小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第29話 『Wの世界/Iに包まれて 揺れる志』
恭文(OOO)「前回のディケイドクロスは」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
フィアッセさん達の危険だってあるのに、どうしてヤスフミは頑張ろうとしないんだろう。うん、頑張ってないよ。
もう全部のカードも元に戻ってるんだから、こんな事する必要ない。みんなに協力させて、早くミッドへ戻るんだ。
私は荒く息を吐きながら踊るのをやめて、向こうのヤスフミにお願いを。
「はいそこっ! しっかり踊ってっ!」
「は、はいっ!」
なのにタイミングを見計らったかのような駄目だしで、それが止められてしまう。
「あ、あの……私達は早く元の世界にっ!」
「足が伸びてないっ!」
「はいー!」
「そもそもあなたにできる事は、ほとんどないでしょっ!? 余計な事して、みんなに迷惑をかけないっ!」
なんで知ってるのっ!? そこは納得できずに足を……止められないー! 無理ー! 鬼軍曹の視線だけで身体が動くー!
「というか、良い年した大人ができる事とできない事の見境もつかないって、駄目じゃないですかっ!
自己満足の努力で迷惑かける前に、できない事と向き合って自分を変えるっ! それが基本ですっ!
ここはできる人を信じて頼って、どっしり腰を構えるっ! それもひとつの対処法ですっ!」
「で、でも私達のせか」
「あなた達にそんな事を言う権利はありませんっ! 手をもっとびしっと動かすっ!」
「はいー!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
恭文(OOO)「というわけで、腑抜けた根性を叩き直すために鬼軍曹が頑張ります」
律子「誰が鬼よっ! ……でもどうしてああなるの? なんか話を聞いてると、行ったり来たりみたいだし」
恭文(OOO)「厨二病なんですよ、言わせないでください恥ずかしい」
律子「なにそれっ!」
恭文(OOO)「あれですよ、大した努力もしてないのに『自分は世界を救える・誰かを守れる』とか妄想してるんですよ。
なにもできない現実が認められないから、それっぽい感じで役に立とうとしてるんですよ」
律子「……あぁ、それを言われると弱い。私にもそういう時期があったしなぁ」
恭文(OOO)「え、そうなんですか? それはまた意外です」
律子「まぁその、私にもね? そういうあなたは……なさそうだなぁ」
恭文(OOO)「残念ながらありました」
律子「あらそうなの。それこそ意外だけど」
恭文(OOO)「まぁ僕の場合、それを妄想にしてたら……死ぬわけで」
律子「……ごめん、私が悪かったと思うから泣かないで? なにがあったのよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
前回のあらすじ――もう一人の僕が材料を調達してきて、両手をパンと合わせました。その結果。
「じゃーんっ!」
竜宮小町の衣装が、見事に出来上がりました。衣装は蒼を基調とした、ふりふりとしていながらもシックなデザイン。
ノースリーブのそれはダンスも意識しているらしく、スカート丈もかなり計算されている。
その可愛さに、僕達は『おぉ』と声を漏らす。……どう見ても一着2000円には見えないなぁ。
いや、もっと下か。これ、本当に材料費だけなんだしさ。物質変換って凄い。
「サイズや着心地はどう?」
「バッチリ−! これならもう衣装発注は必要ないねー!」
「ま、まぁ悪くはないわね」
「うふふ、ありがとうございます」
「……蒼凪君っ!」
どうも三人も満足そうなので安心していると、律子さんが目をキラキラさせながらもう一人の僕の手を取る。
「お願い、他の衣装作ってくれないっ!? 実は衣装代って結構かかるから、どうしようかと思ってたのっ!」
「それは構いませんけど、材料費はかかりますよ? なにもないところから作る魔法じゃないんで」
「分かったわっ! 発注するより安くなるだろうし、そこは頑張るっ!」
律子さん、本気で嬉しそうだなぁ。それはもう一人の僕も同じかも。なんだかんだでみんなにも馴染んでるし。
「ねぇねぇ、これどうかなー」
美希が律子さんがかぶっていた、小さなシルクハットを手に取り頭に装着。
それでくるりと一回転しながら軽くウィンクする。
「あは、美希可愛いねー」
「ほんとー。私より似合ってるんじゃ」
「こら美希、駄目でしょ? 衣装の調整もあるんだから、邪魔しないの」
「……ごめんなさい」
律子さんに窘められ、美希は手のひらより少し大きいそれを返却。でもその時、美希の表情が異常に暗かった。
異常ってのは言い過ぎだけど、いつもの美希からは想像できないような落ち込み方をしていた。
それが妙に気になった。ただ気にするべきところは、他にもあるわけで……僕は並んだ三人を見て、軽く首を傾げる。
「兄ちゃん、どうしたのー?」
「いや、この魔法はいいなぁと。だってみんなの衣装が10000円以下とか、想像できないもの。しかもブーツも込みで」
「確かにね。しかも着心地も全然違和感ないし、アンタも教えてもらったら……いや、やめて。
ほんとやめて。結界とか展開されると、ドSなアンタがなにするか分からないわ。ほんとやめて」
「よし、もう一人の僕に少し頼もう」
「いや、やめてって言ってるわよねっ! なんで無視するのよっ!」
世界の破壊者・ディケイド――いくつもの世界を巡り、その先になにを見る。
『とまとシリーズ』×『仮面ライダーディケイド』 クロス小説
とある魔導師と古き鉄と破壊者の旅路
第29話 『Wの世界/Iに包まれて 揺れる志』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――なんて事を考えていた時期が、僕にもありました。でもそれは遠い記憶。
だって現在もう一人の僕は、事務所のオンボログッズを直す作業中だもの。
以前束に修復されたドアと窓以外でも、オンボロなところは結構多い。
例えばソファーにテレビ、その他備品――それを一つ一つ魔法で直していくのは、かなり大変みたい。
その様子を見ながらオーディション資料を作成していると、美希がこっそりとこっちへやってきた。
「ねぇプロデューサー」
「なに? てゆうか、昼寝はどうしたのよ」
「あのね、美希……どうして竜宮小町じゃないのかな」
また難しい質問を……なるほど、さっきのアレは疑問があったせいか。
ようは自分が選ばれなかった事が、微妙に引っかかっていると。僕は手を止め、慎重に対応する事にした。
「……その昔、航海士が星を頼りに船を動かしていた。律子さんは、それを知らなかっただけなんだよ」
「なにそれ」
「ほら、そうしたら星井美希だって海にちなんだ名前になるし」
「もう。美希、真剣に話してるのに」
とか言いながらも、美希は笑いを返してくれる。それでやっぱり、落ち込んだ顔をした。
「あのね、美希は律子……さんに嫌われてるから、竜宮小町に入れなかったって思うの」
「あー、それはないない」
やや笑いながら手を振って、美希のバカな考えを即行否定。
「律子さん、実際竜宮小町のメンバーはかなり悩んだようだから。メンバーから、人数枠までそれはもう」
「じゃあ美希の事も、入れようって考えてたのかな」
「多分考えたはずだよ? そこで竜宮小町という形に決まっていたかどうかは、分からないけど」
ただし一晩でね。基本プランは一晩で組み立てたけどね。律子さんも律子さんで、人の領域超えてるとこがあると思う。
「ただ……律子さんが考えていたプランと美希とでは、合わない部分もあった。
竜宮小町に美希が入っても、美希の良さを引き出せないかもしれない。
だから外した。それは他の皆も同じかな。というか、それはバカにしてるよ」
「え」
「律子さんは、好き嫌いで仕事をするような人じゃない。
それは僕より、美希の方がよく知ってるはずだよ?
美希から見た律子さんは、そういう事をする人なのかな」
「……ううん、しない。律子……さんは怒ると怖いけど、いっつも美希達によくしてくれるし」
「でしょ?」
一応『考慮した上で』とは言ったものの、やっぱり美希の表情は曇ったまま。ただ意外でもあった。
美希は基本マイペースで、こういう顔を見せる事は少ない。いや、さっきもこの顔を見せていたか。
それは竜宮小町という形あるものに対しての、強い憧れ。それが美希の中に、なにかを生み出していた。
「というか美希、竜宮小町に入りたかったんだ」
「うん。だってでこちゃんも亜美もあずさも、みんなキラキラしてたの」
「キラキラかぁ。美希はキラキラしたいのか」
小さく頷く美希がなんだか可愛くて、思いっきり撫でたくなる。ただ美希本人は真剣なので、そういうのは自重。
これは……うし、もうちょっと美希の本心が知りたいので、更にツツく事にする。
「でも美希は今でも、十分キラキラしてると思うけどな。ほら、宣材写真撮ったじゃない?
あの時の美希は驚くくらい綺麗で、よだれ垂らしている美希とは別人だった」
「あはは、ありがと。でも美希、もっとキラキラしたい。なんか、変なの。
竜宮小町のみんなを見てると、嬉しいんだけど……もやもやーってするの」
「そう」
律子さん、狙いはバッチリみたいです。竜宮小町は、確かに美希の目を覚ました。
やっぱり美希は本質が分かる子みたいで、ユニットの可能性とかを一瞬で見抜いたんだと思う。
そこから続く道みたいなのも同じように理解して……きっともやもやは、後悔と焦り。
もっと頑張っていれば、もっと……そういう気持ちが、美希の中で生まれている。
少々悪い大人だなと思いつつも、そこを優しく誘導していく事にした。
「じゃあ美希、美希は自分のどういうところが駄目だと思ったの?」
「美希、寝てばかりであんまり真面目じゃないから。
律子……さんにも、呼び捨てにするなってよく怒られるし」
「なら話は簡単だよ。ここから真面目に、頑張っていけばいい。竜宮小町に入るのは無理だけど」
美希も原因は分かっているようなので、安心させるように笑って背中を押す。
まぁその笑みに、律子さんの狙いが云々っていうのもあるけど。
「もやもやするのは、美希がもっと頑張りたいって思ってるからだよ。もっとキラキラするために……まずここから」
「真面目に頑張れば、美希も竜宮小町になれるのっ!?」
その瞬間、僕は机に突っ伏し頭を打ちつけた。でもすぐに身体を起こし、美希を見上げる。
「いや、話聞いてたっ!?」
「プロデューサー、ありがとうなのっ! 美希、頑張ってみるねっ!」
「ちょ、美希っ!」
どこ行くのっ! なんでそんなスキップしてくのっ! 美希、待ってっ! 大事な事を忘れてるっ! すっごい忘れてるっ!
「レッスン行ってくるのー!」
「頑張るのはいいけど、竜宮小町は」
「分かってるのー!」
そのまま美希はドアから出て、本当にレッスンへ向かった。えっと、ボイトレだから……劣化フェイト達と一緒か。
話の流れが微妙におかしかったので、僕は不安になりながら頭をかく。
「やばい、不安だ。ちゃんと話聞いて……ますよね」
どれくらい不安になっているかというと、つい小鳥さんの方を見て確認しちゃうくらい。
「まぁあれだけハッキリ言えば、きっと大丈夫よ。でも律子さんの予想通りね」
「えぇ。あとは僕達で、それが悪い方向にいかないようサポートする」
竜宮小町はまさしく起爆剤。その役割をしっかり果たしている。
あとは爆発の方向を定めれば……それが一番大変だと思うけど。
「頑張りましょうね。それで恭文くん、明日は学校よね」
「午前中だけですけどね」
正直現状で行くのは不安があるけど、出席日数も調整しないとやばいからなぁ。
置いてあるスケジュール帳を手に取って開き、明日の仕事予定を確認。
「明日は年少組三人が、ドラマ撮影ですね」
「エキストラね。そっちは私が行くわ、プロデューサー見習い四天王も連れて」
「律子さん……って、聞くまでもないか」
「竜宮小町の準備で忙しくなるから。あー、楽しみねー。デビューはどうなるのかしら」
「一応切り札ですし、相当派手にやるでしょ。……あ、スケジュール決まったら録画しとかなきゃ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日――僕は予定通り学校へ行き、あっという間に四時限目となった。いやぁ、妙に落ち着く。
今うちの事務所は、いつ襲われても文句言えない状態だしなぁ。そりゃあ神経もそれなりに使う。
昨日クアットロとお泊まりデートを堪能したせいもあって、僕は全開バリバリ。なお……描写は不可能。
いや、それをやるといろいろとね? クアットロとはこう、少々アブノーマルな事もするし。
でもそれも信頼ゆえ。あくまでもそういうのも楽しめる関係というだけだし。ちなみに僕がSです。
「もうなんていうか、アレだよね。学校が落ち着くってありえないと思う」
それで自分の席に突っ伏し、スリスリするのが楽しい。そんな僕に、休み時間だからと近づいてきた鈴と本音が笑いかける。
「やすみー、学校にあんまり来ないしねー」
「というかあれでしょ? なんか凄いの事務所の近くに来ちゃって、大変なのよね」
……マジで彼女ネットワーク、万能過ぎて怖いんですけど。なぜそこまでバレてる。
「で、ソイツらはいつ退散するのよ」
「知らない。世界に迫る危機を潰したらOKじゃないの?」
「いや、それはどこ……どこにでもあるかぁ。だからこそ仮面ライダーの都市伝説、消えないわけだし」
「最近も一つ出たしねー」
「一つ?」
なにやら聞き逃せない話が出てきたので、僕は身体を起こした。
「あれ、珍しい。耳ざとい教官が知らないなんて」
「なんかね、怪物がでたーって噂になってるの。人を襲ったり、ビルを壊そうとしたり。
それがこう……メダルをまき散らしたとかなんとか? よく分からないんだけど。
あと、なんか仮面ライダーっぽいのが出たって話もキャッチしたよー。かんちゃんが興奮してるー」
「……あー、それだ。きっとそれをなんとかするんだ。よし、後でメールしといてあげよう。
というか二人とも、世界の危機にならない? こう、節分の鬼みたいな感じで」
「「それは無理っ! というか、どれだけ疲れてるのっ!?」」
そんなの、もう連中の顔を見飽きるレベルでだよ。しかも海東もいるし。てゆうか、ゴールが見えないんですけど。
もうどうしたものかと考えていると、チャイムが鳴り響く。もう休み時間も終わりだよ。
それで二人も『またね』と言いながら席に戻っていくので、軽く手を挙げて見送った。
そうして織斑先生と真耶さんが入ってきて……なお、真耶さんはあれから相当絞られたらしい。
まぁ自業自得なのでそこは放置。てーか『手は出さないように』って先生に止められてしまった。
それで次の授業は社会学。教科書とノートを出して、早く授業が終わるようにと祈った。
「それでは授業を始める……の前に」
「火野くん、五反田くんあとで少しお話があります。いいですか?」
「あ、はいっす」
「すみません、無理です」
そう返しつつノートを開くと、なぜか真耶さんが不満そうな顔をする。
「この後テレビ局に行って、うちの妹分三人を迎えに行くんで」
「なんだ、仕事か」
「えぇ」
「あの、大事な話なんです。お仕事は分かりますけど、今日はこちらを優先してください。
火野くんは学生なんですよ? 学生として、学生生活を一番に考えるのは当然です」
「なるほど、だからうちの職場に殴りこみをかけてくれたと」
ノートをちょっと強めに置きながらそう言うと、真耶さんが身体をびくつかせる。
「火野」
「だって本当の事じゃないですか。あれでうちの事務所がどれだけ迷惑被ったと?
ホントもう余計な事しないでくださいよ。結局僕が先生の尻を拭うって、どういう事ですか」
「そこについては私からしっかりと説教もしたし、学園長にも話してもらっている。
事務所の方にも正式に謝罪したから、許してやれ……とはいかないか」
「いきませんよ。で、なんで僕なんですか。しかも弾も一緒って」
「……うちの学校に、バトルフィールドが導入された。バトスピのだ」
その瞬間、僕は昨日と同じように机に突っ伏し、派手な音を立てた。というか、弾も同じように立てた。
『はぁっ!?』
なので僕……いや、クラスのみんながこう言うのも、当然だったりする。
というか、よく見ると織斑先生も困惑している様子。やや困った顔してるもの。これは珍しい。
「正確には、導入決定となっている。ほれ、バトルフィールドは一種の仮想空間だろ。
なのでそれを教育に活かせないかと、学園長が英断してな。先日休校になったのも」
「マジで門出中と同じだったんですかっ!」
「よく知ってるな、実は門出中の柴門校長と学園長は古い友人でな」
んなアホなっ! あんな事するの、柴門先生だけだと思ってたのにっ! うちの学校にもバカがいたよっ!
「つまりその、僕達に話というのは」
「お前は全国チャンピオンだろう? しかも実質日本最強だ。
なのでまぁ、お前と同じくらい強いらしい五反田も一緒に、少し手ほどきをしてほしい」
「いや、手ほどきって……別にバトスピ覚えるとかじゃないですよね。
俺の知る限り、教員でもバトスピやってる人は数人いますし」
「その通りだ。だがその教員達も、どうしたものかと迷っている。お前達の意見を聞かせてくれ。
導入から数日経っているのに、未だに使われていないのはそこが理由だ。学校側で体制がまだできていない。
……まぁ火野は仕事があるようだし、後日で構わん。なんならメールや電話でもいいが」
「それでお願いします」
ちょっとちょっと、どうしてこう面倒な事が続くのよ。……いや、考えるまでもない。
最悪ゾーンのせいだ。僕は今現在、九人の面倒を見るので手一杯だっていうのに。
これ以上なにか起こったら……あれ、携帯? 制服の中でブルブル言ってるや。
普通なら流して、後でメールでもするところ。今はほら、授業始まろうとしているから。
ただ僕はその瞬間、どうにも嫌な予感がして……すぐに携帯を取り出し、着信画面を確認。
相手が社長である事を確かめてから通話ボタンを押し、携帯を肩と首の間で挟みながら荷物をまとめる。
「はいもしもし、火野です」
『おぉプロデューサー、突然すまないね。今は大丈夫か?』
「火野くんっ!? あの、これから授業始まるんですけどっ!」
「あー、じゃあもうこのまま帰るんで。それじゃあお疲れ様でした」
荷物を手早く纏めてから、携帯を左手で持ち直して教室を出る。なお、単位の方は問題ない。
かなり余裕を見積もってスケジュール組んでるし、まぁまぁなんとかなる。
「火野くん、席に戻ってくださいっ! ……ちょっと待ってっ!」
「というわけで、大丈夫になりました」
それで待つわけがないので、僕は廊下を全力疾走。下駄箱目指しながら、社長に返事しておく。
『……あの、後で』
「いえ、今聞きます。なにかあったんですよね」
『うむ』
社長もこの時間は、僕が授業を受けている事を知っている。なのにメールではなく、電話の方をかけてきた。
ようは緊急で僕に話したい事があったのよ。嫌な予感、ばっちり当たってるかも。
『実は……君の耳に入れるべきかどうか迷っていたんだが、少し事情が変わった』
「まずなんの話をしようとしていたか、聞かせてください」
『IDOL BATTLEという番組があるだろう?』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
火野くんを連れ戻そうと教室を出たけど……あれ、姿が見えないっ!? え、どこっ!
いや、考えるまでもない。とにかく下駄箱に向かおうと、私は全速力で駆け出す。
だけどそれほど時間が経っているわけでもなんでもないのに、火野くんの姿は全く見えない。
結局息を切らし、階段と廊下を駆け抜け下駄箱についても……あの子は消えてしまったかのようにどこにもいなかった。
外に目を向けても姿はなく、私はその場で荒く息を吐き、情けなさを噛み締めながら床に突っ伏した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『――というわけなんだ』
「なんで今まで話してくれなかったんですかっ!」
教室を出てから10秒足らずで下駄箱を出て、少し走ると校門間近。まぁ全速力なのは無理もない。
だって……社長が手短にだけど、とんでもない話をしてくれたから。しかもその事件が起きているところは。
「その局、今日亜美達が仕事してるとこですよっ!? 小鳥さんだってついてるのにっ!」
『すまない。それで問題は既に起こっている』
「まさか」
『音無くん達は無事だ。ただ蒼凪くんと門矢くんが、犯人と思われる存在にやられた』
「はぁ? 二人はライダーですよ。しかも魔法ってのも使えるし、そんな簡単に」
校門についたところで、僕は自然と足を止めていた。……それで恐る恐る、こう聞いてみる。
「人間じゃ、なかったんですね」
『あぁ。犯人は……怪人だ』
本当に、最悪ゾーンに突入している。しかもライダーがやられた? てーかなんでテレビ局に怪人?
いや、考えるのは後だ。とにかく事務所へ急いで戻って……あぁ、関わりたくない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それは亜美達の撮影が終わって、みんなで局を出ようとした時の事。突然悲鳴が響き渡った。
何事かと思い、ユウスケとヒビキさんに亜美達を任せ、すぐ局から離れるように言っておく。
そうして駆けつけたところ……ミンチになっている『なにか』が、廊下にまき散らされていた。
でもその色と臭い、なにより質感で、僕はそれが人だとすぐに察した。ミンチなのは、各々のパーツの破片。
骨や臓器、目や皮膚の破片が赤色に染まりながらも、微妙に形を残しその中に存在していた。
悲鳴をあげたと思しき女性をそこから離している間に、英語の音声がミンチの向こうから聴こえた。
そこに目を向けると、全身に茶色の針を生やした、ハリネズミのような怪物が立っていた。
ただ、棘と言っても本当に小さなもの。むしろぼつぼつと言った方が良いようなレベルだった。
僕達はクロックアップでその行き先を塞ぎ、胸部装甲や腕に小さな傷がつくのも構わず徹底的にボコった。
そうして必殺技で決めようとした途端、スローモーションで落ちていく奴の目が赤く光る。
その瞬間、腕や胸元の装甲から激しく火花が迸り、変身は解除。僕達は廊下に倒れて、身動きが取れなくなった。
身体には激痛が走り、立ち上がる事もできず奴に見下される。やばいと思った僕は、即座に転送魔法を発動。
写真館に戻り、ユウスケ達に連絡を取って亜美達を連れて帰ってもらい……現在、ソファーに突っ伏してます。
「――で、見事に負けてこのザマと」
「うん」
「社長は話を知って、僕を呼び戻したと」
「あぁ」
「てーかおのれら、それを僕に教えてどうするのよ。行くとこがあるとしたら、それは病院でしょうが」
全く反論できない。しかもこの傷、おかしいの。治療魔法をかけているのに、全然治る気配がしない。
痛みは薄れず、今も身体を蝕み続けていて……まるで毒かなにかでも、受けたようだった。
そんな僕達を見下ろしながら、もう一人の僕は携帯を取り出していじり始めた。
「プロデューサー、なにしてるんだ?」
「見て分からない? メールしてるんだよ。彼女に名医がいるから、診てもらう。
あと、束も少し急ぐように言っておく。ちょうど日本に入った頃だろうし」
「篠ノ之博士、また来るんですかっ!? あ、私ドリルのお礼しなきゃっ! 毎日やってるんですっ!」
「ならそこもメールしておこう。きっと束も喜ぶよ」
「ねぇプロデューサー、もしかしてプロデューサーのパチもんもディケイドも、もしかして弱いの?」
おいこらっ! 誰がパチもんだっ! 僕も僕だっつーのっ! ……あぁ、反論できない。
喋るだけでも身体がキツい。てーかこれはなに、本当にボコボコにされたみたいだし。
「ミキミキ、この場合は相手がすっごく強かった−って感じじゃ」
「だよねー」
「うるせぇぞ、ミキプルーン。強いっていうか、ワケ分かんないんだよ。
二人でフルボッコにしてたら、いきなりこっちにダメージが入って……必ず借りは」
「ちょっと待て、もやし。そもそもあれの正体も分からないのに、どうやって倒すのよ。
てーかクロックアップでボコってる最中に、なんかされてダメージ受けたのよ?
その上……回復魔法は全く効果がないし。これ、ただの怪我じゃないと思う」
こういう場合、不用意にリベンジかましたらまた同じ事になる。とにかく相手が特殊能力持ちなのは、よく分かった。
でもあんな怪人、僕は知らないし……実は結構困っている。
≪まずは能力解明ですね。少なくともワームやなんかではありませんし≫
「……確かにな。蒼チビ、お前は気づいたとこないのか」
「全然だよ。なんかこう、英語っぽい音声が聴こえたくらい」
そこまで言いかけて、僕はハッとしてもう一人の僕を見た。
「まさか、あれがっ!」
「……ドーパントだろうね。ドーパントに変身する前、必ずメモリを起動させておく必要がある。こんな具合にね」
もう一人の僕はメモリを取り出し、スイッチを入れる。
≪Wizard≫
「ちょ、いいのっ!? フェイト達もいるのにっ!」
「いいよ、なんにしてもちゃんと説明しないと、無茶させかねないし。……それで」
「ごめん、よく聴き取れなかった。アルトは」
≪音声は拾いましたけど、こちらも正確には≫
悔しさで痛む右腕を振り上げ、ソファーに叩きつける。
「……くそ、しくったっ! 完全にミスじゃないのさっ!」
「だね」
「おい、どういう事だよ。ちゃんと説明してくれ」
「もちろん。まず結論を言うと……二人とも、もうソイツの前では戦えないから」
「はぁっ!?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
プロデューサーさんは二人から更に詳しい話を聞き出そうとして、私達に事務所へ帰るよう言ってきた。
でもさすがに気になるし、私達も話を聞くと言った。社長もその方がいいと後押ししてくれて、今からお話開始です。……でも。
「なるほど、こういう形状だったわけか」
「うん」
プロデューサーさん、蒼凪さん、あの……そのはにわみたいな絵はなんですか? もしかしてドーパントですか?
でもあの、針だらけって言ってましたよね。なのにどうしてそんなこう、不恰好なガーゴイルみたいな絵になるんですか。
「攻撃した時、痛みは」
「なかった」
「じゃあ装甲にちょっと傷がついただけでもNGか。全身これだと、さすがに辛いなぁ」
「いやいや、ちょっと待ってっ! まずこの絵はなにっ!? この絵でなにが伝わるのっ!?」
律子さんのツッコミにも、二人は首を軽く傾げるだけ。それでまた話を……完全スルー!?
「もやしん、そうなのー!?」
「本当にこんなはにわ怪物なのー!?」
「全然正確じゃねぇよっ! お前、それでなんで把握できるんだよっ!」
「……あっちのアイツも、こっちと同じくセンスなかったんだ。あー、それなら」
伊織はなにか妙案があるらしく、両手をパンパンと叩いて二人の注目を集めた。
「アンタ、模写で描きなさい」
「模写で? いや、必要なくないかな。ちゃんと伝わってるし」
「いいから」
そうして蒼凪さんは、渋々筆を動かしてまた絵を描き始めた。でもあの、無理だよね。
あれは間違いなく失敗作だと思うんだけど。ほら、フェイトさん達も微妙な顔してる。
「あの……伊織ちゃん、なぎ君の絵はそんな事しても意味ないよ」
「そうだよ、ヤスフミはセンスないんだよ? 美的センスが壊滅的にアレだし」
「アンタ達……ホント劣化ね、これくらいはこっちの二人でも思いつくのに」
「できたよー」
『早っ!』
驚いている間に、蒼凪さんが私達に絵を見せる。そこには。
『なにこれっ! さっきと全然違うしっ!』
さっきまでとは全く違う絵があった。それがあまりに衝撃で、私達は声を揃えて叫ぶ。
確かに身体中が小さなポツポツに包まれているけど、フォルムはさっきよりもずっとスレンダー。
むしろこう、鮫肌っていうの? あ、そうだ。鮫肌みたいに見えるんだ。かなり粗めだけど。
私にはそんな風に見えた。ただそれだけじゃなく、なにか鳥肌が立ってくるの。
ポツポツには大きさや立て方に差があるらしく、それが身体に絵を描いている。
それは目元や鼻、胸元――身体の至るところに、大きな傷があるように見えた。
「やっぱり」
「え、えっと……伊織、これは? 蒼凪さんの絵が、凄まじく上手くなったんだけど」
「それ、勘違いよ。コイツはね……元々絵がめちゃくちゃ上手いのよ。
ただ美的センスが壊滅的で、絵に妙なアレンジを加えちゃうのよ。もう昔っからそう。
だから正確に描いてほしい時は、模写を心がけてもらえばOKってわけ。もやし」
「門矢士だっ! ……正確過ぎて怖いくらいだ、デコスケ」
「誰がデコスケよっ!」
なるほど、それは別世界の蒼凪さんも同じだったと。さすが伊織、婚約者なだけはある。
ただ自慢気な伊織とは対称的に、フェイトさん達は困惑した表情を浮かべていた。
「アンタ達、ホントに知らなかったの? コイツと付き合いが長いなら、常識中の常識なのに」
「あ、うん」
「私も……全然」
「だとしたらアンタ達、コイツの事を知ろうともしてなかったのね。
てゆうか、そもそも薄っぺらい付き合いしかしてないんじゃないの?
……そりゃあ信じられるはずもないわよねぇ。だってよく知らない相手なんだから」
伊織は愕然とする二人は気にせず、腕を組んでプロデューサーさん達を見た。というか……ちょっと怒ってる?
「――やっぱこっちの方がいいよね。ほら、この曲線とか」
「だよねー」
「アンタ達は話に絡みなさいよっ! あと、センスないからっ! もうずっと模写でいいのよっ!」
「あの、さっきあなたは使用時の音声と言っていましたが、それがどういうヒントになるんでしょうか」
「名は体を表す――メモリの名前を知るという事は、再現されている記憶と能力を知る事になる」
プロデューサーさんは夏海さんに答えながら、蒼凪さんからスケッチブックを受け取る。
「ドーパントの特異能力は脅威だけど、弱点もある。それは一人に一つのメモリが基本という事」
「じゃあメモリの名前が分かれば、相手がどんな手を使っても勝てるんですか?」
「能力に対応できるならね。それで」
プロデューサーさんの手元が素早く動き、スケッチブックになにかを書き込み、私達に見せる。
「このドーパントに関するキーワードは、察するにこれ」
「傷? プロデューサー、どういう事なの。これ見たまんまなの」
「見たまんまでいいのよ。ドーパントは記憶の再現だから、姿形も基本そのままになる。
……ここで一つ思い出してほしい。テレビ局で殺された人達は、みんな惨殺死体になっていた。
それは今日見つかった死体も同じ。もしこれが、元々は小さな傷だったとしたら?」
「小さな傷? いやいや、それはないでしょ。どんなに広がったって、全身ズタズタな惨殺死体には」
律子さんがハッとした顔をして、息を飲む。というか、私も分かった。プロデューサーがなにを言いたいか。
≪なるほど。傷つけた相手の傷を、より深くする能力なんですね。
傷つける事そのものが、能力を使う条件みたいになっている。
この人やもやしさんは、攻撃の時に条件を満たしてしまった≫
「しかもタチの悪い事にガイアメモリの力は、毒素に近い。それに蝕まれたら、普通の治癒では効果が薄い。
おそらくこのドーパントは、特異能力に特化したタイプ。そのタイプは普通よりも、影響が強いの」
「……回復魔法が効かないのは、そのせいか」
「今回の攻撃で肉体へダメージが入ってるし、影響を受けているのは間違いない。
だからもう出ない方がいいんだよ。二人も十分『傷ついて』いる」
「もし出たら恭文も士も、今生身についている『傷』を広げられる。それだってドーパントが付けた傷……だからか」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「それなら、どうしたらなぎ君達を治せるのっ!? なによりそんなメモリが大暴れしたら、テレビ局以外の人達だってっ!」
「自然治癒でも毒は抜けるけど、かなり時間がかかると思う。
即行で治すなら、メモリを破壊するしかない。使用者を殺してでもね」
「あの、プロデューサーさん……殺すとかそういうのじゃなくて、普通に説得して止める事は」
「無理だ。変身前にメモリを奪うとかならともかく、説得なんて絶対に通用しない。
前に言ったよね、精神が侵されるって。ここまで派手にやってると、ソイツはもう……人間じゃない。
方法は二つに一つ。戦ってメモリだけを破壊するか、戦って使用者もろともメモリを壊すか」
「戦わないでどうこうは、無理なんですね」
春香に頷くと、小野寺ユウスケが左拳で右の平手を叩いて気合いを入れる。それに嫌な予感がするので、ちょっと行く手を塞いでおく。
「二人とも、ここで休んでろ。ここは俺がやる」
「小野寺ユウスケ、その前に一つ質問だ。おのれが変身するクウガっていうのは、いわゆる強化スーツを着る感じなの?」
「いや、俺のクウガはベルトの力で、身体が作り替えられるんだ。物質変換だったよな、恭文」
「そうだよ。クウガのベルトから、神経にも似た物質がユウスケの全身に伸びている。
それの影響で身体が、分子レベルで作り変えられるんだよ。だから生身」
そりゃまた凄い。で、そこの辺りがまた問題になってるって感じかな。
夏みかんやフェイト達が、あからさまに嫌そうな顔してるし。
「なら絶対に出ないで。ヒビキさんも同じくですから」
「え、俺もっ!?」
「おいおい、なんでだよ。二人が駄目な以上、俺達がやるしか」
「カブトやディケイドは、話を聞く限り強化装甲服に近い。生身じゃなかったから、無事だったんだよ。
二人が受けたダメージはあくまで、装甲越しのもの。でも鬼もクウガもそうじゃない。
……被害者達がどうなったか、まさか忘れたわけじゃないだろうね。たった今その話をしたのに」
そう、いくら超人的な能力を持っていようと、生身で対抗する限り勝ち目はない。
ちょっとでも傷がついたらその瞬間……それを理解した二人は、どうしたものかと頭をかく。
「そうだ……あなたが戦ってくださいっ!」
夏みかんはとんでもない事を言い出しながら、あの絵を指さした。
「士くん達から聞いていますっ! アレはあなただったんですよねっ! あなたがこの世界の仮面ライダーなんですっ!
同じガイアメモリ同士なら、きっとなんとかなりますよねっ! だからお願いしますっ!」
「残念ながら、どうにもならない。ドーパントだって基本は生身だもの。それに僕は、仮面ライダーじゃない」
「嘘つかないでくださいっ! あなたがライダーなんですっ! この世界を守るために戦う、仮面ライダーなんですっ!
だからお願いしますっ! 士くん達のピンチを救えるのは、同じライダーであるあなただけなんですっ!」
「……え、こっちのなぎ君がライダーってどういう事っ!?」
しょうがないとは言え、フェイトさんとギンガさんが食いついてきたか。僕はなにも答えず、軽くお手上げポーズを取った。
「なぎ君、そうなのっ!? だからあんなに詳しかったのかなっ!」
「なら決定だよっ! ヤスフミにドーパントを止めてもらえば……ヤスフミ、それでいいよねっ!
私達、前に言った通り早く元の世界へ戻らないといけないのっ! ライダーなら協力してっ!」
「ちょっと待ちなさいよっ! アンタ達、今の話聞いてたのよねっ!
基本生身なのに、そんな奴と戦って死ねって言うつもりっ!?」
「あの、さすがにそれはないです。私達もできる限り協力するつもりで……フェイトさん達も魔法がありますし」
「そんなの認められるわけないでしょうが」
そこで駄目だししたのは、もう一人の僕。というか、若干怒っているらしく、夏みかんを睨んでいた。
「フェイト達を出す事は認めない。夏みかん、ギンガさんは大怪我してるって何度言ったら覚えるのよ」
「あ……!」
「しかも二人揃って、覚えてるのは直接戦闘絡みのものばかりだし。サポートなんて無理」
「あの、そんな事ないよ。バルディッシュがなくても結界くらいは」
「じゃあどうして僕の結界が破れなかったの」
そこで押し黙る時点で、答えは推して知るべし。こっちのフェイトは、デバイスとやらがなくちゃ一般人同然。
つまり魔導師にとって、魔法を使う場合デバイスは必須アイテムって事か。ならアテになんてできるわけがない。
「つまり……なんとかならなかった時点で、フェイトの魔導師としての勘はズレてるし鈍ってるのよ」
「そ、それは……でも、ヤスフミはどうなのっ!? ヤスフミだってアルトアイゼンがいるよねっ!
私だけが悪いみたいに言われても困るよっ! それが魔導師の基本……なんだ」
そこで言葉が止まり、なぜかフェイトは震えながら視線を泳がせ始める。
細かい事情はともかく、どうやらそこが『基本』ではないらしい。そこだけはよく分かった。
「……ヤスフミは能力の関係で、デバイスがない方がうまく魔法を使える」
≪そうですよ。私はこの人の魔法使用に関して、基本サポートなんてしていません。まぁギンガさんは脳筋だからあれとしても≫
「う……否定できない」
≪あなたはオールラウンダーでしょ。なのになんですか、この体たらく。
この人がライダーできるのは、それ相応の努力をしていたからですよ≫
「違うよ。私だって、10年執務官として……だから力さえあれば、私だって」
≪でもサボってきたんですよね、だからあなたには力なんてない。
一昨年も、去年も、今年も、あなたはただ後ろから見ている事しかできない。
……力が欲しかったら、今から10年努力するべきでしょ。なにズルしようとしているんですか≫
そこでフェイトは俯き、ボロボロと泣き始めた。……関係ない話をこれ以上されてもアレなので、僕が話をまとめる。
「つまり、僕が戦うとしたらたった一人でと。というかさ、夏みかん……話を聞いてるならなにか忘れてない?」
「あの、なにをでしょう」
「僕は今、ドライバーを持ってない。だから変身そのものができない」
どうやらそこも聞いているらしく、夏みかんは他のみんなと一緒に『そういえば』という顔をする。
これで話はまとまったようなので、僕は軽く伸びをしながら写真室を出ていこうとする。
「あの、待ってくださいっ! ドライバーはどこに行けば手に入るんですかっ!? 私、探しますっ!
誰かが持っているなら、貸してもらえるようお願いしますっ! だから、教えてくださいっ!」
「ちょっと……ホントいい加減にしなさいよっ!」
僕の行く手を阻もうとする夏みかんを押しのけ、伊織が怒りの表情で割り込む。
「何度言わせれば気が済むのよっ! アンタ、コイツに死ねって言ってるのよっ!?
そっちは誰も戦えず、コイツ一人に押しつけて……ふざけんじゃないわよっ!」
「でもこのままじゃ士くん達が……どこかでメモリを持った人に出会ったら、命だって危ないんですっ!
私が戦えるなら、戦いたいですっ! でも私には……だからお願いしますっ!」
夏みかんはそこで頭を深く下げ、長い髪を床に垂らす。やよいの腰よりも深々と下げた顔から、嗚咽が漏れる。
「最低なのは分かっていますっ! 押し付けているのも、自覚していますっ!
なんのお礼もできなくて、頭を下げるしかないのも……それが駄目なのも分かってますっ!
それでも力を貸してくださいっ! 士くん達を、助けてくださいっ!」
「あの、なぎ君……お願いできないかな。みんな、困ってるの」
「そんなの、知らない」
それで千早、おのれも口を出すのね。今まで黙ってたと思ってたら……しかも見た事ないくらい、不愉快そうな顔をしてるし。
「まさかあなた達は、メモリが使えるという理由だけでそんな事を言ってるんですか?」
「……私だって、自分でなんとかできるならなんとかしたいよっ! でも、こうするしかないのっ!」
ギンガさんは涙を流しながら、夏みかんと同じように頭を下げる。
「お願い、力を貸してっ! ここで止まっているわけにはいかないのっ!」
「それでなんとかなると思ってるのなら、あなたは最低です」
「知ってるよっ! そっちのなぎ君にも家族が、仲間が、信じられないけど……彼女達がいるってっ!
でもこっちのなぎ君も同じなのっ! なぎ君の事を大切に思っている人達が、たくさん待っているのっ!
私の事は最低でいいっ! いくらでも罵ってくれていいっ! でもお願いだから……なぎ君だけは助けてあげてっ!」
「バカにしないでください。そんなの」
「伊織、千早、もういいよ。……ありがと」
そう言ってくれただけで、僕は十分。静かに息を吐きながら、外へ出ていく。
「兄ちゃん、どこ行くのー?」
「もちデートだよ。明日の朝まで帰ってこないから」
「ちょ、この状況でっ!? 恭文君、神経図太すぎよっ!」
「この状況だからいくんですよ。もう話は決着しましたし」
そう、決着した。僕のやる事は、既に決まっている。僕は……そのまま写真館を出て、歩速を速めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ギンガさん、夏みかん、もういいよ」
そこで蒼凪さんは立ち上がって、横にかけてあった黒いコートを羽織って前を締める。
「あとは僕がやる」
「なぎ君、駄目っ! そんな身体で……というか、話聞いてたのっ!? ここはあっちのなぎ君に任せるしか」
そう言って止めようとするギンガさんを押しのけ、蒼凪さんはそのまま出ていこうとする。
「アルト」
≪しょうがありませんね、やりましょうか≫
私は慌てて行く手を阻み、両手を広げる。
「駄目ですっ! 死んじゃうかもしれないんですよっ!? どうしてそれで、行こうとするんですかっ!」
「行かなきゃ、みんなのプロデューサーが行く。それに勝算がないわけじゃないのよ」
「駄目」
そんな時、美希が蒼凪さんの首根っこを掴んでソファーに押し倒す。
「美希っ!?」
「パチもんって言って、ごめんなの。こっちのプロデューサーも、本当は優しいの。
だから良い子良い子してあげるの。それで……戦おうとするのは、駄目なの」
「どいて」
「駄目なの。絶対、どかないの。いいから寝てるの。魔法使うのもなしなの」
「それは無理」
そう言ってプロデューサーさんは、美希を優しくどかして立ち上がる。
「困っている人達が、こんな事で泣いている人達がいる。それを放っておく事はできない。
なによりプロデューサーを戦わせるの、嫌なんでしょ? だったらやるしかない。やらなきゃ、生きていても死ぬのよ」
「それは……でも、どうしてですかっ! 生きてても死ぬって、おかしいですっ! 仮面ライダーだからですかっ!?」
「違うよ。……天の道を往き、総てを司る人のおばあちゃんはこう言っていた」
蒼凪さんは右手をゆっくりと挙げ、天を指差す。たったそれだけなのに、蒼凪さんが大きく見えた。
「人が歩むは人の道。その道を拓くのは天の道。僕はもう、勝ち続けると決めた。それをへし折る事は、死だ」
「君は、我々の道を拓くというのかね。自分の命を賭けて」
「だって僕は、世界全ての救世主なんでしょ? それくらいの事ができなきゃ、この広い世界は守れない。……フェイト、それが僕の答えだ」
蒼凪さんは腕を下ろして、戸惑うばかりのフェイトに向き直った。それで大きさは、全く変わらない。
「僕達の世界だけを救っても、意味がないんだよ。それだけを見てても意味がないんだよ。
例え通りすがりでも関わる世界一つ一つに、思いっきり手を伸ばさなきゃいけない。
そうじゃなきゃ、スケールのデカい相手に戦えるわけがない。そういう戦いを、僕達はしているのよ」
「ヤスフミ……でも、そんな暇はないよっ! 優先順位がおかしくないかなっ! 今は私達の」
「なのは達は大丈夫だよ。僕の予想通りなら、もう助け出されてる」
「「えぇっ!」」
「だからフェイトは、ただついてくればいい。てーか僕を信じろって、何度言わせれば気が済むのよ」
そう言って蒼凪さんは入り口へ向き直り、またすたすたと。
「はいはい、そこまでだ」
歩き出したのに、いつの間にか両脇に忍び寄っていたユウスケさんとヒビキさんに、腕を掴まれ持ち上げられる。
それで足が地面につかず、ばたばたばたばた……それを見てるとさっきまでの大きさが嘘のようで、笑ってしまう。
「ちょ、ユウスケっ! ヒビキさんもやめてっ!」
「お前、そういうの悪いくせだぞっ!? とにかく話を広げに広げて、自分が出ていく雰囲気にしようとしただろうがっ!」
「そうそう。近づけないなら近づけないで、やり方考えるから……ちょっとじっとしてような」
そのままソファーへと引っ張られる蒼凪さんを見て、怒っていた千早ちゃんが崩れ落ちた……って、また笑ってるっ!?
「やめろー! こんな宇宙人みたいな格好は嫌ー! 屈辱的過ぎるー!
おいこらそこ、笑うなっ! 笑う前にやる事があるでしょうがっ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さて、ここはデンライナー……なんだけど、ちょっと問題が起きた。
まぁ僕とフェイトの身体が、未だに戻らないとかそういうのもあるけど、また別の問題だよ。
それは行方を心配されていたなのは達六課隊長陣が、渡さん達に連れられてきた事。
もしかして大立ち回りで助け出されたのかと思ったら、そうじゃなかった。詳しく話を聞いた結果。
「――つまり、黒いハイパーカブトに助け出されたと」
「う、うん。こう、なのは達を改造しようとしてた研究員や怪人達も、一瞬で撃破して」
「それでそのハイパーなんとかは、こっちの母さんやアルフも助けてるんだよね。あとは部隊員のみんなや、三佐達も」
「そう言ってたわ。でもリンディさんとアルフさん、他のみんなにデンライナーの事がバレると、かなり面倒。
だからうちらとは違う場所に連れていって、しばらく動けないようにしとくって」
≪で、ソイツは全員連れた上でハイパークロックアップ。紅さん達に引き渡したと≫
ご覧の有様だよっ! なにそれっ! マジ意味分からないんですけどっ! ……でも納得したわ。
助けたはずの渡さんや城戸さんがめちゃくちゃ戸惑った顔してたから、変だとは思ってたのよ。うし、もうちょっと質問だ。
「という事は、会話したんだよね。二人とも、声は」
「分からん。機械で加工されてたっぽくて、さっぱりや。そもそもハイパーカブトの黒バージョンなんて、いないやろ。
……いや、あれはダークカブトのハイパー状態や。しかもそちらさん達の仲間でもない様子やし」
「なぁ青坊主、そのハイパーとかだっふんだってのが出てきたの、そんなにおかしいのか」
「ダークカブトですよ。それでおかしいなんてもんじゃありませんよ。二人とも」
そう言うとあの二人は困った顔をして……まぁ予想通りだけど、確認はしておこう。
「今の反応でもう丸分かりですけど、天道さんじゃありませんよね」
「えぇ、違うと思います」
「ねぇねぇ、恭文どういう事ー?」
「まずダークカブトというのは、カブトの主役である天道総司とは違うライダー。
この場合渡さんの味方の一人だけど……ハイパー化しているのは、その天道さんだけ。
劇中ではダークカブトは、ハイパー化していない。つまりソイツは」
「天道総司とやらの仲間でもなんでもなくて、キバ達も正体を知らない……謎のライダーってわけ?」
ウラタロスさんが右手を弄りながらこっちへ来るので、頷きを返す。
「だとしたらどうしてなのはさん達の事、助けたんだろうねぇ」
それで僕の頭で頬杖つきやがるので、右の肘打ちで地面にダウンさせておく。
「しかも渡達の前まで連れてったんやろ? 悪い奴やないとは思うが、少々不気味やなぁ。
……まさか後を追って、デンライナーを襲撃しようって腹かっ!」
「いえ、その必要はないでしょう。恭文くん、ハイパークロックアップというのは確か」
「えぇ、タイムトラベルが可能です。言うなら一人デンライナーですよ、だから乗り込むなら後なんて追わなくてもいい」
「それはまた……チートだねぇ。でもみんな、その前に僕を助けて?」
「チートですから、困りますねぇ。ですがこの改変は……まぁしょうがないでしょう。みなさん」
オーナーは指定席でチャーハンの山を綺麗に崩し。
「事情はあなた方が見た通りです。本来この列車に、あなた方別世界の人間をずっと置いておくのは」
口に運んで幸せそうに咀嚼。旗はやや傾くけど、完全に倒れたりはしない。
「かなり危険なのですが……まぁ、事態が解決するまでは頑張りましょう」
「あ、ありがとうございます。でもそれなら、局の方は……うちらがいないと問題が」
「駄目だな。ちょっと調べた感じだが、完全に乗っ取られてやがる」
ちょっと調べてそこが分かる城戸さんは、かなり凄い人だと思う。もしかして鏡に入って偵察していたとかかな。
「ただアンタ達の仲間っぽいみんなは、ことごとく消息不明らしい。おそらく」
「あのダークカブトが……はやてちゃん」
「正体を考えるのは後や。モノホンライダーも分からない以上、うちらに推測できるとこはない。でも」
正直それは危険だと思うんだけど……あれ、はやてがこっちを見始めた。
「なにさ」
「いや、アイツって恭文と身長同じくらいやったなぁと。言うならミニカブ」
その瞬間、僕の足がはやての顔面を打ち抜いていた。言うなら抜き打ち蹴り。
「蹴るよ?」
「いやいや、もう蹴ってるよねっ! 乱暴しちゃ駄目だよー!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「天の道を往き、総てを司る人は」
『もういいからっ!』
蒼凪さんを納得させようと止める事数分……未だに諦めないこの人は、救世主というか詐欺師かなにかに見えてきた。私、間違ってる?
「今夜は雨が、ヒヤシンス。明日は雪が、フリージア」
「ぷ……!」
「よし、今だっ!」
『なにがっ!?』
千早ちゃん笑わせただけだよねっ! というか、本当に笑いのセンスが独特だなぁっ!
「とにかく……そこはほら、俺とオノDでやるから」
「ヒビキさんまでその名前はやめてくださいよっ!」
「お前ら、それ本気か? メモリの名前も分からず、能力の考察もぶっちゃけ状況証拠のみ。それでなにができるってんだ」
「いや、できる事はあるぞ」
ユウスケさんはなにか自信があるらしくて、笑って高木社長に頭を下げた。
「高木社長、すみませんが協力してください」
「いや、私は戦ったりは無理だぞ? 年寄りだし」
「そうよっ! あなた達、いくらなんでも手段を選ばなさ過ぎでしょっ!」
「そうじゃないんです。メモリの所有者を見つけたいんです」
結局同じ事じゃ……そう思っていたけど、険しい顔だった律子さんは納得した様子で柏手を打つ。
「あ、なるほど。所有者を見つけて、変身前に止めようって事ね? そうすれば戦わずに済む」
「はい」
あぁ、なるほど。それならプロデューサーさんが戦わなくても済むし、なんとかなるかも。
さっきのあれこれでつい身構えちゃっていたけど、私達は自然に警戒を緩めていた。
「今までの件から言っても、所有者はあの局の誰かです。
それもIDOL BATTLE……でしたよね、それに関わっているうちの誰かじゃないかと。
そもそも不可能犯罪だとしても、怪人が絡むなら容疑者だってそれなりに絞られる」
「確かに番組スタッフばかりが、しかも局の内部で殺されているしねぇ。
まるで見せしめのようだし、そう考えるのが妥当か」
「しかも俺の感覚なんですけど、殺すだけならそこまでする必要、ないと思うんです。
なのにあんな物騒な能力を使い、惨殺している。どう考えても普通じゃありません」
「なるほど、そういう事ですか。小野寺ユウスケ、あなたの仰りたい事が分かりました」
貴音さんがそう言うと、おどおどと雪歩が手を挙げた。
「わ、私も」
「え、貴音さんも雪歩さんも、なにが分かったんですかー?」
「あのね、ようはメモリを使っている人は……殺した人達をすっごく恨んでいるんじゃないかって事なの。
だから傷を広げて、殺された人やその周りの人を苦しめる形で殺してる。それでそういう、怒ってる気持ちを晴らしてるの」
「本来なら鬼畜外道の所業ですが、プロデューサーの話通りならありえます。
どらいばーを使わない場合、がいあめもりの毒素によって心までも怪物となるのですから。
相手への恨み辛みが暴走し、躊躇いをなくしているのやもしれません」
「……分かった、協力しよう。だがどうすれば」
「それですが……高木殿、しばしお待ちを」
そう言って今度は四条さんが、写真室の外へ出ようとする。
「四条くん、どこへ」
「少し、月を見上げてまいります」
「はぁ? 貴音、アンタまでどうしたのよ。しかも夜には早いし」
「いえ、もしや手があるかと思いまして。それを見つけてきます」
よくは分からないけど、貴音さんにはなにか考えがあるらしい。私達は貴音さんの背中を、静かに見送った。
「……悪いな、面倒事ばっかり起こしてる」
「門矢くん、謝る必要はない。言っただろう? 私は君達にティンと来たとね。もう君達は、我が765プロの一員だ」
「モノ好きだな、アンタ。そういや……海東はどうした」
「朝から姿が見えないのだよ。やれやれ、出社拒否かねぇ」
「アンタ、モノ好きなだけじゃなくて大物だな」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――そういうわけだから、ウェンディ」
『むー、しょうがないっスね。私もそっち行くっスから』
「ちょっとっ!?」
『冗談っスよ。きっと行っても、足手まといっスから。でも……気をつけて。
絶対、帰ってこなきゃ駄目っスよ? 私、もうあんなのは嫌なんっスから』
ウェンディは電話の向こうで、普段なら絶対出さない涙声を出す。
『恭文が失踪した時、どうなったのかって不安で……苦しかったんっスから。
いなくなるのなんて、許さないっス。帰ってくる場所、ちゃんとここにあるんっスから』
「もちろん。ウェンディ、ありがと」
『じゃあ、またっス』
「うん。愛してるよ」
『えへへ、私もっスー♪』
僕は明るいウェンディの声に励まされ、笑顔のまま電話を終える。それでスマートフォンを制服の内ポケットに入れ。
「盗み聞きは感心しないね、貴音」
屋上入口にずっと立っていた貴音に、声をかける。横目でそちらを見ると、貴音がおそるおそる出てきた。
……ここは765プロがあるビルの屋上。もう夕暮れ時の風を受け止めながら、僕はずっと電話していた。
「プロデューサー、申し訳ありません。……さすがにでーとへ行くとは思っておりませんでした」
「本当はウェンディと、いっぱい仲良くしてたんだけどねぇ。でもよく分かったね」
「なんとなく……765プロから離れるとは、思わなかったので」
中々素晴らしい勘だと思っている間に、貴音は僕の左隣へ立つ。それで風になびく髪を、そっと右手で抑えた。
銀色の髪が夕日に照らされ、なんとも言えない煌めきを放っている。ちょっと触りたくなったのは、内緒。
「それで、どうしたの?」
「先ほど、蒼凪恭文はこう言っていました」
「なにさ」
「困っている人達を放っておけない。そう道を決めた。それをへし折る事は、死だと。……火野恭文、あなたに問います」
貴音は髪をなびかせながらこちらへ振り向き、表情を険しいものに変える。
それは今までの貴音からは考えられないほどに、真剣な顔つきだった。
「あなたの魂は今、なんと言っていますか? もしあなたがその声に嘘をついているとしたら、それは魂――志の死です」
「貴音」
「わたくし達の事を気にするな……とは言いません。でもこれだけは覚えていてください。
わたくしはあなたが自らの志を殺す事は、微塵も望んでいません。それで」
貴音は揺れる髪を抑えていた右手を、そっと離して伸ばしてくる。そうして僕は抵抗する間もなく、貴音の腕の中へ吸い込まれた。
「わたくしも皆もここにいます。だから怖がらず、ちゃんと帰ってきてください」
一瞬なにが起きているか分からなくて、抱かれていると気づいて……僕はすぐに貴音の抱擁から抜け出し、背を向ける。
「……そこで背を向けられるのは、ちょっと悲しいです。そしていけずです」
「しょ、しょうがないじゃないのさ。さすがにその、プロデューサーとアイドルだし」
や、やばい。貴音はとても良い匂いがした。しかもこう、身長的に胸へ顔を埋める形に……落ち着け。
貴音はその、アイドルだから。それで僕を励まそうと、してくれただけだから。素数を……素数を数えるんだ。
でもこうなる経過ってあったっけ。今ひとつよく分からないんだけど。僕、貴音を口説いてはいないよね。
「あずさとは随分仲良くなっていらっしゃるのに。家でーとというものをなさったそうですね。
あとは何度か抱擁も交わした。なのにわたくし相手では……なにが不満なのでしょうか」
「なぜ知っているっ!」
そこが原因かっ! てーかそれは……いや、二人しかいないっ!
あずささんか小鳥さんしかいないっ! あとで二人に確認しないとっ!
「それでプロデューサーの志は、なんと言っていますか?」
そう言いながら後ろから抱き締めないでー! そもそも抱き締める意味が分からないっ!
でも……服越しに感じる貴音の鼓動が心地よくて、そんな疑問もすぐに吹き飛び、今度はすぐに受け入れてしまった。
「……既に準備はしてる。束がこっちに来るの、ドライバーを持ってくるためだから」
「そうでしたか。ではわたくし、余計な事をしましたね」
「ううん、迷ってはいた。……僕、仮面ライダーになりたかったんだ。
みんなを守れる正義のヒーローにずっと憧れてて、忍者資格を取ったのもそれが理由。
泣いている人を助けて、みんなの笑顔を守って、それで……でも迷ってた。
そうする事でここにいるみんなを、みんなの夢を壊したらどうしようって、迷って迷って」
「だからめもりの事も、最初に言い出さなかった」
「うん。だけど、無理だ。力があるとか、メモリがあるとか、そういう理由じゃない。
もちろん夏みかん達に頼まれたからとか、そんなのでもない。僕は」
貴音の腕にそっと手を当て、決意を確かめるように強く握り締める。それで貴音に、今の気持ちを伝えた。
「こんな事で泣く人がいるのは、こんな事で悲しむ人がいるのは、嫌だ。助けられるなら、みんな助けたい」
「……ありがとうございます。話してくれて、嬉しかったです。
あなたが強いのは、優しいからなのですね。優しい夢が、あなたを強くする」
「優しく、ないよ。僕は基本冷たい奴だし」
「それは勘違いです。それでプロデューサー、どうなさるのですか? わたくしにできる事があれば」
「それはありがたいけど、貴音は帰りを待っててよ。それだけで十分。……まずはメモリの正体を掴む」
貴音の腕をそっと外し、向き直りながらそう告げた。もう、迷いなんてどこにもなかった。
「そこをきっちりしないと、戦っても勝てない。その上で犯人だ」
「ですが、どうすれば。蒼凪恭文も正確な正体は分からないと」
「こういう時に頼れる二人がいる。まずは……連絡だね」
決意した事は、戦う事。こんな事で誰かがもう、傷つかないようにする事。正直矛盾もある。
だって守るために、誰かを傷つけるんだから。それは……いつまで経っても怖い。
だけどそれでも放っておけない自分が、ちゃんと胸の中にいる。その僕は、ずっと声をあげていた。
戦え……って。それは僕だからできる事で、僕が選んできた、道の一つだから。
(第30話へ続く)
あとがき
恭文「えー、第4話にミッション話が入っていないという凡ミスを……多分誤字修正した時だな」
(ごめんなさい)
恭文「なお、現時点では差し替え完了しております。メロンブックス様のDLSストアに会員登録している方は、無料で再DLが可能です」
フェイト「なら今なら大丈夫?」
恭文「うん。もしそうしてもなかったという方は、またお試しいただければと思います。
おそらく……データの差し替えがその段階ではされていなかったはず」
(一定時間かかるようです。大体30分前後)
恭文「みなさん、ご迷惑おかけして申しわけありませんでした」
(申し訳ありませんでした)
恭文「というわけで、今回のお話です。お相手は蒼凪恭文と」
フェイト「フェイト・T・蒼凪です。……それでヤスフミ、今回は」
恭文「ドーパント出てきたね。それであれだ、僕ともやしは事件の最初に殺される被害者役だよ」
フェイト「死んでないよねっ!」
(だからこその戦闘シーンカット)
フェイト「じゃあここからは」
恭文「当然、メモリの正体と犯人探し。本当はこの段階で、メモリの正体がバレるはずだったんだけど」
(戦闘シーンカットしてそれは、話が進みすぎるのでなしになりました。めんごめんご)
フェイト「でもこう、事象的な感じなのかな。本編のWでも、モチーフがいろいろ飛んでたし」
恭文「最初はマグマとティーレックスから始まり、スイーツやバイオレンスにナスカ、テラーやユートピアと出てきたしねぇ」
フェイト「私、甘味をモチーフとした怪人が出てくるとは思ってなかった。というか、ナスカって文明だよね」
恭文「なのでここも結構自由にやっていたりします。そして能力は……やっぱり凶悪」
(ドーパントって、突き抜けてOKだよね)
恭文「接触致死で、直接打撃もアウトってありえないよっ!? 突き抜け方間違えてるでしょっ!
てーかいつものパターンじゃねっ!? これはいつものパターンじゃねっ!? どうしてこうなったっ!」
フェイト「ヤスフミ、落ち着いてー!」
(いつものパターンっていうか、蒼い古き鉄がそのタイプというだけの話)
フェイト「でもほら、この場合攻略法は決まってるよね」
恭文「……まぁね。一応最後の下書きはできて、ラストも決まっているから……あとはあっちの僕がどう動くか? そして爆ぜろ」
フェイト「爆ぜちゃ駄目だよっ!」
(今日のバトスピ覇王を見て、先週までのあれこれも必然に思えてきた不思議。
本日のED:四条貴音(CV:原由実)『風花』)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……そういえば貴音、あずささん見かけなかった? そろそろオーディションから戻ってくるはずなんだけど」
「いえ。連絡などは」
「ない」
終わったら連絡とかあるはずなんだけど……あれ、嫌な予感がする。
電話をかけようかどうか迷っていると、都合よく着信が来た。貴音にハグされながら、それを素早くキャッチ。
「はいもしもし、火野です」
『あの、プロデューサーさん……三浦あずさです。お疲れ様です』
「お疲れ様です。どうしたんですか? 今丁度お話してて」
『いえ、実はその……今日そちらへ伺うのが難しくなって。というかその』
あれ、妙に歯切れ悪いな。というかあずささんの声に、雑音がかなり混じってる。もしかして駅にいる?
『迎えに来て……いただけませんか? 一人だと、帰れる自信がなくて』
「は? あの、まさか」
『はい、迷ってしまいました』
「それであの、今はどこに」
あずささん……お願いだからそこで黙らないでっ! ものすごい不安になってくるのっ!
ほら、軽く横浜とかさいたまとかでいいからっ! お願いだから無言はやめてっ!
『お、驚かないでくださいね?』
「どこ、なんですか」
『えっと、京都……です』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
(おしまい)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!