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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年6月・雛見沢その2 『逃れられないD/“古手梨花”が恐れたものはなにか』


誰だって幸せに過ごす権利がある。
   難しいのはその享受。

誰だって幸せに過ごす権利がある。
   難しいのはその履行。

私にだって幸せに過ごす権利がある。
   難しいのはその妥協。

           Frederica Berunkastel



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あたたかい……。

なぜだろう。見つめているだけでこんなにも胸の奥から、ぽかぽかと優しい温もりを感じる。


あたたかい……。

どうしてだろう。手を伸ばしても触れることができないのに、側にいるだけで不思議と心が安らいだ。


その子の側でふわふわと浮かぶ、私の体と心。

なにも知らない、なにも分からない……真っ白でまっさらな意識と記憶の中、その子は覚えたての言葉を口にする。

だけどそれは、口元のつたなさゆえに本来の意味とはあまりにもかけ離れた音声となって、私の元には伝わらない。慌ててやり直してみても、やっぱり同じ。


だから彼女は、軽い失望を顔に浮かべて、口をつぐんだ。それを見て私は、そっと近づいて、その子の口元に耳をそばだてる。

……何を伝えたいのか、よく聞こえない。いや、ひょっとしたら意味なんて、その声にはないのかもしれないけれど。

それでも、その声を聞くと私の胸は高鳴って、ぽかぽかと全身に中から染み渡っていくような……懐かしさを感じずにはいられなかった。


そう、きっとそれは、遠い昔に私が置いてきた、とても大切で、とても大好きだったもの。

そして、その証拠に私は知らないうちに両手を伸ばし、声が聞こえる先に向かって、胸一杯の大声で呼びかけていた。


手放したくない。

ずっと一緒にいたい。

どうかその願いが、あなたのいる場所へ届きますように。


でも……。

その思いが、その子の長く、そして重く辛い旅の始まりになってしまうなんて、誰が予想できただろう。


そう、たとえ神でさえも……でも、私は――。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「…………ん…………」


目を覚ますと、そこは布団の中。

暖かな日差しの気配が、窓の向こうでぼんやりと揺らいでいた。


「ふぁぁぁ…………ふぅ…………」


もう、朝……窓の向こうで鳥達のさえずりも聞こえてくる。

それに混じってシャワシャワと響く蝉の声が、まるでしぐれのようだった。


「……?」


掛け布団がやけに重たい。随分と大きな布団だけど……こんなの、持っていたかな。

いや、違う。それよりも……天井が高い。それに雨漏りの染みもなく、木目がはっきりと波紋を描いている。

知らない部屋……じゃない。この天井は確かに、記憶の片隅にある。ただ随分前だから忘れていた。というより、探し出すのに時間がかかっただけ。


そういえば、あの模様が気持ち悪いと思っていたのは……いつの頃だったかな。

やがて意識が定まってくるに連れて、どこからともなく桃香の匂いがする。これもどこか懐かしかった。


「ふぁぁあ……」


まだ夢見心地気分のまま、私は布団から起き上がる。すると、目の前にばさりと白いタオルが落ちて、途端に額がほてったように熱くなった。

重ったるい鈍痛。首筋から後頭部に、しびれるようなだるさが伝わってくる。掛け布団の上にしなだれた、タオルを手に取る。

……冷たい。それを感じて初めて、自分がここで寝込んでいたのだと分かった。


「そうだ、ここは……」


私の、家だ。

沙都子と一緒に暮らすようになってから、久しく戻らなかった古手の家。そしてここは私の部屋だった場所。

なんとなくだけど……私には分かる。きっとコレは、夢の世界なのだろう。時間の歯車を、戻しているときの――。


「……懐かしいな」


まずらしく、感傷的な気分に囚われる。随分と長い間過ごしてきて、たくさんの夢を見てきた。でも……自分の部屋にいたことを思い出すのは、いったいいつ以来だろうか。

あの机も。あの時計も。年少組で一生懸命書いた、一番下手な母親の似顔絵も。当たり前に見てきたときはなんとも思わなかったけれど、みんな……とても懐かしい。

そしてじんわりと胸の内からわき出してくる不思議な感触は、決して不愉快なものではなかった。


「――あ」


ふと、視界の端に抜け出たものを捉えて、私は布団から飛び起きる。

立ち上がるとちょっとめまいはしたけど……少しおぼつかない足取りで歩み寄り、『それ』を拾い上げた。


「久しぶり……元気だった?」


それを拾い上げてから、鼻先にちゅっとキスをする。

……なんのことはない。ただの、熊のぬいぐるみだ。でもこれは母が私にくれた大切なものだ。母が行方不明になったとき、なぜか見当たらなくなって……。

祭りの屋台で、射的の商品として飾られているのを見たときは、一瞬戻ってきたのかと錯覚してしまったほどだった。……そんなこと、あるはずもないんだけど。


「……そうだ」


ハッと気がついて、私は障子越しに聞こえてくる、台所の物音に耳を傾けた。

とんとんと包丁で小気味よくなにかを切る音。

その傍らでは……私のために雑炊でも作っているのだろうか。鍋らしきものがぐつぐつとに足っている音がかすかに聞こえた。


そして、うっすらと逆光になっている障子越しに見える姿……。


「おかあ……さん」


影だけでも、見間違えるものか。


「……!」


胸が締め付けられるように、せつない。

懐かしさと、そして熱くたぎった思いが止めどなくあふれて、喉の奥が震えた。

忘れようとしていた。思い出すのも辛かった。悲しくて、腹立たしくて、そして……大好きだった人。


それが、この障子の向こうに、いる。


「……ぁ…………」


この障子を開けたい。開けて、飛び出して……その背中に抱きつきたい。

そして、ちょっと驚いて……それからたしなめるように、とがめるように……でも優しい微笑みで振り返る、その顔をすぐ側で、見たい。

……でも、それはできない。障子を開ければきっと、この夢は覚めてしまうだろう。


いや、そうじゃない。

もしかしたら母は私に……もう、笑ってくれないかもしれない。

そんな不安と恐怖が、私の足をそれ以上……先に進むことを拒んでしまっていた。


『オヤシロ様の生まれ変わり』――そう村人達の間でもてはやされ、村の年長者達に恐れ敬われていくうち、母との距離はどんどん大きくなってしまった。


「……」


ただ、認めてもらいたかった。

誰よりも、母に、分かってもらいたかったのに。

私の側にいる、『羽入』という友達のことを――。


料理が誰よりも上手なのも。

次に起こることを当ててしまえるのも。

別に……自分が偉いとか、特別だということをひけらかしたい思いは、なかった。


それを教えてくれたのは、私の友達。

誰にも、母にも教わっていないことができるのは、その子が本当に、私の側にいるから。

だから……私の言っていることを信じてもらいたくて、事あるごとに自慢してみせたのに……母はそれを喜ばなかった。むしろ気味悪がって、私を疑うようになってしまった。


「…………」


最初は悲しかった。だから一生懸命、分かってもらおうとした。

でも駄目だと分かってからは、腹が立った。


どうして。

どうして。

親なのに。

誰も分かってくれなくても、ただ一人でも分かってくれなくてはいけない人だと思っていたのに。

たとえどんなに信じられない話でも、それが嘘じゃないことをちゃんと理解して、私を安心させてくれる存在でなければいけなかったのに。


……なのに……あの人は……。


「……馬鹿ね。そうじゃないのに」


そんな、『過去』の自分を振り返って、おかしいくらいに悲しくなった。

そう、母のせいだけじゃない。言い方こそきつく、思い込みが激しいだけに独りよがりな一面はあったにせよ、母は母なりに、私のことを心配して、そして一生懸命だった。

そもそも口にしなければ、済む話だった。当たり前のように受け入れて、年相応の反応で喜んで、駄々をこねていれば……母もきっと、最初のときみたいに優しく私を、可愛がってくれただろう。


羽入のことも、ゆっくり長い時間をかけて説明すれば……母なら、いつかは分かってくれたはずだと……今なら、信じられる。

なのに、それをしなかったのは、自分。勝手に諦めてしまったのは、他ならない私。

変にすねて、冷めて、その反面で見下したように自分をひけらかして。――それが、相手に対してどんな感情を抱かせるのか……気づいたときには、もう手遅れだった。


もう羽入の力を持ってしても、それをやり直せる時間に戻ることは……できない。

寂しい。それが今はただ……寂しい。


「……!」


でも……。


「……さん…………」


それでも……!


「おかあ、さん……!」


ただ一言、謝るだけでもいい。どうしても、どうしても伝えたかった。


雨が降って喜んで、ごめんなさい。

お弁当を喜ばなくて、ごめんなさい。

あなたの大好きに応えられなくて、ごめんなさい。


それから……それ、から……!


「お母さんのこと……くて……ご……なさ…………!」


そう思って、私はその障子を――開けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「…………」


目を覚ます。

かすかに聞こえるのは、鈴虫の鳴き声。


「……」


ここはもはや、住み慣れた……公由の離れだった。


「んむぅ……にゃああ」


すぐ側に並んで敷かれた布団には、安らかな寝息を立てる沙都子の横顔。

窓からはぽっかり浮かんだ月が明かりとなって。暗い部屋の姿を薄く、ぼんやりと照らし出している。


「ん……そう、いえば……」


寝ぼけた意識とノイズだらけの記憶をたたき起こして、私は……今自分が、時間を戻して再び『あのとき』に帰ってきたことを思い出した。


そう……雛見沢に襲い来る惨劇。

そこに至るまで、仲間達と過ごしてきた楽しく、穏やかで……とても満ち足りていた、何気ない日々の繰り返し。


ただ一つ、違っていたのは……。


「――鷹野、三四」


今度だけは、はっきりと覚えていた。

古手梨花の腹を割いて、殺した張本人。そしてそれに協力していた『山狗』達。

『オヤシロ様の祟り』を利用して、仲間達の思いを、頑張りを踏みにじって……この閉じられた小さな空間で、不愉快な計画を遂げようとしている……私達の、敵。


一時は頼りになる味方だと思っていた。沙都子や古手梨花のことを気にかけてくれる……優しい人だと思っていた。

でも――。


「……!」


でも、それはもう忘れる。

よく分かった。

何度足掻いても開けられない錠前。この雛見沢において、惨劇が起こってしまう三つのルール≪X・Y・Z≫。


このうちXとZは、仲間達の強力で打ち破れた。でも……そう、あと一歩だった。あと一歩のところまでようやくこぎ着けた。

あの女こそが最後の錠前。あの女がいる限り、私は……そして私達は幸せになれない。まさしく災厄の疫病神≪ジョーカー≫。

……それを廃して、今度こそ止めてみせる。この……惨劇の繰り返しを――!


「ふぅ……」


……頭がようやく冷える。

こんなふうに、感情的な気分になったのは、本当に久しぶりだ。

やはりあのとき……圭一達の……『アレ』を見てしまったからだろうか。


「――そうだ」


布団から上体を起こす。そしていつもそばにいる、自分のともがらに声をかけた。


「…………羽入、今はいつなのです? 昭和何年の、何月何日なのですか」


毎回私が最初にぶつける問いかけ。

私の身に訪れる、今までずっと避けることができなかった“運命の日”までの残り時間。

その期間は徐々に短くなって……今や準備にそれほど時間もかけられない。でも……今度は少しだけ違うんだ。


私は誰が味方で、誰が敵なのかを知っている。これだけは、今までの世界には決してなかった、大事な大事なファクターだった。

戦う方法はまだ知らない。勝てるか……この運命の呪縛から抜け出すことができるかどうか……まだ分からない。


「……それでも」


ほんの僅かだけど、光明が見えた気がする。

それは、長い長い真っ暗なトンネルの向こうに見えた、周囲の闇に覆われてしまいそうなくらいに小さい……けれど、とても強い光。

だから、まだ戦える。立ち上がった足を前に踏み出し、振り上げた拳に再び、力を込めることができる。


そのために、私に残された時間はあとどれくらいなのだろうか。


「…………羽入?」


幾ばくかの静寂を置いて、ようやく気づく。

おかしい。声が、しない。聞こえない。いや、それよりも気配がしない。

いつもなら、やかましいくらいに話しかけてきては、ときどき私を不快にさせるくらいだと……そう、不快にさせる……この私を……古手梨花を……。


「羽入? どうしたのですか、羽入……」


………………………………………………………………………………変だ。


「羽入?」


布団から抜け出し、沙都子を起こさないよう周囲を見渡す。


「羽入……!?」


羽入が……いない……。


「羽入…………」


こんなこと、初めてだ。あり得ない。というか、羽入がいないということは……つまり……。


「………………」


自然と……。

頼れるものがいないという意識がそうさせたのだろうか。壁に掛けてあった、日めくりカレンダーに目が行く。

それだけのこと。それを聞きたかっただけのこと。それを見て、安心して一眠りしたら、また羽入は……どこか散歩にでも行っていたあの馬鹿は、明るく戻ってくるのだろう。


そんな期待感もあった。現実逃避と罵られてもいい。そういう感情に今は流されていた。

そう、だから……だからこそ…………そこに書かれた“あり得ない日付”に慟哭する。


――2019年5月5日――

「……………………!?」


なに、これ。

二〇一九……年号が、令和!?

私がいたのは、殺されるのは昭和五十八年で……そこだけは全く変わらなくて!


じゃあここはどこなの!? この場所は! この沙都子は! 圭一は、レナは、魅音と詩音は……。


「…………」


ただ一つ、確かなことがある。

羽入がいない今、もう私には……“やり直すこと”なんてできない。

つまりここが……この、あり得ない時間の中に存在している私こそが、正真正銘最後の駒。


その上で私は……私よりずっと強大な、神に等しい敵と戦わなくてはいけない。

それはまぎれもない、絶望だった。





魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 奉祀(たてまつ)り編

西暦2019年6月・雛見沢その2 『逃れられないD/“古手梨花”が恐れたものはなにか』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――核爆破未遂事件から……雨宮さんの衣装・グッズ担当だった伊佐山奈津子さんの事件から二年。年号は平成から令和に変わっていた。と言うか変わった直後。


次世代兵器研究会がばら撒いたメモリの事件を追いつつ、僕とふーちゃんも高校二年生となっていた。

舞宙さんももうすぐCCS≪クリステラ・ソング・スクール≫の留学から……卒業という形で戻ってくる。

雨宮さんや麻倉さん、田所先輩達もどんどん活躍の場を広げていた。ライブとかも行けるようなら毎回行っているけど、みんなすごいんだー。


どんどんパフォーマンスが凄くなっていくし……そういうのを見ていると、あのとき頑張ってよかったなって思う。


「というか、僕から積極的に連絡を取らないようにしているだけで……事務所さんや“ビリグロ“運営経由では会っているんですけど……っと」

「……ライブのガードでどうこうってのは聞いていたが、ゲーム絡みでもなのか?」

「ほら、劇中劇をやるでしょ? 青春ものからヒーローものまでいろいろと……果ては≪コロリウタ≫みたいなスプラッタホラーまで。ホラーとか心霊関係の話をやるときは注意しようって、声をかけてくれるんですよ」

「あぁ、それで……お前、元からそういうものが見える上、共感覚もあるしな」

≪実際それでやばい取り憑かれ方をしたスタッフもいたので、助けたら……そっちの信頼も分厚くなったんですよ。雨宮さん、虫だけじゃなくてホラーも駄目だからって、スタッフさんからも頼られちゃって≫

「え、ホラーが駄目なのにコロリウタやっていたの? あれ殺人鬼役だったよな」

≪だから頑張っていたんですよ≫

「だが俺達はそこんとこ……って、そりゃ話せないか。世に出る前だとね」


あ、そうそう……ビリオンブレイクね、元々やっていたソーシャルゲーム版から、3Dモデル中心のリズムゲーな新アプリに移行したんだ。


「でも、いいのかな。だって僕……幽霊に間違われて……ご迷惑を……!」

「蒼凪、落ち着け! それは問題ないって話をされただろ!」

「そうそう! というかほら、それで実際に役立っているんだから! そこは大丈夫だって!」

「お兄様、本当に……」


――その名も≪アイドルグランドライバー・ビリオンブレイク グローリーデイズ≫。

元祖のソシャゲ版から改めて仕切り直しって感じだから、世界観やキャラの設定なんかも見直しが入ってさ。ご新規様で持って仕上がりになっている。


そこでグローリーデイズ……通称“ビリグロ”から、新規キャラ二人が……新しいキャストさんが入ったんだ。

椿盾美織役の香里さんと、黒岩理衣役の南さん。去年、ビリオンブレイクの四周年ライブからステージにも立つようになった。

なお新キャラ紹介も込みのビリグロ新情報発表初配信では、とても初々しい姿だったんだけど、蓋を開けると……いや、ここまでにしておこう。これ以上話すとメチャクチャ長くなる。


ただ一つ言いたいとしたら、南さんは……オパーイの魂を理解できる人だった。勝手に魂の友と呼ばせてもらいたい程度には。それでいちごさんが頭を抱えたけど、僕達は気にしない。

でも変化はそれだけじゃない。ダイバー・エージェンシーの事件で知り合った真治哉かざねも、新人人気声優として確固たる地位を築き始めていた。

あのとき一緒のクラスだった藤沢さん達も……まぁみんながみんな声優や演技のお仕事に就けたわけじゃないけど、それでも仲良しなのは変わらず。


かく言う僕も、Vチューバー≪ジンウェン≫としてのんびり活躍中。

お陰様で登録者数も増えて、同じ配信者さんとのコラボにもお呼ばれするようになり……うたうことが、ガンプラが大好きな自分も大事にできていた。


そんな感じで、みんないろいろありながらも進んできた二年――なんだけど、実はここ三か月で次世代兵器研究会の周りが騒がしくなってきた。

……以前赤坂さんとお話しした、次世代兵器研究会設立メンバーの一人であり、ローウェル事件関与も疑われた小泉氏が逝去したことが原因だった。

元々時勢を鑑みての世代交代が進んでいた組織内で、ここまでの事件と脅威を見せるようになったのは、組織の後継者を決めるための勢力争いがいよいよ本格化したため。


次世代兵器研究会――『東京』、財団Xとも呼ばれているこの組織は今、新たな変革期を迎えつつある。それも守るべき市民の平和や安全……この街とそこにある可能性を泣かせることすら当然にしながらだ。

だから、そんなものは僕が……僕達が止める。街と可能性は泣かせない。それが僕達≪ダブル≫の使命だからだ。


ただ、奴らのために走り回っているのは、当然僕達だけじゃなくて……。


「――っと」


爆発物などはない。それでも厳重に施錠されているので、それも解錠魔法で合法的に素早く開く。

そうして……警戒を最大限に高めながら、ボックスを開くと……?


「……ん?」

「なんだこりゃ」


ショウタロスが首を傾げるのも当然だった。

ガイアメモリよりもずっと厳重に入っていたのは、白いカプセル錠剤が詰まった薬入れ。それに書類の束で。

書類の方を取り、パラパラとめくる……これ、組成式? この薬のものってことかな。


「アルト」

≪この組成式、精神薬のものですか? いや、だとしてもこの内容は……≫

「ちょっと待て。精神薬だと」

「まさか、おい……こいつは!」


ショウタロスが叫びたくなるのも無理はなかった。


「奈津子が飲まされた薬かよ!」


そう……雨宮さんの衣装・グッズ担当だった伊佐山さんは、ガイアメモリによる犯罪を起こした。それにより無期懲役が確定している。

ただ、それは温情でもあった。そもそも裁判自体が非公開だったし、何より……伊佐山さん自身、次世代兵器研究会に利用された立場だったから。

本来なら死刑が妥当な事件だった。でもガイアメモリと一緒に、精神に異常をもたらす薬が渡された痕跡もあって……。


だから、その薬が……その事実が証明できれば、伊佐山さんは奴らの被害者ということで、もう一度裁判を受けることもできる。そう言う状況が今だった。

だけどこのタイミングで……いや、まだだ。まだ断定するのは早い。


「ショウタロス、まだ早いよ。まずこの薬の出元から洗わないと」

「あ、あぁ……そうだな」

「ですが関連性を疑うのも仕方ないかと。現にエージェントの一人は、ガイアメモリごと“これ”を燃やそうとしましたし」

「うん……」

「おいおいおいおい……なんだこりゃ!」

「あいつら、薬の売買もおおっぴらに始めたのか」


どうやら別の車にも似たようなものが載っていたらしい。僕達が開いたボックスを持って、鷹山さん達のところに。

こっちはカプセルじゃなくて、なんらかの液体薬が入ったアンプルだった。鷹山さん達も僕が持ってきたボックスを見て、訝しげにする。


「やっちゃんも同じか」

「えぇ。しかもこっちは精神薬です」

「雨宮も喜びそうなお宝だがな……。伊佐山の無期懲役決定には、少なからず傷ついていたようだし」

「えぇ」

「だからお前も連絡が取りにくかったわけだしな」

「……そう言うのはありませんよ」


うん、ないよ。そんな……薬の罪すら伊佐山さん自身のせいにされているかもしれないのに、何もできなかったからってさ。

あいにく僕はそこまで優しくないと、つい顔を……背けることもできない。一旦ボックスを足元に置いて、鷹山さんから出された資料を確認。


「そのアンプルの組成式だ。何か分かるか」

「……精神薬ってところくらいですね。
ただ、通常の薬ならいらない要素がちらほらあるなと」

≪これもドクトルに見てもらいましょう。と言うか、それよりは薬の出どころですよ≫

「だね。えっと……」


まぁ、さすがに暗号なりで隠しているだろうし、初見じゃあ……そう思っていたら、全然違っていた。

奴らはアホなのだろうか。書類の最後には発行した病院の名前が……責任者のハンコ付きで載っていて。

そう、書類に載っていたのは、病院の名前。ただ普通の病院じゃあない。


「……入江機関(入江診療所)? 機関長(院長)入江京介二佐……」


かっこ書きに診療所って名称が載っていて、その上にだから……こっちが本当の名前?

しかも機関長の入江某は二佐……自衛隊の人間ってことかな。それが、診療所の医院長を語って、そこでなにかしていると。

いや、そういう流れならまだ分かる。伊佐山さんが飲まされた薬も、そこから流されたとかなら……。


「おいおいおいおい……!」


大下さんもさすがに呆れたと言わんばかりに、僕の脇から書類を覗き込んでくる。


「自衛隊まで絡んでいるのかよ」

「不思議はないな。なにせ『東京』の設立意図がアレだ」

≪柘植が参加していた“グループ”と同じですね。……なるほど。今更ですけど納得ですよ。水橋がロボコップになった理由≫

「自衛隊とも繋がりがあるならな」

「でもさ、この診療所がカバーネームだとすると……なんで奴らはそんなものを?
しかもそこから出た薬を、ガイアメモリで武装したエージェントに守らせていたってのは」

「そこも所在地次第ですね。……えっと」


そこもきっちり書類に書いてあるよ。えっと……。


――XX県鹿骨市・雛見沢地区――

「……雛見沢!?」

≪……こちらでも検索にヒットしました。確かに雛見沢地区……雛見沢村と呼ばれていた場所に、同名の診療所があります。
ただ、人口二千人に満たない寒村に住む村民向けのもので、こんな精神薬を作るような設備と規模は公表していません≫

「大体そんな村に機関とやらを作り、二佐クラスの人間が村医療に……って、蒼凪。お前この村を知っているのか」

「だね。なんか驚いていたし」

「あの、舞宙さんと再会する前後に、犬飼建設大臣の孫が誘拐されたんです。公表はされていないんですけど」


思い出すのは、あの夏の日。舞宙さんのデビューシングルを受け取って、ふーちゃんと、フィアッセさんと一緒に胸がほくほくしていた帰り道……そうだ、そこで新しい依頼を受けたんだ。


「それ自体は当時の公安が解決して、大臣の孫も保護できました。……この雛見沢で」

≪まぁまぁ概要だけしか聞いていませんでしたけど、きな臭い事件でしたよ。
なにせその孫を保護した直後に、雛見沢で騒がれていたダム建設計画が無期限凍結したんですから≫

「孫を返す代わりに、ダム建設を止めたってこと? じゃあやっちゃん、犯人一味は」

「乱闘の末逃亡……捕まっていなかったはずです。
……元々タツヤとトオルの護衛依頼を受けたのも、その事件が原因なんです。
トオルの家業≪サツキカンパニー≫の周りも不安定で、同じことが起きるかもって、劉さん達が判断して」

「そうしたら舞宙ちゃんとも再会するし、いちごちゃんや才華ちゃんとも仲良くなるわで大騒ぎだったと。
でもさ……その村に当時からこんな“機関”があったなら、その事件も話が変わっちゃうんじゃない?」

「……えぇ」


あの当時はこう絡むとは思っていなかったよ。でも……雛見沢か。


「大下さん、鷹山さん、アイツらも含めた後始末、任せちゃっていいですか」

「行くつもりか、雛見沢に」

「現地を見てみないとどうしようもないですし……それに一つ気になることもあって」

「だったら赤坂警視にも相談しておけ。同じ公安ということで、なにか知っているかもしれない」

「そうそう。というかほら……また、夏が近いわけじゃない? だから、ね……注意しないと」

「ユージの言う通りだって。蒼凪課長、ほんと夏がやばいもの。去年だって」

「シャラァァァァップ!」


……ようやく掴んだ新しい手がかりだ。行ってみるしかないよね。

だからそのためにも……まずは鷹山さん達だよ! どんだけ僕にとって夏がやばいという認識で動いているの!? あり得ないんだけど!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――そう思っていた時期が、僕にもありました。


赤坂さんに早速連絡を取ったところ、神妙な様子で『鷹山さん達も一緒に話を聞いて欲しい』と言われて……揃って困惑しながらも、その日の夜に会うこととなった。

なお、場所は機密などの問題も絡めて、赤坂さんが出してきた覆面パトカーの車内。

夜の首都高を安全確実に回りながらの話し合いは、いろいろ感じ入るものがあって……。


「――なんか、思い出すね」

「えぇ。あのときもこういう話でしたから」

「あぁ……前に言っていたな。特車二課第二小隊の隊長達と、例の荒川と密談した時も“こうだった”と」

「あははははは……いろいろお決まりな手段みたいですね」

「まぁ盗聴される心配も、聞き耳を立てられる心配も……更には乗り込まれる心配も事故ってこない限りはないし、いいんじゃないの?
……でも……赤坂さんもまた既婚者なのに、そんな一夏の思い出を作っちゃっていたとは」

「流石に梨花ちゃんとは年齢が離れすぎていますよ。……ただ、忘れてはいけない大切な出会いで、恩人だったとは自負できます」


そう……なんとまぁ例の建設大臣の孫を助け出したのって、赤坂さんだったのよ。当時はまだまだ新人で、負傷しながらもなんとかって感じだったみたい。

で、その負傷した際に担ぎ込まれたのが、村に設立されていた入江診療所……入江機関。

診療所としてはそこまで大きいものではなくて、院長の個人医院と言って差し支えないレベルだったとか。

それで問題は……その古手梨花ちゃんに、赤坂さんが妙な予言をされていたことだ。


「だが、自分の親も含めて殺されていくって言うのは穏やかじゃないな……」

「だね。しかもそのとき、泣き叫ぶとかそういう訳じゃなかったんでしょ?」

「……二人きりで、煌々と輝く満月を背にしていたから……要はロケーションの問題もあったのかもしれません。
ただ、彼女はそれが全て決まったことで、誰かの予定調和。そして自分が殺される事件だけが、それとは無関係の殺人と静観していました。
それで、当時の私はそんな彼女の言葉を、ただの……少女の言葉遊びのように捉えてしまっていたのかもしれません」

「で、お前がそうではないと確信を抱いたのは、雪絵さんに不幸があったかもしれないという例の転倒事故絡み」

「それすら流してしまったのは、本当に不徳だよ。
ただ……今ならそう言う感謝の念とは別に、違う感想も持っている」


ヒカリには情けないと悔恨しながら、ハンドルを握る赤坂さんがチラリと僕を見やる。

そう、天眼……未来観測の魔眼を持つ僕に、何かしらの期待を込めて。


「あのバーベキューで、君の“眼”についてもいろいろ聞いたからね。
もし彼女がそういう……未来を予知とか、観測する能力があったのなら、あの静観もそこが理由なのかなとは」

「オヤシロ様だったか? 雛見沢の土地神が生まれ変わった存在とか言われているのも、そのせいだと……蒼凪」

「……その辺りは魔術師としても、超能力者として答えられるところはいろいろあります。
ただ……その真偽は置いた上で一つ言えることは、雛見沢では四年連続で“そう言う事件”が起きています」

「なんだと」

「アルト」

≪掲載サイトは既にピックアップしています。今モニターを展開します》


後部座席にいる鷹山さん達には、アルトの操作で空間モニターを展開。

赤坂さんは運転の邪魔になるかもだし、話だけにしておく。知っているかもだしね。

なお、見せているのはネットのオカルト絡みなサイト。いわゆる5ちゃんねる的な掲示板も含まれている。


「まず現場監督……赤坂さんとその、大石さんのお知り合いでしたっけ?」

「あぁ。一度だけ麻雀の卓を囲んだことがあるんだよ」

「「「……」」」


その瞬間、全ての話を……シリアスをすっ飛ばし、空間が凍結する。もう誰か凍結系魔法でも使ったんじゃないかって勢いで。いや、僕しか使えないけど。


「赤坂……テメェ……!」

「雪絵さんが妊娠中に何をしているんですか……」

「いや、大石さんにその……僕のやらかしとかを説明する前に、強引に引っ張られて……やむなくだよ? 自分からではないので」

「で、貴様は連中をスカンピンにしたんだろう?」

「……しました……!」

≪本当に、古手梨花さんには感謝するべきですね。それで雪絵さんが転倒死とか笑えませんし≫

「それは、はい……重々承知しています」


――もしかしたらご存知ない人もいるかもなので、簡単に補足しておこう。


この赤坂さん、実は学生時代……裏レートの店やらヤクザの代打ちすらも恐れ慄くほどの雀鬼だった。

ただ……もう孤高の雀鬼として生きていくのが必然な赤坂さんだったけど、弱点が一つあった。それが学生時代から付き合っていた雪絵さん。

流石に彼氏がそんな……平成のアカギみたいなことを続けているのはよろしくないと、めちゃくちゃに説教して、生涯麻雀禁止令が発令された。


赤坂さんはそれ以来、雪絵さんの許可なしでは決して麻雀牌を握らないようにしている。周囲も不用意に誘わないようにしている。それほどに雪絵さんは怖かった。


……なお、僕が以前うちにお邪魔したとき、『それなら真っ当なプロ雀士は駄目だったんですか』と聞いたことがある。

実際声優さんでもプロの資格を取っている人はいるし、舞宙さんや雨宮さん、鷹山さん達が通っている雀荘も、小山剛志さんって声優さんが経営に携わっている。

赤坂さんの腕前なら間違いなくプロでも食べていけるし、公安のお仕事よりは荒っぽいこともない。その辺りはどう折り合ったのかと聞いたのよ。


僕自身、ジンウェンとしての活動やらガンプラバトルやらもあって、そういう話をされることもあるしさ。だから疑問だったんだ。

……そうしたら、雪絵さんは……なんとも言えない様子で、こう教えてくれた。


――何かのゲームで言うじゃない? “俺より強い奴に会いに行く“って。
あの人……そういうタイプなのよ――


……それにはもう納得するしかなかった。赤坂さん、生真面目な分気質としてはアスリートなんだよ。舞宙さんと同じタイプ。

だからプロの世界に飛び込んでも、もっと強く、もっと高い領域にと突き詰めて……でもそりゃそうだよねー。

そこで弁えるほど“まとも”だったら、そもそも裏レートの店にも行かないし、ヤクザの代打ちとことを構えないよ。


でもその大石さんも、現場監督さんも可哀想に……亡くなる前にそんな地獄を見せられるなんて。いや、殺され方も十分地獄なんだけど。


「まぁ、そんな赤坂さんにも申し訳ないほどに……ひどい有様だったそうですよ」

「それについては僕もネットで見たよ。
――同じくダム工事に関わっていた部下の作業員達と喧嘩の末、リンチを受けて殺されたそうだね。
更にリーダー格の提案で、スコップなどで体をバラバラにして、一人一人が“パーツ”を持つことになった」

「おいおいおいおい……夏の怪談じゃないんだぞ」

「恨みつらみからの残虐な反抗とするにしても、やりすぎている印象はあるな……」

「だから犯人の一人が罪悪感に負けて、警察に自首……そこで事件が発覚したそうです。
ただ、そのリーダー格は遺体の一部共々今も失踪中。その生死も不明だそうです」


それがお祭りの日に起きたものだから、週刊誌にもかなりセンセーショナルに描かれていた。ただ……これは序の口で。


「二年目はその翌年。ダム建設賛成派の筆頭だった、北条夫妻が旅行先の海岸公園から転落。
旦那さんは遺体として見つかり、奥さんは状況から見て死亡扱いですけど……遺体は発見されていません」

「建設賛成派?」

「国の計画ということもあって、退去する雛見沢の住人には代わりの住居などを含めた“十分な手当て”が送られる予定だったんです。
ただ、村……鹿骨市の大地主でもある園崎家が頭ごなしに計画を一蹴。それにより村の中でも貧しく、手当てを必要としていた一部住人からひんしゅくを買ったそうです」

「それも……あぁ、書いているな。その筆頭が北条という家で、園崎は賛成派を村八分扱いにして、強引に一致団結したと」

「で、この辺りがオカルトマニアに嗅ぎ付けられた要因なんです。
……雛見沢は鬼が住んでいたとか、村の人間を生贄にしていたとか、かなり物騒な話題に事欠かない村でして。
実際園崎家も衰退していた土地神――オヤシロ様を持ち出し、村を裏切るなら祟られると宣い、団結を強くしたそうです」

「つまりこういうことか? ダムを作ろうとした現場監督に続いて、賛成派……村を裏切り、大地主に楯突いた奴が死んだ。
だからこれはオカルト……祟りだと」

「ある種の連続性を感じ取れる程度には、印象的な事件です。しかも毎年一人が死に、一人が生死不明で消えるのも同じ」


僕も専門が専門だから、こういう話は自然と入ってくるんだよ。だから知っていたんだけど……ここから更に続くのはどうなのかと、つい腕を組んで唸ってしまう。


「それで三年目。ここからは警察が報道規制をかけているんですけど、こういうご時世ですからね。雛見沢近辺からネットに情報が流れるんですよ」

「なになに……じゃあ、赤坂さんの話通りに」

「古手梨花さんのご両親です。――お父さんは祭りの最中、体調不良となって変死。お母さんは村内にある鬼ヶ淵沼に身投げ。遺書と履き物が沼の辺りに残っていたそうです。
四年目は北条夫妻の遺児――北条悟史と北条沙都子を預かっていた叔母が、バットで頭を滅多撃ちにされて惨殺。犯人と疑われていた北条悟史も失踪しました」

≪ただこの事件については、別件で収監中だった麻薬常習者が事件を自白して、北条悟史さんの失踪以外は解決しているんです。……その犯人も獄中死したそうですけど≫

「それでまた、一人が死んで一人消えたわけか。
なら……その古手梨花はどうして殺される。そして誰が消えることになる」

「……分かりません。一つ言えるのは、彼女はどういう形であれSOSを私に向けたこと……それが今必要かもしれないということで」


しかもこれがただのオカルトならまだしも、『東京』の陰謀にも絡んだ何かがあるかもしれない。だから僕達にってことかぁ。

でもどういう奇遇なんだか。赤坂さんの調査が移管扱いで打ち切りになったのと同時に、こっちはこっちで雛見沢に連なる証拠を見つけるとかさぁ。


「しかも彼女の言葉を信じるのであれば、五年目の事件だけはそのルールから外れたものになる。
なのでまずは……お世話になった大石刑事はご健在だったので、その方からも事情を聞いて、梨花ちゃんとも話そうと考えています。
ただ、今は調査の後処理などですぐに動けませんし、オカルトが絡むなら私は専門外ですけど」

「今はその専門家で、天眼っていう尖った形でも“同じ能力”を持つやっちゃんとの縁故もある。だから梨花ちゃんや雛見沢の様子も先行して調べてほしいってわけ?」

「もちろん入江診療所――雛見沢周りのこともです。そちらも一体なんのための施設なのか、現在背後関係調査中ですが……いずれにせよ現地の状況を先んじて見ておきたいんです」

「相応の危険ではありますね。お兄様と私達は、奴らからも既に目の上のたんこぶとして認識されていますし」

「つーか昼間の奴らも、本気で大日本帝国復活とか企んでやがったからなぁ……! 令和ってなんだよ。昭和とかに逆戻りしたのか?」

「否定はできないね。若者はもちろん、政治や経済の主軸を握る人達も、揃って戦争を体験していない世代だから」

「その手の軍国主義や徴兵制だと、今起きている事件やテロなんかには対処できないってとこ、完全に抜かしていますよねぇ。戦争犯罪人にでもなりたいんでしょうか」


だからこそ、過去から学ばず、その利権だけをむさぼるようにして……かぁ。一般市民の一人としてもなかなか怖い状況だよ。そりゃあ徴兵制だなんだと騒ぎたくもなる。

……まぁいいや。そういう話なら、僕も雛見沢には興味もあるし……いくつか予測を立てた上で、注意した上で行くとしよう。


「まぁ話は分かりました。元々現地調査はしたかったですし、赤坂さんのお使いって名目で上手く入り込んでみます」

「ありがとう。それで……君の所感としてはどうだろう」

「……いわゆる未来予知って言っても、二種類……予測と測定に分けられます。後者が僕の天眼に連なるものなんですけど……」


流れるネオンの線達。その美しさにちょっと見とれながらも、赤坂さんと鷹山さん達の方に、指二本を立てる。


「話だけなら、古手梨花ちゃんは前者の予測……高度な演算能力に近く感じます。
これは自分の周囲にある情報を、通常の人間ができないレベルで取得・計算し、あり得る未来を弾き出すんです」

「彼女の周囲に何らかの危険や異常があるなら、そういう能力で物騒な答えが出てもおかしくないと……」

「それができる道理についても千差万別。HGSのような超能力もあれば、魔術……魔眼の力って可能性もありますし。
……なので、細かいところは直接見てからになります」

「だが蒼凪、決して無理も、油断もするな。俺達も準備が整い次第すぐに駆けつける」

「そのつもりです」

「特に赤坂さんはそうだよね。なにせ数年越しの約束だし?」

「えぇ、それはもう……頑張っていきますよ」


バックヤードもしっかりしてくれるなら非常に安心だと、僕も笑って頷く。


「特にもうすぐ……蒼凪君はほら、天原さんも留学から戻ってくるわけだし」

「お、そうだったなぁ……!」

「……やっぱりお前、夏なんだよなぁ……」

「シャラップ!」


……あとは……ふーちゃん達にもお話しておかないとなぁ。しばらく居場所とかも教えられないだろうし……うん、そこもきっちり手はずを整えてからだ。

でも、どうしてだろうな。きな臭い事件なのは確かなんだけど、どこか期待感もあるんだ。


なにか……また新しいなにかと出会えそうな、そんな予感が。


「あ、そうそう……一つ大事なことを伝え忘れていた」


そこで赤坂さんが、失敬したと自嘲の笑み。


「蒼凪君、そのオカルト界隈の噂……犯人は誰ってことになっているのかな」

「そうですね……雛見沢の伝承に基づき、オヤシロ様の祟り説が四割。
それを利用し、村を支配しようとする園崎家のカルト陰謀が六割ってところでしょうか。
なお、そのカルト陰謀でオヤシロ様を降臨させるとか、新たな神を擁立するなんて話もありました」

「おいおいおいおい……人が死んでいるってのに、またのんきな話をしているなぁ」

「これがネット社会か……」

「まぁそういう不謹慎さを除くと、なかなか面白い“読み物”ではありましたよ?
園崎家が園崎組という“裏の戦力”を持っていることも、北条家を村八分にし続けていることも、村人がそれに習っていることも、事実みたいですしね」

「そうだね。だから彼らは私達公安からもマークされているし、鹿骨市……近隣の興宮署の警察も常に注意を払っている。
表面上園崎組は、暴力団排除条例に従っている形だけど……その実はということだよ」

≪だから、大臣の孫を誘拐した犯人としても疑われたわけですよね≫

「……だから、改めて現在の園崎についても、調べたんだよ。上手く理由を付けてね」


まぁ当然だよね。なにせ容疑者筆頭だし、入江機関とやらの設立についてもなにか知っている可能性が。


「その結果分かったことだけど……園崎家には、祟りを起こす理由がないんだよ」

「へ?」


でも、それは読みが甘かった。


「いや、むしろ現在進行形で、祟りに大迷惑している被害者だった」

「赤坂警視、そりゃあ……」

「事情というか、証拠は見せてくれる感じかな」

「ダッシュボードに資料がありますので。蒼凪君用にコピーもあるから、それは持っていってくれて構わないよ」

「ありがとうございます」


――というわけで、改めて赤坂さんが急ぎで調べてくれた資料を確認し……思い知ったよ。

この事件、分かりやすい悪の組織とかがいるわけじゃない。いろんな事情が、思惑が、あの村に渦巻いているってさ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あれから三日――二〇一九年五月十四日。


準備を整えた上で、僕とアルトは雛見沢(ひなみざわ)に出発。

ただ、舞宙さんの帰国とドンがぶりで、お出迎えはできそうもなくて……そこはいちごさん達に重ね重ねお願いした。

ふーちゃんと歌織からも気をつけてと背中を押され、回収した薬やメモリの解析もPSAに任せつつ、旅の空へと飛び込む。


なお都心から電車に揺られ、何回か乗り継ぎを重ね……というところなんだけど、今回についてはバイク移動。

ウィザードボイルダーで鹿骨市までの高速を走り抜け、心地よい山間部の風景と、空の青が織りなすコントラストを楽しみながらツーリング。

……ドーパントの出現も予測できるし、ウィザードギャリーともども持ち込む必要があったからね。まぁバイクだけなら、ヴァリアントシステムの応用で作った“あれ”はあるんだけどさ。


雛見沢は山間の寒村で、道路なども基本舗装されていない。オンロードでスポーツタイプのウィザードボイルダーより、あっちの方が出番は多そうだけど……まぁそれでも、長距離移動はこっちってことで。


≪天気も上々……朝一の出発ということもあり、極上のツーリングですね≫

「だね。渋滞もしていないし、ほんと気持ちいい」

≪……っと、もうすぐ降り口ですよ。そこからは下道でより入念に安全運転です≫

「了解」


更にアルトのナビもあるので快適さは倍プッシュ。下道に走って、そこからはゆったりと田舎の町並みを楽しみ……たどり付いたのは、雛見沢の最寄り町である興宮。


そもそも雛見沢は××市鹿骨市の外れ……山と森林で、他地区から隔絶された場所にある。

元々は鬼ヶ淵村……例の鬼ヶ淵沼から鬼が出てきて、そこから鬼と人が共存する村となったーって話だったね。でもそれが雛見沢という名前になり、現在は雛見沢地区というのが正式名称。村は地元民固有の呼び方だよ。

人口合計二千人にも満たない寒村で、岐阜県との県境付近に存在している。ただ……いろいろ苦労はあったそうだよ。


観光や生産、名物などの産業に繋がるものがなく、近くまで高速道路も通っていないため、交通の面でも不便なところも多い。その辺りを盛り上げているのが……って、そこはまぁいいか。


「…………」


一旦ウィザードボイルダーから下りて、エンジンを切り、近くのコンビニで小休憩。夏が近いこともあり、水分を取って小休憩。

都会と言うには寂しく、ゴーストタウンというには発展しすぎ。でも……あ、ローカルチェーンなファミレスもあったし、ああいうところはチェックしてみたいな。

いろいろ算段を立てつつも、再びボイルダーにまたがり走り出す。雛見沢地区までの急な坂を上り、バイクでは十分足らずの時間をかけ……正しく農村と言うべき風景に遭遇。


”ここが……”

”雛見沢村ですね。しかし、本当に寒村ですねぇ。GPSでも詳細マップが取れませんよ”

”祭りの気配は未だなしか”

”ならここは、≪ダーツの旅≫の勢いで”

”第一村人を発見だね”


でも、風の向くまま気の向くままとはいかない。

まずは最初の目的地に直行。それは古手神社――古手梨花ちゃんの実家だ。


”今のところ各種フィールドには反応ありません。入った途端にヒャッハーするわけじゃあないみたいで……あなたもなにか感じませんか?”

“……今のところはだね。まぁそこも、古手梨花ちゃん次第かな”


境内までは長い階段が立ちふさがっていたので、そのふもとにウィザードボイルダーを止めて……ショウタロス達も不可思議空間から飛び出してくる。


「ようやく着いたか−。しかし……マジで村だな!」

「ここ、本当に令和の世界ですか?」

「恭文、昼飯はどうする!」

「そしてお姉様は速すぎます」

「そこんとこは、また興宮でなにか食べようか」


階段の入り口には鳥居が敷かれ、そこの右側には『古手神社』の看板がある。

その古めかしい佇まいにちょっとわくわくしながらも、長い階段を駆け上がり……神社本体と境内にご対面。ただ、平日の昼間ということもあって人気はなし。


「…………」

「お兄様」

「分かっている」


……いや、裏手に二人……小さい気配と、僕より大きめな気配を発見。

こっそり、足跡とこちらの気配を立ちながら近づくと。


「つまり、今は……沙都子を見捨てろと?」


……どうも修羅場らしい。青髪ロングの少女が、Yシャツスラックスの男の子をにらみ付けていた。

茶髪に品のいい、今風のカット。村の雰囲気とそぐわない……その、子は……!


「おい、ヤスフミ……確かアイツ……!」

「うん……!」


いや、それより今は話の流れだ。あっちの女の子、あの外見は……多分。


「大局的に見れば……なんて、勝手な言い分だと思います。だからボクの、この判断を認めてもらいたいわけじゃないのです。でも他にいい方法が見つからない異常、この選択しか思いつかないのです。
圭一、あなたはこの先、感情的にならないでほしいのです。……詩ぃとレナは、沙都子を助けようと強攻策に出るでしょう。
これを何としても、あなたの力で止めてほしいのです……だから」


そうだ、男の方は『前原圭一』……向こうは知らないだろうけど、その名前には覚えがある。それがなんで、こんな寒村に。

……いや、それはいいか。今の様子を見れば分かる……沙都子という子を見捨てろという提案がされている。


どんな事情があろうと、そういう話をあの子はした。それに対して、前原圭一は。


「駄目だな」

「……!」

「梨花ちゃんの言いたいことは分かった。けどそれって、ようするに駆け引きだろ?
そんなの俺には似合わないし、したくもないだから、梨花ちゃんの予言する未来が本当だとしても……悪いけど、俺は御免だね」

「圭一……」


それで女の子の方も、古手梨花で間違いなし。でも……前原圭一も、予言については知っているのか。


「沙都子が村の連中から、白い目で見られているってのは以前聞いた。ダム工事賛成派が、沙都子の両親だって話だよな。
でもだからって……叔父の北条鉄平に連れ去られ、沙都子が追い詰められて……その状況を利用してしか、アイツを救ってやれないのは変だ。
他にいい機会があるかもしれないし、それに……そんなやり方で村の連中に信用されたいとは思わない」

「……村の人達を一つに纏めなければ、この先の敵とは戦えない。その敵に勝てなければ、みんなが不幸になる……それでもですか」

「言っただろ? 俺はそんな運命なんて、信じちゃいないって。敵がどういう奴かはまだ分からない。
けど俺達の幸せをぶち壊そうとするなら絶対許さないし、絶対……負けたりはしない!」


……その言葉には力があった。

人を信じさせるだけの熱意があった。

ただ『信じて』という泣きごととは雲底の差。


信じたい。賭けてみたい――そう思わせる、業火のような情熱を言葉に込める。

あのとき……”警察署”で見かけた、震えながら泣いていた少年とは、まるで別人だった。


それに対し女の子は、静かにため息を吐いた。呆れた様子で……とても、悲しげに。


「むしろ、教えない方がよかったのかもしれません」

「いや、教えてくれて良かったぜ。梨花ちゃんだって、沙都子を叔父に渡したくないんだろ」

「なら、どんな手段があると言うのですか」

「決まってる。沙都子がその鉄平に連れ去られないよう、リナの盗みを防ぐのさ!」

「……」


女の子はその言葉に失望した様子だった。きっとここにくるまで、何度も考えたのだろう。

そんな方法があれば、あるものか……しかしなかった。なくて、これしかないと思って……。


「圭一……間宮リナを殺させず、しかも成功して興宮出ていかないようにするのですよ?
つまりリナに、園崎組の上納金強奪を諦めさせる。そうなると警察や園崎組の関係者にも相談できません。……どうやって防ぐつもりですか」

「梨花ちゃん、忘れたのか? 沙都子のためだったら、どんな状況でも力を貸してくれる……そんな奴が、部活メンバーにはいるじゃないか」

「あ……」

「それ、僕にも教えてほしいなぁ」


介入タイミングと判断し一声かけながら登場。

いつも通り蒼い袴を揺らしながら出てくると、二人が息を飲む。


「……!」

「だ、誰だ! というか……なんだその妖精は!」

「――デンジャラス蒼凪」

≪どうも、私です≫


そのまま忍者の資格証を提示すると、前原圭一がぎょっとして、僕の手元をガン見…………すぐにおののき後ずさる。


「第二種忍者ぁ!?」

「……圭一、東京のお友達なのですか?」

「違う違う! あの、忍者だよ! 国家資格のエージェント!」

「みぃ……忍者というのは、観光地でおもてなしする人のことですよね。エージェントだったのは昔では」

「国家資格って形で頑張っている人達もいるんだよ! もっと言えば……フリーランスのお巡りさんだ!」

「え……!」

「そうそう。おのれが五年前に仲良くなった、赤坂衛さんとはまた違うけどね」


面倒なのでさくっと話を出すと、青髪ロングの少女――古手梨花は声を震わせ、細い体で後ずさる。


「あなたは……まさか」

「梨花ちゃん?」

「赤坂……赤坂の知り合いなの!?」

「結論から言う。僕達は赤坂さんの依頼を受けて、梨花ちゃんを助けに来た」

「――!」


それだけで……梨花ちゃんがぼろぼろと涙を流しただけで、よく分かった。

梨花ちゃんが気まぐれで予言を出したわけじゃないこと。赤坂さんに対して、明確にSOSを出したこと。

そのSOSが本気で、今も……赤坂さんの手を、誰かの助けを必要としていることが。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


恭文……蒼凪恭文。さっき聞こえた女の声は、首元の宝石らしい。それにしゅごキャラまでいるなんて。

宝石の方は、アルトアイゼンと呼ばれるAI搭載型のデバイスで、パートナーだとか。忍者ゆえの特殊装備と言うべきかしら。


とにかく話は一旦中断し、圭一には恭文達から事情説明。その間に私は、赤坂からの手紙を受け取り、読んで――!


「じゃあ……その、公安の刑事も、梨花ちゃんの予言を聞いて」

「そう。僕、専門は異能・オカルト事件なんだよ。僕自身異能力者でもあるし、赤坂さんからもその辺りから協力を頼まれたんだ。
――梨花ちゃんの身に危険が迫っているとして、それが“その領域”なら自分にはどうしようもない。だからってね」

「同時に、古手さんが本当に予言……予知を行っているとしたら、その辺りも“同類”として話を聞く必要もありましたので。
ただ、赤坂さんは直前まで関わっていた仕事の処理が終わっていないため、今しばらくは来られません」

「それで、お前達が先行して……その、しゅごキャラも一緒に」

「まぁ、ここはオレ達の街からは大分遠いが……可能性を泣かせる悪がいるなら、それはオレ達≪ダブル≫の敵だからな」

「みぃ……ダブル、ですか?」

「あぁ。街と可能性の涙を拭う、五色のハンカチさ」

「……赤坂の手紙にも……しゅごキャラ達も揃って頼りになるから……安心してとは……書いていますけど……みぃー」


……ねぇ赤坂、大丈夫なの? このしゅごキャラ、ソフト帽をかぶってニヒルな様子を気取っているけど……全然頼りにならなそうなの。

いきなりハンカチの話をする奴なんだけど。それを信用ってどうすればいいのよ。ハンカチで鼻でもかんでもらえばいいの?


「で、前原圭一……お前はいつその話を聞いた」

「俺は……昨日だ。梨花ちゃんが殺される……村に潜んでいる、何者かに。そう聞かされて、力になろうと決めて……梨花ちゃん」

「間違い、ないのです」


圭一には大丈夫と答える。間違いない……この子達は、仲間だ。


「お話通りなのです。赤坂は……覚えていてくれたのですね」


しかも簡単にだけど、解決した事件まで……分からないのですよ。

TOKYO WARってなんですか。いきなり……二〇一九年とか言われて、戸惑っているのに……!


「じゃあ圭一、状況説明の続き、お願い」

「分かった。……梨花ちゃんの見た予言には、種類があるらしい。そのうちの一つに……北条鉄平の帰還というのがある。
間宮リナという女のヒモなんだが、このヒモは仲間と一緒に、園崎組の上納金を盗もうと計画した」

≪園崎組については、私達も事前調査で把握しています。でも……やくざの金に手を出そうとしたんですか≫

「……ボクが聞いたのは、今日……興宮の公立図書館なのです」


泣いてばかりではいられないと、涙を払い深呼吸。冷静に……ボク達の状況を理解しようと努める。この新キャラに情報提供。


「ここなら園崎の息もかかってないし、バレないと……でも実際は勘違いなのです」

「園崎家は、この鹿骨市全体に影響をもたらす一族だからだね。もしかしてその図書館も」

「園崎の関係者……市議会議員などもいるので、そういう人脈から建てられたものなのですよ」

「凄い人達も多いんだよな。……実は最近、村でその……ちょっと、大きな祝い事が……あって」


圭一、顔を背けないで。もう認めるしかないの……あなただって、悪い気はしなかったでしょ?


「そのときに会わせてもらったんだが、もう……圧倒された」

「……奴らは間抜けなの?」

「それ以前の問題なのですよ。……奴らの格好や雰囲気が、場の空気にそぐわなすぎて。目立ちまくりだったのです。
リナに至っては数メートル離れても漂う、どぎつい香水全開で。胸元なんて開きまくってて」

≪つまりTPOを弁えなかったが故に、園崎に話が伝わり……上納金強奪は失敗。間宮リナと協力者達は消される≫

「……はい」


本当に、昨日遭遇したときは『馬鹿か』と罵りたくなった。気づいていないのはリナと、園崎の恐ろしさをよく知らない奴らだけ。

こうして間宮リナは殺され、悲劇が起こる。そして――。


≪では梨花さん、その結果どうなるんですか≫

「リナというヒモを失った北条鉄平……つまり沙都子の叔父は、雛見沢に戻ってきます。
でも鉄平は家事もろくにできないため、沙都子を連れ戻す」

「しかも今なお鉄平は沙都子の親戚だから、それを止める手段がないらしい。沙都子はそのまま鉄平にいびり倒され……心が壊れる」

「でも、圭一がその状況で音頭を取って、村人全員を巻き込むよう煽れば問題解決?」

「そうなのです。……北条家はダム戦争の遺恨を未だ引きずるが故に、村八分状態が続いています。
つまり村人が自主的に、沙都子を助けることはしない。祟りを恐れてもいますから」

≪なら、沙都子さん自身の訴えはどうです? 暴力を振るわれるのなら、私達も介入できます≫

「駄目です」


アルトアイゼンの言うことは最もだった。助けを求めれば……声を上げれば……でも。


「沙都子は……兄の失踪を、自分のせいだと思っています。自分が子どもで、兄に縋って、わがままばかりで……弱い子だったから。
だから強くなろう。どんな痛みにも、どんな苦しみにも負けないくらい、強くなろう……耐えて、耐えて、耐え抜いて」

「その負い目から、沙都子が自分から『助けて』と言うのは無理……本当なら認めるべき美徳なんだけどな」

「それも状況次第ってことか」

「何より……もう一度言います。園崎の影響は警察や行政にも及んでいるのです。沙都子だけが声を上げても、誰もが無視する。
それが園崎家――現頭首:園崎お魎の意向だからです。……だから、これしかないのです。これしか方法が」

「いや、僕も圭一に賛成だ」


……この男もか。やっぱり雛見沢に来たばかりだから、状況の困難さが分かっていない。

本当ならこの男を上手く言いくるめて、説得できればと思っていたのに。


「単純に早計すぎる。仮に陳情などで村全体の空気を変えられても、その前に沙都子ちゃんが“壊れない保証”はどこ」

「それは、予言で見たとおり」

「現実で、実際にそうなるという保証はどこ。想定外のことが起きないリスクはないの?」

「………………」


でも……この男はそれすら誤りだと、冷や水を浴びせかけてきて。


「もっと言おうか。その予言……そのうちのどれかで、梨花ちゃんは“上納金強奪の相談がされている現場”を見たことがあるの?」

「それ……は…………」

「ないよね。だから梨花ちゃんは呆れ半分怒り半分という様子だ。つまり、その時点で“そんな予言の通りには進んでいない”んだよ」

≪というか、その予言で私達の存在は出てきましたか?≫

「……ない……のです。一度も」

「だったら余計に落ち着いた方がいい。……その流れだって“最悪の手段”でしょ? でも今僕達には、そのときはなかった“手札”が存在しているわけだしさ」


正論だった。確かに、その通りだった。予定調和でそうなれるかどうか分からない。確証があるのかと言われたら、予言のことを信じてくれとしか言えない。

でも……ボクには、そもそもその予言の信憑性を知らしめる手がなにもない。というか、まさか……間宮リナ達を目撃したことそのものが、“予言“が絶対じゃない証明になるとか……!


いえ、それを言えばこの状況で、令和なんて時代にいることそのものがおかしいわけで! ああもう、腹立たしい!


「で……圭一は手札の有効活用を思いついたんだよね? だったら僕もお地蔵様みたいに鎮座して、園崎家が暴走しないよう止められるけど」

「蒼凪さん……いいのか? 初対面だし、忍者として言いたいこととかは」

「まぁそれなりにはある。ただ……まず“上納金が納められた施設の鍵束”は、コピーされるんだよね。
それが明日の夜七時までに終わって、作戦決行」

「あぁ」

「でも僕はこの村に来たばかりだし、そこまで難しい状況に対応するだけの知識も、人脈もない。
言い方は悪いけど、その辺りを持っているおのれらの手は利用したいのよ」

「利用か……」

「そう、利用だ。損得勘定でも、繋がりが生まれれば……また新しい風も吹く」


恭文が肩を竦めて、端的に答える。


「――!」


……その言葉を信頼の証(あか)しと受け取った圭一は、いつものように不敵な笑いを浮かべた。


「なら蒼凪さん……いや、恭文! 済まないが今回は俺に乗ってくれ!」


……圭一の顔を見ていると、今まで悩んでいた自分が馬鹿らしくなってくる。罪悪感でもう、ゴチャゴチャだったのに。

でも、いいのかもしれない。


「なぁ、梨花ちゃん」


圭一は、この運命を”金魚すくいの網”だと言った。その少年がどんな奇跡を起こしてくれるのか……私は、見てみたくなった。


「あ、そうだ……梨花ちゃん、ごめん」

「どうしたのですか」

「もう一つ、赤坂さんから預かり物があったんだ。手紙とは別に入れていて」


恭文は袴の袖を探り、手帳サイズのケースを取り出す。私の脇に寄り、それを開いて……見せてくれた。


「……これは……」

「こっちが赤坂さんの奥さんで、雪絵さん。この子が……美雪ちゃん」


赤坂と、奥さんと……五歳くらいの女の子が、一緒に写っている写真。笑顔で、楽しそうに……あぁ、そうか。

これは私が作った未来なんだ。どういう理由であれ、私の声が届いたから。


「梨花ちゃんにちょっと似てるな」

「……そうですか?」

「髪型はショートだけど……ほら、目元とか」

「みぃ……」


圭一にそう言われて、どう答えていいか分からず、曖昧に鳴く……それで精一杯だった。

やっぱり今の私は……いなくなった羽入のことや、この訳が分からない“新しい時代”のことで……いっぱいいっぱいだったから。


(その3へ続く)







あとがき

恭文「というわけで、この辺りは以前のひぐらし編でもやった感じで……そして原作よりある意味追い詰められている雛見沢」

志保「……ネットで呪いの村なんて噂されている時点で、いろいろ大迷惑でもありますしね」

恭文「この頃はひぐらし業と卒なんてルートができるとは思わなかったから、いろいろビビった」

志保「ありましたね……! でも恭文さん、あれってとまとのひぐらし勢は通りませんよね」

恭文「悟史のこととかも沙都子にはきっちり説明していたからね。梨花ちゃんもそこまで沙都子と一緒ってって感じではないから」


(『いやぁ、ビビったビビった……でもひぐらし卒、どう絞めるんだろうなぁ。やっていることが原作者公認で大暴れの後日談だけど』
『ダーグ様、麦茶が入りました』
『お、ありがと!』)


恭文「これにはダーグもにっこり」

志保「さすがにそれで見学の構えもどうなんでしょう……!」

恭文「でもこっちも……またTips的になにかしら話を入れたいなーとはちょっと考えていたり。まだ圭一が委員長になる下りとか、そこから梨花ちゃんが予言のことを話す下りとかやっていなかったし」

志保「確か、缶蹴りでしたっけ?」

恭文「あれも壮絶だった……」

フィアッセ「私もあんな感じで遊びたいなー。ほら、今日は誕生日記念日だし」

黒ぱんにゃ「うりゅ……♪」


(歌姫お姉さん、ふわふわ弟を優しく抱きながら登場)


フィアッセ「そう! 今日は私と雪歩ちゃん、フィリス、あむちゃんの誕生日記念日だよー♪」


(歌姫お姉さん、にっこり笑顔)


恭文「あ、はい……って、フィリスさんは巻き込んじゃだめと言ったのにー!」

志保「……あなたがフラグを立てたせいですよね」

恭文「そっちは恭也さんの領域だよ!」

フィアッセ「いいの! みんなでお祝いした方が楽しいし……もちろん、一番一人締めするのは私だよー♪」

黒ぱんにゃ「うりゅりゅ、うりゅ……」(こくこく)

恭文「黒ぱんにゃも同意!?」

志保「仲良し、だからでしょうか」



(『おねえちゃんは、きょうは……ちょっとおやすみ、だよ……?』
『う、うぅ……分かっているよー!』
本日のED:SPYAIR『My World』)


恭文「というわけで、冒頭は澪尽し編最初のあれ……ようこそ! 新しい時代へ!」

レナ「本当に意味が分からないと思うなぁ」

恭文「きっと以前拍手できたみたいに、ディケイドやスーパー大ショッカーが絡んだんだよ。またはタイムジャッカー」

レナ「だったら大迷惑だよ! というか、レナの出番は……また振り回されるの!? またジャイアントスイングされるの!?」

いちご「大丈夫。恭文くんは私がしっかり押さえる」

レナ「いちごさんー!」

恭文「いちごさん、僕は常に正々堂々卑怯なことなどなしがモットーなんです。心配しないでください」

いちご・レナ「「大嘘吐くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」


(おしまい)







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