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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第25話 『響鬼の世界/争う鬼』



恭文「前回の仮面ライダーディケイドは」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「お前がヒビキか」

「おぉ」



自分の名前を呼ぶもやしに気だるげな声を返しながらも、ヒビキはチェアーから身を起こしてサングラスも外す。



「その薄紅色の道着は、音撃道・伝説の師匠が着ていたもの」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



そこでフェイトはいきなり大きな声をあげ、何事かと注目を浴びているにも関わらず僕を揺らしてくる。



「ヤスフミ、私この人見た事あるっ! えっとえっと……ラーメン屋さんっ!」

「……なんだそりゃ。あいにくラーメン屋を始めた覚えはないんだが」

「すみません、あなたに似た人をラーメン屋さんで見たみたいで」





フェイト……中途半端に知識あるなぁ。フェイトがラーメン屋と言ったのには、ちゃんとした理由がある。

今首を傾げているあの人は、デビット伊東さんにそっくりなのよ。あ、ここで説明が必要か。

デビット伊東さんというのは元々お笑い芸人としてデビューしていたんだけど、ある番組の企画で人生が一変。



『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』という番組で、タレントとして伸び悩んでいたデビットさんの再生企画が発足。

その結果福岡にある一風堂さんに修行に出され、結果芸能界を引退してラーメン屋さんを始めた。

結果現在『でびっと』という名前になっているお店は、チェーン展開も行うくらいに成功。見事再生しちゃったのよ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



恭文「というわけで、今日は『でびっと』さんにお邪魔しております。美味しいラーメン食べるぞー」

フェイト「違うよねっ! ヤスフミ、そういう話じゃないよねっ!」

恭文「だってしょうがないでしょ。フェイトが」

フェイト「だ、だってあの人ラーメン屋さんだしっ! 私、テレビで見たんだからー!」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



斬鬼は白猫に袈裟・逆袈裟と斬撃を打ち込み、バックルに左手をかけ素早く取り外す。

右薙に打ち込まれた爪を伏せて避け、白猫と交差しつつバックルを烈斬の穂先に装着。

すると烈斬は変形し、三叉の槍みたいな形状へと変化。斬鬼はその穂先を背後に向けたまま後退。



いや、突進と言うべき速度で背中から白猫に体当たりをして、穂先をその腹に突き立てる。

それでも止まらず押し込み続け、海の縁に設置されたフェンスへ白猫を叩きつけた。当然威吹鬼も締めに入る。

三毛猫の右刺突を左足で蹴り上げ、素早く時計回りに回転しながら跳躍。右足で三毛猫の顔面を蹴り飛ばす。



そうして吹き飛ばしてから、銃身下部に設置したマウスピースに右手にかけ、右に90度回転させてから取り外す。

それを本体後方の穴にセットし、続けて円形の青と金色のバックルを右手で外して取り出す。

バックル中心部の蓋を開け、その中に円形の銃口を突っ込んで固定。そのままバックルを引っ張って前へと広げる。



それによりバックルはすり鉢状となり、音撃管はよりラッパ……というかトランペットに近い形状となった。



威吹鬼は仮面の口元にマウスピースを当て、右手の指をトランペット上部にあるスイッチに当てる。





「音撃斬――雷電斬震(らいでんざんしん)っ!」





自分に組みつこうとする白猫は気にせずに斬鬼は右手の親指を立て、それで矛に装着したバックルの弦をかき鳴らす。

するとその音が矛の先を通じて白猫の中へ、薄緑の波動となって伝わっていく。

その波動をモロに食らった白猫の動きが止まったので、斬鬼は続けてギター演奏を続ける。



普通のギターというよりはエレキギターっぽい音が、周囲にけたたましく鳴り響き始めた。





「音撃管――疾風一閃(しっぷういっせん)っ!」





威吹鬼は自分にまた飛びかかろうとした三毛猫に対し、トランペットの先を向けながら演奏開始。

こちらは青い波打つ波動となって放射状に広がり、それを受けた三毛猫が苦しみもがきだした。

トランペットの甲高い音とギターの重低音が響き、見事に……不協和音だな。これはヒドい。音が自己主張し過ぎて聴くのが辛い。



それでも空気になっている黒猫の方へ向かおうとすると、僕の左手をフェイトが掴んできた。





「ヤスフミ、やっぱり魔法でなんとかなるよねっ! あれは演奏しているだけだよねっ!」

「フェイト、話聞いてないよねっ! 音撃っていうのは、音の撃って書くのっ! あれが普通なのっ!」



なんでこんな涙目なのっ!? てーか魔法使う事に固執するなっつーのっ!



「そんなわけないよっ! ライダーってキックとかでパンチとかで敵を倒すんだからっ!
ヤスフミだってそうしてたよねっ! 演奏で敵を倒すなんて聞いた事ないよっ!
あの人達はふざけてるだけじゃないのかなっ! だったら私でもなんとかなるよねっ!」

「今倒してるでしょうがっ! いいから離してよっ! 黒猫に逃げられたらどうするのっ!?
ギンガさん、フェイトを押さえててっ! これじゃあ動けないっ!」

「わ、分かったっ!」





ギンガさんがフェイトを僕から引き剥がしている間に、不協和音の演奏は終了。



それと同時に白猫と三毛猫は爆散し、その身体を枯れ葉へと変える。



二人は5メートルほど距離を取っていた様子の黒猫へ向き直り、すたすたと歩き出す。





「……あ、倒した。ね、どういう事かな。だって演奏してただけなのに」



フェイトの話は無視で、僕は右サイドのスイッチをパンと叩く。



「クロックアップ」

≪CLOCK UP≫





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あ……ギンガっ!」

「フェイトさん、駄目ですってっ! なぎ君の邪魔ですっ!」

「邪魔じゃないよっ! ……ちゃんと考えてるんだよ?」



すまん、その言葉に不安を覚えた。それも前の世界であれだし……しかもガッツポーズしたよ。なんか見た事あるよ。



「ミッドがスーパー大ショッカーに支配されてるなら、どの魔法がどういう相手に通用するかとか、データが必要だよね」

「え」

「だって他のみんなは、そういうデータを掴む間もなく押し切られるかもしれないし」



ただその予想は、少しばかりだが覆された。フェイトさんの目は、今や自分だけでなく先も見ていたから。



「……あ、もしかしてそのために」

「うん。さっき童子達に襲われた後に、考えたんだ。相手の事を知らなきゃ逃げる事すら迷っちゃうから。
でもヤスフミはライダー中心で戦うし、ギンガは戦うの無理でしょ? だったら私が……というか、私しか」

「それは駄目ですよっ! これ以上場が混乱したら」

「邪魔しないでくださいっ!」



あーもう、恭文の予想通りに始まったしっ! ……あの二人、お互いに黒猫へ近づいていくもんだから肩でぶつかり合ってる。

でもそれじゃあラチがあかないから、今度は空いている手でお互いの胸元を突き飛ばし……そして武器をほうり投げて取っ組み合い。



「あの魔化魍は僕達、威吹鬼流が倒しますっ!」

「黙れ若造がっ! あれは俺達、斬鬼流の獲物だっ!」

「……見ての通りですから、下手に介入するとあの人達とも」

「そ、そうだね。ごめん、私空気読んでなかった」

「なにより……それ、全部なぎ君に聞けばいいんじゃ」





フェイトさんはその言葉に首を傾げるが、すぐに顔を青くしてハッとした表情を浮かべる。

そして驚愕の叫びが辺りに響いた。……この人、言ったらアレだけどバカだ。

そこはいいとして、恭文の予想通りに喧嘩勃発かよ。しかも怪人が目の前なんだぞ?



音撃道同士、相当仲が悪いな。恭文は既にクロックアップしてるからOKとして……俺はアスムに指示を飛ばす。





「アスム、行ってくれっ! 恭文は化け猫を止めてるっ!」

「は、はいっ!」





そういやもやしこと士はなにをしている。周囲を見渡してアイツを探すと……普通に傍観してんじゃないよ、このバカっ!



お前、変身もせずにどこ見てるんだよっ! あの喧嘩してる人達も化け猫もガン無視はありえないだろっ!










世界の破壊者・ディケイド――いくつもの世界を巡り、その先になにを見る。



『とまとシリーズ』×『仮面ライダーディケイド』 クロス小説


とある魔導師と古き鉄と破壊者の旅路


第25話 『響鬼の世界/争う鬼』










◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



クロックアップして、僕一人だけが加速した世界に突入。全ての動きがスローになる中、僕は駆け出して化け猫の先へと回る。

でも僕だけしかいないはずの世界に、妙な違和感――僕は5メートルほど走ったところで足を止め、右腕でガード。

そして次の瞬間、いきなり横から襲いかかってきた飛び蹴りを受け止める。襲撃者は攻撃が防がれたと分かると、すぐに後ろへ跳んで着地。



僕から3メートル弱の距離を取って、ゆっくりと身体を起こす。その姿は胴色で、左右非対称のアーマーを身に着けたライダー。



頭部と右肩にある角っぽい装飾と、カブトに似た装甲形状。そして右手に装着している装甲と同じ色のゼクター……コイツは。





「ごきげんよう、悪魔……いや」



そしてよく知っている声が、ソイツから聴こえてきた。ソイツはスーツ越しにも伝わる不遜な態度を取りながら、両手を広げる。



「ここはダークカブトと言うべきかな」

「一応聞くけどお前、誰」

「君の敵。そして栄誉あるスーパー大ショッカーの一員――大和鉄騎」

「仮面ライダーメテオか」



大和鉄騎――その名前、聞き覚えがある。てーかあの姿と声で丸分かりだった。

奴は劇場版カブトに出てきた敵役で、別名仮面ライダーメテオ。ZECT所属の『鬼』と呼ばれる存在だった。



「メテオ? いや、ケタロスだが」

「劇場版でおのれは隕石の如く、大気圏から突入して死んだんだよ」

「だからメテオか」



そこで奴は僕の返事を待たずに噴き出し、心底おかしそうに笑い出す。



「いや、実に面白いっ! 我々が映像作品になっているとは聞いていたが、そんな面白い死に方をしたのかっ! 俺はっ!」

「アンタ、ファンがかなりの数いるよ? で……ZECTの鬼がなんでここにいるのよ」

「いいや、スーパー大ショッカーの鬼だ。ZECTの鬼でもあったが、ZECTはお前達が叩き潰してくれたからなぁ」



やっぱ予想通りに、スーパー大ショッカーとZECTは繋がってたか。なら……三島達を倒されたから、復讐?

でも今のところ、殺気の類はない。奴は腕を下ろし、静かに頭を下げた。



「ダークカブト、ディケイド、君達にスーパー大ショッカーの一員となってほしい」

「お願いする身で不意打ちはありえないでしょ」

「すまない。あれは君を試させてもらった。あの程度を防げないようでは、入る意味がないからな。どうだ」

「だが断る。土下座もしなくていいから出直してこい」



そこで奴の身体がぴくりと震えた。それでゆっくりと、身体の中に抑え込んでいたものを解放していく。

奴が頭を上げていくと、この時間が重苦しい重圧で満たされていく。僕はそれを感じて、仮面の中で静かに笑っていた。



「残念だが、それは無理だ」



そう固い声を出す奴は、さっきまでの奴じゃない。スーツ越しに放たれる覇気は、人のそれではなかった。

どうやら奴は正真正銘の鬼らしい。そして鬼は、牙をむき出しにするような威圧感を僕にぶつける。そうしてまず一歩踏み出した。



「その場合、俺は徹底的に貴様らの邪魔をする。俺が守るべき組織を、俺がいない間に潰してくれた礼もしたい。
いや、しなくてはいけない。これはZECTの鬼足る俺が、今はなき組織にできる唯一の仕事だ」

「最初からそれが狙いか」

「貴様が予想通りに敵だっただけの話だ」

「てーかもやしに対しては入れっていうのは違うでしょうが」



そのままこちらへ駆け出そうとしていた奴は、出している覇気を一旦収める。

それで足を止め、こちらを不思議そうに見ていた。



「どういう意味だ」

「もやしには『戻ってこい』って言うのが正しいんじゃないかって事。
もやし――ディケイドは、スーパー大ショッカーが作ったライダー。違う?」

「……興味深い話だな。少し付き合ってやろう、なぜそう思う」

「まず、天道達ライダーが平然ともやしを利用して最終的に殺そうとした事。ここが引っかかってた」





天道と話していた時にも思ったけど、そういう事をする人達じゃないと思うのよ。そこは天道だけを見ても確定。

なのに外道手段を良しとしたなら、それ相応の理由があると睨んだ。そうしてできた予測の一つが、今言った通り。

ただ、それだけが理由じゃないんだ。天道と会って、改めてライダーというものを考えた。



あとはキバーラが言っていた『同族殺し』っていう点かな。そういうのも理由になってる。





「次にライダーの成り立ちだ。ライダーはなんの因果か、敵の力をそのまま用いるかコピーするのが基本になってる。
初代ライダーだって、元々はショッカーが生み出した怪人。だったらその後継者っぽいスーパー大ショッカーが」

「ディケイドという全てのライダーを網羅した、最強の『改造人間』を生み出してもおかしくはない。
そう考えれば、憎きライダー達がディケイドに非道を尽くそうしたのも納得できる」

「そうだよ」





ディケイドがいろんなライダーの力を使えるのは、別に不思議な事じゃないと思う。

そもそも仮面ライダーという存在を生み出したのが、ショッカーだもの。

ライダーを倒すために、別のライダーを作る――これ自体には前例があるんだ。



実は初代仮面ライダーには、ショッカーライダーという存在がいる。これは仮面ライダーを倒すために作られたライダー。

1号とほぼ同スペックのそれを量産して、仮面ライダーを倒そうとしたの。もちろん洗脳はしっかりした上でね。

漫画版だと1号の弱点を突いて、六人がかりでだけど初代ライダーを本当に倒してる。もちろん実写版にも出てる。



ちなみにそのうちの一人が一文字隼人――仮面ライダー2号。その戦いの中で洗脳が解除されて、味方になったのよ。

それでここからが本題。ショッカーライダーの発展系として、いろんなライダーになる力を持ったライダーが作られたとしたら?

フェイト辺りはありえないとか言うかもだけど、僕はすんなり納得できる。だって僕達の現状がそのまま適応されるもの。



僕達は前の世界で、クロックアップにはクロックアップしかないという現実を突きつけられた。

そしてこの世界でも、来た早々魔化魍を退治する力がないと突きつけられた。

そう、ライダーの世界は初代ショッカーが実在していた当初より、遙かな広がりを見せている。



だから今までみたいに単一の姿だけを持ったショッカーライダーを作っても、意味がない。

世界は広くて、鬼達みたいに人間の組織であるショッカーを敵視する存在もいる。

グロンギみたいに元から話し合いとか無理なのもいる。アンノウンだって『人を超えようとする』スーパー大ショッカーを放ってはおかない。



そんな世界全てを制覇しようと思って、必要なのはなにかと考えた。そうして出した答えは……対応力。

一人のライダーで、いろんな世界のライダーになれたらいいんじゃないかと考えた。で、それが量産できれば上出来。

奴らはそのコンセプト通りのライダーを生み出し、それを『破壊者』とした。それがディケイド――門矢士。



でもここで予想外の事が起きた。それはもやしが記憶を失い、ディケイドにも変身できなくなった事。

もやしは最初、テレビだとディケイドには変身できなかった。光一家が元いた世界に異変が起きて、そのどさくさでドライバーを入手してるのよ。

……多分もやしがグロンギ語を話せたりしたのも、そういう能力の一つなんじゃないかな。



鳴滝がディケイドを悪魔と罵ったのは、ライダーを倒すはずの力を自分達へ向けてきていたから。

僕も一緒に悪魔扱いされていたのは、ライダーに詳しい僕がいるとそれが加速しかねないから。

だからスーパー大ショッカーの狙いも、天道達とさほど変わらなかったんだろうね。



奴らはディケイドに各世界のライダーを破壊してほしかった。向こうはそれで再生とかしないのは知ってただろうしさ。

そう考えると、一応でも全て辻褄が合う。あとは海東がスーパー大ショッカーの事、知ってたっぽいのもだよ。

うん、知ってただろうね。間違いなく知ってるよ。だって……ディエンドに変身できるんだから。ディエンドもディケイドと同じだ。



ライダーを召喚する事で、様々な世界の特性に対応する事ができる。おそらくディエンドライバーも、スーパー大ショッカーが作った。



……今ここでコイツに話したのは、真実を掴むため。幹部らしい奴の反応を見るため。それで奴は……笑いながら両手を叩く。






「素晴らしい。あの鳴滝が警戒していただけの事はある。分岐点というだけではなく、洞察力にも優れるか。
実は……と言いたいところだが、俺もディケイドの正体は知らない。鬼と言えど、何分下っ端なのでな。
だがありえない話ではないな。ライダーというものは、そういう業を背負っている。ディケイドも例外ではない」

「そう。だったら上を引き出すために、下っ端には倒れてもらうかな」

「やってみろ」





その瞬間奴は鋭く踏み込み、左右のワンツーを打ち込む。それを両腕でガードしつつ……てーか重い。

これはライダーとしてのパワーどうこうじゃない。コイツの打ち方――鍛え方が重いんだ。

そのワンツーでガードが上がったところで、奴は左拳で僕の顎を打ち上げようとする。そのショートアッパーを下がって回避。



お返しに左拳を打ち込むと、奴は小さくしゃがみ込み……そこから消えた。僕の拳はただ左へ空振るのみ。

砕け散る地面の音を聴きながら、僕は素早く前へ移動。奴が右側から打ち込んできた蹴りを避け、その左サイドを取る。

でも奴は素早く突き出した右足を返し、僕の頭部に向かって内回し。それを右腕でガードし……衝撃に耐え切れず吹き飛ばされる。



2メートル弱飛んだ上で着地すると、目の前には既に踏み込んでいた奴の姿が見える。

打ち込まれた右ストレートを伏せて避けると、そのまま奴は飛び上がって右膝を僕の顔面へ打ち込む。

両腕をクロスさせ防ぎ切ると、奴の両手が伸びて僕の頭部ががっしりと掴まれた。



そのままあお向けに倒れ……僕は素早く右足を上げ、奴の腹を蹴り飛ばす。そうして倒れ込みつつ、巴投げ。

僕の頭から奴の手はずるりと剥がれ、そのまま僕の頭上へと倒れ込んだ。僕は素早く身を捻り起き上がる。

でもそれより速く打ち込まれた右回し蹴りを胸元に喰らい、また吹き飛ばされてしまう。



両腕でなんとかガードしたけど……マジで重い。僕はまた着地し、奴から3メートルほどの距離を取る。





「だがZECTの鬼足るこの俺は……下っ端だろうが固いぞ」

「そりゃいいね」



腕の中に残っていた痺れを振り払いつつ、僕は笑う。



「固い石の方が、砕き甲斐がある」

「奇遇だな、俺もそう思っていた」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」





もやし……じゃなかった。士がカメラを向けていた方から、結構低めな唸り声があがった。

その声にめちゃくちゃ聞き覚えがあったので慌ててそちらを見ると、そこには『鬼』がいた。

でもその鬼はあの二人とは違う。それに得物も赤い太鼓のバチ――片手棍を持っていた。



マスクの縁取りと腕の色は赤で、体色は紫色っぽいけど、どういうわけか太陽の光を浴びて、虹色に輝いている。

胸元と肩、脇腹を守るように丸く鋭い形状のアーマーを装着。銀色のそれは、体色とはまた違う輝きを放っている。

両手で持った根二本の先には、鬼の顔を模した赤い結晶がある。それを炎が包み、揺らめいていた。



腰を落とし、どっしりと地面を踏み締めるその姿には風格がある。あれは……誰だ。





「ヒビキさんっ!」

「はぁっ!」



ヒビキと呼ばれた鬼は左に二本の根を振りかぶり、逆袈裟に振るう。するとその勢いに乗って炎が砲弾として打ち出された。

それは真っすぐに逃げようとしていた黒猫へ飛び、20メートル弱の距離を一瞬で埋めて着弾。黒猫を枯れ葉へと変えた。



「響鬼……あ、アスム君のお師匠さんですね」

「なんだ、こっそり見に来てたのか。良い人なんだな」

「違う」

『え?』



安堵する俺と夏海ちゃんに背を向けながら、士は否定の言葉を口にしつつファインダーから鬼を覗いている。



「あれはさっき会った響鬼じゃない。全然別の奴があの姿になったぞ」

「士……写真撮ってたのはそこが理由か」

「で、でもあれはヒビキさんですっ! あの姿もあの技も、響鬼流そのものですしっ!」

「なら答えは一つだな」



あれが響鬼そのものなら……天道さんと同じって事か。あれ、そうすると。



「なんだ、お前達は」

「そちらは響鬼流の……なんです、もう引退なさったかと思ったんですが」



やっぱりこっちへ不信感丸出しな視線送ってきたしっ! あぁそうだよな、この展開はカブトの世界でのアレと同じだしっ!



「あー、違う違う」



鬼は片手棍を腰の後ろにセットしてから、右手を挙げて横に振る。それで顔だけが人間のものになった。

整えられた黒髪を耳の辺りまで伸ばし、貫録を感じさせる顔立ち……あれ、結構カッコ良い?



「ヒビキさんじゃ、ない」

「そう、俺はこの世界のヒビキじゃない。ディケイドは俺の事、知ってるんじゃないの?」

「悪いがアンタとは初対面だ」

「ほ、ほほほほほほ……家電オタクっ! 家電オタクの人だよっ!」



よし、フェイトさんは放置だ。恭文がいないとこの言語は通訳できな……恭文?

そういやアイツ、クロックアップしたままだったよな。……俺は慌てて周囲を見渡す。



「……士、カブトのカードですぐにクロックアップしてくれっ!」

「はぁ? どうしたんだよ」

「おかしいんだよっ! クロックアップしたはずなのに、恭文が動いてないっ!」





あっちの響鬼が化け猫を攻撃する間、恭文がアクションを起こした形跡がない。



もちろんクロックアップを解除して、この周囲に姿を現したわけでもない。



アイツがこの状況でなにかミスするとも思えないし……胸の中で、一気に嫌な予感が膨れ上がる。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



普通とは違う時間の中で、重い打撃音だけが響く。ただひたすらに僕達は拳を振るい、足を動かし、相手を叩いていた。

こんなに純粋な乱打戦は、本当に久しぶりかもしれない。それで自然と、心が躍る。

今打ち込まれた右ストレートの重さは、奴の強さ。そして奴が人ではないという証明。



改造されてるとか変身しているとか、そういう事じゃない。奴は鍛える事で人を捨てた。心根から違うんだよ。

……鋭く打ち込まれる左右の連打をガードし、次に来たハイキックもそのままガード。

僕は奴が足を引いた瞬間、前へ踏み込む。でもそこで奴は跳躍し、左足を打ち上げてくる。



股間へ打ち込まれたそれを両手で掴みガードすると、奴は身体を更に捻って僕の胸元に右足を打ち込む。

その蹴りをまともに喰らい、胸元の装甲から火花を散らしながらよろめき後ずさる。

奴はしゃがむように着地し、そんな僕に向かって一足飛びで踏み込む。そしてまた、装甲を貫きかねない右拳が打ち込まれる。



僕は左足で地面を踏み締め体勢を整え、一気に踏み込みつつ右フックを打ち込む。

身を捻って奴の拳を避けながら打ち込んだ一撃は、その左頬を捉え奴の体勢を大きく崩す。

でも奴は右に大きく傾いた体勢のまま、強引に身を捻って左の手刀を僕の首元へ打ち込む。



それをまともに喰らい、肩の骨が折れるんじゃないかという衝撃で呻いてしまう。

その手刀が引かれたかと思うと、奴は僕の腹部へと右ストレートを叩き込む。

それに揺らめき後ずさると、奴は飛び上がりながら右ハイキック――それを伏せて避けながら、奴の懐へ入る。





「陸奥圓明流」



そうして右拳を奴のがら空きな腹部へ当て、両足で地面を踏み締め一気に打ち込む。



「虎砲もどきっ!」





その瞬間、奴の装甲に大きな火花が走った。奴の身体もそれに合わせて震える。でも、当然それじゃあ止まらない。

奴は左膝で僕の右拳を打ち上げ、その足をそのまま捻って僕の脇腹へ回し蹴り。それをまともに喰らい、僕は横へ吹き飛ばされた。

転がりながらも素早く起き上がると、奴は僕の顔面目がけて右ミドルキックを放つ。



それを両腕でガードして更に距離を取り、踏み込みながら打ち込まれた右ストレートに合わせて一気にしゃがみ込む。

身を思いっきり伏せながら反転し、奴の顔面目がけて右足で蹴り。同時に左手を地面に当て、一気に身体を伸ばす。

奴は身を時計回りに捻り、拳を引きながらその蹴りを避け、鋭く僕の背中を狙い打つために左足を動かす。



……左手で地面を押して跳躍。打ち込まれたローキックを回避しつつ、右足を奴の後頭部にかけて一気身体を起こす。

奴の肩くらいまでの位置まで飛び上がってから、右肘を奴の右側頭部に向かって打ち込む。

徹を全力で込めた一撃によって、火花と衝撃が大きく走る。それに構わず跳躍……ううん、蹴撃。



首元と肩を両足で思いっきり蹴り飛ばし、奴をうつ伏せに倒しながら距離を取る。

僕は身を捻って、奴に向き直りながら着地。でも奴はローキックを鋭く返し、右内回しを放ってくる。

どうやら倒れまいと踏ん張ってから、一気にこちらへ飛び込んできたらしい。



僕はそれを左腕でガードし……衝撃に負けてまた吹き飛ばされる。……奴の一撃は、どれもが重い。

例え悪党だろうと、『鬼』であるという信念が奴を強くする。奴の一撃一撃に、その覚悟がこもっている。

だから奴はどこか輝いてすらいる。『鬼』という誇りが奴を強くし、より高みへと登らせる。



怖い……僕は奴が怖い。でも、どうしてだろう。それには少しばかり負けるけど、楽しくもある。



奴が足を振り切りながら僕へ向き直る中、なんとか停止。僕達はまた対峙し、お互いに呼吸を整えながら身をかがめる。





≪≪CLOCK OVER≫≫



再び飛び出そうとしていると、ダブタロスと向こうのゼクターが時間切れを知らせてくる。

そして元の時間へと戻り、周囲にある全てのものの動きもスロー状態から脱却した。



「ヤスフミっ!」

「来るなっ!」



フェイトに一喝した上で、僕は右拳をスナップさせる。



「大和鉄騎――化け物だね。お前は人じゃない。虎砲もどきと肘鉄食らって、まだ立ってられるとは」

「それはお互い様だろう。あの腹への突きで終わると思ったんだがなぁ。
まさかそれで仕留められないとは……やはり見込んだ通りだ」



手刀からのアレか。咄嗟に避けたから、スーツの表面を僅かに削っただけで終わった。それでも相当衝撃が入ったけど。

必殺技じゃないのにこれとは、恐れ入る。でも同時に、楽しくもある。こんなに強くて凄い男と戦っている事実が、僕を昂ぶらせる。



「右肩は大丈夫か?」

「なに、ちょっとヒビが入っただけだ。お前の方こそ、肋と頭はいいの?」

「心配にはおよばん。少しばかりヒビが入っただけだ。頭は軽くフラフラするが、これくらいの方が逆に冴える」





そう、まだやれる。まだ戦える。まだこの男の前に立てる。それがたまらなく嬉しい。

会って数分なのに僕達は、全く同じ喜びをお互いに共有し合っていた。誰よりも分かり合っていた。

それは異常と取られるかもしれない。僕達はそれ自体を否定しない。でも、この喜びも否定しない。



だって僕達は……この喜びが奇跡に等しいものだと、本能で知っているから。





「知っているか?」

「なにさ」

「人ならざる者の前に立つ者は、同じように人ならざる者でなくてはいけない。そうでなくては相手に失礼だからだ。
その呼び方は様々だ。鬼、悪魔、化け物、修羅――喜べ。お前は俺という鬼の前に立つ事を許された。
そして俺も喜ぼう。俺もまた、お前という修羅の前に立つ事を許された」



奴は両腕を広げ、芝居がかった仕草を取りながら声を荒げた。



「こんなに喜ばしい事はあるまいっ!」





その言葉に同意するように、口元から笑いを零してしまう。奴も腕を下ろしながら、それに乗ってくる。



あぁ、嬉しい。本当に嬉しい。その倍くらい怖いのに……その怖さを感じている事が嬉しい。



この鬼の前に立てた事が誇らしくて、たまらなく嬉しい。こういう感覚、しばらく味わってなかったなぁ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



なに、あれ。二人からとんでもない量の殺気が出てる。そのせいで空気が震えて、私達も鬼の人達も動けない。

というか、二人がなにを話しているのか全く理解できない。人じゃないって、どういう事?

あの人、怪人とかなのかな。でもヤスフミは普通の人間だよ? それと同じなんて本当にありえない。



声をあげたいのに、あげられない。嫌な予感がどんどん募っていくのに、止められない。私は……ただ震える事しかできない。





「さぁ、もっとやろう。せっかく人ではない者同士がこうして殺し合えるんだ。
どちらかが死ぬ時まで、徹底的に楽しまなくては。もちろん……死ぬのはお前だが」

「いいや、お前だ。僕は勝ち続けるんだからな」



そう言って二人は無造作に歩き出し、その距離を詰めながら右拳を挙げ。



「はいはい、そこまで」



打ち出そうとしたその瞬間、響鬼が二人の間に入った。それで少し呆れた顔をしながら、銅色のライダーを見る。



「悪いんだけどお前……ちょっと帰ってくれない? いや、こっちもこっちで立て込んでてさぁ」

「「どけ」」

「え、ダブルでそれ? でもそういうわけにもいかないんだよねぇ。ほら、一応俺もライダーってやつだし?」





明るくそう言ったあの人の顔面へ、銅色のライダーが右拳を打ち込んだ。ううん、打ち込んでしまった。

というか、あれなに。私、拳が見えなかった。最初なにをしたのか、全く分からなかった。

それが分かったのは、放たれた拳を響鬼が平然と受け止めたせい。それで拳は……ピクリとも動かない。



それで銅色のライダーは赤い手に握られた拳をパッと引いて、舌打ちしながらすっと後ろへ下がっていく。

すると手首にくっついているカブトムシっぽいメカが外れた。それでライダーのスーツが光になって消えていく。

そこから出てきたのは、黒いスーツにケープをまとった男の人。黒髪を後ろに流して、口元にひげを生やしている。



大体20代後半で切れ長の瞳をした男は、忌々しげに響鬼を睨みつけていた。





「……今日のところは引くとしよう。気が削がれた」



そう口にすると、あの人の後ろに銀色のオーロラが現れる。それであの人は右手を挙げ、ヤスフミを指差した。



「だが覚えておけ、ダークカブト……お前に未来はない。もうスーパー大ショッカーは関係ない。
俺はお前という修羅に出会えた事が嬉しい。だからこそ、俺は『鬼』となって貴様を殺す」



ヤスフミはオーロラへ消えていくあの人を見送りながら、変身を解除。元の道着姿に戻って、苛立ち気味に響鬼を見る。



「余計な真似を」

「まぁそう言うなって」



あの人がポンポンと背中を叩いても、ヤスフミはまだ怖い顔をしたまま。……あんなヤスフミを見るの、かなり久しぶりかも。

あの人と戦うのが、楽しいの? 駄目だ、嫌な予感がする。あの人とヤスフミを戦わせたら……とんでもない事になる。



「スーパー大ショッカー……じゃああの人、鳴滝さんの仲間とかですか?」

「あのライダー、電王の世界で鳴滝が呼び出してた奴じゃないか。……おい蒼チビっ!」



胸の中の不安に苛まれていたけど、士さんの声でハッとする。それでヤスフミは、響鬼さん共々ようやくこちらへ振り返った。



「あれはお前の知り合いかっ!」

「今知り合いになった。どうも前の世界でZECTに所属してたっぽい」

「なるほど、大体分かった」

「……なるほど、お前達か。世界の破壊者というのは」





その怒り混じりの声をあげたのは、斬鬼という人。あの人達は全員で私達に敵意を向けていた。



それで変身している二人の前に、横断幕が敷かれる。白いそれはすぐに外され、中から着物姿に戻ったあの人達が出てきた。



世界の破壊者……そうだ、その問題があったっ! やっぱりここでもあの話が広まってたんだっ!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



良いところなのを邪魔されて、僕は非常に機嫌が悪い。でも僕は大人なので、けんか腰はやめよう。



でもダブタロスは違うらしい。怒った様子でフェイトへ近づき、左肩をツツき始めた。





「やめてー! 私、なにかしたのかなっ!」

「フェイトさん、ごめんなさい。私もフォローできないです」



ギンガさんとダブタロスにはしっかり頑張ってもらう事にして、僕はもやし共々両手を広げて自分の姿をアピール。



「僕達はおのれらの大師匠だよ。さぁ敬え」

「その通りだ。そうだなぁ、まずはお茶菓子からか。あぁ、それと頭を下げるのを忘れずに」

「こらこら、お前らバカ言ってんじゃないよっ! ……すみません。あの、実はそこ勘違いで」

「勘違い? どういう事ですか」



話に乗ってくれた威吹鬼――イブキさん達に、ユウスケが主導でかくかくしかじか。

結果全員戸惑った様子で、顔を見合わせ始める。いやぁ、スーパー大ショッカーって便利だなぁ。



「ふん、信じられるかっ! そんな組織、聞いた事も見た事もないっ!」

「そうっすっ! ザンキさんの言う通りっすっ!」



うわぁ、そっちの脳筋どもは予想通りにスルーですか。思わず苦笑いだよ。

てーか敵意を向けるな、こっちはフェイトのボケが発動してストレス溜まったというのに。



「いや、ホントの事ですって。俺達、他のライダーもすっかり騙されてたんだけどさぁ。
とりあえずディケイドが破壊者じゃないのと、スーパー大ショッカーがいるのは事実」

「黙れ、ヒビキの偽者がっ! お前、その技をどこで盗んだっ!」

「そうっすそうっすっ! ザンキさんの言う通りっすっ!」

「だから俺も鬼なんだって。ザンキさんやイブキとは別世界の」



ヒビキさんが困った様子で、こちらに視線を送ってくる。



「なぁ」

「誰ですか、あなた。僕は僕の邪魔をする奴の事なんて知らない。
というかみんな、これがディケイドだから。もう倒しちゃおうか」

「え、ちょっとちょっと、そりゃないでしょっ! ほら、あんまりにワケ分かんない状況に終止符打っただけだしさっ!」

「ふむ……では」



イブキさんはこちらへ近づき、爽やかな笑みを浮かべてきた。とりあえず悪意の類は感じない。

純粋に歓迎するとかそっち方向で笑っているらしい。それで笑顔を浮かべながら、右手を胸元に当て軽くお辞儀。



「立ち話もなんですし、ここは大師匠に敬意を表してティータイムといきましょう。話はその中で」

「待てイブキっ! 貴様……まさかソイツらを引き込むつもりかっ!」

「人聞きの悪い」



こちらへ詰め寄ってくるザンキさん達に振り向き、イブキさんは嘲笑を浮かべる。



「あなた達斬鬼流がこの方達の話を全く聞かないから、私達で手厚く歓迎しようという話をしているだけです。どうでしょうか」

「大師匠を威吹鬼流なんぞに渡してなるものかっ! お前達はこちらへ来いっ!」

「そうっすそうっすっ! ザンキさんの言う通りっすっ!」

「おやおや、見苦しいですよ?」

「いや、それいこう」



ここで揉めても面倒なので両手をポンと叩いてから、もやしに接近。

素早く肩を掴んで強引に引っ張り、奴らに背を向ける。



「もやし、おのれはザンキさん達のところへ行って」

「はぁ? お前、なに勝手に」

「いいから。ここで下手に固まったら、また衝突するよ? そうなったら話が全然進まないでしょうが」



ほら、今にも変身して抗争始める勢いだし。もやしもそれが分かったから、渋々でも頷く。



「……ち、しょうがないか。だがアイツら、汗くさそうなんだが」

「体育会系というのはそういうものらしいよ? まぁ頑張って」



というわけでスクラムを解除し、みんなのところへ向き直る。



「よし分かった。お前達のところへは俺が行く。ユウスケ、夏みかん、ついてこい」

「分かった」

「この世界の事を知らなきゃいけませんし、むしろ歓迎ですよね。あと」



夏みかんは困った顔で、ダブタロスにツツかれ続けて涙目なフェイトを見る。

フェイトは小走りに辺りをうろちょろして、ダブタロスから逃げ始めていた。でもそんなんじゃあ逃げられるわけがない。



「フェイトさんにも音撃について、しっかり説明してもらえると助かります」

「やめてー! ヤスフミ、お願いだからこの子を止めてっ! あのね、私の疑問は正しいと思うんだっ!
きっと読者だって同じ疑問を持ってるよっ! キックとかパンチとかしてないしっ!」

「そのまま模索して迷子になっていき倒れてろ、ボケが」





というわけで僕達は二手に分かれ、早速調査開始……でも、イライラしてくる。大和鉄騎も逃したしさ。



なんにしても、あれの相手は僕だな。クロックアップもしてくるし、なにより決着をつけなきゃ。



人ならざる者の相手は、同じ奴じゃなきゃできない。そう、僕は認められたんだから。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



僕とフェイト、ギンガさんがやってきたのは威吹鬼流の道場……とは名ばかりの、カルチャースタジオ。

白く清潔な外壁と洋風の佇まい、そして女性ばかりが出入りしているここは、どう見ても道場には見えない。

そんなスタジオ一階にあるオープンテラスで僕達は腰を落ち着け、出された紅茶を一口。



そんな中、黒の上下に着替えた上でやってきたあの人は、イブキさんをじっと見ていた。





「あの、なにか」

「あー、悪い悪い。実はさ、俺の世界にもイブキがいるんだよ。お前とそっくり」

「そうなのですか」

「そうなのよ。だからなんかこう、他人と思えない? いや、まぁ俺の勝手な感想なんだけど」



そう言ってあの人――ヒビキさんは明るく笑い、紅茶を飲む。……なにしに来たんだろ、この人。

こう、今ひとつ考えが読めない。まぁ悪意どうこうって感じじゃないのは分かるけどさ。



「でもここ、凄いですね。私、音撃道っていうからもっとこう」

「本当に道場的なものを想像していた?」

「えぇ」

「そうですね、みなさんギンガさんのように仰ります。ですがその形態はもう古いんですよ。
そんな斬鬼流みたいな事をしていたら、鬼のなり手がどんどん減ってしまいますから。
確かに鬼の道は厳しいものですが、門戸を広げてその活動を身近にするのは大事だと考えています」





爽やかな笑顔を浮かべながら、さらっと毒を吐くか。ほんと仲悪いんだなぁ、この人達。

ヒビキさんも紅茶飲みながら、ちょっと『アレ?』って顔してるし。ただ、言っている事自体は間違ってない。

単純に門戸を増やすのであれば、解放的な要素は必要だもの。まぁそれでいいかどうかは謎だけど。



門戸を広げるという事は、人が多くなるという事。これは武術などに置いては決して良いものとは捉えられない。例えば。





「じゃあさイブキ、実際それで道場の人間を増やして……鬼のなり手って増えてるわけ?」

「痛いところを突きますね。実はまだまだで、門戸も完全にオープンというわけでもない」

「え、増えてないんですか? この様子なら大丈夫と思うのに」

「門戸を広げた分、育成する人間が不足しがちなんだよ」



首を傾げるギンガさんに、僕の方から補足を加えておく。



「特に鬼は師匠が鍛えて、弟子がその技を受け継ぐ形だし……ですよね」

「そうなんだよ。だから門戸を広げ過ぎるのも駄目なんだよね。
それだと全体を育成し切れないから……ここのバランス取りが本当に難しい。
人が来てくれるのは嬉しいけど、やっぱり師匠としてはちゃんと面倒を見たいから」





この人、発言に気になるところはあるけど……かなりちゃんとした人だね。つい感心してしまった。

門戸を広げた場合の短所は、人が多くなる事で指導の密度が薄くなってしまう事。

それは流派に質の低下という悪い結果をもたらす。だから門戸を広げるなら、指導員の増加が必須。



それも一定の技量を持った良質な指導員だよ。ただそれもなかなか難しく……一子相伝とかなら、この問題はでない。

技を受け継ぐ人間が絶対的に少なくはあるけど、その分マンツーマンでみっちり教えていけるもの。

僕の知っている中で言うと、御神流がそれに入るのかな。士郎さんから恭也さん、恭也さんから美由希さんって感じだし。



だから武術やそれ以外の伝統芸能では、『子から親へ』というしきたりを守って門戸をあえて閉じているところもある。

人を少なくするという事は、流派の質が低下する事を防ぐ意味合いもあるって事だよ。ようは一長一短。

イブキさんが困った顔をしているのも、その辺りのジレンマと格闘中なせいだよ。





「……あの、音撃って私にも使えませんか?」

「えっと、あなたは」

「フェイト・T・ハラオウンです」

「もちろん……と言いたいところですが、ここで確約はできません」



だからフェイトの疑問にも、現実を交えてしっかり答えようとする。うん、斬鬼流が絡まなかったら悪い人じゃないんだよ。



「鬼というのは鍛えに鍛え抜いて、初めてなれるものです。
しかも素養があるかどうかは、そのレベルに到達してみないと分からない」

「鍛えても無駄な場合もある?」

「鍛えた事による成長は無駄ではありませんが、鬼になるという目的が果たせないのであれば」

「あ、だったら大丈夫です。私も鍛えてますから」

「それは無理だよ」



表情を明るくするフェイトに冷たくツッコむと、我らがドジっ子はこっちに不満げな視線を向けてくる。



「どうしてかな。ようは訓練をしていればなれるものなんだよね。
確かにヤスフミには負けるけど、フィジカル訓練だってちゃんとしてるし」

「そうだね。それでヒビキさん達は僕やヒロさん達以上に鍛えてるんだけど」

「……ホントに?」

「ホントに」





序盤で訓練風景やってたけど、あれは局の訓練よりキツい。もうね、鬼というのはストイックなものなのよ。

鍛えて鍛えて鍛え抜いて、初めて人を超えた力が得られる。ここは泥臭いと言ってもいい。

合理的且つ科学的なトレーニングとは程遠いだろうし、頬を引きつらせているフェイトについていけるとは思えない。



なにより……それだって日々の積み重ね。一日二日やったていどで成果が出るわけがない。



てゆうか、なんか嫌な予感がするのよ。こういう時は大ポカやらかしそうで、不安になってしまう。





「ただ、私個人としては鬼になる――戦う事だけが全てではないと思います」



でもイブキさんは優しいから、そんなフェイトにも温かく声をかけて道を示す。……本当に良い人だー。



「実際うちにも、素養がないと分かっても献身的に鬼をサポートしてくれる方達がいますし。
僕だってそんな方達の力がなかったら、ちゃんと戦う事はできません。
例えば今着ている服も、鬼に変身しちゃったら全部消えちゃうんですよ」

「えぇっ! それって裸……どうしてですかっ! ヤスフミや士さんはそんな事ないのにっ!」

「それは羨ましい。ですが僕は修行不足なせいかそうなってしまって……僕だけでしょうか」



気恥ずかしそうにそう言ってイブキさんは、鬼仲間なヒビキさんを見る。

それでヒビキさんも紅茶のカップを持ちながら、その笑いに返す。



「大丈夫、俺もさっき着替えたばっか。俺も鍛え足りないって事だね」

「安心しました。……だからそういう時はさっきみたいにみんなに手伝ってもらって、新しい服をもらって着替えます。
今のは一例ですけど、そういうところからも支えてもらって音撃道が成り立つんです」

「それは、分かってるんです。ただ」



それでもフェイトは納得できず、嫌な予感しまくりな僕を見てガッツポーズを取る。



「ヤスフミ、やっぱり私……鬼になるの、チャレンジしてみるよ」

「なぜ前の世界での事をスルー!? いいから写真館戻ってじっとしてろっ! あのね、それは時間ないからっ!
ヒビキさんもイブキさんも、鍛えて鍛えて積み重ねてようやくなのよっ!? また一朝一夕になれるとか思ってるでしょっ!」

「あの、そうじゃないの。ただ私は」

「あぁもう、天道もう一度来てー! バカのバカが再発してるー!」

「あー、そこまでそこまで」



泣きたくなりながらツッコんでいると、ヒビキさんが間に入って僕達を止めてきた。

それから少し表情を引き締めて、涙目なフェイトに向き直る。



「少年達はこっちの世界の事とかで忙しいだろうから、俺がフェイトさんを鍛えるって事でどう?」

「え……いいんですかっ!?」

「いいよいいよ。まぁその、お詫び? ディケイドの事とかで俺達もバカな勘違いしちゃってたからさ。
これからはできる限り力を貸していこうって話してたのよ。もうどんっと任せてもらえればいいから」

「却下です」



希望に胸を震わせているフェイトに、僕は冷たく鉄槌を下ろす。

それにより机へ突っ伏したフェイトは、身体を震わせながら僕に不満げな視線を送る。



「どうしてかなっ!」

「少年、鍛えずじっとしてろってのは、さすがに束縛し過ぎじゃない? そりゃ無理だって」

「それでいいんですよ。ヒビキさん、お願いですから前の世界で学習した事スルーとかやめてくださいよ。
ちゃんと前回までの話を見返してくださいよ。家で料理を作っているって事でファイナルアンサーしたんですよ?」

「まぁ言いたい事は分かった。でもさ、答えって変わるもんでしょ。こう、ケースバイケース?
天道の言っている事も正解かもだけど、それだけが全部じゃないわけよ」



うわぁ、やっぱりこう来るかぁ。予想通り過ぎて、微妙な顔しかできないわ。

ただ、予想はしていたのでちゃんと返しは考えていたりする。



「駄目です。というか、この世界にいる間とかやられても逆に迷惑ですよ。フェイトは頑固だし単細胞だし直情的だし」

「ヒドいよー!」

「でもその分、こうと決めたら最後までやり通す」



今アメをあげるのは躊躇うけど、それでもそう言って驚くフェイトを見る。……うぅ、やっぱり可愛い。

この素の表情にドキドキする僕は、きっと駄目なんだと思う。ギンガさんいるのに。



「きっと鬼の修行がどんなに無茶でも、きっちりやろうとします。
それなのにヒビキさんがちょっと教えてあと自分で頑張ってなんて言われたら、どうなるか。
絶対暴走しますよ。それも時間がないからって言って、明らかに過剰なレベルで」

「……あー、それを言われるとなぁ。つまり、少年の意見としては」

「鍛えるならこのまま僕達と一緒に来てください。それが無理ならやめてください、フェイトが可哀想です」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ヤスフミ……私の事、ちゃんと考えててくれたんだ。な、なんだか照れちゃうかも。

というかドキドキしてくる。で、でもギンガがいるのにいいのかな。ううん、いいよね。

私はその、宣戦布告もしてるし負けないって言ってるんだから。……もう一人の私、幸せそうだった。



きっと素直になって、たくさんぶつかったからだ。だからヤスフミとイチャイチャ……って、そうじゃないっ!



今は訓練とかそっち方向の話なんだから。うん、そっち方向。……やっぱり料理頑張って作って、それからなのかな。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



というわけで、俺は一人で暑苦しい道場に……あぁ、一人だよ。ユウスケと夏みかんは、アスムの奴を送っていった。

アイツがいるとまたうるさい事になるからな、遠慮してもらったんだよ。二人は一人で返すのもアレだからって感じだ。

ただ……なんつうか、一人で来た事を後悔した。てーかここ、なんだよ。めちゃくちゃボロッちい道場だし。



ただ手入れはしっかりしてるから、汚いというわけじゃない。いや、別の意味では汚いんだろうが。



とにかくそんな道場へ連れてこられた俺は、その脇で突きを続ける男達を見て微妙な顔しかできなかった。





「ほらほら、気合いを入れろっ! そんな突きじゃ魔化魍は倒せんぞっ!」

『押忍っ!』



おい、なんだよこれ。ただの空手道場じゃねぇかよ。鬼の修行ってこんなのでいいのか?

蒼チビがいないとそこがさっぱりだと思いつつも、一応その風景を写真に収めておく。



「おい大師匠」

「なんだよ」

「お前には威吹鬼流を倒す手伝いをしてもらう」

「……いや、それ大師匠への頼み方じゃないだろ。態度がなってないぞ」



どこかで『お前が言うな』という声が聞こえるが、完全スルーだ。てーか言う事は分かるだろ?

コイツ、俺の事敬ってすらねぇし。もう使えるから使ってやろうって感じだし。



「というかザンキ……だっけか。お前らなんでそんな仲悪いんだよ」

「当然だろうがっ!」

「いや、だから……なにが当然かを教えろ。俺は大師匠だが、そこの事情はさっぱりなんだ」

「えぇい、ごちゃごちゃ抜かすなっ! とにかくお前は手伝えばいいっ!」

「手伝えるかっ! 手伝ってほしかったら、まず事情を話せっ! なんにしてもそこからだろっ!」



おいおい、コイツため息吐きやがったよ。苛立ち気味に頭かき出したよ。まるで俺が悪いって顔してやがるよ。

それにカチンと来て出ていこうかとも思ったが、その前にザンキはどこからともなくある物を取り出した。



「これだ」



奴が取り出したのは、黒くて円筒形の……巻物だった。それもかなり古いもの。道場と同じで、あっちこっちボロッちいし。



「巻物?」

「威吹鬼流と響鬼流も、これと同じものを持っている。だがそれは間違いだ。
ナンパでひ弱なイブキと、なに考えてるのか分からないヒビキになど、巻物は渡せん」

「なるほど、これを他の流派から取り上げろと。だが三つ揃えてどうするんだ?」



ここに関しては答えを期待していなかった。ようはあれだ、持っている事が後継者の証明とかそっち方面だと思ったんだ。

だがザンキは巻物を懐へ仕舞いながら、俺を見てニヤリと笑ってきた。



「簡単だ。音撃道の大師匠が残した、究極の宝を手に入れる」

「究極の宝?」

「この巻物が三つ揃えば、それを手に入れるための道が開く。
宝を手に入れた流派が……音撃道を真に継ぐ流派となるっ!」





なるほど……大体分かった。コイツと全く同じ事をイブキも考えていて、そのせいでいさかいが絶えないと。

最初は話し合いとかで持って行こうとしたんだろうな。でもあの調子じゃあ、どちらも納得するわけがない。

ヒビキに関してはちょっと読めないところがあるが、基本は興味なしって感じでいいんだろ。



主にそこで目くじら立てて争っているのは、斬鬼流と威吹鬼流……だが、宝か。なんか嫌な予感がするぞ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



アスムをヒビキさんのところまで送ってきたわけだが……なんかもう、この人駄目だな。あぁ、駄目だ。

だってさ、本気でラーメンの仕込みしてるんだよっ! この大量のとんこつや煮干し、この短時間でどっから持ってきたんだっ!?

ほら、アスムも呆れてるしっ! てーか川でとんこつ洗ってる場合じゃないだろっ! なんだよ、この人っ!



師匠っていうか駄目な大人じゃねっ!? てーかラーメン屋に転職したい人じゃなくねっ!?





「ヒビキさん、なにやってるんですかっ!」

「いや、ラーメン屋の準備だって。目指すはとんこつと魚介類のダブルスープだな。
少年、お前にもできたら食べさせてやるから、期待してろよ?」

「ホントにラーメン屋になってどうするんですかっ!?」

「ご、ごめんなさいっ! フェイトさんがもう……ユウスケー!」

「いや、俺に言われてもっ! てゆうかあの人、なんでラーメン屋って言ったんだよっ!」





どうしよう、これ。俺達が悪いのかな? もしくはフェイトさん?

本気でどうしたものかと思っていると、川でとんこつを洗っていたヒビキさんが立ち上がる。

それでチェアーに置いていた花をおもむろに右手で取ると……それを投擲。



俺と夏海ちゃんの背後にある雑木林へと一直線に飛ぶ。驚きながらそちらを見ると、ただの植物であるはずの茎が木に突き刺さっていた。



それで木の陰から、俺達以上に驚いた様子の海東さんが出てきた。





「コソコソしてないで、出てきたらどうだ? 素直に出てくれば、ラーメンくらいは喰わせてやる」

「投げてから言う事じゃないだろ、それは」

「海東さんっ! アンタなんでここにっ!」

「決まっているだろう、ユースケ・サンタマリア君」

「無理矢理間違えるなよっ! なんのフリだよ、それっ!」



海東は俺のツッコミはガン無視で、右手を銃の形にして撃つ仕草をする。そうして狙っていたのは、当然ヒビキさん。



「僕が狙っているのは、いつでもお宝さ。音撃道・究極の宝……どうしても手に入れたくてね」

「アンタ、まだそんな事してたのかっ!」

「そうですっ! 泥棒なんてして、恥ずかしくないんですかっ!?」

「どうして恥ずかしがる必要があるんだい? お宝は、決して失われてはいけないのに」



いや、そういう事じゃ……あぁもう、この人ホントワケ分かんないしっ! 胡椒手に入れたからOKにはならないのかっ!?



「というか君達、その様子じゃ知らないようだね」

「なにがですかっ!」

「響鬼流と他の流派同士が険悪なのは、お宝が原因さ。
各流派はその手がかりとなっている巻物を、それぞれ一つずつ持っている」

「あなた、何者ですかっ! どうしてそれをっ!」



寝耳に水な話だが……嘘ではないな。アスムが反応してるし、それなら納得ができるんだ。

てーかなんの原因もなしであれはないだろ。イブキさんもザンキさんも、音は悪い人に見えなかったし。



「なるほど。宝が原因か……そうだなぁ、だったらお前さんに渡すのもいいかもしれないなぁ」

「ヒビキさんっ!」

「少年、そう目くじら立てるな」



ヒビキさんはチェアー近くに置いてあったタオルで手を拭いてから、アスムへ近づいていく。



「考えてみろ、巻物があるから鬼同士で争う。だったらその巻物を外の人間にまとめて渡せば、争いはなくなるぞ?
鬼同士でいがみ合って喧嘩して、魔化魍を逃がすなんていうバカもしなくなる。良い事尽くめじゃないか」

「それはそうですけど、この人が悪い人だったらどうするんですかっ!」

「あ、それは考えていなかった。いやぁ、これは失敗だな」





おいおい、この人本当に……ちょっと待て。喧嘩して、魔化魍を逃がす? なんで今その話をするんだ。

それは……ついさっき、俺達がやりかけた事じゃないか。そこに気づいて、俺は改めてあの人を見た。

あの人は絶対にアスムを見ようとしない。でも、その目はとても穏やかで優しさに溢れていた。



少なくともいい加減な人間のする目じゃない。だけど、どこか怯えてもいる。そんな風に感じてしまった。





「よし、ならこうしよう」



妙な違和感に戸惑っている間に、ヒビキさんはアスムの肩を右手でぽんと叩く。それから左手で、海東さんを指差した。



「少年、お前は破門だ」

「……え」

「それで新しい師匠は……あの人だ」

「なんですか、それっ!」

「ちょっとあなた、なに考えてるんですかっ! いい加減過ぎますよっ!
それにアスム君の気持ちも考えてくださいっ! そんな事言われたら」



夏海ちゃんが掴みかかろうとするのをさらっと避け、あの人はまた川辺に向かう。

自分にあっさりと背を向けたヒビキさんにショックを受けたのか、アスムは涙目で駆け出しこの場から去っていく。



「アスム君っ! ……行きましょう、ユウスケっ! こんな冷たい人と話しても時間の無駄ですっ!」

「でも」

「いいからっ!」





俺は夏海ちゃんに手を引かれるまま、またとんこつを洗い出したあの人から離れていく。



……なんだろう、あの人。本当に冷たい人なのか? なんか違う気がする。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「――というかですね」



フェイトの修行問題についての話し合いは、まだまだ継続中。

どうやらヒビキさんは今ひとつ大変さが分かっていないようなので、真剣に話したいと思う。



「僕としては確実にヒビキさんが大変な事になるから、頼み辛いんですよ」

「はい?」

「フェイトは見ての通り、半端なくそそっかしいんです。半端なくドジで天然ボケで、未来永劫バカなんです。
魔法以外の事では、途端にポンコツになりますから。なのでやめてください。あれですよ、絶対被害をもたらしますから。
怪我とかしても知りませんよ? 物とか壊しても知りませんよ? 音叉とか絶対壊しますから」

「……少年、一体どういう評価をあの子に下してるわけ。容赦ないって」

「そうだよっ! というか私、ドジで天然じゃないよっ! しっかりしてるんだからっ!」



その言葉を聞いて、僕は思わず鼻で笑ってしまった。



「鼻で笑わないでー!」

「フェイトさん、ごめんなさい。私にも否定はできません。だってさっきも」

「それでも頑張りたいのー!」

「あれは……そう、フェイトがミッドで暮らし始める前だったかな。大体3年前?」

『え?』



いきなり僕が思い出話を始めたので、全員が面食らった様子でこちらを見る。

そんな中、ヒビキさんは何事かと首を傾げながらも紅茶を飲んでいた。




「僕がまたまたトラブルに巻き込まれて、その結果助けた人から切手をもらった事があったよね」

「切手? それはまた可愛いお礼だな」

「……いやヒビキさん、切手だからとバカにできませんよ。物によっては100万単位になりますから」



イブキさんのツッコミに驚いたのか、ヒビキさんはまた口に入れていた紅茶をあらぬ方向へ吐き出した。



「100万っ!? おいおい、それフカシこき過ぎだろっ!」

「冗談ではありません。限定的に生産されたものやプリントミスは、未使用を条件にそれだけの価値があります。
ここはこう、歴史的価値とでも言うんですか? 切手の絵柄は時代背景にも左右されますし。君……まさかとは思うけど」

「切手をもらって、ちょっとトイレに行ってた間ですね。フェイトは僕の部屋に入って、その切手をぺろりと雑誌の懸賞はがきに」

「やめてー!」



フェイトはあの時の事を思い出してくれたのか、必死に首を横に振ってくる。でも当然……止めるわけがないー♪



「一枚100万円前後して、それが三枚だから……てーか三枚全部使ったっていうのが信じられない。
しかもそのうち二枚は貼るの失敗して、ビリビリに破いてたし。もうね、僕はその時気が遠くなりそうでしたよ」

「そ、それはまた」

「というかね、金額の問題じゃないんですよ。人から厚意でもらったものだから、しっかり保存するつもりでしたし。
それをね、あっさり紙くずにしたっていうのが信じられなかったなぁ。しかも……僕になんの断りもなしに」



そこで僕も紅茶を飲んでから、また静かに息を吐いた。そうして遠い目をしながら、空を見上げる。



「おばあさん、切手の価値を知らなかったわけがないのに……それなのになぁ。もう悲しいやら腹立たしいやら」

≪あの時は揉めましたよね。リンディさんやアルフさんもかばいますし、『家族だから許せ』とかワケ分からない事言いますし≫

「あとはアレもあったよね、ただの聞き込みでワインショップに入った時だよ。
一本300万円はする高級ワインを手に取ったと思ったら、その瞬間ガッシャン。
そうそう、現場でくしゃみをして重要証拠を下水管へ落とした事もあるよね」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」

「フェイトさん、そんな事してたんですかっ!? というか、それでどうしてクビにならなかったんですかっ!」



ギンガさん、そこは極めて謎だよ。僕も『あー、こりゃ駄目だなー』って思ってたのに、普通に仕事してるのよ。

そんな謎はさておき、ヘコんで机に突っ伏すフェイトを一瞥してからヒビキさんに視線を戻す。



「ヒビキさん、お分かりいただけました? 僕がここまで言う理由」

「な、なんとなくは」

「別に僕はいいんですよ。フェイトは好きだし、ドジなフェイトも受け止める覚悟はあります。
本気で鍛えたいっていうなら、最後まで付き合いますよ。今は時間がないから無理ですけど。
……切手の事だって周囲はともかく、フェイトは真剣に謝ってくれた。弁償するとまで言ってくれた」



横目でフェイトを見ると、ここで褒めるとは思ってなかったらしく驚いた顔をしていた。なのでまぁ、ちょっと笑いかけてあげる。



「でも他の人は違う。正直なにかあったらかと思うと……それも『やるなら徹底してほしい』と思う理由なんです。
もうね、ちょっと関わってちょっと助けてやろうなんて気持ちでやってたら殺意湧きますよ?
魔化魍の前にフェイトへ音撃打ち込みたくなりますよ? 爪とか炎とか打ち込みたくなりますよ?」

「ぐす……ぐす」



あれ、泣き出した。おかしいなぁ、僕は優しさたっぷりにお話したはずなのに。

とにかくヒビキさんも、僕がどうして躊躇っているのかは分かってくれたみたい。やや苦笑気味だけど、ここは想定内。



「……だったら大丈夫だろ。現に少年はそうやって謝れるフェイトさんを受け止めるわけだし。
俺も受け止める覚悟を決めればいいだけの話だよ。てゆうか、覚悟決めるよ?」

「フェイトに手を出したらぶっ飛ばしますから」

「そういう意味じゃないってっ! ちょ、目が怖いからっ! マジ過ぎだろ、少年っ!」

「フェイトに手を出したら殺しますから」

「どうして二回言ったっ!? いや、なんかより恐ろしくなってるしっ! 殺意を隠そうとしてないしっ!」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



いきなりなぎ君がフェイトさん絡みで殺気を出してきたので、私は……胸が痛くなった。というか、私は彼女だよね?

一応彼女のはずだよね? 私に対してもああいう事、してくれるのかな。少し不安になってしまった。

ううん、しっかりして。フェイトさんが一番なのはよく知ってるもの。私は私の歌をうたっていけばいい。



これで焦ったら、元のもくあみだよ。昨日の夜は取り乱しちゃったし、しっかりしておかないと。



動揺する気持ちを必死に抑えていると、なぎ君をなだめていたヒビキさんがあるものを取り出す。





「フェイトさん、これ」



そうしてヒビキさんがフェイトさんの前へ置いたのは、金色で鬼の顔をしたなにかだった。私達はそれを見て、首を傾げる。



「あのヒビキさん、これって」

「あー、鬼になる時に使う音叉。もしかしたら使うかもしれないし、予習って事で」

「え、あの」

「大丈夫大丈夫。本当に鍛えてなかったら、ただの音叉だから。なんの反応も起こさない」

「ヒビキさん……ありがとうございますっ! それじゃあ早速っ!」



フェイトさんは嬉しそうにそれを手に取り、マジマジと見て……首を傾げた。



「えっと……あれ?」

「フェイト、それは折りたたまれてるのよ」

「あ、そっか」





なぎ君、すぐにフェイトさんが考えている事、分かるんだ。そのちょっとした仕草に、分厚い壁を感じてしまう。

でも私も納得。音叉っていうのはこう、二又のところがないから気になってたんだけど。

よく見ると鬼の顔の裏に、銀色で二又状のものがあった。どうやらそれを展開して、音叉として使うみたい。



フェイトさんは子どもみたいにワクワクした顔をしながら、音叉を掴んで。





「えっと、こうやって」



折りたたまれているそれを力いっぱいに展開。そして鈍い破砕音が手元から響いた。



「……あ」



フェイトさんが手に持っていた音叉は、中ほどから真っ二つにへし折れていた。

それを見て私も、なぎ君も、ヒビキさんも、イブキさんですら立ち上がって大声で叫ぶ。



『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」





実を言うと私は、さっきの話を全く信じていなかった。だって私はフェイトさんに助けられ、憧れていたわけで。



でも信じるしかなかった。ライダーの変身アイテムを壊したフェイトさんと、真っ二つに折れた音叉を見たら……信じるしか、なかったんだ。





(第26話へ続く)


















あとがき



恭文「というわけで……みんな、更新滞っててごめんね? 月末恒例の同人版校正中なのよ。今回は幕間第5巻」

フェイト「あ、それでなんだ。じゃあ拍手のお返事とかは」

恭文「毎日書いてるけど、ちょっと余裕がない感じ。というわけで、響鬼の世界第2話――お相手は蒼凪恭文と」

フェイト「フェイト・T・蒼凪です。……ヤスフミ、また新キャラが」

恭文「カブト劇場版に出てきた、大和鉄騎だね。そして鉄騎一閃はここから取ったという」

フェイト「えぇっ!」

恭文「嘘」

フェイト「どうして嘘ついちゃったのっ!」



(つきたくなったから)



恭文「そして初代仮面ライダーメテオだよ。二代目は今フォーゼにでてるけど」

フェイト「あれ二代目じゃないよっ!? というかあの人、ケタロスだよねっ! ……でも、そんなに強いの?」

恭文「強い。劇場版でも最終的に決着はつかなかったけど、天道とタメ張ってたから。
というわけで鳴滝に続くボスキャラとして、少しの間登場するはず。そして宇宙空間から落ちる」

フェイト「そこまでやらなくていいんじゃないのかなっ!」



(『我が魂は、ZECTと共にありぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!』)



恭文「それで響鬼の世界についても話が進み……巻物だよ巻物」

フェイト「お宝、だったよね。どんな宝なんだろう」

恭文「そしてヒビキさんはどんなラーメンを作るのか」

フェイト「そこは気にしなくていいよっ!」

恭文「だってフェイトがネタ振ったのに。ほら、ヒビキさんが必死に仕込みしてる」

フェイト「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」





(響鬼ラーメン……あ、売れそう。
本日のED:水樹奈々『SECRET AMBITION』)









恭文(A's・Remix)「というわけで作者、もうすぐ覇王編第4弾のボックスが届きます。というか、明日取りにいく」

鈴「Amazonじゃないの?」

恭文(A's・Remix)「……留守だったから受け取れなかった」

鈴「それでか」

恭文(A's・Remix)「ただそれが待ちきれなくて、コンビニでパックを五つ買ったんだけど」

鈴「成果は?」

恭文(A's・Remix)「ビャクガロード・ケンソンが出た。これはあれかな、暴風デッキ作れって事かな」





(おしまい)




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