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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2017年6月・神奈川県横浜市その5 『Wの約束/この輝きで』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2017年・神奈川県横浜市その5 『Wの約束/この輝きで』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


正直どうなるかと思っていた。ユニゾンしても本調子じゃないのは変わらないし、やっぱり……危険度の高い能力だし。

これで伊佐山さんが恭文くんを傷つけて、殺しでもしたら……多分私は、本当にあの人を許せなくなる。それくらいの気持ちは固めていた。

でもその心配はなかった。恭文くんとリインちゃんは異能力戦の経験値で、持ち前の分析力で、インジャリーの強みを完全に潰している。


それも当然だった。だって恭文くんも六歳とかそれくらいから……九年近く戦っているんだよ? リインちゃんだって滅茶苦茶……ううん、そういう問題じゃない。

恭文くんは、私にも、まいさん達にも、そんな憎しみを抱かせない。そういう覚悟であの場にいる。リインちゃんもそれを支える覚悟でいる。


……ああしながらも、私達のこと……ちゃんと守ってくれているんだって、強く感じるんだ。


「……やはり異能力戦では蒼凪が格段に上……いや、彼女と蒼凪の相性が余りに最悪なんだ」

「ですね。恭文くんはビルダーだから」

「ビルダー?」

「ガンプラとかもそうだけど、恭文くんの魔法って作るものが大半なんだ。だから“壊しても直す”」

「…………ぁああぁああ……!」


それで天さんも気づく。恭文君は伊佐山さんが壊そうとしたものを直しながら戦っている。それ自体がインジャリーへのカウンターなんだって。


「だからガンダムの武器使ってんの!?」

「それが最適性でもあるからな……。
空中からの射撃戦を強いられれば、伊佐山も手出しがしにくい」

「伊佐山さん自身素人なのもあるから、基本は的同然。
そして能力によるオートカウンターも完璧じゃない……相応の手を整えているっぽい」

「でもこれ、なんで裏技って……普通に強そうなのに」

「違法兵器すれすれなんだよ……!
だから恭文くんも、持っていることそのものは隠しているんだ」

「……そんなのを……あたし達のために……」


まぁ性格が悪いとも言うけど……そうじゃないんだよね。

逆に言えば、恭文くんでも……本調子じゃないってところを抜いても、それくらいしないとヤバい相手なんだよ。それは変わらない。


「あとはまぁ、リインも中からよく支えているからな。それは分かる」


……そうして照井さんが白い息を吐き出す……白い息?

そういえば、なんかこう、少し肌寒いような。


「オレ達のキャラなりは限界値を引き上げる分、振り回しがち……つーか昨日もオレがやらかしたしなぁ……!」

「いや、その前になんで入れ替わっているんだ!? つーかあのヴァリアントってなに!」

「そもそもヴァリアントシステムが生まれた世界……エルトリアってのは、死食って現象で星そのものが死にかけていてよ。物資も劇的に不足していたんだ」


ショウタロスくんが、圧倒する恭文くん達を見ながら補足してくれる。……とんだペテンだと笑いながら。


「だから物質のエレメントに干渉して、壊れた資材だろうとなんだろうと分解し、再構築……リサイクルする技術が作られた。
死食の影響で危険な生物やらが闊歩するエリアもあったから、ああいう武器としても“使い回しできる工具”も込みでな……!」

「どっかのタイミングで、そういう世界に立ち寄ったわけか……」

「とはいえまだまだ解析&研究中。あのコアも研究材料として分けてもらった稀少なオリジナルです」


更に補足するように、すっとシオンちゃんとヒカリちゃんが飛んできて……もう安泰って感じで恭文くん達を見ていた。


「それに核爆弾を分解・再構築もできませんでしたし……まさかここで持ち出すことになるとは」

「まぁ、それをあっさりやられると俺とタカがビビりまくっていたけどさぁ……」

「なんにしても、今のところはとなるが……インジャリーの能力は封じた。同時に伊佐山奈津子もさすがに理解したはずだ」

「自分が傷つけたものを破壊できるように、お兄様もまた同じ能力を……いえ、壊すことしかできない自分の上位互換に思えている。そんな様子ですね」


実際伊佐山さんは手出しができないと言わんばかりに震えて、怯えて……だから背を向けて逃げようとする。

それで……右手で喉をかいて、苦しげに息を漏らして………………喉?


そのワードがどこか引っかかっている間に、伊佐山さんが足を止める……止めてしまう。


「どこへ行こうって言うのよ」

「……!」


恭文くんがまたリインちゃんと入れ替わり、翼を広げながら高速飛行。

地面すれすれに周り込みながら、ビームライフルとレールガンを連射し、滅多打ちにするから……オートカウンターと恭文くんの手加減もあって致命傷とはいかなくても、結局対峙するはめになる。


うん、最強とか言っておいて……完全に恥ずかしい状況だよ!


(……ううん、それも違うか)


この状況は結局私達のせいだ。私達が伊佐山さんの……仲間の闇に気づけなかったから。相談しなかったことも罪になるなら、これもまた罪だ。


「…………絹盾さん、声を……もっと声をかけてもらえますか」

「シオンちゃん?」


胸がまた痛くなっていると、シオンちゃんがぞっとした様子でそう呟く。ふだん冷静な子だから、その様子に軽く驚いて。


「どうした。お前にしては顔が青いぞ」

「今、喉を……かきましたよね」

「あ、うん……」

「あの状態で、どこがかゆいんですか」


…………伊佐山さんは、またぽりぽりと……喉をかく……必死に……焦りをかき消すように。

それがじゃりじゃりと、どこか耳障りな音を響かせてもいて……。


あの、待って。喉、喉、喉……それって、あの……!


「おい、まさか……!」

「美咲涼子達と同じか!」

「偶然とは、思いたいですが……」

「伊佐山さん……」


駄目だ。もし、そうなら……もしそういう話になるなら、すぐ止めないと駄目だ!

伊佐山さんは傷を広げる怪人になっているんだよ!? 美咲涼子さん達のときとは違う! 自分の身体に付けた傷を……自傷した傷を広げて、喉を……そのまま……!


「照井さん、大下さん、お兄様が鎮圧したらすぐ拘束できるよう準備を! それとシャマルさんにも連絡を!」

「分かった!」

「先生の方は俺に任せて! だが、そうか……もしそんな、自殺を誘発するもんがあるなら……!」

「彼女は……猪熊修也は、事件を起こした時点で正気ではないかもしれません!」

「やっぱ全部水橋達のせいかよ!」

「――伊佐山さん、聞いて!」


伊佐山さんはあの針を放つ。恭文くん達にだけ放つ。でもそれは光剣によって鋭く斬り裂かれて……もう誰も傷つけられない。

足止めするようにステージの縁に手を当て、破裂させ、つぶてを飛ばす。でもその直前に破裂しかけたステージは、あっさり修復されて……それが伊佐山さんを更に混乱させる。

なぜ、なぜ、なぜ……なぜ自分の動きがここまで読まれるのかと。でもそれも仕方なかった。恭文くんは、伊佐山さんの能力を……その一側面を使いこなす魔法使いさんでもあったから。


そんな様を見ながら、私も声を張り上げる。私にできることで、せめて背中は押す!


「もうやめて! あんなことしちゃ駄目だ!」

『絹盾さん……!』

「その道はきっと正解じゃない……ううん、正解だったとしても最善じゃない!」

『じゃあ、最善って』

「言った通りなんだよ!」


それは、伊佐山さんが失ってしまったもの。絶対に認めたくなかったもの。

認めてしまったら、その尊厳から踏みにじられてしまうもの……それは。


「あなたは……誰かに“助けて”って言ってよかったんだ。……それがどんなに、怖いことでも」


悲鳴を上げる勇気――。


『…………ぁあぁああぁああぁあ!』


隠していたものに……その勇気すらなかった臆病さに触れられた伊佐山さんは、激情して飛びかかる。

喉から手は離れた。だけどその分、錯乱したかのように動きが鋭くなって……更に自分の体を……刻まれた針を杭のように鋭く突きだした。!


でも……でもね……そんなのは通用しないんだよ! だって相手はあのフリーダムなんだから!


「甘いわ」


すると鋭く飛び上がりながら、恭文くんが右手をかざす。

その手にベルカ式魔法陣が展開した瞬間……伊佐山さんの体が、杭のように伸びていたそれらが、瞬間凍結・停止した。


『な!』


恭文くんはそのまま全ての武装を展開。それらを連射し、伊佐山さんを乱れ撃つ。

針の根元を……伊佐山さん本体を狙い、高出力砲撃と精密射撃、超高速実弾が襲う。それらは杭に相殺されると思っていた。その上で伊佐山さんも反撃に出るつもりだった。

でも突然の凍結で、プランは根っこからおじゃん。


『爆ぜ』


氷を傷つけたと定義し、破壊しようとするけど、それも織り込み済み。

だって……それらが正面衝突する前に、恭文くん達に向けられたものは、その全てが根元から両断された。


『え……!』


それはあの、空飛ぶシールド。あれは伊佐山さんの能力でも破損できない。

だって傷つけているのは、アーム前方に展開しているビーム……魔力の刃。本体に触れても能力の対象外!

ううん、触れていたとしても、恭文くんはそれを作り直せる! しかも今回は、氷という“檻”があるから、直接接触しているかどうかも怪しい!


だから……無防備なところを、次々とフルバーストの連撃が撃ち抜き襲いかかり……爆発が走る。


『あ……がぁああ……!?』


伊佐山さんは火花の帯を作りながら吹き飛び、そのまま舞台上へと乗り上げた。

腹を押さえて呻く伊佐山さんへ詰め寄るように、恭文くんも下降……客席へT字に飛び出している部分へと着地する。


「すご……って、そうだ! その喉ってなに!?」

「伊佐山さん、あのまま自殺するかもしれないの!」

「はぁ!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ほんとにもう、やっちゃんは……二時間でどこまでできるかと思ったら、きっちり対策整えちゃってさぁ。

いや、あっちのリインちゃんという支えも……パートナーもあるからこそだね。というかさ、マジでとんでもないと思うよ。


ただまぁ、こっちとしては更に爆弾が出てきて……ほんと怖いけどさ! というか滅茶苦茶寒いし! 息も白くなってきたし!


『ユージ、いつでも動けるようにしておけ』

「分かっているって。でもやっちゃんは」

『蒼凪なら気づいている。シオン達もテレパシーなりで言っているんだろう?』

「だね。
……だけどさ、ほんと半端ないと思わない?」

『……まぁな』


その様子を見ながら、ついタカに漏らしていた。もう、どんだけ腹が決まっているのかって……改めてさ。


「昨日ショウタロスがあれだけやらかしてなお、リインちゃんにも身体と命を預けられる。かといってショウタロスを恨んだりしている様子は全くない。
正直さ、俺は無理だよ? タカの無茶苦茶でさえ何回も泣かされてきたし」

『それは僕の台詞。……だが、ああいう奴だからこそショウタロス達の核たり得るんだろう』

「いろいろ荒れていたのが、やっちゃんの声で一気に纏まったしね」


信じると決めたら、もう全力で……全部を賭ける。それも自分の責任だときっちり背負える。それだけでも十分強い。

いや、もはや疑っていないんだろうね。これっぽっちもさ。


「参ったねぇ。みんなが命を預け合うってのは、こういうことなわけか」

『あぁ』


その強さが……それをぶれさせないから、ショウタロス達も好き勝手できるんだよ。

そのやっちゃんがあえてショウタロス達ではなく……切り札とされたエクストリームではなく、裏技とやらを持ち出したのもちゃんと意味がある。

だからショウタロスも“見限られた”なんて不安にならず、ちゃんと見守れるんだ。


『だが考えてみれば当然だった。蒼凪の物質変換もまた“傷つけ、繋がりを断つ力”だ』

「でもそれを、やっちゃんは新しいものに作り変える……繋げ直すことができる。
ヴァリアントってのはそれをもっと凄い形にするわけだ」

『だから蒼凪は言い切った。そうして伊佐山奈津子に伝えているんだろう』


そうだ、あの力を持ち出したことそのものが、やっちゃんの想い……伊佐山奈津子へのメッセージだ。


『傷は、塞いで癒やすものだと』


対極に思えて、本質的には近い力をぶつけて、止める。その上で伊佐山奈津子の思い上がりを……神だなんだという妄想を撃ち砕く。

……ある意味一番の傷を刻み込みかねない、痛烈な皮肉だった。だがそれでいいんだろうね。

俺も見ていて気づいたよ。あの力がレベルアップってやつ? そうなったのはさ、彼女が傷を自ら抉った部分があるんだよ。


治りかけていた傷をほじくり返して、受けた屈辱も思い出して……発達障害にもそういうの、あるらしいんだよ。イヤーワームって言って、悪い記憶がフラッシュバックして、発作みたいなのが起きてさ。

碇専務達を憎むために、彼女は誰よりもまず、自分の傷を抉って、開き続けているんだ。だからああいう形にレベルアップも果たした。


でもその分、彼女の時間は止まる。現在のそれからは隔絶される。傷ついた時間がロスタイムとして処理されるまでは……ずっとそのまま。

だったら……その傷を癒やすためには、その嫌な振り返りを止めるところから始めなくちゃいけない。


そのために記憶を壊すだけだよ。あの魔法使いは……それはそうと。


「なんかめっちゃ寒くない!?」

『だな! 冷蔵庫にいる気分だぞ!』

「お兄様とリインさん、戦いながら凍結魔力をまき散らしていましたから」


するとシオンちゃんが、疑問そうな俺達に補足する。


「更にアリーナ全体を、環境変化のフィールドに包んでもいます」

「……どういうこと?」

「ようはアリーナ全体の温度が下がるように調整しているんです。……凍結魔法を使いやすいように」

「そ、そうすると、なんか凄い……はっくしゅん!」

「凍結魔法には、危険な異物をその脈動ごと凍らせ、封印する魔法もあるんです。お兄様もいくつか覚えています」


……あぁあぁ……なるほど。それなら俺でも分かるよ。

伊佐山をそういう魔法で凍らせて、傷つけ返す能力なんて使わせる前に停止させようと。

で、そういうのは全体の温度が下がれば下がるほど使いやすい……凍らせやすいってわけだね。


「音楽を流したのも、半分目くらましです。そんなことをしているとは露ほどにも思わせないように」

「その氷を介して、魔力で圧力をかけ、メモリを壊す方法もあるからな。リインも凍結魔法は修得しているから、サポートにはもってこいだ」

「……タカ、聞こえた?」

『聞こえた。もう完全に嫌がらせだよなぁ』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『……済まない、遅くなった』


頭が痛くなっていると、ふわりと鳥が舞う。

恭文くんが出すのと同じエクストリームメモリ……その中から翡翠色の粒子がまき散らされて、フィリップくんを形作る。というか、乗り込んでいたフィリップくんが現れて着地。


「フィリップくん!」

「間に合ったか……左は」

「アキちゃんが押さえつけてくれたから、なんとかなっているよ」

「え、あの……え、鳥!? 鳥から……なんで!?」

「その前に……君に確認だ」


そこでフィリップくんは、右手をスナップ……天さんをゆるく指差しながら、一つ問いかける。


「彼女……伊佐山奈津子が罪を償い、やり直すことが望みなんだね」

「え……」

「天原舞宙達には聞いている。絹盾いちごにもだ」


そこでフィリップくんが、ちらりと……私達に駆け寄る影を見やる。


「伊佐山さん、もうやめて!」

「伊佐山さん! ……って、寒! なにこれ!」

「い、伊佐山さ……はっくしゅん!」


まいさんとサイちゃん……だけじゃなくて、ころあずや他の出演者さん……スタッフのみんなも! え、わざわざ来てくれたの!?

そっか……これもまた、伊佐山さんが刻んだもの。決して嘘にならない記憶なんだ。


「再確認にはなるが、答えてほしい」


それはとても大事なこと。天さんがこっちを見やるので、ちゃんと……嘘偽りなく教えてと首肯。

だから彼女は、改めての問いかけに真実で答える。


我がままで、はた迷惑で……だけど、それでも願ってしまう優しい未来を。


「だったら問題なし。あたしは伊佐山さんも……蒼凪くん達のことも信じるって決めた! そこは絶対譲らない!」

「ならこのプランで問題ない」


その返答に満足がいったのか、フィリップくんがウィザードメモリを差し出してくる。


「メモリのスイッチを入れてくれ。その気持ちを込めて、願いながら」

「分かった!」


聞き返しはなしで、メモリのスイッチを受け取った彼女は……。


「……伊佐山さん……!」

≪――――Wizard≫


最後のトリガーを引いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ほんと、大きくて奇麗なステージだ。本来ならこういう形で上がっちゃいけなかったんだけど……でも、今は必要なことだ!


“シャマル! 伊佐山さんの身体状態とかは”

“さすがに触診もなしは無理よ! とにかくメモリブレイクを……それで変身が解除されたら、即こっちでバインドをかけるから!”

“お願いします!”

“だから恭文くん、リインちゃん、お得意の挑発で伊佐山さんのヘイトを集めて! 自傷行為に向けさせちゃ駄目!”

“はい!”


ほんと、シャマルさんも呼び出しておいてよかった! そうじゃなかったらここまで的確にサポートしてもらえなかったもの! 医療関係は専門から外れるしさぁ!

でも挑発……ヘイトを集める……凍結で止める? いや、それだと足りないかも。


となると、ここは……!


“なら、あれだけは使いたくなかったけど……!”

“まさか……!”


術式を詠唱。伊佐山さんに悟られないよう慎重に座標を、セッティングを固定。更に対話で意識を引きつける。


「伊佐山さん、僕もおのれが作った衣装……ステージで見て、凄く素敵だって思った。それも何度もさ。作ったグッズだって同じ。あのシャツ、予備も含めて十枚くらい買ったんだ。
……もう色合いもめっちゃ好きだし」

【でしたねぇ……リインもおそろいで買ったですよ】

『それは……雨宮さんが、こだわって……』

「それに応えて、一緒に作ったのは伊佐山さんで……そのとき側にいたみんなだよね」

『――!』

【Nobody’s Perfect――完璧な人間などいない。誰かと支え合うのが人生という名のゲームなのですよ】

≪Wizard Slot――Set Up≫


左手に光が生まれる。近くの座席を材料に、増設ソケット≪ウィザードスロット≫が展開される。

それをアルトが納められたままの鞘に外付けすると、ソケットはWを描く唾のように展開する。

これもフィリップとシュラウドさんが送ってくれた設計図を元に、コアにそれを組み込んで生成できるようにしたもの。まぁさすがに使えるのは一度きりって言われたけどね! さすがに無茶だし!?


【あなたにはケジメが必要だったのかもしれない。だけど……こんな形以外もあったはずなのですよ】

『私を、許すというの……?』

“恭文さん、これ以上は”

“分かっている! でもあとちょっと”


あとはメモリ、メモリ……フィリップ、早くして! じゃないとそろそろ押さえ込めないかもしれない!

万が一巨大化しても、シャマルさんの結界なり転移先は用意してある! それはできた! でもこの場所じゃなきゃ駄目なんだ!


“雨宮さん達の依頼を達成するなら、この場所の力を借りないと!”

『だって、私は』

「理不尽は絶対に許さない! 忘れることも駄目だ!」

『――!』

「忘れたら伊佐山さんは、“どうして最善じゃなかったのか”すらすっ飛ばす!
だから僕達も忘れない! そうして本当はどうするべきだったか、もう一度一緒に考えることはできる!」

『そんな……奇麗事でぇ!』

「そうしてまたそらさんを傷つけるの!?」


だかららしくもないと分かっていても、必死に声を荒げる。だって、だって、だって……!


「そらさんは泣いていたんだよ! 自分のせいで伊佐山さんにこんなことをさせたのかって!
伊佐山さんはあの人を守りたかったんだよね! 自分と同じような目に遭ってほしくないからと!」

『それでも、私は……私は……!』

「今伊佐山さんがやっていることは、そらさんへの陵辱だ! 碇専務達がやったこととなにも変わらない!」

『私は……』

『嫌だよ、僕は……僕だって! 大好きな人に、あんなふうに泣いてほしくない!
僕はそらさんの歌に、いっぱい大事なものをもらったし、思い出させてもらったんだ! だから」

『もう……これしかないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


伊佐山さんは即座に右足を踏み出す……そこを狙って術式発動! 左手をかざした瞬間、伊佐山さんは蒼いドーム状の結界に包まれる。

一気に魔力が持っていかれるけど、リインのサポートもありなんとか持ちこたえる。そして伊佐山さんは……。


【全く……いつになく生玉子なのですよ】

『あ……ぁあぁあ……? あぁあああああ――――♪』

【だからリインも一緒にレイズです】

「……ありがと」


その場で膝を突き、能力を発動することもなく呆ける。なにか……心地よさすら感じさせる吐息も漏らし始めて。

……それに合わせて、オーバーキルを防ぐためのドレスも着込んでもらう。機動兵装ウィングを展開し、一気にアリーナ中央の天井近くまで飛び上がる。

そのまま右手を広げ、足下にベルカ式魔法陣を展開。それが回転するごとに、術式と魔力が一気に加速して……。


【「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ――」】


左手に装備しているジガンスクード……ヴァリアントの外装を一部展開し、カートリッジをフルロード。

八発装填されているリボルバー式カートリッジが消費され、弾倉ごと背教。すかさず予備弾倉を挿入するけど、これもクセみたいなもの。今回は八発で十分。


(範囲を極小に制限……伊佐山さんの脈動を、その命を、痛みを、停止させる……封印させる……)


しっかりと八発分の魔力をリインと一緒に制御し、ひときわ右手を強く開く。同時に閉じていた目もかっと見開き。


【「凍てつけ!」】


その瞬間、伊佐山さんを中心に蒼が走る。

それは一気に膨張し、凍り付き、ステージの前方を埋め尽くす氷山となった。


“恭文くん……いや、でもよくやったわ! これなら仕切り直せる”

“切り札は常に僕へ来るみたいですね……”


まず最初に使ったのは、僕が最初期に修得したヒーリング結界。実際はあの範囲内にいる間、体力とか傷の回復が早くなるってものなんだ。

でも術式との相性があまりよくないのか……どうやっても “中に入った相手をとことん精神的に癒やし尽くす”という魔法になってしまって……!

まぁ便利と言えば便利なんだよ。戦闘時に使うと相手の興奮や殺意すら無効化するので、今みたいに無力化できるしさ。


でも……欠点が三つ。

一つ、僕の能力でも即時展開は難しく、またあくまでも局所的に展開した範囲内だけの効果。そもそも相手をそこに捉えられなければ意味がない。

二つ、魔力消費がめちゃくちゃに大きい。僕の魔力だと発動だけでも三回が限度。つまり魔力の三分の一が一気に持っていかれる。そこから維持するとしたら、更に魔力消費がかさばる。

基本は一定時間だけ発動するようにセッティングして、動きを止めたらズドンってのが基本になるけど……一つ目の欠点と相まって、結構狙えるタイミングが限られる。

そして三つ、次元世界内でも禁呪にカテゴライズされる“精神操作系魔法”に属してしまうため、そもそも使用が躊躇われる。うん……ある種の洗脳だし。


まぁあと、戦闘で緊迫しているのに乱用したら台無しだとか、そういう心情的なのもあるけど……喉をかきむしって死なれるよりはマシだ!


“でも、魔力維持が……結構キツいです……!”

“範囲を極小に搾ったとはいえ、エターナルコフィンも使ったものね……”


そして二つ目が、エターナルコフィン。

僕の師匠ズの一角を担う、リーゼアリアさんとリーゼロッテさん、グレアムさん達から教わった広域攻撃魔法だよ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今度はやっちゃん、氷山を作っちまったよ! 一体どういうことかと思っていたら、その答えもシオンちゃん達が知っていた。


「エターナルコフィンは、本来ならこのアリーナの範囲くらいは楽々凍らせる広域凍結魔法です」

「は……!?」

「攻撃目標を中心に、付近に存在する全てを凍結・停止させますから。
そしてただの温度変化による現象であるため、伊佐山さんのような能力でもご覧の有様です」

「これがさっき言った、封印魔法の一つだ。恭文とリインの奴、アレンジで範囲を極小に絞っているがな」

「これで、極小……」


白い息を吐きながら、雨宮ちゃんも軽く震える。

アリーナステージ全体が、多少の差はあれど氷に包まれているからな。さながら伊佐山は、そこに囚われたお姫様だ。


「でもお兄様も無茶をします。その反動まで受けていますし」


あぁ、そうだよな……。やっちゃん、頬とか腕、翼とかにも氷が張り付いてんだよ。

ダメージ受けまくった体で、そこまでするのかよ……! ほんとあぶない奴だって。


「ともあれこれで自殺の危険性だけはなくなった。
今伊佐山は、命も……その滾る憤怒も、全てを凍てつく棺に閉じ込められた。半永久的にな」

「永久なの!?」

「外部から破壊や加熱が与えられない限りは。……というわけでフィリップ」

「分かっているよ」


フィリップは彼女からメモリを改めて預かり、深呼吸……。


「――――相変わらず君は無茶苦茶だね!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


うし、これで時間稼ぎはなんとかなった。けど……。


“フィリップはまだか……!”

“さすがにそろそろ限界なのですよ”

“大丈夫よ”

「――――相変わらず君は無茶苦茶だね」

“もう来ているから!”


そこで八時方向から、最後の鍵が飛んでくる。慌てて急降下しながら、それを左手で素早くキャッチ。

そちらを見やると……駆け寄ってきたフィリップが、舞台下にいて。というか、大下さん達も……。


【フィリップさん!】

「すまない、遅くなった!」

「ううん……ありがと!」


受け取った最後の鍵を、ウィザードスロット後部……峰側のマキシマムスロットに装填!


「アルト、出番だよ!」

≪Wizard――Maximum Drive≫

≪全く……最後はやっぱり私なんですよね≫

【そしてリインなのです♪】


装填したのは……そう、ウィザードメモリ! この状況で大勝ちしようって言うのなら、絶対に必要な魔法があるから!


――彼女はレベルアップで、メモリとの親和性がより高くなっている。
このままメモリブレイクすれば、どのような副作用が襲うか分からない――

――そこは予想していたとおりか――

――だからこそウィザードメモリの魔法が必要になる。
……×たまを救うように、気持ちを固めてメモリブレイクだ――


フィリップが検索で調べてくれたこと……そこに僕のセンスを掛け合わせた魔法が。


――彼女達の、伊佐山奈津子を信じる感情を……その記憶を引き出す。もちろんその一部である彼女自身の記憶も刺激し、毒素で薄くなったものを引き出していく。
……それにより傷を抉り、更なるレベルアップというリスクもある。だが……積み重ねた記憶が本物ならば、もしかすると――


アルトを抜刀し、振り上げながら、溢れる力を……僕の魔力と掛け合わせて、改めて刃を展開する。


「――天(そら)の戒め解き放たれし 漂う蒼の星屑よ」


アルトを軸に打ち上げるのは、輝く光の刃。


「許せ。我らの全てを焔に焚(く)べ、共に滅びの道を歩まん」


悲しい過去も、それが生み出す痛みという現在も、恐怖に塗れた未来も……全てを斬り裂き、覆す刃。

世界はこんなはずじゃなかったことばかりだけど、それでも歩める何かがあるんだと、示すための刃。


「神々の魂すらも斬り砕き!」


それを成せる僕の……僕達の魔法。魂を賭けて、打ち上げるは鉄。その輝きが放つ一振りの刃!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


恭文くんは最後の希望を……メモリを装填。

距離は二百メートルほど。伊佐山さんは何かが来る……来てしまうと恐れることすらできない。

でも喉から手が離れた……またかきかけたのに、包んだ蒼い結界が停止させてくれた……!


「ウィザードメモリは、土地の記憶……ガイアメモリや個人に記憶すら引き出し、力にすることができる記憶≪メモリ≫の魔法使いだ。
そしてここは今、君達やスタッフ一人一人の願いと記憶に満たされた場所になっている。もちろん伊佐山奈津子もその一人だ」


蒼いメモリが放つ圧力に、私達も息を飲む。ううん、違う……そうじゃない。

ステージが……この場が、鞘の中で打ち上げられる力に共鳴していく。あちらこちらから、星みたいな輝きが生まれ、風にながれるように集まっていく。

ただ一点……あの子に……あの子達に。その輝きは、私やショウタロスくん達の中からも、伊佐山さん自身からも出てきて。


そんな中、疑問そうだった大下さん達に、フィリップくんが補足して……。


「彼女と君達が刻んだ記憶と想い……それが本物なら……それを魔法として極限まで引き出せるのなら、彼女の傷を切除し、副作用から守れるかもしれない。
……彼女が美咲涼子達のように、何らかの異常を抱えて……それがメモリにより悪化し続けているのなら、それも停止するはずだ」

「やっちゃんがあのメモリを持ってこいと言ったのもそのためか。だがよく……」

「前例があったおかげだよ。
……だから願ってくれ。そして信じてくれ」


だから、願う……そして信じる。


「君達がいた時間は、嘘ではなかったと」


たとえ死ぬより辛い道だったとしても……それでも、罪から逃げる必要はないのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


集束系魔法にも似た輝きが、刃に集まっていく。予想した通り……ううん、予想以上に!


“恭文さん……!”

“やっぱりだ……この場所には記憶がたくさん詰まっている!”


しかもそれは舞宙さん達が刻んだものだけじゃない。この場所でたくさんの人達がうたって、笑って、楽しい時間を刻んでさ。その記憶一つ一つが力を貸してくれている。

でもこれだけじゃ足りない。これでメモリブレイクができるとしても、あともう一つエッセンスが…………いや、それならある。


「コードドライブ――Idle!」


マキシムドライブによって引き出された、ウィザードメモリの力……その鼓動が一層強く脈打つ。降り注ぐ星が更に鋭く降り注ぐ。


「因縁、宿業、輪廻転生……」


これもウィザードメモリの力だ。この場に刻まれた記憶を更に付け加え、破壊を誰かの救いに変えることも……ときどきはできる。


「どれだけ深い闇だろうと!」


そのままアルトを正眼に構え、機動兵装ウィングを大きく広げながら突撃――!


「この輝きで!」


癒やされて幸せそうなところを狙うのは、卑怯? いいや……戦いでは何でもあり≪バーリトゥード≫こそ王道≪ストロングスタイル≫だ!


≪Full Drive≫

【「星花」】


結界に……氷の棺に触れる寸前、距離にして二メートルというところで。


【「繚乱!」】


――壱(唐竹)・弐(袈裟)・参(左薙)・四(左切上)・伍(逆風)・陸(右切上)・漆(右薙)・捌(逆袈裟)・玖(刺突)!


同時九連撃を打ち込み、零距離での突進・交差――!

ステージの奥まで滑って停止すると、伊佐山さんは結界と氷の破片ごと空へと打ち出されていく。


『ぁ……』

【「――我らに」】


宙へ飛んだ伊佐山さんを……無数の斬撃によって傷を断ち切られた伊佐山さんを見ながら、アルトを逆袈裟に振るって静かに納刀。


『AAAAAAAAAAAAA!?』

【「断てぬものなし――!」】


そして舞台上で伊佐山さんは爆発……でもその爆炎はすぐに晴れ、伊佐山さんはバタリと倒れ込む。

その瞬間に、ステージ上のあちらこちらに張り付いていた氷も砕けて霧散。


そんなつぶて達が消えていく中、伊佐山さんの脇にはインジャリーメモリが落ちて……。


「な、なに……なに……がぁあ…………!?」


伊佐山さんが手を伸ばした瞬間、パリンと音を立てて割れる。


≪――JackPot!≫


それを見て伊佐山さんは、翡翠色のバインドが全身にかけられるのも構わず……意識を手放した。同時に音楽も終了する。


……でもそれだけだ。

それ以上は……少なくとも外見上は、伊佐山さんに変化はない。それを見て……息を吐きながらユニゾンを解除。

隣に下りてくるリインと周囲を警戒しつつ……まずは伊佐山さんの様子を確認だ。


「……やったですね」

「まだだよ。……シャマルさん」

「えぇ!」


控えていてくれたシャマルさんは、いつの間にか舞台上に飛び上がっていて……すぐ伊佐山さんの身体をチェックする。

数秒……じりじりとした緊張が走る中、シャマルさんが小さく息を吐く。


「……大丈夫よ」


シャマルさんはこちらに、安堵の笑みを向ける。


「衰弱はしているけど、外にも、中にも、致命的な損傷はないわ。安静にすれば、すぐ元気になる」

「…………よかったぁ……」

≪依頼料の分くらいは働きましたね≫


心から安堵して……。


「そらさんとの、約束……守れた……!」


その場に腰を下ろす。倒れるのではなく、まずは一息……そう思っていたら。


「……ありがと」


……そこで柔らかく、受け止められる。それも二つの、違う温もりに挟まれて。


「いちご、さん……舞宙……さん……」

「ん……あたし達、ここにいるよ」


いちごさんと舞宙さんが、後ろから……僕を抱えて、泣きながら笑っていて。

いや、泣いていたのはいちごさんだった。ぽろぽろと、頬に熱い雫が当たって……。


「ありがとうございます。でも……もう一仕事。壊れた箇所を修理しないと」

「それももうちょっと後だよ。……こういうときくらい甘えてほしいし」


そうしていちごさんが、僕の手を撫でてくれる。

術の範囲を絞った反動もあって、凍傷の五歩手前くらいまで……青白くなっている僕の腕を。


「暖かいお風呂にも入らないと、だしね」

「……はい……」

「……って、それならリインに甘えるですよ! カモンなのです!」

「まぁまぁ、そこは大人の特権ってことで」

「納得できないのですー!」


あぁ、でもリインにも無茶を言ったし、またお礼をしないとなぁ。だから右手を伸ばして、優しく頭を撫でて……目一杯のありがとうを伝えて行く。


「ごめんね、無茶させて。でも……ありがと」


それでいちごさんは、そんな僕を……めいっぱい、ぎゅっとしてくれて……。


「ケーキ……いっぱい、食べようね……!」

「はい……」

「お茶も飲んで、お散歩して、お話して……それで、うちにお泊まりするの」

「ちょ、恭文さんー!」

「お泊まりは……躊躇っちゃいます。僕、もう子どもじゃないですし」

「いいの! いっぱい頑張ったから、いっぱいご褒美!
だから……ちゃんと休まなきゃ、駄目なんだよ?」


その言葉に安心して……小さく頷く。


「あたしは……あ、いえ。空気を読んで自重します」

「リインは……うぅ……今回だけ! 今回だけなのですよ!?」

「うん、今回はそうして。
……いっぱい、いっぱい……身体が治るまでは、私が恭文くんを一人締め……しちゃうんだから――!」

「……はい」


そうだね。さすがに疲れた。

ここを直して……そうしたらほんとしばらくは……ゆっくりしたいなぁ……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


恭文くんはちょっと動けないわね。ナノマシンを使ったと言っても、即時治るわけじゃないし……やっぱり療養期間は変わらずで。

それより問題は彼女よ。意識は失っているところ悪いけど、クラールヴィントをペンタグルフォルムに形状変換……ペンデュラムと化した宝石でその身体に触れる。

脈拍、呼吸、血中状態……詳細な身体探査魔法により、得られる情報をありったけ取得する。


衰弱状態は言った通り。今のところ命に別状があるわけでもないのは……やっぱり言った通り。

でも問題は首だった。やっぱりかき傷が見られるのよ。それも何日か前からかいていたような痕もある。ジャケットに隠れていたけど、首元には絆創膏も貼ってあった。

それに……なにこれ……!


「クラールヴィント、この状態は……間違いないの?」

≪はい。脳内の分泌物が異常な形で排出されています。あ、いえ……大分落ち着いてきたようですが≫

「ガイアメモリとの連携が切れたせいかしら。でもそれなら、例の美咲涼子達は……」


そう……アドレナリンなどに代表される脳の分泌物による影響。それが身体のあっちこっちに出ていた。

気になって彼女を拘束したまま、服を探る……するとポケットから……破られた錠剤入れが見つかった。

指で押し出して、包装を破るタイプよ。よくある表面が半透明なもので……中身は空だった。


でも裏面を見ても、薬品名などの記載はない。それが妙に……嫌な予感を走らせてくれて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――伊佐山さんは自首扱いで連行されることになった。

ただし警察ではなく、PSAの管轄で。ここは水橋参事官達の問題があるから。

恭文くんも……ナノマシンによる回復効果もあって、傷や後遺症なんかもない。ただまぁ、それでも療養期間に入るのは変わらずだけど。


ナノマシンによる治療も、あくまでも応急処置。傷はやっぱり……時間をかけて、向き合って治していくのが正しいみたい。

それについては伊佐山さんも同じだった。ガイアメモリと、正体不明の錠剤を服用したことで……実は、本当に……恐ろしいことなんだけど。


「――では、彼女は責任を持ってお預かりします」

「回復するまでは俺とタカも付き添うからさ。そこは安心してよ。……記憶、ほとんどないらしいけどさ」

「…………」


そう……伊佐山さんはここ数日の記憶が飛んでいた。いや、完全に失っているわけじゃない。だけど……碇専務に馬鹿をぶつけられて、例の水橋参事官と会った直後から、感情の制御が全くできなかったらしい。

メモリを使って、その力を高める薬と称されるものを飲んだら……あとは意識がどこか、他人事のように自分の行動を見続けていて。


それでようやく……メモリを壊されて、その現実感が戻ってきた。だから伊佐山さんは私達を襲ったときとは別人のように、打ち震え続けていて。


「……山仲さん、彼女の状態観測は……というよりその錠剤については」

「うちのドクトルにも調べてもらいます。まずはこれがメモリと薬の罪なのか……それとも彼女自身の罪なのかを確かめなくては」

「頼みます。……みんなは悪いが、蒼凪のことを頼む。いろいろ無茶をさせたしな」

『はい』


鷹山さんと大下さん……あと鹿沼さん達も、しばらくガードに回ってくれることになった。

だからライブは見られそうもないんだけど……それでも凄くありがたいよ。これで暗殺とかあっても嫌だし。


「あと蒼凪くんについては、こちらでも強制的に休養期間扱いとしておきますので。
しばらくの間は仕事も振りませんし、何かに巻き込まれてもすぐ代替要員を送れるよう調整しておきます」

「お願いします……本当に、そこはお願いします! いや、後者については無駄な努力かもしれないんですけど! ただ私も、結局恭文くんに無茶を言った手前、そこはちゃんとしたくて!」

「いやいや……あの子、どれだけ巻き込まれるの!?」

「……今回と同じようなノリで、だね」

『…………』

「えぇ、本当に……夏は鬼門でして」


アリーナの外に出て……恭文くんもまいさんに甘えてぐっすりな中、伊佐山さんは沙羅さんや忍者さん達につれていかれる。

手錠はかけられたけど、ゆるめに……前に。縛られるようなこともなかった。

ただまぁ、その伊佐山さんもぽかーんとするのが恭文くんだった。夏が鬼門すぎてもう笑えないもの。


「奈津子、今度は勇気を出していけよ」


そんな伊佐山さんに私達も、ショウタロスくんも近づく。


「うんうん。まぁ、超人になれるメモリに頼るのが楽かもだけどさ?
でも、ステージが一人じゃ作れないのと同じだと思うんだ。こういうのって」

「ショウタロス君……雨宮さん……」

「それで勇気を出して、声を上げた誰かを……伊佐山さんが受け止めればいいんだよ」

「……私……あなた達を殺そうとしたんですよ……!? 笑って……これが当然って!」

「そうだね」

「確かに、私……メモリと薬で……おかしくなっていたのかもしれない! でも、そうしたのは私なんです! それは嘘じゃ……ないんです!」


伊佐山さんは泣く。自分が恐ろしくて……見逃してと言ったときとは違う、悔恨の涙。嘘なんて一つもない涙。

自分は救われる価値がない。心配される価値もない。それは決まっているのに、どうしてと……疑問符を並べ立て続けていて。


「あなた達のお仕事にも多大な迷惑をかけています! なのに、どうしてそこまでするんですか!
私なんて……ただの、薄汚い人殺しで……」

「……だからこそ、ちゃんと向き合ってやり直してほしいの。そうじゃなきゃあたし達も許せない」

「雨宮さん……」

「大丈夫。少しずつ……本当はなにが最善だったか、考えていけばいいよ。
……あたしも、一緒に考えるから!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……私が殺そうとした人は……私が、汚れてしまったと思った人は、変わらない顔で笑う。

そこで思い出すのは、グッズ開発の中、いろいろと……ネガティブかつ人見知りを発揮して、難儀していた初期の頃。


――雨宮さん、まず……言うだけ言っちゃいましょう――

――え……――

――それで現実的・技術的……あとは予算や時間的にどうしてもって場合は、私達も諸手を挙げちゃいますから。
こういうものは、荒唐無稽だろうととにかくとっかかりを作って、そこと現実を帳尻合わせするものです――

――え……じゃあ、え……ほんとに……?――

――はい! 一緒に考えましょう!――

――……だったら、まずこれ! 蒼じゃないんです! 水色ですから! 蒼とは違うんです!――

――え!?――


その言葉を言ったとき、最初はとても後悔したっけ……。彼女、青へのこだわりが強いから、青系統というひとくくりを許してくれなくて。

でも、そんな彼女がどうしてオーディションに合格し、活躍していっているのか……よく分かるようになった。

彼女は本気なんだ。真剣なんだ。自分の仕事に……表現に対して。それが、とても眩しく映った。


――あなたもさぁ、大人になったら? ちょっと一晩相手するくらい、仕事でしょ――


そんなことを言って、奴らの行動に戸惑っていた私をあざ笑う……そんな見かけだけのモデルや女優、アイドルとは違う。

私にとっていつの間にか彼女は、希望のように輝く偶像だった。もう一度……もう一度、自分の夢を信じる力が、彼女を見ていると溢れていた。

だから奴らと再会してしまって、あのとき……汚されたときの映像をネタに脅され、また体をはけ口に使われたとき……死にたくなるほど苦しかった。


しかもそこで、彼女の名前を出してくる。彼女をどう汚し、どう躾け、自分達の女として振る舞わせるか……それを楽しみにしていた。

ううん、実際に実行したと……また私を犯しながら言ってきた……! それで、私の心はポキンと……音を立てて折れた。

この世界に希望なんてない。この世界に夢なんて見られる場所はない。人は生まれながらにして、悪魔を内包している。


そう絶望して、叫んで……でも……私も奴らと変わらなかった。

力で無関係な人達も巻き添えに殺した。私の痛みに同情し、手を貸してくれた猪熊くんも殺した。

あの薬を飲んでから……メモリという力に触れてから、私は笑っていた。それだけは覚えている。


殺すことは浄化すること。汚れてしまった魂を救うこと。だから彼女も浄化しなきゃ……終わらせればもう汚れないからって……。

違うのに! 私がしたかったのは、そんなことじゃない! おかしくなったのは、希望や夢を踏みつぶしたのは、私自身なのに!

……どうして私は、信じられなかったんだろう。どうして私は、勇気を出して言わなかったんだろう。


あの人達に犯されて……穴という穴を、両手を、乳房を、薄汚いものを慰めるための道具にされて、苦しかった。ずっと忘れられなかった。

そんな人達があなた達に近づいている。絶対に言うことを聞いちゃ駄目だって……そう言うだけでよかったのに。

なのに私は信じなかった。私の言葉を……今此処で伝えて、手を伸ばしてくれるこの人を、その仲間を、信じられなかった。


私は、私の居場所を、自分で壊したんだ……!


「伊佐山さん……!」


なのに彼女は、それでも手を伸ばしてくれる。ううん、迷う私の手を取って、ぎゅっと握ってくれる。

人殺しの手を……自分を殺そうとしたはずの手を……だから、私は。


「………………!」


声にならない声で頷き……涙を流す。これでいいのかと迷いながらも、私は……それでも、違う道を選んでいた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ショウタロスくんと天ちゃんに続いて頷くと……笑顔を送ると、伊佐山さんは泣きながら頭を下げてくれる。


「もうしわけ……ありませんでした……!」

「……行きましょうか」

「はい――」


そうして伊佐山さんは車に乗り込み、この場から去って行く。それを見送って……見えなくなるまで見送って……。


「……事件解決……うん、まず一区切りだね」

「そうだね」


サイちゃんには頷きながら、脇を見る。恭文くんはまたぐっすりだった。

両腕には包帯も巻いて、夏だけどいっぱい暖かくもしてあげて……なんだけど……!


「……舞宙ちゃん、恭文くんは私が受け止めるよ。というか、頭が当たって痛くないかな」

「あはははは……そりゃああたしはフィアッセさんみたいに立派なクッションは持っていませんけど、いろんな受け止め方をしていますし?
えぇえぇ、これくらいは問題ありませんって」

「フィアッセさんは優しすぎるので、リインがはっきり言うですよ?
……リインの恭文さんに、なに変態行為をやっているですか!」

「そこは、合意の上なので!」

「納得できないのですよ! それならリインだってOKなのです!」

「だよね! もちろん私だって我慢していたんだよ! 恭文くんの猫耳、はむはむとかしてみたいなーとか思っていたの! なのに……舞宙ちゃんはずるいよ!
恭文くんと大人の先取りしただけじゃなくて、そんな……そうだよ! 負けないんだからー!」

「みんな落ち着いてー! というか外でそんな話をしないで!」


……なお、フィアッセさんとまいさん、リインちゃんによる正妻戦争には誰も触れない……私は正直触れたいけど、あとにしておく。


「えー、それはさすがに異議ありなんだけどなー。フィアッセさんも、リインちゃんも、恋愛経験がないから恭文君に突撃しかできないし。
だから恭文君には、それなりに彼氏とかもいて、大人な子の方がいろいろ助けられるんだけどなぁ。
……あたしとかレティさん、リーゼさん達みたいにね!」

「「なにそのマウント!」」

「ちょっとー! だったら私もいけるわよ! シャマル先生、それなりに大人なんですー!」

「シャマルさんはまず現地妻一号って逃げを外すところからです! 分かっていますよね!」

「あ、はい……!」


うん、触れない! 触れてもいいことなさそうだし! 天原にはやっぱり痕で説教すればいいだけだし!

とにかく無茶させた人間の一人として、きっちり……いろんなことを進めなきゃいけないもの。


「ね、蒼凪くん……病院とかは」

「シャマルさんもいるから、なんとか大丈夫。
ただ、集束系の技術を使ったから……ご飯、一杯用意しないと」

「集束系……?」

「恭文くんが修得している、最高難易度の魔法だよ。本気の火力ならアリーナくらいは軽く吹き飛ばせる」

「え……!?」

「ただ、それだとまずいときもあるから、加減しているバージョンも作っているんだ」

「魔力……自然エネルギーを一点に集めて、自分が出せる火力以上の攻撃ができる魔法なの。
……ただその分滅茶苦茶負担が大きいから、やっくんもふだんは禁呪にしているくらいで」

「その魔力とか魔法とかは、やっぱさっぱりだけど……そんなの、蒼凪くんは使ったの!?
怪我していたのに……あの凍結とかなんとかもだけどさ!」


天さんはぎょっとしながら、眠りっぱなしの恭文くんを見て、顔を蒼くして……。


「あー、ただリインがいるときは、禁呪の縛りが外れるんだよ。負担が過度にならないようサポートしてくれるからな」

「それであの子も呼んで……やっぱ、ちゃんと責任は背負わないとだね」

「そう言ってくれるか」

「好きって言ってくれたし?」

「…………お、おう……!」

「大好きで、泣かせたくないって……そこまで言われちゃったら、さぁ」

「……恭文くんェ……!」


そうだったよ! 言っていたね!

くぅ……そこんところはこう、タイミングを見てツツこう! じゃないと心配だし!


「……あとはライブの開催をどうするか、だよね。外部出向とはいえ、スタッフが事件の犯人だったわけだし……」

「そこも改めてお願いしてみようか。というか、伊佐山さんにはそれでもやり通すぞーってところ、見せていきたいし?」

「ん……いちさんの新曲もあるしさ! あれ好きなの! こう、ふわりと回って、スカートが揺れるの!」

「サイちゃん、しばらく私に近づかないでくれるかな」

「無理だよ! ライブで一緒にうたうところもあるのに……ちょ、距離を取らないで−!」

「しかし、予想以上の大成功だ。身体に反動が一切ないとは……」


誰もが後はライブの調整だと思っていたところで、フィリップくんは興味深げにウィザードメモリを……恭文くんを交互に見やり、そう呟いた。


「アイドル……今回のライブで重要なワードを、マキシマムドライブに組み込んだのがよかったのだろう。
おかげで声優という職に就いている君達や、君達が演じている“偶像”の記憶も上手く引き出せたんだ」

「私達自身もその偶像で、伊佐山さんも構築を手伝ってくれていた……そこも関係は」

「当然している。
まぁ今更だが、ビルダーとしての彼には脱帽だよ。その一手がなければどうなっていたか」

「……手放しでは喜べないよ」


ハッピーエンドだとは思う。でもやっぱり、いろいろ反省してさ。


「また、甘えちゃったし」

「いちさん……」

「この罪も結局数えていくしかないんだけどさ」

「その通りだ。忘れてしまえば、そこから間違いを学び取れない……君も、ボク達も、伊佐山奈津子も……誰でもそうやって進むんだ」

「ん……」

「ただ君はそれも分かっていたから、率先して危険に飛び出たし、対価も払うことにした。なんだかんだでハーフボイルド」


そう言いかけたフィリップくんは、くすりと笑う。


「いや……対等でいたかったのかな?」

「当然だよ」


だから笑って……なんて当たり前のことをと胸も張っちゃう。


「恭文くんは、ただ優しい子ってだけだもの」


そうだよ……魔法や魔術が使えたって、キャラなりができたって、ひどいテロから国を救ったって……私にとっての恭文くんはそこなの。

ときどき悪い子だけど、それでも誰かのために頑張れる優しい子。


「絶望だって希望にできちゃうくらいには……優しいの」

「……そうだね」


だから……私もその優しいところや強いところに負けないくらい、しっかりして、受け止めて、向き合うの。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


事件は無事に解決。ショウタロス先輩も決着は付けた。まぁ一応はめでたしなんだが……。


「……お姉様」

「あぁ」

「私達はあと何度、お兄様とこの空を見上げられるんでしょうか」

「……まぁな」


キャラなりに頼らず、踏み出して、戦って……これまで得てきた力で解決した。それは私達しゅごキャラにとって喜ばしいことであると同時に、少しだけ寂しいことだった。


「お兄様は少しずつ、あのとき描いた『なりたい自分』に近づいている」

「無意識かもしれないが、アイツも考えてはいるようだしな。
私達がいなくても、ドーパントの事件が止められるように……その手段をと」

「私達にも内緒で、あんなアイテムを準備していたところからもそれは窺えます。
もう、私達とお兄様が一緒にいられる時間は……長くいすぎましたかね。この街にも」

「いつかは別れが来るものさ」


そう……リインと、フィリップ達と……あえてそういう形で解決したのは、アイツなりにどこかで割り切りを付けようとしている証拠かもしれない。

私達はずっと一緒に……今までのようにはいられない。だがそれでも、頑張って歩いていくと……成長したものだ。


「それで私達は、“アイツ”にその先を託す」

「……えぇ」


核爆弾だって、そうして出会った舞宙達の力もあったから解決できた。私が最後に守ったのなんて、ちょっとしたおまけみたいなものだよ。

だから、そうやって足跡をたどっていくと……感じるんだ。

もうキャラなりは……私達という可能性の先取りは、必須ではなくなっている。


アイツが努力し、私達の形を少しずつ現実にしてきたからだ。だから……きっと、本当にそう遠くないうちに、私達は。


「せめて次世代兵器研究会を潰すまでは……踏ん張らなければいけませんね」


シオンはそれでも問題ないと言わんばかりに、髪をかき上げる。


「奴らのことは、私達にとってもやり残しです」

「あぁ」

「とはいえ、お姉様は燃費が悪そうですし……」

「早速私をリストラ対象にするなぁ! あとそれ、なんの根拠があるんだ!」

「食事量とか」

「だったらいちごとかどうなる!」

「絹盾さんはモンスターです。比べてはいけません」

「おま、また大胆な……!」


……まぁ、それもまた明日のことだ。この日常にも少しずつだが、終わりが見えてきたというだけの話。毎日悔いなく走り抜けるのは変わりない。

ただまぁ、いちごや舞宙達には……風花にも、一言二言話しておきたいことが、できたりは……した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――猪熊修也は死に、伊佐山奈津子は自首。

そして二人をリストラに追い込み、舞宙さん達まで食い物にしようとした“悪い上司達”も裁かれる。殺されて当然の悪党として……その汚名をそそぐこともできず。

彼女はどこかで予感していたのだろう。自分が破滅する……終わってしまうと。だから碇専務達の悪行を、あの直前にネットへと流していた。


「――フライリースケール、社員へのパワハラ横行……社内外を問わない枕営業の強要疑惑を認め、謝罪……経営陣は一斉解任かぁ」

「同時にそれを善しとした取引先やモデル、女優、アイドル……数十名が炎上の真っ最中なのです。全員揃って永久追放なのですよ」

「……せめて一生懸命働いていた社員さん達は、救われてほしいなぁ」


ふーちゃんが新聞記事を見て呟いた通りだった。彼らは裁かれる……法ではなく、市民によって裁かれる。悪しき存在として記憶に残り、憎まれ続ける。


「ところで……私が寝ている間に全部片付いた件については」

『…………』

「みんな、引かないで……!?」

「桜守さん、それは仕方ないでしょう。戻ってきたら半裸状態でうろついていたのに」

「鷹山さん達は念のため、一旦廊下で待機させておいて正解だったよね……」

「それは言わないで!」


歌織も恥ずかしさからしっかりきっちり覚醒した後――――結局ライブは延期もなしで開催されることになった。

かなり難しい判断だったそうだけど、ああいう事件があったからこそ……事件被害者への慰霊や、横浜という街へなにかができればと総意は固まった。

ただ、それと同時に……今回のツアーファイナルでの収益は、テロ被災者へのチャリティーも含めてのものとなった。同時に伊佐山さん達が水橋参事官達に利用され、“麻薬物による洗脳を受けていた”という話で決着した。


そう、つまるところ……全部水橋達のせい! あのアホどもに泥をかぶせて、こっちの好き勝手を通したって感じだよ!

それで僕も……継続してみんなのガードに回ることが決まって。いや、正確にはガードという名の休暇だ。

なにせみんなのガード関係はPSAの人達が手を回してくれているし、ほんと……楽屋裏からライブを見守る関係者みたいになってさぁ! うぅ、これはこれですっごくどきどきです!


「恭文さん、その辺り……今回のライブ協賛での影響はないのですよね」

「そうなる前に手を切っていたし、“全部水橋達のせい”理論でいろいろぶっ飛ばしたから……ギリギリって感じだね」

「奈津子さんも情状酌量とか得られる感じなのは……大丈夫そう?」

「一応そういう主張はするけど、裁判でどうなるか……というか、今のままだと裁判もどうなるか分からないし」

「……だよね。実際伊佐山さん、参事官達の計画とか……いろいろ知っちゃっているみたいだし。それに例の薬とか」

≪PSAのドクトルとシャマルさん曰く――小康状態に落ち着いた関係から、伊佐山さんが自殺に走る危険は今のところなし。
ただ身体検査を行っても、実際にどういう薬物を飲んだかは不明と来ています。メモリブレイクした直後の探査データは参考程度って感じですし……荒れそうですねぇ≫

「まぁね……」


とにもかくにも、彼女は一人生き残った罪人として、その罪を数える。数えて、向き合って……そうしていつか、そんな罪も受け入れ、進んでいくと信じたい。


……ミュージアムが壊滅して数年経つけど……まだこんな事件は起こり続ける。次世代兵器研究会なんて絡まなくても同じだ。

ビルが沈み、人が裂けるように死ぬ。メモリがもたらす歪みは、その爪痕は、未だ根強い。


だけど、そんな現実もいつかは終わらせる。


「そう、オレが…………っと」


そしてショウタロスは隣で、持ち込んだタイプライターをカタカタと……器用に叩いて報告書作り。

実はこれも恒例行事だった。ただまぁ……中身が、どうもなー!


「ショウタロス、そこは複数形ではあるべきじゃないかな」


フィリップはそんなショウタロスの隣りで本を読みながら、不敵に笑う。


「君達もまた≪ダブル≫なんだから」

「……オレ達が……っとな」


ショウタロスは用紙に修正線を描いて、複数形に変える…………日本語でね。


「でもフィリップ、おのれ……まだこっちにいて大丈夫なの?」

≪そうですよ。翔太郎さんも腰を悪くしたなら、しばらく響くでしょうし……照井さんはまだ出張中ということで名目も立っていますけど≫

「例の薬物絡みの検索も、できるようならしておきたいしね。
……あと翔太郎なら心配ない。ときめもいるし、アキちゃんが鍼治療で復活させたそうだから」

「所長さん、いつの間にそんな特技を……!」

「照井竜が散々怪我をしまくるせいさ」

「……なんというか、いろいろと申し訳ない」


あぁ……そっかそっか。照井さんもね、僕に負けず劣らず無茶苦茶する人なんだよ。というか、負傷率で言えば僕なんかよりずっと上。


「……蒼凪くん、怪我をしまくるって……」


そこですっと近づいてきたのは、カラフルな衣装に身を包む雨宮さん。

これもね、劇中で雨宮さん演ずるキャラが着ている衣装なんだ! 参加ユニットのものだから、ランキング戦でないと獲得できないレア!

そのキャラも割と大人っぽい印象だから、これがまた……最高だよー! 生で見られるなんてー!


……っと、そこはさて置いて……面倒なオタクムーブは飲み込んで……。


「というか、君の方こそ大丈夫なの!? 目が覚めてから、ステージも本当に直しまくってさぁ!」

「そこはシャマルさんとリインにも手伝ってもらったので、なんとか……」

「スタッフさん達にも監修してもらったので、完璧なのです。というか、一応当日リハで確かめていたですよね?」

「それでもだよ! ……手だってまだ、包帯だらけだし」


そう言って、僕の両手を……軟膏やらも塗って、包帯だらけな手を痛々しそうに見てくれる。

そうして心配をかけているのは申し訳ないんだけど……。


「大丈夫です。照井さんには負けます」

「ちょっと待ってくれるか……?」

「いや、だったら照井さんはどんだけ怪我しているの!?」

「怪我というか……まず照井さんは、死なない男なんですよ」

「え、なにそれかっこいいじゃん!」

「かっこいいですよー。
……あるときは落下する鉄骨達に潰され。
……あるときは巨大化した恐竜型ドーパントに蹴散らされ。
……あるときは火だるまにされ。
……あるときはミサイル連射に晒され、足を潰され。
……あるときは重傷を負った状態で八階から生身で落ちて、そこから血だるま。
……またあるときは急所を射貫かれて一度心肺停止したのに、なぜか蘇生。
それでも更に立ち上がって、戦ったんです」

「…………えぇ…………」

≪嘘みたいでしょ? でもこの人、どこぞのヒュンケルさんみたいに死なないんですよ。死ぬような状況でも普通に復活して戦うんですよ≫


雨宮さんが……みんなが、なぜか顔面蒼白で、照井さんに注視する。


『…………』

≪そうして死ぬことすら振り切っていますからねぇ。凄いですよ、照井さん。憧れますよ≫

「……なにもかもふりきってー♪ 未来へ進めすぴーどうぇーいー♪」

「……すまない。君達も……そんな目で、見ないでほしい。
俺はただ……死なないだけなので……あと蒼凪も突然うたうな……!」


照井さん、それが余りにクレイジーなのは雨宮さんが……控え室にいるみんなの視線が物語っています。だって、僕でもそこまでじゃないもの。


「あのね、照井さん……それは多分……呪われている。恭文くんが一生夏男の呪いなら、照井さんは死ねない呪いかなにかだよ」

「あの、いちごさん!? 僕はそもそもそんな呪いにかかっていません!」

「だから自覚しましょう? 自覚できない悲しさがこれですし……春先も異世界召喚で大変だったのに」

「僕はなんのサンプルにされているの!?」

「頼む……左と同じことを言うのはやめてほしい」

「言われたんだ!」

「言っていたねぇ。余りに不死身すぎて、ボクも何か原因があるのではとしばらく検索していたくらいだ」


うん、そりゃあ言うよ! 実を言うと僕、ここまで不死身な人はヒュンケルか照井さんくらいしか知らないもの!

というか、ヒュンケルについては漫画の登場人物だよ!? だからこの人、リアルヒュンケルだよ!? なんなら異能生存体だよ!


「いや、でもあたしもそれは、同感かも」

「君も待ってくれ……!」

「だって、心肺停止して蘇生って……!」

「……雨宮さんの気持ちは分かります。僕もどん引きでした。
というか、一度そこまで追い込んだ相手のサイコパスシリアルキラーも……どん引きしていたんですよ!」

≪そりゃあそうですよ。確実に殺したはずなのに。
照井さんの死体をずたずたに引き裂いて記念写真撮ろうとしたら。
なんの兆候もなく復活して。
それどころか反撃して一撃回避したんですから……。
シリアルキラーのプライドその時点でずたずたですよ≫

「どん引きだよ! もはやゾンビじゃん!」

「だから待ってくれ! 俺は死なないだけだ! 引かれる要素はなにもない!」


特に最後なんて……因縁だった敵に、地獄から叩き出された夢まで見ていてさぁ! 理不尽にもほどがあるんだよ!

ほんと、実はサイボーグかなにかではないかって疑っていた時期があるもの! 違ったけどさぁ!


「いや、でもまぁそれで旦那さんのために、鍼治療とか覚えるんだから……素敵だなぁ」

「ん……私も、そういうのだったらできるかな」

「いちごさん?」

「疲れとかも癒やしてあげられるかなって」


そのとき、胸がちくんと痛む。でもそっか、いちごさんも大人だから……やっぱり…………でもさ。


「そうですね……きっと、喜ぶと思います。僕だったらすっごく嬉しいですし」

「そっか。じゃあ……勉強してみようかな、いろいろと」

「なら僕も負けないように、また勉強しないと」

「恭文くんも?」

「……爆弾の解体とか……! トラップ警戒で、凍らせるのもNGでしたし」

「あぁ……それは、ねぇ……」


いちごさんも適齢期に入る手前だし、今回のこともあっていろいろ考えちゃったんだよ。やっぱり……いろんなこと、考え直していかないと駄目だよね。

……いちごさんには、やっぱりいっぱい笑顔でいてほしいから。だからいちごさんを大切にしてくれる人となら……僕は、背中を押して応援していきたいし。

だから笑えるの。きっとこの時間はずっとは続かないけど、でも……いちごさんといっぱい仲良くなれた記憶は、永遠だから。


≪…………どうしましょう。いろいろ行き違いが……≫

「あるねぇ。照井竜、既婚者としてアドバイスはないのかい?」

「……俺に質問をするな」


あれ、アルト……フィリップと照井さんもまた微妙な顔をして。いやいや、大丈夫だよ。ほら、僕は……いちごさんの気持ちを大事にしたいから。


「……そうだ、追伸があったな」

「ショウタロス?」

「奈津子がデザインした衣装は、特に問題なくそのまま継続使用が決定……っと」

「ショウタロス……あなた……」

「わ、悪かったな! だが……ここは大事だろ!」


ショウタロスがまたタイプライターで追記を……まぁ大事なことではあるけどね? 変化する処遇の一つだよ。

その辺り取り替えた方がいいのではーって話もあったんだけどさ。でもどうしようもないもの……ゲーム劇中で出てくる衣装の再現だよ? 伊佐山さん個人のそれならどうとにでもなっていたけどさぁ。


だからその辺りも、もう割り切ってやっちまえーって流れで進んでいるらしい。それも全ては水橋達が根源説で押し通した。……あんまやり過ぎもよくないけど。


「しかしそれも凄いもんだなぁ。その辺り、やっぱ取り替えがくるかと思っていたんだが」

「実際そういう話はあったそうですしね。ただ雨宮さん達がどうしてもと交渉して……本当に甘いですねぇ」

「いいの。もうきっちり反省はしてほしいし?」

「その気持ちならきっと届くさ」


ショウタロスは纏めた報告書を……その要旨を取りだし、とんとんと小さな身体で器用に整え、用意していたフォルダに挟む。


「後悔しながらでも、今度こそアイツは自分なりの翼で羽ばたく。オレはそう信じたい」

「……ほんと、完成されたハーフボイルドだ」

「それも当然さ、ヒカリ。なにせそういうところは翔太郎と変わらずなんだ。女性運に恵まれないところも含めてね」

「あぁあぁ、そういう……お前、伊佐山奈津子に惚れていたのか」

「ちげぇよ馬鹿! あと、そんな完成はされてねぇんだよ!」

「じゃあこれからも……その完成されたハーフボイルドで、ばしばし事件を解決していこうか!」

「ハードボイルドだ! ハードボイルドォォォォォォォォォ!」


――こうして、横浜でのいろんなドタバタは、ひとまず区切りがついて。

それで僕自身についても……一つの区切り。

ずっと抱えていたいろんなことに対して、区切りを付けて、前に進む。


きっとこれが、奇麗なうたうたいさんへできる唯一のことなんだって、強く戒めて――。


(Wの約束――おしまい)






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