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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2009年・風都その2 『Wの検索/街を泣かせるもの』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2009年・風都その2 『Wの検索/街を泣かせるもの』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――前回までのあらすじ。


二〇〇九年九月、風都にある鳴海探偵事務所は、一つの風が舞い込んでいた。

雇われ所長の左翔太郎は、幼なじみである津村真里奈さんから≪戸川洋介≫の捜索依頼を受ける。

そのとき鳴海荘吉の娘、鳴海亜樹子とともに風都へ訪れていた僕こと蒼凪恭文と、アルト、ショウタロス達もその捜査に協力する。


その結果判明した事実は四つ。

一つ、戸川洋介が元々勤めていた風都のローカル洋服ブランド≪ウィンドスケール≫が、原因不明の破壊……テロと言って差し支えない攻撃を受けていた。

二つ、戸川洋介はガイアメモリの売人と接触した形跡があり、前述の攻撃もまたドーパントによるものだと判明した。

三つ、そのドーパント≪マグマ≫に変身していた戸川はなんとかメモリブレイクし、確保したものの……津村真里奈もまた、ウィンドスケールで戸川と同僚だったと判明。

四つ、戸川確保後、共犯者と思われる二体目のドーパントが襲撃してきた。磁力でジャンク……鉄素材を引き寄せ、巨体に変化することができるティラノヘッド。


そちらについてはなんとか撤退に追い込み、戸川もこちらで確保はした。ただ……少々危険だとは思うので。


『――先ほど風都風谷地区にて起こった爆破テロにて、風都市内在住と思われる男性の遺体が発見されました。
男性の名は戸川洋介さん。死亡原因は調査中ですが、戸川さんは一週間ほど前から行方が分からず、風都署は目撃情報の提供を呼びかける方針です』

「……って、戸川さん死んだことにされとるやんけー!」


鳴海探偵事務所へなんとか戻り……ローカルラジオやテレビなどから流れる情報に、ついにこにことほくそ笑む。まぁ亜樹子さんは不満そうだけどね。

まぁ気持ちは分かる。現に戸川洋介、リボルギャリーのガレージに縛りあげた上で寝かせたし。


「亜樹子さん、この程度は当然ですよ。……じゃないとあのティラノヘッドが襲ってきて、事務所ごと食い荒らされる」

「いや、それならやっつければ……ご近所様ごと巻き添えかー!」

「それに、ウィザードやテラーみたいに特殊なタイプかもしれませんしね。メモリの能力についても探っておかないと」


なお、その辺りは刃野さんにこっそり連絡して頼んだ。翔太郎もちょっと出ているし、僕がPSAの候補生としてね。

刃野さんもそれなら警察でとは言っていたけど、能力的に対拠点への破砕能力も高い奴だ。警察署にいるって知らせたら、わざわざ襲ってくださいと誘っているようなものだ。

今の風都署に、アレと真正面から対抗できる戦力はない。ひとまず相手の正体をきちんと掴んで、その上じゃないと危なすぎる。


その代わり刃野さんには、津村真里奈の素行調査を急ぐようにお願いさせてもらった。もちろん身辺の監視も含めてのものだ。

思考を止めるのはよろしくないけど、それでも今一番疑える筆頭容疑者だしね。


「しかし……アルト、戸川はいつ目を覚ますのよ」

≪メモリと相当深く繋がっていたみたいですからねぇ。あれ、二〜三日はそのままですよ≫

「このまま検索とかで調べた方が早いか……」

「となると、左さんですが……大丈夫なのですか? 他の襲われた現場も見に行くついでに、津村さんに報告すると仰っていましたけど」

「これで甘さに流されて全部バラすようなら、ご近所様もろともあれの餌食って言い含めたし……一応は大丈夫でしょ。遺書も書くって言ってあげたし」

「……それはよろしくないのですけどね」

「ほんとだよ! でも……それくらいしないと、お父さんがやられたみたいになっちゃいそうかな」


僕が滅茶苦茶慎重なのを見て、ガレージ内で……調べ物中のフィリップをさておき、亜樹子さんが顔を覗き込んでくる。……なので誤解を解いておこう。


「亜樹子さん、訂正してください。おじさんはやられたんじゃなくて……“自分の弱点すら把握できないくらい弱いから、クソ雑魚ナメクジとして処理された”んです」

「評価が辛辣すぎる!」

「おま、容赦がなさすぎるだろ! 亜樹子はおやっさんの娘だぞ!」

「……だから言っているんだよ」

「「なにか疑われている!?」」

≪これがただのヘイトならまだ諫められるんですけど、そうじゃないから笑えないんですよねぇ……≫


ほんとアルトの言う通りだよ。というか、ティラノ頭で磁力って辺りがどうも引っかかるっていうか……つい頭を軽くかいちゃう。


≪ドーパントが記憶由来の異能力に特化している上、ハイドープって要素まであるでしょ。確実な対処は、きちんと能力を解析した上での“切り札(ジョーカー)殺し”なんですよ≫

「強みを潰して、こっちのやりたい放題って感じかぁ……。あー、だからマグマとかについても、いろいろ調べていたんだ」

「それで今も調べているが……さて、どうなるかな」

「……こうなったよ」


ヒカリに返しながら、フィリップが本を閉じ、にこりと笑いながら振り返ってくる。


「あれはティーレックスメモリ……ティラノサウルスの記憶だ。能力はボク達が見た通り、強大なパワーと咆哮による衝撃波。そして磁力を用いた肉体の構築……いや、捕食行動と言うべきかな?」

「肉とかじゃなくて!? ほら、ティラノサウルスなら骨ごとがつんと!」

「亜樹子さん……最新の論文では、その節は否定されています。肉を骨からはぎ取って摂取していたそうですよ」

「へ!?」

「というか、ティラノサウルスの生態や食性って未だに不明点が多いんですよ。
そういう恐竜の王者的なイメージじゃなくて、実際は走行もできないとか、いわゆる腐肉食動物≪スカベンジャー≫だったって説も残っていますし」

「さすがは蒼凪恭文……その通りだ。
恐らく“建物などの骨を引き寄せる能力”についても、そこから生まれたものだろう」

「……戸川と引き合ったマグマ同様に、ウィンドスケールを示す肉体の一部……建造物を破壊する力に溢れたメモリですか。
となるとその使用者ですが……お兄様、どうします?」

「フィールドワークとすり合わせる必要もあるけど……フィリップ、検索で調べるだけ調べてみようか」


とはいえ、見込み捜査はよろしくない。なのでガレージに置かれている現場写真を手に取り、ぱらぱらとチェック……。


「そうですね。PSAと風都署の調査報告もそろそろ届くでしょうし……左さんが動けなくなる場合にも備えないと」

「でももし……あの人が犯人だったら、左くんは」

「翔太郎に遺書を書く覚悟があれば、問題ありませんよ」

「書いたら書いたら大問題だってそろそろ気づいて!? というかフィリップくん、この子って……本当に……!」

「だから君の分も書いてくれるはずさ」

「いぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


亜樹子さんが頭を抱えて打ち震えているけど、そこは気にしない。

だけど……うん……どこで限定店舗とか気づいたんだろう。ちょっとよく分かんない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


戸川は死んだ。そういう話になった……されちまった。ひとまずあのティラノ頭をなんとかしないとってな。

だから恭文にも改めて口止めされた。戸川だけの問題じゃない。事務所周辺の被害も絶大になる。

とにかく真里奈もそうだし、それ以外の可能性も考えた上で、きっちりと調べて……話はそれからだと。


――いいね? 同情とかで流されないように。僕は今亜樹子さんの遺書を書くのに手一杯だから――

――それで納得したら人でなしなんだがなぁ!――


くそ、アイツほんと……ハードボイルドっていうか、あのクレイジーさはどうにかしたいぞ。いや、あれが持ち味だとは思うんだがなぁ。

だがこっちに引っ越してきた苺花ちゃんや美澄のお母さんも滅茶苦茶ぎょっとしていたからな!? そこはまた相談が必要だと……そう思いながら、市内の公園で一人たたずんでいると。


「翔、ちゃん……」


瞳に涙を浮かべた真里奈が……待ち合わせから少し遅れてやってくる。


「翔ちゃん……!」

「…………」

「あぁあぁあぁああああ……! 洋介が……あぁああぁあぁああああ!」

「……すまねぇ」


崩れ落ちた真里奈を……その涙の中にこもった心を見て、素直に謝っていた。

そうしてなんとか真里奈を落ち着かせ、一緒に公園を……回らない風車を見上げる。


「お前を泣かせちまうなんて」

「……翔ちゃんは、変わらないのね。
子どもの頃から…………ほら、覚えている? 私が帽子を飛ばされたときも」

「あぁ……学校の社会科見学で、建築中のビルを見て回って……屋上で」

「そうそう」


そこから一緒に、風都タワーを見たんだよ。でも風が強くてさ。真里奈が気に入っていた羽根飾り付きの帽子が飛ばされてさ。


――あぁ……――

――探してきてやる。この街は俺の庭だ。ここで誰一人、泣いていてほしくねぇんだ――

「だったら俺はまた、取り戻せなかったわけか……」


……もしも真里奈が……いや、そんなはずはない。あの涙に嘘はなかった。だったら俺は。


――翔太郎、これは試験だってことは忘れないようにね――


あぁ、分かっているよ。お前が心配してくれているのも……よく分かっている。


――劉さんや沙羅さん達は……シュラウドさんもなに一つ言わないけど、改めておのれが、鳴海探偵事務所を……超人≪W≫を預かるにふさわしいかどうか、見定めにきている。
特にシュラウドさんはそうだ。おのれは想定外のパートナーだし、フィリップを預けている立場でもある。もちろんシュラウドさんが恩赦の一つとして尽力している、超常犯罪捜査課のことだってある“


恭文は戻るまでの間に、フィリップや女子中学生にも聞かれないよう、そういう話をしてきたんだ。

そして発破をかけてきた。おやっさんが……自分が出したものと同じかどうかはともかく、答えは出せと。


――もしおのれが津村真里奈の情に流され、甘い行動を取るようなら……そのときは僕達が始末を付けるから――

――まだ真里奈が犯人と決まったわけじゃないだろ――

――それでも候補の一人ってところはぶれさせちゃ駄目……そういう話だよ――

――……あぁ――


ほんと、アイツはハードボイルドというか、パサパサたまごだよ。ショウタロスやらと合わせてちょうどいいって食感だ。

とはいえ、分かっている。それが大事なことだっていうのは分かっている。“それ”がぶれたら、真里奈が犯人でも、犯人じゃなくても、なにもできない。


今度は、あの帽子みたいに……見つけられなかったわけじゃないんだ。その幸運を使い尽くす覚悟くらいは、しないとな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――風都は狭いようで広い。俺の庭と言っても、その全てを俺の目で、耳で、鼻で……感覚の全てで捉えられるわけじゃない。

なにより恭文と苺花ちゃんが患う発達障害の話じゃないが、人が違えば見えているものも、感じ方だって違う。それは違うし、全く分かり合えなくても仕方ないものだ。

だが、だからこそその“分かり合えないもの”を持ち寄ったとき……様々なことが見えてくる。


「オウ、びゅーてぃふぉー! あんびりーばぼー!」


……このアフロで、カメラ柄の変なシャツを着て……金髪美女の写真を撮りまくっている奴も、そんな一角だ。

なお、その女性はメイドさん……というか店員だよ! 仕事があるのに写真撮りまくっている変質者には、正直近寄るのを躊躇うが……!


「……おう、情報屋」


風都にある照らすカフェの一角。パラソル下に座ってご満悦なそいつの隣りに、さっと座る。その上で折りたたんだ一万円札を指で挟み差し出した。


「頼みがある」

「………………あのね、翔ちゃん」


するとそいつは……ウォッチャマンは、呆れ気味に隣のテーブルへ……俺が座っていた席の真向かいに座り直す。


「ハードボイルド探偵を気取るのはいいけど、今日日いないよ? そんなドラマみたいな情報屋……あ、さんくす! さんくすー!」

「……♪」

「ほんと、考え直そう? 常識……疑われちゃうよー!」

「うっせぇなぁ!」


彼女に手を振りながら、ウォッチャマンはまた失礼なことを……! まるで俺が時代遅れみたいに、馬鹿にしてきやがって!


――こんな奴≪ウォッチャマン≫には一つ頼みをした上で、現場百遍……最初に襲われた現場に訪れる。

そこは再建工事が始まっている最中でドタバタしていたが、だからこそというかたやすく入り込めて……薄暗い照明や、ドリルなどの機械音が響く中、密やかに歩き回る。


「……ひどい有様だな」


だがどうする。戸川とあのティラノヘッドの動機が一緒だとすると、もう他を襲う理由がどこにもない。報道規制で戸川は死んだことになっているが……それでもし、狙われるとしたら……。


『――!』


いろいろ考えながら一つのフロアに入り込んだところで、後ろから大きな物音が響く。

振り返ると、開いていたはずの金属製ドアが閉じられていて……慌てて駆け寄り開けようとするが、びくともしない。叩いても返事一つない。


「おい……おい!」

『GRUUUU――』


いや、もう一つあったぜ。恐る恐る振り返ると、あのティラノヘッドが突進してきていて……慌てて飛び上がり、あの突き出された頭の上を転がり、なんとか袋小路から脱出。

フロアの……広い中心部へと逃げると、ティラノヘッドが更に突撃。開く顎と牙をすれすれでやり過ごし、闘牛士を思わせる勢いで交差。いや、実際にそのノリか?


とはいえこのままはキツい……フィリップと変身する暇もない。


「やっぱ狙ってくる……いや、これ以上かぎ回るなってことか?」


バットショットを取りだし、バットギジメモリを装填。


≪Bat≫


そのまま右手でバットショットを突き出すと、折りたたまれていた翼が開きライブモードへと変形。強烈なフラッシュで、飛びかかりかけていたティラノヘッドを目くらまし……停止させる。

羽ばたいていくバットを見送りながら、今度はスタッグフォンにスタッグギジメモリを装填。


≪Stag≫


これも折りたたまれていたパーツが開き、クワガタ虫型のメカに変形。それが高速飛行し、連続フラッシュに惑うティラノヘッドへ突撃。その鋭い二本角で次々と斬り裂いていく。

よろめくティラノ……その足下に溜まっていた水に足を付けたところで、スタッグが頭上の電気コードを両断。それが垂れ下がり、水に接触……鋭い電流の嵐を巻き起こす。


『――――――!?』


ソフト帽を抑えながら軽く下がると、一瞬照明が墜ちる。その間に……それが復旧したところで、ティラノヘッドはこの場から姿を消していた。

そうして点滅する部屋の中、薄汚れた布地が目に入る。三枚羽根の風車を模したような羽根飾り……それがマークとして刻まれていた。


「…………」


それは、俺にとって見覚えのあるもので。しばらくその場を動けなかったが……なんとか気を取り直し、辺りを探し回る。

ティラノヘッドは見つからなかった。だが、それを探し回っていたバットショットとスタッグフォンは地下の駐輪場で見つかって……それを回収し、元のデジカメと携帯に戻しておく。


「…………どうしたの、それ」


すると後ろからウォッチャマンが……あぁ、追いかけてくれたのか。ほんと律儀な奴。


「大丈夫?」

「どうってことはねぇ」


いつの間にか頬や二の腕についていた傷については、問題ない……いや、傷は男の勲章なのだと、笑って手を振る。

……それよりだ。わざわざこんな短時間に、俺を直接……それも電話とかじゃないってことは。


「……で、どうだった」

「ガイアメモリの売人と戸川が会っていたところを見た奴がいる」

「売人の特徴は」

「暗がりだったそうだから、顔までは分からなかったけど……黒いスーツに白いスカーフ、そこに血が滲んだような赤い模様を入れた……男」

「コネクションを取り仕切っている奴か」

「だね」


……恭文の動物諜報とも一致しているな。となれば、問題は戸川の共犯者だが。


「あとさ、取り仕切っているっていうのは……ちょーっと違うみたい」

「は?」


その前に気になる話が出てきた。ウォッチャマンも呆れたもんだと腕組みするから、余計に引っかかる。


「ガイアメモリは今裏界隈だと高値で取引されているでしょ? その辺りの風評も利用して、組織に見せかけていたんだよ。
いろいろ聞き込んでみたけど、今正規の売人≪バイヤー≫と言える存在は……そのスカーフ男だけみたいなんだよねぇ」

「マジかよ……」

「PSAの捜査も続いている関係で、残党と言える連中はあらかた逮捕されていったしね。
……でも逆に油断できないよ? 裏界隈がそんな有様な分、きちんとした価格で扱うって評判みたいだし」

「あぁ」


油断できないってのは同感だった。一人でそこまでの情報戦を仕掛けられるなら、そいつは相当有能ってことだ。恐らくドーパントとしての戦闘能力も……っと、今はいいか。


「で、そのスカーフ男と会っていた客は? 戸川だけか」

「そうそう、もう一人いたらしいよ? こっちも顔まではさっぱりだったけど……背格好からしてそいつは――」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


この街は相変わらずいい風が吹く。だからこそ本当に……本当に去年は残念だった。

この私が彼女の側にさえいれば、PSA如きは一蹴できたというのに。


「――じっくりとご覧ください。安い買い物ではない」


今日のクライアントは風都市内で土木業を営む社長。まるで子どものように、使い込まれたケース内のメモリ達を……様々な記憶の輝きを見てくれる。それがなんとほほえましいことか。


「これで私は本当に、超人になれるのかね」

「超人? 安い物言いですね」


だからこそ大人として、優しく訂正……道を示す。


「どちらかと言えば神に近い」


ミュージアムが崩壊して一年。数少なくも生き残っていた仲間達もほとんどが捕まり、または“謎の怪人”に倒されてしまった。

だが決して諦めない。ガイアメモリには人類の夢が……栄華の可能性がある。メモリによる進化は必要なものだからだ。

今はまだ法が認められないだけのこと。しかし戦い続け、その可能性を叫び続けることで、きっと世界は変わっていくことだろう。


そう、私一人だろうと諦めない…………だが。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――こっちもあらかたの状況が分かったところで、翔太郎が戻ってきた。


「フィリップ、地球の本棚に入ってくれ」

「〜〜〜〜!」


はいはい、亜樹子さんもじれったそうにしないの。もう蓋は開けるしかないんだから。


「ティーレックス……検索を始めよう。
検索項目は、戸川洋介の共犯者について。キーワードは?」

「一つ目はウィンドスケール。二つ目は羽根」

「……かなり絞られたね」


つい手元に置いていた現場写真をぱらぱらと見やる。更にウィンドスケールの商品カタログもだ。


「羽根……羽根……そういえばこの限定店舗の商品、羽根のデザインが組み込まれていることが多いよね」

「えぇ。どれもこれも戸川が開発に絡んだものです」

「三つ目はなんだい?」

「…………」

「何か掴んだね、翔太郎」


僕はなにも言わない。これは翔太郎にも言った通り、Wとして……鳴海探偵事務所を預かる左翔太郎として、乗り越えるべきことだ。

だからなにも言わない。翔太郎も迷いながら……それでもと目を開き、こう告げる。


「最後は……女だ」

「……ビンゴだ」


フィリップはどこか楽しげにしながらも、検索を終了。ボードに書かれたたこ焼きの項目を一部消し去り……。


「ティーレックスメモリに体質が合い、そのキーワードに関連する人物は……やはり一人しかいない」


そうしてある人の……彼女の名前を描く。


「そんな…………」

「…………」


翔太郎もやり切れないと目を瞑るけど、すぐにそのワードを見据える。


――MARINA TSUMURA――

「本当に、あの依頼主さんが犯人……!?」


そう、津村真里奈。彼女こそがティーレックスドーパントの正体。

一連の大規模破壊行為に荷担した共犯者だ。


「彼女もかつて、ウィンドスケールのデザイナーだったんだ。
最初三つのビル破壊事件は、戸川と真里奈の共犯だった。だが戸川はやがてマグマの力に飲まれて……本社にあれだけの攻撃を仕掛けた」

「左さん……」

「だから真里奈は奴を俺に探させて」


翔太郎が不憫そうに見やるのは、まだ意識が戻らない戸川洋介。でもそれは、すぐ決意の表情に戻って……。


「始末しようとした」

「それだけではありませんよ。津村真里奈は」


翔太郎はそのまま歩き出す。タラップを渡り、事務所へ続く階段に足をかけようとしたところで……。


「この先の展開を言い当てようか、翔太郎」


フィリップが振り向きながら告げると、翔太郎が足を止める。


「君は甘い考えを実行しようとして、悪意のある犯人に殺されかかる――。
彼女はもうティーレックスの力に飲まれている。間違いなく君を食い散らかす」

「……それでも俺は、信じたい」

「それは通りませんよ、左さん」

「だね……」


さすがに見かねてシオンともども口を出すと、翔太郎がこっちをいら立ちながら見てくる。でも……きっと翔太郎は知らない。


「おのれの推理には、一つ間違いがあるんだから」

「は……!?」

「本社の事件は、戸川洋介の暴走じゃない。明確に二人の共犯だ」

「うん……あの、そうなの! 刃野さん!? あの刑事さんがね、連絡をくれたの!
ほら、崩落で亡くなったっていう専務さんや社員さん達、いたよね! きちんと調べてみたら、潰されたとか……そういう感じじゃなかったそうなの!
えっと、遺体の……損傷具合がひどくて、最初は分からなかったけど……実は、なにかに噛みつかれたとか、食いちぎられた感じ……だったんだよね?」

「そうです。なにせ現場があの状況だったので、警察も調べるのに時間がかかったんですけど……翔太郎、結論から言うね?
専務や社員の一部は、肉体の一部が欠損している。崩落で潰れたとかそういうのじゃない。人間とは思えない力と大きさの“口”で、食いちぎられているんだよ」

「………………」


それがなにを意味するかなんて言うまでもない。だから翔太郎も顔を青くする……だけど揺らがない。全く、これっぽっちも揺らがない。


「でね、これはその刃野さん情報だ。その殺された専務さん、パワハラとかで社内でも問題視されていたそうで……戸川と津村真里奈のリストラを実行した主犯なんだよ。
いや、都合のいい口封じって言うべきかな。二人やリストラ対象の手柄を奪い、美味しい汁を吸い取っていたみたいだからさ」

「……なにが言いたい」

「なにが言いたいというか……現在その話が“なぜかネット上にばら撒かれて”、ウィンドスケールは大炎上している」

「……翔太郎、スタッグフォンで検索してみろ。今すぐにだ」


翔太郎はヒカリの語気に押されて、スタッグフォンを取りだし検索……すぐ情報に行き当たったようで、表情をしかめる。


「最初からコイツはスケープゴートだったんだよ。
津村真里奈の狙いは、直接的にその専務達を殺し、反論できない形でその悪行をばら撒き、ウィンドスケールを潰すことだ」

≪考えてみれば揃って施設破壊に向いたメモリを持っているのに、戸川のマグマだけが事件を起こしたような図式から怪しかったですしね。
たとえメモリの力に飲まれていなかったとしても、彼女が……津村真里奈がそれだけ計算高い人間なのは確かです。あなたへの捜索依頼についても、ほんと怪しくなりますよ≫

「以上の点から考えても、彼女は始末するしかない。最善でも最初から、力を持って潰しにかかるべきだ」

「……やっぱお前らとは意見が合わねぇな」

「……おのれ、それは」

「おかしいなぁ。情に流されずに行動する鉄の男……それが君の大好きなハードボイルドでしょ」

「フィリップ」


フィリップは問題ないと僕を視線で制し、笑いながら手に持った本のページをめくる。


「やっぱり本当の君は煮え切らない半熟たまごなんだね。
――そう、鳴海荘吉と同じ……自己満足で終わるハーフボイルド」


……そこで翔太郎が激高した表情で踏み込むので、僕も動く。

翔太郎がフィリップの肩を掴み、振り向かせたところで……手に持っていたたこ焼き器をかざし、翔太郎の右フックを防御!


「……いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


でこぼこの鉄板に拳を打ち付けた翔太郎は、その場で苦しげに呻いて……僕を不満そうに見上げる。


「なにすんだてめぇ!」

「それは八つ当たりってもんでしょうが」


そう冷たく告げると、翔太郎は目を見開いて……。


「翔太郎、みんなでやるよ。説得はする。でも駄目なら駄目だった場合に備えて、きちんと対策もする。
もちろんメモリブレイク前提だけど、それでも万が一の覚悟はする」

「…………」

「だから、一人でやろうとするな。おのれの肩にはそれが許されない程度の責任があるはずでしょ」

「……だったら悪いな」


翔太郎はそれでも立ち上がり、ハーフベストの内ポケットからメモリ三本を……ジョーカー、メタル、トリガーを取りだし、パソコンの脇に置く。


「それでも、コイツの力は借りたくない」

「翔太郎……よし、足をぶった切ってあげるよ」

「それはやめろ!」

「振られたなら仕方ない」

「振りじゃねぇよ! 頼むから……な!? ここは俺に任せてくれ!」


それでまた行こうとするので手を掴みつつ、術式発動。

その手は優しく払われるけど、翔太郎はそれと反比例する勢いでガレージから出て行って……。


「ちょ、左くん……!」


翔太郎は亜樹子さんの超えにも止まらず……というかもう聞こえない。

もうほんとあきれ果てながら、スマホを取りだしぽちぽち……うっし、反応はばっちりと。


「どうしよう、恭文くん! これだと」

「翔太郎にはさっき、発信器を仕込んでいます」

「発信器!?」

「こういう反応は、一年前に散々見せられたので」


その辺りは大丈夫だと……こっそり内ポケットに仕込んでいた反応を見せてあげる。それで所長さんが目を丸くするのが、もう楽しいというかなんというか。


「……とはいえ、フィリップさんも言葉を選ぶべきでしたね。鳴海さんをツツくのはさすがに」

「それは君達に言われたくないんだけどね……」

「おじさんの体たらくに文句を言っていいのは僕だけだもの」

「娘として聞けないんだよなー! その道理! というか、同じことだからね!?」

「そうですか?」

「そうそう! でも……君は、みんなでやろうって言えるんだね」

「それが一年前の反省ですから」


それで伝わらないんだから、僕もまだまだだ。……まぁ、それは分かっていたから……こっちも好き勝手はさせてもらうけど。


「フィリップ、いつでも出られるようにしておいて。僕は刃野さんとも連携して、上手く控えに回る」

「分かった。ならメモリは」

「おのれが返してあげればいいでしょ。……相棒なんだよね」

「もちろん」


話は纏まった。なので僕もアルトとショウタロス達を連れて事務所から飛び出し、翔太郎の後を追う。

翔太郎が向かったのは、風都中心部からやや外れた位置にある野外コンサートホール。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……恭文には悪いことをしちまった。みんなでやろうって……真里奈を生かして止めることも含めてって、言ってくれたのにな。

だが感情が許せなかった。今フィリップの力を借りることに躊躇って、迷って、結局半端なことをしている。

それはきっと、おやっさんと同じ道で……だが、それだけじゃ止まれない。あぁ分かっている……分かっているよ。


俺がおやっさんから託されたものは、事務所って居場所だけじゃない。探偵の心得だけじゃない。

俺はおやっさんを……鳴海荘吉を超えなくちゃいけないんだ。


≪Stag≫


スタッグフォンをライブモードで飛ばす。既に客席の一角にいた真里奈へ襲わせる。

真里奈は怯えた様子で身を守り……スタッグフォンの角が、真里奈のバッグを斬り裂く。

そうしてごろごろと墜ちるものは、口紅やコンタクト、化粧品類が入ったポーチに、財布……そんな中に、確かに存在する異物をチェック。

真里奈はそれを……化粧品なんかそっちのけで、客席の下に紛れ込んだそいつに手を伸ばし、掴んで、安堵する。


「あ……!」


そうして気づく。スタッグフォンをキャッチし、自分に近づいてくる俺に……。


「…………翔ちゃん」

「見たぜ、真里奈」


足を止め、真里奈との距離を二十メートルほどに保った上で……アイツを指差す。


「お前がティーレックスの魔人――。
連続ビル破壊事件……およびウィンドスケール社員連続殺人事件の犯人だ」


……真里奈は言い訳もせず、ふっと笑い……客席の上を……外への階段を目指す。俺も自然と続く。


「…………戸川は生きていたのね。そうじゃなきゃ、気づくはずがないもの」


俺はなにも答えない。ただ真里奈は悔恨の表情で、メモリを見続けていて……。


「これまで襲ってきた店や本社に置いてあった服は、私がデザインしたものよ。
でもね、ウィンドスケールには一人……最低な重役がいた。仕事や功績を奪って、私を追放した男が」

「それが、本社の一件で殺した専務か」

「それだけじゃないわ。翔ちゃん、徒党を組むから派閥なのよ?」


真里奈は虚しそうに笑う。専務だけじゃない……その専務にこびを売っていた奴ら全員が報復対象だったと。


「ずっとそいつらが憎かった。私はただ、この大好きな街に似合う服や帽子が作りたかっただけなのに」

「…………」

「翔ちゃん……!」


客席を出ると、真里奈は俺に飛び込み抱きついてくる。芝生の上で俺は、真里奈の抱擁を受け止め……。


「翔ちゃん、お願い……見逃して……! 私……私…………」


だから、そんな真里奈を強めに……少し強引に引きはがす。

………………心が軋む。だが俺は……ゆっくりと開場外に向かって歩き出す。


「翔ちゃん……?」


真里奈を誘うように……道はあるのだと示すように。


「翔ちゃ…………!」


そこで、真里奈も気づく。あっちこっちに警官隊が配置されていることに。そこには刃野さんと真倉の野郎もいやがった。


「……昔言っただろ」


あの日……取り戻せなかったけど、それでもと踏み出したあの日。


「俺はこの街で、誰にも泣いていてほしくないんだ」


確かに彼女は大事な幼なじみだ。人の心があるなら……メモリの毒に負けないのならという気持ちもある。

現にその気持ちに賭けて、きっとコイツならと思ってこの場にいる。だが……だが――!


「お前は、この街そのものを泣かせている!」


それでも俺は、譲れない。たとえ真里奈だろうと、街を泣かせる奴は許せないし、絶対に止める。

その決意は……おやっさんから託されたものは、決して譲らない。


「…………」


真里奈は目を閉じて、噛みしめるように黙る。

きっと通じている。あのときの涙も嘘じゃない……だから……真里奈は次にこう言う。


「くくくくくく……!」


真里奈は分かったと……メモリを捨ててくれる…………それなのに……。


「なーんだ! ポーズだけじゃなかったんだ!
……意外と……血も涙もない人――!」


真里奈は軽蔑のまなざしを向け、笑っていた。俺の言葉なんて聞く意味がないと笑って……笑って……。


「……裁きを受けて……昔のお前に戻ってくれ! メモリを捨てろ、真里奈!」


真里奈はそれでも嘲笑を浮かべ、恋人のようにティーレックスメモリへとキス。…………その瞬間だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


こりゃ無理だな。まぁ人を食ったわけだし、仕方ないけど……そう思いながら、付けたインカムで各所に指示だし。


「刃野さん」

『指示だしは任せる……というか、研修は受けたんだっけか?』

「もちろん。……狙撃班のみなさん、狙いは」

『しっかり付けている!』

「全員構え。カウントは五から」

『分かった!』


郊外のコンサート会場ということもあり、かなり開けた場所。周辺の建物から狙える場所もそう多くない。だけど、問題はない。

警官隊と同時に配備した狙撃犯が、津村真里奈をしっかり狙っていた。今翔太郎達がいる場所を見下ろせる建物も、少ないながらにあるしね。


「五、四、三、二、一……ファイア」


――――そして、あちらこちらから数発の銃声が響き渡った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


真里奈はそれでも嘲笑を浮かべ、恋人のようにティーレックスメモリへとキス。…………その瞬間だった。


≪T-rex≫


真里奈が左の襟を捲り、現れたコネクタを誇るように見せつけたとき……衝撃波が走る。


「やめろ!」


それに吹き飛ばされながら芝生を転がり、真里奈がティーレックスに……魔人になるのを見ていることしかできなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


変身前を狙ったのに、発生したエフェクトで弾丸が全て弾かれた。メモリさえ先に砕けばって……それすら潰しにかかるとか!


『――――狙撃失敗! 弾丸が届かなかった!』

「おいおいヤスフミ……!」

「ハイドープの能力だね」


ティーレックスの能力……その一部が使えるんだ。だから慌てて無線機を通じ、刃野さんにお願い!


「刃野さん、みんなを引かせてください! このままだともろとも引き裂かれる!
狙撃犯のみなさんも、その場所から退避を! カウンターがくるかもしれません!」

『く……了解!』

『そうは言うが、どうするんだ!』

「上手く抑えてみます!」


こういうことになるから、みんなでやろうっつったのに……あのアホは本当にさぁ! つーか僕、おじさんもそうだったけど、子どもだからって舐められて、発言力低すぎ!

マトモに話してくれたの、おじいさんと若菜さん、シュラウドさんや風間会長達くらい……あ、結構多いな。刃野さんもそうだしまだいけるかも。


というわけで立ち上がって……。


「ヒカリ、警官隊が退避するまでは上手く守勢に回るよ!」

「分かった」


両手を広げ……指を鋭く動かし。


「僕のこころ――アン」


『解錠(アンロック)』


「ロック!」


黒い輝きに包まれながら、しゅごたまに戻ったヒカリを受け止め……身体感覚を、命を、ヒカリに預ける。

その上で一気に飛び上がり……翔太郎に目もくれず、警官隊の排除に向かったティーレックスへ突撃して……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


真里奈は転げた俺を飛び越え、刃さん達がいる場外に飛び出す。だが、そこめがけて黒い光が走り……真里奈の横っ面を蹴り飛ばした。

真里奈は派手に転がる中、俺もなんとか起き上がってその様子を見やる。あれは……キャラなりした恭文だった。つーかヒカリじゃねぇか。


【「キャラなり――ライトガードナー!」】

『GRUAAAAAAAAAAAAAAA!』

「多重防壁展開!」


ヒカリは左手をかざし、いくつもの光の盾を重ね合わせる。それで真里奈から放たれた咆哮を遮るが、その両脇は地面が抉れ、あちらこちらに傷が刻まれていく。

そのお返しに光がかざした手をそのままに、速射砲撃を連射。真里奈の衝撃波とぶつかり合い、破壊の風がまき散らされる……。


「くそ……!」


真里奈の咆哮がまだ止まぬ中、俺も慌てて場外へ……あっちこっちから崩れ落ちるコンクリを避けながら、なんとか真里奈の近くまで来るが…………。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


おい、なんか聞き覚えのある声がするぞ。つーかこの悲鳴が…………まさかと重い右横を見ると、慌てて駆け寄り、頭を抱えていた亜樹子のアホが。


「…………馬鹿! なんで付いてきた!」

「馬鹿はそっちでしょ!? 恭文くんと先回りして、あの刑事さん達とかにお願いしていたんだから!」

「……ち…………」


つい舌打ちしちまう。そうかそうか……タイミングよく出てきたと思ったら、俺には内緒で……真里奈を早々に止める手はずは整えていたってか。


「まぁ全部台無しだけどね! というかなにあの人! 変身しなくても……あれがハイドープってやつ!?」

「多分な! 恭文と苺花ちゃんも、共感覚でおやっさんや周囲の心が読めちまうし」


……そこで殺気……走る衝撃から亜樹子をかばいながら横に逃げると、ティーレックスが……真里奈が壁を砕きながら突撃。

恭文は……あぁそうか! 刃さん達のガード中心か! さすがにあれにやられたら、警察だってひとたまりもない!


慌てて亜樹子の手を引いて細い道を走って逃げるが、あっちこっちから瓦礫が崩れ落ち、それを避けるので手一杯……というか、足も自然と止まる。

後ろからは真里奈の奴が、舌なめずりするように迫っていたのにだ……!


『素敵な翔ちゃん……愛している。
だから、食ってあげるわ……♪』


――真里奈が顎を開き飛びかかる。咄嗟に亜樹子を横に倒し、俺自身も仰向けに倒れながら、なんとかそれをかいくぐった。

真里奈はそのままアンバランスな身体を大型駐車場の中心へと転がし、それでもすぐこちらに振り向き咆哮――が。


「レディアントスマッシャー!」


その口ごと黒い砲撃で撃ち抜かれ、爆発によって吹き飛ばされる。

更に俺達の頭上からもまた瓦礫が墜ちてくるが……それが……突然飛び込んできたリボルギャリーによって全て弾かれ、吹き飛んだ真里奈へと弾丸として襲いかかる。

真里奈はそれに撃ち抜かれ、膝を突き……そうしている間にリボルギャリーは脇へ停車。キャノビーが開き、中からフィリップが飛び降りてくる。


更に恭文……ヒカリの奴も、警戒を緩めずにすっと地面に下りてきて……俺はバツが悪くて、膝立ちしながらソフト帽を軽く払う。


「なんだよ……今頃」

【ほんと逆ギレするんじゃないよ、生卵が】

「く……!」


あぁそうだ。逆ギレだ。俺は結局真里奈を見誤っていた。昔のアイツに戻れる……そんな領域はとっくに超えていた。

……俺を食べたいと……本気で宣っていたことでようやく悟った。俺は、これなら真里奈が諦めてくれる……俺が知っている真里奈なら、俺が信じたい真里奈ならと思っていたが勘違いだった。


……その結果がご覧の有様だ。

俺は俺一人の力じゃ、真里奈を助けられなかった。

真里奈の考えを変えることも、止めることも……殺すことすらできなかった。


挙げ句刃さんや他の警察官まで巻き添えにしていた。それが仕事と言えばそれまでだが、それでも殺しかけた。

俺の意地で……俺だけの感情で、甘さで。俺一人では、そこまでが限界だったんだ。


「まぁいいじゃないか。こうなることは分かりきっていたから、君や鳴海亜樹子も控えていたわけだし? ……警官隊は」

「安全圏には退避した。でももたもたしていたら街に被害が出る」

「了解した。……さて翔太郎、ボクも散々考えたんだけど……一つ、どうしても答えが見つからなかった」


するとフィリップは小首を傾げて……そんな俺に近づきながら笑う。


「なんでボクは殴られかけたのかな?」


その明るい笑みと一緒に差し出されたものは、俺が放り出したメモリ。俺達を繋ぐ力。

馬鹿にしているような言葉だった。呆れているような言葉だった。でもコイツはそれだけじゃなくて……。


「……」


だから放り出したメモリを受け取りながら立ち上がる。

やっぱり俺はまだまだ半人前で、甘っちょろくて……それで。


「……半分力貸せよ、相棒」


こいつと一緒に、おやっさんだけじゃできなかったことを……俺だけでも、フィリップだけでもできないことを、やっていきたいんだと。

たとえ気が合わなくても、それだけは……俺達(W)の軸だけは、決して変わらないんだと。


『なんなの、あなた達……』


真里奈が瓦礫を払い、立ち上がりながらそう告げる。

だからダブルドライバーを取りだし、フィリップと前に出ながら応えてやる。


「ボク達は二人で一人の探偵さ。……蒼凪恭文、ボクの身体は頼むよ」

【分かった。……ヒカリ、キャラなり解除】

「あぁ」


恭文もキャラなりを一旦解除して、次に備えてくれる。……これでも信じてくれることに感謝しながら。


「行くぜ、フィリップ」


ダブルドライバーを腰にセット。自動展開するベルトが腰に巻き付くと、事務所に残ったフィリップと視界・感覚がリンクする。

フィリップと二人、メモリを取りだしスイッチオン。


≪Cyclone≫

≪Joker!≫


そのまま二人でメモリを持ったまま、腕を振るい……横並びであればWの字を描くように構え。


「「変身!」」


まずフィリップがサイクロンメモリを、自身の腰にセットされたドライバー……分身のようなものに差し込む。

するとフィリップの意識ごとメモリが俺のドライバーに転送。まぁフィリップの身体はそのまま倒れるが……すぐに恭文が受け止め、転送魔法を発動。リボルギャリーの中へと格納してくれる。

俺は転送されたサイクロンメモリを左手で押し込み、右手でジョーカーメモリを一回転させ、左側のスロットに装填。そのまま腕を交差させて――ドライバーをWの形に展開!


≪Cyclone……Joker!≫


翠と黒の火花を走らせ、それに包まれながらも俺は……俺達は二色の怪人となる。

銀のセンターラインに分けられた退職は、右側がメタリックグリーン。左側がマットなブラック。

首元で映える銀色のマフラーはサイクロンメモリの力によるものだが、それがたなびくと……いや……周囲に、悪意に満ちた熱気を跳ね返すように、風が吹き荒れる。


【「――さぁ!」】


フィリップが主導権を握る右側(ソウルサイド)が鋭く右手を挙げてスナップ。それに合わせて俺の左側(ボディサイド)が一歩踏み込み、真里奈を……ティーレックスの魔人を指差す。


【「お前の罪を、数えろ!」】


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「わ、わぁああぁああ……二人が半分こ怪人に!」

「所長さん、全力で逃げてください。ここは僕達が」

「え!?」


飛び込む半分こ怪人……ダブルと一緒に、恭文くんもアルトアイゼンを腰に携え、抜刀の構え。

え、つまり一般人なあたしは置いてけぼり!? そのための遺書なの!? そうなの!?


「ちょ、そんなのあたし聞いて…………いるけどー!」


でもどうしよう! 逃げろったって……いや、待って! あんなところに放置されたパトカーが!

こういうときだし、借りても大丈夫だよね! あとでちゃんと返せば問題ナッシング−!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――飛び込みからの噛みつき攻撃を、こちらも前転で飛び越え背後に着地。ティーレックスが振り向いたところで右ハイキック。

頭がでかい分動きはやはり独特……だが読みやすく、ハイキックを近接で食らわせまくり、圧倒していく。


「おら!」


右ハイキックでティーレックスを蹴飛ばしたところで……アイツやコンクリの地面を転がり、距離を取りながら咆哮。

それに威圧され俺達も、恭文も足が止まったところで、また瓦礫を……鉄を磁力で引き寄せ、巨大なジャンクレックスへと変貌していく。


「くそ、またそれか!」

【蒼凪恭文……っと、回避だね】

『――!』


ティーレックスは尻尾にパトカーを結わえながら咆哮。恭文めがけてジャンクの弾丸を連射していく。

恭文は左に走ってそれを全て避けていくが、さすがにまずいと前に出てガード。

直接身体で弾丸を受け止め耐えると、ティーレックスが飛び込み俺の右半身……フィリップに噛みつき突進。


更に全身から幾度も火花を走らせは、散弾をまき散らし……くそ、この間背に乗られたのを警戒していやがる!

そうして壁をいくつも砕き、振り回され……また別の広場に放り投げられた。


「が……!」


壁に叩きつけられ、呻きながらも……なんとか起き上がるが……。


【……ボクの側、変えよう】

「あぁ……!」

≪Heat≫


右手で灼熱の記憶≪ヒートメモリ≫を取りだし、サイクロンメモリと交換……ドライバーを再展開。


「お熱いの、かましてやるか!」

≪Heat……Joker!≫

『――!』


すぐさま右拳を握り……どたどたと踏み込んできたティーレックスめがけて右フック。

生まれた炎が砲弾となり、ティーレックスの顔面に着弾。それに押されて、ティーレックスの巨体がよろめいて、下がる……。


「おら! おら! …………おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


どうやらは虫類だけに、炎……熱には弱いようだなぁ! コイツのパワーならいける!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


また危なっかしい攻撃を……殺すのは簡単だけど、バイヤーについても聞きたいことがあるしね。できるだけ生かして捕まえたい。

とはいえあの巨大が走り回るだけでも大迷惑だ。街に甚大な被害が出るもの。となるとまた身体を分解したいところだけど……いや、それも手がある。


≪あなた、今のうちですよ≫

「うん」


ティーレックスも戦法の切り替えが意外と早い。変にまごついていたら、本当に他の犠牲者が出かねない。だから…………。


『あのー! 助けて−! 誰かー!』


でもそこで、ティーレックスの尾に引っかかっているパトカーから声……というかその中には………………。


≪ちょっと、あれ……≫

「あの人なにしてんの!?」


亜樹子さんが普通に、そこにいた。

ああもう……だから現場には出てくるなって言ったのに! 遺書の話もしたのに!


『……あ、恭文くん、助けて! あの、魔法! 転送でびゅーんと!』


そんなことを希望に満ちた声で言うので、僕は笑顔を向けた。そうして、大きな声で宣言してあげる。


「――――死なない程度に加減するのでー! 頭を抱えて、蹲っていてくださいー!」

『え…………!?』

「ちょ、ヤスフミィ!」

「時間がないでしょうが!」


あの勢いで道路とかを走り回られても大問題だし! それに……大丈夫。


「なにより忘れた、ショウタロス」


止めに回ってきたショウタロスはさて置き、両手をパンと合わせ……。


「そこに存在(あ)るのなら」


地面に手を当て、物質変換発動――周囲の分子構造を分解・再構築し、特殊金属でできた杭を連続射出。


「…………はぁぁぁぁぁぁぁ!」


地面から生えたそれが、飛び上がりながらのナックルで殴り飛ばされたティーレックスを……転がりながらも起き上がったその巨体を、横から鋭く貫く。


『――!?』


当然ティーレックスは咆哮して、それも取り込もうとする……でも無駄だ。


「――神様だって殺してみせる」


この杭は僕の手そのもの。それゆえに杭から術式干渉が走り…………ティーレックスが身体としていたジャンクは、パトカー以外全て塵となる。

そう、パトカー以外……パトカーはあくまでも、尾に絡まったワイヤーで引っ張られていただけだった。それゆえに上手く断ち切ることができた。もっと本体に近い形だったら無理だけどね。


≪――亜樹子さん、聞こえますね! 今すぐ退避です! じゃないとまた取り込まれますよ!≫

『りょ、了解−!』


アルトが警告している間に、もう一度手を叩き起き上がったティーレックスに杭を射出。その身体を……そしてその顎を縛り上げ、完全に戒める。

その間に亜樹子さんのミニパトが走って僕の脇を突き抜け、ティーレックスも磁力を発生させ、ボディを形作ろうとする。

…………だから、杭を通し電撃発生。杭もまたジャンクの一部として取り込まれかけた状況で、高圧電流がティーレックスの身体を焼く。


『――!?』


それ自体はティーレックスをメモリブレイクできるものじゃない。でも……また身体の一部として引き込まれた素材は、全てその場で停止。

杭も歪みが止まり、浮かんでいたジャンク達も次々落下。今この瞬間においては、ティーレックスから発生していた磁力は完全に無効化されていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


なんかミニパトに亜樹子が乗っかっているしでどうしたものかと思ったら、ティーレックスの動きが完全に止められた。

ぐるぐるに巻き付けられた鉄に蒼い電撃が走り、身体を焼く。それだけで奴は動きを止めてしまって……。


「あれは……」

【交流脱磁……電撃を利用し、磁力を取り除く方法だ。
幸い前回の戦闘で、ティーレックスが発生させる磁力とその強さは計測できたからね。そこから磁力除去の手段を組み立てたのさ】


あー、そういや小学校とかで、理科の実験でやった記憶があるな。熱とかでも磁力が消えるんだっけか?

なんか電子機器とかさ? 磁力が邪魔なものからそれを取り除くための技術らしいんだよ。そうか……それを調べるために、アイツもガレージにこもっていたのか。


【翔太郎、メモリブレイクだ。彼の魔力では長く維持できない】

「……分かった!」


だったらとメモリをジョーカーからメタルに変更――。


≪Metal!
Heat……Metal!≫


灼熱の闘士――ヒートメタルとなり、右手で現れたメタルシャフトを取りだし、展開。

コイツはメタルメモリのパワーをヒートが高める形で、メモリ同士の相性もいい。防御力もあるから、こういう力自慢で堅そうな奴にはもってこいだ。


……メタルメモリを、メタルシャフトのマキシマムスロットに入れる。


≪Metal! ――Maximum Drive≫


シャフトの両端から溢れる炎。それを押さえながら踏ん張り、もがき苦しむティーレックスに……真里奈に向き合って……。


「真里奈……今元に戻してやる」


ブースターのように吹き上がる力を解放。そのまま滑るように加速し、ティーレックスの零距離へ。


【「メタル」】


ティーレックスの小さな目がくわっと見開かれた瞬間、そのまま左薙一閃で斬り抜け。


【「ブランディング!」】


ティーレックスの本体……その巨大な頭を撃ち抜き、数メートル滑走しながら停止。


『GURU…………AAAA…………』


背後で響く爆発音……それに振り向くと、真里奈は倒れ込み、杭の戒めからも解放される。

そして、真里奈の脇に落ちたティーレックスメモリは、そのまま砕けちった。


それを見ながら……自然と変身を解除。ゆっくりと真里奈へと近づき、抱え起こす。

「…………真里奈」


真里奈は呆然としながら、なおも右手で……指も上手く動かない手で、メモリを探し求めて……。


「わた、しの……メモリ……力……あぁあ……」

「もういい……もういいんだ。真里奈」

「翔、ちゃん……」

「昔のお前に、これで」

「戻れないよ」


そう告げた恭文は有無を言わさず、俺の首根っこを掴んで引き寄せながら……真里奈を蹴り飛ばす。

そう……なぜか俺に口を開き、噛みつこうとした真里奈を……!


「ぶご……!」


俺と真里奈は強引に引きはがされ、真里奈は地面を転がる。起き上がれないがそれでも、俺を睨んで……口を、かちかちと言わせて……。

立つことはできない。腕も使えない。だがそれでも這いずって、俺を……野獣みたいに見てきて……!


そうだ、さっきから……俺を見たときから、また……あの眼光を……。


「言ったでしょ? 大好きな、翔ちゃん……愛している……。
だから、食べさせて……♪ そうしたら、こんな傷、すぐに……」

「真里奈……」

「美味しそう……ううん、美味しかった……。
アイツらの肉も、美味しかったぁ。洋介も美味しそうだったのに、食べられなかったから……ね……ね……ね……?
悪いこと、してないの。ご飯を食べているだけだから……だから……だからぁあぁああぁああぁ♪」

「知っている? 翔太郎。一度人の肉を……その味を知った熊や虎は、その美味さを忘れられず、また人を襲うって」

「…………」

「あの人がそれだ」


……どこからともなく警官隊が救急隊員と一緒に駆け寄ってくる中、恭文は真里奈へ近づき……その頭を掴み、電撃を走らせる。


「ぎぃあああぁああぁああ!」

「少し眠れ」


そうして強引に気絶させ、その口に猿ぐつわをしたところで……資格証を改めて提示した上で、真里奈をみんなに引き渡す。


「取り扱いには気をつけてください。ドーパントになっていたとき、人を食らったことで……“人を食らうことに対する快楽とその欲求”がとんでもなく強くなっています」

「人を……!」

「さっきも左さんののど元を暗い潰そうとしました。……お願いします」

「分かりました――! ご協力、感謝します」


――こうして真里奈は厳重に拘束され、搬送される。俺はただ、その様子を見ていることしかできなかった。


だが、風は吹いていた。

それでもこの街で風は……吹き続けていたんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


…………私は全てを失った。

屈辱の敗北から目覚めた先は、光すら届かない闇。ものを掴む指すら失ったことで、私は食事すら人の施しを受ける身体になっていた。

裁判という名の処刑行為も、面会人すら許されずに閉じ込められ続ける日々も、もう耐えがたい。


「ろ…………して…………」


一人……私をここまで貶めた、あの悪魔どもの顔を思い出しながら、呟くことしかできなかった。


「殺し……て…………」


なぜこんなことになってしまったのか。私は……私は園咲を継いで当然の……!


『そう、当然の存在だよ……社長』


――でもそこで気づく。

いつの間にか辺りに人の気配が……ただ一つを除いて消え去っていたことに。

そして牢屋のドアが微塵に斬り裂かれ、中から出てきたのは……蒼い刀を持った怪人≪ナスカドーパント≫だった。



「あなたは……」

『可哀想に……こんなに傷つけられて』


彼は変身を解除。黒いスーツ姿となり、腰のガイアドライバーを自慢げに見せつける。そうして私の手を……指すらなくなった手を見て、痛ましそうに表情を歪ませた。


「大丈夫、すぐに治療しましょう。アテも用意したので」

「須藤……霧彦?」

「覚えていてくれて嬉しいです」


うちの……あの出来損ないと忍者どもに潰された、ディガル・コーポレーションの幹部で、ガイアメモリの販売成績歴代一位を誇っていたバイヤー。

当然社長の私とも相応に親しかったわけだけど……それがどうして。というより、なぜこの場所が。


「どうしてあなたがナスカメモリを……それにドライバーまで」

「お忘れですか? 万が一に備え、予備戦力を隠しておくというお話だったでしょう」


そうだ、戦子万雷やウィザードメモリの件があったから、私が内密に……ウィザードメモリの再生産にかこつけて、来人に作らせていたものだ。

あの頃ならそれはできていた。それについては黙っていた……隠し通せていた。そもそも話す気力もなかったけど、まさかそれが幸運をもたらすなんて。


「それで、ミュージアムを建て直せと?」

「人類の進化や発展のために、ガイアメモリは……ミュージアムは必要です。
ですがそれ以上に必要なのは、女王足るあなただ」


………………私はその言葉に頷くしかなかった。


「もちろんよ」


あの生まれついての出来損ない達に、本当の強さを……選ばれし人間の格というものを知らしめるために。


「では行きましょう。なに……今は私達二人だけの繋がり≪コネクション≫ですが、あなたがいればすぐに大きくなる」


二人だけ? つまり……ち、使えない奴ね。もっとしっかりとした組織的なもだと思っていたのに。

でもまぁ、いいわ。こんな場所で腐っているよりはずっとマシだもの。


「……だったらあなた、私を妻にするつもりはない?」

「社長?」

「ミュージアムには家族が必要だもの」

「……それは素晴らしい提案だ」


そのためならこの男に、身体を売り渡すくらいはわけもない。

えぇ、その程度のこと……奴らに報いを受けさせるためなら、いくらでも受け入れられる。


園咲を――私を愚弄した出来損ない達には、必ず地獄を見せる――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――戸川と真里奈は逮捕された。


戸川はあれからすぐに目を覚まし、少しずつ自供を始めている。

少なくとも戸川は真里奈との関係を“そういうもの”だと思っていたこと。そう思わせるものが二人の間にあったこと。

そんな真里奈のためにもと復讐に走っていたこと。そして、その真里奈が自分を殺そうとしたことへの恐怖……。


戸川自身が罪の重さを自覚していることもあり、取り調べ自体は順調そのものだそうだ。


なので、問題は真里奈の方にある。メモリ購入についてもまず真里奈から言い出したことで、戸川も肉体関係を絡めた上で利用されていた。

実行犯としての罪は戸川の方が重いが、その幇助の悪質さから、真里奈にも間違いなく重刑が科されることになる。

ただそれ以前に……真里奈はメモリの副作用から、“人間の食べ物”を一切受け付けなくなっていた。


もっと言えば、ドーパントになった際に触れた禁忌の味以外が食べられない。真里奈は現在、警察病院で治療を受けているが……その関係で取り調べも進んでいないらしい。

恭文曰く、真里奈はただ人を食べたい……食べさせてほしいと、妖艶に頼み込むばかり。そのためなら自分の身体を売るような真似すら辞さない構えだそうだ。


「…………」


だが、そんな中でもただ一つ聞き出せたことがある。それはなぜガイアメモリに手を出したか。それも話通りであれば、真里奈から誘ったことだ。

その原因は一つ。俺と真里奈が……刃さんが初めてドーパントを見たあの日。おやっさんがスパイダーを払い、歌姫メリッサをなんとか守ったあの日。

真里奈はあの日、スパイダーの力を見ていた。人を守り、奮闘していたおやっさんではなく……街を泣かせ、力で全てを一人締めにしようとする怪人に魅入られていた。


それだけならまだよかった。だが真里奈は大人になり、ウィンドスケールに入り……傷を負って、その力を欲するようになった。憧れた『なりたい自分』になろうとした。

だから真里奈は、今も『なりたい自分』として人の肉を求める。俺はずっと、そんな真里奈の闇に気づいてやれなかった。

……もうとっくに手遅れだったんだ。信じるとかなんとか言っても、俺の言葉はとっくに届かないものになっていた。


それが、俺の数えるべき罪だった。そしてこれが……これこそが、この街の現実。

そこに加え、秘密裏に収監されていた園咲冴子が脱獄したとの知らせが入った。それも彼女をさらったのは、恭文が倒したはずのナスカドーパント。

ミュージアム崩壊から一年……またこの街に、悲しい風が吹き荒れようとしている。それだけは間違いなかった。


だが必ず止めてみせる。

俺は俺の罪を数える。真里奈の闇に気づけず、救えなかった罪と向き合い続ける。

それでこの仕事を通し、同じ痛みや涙で潰れそうになっている誰かを救っていく。


そう、俺が……。


「そこは、俺達がとか……複数形であるべきじゃないかな」


脇で座って、読書中なフィリップに促され……クスリと笑いながら、線を引いて、タイプライターを打ち直す。


「そう、俺達が……っと」


そうだった。俺だけでも、フィリップだけでも駄目なんだ。そこはもう譲らない。


「……しかしお兄様、どうしましょうかね。当然美澄さん達への警戒は強めてもらっていますけど」

「復讐しにかかるとすれば……それは当然僕達だよねぇ。
だから首は落としておくべきだったとあれほど……」

「その反省はやめろっつっただろうが……!」

「止めた恭也さん達に報告しなきゃ。お前達のせいで」

「それは本当にやめてやれぇ!」


頼む、それだけは本当に駄目だ! おやっさんを最後に暴走させまくったと、相当気に病んでいるんだよ!

それで俺にも謝り倒してきたくらいだしさぁ! そんなことまで責任を押しつけたら、さすがに申し訳ねぇ!


「いやぁ、翔太郎は見習うべきだと思うよ? 結局市内に被害も出しかけたしさ」

「がふ!」


フィリップもさすがにと思ったら、脇から殴ってきやがったよ! 自分が殴られかけたことを根に持ってやがるよ! くそぉ! やっぱり俺のハードボイルドが崩れていく!


「――――できたよー!」


それで一番崩すのはコイツなんだよ! というか、いつまでいるんだかなぁ!


「できたってなにが…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


亜樹子のアホは、シックな木造だった看板を水色の水玉模様に塗り替えて……更に、そこに……そこにぃ!


――所長:鳴海亜樹子――

「お前が所長!?」

「……計算外とは言えないよねぇ。実際翔太郎の付けた帳簿はザルだった」

「僕も見たとき、めまいがしたもの。沙羅さんなんて胃痛でのたうち回ったって言うし」

「さすがにそこまでじゃないだろ! というかお前……このまま居座るつもりか!」

「……というか居座らないと君、クビだよ? 津村さんへのやらかし、沙羅さんもお怒りだったから」

「なんだとぉ!」


おい……女子中学生、やめろ! その売られていくブタを見るような目はやめろ! そんな目をされる言われだけはねぇ!


「それにね、今回のことを見ていても思ったけど……やっぱり翔太郎くんはフィールドワーク中心で動くべきだよ。
お金のこともそうだけど、他の事務にまで手が回らなくてーって感じみたいだしさ」

「……その辺り、お前ができるってことか?」

「経済学部出身―♪」

「だったよなぁ! いいとこの学校なんだっけ!?」

「もちろん苺花ちゃんや若菜ちゃんの安全だって、あたし達がきっちりして守らなきゃだし……さぁ、やるわよ!」


亜樹子のアホは気合い十分という様子で反転……おい、まさかそれをそのまま飾るつもりか! やめろ馬鹿ぁ!


「あらゆる事件をあたし達で、ハーフボイルドに解決していくのよー!」

「ハーフじゃねぇ! ハードだ! ハードボイルドォォォォォォォォォォォ!」


――こうして、長い一年が始まる。

俺達が……Wが更に成長し、街を守る風になるための一年が。


(Wの検索――おしまい)








あとがき


恭文「というわけで、尻彦が余計なことしかしねぇ……!」

あむ「ネタバレじゃん! というか普通に狙撃でメモリブチ壊すって!」

恭文「敵の能力があれだし、変身させずに潰す方が楽だということになった」


(変身などさせるものか。…………失敗したけど!)


恭文「とはいえきっちり対策さえすれば、なんとかって感じだよ。相性ゲーって大事だね」

あむ「アンタいつもそれじゃん! というか待って、人肉ってつまり…………」

恭文「アマゾンズだね」

あむ「おう゛ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

恭文「うぎゃー!」


(ハンバーグですね。
本日のED:『ハードボイルド』)


鷹山「……え、園咲冴子脱獄したの!? なにしてんの!?」

恭文「それをやったのが、須藤霧彦――ミュージアムのバイヤーとしてはやり手で、同時に潔癖的にミュージアムの“地球を救う”という目的を盲信していた男です」

古鉄≪とはいえ強敵ではありました。いくらミュージアム崩壊時の混乱があったとはいえ、たった一人でコネクションという組織を“偽装”していたんですから。
それにナスカメモリについても強力ですし、それを扱えるとなれば……≫

先輩「でも蒼凪くんはそのナスカを一蹴できたわけでしょ? だったら」

恭文「…………」

先輩「……簡単にはいかないわけかぁ……」

照井「実は蒼凪も、この件があって……俺の要請がなくても風都への長期出向は予定していたんだ。
園咲冴子が自分や苺花を狙ってくるのは予測できていた。当然フィリップ……園咲来人や若菜もだ」

フィリップ「何より彼がミュージアム崩壊時に勝てたのは、ある種の猫騙しも大きいしね。まだまだ修行中である以上、種が割れたマジックじゃあかなり厳しい」

恭文「だから僕も、もっと強くなる必要があった…………あああぁああぁあ! だから情報を引き出したら首も落としておくべきだったのに、恭也さん達が止めてくるからぁ!」

先輩「その反省はほんとやめようか!」

いちご「そうそう。というかね、それは大人として止める……普通は止めるからね」(頭を撫でて落ち着かせる)

舞宙「というか恭文君、結果ガチで殺しにかかったんでしょ? だったら反省はもう生かし切れているって……」

恭文「そこで井坂と繋がらなければ、まだそう言えたんですけどね……!」

舞宙「……そうだったね」

雨宮「井坂……!? あの、それって確か」

照井「……俺の両親と妹を……大量の市民を殺害した凶悪犯であり、ドーパント専門の闇医者。
須藤霧彦は傷ついた園咲冴子を治療する……そのために奴と繋がったんだ」


(おしまい)






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