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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年6月・雛見沢その12 『Pは繋ぐもの/南井巴の正義はどこにあるのか』


そう……魔導師コンビとアイドル達は部活で大奮闘しているし、村にもなじんできていると?

いいことね、これで立派な雛見沢の一員よ。


……別に寂しくなんてないわよ。事件をきっちりクリアすれば、私も晴れて部員復活だもの。

なので腕がなまらないよう、今日もかけらで遊ぶわ。ちょっと……やめなさいよ。強がりなんかじゃないんだから。


とにかく今日見せてあげるのは、本筋から離れた特殊なかけらよ。これは≪染伝し≫――公由夏美が主役のかけら。

鬼隠しと綿流し、そして祟殺しのかけらができる過程で生み出された、特殊なかけらの一つ。

しかも興味深いのはね、このかけらが映すのは……古手梨花が殺された後の世界なのよ。えぇ、驚きでしょう?


本来であれば私達は、”古手梨花”が死んだ時点で時間を巻き戻し、新たなゲームに挑んでいるわ。私達にとっての世界はそこで終わり。

でもね、世界には先があったの。そこで生きている他の人々には、当然ながら未来があった。

私もこの場にたどり着いて、ようやく気づいたことの一つよ。だからこそ今、このかけらの閲覧も許された。


……このかけらも、同じようにして生まれた他のかけらもね、今までは振り返ることができなかった。

それは私が本来のゲーム盤から外れ、盤外となっていることを示すわ。それゆえに外から景色を楽しめる。

それで一つ気づいたのよ。私達は今まで時間をループさせていた……そう思っていたけど、本当は違うかもしれない。


そうして……他者の時間まで丸々巻き戻していたわけじゃない。私達は恐らく……いえ、これもまたいずれね。今はこのかけらの話だもの。

これはね、御三家の血を引きながら、雛見沢とは関わりのない生活を送っていた彼女……公由夏美が惨劇を起こすお話。

そう、彼女には闇が存在した。その闇がとある事件をキッカケに爆発して、家族を殺し、その牙を愛しい人や同級生に向ける……そんな悲しい惨劇。


キッカケは本当に小さな、幾つかの誤解だった。だけどそれが積み重なることで、今まで押し隠してきた不満と不安が一気に爆発。それは予想だにしていなかった殺意となり、その身を焦がしてしまった。

新しい街に来たときから抱いていた、周囲への劣等感。ちょっとした話題のずれ、価値観の違い、そしてたかだか知れた能力の優劣。

それらで人は簡単に疎外感を抱き、孤独になってしまう。あなたも、今までにそんな経験はなかったかしら。


……もしかしたらその辺りについては、同じように雛見沢の外……その駒である恭文や瑠依達の方がよく分かるかもしれないわね。


発達障害、だったわよね。二〇〇〇年代後半から法整備も、認知度も進んだ脳機能障害。昭和の時代には影も見えていなかった“未知なる領域”。

私はね、あなたや……この世界の情報からその病気を知ったとき、雛見沢症候群に近いものを感じたのよ。もっと言えば暴走したときの圭一やレナ、詩音かしら。


自分ではどうにもならない脳の……精神の働き。それによって自分が見えている世界や事実が、他者と違う見え方、感じ方を成されている。当然そこには齟齬が生まれる。

人間は神様じゃない。沙都子がこの世界の鉄平の……レナが間宮律子の真実を知らなかったように、見えるものには限りがある。触れられるものには限りがある。

その差が、その軋轢が、疎外感を生み出し、孤独を構築し、疑心暗鬼として牙を向く。


自分がおかしいのか、世界がおかしいのか、それすら判断も付かず……それどころかそのための知識すら、神の手で弄ばれるだけだった。

……だからこそこの世界では、雛見沢症候群の問題もそこまで重たくなかったのかもしれないわね。

発達障害だけじゃない。そんな感じ方が、世界の見え方がある。それは誰にでも起こりうる鬼の姿だと……そんな認識が、昭和五十八年の世界よりは広がっているから。


……えぇ、そうよ。


この世界で彼女は……公由夏美は、結局その“誤差”を誰にも気づいてもらえなかった。誰もそう判断するだけの正しい知識を、感覚を、彼女との相互理解を持っていなかったから。

ただ突然おかしくなり、雛見沢症候群が犯した罪は、全て彼女自身が望んで犯した罪として処理されてしまった。


雛見沢の因習を深く信じてい入るけど、優しい祖母……。

今ひとつ頼りないけど、だからこそ中立的に振る舞える緩衝材たる父……。

口うるさく、彼女が病んでいた精神病にも全く理解がなかったけど、生真面目で不器用なだけの母……。


彼女はその全てを……“雛見沢が滅びたことによる変化”により、その手で殺し、そしてそれが自分の罪とすら認識できずに壊れていった。

とても救いがない……祟りは、惨劇は、終わりなどないと示す絶望のカケラ。古手梨花が死んだ後もそれは変わらないと示す、断罪のカケラ。


……鬼隠しのカケラに似ている? そうね。舞台は違えど、変化による疑心から圭一が暴走し、レナと魅音を殺した世界……それに近い結末よ。

だけど……ううん、だからこそ言うべきかしら。この悲劇の結末から、私達の思わくから外れた希望が一つ浮かび上がったの。

それはかけらとは少し異なった、小さくて儚げな……最初は塊とも呼べないものだった。


それでも、それは時を経るごとに……小さな力を持つようになるわ。

その力は――。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……忘れられない光景は、誰にでもある。


たとえば小さい頃。友人と……家族と見た奇麗な風景。

たとえば青春時代。切なくも不器用な初恋の思い出。

たとえば社会に出た後。仕事や人間関係の難しさに悩み、愚痴りながら飲む酒の味。


甘さと苦さ、辛さと旨さ……いろんなものが混じり合った光景。いいものもあれば、悪いものもある。

……ときとしてそれは、心を壊しうる光景が刻まれることもある。私と妹は……そんなものを刻まれた。


――いやぁあぁああぁああぁあぁ!――

――まどか、駄目……!――

――お父さん! お母さん! やだ……やだやだやだやだ……やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!――


燃えさかる自宅。深夜、突然の不審火。私とまどかは命からがら外に出られたけど……。


――お父さん、お母さん…………――


私達は、燃えていく家を……その中で息絶えていく家族を、見送ることしかできなかった。

ただ幸いなことに、父は警察官として仲間に、信頼と敬意に恵まれていた。それゆえに私達の行く先を案じ、見守ってくれる人達がいた。

私も妹のまどかと相応の衝突や軋轢はあったけど、それでもお互い……年を重ね、理解を深め合って、姉妹仲良く過ごしている。……まぁ……不満は山のようにあるけど。


特に……!


二〇一九年五月十八日――垣内市内 垣内署・署長室

レナが垣内行きを決意した後。



「……それで署長、ご用件は」

「うむぅぅぅ…………実はなぁぁ……」


そう切り出して、目の前の男……昼行灯に見えて、鋭い刃を隠し持つ男は……うちの署長は、応接用ソファーに座った私に対し、あるものを差し出す。

元々机の上に、クリップ止めで置いてあった書類だ。一応それを一言断り、受け取り、目を通した…………が。


「…………ぬぅ……!?」


目を魚のようにひん剥いて、様々な警戒が吹き飛ぶほどの衝撃に打ちのめされてしまった。


「な、なんですか……これは……!」

「うむぅ……正直ぃ、君に頼むべきかどうかは少々ぉ迷ったのだがぁ、もはやそうも言っていられなくてな。
で……これがその代物だ」

「だ、だからって……こんな……こんな……!」


あり得なかった。だから、わなわなと震えながら……山積みとなった『それ』を、このクソ署長を睨み付けながら……咆哮!


「こんなもん! 私に依頼するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


なんなのこれは! 一体どこの古代文字かと言いたくなるような……このきったない文字は! それでつらつらと綴られた中に、結婚だの、披露だのの単語が並んでいるのよ!

その横には、はがき二枚分……というか折りたたみはがき!? その台紙!? ああもう、分かんないわ!


「というかアンタ、馬鹿なの!? 馬鹿なの!? 誰の結婚式よ! 誰の披露宴よ! その案内状の筆耕をなんで私がやらなきゃいけないのよ!
いや、答えないで! 聞くまでもなかったわ! だって文章の末尾に」

――清書ヨロシク♪――

「……なんて丸囲いで赤ペン先生も真っ青なメッセージが書かれているもの! よし、アンタ達死になさい! そうして詫びるのよ! この世に生まれ落ちた罪を!」

「巴くぅん……落ち着きたまえぇ……」

「これが落ち着けるかぁ! しかも……この日取り! 結婚式まであとひと月もないじゃないですか!
というかあなた達、なんで結婚できるの!? 私を警察庁の広報室に飛ばした愚行によって、冷戦状態だったはずでしょ!」

「その件についてはぁ、いろいろ話したと思うんだがねぇ……。
なにより判断について、私は間違っていたとは」

「署長、あなた……私が、あなたを、心から尊敬し、なおかつ逆恨みなどもしない程度に信頼されていると……本気で、心から、私の目を見て、真っ直ぐに、全力で、そう言い切れるんですか? でしたら謝ります」

「堂々と答えづらいことを言い切らないでもらえるかねぇ……!」

「言い切りますよ! というかアンタ! この非常識な状況に何一つ思わないわけですか! こんな無茶ぶりされて殺意一つ抱くなとか無理ですよ! それなら警察なんてこの世に存在しているはずがないし!」


そうよそうよ……まぁまぁその件はいいとしましょう! 私も未熟だった! 甘かった! それゆえにこの人にも、副署長派にもいいようにされたし!?

でもね、それすら吹き飛ばすやり口なのよ! 結婚式を……正式な結婚式を! どう見積もっても百人単位誘う結婚式や披露宴を! たったひと月足らずで準備!? できるわけないでしょうがぁ!


「というか……ち、よりを戻したのか」

「その舌打ちぃ、聞こえないようにやるものだと思うんだがねぇ……。仮にも私はぁ署長で」

「そうですか。でしたら今すぐ県警の監査部に、とんだパワハラを受けたと報告してきます。それでは」

「待ちたまえぇ! 分かっている! 無茶なのは私も分かっている! だが私とまどかくんも、もう君しか頼れないのだよぉ!」

「だまらっしゃい! だったら日取りを伸ばしなさいよ! 常識の範囲内で!」

「仕方ないんだよぉ! 六月に式を挙げたらジュゥゥゥゥンブライドォ! 幸せの象徴だろうぅ!? 今を逃すと、来年まで待たなくては……それに大安吉日もぉ、逃せないのだよぉ!」

「安心しなさい! それでも日本の離婚率は変わらないから! なんだったらアンタ、一年も経たずにまどかを単身者として放り出す立場じゃないのよ! 仏滅に結婚しようと変わらないわよ!」

「私の余命をさらっと宣言しないでくれたまぇ! しかも短いではないかぁ! 私の定ぇ年より前ではないかねぇ!」


というか、式場関係者もどうしてこれで調整できたの!? 尊敬するわ! だって強行スケジュールやデスマーチってレベルじゃないもの!

時期を考慮したら、無理に客を呼び込む必要なんてないわよ! こういう意味もない験担ぎ狙いで飛び込んでくるミーハーばっかりだろうし! なんだったら非常識だと断っても……まさか。


「……大分前から、よりを戻して……この好色じじいがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「巴くぅん、やめるんだぁ! 花瓶を下ろしてくれぇ!」

「うっさいわ! アンタ、以前贈与疑惑があったときも『私がぁ、ルゥゥゥゥゥルブックだぁ』とか言って開き直っていたじゃない! 私を広報室に飛ばしたときもそう!
だったら冷戦を保っていたまどかに、まどかに…………逮捕します。今すぐ両手を出しなさい」

「さすがにそれはないよぉ! まどかくんには、時間をかけて説明して、分かってもらっただけだぁ! それでなんとか六月に予定をねじ込んだだけなんだぁ!」

「そのために国家権力振るったんでしょうが! このクソ署長がぁ! というか……そもそもなんで今時、案内状を自前で作るんですか!
こんなの、式場のスタッフか筆耕業者に頼めば済む話でしょ!」

「いやいやぁ……案内状の作成は我々でやるぅ……というのが、式場側の出してきた条件でねぇ。せめぇてこのこの程度の譲歩はぁ、やむを得なかったのよ。
かといって、外部の業者に委託するとぉ、費用も馬鹿にならんし……ねぇ……」

「豪邸に住んでいるおっさんが! なにせこいこと言ってんですか! その家売ってでも金を出せぇ!」


――そう……ここまでの会話を聞いてもらって、大まかな状況を理解してくれたと思う。


私こと南井巴にとって、山沖薫署長はただの上司ではない。元々公安の出で、同じくな父の同僚であり、戦友と言うべき人だった。

それゆえに、幼少期から私達を見守って、支えてくれた人でもあるんだけど……それゆえに許せないことも相応にある。


一つ、公安の出ゆえというか……この人はどうにも狸で、私は悉く煮え湯を飲まされていること。

まぁ、私も私でこういうときについ顔なじみとして、甘えてしまうフシはあるけど……この人もそれ以上にやらかしてくれるのよ……!


それで二つ、私の妹……南井まどかは、山沖薫と交際中。結婚も視野に入るほどの仲になっている。

なお、そのまどかも内勤の警察官として、垣内署に勤務している。当然まどかはまだ二十代前半近くで若い。それが、おじいちゃんと言って差し支えないこの男と……懇ろに……ああぁああぁああぁあああぁあ!

本来ならいろいろと大問題よ。署長が女性署員に……お互い独身で真剣な交際とはいえ、手を出したわけだし。それも三十近くとか年が離れているのによ?


……もしかしたら副署長達の方がマトモなんじゃないかと、ちょっと思ったりもした。というか、腹立たしい……うちの妹も、どうしてこの狸ジジイと……ああぁああぁああぁああぁあぁあぁあ!

この、相手をここまでイラつかせるほどに常識知らずをすっ飛び超えた発想は、馬鹿なの!? 嫌がらせなの!? それとも両方かこんちきしょお!


「それにしてもぉ……よーくぅ一見して内容を読ぉめたぁものだなぁ。
私ぃの字はぁ、暗号なみに解読が難しいともっぱらの評判でぇ、まどかくんでも相当苦労してぇ読み解くと言うのにぃ」

「少しは恥に思えぇ!」


分かるわよ! 分かりたくないけど分かるわよ! この……若本規夫さんだっけ!? 洋画の吹き替えとかで、凄いクセのあるしゃべり方をする声優さん! その人そっくりなしゃべり方と……それを書き写したようなこの字でね!

もうね、これだけで特徴的すぎるのよ! 誰が描いたかは絞れるのよ! 内容は結婚と披露宴って下りから読み解けるし! というかまどかも妻になるなら……清書くらい自分でやれぇ! やった上で全部プリントしなさいよ!


「……まぁ、これは軽い前振りとして……本題は次のページからだ。
若い女性にはときめく写真ばかりで目を奪われるかもしれんがぁ、見て見てくれたまえたまえぇ」

「はぁ?」


……署長が応接机の上をとんとんと……用紙を差してくるので、一度放り投げていたそれを手に取り、チェックし…………一気に丸めて、署長の頭を全力でどついた。


「ふごぉ!?」

「………………結婚指輪の準備期間すら知らない奴が! 結婚なんてするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


――――その瞬間……“婚約指輪のラインナップ”を見た私の怒号によって、垣内署は震度六並みの震動に襲われたとか襲われなかったとか。




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 奉祀(たてまつ)り編

西暦2019年6月・雛見沢その12 『Pは繋ぐもの/南井巴の正義はどこにあるのか』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――余りにあり得なかった。


まぁ、私も……人並みにそういうことへの憧れはあるし、まどかならなおさら……まどかの好みに合わせて調達という話なら、まだ分かった。

でもあり得なかった。結婚指輪を……この段階で! そんなプレゼントみたいに準備することそのものがあり得ない!


なのでその辺りもかくかくしかじかで説教した結果……山沖署長は、絶望で床に崩れ落ちた。


「ば、馬鹿なぁ……! 結婚指輪はぁ、三か月も……それでは、九月になってしまうぅぅぅぅ!」

「……一般常識です。というか、婚約指輪も同じなんですよ?
そういうものは、初めて嵌める人が生涯のオーナーって不文律があって、基本オーダーメイドなんです」

「だ、だがぁ……宝石店ではぁ! それにこのカタログもぉ!」

「だから、そのカタログのサンプルを参考にしつつ、更にカスタマイズするんです。
イニシャルとか、メッセージとかを刻んだり……それだって職人による加工なんですから」


まぁ、この人には黙っておこうと思う。……以前取り扱った事件で……結婚指輪の知識について得る機会があったなんて。

なのでまぁ、指輪をこの段階で用意できていないところから、この人の計画は破綻していたんだ。それはなによりの救いだった。


「キャンセル料とまどかへの言い訳は頑張ってください。
私は科警研と現場絡みの調整でいろいろと忙しいので」

「そうか……では、“事件捜査”の進みは、どうかねぇ?」

「それでしたらご報告通りですが」

「………………」


するとこの人は、飄々とした表情を変えず……応接机をまたとんとんと叩き出す。

……そっちじゃない……今私が、広報係として関わっている捜査本部主導のものじゃない。まぁ、その辺りは分かっていたけど。


(というか、悪いクセだなぁ)


こうやって相手の警戒心を解いて、本心をさらけ出す……そうしないと自分に悪意がないと示せないのだろうか。いや、それとも……私が子どもなだけなんだろうか。

まぁなんにしても、いろいろ目立ってはいたしね。公由夏美さんのこともあったし……。


(報告したのは、藤田くんか……それとも花田くんか)


そこで思い出すのは、垣内に……一度広報室に飛ばされるまで、凄くよくしてくれた部下の二人。今回の、未解決事件……渚さんが殺された一件の捜査にも尽力してくれている。

ただ、二人にはあえて口止めはしていなかった。極秘の……越権行為に協力することにもなるし、無理だと思ったら引いてもいいと言い聞かせていたくらいだ。

山沖署長もそれは黙認してくれていたと思うけど、それをわざわざ聞いてくるということは、進展か……はたまた障害があったか。いずれにせよとぼけて逃げられる状況じゃない。


「……ご報告を申し上げなかった分があることは、すみませんでした。
警察庁所属の職員が、所轄署の刑事に仕事を依頼する……越権行為だとは重々理解しております」

「全くだ。今の捜査本部にも失礼な話だしな」

「あの、ひょっとしてどこかから苦情が入ったのですか?
もしそうなら、けん責は全て私一人で引き受けますので、藤田くん達にはどうぞご寛大に…………」

「はははは……早合点するなぁ。山村も、私も、それを咎めようというつもりなどぉ、毛頭ない。
君達の動きに気づいているのもぉ、署内ではぁ他に……おらんようだよぉ」

「……よかった」


情けないことに安堵を見せてしまう。

いや、私はいい。藤田くん達はそれぞれ家庭もある身だ。これで万が一懲戒……そうでなくても、今後のキャリアに差し障るようなことになったら。


「ただ……」

「はい?」

「尾崎渚さんの件……確かに捜査二課は大した成果も上げられず、迷宮入り寸前だった。
そこに、広報室に異動した君が、未だ刷新中のプロファイリング実績獲得を兼ねて、科警研まで巻き込んで実地テストを行う……そうしてまで立ち上げた、肝いりの捜査本部だろう?
仕切るお偉方にも説明すれば、捜査員を一挙動員することは可能だしぃ、まして県警の連中は君にぃ好意的だぁ。彼らを活用して動いた方がぁ、効率もよくぅ……何かと便利ではないのかぁ?」

「……えぇ。実は、当初はそうするつもりで進めておりました。
……ですが……どうも捜査内容が、漏れている疑いもありまして」

「……やはりぃ……かぁ」

「やはりと、言いますと」

「実は先日……公由夏美さん絡みのドタバタから、PSAの劉代表代理と連絡を取り合ってねぇ」

「PSAと?」


風間という第一種忍者……伝説的な活躍をしてきたレジェンドだそうだけど、その人が中心となって立ち上げた組織。

一応はNGO……半民間的な扱いで、公的・民間を問わず依頼を受け付け、こなしていく嘱託組織……と言った方がいいのかしら。実際組織立ち上げによって、未成年の忍者資格持ちは仕事がしやすくなったというし。


あと、まぁ……非常に光栄というか、恐れ多いというか、今私のガードに付いてもらっている御剣さんみたいな人もいるしね。警察的にもかなり助けられている組織よ。


「巴くん、君はPSAが多種的精神障害支援部というものを設立したことは、知っているかね」

「……えぇ」


発達障害や境界知能……ここ十数年で取りざたされた、グレーゾーンも多い精神疾患……それに関するサポートを目的とした部署。

診断の付き添いや、家族・職場への説明サポート。または現在進行形で、パワハラやモラハラを受けている場合にも対応を一緒に考えてくれる……そんな部署よ。

精神障害の中でも目に見えにくく、更に分かりやすい異常がないことから、周囲の理解も得られない……そのために生活に支障を来すレベルで困窮している人もいるから。そういう人達にとっては救いとなっているそうよ。


あ、ここは当人だけじゃなくて、家族や同僚、学校の仲間……そういう第三者も同じ。どう対応するべきかとか、いろいろ考えちゃうことはあるから。

とはいえ支援部だけで処理しきれない場合もある。地方からの相談もあり得るしね。そのために同じ目的を持つNPOなどとの連携しつつ……その橋渡しとしても機能するようになった。


……この支援部の活動も、発達障害の認知度が大きくなる前後からスタートして、結構な成果を出しているそうだけど。


「実は、その設立には十年ほど前……当時六歳になったばかりの少年がきっかけだ。
少年はある異能犯罪に巻き込まれ、実験台にされたとか」

「異能犯罪……!?」

「……そこからは私が説明します」


するとポニテを揺らし、問題の女性が入ってきて……。


「御剣さん!」

「実はその一件で、問題の彼に付き添っていたんです。彼は当時、認知されたばかりの発達障害……ASDとADHDを患っていたので」

「問題の当事者がですか!?」

「同時に彼と一緒に療育を受けていた幼なじみの少女も……ミュージアムという組織に攫われ、結果恭順し……敵同士となってしまった少女も」

「んむぅ……」


山沖署長はやり切れない話だったと……そう言わんばかりに軽くため息をこぼす。


とにかく御剣さん……第一種忍者の御剣いづみさんも着席し、改めて事件について話を聞く。

更に資料で見せてもらうのは、ガイアメモリ……ドーパントという超人になれる生体端末……なんだけど……。


(…………恐怖の怪人を見たら怖がるってだけならともかく、尖りすぎじゃない……!?)


まぁ、納得したわ。オカルトが絡んでいるけど、とにかく尖った異能力を使うから……その分析・解析ができて、なおかつ打破する実行力もない人は無力化しやすい。

しかも安全にメモリを使って戦う……仮面ライダーになる人達もいるけど、それも相性ゲームになりやすいところがあるから、余計に知性が問われると。


ただ当時は違っていたけど……まぁこの探偵が慰謝料を背負ったこととか、裁判で有罪になって、恩赦を一生続ける構えになったこととかはいいでしょ。話の主軸じゃないし。


(……でも、それだけPSAや警察もお怒りだったってことかぁ)


しかし裁判でそれも思いっきりまかり通ったとか……いえ、当然か。法改正の問題もあったし、彼らを流れ的に撃ち殺そうとしたこともある。どう言い訳しても味方のやることじゃない。

あぁ、でもそっか。第一種忍者……それも忍者の大家な御剣家の人がきたものだから、どうしてかと思っていたら。


「……山沖署長、回りくどい話はなしにしましょう。
要するに……関わる可能性があるんですね? その、ガイアメモリ……怪人が、今回の事件に。
だから御剣さんという“経験者”がわざわざ来てくださった」

「そうだ。同時に……多種的精神障害支援部も、この件では全面的な広報・折衝の支援を約束してくれた。公由夏美さんの一件を含めてのことだぁ」

「それは、凄く助かります。彼女の親御さんも非はあると認め始めていますけど……って、その設立にこの……蒼凪恭文君が関わったというのは」

「恭文君、PSAの力を借りるときに……こちらの事情も聞いた上で、受け入れてくれたんです。
“発達障害を患いながらも、忍者資格を取得し、活動するテストケースの一つ”になるって。というか、ほぼ自分から提案した」

「……六歳で、ですか?」

「元々“弱い立場”にいる子だったので、忍者に……そうじゃなくても、誰かを守って、助ける仕事に就きたがっていた子なんです。だから元々そういう勉強はしていました。
そのせいかミュージアム……いわゆる悪の組織についても“悪い方向だけど自分より努力している人達”って認識で」

「それはまた……」


いや、正しい表現よ。それは独りよがりの正義では潰せない……そういう認識を持つために、絶対に必要な前提。

でもそれを六歳で持って、そのモルモットと言われても仕方ない扱いも受け入れるなんて……っと、説明が必要よね。広報の話も出たし。


多種的精神障害支援部は、単なる駆け込み寺じゃない。

民間からそういう形で依頼を受けて、対応データを集めて……それを実際の事件対応に生かすのよ。


たとえば犯人、または被害者が発達障害や境界知能のように、難しい事情を抱えていた場合……その広報対応や、事件捜査の方針決定。

ここは……公由夏美さんの一件を考えれば、納得してもらえると思うわ。


確かに彼女には、一般的には褒められない行動が積み重なっていた。周囲がそれゆえに彼女を疎ましく思っていた。

でも、その根幹には彼女が患った心の病……そして、彼女が飲んだと思われる危険な薬剤があった。

一見正義に見えた周囲も、臭いものに蓋をする理論で利己的に立ち回り、彼女の病を深くするような暴言・行動を積み重ねていた。その結果が……私に対しての暴行に繋がった。


このように……『専門的な知識なしではよく分からない病気や障害』は、事件の真実……その罪の所在さえあやふやにする。

しかもそれはただ逮捕するとか、裁くという話だけの話に留まらない。罪を償うとしても、再犯させない……本当の意味で更正させるためのサポートにも差し障る。当然再犯率にも関係してくる。

この辺りを当人の努力や我慢の足りなさ……根性論で片付ける人もいるけど、それも大間違い。その辺りは諸外国のデータも参照にできる、公然とした事実となっている。


……実際私がお世話になった広報室でも、前野室長はその辺りの対応には四苦八苦していたっけ。それでPSAを羨ましがっていたわ。NGO組織だから、その辺りの改革も柔軟でいいなーってね。


(……本当に運がよかったと思う)


夏美さんがぎりぎりのところで正気を取り戻し、踏みとどまってくれたこと……そして、“その暴発が私に対して、屋外で向けられたこと”。

それは、本当に運がよかったと思う。実際周囲……特に家族……母親は、精神科通いを恥じるように、彼女を追い詰めていたから。

もしそんな母親に対して暴発して……それが家庭内のことで、誰にも気づかれず、止められず、そのまま進んでいたら……!


(でも、二〇〇八年当時はまだその辺りの必要性もそこまで大きくなかったのに……)


先を見越し、前例を作った……それを自ら手伝ったのが彼ってわけかぁ。

六歳でそこまでの応対ができて、飲み込めるだけでも大したものだわ。


「そう、大したものだ。だからこそ……私は君が一番危ないと思う」

「……いきなり考えを読まないでもらえますか? というか……そのために御剣さんですよね。ガイアメモリなんてものも絡むかもしれないから」

「えぇ、そうです。あとはっきり言うと……メモリが絡んだ場合、私がいても戦力不足になる可能性は……相当高いです。
多分そっちの方は、恭文君と……この資料にもある鳴海探偵事務所と、風都の照井警視正に任せた方がいいと思います」

「まぁ銃弾すら通用しない怪物となれば……でも、本当にこの人達だけで……というか安全なんですか?」

「えぇ。みんなが使うドライバーも、メモリも、人体への悪影響をなくした次世代型ですから」

「そんな彼らを、風都の人々は……仮面ライダーと呼んでいるのだったねぇ」

「そして恭文君が魔法使い……ウィザードです」

「仮面ライダーと、魔法使い……」


正直理解が及ばない範囲だった。というか……あぁ……私を目の敵にしている副署長派とか、こういう気持ちだったのかしら。

なんというかこう、なに言っているか分からない異星人的な? そういう感じなのよ。いや、これも御剣さんに失礼なんだけど……ああもう、迷うの禁止。

とにかくドーパントの出現が予測されていて、専門家とのパイプもある。それを活用しないで、人員に無駄な被害を出す方が問題よ。


それに資料を見ると……やっぱり首魁が使っていたテラーみたいに、犯罪の隠匿とか、捜査妨害にも使えそうな能力もあるようだし……うん、やっぱり知恵くらいは借りたいわね。それだけでも随分違うはずよ。


「まぁ、私としても助かりますけど……やっぱりその方達からも話は聞いておきたいです」

「そっちの方は準備もしていますから、安心してください」

「助かります。……やっぱりこういうのが出ると、危険なのは現場に出る藤田くん達ですし」

「巴くん、そこで止まるのもまた無責任だぞぉ」

「署長?」

「彼ら捜査員は……言い方が悪くなるのは許してほしいが、ようするに手足だ。傷つき、失っても、最悪の場合代わりがいる。というより、組織として用意できなくては本末転倒だ。
だが頭や心臓……急所は違う。それらは一撃深く入れば、たちまちに致命傷。
……現に資料にもある蒼凪恭文という少年は、恐怖を操る首魁相手に、自ら囮を買い、見事その打破に繋げた」

「そう、ありますよね」


そこも驚異的だと思ったわよ……! 見ただけで人を発狂死するレベルで怯えさせるそうなのよ? それでそんな組織を作った怪物相手なのよ?

それで幾ら弱点もあるとはいえ、暗殺めいた作戦を六歳の子どもが立てるなんて……いえ、この場合は逆の言い方ができる。多分山沖さんもそういう意味で言っている。


…………逆を言えば……。


「もちろん恭文君は相当綿密に自主勉強していたので、異能力戦と戦略については初期から一流でしたけど……でも、それなら余計にです」

「そんな彼ですら気づくことを、今私が戦おうとしている“敵”は気づかない……そんなことはあり得ない」

「しかも南井さんの場合、恭文君と違って“敵の頭”が見えていない。今は一方的に、南井さんという頭だけが晒された状態ですから」

「仰られることは理解したいと……いえ、理解すべきだと思います。それはあまりにも油断が過ぎる」

「うむぅ。なによりその藤田くん達も言っていたはずだぞぉ?
君が倒れでもしたら……科警研の連中と、現場スタッフが衝突し、プロジェクトは崩壊すると」

「心配の上で、何度も言ってくれていました。しっかり休んでほしいとも……」


あぁ、なるほど。誰がこういう状況を作ったか……よく分かったわ。まぁそこのところは恨み辛みもないし、その通りだけど。


実際科警研の人達も……悪い人達じゃないんだけど、一課や二課の捜査員達とはぶつかることも多い。実地プロジェクトで成果を上げるためにね。

私は広報も含めた全体の潤滑剤として動いているから、このプロジェクトでの成功……その手柄は全て科警研になる。だからあちらさんは確実な成果を……それを証明するための経過を欲している。


でも現場はそれが気に食わない。横からやってきて、自分達だけでは解決できなかった事件とはいえ……手柄からなにまで横取りされるんだもの。

もちろん現場で培った経験や意地もある。そんなものが、デスクに向かって、データをにらめっこしただけの推論に負けるはずがないってね。

……この令和の時代でも、日本にプロファイリングが浸透していないのは、この温度差……目的や方向性の違いにある。


実はこれは本当に厄介。プロファイリングというのは、誤解されがちだけど未完成が当たり前な代物……この言い方も乱暴だけどね?

あくまでも統計学だから、情報の刷新が不可欠ってところがその理由よ。今だとIT……ネット関係を利用した犯罪も多いから、余計に求められる。

統計の根茎となる事件、そのデータを集める……それも日本国内の事情に即したものを集める。それが必要量に達していないと、それはプロファイリングの精度に直結する。もちろんプロファイラーにもその辺りの熟知が求められる。


そういう部分から、いわゆる現場の勘……足での捜査には劣るし、必要ないって意見が根強いのよ。その勘も個人間での統計だっていうのにね。

それをなんとかなだめすかし、褒めて持ち上げ……ときに鞭を振るい、終了まで纏めるのが私の仕事だった。

なのに私が倒れたら、本当に全部瓦解しかねない。当然……あんな死に方をした渚さんの無念も払えない。


……今更ながら、選んだ道……背負った責任は相当に重たいものだと感じ取る。ほんと、今更だけどね。


「とすれば、気になるのはやはり進展……捜査情報の漏洩についてだねぇ」

「……実際この半年間……私が改めてこちらへ出向する前からになりますが、情報提供者の態度が直前、あるいは直後に急変し、情報収集を阻害されることが何度かありました」

「じゃあ南井さん、尾崎渚さんの事件が迷宮入りしかけたのは」

「そのせいもあります。……これを見てください」


前もって準備していた“別の報告書”……というか、手帳の目もだけどね? それを署長と御剣さんに見てもらう。


「聞き込みのアポを取った直後に、こちらで準備した質問内容と、実際の……聞き込み時の供述。
……明らかに我々が必要とする情報を、第三者が介在して、口止めを図った形跡が見られます」

「…………」


略語混じりのそれを見ながら、山沖署長の眼光がぎらりと……鋭く光る。さっきまでとはほんと別人ってレベルよ。


(でも、やっぱりこの人は分かっちゃうのね……)


一件不自然ではない。でも違和感は拭えない。そんなレベルだから、普通に騙される人もいる。その程度には徹底していた。

たとえば……密かにアプローチを試みたはずの、竜宮礼奈と渚さんの各学校関係者。

渚さんの死亡事故を引き起こしたトラック運転手。

それに、澤村公平さんの殺人容疑をかけられたまま怪死した≪平沼陽子≫の病院関係者……。


いずれも、こちらの質問内容を想定した上で、用意した回答をしているとしか思えないものばかりで、また重要な情報ほど彼らは皆『覚えていない』と供述している。

それに加えて……。


「平沼陽子の、看護学校時代の親友だった女性。
……今、行方不明なんです」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


平沼陽子の、看護学校時代の親友――――彼女は、平沼陽子が事件を起こす数日前に会って、いろいろ話したという。

そのことを職場の同僚から聞きつけた捜査員が、早速接触を試みた。でも……自宅を訪れると、彼女は数日前から旅行に出かけていて、不在とのことだった。

これだけならまぁ、タイミングが悪かったとなる。だから“これだけ”じゃなかった。


「旅行先については、家族・知人も全く知らない……。
有給が終わったその日に、病院には退職願いが郵送されてきた……。
理由は『一身上の都合』……。
それでも家族に連絡した形跡や、帰省した様子はない……。
不審に思って、令状を取って家宅捜索を行うと、自宅には通帳や印鑑が置きっぱなし……。
――仮になんらかの理由で失踪したとしても、これらを置いていくなんてあり得ません。少なくとも相応の現金を引き出した形跡などは残るはずです。でも……それすらなかった」

「……ふむぅ……」

「疑うなと言う方が無理です」


いや、もっと明確に言おう。……彼女は口封じを受けたんだ。

渚さんに対して、あれだけの仕打ちをしたような奴らだ。その程度の……何を聞いているか分からないような人に対して、そこまでしてもおかしくない。


(ただ、あからさますぎる隠蔽工作なのが……少々気になる)


これでは探ってくれと言っているようなもの。またはそこを狙って、トラップを仕掛けている? またはその逆張り……ああもう、虎穴には入らなきゃ分からないってことか。

なんにしてもプロファイリングの実地テスト……このプロジェクトで成果を出せなきゃ、私は大言壮語なアホとして処罰されるだけ。止まっている暇なんてないし。


「藤田くんの勘はぁ、正しかったようだなぁ」

「……藤田くんだったんですか」

「彼を責めないでやってくれぇ。現場に出ている分、どうしても“匂い”を感じ取ってしまったんだろう」

「私にも必死に頼み込んできましたよ。なんとか捜査から外せるようにしてほしい。このままだと危ない感じが……と」

「いや、それ御剣さんに丸投げしろって話じゃないですか。
……藤田くん……」

「……君が公由夏美さんの母親を殴り飛ばすんじゃないかと、キモを冷やしまくったそうだしねぇ。仕方ないよ」

「藤田くぅん……!」


……藤田くんは、私と同い年で……部下としても信頼している一人。いろいろよくもしてもらったしね。女で、同い年で、階級も上な上司ってやりにくいだろうに。

だけど私……いや、彼女のお母さんが言い訳ばかり繰り返して、夏美さんの精神状態を鑑みないことにいら立って……そういう空気、出していたかもだけど……ギリギリで抑えたのに。


「なにより……この“敵”を倒すために、君が死ぬことなど私は……まどかくんは絶対に許さんぞ……!」

「署長、それは」

「君はいい。正義に準じて、さぞや満足だろう。……だが、残された者はどうなる。
まどかくんだけではない。君の“大言壮語”に夢や理想、希望……あるいは欲望を寄せて、それでも呉越同舟と繋がっている“彼ら”は。
君は、残される側になる彼らに強いるのかね? 死してなお立派だ。正義に一人殉じた姿は立派だと……嘆くことすら許さずに」

「…………」

「それはおかしいだろう。君はここへ戻ってきたとき、なんと言った。あれは……嘘、だったのか?」

「そうですよね。恭文君じゃあるまいし……“遺書は書くから運命を共にしろ”なんて普通は言えないし」

「「そんなことを言うの!?」」

「そういう滅茶苦茶でペースを握って、ワンサイドゲームを展開する子なんです……!」


そ、それは気になるけど……まぁ置いておこう。それより思い出すべきことがある。

……そうだ、私は……山沖署長に、広報室へと飛ばされたとき……こう言われた。


――偉そうなことをほざくな、青二才が。
力も、後ろ盾もない貴様が、気安く正義を語れるほどこの世界は甘くはない――


渚さんが死んだ直後だった。明らかに殺された……それは分かった。

だから、絶対に犯人を捕まえる。そう決意した矢先で……どうしても納得できなくて。

だったら正義はどこにあるのか。警察官だと言うのなら……そうしたら、これだ。


甘ったれだと……甘えるなと……よく知るこの人に言われて、泣くことしかできなかったっけ。我ながら……本当に情けなかった。

でも、だったらと……それなら文句なんて言わせてなるものかと……広報室の前野室長にも食い破る気持ちで働いて、準備して……プロファイリングの実地テストという名目で、渚さんの事件を利用して、垣内署に戻ってきて。

それで、こう言ったんだ。私は……あのとき泣くことしかできなかった言葉に対して、こう言ったんだ。


――感情的な復讐心や、自己満足の行いは、自分の失敗を認めたくないという見苦しさの産物です。
“自分は正しい“と一人で思い込んで、誰にも頼らず、誰の言葉にも耳を貸さない……独りよがりの、未熟な、まがい物の正義です――


そうだ、答えなら出ている。だからさっきも……資料に載っていた鳴海荘吉という探偵を、とても哀れに感じた。自分と重ねた。


――……でも、それでは本当の悪には勝てない。いえ、戦えない――


私達はまず、戦いの土俵にすら立っていない……そう気づくことすらできない程度には、拙く弱かったのだと。


――こちらが犯罪を取り締まるため、あらゆる手段と知識を蓄えているように、相手も同様の準備をして、こちらを叩きつぶそうと……その武器を磨いている。
そんな奴らに、一人でできることなんてたかが知れています――

「……いえ、嘘じゃありません。悪が“そういうもの”なら、正義もまた……力を合わせるために手段なんて選べない。
それで私は幸運にも、たくさんの人の力を借りることができました」

「だが、その気持ちに応えることが、君の殉じる覚悟であってはならない。……断じて、あってはならないんだ」

「署長……」

「……言わずもがなと思って黙ってきたが、あえて伝えよう。
君は今回、捨て身でプロジェクトに刑事生命を賭けたと言っていたな。
おし失敗すれば閑職行き、あるいは失職も覚悟してと……」


言った。確かにそう言った。なにせ大言壮語にもほどがあるから。三か月で未解決事件を解決してみせるから、テレビ局も私についてこいーって……いろいろ盛り上げちゃったし。


「それだから多少の無茶や衝突も大したことではないと、開き直っているかもしれん……が、現実は違うぞ?」

「え……」

「君が三か月以内に解決してみせると豪語した、番組企画のことだ。
既に前野は、上層部と局のお偉方に、当初の目的が達成できなかったときの対処案を提出している。
『まだまだ刷新中な新しい捜査形態』を体系づけた……その小さくも偉大な一歩を刻み込んだ立役者の一人として、君は東京に凱旋する……という筋書きでな。
科警研の動きを逆に利用したわけだ。TV局側も大筋で、その代替案に賛成らしい」

「そんな……!」


さすがにその話は初耳……というか、前野室長……!

いや、科警研の大内という人が、自己保身のため刑事二課を……山沖さんや私達とぶつかっている派閥にすり寄っていることは、既に知っていた。

科警研も成果なしでプロジェクト終了は避けたいし、責任問題を悉く私に押しつける……そういう構えを取るつもりなのよ。


でも……前野室長が、私のためにそこまで……正直、意外すぎて。


「奴も長い間、理解者に恵まれず苦労したクチだからなぁ。たった一度のことで、信頼できる部下を手放すような真似はしない……ということだ。
前野にとっては成功や失敗よりも、むしろ……君がこのプロジェクトでなんらかを学び取り、経験を得ることこそを求めていた。
結果など関係なく、その過程が重要だった。だからこそ、奴は支援する気になったのだ」

「学習と、経験……?」


……感謝するべきなのだろう。本来は……でもこみ上げたのは不快感だった。

余りに現場を軽視して……事件が解決しなくてもいい。そういう構えなのが……本当に、許せなくて……多分私は、こういうところが危なっかしく思われているのに。


「それって、科警研の人達と同じじゃないですか……! 実際に事件が起きて、人が死んで……なのにそれを、テストケースだなんて」

「確かに、ある意味ではそうかもしれん。控えめに言っても良心的な話ではない。
……だが、机上の空論で固まった人間を作り出さないためには、あえてみんなが目を背ける現実で苦労させることも必要だ。違うかね?」

「……」

「そのお話、よく分かります。……実際劉代表代理も、当時の恭文くんにそういう期待をかけて……この流れですし」

「実際のところ……あくまでも組織的な都合となるが、彼や美澄苺花の救出は“二の次”な部分があったのだね?」

「まぁお察ししていると思いますけど、PSA内部でも意見が分かれる話だったんです。なにせ体育会系が中心な世界ですし」


いづもさんもあれは困り果てた……事情を聞いていたから、問題の彼にどう言うべきか迷った。そんな様子でため息を吐いていた。

……多種的精神障害支援部の設立……今後起こりうる精神障害・精神病への対応準備を、その必要性を疑問視する声も組織内ではあった。だから前例が必要だった。

実際に事件被害者として発達障害の子どもが関わり、その対応に問題が出たからこそ、事件が解決できなかった……解決できたけど、課題が残るような前例が。


「ただ山沖署長……まぁ南井さんの性格から言うのが憚られたのも分かりますけど、“うちは”恭文君に全部話しましたよ?」

「うむぅ……その点については、確かに私の落ち度だな。もっと早めに話しておけば、公由夏美さんのことで危険にさらすこともなかったかもしれん……」

「……それは、私的には頷けません。まぁやばいと思ったのは事実ですけど……むしろ、屋外で、私に向けられたことは幸運だと思っていますし」

「君はそうでも、我々は肝を冷やしたのだよ。……まして、君は当初の目的を外れたとはいえ、プロファイリングの効果を実際に示してみせた。それも国内情勢に根ざした形の……最新版と言えるものだ。
手柄は確かに科警研だが、各方面を調整して、上層部を説き伏せ、形として組み上げた本当の立役者が誰なのか……みんな分かっている。
出世の評価として提示できないのが……残念な話だがな」

「出世なんて、私は……」

「巴くん……出世を軽く思うな。正しいこと、自分の信じることを他人に説得し、協力を取り付けるために必要なのは……肩書きとぉ、名声だ……。
警察と正義を信じたいのならば、偉くなれぇ……たとえあざとく思われようとも、一切気にしない勇気を持つんだ。
……それが、君の理想に近づく最善手だと……私は信じている」

「山沖さん……」


……言いたいことは分かる。分かるようになった。

半年前、私は正義というものに心底失望した。出世したいわけじゃない、準キャリア組になったのだって……そんなことのためじゃない。

だから安易な減点主義に走り、他人を蹴落とし、権威に縋り付くような真似しかできない人達を軽蔑していた。心底軽蔑していた。


ただ……広報室の仕事を通して学んだことは、正当性……自身に味方をして得をするという“利”を示すのにも、その正当性を訴える下地が必要だということだった。

学歴、実績……家柄、人格、人脈……ある意味では保守的、封建的とされるような因習要素が、重要な役割を担っていることも多かった。


もし私が慶明大学出身じゃなかったら、警察庁の長官官房長は……大学OBでもあるあの人は、私のプロファイリング理論を、最新の翻訳資料など、見向きもしてくれなかっただろう。

もし私がかつての上司であり、理論家で有名だった本条さん……プロファイリングの師匠とも言える人だけど、その人の膨大な操作データとノウハウを受け継いでいなかったら、科警研や現場の刑事達を説得する材料は作れなかった。

もっと身近なことでも同じ。身なり、清潔感、それを保つノウハウ……そういうものでも壁は容易にできる。容易に道は阻まれる。


一人では、思いは遂げられない。

一人だけで届く可能性など、程度が知れている。

自分が今こうしているのも、たくさんの人達が協力してくれて、支援してもいいと……そう思ってくれたことの賜。それは……よく分かっている。


「確かに、捜査には大小も軽重もない。だが藤田くんは……いや、この垣内署の捜査員はみな、君に期待しているのだ。
これだけ小さな警察署でさえ、変えられる能力を持った人材だ。もしもこのまま出世して偉くなれば、きっと自分達が警察官であることを誇りに思えるくらいに……警察組織に刺激を与えてくれる存在になってくれる……とな。
だからこそみな、君に力を貸している。そして、危ない橋ならば自分達が……と引き受ける気にもなる。……その思いは、決して軽いものではないぞ」

「分かっています。いえ、分かりたいと思っています。……いつも……ずっと。
私は、本当に幸せ者だと思います。それだけは分かっているんです。でも……」

「んうぅ……?」

「変な言い方になりますけど、許してください。……それを感じるたび、私は……正義とは一体なんなのか……分からなくなるんです。
自分だけの正義は、勝手な自己満足でしかない。だから他の人達を巻き込んで、正義を果たそうと願う。
でもたくさんの人達から送られる力添えを感じれば感じるほど、自分の行いに対する責任と代償が自分一人ではすまないと思って……正直、怖くなります。
だから、つい……自制を考えてしまいたくなる。矛盾していますよね、これって」

「南井さん……」

「ひょっとすると、だからこそ父は自己満足を承知で、一人だけの……自己満足の正義を貫いたのでしょうか。
その結果として友人の想いに背き、家族さえも犠牲にした」


そうだ、父は殺された。確信している。誰かが企んだ都合の悪いことに近づいたから、邪魔だと家族ごと消されたんだ。

それで……だから……髪をかき上げながら、どこかで避けていた疑問が胸を抉ってくる。


「一切のしがらみから自由に行動するため……それが、父なりの正義だった。
だけど、父のそんな想いは組織にとって……ただの独りよがりな、愚かなものだったのでしょうか」

「……」

「前野さん……広報室長が前に教えてくれました。公安にいたとき、その指導教官が南井警部補だったと。
独自行動が多く、現場の人達や上司はいつも振り回されていたそうですね」


もちろん敏腕であったからこそのスタンドプレーだった。でも……組織にとっては有害だった部分もある。

実際生前の父をあまりよく思っていなかったのか、その葬儀の際には、警察官鶏舎の一部が影で悪口を言う場面も……いくつか目撃した。


「……あのおしゃべりガラスが……!」

「私は、父を尊敬しています。その気持ちに嘘も、変わりもありません。
ただ……あなたに私の行きすぎを注意されて、私自身それがもっともだと思うと……だったら、父の行いはと……不安になるんです。
父はもっと家庭を顧みて、危険を冒すことなく振る舞うべきであったのではないかと。
……この探偵……鳴海荘吉のような立場なら、それもまだ分かりますけど」

「…………」

「……すみません。こんなこと言うつもりじゃなかったのですが」


駄目だな、私……これじゃあ……ああもう、後のことは考えなきゃ。

とにかく、今のままじゃ危険すぎる。山沖署長の折衷案は当然のことだと……立ち上がって、努めて笑顔を送る。


「……失礼します。それと……護衛の件、本当に感謝しています。ありがとうございます」


そう言って背を向けて……署長室のドアノブに手をかけたときだった。


「――――ローウェル事件を、知っているか」


すると……そこで山沖さんが、そういきなり……話を切り出してきた。


「え、あ……はい……」


……こんなことは初めてだった。

実は父の話題を持ち出すと、この人は大抵押し黙るかはぐらかすため……結局私が折れて、会話が終わりになるばかりだった。


今回も同じだった。だから、八つ当たりで……答えなど求めていなかったのに。


「長い話になるかもしれん。忙しくないとは思わないが……もう少し私に、、付き合ってもらえるかな。御剣さんも」

「大丈夫です」


……私は返事もすることなく、そのまま……吸い込まれるように、改めて山沖さんの前に座り直す。

なにかが……また、新しい何かが開いたような感じを受け取って。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


レナが改めて一歩を踏み出す……そんな決意をしてすぐのこと。


――同時刻

鹿骨市・雛見沢



僕の隣りにいる瑠依は、頬を赤らめ、荒くなっていた息を整える。

その表情は、ふだんの凛として、強さを感じさせる瑠依とは全然違っていて……。


「恭文さん……その、私の体……気に入って、くれましたか? 私、こういうことをするの……恭文さんが初めてだから……凄く……不安だったんです」

「ん……その……瑠依……本当に奇麗で。すっごく近くで受け入れてもらえて、嬉しかった」

「なら、両思いですね。私もたくさん優しくしてくれて……泣きそうになるくらい嬉しくて」


瑠依は……僕のとなりにいる瑠依は、両手で僕の手をぎゅっと握って、顔を赤らめながら……瞳からひとしずくの涙をこぼしながら、笑う。


「私、胸を張って言えます。天動瑠依は、あなたを……蒼凪恭文を、愛しているんだって」

「は、恥ずかしい台詞禁止!」

「どうしてですか? あんなに恥ずかしいこと、いっぱいしたのに……なによりこれは、私の本当の気持ちです。受け止めてくれなかったら、泣いちゃいます」

「……あの、ありがと。僕も……」

「はい」

「僕も瑠依のこと……愛しているよ。もう瑠依のこと……離したくない。ずっと一緒にいたい」

「……ありがとうございます。だったら……その、一つ提案というか、相談というか」


瑠依は浮かんだ涙を払うこともなく、真っ直ぐに見つめる。それで……ある二つの箱を、取り出した。


「今日は、大丈夫な日でも、あるんですけど……これも、試してみませんか?」

「うん……うん……!?」

「お互い、将来のことも考えて……こういうコミュニケーションはするべきだと思うんです。でも、恭文さんに気持ちいいって思ってもらえないのは……私も嫌です」

「え、いや……あの、これ……」

「私は、恭文さんが気持ちいいって感じてもらえることは、全部したいです。全部受け止めたいです。
だから……この……0.01ミリと、0.02ミリ……どっちがよくて、どっちが安心して……コミュニケーションできるか……一緒に、実地で勉強しましょう」

「…………自首しようか」

「どういうことですか!?」


あ、しまった。ついツッコんで……瑠依の笑顔があんまりに可愛くて、どきどきしたから……って、そうじゃなくてぇ!

そこを聞くのか! おのれ! まずそこを……だったら僕も応えてやろうじゃないのだ!


「――――アイドルなのに! なに明るい家族計画を購入してんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! というか分校に持ち込むなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「だな! カットカットカットカットぉ! ちょっと瑠依を詰問するぞ!」

≪……えー。圭一さんもなにを言っているんですか。ここからがショータイムでしょ≫

「だよねぇ。圭ちゃんは空気を読みなって」

「貴様らだけには言われたくないわぁ! というかやばいだろ! なに平然と小道具取り出してんだ! しかも今のところ使う予定がないものを!」

「よ、予定がないって失礼すぎるわよ! 恭文さんも男の人だし、いつそうなってもいいようにって……Amazonで箱買いして」

『箱買い!?』


さて、状況を説明しなければならないだろう。まぁ結論から言うと……僕と瑠依は、部活で大負けした。

種目はブラックジャック。僕の得意ゲームなんだけど、大一番でミスって……まぁそこまではいい。負けることだってあるのが勝負だ。

問題は……今日はコスプレではなく、『ドベ二人でピロートークのエチュードをやれ』というとんでもないもので……!


なお、その罰ゲームを……くじ引きの中に問題の用紙を入れたのは、優と梨花ちゃんだった。それゆえに現在、ここ……雛見沢分校の教室は、パニックの真っ最中となっている。

でもそれは動ではなく、むしろ静。最初はきゃーとか騒いで見ていた他の子達も、瑠依があの箱を取り出した時点で……床を削り取ったんじゃないかというような音を響かせ、一斉に引いているからだ。


「……というか鈴村さん、なぜあんなものを入れたんですか? お兄様としたいならご自分でなんとかしてください。断固阻止しますけど」

「シオン!?」

「ん……多分梨花ちゃんと同じ理由やと思うよ?」

「誰がどう転んでも楽しくなりそうだったですしね。
圭一と恭文でも、富田岡村でも、魅音が圭一以外と当たっても……もちろん優や瑠依、すみれという組み合わせでも地獄絵図なのですよ。にぱー☆」

「そうそう! それはそれで煽られるよなぁ! わくわくするよなぁ!」

「……梨花、優さん、言っていることが最悪極まりないのですけど、大丈夫ですの?」

「ん……レナも、その……どん引き」


――この悪意といたずら心を煮詰めた結果がご覧の有様だよ! 今回の罰ゲームがくじ引き式だったから、最悪なのを引いたのが僕達だよ!

もうこれはやるしかないと気合いを入れたけど……それ以上の伝説を築いてくれたよ! この不器用暴走馬鹿!


「……レナ、沙都子……どん引きなのはボクも同じなのですよ」


いやいや梨花ちゃん、そんな被害者みたいな顔をしないでよ。おのれと優は立派に加害者の側で。


「そんな狙い澄ましたような小道具を出してくるとか……さすがに想定外すぎるのです」

「だよねぇ!」

「そりゃそうだよねぇ! 僕も出されてぞっとしたし!」

「どうしてぞっとするんですか! 夫婦なら大事なことです!」

「そこじゃないんだよなぁ!」


あのね、瑠依……違うの! 僕もそういうのは大事だって分かる! 瑠依と……本当にそうなるとしたら、ちゃんとお話しなきゃ駄目だとも思う。

でもね……それを! この状況で! タイミング良く出してきたことが怖いんだよ! 常備しているってことだもの! アイドルが! 明るい家族計画を! それも二種類!


「というか瑠依さん、持ち歩いているの!? 持ち歩いて早朝ランニングとか、分校へお邪魔とか、買い出しとかしているの!? どういうこと!?」

「いえ、だから今言ったように注文して……」

「それを雛見沢に持って来ちゃったの!? スタッフさんがいなくてよかったよ! 大問題だっただろうし!」

「……瑠依ちゃんは、マトモだと思っていたのに……いや、今更だよね。不器用暴走馬鹿アイドルが定着しているし」

「すみれ!? え、待って……後ずさらないで! だってあの、勉強したの! もうすみれや魅音さんくらいの年では、普通にエッチしているものだって! それが一般的だって!」

「どこでそんな勉強をしたの!?」

「優の持っていた本を参考にして、ネットで」


……そこで自然と……全員の視線が優に向く。


「あと、優が貸してくれたその……恋愛、シミュレーション?
それでもそういう話があって、ヒロインが勇気を出して頑張るって……私、あれで感動したの。
エッチなことってコミュニケーションだから、恥ずかしがって男の人任せは駄目だって……うん、だから頑張りたいなって」


瑠依がガッツポーズしているけど、気にしない。気にしてはいけない。

それよりも大事なのは……この! どう考えても諸悪の根源を! どうするかってところだよ!


「……優さん、ちょっとお話……レナ達としようか」

「ちょお待ってよ! うちもさすがに箱買いとか想定外やし!」

「それ以前の問題だよ! おのれ、明らかにR18なゲームを持っているよね! こんな話題を全年齢対象のゲームでやるわけないもの! 明らかにヒロインと仲むつまじくするラブラブシーンへの導入でしょうが!」

「レナも察したよ! 察しちゃったよ! というか瑠依さんが思い込みも激しくて突っ走る方だって、レナ達以上に知っていたよね! 知っているはずだよね!
なんでそれで恋愛シミュレーションなんてファンタジーを貸しちゃったの!? これがデフォルトだって思い込むに決まっているよね!」

「まぁまぁ……そこんとこはやすっちが頑張れば済むことだってー。……確かそういうのって、使用期限があったよね。あんま長々と保管はできないねー」

「魅音、ひとまず黙れ! というかお前、恭文とすみれが凄い目をしているんだぞ! それすら読み取れないのか! 飢えた虎ですら怯えて腹を見せるような視線なんだぞ!」


この元祖部長も煽りやがって……! よし、だったらコイツについてはこうしよう。


「圭一、大丈夫。Amazonで今すぐ明るい家族計画を注文して、園崎本家に送りつけてやるから」

「お兄ちゃん、それ私も手伝うよ。圭一さんとこう、一年毎日頑張っても使い切れないくらいに送ってやろう」

「な、ななななななななあ……なに言っているのぉ! アンタ達はぁ!」

「……魅音、今回については俺も止めないからな。お前が煽ったせいだからな」

「やめてぇ! そんなの婆っちゃや村のみんなに見られたら、また大騒ぎだよ!?」

「だったら煽るなと言っているんだよ! この馬鹿たれがぁ!」


いやよかったよかった。これで魅音は黙ってくれる……って、それで終わらないし! それならおかしいところがまだあるんだよ!


「というか瑠依、おのれ……まず僕と鉢合わせしたのは偶然だよね! なんで持ち歩いているの!? 合宿先で必要ないでしょうが!」

「そ、それはあの、練習中だったので!」

「なにを!?」

「だから……使うとき、お手伝いできるように……って……あ、もちろんそんな、別の人とどうこうじゃ、ないですよ? そういう……付けるための練習台も用意して」

「もういい! 分かった! あとその話、絶対外でしないで! 東京に戻ったらしないで!」

「駄目です! ちゃんと話し合って決めなくちゃ……私も、不安ですから」

「そういうことはお付き合いが始まってから言えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


あぁもう駄目だ! ツッコみはしたけど駄目だ! 遅いよ! 全てが遅いよ! もう衆人環視すれすれの状況でバラしているんだよ!

ここが雛見沢じゃなかったらおのれ、マジでアイドル生命が終わっていたからね!? そんな気合いを入れても無駄なんだよ!


「まぁ恭文さんもそこは時間をかけてお相手するしかありませんわよ」

「これで……!?」

「これでです。というか、その前にひとまずは……優さんでございますわよ」

「なのです。悪質な洗脳ですよ」

「レナ、バンプロの……朝倉社長さん? その人にも相談した方がいいと思うなぁ」

「なんでよぉ! うちかてこれで勉強しとるんに!」

『だったらそこからアウト!』


――こうして、瑠依と優のアホも締め上げながらも……雛見沢の日常は明るく進んでいた。

でも、それは事件も同じだった。その間も同じように進んでいた。僕達の知らないところで、少しずつ……。


(その13へ続く)









あとがき


恭文「というわけで、ひぐらしVer2019にて巴さんと山沖さんが登場。元祖本編ではやっていないお話だね。
……最近のトピックスとしては……野球延長で、青天井が中止になった。ラジオ聴いてほしいーなが午前四時スタートになった」

舞宙「まぁ青天井はアーカイブで聞き直しできたし、それはいいよね。しかしこういうの久しぶりな……」

恭文「最近は延長とかない感じだったから」


(びっくらこいた)


舞宙「でも、瑠依ちゃん……一体どこのゲームから……!?」

恭文「喫茶ステラと死神の蝶らしいです。名作ゲームですね…………じゃなくて!」

舞宙「だねぇ! 優ちゃん、サイちゃんと同じタイプの子だったとは……!」


(なお、こちらは大分前に頂いた罰ゲームでピロートークをする765プロの面々や、部活メンバーという拍手を参考にしています。拍手、ありがとうございました)


優「それやったらうちとすみれちゃん、琴乃ちゃん達もやらんとあかんなぁ」

恭文「おのれ、諸悪の根源なのに堂々と出てくるか……!」

舞宙「いや、でも大事だよ! それならあたし達もさ!」

恭文「舞宙さん!?」

舞宙「でもローウェル事件が、ここでまたミュージアムとのドタバタに絡むとか……」

恭文「Vの蒼穹、つい加筆しまくったところでプラスされた部分ですね。発達障害者支援法の絡みもあり、まだまだ認知は低かった……」


(自助努力を崇拝した結果がご覧の有様だよ!)


舞宙「それはそうと恭文くん、魂ネイションの番組見た!? あたしの誕生日はクリスマス本番なんだ!」

恭文「……話の振り方がヘタですか!」

舞宙「しー! というか、ようやく決まったんだよ! 誕生日がようやく決まったんだよ!」


(パワフルお姉さん、ようやく誕生日が決まりました。十二月二十五日です)


舞宙「うん、決まったよ? つまり……あれ、(長瀬)琴乃ちゃんと同じ……」

優「同じですねぇ」

恭文「作者……またかぶらせて忘れないようにって決めたな」


(だって、誕生日とか覚えるの苦手で)


舞宙「まぁそれはいいよ! つまるところ二十五日はあたしの誕生日記念日! 今までお祝いスルーしていた分……頑張ってもらうからね?
恭文くんもイメージCVなゆきのさつきさんが、誕生日二十五日だし……うん、一緒に記念日だ」

恭文「あ、はい……」

琴乃「……だったら私も頑張ってもらおうかな。下見にも付き合わされたし……初デートを下見にされたし……!」

恭文「ごめんなさい」

琴乃「謝るんじゃないの!」

舞宙「そうだね。めいっぱい行動で示してもらわないと……なので、おらー!」

恭文「ふにゃあ!?」

琴乃「そ、そんな大胆に……いえ、ここは頑張るから!」

恭文「おのれもかぁ!」


(というわけで、次回は雛見沢に話が戻り……やっぱりドタバタです。
本日のED:amazarashi『境界線』)


瑠依「恭文さん、来月の十一日は予定を空けておいてください。私の誕生日記念日ですので」

恭文「あ、はい」

優「二十七日も明けといてなー。うちの誕生日記念日でもあるし……二月は本番やし。
あ、二月はうちの家族で集まるから、そのときはエスコートよろしゅうなー」

恭文「……ちょっと待って? 家族? 集まり? エスコート?」

すみれ「優ちゃん、それはどう考えても結婚前提の行動じゃあ……」

フェイト「そ、それは駄目−! まず奥さんとして私がお話を」

優「フェイトさんはこんとき出とらんやろ?」

フェイト「そうだったー! ふぇー!」


(おしまい)






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あきゅろす。
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