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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
第57話 『空はいつまでも青く/PART2』


――ミッド海上沖

時空管理局・海上隔離施設



レジアス中将、言い切りやがったよ。ゆりかごは富たり得るが、そんなものに甘えた未来はいらないってよぉ。

これで最高評議会も、ゆりかごってうまみに目がくらんだ奴らも、立つ瀬がなくなった。世界がそれを支持したんだ。


民衆という“権威”に逆らう馬鹿はいないだろうな。これで……ヴィヴィオの奴も、高町嬢ちゃんも、違う未来が選べる。


「……お前さん方にとっては、痛烈な皮肉だな」


そう告げながら見やるのは、白い囚人服……というか、収容者服に身を包んだナンバーズの連中とルーテシア、アギト。

さすがに犯罪の重要度が高いスカリエッティやウーノ、クアットロなんかは別施設だが、それでも全員、更正を目指す形で……説得している最中ではあるんだが。


……そうそう、中央本部絡みの戦闘で重傷を負ったメンバー……ディエチやノーヴェも、スカリエッティの協力を受けてなんとか回復した。

まぁどっちも心がへし折れる程度には叩きのめされているから、めちゃくちゃ静かだが……。


「……我々が……そんな、堕落した国と……同じだと言うのか……!」

「どこが違うんだ」

「…………」


チンクは何も答えられない。ただ悔しげに歯がみし、打ち震えるだけだった。

聖戦……なんの罪もない、正当な反逆。そういう言い訳で妹達を守れない有様に、思うところは相応にあるようで。


「だから、アタシ達は間違っていたのかよ……」

「あぁ、そうだ。アギト……お前も、ルーテシアも、コイツらも、スカリエッティも……ゼスト・グランガイツの偽物も、間違っていたんだ」

「違う! アタシ達は正義だった! 旦那も偽者なんかじゃねぇ!」

「偽者だ。お前よりそれを知っているレジアス中将が……俺やギンガがそう定めた。
本物のゼスト・グランガイツは、八年前に死んだんだよ」

「黙れぇ! それはお前達に正義がないからだ! それは、お前達が旦那の正義を踏みにじって、笑える悪人だからだ!」


そしてアギトは反省なしか。それがなにを示しているかも、もう気づいているだろうに……。


「旦那には伝えるべき正義が……守られるべき報復があった! なのにそれを、てめぇらが潰した!
それで……それで……名前すら覚える意味がないテロリストだと!?
ふざけるな! アタシらにはみんな、名前がある! 権利がある! なんでそれが虐げられなきゃいけねぇ!」

「だったらお前達が傷つけた奴らは……その家族や仲間は、仕返ししていいんだな」

「黙れと言ったはずだ! アタシ達は」

「……お前達への報復だけが悪になるわけねぇだろうが」


アギトに至極同然の道理を伝えると、奴もまた恐怖し、芝生の上に這いつくばる。


「発言には気をつけておいた方がいいぞ? お前さん方の姿見や存在は、中央本部襲撃のときに露呈しているんだ。
……管理局員っていう“被害者の身内”がちょいとそれを世間にばらせば……お前らはもう、どこの世界でも生きていけない」

「やめて、くれ…………。
罪なら、アタシが背負う……だから、ルールーは……こんな場所から出してやってくれ。
旦那も、悪いことなんざしちゃいない。だから罪人扱いなんてやめてくれ。
旦那は、この世界で……正義を叫んで、貫こうとした本物の騎士なんだ……!」

「駄目だ。お前達は等しく罪を犯した。相応の時間をかけて、償ってもらう」

「頼む! お前に……お前達に人の心があるなら、できるはずだ!
アタシが、この烈火の剣精が罪を背負うって言っているんだ! なんでもする! だから……だからルールーと旦那は!」

「何度も言わせるな。お前らにそんな人の心がないのは、そうやって逃げてきたことからも証明済みだ」

「……なんでだ……こんなに頼んでいるじゃねぇか! この烈火の剣精が、アンタを男と見込んで頼んでいるんだ!」

「…………お前、舐めてんのか?」


さすがに不愉快なので睨むと、アギトが小さな体を震わせる。


「その口で、こっちを悪人だと罵っておきながら……都合が悪くなったら男と見込んで?
そんな奴の頼みなんざ、踏みにじっても心が痛くなるわけねぇだろうが」

「だ、だから……それは……ルールーの、旦那のために……」

「…………アギト、もういい……もう、いいの……」

「頼む、頼む……頼む! ルールーは幸せになる権利があるんだ! 名前を覚える価値もないクズなんかじゃない!
だから、頼む…………頼むから……アタシに、ルールーを……旦那の名誉を守らせてくれぇ!」

「アギト…………」

「旦那の罪もアタシが全部かぶる! だから頼む! 旦那は正しかった! 旦那は偽者なんかじゃない!
その結末が、あんな形であっちゃいけないんだ! だから……だから頼むぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


アギトはこの調子だった。いや、他の誰もが同じか。恐怖していた……怯え、竦み、更正どころかその前段階から躓いている有様だ。

なにせ核爆弾まで持ち出して、それを当然としてきたからな。残念ながらただいいなりになっていたーだけじゃ、購えない部分がある。


「それとはっきり言っておくぞ。お前達に更正プログラムが適応されるかどうかは……相当に微妙だ」

「な……!」

「お前さんの頼みは、そもそも逆ギレなんだよ」


アギトに絶望を……通じない絶望を突きつけるだけと分かっていても、こう告げるしかなかった。それが現実だった。


「三佐の仰る通りだ。特にチンク、アギト……年長者でもある君達に一切反省がないようでは、『彼女達は命令されていただけ』なんて道理は通用しない」

「…………姉はただ、妹達を……家族を、守りたいだけだ。それすら悪にされる苦しみが、貴様らに」

「三佐が言った報復の道理、改めて伝える必要があるか?」

「…………!」

「私らは、許されないの? ただ自由になりたかった……好き勝手がしたかっただけでさ」

「……なんだと」

「だってそうじゃん! 相手は管理局のトップ! そっちが悪いって話でしょ!?
それなのにそれに抵抗した私らだけが悪者で、アギトさんの頼みすら許されないってどうなのさ!」

「そんなの、俺達に関係があるか?」


カルタスの見放すような言葉に、セインが衝撃を受ける。

……その視線には明確な軽蔑が……嫌悪が混じっていたからだ。


「そんなのが、君達の行動で死んでいった人達に……その家族に、友人に、恋人に……仲間に、関係があるのか?
……俺達の誰が、いつ、君達に死ねと……一生苦しめと、こちらから呪うような真似をした」

「だって、それは……今言った通り、トップが」

「俺達はそのトップじゃない。……ほら、いいから答えろ」

「カルタス」

「…………答えろと言っているんだ! この死んで当然のクズどもが!」

「ひ……!」

「カルタス……」


さすがに我慢ならないという様子のカルタスを押さえ、なんとか……あいつらから遠ざける。


「……すみません。ですが……三佐、俺はコイツらに更正プログラムを受けさせることは反対です。少なくとも今生意気な口を叩いてきた奴らは」

「なんで……!? だって、私ら、これしか知らない……どうしようも、なくて……!」

「だから笑いながら、うちのギンガを撃ち抜いたのか」

「だって、あれは任務で!」

「だからお前達の行動で何百人も……何千人も死んで、そのキッカケを作ったお前達が無罪放免になる……なって当然だという“妄想”を聞かされて、笑いながら許せと言うのか」

「だから……私達だって必死だったんだよ! それに、あそこまでしたのはクア姉で、私はそんな」


――そこでカルタスが飛び出し、座り込んでいたセインの顔面を蹴りつける。

セインは鼻から血を流し、頭を地面に打ち付け……。


「セイン! てめぇ、なにを」


更にアギトも蹴り飛ばされた。アギトは血反吐をかき、その体を窓に叩きつけられ……打ち震えながら落下する。


「なにを? なにをなにをなにを……お前らこそ! 一体なにをしたか本気で分かってねぇのかぁ!」

「カルタス!」

「それ以上は駄目だ!」


慌てて俺とチンクが間に入り込んだ。このときだけは……この瞬間だけは、俺達の気持ちは一つになっていた。


「あぁ、ああああ……!?」

「やめてくれ……姉達の言葉が気に触ったのであれば、それは謝罪する! だから暴力だけは」

「それを聖戦とか言って、肯定して振るってきたのはどこの誰だ……それを! 未だに反省もしやがらねぇクズはどこの誰だ!」

「………………」

「いいか! 俺はお前達を絶対に許さない! お前達にやり直す道も与えない!
三佐が奥様を亡くしたとき……スバルやギンガともどもどれだけ傷ついたか見ていたからな!」

「カルタス……もういい」

「同じようにお前達が傷つけた人間は、この世界にごまんと存在している! ゼスト・グランガイツってクズがやらかしたこともそうだ!
そこのくそ赤髪は奴が非武装員を殺すのも、当然だとあざ笑っていた! それが正義だと今なお誇り続けている!
そこの貧乳は、まるで自分達が被害者だと……配慮されて当然だとない胸を張ってやがる! どいつもこいつも、更正なんて許されないクズどもばかりだろうがぁ!」


カルタスは止まらない。長い付き合いがあるから分かる。いろんな姿を見せてきたから分かる。

コイツは俺やギンガ達のために怒りをあらわにしている。俺達がもう怒ることにも疲れ果てているから……そんな俺達の代わりに、刃を振るっている。


……コイツらには、とても残酷な未来が待ち受けているのだと。


「お前達が当然としたんだ! 死ななくていい奴らを……お前達よりずっと生きていなきゃいけない奴らを殺した!それで笑っていたのがお前達だ!
死ねよ……もう全員舌をかみ切って死にやがれ! この生きている価値もないゴミ虫どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「もういい!」


だからもう一度……肩を掴んで、感情をまき散らすカルタスに一喝。


「もういい……それは、俺達の仕事じゃねぇ。お前だって分かっているだろ」

「三佐……!」

「ありがとな。だが、それは駄目なんだ。……それをやっちまったら、俺はクイントに恨まれちまう」

「…………謝りは、しませんから」

「あぁ、それでいい」


カルタスはなんとか落ち着き……それで奴らを見下ろす。

罪の重さを……更正や無罪放免などという夢物語にしがみつき、逃げることしかできない、この無知で無力な子供達を。


「他に、どう言えばいいんですか……」

「…………あぁ」

「それが現実じゃないですか」

「…………分かっているさ」

「この世界のどこにも、コイツらの居場所なんてない――!」

「…………よく、分かっている」


……こりゃ、カルタスに協力してもらうのは無理だな。いや、うちの部隊でも拒否反応がある奴らはいるし、仕方ないんだが。

というか、地上部隊のほとんどか? さすがに核爆弾やら毒ガス攻撃まで仕掛けた奴らの更正とか……無理は言えないさ。


手伝うだけで、そいつらの仲間だと言われかねないのが現実だ。少なくともコイツらには見ての通り、それを後悔して、反省する気概すらないんだ。

コイツら自身も状況が変わりまくって、戸惑っているとはいえ……あんな言いぐさをされたら、本当にどうなってもおかしくない。


「…………だったら、なんで……生かしてんだよ」


そんな暗い未来を感じ取り、呟くのは、俯いたままのノーヴェだった。

……恭文に手も足も出ず潰されたのとか、相当ショックだったのか……ずっとこの調子だ。

しかも生殺与奪の権利すら自分の手にはないと言うんだから、そりゃあ怖いだろうさ。さっきからずっと……一番、がたがた震えてやがる。


「殺せばいいだろ……!? そんなに憎いなら、アタシらのことなんて殺せばいいだろうが! アタシらはそうした! それが間違っていたなんて、今更飲み込めるわけねぇんだ!
だったら殺してくれよ……名前を覚える価値もないって、そう断じる世界でなんて生きていたくないんだ! 殺してくれ……なぁ……なぁ!」

「だったら今すぐに自分で舌を噛み切れ」

「……!」

「カルタス」

「お前の生き方が“それ”だって言うなら、当然のことだ。俺達の手をこれ以上煩わせるな」

「アタシ……アタシ、達は…………」

「お前らはなんで……そんなことすら分かっていないんだ!」


今カルタスがあげたものは、先ほどと違う。怨嗟でもなければ、怒号でもなかった。

ただやりきれない……ただあまりに寂しく、空しいと……。


「あぁあ……!」


ノーヴェはまた泣く。迷って、苦しんで、嘆いて……怖がって。

その様子を見て、俺も冷静じゃないなと、つい頭をかいちまう。


「まぁ、お前さん方に今こういう話をしても……全く発展がないのは仕方ない。本当に何も分からないんだろうからな」

「…………言い訳だって、分かっています」

「ディエチ……!」

「でも……私達みんな、こう言うしか、ないんです……。
チンク姉だって、セインだって、アギトさんだって、怒らせたいわけじゃない。
ただ、本当に……本当に……」


そしてディエチは……再生治療でふさがったばかりの傷を軽く撫でたかと思うと、頭を抱える。

全てを拒絶するように、全てから目を背けるように……そうしなければ死んでしまうと、顔を真っ青にしながら。


「こんなの、どうやって償えばいいか分からない……!」

「だったら今は一つだけ覚えておけ。
……自由には責任が伴うんだ。責任を……対価を伴わない自由も、好き勝手も、この世には存在しない。
そして“分からない”でそれから逃げようとすることは、お前さん方には許されない。それにしちゃあ、血を流しすぎた」

『…………』

「まずは少しずつ考えていけばいい。分からない……それで済ませようとした罪の重さを。その末路を」


姉や妹達と同じように、泣きじゃくるディエチの頭を撫でて……空を見上げる。

隔離施設の外から見える、変わらない青い空を。


(……これでいいよな、クイント)


そりゃあまぁ、俺はスバルほど甘くないし、ほいほいと許せるわけじゃない。だがよぉ、もううんざりなんだよ。

憎んで、追い立て、殺したいほどの激情をぶつけて、それをやり返し、やり返されて……そういうのは、もう終わりにしようや。

スバル達だって、そのために……茨の道で、殺すより残酷だと分かった上で、コイツらを生かして捕まえたんだ。


……大人として、それが正しいものだと……今は、そう信じていたい。




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


クロノ君とお母さん、マリーちゃん……ハラオウン一派とされる陣営は、それはもうばっさり解体の憂き目に遭って。これはもう必要条件と言わんばかりだった。

お母さんもなにも覆せなかったと心が折れちゃっているし……ただ。


「……なんでだよ」


アルフがやりきれないと、そう呟くのも無理はなかった。



「どうして……みんなこれからまた頑張って、信じてもらえるようになる道は、駄目だったのかよ」

「そうはいかないさ。現場サイドの方は、恭文の根回しもあって致命的な処罰は下らなかったが……」

「いや、だからだよ! クロノだってそういう配慮をしただけって話になったんだろ!? だったら」

「だがそれで僕達がノーダメージでは、お偉方やスポンサー諸氏が納得しないし、体裁も悪いだろう。特に……最高評議会やクアットロ達に謀殺された、三提督の一件がな」



退職届を出し、あらかたの後始末も終えて戻ってきたクロノ君は……少し寂しげで、でもさっぱりした顔をしていて。


「捜査活動を……六課の意義を通すために、暴走傾向が見えたお三方に対して、止めることもせず、むしろ追従した。
現場のシャーリーやシャマル達の機転がなければ、なのは達も中央本部襲撃時点で死んでいた可能性が高いんだ」

「だから、責任を取らないと駄目ってことなのかよ……」

「その辺りは三提督に押しつける……という手もなくはなかったが、当人達が相応の“処断”を受けた後ではね。
それに、僕自身今回の件を通じて、ハラオウン一派という派閥については、今の形を散らした方がいいとも思った」

「……まぁ、言いたいことは、アタシでも分かるよ。お母さんなんて特にショックを受けちゃって……」


そこでアルフが脇を見やる。髪を下ろして、呆然としたままのお母さんを……もうすっかり老け込んじゃって。


「このままだと、マジでハニトラとか受けそうだしさ……!」

「……恭文が言っていたという話か」

「それそれ! というかキャロが、もういっそ恭文の彼女にでもしてもらえばーとか言い出して……怖いんだよ……!」

「さすがにアイツをお父さんと呼びたくはない! というか、どうしてそうなった!」

「……キャロ的には、そういう房中術に詳しくて、自分も信頼している恭文くんに籠絡される方がマシ……って考えらしいんだけど、常軌を逸していて理解できない」

「キャロにはフェイトも交えて、きちんと話していくことにする……!」

「「よろしくお願いします」」


一家の大黒柱には、アルフともどもただ平服。というかね、キャロがもう手段を選ばなすぎてほんと怖くて! これでなんとかなるといいなー!


「そうだ……その恭文くんも、処罰的なのは」

「そちらはないが、恭文も“機動六課の一員”という体で相応の痛みを払った。
……なのに、僕やフェイト、母さんが何もしないわけにはいかないさ」

「具体的には?」

「まずは今回得られた賞金の寄付だ。そちらはクロスフォード財団……ヒロリスさんのご実家が運営している災害基金に一億ほど。今回の事件で傷ついた市民へのサポートに使われる予定だ」


管理局にもその手の基金はあるけど……そりゃあ預けられないかー。最大級の不正が発覚したところだもの。


「それで自粛期間を一年ほど……まぁ恭文も大学受験などのイベントが盛りだくさんだし、それに集中する意味もあるがな。
恭文の心情的なことを言えば、今回恭文が取った手は、母さんや最高評議会が去年……GPOに仕掛けたものに近い」

「……そうだ、それもちょっと気になっていたんだよ。事実をしらばっくれるって意味では同じだし」

「もちろんティアナ達には事前に話し、相談した上でのことだが…………大丈夫だろううか。
なにせ話があまりにぶっ飛び過ぎていて、半分も理解していたようには思えなかったんだが」

「そこはフォローしてあげようか……!」

「というかアイツ、やっぱマトモじゃないよな! 鷹山さんと大下さんもそうだったけど、マジであぶない魔導師じゃないか!」

「それでも反省はあるようだよ。……実際彼女達には、手柄が惜しいなら、自分を悪者にしてリコールしてもいいとか言っていたしね」

「……それ、ティアナ達は?」

「半分も理解していなくても、その必要はないと……割と乱暴にたたき込んでいたよ」


あらら……こう、仲良しになっちゃった感じかー。出張の様子を見ていたら、ちょっと嬉しくて……アルフ共々表情が緩む。


「それに……処罰そのものが出ない状況になったことで、見過ごされがちだが……スカリエッティ一味のアジトを制圧し、残る犯人を全て確保した功績もある」

「その分の報奨金も出さないで済む話になっていたから……実質“ペナルティー”になっていると」

「そちらもスカリエッティ一味の犯罪が凶悪なのもあって……その部分だけでも十億近い金が動くはずだった」

「「十億!?」」

「それくらい前代未聞だからね。今回の件は」


クロノ君はソファーに座ったまま、お茶をぐいっと飲み干す。それですぐ、新しいお茶を急須で注いであげて……。


「ありがとう」

「ううん」

「アイツ、ただの嘱託で……この事件だけで、マジでそんだけの額を稼いだのかよ……!」

「六課やGPO……中央に協力してくれた軍事アナリストのチャン・ルーミンさんもそうだったが、外部的な専門家との協力態勢はかなり有効だと証明されたよ。
今後はどこの部隊でも、そういう専門家とのパイプを強くしていくと思う」

「それ、フェイト達局員じゃ駄目なのか? みんなだって滅茶苦茶鍛えたエースだしさ」

「……次元世界における核の実態……その下りがさっぱりだった時点で、限界はあるんだよ」

「……質量兵器撲滅の流れが、そういうものへの対処を遅らせている部分もあるってやつかぁ」


アルフもあの話は衝撃的だったようで、困り気味に呟く。クロノ君はすぐさまアルフに……同じ感想の私に首肯。


「だったら恭文くん、今が稼ぎどきな感じ?」

「……だから体よく自粛という言葉を使ったんだとは思う。
僕が言うと非常にあれだが、それで学業が邪魔されても問題だから」

「アイツ、そこまで考えて立ち回ったのかよ……! つーかそれだけ交渉ができるのに、お母さんやクロノみたいに偉くならないってやっぱ問題じゃないか!?」

「……偉くなることが難しいタイプだろうけどね」

「どうしてだよ。だって、偉い奴らもぎゃふんと言わせられたなら」

「だから……切れ過ぎるんだ」

「ん……!?」

「ようするに、そんなことをしてくるのは組織人として失格……まともじゃないから、怖くて偉くしたくないって話だよ」


お母さんやクロノ君だってやらないだろうと補足したところ、アルフは尻尾を硬直させ、震えながら何度も頷く……。


「そりゃ、そうだよな……つーか今さっきもそういう話を」

「それが持ち味でもあるから、なかなかに困った奴だ。
……ただ、一嘱託でそういう交渉が……話し合いにも加われるというのは、かなりのレアスキルだよ」

「やっぱり先生がいいんだろうねー。こっちの刑事さんから、プロファイリングとかも教わっているって言っていたし。その手の交渉は……やっぱり鷹山さん達?」

「むしろ特車二課第二小隊の後藤喜一隊長だな。その辺りではやり手で、カミソリ後藤とも呼ばれていたそうだから」

「それもやっぱり、“切れ過ぎる”ってやつか?」

「だから昼行灯になったんだ」

……まぁ、救いがあるとすれば、あの子自身それをよく分かっていて……今の立ち位置をあえて選んでいることだけど。ただの嘱託なら、そりゃあ目くじら立てて潰そうとはしないよ。

それゆえにタチが悪いとも言えるけど……きっとこの件、今後もカードの一つにはしていくんだろうなぁ。いや、持っていること自体が一つの保険ではあるんだけどさ。


「な、ならさ……クロノはこれから、どうするんだよ。
恭文はそのまま学業に集中し直して、スバルやティアナ達は局員を続ける方向で考え中なんだろ?
はやて達も局には残るけど、ちょっと面倒そうな感じで……」

「エリオとキャロも、フェイトと改めて相談して決めるそうだ。
……僕ははやて達の処遇が決まって、部隊員達の進路が落ち着くまでは……後見人としても見守るつもりだ。それくらいの猶予は残されている」

「そっか……。でも、そうだよな。普通に部隊で働いているみんなも、いきなり古巣に戻れーとかは難しいだろうし」

「その後始末を終えて、そこからだね。クロノ君が……私達が今後の生活を考えていくのは」

「だがざっとでも方向性を定めておかないと……まぁひとまずは」


クロノ君が見やるのは、可愛い双子の部屋。今はお昼寝中なんだ。


「父親として、カレルとリエラの面倒をちゃんと見ることからだな。今までは君達に頼りっぱなしだったわけだし……少しは頑張らないと」

「うん、それは二人も喜ぶぞー」

「あとは生活の糧……できればこっちで、なにか働き口を見つけたいが。今のミッドはさすがに騒々しい」

「あ、だったら焼きそば屋でも開く!? クロノ君の焼きそば、絶品だしー!」

「……さすがに楽観過ぎないか?」


問題なしと笑って、クロノ君の後ろに回り、軽く両肩を叩く。


「いいのいいの。……きっと、それくらいがちょうどいい」

「……そういうものか」

「ん……」


ひとまず大仕事を終えたクロノ君には、お疲れ様と……お嫁さんとしてめいっぱいサービスしたいと思います。

それでお母さんにも……少しずつで、いいよね。疲れを取りつつ、どこかで誤った道を振り返って、正して……それくらいの時間は、きっとある。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いやぁ……管理局をクビにならずに済むとか、ほんと信じられない結末だよ。いや、むしろ信じたくないと言うべきでしょうかー。

だって、恭文君が相当上を脅したらしくて……中身が、怖くて確認できません。未だにできません。流れから想定はできるけど、それ以上踏み入りたくありません。

正気の沙汰じゃないもの。あの状況でここに持って行くって、もはや悪魔だもの。スカリエッティと恭文君、どっちが凶悪で最悪かって言われたら恭文君だって即答するくらいには悪魔だもの。


しかもこれ、ある意味意趣返しだよね? 去年は黙れーって言われた立場だから、だったらお前達がしらばっくれを実践しろって押しつけているようなものだよね? ほんと執拗すぎて怖い。

……で、その恭文君が見習った後藤隊長も相当だったって言うし……なのはは痛感したよ。まともじゃない役人にはなれないってさ。


(……オーリス三佐の言う通りだったんだね)


あそこで飛び出せなかったのは、子どもで、ただの個人で……そういう好き勝手ができる立場じゃなくなったからで。そういうものを気にする大人になっていたわけで。

もちろんそれでできることをやっていたつもりだけど、なんというか……ううん、それもまた少しずつ考えていこう。なにせ課題はたくさんだ。


なにせ小さな子を……脇でキャラメルミルクを飲むこの子を、しっかり預かって、前に進まなきゃいけないわけで。


「美味いか、ヴィヴィオ」

「うん♪ ……でもあのお船、なんとか壊せそうなの?」

「レジアス中将には、お礼を言っておかないとな。……いろいろ理由をつけてはいたが、お前さんを守るためってのが一番らしいぞ?」

「うん! 絶対、お礼する!」

「ん、そうだね……」


現在私とヴィヴィオは、元々住んでいた本局内部のマンションにいた。六課には出向って形だったから、居場所はそのままにしていたんだ。

それでいろいろ……お引っ越しのため、荷物整理もしている最中で。そんな最中、ヴィータちゃんがアイスを……しかもキャデリーヌを持ってきてくれた。


これ、恭文君達から話を聞いて食べたら、本当に美味しかったんだよね……! もうありがとうだよ、ヴィータちゃん!


「そうそう……うるさくないのは、聖王教会も同じらしいぞ」

「レジアス中将が民衆を味方につけてくれたおかげ?」

「ただまぁ……ヴィヴィオについては、しばらくはミッドから離れた方がいいだろうな。お前も実家通勤は考えておけ」


まぁうちに転送ポートを設置はしているし、そこから本局通いなら通勤時間もゼロ。更にヴィヴィオも魔法社会のごたごたからは離れられるし、いいことずくめだけどさ。

……現に、聖王家の生き残りがいた……それが事件に巻き込まれたというのは、世間にも広まっているわけだし。そこでヴィヴィオが生きていくかどうかは……それを決めるのは、時期尚早だとも思う。


「アタシやはやて達はいろいろ後始末もあるから、付き添えねぇけどよ」

「……はやてちゃん、大丈夫そう?」

「まぁ、大丈夫ではないが……上手くやっていくしかないってところだ」

「そっか」


いや、実はあのドタバタからなかなか顔を合わせるチャンスがなくて……通信はして、いろいろ謝られたんだけどね。

ただ私に謝るなら、やっぱりマリーさん達の方だよ……! もうマリーさん、左遷とか完全にとばっちりだからね!? 本当に可哀想だから!


(…………まぁ、それも違うのかもしれないけど)


マリーさんは別に現場の一スタッフじゃない。十年以上の勤務歴がある、クロノさんやエイミィさん達の後輩で。本局技術部の中では責任のある立場だった。

そういう立場の人が、なぜ人より高い給金や権限をもらっているか。それはこういうとき、責任を取らされる人材でもあるからだ。そうして組織の規律を、制御を示す。

マリーさんはSAWシステムの監査を主導で行っていたわけだし、その分の責任は、どうしても出てくるわけで……だけど、忘れちゃいけない。


これも、なのは達の間違いなんだ。


夢の舞台、組織を変える……みんなで一つの事件を追いかける場所。それぞれ立場や所属が変わって、仕事も違うみんなが、また前みたいに頑張れる場所。それが私達の機動六課だった。

だけど……ううん、だからこそ“仲間以外”の存在や考えを受け入れるような柔らかさが、大きさがなかった。それがいろんなトラブルに繋がっているって、今は思う。

子どもの頃はできたはずのことを、大人が……システムに則ってやろうとすると、こんなにも難しいのかと、滅茶苦茶突きつけられたよ。


……本当に、いろんなことを考え直さなきゃいけないね。局員を続けるなら絶対だ。


「……っと、そうだ」


そこでヴィータちゃんが拍手を叩く。その軽い音で、意識をぱっと現実に引き戻して……。


「その治りかけだが、シグナムも退院の目処がついた……つーか目を覚ましたぞ」

「本当に!?」

「ボルトの野郎が逮捕されたって聞いて、早速リベンジに燃えてやがるよ……!」

「さすがにもっと自分を労ってほしい……!」

「無駄だよ。もう会いに行っているそうだからな」

「にゃにゃあ!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


情けない負け方をして、手錠をかけられた身となった。本当に修行が足りない…………心配事があるとすれば、セッテのことだけだった。

アイツは生真面目がすぎるからなぁ。うまくやっているといいんだが。それでまぁ、裁判だなんだといろいろ話が出たところ…………意外な奴が面会にきた。


そいつはあっちこっち包帯だらけで、俺が潰した目に眼帯をかけ……静かに、目の前のデスクに座る。


「これはこれは……悪いが再戦ならなしだ。こういう状況でな」

「……そこまで空気が読めない女に見えるか?」

「こんな生き方をしている以上、それなりに覚悟はあるって話だ」

「そうか……」


その女……シグナムはYシャツにシンプルなスカートという出で立ちで、大きく息を吐く。


「テスタロッサは強かっただろう」

「あぁ。欲を言えば、もうちょっとまともにやり合いたかった」

「ならよかった。アイツも今度は模擬戦で、一体一で戦いたがっている」

「本当に、俺に更正しろと?」

「…………私はあのとき問いかけたな。なぜスカリエッティについているのかと」

「……あぁ」


どうやらその答えを、アイツは持ってきたらしい。シグナムは静かに、片方だけの眼光で俺を射貫く。


「スカリエッティの人柄や言動、行動を……目を覚ましてから、改めて聞いてな。
……お前は、アイツが家族を守ろうとしていたから……それを放っておけなかったのか?」

「…………」

「少なくとも正規の大悪党……マッドサイエンティストという印象は薄れたよ。あれは、紛れもなく父親だった」

「……いいや。父親になろうと……なりたがっていた男さ」

「そうか……」


それが必死に、悪党を張ろうとしていたから……もう笑ったもんさ。だがな、筋を見つけた。

この世の全てが信じられない中でも、それでもと思って、手を伸ばす筋を……そうしたらまぁ、自然と負けを認めてしまったわけだ。


……その結果がこのざまだから、もう笑うしかない。童子切にも悪いことをした。


「というか、恥ずかしい話をさせるなよ。これで雪辱が果たされるとでも?」

「そのつもりはない。……今回のこと、お前はあくまでも雇われ者として関わったにすぎない。
更正の意志があるのなら、相応の目は光ることになるが……その力を、その矛先を、改めてどう振るうか考えることはできる」

「管理局のために、正義のために戦えとは言わないのか」

「お前は自分で定め、貫ける男だ」

「……」

「そうそう……お前が面倒を見ていたセッテという少女だが、こちらも比較的処置が軽い隔離施設に移送されている。ディードやオットー、ウェンディ達と一緒にな」

「アイツは、どうだ」

「悔いて、強くなろうとあがいているよ。世界を知り、人を知り……その上で自分の生き方を定めようとしている」


……そうかとも言えず、ただ胸に……すとんと何かが落ちるような感触が生まれた。

自分でもそれが不思議になっていると、シグナムはすっと立ち上がる。


「お前との模擬戦では負けてばかりだったから、いつか勝てるようにとも言っていたな。
それでお前がこのまま牢屋に引きこもれば、さぞかし嘆くことだろう。なにせ目標が一つ消えるんだ」

「……お前さん、見かけによらず狸だな」

「その目標は私にも言えることだ」

「今度は届かせる……か」

「あぁ。必ずな」


シグナムは振り返りもせず、そのまま部屋から出て行った。

一応監視役の局員もいるが、それでもひとりぼっちの気分をかみしめ……静かに息を吐く。


「…………仕方ない。負けたのは俺だ」


それに俺も、まだ……恭文とは決着をつけていない。さすがにあんな殺し合いは駄目だろうが、それでも、な。


「なぁ、アンタ」

「どうした」

「そう警戒するなよ。ちょっと質問があるだけだ。……あぁ、上には通してもらっていい。返答はできるだけ早くしてほしいが」

「……言ってみろ」

「俺も、更正プログラムってやつは受けられるかね」


なにより、見てみたくなってしまった。アイツがどう俺に届かせるのか……届かなかったアイツへ、俺がどう届かせるのか。

だが勘違いはしないでほしい。俺がやっぱり人斬りなのは変わらない。

だが、それに甘え、殺さずに制するという戦いで……その枷を崩せず、負けたのも確かだった。


……そうだ。俺はそこで、自分の限界を見つけたんだ。正義云々の前に、俺の弱さを……改善すべき壁を見つけたんだ。

そこから逃げたくはない。まず俺は、その壁を越える。その先の景色を見て……そして、もう一度。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――――また、すさまじい喧嘩になるのかなぁ」

「お前を見習ってんだ。笑って許してやれ」

「そこは止めよう!? というか、なのははさすがにあのレベルは…………あったけどぉ!」

「ママァ……」


あ、ヴィヴィオ……やめて! そんな目をしないで! なのはにその視線は効く! 過去の私を思い出してさいなまれる!


「で、お前個人としてはどうなるんだ」


……でも、そんな場合じゃなかった。

ヴィータちゃんは食器類をさっと詰め合わせ、ガムテープを貼って……ちらりとこっちを見てきて。


「ん……ヴィヴィオとも改めて話したんだ」


だからヴィヴィオを軽く抱き寄せ、ちゃんと決めたよーっと……揃って笑顔。


「私はやっぱりヴィヴィオのママになりたいし、ヴィヴィオはどうかって」

「ヴィヴィオも、なのはママが……やっぱり本当のママならいいなーって」

「……そっか。なら、ここからが本当の勝負だな」

「勝負?」

「あ、うん……」


うん、分かっているよ。それは……それは凄く……だからつい、胸に手を当て、詫びるように蹲る


「実家との話し合い……!」

「あ、そっかー。なのはママのママや、パパ……お姉ちゃんともお話しないとって」

「そうそう! まずそこだよ、ヴィヴィオ! ゆりかごの前にそこ!」

「うん!」

「本当にしっかりやろうな……! 特になのは、お前なんだよ!
合コンのあれでいろんなものを損ねてんだからな!」


――第57話


「やめてー! またナイトメア見ちゃうからー!」

「おうおう見ろ見ろ! アタシなんてあの馬鹿に核ミサイル解体を任せた悪夢で、ここ最近寝不足だからな!」

「それもやめてー! なのはもちょいちょい思い出して、吐きそうになるのー!」

「なのはママ、副隊長も、よしよし……」


『空はいつでも青く/PART2』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


目が覚めたときに見えたのは、見慣れない天井…………テンプレですか?

それと同時に、痛みを伴う倦怠感が嫌ってほどのしかかっていた。ひとまず人生を纏めた走馬燈……その上映劇場からは、その先の世界からは、叩き出されたことだけは分かった。

まだまだ起き上がるのも辛いところだけど、それも昏睡状態が続いていたせいらしい。しばらくは体力を戻すリハビリから…………あとは戦闘も少し頑張らなくては。


そんな反省を何度も繰り返していたところで、お見舞いの方々がやってきた。私の残した情報も使い、事態を解決してくれたあの子達が。


「――まぁ障害も残りそうもないらしいし、一安心ってところかな」

「ご心配をおかけしました。……大体の状況は、風見鶏さんとソラくんから聞きましたよ。
身銭を切って、いろいろと守ってくれていたそうで」

「これで死なれても困るしね。寝覚めが悪すぎる」

「感謝しています。これはお嫁さんにならなくてはいけないのではと思う程度に」

「さすがにそれはないよ!?」

「そうなのですよ! というか、恭文さんにはリインがいるのですよ!」


まぁ軽いジョークを飛ばせる程度には、回復している……そんなアピールも交えながら、軽く笑っていた。笑えていた。

まだいつもの調子に戻るには、時間がかかりそうだけど……それでも、私は前を見られていた。


「でさぁ、メリル……おのれはどこまで探りを入れていたわけ?」

「……サリエルさん達が潰してくれた、彼らの公然企業……エアリス・ターミナルの背後関係を調べ始めた辺りでした。
登記所や役所の資料を見て疑問だったのは、そのスポンサー……最高評議会だったわけですが、彼らへの見返りというか、利益の還元が一切なかったことです。それは同様の協力企業に回されるだけだった。
その時点でそういう不正な利益を得ることやら、それによる権力拡大が目的ではないと気づきました。
……そもそもそんなものを目的にするような、半端な小悪党ではないと。なら一体何が目的で、この事件とどう絡むのか……その辺りをまた深く探ろうとしたら……間抜けな話です」

「でもまぁ、そういうやばい空気は感じていたんでしょ? だから僕とギンガさんに資料を残した」

「打算でしたけど」

「それでもそうしてくれて助かったよ。あの資料が……おのれが謀殺されたという疑いがなかったら、中央にもSAWシステム導入の流れが押しつけられて、本当にとんでもないことになっていた」

「なら柔肌に傷を残したことにも、意味があるんですね」


ミゼット提督達は、切り札としてグイグイと押しつけていたようだし……そうそう、それも一つ気になっていた。


「そういえば……これも風見鶏さんから聞いたんですけど、あなた方の無茶苦茶に対する処分、そもそもその謂われがないという形になったそうですね」

「管理局の威信が地に落ちて、“こういう事件”が連発するよりマシだもの」

「……それで、ミゼット提督達への責任についても言及しまくったとか」

「実際SAWシステム導入もだけど、六課への恣意的支援は大きな問題だもの。はやても身内の三人に顔を立てて、そこを認めちゃった流れだしね」

≪まぁ死者にむち打つようで申し訳ないですけど、そのツケは自分達で払ってもらうのが正解かと≫

「ひどい人達ですねぇ……」


ようは六課の裏後見人……その三人がやらかして、現場が煽りを食らった。自分達は被害者でもあると宣ったわけだ。八神部隊長も六課の裏事情が絡み、逆らうことができなかった。

そうして彼らもまた、最高評議会と同じく悪と定められ、裁かれる。恐らく管理局は、その勤務態勢から大きく見直しを迫られることだろう。

一極化した家族的……恣意的権威と、それが存在する脅威。それから振るわれる暴力的な圧力。そういうものを悪と戒めるために。


彼らを生けにえ同然に、生きている我々は……組織は、なんとか体裁を取り繕い、世界がばらばらにならないための重しとなる。

事件は解決したけど、私達管理局員にとっては……なかなかに苦い結末です。去年に続いてコレですから、さすがに改善しないと次はないでしょう。


「で、おのれはそんな状況で、また頑張っていく感じ?」

「えぇ」


彼の……心配も交えた問いかけには、即答できてしまった。

考えるまでもないと、それでも変わらないと、笑って……胸を張って、堂々とこの道を誇れた。


「私もあなたと同じです。この仕事にハマって……やめられそうもない」

「……だったら注意はもっと働かせるんだね。今度は運良くとはいかないかもしれない」

「というか、運任せは一番危ないのですよ? はやてちゃん達も証明しているのです」

「えぇ。肝に銘じます」


それは大丈夫……それは、改善していくと頷くと、彼らは満足した様子で立ち上がる。


「じゃあメリル、僕はしばらくミッドには来られないけど……養生してね」

「風見鶏さん達もしばらくはついてくれるそうなので、しっかりリハビリしますよ。ご心配なく」

「そりゃよかった。……しかし、そこまで頼んだかなぁ……」

≪ソラくんにでも懐かれましたか?≫

「どうでしょう」


彼らを見送ってから、病室から見える空を……事件を受けても、変わらず輝く空を見上げる。

……もっと強くなろう。もっとしたたかになろう。私の道を、私の正義を貫くために。

私の手が届く範囲で、私の願いを、思いを背負い、その責任が取れる範囲で。


それが、私がこの事件で得た教訓の一つだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――首都クラナガンから二〇キロほど離れた地方。その中でも都市部から外れたエリアには、真っ青な空だけが広がる……穏やかな墓地があった。

そんな中、真新しい墓が一つ。この状況で、よくもまぁ……いや、あれからひと月も経っているから、それも当然と言えるけど。

メリルのお見舞いを終えた足で向かったのは、そんな墓石。そこに花を添えて、静かに手を合わせる。


――レオーネ・フィルス――

「レオーネさん、決着は付きましたよ。……で、悪いけどアンタはミゼットさんやラルゴさんともども、悪党として名を刻んでもらう。
そうしなきゃアンタ達の割を食う形で、今生きている人間が……ただ真っ当に、組織を信じて頑張ってきた人間達が傷つくんだ」

≪まぁ上手くレジアス中将や私達も諫めて、一丸になって……という考えは理解できるんですけどね?
でも、それをやるにしてはあまりに稚拙すぎた。そこのところは反省してもらえると助かります≫


墓参りに来て、死者にむち打つようなことを言うのもどうだろうなぁ……なんて思いながらも苦笑。

……それで。


「だから、今更恨み辛みをはき出すとかやめてくださいよ? 先生」

「……さすがにそんなことはせんわ」


青い着流しで、僕の後ろから……脇にしゃがみ、手を合わせるご老体。いや、そう言うのも失礼な覇気と強さなんだけど。


≪なの……!? え、主様! お姉様も、もしかして≫

≪えぇ。グランド・マスター……ヘイハチ・トウゴウですよ≫

「ふぉふぉ……なんじゃアルト、デバイスハーレムをついに認めたんか?」

≪いや、ジガンは舎弟ですから≫

≪なの!? 姉妹じゃなかったの!?≫


あー、よしよし……軽くショックなのね。大丈夫だよ、ジガン。アルトには後でちゃんと言っておくから。


「まぁでも、お前さんも随分無茶をやらかしたのう。核ミサイルをぶった切るとか……眼を開いたとしても無茶じゃろ」

「みんなの助けがあればこそですよ。さすがに一人とか、無理だった……うえぇぇ…………」

「吐くでない……! というか、墓にモザイクがかかるとか嫌じゃからな!?」


あの衝撃を思い出しながらも、なんとか立ち上がり……先生もそれに続く。ただ一輪……青く美しい、名もなき花を添えて。


「……ミゼットちゃん達には、ちょくちょく言うてたんじゃがのう。相談役も三年くらいでお暇した方がえぇと」

「それ、最高評議会にも言っておいてほしかったですよ」

「わし、そこまで偉くなれんかったし……」

「でしたね」

「まぁじゃが、わしも、お前も、他人事ではないぞ。相応に世界を動かすような“なにか”を果たしたなら、尾ひれは付く……それがままならない波を生み出す」

「そこはしっかり自制していきますよ。……TrySailさんのライブに行くことで! 久々の生な雨宮天さん……歌! すっごく楽しみー♪」

「……お前さん、よくそのテンションではしゃげるな! わし、今ちょっとブロウクンハートなんじゃけど!」


だってだってー! やっぱり奇麗だしー! 歌声がすっごく素敵だしー! でも庶民的で江戸っ子気質というか、親しみやすくて竹を割ったような感じもキュートだしー♪


「舞宙さんの単独ライブももうすぐだし……滅茶苦茶楽しむぞー! あ、もちろん文化祭や修学旅行も!」

「修学旅行は、やめておけ」

「なんでですか!」

「絶対殺人事件が起こるじゃろ……」

「起きませんよ! 僕を死に神みたいに言うのはやめてください!」

「だって、今年も頭も……地酒を探しに行ったら、巻き込まれたんじゃろ?
それに雛見沢とか、ヴェートルの一件も……今回かて短期留学とか考えたら」

「哀れむなぁ! つーか涙目になるなぁ!」


そうだよ、僕は死に神じゃないし! 僕が行く先で、馬鹿な奴らが馬鹿なことを馬鹿みたいに起こしているだけだし! 僕は完全に被害者なんだよ!


「……まぁ、元気そう……というか、きちんと身の振り方を考えているのは、安心したがのう」


すると先生は表情を緩め、快活に笑う。それで改めて、あの墓石を……レオーネさんが死んだ証明書を見やる。

レオーネさんは派手に爆死した関係で、実は骨すら残っていない。この墓は、中身が空なんだ。それは運転手を務めていた付き添いも同じ。

ただレオーネさんが……一人の人間が亡くなった。そう証明するためだけに、遺族や関係者の気持ちに区切りをつけるためだけに、ここにある。


それはこれから建てられるであろうミゼットさんや、ラルゴさんの墓も同じ。二人の遺体もゴミ焼却場で燃やされたから……もう入れるものが見つけられる状態じゃない。

それでも……それでも先生は、何かを刻むように、その墓石を見続けていて。


「そりゃ考えますよ。……後藤さんや野明さん達から託されたものも……これまで繋がってきたみんなと描いているものも、たくさんありますから。
もちろんこれから出会っていく誰かからも、きっと託して、託されて……繋がって……まだまだ楽しいことがたくさんある」

「うん、それでえぇ」

「じゃあ先生、僕達はこれで」

「なんじゃ。飯にも誘ってくれないんか? 冷たい弟子じゃのう……」

「誘ったら、来てくれるんですか?」


さすがにそこが分からないほど、愚鈍なつもりはない。それで弟子を名乗るつもりもない。

先生は少し悲しげに笑い……こっちを見て、そんな気分じゃないと首を振る。


「すまんのう。じゃが……わしもまた一人になって、ぶらっとしたい気分なんじゃよ」

「なら、これだけ……」


懐からどこからともなく取り出すのは、琥珀色の酒瓶……それが入った木箱。

銘酒≪魔王≫――この吟醸酒は、とある生産地世界で造られたオーバーSクラスなお酒。もう滅茶苦茶美味しいのよ。

下戸だろうと飲み干せるほどの柔らかい口当たり……しかししっかりとした素材の旨みを感じ取れるふくよかな味わいには、ファンも多い。


クオリティにこだわった少数生産で、入手もかなり難しいんだけど……誕生日プレゼント用と、自分用に二本予約して、最近ゲットできたんだ。

だから、今渡すのはそのうちの一本。僕用に……土産代わりに持ってきたものだけど、別にいいや。


「おぉ! 魔王ではないか! え、いいのか!? 後で金とか請求せんよな!」

「しませんって……。ネットオークションに流したら、殺しますけど」

「あほか! そんなはした金いらんわ! 今すぐ封を開けて飲むわ! これで飲み会じゃー!」

「ほどほどにしてくださいね? ここ、墓地なんですから」

「おう! じゃあ、またのうー! 近々挨拶には行くからのう!」

≪えぇ、待っていますよ≫


そうして僕達は、先生を置いてまた歩き出す。空を……変わらずに青く染まり続ける空を見上げながら。

でも、この空とも……二つの月ともしばらくはお別れ。僕もまた戦う場所があるから。

……僕は結局一人の人間で、できることには限界もあって……そう戒めるけど、それで止まることはしない。


≪……大丈夫ですか?≫

「うん。舞宙さんと……ショウタロス達と約束したもの」


手を伸ばす……空になんて届かない小さな腕と手だけど、それでも伸ばす。


「僕はやっぱり、“これだけ”だ」

≪主様……≫

≪でも、そこが大事です。強すぎる思いも、腕の長さを無視した伸ばし方も、破綻をもたらすんですから≫

「そうだね」


最高評議会は、自分の腕がどこまでも延びるものと疑わず、そのための力を貪欲に集め……その理念から歪み、壊れていった。

ミゼットさん達も、自分達ならばと驕り、手の長さを見誤って、信頼していた組織から切り捨てられる形で死んでいった。

はやても、マリエルさんも、クロノさんやシャッハさんも……自分達が届かせられる範囲を伸ばそうとして、結果そのしっぺ返しを受けた。


レジアス中将やオーリス三佐達は……ぎりぎりで、そういう間違いに気づいて止まれたってところかな。

それで僕も大して変わらない。なんだかなんだで今回は、ちょっと無理をしすぎたと思う。だから反省して、改めて腕の長さを刻み込む。

その上でできることを……できる戦いを考え、実践していく。そうしてもっともっと……目指した勇気の形に近づいていく。


だって、もう……三人とはずっと一緒なんだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……恭文の奴……わしが出てくるのも察して、さりげなく用意しておっただろう。いや、さすがにそれはないか? これ予約したら配送まで一年先とかじゃし。

まぁとにかく、常備している使い古したぐい飲みに……とぽとぽと波打つ旨みを注ぐ。で、それから墓石の頭からも、同じだけの旨みをかけてやる。

それからまた腰を落ち着け、行儀が悪いがあぐらをかいて……一人ぐい飲みを軽くあげて、乾杯。そうしてまずは一口…………うん……うん……。


「……つまみはこの青空くらいじゃが、それだけで酒が美味い。わしはやっぱりこういう暮らしが性に合っているみたいじゃよ、レオーネ……ラルゴ、ミゼットちゃん」


ゴミのように捨てられた友の名を呟き、評判通りの……心まで温かくなる味に酔いしれ、ぐい飲みをもう一回煽る。


「お前さん方がやりたかったことは分かる。最高評議会がやりたかったことも分かる。わしも“そう思いたくなる程度の地獄”は見てきた一人じゃからな。
じゃがな、空に雲が流れるように……水が流れるように……時代も変わる。わしら年寄りは、へたをすればそれを止め、淀ませる堰となる。
……恭文とアルトが去年寄った雛見沢という村の話……それを聞いて、わしは運がよかったんだなぁと……最近よく思うんじゃよ」


そこの村も、年寄り連中が無茶をして……その煽りを、それが生み出した疑心暗鬼を払えず、苦労していたそうじゃ。それも村のトラブルとは無縁の、小さな子ども達を傷つける形で。

それをそんな状況にした年寄り連中が、誰一人払えんというのが……もう情けない話じゃが、今回のことを考えれば、その意味も分かる。

……しがみついてしまうんじゃよ。まだやれる、まだ頑張れる、まだやりたいことがあるからと……そうして新しい芽を、新しい流れを知らず知らずに踏みつぶす。


なんてことはない。今回のことは、誰にでもあることじゃよ。村か管理局か……はたまた一家庭や職場のドタバタか。それだけの違いじゃ。

そういう意味では定年って大事なんじゃなぁ。なのに、誰じゃよ。生涯現役とか言って、その定年後も働かせようとする奴は。区切りよく身を引いたんじゃから、そのまま休ませればいいというのに。


「……すまんのう」


そんな声を否定できず、相談役を続けていた三人に……友達に、一人、呟くように詫びる。


「強引にでも引っ張ればよかったわい。もうわしらは時代を作る側ではなく、見守る側でもなく、誰かに託し、その誰かが作る世界の一部として生きて、そして死ぬ側じゃと……言うべきじゃった。
わしらだけじゃない。恭文も、はやてちゃんも、なのはちゃんやフェイトちゃん達も……いずれそういう側に回る。そうして流れは生まれるんじゃ。それは止めてはいけない」


……一杯だけで済ませるつもりだったが、足りそうもない。もう一杯だけ……そう、もう一杯だけだと、ぐい飲みに魔王の……柔らかな流れを注ぎ込む。


「わしはそうしていく。まぁやりたいことはまだあるから、まだまだ死ぬつもりもないが……だからこそじゃよ」


あと二人と、酒を酌み交わさなくてはいけない。ここで飲み干してしまっては、それができなくなるやもしれん。

じゃから、あと一杯だけじゃ。変わらないようで、変わっていく空の景色をつまみに……その名残惜しさにどうさよならを告げるべきか、そればかりを考え始めていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ゆりかご破砕というケジメは、それをよしとする声は、世界へと一気に広がった。

本局はまだ討議中のことで、結論が出ていないことと慌てて発表したけど、そもそも討議するようなことなのかと、更に批判を受けていた。

それについては聖王教会も変わらない。どうしても関連づけちゃうんだよね。


……レジアス中将は、ここで本局に釘を刺した。最高評議会に属する者達へ、更なる攻撃を仕掛けたんだ。

世論を味方に取れば、権力は下手な手出しなどできない。当然この件でレジアス中将を処罰しても、本局は大ダメージを食らうだろう。ミゼット提督がやらかした検閲的拘束もあるしね。

そして今の本局には、この世論を変えるだけの力が存在しない。じゃあ壊す以外にどうするんだと……そもそもゆりかごの存在を、この状況で隠していたことそのものにも批判が向いている。


風は一方にしか流れない。レジアス中将が巻き起こした風は、本局を更に叩く向かい風。これに抗うなら、レジアス中将が犯罪者だったとでも言うしかないけど……それも無理だしねぇ。

で……カリムはその処置に追われることもなく、やきもきしていた。そんな中、ケーキを片手にちょっと遊びにきていて。

まぁまだまだ病み上がり名せいもあるんだけどさ。それだけじゃあないのが辛い。


「……完全に、蚊帳の外という感じよ。私は関わらせられないと」

「まぁ六課の絡みもあるしね。というか、カリムに無茶を押しつけると怪我に差し障りかねないし……」


……そこで右側を見やる。車いすに乗り、苦い表情を浮かべていたシャッハを……。


「シャッハもまた暴走する」

「私は、暴走などした覚えは、ありません……! ただ信頼を……騎士カリムやはやてさん達、ミゼット提督達への誠意を、敬意を持ってほしいと」

「その結果、SAWシステム導入が加速し、そのリスクが顕在化した。
今も本局武装局員の大半が今も停止状態。各世界の治安維持などは、完全に各地上本部に預ける形となった」

「ですがそれは、敵が卑怯な罠を仕掛けたからでしょう!」

「その罠に自ら引っかかれと、せっついた騎士が君だ」

「………………」


そう……シャッハも最近目が覚めた。本当に、なんとか一命を取り留めてね。

ただ肉体の損傷があまりに激しすぎたせいで、もう魔導師として戦える体じゃない。再生治療込みでもそれは変わらなかった。

つまりシャッハは、魔導師としての未来を奪われたんだ。今回の件に関わったことで……僕達や彼らの尻ぬぐいを自ら買って出たことで。


それでも“これ”だから、本当に強情だ。今も納得しきれず、拳を握りしめているしさ。


「……ロッサ、それなら本局は……SAWシステムのナノマシン抜き出しとかは」

「もちろん進めてはいるけど、数が数な上、身体にも負担をかけることだ。システムと繋がった機材やネットワークの洗浄作業≪ロンダリング≫も残っているし、向こう半年はこのままだよ」

「でも、スカリエッティや最高評議会は逮捕できたでしょう? 例のフェブルオーコードにかかった人達も確保して、洗脳の解除作業も進めていて……それなら」

「システムにきちんと解明できていない部分があって、何らかの形でそれが発動する……その可能性があってもかい?」

「……そうよね。結局マリエル技官や監査関係者も、その点から降格と左遷が決定したそうだし」

「もちろんシステムの情報がどこかの犯罪組織に流れていて、いざというときは……なんて流れも考えられる。
なんにせよ、SAWシステムは完全に破棄するしかないね」


時間はかかるけど、その周り道こそが一番の近道。そう割り切りながら、お茶を静かに飲む。……うん、さすがはカリム。いいダージリンだ。


「今のまま押し通すことは、市民もそうだけど……システムの掌握により殺された武装局員の家族や仲間も黙っちゃいないよ」

「結果、本局の権限は更に小さくなる……」

「Sealing.actVの調印式も、今回の件を受けて延期。その項目も練り直しとなったしね……。
ヴェートルやパーペチュアルなどの現地政府とも、今とは違う形で折り合い、世界を結んでいく……そんなやり方を見つけていく必要があるんだよ」

「…………我々は、どうすればよかったのですか」

「シャッハ」

「六課は、はやてさん達は、嘘を吐いたつもりなどなかった。私とて同じです。
なのにその全てが、嘘だと……悪だと断じられ、リンディ提督もあのような有様に……!」

「それが、まともじゃないという自覚を持たなかったこと。それが悪だったんだよ」


もう一口お茶をいただきながら、思い出すのは……恭文の言っていたこと。カリムも思い当たり、苦い顔をしていた。


「まともじゃない役人には……だったわね」

「確かに一時の嵐をしのぐだけのヒーローなら、それでもいい。
だけど、はやても、ミゼット提督達も、その上で“その後の未来”を作ろうとしていた。僕達もそれをよしとした。
そこで求められるのは、機動六課を作ったような裏技や、恭文やスバル達がよしとした暴走じゃない……そこは、僕も荷担していたけどね?」


人ごとじゃあないと笑って、自分にも突きつけた上で……迷えるシャッハを見やる。


「どんなに地味でも、どんなに目立たなくても、一つ一つ積み上げていく“まともなやり方“なんだ。
手が届く範囲にも、取れる責任にも限界があって……それでもできることをと、厳しい現実と向き合っていく覚悟なんだ」

「ヒーローには、そのやり方ができないと言うのですか!? そんなことはありません! みなさんならばできます! 私もそれを支える覚悟はありました!」

「だったらどうして君は、あの最終決戦の場にいなかったのかな」

「それは!」

「僕は査察官として、管理局員としてあの場にいた。ティアナや他のみんなだって同じだ。恭文も機動六課部隊員として仕事を果たすためにいた。
……だったら君は……君の意志が本物だというのなら、なぜあの場に、君はいなかったんだい?」

「……」


シャッハは涙をこぼし、震えた両手で顔を覆う。自分は間違っていたのかと……全ては妄想だったのかと、肩を振るわせ泣き続ける。


「ロッサ……それはあんまりにも」

「でも事実だ。……はやてがいなかったのも、カリムがなにもできなかったのも、そういうことなんだよ」

「私達はまともにも、まともじゃない何かにも……なれなかった」

「まずはそこから考えないといけないね。……とても重たい宿題だ」


まともな誰かが、そんな誰かが力を重ねて守る毎日が、それを続けていくことが一番凄いことだ。

僕達はそんな無慈悲な現実と、どう向き合っていくか……どう関わって、力を尽くしていくか、考え直さなきゃいけない。

レジアス中将とオーリス三佐も、そのために辞職を選んだ。パノプティコンプロジェクトについても、間違いだったと認め、破棄した。


恭文もスバル達への処罰を潰すため、それなりに暴れたけど……同じだけの対価を払うことにした。

だったら僕達は……まだ道は見えない。いつも進んでいた道のはずなのに、それが正しかったのかと怖くて、足が竦む。


でもそれでいい。そうやって臆病に問いかけながら進めばきっと……これまで気づかなかったことだって、見えてくるはずだ。


(第58話へ続く)







あとがき

恭文「というわけで、まだまだ続くエピローグ……ひとまず平穏は戻りつつあるけど、それでも超えるべき課題はたくさん。
特にナンバーズ組は、このまま簡単に更正という話でもなくなって……」

あむ「まぁ、あれだけやらかして……それを当然にしちゃえばなぁ」


(そして局員サイドからは完全に目の敵)


恭文「薄い本も厚くなろうというものだ」

あむ「この馬鹿! そういうの駄目じゃん!」

恭文「だがディードは許さない……絶対にだ」

あむ「それも駄目だからね!? みんな同じだよ! そこは変えちゃ駄目だよ!」

いちご「……蒼凪には説教が必要だ」


(神刀お姉さん、さすがに見かねてひょっこり登場)


いちご「私の彼氏にもなってくれないしさぁ」

恭文「それは断り続けていますよね! というか、才華さんに偏愛を向けられたくないがためはおかしいですから!」

あむ「え、なんか仲悪いの!?」

いちご「悪くはないよ? ただ……嫁を狙う勢いは、やめてほしいなぁっと」

あむ「あ、なんか覚えがある……!」

恭文「おのれはりまもいるからねぇ」


(『あむ、大丈夫……全てを受け入れて?』)


恭文「でもいちごさんはまだいいじゃないですか。こう、もっと重たい相手もいるんですよ……世の中には」

いちご「それは、恭文くんが悪いんだよ?」

あむ「そうじゃん……。卯月さんとか、タマモさんとかはもう、仕方ないって」

恭文「シャラァップ!」

いちご「今年も終わりだし……サイちゃんももう二十代だしさぁ。そろそろ結婚とかしてもいいと思うんだよ」

恭文「……僕、才華さんに一度人を紹介したことありますよ? 忍者の向井さん」

いちご「でも駄目だったじゃん」

恭文「ですねぇ……」

あむ「アンタ、なんで声優さんに男の人を紹介しているの!?」

恭文「かざねと出会う前……養成所への潜入前に、舞宙さん達やサウンドラインの人達に協力してもらって、アフレコとか練習したから」

あむ「それで報酬代わりに紹介したの!? 馬鹿じゃん!」

いちご「でも駄目だったんだよ……。お互い仕事が違うのもあって、これがなかなか」

あむ「いや、いちごさんも止めようよ!」

いちご「それでサイちゃんが、厄介から脱却してくれるならいいんだよ」

あむ「どんだけ面倒に思っているの!?」


(ボディタッチは序の口。愛情表現を求めるし、一挙手一投足に注目しまくるし、とにかく懐きまくりだそうです。
本日のED:美郷あき『君が空だった』)


才華「……いや、友達ではあるよ!? ただ、お付き合いな感じにはならなかっただけで!
というかさ……こう、だったらやっくんかなぁっと。ほら、まいさんやいちさんともどもハーレムなら、わたしはものすごく……こうね! 分かるでしょ!? いいよね、いいよね! まさしく家族だよ!」

いちご「…………また気持ち悪い」

才華「なんでー!?」

恭文「というか、僕もお断りですよ! そういうのは駄目です! ちゃんとこう、気持ちがあって……ね!?」

いちご「そうだよ。だから私は恭文くんとお付き合いしているし」

恭文「それはお付き合いじゃない! 僕、完全に盾扱いじゃないですか!」

いちご「でもほら、うちの両親はもうそういう認識だし」

恭文「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

舞宙「恭文君、それ……あれじゃない? 一度いちさんの帰郷に付き合ったから」

フェイト「そうなの!? あの、それなら話! 話だよ!」

恭文「おのれはその前に反省をしようか! また大掃除中に、うちの太陽炉をトランザムさせて……どうするの!? この状況で電化製品一切使えないって!」

フェイト「ふぇ……ご、ごめんなさいー!」


(おしまい)




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