[携帯モード] [URL送信]

小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2008年・風都その7 『Vの蒼穹/消せない罪』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2008年・風都その7 『Vの蒼穹/消せない罪』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


猫、犬、オウム……翔太郎さんはペット探しの天才だった。実は僕がなにも言わなくても、大体の足がかりは翔太郎さんが掴んでいた。

それで聞かせてもらった。両親が亡くなって、親戚に預けられて……風都に来たこと。風都の環境が凄く肌に合って、落ち込んでいた気持ちが吹っ切れたこと。

初めてドーパントを見たとき、それから歌姫を助けたおじさんに憧れて、鳴海探偵事務所のドアを叩いたこと。頼み込んで、高校卒業を条件に弟子入りを許されたこと。


それで半人前なりに今までなんとかやってきたこと。それは余りに甘く、優しい物語。


――おやっさんもな、悪い奴じゃないんだよ――

――そう。じゃあ罪を償うために、死んでくれない……かな――

――そこんとこは、男の意地っ張りだとか……そういう感じでは、やっぱり――

――そう。じゃあ罪を償うために、死んでくれない……かな――

――そこまでかよおい! いや……でも、そうだよな。おやっさんにも反省が必要だ。
だが、おやっさんも勉強の材料が必要だとも思うんだよ――

――じゃあ刑務所で頑張ろうか。出所する頃には、今よりは認知度も高くなって、勉強できるところも増えているよ――

――その前に……そうならないように! な……な!? まず……そうだ、俺から教えてくれよ! な!?――

――嫌だよ。お気にの靴が汚れちゃう――

――女子か!――


なぜか翔太郎に励まされる中、同時進行でアルトアイゼンと訓練。

というか、デバイスって凄い。何かしながら、空戦とかのイメトレができるんだよ。それも実戦さながらのデータをデバイスから送ってきてさ。


「……よっと……」


そんなわけで、イメージで作られた広くて大きい空を飛び……規定の周回コースをクリア。


≪大分慣れてきましたねぇ。これなら実戦でもいけますよ≫

「ほんとに!?」

≪ただし、ビルの高さ程度で、デバイスのサポートありきです。高高度飛行にはまだ課題が残っています≫

「それでも十分! ……今回はそこまで使わないだろうし」

≪相手は飛べない奴が大半ですからねぇ≫


空を自由に飛びたいと言ったのは誰か。その答えはタケコプターでもなければ、ジェット搭載型のバックパックでもない。……そう……魔法だよ!


≪とはいえ、空を飛べる……その機動力を手にするというのは、とても大きいアドバンテージです≫


それで今度は実戦形式……次々と仮想的なドローン達が出現する。それに合わせ、護身用同然に持たされた片手杖≪ワンド≫型の市販デバイスを手にして……。


≪幸いあなたにはごまかせる手段もある≫

「……ふーちゃんからか」

≪さすがにあなたからは聞けませんって。……となれば、あとはごまかせるだけの手札です。
しかもあなた向けのベルカ式デバイスは、現時点では特注品。それを作る時間もありません≫

「……じゃあ頼んでいたもののミッド式になりそう?」

≪まぁそうですね。……せめてカートリッジシステムでもあればと、レティさんも頭を抱えていましたよ≫

「別にいいよ。カードパワーに頼った構築とプレイングなんて、僕の主義じゃない」


手元でワンドを手元で一回転……。そのまま右半身に身構えて……!


「あとはピックしていった手札でなんとかする」

≪自力でなんとかとは言わないんですね≫

「六歳の子どもが出せる自力で、組織を潰せるわけないじゃない」

≪ま、そうですよね。……なら、戦いに勝つための心得については、もう教授不要ですね≫

「なにそれ! そんなのがあるなら教わりたかったんだけど!」

≪もう実践できるんですよ、あなたは。……知性と戦術ですから≫


あぁ、そういう……。


≪問題ありませんね≫

「もちろん!」

≪では、訓練スタート≫


地上戦と違い、頼れる物質などはない空間……それでも戦えるようにイメトレを繰り返す。何度も何度も繰り返す。

ひとまずは放たれる光弾を回避しつつ…………いや、ワンドから発生させた蒼い光……。


≪Psy Blade≫


光条の刃を逆袈裟に振るい、虚空を踏みしめ突撃!

逆袈裟、左薙逆風――そこから十六連撃で光弾を悉く斬り裂き、更に刃を振るいながら前進――!


≪ほんと、どういう眼の良さですか。速度はこれでも最高レベルですよ?≫

「問題なし!」


そのまま守りが薄い場所を見抜いて突貫していく。


(弾丸の軌道を見切り、アクションは最小限に……その上で魔力の刃であることを生かし、弾丸をかき消す……武器の全方位で斬り裂くイメージ)


そうして距離を五十、六十と詰め……敵が突撃を警戒し散開したところで、その左翼へ走り出し、瞬間的に周り込んで……一体へ刺突!

そのまま中から等身の腹で抉り斬り、大きく跳躍。打ち込まれた誘導弾を引きつけ、乱回転しながら斬り裂き、二体目に上から突撃。

迎撃の乱射を見切り、袈裟斬りから始まる剣閃の結界で全て遮り、切り落とし……更に回転して唐竹一戦。


すかさず左人差し指を右側三体に向け、スティンガー連射。こちらへの迎撃に走っていた鉄輝を撃ち抜き……よし次だ次!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そんなこんなで思いっきり楽しみ、夜はウェイバーと修行。それで……家から持ってきていた乞食清光を抱え、困り気味なウェイバーと向き合う。

ホテルの一室で、魔術的な防護を施したそこは、盗聴などの心配もないけど……。


「基礎的なところは……お前がやたらと学習速度が速いのもあって、下地だけはできた。
だが基礎の基礎レベルだからな? 過信はするな」

「基礎だからこそ突き詰める……だよね。うん、御影先生も言っていた」

「PSA的にも、お前の追跡魔術を生かして捜査のサポートってところを期待している。それは一番だからな? 忘れるなよ」

「それも了解。で……ふーちゃんは、どうしよう……」

「……ヘイハチとリーゼ達も明日……夕方頃になるそうだが、側に付いてくれるそうだ」

「よかったぁ……!」

≪まぁリーゼさん達なら大丈夫でしょ。……目さえ離さなければ≫

「そこだよね!」


この二週間、ヘイハチ先生ともどもお世話になりっぱなしだけど……実力者なんだよ。テラーの問題がなかったら、あの人達だけでも全部片付くのではってくらいのレベルなんだよ。

だからふーちゃんがいくらリアルトンベリだろうと、目を離さなければ大丈夫なはずだ。

目さえ……離さなければ………………駄目だったらどうしよう。


いや、もう“仕方ないさ“で済まそう。僕の管轄外だ。


「で、そうして安心しきりなお前に教えたいのが……そいつを使った魔術だ」


ウェイバーがあぐらをかいて指差すのは、僕の……先生の乞食清光。


「お前、それがどういうものかは分かるな」

「沖田総司が使ったとされる刀だよね。新撰組一番隊隊長の……」

「よく言われる菊一文字は、当時でも国宝級。小説なんかで後付けされたものだからな。
だからもうちょい手頃で、それで切れ味も強い刀を使っていたってのが一般的らしい。
が……前にちょっと預かって見てみたところ、それはその中でもかなり特別なものだ」

「特別?」

「ヤスフミ、それに投影をかけてみろ」

「投影って……」

「コピー元としてサーチする程度でいい。お前なら多分それで分かるはずだ」


…………目を閉じて、意識を集中。床に置いた乞食清光に意識を集中させて……。


「起動(イグニッション)――」


頭の中でトリガーを引き、全身に走る二十本の回路図を……魔力回路を隆起。

熱と共に回路へ満たされる魔力。肌に浮かび上がるそれを制御し投影開始……ううん、同調(シンクロ)開始。

乞食清光が持っている記憶……そこから使用者や、使われた経験、製造過程……その全てを………………ん……!?


なに、これ……鍋やヤカンのときとは全然違う。情報が、膨大で……しかも、なんだろう。

使っているのは……振るわれている刃に映る姿は……段だら羽織? 桜色にも見える髪を揺らす、鋭い瞳の……女の子……!?

その子が見ている周囲もそうだ。目つきの悪い男、なんか緩いウェーブ髪の男……みんな見覚えのある段だら羽織を着ていて。


――土方さん――

――問題ねぇ! 沖田は左翼に集中! 斉藤、背中任せるぞ!――

――はいはい……やりきってみせましょうかねぇ……!――


じゃあ、じゃあ……この子が使っている技は……この子の力は…………その名前は…………!


「そこまでだ」


……そこで拍手が響いたので、同調を中止。魔力回路も一旦オフにしておく。

荒く息を吐きながらウェイバーを見ると、その通りと頷きが帰ってきた。


「なにが見えた」

「……斬り合いの現場。
この刀を振るっていたのは、ぞっとするほど冷たい目つきの女の子。髪は今のウェイバーよりちょっと短い……ボブロング?
それで、段だら羽織を羽織った……同じように戦って、滅茶苦茶強い人達がたくさんいた。それで女の子は沖田、男の人は土方、斉藤って……」

「……やっぱりそうなんだな。なら、その女の子がどう剣を振るったかも」

「……分かる……」


うちにこもった熱を確かめるように、右手を胸に当てる。


「分かる……凄く分かる……! 今の僕には真似しかできないけど、“理屈”は分かる」

「ほんとお前……運がいいのか悪いのか分からないな。まさかこんなお宝をタダでもらえるなんてさ」

≪……じゃあ間違いないんですね?
この乞食清光は、沖田総司本人が使ったもの。それも……現存する宝具として存在しているというのは≫

「宝具?」

「過去の偉人・英雄……それらが精霊として具現化した存在である英霊≪サーヴァント≫。
そのサーヴァントが使う武具も、英霊達への畏怖……人間の幻想を骨子に作られている。それが宝具だ。
本来なら何らかの事情で召喚されたサーヴァントが、その魔力から取り出すものなんだが……」

「でも、現存しているものもあるの? ようはそれ、生きている間に使っていた武器を取り出すーって理屈だよね」

「それも三割正解だな。宝具自体がドーパントの特殊能力みたいな場合もあるし……って、そこはどうでもよかったな。
とにかく武器が宝具である場合、伝説の時代から現代まで現存しているというパターンもあるんだ。これはその一つなんだよ」


これが……先生の刀が……沖田総司に連なる……じゃああれは、本物の……沖田総司の戦い……!? うわ、タイムスリップしたみたいでゾクゾクするかも!

で、でもそれなら……先生は……そんな凄い物を、僕に!?


「入手経路については……まぁアルトアイゼンの方が詳しいか。確か知り合いだったんだよな」

≪うちのマスターとは若い頃から喧嘩友達だったんですよ。魔法社会でもフリーランスの武術師範として名を馳せています≫


……なんかそうらしいの。というか、先生が言っていたツテがヘイハチ先生で……もしものときはって僕のことを頼んでいたらしくて。先生は僕に魔導師の資質があるの、気づいていたんだね。

でもヘイハチ先生も旅の身の上で、話を聞いたのは先生が亡くなった後。それで行ってみたらご覧の有様……だからピンポイントに僕を止めに来たのだと、後で納得したよ。


≪ただ、そこまでの品物を持っているとは……あぁいや、それでも縁故は広い人ですし、あり得なくは≫

「だから“とっておき”だったんだろうな。
お前になら剣を……凶器を持たせても大丈夫だという程度には、信頼していたんだ」

「先生……」

「その見立ては今の所正しかった。……ミュージアムと戦うって決めたしな」


御影先生が、この価値を分からないはずがない。ううん、もしかしたら先生の息子さん……おじさんだって……なのに託してくれた。なのに信じてくれた。


「…………!」


その気持ちが嬉しくて、ぼろぼろと涙をこぼす。なのに僕……自分のことばっかりだったなぁって……ほんと、さぁ……!


「泣いている暇はないぞ。……これから毎日この訓練をする」

「うん……!」

「その上でお前のサイズに合わせた刀の制作……投影も覚えてもらう。まず目指すべきはそいつ≪乞食清光≫の複製と使いこなしだ」


ウェイバーに頷きながら、涙を払う。それで改めて……乞食清光を大事に抱える。


「あくまでも自衛手段としてにはなるが、そんな“量産品”でも乞食清光からフィードバックした技術があれば……ドーパントを斬るくらいはできる」

「できるの!?」

「お前の共感力があればこその裏技だよ。……現存する宝具として昇華されるまで突き詰められた、沖田総司の記憶。
そこからその技を、体捌きを、心を、道程を模倣する。差し詰め憑依経験(インストール)ってところか」

「僕の中に、あの……天才という表現すら生ぬるい技を取り込み……学ぶ……」


そう呟きながらぞっとする。でも……もしそれができるなら……!


≪何より宝具の複製が可能なら……確かに強力な武器ですよ。大抵の霊障にも対処できる≫

「技も、刀も、完全再現は無理だろう。あくまでもできるのは模倣……贋作だ。これはお前の身体を使っての投影だからな。
……もしお前にその足りない部分を地力で埋める努力ができるのなら、話は別だろうが」

「するよ」


……御影先生、ありがとうございます。ちゃんと……まだ形にならないたまごだけど、受け取りました。


「約束したから。絶対諦めないって……!」

「……そうだったな。だから“舞衣姫”達も作れた」

「そういうこと! なのでウェイバー、早速練習だよ! それならもたもたしていられない!」

「とはいえちょっとずつだぞ? 過集中でシンクロ状態に引っ張られすぎても使い物にならない。
お前の身体が受け止められる範囲を……その際を見極め、そこから使いこなすんだ」

「うん!」


一歩ずつ進む……進んでいく……だから止まらない。止まる理由がない。


「あ、それともう一つ確認」

「なんだ」

「その憑依経験……“僕自身”にもできるんだよね」

「まぁそこんとこは、物質変換での肉体修復でやっているし」

「つまり、僕自身の記憶に共感した魔法も使える。今ならノーリスクで」

「……おい、まさか」

「絶望でも確かめなきゃいけない」


戦う力、手段、それを正しく振るう勇気と覚悟……一つずつ……また一つずつ打ち上げ直し、研ぎ澄ましていく。


「今度は、僕があの子を助ける番だから」


今度こそ助けたいから。そのための……その結果を出すための扉は、僕がこの手で開くしかないから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――そんなことを考えながら、長期宿泊するホテルで……その一室で、風都二日目の朝を迎えた。ただ、とんでもない変化が起こっていて。


「…………たまご?」


黒い風が吹き抜けるたまご……翡翠色で十字架が刻まれたたまご……黒字に蒼い星々が描かれたたまご……。

暖かくて、奇麗。でも……なにこれ。イースターエッグ? ううん、違う……違うけど……なんでそれが、僕の布団に? 普通に……寝ている間に……え……えぇぇ……!?


「まさかこれ…………しゅごたま!?」


――――小さいころから幽霊とかも見えていた僕は、あるとき可愛い妖精を見つけた。それを連れていたお兄さんも見つけた。


それがなんなのか分からなくて聞いてみると、お兄さんは笑いながら教えてくれた。しゅごキャラ……人のこころはたまごのようなものだけど、そのたまごが時たま外に出てきて、中からキャラが生まれると。

それがしゅごキャラ。描いた夢の可能性……『なりたい自分』を形にしたもの。その夢を大事にして信じていけば、いつかたどり付く僕の可能性。


だけど…………。


「――おま、三つもしゅごたまを生んだのかよ! すげぇな!」


放ってもおけず、事務所に持ってきたら翔太郎さんとふーちゃんに見つかった。というか自然と見えていたよ……二人揃って! いや、いづみさんとウェイバーも見えていたし、四人揃って!?


「それが、恭文くんの言っていた……妖精さんのたまご?」

「……うん、間違いない。前に別のしゅごキャラを見たときに感じた、暖かさだ」

「どんな奴が生まれるか楽しみだな。なにせ三人だ」

「うん……」

「でも翔太郎さん、どうして」

「この街は俺の庭って言っただろ? 自然と教えてくれるものなんだよ」


しゅごキャラ、僕の夢……僕の可能性……。それは、凄く嬉しい。

苺花ちゃんにもお話したことがあってね。お父さん達は信じてくれなかったけど……苺花ちゃんは信じてくれたんだ。

だからいつか……僕達も自分のしゅごキャラに会えたらいいねって……それくらい、夢を大事にできたら、いいねって……。


「なにビクビクしてんだ」

「苺花ちゃんとも、お話していたんだ。自分のしゅごキャラに会えたらいいねって」

「…………」

「苺花ちゃんの夢は、砕かれた……こんなに暖かくて奇麗なものが……!」


嬉しい……嬉しいはずなのに、それが悲しい。

苺花ちゃんはここにはいないのに。守れたはずなのに……僕に、もっと力があれば……そう、だから。


「……だから、違う自分になりたいって願ったんじゃないのか?」


だから翔太郎さんが、ぽんと頭を撫でてくれる。それも優しく……励ますように。


「まぁ耳タコかもしれないが、教えといてやる。……しゅごキャラは可能性……だからお前が自分の夢や可能性を信じられなかったら、みんな消えちまうんだぞ」

「え……」

「消えるって……あの、それじゃあ恭文くんは」

「×たまっつって……自分の可能性に×を付ける場合もある。その場合は……まぁキャラなりとかできれば助けられるかもだが、基本は消滅コースだ」

「キャラなり……?」

「そいつらと一つになって、可能性の力を先取り……あー、ようするに変身だ! ドーパントみたいな化け物じゃない! お前がなりたい自分に……可能性を手にした自分に、ちょっとだけなれるんだ!」


僕の可能性……僕が信じなきゃ、消える温もり。それに、僕の夢。


――僕は……みんなを守るヒーローになりたい――


苺花ちゃんに約束した……憧れた……笑われても、憧れる夢の形。


――僕はみんなと一緒に、奇麗なものは作れないかもだけど……でも、その奇麗なものを作る人達は……奇麗なものは守りたい。
だから、お巡りさんか……忍者さんになりたいんだ。ううん、忍者がいいかも! 忍術使えるし!――

――忍術いいかも! 分身の術とか教えてもらえるかな!――

――きっと教えてもらえるよ! 忍者だもの!――


そうだ……約束は、まだ有効だ。だって…………だって、それなら……!


「変身……僕も、できるかな」

「あぁ! 現に……まぁドーパントは褒められたもんじゃないが、お前は変身してみんなを守ったんだろ?」

「そういえば恭文くん、言っていたよね。メモリは願いを叶える……なりたい自分になれるって。
……うん、だったら……きっとできるって私も思う」

「ふーちゃん……」

「きっとこの子達だって……生まれたら、そうしたがると思うんだ。……確証はないけど」


翔太郎さんはまた僕の頭を撫でてくれる。だから……目元をごしごしと拭って、なんとか笑える。


「翔太郎さん……あの、ありがと。ふーちゃんも」

「ううん」

「うし……じゃあ今日も行くか」


そう……今日は修行もあるけど、それまでは翔太郎さんのお手伝い。これも大事な修行ということで、ヘイハチさん……先生も認めてくれた。


「つーかよ、お前の力を借りたいんだよ」

「ん……ということは、また動物」

「…………ワニらしいんだよ……!」

「は……!?」

「ワニ!?」


待って待って待って……ワニ!? いや、ペットではあるけど……逃がさないでしょ! 普通は逃げないでしょ! どうしてそうなったの! 逃げるというかそれは捨てられたんじゃ!

それにワニってことは……場合によっては危ないことになるかもだし、急がないと。


「おい、翔太郎……そいつはすぐ帰すと言っただろう」

「行こう、翔太郎さん! 逃げた近辺との情報は!」

「ばっちりここにあるぜ。大体の足取りも予測できる」

「じゃあいきましょう! すぐ……すぐ! ワニですし! ワニですし!」

「お前ら、いい加減にしろ。俺の言うことを」

「…………ギャーギャー騒ぐなよ、クソオヤジが」


……そこでつい、蒼い瞳を輝かせ、おじさんを見据える。殺してやると……これ以上ごねるなら、殺してもいいと言わんばかりに。

で、そうしながら携帯を……今回の一件に合わせて調達した、最新型のスマートフォンを操作して……。


「ふーちゃん、持っていて」

「え」

「お願い」


ふーちゃんにそれを渡すと、状況を理解してくれたようで……すぐに構えてくれる。

それに安心して、デスクで半立ちになっていた阿呆をあざ笑う。


「お前は翔太郎さんを半人前と言うほど達観もしていない。強くもない。
非情に徹するにもワンクッション必要な程度には、中身が煮え切らない半熟たまご……そう、言うなれば」


だからもう、あざ笑うしかなかった。


「ハーフボイルド――」

「……おい、いい加減にしろ」

「文句があるなら、発達障害のことくらい勉強しろ」

「何度も言わせるな」


そこで近づくくそったれ。翔太郎が止めに入るけど、それすら払いそいつは僕の襟首を掴む。


「お前は目も、手も、足もあるだろ。それでそこまで甘ったれて、もっと大変な人達にそこのたまご達に恥ずかしくないのか」

「おやっさん、落ち着けよ。さすがにそれは」

「そんなのは誰にでもあることだ。それで障害者手帳なんてもらって、他人が払った税金を食いつぶすしている穀潰し……それがお前だ」

「おやっさん!」

「お前は黙っていろ、翔太郎。……だからそんな手帳は国に返せ。そして親父さん達に謝れ。妙な侍ごっこも、危なっかしい翼に頼るのも今日限りで終わりだ」


翼……あぁ、そうか。聞いちゃったんだ。

その上で……これなんだ……。


「子どもらしく元気に遊んで、勉強していれば、薬に頼らず生活だってできる。そんな当たり前のために頑張るのが、お前のやることだ」

「……よく分かったよ。お前は自分が間違っていないとか思っているわけか」

「当たり前だ。俺は」

「だから相棒も殺して、楽しかったわけだ」


更にあざ笑ってやると、この愚かものは目を大きく見開く。


「おい……」

「そうじゃなきゃ説明できないもの。そこまで“誰かに頼る恐怖”から逃げ続けている有様はさぁ」

「逃げているのはお前だ。いい加減現実と……親父さん達の愛情と向き合え」

「お前に人間の愛情が分かるわけないだろ。ばーか」


……そこですかさず放たれる右拳……だからその手を取り……殴ってきた力を利用し、床へと投げつける。容赦なく、殺すために。


「が……!?」


関節は極めていない。腕が折れることはない。ただそれでも衝撃は計り知れないほどに大きく、奴は血反吐を吐きながら床に倒れる。

当然追撃をする……しない理由がない。


「恭文君、駄目!」


すかさず喉を踏みつけ、血反吐を吐かせる……おぉ汚い汚い。


「いづみさん、止めるならもうちょっと早くしないと……靴が汚れちゃったじゃないですか」

「どういう心情で言えるんだろうな、それ!」

「が……あぁあぁああ…………!」


鳴海荘吉がガタガタとうるさいので、脇腹にもう一度蹴りを入れて、適当に転がしておく。


「あがあぁあぁあ……!?」


倒れ込んだ鳴海荘吉は、まだ信じられない様子で僕を見ている。

でも僕はそれに構わず、ふーちゃんのところへーっと。


「なに、その顔は。子どもだから……殴って言うことを聞かせれば済むからと見下していたんだろ? それが違っただけの話だ」

「何度言えば分かるんだ……! お前は」

「もっと大変な人もいると言うけど、お前がなにを知っているの?
その人達と話したことでもあるの? 支援の現場でその人達が苦しみ、足掻いている様を見たことがあるの?
発達障害の療育施設で……役所の支援窓口で、生活保護が必要なほど追い詰められているのに、お前みたいな奴のせいで頭を抱えている様を見たことがあるの?
……障害のせいで、仕事や学業でも普通の人みたいには上手くできず、覚えられず、そうしていらない奴だと吐き捨てられた人を」

「だったら、そんな奴らのようになるな」

「アレルギーで食べ物に制限がかかって、下手をすれば命がかかるのに……それを食べないことが好き嫌いだとか、そんな温いものだと罵られ続ける人を見たことがあるの?」

「それのなにが間違っている」

「…………」

「もう一度言う、そんな奴らのようになるな。それこそがお前の末路……このまま甘ったれた先に行き着く姿だ。
仕事なんて選ばなければどうとにでもなる。アレルギーなんてものも慣れだ。
だが今のお前のように言い訳をして、努力もしなかったせいでそうなっている」


……………………。


「これが俺だけの意見だと思っているのか? 甘ったれるな……俺と同じように、そんな言い訳は間違っていると叫んでいる奴もいる。それも政治家だ。
他人のために我慢ができない……こらえ性のない我がままで怠惰な奴らがいる。そんなのは間違っていると、声を上げているんだ。彼女の父親もその一人だ。
……そんな奴らを叱っているだけの人達に対して、理不尽な怒りを向けるな」


……………………………………。


「何度でも言う……お前のそれは、障害じゃない。障害者手帳なんて必要ない。彼女の父親も間違っていなかった。
お前達はただ甘えて、努力をしなかっただけだ。だからそれを反省して、普通の子どもとして頑張ってみろ。
プラモだのカードゲームだの……編み物だのでお絵かきだの、女々しくて下らない引きこもりは今すぐにやめろ。
なにより男が編み物なんてしてなんになる。気持ち悪いと更に嫌われるだけだろうが。
いいか、幼稚園でお前を怖がっている坊主達に頭を下げて、輪に入れてもらえ。お前はその勇気がないから、そんな下らない一人遊びに逃げているんだ。そんな自分を恥じろ」


……………………………………………………。


「だから俺に従え。俺が今言ったことをきちんとやり遂げろ。全部そこからだ」

「……僕より力もないゴミクズに従うわけがないだろ。図に乗るな」

「なんだと……!」

「ふーちゃん、もういい」

「ん……」


……ふーちゃんから携帯を返してもらって、録音モードはオフ。


「……いづみさん、手錠を貸してください」

「はい?」

「早く」

「……悪いことに使わないでよ?」

「目の前で使いますのでご安心を」


いづみさんから手錠を受け取り、右手で軽く一回転……。


「言いたいことはそれだけ? このクズが」

「それはお前だ。クズな自分から抜け出せ。その努力をしろ。……そうじゃないなら、そのたまごもいずれ壊れる」


なにも言わずにすたすたと奴の前へ行くと、鳴海荘吉が手を伸ばしてくる。


「お前はそいつらに利用されているだけだ。さぁ、それを渡せ。そして俺の言うことだけを」


また伸びてきた腕を……というか中指を掴んで、一気に逆方向へとへし折る。


「がぁあぁあ!?」


そのまま捻り上げ、床に転がして、首裏を踏みつけておく。素早くその右手に手錠をかけて……。


「この……いい加減に」


首裏を……脊髄を蹴り抜く。それでおじさんは情けなく呻いて、体を震わせて……その間にもう片方の腕にも手錠をかけてっと。


「がぁああぁ……!」

「恭文、やめろ! なぁ……おやっさんを信じてみてくれよ」

「何度も言わせるな。後ろ盾も、ツテも、権力もないお前らには正義を語る資格がない」

「男の意地を舐めるなって! そんなもんなくてもな、おやっさんは風都を守ってきたんだよ! だからお前のことだってきっと」


そうして手を伸ばし、僕の肩を叩いてきたので……その手を強引に引っ張り、翔太郎さんを引き寄せ……右フック。

顔面を張り倒して上で、腹を蹴り飛ばし、わきへ転がしておく。


「翔太郎……」

「が……あああぁあぁあ……!」

「やめろ、坊主!」


ガタガタうるさいので飛びかかってくる阿呆を避けて……反転しながらアイアンクロー。そのまま右中指で左目を潰しておく。


「あがぁああぁあぁああぁあぁああぁあ!」

「――――気持ちだけしかないことに恥ずかしさすら感じないてめぇらが!
なにかを守れるわけねぇだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「「――!」」


また潰れた左目に構わず、指を抜き……さっと血を払う。本当に下らないと、心底辟易しながらだ。


「午前九時八分……鳴海荘吉、お前を名誉毀損、侮辱、恐喝、傷害未遂の現行犯で逮捕する」

「なんで、だ……俺の、話を……」

「ねぇふーちゃん、こういうときってどうすればいいと思う?」

「……鳴海さんが、だったらどうやって助けるのか教えれば済むことだよね」

「はい、正解」

「だから……それも……」


小うるさいので、ブーツのつま先で顔面を蹴飛ばしてあげる。それだけでおじさんはちょっと黙った。


「あなたが、それを、私達に……恭文くんにちゃんと提示しないから、ここまで揉めているんじゃないですか」

「お前達が心配する必要は……ない……」

「……じゃあとっとと死んでよ。私達のために」

「いいか、そのたまごは、坊主がそんな我慢ができる男になれる可能性だ。それを壊したくないのなら」

「死ねって言ってんだろうが! このクズがぁ!」

「…………」


……おじさん、なにそこで呆然とするの? なにもおかしくないでしょ。


「恭文くんの障害を……これまでの頑張りを知ろうともせず! 馬鹿にして! 見下し! そんなことする奴に恭文くんの夢が分かるわけないでしょ!」

「……風花ちゃん」

「お前は……一体どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


まぁそれならそれでいいや。隙だらけなところを狙って……ちょっと離れて、いづみさんの影に隠れて。


「起動(イグニッション)」


猫ちゃんモードになった上で、魔術回路隆起……いづみさんの影に隠れて、乞食清光を投影。とはいえ本物から大分劣化はしているんだけど……今はこれで十分だ。

……コイツ相手に、本物の乞食清光を使うのはもったいなさ過ぎる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


どうして、そうなる。

こんな子どもに俺が……異能力を使った形跡もなく、ただ技術だけで殺されかけた。

そしてコイツは俺を、ためらいなく……怒りもなく、本当に虫でも潰すかのように、冷徹に殺そうとしている。そんなことができるわけがない……できてはおかしいというのに。


「おい、御剣……今のを聞いただろう……」

「……」

「コイツは六歳の子どもだ……なのに、こうなるのはメモリに……取り込まれて……そんな子どもを、利用して……」

「恭文君、どうする?」

「制裁します」

「じゃあ任せる」

「お前達には、人間の誇りがないのか――!」


すると……坊主はロストドライバーとスカルメモリを取りだし……。


「やめ、ろ……それは……」

「安心していいよ」


……そこからは完全に予想外だった。アイツは俺の腰に、ベルトをセットして……。


≪Scull≫

「はい、変身っと」


なぜか……同じく取り出したスカルメモリを入れて、そのまま……俺を、変身させる……!


≪Scull≫


どういう、ことだ……変身したことで、痛みは消えた……体も、動く……だが、これは……どういう……。


「ハンデだ」


すると坊主は、上半身を起こす俺に、とんでもないことを言い出して……!


「このままお前を負け犬にすることは簡単だけど、それじゃあ僕が弱いものいじめしたみたいで、極めて気分が悪い。
だから、ハンデをやる。僕を本気で殴ってでも正そうとするなら、その手錠を引きちぎり、殴りかかるといいさ」

「ふざ、けるな。そんなことが、できるわけが」

「ただし……決断には責任とリスクが伴う」


そこで……アイツは、無言のまま亜樹子の写真を取り出す。それに……ライターで、火を付けて……。


「お前は僕に銃口を向けた。それはつまり、苺花ちゃんにとって一番大事な存在を傷つけたということだ。
だからお前はもう、“こうされてもおかしくない”。というより、こうしなければ対等の話し合いなどできない」


しかもそれは……俺が持っていた、一番新しい写真……いつの間に……!


「西部劇のガンマンならこう言うところだねぇ。……抜きな、どっちが早いか勝負と行こうじゃないか」

「…………」

「信じられたいならリスクを払えよ」


そうして燃えていく写真をびりびりに引き裂き、床に放り投げ、アイツは踏みにじる。

その行動の意味が……コイツの言いたいことが理解できて、一気に手錠を引きちぎっていた。


「いい加減にしろ……」


とりあえずコイツを取り押さえる。その上で変身を解除すればいいと、そのまま駆け出し……。


「どこまで……駄々をこねるつもりだ――!」


そうして坊主に手を伸ばした瞬間……その姿が消える。そして……俺の体は衝撃とともに壁を突き破って、外へと飛び出していった。

風都の風が、空が俺を包み……そして、道路に体が叩きつけられ、派手に転がる。


「……なんだ、今のは……」

「場外乱闘スマッシュブラザーズだよ」


……その声は右側から。頭部が派手に吹き飛び、また地面へと倒れ込む。

すると、坊主が平然と……ちょこんと俺の目の前に着地し……その腰には、サムライの真似か刀が添えられていて……。


「さて……街を騒がす非合法私刑人! その名は骸骨男! そしてその正体は風都が誇る名探偵:鳴海荘吉!」

「いい加減にしろ……」

「お前は警察の捜査を妨害し! 数々のドーパントを……変身していた人間を殺し! そいつらが起こしていた犯罪の真実を隠匿した!
その上でPSAの忍者候補生となった僕に! 変身した上で暴力を振るった! 拘束したのにメモリで変身して、それを引きちぎり! 逃亡を図った!」

「違う……今のは、お前を取り押さえようと!」

「この街の全てがお前の目撃者だ!」

「大人を、どこまで馬鹿にすれば気が済む!」

「お前はただの薄汚い犯罪者であり、無責任に私刑を繰り返す異常者にすぎない!
よって大人じゃない! 信頼なども向けられない! メモリの力に取り憑かれた化け物……それがお前だ! 鳴海荘吉!」


なぜだ……なぜそこまで、否定する。

俺は確かに古くさいやり方かもしれない。だがそれでも、お前は男だ。男にふさわしい強さを持てと叱っただけだ。


それだけのことが伝わらないなら、お前は本当に……!


「さぁ……」


アイツは右手をスナップさせ、刀を抜く……。


「ショウダウンだ」

≪あなた、気に入ったんですか?≫

「とっても」

「坊主、もうや」


……そして坊主の姿が消えたかと思うと、俺の顔面が叩きつぶされる。

何をされたのかも分からずにいると、あっという間に後頭部が地面に埋まり……。


「坊、主……」

「御託はいいからとっととこい、異常者」


坊主は俺が背にしていた場所に立ち、隠していたはずの亜樹子の写真を撮りだし……数枚取りだし……適当に放り投げる。


「時間の無駄だ――」

「…………舐めるのも 大概にしろ……!」


だったらもういい。多少手荒でも取り押さえる……そう思って走り抜ける。

そうして右手を伸ばす……変身によって強化され、一時的にだが動けるようになった俺は、坊主の首根っこを掴む。掴んだと思った。

だがその瞬間に視界が一回転。俺は頭から地面に打ち付けられた。


「どの口で言ってんだ」


そして腹を蹴り飛ばされ、またみっともなく地面を転がされて……。


「お前が舐め腐った、法の力を見せてやる」


それでもと立ち上がったところで、坊主が取り出したのは……なんだ、あれは。

赤いL字型の……ロストドライバーだと!


(まさか、文音の奴……!)


本当にドライバーを持たせたのか! こんな子どもに……息子をミュージアムの道具にされて、それを許せなかったアイツが!


「坊主、やめろ。それはお前のおもちゃでは」

「イグニッション――Realize」


止めるために走り出す……が、そこで荒れ狂う蒼い風に足止めを食らう。

なんだ、これは……その風が、坊主の手に……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


少々手札は晒す。でも試したいことがあった。

コイツはちょうどいい実験台になる。だから……唱えた『現実化の魔法』を元に、僕自身へと共感する。


シュラウドさんから獲得した……見せてもらったメモリの構造、その機構に共感する。

追想する。

連想する。

感嘆する。

驚嘆する。

幻想する。

空想する。


本来ならこんなことは無茶だ。この手で水面に映る月を実体化させるようなもの。

でも、体のうちを走る魔力が……僕と繋がり続けている“あの子”が、その根幹が道を開く。

その繋がりから流れ込んでくるものがある。言葉なき言葉を受け止め、紐解き、魔力というかりそめの体を与え……右手に集束させる。


(やっぱり……!)


ちゃんとスムーズにできた。凄く自然に……昨日試したときよりずっと。

そうして大事な切り札は、僕の右手に収まる。なので素早くスイッチオン。


≪Wizard≫

「ガイア、メモリ……?」

「PSAの科学と知力の結晶……それがこのリアライズドライバーだ。疑似ガイアメモリでドーパントを倒し、法の裁きへと導く力にする」


…………とんだ大嘘だけどね! そんなことがたやすく二週間前後で仕上がるなら、風都はとっくに救われているよ!

これは憑依経験の経験から、ウェイバーに提案して構築したウィザードメモリの贋物! ただし、元祖のものじゃない……シュラウドさんが作った次世代型のシステムに寄せたまさしく幻想!


だからいずれは消える。すぐに使えなくなって、魔力に戻っていく。

時間にして三分程度。性能も本物には劣る。実のところ変身なんてできない。昨日実験したもの。


でも十分だ。相手もまた偽物……偽りのヒーローなんだから。


「やめろ……坊主」

「もう骸骨男のヒーローごっこは終わりだ」

「く……!」


そのまま変身する前の僕にまた飛びかかるので、素早く左スウェーで回避し、脇腹を蹴り飛ばす。

そうして適当な人の群れに突っ込ませて……。


『いやぁああぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!』

「一般市民への暴行確認! やっぱり現行犯逮捕だ!」

「違う、俺は……」


御託は聞かないと、右腕を振りかぶり……素早く両腕を体の前にクロスさせて。


「変身!」


幻想ウィザードメモリをドライバーに差し込み、展開しながら一回転……なんてことはしない。


「……なーんちゃって♪」


右手でメモリを遊ばせながら、それは懐に仕舞いつつ……ドライバーも外す。


「お前を……ドーパントを殺すのに、こんなおもちゃは必要ない」


……ただ見せたかっただけ。

そういうことができると、コイツに……衆人環視に見せたかっただけ。

フェイクだけど、ガイアメモリを持っているという優位性にヒビを……ううん、違うな。


その優位性はやっぱりミュージアムに勝てない。そこから奪い出せない。

でも、占有されている知識とノウハウ……そのアドに触れられない人間からすれば、立派なハッタリとなる。

それが噛ませればよかった。それを効率的に、街へ広めるツテがあればよかった。


……鳴海荘吉、お前はそのための駒……実験台に過ぎないんだよ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


なんということだ。

文音の奴、こんなものまで作って……。


「やめろ、坊主……」

「ひぃぃぃぃぃぃ!」

「来るな、来るなぁ!」

「みんな、離れて! 近づいたら人質に取られる!」

「俺の言うことを聞け……それができないというのなら、痛い目を見せるしかない」

「そいつの体の中には! 松井誠一郎がドーパントとして仕込んだクモ型爆弾が入っている!」

「やめろ」

「触れた人間にそのクモが映って爆発する仕組みだ! その条件もコイツは分かっていた……なのにずっと黙って! 風都を騙し続けていた!」


話を聞くつもりはないのか……マツのことまで、また持ち出して。


「そこまでお前の信頼を損ねているというのなら、まず俺の行動を見ろ。
お前に道を示す。男として……一人の人間として。男の在り方というものを教えてやる。だから」

「だったら変身を今すぐに解除しろ! そして両手を頭の上に載せて、膝を突き、うつぶせになれ!」

「そんな警察の真似事はやめろ。お前には似合わない」

「なら死んで償え」


…………駄目だ。心がねじ曲がっている。メモリの力に取り込まれているんだ。

ならば……。


「……もういい……ならば」


男の覚悟を拳に乗せて、このだだっ子に伝えるしかない。


「お仕置きの時間だ――!」


そう決意し、駆け出し……右拳を打ち込む。

柔道の真似事では止められない。寸前で止めて、そこから抑え込めば済む話だ。しょせんは子どもだからな。


「……」


だが、坊主はいつの間にか正座姿勢を取っていて……それに驚いた次の瞬間、俺の体は乱回転しながら吹き飛んでいた。

痛みは感じない……感じないが……。


「な……」


そして背中から地面を……コンクリを砕くほどの衝撃で打ち据えられ、動きが止まる。


「な……!?」


なんだ、これは……また柔道? だがそんなもの……変身もしていないのなら!


「ふん……!」


坊主を引き寄せ、羽交い締めにしようとする。

そうして力を入れて引き寄せようとした瞬間、坊主の方から俺に接近……坊主は俺の腕をたやすく解放し、両手で頭めがけて掌打を打ち込む。

いや、ただ押し込んだ。それだけで後頭部からまた地面に衝突。座っているだけの子どもに、好きなようにされて……。


「やっぱり……変身しなくても倒せるや」


解放された腕を取られ、そのまま捻り上げられるようにして投げられる。地面に叩きつけられ、また投げられる。


「もちろん殺せる」


そして……強化されたはずの……修復されたはずのスカルとしての腕が、ごきりとねじ曲がり、へし折れる。いや、砕けた。痛みがないが、力を入れられない……もうそれで終わっている……!


「この……」

「このクズが」

「駄々を、捏ねるな……!」


残った左腕を伸ばし、坊主の首根っこに……だが昨日のように、先ほどのように……たやすく人差し指がへし折られ…………動きが止まる。


「な……」

「全部お前が弱く、力もなく、また僕達を魅了するだけの器もないせいだろ」

「黙れぇ!」


それでも振り払おうと強引に力を入れた瞬間、俺の体はなぎ倒されるように一回転……近くの電柱へと顔面から叩きつけられる。

電柱がへし折れ、それが俺の体へとのしかかり……それを払いのけながら、ぞっとしてしまう。


こんな力を……六歳の子どもが、出したというのか。


「が……あぁああぁ…………」

「お前が信じてもいいと思えるものを“今まで何一つ積み重ねようとしなかったせい”だろ」


馬鹿、な……。


「なのに、土壇場で都合よく……行動で示すなんて言い訳を使うなよ」


ただの、子どもなんだぞ。あのときのように、異能力を使っている様子も、ない。


「お前が信用ならないのは……こういうことをやらかすクズなのは、既にその行動で示されているだろ」


俺の方が強いに決まっている。当然だ。俺は今まで、街を泣かせる悪党に罪を突きつけてきた。こんな子どもとは我慢の年季が違う。

それが……それが…………変身している俺が、柔道の真似事すらできない……座っているだけの子どもを、変身もしていない子どもを……殴ることすらできないだと……!


「なぜだ……」


違う……違うんだ……そう思いながら、片手で踏ん張り、立ち上がって……。


「なぜ……分からない……」

「お前こそ、まだ分からないの?」

「お前は――!」


振り向き坊主に手を伸ばす……が、坊主はなぜかまた正座していた。

だが座っているならちょうどいい。そのまま抑え込んで……というところで、また俺の視界が乱回転。座っているだけの坊主に手を取られた……それだけで、たやすく投げられて……。


そしてまだ腕が捻り上げられ……。


「が!」


体が勢いに乗っかるように飛ぶと、地面に……飛ぶ、地面、飛ぶ、地面……それを何度も……何度も……腕が軋みながら、続けるしかなくなり……!


「僕は……」

(抵抗、できない……振り払えない……)

「変身しているお前より、遙かに強いんだよ」

「そんな、わけが」


意味が分からなかった。俺の体がなぜ……。


「がぁあ……!」

「力や我慢強さじゃない。技術が、積み重ねた鍛錬が違う」


変身してもいない……ただの子どもに、また投げられる。抵抗もできずに投げられる。


「ぐ……!」

「あえてもう一度言おう。
……僕より努力していないお前に、なんで従わなきゃいけないのさ」


俺が……この俺が、こんな子どもに負ける?

…………そんなことが……あって、たまるか……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「なんだ、ありゃ……」


翔太郎君が混乱するのも分かる。普通はあり得ない。

恭文君がメモリを作り出して、変身したのもあり得ない。

それが衆目に晒されているのも……ほんと無茶苦茶だなぁ! 自分が化け物扱いされるのも承知の上!?


(いや、それよりなにより……だね)


翔太郎君は尊敬するおやっさんが……いや、ドーパントが、ただの子どもに、異能力とかなしで、投げられまくっているのが怖いんだと思う。

それも座った状態で、抵抗も許されず、徹底的に……腕っ節や腕力、体格なら間違いなく恭文君は勝てない。勝てる要素がない。

しかも恭文くんは変身する振りだけで、メモリも、ドライバーも全部仕舞った。


……だから違うんだ。

あれは違う。あれは、根底から違う。


「御式内か。まさかあの年で、あそこまで……風花ちゃん」

「……御影先生が投げまくって、体に覚え込ませたんです。あとは論理で解析していって、それで……ずっと研究していたから……!」

「恐ろしい才覚……いや、これは違う。もっと別の力だ」


普通なら躊躇う。迷ってしまう。だがあの子はそれができる。それほどに鋭いものを叩きつけられる。

もうあの子は鳴海荘吉の命なんて度外視している。完全に殺すつもりだ……!


「おしき……いやだからなんだよそりゃ! おやっさんをぶん投げる力が、アイツにあるってのか!? あれがウィザードってやつの」

「力なんて一切使っていないよ」

「は……!?」

「合気の基本だね。力は相手のものを利用する……その流れを理解し、都合良く変化させる」

「だからあんなばんばん投げられているのも、半分鳴海さんが飛んでいるんですよね。
そうしなかったら腕が折れる……無意識に入れてしまう力の流れを利用している」

「で、それは怪人の力でもあるわけだから、当然変身状態の鳴海さんすら傷つけるわけだ。痛みを感じないとしてもね」

「…………」


鳴海さん、わけが分からないでしょ。それはそうだ、分かるはずがない。

それは、鬼やら修羅なんて言われる……化け物の領域だ。


「……翔太郎さん、恭文くんが今朝何時に起きたか分かりますか?」

「え」

「朝四時半起き。
そこから十キロ走って、腕立て伏せや付近、スクワットをワンセット三十で十セットずつ。
更に立ち木に実剣より重たい棒を三千回打ち込む。なお夕方には同じことをして、打ち込みは五千回します」

「え……!?」

「そういうのを、御影先生に弟子入りしてから……毎日しているんです。欠かしたのはメモリのことで入院したときだけ」

「なんだってぇ!」

「……あの年でそれは、ほんと化け物の領域だわ」


アンタはその怒りを買ったんだ。だったらその程度の恐怖は味わって当然だ。

だからアンタの言うことはずれにずれまくっている。人の五倍? 馬鹿を言うんじゃないよ……。

――障害で難しい部分を抱えたあの子が“あの領域”ってことはね、五倍どころか十倍……更に上のものを積み重ねているんだよ。


それこそ、人の道から外れるほどに……!


「だが、それなら……おやっさんには」

「そう……だから……」


そこでごきりと……また、あの音が響く。


「んじゅがぁああぁああああ……!」


鳴海さんの左腕がねじり折られ、頭から地面に打ち付けられた。そこでまた激しく火花が走る。強化された骨格……変質した肉体すら砕かんばかりの衝撃が走る。

そうして身をよじり、必死に……動かない腕をだらりと下げて、恐ろしげに恭文君を見る。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あぁもういい、よく分かった」


地面に座したまま、ただ冷徹に俺を見やる……。


「たかだかメモリを持っているだけで、正義のヒーロー気取り……メモリがなきゃ人一人殺せないクズが」


俺を殺してやると、見続ける……。

コイツは何をした。

いや、何を教えられた。


こんなものを、六才の子どもがやっていいはずない。そうだ、それを……俺が、止めなくては……。


「……調子に、乗るな……」


右手を伸ばす……きっと止められると……そう信じて、伸ばす。


「男の意地は……こんなものでは止まらない――!」


今度こそこのだだっ子を抑え込む。そのために手を伸ばす……坊主に、男の意地を……進むべき道を示すように。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


腰に差した乞食清光……その柄に手をかける。僕にはまだまだ大きい刀だけど……でも大丈夫。

御影先生が見せてくれたものを、その姿を追いかけるように……一歩踏み出す。

そうして迫る骸骨の手に……その下らない妄想に狙いを定めて、鯉口を切る。

眼を開き、見据えるはうごめく悪意の蜘蛛。

それを切り落とす……そのために必要な未来を引き寄せるため。


「――――ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」


そのまま……地面を踏み砕きながら、刃を抜き放ち……その切っ先を天すら斬り裂くほどの勢いで振り上げる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


俺の手は届く。そんな刀でスカルは……骸骨は倒せない。刀など受け止めればいいだけだ。

だからこの駄々も止まる。死なない程度にげんこつを打ち込んで、全部終わる……そう思っていた。


なのに…………。


「ぁ…………」


俺の右腕は、なぜか根元からはじけ飛んでいた。

ただの刀が……ドーパントの体を、俺の体を両断し、黒い腕を使い物にならないよう、潰して…………。


「あぁあああぁああぁあぁ!」

「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」


更に刃が返る。今度は視界が反転し、頭を地面に打ち付けて……気づく。

俺の左足が……太ももから、下が……ごろりと……転がっているんだ……“その上にはなにもない”から。


「――瞬(またたき)・二連」

「あ、あぁああぁあああぁあ……」


なんだ、これは。何をされた。ただの刀で……俺の……俺の、足が……!


「どいつもこいつも馬鹿なの?」


坊主は俺を見下し、刃を逆袈裟に振るい……。


「怪人の力を振るっておいて……腕や足が飛んだ程度で喚くなよ」

「ぼう、ず……!」


馬鹿な。

馬鹿な……。

馬鹿な……!


ドーパントの肉体を、ただの刀で、斬り裂いただと。

魔法なんていう変な力もない。それなのに、なぜこんなことができる。

あり得ない……そうか、これもアイツらの仕込みか。こんな子どもに、こんな真似ができるように……!


「よっと」


坊主はそのまま俺のドライバーに手をかけ、変身を解除。

俺の体は再び、生きた人間へと戻る…………その瞬間に訪れるのは、右腕と両足を失った痛み……そして大量の失血による熱。


「あ、があぁああぁあぁあ…………!」


呻く俺に……そののど元に、刃の切っ先が突き刺さる。それがひゅっと翻ったかと思うと……。


「――――――!?」


声が、出ない……俺の、声が……声帯だけを、斬り裂かれた……!?


「本当に恥ずかしい奴」

「――――!」

「僕さぁ、本気で理解できないんだよねぇ。
人を好き嫌いや正しさで差別し、叩く奴らはさぁ……どうして自分達が常に上位だと思っていられるんだろう。
それでぷつんとキレた相手から暴力を振るわれて、殺されるかもしれない……そういう怯えをどうして持てないんだろう」


その上で侮蔑をぶつける。俺を見下し、俺をどこまで下らない存在だと……その視線で訴える……。


「自分の感情や正しさ、それと同意見の奴らは、お前達を守ってくれるお母さんや警察じゃないんだよ……。だから心の底から軽蔑するよ、鳴海荘吉。
その一線を越えたことすら理解できない白痴ぶりに。
超えたゆえに反撃された途端、被害者ぶって陰口しか叩かない恥知らずぶりに。
相手が自分より弱く、反撃もされないと踏んだ上で、安全圏から暴力を振るうことしかできない愚図さ加減に」


俺は、自分にとって……どこまでも軽蔑するべき、ゴミのような存在なのだと――!

そうして俺の頭を踏みつける。コンクリと挟んで潰すように……そんな力を込めて……!


(やめ、ろ……)

「お前のせいでお父さん達も、苺花ちゃん達も……僕と一緒に攫われた人達も大迷惑を受けた。
それどころかみんな、お前に……お前達みたいなクズに認められなきゃ、やりたいことをやっちゃ駄目とまで言われた」

(俺は、お前のために)

「だから、死んで詫びろ」


そうして俺は顔面を蹴り飛ばされ、情けなく地面を転がる。

何もできない……立ち上がることもできず、ただ……流れる血の熱さに、死が近づいていることを……感じ取ることしか、できない……。


「さて……」


坊主は刀を収めて、スカルメモリとロスドライバーを取り上げ……誇らしげに、両手でそれを掲げる。


「――スカルメモリともう一つのロストドライバー、取ったどー!」

≪戦利品ですねぇ。しかもメモリも絶妙な手加減で無事……シュラウドさんもにっこりですよ≫

「みなさーん! これこそ鳴海荘吉が、非合法私刑に使っていた忌まわしきメモリ……スカル!
本来であれば副作用もありますけど、コイツは……コイツだけは! このミュージアムでも使っている、毒素が回らないドライバーを使い、変身していたんです!
それを警察にも隠し! 自分だけ街を守るヒーローとなるために! こっちの捜査すら妨害し、潰した! それが風都の名探偵:鳴海荘吉の正体なんですよ!
もちろんこの力を一人締めするために……相棒である松井誠一郎も殺した! メモリで街を守るヒーローは一人でいいと! ゴミみたいに!」


……周囲から、ざわざわとした声が響く。なんとか……左腕で……残った左腕で立ち上がると、辺りには……ギャラリーが……あちらこちらに……!


「そして今も逮捕したのに……手錠をかけたのに! 抵抗して、変身し! 僕を殺そうとした! メモリがあるから口封じもたやすいと!」

(違う……俺は、そんなことは)

「アルトアイゼン−!」

≪はい、音声スタートです≫

『――いいか、忍者や警察の出番はない。奴らのことは俺一人で十分だ』

『それは無理ですよ。その風都の警察もドーパント事件に頭を痛めて、近々特別捜査チームを結成予定ですから。我々PSAにも協力要請は届いていました』


それは……東京での一幕。確かに俺が、権力の犬に成り下がるのはごめんだと、手を払った出来事。


(やめろ……)

『余計なことをするな』

『なんの責任も取れず、金も出さない私立探偵の戯言を、公僕が……組織が聞く必要などないでしょう。
……どうでしょう、鳴海さん。ここはお互い目的も同じですし、上手く協力し合いませんか?
あなたが持っている情報、装備……そしてあなた自身という戦力をこちらと上手く組み合わせれば、風都の状況も改善に向かうと思うのですが』

『断る。いいか、俺の言うことを聞け。そして従え。
無駄な死人を増やしたくないのならな……』

「こうしてお前は……僕達を脅してくれたよね! 従わないならメモリの力で殺すと!」

(違う!)

「そして今も……変身もしていない子どもである僕を! メモリの力で襲った!」


なんで、そうなる。やめろ……俺は、俺はただ……そうだ、それを伝えれば!


「メモリを使って一人だけヒーローになったのも!
そのために警察の捜査を邪魔したのも!
――――全部お前だ! 鳴海荘吉ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

(違う!)

「その罪は警察には裁けなかった! 警察もお前には力では逆らえないから! ミュージアムだって同じだ!
だからお前達は悪だ! 悪とは、自分のために弱い誰かを利用することだ! 現にお前は街の名探偵であるために、僕を潰そうとした!」

(違う……)

「でもこれから違う――」

(やめろ……)


駄目だ、止めなくては。


(やめろ、坊主!)


もう確定だ。メモリの力に取り込まれている。そうでなければ……説明がつかない……!

だから飛びかかる……這いずり、それでもと……左手を伸ばす……!


「ザラキエル」


そこで、俺の体を蒼いツタが絡んで止めてきた。

俺の体がそれに戒められ……坊主の背後から生えたそれが、それ以上進むことを許さない。抱きしめ、男の思いを伝えることすら阻む。


(ぼう)


その瞬間、俺の体がそのツタに遠慮なく放り投げられる。血を流し、宙を舞って……なにかのゴミが如く扱われて、落ちていき……。


(ず……!?)

「ザラキエル、モードチェンジ……スタンドモード」


すると、どういうことだろうか。

あのツタが絡んで、人型になる。

棘を伴うツタは、それが絡みついて生まれた相貌を蒼く輝かせて……これは、まさか。


「この角度がいい」

(やめろ……使うなと、言っ)


だがその言葉も……想いすらも、あの妙な怪物の拳で……ツタの集合体という歪なこぶしによって潰される。


「お前を潰す……そのための拳をたたき込める角度」

「げおべあぁあ…………!?」


その瞬間に走る電流……顎と頬骨が一瞬で折れたのを感じる。いや、残っていた眼球もその一撃で破裂した。

俺の体は吹き飛ぶが……だがすぐに、短い距離を引き寄せられて……!


『――――――無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄――――』


終わらない。終わらない。終わらない。

全身が……俺の全身が……。


『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!』


肩が、胸が、腹が……拳の形に陥没していく。その全てが俺の急所を……拳だけで、殺すように…………。


『WRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


だが吹き飛ぶことすら許されない。その前に拳が……俺を、捉えて…………。


『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄――――無駄ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁ!』


そして……最後の一撃で……脳髄が潰れるような感触を……衝撃を覚えながら、ようやく俺は解放される。

風都の風が……空が“眼ではないなにか”で見えて、急降下。そのまま頭から……コンクリの地面に叩きつけられた。


「裁くのは――」

「が…………!?」

「僕のスタンドだ!」

≪いや、スタンドじゃないでしょ。これは≫


痛みはなかった。ないと思えるほどに軽かった。だが起き上がることもできず、悲鳴を上げることもできず……俺はただ、空を見上げることしかできなかった。


「――鳴海荘吉、お前を改めて……公務執行妨害、騒乱罪、殺人未遂、脅迫……諸々の容疑で逮捕する」

(なぜ……だ…………)

「感謝するんだね。ザラキエルの能力で、傷だけは塞いでやった。それで死ぬこともない」


……とても簡単なことなんだ。


「お前は、ちゃんと牢屋で罪を償える」

(なぜ……わからな……い…………)

「死んで詫びることすらできないクズなのがお前だけど、それを見殺しにしたら同類だもの。だから助けてあげたの」


障害なんてものじゃない……そんな言い訳に甘えるな。そう殴ってでも言い聞かせる。男同士、拳で伝えられるものもある。

そして後の始末は俺が必ず付けるし、全て背負う。今まで通りに……変わらずに、この街を守る。それだけでよかった。


なのに……それすらできない。その覚悟すら、誠意すら伝わらない。


(俺は、お前のために……一人の男として、拳を通して……正そうとした……だけなんだ……)


あんな六才の子どもに、俺は、力でもたやすく制圧され、ゴミのように扱われる。


(俺は、間違っていない……)


嘘じゃない……嘘じゃ……ないんだ。


(間違ったことなど、言って……いないんだ……!)


俺には分かる。親父さん達が……彼女の父親が与えていたものは、暴力じゃない。愛情だ。俺もそうだった。

だが坊主には伝わらない。力でねじ伏せられる。亜樹子を殺されなければ対等ではないと、話すことすら命を賭けろと突きつけられる。

こんな変な力も、翼も開くなと……普通になる言い訳を……みんなと同じようにやる言い訳をするなと、そう叱りつけただけで、殺される。


(俺の、覚悟は、本物だったんだ)


男と男の約束だ。守るつもりだった。嘘じゃない……ただ一度、俺の行動を見てもらうだけでよかった。

お前に信じてもらえるように……男として、時代遅れな伝え方だろうが……それでも嘘じゃない。


(お前のたまごは、そう言う可能性なのだと……叱った、だけだ……。
一人の男として、お前と向き合い……男の拳で、その気持ちを……伝えた……伝えたんだぞ……)


それが俺の誠意。男は殴られれば殴られた分だけ強くなる。そういうものだ。俺もそうやって育った。翔太郎だってそうやって育った。

なのに、なのに……なのに…………。


「いづみさん、あとは任せます。もうコイツに用はない」

「……分かった」

(それが…………一欠片も、伝わらなかっただと……!)

「――みなさん、お騒がせしました! 私はPSA所属、第一種忍者の御剣いづみです! 鳴海荘吉の犯行は彼が申し上げた通りr……そしてみなさんが見た通りです!
申し訳ありませんが、今少しばかり距離を取ってください! 彼はガイアメモリを利用し、こんな子どもを殺そうとした凶悪犯……快楽殺人鬼です!」

『――――!』


どうして……どうして俺には……こんな子どもを、止める力が……俺は、十年……戦ってきたんだ。

それが、全て無意味だったというのか…………。


もしそうなら、俺は……俺は、一体…………!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


というわけで、おじさんは派手に潰したので……後始末はいづみさんに任せ、その味でメリッサさんの所属事務所へ。なおPSAの職員さんにもついてもらった上で……姿は見えないけどね。

ここからが一気に流れが動く。宣戦布告もさせてもらったから、そりゃあ派手にドンパチでしょ。

となれば……苺花ちゃんの行動とその方向性も鑑みて、一つ実験したいことがあって。メリッサさんの所属事務所は、その実験台としてうってつけだった。


ここからおじさんはもっともっと楽しんでくれる……。


「……♪」


そう思って少しクスリと笑いながら、その事務所のドアを派手に開けて……。


「こんにちは」

「あ、はい……どちらさまですか」

「おじょうさん、うちの事務所になにかご用かな」

「ちょっとお願いがあって」


人を女の子に間違えてくれたことには、笑顔で返し……ある呪文を唱える。


「……テラー」


事務所の中にいた人達……例のメリッサさん達と親しかった人達を、一瞬でテラークラウドに飲み込む。

僕から生まれた恐怖の沼は、みんなの足をしっかりと取ってくれて。


≪……実験は成功ですか。まぁ悪趣味ですけど≫

「死なない程度にやるから許してよ」

「あ……がぁああぁあぁああぁあぁあ!」

「なん、で……これ、はあぁあぁああぁあ……!」

「――僕はPSAの蒼凪恭文。HGS患者の能力……超能力でお前らを掌握している」


大嘘だけどね。僕が今発動しているのは、紛れもなくテラー……恐怖の魔法だ。

……やっぱりウィザードのハイドープであり、過剰適合者でもある僕は、変身しなくても魔法が使えるみたい。ここも確かめたかった。

なお、恐怖の魔法が使えるのは実に当然だ。それは生き物が持っている根源的な記憶だもの。


「いきなり驚かせて悪かったね。とはいえ、僕はお前達を殺すつもりはない」


ただ、それで鳴海荘吉やミュージアムに利用された人達を痛めつけても嫌なので……。


「今からPSAの人間がお前達を一人残らず保護する。その指示に従って、知っていることを全て話せ」

「なぜ……これは……かあぁああ……」

「お前らが、鳴海荘吉っていう犯罪者に荷担したからじゃない?」

『…………………………!』


うん、みんなよく分かってくれているね。荷担した覚えはあると、ガタガタ震えて……これで一安心だ。


(……さて鳴海荘吉、お前については徹底的に地獄を見てもらう)


僕の予測が正しいのなら、今回のこと、風都署が適当に不起訴扱いとする。でもそれこそが地獄への入り口だ。


(そんなに街のために我慢がしたいなら、させてあげるよ)


犯罪者として、街の人達が望む形で、その我慢を強いられる……僕はそんな生き方ごめんだと、テラーを解除しながら思う。

――こうして実験は大成功。メリッサさんの事務所にいる人達は悉く……メモリを持っていたミュージアムの内通者も含め、全てが確保。風都からその姿を消すこととなった。


(その8へ続く)







あとがき


恭文「というわけで、追加の話……いろいろミュージアムの動きを追加した結果、鳴海荘吉大ピンチ。でも慰謝料で全部ちゃらだ! やったね!」

ともみ「ご主人様は馬鹿なの!? こうなる前に……助けようがなかったけど! 変身シーンだけでもアウトだし!」


(じつは蒼い古き鉄がここまでしなくても、破滅コースの舗装はされていた罠)


ともみ「というか公開処刑する必要があったの?」

恭文「公開処刑されるもの。ミュージアムによって、もうすぐ」

ともみ「……だからあのラストか……!」

恭文「まぁそれはそれとして……あむ、今日は星梨花と(三条)ともみの誕生日だよ! ともみ、星梨花、改めておめでとう!」

ともみ「ん……ありがと。……ことしも三人一緒の誕生日……すっごく嬉しいよ」

星梨花「恭文さん、わたしも……恭文さんと、ともみさんの三人でいられるの、やっぱり幸せです。
……わたし、まだまだともみさんみたいな大人っぽい感じじゃないけど……これからもチャーハン七杯食べて、頑張ります!」

恭文・ともみ「「それは違う!」」


(中の人は台湾ライブで、七杯食べたそうです)


ともみ「まぁ、いつも通りに……三人でいっぱいコミュニケーションもしたいけど……その前に……星梨花ちゃん」

星梨花「はい! 恭文さん、私達もマスターデュエル……始めたんですけど、どのデッキがいいかなって迷っていて……」

ともみ「いろいろ悩んじゃうよね。とにかく種類が多いし」

恭文「現代遊戯王が普通に遊べる環境だしなぁ。……なにか気になるカードとかはある? そういうのがあると、こちらもアドバイスしやすい」

星梨花「うーん、可愛いカードがいいなぁって……でも女の子カードじゃなくて、可愛い動物さんとか」

ともみ「私も。猫とかワンちゃんとかいたら楽しいかなって。でもそう言うカード中心で、対戦とか勝てるかなって」

恭文「可愛いカードで、獣中心………………ある」

星梨花・ともみ「「えぇ!?」」

恭文「とにかく種類が多い関係で、いろんなものが作られているから。
えっとね、【メルフィー】ってカテゴリーがあるんだ。こういうのなんだけど」

星梨花「…………あ、これは可愛いです♪」

ともみ「う、うん。こう、想定した以上にどんぴしゃ……でもこれ、どういうカードなの?」

恭文「獣族・レベル2中心のモンスター達でね? ターンエンド時に召喚できたり、か相手がなにかしたときに、召喚されたカードが手札に戻る効果を持っているの。
その手札に戻るとき、またいろんな効果が発揮されるの。それで相手のモンスターを破壊したり、行動を妨害したりしつつ、殴って倒そうってデッキなんだ。結構ガチめな構築もできるし、お勧め」

ともみ「なら……星梨花ちゃん」

星梨花「私達、このデッキにします! えっと、シークレットパックっていうのを、買って……」

恭文「SR以上を生成してだね。検索から慎重に確認だ」


(こうして最近のとまと世界は、マスターデュエルが席巻しています。
本日のED:スキマスイッチ『ゴールデンタイムラバー』)


ともみ「じゃあご主人様。その……今日も、いっぱい……ご奉仕する……にゃん……♪」(白猫デンジャラスビースト着用)

星梨花「い、いたずらする……にゃん。それが嫌なら……いたずらしてほしい……にゃん……♪」(同じく)

恭文「ともみー!?」

ともみ「……いいの。だって、私にとってご主人様は……ただ一人のご主人様だから。だから、すっごく恥ずかしいことも……頑張れちゃうの」

星梨花「わ、わたしです。恭文さん……いっぱい、ぎゅって……暖かくして……ほしいです」

恭文「……じゃあ、ちょっとずつで……うん、寒くないように……痛いのとかも我慢しないで」

星梨花「はい。あ、でも痛いのはきっと、大丈夫です。……もう、わたし……恭文さんでいっぱいですから♪」

ともみ「私も……ご主人様、お慕いしています」(ぎゅー)


(おしまい)






[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!