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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2008年・風都その5 『Vの蒼穹/Trigger』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2008年・風都その5 『Vの蒼穹/引き金は僕だ』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「美澄苺花――」

「…………!」

「僕の、大事な子で……助けられなかった子です……!」


会長は僕の言葉を……僕の話を、馬鹿になんてせず、一つ一つ静かに受け止めてくれた。

確証はない。だけど……それでもと……。


「……なるほどな」

「既にその適合者の身辺警護と安否確認は行っています。今の所は問題ありませんが……ただ何らかの異能でごまかされている可能性もあります」

「つい先ほど、リンク状態が発生したからだな。というか、それで蒼凪くんもある程度の確信を得てしまった」

「えぇ。それに、自殺未遂後の動向調査がまだ……」

「劉くん、済まないがそちらは君が直接調べてくれるか。無論相応の対策もした上でだ」

「分かりました。では……」

「いいだろう! 彼を忍者候補生として受け入れること……そして風都への派遣実習へ参加すること! その全てを私の権限で許可する!」

「……ありがとうございます!」


やった……これで一つ繋がった! 僕自身が戦うかどうかはともかく、手が増える……助けるための道が増える!

あのときとは違う手応えに、頭を下げてから……ついガッツポーズしてしまう。


それで今度こそ……今度こそって、心が震えるんだ。


「ただまぁ、条件はある。……ご両親とちゃんと仲直りすることだ」

「あ、今は無理です」

「そこを即答かね!」

「仮に、本当にミュージアムに売り飛ばしていないとしても……何らかの接触を受けていた可能性はあります。
そこんところをはっきりさせないと、お父さん達も本当に無実だと証明できない。当然お仕事場での立場にも差し障る」

≪あなた、まさかそのために……≫

「なので、手心なく、全力で調べてください。それでクロならどうぞどうぞ起訴してください。僕も家裁送りにするなりしてもらって構いません」

「そこを堂々と言い切るのは、さすがに予想外だなぁ……」

「そうじゃなかったら、骸骨男の私刑と何ら変わらない」


僕の予測通りなら、風都の状況は末期的だ。PSA……国家資格である忍者ですらノータッチなんだから。

だから示さなきゃいけない。そんなのが間違ったやり方だって……そうじゃなかったら……!


「では……その条件を飲み込む前に、一つ確認だ。……障害というのは、そこまで重たいものなのかね」


風間会長は本当に正直……というか、聡明って言い方が正しいのかな。

分からないことは分からないと受け止めた上で、それを教えてほしいと聞いてくれる。僕が子どもだからって馬鹿にしないでだ。


それが心地よくなりながらも、まずは首肯。


「“そもそもなんのために努力するのか”が分からなくなるときもあったんです」

「……あぁ」

「たとえば一時間で百を二十しか埋められないなら、五倍の努力……速度が求められますけど、その下地を整えるのもまた五倍の根気とやる気です。
それを個人の自助努力が足りないという放言だけで……それでなんとかなると、“努力できず自分の足を引っ張る相手が悪い”と責め立ててしまったら、そもそもそのやる気もなくなる」

≪だったら鳴海荘吉はとんだ頓馬じゃないですか。青春ドラマのノリで五倍の喜びなんて、簡単に訪れるわけがない≫

「喜ぶ前に、その五倍を日常生活のあらゆるところで求められるしね……。
僕より年上で発達障害と診断された人も……それこそ風間会長と変わらない年頃の人も知っていますけど、税金や公共料金の支払いとか、衣食住の健全な維持とか……そういうところでも壁が付きまとうんです。
でも“いい大人だから”とか、“みんな同じだ”とか、“誰にでもあること”とか、“気の持ちよう”とか……そういうことで、まず相談からできないんです。
しかもそういう診断が下りることで、周囲の……職場や家族の目が変わったり、今までは問題なくこなしていた仕事から筋が通らない形で外されたりで…………ほんと、“普通”って偉いんだと痛感しましたよ」

「…………」

「それで五倍の嬉しさを感じられるなら……みんなも、苺花ちゃんも、あんなに苦しんだりしない。
しかも発達障害だけの話じゃない。なにかの病気、アレルギー……誰にでもあることなのに」

「この辺りが、発達障害などで一番怖い“二次障害”が発生する原因……その流れの一端だったな」


劉さんが僕をなだめるように、お茶を勧めてくる。それをお礼込みで受け取り、ゆっくり飲んで…………ん?


「…………美味しい。なんだろう、香りも……鼻は弱いのにふわーって柔らかい感じがして」

「気に入ってくれたなら何よりだ。最近劉くんが鼻息荒く持ち込んで、うちの常備茶にしたものでな」

「荒くはしていません」


……カウンセラーの先生は教えてくれた。


いわゆる鬱病は、脳内にストレスとなる情報が残り続けるせいだと。

そうなりやすいのは、気晴らしできる趣味などがなく……相談できる相手がおらず……また問題を開き直りで放り投げられない、まじめで頑張り屋な人だと。

苺花ちゃんのときだってそうだった。父親……家族のことだから嫌でも向き合うし、相談しようにも父親がそれすら否定して潰しにかかる。


そのあげく、気晴らしできる趣味……憧れていた奇麗な空……世界への夢すら踏みにじられたら…………。


「……ため込むな!」


でもそこで…………鬱屈としていた気持ちを見抜くように、会長が一喝する。


「叫べ! そしてその上での気持ちを聞かせてくれ!」

「会長……?」

「……君は、“それ“を叫んでいいんだ。その上でどうするかが大事なんだ」


だから……涙と一緒に……堰を切ったように、感情が……いつもより乱暴に吐き出されて……。


「腹が立つ……」

「……あぁ」

「僕が知っている人は、みんないい人だった。そりゃあいろいろあってちょっと腐っている部分はあるけど……それでもって、必死だった。
誰にも分かってもらえない。誰にも伝わらない。みんな同じで、乗り越えているなら自分だけが駄目なのかって苦しんで、傷ついて……それでも、誰かを傷つけるのは……“踏みつけてくる奴ら”と同じになりたくないって、必死で」

「あぁ……!」

「なのにその気持ちすら踏みつける! だったら…………“普通”ってなんですか!?
なんでそんなものに……苺花ちゃんが……世界がもっと優しかったら! 苺花ちゃんはメモリになんて手を出さなかったのに!
だったらなんで僕や苺花ちゃんは生まれてきたんですか! そんなに邪魔だと思うなら、最初から殺せばいいのに!
なのにそれすらしない……そうやって自分で手を汚すことすらしない! なのに、なのに、なのに…………なのに!」

「だったら君はどうする。彼女と一緒に世界を壊すか?」


そう問いかけられて言葉に詰まる。でも…………その問いかけを、僕はもう知っている。


「…………そんなことできません」


それだけは絶対にできないと、泣きながら顔を上げた。


「まだもらったエールに応えられていない」


通りすがったお姉さん……背中を押してくれた、黒髪で奇麗な歌声のお姉さん。名前も知らないけど、笑顔が奇麗だったのも覚えている。……ちょっと、あやふやだけど。

それでも奇麗な歌声と言葉は絶対に忘れない。消えるわけがない。だって、刻まれちゃったんだから。


どこにいるかも、誰かも分からないけど……それでも……ううん、だからこそ――!


「御影先生は、こんな僕が“きっとたくさんの人達を救える”って信じてくれた。
それで今僕が折れたら、あのお姉さんまで巻き添えになるかもしれない。
そんなの嫌だ。そんなこと…………絶対にできない!」

≪あなたは…………≫

「だが君は、それを“よく覚えていない“」

「……覚えていないというより、貸したんだと思います」

「貸した?」

「ウィザードメモリに」


そうだ……そうだ、そうだ……まだ止まれない。僕が助けるべき子は、目に見えるものだけじゃない。


「だからウィザードは助ける!
苺花ちゃんも僕ごと助けて、その上でぶっとばす!
ミュージアムはこの手で叩きつぶす!
鳴海荘吉のクソは同類として地獄に落とす!
そのために……劉さんも、会長も……テラーで潰された人達も助ける!
こんなことをなんとかしたいと思っている人達みんなが、全力で戦えるように!」

「蒼凪君……」


僕だけじゃ無理だ。それじゃあ絶対に駄目だ。それでなんとかするのは、きっと間違ってもいる。


「……メモリを助けるのかい。君を怪物にしたメモリを」

「悲鳴が聞こえたんです!」

「それは聞いている。だがそれは……あぁいや、違うな」

「そう、違うんです! それなら違う……それに助けてもらった! 自分の使い方を……力の意味を教えてもらった!」

「おい、それじゃと……」

≪あなたが言っていた“あの子”は……あぁ、最初から……そういう……≫

「だから、僕にやらせてください! 僕を利用してください!」


裏切れないものがある。


「僕だって会長さんや劉さん達を利用する! 命だって賭けさせる! 子どもを利用する誹りも受けさせる! それで……死なせるかもしれない……」

「……怖くはないのかね」

「怖いですよ、滅茶苦茶。僕は“斬れないなら死ぬ覚悟を決めろ”って教わりましたけど、そうじゃない人もいるだろうし」

「それはなぁ……!」

「でも、僕だけじゃ無理だ。僕以外の誰かだけでも無理なら……ありったけで巻き込むしかない――!」

「…………」


正しいかどうかじゃない。間違っているかどうかじゃない。誰かのためとか、自分のためとか、そういうことじゃない。

ただ一つ……たった一つだけでも、裏切れないものがここにあった。


「そうだ……」


だから……僕がきっかけになればいい。

そのためには黙ってなんていられない。

敵のボスがどういう奴で、どういう能力を持っていて……抱えている札も見えかけているんだ。


なによりこの状況をなんとかする魔法だって……だから、諦められない!


「引き金は僕だ!」

「――――よく言った」


それで風間会長は僕の両肩を……強く、本当に強く叩いて……。


「ご両親についても保護と仲裁の必要があるから、こちらで一時身柄も預かる。仕事も……まぁ再就職先くらいは面倒を見よう。
君もその辺りは、担当のカウンセラーと薬物療法でゆっくり解決していく……が、それは事後の話だ。
――改めて君に依頼しよう。美澄苺花……いや、“本来の適合者”と君自身、そしてウィザードメモリの救出。
そしてミュージアムの打破を。我々を繋ぐ“引き金”としての役割を。
誰でもない君に……“負け続ける戦い”にも希望を抱ける、魔法使いの君にだ」

「風間会長……」

「もちろん相応の支援もする。情報統制も含めてのことだ。本来の適合者や君に不都合がないように、全力を尽くす」

「会長、それは……いえ、そうですね。悲鳴を聞いているのは彼だけだ」

「なにより私は確信したよ、劉君。
……彼なら絶対に、“恐怖”すら糧にしてくれるとね」


信じてくれる。繋がってくれる。僕の言葉を……拙い僕の言葉を……感情を受け止めてくれる。

この人達は、僕が知る『普通』とは違う。だけどその『普通』の中にあるキラキラしたものを守るために、全力でいてくれる。それで……僕達も守ってくれる。

まるでずっと……テレビで見て……憧れていた……ヒーローの人達みたいに…………!


「……というわけでトウゴウ氏、済まないが修行の方はみっちりとね」

「お前さんも無茶を言うのう……。じゃがまぁ、そういう話なら……のう」

≪とすると、魔術関係も教えた方がいいですね。むしろそっちの方が向いていそうな気がするんですよ≫

「じゃったらえぇ奴がいるのう。……ウェイバーを呼び出しておくか」

≪そうしましょうそうしましょう。きっと泣きながら喜んでくれるでしょう≫


そうだ、だから……迷いなんてない。僕は迷わない……。


「――その依頼……」


これが、僕にとっての初仕事。だから……涙でぐしゃぐしゃじゃあかっこが付かないと、強引に目元を拭って。


「謹んで、お受けします。それで……なにがあろうと、絶対に……全力で達成してみせます――!」

「うむ! 頼むぞ、蒼凪候補生!」

「ふぉふぉふぉふぉ……じゃったら早速訓練じゃのう。スキル確認もしときたいし……本当にしておかんとなぁ……!」

「……ヘイハチさん、どうしたんですか。そんなにビクビクして」

「お前のせいじゃあ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


というわけで、一旦の避難も兼ねて……この人を連れてやってきたのは時空管理局・本局。

まずはこの人の身体状態を改めて診察して、その上でというところなんですけど……。


「全く……いきなり連絡を取ってきて、なにを言い出したかと思ったら」


本局の医療エリア……そこに慌ててやってきたのは、青い提督服を身に纏う女性。

もうそろそろ三十路な彼女が、レティ・ロウラン。本局人事部に所属する局員で、提督に昇進したばかりの才女。


「本来ならこんなこと、先輩達の頼みがなければ引き受けないんですから」

「スマンのう、レティちゃん。その埋め合わせは今度デートで埋めるから」

「お断りします。それだったらあの子に相手してもらった方がまだいいです」

「えぇ……!?」

「……変な意味に捉えないでくださいね? うちの息子と同い年だし、いい友達になれると思っただけです」


そうため息を吐きつつ、診察中のあの子を……というか、退屈そうに脈拍やらを取られ続けている、息子さんと同い年のあの子を見やる。相応の哀れみを向けた上で。


「それで診断の結果としては……そちらの、PSAのお医者さんとさほど変わりません。
発達障害……そちらで言うところのASDを主体とした、ADHDとの合併症。それによる感覚や体調の不安定さ。
あとは猫の遺伝子を持つがゆえの、生命としての不安定さ……生涯的な観測と薬物療法、更に活動制限も必要な状態です」

「魔力の方は」

「魔力量は最大値で六十万前後……平均的なレベルですね。
でも術式の制御テストをやらせたところ、速すぎるんです」

「速すぎる?」

「素人のはずなのに、思ったような形で魔法を組み立てられる。それも瞬時に、正確に。
該当するスキルがあるとすれば……瞬間・詠唱処理能力」

「準レアスキルにも属しておる、プログラムの超演算能力か……」

≪クレイモアなんて複雑な術式やら、物質変換やらもできたのはそのせいですね。あれは先天的に魔力制御能力も高くなるそうですから≫

「ただ、魔力の攻防出力そのものは紙同然。並行処理も発達障害の傾向が相まってか、今ひとつ苦手なようです。
そちらはトウゴウ先生の専門でしょうから、改めて見ていただくとして……ひとまずの先天資質検査の結論としては」


レティさんはあまり気乗りがしない様子で、眼鏡を正す。


「典型的な後方支援型。前線に出て殴り合うなんて論外と言わんばかりですね」

「まぁそうじゃろうな」

「それでも教えるんですか? 剣術家として」

「ミカゲとの……友人との約束もあるからのう。それに生活基盤の問題もある」

「……そうでしたね」


そう……あの人が今暮らしているのは地球。地球は管理外世界ですし、そこを中心に仕事などをしていくなら、別に魔法適性へ拘る必要はないんです。

剣術が好きならそのまま続けていいし、後方支援に興味があるなら勉強だけはしてもいいし……わりと自由な感じです。ただ魔導師として伸ばすのなら、まずそちらのスキルを揃えたいというだけの話で。


「で……そっちが概要として、ガイアメモリ使用の影響は」

「そちらの医師が相当優秀で助かりましたよ。魔力が覚醒したことによる体調異変も、リンカーコアも……魔術回路についても、落ち着いています。
まぁ魔術回路についてはこちらの専門外なところも多いですし、ちゃんと別途詳しい人間に見てもらうべきかとは……」

「そのつもりじゃ」

「……それよりも問題は、先ほどお聞きした“記憶障害”の方かと」

≪「…………」≫


やっぱり、そこですか。風花さんも気づいて……あれで鳴海荘吉やご母堂様達を絶対に許せないと激怒したレベルですからね。

まぁ鳴海荘吉については、本来であれば理不尽なそしりですけど……受けて当然な対応を取り続けましたからねぇ。それは信用できませんよ。


「やはり、メモリを受け入れたことが影響しとるんか」

「間違いなく。それで特にショックなのが……あの子や友達を助けたというお姉さんのことです」

「……そっちかぁ」

「それは、カウンセラーも絶句する程度には絶望的です。……あの子自身、そこに触れると感情が……というか怒りと憎しみが爆発する程度には」

≪あぁ……そういう……。
ミカゲさんのことだけなら、あのメモや風花さんの力で補填できますからね≫

「じゃが、そこまでということは……」

「まぁ、運命を感じる程度には……素敵な人だったんでしょうね」


……つまりあの人は、メモリを受け入れたことで……絶対的に大切なものを壊された。

もうあの人は、自分ではその助けてくれたお姉さんが分からない。お礼を言うことすらできない。もちろん運命を感じた……その気持ちを伝えることもできない。

そして誰もそれを救えない。助けてあげられない。話を聞く限り、お姉さんの正体は不明。会ったのもあの人だけで、記憶を補填できる人もいませんから。


「しかし記憶障害……厄介じゃのう」

「友人関係の構築や、恋愛の成就、学業や仕事……対人関係というか、社会生活を送る上では必須能力ですしね。
しかもそれは性質……あの子が持つ色の一つだから、ただの根性論だけでは成り立たない。というより、成り立たせてはいけない」

「人事部勤めなレティちゃんじゃと、特に頭が痛いところじゃのう……」

「どうしても現実面でのバランスはありますし、双方思い通りとはいきませんしね……」

≪鳴海荘吉は、その辺り適当だって気づいて……いないんでしょうねぇ。昭和の頑固親父を地で行っている人ですし≫

「そういうのは本当にやめてほしいわ……。
障害者雇用は、組織的……というか社会的に重大な問題だもの」


あぁ、レティさんが頭を痛めて……苦労しているんですね。分かりますよ。


……確かに当人の努力や改善能力は必要。社会生活にはどうしても、ノルマや速度が求められる場面がありますから。

でも、だからと言って鳴海荘吉の言うことが正しいかと言うと……そうでもない。障害などが絡まなくても、自分のよさ……強さというのは、当人だと気づきにくい場合も多いですから。

障害という人とは違う部分があるのなら、余計にその傾向は強い。……まぁ障害じゃありませんけど、この世界だと人と違う生まれとか、そういう複雑な事情を抱える人も多いですから。


そういう事情を受け止め、働き方を……社会との繋がり方を示すのも、組織には必要なことです。特に管理局は行政としての側面も持っていますから。

もっと言えば適材適所です。帯に短したすきに長しなら、帯でも、たすきでもできないなにかを一緒に探し、提案し、やっていく……そういう姿勢が必要です。

人事部に勤めるレティさんは……その辺りで四苦八苦している経験もある人です。だから鳴海荘吉の論理には、頭を抱えるしかないんですよ。


組織がそういう体勢を作ろうとしても、現場レベルがそんな考えだと話にならない。結局帯にもたすきにもなれない人を追い出し、社会から居場所を奪うことしかできませんから。


「……分かりました。その子、しばらく私が保護責任者ということで面倒を見ます」

「なんじゃと!? じゃが」

「こっちでの訓練などにも後ろ盾は必要でしょう? 何より……その子の親、やっぱり相当怪しいんですよね」

「……まぁ、状況的に見て真っ黒って言える程度にはのう」

≪自覚なしで情報を漏らしたって可能性もありますからねぇ。特に苺花さんのことを考えると……≫

「その辺りは無職な風来坊であるあなたには、難しいでしょうから……まぁ避難口が一つできたと考えてもらえると」

「うむ……助かるぞい、レティちゃん」

「いえ。私も放ってはおけませんし……」


そうしてレティさんは、困り気味にあの子を見やる。力にはなるけど、それでもと……苦い何かを噛みしめながら。


「救いがあるとすれば、あの子自身感情の意味がよく分からないけど……それでも忘れないようにと、似顔絵などで特徴を起こしていたことだけでしょうか」

≪だったら…………よしとはいきませんか≫

「いかないじゃろうなぁ……。
現に寄らば斬るマインドでミュージアムは皆殺しって構えじゃからのう」

「……えぇ。そう言っていましたね。笑って……こんなに楽しいゲームは早々ないと……!」

「風花ちゃんの話通りなら、本当にそうするまで絶対止まらんぞい……! 下手をすれば鳴海荘吉も殺される」

≪表面上冷静に見えるだけで、はらわたが煮えくり返って全て蒸発しきる勢いですからねぇ≫


つまり、変にあの人を抑えたとしても……それはもうとんでもない大暴走をしかねないわけで。そりゃあまぁ、怒り心頭になって当然ですけど。


≪これで教えるんですか?≫

「少なくとも風都行きは止められんわい。自衛する手段くらいは持たせておかんと……というわけでお前、しばらくあの子に付いといてくれ。物質変換の術式ロックも必要じゃからのう」

≪は? いや、それならまたデバイスを持たせて≫

「新人にはキツい仕事じゃろ。まぁ頼むわ」

≪……分かりましたよ。確かに放置できませんし……で、具体的にはここからどうするんですか≫

「グレアムにはいろいろ頼んどいたし、そろそろ……」

「…………お、いたいた! レティ! ヘイハチ−!」


そこで現れたのは、グリズリーの猫耳と尻尾、髪を揺らし、黒い武装隊ジャケットを翻す女性達。

一人は髪がいわゆるボブロングで、もう一人はショート。そしてその顔立ちとスタイルはほぼ同じで……。


「おぉリーゼちゃん達! ようきてくれたのうー!」

「ほんとだよ! というかアンタ、毎度毎度いきなりすぎ!」

「すまんのうー。このお礼は」

「特別給与でよろしくー」

「ぐぬ!」

「ロッテ、元局員のおじいちゃんに無茶ぶりだって。
……で、あっちの子が、例の蒼凪恭文君?」

「うむ。大まかな検査と状況把握は終わったから、一時間後から現地入りするまで毎日びっしりと……基礎の基礎からやりたいんじゃよ。実戦形式でのう」

「それ、基礎の基礎って言わない」


そう言いつつも髪が長い方……アリアさんは窓越しに小さなあの子を覗き込む。それで……なにかを噛みしめながら、小さく首振り。


「……まぁ、あれくらいの子に教えるって話なら、クロノの面倒も見ていたから大丈夫だけどさ」

「でも例のガイアメモリ、だっけ? その影響は」

「時限爆弾が首に結わえられとるが、本来の適合者もVIP扱いみたいじゃよ。なにせ適合したメモリが幹部クラスのものと同レベル……それ以上っぽいからのう」

「それに合わさったのなら、余計にお客様扱い。あの子ともどもそっちが潰れるようなことは避けたい……かぁ。
……一応聞くけど、アタシらが現地で勝手に暴れて、あの子はお留守番とかなし?」

「テラーの影響を受けても耐えられるんじゃったら、それもアリなんじゃがのう……」

「それも魔法でなんとか……というのも甘い考えだと思うのよね」


するとレティさんが、ため息交じりで手元のタブレットを操作。そうして私達の前にあるデータを見せてくる。


「実を言うと、管理局でもガイアメモリのことは把握していたんです。ミュージアムという組織が……根城にしている風都市を実験場にしていることも」

「なんじゃと」

「ガイアメモリ……その概要が、いわゆるロストロギアに属するのではないかと」

「まぁ怪人……というか超人薬なわけだしね。んじゃさあ、レティ提督、調査とかは」

「実は内密に現地へ調査員も送り込んでいましたが……それらは悉く自ら任務を放棄。局の仕事も辞めています。
それが何度やっても同じですから、さすがに局上層部もいぶかしんでいたところで……」

≪PSAと同じですね。どこかのタイミングで園咲琉兵衛と接触して、それで……≫


あの人が知ったら、火に油を注ぐどころかガソリン散布で更に大爆発する話ですねぇ。いえ、もうPSAの被害を知っていますから、手遅れなんですけど。


≪しかしタチが悪い……園咲琉兵衛は街の名士でもありますし、ミュージアムを追っていけば必然的に会う確率が高くなる≫

「その瞬間に、恐怖の能力に囚われておじゃんか……。ロッテ、その辺りほんと注意した方がいい」

「みたい、だね……。というかさ、それだと次元世界のこととかバレてるんじゃないの?」

「かもしれないわ。だからテラーを抜いたとしても、決して油断できる相手じゃない」


……せめてその情報がもっと速く……いえ、言っても仕方ありませんね。


≪……レティさん、あなたからテラーの概要を説明して、動きを制御できませんか?≫

「その方がえぇのう。ワシがそこに絡んで、現地組織≪PSA≫と連携しとるからーって感じで」

「……その上でこちらとも連携してもらえるのなら、上手くできると思います。
今まで放置していた、テラーの被害者達へのフォローも必要ですし」

「劉や風間代表達にも説明しておくわい」

「なら私達も、父様に説明しておく。
……となると……それがどうして、あの子に通用しないのかーってところが気になる」

「あ、そうそう! なに、体質的なのかな!」


その言葉には、私達も……というかマスターとレティさんが顔を見合わせる。


「え、なに……どうしたの」

「……まぁ、また詳しく説明するけど……恐怖なんてものともしない程度にぶち切れちゃっているのよ」

「幼なじみの子曰く、“怒れば怒るほど冷静になって殺しにかかるし、希望を見せた上でそのはしごを外し、憂さ晴らしをする”タイプらしいからのう……! 二人もそこんとこ踏まえて、扱いは注意しといてくれ」

「え、なにそれ怖い。一番ヤバいやつじゃん」

「……そこも、訓練しつつ調子を見ていこうか。コミュニケーションって感じでさ」

「だね」


――こうして、あの人にとっては一つの試練が訪れる。またまたと言う形になるけど、試練は試練。

正義を示すのに力と強さが必要というのなら、あの人はそれを……今手持ちの札で示し続けるしかない。

劉さんと風間会長にはそれができた。なら、魔導師として……一個人の戦力としては?


これは、そのために必要な一歩だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


また検査……体が鈍るー。それでもようやく動けるようになって……やってきたのはだだっ広い空間……というか倉庫外。

ヘイハチさんにアルトアイゼンを付かせてもらって、一緒にやってきたけど……凄い、空まで見える!


「わぁあぁああぁ……!」

≪魔導師の訓練場は、空中戦の練習も混みですからね。この空間も魔法でスペースを広げて作ってあるんですよ≫

「魔法凄いー! しかも空が飛べるとか……一方的に撃ちまくって……ふふふふふふ……!」

≪……どうしてそうワンサイドゲームに走るんですか≫

「怖いくらい楽しい相手以外に時間を取られたくないから」

≪狂っているんですか?≫

『……うし、じゃあ早速じゃが、簡単なところから』


…………その瞬間走る悪寒。咄嗟に右へ走ると、眼前に二つの砲塔を備えた……戦車みたいな奴らが複数登場。

それが放ってくる砲弾をすれすれで避けつつ、適当な壁に入り込み、なんとか退避成功……!


なお、当たったらただじゃ済まないのはよく分かった。だって着弾地点の床が、派手に砕けているんだもの。


『……へぇ……今のを察して避けるとはなかなか。攻撃精度は最高レベルだったんだけど』

『ちょ、ロッテちゃーん! いきなり何してくれとるんじゃあ!』

「……誰?」

≪後で紹介するつもりだった、あなたの先生その三くらいの人ですよ。で、少々雑な人です≫

「雑の幅が大きいねぇ……」

『さて蒼凪恭文くん……アンタの事情は聞いたけど、でもそれを正義とするなら力が必要だ。
知恵が回るだけじゃ足りない。アンタ自身が簡単に折れるようじゃあ、それを正義とした奴らも共倒れになる』

「ただ守られるだけの子どもに甘んじるなと」

『そうそうー。話が早い子は大好きだよー』


やるのであれば徹底的に……そうして誰かを巻き添えにした責任を、力で通せと。解りやすいねぇ。


『なのでこれくらいは……武装隊が練習相手に使う程度の奴らは蹴散らしてみな。
できなきゃ非殺傷設定でも実弾を食らって、アンタはそのままリタイアだ』

『ロッテェ……後で説教だから……!』

『なにか問題?』

『調子を見るって言ったでしょうが! あの……恭文君、ちょっと止めるからここは』

「全く問題ないので、続けさせてください」

『え』


……一旦……姿を出して、地面を物質変換。そのまま砲弾を発射する。

でもすぐ無理だと判断し、また身を隠し……走って……反撃の砲撃を次々と回避。位置がバレているから、詰め寄りながら打ち込んできているし! なお僕の砲弾は距離が届かず墜落だったよ!


「こういう分かりやすいのも、仕掛けてくるお姉さんもとっても好みだ」

『『えぇ……!?』』

『あらまぁ……六歳児に口説かれるとは思わなかったなー。最高だねー』

『『お前は反省しろぉ!』』

「というか、とっても助かる。ようするに……」


言っている場合じゃないな。結構移動速度が速い。戦車型ドローンがドリフト気味に背後を取ってくるので、また近くの角に入り込み、発射される砲弾を回避する。


「やっぱり皆殺しにしてOKってことだよねぇ――!」

『…………え?』

『ロッテェ……どうするの! 言われたよね! この子はヤバいって!』

『いや、その解釈は予想外……あ、ちょっと待って! ちょっと待って! たんま! たんまぁ!』

「殺し合いに待ったなどあるかぁ!」

『正論だぁ!』

『アホかぁ! それで論破されるなぁ! こらえろぉ! 抗えぇ! 人としてぇ!』


とはいえ……さすがに射程が全然違うか。前面投射範囲も違うし……真正面から打ち合うのは馬鹿だね。


≪あなた、どうするつもりですか。初手から詰んでいますよ?≫

「簡単……知恵とハッタリでどうにかする」


真正面から……あの砲撃仕様の相手にドンパチすることが間違っている。となれば……また足を動かし、猫耳と猫尻尾を出しながら、駆動音に集中。


(……数は合計八機。移動音から分かる。
九時方向、八時方向に二機ずつ、七時方向に四機……正面に一機……二時方向に一機!)


だったらと倉庫の外壁を見やり、三角跳びで二十メートル近い外壁を駆け上がる。

そうして正面の一機から放たれた砲弾を回避し、左側の屋根に着地。素早く左手をかざし、屋根の素材を利用して物質変換。


作り上げられたソードメイスを抜きだし、一気に屋根を飛んで、伝い……正面の一気をカバーするため、周り込んでいた二時方向のドローンに飛びかかる。

当然こちらに反応し、すぐ砲塔を上に向けようとする。でも……その砲塔は、約八十度ほどで停止する。ドローンの構造から、真上は死角だと思っていた……!

あとは予想外の能力がないかとヒヤヒヤしていたけど、それは問題なかった。そのままメイスを空中で回転しながら振り下ろし、戦車の背後を取りながら……そのボディを真っ二つにへし折る。


仲間がやられたことに気づいて、真正面にいたドローンが回転。すかさず右足を踏みつけ、物質変換……地面から手の平を出し、へし折れたドローンごと盾にする。

距離にして三十メートル程度。その距離で砲弾が放たれ、盾を拳ごと砕き……砲弾は相殺。咄嗟に身を伏せたけど、貫通性のものではなかった。


(三十メートル……次弾装填・発射までは五秒程度。それはここまで追い回されたことで確認済み……だから)


そう、だから……砕け散った粉じんを払うように、右足を踏み出し、突撃。メイスを両手で、腰だめに構え……。


(これは、僕の距離だ!)


次弾装填……三秒経過。

そして四秒……発射のため、砲塔が動き、僕へと狙いを定める。そこでメイスの切っ先を付きだし、砲塔を粉砕。そのままメイスは手放し飛び上がり……縦に一回転しながらかかと落とし!


「……ステーク……アクティブ」


かかとが金属質なボディを捉えた瞬間、意識のトリガーを引く。


「ファイア」


僕の小さな足が……そこから走った魔力の衝撃が、戦車型ドローンを粉砕した。

これで二体目……だからそこから屋根へと飛び上がり、そこを走り……連隊の最後尾めがけて跳躍。そのまま左手で魔力を集束させて――!


「クレイモア、セット。ファイア」


さっきよりもお手軽に……効率的に、魔力のベアリング弾でドローンを蜂の巣にする。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


まぁまぁロッテがまたアホをやったと思うったら……恭文君の方がもっとアホだった。

戦車を殴り、蹴って、一つ、また一つと潰し……その残骸すら武器として、更に敵を殴り潰す。


もちろん倉庫街を模した訓練場が……なんで、ごくごく自然に爆発が立て続けに起きるんだよ……!


「……アレ、ロッテが直すんだよ? 私は知らないから」

「あ、うん」

「ロッテちゃん、ちょっと後悔しとるじゃろ」

「そんなわけないし!? というか、これくらいクリアできなきゃマジ意味ないし!?」

「冷や汗出とるぞ?」


ほんとだよ……。本気ではあったけど、まさかああも冷静に切り返す上、大暴れするとは思っていなかったんだよね。もうちょいビビって……それで考え直すとか、そっちのコースにも進めるようにってさ。

ただそれもとんだ甘い見立てだったわけだ。……あの子はただのか弱いウサギじゃない。獅子すら食い殺しにかかる鼠だよ。


「しかし……あの子、実戦経験はほぼゼロなんですよね。基礎と心構えだけで」

「……ミカゲの奴、ワシへの引き継ぎも兼ねてそこんとこを徹底しとったようじゃからのう。あとは路上喧嘩の経験じゃが……それとはまた違う」

「つまりあれは、正真正銘あの子の自力。
それも戦局を……大局を見通すだけの眼も、頭もある」

「九十二回負けてでも、大事な落とせない八回は絶対勝つ……そういう戦い方が理想らしいからのう」

「なるほど。確かにこれは面白い」

「じゃろ?」


あのドローン、防御機構もそれなりなんだよ? それを単純な物理破砕だけでなんとかしている。まぁそれしかできないからってことなんだろうけど……思い切りもいいし、突進力もある。

しかも九十二回負けても……って下りは、いわゆる改善力の話。だから身を隠しながらだけど、生成した砲弾の発射速度と射程も上がって……あ、それで一機撃墜した。

それを可能とするのは、叩き込まれた戦うことへの覚悟。そこを根底としての割り切り速度だし、ドローンの弱点や性質を解析し、対応する速度なんだよ。


(アルトアイゼンもサポートしていないだろうから……ほんと六歳でアレは驚異的だ。あの子ならほんとに……まぁクロノよりも不器用そうだけど、それもやり方次第だよね)


なんだかんだで楽しい出張になりそうだと思っている間に、状況終了。私達はズタボロになった演習場へ出向き……最後の一体を足場に、もっといないのかと右往左往しているあの子と改めて対面。


「……アンタの力は見せてもらったよ。
いいよ、アタシもアンタが気に入った。徹底的に鍛えてあげる……奴らは皆殺しにしてやろうじゃないのさ!」

「ロッテちゃん、ちょお黙れ……いや、本当にお願いじゃから……!」

「ありがとうございます。で……もっといないんですか? ここから楽しくなってきたところなのに」

「安心していいよ! こんなおもちゃより刺激的なのとドンパチさせてあげるから!」

「本当ですか!? やったー!」

「……君、そこではしゃぐんだ」

「ヤバい、ワシ……ちょっと胃が……というか、ミカゲェ……!」


あぁ、ヘイハチさんが珍しく胃を押さえて……まぁ仕方ないですよ。あなたもこう、振り回される年頃になったってことで。

でも……ほんと注意しないとなぁ。話通りならこれで“ぶち切れモード”なわけだし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――あれから五日が経過した。


恭文君はもう毎日毎日楽しげにドンパチ。基礎の基礎からとは言うけど、かなり詰め込みで……明日からはヘイハチさんが呼んだ、イギリスの魔術師も合流予定。

それで今日は、少し座学の時間。改めて恭文君の魔力資質と適性を説明した上で……一つ提案をする。


「――まぁ剣術を鍛えてっていうのは絶対として」

「絶対です」

「その資質を使い尽くした上でのやり方も確かにあるかもしれない。
ただ……適性がある後方支援系の魔法を捨て置くっていうのも、ちょーっともったいないんだよね」

「それは……うん、僕も同感です。特に回復魔法とか、転送魔法とか……そういうのが欲しくて」

「……結構素直だね。実はもうちょっと反発がくるかと思ってたんだけど」

「……そうしたら、もっといろんな助け方ができるから」

「……そっか」


そうだった。この子は苺花ちゃんが自殺しかけたこともあるし、メモリの実験では……一人、見殺しにしちゃっているんだ。いや、生きてはいたけどね。

そういうときに傷を治せる魔法や、すぐ逃がせる魔法があればって考えたんだ。


「まぁそれに、自分の攻撃については魔法とかそこまで必要じゃないですし」

「どうして?」

「一度抜いたら迷わず、斬るまで止まらず、斬れなきゃ死ぬ覚悟をするだけじゃないですか」

「……示現流関係の教えは、割とクレイジーで想定外なんだよ…………」


恭文君、そこで目を輝かせないで!? それが当たり前って騙らないで!?

というかね……狂っているんだよ! しかも打ち込みのとき、左腕の筋が断ち切れたようにイメージしろとか教わるんでしょ!? だから基本片手で打ち込むようなもので、そのために速度が出る……だっけ!?

練習量だって、どう考えてクレイジー枠だし……ねぇ! ねぇ! さすがに笑えないよ!


「まぁ……そこはともかく、支援スキルをーって心構えは大事だよ。
PSAもやっぱり君を全面的に矢面っていうのは、避けたいみたいだからさ」

「え、でもロッテさんは皆殺しにしていいって」

「ロッテの言うことは、八割冗談みたいなものだから……信じないで?」

「善処します」

「了解して!? ……とにかく、君の機動力はフィジカル面だけでも超一流だ。空戦ができればもっと幅も広がるけど……それはひとまずの話。
並列処理が苦手な君は、とにかく動き回り、効果の高い単体支援魔法を有利な立ち位置でぶん回すフルバックが適性スタイルだよ」

「術式で数を稼げない分、足を使えと」

「そうそう」


だからメモも欠かさない。やらないと本当に忘れちゃうそうだから、凄い頑張って……うん、頑張っているんだよ。これだけでも人の倍は努力して……それでも穴があるというんだから、なかなかにキツい。


「でも、それだけじゃ足りない……」

「かと言って、剣術なんて早々は極められない。まずはそういうところからで」

「違うんです。そうじゃない」

「どういうこと?」

「もう一つ……後方から支援するなら、剣術とは別の攻撃力が必要です。味方を守る盾だって必要です。
でも僕は普通の魔法だと、そのどっちも使えない」

「……確かにね」


まぁ攻撃は他の人に任せるとしても、防御は大事だ。咄嗟の不意から、味方を守る……それもフルバックの仕事だ。

つまりただ支援魔法と回復を繰り返すだけじゃ足りない。その直接的な矛と盾が必要と考えているわけか。


(……ほんと、大した改善力……いや、解析力って言うべきかな)


魔力資質としては平均的かつ歪。剣術中心で戦うとしても三工夫くらいは必要。

でも、この子はそれがこなせる程度には頭が回り、知恵を蓄えている。今自分にできること……求められていることを達成しようという気概もある。

……そういう意味でも、後方支援型が一番の適性なんだよね。後ろから冷静に見られるから……でも、そうだな。


そういうものなら、一つ手がないわけじゃない。ただ……それを私から提示する前に……。


「じゃあさ、今ある手持ちスキルでそれらを獲得するとしたら……恭文君はどうすればいいと思う?」


まだまだ初心者な子にはちょっと難しい質問かもしれない。でもどういう答えを出すか見たかったから……。


「……」


するとあの子は目を閉じ、十数秒ほど考え……。


「……ドローン」

「……ドローン?」

「そうだ……その手があった」


何か思いついたようで、ノートの白紙ページに慌てて何かを書き殴る。

なんだろうと軽く覗き込むと……イラストみたい。というか、美術力はやっぱり高い。ラフだけどかなり見られるものなんだよ。


「わざわざ僕が強い攻撃をする必要はないんだ。
僕より堅くて、僕より力があって、僕より手が伸びて、僕より強い“誰か”がいればいい。
そうすれば最初のときみたいな打ち合いになっても……地形を利用できない状況でも、戦うことができる……!」

「……なるほど。そこにぱっと行き着いちゃうか……君は」

「アリアさん、手があるんですか!」

「あるよ。とびっきりのがね」


実は後方支援型ならと、教えたい魔法の一つとしてピックアップしていた。だからあの子に空間モニターで、資料も提示できる。


「そしてそれは……やりようによってはテラー対策にもなる」

「教えてください!」

「ん、いいよ。まずはいっぱしの“強い誰かと戦えるフルバック”として……初心者コース程度は卒業できるよう、徹底的に教えてあげる」

「ありがとうございます!」


あらら、また……茨の道なのにわくわくした顔をしちゃって。結構この一週間、厳しく教えているのに……それでもヘコたれないんだからなぁ。


(でも、この子なら案外あっさりと……うん、あり得るかも)


確かに人より覚えは悪い……というよりマルチタスクや速度を求められることが苦手。空気というか機微を読むのも苦手だから、一度知識や経験として蓄えるって段階が必要になる。

……だけど、そんな不器用な自分との向き合い方を模索してきた経験から、基本的に失敗や才能の格差で心が折れない。

差は認める。でも大事な勝ちは譲らない……そのための負け続ける戦いだという覚悟もある。


それはどんな強大な魔力やレアスキルよりも、強くなるために絶対必要な資質だ。大抵の人間はそれで言い訳して、楽な方に流されちゃうしね。魔法能力は先天資質だから余計にそうだ。


(ヘイハチさん、あなたが改めて引き継ぎしていこうと思った理由、分かってきました)


この子にはなにかがある。希望を抱かせる……とんでもないきっかけを起こせるんじゃないかと、そう思わせるなにかが。

なら私も、その希望に賭けてみよう。もちろん、この子が信じたい“誰か”の声も。


ただ……それだけじゃ足りないなとも思うわけで。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そうと決まれば有言実行。こっそりこの子が寝泊まりしている部屋に入り込んで……お風呂タイムなのも確認済み。これまたこっそりバスルームに入って、服を脱いで……。


「ふにゃああああ…………」


心地よさそうにバスタブへ浸かり、声を上げるこの子に後ろから……優しく一声。


「こらこら、肩まで浸かんないと駄目だよ?」

「ふにゃああ!」


尻尾と耳を出したままのあの子は、隠すものもない私を見て……あ、すぐ顔を逸らした。見ちゃいけないって思ったのか。


「ちょ、アリアさん! ここ男湯!」

「そういうのないって」

「ないんですか!?」

「君の部屋だし」

「だったら余計にー!」

「いいからいいから……ほら、頭洗ってあげるから」

「さっき洗いましたー!」

「全部洗ってから入るタイプか……ロッテにそれ、教えてあげて」


ロッテは雑にかけ湯してどばんだからなぁ。この子の規範を重視するところは教えてあげたい……そう思いつつ、私も体を洗わせてもらってから……一緒の湯船に入る。

まぁワンルーム的なユニットバスだけど、それでも二人くらいは余裕。でもあの子は、顔を背けて……まだ恥ずかしげにしていて。


「ふぁあぁあぁあ……いい湯だね」

「あの、僕……上がった方が」

「妙な気を遣わなくていいの。これもコミュニケーションなんだし」

「で、でも……」

「いいんだよ? 見ても……というか、見られたくなかったらこんなことしないし」


それでも躊躇った様子なので……両肩を掴んで、ぐいっと向き直らせる。それであの子はようやく、私の顔を……湯船にぷかぷかと浮かぶ、ほどよいサイズの胸に眼を向けてくれて。


「どう? 魂、輝いているかな」

「……奇麗です、とっても……」

「そっか。じゃあ……ほら、手を出して」

「え」

「いいから……ね?」


だから私から……その両手を取って、胸に導いてあげる。それであの子は恐る恐る……撫でるように触れてくれて……。


「……アリアさん……とっても暖かいです。それに、柔らかくて……」

「ありがと。恭文君の手も、とっても温かいよ」

「でも、どうして……」

「ん……まぁいろいろ同情しちゃっているってのは、もちろんある。
でもそれだけじゃなくて……君とこういうふれあいもしたいし、それを嬉しいって思う物好きもいるってことは……忘れてほしくないなって」


この子は決して鈍感な子じゃない。むしろ聡いからこそ、いろいろ考えすぎて、読みにくくなってしまう部分があるくらいだ。

だから嘘は言わない。同情はしている。でも……それだけじゃないとも告げる。


「それにね、君みたいな子は、私とロッテもいろいろ経験があるんだ。
父様……私達の主であるグレアム父様の部下だったクライド君と、その子どもだったクロノって子がね……まぁいろいろと不器用というか、真っ直ぐというか」

「え……じゃああの、これって師弟の契り的な」

「さすがにクライド君は大人だったし、割と早めに結婚したから自重したけど……クロノって子は君より小さい頃から訓練し始めて、私達が面倒も見たしね。その絡みでいろいろ可愛がってあげたの」

「……」

「……幻滅させちゃったかな」

「そういうのじゃ、ないです。あの……そんな、弟子みたいな受け入れ方をしてもらえているとか……嬉しいというか、びっくりして……」

「そっか」


瞳に嘘はなかった。これでも先生として……いや、お仕事とかツテ的なものだと思っていたのかな。距離感を弁えるっていうか……そういうところも嫌いじゃないと、恭文君をぎゅっと抱きしめてあげる。


「あ、あの……アリアさん……!」

「だったら私もちゃんと気持ちを伝えないと駄目だね。……今日から毎日、私と一緒にお風呂も入って、一緒に寝ようね。明日はロッテも入るし」

「……いいん、ですか?」

「いいよ。だから……もっと甘えてほしいな」

「…………」

「どうしたい? 君は」


改めてあの子の顔に……両手に頬を当てて微笑みかけると、あの子は……私の胸に顔を埋めてきた。ううん、体の全体重を預けて、すり寄って……それで……。


「ん……赤ちゃんみたいだなぁ」


私の胸は、恭文君にお乳でもあげるみたいに……甘える場所に、されちゃって……。


「駄目、ですか?」

「ううん、いいよ……。
訓練のときは、さすがに駄目だけど……こうしているときは、気の済むまでいっぱいそうして」

「ありがとう、ございます……ぬぅ……」


だから私も全部を受け入れる。ぎゅっとして……肌を合わせて。この子の全部を受け止めるように……。


「ん……!」


それが嬉しくて、体が震える……声が漏れる。


「あ……痛かった、ですか?」

「違うよぉ……。
君に甘えてもらって、私も嬉しいの」

「アリアさん……」

「こういう声、いっぱい出ちゃうけど……気にしなくていいからね?」

「……はい」


それでこの子はまたいっぱい甘えてくれる。私もそれに合わせて、こういう声が出て……あぁああぁ……!


(やばいやばいやばいやばい!)


ついコミュニケーションとか言って、調子にのって甘やかせたら……。


(この子、凄い上手……!)


触るのも、甘えてくれるのも……子どもだから“こういうこと”は分かっていないんだろうけど……あ、でも……凄く高ぶっている。やっぱり男の子なんだ。


(というか、いっぱい……求められちゃっているの、純粋に嬉しい)


きっとこんなふうに……誰かに愛してもらえて、受け入れてもらえているって感覚、感じていなかったんだ。それは当たり前のことじゃなかったんだ。

だから……私もひとしきり……この子が落ち着くまで、その柔らかく動く両手を……この子の全てを受け止める。

そうだ、私は……お母さんの代わりみたいな、ものなんだ。人とは違う……普通の人間じゃない私だから……使い魔のリーゼアリアだから、こういう受け止め方もできて。


「恭文く、ん……んぁあ……! あとで……また、体……洗おうか……」

「むぅ……その、臭い……ますか?」

「そうじゃ、ないよ? あのね、いろいろお作法があって……それ……教えたいなって……」


それで……この子に悟られないように、触れられる悦びを……抑えなきゃ……抑えなきゃ……!


「んくぅ……い…………くぅあぁあぁあ…………あ――――――」


少なくとも今は、駄目。この子にとって“そういうこと”は……きっと、凄く特別なことになるだろうし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――そうしてひとしきり……あの子に甘えられて……今度は私がお返し。

大事な場所の洗い方……やっぱり教わっていなかったようで。だから今のうちからと教えてあげる。


「……私に触られたり、見られたりするの……嫌じゃない? 無理ならちゃんと言ってほしいんだ」

「大丈夫、です。恥ずかしいけど……でも、アリアさん……さっき、受け止めてくれたから……だから……」

「……ありがと。じゃあ、こういうことも……君の先生になっていいかな」

「お願い、します……」


それで今度は私からひとしきり。無理はさせないように……でもこういうことも必要なんだよーっと教えてあげて…………それで改めて体を奇麗にしてから、一緒に湯船へ浸かる。

そうしてこの子はまた、私にいっぱい甘えてくれる。赤ちゃんみたいな甘え方じゃないけど、それでも……両手は胸から絶対に離さず、私の鼓動を感じて、安心してくれているみたい。


「……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「だって、あの……」

「ああいうの、初めて?」


恭文君が恥ずかしげに、こくんと頷く。


「そっかぁ。でも……苦しかったの、すっきりしたんだよね」

「……はい」

「ならいいんだよ? それで……おめでとう」

「え……」

「恭文君、もう赤ちゃんを作れるようになったんだから」


そう告げると、あの子が驚きながら顔を上げる。


「いいんだよ」


確かに早い目覚めだけど、それでいい……大丈夫なんだと。頭を撫でながら笑いかけてあげる。


「今はそういう未来もある……あるかもしれないって考えるだけでいいの」

「アリアさん……」

「それは凄いことだよ?
私は……たとえばね? 恭文君のことが好きになって、将来的に赤ちゃんが産みたいーって思っても……産めないから」

「え」

「魔法生物……使い魔って、そういうものなんだよ」


恭文君の瞳が揺れる。私にはそんな未来がない……それがどれだけ苦しいことかって、思いやってくれている。同情ではなく、一つの実感として……。


「それはもう納得していることだし、君が心を痛めることじゃない。使い魔だからこそできたこともたくさんあるしね」

「アリアさん……」

「だから君にも、君だからできることを大事にしてほしい」

「……自信、ありません。特に今は」

「いいんだよ……ちょっとずつで。今は“かもしれない”だけでいい」


きっと私達はとても近いものを抱えている。だから、ロッテともども放っておけないって思ったのかもしれない。

だから……ううん、だからこそ、恭文君にはそんな諦めを当然としてほしくなくて。


「不安なら、一杯甘えてくれていいから」

「アリアさん……でも」

「いいの。私はお姉さんなんだから」


分かっている。今君の心を占めている人は……本当にそうしたい人は一人。だけどそこまで律儀じゃなくていいのだと笑いかけると、恭文君は、また……。


「ん……それで、いいよ? 辛いときとか、苦しいときにそう言えないのは……人の気持ちが分からなくなる前兆だもの」

「アリア、さん……」

「いいんだよ? 君は叫んでいいの。死にたくないとか、私にもっと甘えたいとか……そんな理由でもいいから、叫んでいいの。……そんな理由の一つになれたら、私も……嬉しいし」

「アリアさん……!」

「ん……」

「やっぱり……まだ、死にたくない……」

「うん……」

「お姉さんに、もう一度会いたい。お礼が言いたい。苺花ちゃんのことだって……もちろん、ここまでよくしてくれているアリアさんにも、ロッテさんにも、劉さん達にも……まだ、何も返せていない……!」

「うん……!」


そうしてまた……私、ほんといけない大人だなぁ。クロノという前歴があるとはいえ……いや、クロノにもここまでは許さなかったんだけどさ。


「だから、だから……まだ……!」

「うん、いいよ」

「アリアさん……」

「それでいいんだよ、君は」


でも、嫌いじゃない……受け入れちゃっているのは、本心だから。

この子にこうして触れられるのも、この子に触れるのも……どっちも、やっぱり嬉しい。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


二〇〇九年九月――恭文達が風都入りする二時間前


――――月日が過ぎるのは、早いもので。

十年……あっという間に十年。荘吉と会えなくなって……マツが死んで、もう十年。

風都は変わっていった。ガイアメモリが起こす事件は目に見えて多くなって……それに比例して、骸骨男の噂もちらほらと出て。


荘吉は戦い続けていた。私だけが知っている。私だけがそれを……だから私もうたう。うたい続ける。


――俺はもう、娘に会えない。
だから……もし娘が嫁に行ったときは、うたってやってくれないか――


もう会えなくても、変わらない。荘吉との約束は……私の思いは、何も……そんなときだった。

予定していた海外公演を無事に終えて、なんとか朝一で空港に降り立ったのは……しかも突然だったから、もう本当に一安心。

しかもいきなりだったから……イベント出演と言えど、そんなぽんぽん話が進むのかとびっくり……していたら……。


――……これ自体は充電期間返上にもなるしで、断ろうかとも思っていた話だったんだ。だが、どうしてもとな……――

――どうしても?――


同伴できないことを謝りながら、マネージャーさんが渋い顔で“絶対に内緒だから”と教えてくれた。


――鳴海さんが忠告してくれたんだ――

――鳴海さん……まさか、荘吉が!?――

――ガイアメモリの事件で、メリッサさんの周囲が危ないかもしれないと……しかも警視庁やPSAも横やりを入れる有様で、混乱するらしい――

――混乱って言うと――

――……誤認逮捕などだ――


なんてことなのと思ったけど、でも同時に安心もした。

……相変わらず妹扱いなんだからと……空港のロビーを歩きながら苦笑する。


――ひとまず二週間向こうに飛んでくれ。その後は事務所に戻らなくていい。
……この手紙通りに行動を――

――これ、荘吉が?――

――妹分のことをよろしく頼むとも言われたよ――

――…………――

――こっちは旅疲れでしばらく休養が必要だという話にするから、上手く風都から離れてくれ――

――でも……それは――

――いいよ。メリッサさんはうちの稼ぎ頭だけど……同時に大事な仲間だ――

――……ありがとうございます――


その言葉に甘えて、一旦日本に戻ってきたけど……すぐ海外へと向かう予定。

もちろん荘吉は心配だけど……いえ、きっと大丈夫よね。あなたは強い……決して変わらないハードボイルドで、また風都を。


「――メリッサさんですね」


するとスーツ姿の男性が、こちらに会釈して近づいてきた。優しい顔つきで、髪も整えられていた。


「……はい。あの、あなた達は」

「風都署の者です」


すると彼は、警察バッジを取りだし見せてくる。風都署の……井川さん?


「松井誠一郎さん……ご存じですよね。
彼が起こした連続無差別爆殺事件の真相……そして彼を殺した鳴海荘吉の殺人行為。
その二つを隠匿した共謀の罪で、あなたを逮捕します」

「え……」

「どうぞ、抵抗せずにこちらへ」


――足下から世界が崩れ落ちるような感覚だった。

それでも……その人に連れられて、覆面パトらしきものに乗せられる。

そのまま後部座席で、その人と隣り合い……肩を震わせることしかできなくて。


いえ、違う……もっとやるべきことが……聞くべきことがある……!


「……あの、荘吉は……!」

「あぁ……彼については安心していいですよ?」


空港を出て、高速道路へと乗っかる車……その中で刑事さんは笑ってくれる。私を安心させるように……。


「彼は殺すなという命令ですからね。……あなたと違って」

「え」


…………間抜けにもそこで気づく。

渡航から戻るときの予定は、荘吉のアドバイス通りに……警察にも見つからないようにと、現地で手を打った。

だからPSA……忍者達にも捕まる心配はない。それは大丈夫だと思っていた。


だったら……この人達はどうして、私の居場所が分かったの……!?


「あなた達……まさか!」

≪――Cockroach≫


――そして……変質していくその人に首根っこを押さえられ……!


「が……あああぁあ……!?」

「雇い主からの伝言だ」

――鳴海荘吉を生き地獄へ叩き込むために、たっぷり弄ばれてね――

「だそうだ」

「ま……」


そこで私の意識は断ち切れた。

これが死か、それとも一時の眠りかすら、私には分からなくて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


園咲の朝は早い……いえ、こう言うとなにかのドキュメント番組みたいだけど。


「――そうですか。ありがとうございます」


例の出来損ないは朝食を食べてすぐ……かかってきた電話に応対していた。

それもあの探偵と関係があった歌姫……メリッサを確保したという知らせだった。そのために風都署も抱き込んで……。


「それで風都署の方には……はい、予定通りでお願いします。あとは指定したルーティン通りに連絡してもらえれば大丈夫ですから。
はい……それも約束通りに。
……あ、でも入金確認が取れたら、連絡は早めにお願いします。それでお互い気持ちよく取引です。では」


電話を終えて、あの子はこちらにぺこりとお辞儀。


「すみません、終わりました」

「……まどろっこしいわね」


それでつい、食後の紅茶を飲みながら……嫌みをぶつけてしまう。……小姑みたいだけど。


「探偵の身柄は分かっているのよ? だったら自慢の魔法で一気に潰せばいいだけじゃない」

「もう、お姉様ったら相変わらず……苺花、気にしなくていいのよ? もう堂々とした仕事っぷりだもの」

「ありがとうございます。……でも……そこについては冴子さんの言う通りです」

「あら、殊勝な心がけね。まさか素直に聞いてもらえるとは思わなかったわ」

「あくまでもただ殺すだけなら、ですけど」


……だけど……その紅茶の味を濁すようなことを、笑顔で言ってくる。


「……どういう意味?」

「というわけで、これ……今後の計画書です。纏めてきました」


そう言ってあの子が出してきたのは、たった一枚の計画書。

今回確保したメリッサの扱い……というより、鳴海荘吉という“体のいい駒”を利用した、ミュージアムの行動範囲拡大の軌跡。

普通ならただの夢物語だった。でも……魔導師としての力と、お父様の影響力があるなら……!


「…………あらまぁ……なんて怖い……!」

「文章は稚拙だし、一枚だけの計画書なんて聞いたことがないわね。うちの会社ならクビ……だけど……」


クビだけど……ただ、ぞっとしていた。


「腹立たしいことに、あなたがやりたいことはよく分かるわ……」

「そうね。シンプルな分直球勝負―という感じかしら」

「だけど計画書というよりは、企画書の類いよ? 次に出すときはそう言いなさい」

「ありがとうございます。なら、アドバイス通りに」


この屈託がない笑顔に……私には取り繕う程度の体裁といえど、笑えるこの子のどこに……“こんなおぞましい報復”を思いつく心があるというの……!?

というより、どうしてその報復を働きながら、ウィザードメモリの適合から外れないの? それが、本当に理解できなくて……ただただ恐怖していた。


「いやぁ……先日は彼を褒めちぎってしまったが、やはり苺花も素晴らしい才能だよ」


そして上座に座るお父様も、この子が持つ狂気には満足しているようで……実にいい笑顔だった。


「私も監督役として側で見させてもらったが……必要な知識と人員さえ補えれば、今すぐにでも社長くらいはできそうな手腕だった」

「あらまぁ! お父様がそこまで言うなんて……苺花、本当にあることじゃないから、自信持っていいわ!」

「なら、やっぱりもっと勉強しないと……ですよね。おじいさんだって、学校とかに通って……それでだし」

「そうだね。……なので若菜にももっと言ってやってくれ」

「そこは私もお願いしたいところね……。ローカルアイドルに腐抜けて無知とか、さすがに笑えないわ」

「お父様!? というか、お姉様もヒドい−!」


……そういえばこの頃、若菜の舌打ちが聞こえなくなっていた。

お父様も無駄に威圧感を出すような空気はなくなった。

全部この出来損ないが来てからだ。まるで普通の家族みたいに、軽口をたたき合い、笑う。


それが薄ら寒いと思ってしまう私は……そう思いながらもどこかでなじんでしまう私は、実に愚かな道化だった。


(その6へ続く)







あとがき


恭文「というわけで、風都編第五話はいろいろ削ったり盛り込んだりで……リーゼさん達が本格登場」

あむ「この頃だと、はやてさんの事件が起きる一年前だっけ」

恭文「ちなみに、このときの……恭也さん達もだけど、その縁故からなのはが魔導師になったところで海鳴にいると、劇場版一作・二作目に関わるルートが発生します。もしものもしもの日常です」

あむ「それはさすがに面倒!」


(さすがにタイトルとして面倒)


恭文「そして苺花ちゃんは改訂前より悪辣に。
メリッサはミュージアム側に確保され…………ところであむ、もう二月だね」

あむ「話の切り替え下手か!」

恭文「快活CLUBの食べ放題アイス、最高だよね」

あむ「切り替え下手か! ……まぁ美味しいし、お茶も飲み放題だし……料金もそこそこだから助かるけどね? ちょっとした時間つぶしにも使えるし、シャワーもあるし」

恭文「あれ、朝食のモーニングで出るトーストとか、ポテトとかに付けて食べると美味しいんだよ。モーニング以外でも普通に注文してもいいし」

あむ「分かる! ホットケーキとかでもありだよね!」


(二人とも常連らしい)


あむ「常連というか、カラオケがある店舗もあるから……よく行くよね?」

恭文「コロナの絡みもあるから、そこに配慮しつつだね」

いちご(お泊まりにきた)「……恭文くんとあむちゃん、カラオケするの? 二人で?」

恭文「まぁ、あむとだし……」

あむ「恭文なら、いろいろ試してみたい歌とか一緒に練習できるし……」

いちご「……付き合っているんだ」

恭文・あむ「「はぁ!? そんなわけないし……ってかぶせるなぁ!」」

いちご「ふーん……ふーん…………ぎゅー!」

恭文「ちょ、いちごさん!?」

あむ「なんであたしまでー!」

フィアッセ「あ、いちごちゃんずるい−! 私もぎゅー!」

ヒナタ(恭文とフィアッセの孫)「ヒナタもハグするのだー♪」

恭太郎「はいはい……この時期はいろいろ微妙だから、落ち着こうなー」


(というわけで、二月です。春まであとちょっと。
本日のED:佐久間貴生『Trigger』)


舞宙(お泊まりに来ていた)「……快活CLUBならトルコライスでしょ!」

いちご「あぁ……まいさんの大好物だったね。トルコライス」

舞宙「学校の修学旅行で長崎に行ったときから一目惚れよ!
……食べられたら本当に幸せだよ。トルコライスってなかなか置いてあるお店がないし」

あむ「そういえばファミレスとかでは見たことないかも……。
恭文、どういうところで置いてあるのかな」

恭文「洋食屋さんが中心かなぁ。たとえば東武池袋の十二階にお店を出している、66ダイニングさんとか」

舞宙「あそこはいいよね! というか聖地だよ! ……なにせ、定番のロースカツだけじゃなくて、ハンバーグ、ビフテキとバリエーションも抱負だし」

あむ「ビフテキ!」

恭文「もちろん他のメニューも定番洋食を押さえているし、味もいいからね。池袋に行くと、よく舞宙さんと一緒に……あ、そういえばいちごさんも」

いちご「トルコライス、いーっぱい食べられるし、美味しいから好きー」(いい笑顔)

恭文・あむ・舞宙「「「ですよねー」」」

才華(やっぱりお泊まりに来ていた)「……いちさん! そんないちさんのために、今トルコライス作っているから……待っていてね! ハートマークつけるから!」

カブタロス(お手伝い中)「いや、どこにだよ! オムライスじゃねぇんだぞ!」

シルフィー「カレーにコーヒーフレッシュとかかけるのかなー」


(おしまい)







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あきゅろす。
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