天動さん達、朝早くからランニングして、体を鍛えて、みなさん達の部活に参加して、自炊も怠らず、日常的なレッスンもしているでしょう?
そういう姿を見て、いろいろと思うところができたようです」

「なるほど。それはいいことなのです」

「もちろん蒼凪さんもですよ。沙都子ちゃんやレナさんの問題にも率先して動いて、助けになりましたから。
……やっぱり、北条家に対しての村八分も、望んでやっている人はいないということなのでしょうね」

「……入江も見てきた通り、ダム戦争時代のみんなは……一致団結するためのシンボルが、縋る神様が必要だったのです。
でも、もうそろそろ神様のすねをかじらず、独り立ちするときが来ているのですよ」

「確かに、そうですね」


でもそんな流れで、瑠依達がそこまで評価されているという……意外な話を聞くとは思わなかった。


というか、実を言うと私も目が曇っていた一人だった。芸能人なわけだし、やっぱり派手な感じなのかと。

……でも瑠依達については、全然違っていた。

朝から十キロ単位のランニングを行う。うちの長めな……境内までの階段も、トレーニングには最適だと何回か駆け上がり、下りて、駆け上がりを繰り返すし。東京だとそこからトレーニングマシンで更に鍛えるとか。


ダンスレッスンもレナと詩ぃ曰く、汗だくになるまで動くし、ボイトレも声を出すだけじゃなくて、相当繊細にチューニングするとか。いずれにせよ緊張感が半端ない。

ただまぁ、瑠依達が気心知れた関係で、それぞれ熱意もあるから……致命的に衝突するとかはないそうだけど。ちょこっと混じっている恭文もそこは同じ。

とはいえそれも当たり前だった。ダンスは全身運動だし、歌だって体がしっかりしていなきゃいい声は出ない。それぞれの技術も地道に訓練して伸ばしていくものだった。


もちろん美貌も同じ。優は虫刺されを警戒して、虫除けスプレーとかスキンケア用のクリームを欠かさない。ほら、アイドルが虫刺され痕とかどうかって話よ。

すみれや優も怪我や傷などには細心の注意を払っているし、日常生活からプロとして……アイドルとしての誇りで自分を鍛え上げて、律していた。

そういう姿を見ていたら、アイドルについて詳しくない私でも感心するしかない。


彼女達は夢に……目標に向かって、真っ直ぐに進んでいる。努力し続けている。青春の全てを賭けて、トップアイドルという頂を見上げ、走り続けているんだから。


「でも梨花さんが留学を考えていたとは……行きたい学校があるのですか?」

「詩音が通っていた、聖ルチーア学園など面白そうなのですよ」

「それはまた……詩音さんはうんざりという様子でしたのに」

「まぁそれは候補の一つなのです。お金の問題もありますし……ただ、雛見沢の外を……知らない世界を見たいという気持ちは強くなっています。
……昭和五十八年病なんて、珍妙な記憶障害を突然出しちゃったのもありますし」

「……きっかけはどうあれ、よいことだと思いますよ。症候群が“三カ年計画“基づき撲滅できるのであれば……いえ、必ず撲滅してみせます。そうすれば梨花さんは、雛見沢に縛られない未来も選択肢に出ますから」

「入江……ありがとうございます」


入江は迷いなく、私の未来を尊重してくれる。選択を尊いものだと、背中を押してくれる。それがとても心強かった。


「……というか……そういえば入江は、どうして医者になったのですか?」

「私ですか?」

「はい」


不自然ではない話の広げ方だと思う。というか優からアドバイスされた。

……自分達で刺激を受けたなら、だったら周囲の人々はと興味を広げていく。そうして警戒心を解いていくのだと。


ただ、それだけじゃない。元々入江は自衛隊の人間じゃない。脳医学の専門家としては相当な腕利きで、その実力を見込んでの民間抜擢。二佐の自衛隊階級も“特別”と前置きが付けられる……その程度には一般人だ。

まぁ逆を言えば、民間人で、自衛隊の人間ではない入江を機関長に据えることで、非正規部隊の常駐も当然となっているこの危ない研究絡みでのドタバタを……問題が起きたときの責任を、全て入江に押しつけるという腹づもりなんだけど。

……入江はそういうことも含めた上で、自分から望んで雛見沢症候群の研究と撲滅に協力してくれている。沙都子と悟史の治療も全力を尽くしてくれている。


だとすると、その入江のきっかけは……個人的には気になって。


「元々医者にはなりたかったんです。人助けの仕事と思っていましたし……それが脳医学を専門にするようになったのは、父が原因です」

「お父さんが?」

「……父は仕事中……ちょっとした転倒で頭をぶつけてから、穏やかだった人柄が急変。暴力を振るい、言動も乱暴になりました。
それで母や親戚、友人からも見限られ、晩年は孤独に死んでいったのですが……あるとき大学の教授にその話をしたら、脳に損傷を受けた可能性を指摘されたんです。
同時に、蒼凪さんが患われているような、発達障害の事例も……ただ、そのときはそれらの認知度が余りに低く、そんな話を教えてもらったと知人や病床の母に説明しても……あり得ないと鼻で笑われてしまい……母も結局、そのまま」

「……それもひどい話なのです。大学の教授さんなら、一般人よりはずーっと勉強しているはずなのですよ」

「仕方がない部分もあったと今は思っています。みんな一様に、判で押したような反応でしたから……多分怖かったんでしょうね。
もしそうなら、その病を……怪我を、発生した障害を見抜けず放置して、父だけを悪者にして逃げて、見殺しにした。そんな罪を犯していたということになるのですから」

「なら、入江は」

「私も怖かったです。もっと早くに知っていれば……父に寄り添った形で、別の解決手段を提示できたのにと……」


……対して私はと自嘲する程度には、情けなくなってしまった。


「まぁ……重たい話をしてしまいましたが、そこからなんです。
脳医学はまだまだ未知の領域。それでも、私自身その中で足掻き、一歩でも進めば……そんなことは一つでも少なくできるのではないかと」

「……入江は、立派なのですよ」


だって入江に……今までこんな話をすることもなかったんだから。恭文が言っていた通りだった。

ホワイダニット……動機を紐解くことで、その行動の意味が、原理が理解できる。それは事件だけじゃなかった。


この盤面にいる誰もが、それぞれの理由を持っている。それを取るに足らないこと……ただ自分だけの浅知恵で助かろうとしていた時点で、鷹野に勝てるはずがなかった。


「というか、ごめんなさい。苦しいことを思い出させてしまいました」

「謝ることはありません。確かに……辛くて苦い経験ではあります。
でもその痛みが……梨花さんが“それでも助けてほしい”と頼ってくれた声が、私の活力になっていますから」

「入江……」

「あのとき……沙都子ちゃんが本当に危なかったとき、そう言ってくれたこと、心から感謝しています。
だから私は沙都子ちゃんだけじゃなくて、梨花ちゃんの味方でもありたいんです。そこは、亡くなったあなたのご両親ともお約束したことですから」

「……ありがとうございます」


その言葉が嬉しいのと同時に……凄く突き刺さった。

やっぱり今までの私は、戦い方を間違えていたんだ。入江が、みんなが信じてくれないのは、私自身のせいでもあった。ある意味で鷹野とは正反対だった。

だけど……まず一つ、手を借りながら拙くでも戦い方から変えたことで、動き始めたこともあって……。


「いえ、本当に感謝しています。……まさか鷹野が、症候群発見者のお孫さんとは知らなかったですし」

「あ、これ内緒でお願いしますね。鷹野さんも、いろいろ立場もありますので」

「了解なのです」


そう……鷹野は雛見沢症候群を発見した、高野一二三という人の孫だった。関係者だと悟られないため、名字を一部変えているそうだけど。


……そもそも雛見沢症候群自体は、第二次世界大戦の時期に発見されたもの。それがなぜ、今の今まで日の目を見なかったのか。

当然発見者……若かりし頃の高野一二三は、当時の軍部に訴えたらしい。この症状は研究の必要性があると。でも軍部はそれを却下した。


歴史の授業で教わるように、当時の日本は国土に基づく物資差から、かなりの劣勢を強いられていた。

そこで必要だったのは、現実的かつ決定的な物量兵器。あるかどうかも分からない病気の研究になんて、時間と予算を割く暇はなかった。

だから高野一二三は一人で……生涯死ぬまで、一人で研究を続けた。それを引き継いだのが鷹野三四。


鷹野は小泉議員、だっけ? 例のいろいろやらかしていたフィクサー。高野博士と旧知だったその人や、周囲のバックアップも得られるように、全力を尽くした。


勉学に励み、高学歴を刻み。

それに違わない知性と言動、対応を見せつけ。

『東京』の重鎮達を相手に幾度もプレゼンし、陳情を行い、雛見沢症候群の研究価値を知らしめた――。


どれか一つでも欠けていれば、この状況には至らなかった――とは、入江の談。

鷹野は古手梨花を殺す憎き敵だけど、同時に幾度の試練を乗り越え、夢を叶えた≪努力の人≫でもあった。

だから入江も研究者として、一人の人間として鷹野を尊敬しているし、信頼もしている。


……逆を言えば学歴も刻めず……というか、刻める年齢でもなく。

百年の魔女と言ったところで、大した知性と教養を見せつけられるわけでもなく。

皆を納得する言葉一つ届けられない私は、入江達の信頼を得られていない……そういうことになる。


でも……そんな私にも手を貸してくれる子達がいる。だから、また話を進めていけるわけで。


「やっぱりボクも、オヤシロ様の生まれ変わりーなんてスネにむしゃぼりついていないで、いろいろ目を開いていくべきなのですね。
というか……大反省なのですよ。そのお手本となる入江や鷹野が側にいたのに、今の今まで軽く扱っていたのです」

「誰でもそういうものですよ。私も梨花さんのころは、それはもう生意気盛りなやんちゃ坊主でした」

「そう言ってくれると、少し気が楽になるのですよ。……それで入江、まぁ……今度はがっつり暗い話になるのですけど」

「えぇ」

「今の段階でも、ボクが雛見沢から長期間離れることは……望ましくないのですよね」

「その通りです。ただしそれは、年単位での話になります。それより短い修学旅行やホームステイ程度なら、何一つ問題はありません」

「それは何よりです。実は瑠依達から、今度は東京に来てみないかーと誘われているのですよ」

「いいじゃないですか。一度見ておくべきだと思います。
……自然豊かで人情に溢れる……とはなかなかいきませんが、それでも国の中心部ですから」

「だったら楽しみなのです」


……入江には笑顔を返し……さて、ここからが本番だ。

果たしてどこまで……この温厚で、人柄も良く、良識的な入江から、話を引き出せるか……覚えたマニュアルの内容を一瞬で復唱し、率直に聞いてみる。


「なら……ボクが死んだ場合は、どうなりますか?」

「梨花さん?」

「三カ年計画のこともありますし、将来のことを考えたら……こう、改めてボクも帯を締めたくなったのですよ」

「帯、ですか」

「優、虫避けスプレーっていうので、常にお肌を防護しているのですよ。
どうしてそこまでするのですかーって聞いたら……」

――アイドルが足とか首に虫刺されの痕があったら、ファンの人達が気になってまうやろ?――

「と……笑顔で教えてくれて。
それでよく見ると、瑠依やすみれも同じように気をつけていて……」

「なるほど……ビジュアル面での管理ですか。
……そんなところまで徹底するから、みなさん人気アイドルとして名を馳せられたわけですね」


そう……この話も利用できる。というかこれが起爆剤になると踏んで……入江には少し申し訳なく思いながら、苦笑する。


「なので、帯をきゅっと締めるのですよ。
入江達がこれだけ頑張ってくれているのに、ボクが饅頭にでも喉を詰まらせて死んだら……完全に駄目駄目なのです」

「梨花さん……ありがとうございます。
そういうお話でしたら、私もきゅっと帯を引き締め、改めて説明させていただきます」

「頼むのですよ、入江」


よし……! というか優には本当に感謝しないと! “これで十中八九いけるはずよー”って言っていたけど、本当に上手くいくなんて! 絶対にお礼をしよう!


「結論から申し上げると、とても大変なことになる……と予想されます。
万が一梨花さんが死亡した場合、村人全員が四十八時間以内に末期症状へ陥る」

「そこは確か、シュレディンガーの猫……でしたね」

「えぇ」


入江や鷹野から教えてもらった、思考実験の一つ。

危険物質と一緒に、箱へと押し込められた猫。時間を置けば物質の毒によって、猫は死んでしまう。

しかし、箱を開ける前には二つの可能性が存在する。猫が死んでいる可能性と、生きている可能性。


たとえ後者の可能性が余りに低くても、確かに存在している。矛盾した答えが同居した状況……それは今の私そのもの。

それは実際に私が死んで、確かめられることだから。私が生きているってことは、箱が開けられていない状態。

ゆえに入江達もその可能性を、危険性を鑑みて、最大限の保護と状態観測に尽力している。


「間違いないのは、梨花さんの寄生体だけが他の誰とも違う形であること。
雛見沢症候群に酷似した社会型脳内寄生虫には、女王感染者も含め前例があること。
……そして女王感染者の死を引き金に、それらが集団自殺や暴走などを引き起こすケースが、複数あるという点です。
その辺りについては鷹野さんの専門になりますから、彼女に直接聞いた方がいいかと」

「はい。あ……でも、入江達を信頼していないとかではないのです。絶対。
入江達がいるおかげで、そんな光景が見たいオカルトマニアがいても、安心して暮らせるのです」

「……鷹野さんのことですか?」

「違うのです。魅ぃと恭文、瑠依達から聞いたのですけど……えっと、インターネット? そこでオカルト大好きな人が……ホームページ?」


ごめんなさい、たどたどしいのは許して。やっぱりよく分からないの、令和の世……!

なので入江も……そんな、哀れむような目はやめて。悲しくなってくるから。


「そういうので、オヤシロ様の祟りがいろいろ議論されているらしくて。魅ぃ達園崎家が想定しない形で、有名になりつつあるのですよ」

「あぁ、それで……警察やマスコミには情報秘匿がかかっているはずですが、ネットや携帯が絡むと難しいところですね」

「スマホというやつですよね。瑠依達もそれで、過去の事件を知ったと言っていました」

「デジタルカメラ……データ画像による写真撮影機能や、それ単体でインターネットに繋ぐ機能もあります。
なのでオカルトに限らず、一般市民が写真を撮り、文章を書き、インターネットに記載する……新聞記者のまねごとができるようになったんです」


一般人が新聞記者かぁ。平成から令和……なんだか凄いことになっているのね。

……やっぱり理解していくのは時間がかかりそう。というかその前に私、死にそう。


「と言っても、悪いことばかりではありません。ようは使いどころですから。……実際鷹野さんも」

「みぃ……オカルトマニアと議論しているのですか?」

「いえ。そういう形で自身のレシピを公開する、大型料理サイトがあるんです。
そこで見たトマトの皮むきテクニックが便利だと、この間スキップしていまして」

「……鷹野の株が現在進行形で急降下。大恐慌の真っ最中なのです」

「……そうですね。あれは……完全に別人でした」


入江もそこは衝撃的だったのか。でも鷹野、どんだけトマトの皮むきに意識が向いていたんだろう。


「何より”そういう目的”で梨花さんを殺害したとしても、無意味ですし」


気を取り直すように言い切った入江に、違和感を抱く。特に……無意味って辺りに。


「無意味? どうしてなのですか」

「あ……」


入江は口を滑らせたと、自嘲気味に頬をかく。でも逃げは許さないと視線で訴えかけると、観念して……背筋を正した。

その上で私に目線を合わせてくる。本当に真剣な話なのが窺えて、私も入江に倣った。


「……物騒な話でしたので、私も話さなかったと思います。入江機関の症候群治療において、最優先事項……それは女王感染者の保護です。
ですが万が一、女王感染者が死亡し、感染者全員の発症が見込まれた場合……それを未然に防ぐ”緊急措置”が取られることになっています」

「緊急措置?」


いや、妥当だ。私でも同じことをする……雛見沢(ひなみざわ)の現人口は二〇〇〇人弱。それが一度に妄想・錯乱を引き起こせば、被害が村だけに留まる保障もない。

下手をすれば症候群に感染しながら、村外で生活している人間もどうなるか。対策を用意していくのは当然だ。


「非常時用の緊急マニュアルというものが存在しまして。その中でもっとも危険度が高い事態……つまり、梨花さんの死亡時に適用されるもの。
それが”緊急マニュアル第三十四号”というものです」

「……それが適用されると、何が起こりますか」

「村人が錯乱する前に……全員に緊急措置を、速やかに執行するというものです。
具体的には自衛隊の緊急時専門部隊が、雛見沢を封鎖……全てを『なかった』ことにする」


それがどういう意味かなんて、聞くまでもなかった。


「……それは、初耳です」

「申し訳ありません。私も、余り好きな話ではなかったもので」


入江には大丈夫と告げるものの、足が……心が震えていた。改めて感じた、敵の大きさに恐怖してしまった。


抜けていた。

完全に抜けていた。

これだけでも、私達の百年が馬鹿の繰り返しだと分かる……露呈してしまう。


もっと早くに考えるべきだった。今まで私は、古手梨花が死んだ後には興味を持たなかった。

後は野となれ山となれ状態だった。でも、私が死ぬたびに、そんなことになっていたなんて。


たとえば鬼隠しの世界……圭一がレナと魅音を殺した後、私も殺される。そんなことになる。そんなことになったあとで“こんなことが起きる”。

たとえば綿流し・目明かしの世界。詩音は惨劇を起こしながら、真実に触れることもなく園咲魅音として“こんなこと”に巻き込まれる。

たとえば祟殺しの世界。圭一が鉄平を殺した後、崩壊していく日常は……その足音すら踏みつぶされる勢いで“こんなこと”に巻き込まれる。


たとえば罪滅ぼしの世界……圭一がレナと向き合い、その曇りを晴らした後。私が……レナが警察に確保された後、殺されて。

その後はどうなるの? 圭一は、魅音は、沙都子は……なにより症候群からなんとか覚めて、最善手を学んだレナは?


……たとえば、一つ前の……鉄平の脅威を払い、沙都子を助けられた世界。結果的に鷹野と山狗の前に敗北したけど、それでもルールZを初めて砕けた世界。

あの世界で私が殺された後、村人達もそうなるの? “こんなこと”がどうして起こったのかも分からずに。


そだ、お魎や公由、富田や岡村も殺される。知恵も、海江田も、みんな殺される。

そのとき村内にいれば、大石や興宮署の刑事達も危ない。現に前の世界では詩音も殺された。

なにも知らされず、四八時間以内に、自衛隊の部隊に……抵抗も許されずに殺される。


そのとき、一人一人が“猫が入った箱”だ。死んでいるかも、生きているかも分からない……箱を開けなければどうなるか分からない箱。

でも開けることはできない。それが……凶暴化した猫によって食い破られるまで、待つ道理はない。待ってそうなった場合、もう誰にも止めようがない。末期症状の恐ろしさは私もよく知っている。

だから、殺す。村人二千人を……それだけの“パンドラの箱”を、悉く……徹底的に……そうして、村は適当な理由によって滅びたとされる……!


「…………入江、ありがとうございます。
これで饅頭にも、正月の餅にも、絶対に気をつけなくてはいけないと……よく分かりました」

「喉を詰まらせる事故は、割と多いですからね……。
ただ、梨花さん一人が背負うことではありません。私も、鷹野さんも……機関の全員で対処していきますから」

「頼りにしているのですよ、入江」

「えぇ! お任せください! 帯をきゅっと……ですしね」

「なのです」


入江は重たい空気を払うように、おどけて笑う。それに吊られて私も笑うけど……ぞっとしたものは消えない。


本当に、なんてことなの。

こんなことが起きるっていうの?

だったら、祟り見たさに鷹野が私を殺す理由なんてない。


いえ、そこじゃない。そういう問題じゃない。今私が刻むべきは、たった一つ。


「………………!」


そんなことを……これまでの世界で、何百何千と…………起こし続けていたのか! 私達は!


(その14へ続く)









あとがき


恭文「というわけで、なかなか出番に恵まれないザフィーラさんをなんとか引っ張り、瑠依達にも護衛のデバイスAIが登場。
瑠依ぱんにゃ、優ぱんにゃ、すみれぱんにゃが爆誕!」

ぱんにゃ一家「「「「うりゅー♪」」」」

恭文「まぁみんな仮名だけどね!」

ぱんにゃ一家「「「「うりゅ!」」」」

恭文「そしてローウェル事件の掘り下げが入り、垣内組も本格的に動くか動かないか……というところで、緊急マニュアルの存在が露呈」

長瀬琴乃「村人二千人を封鎖して、殺すって……そんなこと本当にできるの!? というか許されるの!?
……あ、長瀬琴乃です」

恭文「緊急警報なりを偽り、一箇所に集め、ガスなどで毒殺……とかならできるね。実際アニメなどではそういう描写もあった。
で、許されるかどうかについては……最後の、梨花ちゃんの話で答えが出ている。もはやそういうことで語れるレベルじゃない」

琴乃「確かに……暴徒ってレベルじゃない人数で、それが妄想錯乱状態で、なおかつ寄生虫に感染しているのなら……」

恭文「もちろん遠方に住んでいる雛見沢関係者……夏美ちゃんみたいな子も危ない。
実際この話では無事に解決したけど、染伝し編では雛見沢崩壊後、その煽りを受けて発症しているし」

琴乃「…………それも、原作通りってことかしら」

恭文「夏美ちゃんの下りは元々漫画」

琴乃「漫画!?」

恭文「ひぐらし各編がコミック化されていく流れの中で生まれた、スピンオフの一つ≪鬼曝し編≫っていうのがあってね。
それがPS2の祭りで夏美ちゃんだけがちょい役でゲスト出演して、そこからボイス付きで出るときは水橋かおりさんが担当していたの」


(ヴィヴィオとユーノの魂さんです)


恭文「それが後々、DSでリマスター的に新しく出された絆で染伝し編、影紡し編、南井さん中心で尾崎渚も絡む解々し編、澪尽し編・裏で本格的に逆輸入されたのよ」

琴乃「え、待って。DSで……ひぐらし、出ていたの!? DSって大分前のゲーム機よね! 私がほんと、子どもの頃で! というか出せたの!? 容量は!」

恭文「だから出題編と解答編などなどを四編に分けて出したの。
で、それを改めてボイス追加などなどの処理をして、更にリマスターしたのが粋と奉」

琴乃「……知らなかった。DSって……惨劇シーンとか大丈夫だったのかしら」

恭文「大丈夫だった」


(今ならスイッチでもやれる奉がお勧めです。なおひぐらしをよく知っている人には、クイズ形式で各編の解禁機能もあります)


琴乃「じゃあこの、南井さんって刑事さんも……その辺りから?」

恭文「絆での染伝し編からだね。夏美ちゃんと同じく、事件の裏側面……千葉一派の暗躍から、真実を紐解くって立ち位置だよ。
僕は瑠依達と雛見沢で動くのが中心だし、そちらは巴さんやいづみさん達に丸投げだね」

琴乃「そう……でも、あなたにとっても本当に因縁試合じゃない……! Vの蒼穹で鳴海さんと揉めた遠因でもあるし、ミュージアムの出資者でもあったし」

恭文「だから千葉には注射をしてやろうと思う」

琴乃「やめなさい!」


(我らが長瀬さん、全力のストップをかける)


琴乃「……じゃあ話を変えるけど……恭文、今月の二十五日……空けておいてね?」

恭文「もう調整しているよ。おのれと舞宙さんの誕生日だからね」

琴乃「ん……というか、あなたもその天原さんと一緒のライブに出るんだから、また練習しないと」

恭文「…………はい?」

琴乃「ジンウェンとして……ほら、魂(ゆきのさつきさん)の誕生日記念日だし」

恭文「なにそれぇ! 待って待って……ひと月切ってから聞かされるってあり得ないんだけどぉ!」

琴乃「サプライズだから」

恭文「そんなサプライズがあるかぁ!」


(というわけで、大混乱は続きます。
本日のED:彩音『Angelic bright』)


琴乃「そういえば、もうすぐよね。ブレイジングガンダムとパーフェクトストライクフリーダムガンダムが出るの」

恭文「だよねぇ。なんだかんだで長かった……コマンドクアンタも来月だし」

琴乃「私はパーフェクトストライクフリーダムガンダムが欲しいし、一緒に買い物、行きましょうか。北沢さんも一緒に」

恭文「え、いいの? いや、志保とは約束していたんだけど」

琴乃「その北沢さんにも確認は取っているから」

恭文「いつの間に!」

琴乃「じゃないと遠慮するじゃない。あとはまぁ……そのときにでも、瑠依さんと明るい家族計画の薄さについて討議したこととか、聞かせてもらえると嬉しいかな……!」

恭文「あれは討議じゃないよ! 一方的に聞かされたんだよ! その前段階をすっ飛ばしてきたから!
というか……そうだ、その前に」

愛梨(デレマス)「恭文くん、美味しそうなケーキ……それに欲しかったガンダムヘリオスもありがとうございます〜♪」(ぎゅー)

恭文「今日(12/08)は、愛梨の誕生日でもあるんだけど……愛梨が、離れてくれない……!」

琴乃「確かにそうね! あの、十時さん……離れましょう! 仮にもアイドルだし!」

愛梨「恭文くんとこうしていると、どんどん熱くなって……脱いでもいいですか?」

恭文・琴乃「「絶対駄目ぇ!」」


(おしまい)






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