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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第23話 『あの日々はHと共に去りぬ/今、輝きの中で』



キメラモンが両足を水面のような地面に叩きつける度に、いくつもの波紋が暗い世界に生まれる。

チョコモンは右手を振り上げそれを、自分に向かってくるキメラモンの上から叩きつけてくる。キメラモンは右に跳んでそれを避けた。

跳びながらキメラモンはチョコモンの方へ顔だけを向け、アグモンによく似た口に赤い炎の砲弾を構築。



それをヒートバイパーみたいな熱線として放ち、チョコモンに叩きつけた。暗い世界の中だと、赤い熱線の色がよく映える。

闇を斬り裂く光はチョコモンの左腕に命中し……あれ、効いてる?

なぜか黒い粒子が攻撃が当たったところから熱線の赤い火花と一緒に撒き散らされる。そうして熱線は腕を両断した。



ドスンと落ちた腕を見て、全員がもしかしたらなんとかなるのかもって思った。でもそれは勘違いだった。

落ちた腕はすぐに黒い水玉な粒子に変わり、腕の根元とくっついて再構築。元の形を取り戻した。

それを見てキメラモンが舌打ちしているところにチョコモンは笑いながら飛び込んで、両足でスタンプ攻撃。



音もなく跳躍……ううん、まるで飛んだかのようにチョコモンは空中で身を翻し、キメラモンを押し潰そうとする。





「恭文君、私の声……聴こえるかな」



キメラモンは翼を羽ばたかせながらチョコモンの下をくぐるように飛び込み、そのスタンプ攻撃を避ける。

それにより重い音が響くけど、土煙とかが出たりはしない。ただ音が響き、水面に波紋が生まれるだけ。



「今、恭文君の事ぎゅってしてるから……分かるよ。恭文君が一体なににそんなに苦しんでいるのか」

「ヒカリ、もしかして恭文がどうしてこうなったか分かるの?」

「うん。今恭文君の中に、あのデジモンの暗い感情が流れ込んで来てる」



テイルモンに答えられるのは、多分恭文君を強く抱き締めてるから。

こんなに細くて小さな身体をしてたんだなって、びっくりしてる。



「あのデジモンと恭文君の間にこう……共通点というか、パイプみたいなものがある。
多分ショウタロウ達が倒れたのもそのせい。しゅごキャラって、もう一人の自分だから」

「共通点って……それじゃあまるで恭文がアイツの仲間みたいじゃないかよっ! さすがにそれはないだろっ!」

「それは違うと思う。でも間違いない」

≪ヒカリちゃんヒカリちゃん、多分原因は……タグなの≫





その声にハッとしながら恭文君の手に装着されたままのジガンを見る。その間にもキメラモンは袈裟にアルトアイゼンを打ち込む。

刃はチョコモンの肌をあっさりと斬り裂き、傷をつける……え、やっぱり攻撃が効いてる。さっきはさっぱりだったのに。

でもそれ斬撃が通ると同時に身体から撒き散らされた黒い粒子によって塞がれ、またすぐに消えてしまう。



その様子を間近で見て舌打ちしていたキメラモンは大きな右腕で横から叩かれて、吹き飛んだ。



地面に叩きつけられ転がる度に波紋が生まれ、それが暗い水面で重なり合ってひとつの図形を描いていく。





「タグ?」

≪主様の胸元、ちょっと探って欲しいの≫



どうしたんだろうと思いながら右手を恭文君の胸元に当て、そこにあったタグを手に取る。



「……これっ!」

「紋章のタグが、光ってるっ!」

≪さっきあの子が完全体に進化した時も、同じ事が起きてたの。どうも……あの子に反応してるっぽいの≫

「じゃあ恭文さんの紋章は」



伊織君がキメラモンを追い払うように腕を振るい続けるチョコモンを見て、驚愕の表情を浮かべた。



「あの子がっ!? でもどうしてっ! 持ち主でもなんでもないはずなのにっ!」

「だってチョコモンは最低でも7年前にこちらに来たデジモン」



そう、だから関係があるなんてありえない。それだと本当におかしい事になるもの。

私と同じ事を考えているタケル君は、戸惑った表情でグミモンを抱きかかえていたウォレスを見る。



「そうだよね、ウォレスくん」

「う、うん。実際は居なくなるずっと前から一緒だった」

「だったら恭文くんの紋章と関係があるはずがない。だって恭文くんが選ばれし子どもになったのは2年前なんだから」

「チョコモンが居なくなった後にこれで……だったらこれはなにっ!?
もうワケ分かんない事多過ぎだからっ! お願いだから一気にこないでー!」



頭を抱える京さんをよそに、私はタケル君とミミさんと顔を見合わせてしまう。あの子にタグが反応しているという事は……だめ、分からない。

やっぱり分からない事が多過ぎる。あの子がどうして恭文君の紋章を? ……あ、もしかして。



「紋章を通じて、恭文君とチョコモンが繋がってしまっているの?」





一乗寺君の事でも分かるけど、紋章というのは単なるパワーアップアイテムじゃない。それ自体が意思を持っている。

でも元々の所有者は恭文君なわけだから、二人に繋がりが出来て……この暗い心が恭文君に流れ込んでいるのかも。

もちろん疑問も残る。さっきまでばしばし戦ってたのにこれなんておかしいもの。もしかして繋がりが強くなったから?



あの子が進化する度に、世界があの子の心象風景によって塗り替えられる度に……どうすればいいの。



今の私には、恭文君を抱き締める事しか出来ない。進化も封じられて私達も子どもで、もうどうしようもない。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



薄れる意識の中で思い出すのは、僕には『家族が居る』と思っていた時の事。ある日突然、それが嘘だと思い知らされた日の事。

小さな頃の僕にとっては家の中もひとつの冒険の場所。だからお姉ちゃんに内緒で家探しするのが日課だった。

そんな時見つけたのは、顔も知らないお父さんとお母さんが元々使っていた部屋の押し入れに入っていた書類と手紙。



最初はその中身の意味がよく分からなかった。でも自分で辞書を持ってきて調べて、理解した。してしまった。

僕には家族なんて居なかった。よそからもらわれて来た子で……家族なんて居なかった。

本当のお父さんとお母さんに会いたくなったけど、それも無理だった。だって二人共とっくに死んでるんだから。



僕は一人ぼっちだった。お姉ちゃんと二人だと思っていたのが、一人になってしまった。

それが分かってお姉ちゃんに隠れて泣き続けていたあの日の自分を思い出す。あの時の痛みを、思い出す。

自分なりの割り切りをつけるまで、ずっとそんな事を繰り返していた。そんな日々の中、僕は誘拐された。



それで探偵のおじさんと出会って、助けられた。おじさんにはいっぱいお礼を言って、色んな事を教えてもらった。

一人ぼっちで空っぽだと思っていた僕の中になにかが生まれた。ドキドキしてキラキラするものが、確かに生まれた。

それからしばらくして、知佳さんと出会った。知佳さんは最初に翼の事を教えてくれた時、寂しげだった。



その寂しさが僕が感じたあの時の衝撃と似ていて、僕は知佳さんに手を伸ばした。だって、嫌だったから。

お姉ちゃんが姉弟なのは変わらないって思った。考えた。そう決めた。でもやっぱり寂しさはあった。苦しさはあった。

あんな苦しい気持ち、知佳さんみたいに綺麗な翼を持つ人に味わって欲しくないって思って、ぎゅーってした。



それから時間が経って、次に思い出すのは……あのクリスマスイヴ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



お姉ちゃんが死ぬかも知れない。そんな状況に置かれた僕は一つ決意を固めた。それは罪を突きつける事。

あの時みんながやっていた事は間違いだった。お姉ちゃんのためにたくさんの人を傷つけていた。

見過ごす道だってあった。みんなと一緒に頑張る道もあった。でも僕は……そのすべての道を罪だと断じた。



それでお姉ちゃんが助かっても、僕は笑えない。これでハッピーエンドなんて笑えない。そんなの無理だ。

だってそうするって事は、シグナムさん達によって踏みつけられた痛みを抜いてしまっている。見過ごしてしまっている。

誰かに理不尽な暴力で踏みつけられるのは苦しい。それで凄く痛くて悲しい。人を信じられなくもなる。



僕は誘拐された時、そう思った。だからそんな悲しい事を終わらせるおじさんみたいな人になりたいって思った。

僕は止めたい。みんながやっている事は……違う。暴力を伴わなきゃいけない時点で、おかしい。

お姉ちゃんを闇の書のページを埋める事で助けたいなら、声をあげればいい。力を貸して欲しいと胸を張ればいい。



でもそうしないという事は……だから罪を突きつける。例えお姉ちゃんが死ぬ事になっても、決して止まらない。



僕は『お姉ちゃんを助けるために仕方なかった』なんて言い訳はしたくない。そんな言い訳は……絶対に許さない。





「――恭文、なんでだよ」



病院の屋上で起こっていた修羅場に突撃した僕を見て、ヴィータが呟き気味だけど必死な声を出す。

その視線は戸惑いや恐れが混じっていて……でも一番は、批難。ヴィータは僕の行動をないものだと思っている。



「なんでだよっ! 知ってるのになんでだっ!? そんな事してはやてが死んだら」

「だったら死ねばいい」



はっきりそう言い切る事で、全員が絶句する。でも僕は揺らがない。



「お姉ちゃんはこんな形で生きる事なんて望んでない。みんなにこんな事をして欲しいとも思ってない。
だから僕はみんなを止める。みんなに、自分達の罪を数えてもらう」

「ふざけんなっ! 今そんな話してる場合じゃ」

「してる場合なんだよっ! 犯罪者がガタガタ抜かしてんじゃねぇっ!
あれだけのページを埋めるために、一体何人有無を言わさずに襲ったんだよっ!」



ヴィータが僕の勢いに圧されて言葉を止める。それでみんなは、僕から僅かに視線を逸した。

それが許せない。自分のやっている事に言い訳をしているのを感じて……更に怒りが募る。



「全員、今すぐに選べっ! 僕とケンカするか……蒐集を一旦止めて、フェイトに横馬に詫び入れて協力を求めるかっ!」



僕の叫びに誰もなにも答えない。僕は一旦呼吸を整え、小さく息を吐く。



「……別に諦めろって言ってるわけじゃない。ただ、一旦止まって欲しいの。
闇の書を完成させて、そのままお姉ちゃんがお亡くなりになったら目も当てられない。
お願い。まず僕の……フェイトと双馬の話を聞いて。みんな、絶対的な勘違いをしてるの」



ここからが話の肝なので、気持ちと共に表情も引き締める。その上で一番暴走しそうなヴィータに厳しい視線を送る。



「このまま闇の書を完成させても、お姉ちゃんは死ぬ。みんながお姉ちゃんを殺すんだ」

「嘘つくんじゃねぇっ! お前こそアタシらの話聞けよっ! お前、ソイツらにダマされてんだよっ!」

「嘘じゃない。大体、話おかしいでしょうが。僕はフェイトと双馬が同類だってついさっき知ったばかりなのに。
これは今までのあれこれから考えた僕の結論だ。二人も管理局とやらも関係ない」



ずっと持っていたダガーはホルスターに仕舞い込み、僕は左手をみんなに伸ばす。



「このまま闇の書を完成させる事は、絶対に良い事じゃないから。ちょっとだけでいい。僕の話を聞いて。
お姉ちゃんを助けるのに必要なのは、闇の書なんかじゃない。今ここで、互いに手を取り合う事だけだ」





それでみんなは困惑しているというか、どうしようと視線を交わらせる。よし、なんとか通じてる。

まずは僕のスタンスをみんなに表明する事。その上で落ち着かせる事。これで場の主導権は握れるはずだ。

なにより僕は主の弟。その弟がストップをかけた時点で、騎士であるみんなは止まらざるを得ない。



……まぁ一度襲われてる時点で遅い話だけどさ。それでも権利を行使する事で止められるかも知れない。



家族に対してこんな権利を使うのは正直躊躇われるけど……それでもこのままはだめだ。お願い、このまま。





「出来ません」



このままいって欲しいと思っていたのに、シグナムさんはレヴァンティンを正眼に構えた。



「……剣を下ろして。マスターの弟のお願い、聞いてくれるとありがたいんだけど」

「残念ながら、それは無理です」

「なら家族としてとか一緒に過ごしてきた仲間とか、それでもいい。
お願い。このまま続けてたらみんな、マジで後悔するよ?」

「いいえ、聞けない。あなたは……いや、お前は主はやての弟などではない」



そこでシグナムさんは、とんでもない話をし出した。険しいままの表情だけは崩さなかったけど、動揺はしていた。



「シグナム、待ってっ! それは」

「お前は、どこの誰とも知らない孤児だ」



慌てた様子のシャマルさんの制止をシグナムさんは振り切って、更に言葉を続けながら僕に敵意を向ける。

同時にヴィータとザフィーラさん、フェイトの視線が僕に集まる。



「主はやてと血の繋がった人間ではない。主のご両親が赤子の時に引き取って、育てていたに過ぎない。残念だが、話は聞けない」



剣を構えながらシグナムさんは俯き、その頬に涙が流れる。そして剣先は震えながらも僕を向いていた。



「だから我らが……我らがお前の命令を、願いを聞く義理立ては、どこにもないっ!」



この状況でその話をされるとは……いや、予想していた。僕が襲われた時点で、それは既に明白だったもの。

それでも……こんな事を真正面から言われるのはやっぱりキツいので、舌打ちしてしまう。



「……シャマルさんのお喋りが」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



――あの時の事は平謝りなシグナムさんにお仕置きするだけで許した。勝手に喋ったシャマルさんも許した。

でも本当は……シャマルさんはともかく、シグナムさんにはもう二度と顔を見たくないくらいに腹が立っていた。

そのくせリインフォースを助けるために僕にいの一番に頼った事に関しても本気でムカついた。



正直あの時、シグナムさんが頼んできたって時点でもう断ってやろうかって思うくらいに腹が立っていた。

それでもそうしなかったのは……それだけじゃあだめだと知ったから。だから怒りを飲み込み、変えていく事にした。

そうだ、僕は腹を立てていた。あの時も――その前も。僕はずっと一人だったから。



僕には家族が居るという感覚が分からない。本当に血の繋がった家族が居る感覚が分からない。

なのにみんなには家族が居る。お父さんが居て、お母さんが居て、人によっては兄弟が居る。

それで……仲間も居る。例えば闇の書事件の時、僕はフェイトやクロノさんが背中を押してくれなきゃ一人だった。



僕はお姉ちゃんとは違う。シグナムさん達とは違う。正しいと思う事を貫きたいだけなのに、一人になっていく。



自分の異質さを見ているようで辛かった。でも、どこで平気になったんだろう。……だめ、分からない。もうなにも。





分かりますよ



完全に切れかけた意識が、そこで引き戻される。暗くて深い場所に居る僕の目の前に、栗色の髪をした小さな男の子が居た。



僕の声、聴こえますか?

「光子郎……さん」

そうです



そうだ、このオレンジでノースリーブのシャツに緑の半ズボン着用の5〜6歳の子は、光子郎さんだ。顔立ちは今より幼いけど、分かる。



「でも、どうして」

みんな揃って、あのデジモンの世界に引き込まれたせいですね。
特に君は……彼と深く繋がっている。原因は、分かりますね


「僕の、紋章」

えぇ。どういうわけか君の紋章は、このデジモンが持っています。
恭文くん、しっかりしてください。そんな感情に負けてはだめだ。君は






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



僕よりずっと小さな光子郎さんにハッパをかけられそうになった瞬間、鋭い頭痛が走り意識が一気に戻る。

暗い世界の中で僕は小さなヒカリに抱き締められていた。

とりあえず……左手を伸ばし、ちょっと離れたところでぜーぜー息をしているキメラモンに術式発動。



転送魔法で僕の隣に来てもらうと、キメラモンは動きを止めて頭を動かしキョロキョロし出した。





「な……これは」

「……キメラモン、無茶し過ぎ。てーか僕の相棒を勝手に使うな」



そう言った事でキメラモンも含めた全員の視線が僕に向き、驚きの表情を向ける。



「恭文っ!」

「大丈夫なんですかっ!?」

「最悪の気分だよ。もう今にも倒れて寝込んじゃいそうなくらい。でも、よく分かった」



上半身を起こし、キメラモンの右手からひょいっとアルトをくすねる。

そのまま僕はキメラモンとミミ、ヒカリに刃を当てないように気をつけながら立ち上がる。



「どうもあそこに僕の探してた『希望』があるっぽい。ちょっくら」



一歩踏み出そうとすると、僕の左手を誰かが掴む。それは……瞳に涙を浮かべ、不安げな表情で見上げてきたヒカリだった。



「……ヒカリ、ありがと」

「え」

「でも、行ってくるわ」



その手を優しく解き、僕はフラつきながらも足を進め始める。



「ショウタロス、シオン」

「あぁ」

「問題、ありませんわ」





ちょっと休んでてって言おうとしたのに、平然とついてきたし。でもこれは心強い。

一歩ずつ近づく僕達を見てケルビモンは、口元を歪めて笑う。それにより苦しさが増すけど……もう倒れたりはしない。

僕にも分かる。一人ぼっちの寂しさが分かる。僕は家族と居てもずっと一人だった。



一人だって、思い知らされた。僕に家族なんて、僕に姉弟なんて居なかった。仲間なんて居なかった。

それが普通で……だから分かる。どうしてコイツが苛立っているのかが分かる。

いきなりコイツの寂しさや苦しみが流れ込んで来たのか分かる。どうして僕の紋章を持っていたのかが分かる。



僕とチョコモンは同じだった。違う場所で、同じ寂しさを感じ取っていた。だから引きずり込んできた。



お前も同じだろうと言って……僕は胸から湧き上がり続ける苦しさと戦いながら奴を睨みつける。





「それ、返してよ。それは僕のものだ」



僕の言葉に目を細め、嘘をつくなと言いたげにケルビモンは叫びをあげる。



「返してくれないっていうのなら、力ずくで奪い取る。どうもそれがこんなホラー現象の原因っぽいしね」



アルトを正眼に構え、呼吸を整え……もう少しだけ踏ん張る。それで突っ張って、ケルビモンを見据える。

でも視界が歪み、意識が今にも途切れそうになる。アイツから流れ込んでくる暗い感情に引きずられそうになってしまう。



「ヤスフミ、ここは」



『解錠(アンロック)』



「オレに任せろっ!」



その瞬間僕は黒い旋風に包まれ、姿を変えていく。同時にショウタロスに身体のコントロールを譲渡。



≪Cyclone……Joker!≫

【「キャラなりっ! ダブルジョーカー!」】



文字通り緑と黒のハーフコート姿になったショウタロスは、左手を肩まで上げてスナップさせながら不敵に笑う。



「悪いな、チョコモン。オレ達は折れるわけには」



そんなショウタロスに向かって突き出される右手を、右の後ろ回し蹴りで弾いて傍らに逸らす。

本来なら質量的に難しいのかも知れないけど、右足に纏う緑色の風によりそれは可能。



「いかねぇんだよっ!」

≪Heat≫



ショウタロスはすぐにサイクロンのメモリを赤のヒートメモリへと入れ替える。それからバックルを再展開。



≪Heat……Joker!≫



その場で跳躍し、まるで蚊を潰すみたいに襲ってきた両手を回避しつつショウタロスはケルビモンの顔に飛び込む。



「おりゃっ!」





そうして炎に包まれた右拳をケルビモンの顔面に叩きつけ……その瞬間、接触点で赤い爆発が起こる。

その衝撃に押されて5メートル近くある奴の身体は、仰向けに倒れた。ショウタロスはそのまま地面に転がりながら着地。

すぐさま振り向いてこちらに向き直ろうとするケルビモンから距離を取りながら、右拳で袈裟気味のフックを打つ。



その腕の動きに合わせて拳から炎の砲弾が連続で放たれ、ケルビモンの身体に叩きつけられ爆発を起こす。





≪Luna≫



20メートルほど距離を取ったところで更に後ろに飛び退きながら、右手で黄金色のメモリを取り出し入れ替える。



≪Luna……Joker!≫





コートの緑色が金色に変わった瞬間、ショウタロスはメモリと同じ輝きに包まれた右腕をかざす。



するとその輝きが腕と手の形を取って一気に伸び、それはショウタロスの腕の動きによって空間で弧を描く。



鞭のように連続的に叩きつけられるしなる腕をケルビモンは両腕でガードしつつ、大きく跳躍。





【横に飛んで、メタル】



僕の指示通りに左に跳んで、ケルビモンのスタンプ攻撃をなんとか避ける。



≪Metal!≫



メモリを入れ替え左の黒が鋼色に変わった瞬間、ショウタロスは背中に現れたメタルシャフトを右手で掴む。



「ヤスフミ、お前は踏ん張ってろっ!」

≪Luna……Metal!≫





まずは左薙・逆袈裟・袈裟・身体を時計回りに捻りながらの右薙とケルビモンを打ち据える。

さっきの腕の鞭よりも質量的に重い攻撃に、ケルビモンは完全に動きを止めた。

ルナメモリとメタルメモリの組み合わせは、今のようにメタルシャフトに変幻自在の力を与える。



ルナジョーカーより重い一撃が欲しい時とかにはよく活用する組み合わせ。でもそれじゃあだめだ。



傷口と思しきところからあの粒子が溢れて……くそ、全然効いてないっぽい。でもショウタロスは諦めない。





≪Heat≫



再びヒートメタルを取り出し、バックルに再装填。コートは鋼と赤色に染まる。



≪Heat……Metal!≫



こちらに覆いかぶさるように飛び込んで来たケルビモンに向かって、ショウタロスは両手に持ったメタルシャフトを袈裟に打ち込む。

炎に包まれたそれはケルビモンの胴体を叩き、爆発を起こしてあの巨体を大きく吹き飛ばした。



「恭文さ……って、あれ誰ですかっ!?」

「だからショウタロウだよっ! シオンと同じだっ! でもキャラなりってあんなんばっかかよっ!」

「いや、あむちゃんや海里くん達は違ったんだけど……恭文くんだけ特殊とか?」

【ショウタロス……!】



つい先ほどつけた傷が吹き飛ばされながらも黒い粒子によって一瞬で修復され、ケルビモンは不敵に笑う。

それで心の中で走り続ける苦しさがまた強くなる。ただ呼吸する事すらも辛くなってきて、ショウタロスも動きを止めた。



「折れねぇぞ……絶対に、折れねぇっ!」

≪Cyclone≫



それでもショウタロスはメモリを入れ替え、右半身は鋼色から緑色へと変わる。



≪Cyclone……Metal!≫





メタルシャフトに緑色の旋風が纏い、ショウタロスは踏み込みそれを右薙に打ち込む。



僕達を迎撃するために突き出された左手は風によって弾き飛ばされるように横に跳ねた。



続けて上から襲ってくる右拳をショウタロスは右の側転で避け、またメモリーを入れ替える。





「オレが折れたら」

≪Trigger!≫



右足で地面を蹴ると、そこを視点に緑の旋風が生まれる。

同時に鋼色の左半身が青色に染まり、メタルシャフトはトリガーマグナムへ変化。



≪Cyclone……Trigger!≫





空中に居ながら緑色の風の弾丸を連射し、その衝撃に圧されるようにショウタロスは再びケルビモンから距離を取る。

サイクロンメモリとトリガーメモリの組み合わせは、こういう連射速度に長けた特性の弾丸を撃てるようになる。

同時に精密射撃も得意で、速度と精密性が求められる場合にはもってこいの組み合わせ……ショウタロスが珍しくメモリ使いこなしてる。



その弾丸はがら空きな胴体に全て命中し、ケルビモンの暗い身体に穴を開ける。





「誰がコイツの『優しさ』を守るんだっ!」

≪Luna≫



ショウタロスは奴から10メートル近く距離を取った上で着地し、再びメモリを入れ替える。

それにより緑色だったコートの半身は黄金色に染まる。ショウタロスはそのままケルビモンに銃口を向け弾丸を連射。



≪Luna……Trigger!≫





いくつもの黄金色の弾丸が揺らめく尾を描きながらもケルビモンに迫り、その周囲に着弾。

ケルビモンはさきほどと同じように両腕でそれをガードしつつも突撃……やっぱり攻撃や防御、回避が甘い。

まるで子どもがだだをこねて暴れてるみたいだ。決して戦い方が上手なわけじゃない。



少なくともさっきよりはずっと下手だ。だから決定打があれば、一気に押し込めるはずなのに。





「踏ん張るのは輝きを守るためだっ! 突っ張るのは間違いに立ち向かうためだっ!」

≪Heat≫



こちらに迫るケルビモンを見ながら、ショウタロスはメモリを再び入れ替える。



「優しさだって、立派なハードボイルドなんだよっ!」

≪Heat……Trigger!≫



それからすぐにトリガーメモリを取り出し、トリガーマグナムに挿入。

中程から曲がっている銃身の下を持ち押し込み、最大出力での射撃形態に移行。



≪Trigger! ――Maximum Drive≫

「トリガー」



長方形型の銃口に炎が宿り、メモリから生まれる力を蓄積していく。そんな僕達に向かってケルビモンが笑いながら手を伸ばしてきた。

ショウタロスはトリガーマグナムを両手で構えながらスッと左に動いて、突き出される手の平を避け。



「エクスプロージョンッ!」





引き金を引く。その瞬間、僕の身長ほどもある巨大な火柱が銃口から放たれた。

それをケルビモンはまともに胴体に喰らい、生まれる熱量と衝撃ゆえに叫びをあげる。

暗い世界が炎の赤によって照らされる中、ケルビモンはそのまま炎に押されて吹き飛んでいく。



そのまま地面を転がり、身体にまとわりつく炎によってもがき始めた。どうやら……効いてはいるらしい。





「だから……オレはお前を認めねぇっ! お前を絶対に許さねぇっ! ソイツはずっと踏ん張ってたっ!
必死にこんな世界の中で突っ張ってたはずなんだっ! 自分と同じような寂しさを誰か……に」



ショウタロスはふらつきながらトリガーマグナムを地面に落とし、両膝をついて崩れ落ちる。



「ショウタロス……次は私が」

「バカ野郎、お前だってフラフラじゃねぇか」



二人が強がっている間に、急に身体の感覚が戻ってくる。慌てて自分の姿を見たら……キャラなりが解けてた。

それだけじゃない。目の前の地面に二人が横たわっていて、ゆっくりとたまごに包まれようとしてる。



「く、ここまでかよ」

「まだ、まだです。私は最強――そして太陽そのもの。それがこんなところで終わるわけが」

「二人ともっ!」



慌てて手を伸ばすけど、触れる前に二人の身体は完全にたまごに閉じ込められてしまう。

僕は両手で二つのたまごを手に取る。でもその温もりは……いつも感じているよりずっと、冷たかった。



「そんな……どうして」





ううん、原因なら分かる。僕が、弱いから。口ではどう言っても、立ち上がる事を諦めてる自分が居るから。

また周囲の闇を飲み込んで傷を癒して笑うアイツには勝てないって、諦めている自分が居る。

アイツの気持ちが分かってしまって、迷ってしまって、崩れてしまっていいんじゃないかと思う自分が居る。



だから僕は二人に――自分の夢に嘘をついてる。自分の夢に、自分の願いに×をつけようとしている。



それで二人を苦しめてる。それが悲しくて情けなくて、涙がボロボロと出てきた。





『なんて顔、してんだ。泣いてる場合かよ』



その声にハッとしながらたまごをじっと見る。弱くなっている温もりから、声が聴こえる。

それも耳や頭を通り越して、頭に直接響くような温もりとは真逆に強い声だった。



『ヤスフミ、忘れたか? 『Nobody's Perfect』――完璧な人間なんて居ない。だからこそオレ達が居る』

『私達はいつでもお兄様と共に居ます。それでなにを恐れる事があるのでしょう』

≪主様、ジガンもお姉様も居るの≫

≪ほんとですよ≫



声はたまご達だけじゃなかった。手に装着してるジガンと、地面に落ちているアルトからも声が響く。



≪だから……気合い入れるのっ! 主様の『なりたい自分』は――ハードボイルドは、こんな事で折れる人じゃないのっ!≫

≪あなたは決めたんじゃないですか。なのに迷ってどうするんですか。
決断から今を変えるんでしょ? あなたは一体、どうしたいんですか≫

「そんなの」





身体は震えている。口ではどうこう言っても、僕は迷っている。怖がっている。

流れ込んでくる感情のせいで、今まで踏ん張ってたのが無駄だったんじゃないかって思い始めてる。

本当にしたかった事は、アイツみたいに暴れる事だったんじゃないのかって……ううん、違う。



僕は起き上がって笑う奴を見据え、右手を動かす。





「決まってるっ!」





そうだ、ずっと前から決めていた。あの時――探偵のおじさんに助けられて、その背中を見た時からずっとだ。

なのに忘れてた。心の中をじわじわと侵食してくる暗さに飲み込まれそうになった。そんな自分を本気で恥じる。

やっぱり僕はまだまだと思いながら左手でたまご達を抱きかかえ、右手をアルトの柄に伸ばして掴む。



呼吸を整えながらゆっくりと立ち上がり、刃に鉄輝を構築する。そうして刃を食いしばり、刃を左に振りかぶる。





「笑うな」





それでも奴は笑う。笑って、嘲笑って、哂い続ける。ずっと二人で踏ん張ってたウォレスとグミモンを笑う。

大切な人達を助けるためにここに来た大輔達を笑う。そんな大輔達の力になろうと、必死に戦ったブイモン達を笑う。

僕のために……見た事ないくらいにボロボロになってまで戦ってくれてるショウタロス達を笑う。



それが許せない。そうだ、僕はこんな風に誰かを踏みつけて笑う奴を許せなかった。そんなのは間違ってるって肌で知った。

だから守りたいと思った。そんなのが間違いだと思って……なにをウジウジ迷う必要があったのか。

僕は今必死に踏ん張ってるみんなを守りたい。そんなみんなの気持ちは無駄なんかじゃないって証明したい。



だから戦える。例え一人だって踏ん張れる。戦える。僕は……そうやって踏ん張るみんなの味方がしたかったんだ。





「僕を、ショウタロスを、シオンを、大輔やウォレス達を見て……踏ん張ってるみんなを見て」



奴が笑いながら突き出してくる手に真正面から突撃し、右薙にアルトを打ち込む。



「それ以上……笑うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」





刃が奴の手の平を捉えた瞬間、僕の左腕の中から輝きが生まれた。それが刃にまとわりつき、さらなる力を与える。

赤や青、緑に金色と黒と鋼色――様々な色が混じり合った光の斬撃は奴の右腕を吹き飛ばし、その巨体を再び地面に転がしていく。

それに驚いている間に僕は発生した輝きに包まれていた。その中でゆっくりと光の発生源が浮かんでいく。



それはもちろんあの二人のたまご。それらは声をかける前に僕の胸元に吸い込まれた。



あまりの事に驚いてしまうけど……あれ、なんだろ。さっきまで感じてた暗いものが一瞬で吹き飛んだ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



フラフラだった恭文君の身体から光が溢れて、それが暗かった世界に輝きを取り戻す。

世界自体は変わってないんだけど、それくらいに眩い光が全てを照らしていた。

ケルビモンはその光が不快なのか、叫びながら両腕を顔の前にかざして身を捩る。



それで威嚇するようにひと鳴きしてから、どたどたと足音を響かせながら接近し、両腕を振りかざす。



それでそのまま上から腕を叩きつけようとするけど、光に触れた瞬間に弾かれて10メートル以上の距離を飛ぶ。





「な、なんだよあれっ! アイツの身体からぴかーって光がっ!」

「もう僕、ついていけないかも知れません」



地面に波紋を生みながら転がる究極体デジモンを見て、みんなは困惑気味。

まぁ身体小さくなったりキャラなり見せられたりで色々あるしなぁ。でも、分かる事もある。



「ミミさん」

「うん、分かるよ」



私が出会った頃よりもずっと小さいミミさんは頷いて、笑顔であの輝きを見た。



「あの輝きは恭文くんの心の輝き。シオンとショウタロス達の中に込められた、強い願い」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『ヤスフミ、これは……なんだ。力が湧き上がってくる』

『それだけではない。私達とお兄様が完全に一つになっていく。こんなの、今まで感じた事がない』

「そうだね。でも、分かるよ」



アルトを鞘に納め、僕は両手を胸元に当ててゆっくりと目を閉じる。……大丈夫、二人は消えてない。



「これは僕達の力――そして僕達自身だ」



両手を胸元から離し、心から湧き上がる衝動に従って鍵を開ける。



「僕のこころ、アン」



『解錠(アンロック)』



「ロックッ!」



その瞬間腰にダブルジョーカーの時に装着するベルトが生まれ、その上に大きな鳥のようなアーマーが装着される。

僕はそれに両手をかけ、一気に展開。翼と表面に描かれた金色の装飾により、バックル部分はWとXの文字が合体した意匠になる。



≪――Xtreme!≫





弾けた光の中から現れた僕の今の格好のベースは、いつものコート姿。でもいくつか違うところがある。

一つはダブルジョーカーみたいにコートの右半身と左半身の色が違う事。色の配置自体は同じだけど。

そして両手首と足首の辺に『X(エックス)』を模していると思われる装飾がつけられていた。あとは……ロングパンツとインナーだよ。



胴体の真ん中がこう、蒼色なの。基本黒のロングパンツも内腿のラインはその色に染まっている。





【【「キャラなり」】】



もう、迷いも恐れも――絶望もなかった。僕は不敵に笑い右手を肩まで上げる。



【【「ダブル・エクストリームッ!】】

≪The music today is ”究極のメモリ”≫










魔法少女リリカルなのはA's・Remix


とある魔導師と閃光の女神のえ〜すな日常/あどべんちゃー


第23話 『あの日々はHと共に去りぬ/今、輝きの中で』










◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



【おいおい、これってまさかっ!】

【私達三人でのキャラなり。しかも姿はお兄様のまま】



僕の中でショウタロス達はただ驚きの声を上げていた。まぁこんなの、今まで一度も出来なかったしなぁ。僕もさすがにびっくりだ。



【お兄様の気持ちが――絶望の中の希望が、新しい力を呼び込んだ?】

【エクストリーム……だったよな。お前、この土壇場で切り札引き当てやがったのか】

「違うよ。これは僕達全員で」



スナップさせた右拳を握り、忌々しげに僕を睨みつけ踏み込んできたケルビモンを見据える。



「引いたんだっ!」



左足を踏み出し、水面のような地面を踏み締めながら右拳を打ち込む。



「おりゃあっ!」





それはこちらに打ち込まれたケルビモンの右拳と正面衝突し……その瞬間、黒色の光が弾けた。



拳に宿ったやや紫が混じったそれはケルビモンの拳を吹き飛ばし、黒い粒子にする。



その痛みに耐え兼ねて叫ぶ奴は、また子どものように左拳を振り上げ僕を押し潰そうとする。





「プリズムピッカー!」



迫り来る拳に左手をかざしながらその名を呼ぶと、円形で機械的装飾多数のシールドが僕の手の上に生まれた。

サイズは僕の胸元くらいで、X字になるように四つのメモリスロットが配置されている。それは襲い来る拳をしっかりと受け止めてくれた。



≪どうも、私です≫

≪そしてジガンなのー♪≫



右手で大きくPと描かれたメモリを取り出し、シールド上部にある五つ目のスロットに挿入。

スロットが右に向くようにした上で拳を受け止めたので、ここは問題なく入った。



≪Prism≫

「プリズムソードッ!」



そのスロットを右手で掴み、一気に引き抜く。するとスロットの先にはプリズム的に輝く50センチほどの両刃がついていた。

というか、ジガンが変身したシールドにこのアルト変身の剣が仕込まれていた。なので特に不思議はない。



「はぁっ!」





未だに僕を押し潰そうと押し込んでくる右手の手首辺りを狙い、左薙に斬撃を打ち込む。



それにより奴の手首はあっさりと両断され、痛みに呻きながら僕から距離を取る。



黒い粒子に還っていく手を振り払いながら僕は奴に一歩ずつ近づいていく。同時にアルトのX字型の柄にある赤いスイッチを押す。





≪Prism――Maximum Drive≫





その小さく親指の腹で押せる四角いスイッチを入れた途端に、刃の輝きが強まる。

同時にX字型の鍔も同じ色の輝きを放ち、今のアルトに宿っているのが分かる。

僕はまた襲い来る右拳にピッカーシールドなジガンを叩きつけ、その拳を弾く。いわゆるシールドバッシュ。



身体中から溢れてくる力をそのまま叩きつけただけで奴は体勢を崩したたらを踏み、僕から距離を取る。





「プリズムブレイクッ!」





胴体ががら空きになったところを狙ってアルトを袈裟に振るうと、プリズムカラーの斬撃波が刃から放たれた。

剣閃の流れのままに飛び出したそれは一瞬で5メートル大の大きさになり、ケルビモンの胴体を一刀両断した。

ただそれで終わりというわけじゃない。叫びをあげながら倒れる奴の身体は、すぐさま修復を始める。



どこからともなく現れた黒い粒子が、傷口を少しずつ塞いでいく。その度に奴の表情が痛みから安堵へと移行する。

どうやらパワーアップしたと言っても、『根本』をなんとかしないと勝てないらしい。

なら……そう考えていた時、奴の腹の中から黒い光が飛び出してきた。その瞬間、奴がまた痛みに埋めき叫びをあげる。



ううん、それだけじゃなくて暗かった世界が白夜のような風景に戻った。同時に元の景色もうっすらとだけど見え始める。

僕はそれに驚きながらもアルトをジガンに納め、飛んできたその光を右手で掴む。

フルグローブの手の中に収まったそれは……小さな金属板のようなものだった。でも普通のものじゃない。



だってそこには真ん中に三日月があしらわれている、ヒカリの紋章によく似たデザインの図形が描かれていたから。



それだけじゃなくてこの感覚は……あぁ、分かる。これは僕の紋章――闇の紋章だ。





「……って、闇の紋章っ!」

【やっぱコイツが持ってたのか】

【本当に、どこで手に入れたんでしょうね】

「いやいや、それよりなによりなんで出てきたのっ! まずそこからだよねっ!」



言っている間に闇の紋章は黒い光に包まれ、薄い板状のそれから両手で抱えられるサイズの金色のオブジェに変わった。



「あれ、なんか変わ……って、これって奇跡のデジメンタルッ!」



つい最近見たばかりのそれは二つの光を放つ。その光は僕の両サイドを抜けていくので、僕は思わず振り返ってしまう。

その光は大輔とウォレスの手の上に乗り……奇跡のデジメンタルと壺みたいなもう一つのオブジェへと変化した。



「それでなんか分裂したっ!?」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「これは……奇跡のデジメンタルッ!」

「watt?」



お、落ち着けオレ。奇跡のデジメンタルは分かるが、ウォレスが手に持ってる小さめな壺みたいなのはなんだよ。

形状が違うから奇跡じゃないよな。だったら……混乱しているオレと同じく首を傾げてたウォレスに、傍らのグミモンががしがみついてきた。



「ウォレス、それはウォレスのだっ! 使ってっ!」

「いや、使えって」



どうやらグミモンにはこのデジメンタルがなんなのか分かるらしい。

だったら……オレはウォレスの目を真っ直ぐに見て、ハッパをかける。



「ウォレス、オレの言う通りしろっ! そうしたらなんか勝手にしてくれるっ!」

「いい加減だよね、君はっ!」



そう言いながらもウォレスは笑って、小さな手の上に浮いた状態で置かれているそれに目を向けた。



「それで、どうやればいいっ!?」

「簡単だっ! こう叫べばいいっ! デジメンタルアァァァァァァァァァァァップッ!

――Digimental up!

デジメンタルアップッ!



英語が弱いオレでもウォレスがちゃんと合わせてくれたのはすぐに分かった。てーか恭文の奴も言ってるし。

そしてオレ達の目の前のデジメンタル二つは再び光となり、ブイモンとグミモンの身体を包み込む。



ブイモン、アーマー進化ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

グミモン、アーマー進化ぁっ!



まずブイモンは以前一乗寺のアジトで見た時と同じような金色のアーマーを装着……もう一度見るとは思わなかった。



奇跡の輝き――マグナモンッ!





それでグミモンはそんなマグナモンと同じような体格で……だけど全体的に丸っこくて流線型のアーマーを装着してる。



背中にはなんかでっかいリボルバー背負ってて、その上には背中に伸びた羽みたいなブースター。



両手はロックマンのロックバスターみたいな大砲の形になってるそれは、金色の輝きを放ちながらウォレスを見る。





運命の銃弾――ラビッドモンッ!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ラピッドモン<完全体・アーマー体><聖騎士型><ワクチン種>

テリアモンが“運命のデジメンタル”でアーマー進化した聖騎士型デジモン。本来ラピッドモンはガルゴモンが進化した完全体である。

だが“運命のデジメンタル”によって黄金に輝き究極体レベルにまでパワーを昇華することが出来る。



必殺技は背中に装備されたリボルバーや両手から、ホーミングミサイルを連射する『ラピッドファイア』。



そしてマグナモンの必殺技「エクストリーム・ジハード」と同等の『ゴールデントライアングル』である。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



キメラモン、アーマー進化っ!





キメラモンもアーマー進化したが、こっちは銀色のアーマーだ。でもこう、なんかおかしいんだよ。

体格は二人と同じ感じなんだが、アーマーは無骨でゴツゴツとした感じだ。それであっちこっちに顔がある。

胸部はグレイモンっぽくて、右腕はガルルモン、左腕はガブテリモン。二つともガオキングみたいな手に見える。



右足はクワガーモンで左足はモノクロモン……あれ、やっぱりガオレンジャー? てーかこういうのガオレンジャーに出てたよな。





瞬く奇跡――ワンダーモンッ!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ワンダーモン<アーマー体><データ種><聖騎士型>

ヒメラモンが奇跡のデジメンタルで進化した聖騎士型デジモン。

銀色のアーマーを身につけていて各部にデジモンの頭部を模した銀色のヘッドパーツと肩に銀色の翼が付いている



得意技は各ヘッドからレーザーを放つヘッドレーザー。そして大型の剣と斧が合わさったワンダーブレード。

必殺技はオーラを纏った各ヘッドを放つパンツァーヘッド。

そして全身を銀色のオーラが包み込んだ状態でワンダーブレードを持って突撃するワンダーディセントである。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「な、なにあれっ! またなんか姿変わったしっ! てゆうかアーマー進化三連発ってっ!」

「もう恭文くんの独壇場だね。まぁ僕達なにも出来ないんだけど」

「でも流れが変わった」



ヒカリちゃんがそう言って、起き上がり始めたケルビモンを警戒してる恭文やマグナモン達を見る。



「もう絶望なんてどこにもない。あるのは希望――優しくて強い輝きだけ」



あぁそうだ。なんかよく分かんないけど、オレ達はまだ戦える。

だから……オレは小さな身体のまま前に出て、あのバカに一つ釘を刺しておく。



「やいやい恭文、お前一人いいカッコしまくってよっ! もうそうはいかねぇぞっ!」

「大輔、アンタそれ敵に言うセリフっ! 恭文に言ってどうするのよっ!」

「いいんだよっ! ここからはオレ達も一緒に戦うっ! だから一人でカッコつけるなっ!」



アイツが驚いた顔でこっちを見るので、不敵に笑って右手でサムズアップを返してやる。



「オレ達全員で戦うんだっ! それで……絶対に勝つっ!」

「もちろんっ!」



そう返事してくれたのが嬉しくなっている間に、胴体をぶった斬られたはずのキメラモンはゆっくりと立ち上がる。

まだ傷はふさがり切ってねぇが……くそ、やっぱがつーんといかないとダメって事か。



ウォレス、このままじゃチョコモンの方が有利だ。だからぼくがアイツの中に行ってくる

『……はい?』



ラピッドモンがなんかとんでもない事を言いながら、左手を自分のアーマーの胸元に当てる。



紋章が――このデジメンタルが教えてくれた。それでチョコモンを止めてくる

「いやいやっ! Gummymon、中に入るってなんだっ!」

分かった。ならおれ達も行こう。ワンダーモン

オレも行こう。中でなにがあるか分かったものではないしな

「え、ちょっとっ!」



三人はオレ達が止める間もなくケルビモンに向かって飛行開始。

白い草達を揺らしながら、胸元の塞がりきっていない傷口に特攻。



うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!



ワンダーモンがでっかいブロードソードみたいなのを右手……つーか右顔の口に咥えながらどこからともなく取り出す。

それは剣先が斧みたいになってて、装甲よりも暗めの銀色で輝いていた。



ワンダーブレードッ!



ソイツをケルビモンの腹に突き刺しながらそのまま翼を広げて更に加速……ワンダーモンはそのまま広がった傷口に飛び込んだ。

続けてマグナモンとラビッドモンも入っていく。ケルビモンはそれが苦しいのか、地面の上で悶え苦しみ始めた。



「……アイツらはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



もう意味分かんない行動を取られてしまって、オレ達は頭を抱えた。それでつい恭文の方を見ちまう。



「おいおい、恭文なにやってんだよっ! マグナモン達中に入っちまったぞっ!」

「てゆうか君はなんだっ! お願いだからボクにも分かるように説明してっ!」

「僕に言わないでよっ! 全部おのれらの教育のせい」



そこで恭文は言葉を止めて、左の方に跳んで上からいきなり覆いかぶさってきたケルビモンの身体を避ける。



「おっとっ!」





ケルビモンは苦悶の表情を浮かべながら、恭文を踏み潰そうと飛びかかっていた。

それで傷口は……ふさがり切ってない? てーかよく考えたら再生速度が遅くなってるような。

もしかして中にあった恭文の紋章が出ていったからなのか。なら……そうだ、今しかない。



サッカー部での練習や試合、あとはここ半年の生活の中で鍛えた勘がそう囁いてる。その感覚に従って、奴と間合いを測る恭文に声をかける。





「恭文、外から押し込めば中のマグナモン達の助けになるはずだっ! 出来るかっ!?」

「了解。それじゃあ」



恭文は開いていた右手を肩まで上げて、指をパチンと鳴らす。



「完全にこっちの流れに乗ってもらおうか」

≪The song today is ”EXTREME DREAM”≫

『またそれっ!?』





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



チョコモンの中は、深くて暗い闇の中――さっきまでの世界の光景そのものだった。



だがおれ達はその中でもなんとか意識と進化状態を保ったまま、ラピッドモンを先頭に突き進む。



というか……広過ぎる。本当にコイツはどうなってるんだ。もうデジモンじゃないのは分かるんだが。





ラピッドモン、チョコモンの居場所は分かるんだな

うん。紋章が教えてくれるし、感じ取ってもいるから。もうすぐだよ

あとは恭文が持たせてくれるかどうか……やはりワンダーモンは残った方が良かったのでは

大丈夫だ



ワンダーモンはあの斧だか剣だか分からない武器を右の頭で咥えたまま、自信を持ってそう言い切った。



今のアイツは、誰が相手だろうが負けない。例えそれが神に最も近いデジモンだろうとな

そうか……まて、神に近いってなんだ

あれはケルビモン――オファニモンと同じ神の側近デジモンだ。色は違うがな

そうなのかっ!?

神様の側近って……それであんな無茶苦茶な能力使えたんだ。チョコモン、出世し過ぎだって





意外な事実が判明しながらもおれ達は闇の中に金と銀の軌跡を描き、最高速度で飛行を続ける。



中に居るチョコモンに会ってどうなるかはまだ分からない。だが……ここで確実になにかが変わる。それだけは予感していた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



鳴り響く音楽の中、僕は一歩ずつ奴に近づき……まず打ち込まれた左拳はシールドバッシュではねのける。

それで体勢が崩れた奴は今度は右足で僕を蹴ろうとするので、それもジガンで受け止めた。僕は地面を踏み締め、多少滑ってしまう。

でもそれだけ。奴がどんなに力を入れても、僕は決して揺るがない。というか、パワーがさっきより下がってる。



その上戦い方が下手なのでもう楽ちん楽ちん。ジガンをそこから一気に押し込んで、奴を仰向けにコカした。





「悪いね。この『ダブル』は」





奴はあの巨体でバク転するように距離を取り、僕に両手をかざす。そうしてその手を黒い粒子に分裂させ、一気に放って来た。



襲い来るそれに向かってジガンをかざすと、極彩色の障壁が僕の前に展開。



それにより黒い粒子は全て弾かれる中、僕はまた奴に近づきながらアルトをジガンに納めて新しいメモリを取り出す。





≪Cyclone≫

【オレとヤスフミとシオン、アルトとジガン――みんなの力が詰まってんだっ!】



奴との距離を縮めつつ、メモリを四つあるジガンのスロットの一つに挿入。



≪Cyclone――Maximum Drive≫



それから次のメモリを取り出す。もちろん取り出すのは、ダブルジョーカーの時にも使っているあのメモリ達。

どうやらこのエクストリームは、ダブルジョーカーの発展型でもあるみたい。だからメモリが出てくる。



≪Heat≫

【この輝きは太陽すらも超える】

≪Heat――Maximum Drive≫



奴が僕を見て威圧するように咆哮する中、三つ目のメモリを取り出して挿入。



≪Luna≫

【最強を超えた極限、そして切り札を超えた極光】

≪Luna――Maximum Drive≫



それで最後のメモリは……やっぱりこれ。切り札だし、ラストは当然かも。



≪Joker!≫

【これらは決して折れるようなものではありません】

【お前だけなんか喋り過ぎじゃねっ!?】

≪Joker! ――Maximum Drive≫





僕はジガン表面にある薄く細長いレバー型のスイッチを入れ、四つのメモリを同時にマキシマムドライブ。

これもプリズムのメモリの効力かららしい。ダブルジョーカーではこんな真似出来ないしなぁ。

プリズムのメモリの力は、異なる力を一つにする事。そうしてより強い極光を生み出す。だからこそのエクストリーム。



それぞれのメモリが輝き、その力がジガンの中心にある円形のクリスタル部分に集まっていく。

今ジガンから溢れる極彩色の輝きは、性格も考え方も全然違う僕達が三人一緒だからこそ使える力。

この輝きには一人では届かない。こんな僕の事を信じて、一緒に戦ってくれるみんなが居て初めて触れられる。



僕はその輝きをシールドを更に前に押し出す事で撃ち出し、この白夜の世界もろともケルビモンを撃ち砕く。





【【「ピッカー!」】】



展開していたプリズムの障壁が解除された上で放たれたそれは、放射状に広がりこちらに迫っていた無数の黒い粒子達と正面衝突。



【【「ファイナリュージョンッ!」】】





ジガンから次々と放たれるそれは黒い粒子達を物ともせずに撃ち抜き消し去っていく。



そしてその向こうに居たケルビモンへと届き、その身体にいくつもの穴を開けた。ケルビモンはそのまた苦悶の叫びをあげる。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



全速力で飛んでいると、黒い空間に歪みが生じた。そして黒かった風景が一瞬であの花畑に戻る。

ところどころにあの黒さが残ってはいるが、間違いない。最初に来た時と同じ風景だった。

さすがにいきなり過ぎて驚きのあまり動きを止めてしまったおれ達は、敵の腹の中なのに動きを止めてキョロキョロとしてしまう。



それでおれ達はあの穏やかな風景がいきなり見えた意味を、一つの影を見つけた事で悟った。





……チョコモン



おれ達の背後10メートルほどのところに、チョコモンは居た。穏やかな風に吹かれながら、あの赤い猿のような姿で笑っていた。

ただそれは今まで見たどこか寒気のする笑いじゃない。おれ達を安心させるように笑って……右手で自分の胸をぽんぽんと叩く。



分かった



グミモンはそう言いながら両腕を奴に向けた。



ラピッドモン、いいのか

うん。チョコモンも……それを望んでる

分かった



おれ達はそれぞれ力を高め、笑顔で両腕を広げる奴にそれを振るう。胸に走る痛みを必死に飲み込み、まずはおれから。



エクストリームジハードッ!



全身に装着されている金色の鎧から奔流を放ち、それでチョコモンを焼き尽くす。



いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!



ラピッドモンは両腕の砲門からグミモンの時の自分の顔が描かれている大きなミサイルを二つ発射。



パンツァー



ワンダーモンは身体中の顔を奴に向け、そこに力を注ぎ込み……発射。

色々なデジモンを模したと思われるヘッドは、虹色に輝きながら奴に突撃する。



ヘッドッ!





おれ達三人の攻撃を全て受け入れ、チョコモンは爆炎の中に姿を消した。それと同時に周囲の景色が切り替わる。



そこはあの白夜の世界。だがそれもすぐに……花畑に戻った。そこではただ静かに、穏やかな風が吹いていた。



それは最初にここに来た時と変わらない風。そう、あれだけ塗り替えられていった世界は何一つ変わらない姿をおれ達に見せた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「やった、のか?」

「みたい……だね。マグナモン達も戻ってきたし」

「大丈夫」



戸惑うオレ達を見て、ヒカリちゃんは少し悲しげな顔で笑う……って、ちょっと待てっ!



「もうあのデジモンの気配はどこにもない。ここも、ちゃんと私達の世界だから」

「ヒカリちゃん、その格好……なんか元に戻ってるしっ!」



いや、よくみんなの姿を見たら、みんないつも通りの格好してる。オレの身体も小さい頃のままじゃない。

景色はころころ変わってたから信用出来ないけど、みんなが元に戻ってるのを見て……マジで終わったんだなと感じた。



「大輔、それアンタもよっ! てゆうかあたしもっ!」

「ようやく、終わったんですね」

「そうだね。でも」



でも、オレ達に笑顔はない。全員の視線が、アーマー進化を解除してほっとひと息という様子のグミモンに向けられる。

そしてそれを見るウォレスに移る。ウォレスは、今まで見た中で一番大人びていて……悲しげな顔をしていた。



「ウォレス」

「大丈夫」



ウォレスはオレの言いたい事なんてお見通しと言わんばかりに笑って、穏やかな風が吹き抜ける中空を見上げた。



「チョコモンはきっと、救われたんだ。それにね、いつかまた会えるような気がする」

「……そうだな」





この場所にはもう暗いものなんてない。ただ風が吹き、ただ花が揺れ、ただ穏やかで雄大な景色がある。



まるで今までの事が夢だったと言わんばかりに世界は、いつも通りの姿をしていた。それが嬉しくもあり……少し悲しくもあった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



僕達はその後、サマーメモリーを離れてニューヨークに向かう事になった。まぁその前にデンバーにだね。



そこに至るまでの道中はとても穏やかで静かで……でもどこか楽しくもあったり。でももうお別れ。



その日の夕方、ようやくデンバーに入ったと安堵していると陸橋の上でウォレスが足を止めた。





「じゃあボクはここで」

「え、お前はニューヨークに帰らないのかよ」

「ボクはもう少し旅を続けてみるよ」

「ぼくも同じくー」



グミモンはそう言って飛び上がり、ウォレスの頭の上に乗っかる。



「ウォレス、その前に携帯電話を買うべきじゃないかな」

「それは確かに。じゃないと、また公衆電話探して遠回りするハメになるわよー?」

「あはは……それを言われると弱いかも」



僕とミミのツッコミに苦笑いしつつ、頭の上のグミモンを両腕で抱きかかえ……ウォレスは笑う。



「君達にはずいぶん世話になったし、今度お礼するよ。というか、日本に遊びに行くから」

「ウォレスさん、その前に国際電話を携帯で使えるようにするべきでは」

「それもそうだね。ここに至るまでも相当数遠回りしたし」

「家族を大事に思うなら、そこは必須よねー」

「うん、分かってるっ! そこはちゃんとするからとりあえず黙っててくれないかなっ! ほら、今は感動シーンだしっ!」



京やタケルはともかく、あの伊織でさえこう言うほどにウォレスがママに頭が下がらなかったのは、言うまでもない。

僕達は道中の間、そこをずーっと見てたからなぁ。ほら、だからヒカリだって口元を右手で押さえて苦笑いだし。



「それじゃあ元気でな、ウォレス」

「うん。またね、大輔……っと、その前に」



ウォレスはそこで笑みを深くし、並んで立っていたヒカリと京とミミにすっと近づいて……三人の頬に連続でキスをする。



「な……!」



夕闇によって赤くなっていた顔を更に三人は赤くしたのを見ながらウォレスはいたずらっぽく笑い、僕達に背を向けて走り出す。



「餞別もーらい。じゃあねー」

「みんなまたねー」

「こら、待てウォレスー! お前ヒカリちゃんになんて事をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「あ、大輔待ってー!」



大輔はそのままウォレスを追いかけて全力疾走して……僕はタケルと顔を見合わせ、大きくため息を吐く。



「大輔くん、連れ戻さないとダメかなぁ。また100キロ単位で離れても嫌だし」

「まぁいいんじゃないの? 今回は転送使うから。でもあれくらいで腹立てなくていいのに。アメリカ式なら普通だよ」

「そうらしいですね。街角などで挨拶がわりにハグやキスをする人達も見かけましたから。でも」



伊織はそう言いながらも、僕の足元に居るキメラモン――もとい、成長期なヒメラモンを見て首を傾げた。

なお、名前はアーマー進化が解けたらヒメラモンが電波をもらったらしくすぐに分かりました。



「ヒメラモン、退化出来るようになってよかったですよね」

「紋章も見つかったし、太一さん達や恭文くんの友達もみんな戻ったし……とりあえずは万々歳かな」

「不安は残るけどね」



そう言いながら僕は右手を胸元に入れ、タグとそれにはめ込んだあの紋章を取り出す。



「チョコモンがあんな暴走したのは、間違いなくこの紋章の力のせいだもの」



僕の手の平に収まっている紋章を、傍らのショウタロス達が近づいて覗き込んでくる。



「確かに……なぁ。しかも闇の紋章だしよ」

「さすがにあの一件の後だと、警戒してしまいますね」

「大丈夫じゃないかな」



そう言ったのは、タケルだった。タケルは笑顔を浮かべながら、ショウタロス達と同じく紋章を見る。



「ウィザーモンだって言ってたよね。僕達は闇の力を手にしなきゃいけないって。
でもその闇は、暗黒デジモンや一条寺くんが飲み込まれかけた闇の力とは違う。
今回だってそうだよ。その片鱗は確かに見れたし、そこまで不安に思わなくても」



その言葉が信じられず、僕もショウタロス達も……伊織も含めて口をあんぐりとしてしまった。それを見てタケルは首を傾げる。



「なに、どうしたの?」

「いや、タケルはてっきり警戒の視線と共にモノローグを送るものだとばかり……ほら、空気読めないから」

「なにそれっ! あのね、誤解があるようだけど僕は空気が読めるのっ! 読めないとかないからっ!」

「いやいや、タケル……アンタは空気読めないと思うわ。てゆうか、あえて読まない時があるでしょ」

「京さんも突然復活してそういう事言うのやめてくださいよっ! あとミミさんとヒカリちゃんもうんうん頷かないでっ!」





こうして短くも濃密なひと夏の冒険は終わった。その中で手にした力は……闇の紋章と、エクストリーム。



色々不安がなくはない。だけど頭を抱えるタケルをいじりながら僕は、一つの大きな山を超えた事だけは確信していた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「――うん、分かってる。心配しないで、ママ。僕は大人になるための旅に出ているだけだから」





ウォレスは本当に携帯電話を買った方がいいと思う。だって一回電話するだけでお金全部使いそうな勢いだもの。

海岸のすぐ近くにある公衆電話によりかかりながらぼくは、ウォレスの非効率的な行動に大きくため息を吐く。

あー、海がこんなに近いと泳いだりしたくなるなぁ。だって今日も暑いし。こう、水際でじゃばじゃばーってやるだけでも楽しいかも。



そう思いながら水際を右から左へ流れるようにじーっと見ていると……一つの影を見つけた。

影というか、漂流物? 流されて砂浜に打ち上げられたようなもので、大きめなゴミかなと思った。

でもそうじゃない。それはウォレスが両手で抱えられるくらいのサイズのたまごだった。



しかもその柄をぼくはよく知ってる。というか、覚えてる。だってあのチョコ色のたまごと色違いのたまごの中に、ぼくは居たんだから。



しかもしかも、それが勘違いじゃないって分かるんだ。あのたまごには確かに……電話中のウォレスのズボンを掴み、一気に引いた。





「ウォレスウォレスっ!」



ウォレスは一旦受話器を離し、左手を口をつける方に当ててママにこっちの声が聴こえないようにする。その上で僕を困った顔で見始めた。



「なんだGummymon、今話し中」

「いいから、アレ見てアレっ!」



ウォレスは最初はぼくの声に迷惑そうにしてたけど、ぼくが指差した先にあるたまごを見て……表情をほころばせた。

それからすぐに一旦離していた受話器を耳に当て、早口で向こうに居るママに平謝り。



「ママ、ごめんっ! とにかくそういう事だからまたかけ直すよっ! あー、バスが来たみたいだからっ! それじゃあっ!」





受話器を電話機に置いて、ウォレスは僕と一緒にあのたまごに向かって全速力で走る。

波打ち際で揺れるたまごは変わらずにそこにあって、まるでぼく達を待っているかのよう。

……この旅に出た事は正解だった。ぼく達はあの時無くした思い出を、絆を探すために旅に出た。



その中でぼく達はもうあの頃には帰れない現実を突きつけられた。確かに元に戻れと言って戻る事の方が少ないみたい。

どんなに望んでも、どんなに希望を持っても無理な事はある。過去は変えられない。ぼく達は、なにも取り戻せなかった。

だけどやり直していくのなら違う。ぼく達は暑い夏の日差しの中、そのためにようやく帰ってきた『三人目』を抱き締める。



この瞬間長い二人だけの時間に終わりを告げて……また新しく、三人の時間を始めた。





(第24話へ続く)




















あとがき



恭文(A's・Remix)「というわけで、不透明なところも残しつつデジモンハリケーン編終了です」

フェイト(A's・Remix)「どうして闇の紋章をチョコモンが持ってたのかーとかだね。あとは元々の場所とか」

恭文(A's・Remix)「そうそう。でもこの話に関しては全部分かってもあれなので、あえてこういう感じにしました。
……え、説明不足? 大丈夫、突然劇場版で究極体に進化したあの二人よりマシだから」



(『うぅ、否めない』
『確かにこう……いきなりな上に一蹴されたしね』)



恭文(A's・Remix)「というわけで、今回は新フォーム出したりで結構大活躍な八神恭文と」

フェイト(A's・Remix)「全く出番のなかったフェイト・テスタロッサです」



(そして闇の紋章のデザインは、以前夜叉丸様から頂いたものを元にしております。夜叉丸様、本当にありがとうございました。
あとワンダーモンも中堅嘱託魔導師B様からのアイディアとなります。本当にありがとうございました)



フェイト(A's・Remix)「ヤスフミ、ダブル・エクストリームってやっぱり」

恭文(A's・Remix)「ここは前々から言っていた通り、仮面ライダーWのエクストリームだよ。武器や能力も準拠」



(さすがに地球の記憶云々はないけど)



フェイト「でも強力なフォームだよね。究極体も一蹴するし」

恭文(A's・Remix)「そこの辺りはケルビモンが戦い方ヘタなせいもあるよ。
だからちょっと打ち合う程度ならOKだけど……あのままガチで殴り合ってたらスタミナ負けしてた」

フェイト「だから決め手はワンダーモン達だったんだね。でも本当に謎が多いよね。
結局チョコモンを取り込んであんな風にした場所の正体もさっぱりだし」



(ここは劇場版でのお話です。まぁこっちでもさっぱりだけど)



恭文(A's・Remix)「なんだよねー。だから作者も最初はこの話避けようと思ってたくらいだし。
あのね、原作見たの。見た上で白旗上げたから。まぁそういう怪奇現象って事で」

フェイト(A's・Remix)「もうそうとしか説明出来ないんだよね。まぁホラー要素たっぷりだし、それでもいいんだろうけど」

恭文(A's・Remix)「ホラー関係は理解を超えているっていうところも演出の一つだしね。あー、それと最近……こんな拍手が」



(※ ドミニク「愛をプレゼントしに来ました」)



フェイト(A's・Remix)「……ドミニク? え、誰かな」

恭文(A's・Remix)「フェイト、知らないのっ!? これはチームグラサンだよっ!」

フェイト(A's・Remix)「チームグラ……はい?」

恭文(A's・Remix)「チーム『Grand sons(偉大なる息子達)』の略称だよっ!
かつてアメリカで大規模な裏社会の抗争が起きた時、ひたすらに愛を説き続けたグラサンの組織っ!」



(詳しくは『http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B5%E3%83%B3』。
または『http://www.nicovideo.jp/watch/sm12555183』をごらんくだし。そして紐G様の動画はもっと評価されるべき)



恭文(A's・Remix)「今はスティルウォーターで愛を説き続けているあの伝説のチームがコメントくれるなんてー。
もう本当にありがとうございますー! とまとでも存分に愛を説いてくださいっ!」



(ありがとうございましたー!)



フェイト(A's・Remix)「ヤスフミ、作者さんもテンション高くないかなっ! ほら、ご本人じゃないかもなのにっ!」

恭文(A's・Remix)「いや、分からないからこそ最大限の感謝を表すのよ。いやぁ、今年ももうすぐ終わりでテンション上がったなぁ。
というわけで次回のA's・Remixは……いよいよデジモン02も後半戦に突入。でも僕は僕で大変な事に」

フェイト(A's・Remix)「あの話に突入するからだね」

恭文(A's・Remix)「突入するね。それでは本日はここまで。お相手は八神恭文と」

フェイト(A's・Remix)「フェイト・テスタロッサでした。それではみなさん、また次回に」





(このお話で得た教訓:どんなチートも初登場補正には絶対に勝てない。
今回のED:AiM『スタンド・バイ・ミー 〜ひと夏の冒険〜』)










セシリア「ダブル・エクストリーム、凄い強さですわね」

鈴「教官、あれいいわけ? ほら、チート」

恭文(A's・Remix)「大丈夫だよ、リン。とまとの今までの流れからすると……あの手の強力フォームはだいたい制限つくから」

鈴「制限?」

恭文(A's・Remix)「例えば使用するとぐったりする」

セシリア「でもそういう描写は」

恭文(A's・Remix)「例えば特定条件下じゃないと変身出来ない。例えば初登場補正が無くなるから何回か出ると弱くなる」

鈴「後者は完全に制作上の都合じゃないのよっ! あと初登場補正の話はもうやめましょっ!」

恭文(A's・Remix)「そうだね。まるでリンの現状そのものだし」

鈴「それどういう意味よっ! あたしが初登場から弱くなってるとっ!?」(襟元掴んでぶんぶん)

セシリア「凰さん落ち着いてくださいっ! というかそれはその、原作のわたくしにも言える事ですからっ!」

鈴「そこアンタ否定しないんだっ!」





(おしまい)




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あきゅろす。
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