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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2017年12月・東京都代々木その4 『Oは誰だ/たどりつく場所さえも分からない』


魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2017年12月・東京都代々木その4 『Oは誰だ/たどりつく場所さえも分からない』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蒼凪恭文はやっぱり通年夏男かもしれない。そんなことを……思えるほど軽い状況でもないけどね。

地球の本棚に入りながら思う。彼はこの三か月、本当に楽しそうだったよ。横浜の一件で改めて親しくなった、鷹山敏樹達もいろいろ複雑な感情になる程度には。

結局のところ、彼はファッション外道だからねぇ。ファッションだからこそ完全な敵対者でもない限りは、警告程度で済ませるんだけど……いや、それでも十分外道か。


まぁその辺りは割り切っていくだろうと信じて、ボクはボクの仕事をする。


「――検索を始めよう。検索項目はビーストの飼い主……その使用メモリについて」

『フィリップ、一つ目のキーワードは首輪、二つ目は爆発、三つ目は……愛情』


無数に散らばる星の知識……それが蒼凪恭文の声に合わせ……いや、ボクのイメージインターフェースに応じて稼働。無関係な情報は一旦隠し、絞られていく。

――そうして出てきたのは一冊の本。本棚にただ一つ残ったそれを取り、中身を確認する。


――Owner――

「メモリの正体はオーナー……≪飼い主の記憶≫。
これは特定の生物に首輪を付け、その行動を制御する精神干渉系の能力を持つ。分かりやすく言うと、首輪を付けた相手はペットになるわけさ」

『でも誰も彼もってわけじゃない。だったらかざねも、広也さんも……直接襲ってくるようなマネはしない。冬騎馬先生だって同じだ。その条件が愛情』

「首輪を付けるためには、愛玩具≪ペット≫から一定の信頼度を得る必要がある。更にペットからの同意も必要だ」

『なら、そのペットの首輪が爆発された……そう思わしき状況になっているのは』

「悲しいことだが、ペットを遺棄……殺処分するのも、飼い主が持つ選択肢の一つということだ」


命を飼う……預かるということには責任が伴う。ペットはただ愛らしく、笑顔を振りまくおもちゃではないからだ。

だが、その責任を果たせず……または果たそうともせず、自分に取って価値がなくなれば放り投げる。そういう側面も飼い主の記憶は内包している。


ただそれは、あくまでも最悪例……あってはならない有り様としてだ。それを能力として発現してしまった辺りから、使用者の性根……願望……『なりたい自分』が窺えるというものだ。


「蒼凪恭文、その猫からの事情聴取は」

『そっちは駄目。餌もマトモに与えられなかったみたいだし……毛並みなどから見て、野良猫を適当にえづけして、なにも教えずコネクタ施術を施したんだと思う』

「正真正銘の使いっ走りか……」

「それに……“人肉の味”を覚えさせられたことで、普通のペットフードなどは受け付けなくなっている』

「津村真里奈のときと同じ副作用か……」

『点滴で栄養補給はしているけど、長くは持たない。……ほんと最低だ』


彼は動物とも会話できる分、相当心を痛めている。というか、猫の遺伝子を持つ故に同調しているというか……そこについてはあえて触れず、『そうか』とだけ返した。


『とはいえ、アホ一人を捕縛したからねぇ。今鷹山さん達がきりきり締め上げているし、僕も追加で可愛がってあげるから……すぐに吐いてくれるよ』

「それはなにより……でも合法かい?」

『それなりに』

「怖いものだ」

『ただ一つ疑問がある。猫は餌付けなりでどうにかなるとして……人間はどうやったの? 特にバイヤーは立場的に上だったろうし、阿智だって』

「そこについては、やはり使用者の項目を探るしかないね。……念のために確認するけど、阿智信彦の方は」

『そっち関係では期待できないね。なにせマスカレードの詳細も知らなかったようなアホだし』

「知っていても好き勝手しているアホを知っている上、増産していた身としては突き刺さるよ」


まぁ仕方ないだろう。むしろ僕達がこれまで戦ってきたメモリ使用者が異例……普通はそこまで使いこなす鼠にはなれない。超人なれたというところで満足して、力に溺れるからね。


「……検索項目を変更。二つ目の項目は、オーナーメモリの使用者」


再び本棚は駆け巡る……元の姿を取り戻し、その膨大かつ希望に溢れる姿を僕の前に見せてくれた。


『……一つ目のキーワードはオーナーメモリ、二つ目はダイバーエージェンシー……いや』


本が、情報が再び絞られていく中、蒼凪恭文は思い立ったように二つ目の変更を告げる。


『二つ目は冬騎馬省吾。三つ目は……事務所所属審査オーディション』

「冬騎馬……阿智信彦という共犯者疑惑のある刑事ではなく? それにオーディションとは」

『まぁものは試しってことでお願い』

「分かった」


二つ目と三つ目のキーワードを入力……そうして本棚はせわしなく動き……また、一冊の本だけを、真実を僕達に示す。


「……絞れたよ」

『……やっぱりか』

「しかし分からないね。これでどういう動機に繋がるか」


まぁそれも本を見ればばっちり……なので本を手に取り、開き、中を見て…………。


「……なるほど」


大体の状況を理解したので、つい小さく……一度頷く。


「そういうことか」

『フィリップ』

「まず君の疑問点から答えよう。メモリの使用者は、阿智信彦や富沢というバイヤー相手に肉体関係を持っている。ようは体を差し出す代わりに、メモリを……メモリの能力発動に必要な“情愛”を獲得したんだ」

『でも真知哉さんには無理だった。広也さんも生活ペースが普通とはまた違うからやっぱり無理だった』

『そして冬騎馬先生にも無理だった。……片思いというか、そういう感情を持っている人がいたようですしね』

「動機についても、君が予測しているであろう通りだ。ただ……」

『関連人物はもう一人いる?』


そこで蒼凪恭文が呆れたような声をあげる。一旦答えを提示するのはさておき、どうしたのかと聞いてみる。


「なにかあったのか……いや、聞くまでもなかったね。……美咲良二……現在代々木署へ立てこもりを続けている若手刑事だ」

『でも奴に首輪はかかっていなかった…………あぁごめん、フィリップ。訂正』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


どうして……ほんと、どうしてこうなるんだよ。


「美咲……投降しろ……今なら、まだ……」

「黙れぇ!」


裏切り者達は銃や弾を置くこともなく逃げた。ドタバタと機動隊の連中が騒ぎ出して……どいつもこいつも馬鹿じゃないのか!

阿智さんの刑事魂を……あの時代に流されないいぶし銀なかっこよさを、どうして理解できないんだ! こんなの濡れ衣に決まっているじゃないか!

いや、濡れ衣じゃなきゃ困る! そうじゃなきゃ……ここまでした俺が馬鹿みたいじゃないか! こんなことで犯罪者なんてごめんだ!


「……あぁごめん、フィリップ。訂正」


すると……奴が出てきた。あの忍者が、機動隊をかき分け……俺を憐れむように見つめて……。


「おい……何している! そいつが阿智さんをハメたんだ! 逮捕しろ、早く! 阿智さんの刑事魂が示す正義を……その結果を信じろ!」

「まぁ状況は分かった。……課長さん−、すみませんけど、先走った責任ということで、あと二日くらいそのままでいてくださいー」

「ちょ、え……!?」

「その傷ならギリギリで耐えられるでしょうからー。あ、耐えられなかったらごめんなさい。そいつと運命を共にしてください」

「いや、待て! なにを言っているんだ! 私は」

「テロリストには譲歩しない……これは国際条約で決まっています。大丈夫、遺族と関係者への手紙は僕が書きましょう。慣れていますので」

『書くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


…………ふざけているのか?

こんな奴が……こんな奴が……こんな奴のために俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「…………ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ニューナンブを奴に向けて発砲……しようとした瞬間だった。


「ふざけているのはお前だろ」

「――!」


その声に……その小さな言葉に、体が引きつるように硬直する。そうして奴は……あの、化け物みたいな蒼い瞳で、俺を睨み付け……!


「お前に正義を語る資格はない」

「なん、だと……!」

「お前を殺すのはとっても簡単だ。だけど……そんなことをしても意味がないから、見逃してあげる。
……お前には、もっと残酷な裁きが待っているし」


それだけ言って奴はすっときびすを返し、影に隠れる。

まるで俺が被害者のように……違う違う違う違う違う! 俺は正義だ! 阿智さんも正義だ! 正義の味方だから……正義なんだぞ! なのに。


「おい……逃げるのか! というか逃がすな! そいつが事件の犯人なんだぞ! そいつを逮捕しろ!」

「……いいから武器を捨てろ! 人質を解放するんだ!」

「黙れぇ!」


俺の声は通じない……正義の声は通じない……。


「いい加減にしろぉ! 阿智さんを……本当の刑事を! 正義をどうして信じられないんだ! このクズどもがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


もう、覚悟を決めるしかない。

そうだ、阿智さんが真相を明らかにする。それまで俺は時間を稼げばいい。

そうしてここから叫ぶんだ。本当の正義を……俺達警察官がやるべきことを。


一人ずつでも味方ができればいい。そうすればアイツらを追い詰められる……阿智さん、俺はやりますよ! 俺だけは……なにがあったって阿智さんを信じ抜きます!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――またひどい嫌われようだね。聞いているだけで頭が痛くなってくるよ」

『放っておいていいよ。事件後……というか事件が解決もしていないのに、その関係者と一晩楽しむ程度には不謹慎なんだから』

「やっぱりあったんだね? 首輪が」

『ばっちり……!』


そう……彼は真犯人と一晩楽しんでいる。年頃なのもあって、いろいろ誘惑に弱いらしくてね。その結果首輪をかけられたわけさ。


『この立てこもり事件についても、首輪による操作で起こしたのかな』

「その辺りはちょっと分からないね。仮にそうだったとしても、彼自身は“自分の意思”と思っているところがまたタチの悪い……いや、必然かもしれないね」

『だね……。アイツは元々、阿智信彦の飼い犬だったわけだし』


可哀想に……刑事になるだけの努力はしてきたのに、そうして組んだ相手が悪かった。

……それは、ミュージアムで考えることもせず、ただ言われるがままにガイアメモリを作っていたボクに似ている。


「阿智信彦は、悪い飼い主だった。だから美咲良二という男は、そもそも飼い主を信じる……疑いなく敬い、崇拝することしか教えられなかった。阿智信彦が満たされるためだけの存在に仕立てられた」

『そんな感じはしていたよ。でも……ねぇフィリップ、もしかして』

「例の“悪魔の薬”が絡んでいる可能性も考えた方がいい」

『……ごめん、一旦切るよ。劉さん達とも連絡を取って、現場対応を慎重にするようお願いしないと。それに通院履歴も調べてみる』

「こちらもその間に、改めてオーナーメモリの詳細について検索しておこう。では……ひとまず二時間後にまた連絡ということで」

『了解』


彼はもう元には戻れないだろう。たとえ悪魔の薬が絡んでいたとしても、その罪過は一生彼を苦しめ続ける。そして阿智信彦は、その責任すら取らず、死ぬという安易な形で逃げるところだった。

となれば、もう一人の悪い飼い主がどうなるかだが……“彼女“も覚悟しておくべきだろう。


安易に命を、その尊厳を弄んだ報いは、必ず受けることになる。――それもまた、飼い主の記憶が内包している特性の一つだからだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――立てこもりやらから日が明けて……冬騎馬先生の教え子である私達は、ダイバーエージェンシーの事務所に集まっていた。

なにせ事務所所属オーディションが目前中で、ドタバタしたもの。その辺りのことをどうするかという話し合いで……早速頭を下げて出てきたのは、あの忌々しい忍者の子。

古流武術云々の話は半分近くウソで、どうも……この子が……天原舞宙の彼氏な忍者らしい。富沢達絡みのこともあって、クラスに潜入していたそうで。


正直ミスをしたと思った。ここに至るまでに、コイツに私を抱かせていればと……。


「――というわけで、どうも阿智信彦と美咲良二達は、真知哉さんに対し罪を着せようとしていたフシがあります。
それもドーパントになれる人間が糸を引いていて……その結果阿智信彦も口封じとして殺され、美咲良二も悪あがきとして現在立てこもり中です」

「じゃ、じゃああの、真知哉さんは……」

「現在横浜港署にて保護を受けています。なにせ犯人についての詳細は一切不明でしたし、いつどこでどうなるか分からなくて……っと、そうだ。先日襲われた溝口広也さんも同じです」


とはいえ、安堵もしていたけど……。

阿智は死んだし、美咲良二も間抜けに立てこもり中。それで拾った猫についても、話なんて聞ける奴はいない。つまり……これは完全犯罪ってことよ……!

だからあのお坊ちゃんは口惜しそうな様子で……今はそれしかできないと。もう、笑いをこらえるのが本当に大変だった。


「とにかく事件については、今後継続して捜査していきます。まぁ僕は冬騎馬先生の関係者扱いなので、あくまでもドーパントが出てきた場合の実働戦力……その一つって扱いで、積極的にタッチはできなくなるんですけど」

「そうか……あぁいや、それでも力になってくれるだけで十分だ。真知哉や広也のこと、どうかよろしく頼む」

「全力を尽くします。……それでですね、僕についても本来ならこの時点でお役御免。養成所のレッスン生についてはおしまいというお話……だったんですけど……」


すると蒼凪くんは、困り気味にこめかみをぐりぐり……それを見かねて、事務所スタッフの井上さんがずいっと前に出る。


「そこからは養成所のスタッフとして、私がお話します。
……実はホリプロさんの方から、蒼凪さんは準所属でいろんな現場経験を積んでみないかと提案されていまして」

『えぇ!?』


…………そこで胸がチリつく。


「え……じゃあ蒼凪!」

「プロとしてまず一歩……踏み出せそうな感じです。はい……!」

≪あなた、もっと嬉しそうにしなきゃ駄目でしょ。事情ありとはいえ力を認めてくれたっていうのに…………あれ、片由さん? どうされました、顔色が≫

「あ、いえ……その、いろいろびっくりして……理解が追いつかなくて……」

≪というかその首……包帯はどうしたんですか≫

「季節外れの蚊に刺されて、ひどくなっちゃって……ほんと嫌ねー」


なんで……なんでまた追い越されるの。こんな子が……どうして……私より先に……。


≪…………でもほんと、冬騎馬先生にも、感謝しなくてはいけませんよ≫

「ん、分かっている」

「冬騎馬……先生が?」

≪先生が亡くなる前に、うちのマスターを強く推薦してくださったそうで……潜入任務のこと、なにも知りませんでしたしね≫

「えぇ、そうなんです。だから純粋に、その能力と資質を見込んでのことでした」


胸がチリつく。真知哉かざねや溝口広也に感じていたものと同じものが、チリつく……。


「蒼凪さんは武術をたしなんでいるだけあって、精神的にも強い。
発達障害という難しい問題はあるけど、だからこその発想力や感受性も備えている。人間的洞察力も深い。
その障害で苦労されている人達も見ているから、困っている誰かを見捨てられない優しさもある。人間関係もその“甘さ”がいい働きをするときもある。
……なので事務所としてサポートを的確にしつつ、現場で荒波に揉まれた方がいいんじゃないかと……相当見込んでいたんですよ」

「ホリプロの方も、非常勤の忍者という点は理解した上で……いろいろな働き方を提案してくれるそうなので、受けようと思っています。
それで……どうしても、そこでみなさんにお礼を言いたくて」


そこであの子は、頭を下げる。ありがとうと……私達のおかげだと、そう言わんばかりに……!


「僕自身、小さいころから歌とかは好きでしたけど、やっぱり障害の絡みで難しい部分があって……だったらせめて、そういうことができて、笑顔を作れる人達を守れる人になろうって……この道に入りました。
だからこの仕事を振られたとき、絶対に無理だと泣きわめく勢いだったんですけど……冬騎馬先生や、みなさんがいろいろよくしてもらって、自分なりのやり方があるんだって教えてもらったんです。
……それで僕自身……やっぱり、うたうこととか、好きみたいだし……」

「蒼凪くん……」

「だから冬騎馬先生にも、ちゃんと……生きているうちにお礼を言いたかったです。……だったらどうして女性役しかさせてもらえなかったのかと、問い詰めたかったですし」

『だからそれは逆ギレ……』

「なんでだぁ! なんでハモったぁ! なんで全員揃ってそこは統一できるのさぁ!」

「まぁまぁ! ……だが、そう言ってくれるなら……きちんと墓参りなりで報告しないとな」

「……はい」


なによ、これ。アイツ、なにしてくれているのよ。

あぁ、駄目だ……我慢できない。コイツも殺さなきゃ。コイツも……でも普通にやっても無理だ。阿智や美咲のアホどもと違って、マトモにやり合ったら私が犯人だとすぐバレる。

だったら予定通りだ。後悔させてやる……人殺しができる忍者に、そんな夢を見る権利はないって……後悔させてやる……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


もう可愛い猫ちゃんはいない。阿智も死んだ、美咲もいない。

でも……私自身が怪物でもある。だったら問題はない。人くらいたやすく殺せる。

あの変な異能力を使う女の子も、蒼凪恭文っていう忍者も問題にならないよう準備しなきゃ。


そうよ、方法ならある。いくらでもある。この体があれば……!


「――――新しいペットをお探しかしら」


……そこで……代々木公園のど真ん中で、女に話しかけられる。

ハッとして振り返ると、そいつはトランジスタグラマーな体を震わせ、白い吐息を吐き出す。


「でも残念……この辺り一帯は封鎖させてもらったわ。猫の子一匹入ってこられない」

「あの、あなたは……」

「申し遅れました。あたし、横浜港署少年課の片桐早苗です」


そう言いながらコート姿の女は、警察バッジを……横浜、港署……!?


「更に言えば、今日あなたが待ち合わせしていた男の一人……初めまして、シロウです」

「え……!?」

「片由冴未さん、阿智信彦とも同じマッチングアプリで知り合ったそうね。阿智が全部吐いたわ」


………………血が凍るような思いをさせられる。


「そう……阿智信彦は生きているの。まぁ死んでいても問題なかったけどね? アイツのスマホ、及び周辺を調べた結果……あなたの存在はあっさり浮かび上がったから。
……もちろん……冬騎馬省吾さんと富沢の事件後、あなたが偶然を装い美咲良二に近づき、“情愛”を掴んで……彼に首輪をかけたことも」

「あの、なんの、話を……」

「それで冬騎馬省吾にもそういう誘惑を仕掛けた。でも彼……片思いというか、若い頃死に別れた恋人をずーっと思っていたそうね。だからそんな“枕営業”はよろしくないとはね除けられた」


…………あぁ、そうか……。


「あなたは鳴かず飛ばずで、自分より年下の子達はどんどん前に進んで……アンタ自身今度のオーディションがラストチャンス。進退窮まる状況だった」

「…………」

「だからアンタは、その苦しさから逃避するため、薬物に手を出した……そうしたら」

「えぇ、そうよ。そうしたら……とんでもない魔法の小箱に出会えた」


もう、全部バレているんだ。あはははははは……だったら。


「だからもう、警察なんて恐れる必要はない……!」


ショルダーバッグからメモリを取りだして、スイッチオン。


≪Owner≫


そのまま左の首筋に…………というところで、突然体に強烈な冷たさが走る。


「――フリーレン・フェッセルン」


気づくと私の体は……メモリと頭以外、渦巻く水に取り込まれ、氷漬けにされて……というか、これは!


≪Stinger Snipe≫


更に蒼い光が走って、メモリが……私の手に握られたメモリが、撃ち抜かれる。


「ぁ……!」


はじけ飛ぶ破片。その途端に走る猛烈な脱落感。それでも倒れることすら許されない私の体。

ただ打ち震え……既に絶対零度を通り越し、逆に熱へと支配されていく体に、恐怖を覚えるしかなくて。


「なん……で…………」


頑張ったのに。これを使うために……抱かれたくもない男達に抱かれて、手駒を増やして……動物も嫌いなのに、猫も餌付けして……それで、頑張ったのにぃ!

なのに、なんで! なんで努力が認められないの!? また踏みにじられた……しかもこれは……これは……!


「あたしの……あたしの、メモリがぁ……!」

「片由さん、変身なんてさせないよ」


そこで後ろの木の陰から……あの子と、空色の女の子が出てきて……!


「メモリを砕けば、片由さんが用意した“ペット”も……そうされてしまった人達も解放される。ここは既に検索済みだ」

「蒼凪、くん……!」

「せめてもの情けで教えてあげる。あの話……全部ウソだよ」


蒼凪くんは、哀れみの視線を向ける。養成所の事務所で……ウソに煽られ、右往左往していた私をあざ笑うように……!


「冬騎馬先生も僕を評価してくれてはいたけど、あそこまでじゃない……。
ホリプロさんも僕が危なっかしいのは知っているから、忍者活動をそのままっていうのはちょっと困る……」

「なら、全部……私を……いぶり出すために……!?」

「できるだけ“被害が少ないところ”じゃないと、どうなるか分からなかったからね。それで早苗さんにも協力してもらった」

「卑怯……者……。こんな手で、勝って……それでも……」

「それこそ勘違いなのです。……戦闘の基本はかくれんぼ……と、ふかふかダンジョンって転生もの小説で言っていたのですけど」


あの子は……名前も知らない小さな子は、大きくため息を吐く。私が筋違いだと……哀れだと言わんばかりに。


「何でもありなんですよ、片由さん。実戦は試合や決闘じゃないのです」

「……リイン、それどこで……あぁ、いいや。
片由さん、一つ聞きたいことがある。美咲良二って刑事に付けた首輪で、あれに発砲・立てこもり事件を起こさせた?」

「……知らないわよ、そんなの……」

「……嘘は言っていないみたいだね。つまり、首輪は付けたけど……勝手に飼い主に気を利かせたと」

「そうよ。だから……なにが悪いの……!? 私、なにも悪いことなんてしていないじゃない!
ただ私のペット達が、私のために奉仕した! 役に立たない奴は廃棄処分した! たったそれだけなのに!」

「ふざけんじゃないわよ! 何人も殺しておいて、殺そうとして……人の人生を滅茶苦茶にして! 挙げ句えん罪まで生み出しておいて、“それだけ”!? そんなんだから夢も叶わなかったんでしょ!」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!
そうだ、私は悪くない…………許さ、ない…………」


そうだ、許さない。今は無理でも……いつか……いつか……。

また私を無視して……無視して当然だと言う顔で、下らない話を続けるコイツらが、後悔するように……。


「こんなこと、認めない……必ず、必ず復讐してやる……!」


コイツらの幸せを壊してやる。私の夢を壊した報いを、コイツらに受けさせる。

何十年かかったって構わない。私は、間違ってなんていなかった。だから……。


「お前達は、それに怯えてくらす……そうして……」

「……その前に、まず片由さんが復讐される番だよ」


意味が分からない。私は…………そこで気づく。

体の熱は、ただの恥辱じゃない。私の首に……いや……氷で閉ざされた中でも、全身に“首輪”がかけられていた。


「え……!?」

「片由さん、首輪での自爆攻撃を使ったとき……傷ができたでしょ。だから包帯を巻いて隠していた」


なんで、そんなことを知っているの?


「オーナーのメモリはね、ペットを捨てる権利が行使されたとき、相応のペナルティーを発動するのよ。それが重たければ重たいほど傷が深くなる」


待って、知らなかった。私は知らない……こんなの知らない!


「片由さんは何度も自分の“愛玩動物(ペット)”を死に至らしめてきた。だからそんなペットたちの恨みが、苦しみが、“飼い主として背負うべき責任”として片由さんに収束している」

「じゃ、じゃあ……これ……これぇ!」

「恭文さん、これは」

「僕でも無理だよ」


だって、人を言いなりにできるって! 都合が悪くなったら捨てられるって! そういうものだって……それだけだったのに!


「本当に、どれだけの動物や人を実験台にしてきたんだか……!」


こんなの知らない! 教えられていない! 実験はしたけど、それだけで……それが悪いの!? 悪いことだったの!? 夢を叶えるために努力して……ねぇ、待ってよ。

アンタ達、なんで一歩ずつ離れるの!? なんで……身体中が熱いのに! 締め上げられながら、引きちぎれそうで……凄く苦しいのに!


「ここまでこんがらがったら、もう斬れる可能性なんて一欠片も見えない」

「……そうなのですか」

「早苗さん、予定通り多重結界でコイツを封鎖します。それでも封鎖後は、できるだけここから離れましょう」

「分かったわ」

「た、たすけ……たすけて!」

「……片由さん」

「こんなつもりじゃなかったの! そうだ、あの……あたし、あなたのペットになるから!
毎晩犯してくれていい! どんな命令でも聞く! メモリで人を殺せというなら殺す!」


そうよ、それが狙いなのよね! だったら……そうじゃなきゃできるはずがない! それも分かった上でメモリを壊す……私を殺すなんて、できるわけがない!

だって、現に……私は誰も殺していない! ただペットにした奴を捨てただけ! ペットに殺しをさせただけ! なにも悪くない! 汚れてなんていない! それくらいには善良なんだから!


だから…………。


「そうよ……あの阿智って刑事は、それでなんでも聞いてくれた! アンタだって男なんだし、それでいいでしょ!? だから」

「夢を叶えたいなら、やり方が違っていた」


やめてよ……拒絶するように、右手をかざさないでよ……。

道連れすら許さず……私を、封鎖とか……遠ざけるようなことは、やめてよ……!


「さぁ」

「やめ……………………!」

「お前の罪を、数えろ」


叫んで止めようとしても、もう遅かった。


「ぁ……」


アイツらは……この場所から突如喪失。空は幾何学色となり、明らかに別世界となった。

私の声はもう誰にも届かない。私の悲鳴も、怨嗟も……何も届かない。


「あ……あぁああああ……」


やだ、やだ、やだ……こんなところで、一人ぼっちで死にたくない……。


「あたし……あたし……あた」


泣きながら首を振ってももう遅い。氷の中で……私の体は、いくつもの首輪によって……みじん切りにされて……。


「――――――!?」


その痛みで絶叫した瞬間、爆炎が私を包み、同化してくる。そうして私の体は……命は……即死なんて楽な真似すら許されなかった。

阿智が、あの野良猫が、富沢が……私が利用してきた愛玩動物達が、私を押し倒し、食らいつき……むさぼり尽くす……!


「あぁあぁああぁあぁあ――!」


意識が永遠にも思えるほど、その痛みを味わってくれる。


「いやあぁああぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


それが苦しくて、苦しくて、悲しくて…………私は……恨みを抱くことすら許されないほどだったのだと、そう突きつけられながら……地獄に埋没していく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――片由さんは見えてすらいなかったのだろう。自分の身体中に、自分がかけただけの首輪がかけられていることを。

僕も改めて……眼を開いて見て、ぞっとした。恐らく事件が起きる前後で、一気に加速したんだ。だから僕も、アルトも気づけなかった。

それもまた僕達の罪だと突きつけながら……そっと、かざしたままだった右手を下ろす。


「――恭文さん、内部での爆発……片由冴未の消失……いえ……生きています!」


どうやら反省の念は通じたらしい。ただ……僕もチェックはするけど、画面内の片由さんは……。


「……悪魔に魂を売り渡した結果かよ」


ショウタロスは痛ましそうにソフト帽を目深にかぶり、シオンとヒカリ達も見るに堪えないと首振り。

……片由さんは生きていた。ただ……全身に首輪の痕が刻まれていた。顔にも、首にも……吹き飛んだ服の代わりと言わんばかりに、全身にだ。

そして締め上げ続けていた。二度と忘れるなと言わんばかりに、その体を締め上げ続けていた。


……首輪を付けたということは、その首輪にお前も縛られているのだと……見捨ててきた愛玩動物達の悲鳴が響くようだった。


『い、た……いたい……いたぁあ……あぁあぁあああ…………』

「周囲のBC環境確認……毒素などの影響もなしなのですよ」

「それでも救急班が届くまではこのままだ。……設置魔力は問題ないよね」

「大丈夫なのですよ」

≪むしろここで死んだ方が楽だったかもしれませんね。あの人は一生、付け返された首輪に戒め続けられる≫

「彼女はペットと飼い主という関係を、信頼や願いではなく呪詛で押し通した。そのツケと言えば、当然なのかもしれませんが……」

「……お疲れ様……とは言える雰囲気じゃないわね、これは」


早苗さんもいろいろ気遣ってか、僕とリインの肩をぽんと叩いてくれて……それにはちょっとだけ、不器用な笑顔で返す。


「でも、ガイアメモリってこんなやばいことも起きるの……!?」

「だから止めなきゃいけないんです」

「…………」


――なんのリスクもなしで、超人になんてなれない。痛みもなしで『なりたい自分』にはなれない。


≪……あ、劉さんから連絡がきましたよ。美咲良二が突如意識喪失。構えていた機動隊が突入し、無事に確保……課長さんも重傷ですけど、命に別状はないそうです≫

「そう……」

≪とはいえ、あの課長も、美咲良二もこれからですよ。課長については先走った責任も含めて取らされるでしょうし、美咲良二も操られていたわけじゃないなら……≫

「操られていたとしても、罪は消えないよ」


夢を叶えるっていうのは、どういうことだろうか。


「人ではなく、自分がそれを戒める」

≪……そうですね≫


いろんな解釈があるけど、僕は……非現実を現実に寄せていくことだと思っている。

舞宙さん達で言えば、いきなりステージでうたって踊ることなんてできない。僕だっていきなりここまで魔法や剣術が使えたわけじゃない。

少しずつ努力して、その経過で非現実的なあこがれを、現実に……日常の一部にしていく。それを受け止められる心構えも、力も付けていく。それが夢を叶えるってことだと思う。


でもただ頑張ればいいってわけじゃない。京都に行きたいのに、北海道行きの飛行機チケットを取る人はいない。ゴールに近づく相応の方向性は見定める必要がある。それは、ある程度自分の可能性を縛るリスクにも繋がる。

だからこそ片由冴未も“こうなった”。こうなるべくしてなってしまうだけの経過を……現実を積み重ねたから。阿智信彦も、美咲良二も……誰だって同じだ。

もちろん僕達だって……だから、忘れないでおこう。夢は、いつだって“こんな暴力”に成り果てる可能性も秘めていることを。


その上で大事に育てられたらいいなと……目に染みるほど青い空を見上げながら、改めて思う。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――こうして事件は解決した。


片由冴未はオーナーメモリの副作用により、全身不随。阿智信彦ともども主犯としてそのまま起訴……非公開の裁判にて、このテロの罪を問われる。

罪状についてはまた別のバイヤー、更に同じ内通者だった警察官達の逮捕・自供が決め手となり、既に有罪確定。やっぱり富沢や他の顧客……その親元まで殺してきたのは、この二人だった。

揃ってメモリに手を出したことへの恐怖から心がへし折れ、自らも自供と後悔の念を漏らしている。……でも逃げ場はない。


特に阿智についてはもう、そういう発言そのものが信用できないと死刑求刑も視野に入っている。

というか、大体アイツのせいだもの。片由冴未があそこまで暴走したのが、阿智から渡されたメモリのせいというところまでばっちりだしさ。


……そんな奴から流れたものでこんなことが起こってしまった。それが本当にやり切れなかった。


あ、そうそう……例の猫ちゃんだけど、やっぱり近所の野良猫を餌付けして、適当にコネクタ施術を施した子だったみたい。片由冴未の日記で判明している。

それで……人肉への依存も抜けきれないまま、衰弱死した。最後に苦しむことなく逝けたのが救いだった。

その後は都内の動物霊園に預け……名前も付けてあげて、静かに眠らせたんだけど、問題が一つ。


僕が提案した“バルバロビッチタロス十三世”はなぜか却下され、沙羅さん命名のビッキーに……なんでだよ! 凄くかっこいいのに!

というか、ビッキーってビーストメモリから付けたんだよ!? さすがに可哀想でしょ! くぅ……これが正義か! 気に食わないね!


まぁ……とにかくそんな僕も……短かったようで長かった三か月の区切りを付けることになって。


「――じゃあ、契約は満了ということで」

「はい。……蒼凪さん、このたびはありがとうございました」

「いえいえ。こっちこそあの……無茶なお芝居に付き合って……もらいまして……!」

「あれは事情込みだったので、そんなにお気になさらず……!」


井上さんには養成所のメインオフィスで……その応接用ルームで向き合い、深々とお辞儀する。

……あんな事件があっても、みんな止まらない。また明日を……輝ける星を導くために、懸命に働いていた。


「大体の調査は横浜港署の刑事課がやっていましたから。お礼を言うならそっちに」

≪私達は顔見知りだったから、その後詰めをしただけですしね≫

「それでもです。……うちの生徒に危ないものが回る手前で止めてくれましたので」

「それについても冬騎馬先生です。……片田冴未がそれらに手を出していたのを知って、説得していたそうですから」

≪その辺り、バイヤーや片由さんの所持品……阿智の証言からも証明されました≫


そう……読んでいた通り、薬絡みの話はそういう意味だったのよ。阿智達は養成所の中でなら、警察などにもバレにくく、固定顧客を増やしやすいと踏んでいた。

でも冬騎馬先生は当然そんなことに頷くわけもなく……警察に相談することも視野に入る状況になったため、殺したのよ。

とはいえそのままだと片由冴未が疑われるのは必然。流れ的に阿智も危なくなる。だからビーストメモリでビッキーをドーパントにして、襲わせて……その犯人になる予定だったのが、かざねだ。


ただここでいくつか予定外のことが起きた。


一つ、阿智は主導を握った親玉のつもりで、いつの間にか飼われる側になっていた。

二つ、片由冴未がオーナーメモリの力に飲まれてしまっていた関係で、アリバイ作りなどの基本的な部分がガタガタになった。

三つ、そもそも強引に逮捕しようとしても、真知哉さんには犯行が不可能だった。腱鞘炎の絡みもあるし、鍵の問題もあるしね。

四つ、その辺りを初期段階から指摘できる人間……つまり僕がクラス内に潜入していたこと。


つまり奴らの計画は、冬騎馬先生が首を振らなかったことで……そのためにこんな手を企ててしまった時点で、根底から破綻していたのよ。


≪確かに結果失敗し、殺されました。
ですが奴らが真知哉さんにその罪を着せようとしたことで、クラスそのものをドラッグ漬けにする計画そのものが破綻した。
……あの人は身を挺して、私達を守ってくれていたんです≫

「……そう、言ってもらえると……ありがたいことです……!」

「いえ……」


そう、冬騎馬先生は僕達を守ってくれた。だから……。


「それと今回の依頼料、僕は……いただけません」


その死には、僕にも責任のあることだと……固く戒める。


「僕がもっと早く身分を明かしていれば、冬騎馬先生は死なずに済んだかもしれません。片由さんだって……止められていたかもしれない」

「蒼凪さん……」

「だから……」

「それは困ります」


でも井上さんはそんな迷いと弱気を、ぴしゃりと止める。それは間違いだと……驕りだと、視線でも僕に突きつけていた。


「あなたは真実を明かし、真知哉さんや我々を守り、仕事を完遂した。
我々はそんなあなたに、相応の報酬を送る。……それはプロとして当然のことです」

「井上さん……」

「もし……心苦しい部分があるのであれば、次はお互いによりよい仕事を……結果を目指していただければと、そう思うんです」

「え……」

≪え、それは……今後もなにか仕事を依頼するということですか?≫

「えぇ。もちろんサウンドラインさんや、ミュージックレインさん……先約優先で構いません。
ですがうちとしては……ドラッグもそうですが、そういうタレント活動であり得る危険について、講義してもらえると……防犯関係についても見直したいんです。
そのためにはやはり、そういう案件にも詳しい蒼凪さんの……PSAのお力が必須です」

≪あなた、どうしますか?≫

「…………分かりました」


井上さんの言う通りだ。ここで報酬を受け取らないのなんて、結局自己満足なんだ。

僕はプロで、仕事を受けて……だったら、その軸はぶれさせちゃいけない。


「ならそこは、他の忍者さんと協力して……全体的にサポートできる形に。早速うちの劉代表代理と相談してみます」

「助かります」


井上さんは表情を緩め、応接用ルームの外を……せわしなく働く仲間達を見やる。


「今回のこと、我々としてもただ被害者ぶるつもりはなかったので」

「……やっぱり難しいですよね。人を……それも人生を賭けた夢まで預かっているわけですし」

「改めて、肝に銘じているところです」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


改めてよろしくお願いしますと……いろんな話をした上で、お見送りまで受けてしまった。

そうしてオフィスを離れ、代々木駅まで歩き……そこを抜けて、自然と向かったのは三か月通ったレッスンスタジオ。

さすがに事件の後で、あの場所は使われていない。改めて修復や調整なんかも必要だしね。お祓いなどもするそうだよ。


だから見上げて……そして、スタジオの玄関前に置かれた花やお菓子に、新しい物を添えて……手を合わせるだけ。


「――冬騎馬先生、真知哉さん……かざねも、もっともっと頑張って、素敵な声優さんになります。だから、見守ってあげてください」

「お兄様、それだけでは足りませんよ?」

「ん……あなたやみんなと過ごした三か月間は、教わったことは絶対忘れません。ありがとうございました」


それから静かに階段を下りて、また……スタジオを見上げて。


「……お疲れ様」

「ひゃあ!?」


すると右頬に暖かいものが当てられて……ぎょっとしながら離れると、そこには笑顔のいちごさんがたたずんでいて……!

いちごさんはいつもの和服にコートを軽く羽織る和洋折衷。相変わらず着回しが上手で奇麗だった。


「い、いちごさん……!」

「そう、絹盾いちごだよ。先輩のなり損ないだよ」

「潜入捜査だって言いませんでした!? というかどうしてここに!」

「今日は早めにお仕事が終わったから」

「リインが連れてきたですよー♪」


すると影からリインもひょっこりと……そういうことかー。いや、考えて然るべきだった。



「まぁリインちゃんからも改めてお話は聞いたけど……大丈夫?」

「ですね。いちごさん……というか才華さんも、お仕事の絡みであんまり会えなかったから心配していたですよ?」

「ちゃんと背負って、次に繋げよう……そんなエールももらいましたから」

「そっか」


いちごさんはそれで納得してくれたのか、笑顔で……手にしていたお茶をそのまま渡してくれる。……もうこの熱さが、心地いい時期になったんだなぁ。


「ありがとうございます」

「……しかしまぁ、いろいろ難しい事件だったなぁ」

「うん。……例の……美咲刑事も結局起訴。実刑判決を受けそうだしね」

「刑事……あぁ……犯人一味の片割れというか、錯乱して立てこもりを起こした人」

「はい」


そう……あの腰巾着しかできなかったお兄さん、情状酌量などの余地もないと判断された。

更に僕やかざねが真犯人で、その怪物だったとまで言う始末。それで聴取した刑事や検事さんにも食ってかかるし、そもそも人質にされて、重傷を負った課長さんも大激怒。

職業倫理的にも、事件関係者と事件解決前にそういう感じとなってしまうのも……言った通りアウト。その辺りから美咲良二は懲戒免職処分となり、責任が徹底追及されている。


「今も裁判で主張する準備を整えているそうですよ? マスコミなんかにも悪意に貶められた悲劇の刑事ってことで、手紙を送ったりして……」

「大丈夫なのかな、それ」

「悲しいことに……全く、なんの問題もありません。そもそもその手紙も捜査かく乱や誹謗中傷、人権侵害などの怖れがあるってことで、出される前に全て検閲・確保されていますし」

≪そして裁判で主張しても無意味です。事件性の問題から、非公開が決まっていますからね。
……あの人、このままじゃ本当に死刑もあり得ますよ? 自ら“私は野放しにすると危険です”って叫んでいるも同然ですし≫

「そっかぁ。……なんにしても、嫌な傷跡だけは残りそうだね」

「一応面会に行って説得も申し入れたんですけど、僕が行くと帰って刺激して逆効果って周囲に断られましたしね。……ほんとどうなるんだか」

「あの意地っ張りは絶対最後の最後で後悔するやつなのですよ。リインにはお見通しなのです。」


――――結局その結果はあまりにも救いがなかった。

この三か月後、阿智信彦と美咲良二は共に死刑が確定。

警察の情報を非合法組織に売り渡していたこと。その諜報員に揃って成り果てていたこと。警察署内での狼藉・逃亡……その手で誰かを殺していなくても、国家的にも驚異的なテロリストとして処断されるべきと判断された。


だから奴らはもう二度と、自由の身を謳歌することはできない。それぞれ一年も経たないうちに、その命を持って悪徳の……盲信の償いをする。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


拘置所に入れられて、起訴が決まって……俺はどこまでも孤立していく。

だがもうすぐ変わる。マスコミ各所に声明を送った。阿智さん達を貶めた奴らも、これで制裁される。だからもう少しの辛抱なんだ。


『美咲さん……これ以上は本当に無理です! ちゃんと非を認めて、反省を示してください!』

「弁護士さん…………勅使河原さん。
正義って、なんですか」

『あなたは阿智信彦に騙されていた! 正常な判断ができる状態ではなかった! そう主張しなければ実刑もあり得ます!』

「俺は、阿智さんを信じる……それを貫くことが、真の正義だと信じています」


弁護士さんはなぜこんなに怒っているんだろう。俺はただ、マスコミ各所に声明を送ったと……蒼凪恭文と真知哉かざねことが真犯人だと、世に知らしめようとしている。そういう話をしていたのに。


「なのに、どうしてそれが悪になるんですか。人を信じるなら、最後まで……そういうものじゃ、ないんですか……!」

『信じる相手の悪い部分……そういうものと向き合う勇気を伴わないものは、信頼と言いません。むしろ真逆なものです』

「それでも……だとしても……真犯人は蒼凪恭文と真知哉かざね! それは間違いがないんだ!
そうだ、だから俺は伝えるんです! 裁判を……マスコミを通し、本当の正義を! 真実を!」

『……でははっきり言いましょう。あんなものをマスコミに出した時点で大迷惑極まりないので、全てが警察に、証拠として保管されています』

「なんだって……!」

『そしてあなたが期待している裁判も、全て非公開となっています』

「アンタは、それを認めたっていうのか! 弁護士なのに……法に関わる人間なのに! アンタには正義を貫く魂がないのかよ!」

『…………だったらどうして! 課長に発砲した上で一晩中立てこもったんですか! その行動のどこに正義があると!?』


弁護士はなぜか俺に怒りを向けて、叫ぶ……それどころか、いそいそと荷物を纏め始めて。


『もう無理です。弁護は他の方に頼んでください』

「ちょっと、待ってください……俺はいい! だが阿智さんを見殺しにしないでくれ! 阿智さんは絶対に無実だ! 俺が……阿智さんを近くで見続けてきた俺こそがその証明だ! 信じてくれ!」

『……相手の悪意すら知ろうとしなかったあなたの目など、ないも同然です。……では』


…………弁護士はそのまま出ていった。一人残された俺は……そのまま床に崩れ落ちる。


「悪意って、なんだよ。仕方ないじゃないか……上司なんだぞ。
逆らって刑事じゃなくなるのが嫌だから、何でも言うことを聞いて……それのなにが悪いんだよ……」


そこでつい、弱音が漏れる。


「だから……助けて、くれ――!」


難しいことを望んでいるわけじゃない。ただ、阿智さんと俺が正義だと証明される。そんな最高のハッピーエンドにしてほしい……それだけなんだ。

それだけなのに……どうして、こんな場所にいいるんだ。俺は……俺は……本当は、どうすればよかった……そんなことを望んでももう手遅れだった。


俺はもうとっくに、自分の未来を……阿智さんを救う選択肢なんて、手放していたのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――――まぁ救いがあるとすれば……代々木署は今回の件を受けて、異能犯罪や霊障への対処方針……外部との協力体制を見直すそうですよ。
刑事課の課長さん……人質に取られた人も左遷されて、佐渡島の交番勤務になるそうですし」

「人質に取られたのに?」

「元はといえばPSAと連携せず、先走った結果……つまり自業自得と判断されたんですよ」

≪もちろん阿智達の不正行為を、この段階まで追及できなかったことも含まれます。
まぁ偉い分、部下がやらかしたことへの責任を取るのもお仕事ってことですよ≫

「あれは可哀想でもあったよねぇ。当人もさすがに猛省して、粛々と受け止めていたってのに」

「……てめぇがまた遺書を書くとか言い出したのに絶望して、心が折れたんだろうが……!」


ショウタロスがなにを言っているか分からない。僕はちゃんと遺書も書いて家族へ送ったっていうのに……ねぇ?


「うん、そこについてはまた説教しようか」

「いちごさん!?」

「疑問を持たないの」

「ですね。というか恭文さんはそのまえに、田所さんとかなのですよ。
“ありがサンキューもプレゼントする”って言っているですし」

「だから……僕がやってもただのネタだからね!? 先輩を煽っているからね!? なんなら僕が言い続けることで、元祖である先輩も普及されるからね!?」

「だよねー。当人はそこからも必死に逃げているけどさ」


でも先輩には救いがなかった。きっと先輩は、ありがサンキューという笑いの十字架を一生背負っていくのだろう。今そんな感じがしている。


「とはいえ恭文くんがスーパーキャリアな感じも……いや、一応今のところ警視扱いなんだっけ? ミュージアムのこととかで功績もあったから、特例的に」

「ですね……」

「照井さんや赤坂さんと同じくらいだ」

「あ、照井さん、最近警視正への昇進が確定しました」

「そうなの!? え、照井さんも凄い!」

「凄いですよー。昔の特撮だと特捜ウィンスペクターの香川竜馬さんクラスですからね。というかあの人、リアル竜馬さんですからね」

≪でも昇進としては遅いくらいですよ……。当人はまだまだ現場を走り回る覚悟ですし≫


でも警視や警視正って言うと、警察署長にもなれる役職なんだよね。それだけの責任を背負っているというのは……うん、本当に重たいことだって思う。

だから……またその力との向き合い方も考えたいし、僕だって現場を走り回りたいし。


「とはいえ井上さんが指摘したとおり、お兄様もまだまだ生卵……現在進行形です。課題を見据えるのは良いことですよ」

「とすると、まずは行き先だよね。僕はやっぱり現場を……街を走り回っていたいけど」


現場を……そんな場所の一つとなったスタジオをもう一度見上げる。


「……第一種忍者資格の獲得から目指そう」


冬騎馬先生に、改めて誓いを立てる。僕もみんなみたいに、前に進んでいく……それで絶対に忘れないと、生徒としての誓いを立てる。


「そうしたら権限も増えるし、今回みたいなドタバタも減らせるかも」

「お、いいじゃないか。候補生時代から数えて十年……そろそろって時期だしよ」

≪とはいえ実技、筆記ともに試験は難関。あのいづみさんも落ちていますからね。計画的に準備していきましょう≫

「ん、頑張る」

「そっかぁ。じゃあ……やっぱり、ありがサンキューの後輩になる道はやっぱりない感じ?」

「……いちごさん?」

「まじめな話だよ。そのままは難しくても、入り直して勉強って道もあったし……実際ね、うちの田上さんや、ころあず達もレッスンの経過報告は聞いていたんだよ」

「いや、事情を知って……いたけど当然かぁ……!」


ショウタロスの言う通りだった。潜入捜査については、本当に極秘の極秘。一部の人間しか知らなかったことだもの。だから事情通りに、スカウト元への状況報告や能力査定の結果なども伝えられるわけで。


「先生やスタッフさんの評価も悪くなかったし、やり取りする演技はともかく、歌については高く評価されていたんだよ? 人と掛け合いするのに意識を裂かない分、シンプルに行けるみたいだーって」

「……それは、凄く嬉しいです」

「きっと、恭文くんが頑張って続けてきたからだよ。うたうことを好きでいてくれたからだ」

「ライブの様子でも改めて思いましたけど……みんな、凄いですよね。そういう人達が……スクールの中にもたくさんいたんです。
いろんな難しさを抱えても、頑張って、夢を叶え続けて……それでご飯を食べて」


そう考えると昔の僕、ちょっと弱気だったんだって思う。駄目だから別のことをって……うん、それも御影先生やヘイハチ先生に、ウェイバーにいろいろ教わって、感じたことなんだ。

僕の色……僕だからこそできる戦い方を、歌の表現で探そうとしていなかったんだって。まぁ、そういうことを誰も教えてくれなかったわけだけど……それでもってさ。


……だから、本当にこの三か月間は楽しかったんだ。冬騎馬先生は……みんなは、それを一緒に考えてくれたから。


「そうすることが、たくさんの人に幸せや勇気を与えることに繋がる……素敵な仕事だって思います」

「そうだな。私もいい仕事だと思うぞ」

「ん……すっごく憧れる」

「リインもなのですよー♪」


だから迷いはあった。このままって気持ちも……実際劉さんや沙羅さんも見抜いていたのか、『東京』のことは気にするなとか言ってきたこともあるし。

だから考えた、悩んだ。もっともっとうたってみたいって気持ちもあって……それは本当で……だけど……。


「だけど、僕はやっぱり」

「……ああいう、危ないお仕事の方を選んじゃうんだ」


……そこで右側から声がかけられる。するとお花を抱えたかざねが……こっちに近づいていて。


「あ、えっと……いちごさん、真知哉かざねさんです。同じクラスだった子で」

「あぁ……君かぁ。恭文くんに堂々と『友達じゃない』とか断言されたのは」

「それです! というかあの、初めまして! 真知哉かざねです!」

「初めまして。絹盾いちごです」

「その、ごめんなさい。お邪魔しちゃって」

「ううん、こんなところで話し続けちゃったのがあれだし……お参りかな」

「優しくて強い魔法使いが、先生が守りたかったもの……ちゃんと助けてくれたよって、報告だけ」


かざねは真っ直ぐに僕を見て……一歩踏み出す。それから逃げることは当然できない。すぐに感じ取れた。


「でも、どうしてかな。あたし達のこと、騙していたから?」

「……僕ね……この街に住む誰にも泣いていてほしくないんだ。
すれ違う誰かが繋がって……かけがえのない誰かに変わる可能性も守りたいの」


たくさん考えた、悩んだ。それは当たり前として……ショウタロス達を見やる。


「義務感で戦ったことなんて、一度もない。
ただ街と可能性の涙を拭うために、僕達にできることをしているだけ」

「…………」

「まぁうたって踊れる声優で、魔導師で、忍者ってのも楽しそうだけどさ」

「……あたし達だって、夢を……ちゃんと叶えられるか分かんないよ?」

「でも叶えられるかもしれない」

「でも、無駄に終わるかもしれない!」

「無駄なんかじゃない。夢見た時間も、憧れた時間も……きっと無駄なんかじゃない。全部未来に繋がっていく」

「……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そう信じる……信じるから戦う。義務という我慢ではなく、そうしたいという我がままで戦う。それが自分の道だと、あの子は……あの子達は誇っていて。


「というか、準所属も決まっている人が言うことじゃないって、それはー」

「あっさり返さないでくれるかなぁ! そこ言われると……確かに辛いけど!」

「……かざねちゃん、安心して。蒼凪には後で私から説教をしておく」

「え!?」

「当たり前だよ……友達じゃないって点も含めて、たっぷりお話するから」

「あれはいろんな意味で理不尽だったのです。反省するといいのですよ」


絹盾さんとリインちゃんはそれ以上何も言わず、見ていてくれる。きっと、間に入っちゃいけないって気を遣わせている。


……だから、あとはあたしだけ。

あたしが、この子とどう向き合うかだけ。でも……それなら……。


「…………ああもう!」


もうとっくに決まっていたんだと、頭を左手でかきむしっちゃって……。


「分かっているよ! アンタはクレイジーなくせにお人好しで、そんなのを見過ごせない……自分が走れるなら突っ走っちゃうって! それで声優のお仕事と同時並行なんか無理だし!」

「……ごめん」

「謝らなくていいよ! だから、だから…………せめて、うたうのはやめないで! ここで勉強したこと、絶対忘れないで!
アンタがあのとき言ってくれたことが……嘘じゃないっていうなら」

「嘘じゃない」

「だったら、それだけ……ううん、まず一つ!」


でもそれだけじゃ足りないと……あの子へ踏み込む。


「だから次。もしさ、あたしが夢……叶えられたら、そのときは見に来てよ。
ライブでも、イベントでも……もちろん出ているアニメとかでもいいし」

「うん」

「それで、死ぬのとかなし。ハーレムしているんだし、天寿を全うしてよ。自分の可能性も、ちゃんと繋げて。
そうしないと……無理にでも誘っていればって、あたしが後悔する」

「それも、頑張る」

「あとは、えっと……えっと……!」


そうだ、踏み込む理由ならある。ちゃんとあるんだ。だって……あたしのこの気持ちは。


「かざね!」


どこかで怖がって……でも憧れていたこの気持ちは。


「あたしは、かざねだよ? …………恭文」

「うん――かざね」


この子と手を取り合いたいと思うこの気持ちは……絶対に捨てられない、大切なものだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


恭文君の潜入捜査は、穏やかに終わる……かと思ったら、もう相変わらずのドタバタ! でもなんとか無事に片付いたようで、イギリスの自室で……スクールの寮でほっと一息。


「……そっかぁ。恭文くん、いっぱいお友達できたんだね」

『はい。あの後、かざねちゃんと……同じクラスの子達から送別会だって引っ張られて。
なんか忍者だって分かったし、事務所所属の話で騙されたし、だったらお酒も込みオールもやるぞーって凄い気合いで』

『それでリインもお見送りなのです! というか……また浮気なのです! リインと出会う前に婚約者になっていたフィアッセさんとかだけに飽き足らず……かざねさん、絶対フラグ立てられていたですよ!』

「……リインちゃん、それも理不尽だってあたし……お話したはずだよね?」

「相変わらずリインちゃんは激重だなー」


でもまぁ、上手く纏まってよかったよ。……恭文君はうたうことを好きでい続ける……多分、それが一番大事なんだ。劉さんもそういうお話、恭文君にしたそうだし……それくらい入れ込んでいたのは確かみたいだから。

ああもう、じれったいなー。でも……うん、ここで迷うのは恭文君への裏切りだ。あたしはあたしで、またきっちり走らないと……そう隣のフィアッセさんと、笑顔で決意する。


『……ところでまいさん、学長さんと密着ってどうなの?』

「あたしも実はビクビクしている……!」

「今はプライベートだし大丈夫だよー。それにほら、もっとくっついていたこともあるよね?」

「あ、はい」

『ほんと公私は分けていこうね?』


というか、学長……フィアッセさんも肩寄せ合う形で、あたしのスマホを見つめてきていて……いや、いちさんも表情を厳しくしないで。そこはうん、さすがにちゃんとしているし。


「というか、いちごちゃんはどうなのかな。
そのかざねちゃんみたいに止めたかったとか」

『あ、それはリインも聞きたかったです。わざわざ待ち合わせず、リインに頼って追いかけたですし』

『……実はね。
でも歌を、表現を好きでいることに、場所は関係ないかなって思い直した』

「そうだね。歌はこころで……生き方でうたうんだもの。だから恭文くんの歌は、私達も、鷹山さん達も……かざねちゃん達だって繋げられるの」

「それが恭文君の歌。恭文君にしか……ショウタロス君達にしかうたえない歌なんですよね」

『……恭文くんが苺花ちゃんを助けられるかどうかの瀬戸際で、すれ違ったお姉さんに刻まれた強さ。絶対に忘れられない色』

『そして、この街で誰もが持っている可能性なのですよ』


生き方で人はうたう……歌声を生み出す。フィアッセさんの持論だった。それで、私とフィアッセさんも、恭文君の歌が好きになって……それで……いろいろ頑張っちゃって−!


「でもそれだけじゃないよね。その子とも約束したんでしょ?」

『天さんとも改めてね。動画の最終準備もするみたいだよ?
……忙しいと思うけど、見てあげてほしいな。きっとまいさんに届けたいはずだから』

「もちろん。でもそっか……今ならそういう繋がり方もできるんだ」

「また新しい風が生まれるよ。……だから、私達も頑張ろうね」

「はい」


繋がった風は止まらない。ううん、私達が止めないで、生み出し続けるんだ。

だから待っていて、恭文君。二年後……もう一年と九か月後になるけど、もっともっとパワーアップした私をお届けしちゃうから♪


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


自分という色を使い尽くす……変えられないものの良さを、強さを引き出す。それはなにかを成し遂げようとするなら逃げられない壁だけど、それは同時に可能性を縛る枷にもなる。

鳴海荘吉が“孤独な骸骨男”として……“ただの街の探偵”として戦い続けたことが、僕と苺花ちゃんを殺す答えに収束していたように。ミュージアムが犠牲を生み出す形でしか地球を救えなかったように。

だから僕は描いた。僕という色に、別のものを合体≪ブレイヴ≫させられる自分を。そうして繋がって、守って、壊して……そんな戦いを続けられる自分を。


だからきっと、この色も……僕に新しい可能性をもたらしてくれる。そう信じて付け加えていく。


≪テスト収録はまずまずでしたから、頑張っていきましょうね≫

「うん」

――ジンウェンちゃんねる――


まぁ、まさか本当に歌い手としてチャンネルを作るとは思わなかったけど……普通にVチューバー的なイラストや3Dモデルも作るとは思わなかったけど!

うん、実はこれで時間がかかっていたんだ。さすがにお仕事上顔出しはできないしさ。でもいよいよ後戻りが……いや、いいや!

あくまでも自分が楽しく、好きな歌をうたう……そういう場所なんだから。これも今だからできる楽しみ方だ。


「……でもヤスフミ、こりゃどう見ても女の子」

「言うな……!」

「と言っても仕方ありませんよ。お兄様の声質に合わないモデルは使えないわけで」

「最初期の男性モデルは、むしろひんしゅくレベルで大却下だったからなぁ……もぐもぐ」

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 伊藤ライフ先生を見てみなよ! 黒髪眼鏡巨乳美人さんで地声なんだよ! だったら僕だっていいでしょ! 僕は伊藤ライフ先生を信じたんだよ!」

「……恭文さん、それを言えばもうなんでもありすぎるのですよ。というか、結果的に可愛いキャラになったですよ? 現実に沿った形で」

「何一つ沿ってないよね! 強いて言うなら猫耳と尻尾程度だよ!」


そうだよそうだよ……なに! このベトナム民族衣装に身を包んだ女の子は! しかも名前は中国語読みなんだよ! 我ながらカオスすぎる!


「というか……リイン! もう三週間経ったけど! なんならクリスマス過ぎているけど!」

「恭文さんとこのまま誕生日まで一緒なのですよー♪ それで今年こそお嫁さんにしてもらうです!」

「ごめん。あと十年待って」

「だからなんでなのですかぁ!」

「さすがに今の年齢は無視できないって言い続けてきたはずなんだけどなぁ!」

≪ほらほら、それより……始めますよ。なんでかチャンネル始めますーって予告動画、再生数が伸び始めているんですから≫

「ほんとどうしてだろうね!」


おかしいなぁ! 別段有名人にピックアップされたわけでもないし! というか、特別なにもしていないのにさ!

テスト収録の音源を軽く組み合わせて、メドレー風にしただけでもう……Vチューバーさんってさすがに飽和状態じゃないの!? 定着しすぎて逆に目立たないと思っていたんだけど!


……まぁ、そこはいいか。まずはこの初手が大事……やっぱり楽しむこと、好きなことを好きなように続けるためのものだし。


≪じゃあ、行きますよ……≫

「うん、お願い」


僕達は、どこに向かって、どんな行き先になるか……全てを見通せるほどは万能じゃない。

だけど、それでも未来を夢見て……想いを走らせて……この街で声を上げていく。


≪The song today is “Realize”≫


僕の声が、僕の歌が、また違う色を放って……誰かの力になれたらと、そんな気持ちで声を送る。


そんなのは奇麗事かもしれない。

偽善かもしれない。

でも、そんな世界だったら嬉しいし、そんな場所でなにかできたらと思う気持ちは嘘じゃないから。


だから僕はまずここから。

どこでだって、どんな形だって、僕は自分の歌をうたっていける。自分の表現をぶつけていける。


あの場所が……かざねやクラスのみんなと出会えたことで向き合えた色は、絶やさない。絶対にだ。


(Oは誰だ――おしまい)





あとがき

恭文「というわけで、なんだかんだでいろいろあった二〇一七年も終わり。なおジンウェンというのは、以前アイディアをいただいたビルドダイバーズで僕が使うダイバーネームからですね。アイディアありがとうございます」


(ありがとうございます。……ビルドダイバーズ編、やることがあればいつか……そう思いながらここまできてしまった)


恭文「というわけで、今回の敵はオーナー……飼い主。責任を果たさないとどういうことになるか……怖いねぇ……」

白ぱんにゃ「うりゅりゅ……うりゅー♪」


(ふわふわお姉さん、蒼い古き鉄にぽよーんと飛び込みすりすり……)


恭文「よしよし……うん、ちゃんと受け止めるよ。大事な家族だもの」

白ぱんにゃ「うりゅ! うりゅりゅ……うりゅりゅりゅりゅ、りゅー」

モルガン「わ、我が夫……なんだ、その可愛らしい生き物は……!」

妖精騎士ランスロット「ドラゴン的にもびっくり……」

イバラギン「ふ……その驚きは分かるぞ。吾も最初は驚愕したものだ」

フィア「私もだ。なにせ明らかに見たことがない生物だったからな!」

妖精騎士ランスロット「……今更だけどこの家、サーヴァント以外にも凄いものがいろいろいる……デジモンやポケモンもなにげにびっくりだった」

恭文「いろいろあったのよ」


(いろいろあったのです)


白ぱんにゃ「うりゅ……うりゅりゅ! りゅりゅりゅりゅうりゅー!」

モルガン「なに……いつヤスフミが私の夫になったのか……だと。それはもはや必然だろう」

妖精騎士ランスロット「待って。その前に私がマスターの恋人……いくら女王と言えど、ここでは平等。ならば最強の私が一番なのは当然」

フェイト「だから待って−! まず奥さんは私! 私なの!」

モルガン・妖精騎士ランスロット「「菓子でも食ってろ!」」

フェイト「そのツッコミ流行っているの!?」

フィア「なんか語呂がいいとかで、流行語大賞にノミネートされていたなぁ」

イバラギン「吾も見たぞ。授賞式にあの魔王娘(絹盾いちご)が呼ばれるとかなんとか」

フェイト「ふぇー!? や、ヤスフミ−!」

恭文「さすがにまだ時期じゃないから……!」


(というわけで、二〇一七年のドタバタもこれで一段落。いよいよ二〇一九年……恭文(もしもの日常Ver2020)とショウタロス達≪ダブル≫にとって、最後の夏と戦いが始まります。
本日のED:玉置成実『Realize』)




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……アイツ……うたうことはやめないと言ったけど、Vチューバーになるってなに! しかもガチ女の子キャラって! めっちゃ可愛いんだけど!

しかなんだかんだで人気も個人としては掴みつつあるし、プラモ作りの配信も楽しいしさぁ!

そう……プラモ作りなんだよ! というかVチューバーでプラモ作りとかどうするのかと思ったら……手袋付けながらの作業だったから、特に問題なかったよ! そこで垣根は守られていたんだよ!


『いやー、ほんと……小さい頃の自分にきちんと動くリーオーやバーザムのHGが出るよーって言っても、多分信じなかったよ。特にバーザムなんて、もはやネタ枠扱いだったしさぁ。
あと今作っているブルーディスティニーも、こんな作りやすくなるとか……特にほら、連載している漫画版と、元々のゲーム版を選んで組めるでしょ? プレバンのイフリート改もそうだったけどさ。
こうさ、どっちがいいって話じゃなくて、どっちにもできますよーっていうのが嬉しいんだよ。懐の広さを感じるというか……そうそう! そういう心理を掴んでくれているんだよね!』

「あ、うん……そうなんだね」

『もうね、BANDAI SPIRITSになってからの攻め気、大好き。ガンプラバトルも年々盛り上がっていくしさぁ』


年も越えて、Vチューバー活動を始めた恭文の様子も見つつ、事務所所属オーディションも……まぁあたしは準所属が決まっているから、改めての能力確認って感じだったけどさ。

それも無事に終えて、ちょっと息抜きに配信を見ていたら……なんかわりと独自路線というか、こういうとこでグイグイ進んでいるのが、もうね。


『〜♪』


それで配信だから……普通にプラモ作りながら、アカペラで歌とかもあって……これ、Vチューバーでやる意味ある!? いくら手袋していると言えど、リアルに介入しているんだけど、この二次元!


――嵐の中で輝いて、キター!――

――四月の陸戦型ガンダム、楽しみ――

『楽しみだよねー。そこからEz8……は、リファインするのも早いかぁ。今のでもぐりぐり動いて楽しいし』

「やばい……ガンダム関係、そんな詳しくない。もっと勉強しないと……でも」


まぁそんな、どがーんと人がいるわけじゃないんだよ。それこそ同時視聴何千人とかではないんだよ。それでも楽しくうたって、やりたいことをやっている姿はいいなぁって思うの同時に……プレッシャーが……!


「どうしよう。歌は……ちょっと負けているかも……!」


自宅でスマホ片手に軽く頭を抱える。年の瀬も近いっていうのに……うぅ、これはやっぱり負けていられない。


「ううん、あたしだってここからだ! ……恭文……蒼凪、恭文……」


改めて、友達になったあの子の名前を呼んで……楽しげにうたう青髪ロング・猫耳尻尾・白いアオザイ姿で、蒼い瞳のVチューバーを…………駄目だ! さすがに現実には重ねられない! 余りに女の子すぎる!

と、とにかくだよ……。


「考えて、失敗しながらでも進んでいくから……ちゃんと見ていてね?」


改めて今度、遊びに行くなりして写真を撮らせてもらおう。じゃないとほら、気持ちがね? 送り出せないから。


「あたしもあたしなりのやり方で、みんなの笑顔と可能性を……守って、繋いでいくから」


――人が怪物となり、誰かを殺す。

この街ではそれが普通のことになりつつある。

だけどこの街には、魔法使いがいる。

どんなときでも助けてくれる、希望の魔法使いが――。


あたしは、あたし達はそんな現実に大事な人を殺されたけど、魔法使いに未来を守ってもらって。

だからそれぞれの場所で、また痛みを受け止めながら進んでいける。

でもね、街を……そんな可能性を守りたいって思うのは、やっぱり魔法使いだけじゃないんだ。


あたしもあたしなりのやり方で……そんな、クレイジーだけど優しい魔法使いを守れたらって……この気持ちは、そう……なのかな。

……今はまだ分かんないな。でも、いつかはその答えも……名前で呼び合いたいと思ったことは、嘘じゃないから。


(おしまい)






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