[携帯モード] [URL送信]

小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年6月・雛見沢その8 『勝つためのL/天動瑠依をざわつかせるものはなにか』



そう……レナの方は何とかなったの。でも失敗したわね……まさか、レナがそう解釈するなんて。

ううん、あなたのせいじゃないわ。私の指示が悪かったのよ。次からはきっちりはっきり、一から十まで伝えましょう?


……あぁ、これ?


えぇ、ここにいるとやっぱり暇だから、またかけらでね……このかけらは≪罪滅し≫。

鬼隠しと対になるかけらであり、前の世界である≪皆殺し≫の一つ前で起きた奇跡。

そう……このかけらは私達にとって、重要な意味を持つもの。可能性という奇跡を示すかけらだった。


なにせ抗えないと思っていた”昭和五十八年六月”に、風穴を開けられるのではないかと初めて思えたから。

この世界でルールX≪雛見沢症候群発症による惨劇≫に捕らわれたのは竜宮レナ。原因はもちろん間宮リナの一件……えぇ、あなたも聞いた通りよ。

レナは結婚詐欺の話も、竜宮家の財政危機も、全て一人で聞いてしまい、抱え込み、その結果の凶行だったの。


しかもその後、綿流しの事件を受けて……レナは園崎家と雛見沢全体に疑いを持ってしまった。

結果学校を占拠し、村に救う暗部を暴こうとしたの。……本来であれば私達は、レナが学校に仕掛けたトラップで爆殺されるところだった。


でも、圭一がそれを止めたの。


この世界での……二つ前の世界での圭一は、鬼隠しでの出来事を思い出した。だからこそ圭一はレナと向き合い、誤解を解くことができた。

このゲーム盤を支配する大きな法則≪ルールX≫に真正面から挑み、これまでのかけらで学んできたことを生かし、打ち勝てることを証明したの。


……まぁその世界での奇跡も最後には≪ルールY≫に取り込まれて、全て台なしになるんだけど。


え、ルールYはなんだって? そう言えば説明していなかったわね。

ルールYは、古手梨花を殺そうとする絶対意志そのもの。幾度やり直そうと変わらない敗北という結論そのもの。

それも打破しなければ、私達はやっぱり先に進めないってわけ。まぁ、ある意味風穴は空いてるんだけど……二十一世紀は、さすがにねぇ。



……大丈夫よ。言ったでしょ? これは重要な意味を持つ、奇跡を示すかけらだって。


確信したわ。学ぶことで私達は成長できる――勝ち目のないゲームに、僅かの勝ち目を作り出すことができる。

このかけらによって、ルールXはほぼ完全に打ち破られたと言えるわ。だから圭一も、沙都子も、魅音も、レナをすくい上げた。

ルールは無敵の存在ではなく、打ち破れることも教えてくれたわ。その希望はゲーム盤の外にいる私達にも示されている。


幾度も、幾千も、何年も、何百年もやり直してきて、決して砕けなかった頑丈なルール達。このとき砕けたのはたった一つだけだった。でも、一つだけでも確かに砕けた。

停滞し続けていた何かが変わるターニングポイント……そんな重要なかけら。

だから言い切れる。もう症候群なんて下らないものに踊らされない。……もちろん、あの無茶苦茶な魔導師達もね。


仮にその目があったとしても、今の圭一なら払ってくれるわ。仲間として受け入れ、信じることで――。

あの二人を……アイドル達を部活に誘ったのって、そういう意味もあると思うの。みんなが同意したのも同じ。


……”あなた”は気づいているかしら。それともまだ、怯えたままかしら……くすくす。




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 奉祀(たてまつ)り編

西暦2019年6月・雛見沢その8 『勝つためのL/天動瑠依をざわつかせるものはなにか』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――正直、眠りは浅かった。

それでもなんとかとコテージのベッドに入り、体を休めたけど……もう一度言う、眠りは浅かった。


起き抜けは最悪そのもの。できるならこのまま一日寝ていたい。こういうのはあんまりないのに……って。


「……仕方ないかぁ」


雛見沢症候群という奇病。

次世代兵器研究会による陰謀。

古手さんの謀殺。

しかも犯人は、その古手さんの味方でもある鷹野三四という研究者。彼女と野良犬……じゃなくて、山狗という非正規部隊が総出で殺しにかかってくる。

しかも古手さんを守ろうとすれば、前原さんや村の人達もどうなるか分からない。実際……古手さんが見た予言では、みんなでその山狗から逃げようとしたところで捕まって、一人ずつ……。


「…………!」


あのときの語り口調が……古手さんの無念さを思い出して、体が震える。

……その全てが、一般人である私には余りに大き過ぎて。というか、恭文さんや前原さんの吸収力がもう……恐ろしいというかなんというか……!


恭文さんはまだ分かるの。なんでも六歳の頃から事件に巻き込まれて、忍者候補生になって……そこからPSAでは異能・オカルト事件及び対都市型テロのエキスパートって言われるくらいの活躍をした人だし。

でも前原さんも相当というか……寄生虫の話、あんなあっさり飲み込めるとは思わなかったし! というか寄生虫が怖い! 神秘すぎる!

とはいえこの状況……社長はどうして。寄生虫は予想外だったけど、生物兵器絡みでなにかあるかもって話はしていたし、退避が当然だと思うのに。


「ん……!」


ああもう、駄目だ。こういうときは……枕元の時計を確認すると、午前六時間近。

まだ古手さんや前原さん達も起きていないだろうし……そっとベッドから抜け出し、トレーニングウェアに着替える。

散歩がてらのランニングと、静かに……みんなを起こさないように、そっとリビングから外に出ると。


「……おぉ瑠依、おはよー」

≪おはようございます≫


……例の……ウィザードボイルダーだっけ。あのバイクの磨いている恭文さんがいて。というかこの人、いつ寝たんだろう。


「えっと、おはようございます……あの」

「いっつも早朝トレーニングをしているから、これくらいの事件に目が覚めちゃうんだよ。……今日もよろしくね」


恭文さんはバイクに声をかけて、タンクに左手を置く。……あぁそうか……だから胴着姿なんだ。


≪でもちょうどよかったですね≫

「だね。……ほい」


すると恭文さんがほいっとあるものを放り投げてくる。それを受け取ると……なにこれ、ブレスレット?


「昨日話したでしょ。対BC用の装備だよ。それを付けている間は対策フィールドが瑠依の周囲に発揮される。怖い虫も空気感染しないよ」

「これだけで、ですか!? というか、え……一晩で用意を!?」

「いや、知り合いのマイスターにも頼んで、元々準備はしていたんだ。……とはいえ救助用だったけど」


……どうもそうらしい。その、恭文さんは忍者さんであると同時に……次元世界というところの魔導師さんらしくて。

というか、そもそも私達がいる地球……それを軸とした宇宙……世界そのものが、次元の海というところに浮かんでいる場所の一つに過ぎない。

そういう世界が他にもたくさんあって、その世界の平和と安全を守っているのが時空管理局という組織で……恭文さんは、そこで嘱託もしているとか。


だから魔法の力で、そういう……空気感染する寄生虫などもシャットアウトできるそうなの。そういう自衛力もあるから、PSAも恭文さんをここへ送り込んだとか。

正直信じられなかったけど……古手さんも目を丸くしていたけど、実際に魔法を見せられたら、それはもうね……! だから約束通り“内緒”にしたし。


「だからバッテリーは三日おきに交換だし、僕と違ってそれ自体に防御効果はない。殴られたり、蹴られたり……銃で撃たれるなりしてもそのままダメージは通るから気をつけて」

≪まぁそっちのダメージを防ぐバリアジャケットは、すぐに調達しますから。それをダブルで装備ってことで≫

「……分かりました。あの、これ……」

「優とすみれの分も用意してあるよ。……舞宙さん達は合流前に、知り合い経由で渡しておくけどね」

「なら安心です」


ブレスレットは左腕にしっかりと装着。……特別なにか変わった感じはしないけど……というか、スイッチとかもないし……。


「生体感知でスイッチが入るから、もう発動しているよ。あと、念のため所在認証も取り付けられるようにしてあるから」

「……凄いんですね」


私の疑問を感じ取ったのか、恭文さんが即座に補足……って、そんなに分かりやすかったかしら。


「というか……そうだ、おのれは準備があるのにって言っていたのに、一人で出ていこうとしていたんかい」

「まぁその、いろいろあったので……あ、せっかくだし一緒に走りませんか?」

「ん、大丈夫だよ」


まぁ、いろいろあって混乱はしているけど、それでも……そうだ、これも修行なんだから。

もっと高く羽ばたくために。目指した高みへ勝ち上がっていくために……その根っこは揺らがせちゃいけない。


――ひとまず興宮まで走って、戻ってーというコースを辿ることにした。でも……空気が美味しい……!

早朝トレーニングなら東京でもしていたけど、全然違う。すっきりとした空気が喉を通って、肺に満たされていくのがよく分かる。


「……おやまぁ……またおしゃれなべっぴんさんがおるねぇ」


すると田んぼの合間を走っていると、作業着姿のおばあさんが……恭文さんは並んでいると邪魔と思ったのか、すっと下がって道を譲った。


「あんたら、もしかしてあの新しい別荘の子かい? 魅音ちゃんが言うとった……東京のアイドルさん!」

「あ、はい……天動瑠依と言います」

「僕は付き添いで、第二種忍者の蒼凪恭文と言います。初めまして」

「おぉおぉ! そっちの子も聞いとるよ! 竜宮のレナちゃん絡みで、よう頑張ってくれたーってお魎さんも褒めとったわ!
……はぁぁあぁ……しゅごキャラちゃん達もべっぴんさんやなー」

「ありがとうございます」


しゅごキャラ? そういえば社長や優達がよくなにもないところを見て、そんな名前を……って、そこじゃない!

竜宮のレナちゃんって言ったわよね! え、結婚詐欺騒動がもう広まっているの!? 家庭内のことなのに!


「僕達、綿流しが終わるまではこっちにいる予定なので。いろいろお騒がせもすると思いますけど、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします!」

「うん、よろしく頼むわー」


それでおばあさんには改めてお辞儀して、見送られながら走り出して……そうしてそのたびにいろいろと、すれ違っていく。

早朝から農作業を始めるおじいさん、お散歩中なおばさま、朝練かなにかの子ども……みんなが私達のことを知っていた。

いや、アイドルだから知名度という意味では……いつものことなんだけど、全然いつもの状況じゃない。アイドルの天動瑠依ではなく、明らかに個人として知れ渡っているわけで。


「や、恭文さん……!」

「魅音がいろいろ気を遣ったみたいだね。よそ者がうろついているーって、村八分にされないようにさ」

「それはお礼を言わないと……なんですけど、よく私達だって分かりますよね」

「圭一も転校当初、同じ状況だったそうだよ? 村人全員顔見知りだからってね」

「……東京では考えられないです」

「それくらい連帯感を大事にしてきたってことだ」


走りながら恭文さんに頷く。というか思い返す。……確かに凄いことだった。

だって、この小さな村が総力を結集して、国の考えを変えたわけでしょ? まぁ、裏事情はいろいろあったみたいだけど、それでも一致団結できた。

それは……仮にもユニットのセンターでもある私からすると、尊敬して余りあるもので。私自身はあんまり、みんなを纏めるとか、そういうところを意識できるわけじゃないし……。


「でもそれなら、余計にやるせないです」

「その辺りの口出しも、状況を見つつだ。簡単に変えられないよ」

「随分割り切るんですね」

「おのれ、みんなが七並べをしている中、一人だけ突然ばば抜きはできないでしょ」

「……」

「世界中を回ってきたけど、どこでもそうだ。画一的に振るえる正しさなんてない」

「……はい」


思う所はある。だけど……盤面を知らなかったら、ゲームを通して戦えない。頭が今ひとつ固い私にはまた突き刺さる言葉だった。

きっとどこかで引っかかるのは、私がよそ者で、その盤面で責任を持たないで済む立場からで……これも井の中の蛙ってことかぁ。


朝の優しい二人で走りながら、いつもとは違う空気……いつもとは違う空、いつもとは違う風景に、思わず目を伏せる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


まぁまぁ……普通にトリエルのレッスンにもついて行けたし、基礎的な運動能力は私達素人とは比べものにならないっていうのは、よく分かっていた。

でも、あの……普通に私のペースに付き合って、走っていけるというのはちょっと驚きで……!


「恭文さん……やっぱり、体力関係は凄いんですね……! 汗一つかかないなんて」

「それを言えばおのれの方だよ。いつもこのペースで、この距離を走っているの?」

「あと、普通に一駅二駅は移動中にも」

「そりゃああれだけ動けるわ……」


あぜ道を本当に……ほぼほぼ全力疾走で、興宮の入り口についたら反転して、また走って……今はクールダウンも兼ねて、軽くペースを落として戻っている最中。

でも、まだぜーぜーって感じではない。それは……一応ちょっと、自慢というかなんというか。


「でも、全速力じゃありませんでしたよね」

「この道で全力疾走は猪同然だって」

「……ぶつかると危ないですよね」


つい『だったら遠慮せず』にと言いかけたけど、なんだかんだで朝早くから動いている人達も多い。そこを考えると危ないわよね。うん、さすがに……遠慮しないと駄目かも。


「でも猪って……この近辺だと、いそうですね」

「一人で奥まったところに入っちゃ駄目だよ? 土地勘もないなら大けがもあり得るし」

「注意します」


……もうちょっとペースを落として、ウォーキング程度の速度に。

いい感じで体が温まったし、今日の部活とやらも頑張れそう。それは安心なんだけど……。


「………………」

「瑠依?」


自然と……私より十センチ近く低いこの人をみて、少し思う。


「そういえば恭文さんは、その……私の声がとても好みなんですよね」

「はぁ!?」


あ、切り出し方が突然だったかしら。でも、こういうのは勢いだし……うん、頑張ろう。


「えっと、雨宮天さん……ビリオンにも出演されている声優さん。
アルトアイゼンが以前、私がその雨宮さんと声がそっくりと言っていたので……あ、優は麻倉ももさんで、すみれが夏川椎菜さんに似ているとか」

「アルトォ!」

≪仕方ないでしょ? あなたが瑠依さんの話し声や歌声を聞くたびに、幸せそうにしていたから……あなたのダイヤモンドポイントに突き刺さっていたから……≫

「なに、その僕の知らないポイント!」

「それで雨宮さんは、小さい頃あなたや幼なじみさんを助けてくれたお姉さん……というか、よく似ているとのことで」

「そこまで話したの!?」


はい、お話されました。でもそう言われると、声質は確かに近いようで……ラジオやインタビュー記事で見える私生活の部分とは、大分違うけど。

私は、少なくとも家で本棚を傾けることはないし、腐った梨を発見することもないし、新聞紙をカーテン代わりにすることもないし……優やすみれの爪が伸びるからって、食べてあげるなんて言わないし。

いや、これはこういろいろ駄目なところなんだけど、表現者としてはとても凄い人だと思っている。ライブディスクなども見たから。


特に歌唱力が……ピアノ演奏や作詞作曲なども手がけられるそうだし、そのパフォーマンス力も高い。

TrySailでのユニット活動も見習う点は多かった。ライブでミスとおぼしきものがあっても、それを互いにフォローし合って、ステージを盛り上げる度量も凄いと思う。

あとはその、バラエティーというか、トークでの間の取り方とかが……いや、苦手ではないの。苦手ではないんだけど、難しいなって……見習いたいなって。優やすみれが上手だから、余計によ。


あぁ、いえ。何が言いたいかと言うと……!


≪だからそれも仕方ないんですよ。
あなたがダイヤモンドポイント突き刺さりで、やっちゃんは終わりましたーって顔をするから≫

「だからそのポイントなに!?」

「落ち着いてください。あの、それ自体は嬉しいんです」


自然と足を止めて、目を丸くする恭文さんには大丈夫だとガッツポーズ。


「ただ……私もアイドルで、“うたうたい”の端くれです。
そんな思い入れのある人に似ているというだけじゃなくて、やっぱり私自身も見てほしいとは、思っていて」

「……うん」

「私の……トリエルのライブで同じくらい楽しんでくれたら……あんなに楽しい遊びを教えてもらったお礼も、できるのかなって」


……前に言ったことがある。


勝つために……あの人に認めさせるために。ずっと夢見ていたトップアイドルになるために。

それが大きな目的だったけど、この人と出会ってから、それだけじゃない何かが生まれて。

それは迷いだった。それは多分余計なものだった。ただ真っ直ぐに走ることしかできない私にとって、見過ごしていたもの。


だけど……山間から柔らかく差し込んでくる朝日を受けながら、そんな迷いも悪くないと笑っていた。


「そうです。だから……私はあなたが好き、みたいなんです」

「〜〜〜〜!」


それで自然と……自分でもびっくりするくらい、そう口にできていて。


「この気持ちが恋愛感情じゃなくても構いません。まぁ、それで散々妻だ責任だと言ってご迷惑をおかけしたのは、申し訳ないですけど」

「瑠依……」

「ただそれでも、あなたに私という存在を刻みたい。それだけは嘘じゃありませんから」


そうだ、それでも……誰かのためにあそこまで走って、頑張れるこの人が好きなのも、こうやって一緒に走っている時間が貴いと思うのも、間違いじゃないから。


「まずはそれだけ……そうです。つまりその、友達ということで……どうでしょう」

「……それなら、まぁ…………手遅れだよ!」

「え!?」

「おのれ、既にお母さんとかと挨拶しているじゃないのさ! 今更友達は絶対通用しないー!」

「そ、それは私が責任を持つので! 大丈夫です!」

「それはそれで最低―!」

「ああもう……いいからついてきてください! あなたには私の側で、トリエルがトップアイドルになるのを見守る義務があります!」

「そしていつの間にかとんでもない義務が追加されてるぅ! 僕、バンプロの社員じゃないのにぃ!」

「もう似たようなものです!」


とりあえず、頭を抱えたこの人を引きずって……コテージに戻る。

すっかり体も冷えたし、汗を流して、朝食作りも手伝って……うん、しっかり部活や、他のお出かけに備えないと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ど、どうしよう。好きって言われたとき、凄くドキドキしてしまった。朝日に煌めく髪に瞳……なにより瑠依の笑顔が素敵すぎて。

でも……うん、駄目。落ち着いて考えないと。瑠依もいろんな可能性を探っている最中だし、アイドルとして頑張ってもいるんだし。

……こういうとき、やっぱり僕は見送るというか見守る側なのかなぁっと思いつつも……なんとか早朝ランニングから戻る。


瑠依と二人しっかりストレッチもした上で、交代で汗を流し……そして。


『いただきます――』


本日の朝食を、圭一と梨花ちゃんも加えた上でいただく。

なお、朝食のメニューは前日に仕込んでいたフレンチトースト、ベーコンエッグ、サラダ、コンソメスープとなる。


「んむ……みぃ、このパンはふかふかで甘くて美味しいのですよー。ホテルの食事みたいなのです」

「だな! これ、恭文と鈴村さんが作ったんだよな! すげーよ!」

「ありがと、二人とも」

「ありがとなー!」

「……それにこのコンソメスープも……凄く落ち着く。優、インスタントなのよね」

「そこはもう、一緒に入れたベーコンや野菜からダシ出とるからなぁ」


さいの目切りにしたジャガイモ、人参、たまねぎ……これがほっこりとした暖かさのスープとマッチして、よく合うんだよ。

しかも塩加減もちょうどいいし……インスタントをそのまま使ったんじゃない。優、なんという隙のなさだよ。


「もぐもぐもぐもぐ……幸せな朝だなぁ」

「だな。昨日あれだけドタバタしたとは思えねぇよ」

「ボクも実は天国に来たのではと勘違いしかけたのですよ。にぱー☆」

「梨花……てめぇがそれはしゃれにならないからやめてくれ……!」

「全くですよ。あなた、天国どころか生き地獄へ落ちるかもしれないのに。殺されるときは腹を割かれるんでしょう?」

「それも怖い話だよね……。自分が死ぬところを、痛みとかありきで見せつけられるなんて」

「やめろぉ! 朝からそんな話をするなぁ! 思い出すとまたナイトメア見るじゃないかぁ!」


ヒカリとすみれが悪寒で体を震わせるけど、今は無駄だよ。……梨花ちゃん、本当にフレンチトーストが気に入ってくれたのか……凄くいい笑顔で食べているし!


「優、これの作り方を後で教えてほしいのです。明日沙都子にも作ってあげたいのですよ」

「えぇよー」

「そう言えば古手さん、お料理も凄く手際がよかったわよね……。それなら本当にすぐ覚えられるかも」

「和食は大丈夫なのですけど、実はこういう洋食は不慣れなのです。初心に返った気持ちで頑張るのですよ」

「そう。……でも……ご飯を食べながらする話じゃないけど、昨日聞いたこと……考えれば考えるほど不可解というか」


瑠依も頭を軽く悩ませながら、また切り分けたフレンチトーストを食べる。ただ美味しさで、すぐ渋い表情は緩むけど。


「それこそその鷹野さんが間違って、例の……H173? または悪魔の薬を服用して、とち狂ったとしか思えないわよ」

「……訳が分からないのです。ひとまず、恭文や優達がアドバイスしてくれたように、こう……変化球で入江にいろいろ聞いてみるですけど」

「古手さん一人で大丈夫……って、これについてはもうどうしようもないわよね。私達がその話を知っているって、今バレるのも危ういわけだし」

「鷹野が本当にそんなとち狂った流れだったのか、それとももっと大きな何かがあるのか……それも分からないうちは、心に留めておいてほしいのです」


それについては僕も梨花ちゃんと同意見なので、自然と瑠依達には『問題なし』とアイサイン。

まぁできるとしたら、あくまでも別荘利用者の一人としてって感じのお話になるだろうね。その程度なら怪しまれない……とはいかないか。


「ただ、それも長くは持たないだろうな」


そう言いつつ圭一も、僕を見つつコンソメスープに口を付け……頬が緩むよねー! ほんと優の腕前もなかなかだもの!


「なにせ『東京』……次世代兵器研究会と因縁深い恭文が、堂々と梨花ちゃんのところに乗り込んできたんだ」

「まぁ当然ながら、既に僕の素性なりは向こうにバレているだろうね。瑠依達も接触した時点でアウトと言える」

≪むしろ一緒にいて、逃がすタイミングを選べる方が得……ほんと物騒ですねぇ≫

「それもやり方を考えないとだけどね。興宮署……鹿骨市警にも当然内通者はいるだろうし」


あとは赤坂さんが背後関係やらの調査もしっかり固めて、その上で入江先生や富竹某から籠絡していければ……となると、問題はやっぱり動機……って、そうだ。一つ確認し忘れていた。


「ねぇ梨花ちゃん、症候群の治療薬が未完成ってことは……その予防は? 入江診療所の面々はどうしているのかな」

「んぐ……一応治療薬のデータから、予防接種はしているのです。
ただ、やはりそれも効果を確証するものではないので……」

「そやから現場をよく知る梨花ちゃんも、ほんまのとち狂ったルートを否定できんと。厄介やなぁ」

「だったら余計に動機だよ。……たとえばレナが暴走寸前まで追い詰められたのも、家族を守りたい……オヤシロ様という救いの神様を信じたいという動機があったからだ。
症候群によりとち狂ったとしても、そうなった動機≪ホワイダニット≫は確実に存在している。それを紐解けば……」

「……鷹野がなぜ事件を起こしたか……それを紐解くことが、そんなに重要なんでしょうか」

「重要だよ。滅茶苦茶」


梨花ちゃんがまた弱気なので、とんだ勘違いだと右人差し指をピンと立てる。


「現に梨花ちゃんはその動機も分からないために、鷹野の背後や周囲でなにが起こっているかも分からないよね?
その動機に同調している協力者も、そいつらの能力も、仕掛けてくる手口も分からない。
もちろん自分が死ぬことで、鷹野自身やその周囲がどう感じて、どう変化するかも分からない。
それはつまり……相手と“そういう読み合い”をすることすらできないという話だ。そもそも相手と勝負する土俵にすら立っていないんじゃ、勝てるわけがない」

「それは、確かに……えぇ、その通りです。結局ボク達はそうして負け続けてきた。いえ、そもそも勝負していくことすら放棄していた」

≪でも今回は違います。少なくとも読み合いの土俵に立てるだけの時間も、ツテも、やり方もある。
あなたがこれまで負け続けてきたことは……予言という形でそんな未来を見続けてきたことは、決して無駄じゃありません≫

「……負けることに、意味はあるのかしら」

≪ありますよ。この人だってそれはもう負けてばっかりですし≫

「え……」

「まぁ、そういうことなら僕とアルトの十八番ってわけだ」


疑問そうな瑠依はさて置き、ひとまずお手上げポーズで話は進める。


「異能・オカルト事件では、異能によってフーダニット(犯人は誰か)やハウダニット(どうやって犯行を行ったか)という点はいくらでもごまかせるからね。
それについては今回のような、高度な政治的圧力が動く事件でも変わらない」

「権力や動く金の力も、一般人から見れば“魔法”同然っちゅうわけかぁ。
でも、ホワイダニット……どうして犯行を行ったかについてはちゃうと」

「“異能“を使ってまで執り行ったことで、その目的は犯行の端々に……純粋なまでに現れるのよ。
……鷹野三四という犯人は、小学生の梨花ちゃんからすればまさしく“魔法使い”。だったら余計にその動機を探る必要がある」


そう……権力やお金っていうのも、優が言ったように魔法なんだよ。ビジネスライクかつシステマティックではあるけど、動く桁が一個人とは比べものにならないもの。

だから探偵のおじさん……鳴海荘吉も、たった一人のやせ我慢やハードボイルドなんかでは……スカルメモリの力だけでは、決してミュージアムを打倒できなかった。対抗策にすらならなかった。


(……それで勝てるとしたら、本当に何らかのイカサマか、同じ数か質を備えた魔法なんだよね)


実際僕はあのときそれを埋めようとしたし、TOKYO WARや核爆破未遂事件……いろんな事件でも、誰かに助けられてなんとかって形だしさ。


「まぁ幸いそちらは東京の赤坂さんと、PSAの会長達が率先して動いてくれている。
元々調べていた部分とも重なるところはあるし……外堀はそれで埋められるとして」

「内はボク達が、ですね」

「で、梨花ちゃんには馬車馬の如く働いてもらうしかないわけだ。なんなら僕が変身魔法で化けるって手もあるけど」

「それはお断りなのですよ」


梨花ちゃんは止まっていた手を動かし、和風ドレッシングのかかったサラダを一口。……目が覚めるような瑞々しさで、その頬がまたほころぶ。


「相手が魔法使いだろうとなんだろうと、これは“ボクが始めたゲーム”でもあるのですから。……駒を動かすのは、私の手を使う」

「相応に汚れるハメになるよ。おのれの生きたいってエゴのために、場合によっては鷹野や山狗……見も知らぬ敵対する誰かを殺すことだってあり得る」

「や、恭文さん……!」

「実際僕達の戦いは“そういうものばかり”だった」

「…………」

「えぇ、そうなんです。奥山さん……それが現実なんです」

「どっちが正しいか悪いかなんて話じゃない……もぐもぐ。
選ぶなら、その結果と罪過からは逃げられないんだ」


シオンとヒカリが言う通りだ。梨花ちゃんはどういう形であれ、鷹野達の願いを壊す。これが理想だとしたものを破壊する。そういうことに手を染めるかもしれない。


「……とても、厳しいですね」

「でもそれが生きるってことでもある。
……僕達が今食べているご飯だって、誰かの命を奪って、作り上げたものだからね」

「そやから正悪とちゃうわけかぁ。梨花ちゃんがそれでも生きたいと叫べるかどうか……」

「……覚悟はしています」


だからまぁ、経験者としてはつい老婆心を焼いちゃったわけだけど……でも問題はなかった。

梨花ちゃんは“もう腹を括っている”と言わんばかりに、一気にご飯を平らげて……。


「ご馳走様でした」


糧となってくれた命に手を合わせた上で、昨日とは違う……明確な強い意志で笑ってくる。


「えぇ、大丈夫です。――それでも私は、死なせたくないって叫んだから」

「梨花ちゃん……」

「……圭一は本当になにをしたのよ。昨日まで狩られるウサギみたいな顔つきだったのに、今や立派に狼だし」

「圭一はジゴロなのですよ。ボクという愛人を囲ってハーレム王を目指しているのです」

「ないないない! さすがにないからな!? というか梨花ちゃん、みんなはまだ知り合って間もないわけだしここは……」

「……圭一くん、ほんま魅音ちゃんにはお話しとこうか」

「というかね、おのれ……愛人はよくない! そうなるとしても、ちゃんと覚悟の上で、三人で話し合わないと! 責任を取らないと!」

「ほら! 信じているじゃないかよ! しかも恭文……お前は重たいんだよ! いや、ハ王としてはそれで正しいんだろうがなぁ!」

「……そのハ王を崇め見上げた前原さんに言う権利はないわよ。むしろ見習わないと」


はいはい、圭一も落ち着こうねー。それよりも朝ご飯を……でも、死なせたくない……か。

まるで古手梨花という他人を思いやって……第三者に言うような台詞だった。惨劇の引き金を仲間達が引いていくから?


でも……それだけとは……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――しっかり朝ご飯を食べて、後片付けをした上で……全員でコテージから出発。


「じゃあ圭一、梨花ちゃん、また学校でね」

「私達、このまま挨拶回りしていくので!」

「あぁ! 待っているからな!」

「気をつけるのですよー」


梨花ちゃんと圭一が分校に向かうのを見送ってから……僕達が早々に乗り込んだのは、園咲家の本宅。

広大な庭の中にある本家……村の中でもやたらと目立つ大邸宅。そのだだっ広い応接間の上座にたたずむのは、しわくちゃのおばあちゃん。しかもやたら眼力がある。

その隣りには、頭頂部が寂しい痩躯のおじいさん。厳しい表情のおばあさんとは違い、こちらは笑顔で……。


「すみません。突然押しかけてしまって」

「いやいや……君達みたいな若い子達が、雛見沢に興味を持ってくれるのは嬉しいんだよ。なぁ、お魎さん」

「まぁ、合宿だとかであんまハメはずさんようにのう。
わしも含めた年寄りは頭固いもんじゃから、そういうのはよう好かんわい」

「はい、それは心得ています」

「昨日少しだけ回らせてもらいましたけど、魅音さんも、圭一さん達も……レナさんもすっごくいい人でしたし、村の人達も優しかったので! そこは、敬いと感謝を持っていきます!」

「ふん、ほっだら通りにいったらえぇがのう……」


そう、すみれにもぶっきらぼうに答えるこのおばあさんこそ……園崎お魎。現園咲家頭首にして、鹿骨界隈でも怖れられている重鎮。

そしてその隣りにいるおじいさんが、例の公由村長さん。まぁ雛見沢はもう村じゃないんだけど……それでも村を取りまとめる一人なのは確かで。


「……ただ……うちの社長……朝倉さんも、分譲地を買い取った一人としてそちらさんにちょお思うところがあるようでして」

「……なんじゃそら」

「雛見沢連続怪死事件……通称オヤシロ様の祟りについて、なーんも教えてもらわんかったことです」


優が切り出したことで、お魎さんの視線が急に鋭くなった。公由さんも少々困った顔をし始めて……。


「ただまぁ、そこんとこについては抗議するとか、賠償金を払えーとか、そういう話をするつもりはないそうです。
事件自体この村の誰かが悪いーってわけでもないようですし、警察やマスコミもお口チャックが徹底され取るようですし?」

「ふん、東京の社長さんは、若い娘子どもにそんだら話をさせるんか」

「そこはうちらが勝手に、素人探偵気取りで好き勝手しとるだけなので。
というか……今回については、レナちゃんのことが心配やっただけですし」

「あぁ、そうだったね……。君達はレナちゃんに付き添って、いろいろ相談に乗ってくれたとか。魅音ちゃんからも聞いているよ、ありがとう」

「いえ。……って、すみません。公由さんについては、恭文さんからいろいろお話もあったのに」


瑠依がいい感じで話を回してくれたので、ありがとうと頷いて……軽く咳払い。


「結論から言います。園崎お魎さん……そして公由さん、捜査に協力してください。
……もしかすると公由夏美さんが巻き込まれた薬害事件、この雛見沢……興宮近辺に根っこがあるかもしれないんです」

「なんだって」

「…………」

「……蒼凪くん、だったね。まず……あぁ、どこから聞けばいいのか」

「実は――」


ここからはかくかくしかじか……情報を隠していてもいいことはないので、大体のことはぶちまけた。

ただし、雛見沢症候群や入江機関、梨花ちゃんの予言については伏せた上で。あくまでも重要な点は六つかな。


現在公由夏美さんが服用したと思われる薬が、大学病院などを含む……各地の権威機関で、通常の薬として処方されているかもしれないこと。

それを服用した人間が重度の妄想・錯乱を引き起こし、家族や友人も含めた周囲の人々に殺傷行為を起こし、場合によっては自殺すら起こしていること。

それと同種の事件が、核爆破未遂事件の折……美咲涼子と横田元警備局長の変死という形で、二年前に発生していること。ドーパントとなった伊佐山奈津子や猪熊修也も、同種の薬を飲んでいた可能性が高いこと。


そしてレナの存在も利用する。……そう……尾崎渚達の事件だ。

その関係から僕とPSAも事件をずっと追っていて、最近ようやくその手がかりが掴めてきたこと。

薬を作っている組織……その構成員を捕縛したことで、金や薬がこの雛見沢……というか、鹿骨市近辺にも流れていると分かったこと。


「――僕が今回雛見沢にきた理由は、先ほどもお話した通り、梨花ちゃんと仲良くなった公安の捜査官……赤坂衛さんに頼まれてのことです。
そこはお話した通りの経緯なんですけど、理由はもう一つあります。雛見沢連続怪死事件で……梨花ちゃんのご両親が亡くなっていることです」

「なら蒼凪くん、その刑事さんは、梨花ちゃんを心配して?」

「とはいえ赤坂さんは正規の警察官ですから、老婆心でほいほい動けません。
それで、元々この件にも関わっていて、フリーランスである僕にお鉢が回ってきたんです。
……梨花ちゃんの周囲に……もっと言えば雛見沢に、そういう危険が迫っていないか。それは梨花ちゃん自身に危害を加えるようなものではないか。それならば、自分の助けは必要なのかと」

「そう、だったのかい。だが……そんな薬が…………いや、それなら夏美ちゃんは!」

「実は今日、その辺りについても進展があったので、公由さんにもお会いしたかったんです」


ほんと都合がよかったよー。まさかレナの一件で、公由さんまでこっちにいるとかさぁ。おかげで手間が省けたし。


「薬の成分分析は進めている最中ですけど、公由夏美さんに事件当時、責任能力がなかったことは証明されました。
更に精神科通いについても、家族との摩擦が生まれていたようで……その辺りも彼女と縁もあった刑事さん……南井巴さんという人が取り直しているそうです」

「じゃあ、罪に問われるようなことは……」

「ありません。あとは、その行動が病の罪だったか……それとも本当に薬の罪だったか。その違いだけです。
……ただ、ですね……公由さん、少々難しい話になってしまうんですが」

「なんだろうか」

「まず公由夏美さんにとって、南井さんは顔なじみで、自分にもよくしてくれた刑事さんなんです。
その人を責任能力がない状態だったとはいえ、危うく殺しかけたことには相当なショックを受けていますし、後悔や反省もしています。
その辺りをヘタに『薬のせいだったのだから』と否定すると……逆効果で追い詰めていく危険もあります」


公由さんは一瞬表情をしかめる。ただ……僕の言いたいことは察してくれたらしく、すぐに目尻に寄った皺を解いてくれる。


「……夏美ちゃんはそれでも、反省をするべき点がある……少なくとも本人には、そこできちんとした決着点が必要ということかね?」

「その辺りについても、南井さんだけじゃなくてPSAもサポートする予定です。
もちろん親戚でもある公由さん達にも、改めてご協力のお願いをさせてもらいますので」

「そうかい……あぁ……分かったよ。
蒼凪くん、ありがとう……!」

「いえ……」

「あと、その南井刑事との連絡は……お詫びとお礼も、私からしておきたいんだが」

「そちらも既に手はずは整えていますので、ご連絡する際にお伝えできると思います」

「助かるよ」


公由さんは、年若い僕にただただ平服……本当に娘みたいな感じで思っていたんだなぁ。逆に申し訳なくなってきたよ。


「……そないにアホなことが、ほんとに起きとるっちゅうんか……」


なお逆にお魎さんの視線は厳しかった。まぁいきなりな話だし、いろいろな意味で規格外だしねぇ。しかもレナまで間接的に被害を受けているとなれば……。


「公由んとこの夏美ちゃんだけやのうて、レナちゃんの友達まで……じゃがそれで、なんでわしらには」

「園崎組のネームバリューがでかい関係で、相当警戒しているんでしょうね。
……なお、レナや魅音も襲われる危険があります」

「なんじゃと」

「件の尾崎渚さんが事故……いえ、放置による殺人で亡くなった日、彼女は事件によって疎遠になっていたレナと会う約束をしていたんです。
尾崎渚さんは状況的に、悪魔の薬について詳しく知っていたとは思えません。だけど、それでも連中にとって不都合な動きを取っただけで、そんな目に遭わされた」

「……レナさん、私達にも……昨日知り合ったばかりの私達にも言っていたんです。昨日、興宮の不動産屋さんから、こっちに戻るときに。
“これも罰なの”って……渚さんが来なくて、待ちぼうけを食ったときみたいに……罪は許されないから、だから罰を与え続けるのかなって……!」

「…………」

「でもこんなの違う! レナさんは……レナさんの友達は、そんな罰を与えるような人じゃない! それはお話だけでも分かります!
オヤシロ様だって、梨花ちゃんは言っていました! 縁結びと友愛を大事にする神様だって! それなのに……祟りだなんだって、それが当たり前にされるなんて……おかしいです……!」

「すみれ……」


感極まった様子のすみれを、そっと瑠依が制する。…………いい感じだよ、すみれ! さすがは元子役! 名演技だよ! いい涙が出ているよ! 打ち合わせ通りだし!


「……まぁよそ者に好き勝手される上、棚上げ状態だった問題もこっちで勝手に片付けちゃうことに不満が出ちゃうのも分かります。僕だったらちょっとイラってしますし?」

「そうじゃ。村のことは村の人間でカタァ付ける。ほっだらこっちで落とし前を」

「で、超能力兵士やドーパント相手に……園崎組やお孫さん、村民を矢面に晒して、殺すわけですか」

「なんじゃと」

「もうとっくにそういう話ですよ、お魎さん。
……村のことは僕達だけではどうしようもない。
だけど僕達なら……奴らが超能力兵士を出そうが、ドーパントを出そうが、徹底的に蹴散らしていける」

≪えぇ。なにせたとえ世界が止まったとしても、動き出せるのは私達≪ダブル≫ですし?≫

「…………」

≪ならもう一つ札を晒しましょう。……レナさんが起こした暴力事件……それも精神薬を服用した直後。その薬は例の“悪魔の薬”かもしれません≫


そう、もう一つ札を晒す。そのために園崎お魎がぴくりと眉を動かして……。


「なんですって……! あの、アルトアイゼン……というか恭文さん!」

「時期的には横浜でのドタバタが起きた後だしね。しかもレナが起こした行動は症状とドンがぶりだ」

≪あと、レナさんは去年まで穀倉――鹿骨市の中心都市ですけど、そこの大学病院へ通院しています。
いろいろ役満ってことで、内密に確認を取っているところです≫

「じゃあ本当に、竜宮さんが何らかの形で狙われる恐れだって……!」

「……または、臨床データ欲しさにもう一度薬を投与する」

「――!」

「もちろん他の村民だって危ない。
――さて……園崎お魎さん、選択肢はそう多くありません。
このまま僕達の言うことをガキの戯言と笑い、五年目の綿流しを迎えるか……。
僕達から聞いた話を元に、勝手に調べて、敵を刺激するか……。
その前に、そんなアホを止めようとする僕と喧嘩して、園崎組もろとも叩きつぶされ、赤っ恥をかくか……。
それとも…………四者択一。好きなように選んでくれて構いませんよ?」

「……もうえぇ」


お魎さんはそう鋭く告げて、僕を見定めるように睨み付ける。

でも特に揺らぐ理由もないので、なんとなしに見返していると……。


「………………底が見えんガキじゃのう。レナちゃんでも手を焼くはずじゃ」

「底なんてありませんから」

「あほんだらが。……よう分かった。話は全部飲もう。勝手な行動もせん」

「お魎さん……」

「ただし」

「お魎さん、台風でなにかが派手にぶっ壊れたとしても、それは誰の責任でもないと思いませんか?」


言いたいことは分かる。でも……そこを明確に言葉として出すのも野暮なので、比喩表現をぶつけてみる。


「まぁ特車二課第二小隊……あのTOKYO WARも解決した部隊の隊長さんが、そんな話をしていたそうなんですけどね?
でも僕も常々そう思うんですよ。だって、全部台風のせいなんですから」

「……恭文さん?」

「……そうじゃな。ぜーんぶ悪い台風のせいじゃ。わしらはなーんも知らんし、お前さん方もなーんも知らん」

「えぇ」


これで交渉成立……ひとまず一段落ってところかな。まぁ劉さんと沙羅さん達には申し訳ないけど、またいっぱい頑張ってもらおう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


え、なに……今のどういうこと? なんのお話? というか、凄い置いてけぼりを食らったような。


「あの……それって」

(瑠依ちゃん)


すると左隣りにいた優が、そっと肩を叩いて首振り……と同時に、左人差し指でしーのポーズ。


(そこんとこ、公にお話したらアカンよ。密約やからなぁ)

(密約……!?)

(え、なに! どういうことなの、優ちゃん!)

(言うてたやろ? 村の人間が巻き添えになる可能性もあるって。その場合、当然園崎家も黙ってはおれん。園崎組っていう裏の戦力を……それこそ銃器なんか使ってでも対抗する。そういう構えなんよ)

(それ、違法じゃない!)

(で、恭文くんは今……そこんとこをぜーんぶお目こぼしするって約束したんよ)

((はぁ!?))


思わずすみれとのけぞり、恭文さんと……あのお魎さんを交互に見てしまう。というか、二人してなんだか楽しげに笑っているんだけど……!


(もちろん、あくまでも村民の安全と命を優先してのことよ? 山狗とかが武装して暴れたときも、そのまま蹂躙されんようにってだけの話)

(いや、でもそれ……大事になるわよね……!)

(なったらなったで、ぜーんぶ台風……次世代兵器研究会や暴れた悪い人達のせいにして、自分や園崎はすっとぼける。
で、それでもやらかしたーってバレたら、恭文くんより偉い人達にぜーんぶの責任は押しつける。そういう話よ)

(あ、悪質過ぎる……!)

(あぁそっか。そこんとこをはっきり口に出しちゃうと、また面倒だから……)

(同時に交換条件よ。村の中で好き勝手するわけやし、それくらいの譲歩はするし“させる”ってお話)


いやいや……それでも公僕なのに、あっさりとそんなお話をしてくるのは恐怖なんだけど! 一般人枠として恐怖なんだけど!

まぁ、一応私達はマスコミとも繋がりが深い芸能関係者ということで、いるだけでお仕事って話だし……それは恭文さんにもお願いされたし、その立場から言うことはほとんどないんだけど……だとしてもよ!


(悪い子やなぁ。まぁそれであっさり乗っかるお魎さんもとんだ狸やけど)

(いいのかしら、これ……)


……ああもう、やっぱり後でちゃんと聞こう! 事件捜査ではこういうことは当たり前なのかって……ちゃんとね!?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――もちろん銃器使用なんて本来は避けなきゃいけない。というか、普通にアウトだよ。

でも僕とアルトだけで……鷹山さんや大下さん、赤坂さん達だけで、村民二千人を守り切ることは不可能だ。敵は雛見沢周辺の地形を知り尽くしているだろうし、それゆえの秘密兵器だって抱えているかもしれない。

だったら園崎の戦力とコネクションについては、アテにしたい。現地のことを知り尽くしていて、村民との連携を取れる人達なのは間違いないもの。


そうだ、園崎という力も大事なカードだ。政治的圧力や権力という点では、どうしても『東京』に劣る。そのために事件の調査も手が届いていなかったようだし?

でも、そういう点以外でなら……!


「お兄様、まず第一歩ですね」

「だね」

「……じゃが、ほんまに薬一つで、そんなことに」

「なります。……僕自身発達障害……ASDとADHDを患っている関係から精神薬のお世話になっているんですけど」


一応障害者手帳を見せて……で、口頭説明だけだと分かりにくいだろうから、ささっと静かに駆け寄り、二人に資料を渡して元の位置へ戻って正座。

お魎さん達は奇妙な顔をしながらも、イラスト付きの資料を見て……興味深そうに目を細め始めた。


「今はこっだら病気もあるんかい」

「病気というか、障害……一生治らないものですね。
そういうものがあると、ここ二十年前後で分かり始めていまして」

「そうだったのかい……。いやぁ、私は昔の人間だから、そういう新しい発見というのにはとんと疎いんだが……それで凄い活躍をしている忍者というのがまた」

「幸いPSAの偉い人達がそういうことに理解のある人達で……僕の苦手特性や得意分野を踏まえた上で、それに合った仕事を回してくれているおかげです。
……だから、公由夏美さんが相当辛い状況だったというのは……僕自身障害者の一人で、同じ障害を患っている人達を見てきた経験から、よく分かるんです。もちろんレナもですけど」

≪あと……転校先の学校で片思いしていた友達に告白されて、お付き合いが始まるかもって状況だったそうで。それでまた友達とちょっとぎくしゃくしていたと≫

「恋愛ごとも絡んで……それは悩みそうだなぁ。あの子は優しいんだけど、気弱なところがあるから」

「えぇ」


やっぱりか。その辺り報告書にもあったけど……難しいなぁ。優しさや気弱……周囲への配慮や気配りを忘れない心が、逆に自分を追い詰めるんだから。


「だから夏美さんも相当思い悩んで……問題の薬に切り替わる以前も、精神科初受診としては強めな薬を飲んでいたんです。
そこから問題のものになって、血管にウジが這い回るような感じとか、周囲の言動をとても冷静に……悪意に満ちたものだと感じて、このままじゃ“殺される”という危機感に襲われたと」

「何だって……!?」

「恭文さん、あの……ウジって、あのウジですよね! うねうね虫の!」

「それだよ。……ただね、すみれ……現実問題として、血管にウジのような虫が湧くことはあり得ない。
それだけのサイズであれば、どこかの血管で詰まるもの」

「あ、そうですよね。血管なんてほんとミリ単位なわけで……でも、薬でそこまで錯覚するんですか……!?」

「夏美さんの場合、問題の薬物による生理的反応でそう誤認したみたい。一時的な血流の増加などが原因でね」

「だがそんなことで……いや、幻覚や妄想もあるって言ってたねぇ」

「専門家の話では、起爆剤になり得るものがあると確実だそうです。
例えばホラー映画とか……そう言えばと連想し、その想像を現実のものが如く更に誤認して、自ら精神を追い詰めていく」


そう……起爆剤って特別なことじゃないのよ。そういえばーって連想するものが、恐怖を生み出し、更に精神を錯乱させるわけだ。あとはまぁ、悪循環だねー。


「その辺りについては……一度垣内署の方に出向いて、件の南井巴さんにも話を聞いてこようと思っています。
状況推移は進展次第報告していくので、ひとまずはお魎さんも、公由さんも、“この場ではただ挨拶をされただけ”ということで」

「それで何かあれば、台風のドタバタに巻き込まれる……だったね。
だが、その君がわざわざ垣内にまで出向くというのは、またどうして」

「……垣内署も、内部はわりと揉めているそうなんです。
いわゆる派閥争いが発生していて、尾崎渚さんが死んだ案件が迷宮入りしかけたのも齟齬があるせいだと」

≪そうなると、人づてだけで調査報告を聞くのは危ういですからねぇ。まぁ留守を任せる人員は既に呼びつけていますので、そこは安心してください≫

「そうかい。だが派閥……どこも同じということか」

「人が集まれば、どうしてもって感じですね」


そう……根っことなっている垣内署、いろいろと問題も抱えている。

元公安でもある山沖署長と、副署長を代表とした派閥に別れ……属している現場捜査官が事あるごとに衝突しているそうなのよ。

署長派の捜査一課と、副署長派の捜査二課が特に……尾崎渚さんの事件を元々捜査していたのは二課の方だけど、言った通りの有様。


なお例の南井刑事は、捜査一課の所属だったそうだよ。で、今は警察庁広報室から出向してきた広報担当。ここもいろいろドラマがあるって、劉さんが言っていたなぁ。また確認しようっと。


「あ、そうそう……派閥で一つ思い出しました。北条沙都子、僕の義妹になりましたので」

「…………はい?」

「間宮律子のヒモが、北条鉄平だったんですよ。
……ただその北条鉄平、最近人生を鑑みる出来事があって、療養中なんです。
それでまぁ、村も話した通りの状況ですし、なにかあった場合には僕を頼るようにという話をしました」

「おいおい蒼凪くん、それは……」

「なにか問題がありますか? この令和に……友愛と縁結びを大事にするオヤシロ様の加護を受ける雛見沢の住人が、親と兄を亡くした子ども相手に、大人げなく村八分とかをかまし続けている……わけでもないのに」


あざ笑うように告げると、お魎さんがまぁ僕をまたギリギリと睨み付けてくる。公由さんもおろおろしながら僕とお魎さんを交互に見始めて……。


「確か鬼ヶ淵死守同盟でしたっけ? ダム戦争で作った組織は。そこでも村人は仲間で、協力して戦おうという鉄則があった……そう梨花ちゃんからも聞いています。
僕もまぁよそ者ではありますけど、しばらくこの雛見沢でお世話になる身です。だったら沙都子も、その沙都子を思いやり、助けになりたいと思っている梨花ちゃんも、きちんとフォローしなくちゃ」

「う、うむぅぅぅ……」

「大丈夫ですよ。雛見沢は素敵な村です。きっと高速道路の誘致だって上手く行くし、分譲地販売も次々と続いていきます」

「……おんどれ、ほんま……相当な悪党じゃのう。北条んとこの奴をわしらがこれ以上無視するなら、そこんとこ触れ回って潰す構えかい」

「あれ、おかしいなぁ……。優、僕が今話したことに、そんな要素あった?」

「うーん、うちが聞くかぎりないと思うわ。まぁ魅音ちゃんから聞く限りやと、お魎さんも大地主としていろいろ考えていらっしゃるそうやし……うん、心配してくれとるだけなんよ」

「お前さんも同類じゃのう……。まぁ、それくらいしたたかな方がえぇ女になるがのう」

「ありがとうございますー」


よし、これで沙都子についてはひとまず問題なし。まぁ村の意識が一気に変わることはないだろうけど、それでもトップとうまく折り合えるのなら御の字だ。

で、瑠依達もこのために付き合ってもらったんだ。なにせ瑠依達はその分譲地を購入したお客さんで……マスコミとも繋がりが深い芸能人だもの。

それを無碍に取り合えば、興宮周辺はともかく、高速道路誘致で陳情している先は……政治中枢近くはさすがに無視できない。だからここまで、お魎さんも冷静になってくれている。


……それでよく分かるよ。この人は厳しく圧政者的に見えるけど、実は全然違う。村のことも……沙都子のことだってなんとかしたいのに、それができなくてもがいている一人だった。


「しかし、魅音の奴……なにを喋っとるんだか」

「少なくとも……園崎家の秘密的なものは一切聞いていません。
……あくまでも分譲地販売などなどの関係で、園崎も祟りには大迷惑していると」

「瑠依ちゃんの言う通りです。私達が村に来たばかりで……来る途中、ネットで事件のこととか知っちゃったから……おばあさんや村の人達が悪い人達だって、誤解しないでほしいって……そういう気持ちからでした」

「……そうか。しかし梨花ちゃんも……知らん間に、そんな気を遣うようになっとったんかい」

「彼女も御三家の一人として、いろいろ感じているということじゃないかねぇ。
なぁ……お魎さん」

「わぁっとる。……北条のアホンダラには腹も立ったが……あれもあれで、村の弱い連中を思いやって、わしと喧嘩しただけのこと。それは筋が通っとったと……ずっと思うとる」

「だったら、若い子達だけに任せず、我々も……少しずつ変わらないとねぇ」

「……ふん」


ぶっきらぼうな応え方だけど、確かに流れは変わった。それには僕も……瑠依達も安心して、表情を緩める。


「じゃあその辺りは……茜ちゃんへの連絡は、私達がやっておくよ。……電話などは使わない方がいいかね?」

「それでお願いします。とにかく内密に……有事の際に備える方向で」

「分かったよ。……っと、そろそろ分校へ行く時間だね。みんな、気をつけるんだよ」

「はい、ありがとうございます。……でも……魅音さん達って、なんの部活をしているんですか?」

「そやなぁ。結局圭一くん達も教えてくれんかったし……」


……すみれ、優……それについてはやっぱり聞く必要がなかったよ。


「「……!」」


話の空気や流れをすっ飛ばして、楽しげに……揃って笑ってきたしさぁ……!


「それなら、やってみてからだねぇ。まぁ楽しいのはおじいちゃん達が保証するよ」

「魅音も都会からアイドルがくるっちゅうて、張り切っとったからなぁ。まぁ大変じゃと思うけど、よう遊ぶとえぇ」

「あ、はい……」

「恭文さん、私にも分かってきました。……みんなの部活、絶対マトモじゃない……!」

「瑠依、成長したね……」

「誰目線ですか!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いきなり公由のじいさんから呼び出されたので、レナちゃんの一件かと思い本家へ訪れると……まぁまぁまぁまぁ……! それに絡んでのこととはいえ、とんでもない話を母さんからされた。


「で……いいようにやられっぱなしだったのかい? 母さんも年だねぇー」

「じゃかあしい。……まぁ、魅音や前原んとこの坊ちゃんとは気も合いそうで安心したがのう」

「そうだねぇ。それに……うちが黒いのも飲み込んだ上で、手を貸してと堂々と言える度胸も気に入ったよ。うん、魅音や詩音にそれぞれ相手がいなかったら、婿入りを提案していたところさね」

「せめて会ってからにせんかい。……んぅ……」


ちょっとだけ夏の日差しを含んだ太陽。それを浴びながら、母さんと縁側で冷たいほうじ茶を味わう。

まぁまぁ極道へ嫁入りしたことで、縁切りだなんだと騒がれている私だけどさ。これくらいの関係は保っているんだよ。親子だしね。


「のう、茜……発達障害ってのは、聞いたことがあるかい?」

「あぁ、あるよ? 十年くらい前に、法律でもちゃんとした支援が必要だーって整備されたしね」

「その坊主がそうじゃと言うんじゃよ。わしから見て、普通に話せて、目も見えて、手も足もあって……元気そうな子どもがのう」

「……あぁ」

「それで可哀想とか、どうこう言うつもりはない。じゃが……目に見えんものは、ほんまに厄介じゃと思うてのう」


母さんが何を言いたいかよく分かる。きっと公由の夏美ちゃんだ。彼女がそういうものに理解を示されず、追い込まれて、どれだけ苦しかったのかと……心を痛めている。

もちろん同じ被害者が今も出続けていることも、レナちゃんがそんな一人だって言うのも……北条への村八分なんてものを敷きながら、未だにそれを……自分で払えない私らには、余りに突き刺さるものだった。

それだって目には見えないもの。しかも“当たり前”という暴力たり得るものだ。どうやらそこんとこを、母さんも改めて……本気でなんとかしたいと思い出したらしい。


新しい風にただ期待するんじゃなくて、自分の手を使って……ってさ。


「アイドルの……奥山すみれっちゅう、これまた玉みたいに可愛い子が、泣きながら言うんじゃよ。
レナちゃんが受けた仕打ちは罰……レナちゃんが友達やみんなを傷つけた罰って言うてたけど、それは違うってなぁ。
オヤシロ様もそれで祟りなんて起こすような神様じゃない……梨花ちゃんのお墨付きもあるっちゅうに、そう思い詰めていたのが……思ってしまっているのが不憫って、ぼろぼろとなぁ」

「都会のアイドルって聞いてどうかと思っていたけど……その子についてはいい子そうだね」

「他の子達も同じじゃ。恨み節の一つくらいぶつけてえぇのに、まずはレナちゃんや魅音達のことを心配してくれるんよ。あの悪党坊主も根っこは同じじゃ」

「ほんと、私らもしっかりしないとね。……母さんの想定通り、風は吹き始めたみたいだし?」

「……そうじゃのう」


だから母さんは少しだけ表情を緩めて……目に染みるほどの青い空を見上げる。


「茜」

「台風の対処なら、うちの人や葛西とも相談で整えておくよ。
とはいえ……改めてその蒼凪くんともお話はしておきたいかな?」

「それでえぇ。とりあえず……何を差し置いても、村のみんなは絶対に……わしらが守る」

「あぁ」


もうすぐ嵐が来る。それは私らの全部を否定するような風かもしれない。でも……覚悟を決めて迎え入れよう。

……だってその風は、母さんが、私が……この雛見沢がずっと待ち望んでいたものなんだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日来訪予定の忍者くんに備えて、地下の『入江機関』へ。そこに控えていた、ハーフジャケット姿の男と軽く相談。


「蒼凪恭文……」


小此木(おこのぎ)は後ろで一つ結びにした髪を揺らしながら、テーブルに何枚かの資料を出してくる。それを受け取り、さっと確認……これは。


「あらあら、凄いわね。TOKYO WARや核爆発未遂事件解決の立て役者さんなの」

「後者に至ってはそんなもんじゃないですぜ、三佐。平安法にまつわる敵の動機を見抜くだけでなく、核爆弾解体もこの坊主が主導だ。
更に異能力戦にも通じているようで、HGS患者相手だろうが、ドーパントだろうが容赦なく戦えるとか。
――はっきり言えば強敵です」

「あらあら……天下の山狗部隊を率いるリーダーが弱気だこと」

「へへ、面目ねぇ。ただそれは真正面から、少年漫画みたいに打ち合えばの話だ。
数と戦術、経験じゃあガキに負ける道理もありません」


その言葉には安堵しながら、この状況で飛び込んだ哀れな子羊を見やる。……問題は忍者じゃないわね。

この状況でそんな子を送ってきた、赤坂という刑事の方よ。


「ところでその、赤坂というのは」

「公安の刑事です。五年前……大臣の孫を誘拐したとき、軽く邪魔してくれた若造」

「あなたにとっても因縁試合ね。チケットはまだ余っているかしら」

「何を仰ります。そんなのに拘って、計画が失敗したらどうなりますか」

「……それもそうね。個人の勝敗など、戦略的観点の勝ち負けには関わらない」

「えぇ」


犬飼大臣の孫を誘拐したのは、この小此木達だ。

ダム建設なんて愚行が行われれば、私が祖父から受け継いだ研究も、神となる道のりも消えてしまう。

……もちろんこのプロジェクトは私個人のものではなく、国家的策略と予算の上で成り立っているのだけど。


とにかく建設を阻止するため、圧力として孫を誘拐した。だから元々彼は帰すつもりだった。

そういうメッセージだったもの。そうしてプロジェクトの円滑な進行を守るのが、防諜(ぼうちょう)部隊山狗の使命。


「ただ警戒はしておきます。あの坊主個人だけならともかく、PSAや現地警察のツテも多いですし。……特にこの二人」


次に出された資料には、五十代前後の刑事達が映っていた。えっと……。


「鷹山敏樹と大下勇次? 何よ、横浜って管轄違いもいいところじゃない」

「その二人は別格です。ブレーメンやNET……そんなタチの悪い連中を、二人だけでぶっ潰した」

「馬鹿を言わないでよ。どっちも教科書に載るような国家的テロ組織じゃない。それを」


たかだか所轄の刑事二人だけで……でも、小此木の目は本気だった。

この刑事達にはそんな肩書きに縛られない、それだけの力があると――。


「もちろん核爆発未遂事件も同じくです。そのとき、坊主と共同で捜査をしていたようで」

「……あの坊やが主導って言ったわよね」

「戦力としての働きが大きいのはこっちです。しかも奴らはつい最近まで国際的捜査組織にも所属していた」

「そっちのツテを持ちだされる可能性もあると。なら小此木、今言った通りでお願い」

「へへ、了解しやした」


まぁ、問題はないでしょう。たかだか刑事二人が助けに入ったところで、私達の計画は止められない。


――この雛見沢を贄として、私は神の頂に迫る――えぇ、至れるのよ。既にその駒は揃っている。

文化的遺伝子というのを知っているかしら。人が迎える本当の死が命ではなく、記憶ならば……そう、人は忘れられたときに死ぬ。

過去に名を挙げた偉人達は、今なお人々の記憶に、そしてデジタルな記録に残され生き続けている。


それらはもはや神であり、一つの偶像たり得ると私は思う。だから私は神に至る。

忘れられない名は永遠であり、正しく神の領域。私の名は……私達が追い求めたものは今、一つの座に召し抱えられるの。


そうして私達は神になる。……ほら、決して荒唐無稽じゃないでしょう? 簡単なのよ、神になるなんて……ね。


(その9へ続く)









あとがき


瑠依「というわけで……園崎家での話し合いも無事に済んだ……という形でよかったんでしょうか」

恭文「問題ないよ。もちろん相応に注意も、防護策も払っておくけど」

すみれ「そこで一気に信頼とはいかないんですね……」

恭文「それも今後のお付き合い次第ってことだ。……その分まずこっちが礼儀を払わないとね。そうすれば向こうがやらかしたとき、一気にマウントを取れる」

瑠依「そういうところを堂々と言わないでください……!」


(蒼い古き鉄、真の仲間になるために頑張っているようです)


瑠依「というか……事件のたびにこの調子なんですか!? 台風の下りとか、腰を抜かしかけたんですけど!」

恭文「愛と平和、正義と真実を守るためだから」

瑠依「堂々と言い切ったし!」

優「まぁまぁ。なんにしても園崎とドタバタする感じにならんかったのは、ほんまに幸運やろ。ヘタしたらうちらが村八分やし」

瑠依「……そうなったら恭文さんも捜査どころじゃないわよね。
だけど……まさかレナさんも、例の薬を……!? それじゃあ本当に」

恭文「あぁ、あれ嘘だから」


(そこでずっこけるストイックアイドル)


瑠依「…………は…………!?」

恭文「レナの一件は利用しやすかったから。その可能性があるーって程度の話に収めているし、調べてもそこまでじゃなかったーって方向になっても問題ナッシング」

古鉄≪だから私達、かもしれないって話しかしてませんしねぇ。まぁでも、昨日あれだけドタバタしたのなら、それはお魎さんもご心配でしょう≫

瑠依「完全にそれを狙ってのミスリードじゃない! というか……恭文さん!? やっぱりお話を聞かせてください! 事件捜査ではいつもこういうことをしているんでしょうか!
そうです……妻として……あなたを好きとも言いましたし! 私はしっかり知っておく義務があります!」

恭文「それいろいろ意味合い考え中とか言ってなかった!?」

瑠依「だとしてもです! いいからお話です! ここにいる間は運命共同体なんですから!」

すみれ「……優ちゃん、これ……進展したのかなぁ」

優「どうやろうなー。まぁ瑠依ちゃんは楽しそうやし、まずそこからでえぇやろ」


(こうして、次回はいよいよ部活……はたしてどうなるか。
本日のED:小林太郎『DIE SET DOWN』)


優「――恭文くん、今日二七日は……うちの誕生日記念日(元は2/27)よ? 明日は瑠依ちゃんの、魂の誕生日記念日やけどな(雨宮天さんは8/28生まれ)。ほな、三人で仲良くしようなー」

瑠依「……私も、頑張ります。気持ちを確かめるためですから」

志保「恭文さん……私のことも忘れないでください」

恭文「志保、おのれもか……!」

志保「当然です。それにこっちの話でもまた好き勝手して……」

瑠依「そうね。それについてもお話しないと」

優「ほな、まずはうちから……またこってりラーメンを一緒に食べて、楽しもうなー」(手を引いてデートの構え)

恭文「あ、はい」

志保・瑠依「「…………って、先を越されている!?」」


(おしまい)






[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!