小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Memory02 『その名は覇王』
姉上から頼み事も込みで、姉もノーヴェのイクスヴェリア陛下のお見舞いに同行させてもらう事にした。
今回はプライベートも込みなので、黒と白のチェックの背広という姿だったりする。なお、ノーネクタイだ。
ただまぁ……ヴィヴィオの他にあむにややが居るのはいい。だがなぜにあのバカップルが居る?
なにかのフラグ成立の兆しかとも思いつつ、姉は姉で仕事がある。ヴィヴィオの方はノーヴェとセインもいるから大丈夫だろう。
正直不安があったが、恭文とフェイトお嬢様、それにあむにも念話で姉が来た用向きも伝えた。
だがイクスヴェリア陛下と一番親しいややには伝えていない。というより、伝えたら心配でこっちに居そうで怖いからな。
とにかく三人共……明日には聖夜市に帰る蒼凪夫妻はともかく、あむは自分に任せろと強く言ってくれた。
戦うどうこうはともかくとして、それとなく気をつけてはくれるらしい。そこは本当にありがたかった。
そんなわけで姉は現在、騎士カリムとシスター・シャッハの元で姉上と父上から頼まれた用を済ませている最中だ。
まず襲撃犯が覇王の名前を名乗っている事。聖王と冥王の居場所を探している事を伝えると、二人の表情は自然と険しくなった。
「件の格闘戦技の実力者を狙う襲撃犯」
姉は右手の中の端末を操作して、空間モニターを展開。
そこには姉上からもらった画像データの数々。姉も自宅で見た襲撃犯と思しき女性の映像だ。
「彼女が自称している覇王イングヴァルトと言えば」
「ベルカ戦乱期――諸王時代の王の名ですね」
「えぇ、そうよ。まぁイクスは時代が違うからアレとしても、聖王とは縁が深い王よね」
「そう言えば……私も存じています」
そこの辺りは初耳なのでつい二人の方を見ていると、姉の視線に気づいたのか騎士カリムがこちらを見る。
「あぁ、あなたは知らないのね。……まずヴィヴィオの母体となった『聖王オリヴィエ』と覇王イングヴァルトは、とても深い間柄だったそうなの」
「そうなのですか?」
「えぇ。覇王家と聖王家は同盟を結んでいて、その関係でオリヴィエは長期間覇王家に留学に出ていたらしいわ。
だけどその当時の力関係は覇王家の方が上で、オリヴィエは国交と同盟を確実なものにするための人質でもあった」
なるほど、戦乱期にはよくある話だな。聖王家が覇王家を裏切った場合、人質である王女を殺すというわけか。
「オリヴィエとイングヴァルトはそういう言った事情抜きで、お互いの武技と学問をぶつけ鍛え合う親友同士だから」
「では覇王が聖王を求めてもなんらおかしくはない」
「この話が事実ならば……ですね」
そう言いつつシスター・シャッハは苦笑していた。その意味が分からなくて姉は首を傾げる。
「まず古代ベルカの歴史は余りに長過ぎるゆえに、その時系列や出来事が錯綜している部分があります。
そのために覇王家と聖王家の繋がりなどなく、実際は違う時代に存在していた王家同士だったという説もあるんです」
「そうなのですか」
「そうなの。とは言え……少し気になるわね」
騎士カリムは右手を口元に当てながら、姉が展開した画面の中の自称覇王を怪訝そうに見る。
「ただ覇王だけを名乗っているならともかく、ギンガ准陸尉とナカジマ三佐のお話だと」
「えぇ。この自称覇王は聖王と冥王を探し求めているんです」
「ですがなぜでしょう。ヴィヴィオやイクスヴェリア陛下の事は極秘事項のはずなのですが」
「それに関してですが……実は先ほど恭文にこの話をしたところ、興味深い推察が出ました」
二人の表情が少し真剣なものに代わった。……恭文、やはりお前何気に注目度が高いようだぞ。二人が思いっきり身構えたしな。
「恭文が言うには、姉達が内密にしていても意味が無いという事だそうです。ここに関しては日奈森あむも同意見でした」
「あむちゃんも? チンク、それっていったい」
「二人曰く……意味がないのはこの4年の間にゆりかごが空を飛び、マリアージュが出現してしまったから」
目の前の二人はあの時の姉とフェイトお嬢様と同じように納得した顔になった。
というより、ここは本当に盲点だった。しかもその原因の一つは姉達が作っているから余計に突き刺さった。
「なるほど。ゆりかごはミッドの上空を堂々と飛んでいましたし」
「マリアージュ事件もあらかたの事実は市井の方々にも報道されたものね」
「えぇ」
ゆりかごが飛んだ事は聖王の復活を意味し、マリアージュによる蹂躙は冥王の復活を意味する事になっていたわけだ。
ここはそれなりに古代ベルカ関係の知識を持っている人間なら、あっさりと推測出来てしまうという事だ。
管理局が隠せたのはあくまでもその所在とそれが誰かという事実だけ。聖王と冥王の復活の事実はノータッチだった。
フェイトお嬢様がしきりに反省なさっていたよ。元機動六課所属の自分達の不手際だとな。あとは恭文もか。
マリアージュ事件に深く関わってる関係で、どうしてもな。だが姉に比べれば罪が軽い。
姉達の行動はこういう形でもヴィヴィオやイクスヴェリア陛下に迷惑をかける愚行だった。そうだ、二人より遙かに重い。
あの頃のままならともかく、今の姉は……本当に突き刺さる。過去からの断罪というのは、こういう事を言うのだろうか。
「あ、もちろんイクスヴェリア陛下はともかく、聖王オリヴィエとヴィヴィオが別人である事は知っています。それはもう色んな意味で」
「だけどこの襲撃犯がそうは思わない可能性もある」
「えぇ。なので騎士カリム、シスター・シャッハ」
二人は姉の言いたい事をもう既に分かっているらしく、すぐに頷いてくれた。
「こちらでも事態が解決するまで、イクスの警戒は強化するわ。セインにもついててもらいましょう」
「助かります」
「それでヴィヴィオに関しては……あー、どうしましょう」
「日奈森さんもこちらに来ているとは言え、心配ですね」
なお、ここで二人が困り顔になりながらも恭文やフェイトお嬢様をアテにしないのは当然だ。
二人は今地球の方で子育て中だからな。さすがに巻き込んだりは出来んさ。
「なにより格闘有段者を狙っているとの事ですし」
「えぇ、ナカジマ准陸尉達もそこを心配しているんです」
ヴィヴィオが恭文や高町一尉達、それにノーヴェから訓練を受けて……そうなんだ。ノーヴェもヴィヴィオの先生になっていてな。
恭文が向こうで子育てしている分、ノーヴェが面倒を見ている形になっている。だからこそ不安なんだ。
ヴィヴィオは別に格闘オンリーな戦闘スタイルではないが、それでも格闘有段者ではある。そこは日奈森あむも同じか。
あの恭文から年単位で訓練を受けている関係で、それなりには使える。
犯人が手当たり次第にその手のを襲うとなると、少し不安はあるな。
「そちらは姉と妹達とでそれとなくついておきます。高町一尉達にも事情は話していますし。
最悪……しばらくミッドから疎開でしょうか。聖夜市の方なら、まだなんとか」
「ヴィヴィオの学業の妨げになる可能性もあるのが辛いところですが、それが妥当でしょうか」
「ただそこは事態の進展次第じゃないかしら。……チンク、わざわざありがとう。
この件に関してはナカジマ三佐達とも連携を取りつつ対処したいのだけど、大丈夫かしら」
「はい、構いません。部隊長達からもそれが出来るならぜひお願いしたいと仰せつかっておりますので」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
イクスはあの巨大×キャラとの死闘から、1週間に一度目が覚める生活を送っている。今日もちょうどそんな日なんだ。
だから僕とフェイトもお見舞いの花を贈って枕元に飾りつけて……それでややとぺぺがはしゃぐはしゃぐ。
現在ややは中等部の制服をリインとお揃いで着た上でイクスとお話中。てーか楽しそうだなぁ。
おかげで僕達全く口はさむ余裕ないし。イクスはそんなややと話しながらもうにこにこだよ。
「でもやや、勉強の方はどうですか? 以前会った時はテストがどうとか」
そう言われてややは固まった。そして首を傾げるイクスを前に、途端にしどろもどろになる。
「そ、それは……もちろんなんとかなってるってー」
「嘘なのです。数学の教科書見た途端に涙目になってたですよね」
それはきっとややと同じく中等部に上がったリインだから分かる事。だからややの頬に一筋の汗が流れる。
「あー、リインちゃんばらさないでー!」
「ふふ、相変わらずですね。やや、勉強もちゃんとしないとダメですよ?」
「うー、イクスちゃんも笑わないでー。ややちゃんとやってるもんー」
「でもやや、アンタ6年生に上がってから勉強大変って何度かあたし達に泣きついて」
「そんな事ないもんー! ややKチェアのお仕事だってちゃんとしてたしー!」
膨れるややを中心に、すっかりギャラリーな僕とフェイト、ノーヴェとセインも含めてこの部屋には笑いが絶えない。
窓からは青い空が本当に綺麗に見えていて、時折イクスはややと一緒にそんな空を見る。
その時二人は手を繋いで、自然とにこにこしていて……本当に仲が良いなぁ。もうそこだけは変わらない。
僕達大人組は、二人の友情がこのまま変わらずに進行してくれる事を切に願う。あとは……あれか。
チンクさんから聞いた例の事件。まぁ僕達は聖夜市に明日帰っちゃうし関わらないだろうけど、心配だなぁ。
魔法少女リリカルなのはVivid・Remix
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Memory02 『その名は覇王』
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昼間のお見舞いから数時間後。聖王教会で恭文達と別れてあむとややを連れて、救助隊の方に向かってた。
二人がうちのバカ姉と挨拶しときたいって言っててな。アタシも装備調整があったから案内したんだよ。
うちのバカ姉はまぁ……アレだ。野上の兄ちゃんとなんかうまくいってて、遠距離恋愛中なんだと。ちょっとずつだけどな。
だからこの1年で急激に綺麗になって……恋は人を変えるらしい。出会った頃は色気より食い気だったのに。
でもそんな事してたらもうめっちゃ遅くなって既に夜。早めに二人を高町家まで送ろうと急いでたりする。
「あー、二人ともマジごめんな? アタシからも恭文達に謝るから」
「あ、大丈夫ですよ。てゆうか、ノーヴェさんのお仕事中に救助隊の様子とか見学しましたし」
「うんうん。ややとっても感動しちゃったよー。ねー、ぺぺちゃん」
「はいでち。やっぱりスバルさん達、凄いお仕事してるんでちね」
そのお仕事にちょっとでも関わってるアタシとしてはめちゃくちゃこそばゆいんだけど……気にせず笑顔なんだよなぁ、お前ら。
あ、それと既に時刻が9時になろうとしてるのは、アタシの装備調整が遅れたからだよ。いや、もうここはホント申し訳ない。
「でもお前らなんでわざわざスバルに挨拶……あぁ、そういや」
「はい。やや達前に、スバルさんにいっぱい助けてもらったから」
歩きつつマリアージュ事件の時の事を思い出して、アタシは頷く。
そういやあの時初めてしゅごキャラの事とか知ったんだよなぁ。あれは衝撃だったわ。
「あたしも今後ミッドに居るならお世話になるし、ちゃんとしときたかったんです。だからもうノーヴェさんには感謝でー」
「ありがとうございましたー」
「……お礼なんていいさ。これくらい普通だ普通」
「あー、ノーヴェさん照れてるー」
「バカっ! 照れてなんてねぇよっ! てーかしゅごキャラ達もニヤニヤするなっ!」
正直今の時間が夢みたいに思える時がある。ただそれでも、夢じゃないんだよな。
普通に少し冷たい夜の風に吹かれながら街を歩いてるのも、全部本当の時間。
そんな中でこんな子達と会えてワイワイ騒げる日々が送れるのは、きっと幸せな事なんだろ。
いやいや、ちょっと待て。なんでアタシ、やや追っかけながらこんなしみったれた事考えてんだ? キャラじゃ。
……自分の方向性を反省したところで、足が止まった。てゆうかコレ……魔力反応? しかもデカい。
あむも感じ取ったらしく、足を止めて周囲を見渡した。そんなアタシ達をややは首を傾げながら見てる。
「あむちー、ノーヴェさんもどうしたのー?」
「二人とも、表情が怖いでち」
「ストライクアーツ有段者、ノーヴェ・ナカジマさんと日奈森あむさんとお見受けします」
その声はあたし達の頭上から。視線を向けると……街灯の上に女が立っていた。
アタシは当然驚いたけど、それはそんな事する奴に声かけられたからじゃない。
自宅でギンガから見せられた例の襲撃犯の格好そのままなんだよ。だから驚いた。
「あなた方にいくつか伺いたい事と、確かめさせて頂きたい事が」
「質問するならバイザー外して名乗れよ。てーかまず降りろ」
「失礼いたしました」
それで女は街灯から5メートル以上下のアスファルトに降り立つ。
なお、アタシらとの距離は30メートル以上。何気に間合いはしっかり測ってる。
アタシは自然とあむとややとしゅごキャラ達をかばうように前に出る。
その間に女は右手でバイザーを外す。その中の目は、右が淡い紫で左が青のオッドアイだった。
「カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。『覇王』を名乗らせていただいています」
”覇王って……ノーヴェさん、まさかっ!”
”マジっぽいな。あむ、アタシが前に出るからややの事頼む”
”……分かりました”
一応キャラなりの能力は知ってるから、三人がかりならそりゃあ圧勝だろうな。でもそれじゃあだめだ。
キャラなりは――可能性の力ってのはこんなケンカに使っちゃいけないって、アタシは思ってるしよ。こういうのは、アタシの仕事だ。
「例の襲撃犯かっ! お前、ずいぶん噂になってるぜっ!?」
大きめに声をあげて、襲撃犯の意識をあたしに向ける。その間にあむは……うし、ややをガードしつつ下がってくれてるな。
「否定はしません。伺いたいのはあなた方の知己である王達について。
あなた方は聖王オリヴィエのクローンと、冥府の炎王イクスヴェリアの所在を知っていると」
「知らねぇな」
強めに否定すると、覇王様は眉を潜めた。……ギンガから聞いてた通りのやり口だな。
こっちが知ってるって前提で話進めてくるらしいんだよ、コイツ。知ってなきゃ釣られたかも知れねぇわ。結構ドキっとするし。
「あいにくアタシは基本普通のフリーターでよ。ウェイトレスして『いらっしゃいませー』って言うのが仕事でな。
それで客のセクハラをさり気に避けるので精一杯なんだよ。覇王だか聖王だか全然分からないわ」
「……理解しました。その件については他を当たる事にします」
「イクスヴェリアって……あなた、イクスちゃんの事探してるの?」
後ろから聴こえた声に更にドキッとした。てーか覇王の奴がややの事ガン見し出した。
「やや、ダメだってっ!」
「あむ、ちょっとやや押さえとけ。あとやや……余計な事は一切喋るな。いいな?」
横目で後ろを見つつ少し睨むと、ややは隣のぺぺ共々すぐに頷いてくれた。ここは一安心。
……さて、ヤバいよなぁ。これで向こうさんが引く理由がなくなっちまったわ。
「もし聖王と冥王についてご存知なら、教えていただきたいのですが」
「二度も言わせんな。知らねぇよ。だからとっとと帰れ」
「そういうわけにはいきません。私は王達に会わなければならない。そして」
覇王は右拳を胸元まで上げて、強く何かを確かめるように握り締めた。
「確かめなければならない。強さを知らなければならない。
……だからあなた方の拳と私の拳、いったいどちらが強いのか」
余計な事をグダグダと喋ってる間に、あたしは前に向かって踏み込む。それでまずは左膝での飛び蹴り。
覇王は咄嗟に右手でそれをガードするが、その瞬間接触点で衝撃が弾けて後ろのめりに吹き飛ぶ。
それでも両足で踏ん張って耐えた覇王を見つつ、あたしは至近距離で着地。そこから更に踏み込んだ。
既に作っていた右拳から軽くレモン色の火花が走り、あたしはそれを覇王に叩きつけた。
覇王は蹴りを防いだ時のガード体勢はそのままにアタシの拳を受けて、両足を踏ん張りながらも数メートル吹き飛ぶ。
「……ありがとうございます」
あー、はいはい。今ので果たし合いを受けたって返事になるわけか。納得したわ。
てーかコイツ……アタシはまた横目であむ達を見る。でも今まで居た場所に二人は居なかった。
二人はアタシの後ろに居ると邪魔だと思ったのか、近くの植え込みまで下がってる。
距離にして大体50メートル以上は離れてるし、ここはありがたい。
てーか判断早いわ。さすがに×たまと散々やり合ってただけの事はある。
……さて、判断早いっていうかやるのはコイツも同じなんだよな。
実は拳での二撃目、スタンショットっつって相手を行動不能にする鎮圧攻撃だったんだよ。
ほら、火花走ってただろ? それがその証拠だ。でもコイツ、それと不意打ちをガードの上からでも平然と受けやがった。
しかも咄嗟にフィールド魔法を強化して、ダメージを最小限に……言うだけの事はあるって事だな。
アタシはズボンの後ろポケットを右手で探って、クリスタル型の自分のデバイスを取り出す。
形状はギンガとスバルのキャリバーズと同じで、色合いはレモン色。てーかアタシの力の色。
「ジェットエッジっ!」
≪Start Up≫
その瞬間アタシの身体はジェットエッジと同じ色の光に包まれる。
そして羽織ってたパーカーやトレーナーにジーンズは消えて裸になる。
その上で身に纏うのは、紺色の短パンとノースリーブのシャツ。
次に黒の太ももくらいの高さの靴下……てゆうか、アンダー?
それと短パンが前後二本で左右だと合計四本のジーンズ生地と繋がれる。
次は上着に黒い短めのジャケットを羽織る。最後は武装だ。
右手はガントレットで左手は指出し黒グローブ。両足はタービン付きのローラーブーツ。
なお、以前ドクターが作ってくれたものと形状はほぼ同じ。ただし足の甲に長方形の宝石が付いているところが違う。
……つーわけで、セットアップ完了。あたしの身体を包んでた光が思いっきり弾けた。
アタシは右拳を左の手の平に思いっきり叩きつけてから、腰を落として半身になりつつ構えた。
「強さを知りたいって、正気かよ」
「正気です。そして今よりもっと強くなりたい」
「ならこんな事してねぇで、真面目に練習するなりプロ格闘家目指すなりしろよ。
単なる格闘バカならここでやめとけ。ジムなり道場なり、いいとこ紹介するしよ」
「ご厚意、痛み入ります」
そう言いつつ覇王は頭を下げた。……何気に素直なのでびっくりした。
「ですが私の確かめたい強さは――生きる意味は」
それでも止まらないらしく、覇王も動揺に半身になり左半身を前に向けた。
「表舞台にはないんです」
右拳を腰だめにして、左手を平手でこちらに突き出してる。距離にすると……10メートルもないか。
だが一足飛びをやるにはちと厳しい距離でもある。まぁ相手によるけどな。さて、なにが来る?
空戦というのも考えられるし、ミドルレンジでの射砲撃で牽制ってのもありえる。10メートルってそういう距離だよ。
アタシだったら初見の相手だし、ガンナックルで牽制射撃って感じかな。
とにかく相手の動きに注目してると、覇王の身体が少しだけ沈んだ次の瞬間、目の前にアイツが居た。
「なっ!」
アタシは咄嗟に左に動いて、飛び込みながらの右手での正拳突きを避けた。だが胸元のジャケットが浅く裂ける。
それで胸の恥ずかしいとこが全開ってのは避けられたが、ちょっとでも遅かったらまともに食らってた。
相手の速度に動揺する間もなく、自然と視線は覇王を追いかける。それで覇王はアタシのすぐそばに足をつける。
そこからどういうわけかほんとにラグ無しで振り向いて踏み込んで来た。コレは……ステップッ!?
移動魔法とかじゃなくて、単純な歩法で一気に踏み込んできたのかよっ!
アタシは覇王と向き直り右拳を握り締め打ち込んだが、打ち込んだ拳はなにも捉えない。
代わりに感じたのは腹への衝撃。アタシの胸元近くに覇王が……は、速い。
そのまま拳は振り抜かれ、アタシは上空へ吹き飛ばされる。
「ノーヴェさんっ!」
ややの声で飛びそうになった意識が戻って、空中で身を翻して一回転。左手で腹を押さえながらもなんとか着地。
覇王の奴は余裕ぶっこいて、追撃もしてこねぇ。あーもう、マジムカつくわ。
「列強の王達を全て倒し、ベルカの天地に覇を成す事。それが私の成すべき事です」
「寝ぼけた事」
ジェットエッジで加速して、再び覇王に接近アタシは右拳を打ち込む。
「抜かしてんじゃねぇっ!」
だがその拳は覇王の右腕でのガードで受け止められる。覇王の身体を僅かに押し込むが、決定打にならねぇ。
続けて前進しつつ両拳を打ち込んでいくが……クソ、何気にガードが硬ぇ。全部防がれるか捌かれる。
「昔の王様なんぞ」
右拳を打ち込むと覇王は左腕でそれをガードしつつ、後ろに引いた。だがアタシは右手を開いてその腕を掴む。
「みんな死んでるっ!」
そのまま覇王を引っ張りつつ右足で覇王の腹にミドルキック。
だが覇王はアタシに身体を引かれながらもその蹴りを身を捻って避けた。
そこから腕を捻ってアタシの拘束を外しつつ、逆にアタシの手をガントレットごと掴んでくる。
覇王はアタシの動きを止めた上で右回し蹴りを打ち込む。それを左手でガードすると、外見からは想像出来ないくらいに重い衝撃が腕に伝わる。
「生き残りや末裔だって、みんな普通に生きてんだっ!」
「知っています」
「だったらっ!」
覇王が右足を素早く引いて打ち込んだローをジャンプで避けながら両足を前に突き出す。
覇王はこのままでは回避し切れないと判断したのか、アタシの手を離して下がって左腕で蹴りをガードした。
ミシミシと音を立てつつ覇王はそれに耐えようとするが、さすがに無理だったらしく後ろにのけ反る。
その時にジェットエッジを走らせ覇王の腕の上でローラーが回転。その勢いでアタシはその場で宙返り。
着地して一気に加速。軽く身を伏せつつ右拳を引くと、覇王が腰を落として……ヤベェ。アタシは瞬間的に身を左に倒した。
覇王はアタシの突撃に合わせて飛び込んで、右膝で飛び蹴り。その蹴りはアタシの顔の真横を通り過ぎる。
顔面へのカウンターはなんとか避けられたが、加速してた勢いそのままに転んだのでアタシは地面を勢いよく滑る。
そのまま覇王が立っていた街灯に背中をマトモにぶつけ、大きく息を吐いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「わわわ……あむちー、ノーヴェさんがっ!」
「分かってるっ! でも……アイツ、マジ強い」
2年近く恭文にストライクアーツや魔法教わってたから、分かるの。てゆうか、凄い基本がしっかりしてる。
ガードもちゃんとしてるし、さっきのカウンターだってかなり的確に合わせて来てる。
「でもなんで? なんでそんな子が……二人の事を探してるの」
「イクスちゃん達とお友達になりたいとかじゃ、ないよね」
「多分違うと思う。てーかさっき『王達を全て倒し』って言ってたし」
痛みに顔を歪めながらノーヴェさんが起き上がって、覇王を睨みつける。それでも覇王は……ヤバい。
ノーヴェさん何気にダメージ入ってるのに、覇王は一撃も食らってない。ガードが硬過ぎるんだ。
「普通に生きてるかどうかなど、私には関係ありません」
覇王は無表情でノーヴェさんに近づく。そして感慨もなく言い放った。
「弱い王なら……屠るのみ」
その言葉を聞いて、あたしの中で何かが切れた。てーかややも同じくらしく表情が固まって、二人揃って一気に覇王を睨みつける。
「「ふざけ」」
「このバカったれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
でもあたし達が叫びをあげる前に、ノーヴェさんが両拳を強く握り締めて大きく叫んだ。
その瞬間、レモン色の衝撃があたし達が居る空間に一気に広がりあたし達の身体を打ちつける。
「……もう全部終わってんだよ」
ノーヴェさんがまた覇王に向かって加速してく。ううん、足元にレモン色のウィングロードが生まれた。
それに乗りながらノーヴェさんは一気に上昇。そこからウィングロードは覇王に向かって急降下していく。
「戦争もあの子達の悲しい時間も……もう全部終わってんだよっ!」
叫びが響きながら、覇王の左手と両足にバインドがかかった。覇王がそれに驚きながら目を見開く。
その間にノーヴェさんはウィングロード経由で覇王に向かって降りていって、一気に飛び込む。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
こんな事アタシが言う権利なんてねぇ。あぁそうだ、イクスはともかくヴィヴィオに関してはアタシが言う権利ねぇ。
だってヴィヴィオを生み出したり苦しめたのは、アタシやドクター達なんだから。だけど、それでも抑えられない。
『権利がねぇ』で目塞いでこのバカ止めなかったら、アタシは一生後悔する。それは間違いの繰り返しなんだ。そんなのはだめなんだ。
なにが正しくて間違ってるかを全部他人に丸投げして、『これしかない』って諦めてたバカなアタシに戻っちゃだめなんだ。
だから――アタシは覇王に飛び込み落下しながら右のジェットエッジのブースターを最大出力で点火。
「リボルバー」
そこから反時計回りに一気に回転していく。すると周囲にアタシを中心に旋風が生まれていく。
吹き荒れる風の中、回転の勢いも加味してあのバカに右薙の回し蹴りを叩きつける。
「スパイクッ!」
その蹴りは覇王の右肩に直撃……するはずだった。だが覇王は、それを身を仰け反らせて避けた。
それに目を見開きながらも、動揺は見せずにもう一回転して今度は胴体を狙って二撃目を叩き込む。
だがもうそこに覇王は居なかった。てーか覇王は平然と宙返りして蹴りを避けて……嘘、だろ。
アタシはその場でもう一回転だけしてコンクリの地面に着地。驚きながら覇王を見る。
待て待て、アタシバインドかけたよなっ!? ISのアレンジのバインドをアイツにっ!
まさか瞬間詠唱……いや、ありえねぇ。アタシのISは魔力のそれとは違うエネルギーだ。
例え恭文やコロナ、あのフォン・レイメイでもそれを能力で瞬間解除は不可能なんだ。
それで驚きながらもマジマジと覇王を見て、気づいた。覇王にバインドをかけた箇所から……血が出てる。
それもちょっとじゃねぇ。バリアジャケットも破けてて、まるでそこで爆発でも起こったみたいに焼け焦げてもいる。
それに驚いてる間に……いや、考えている間に動きが止まったのが悪かった。
伏せていたあたしの身体を縛るように、やや緑がかった白色の鎖型バインドがかかった。
「通常解除は無理そうでしたので、力技で破砕しました」
淡々とそう言いつつ覇王はこちらに近づいてくる。バインドは……くそ、力じゃ解除出来ねぇ。
「お前……まさか」
「えぇ。バインド箇所に魔力を込めて、爆発を」
その声に答える間もなく、覇王はアタシに向かって踏み込みその距離を零にする。
そうしつつ右拳を引き、アタシの前に来た途端に両足をコンクリの地面が踏み砕けるくらいに強く踏ん張った。
「覇王、断空拳」
そして鋭く身体を捻り、血まみれの拳を前のめりになっていたアタシの胸元に叩きつけた。
その瞬間にアタシの身体はバインドを引きちぎりながらも大きく吹き飛び、同時に意識も切れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ノーヴェさんの身体は大きく吹き飛んで、背中から数メートル下のコンクリに叩きつけられて転がる。
それでそのまま……動かない。あたしとややはただ呆然とその光景を見ている事しか出来なかった。
だけどあの子はそれでも止まらずに、左手と両足から血を流しつつあたし達に近づく。
「まずは、一人。次はあなたです、日奈森あむ」
「ちょ、ちょっと待ってっ! アンタその怪我……早く治療しないとっ!」
「問題ありません。既に回復魔法による止血は行なっています」
キャー! ここで一時休戦とか無理だったー! でもあの……ダメ、ややも居るのに戦えない。
「……屠るって、どういう事かな」
でもややはあたしの制止を振り切るように一歩踏み出した。
「それってイクスちゃん達、殺すって事かな」
「そうなります」
「ふざけないでっ!」
ややはさっき出せなかった声をあげて、覇王を睨みつける。でも覇王は揺らぐ事なくこちらに向かって、最初の時と同じように構えた。
「弱いから殺すっ!? そんなのありえないよっ! そんな事したら、弱い人達はみんな死んじゃうしかないよねっ!」
「えぇ、その通りです。弱さは……弱い王は存在するだけで罪」
その言葉がやけに重く硬いものだったのに、あたしは気づいた。それでも覇王は無表情であたし達を見る。
「弱い拳では誰も守れない。ならば」
「違うよっ! 弱い事は罪なんかじゃないっ! 弱くたっていいのっ! ややだって、みんな弱いよっ!
大事なのは……弱い自分にも負けないくらい、頑張れる自分になる事だよっ!」
「あなたがどうお考えになろうと、私は知りません。……さぁ日奈森あむ、構えなさい」
ややの苛立ち気味の叫びも完全無視で、あたしに視線を向け続ける。
「噂に聞くあなたの実力、見せていただきます。なんでも……オーバーSを魔法無しで屠ったとか」
『……へ?』
その言葉につい固まってしまった。てゆうか、ややも睨むのを一旦やめて口を大きく開ける。
「たった一日でザンクト・ヒルデ魔法学院のトップを取ったそうですね。その強さ、見せてください」
も、もしかしなくても……いや、違う。絶対に違う。そうだ、違う違う。マジで違うから。
あたしはなにもしてない。この妙なデジャブは全部気のせいなんだ。本当に気のせいなんだ。
「ねね、あむちー。もしかしてあの子」
「言うなっ! やや、お願いだからなにも言うなっ!」
「あむちーの外キャラに騙されてるんじゃ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
もしかしなくても初日のアレが原因ですかっ! いや、アレしかこうなる要因思いつかないけどっ!
てーかこっちに来てもまたまた同じパターンってどういう事かなっ! あたし今頭を抱えても……今?
そうだ、あたしは完全に今の状況を忘れてた。だから慌てて覇王を見る。でも、覇王はそこには居なかった。
てゆうか、あたしの前に来て左拳を……ややも居るのにっ!
「そこまでだよ」
その声と共に、覇王が左に大きく吹き飛んだ。てゆうか、横から覇王に蹴り入れたのが居た。
ソイツは緑のロングコートを羽織ってジーンズ姿な……恭文っ!?
それで恭文はあたし達の前に着地する。覇王は咄嗟に左腕で蹴りをガードしたらしく、大きく後方に飛んだ。
なんかノーヴェさんの倒れた方を気にしてるのでそっちを見ると、そこには金色の髪の女の人が居た。
「恭文っ! それに……わわ、フェイトさんもー!」
「フェイト、ノーヴェの状態は」
「大丈夫。意識を失ってるだけだし、骨も折れてない。回復魔法かけておくね」
「お願い」
恭文は軽く息を吐きつつ、あたしとややの方を横目で見る。てーかそこで少し表情を緩めた。
「あの、アンタ……フェイトさんもどうして」
「あむ達の事、迎えに来たんだよ。うちまで来たんじゃ、ノーヴェ帰るの大変だしさ」
「あ、それでか」
「あむ、とにかくややの方をお願い。あのバカは僕が止める。シオン達もあむについてて」
「……うん」
あたしとシオン達三人が頷いたのを見てから恭文は、安心したようにへたり込んだややの頭を左手で撫でる。
それから何も言わずに拳を鳴らしながら、こちらを警戒してる覇王の方へ進む。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「試合の邪魔をしないでいただきたいのですが」
「ざけた事抜かしてんじゃねぇよ、犯罪者。ノーヴェ叩きのめせるくらいの腕があるなら、あむの実力くらい分かるだろうが」
「えぇ、分かります。彼女は実力を隠している。だからこそオーバーSを魔法無しで倒すという実力が見たい」
その言葉に思わずノーヴェの介抱をしているフェイトと顔を見合わせて、涙ぐむ。
あぁ、やっぱりかぁ。唯世達の心配してた通りに外キャラ全開かぁ。あむ……なんでそうなのよ。
「とにかく、ここからは選手交代だ。人のケンカに首ツッコむのは趣味じゃないんだけど」
内心あのクール&スパイシーの今後が心配になりつつも、僕は平然を装う。
「さすがにこれは見過ごせないね。あむにこれで怪我されたら、田舎の家族に申し訳ないのよ。……さぁ」
街灯が照らす夜の闇の中、僕はメロン色の髪を揺らす覇王を左手で指差す。
「お前の罪を、数えろ」
そう言っても無言で覇王はその場で軽く跳躍。そしてその身体が一瞬沈み、加速。
一気に20メートル近くあった距離を縮めて、僕に向かって右拳を叩きつけてくる。
僕が身を左に捻ってそれを避けると、覇王はすぐさまは方向転換しつつ左足でミドルキック。
後ろに飛び退き回避して着地すると、覇王はまた僕に距離を詰めて両手で数発の突きを叩き込む。
それを先ほどと同じように避けていると、覇王の身体が一気に下に沈んだ。僕はまた後ろに跳ぶ。
覇王は突きで意識を上半身に逸らした上で、足払いを仕掛けてきていた。だけど当然ながらそれは不発。
そのまま僕は着地して、また距離を取る。でも、覇王はそこから飛びかかってきた。
足払いを止めずに身体を回転させつつ飛び上がり、右足を僕に向かって叩きつけてくる。
僕はそれを左の肩でガード。衝撃に耐えつつも反撃……いや、無理だ。
覇王はそこから身体を捻り、顔目がけて左後ろ回し蹴りを叩き込もうとしてきた。
僕の肩の上で覇王の右足が鋭く回転し、覇王のツインテールが夜の闇の中で渦を巻く。
咄嗟に大きく身を仰け反らせつつ下がると、蹴りは僕の眼前を通り過ぎていった。
覇王はその場で着地し、僕ももう少し下がって距離を取る。……ブリッツラッシュみたいなフットワーク強化の魔法は使ってない。
じゃあ純粋な歩法技術だね。だからあれだけの加速が出来るんだ。うーん、あれは見習いたい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あの蹴りをかわしたのは、この子が初めてだ。というより、強い。
おそらくは先程のノーヴェと呼ばれた人よりもずっと――いいえ、私が戦った誰よりもだ。
一応連続的な蹴り技で私がそちら系統のファイターだと印象づけられたとは思う。
訂正、そのはず。だけどここは自信が持てない。それすらも見抜いてそうで怖くもある。
だけど今日という日に私は感謝する。この子を倒せば私は、より強くなれる。
改めて身体を起こし、半身状態で構える。……中途半端な攻撃は一切通用しない。
なら隙を見つけて覇王断空拳を打ち込む。そのためにはまず、一撃でも入れる事。
今の私は断空を打ち下ろしか突きでしか放てない。そうしてチャンスを作らなくてはおそらくあっさりと避けられる。
なら取るべき手段は? ローキックで足を潰すなり、空中に追いやって突きだろうか。
いや、向こうが空戦魔導師だとしたら空中戦は分が悪い。とにかく足を止めて。
「えっと、こう……かな」
そう呟いたあの子が急加速して、右拳を私に打ち込んでくる。そのストレートを両腕でガード。
「くぅ……!」
外見からは想像が出来ないほどに重い衝撃に耐えながら私は唇を噛み締め……バカな。
あの動きと足さばきは、カイザーアーツの歩法っ!? 完全に同じではないけど、あれは。
「陸奥圓明流」
驚いているのがいけなかった。打ち込まれた拳は開かれ、私の右腕を取った上で素早く伸ばされ関節を極められてしまう。
意表を突かれている間に……いや、意表を生み出したんだ。そのために私の技を不完全ながら真似た。
気配を懐に感じながらも私の視界は慌ただしく動き出し、関節を決められた腕から鈍く重い衝撃が走る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
両腕で僕の拳をガードしたところまではいい。でも咄嗟に反応出来ないでしょ。それは……僕が打撃に込めた徹のせい。
しびれで反応が遅れたその隙に右腕の関節を決めた上で伸ばして覇王の懐に入り込み、覇王を一本背負いで投げ飛ばす。
でもまだ終わらない。まず右腕は一本背負いの際に肩に関節が当てられて、音を響かせながらへし折れる。
その痛みがまた覇王の反応と対処を遅らせ……その間に身体を素早く翻し、僕は右足でローを打ち込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
視界が大きく動いて、私は自分が投げられているのを感じた。すぐに受身を取ろうともした。
でも投げられた時に感じた痛みによって反射が遅れる。この痛みは右腕を折られた痛み。
それに呻いている間に地面に落ちようとしたその時、右から鋭い何かが迫るのを感じる。
次の瞬間、私の後頭部に強い衝撃が走った。私は派手に地面に叩きつけられ、同時に意識が切れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「雷もどき」
これは修羅の門や刻で使われる技だね。相手を投げた後でローで後頭部を打ち抜く技。
なお、逆関節を決めて相手の腕をへし折るのはデフォ。抵抗されるとめんどいから一本もらった。
結果覇王は口から血を流しながらも背中からコンクリに叩きつけられ、動かなくなった。……うし。
「お、お前……なにむちゃくちゃな手で勝ってんだよ」
後ろからそんな声が聴こえたので振り向くと、ノーヴェが地面に寝そべりながらこっちを見てた。どうやら目が覚めたっぽい。
「アタシが負けたのとかこう、台なしじゃねぇかよ」
「むちゃくちゃとは失礼な。ちゃんと理論的な手段でしょうが」
「ま、そりゃあ……おい」
ノーヴェが驚いた顔で覇王の方を見たので視線を戻すと……あれ? 覇王が居ない。いや、違うか。
覇王の代わりにノースリーブな白いワンピースを着た、あむと同い年くらいのつるぺた美少女が寝っ転がってるの。
「えっと……フェイト、アレはなに?」
「わ、私も分から……あ」
フェイトは驚きの声を上げて、改めて僕の方を見てきた。
「ヤスフミ、もしかしたら……ほら、ヴィヴィオと同じ」
「……あ、大人モード」
「そうそう」
さてさて、ここで説明。ヴィヴィオの大人モードは別に特殊なレアスキルでもなんでもない。
前回説明したように、あれは変身・強化魔法のハイブリットな術式。
だから術の構成に差はあれど誰でも使えるようなものなのよ。それは僕やフェイトも同じく。
なのでヴィヴィオなりなのはが誰かに教えたりしてなくても、全く同じものを使う人間が居てもおかしくはない。
「さて……あむ、やや、どうする?」
ここからはノーヴェだけでもアレなので、すっごいびっくりした顔しながらもこっちに近づいてくる二人に声をかける。
「えっと……うん、分かったよ。アンタが無意味に真似っ子したわけじゃないってのは」
「うんうん、ややも分かったよー。恭文ちゃんと考えてたんだよねー」
「……いや、そっちじゃなくて。被害届とかそういうのどうするのかって方向。
ほら、あむ達が被害届出せばこの危ないのは逮捕されるしさ」
二人はそこで顔を見合わせて、同時に拍手を打つ。どうやらそこが頭になかったらしい。
「でも確かに……あのね恭文、この子イクスちゃん達を殺すって言ってたの。弱い王はいらないーって」
「言ってたでちね。それで弱さを罪だとか……厨二病丸出しでちたよね」
「……そう。それはさすがに見過ごせないわな。このまま局に」
「あー、ちょっとそれタンマ」
後ろから困り気味なノーヴェの声がかかったので、僕達は揃ってそちらを見る。
「恭文、フェイトお嬢様もあむ達も……悪いんだけどコイツの事、少しアタシに預けてくれないか?」
「ノーヴェ、待って。さすがにそれは」
言いかけたフェイトがノーヴェの目を見て、言葉を止めた。というか、僕も気づいた。ノーヴェの目、やたら真剣なんだよ。
「何か気になる事でもあるの?」
「あるってーか気づいたってーか……ちょっと事情を聞いてからにしたいんだ。だから……頼む」
僕はついフェイトと顔を見合わせる。フェイトは……うん、大丈夫っぽい。それで次はあむ達を見た。
あむ達は困ったように顔を見合わせてたけど、それでも次の瞬間には僕の方を見て強く頷いてた。
「いいよ。でも条件がある」
そう言ってノーヴェの方を改めて見ると、ノーヴェは先ほどと変わらずに真剣な顔をしていた。言いたい事、分かってくれてるっぽい。
「そこに僕とフェイトも同席する事。てーかあむとやや達もだね。フェイト、それで」
「うん、問題ないよ。でもノーヴェ、事情次第では放置は出来ない。それは分かるよね?」
「あぁ。てーかそれだけでも助かるわ。なら……あー、高町家やうちはマズいな。うし、スバル頼るか」
こうして僕達は少し予定を変えて、外でお泊りとなった。てーか僕がこの覇王を背負っていく事になった。
まぁしょうがないか。フェイトはノーヴェ背負ってるし、あむ達に任せるのも不安だしなぁ。……主役交代したはずなのに、これいいのかな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
朝の日差しや鳥の鳴き声で目を覚ます。というか、習慣というのは恐ろしいもので自然と目が覚めてしまった。
いつものように起きると私の周囲は白い壁とカーペットにふかふかのベッド……ちょっと待って欲しい。
ここは、私の部屋じゃない。だって私の部屋のベッドはここまでフカフカじゃない。床だってフローリングが剥き出し。
いえ、その前に私の今の服装はトイレで着替えたワンピース姿。いつものトレーニングウェアも込みな寝間着じゃない。
そこまで考えて、私は隣に人の気配があるのに気づいた。咄嗟に飛び退きながらもベッドの上を見る。
「よぉ。また早起きだなー。まだ5時とかそれくらいだぞ?」
そこには赤毛で金色の目をした女の人……確か、ノーヴェ。でもちょっと待って。
確か私は……あぁ、そうだ。気持ち良く寝てしまっていた自分がふがいない。私は昨日、負けたんだ。
「でもまぁ、もうちょい休んでろ。あむが傷を『お直し』したとは言え、無理するな」
そう言われて私は咄嗟に腕と両足首を見る。そこには傷跡一つ残っていなかった。
昨日、この人のバインドを砕くために傷を受けたはずなのに。ううん、右腕も折られたはず。これは……回復魔法?
「てーかそんなに警戒するな、アインハルト」
「な……!」
思わず顔を赤くして声を上げてしまった。それでベッドに寝そべっていたあの人は身体を起こして、にやにやと笑い出す。
「本名アインハルト・ストラトス。ザンクト・ヒルデ魔法学院の2年生。てーかあむの同級生」
「なぜ、それを」
「そんなもん、お前の持ち物検査して見つけたロッカーの鍵をの中身からに決まってるだろ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
コイツをここまで届けた後に、恭文が提案してフェイトお嬢様がやったんだよ。
どっちにしても身柄の特定は必要だって言ってな。なお、恭文がやらなかったのは察して欲しい。
別に奥さんに押しつけたわけじゃなくて、純粋に寝てる女の子の身体触りまくるのを遠慮しただけだ。
そうしたらロッカーの鍵が一つ出てきて、そこにどこのどの鍵かもしっかり明記してあったから当然調査。
そうしたら制服を詰めたかばんが出てきてびっくり。しかもそれがザンクト・ヒルデの指定物だから更にびっくりだ。
「あむの事妙に知ってたのも、同じクラス……てーか同じ学校だからだったんだな。
あむの奴かなり驚いてたぞ。しかもバックの中に制服詰め込んでるしよ」
てーかアイツ、学校始まって1週間も経ってないはずなのに……ヤバい、アタシも心配で泣きそうだ。
必死に涙を堪えていると、アインハルトのやつは苦々しい顔でアタシから顔を背けた。
「学校帰りだったんです。あの子に遅れを取らなければ」
「いや、あの子って……ねぇ?」
あぁ、やっぱこっちの方も勘違いしてたか。まぁそりゃあ……基本小学生体型だしなぁ。
とりあえずアレだ。恭文がまたキレっと話進まなくなるから、ここは補足加えておくか。
「あのな、一応言っておくけどアイツ今年で22歳だから」
「はぁっ!?」
「しかも二人の子持ちだ。で、あの金髪の女の人が奥さん」
マジで衝撃らしく、アインハルトは口を開けたまま固まった。というか、軽く震え始めてもいる。
でもまぁその、分かったわ。あむとややが恭文の年齢初めて聞いた時衝撃的だったって言うけど……そりゃあなぁ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結局僕達はここ――スバルの家にお泊りさせてもらった。もちろん僕はフェイトと添い寝。
それでスバルが作ってくれたベーコンエッグとパン……パンも焼けるようになったのね、びっくりだよ。
もうフェイトなんて感激する余りにエリキャロとティアナにメール送ってたもの。
そんなスバルの変化はそれとして、目が覚めたアインハルトと自己紹介タイム開始。
「それで……えっと、まずあたしが日奈森あむ。それでこの子はあたしの後輩で地球の中学生の」
「結木ややだよー」
「ノーヴェのお姉さんでここの家主のスバル・ナカジマです。あ、ご飯どうぞどうぞ」
アインハルトはご飯を進められて、おどおどしながらもパンを一口。それで表情が明るくなった。どうやら気に入ったらしい。
「私はスバルやノーヴェとは親しい、フェイト・T・蒼凪。よろしくね」
「それで僕が蒼凪恭文」
≪どうも、私です。というか、アルトアイゼンです≫
≪ジガンはジガンスクード・ドゥロなのー。よろしくなのー≫
「こっちの二人は、お前なら古き鉄と閃光の女神って言えば分かるんじゃないか?」
アインハルトはノーヴェの余計な補足を聞いた途端、パンを皿の上に落として驚愕の表情を向けてきた。
「古き鉄と閃光の女神っ!? 管理局の元エースと最強最悪の嘱託魔導師がなぜここにっ!」
あー、僕の事やっぱ知ってたのね。てーかフェイトも……当然か。
フェイトも局を辞めたとは言え、一応有名人ではあるしな。なので僕達は顔を見合わせて苦笑する。
「いや、その前に古き鉄は一つ目で体長4メートルで腕が六本でロストロギアをガリガリと食べる怪物だと」
「もうそれはいいっつーのっ! てーか5年前にも全く同じ事言われたわっ!」
「……言われたのかよ。その怪物扱い」
「あぁあぁ言われたさ。シルビィ達と初めて会った時にね」
「しかもシルビィさん達なんだっ!」
詳しくは『とある魔導師と古き鉄と祝福の風の銀河に吠えまくった日々』の第1話を見て欲しい。
でも僕の評判って……てーかそんな不可思議生物が普通に嘱託してると思っているのが恐ろしい。
「で、その古き鉄にお前はケンカ吹っかけたわけだ」
「だとしたら……勝てるわけがありません。古き鉄の悪名と伝説の数々は、私も伺っていますから」
おーい、この子平然と悪名とか言ってくれるよ。一つ目で体長4メートルの化け物前にしてケンカ売ってくれてるよ。これどうすりゃいいのー?
「ヴェートルで起きたアイアンサイズと呼ばれるテロリストの凶行を止めたのも実は古き鉄とGPOだとも言いますし。
それにJS事件でのフォン・レイメイとの戦い。スカリエッティにも負けるとも劣らない凶悪犯を倒した事は有名な話です」
フォン・レイメイの事はともかく、その大半が尾ひれつきまくった話だと考えると僕は今ひとつ笑えない。
特にアインハルトが本気で僕をどこか憧れるように見ているのが辛い。僕、とちらも負けまくりだったのに。
「それでアインハルトちゃん」
「なんでしょう」
ややはそんな空気を察したのか、軽く身体を前のめりにして話を進めた。
「ややもあむちーや恭文から聞いたんだけど、昨日やったみたいに色んな人を襲ったって本当?」
「……街頭試合の事を仰っているのなら、その通りです」
「その理由はなにかな。昨日はなんか王様倒すーとか強さを知りたいーとか言ってたけど」
ややはイクスの事が絡んでいるから、さすがにいつもとはちょっと違って真剣な顔をしてる。
アインハルトもそういうのを感じ取ってるのか、自然と居住まいを正してややの目をジッと見る。
「そうですね、王を倒すのが目的ではあります。ただ、聖王家や他の王家に恨みがあるわけではありません」
胸元まで右拳を上げて、アインハルトは悲しげな表情のまま俯いた。
「ただカイザーアーツが――私の覇王流が最強だと証明出来れば、それで」
「えっと、つまりつまり……王様達と勝負がしたかったのかな」
「はい。4年前のゆりかごの浮上と2年前のマリアージュ事件で、聖王家と冥王家が復活したのは明白」
やっぱりそこからなんだ。予想通りの発言から、僕はフェイトとあむと自然と顔を見合わせた。
つまりこの子、それなりに古代ベルカの知識が……あれ、ちょっと待って。
「でも聖王や冥王の所在は私の力では分かりませんでした。だから」
「あんな風にストリートファイトして探してた? てーかそれ安直過ぎじゃん」
「それしかアテがなかったんです。もし王が復活しているなら、武技に富む強い人だと信じるしかなかった。
いいえ、そうでないはずがない。特に聖王は――オリヴィエは本当に強い人だったから。そのクローンなら、確実に」
言ってる事がなんかおかしい。てーか妙に熱が入ってどんどん涙目になってく。さすがのあむ達も少し怪訝な顔をし始める。
「アインハルト、ちょっと話変えるけど僕の質問に答えて」
少し語気を強めてそう言うと、アインハルトは顔を上げて僕の方を見た。
「アインハルトはなんで覇王を名乗ってたの? 単純な憧れとかかな」
ここが気になってたとこなんだよ。そもそもこの子の知識や『覇王』という存在がどこから来たのかーって話だね。
アインハルトは僕の質問に対して困ったように視線を泳がせるけど、それでももう一度僕の目を見た。
「……私は、覇王家の末裔なんです」
やっぱりか。だから古代ベルカの知識も持っていたと。ならカイザーアーツとやらは、覇王直々の武術?
「ならあの断空とかアインハルトが見せた歩法は」
「覇王が使用していたものです」
「そっか。……あの歩法、魔法どうこうじゃないよね。
方向転換の時も力づくじゃなくて、ただスピードに緩急をつけてただけだし」
多分あの歩法はスポーツで言うところのチェンジ・オブ・ベースやチェンジ・オブ・ディレクションに近いんだと思う。
あの様子を思い出しながらつい感心してしまうと、アインハルトが驚いた顔で僕を見た。
「あの、なぜそれを」
「そんなの一度見れば分かるって。あとはあの断空もかな。
あれらを見てると覇王流が他の武技とはまた違う事が分かる」
「では昨日はそのために私の技を真似られたのですか」
「かなり適当にだけどね。あ、地球のスポーツのアメフトにも似たような歩法があるんだよ。
それとミックスしたんだけど……凄い技だよね。僕がやったのなんて猿真似同然だし」
あれはストライクアーツやスバルやギンガさんのシューティングアーツとはまた違う形だし、近代武術とは違う。
てゆうかね、次元世界の近代武術の中に移動魔法無しであそこまでの加速が出来るのはないのよ。
確かに昨日のアインハルトは大人モードに近いものを使ってたけど、それ使ってただ走るだけであれはないよ。
現に加速力ならジェット付きブーツなんて使ってる関係でスバルより上なノーヴェがマジで驚いてたくらいだし。
多分覇王流は、足元――地面とうまく付き合うのを基本とした技法なんじゃないかな。歩法や方向転換もその一つ。
地面を蹴った時の反発とかそういうのを加速や移動、そして攻防に加味しているように見える。
ノーヴェが交戦中やたらとアインハルトのガードを硬く感じたのは、そこの辺りに秘密があると思うんだ。
ダントツなのは僕とフェイトが遠目で見たあの断空だよ。あれ、両足に力を込めて地面を踏み締めながらも蹴ってる。
その勢いも加味した上で拳を叩き込んだんだね。あれならノーヴェが一撃で沈んでもおかしくない。
断空というのは拳での打突であると同時に蹴り技であり体当たり――突撃技でもあるんだよ。
修羅の門に出てくる陸奥圓明流の虎砲に近い技なのかな。あれは全身で撃つ一撃必殺の拳。
でも両足がしっかり地面なりそれに成り得るものを噛んでいないと出せない技だとも思う。
とにかく頭の中で色々考察していると、アインハルトは少し顔を赤らめて僕をマジマジと見る。
「ありがとう、ございます」
「え、なんでお礼言うの?」
「だって覇王流は……私の全てですから。なぜなら覇王の末裔足る私には覇王流と同時に」
納得している間に、アインハルトは俯いて両手を膝の上に置いた。
「覇王イングヴァルトの記憶が受け継がれているんです」
『……はい?』
「まず諸戦乱の際、武技に置いて最強を誇った最後のゆりかごの聖王が居ました。
その名はオリヴィエ・セーゲブレヒト。後の『最後のゆりかごの聖王』です」
オリヴィエとは、ヴィヴィオの母体となった人で元々のゆりかご所有者。あれ、でも確か……あー、そうだ思い出した。
「そう言えば覇王は、オリヴィエと仲良かったんだっけ。覇王家と聖王家は国交があったから、その関係で」
「はい」
「ヤスフミ、そうなの?」
「うん」
無限書庫であれこれ本を読んでた時に、その手の話を見た事がある。結構前だから、ちょっと忘れてたけど。
「ただここの辺りはまだ学説的にちゃんと立証が出来てないはずだけど」
「学会ではそうでしょうが、事実です。なぜなら私の中に、その記憶がありますから」
「あー、ちょっと待って。それおかしいじゃん。だってアンタその覇王って人じゃないんでしょ?」
「えぇ。つまりその、一種の先祖帰りと言えば分かるでしょうか」
それでもあむはさっぱりらしく首を傾げる。それはややにキャンディーズも同じく。
僕もまだ疑問があるので、このままアインハルトの話を聞く事にした。
「私の髪や碧眼に魔力・身体資質、それにカイザーアーツは全て覇王から受け継いだものです。
……覇王の血は歴史と共に薄れていますが、時たまそれが色濃く蘇る時があるんです」
≪覇王の遺伝子がそういう特徴と記憶、能力すらも内包した上で末裔達に受け継がれていると?≫
「はい。もちろん先ほど話したように普通は目覚める事はありません。
ですが私はその『時たま』に入るために、彼の記憶が断片的にでも胸の中にあります」
アインハルトはそこでまた俯いて、瞳から涙を流していく。
「王を倒すのは、私の中の彼の悲願なんです。天地に覇を持って輪を成せる王でありたいという願い。
だけど……彼はそれを成せなかった。弱かったせいで彼女を守れなかったから、後悔し続けている」
アインハルトの両手が胸元まで上がる。そうして自分の服を強く握り締めた。
「数百年分の後悔が私の中にはあって、でも……この世界にそれをぶつける相手が居ない。
救うべき相手も守る国も世界もなくて、でもそんな時ゆりかごが上がって、マリアージュが現れて」
「アインハルトちゃん、だから戦おうって思ったの? 自分の中の覇王さんの願いを叶えたくて」
「はい」
「……バカじゃん?」
全員がどう言っていいか分からないこの状況で、あむはやっぱり爆弾を投げた。だからアインハルトも涙を零しながらあむを見る。
「てゆうか、そんなの迷惑なだけじゃん。ノーヴェさんだって言ってたよね? そんな戦争はもう終わったって。
アンタの中でどんだけ続いてたって、他のみんなにそれを巻き込んで……あんな事して誰かを傷つけていいわけない」
「でも、私は……私の中の彼は」
「知ったこっちゃないよ。アンタの中のもう死んでる人間の悲願に、みんなを巻き込むな。
そんな事を……アンタが拳作って誰かを殴る理由にするなっ! そんなの最低じゃんっ!」
あむの言葉にアインハルトは涙を止めて呆然とする。そしてまた俯いた。そんなアインハルトを見て、僕は右手で頭をかく。
「……まぁ、あむの言ってる事は正論だね。アインハルト、正直僕も同意見だわ。お前最低だわ」
「恭文、あの……それは」
「もちろん事情があるのも分かる。多分僕達には想像つかないくらいに辛いんだろうね。なので」
そこで言葉を止めて、アインハルトに向かって優しく笑いかけた。
「もう二度とこんな事はするな。それで僕とフェイト達の知ってる古代ベルカとかそっち方向詳しいのを紹介するから」
「え?」
「そうすればその記憶ともうまく付き合える方法があるかもでしょ? だからそれを探すのよ」
「あ、それいいかもー。そうしたらアインハルトちゃんももうこんな事しなくて済むかも知れないし」
アインハルトは戸惑いながら僕とやや、それに乗っかるように笑うスバルとフェイトを戸惑いながら見る。
「ちょっとやや、アンタコイツ許すつもり? 昨日散々暴れたのに」
「でもでも、事情があるっぽいし……やや、アインハルトちゃんがホントに悪い子とは思えないもん。あむちーだって同じでしょ?」
「……まぁ、それは」
同じだと言うのが辛いらしくそっぽを向いたあむを見て全員が表情を緩めた。てーか相変わらず素直じゃない。
「でも恭文、あたしやっぱ疑問なんだけど……なんでそんな事になってるわけ? てーかどう考えてもおかしいじゃん」
「あー、それはややもややもー。ご先祖様の記憶や能力が使えるってオカルトだよねー」
「そこに関しては予測ついてるし、後で説明するよ。とりあえずマジで専門家の力が必要とだけ言っておく」
この場合ユーノ先生やカリムさん達にも協力頼まないと。頭の中で算段を立てつつ、ノーヴェの方を見た。
「ノーヴェ、先送りにしてたこの子の襲撃の事だけど……どうする?」
「あ、それもあった。ギン姉から聞いた話だと被害届は出てないっぽいけど」
「……それだけどよ。フェイトお嬢様」
ノーヴェは困り顔でフェイトの方を見て、思いっきり頭を下げた。
「頼む、力貸してくれ。それでケンカ両成敗って事でなんとか」
そんなノーヴェを見て、アインハルトが驚きながら目を見開いた。それでフェイトが大きくため息を吐く。
「他の被害者が被害届を出したら、さすがに言い訳立たないよ?」
「知ってる。でも……頼む」
「うん、分かった。なら……アインハルト、近くの管轄署に私達と一緒に来てくれるかな」
フェイトは驚き続けているアインハルトの方を見て、安心させるように笑いかける。
「それで自首だよ。ただあなたの場合事情は抜きに被害届も出てないし、多分簡単な説論で終わらせられると思う。
それで、あむとヤスフミの言うようにこんな事は最低だよ。だからもう絶対にやらない事。それでいい?」
「……はい」
こうして僕達は少し冷めてしまった朝食をガッツり食べた後、近くの署に出頭。
当事者であるアインハルトとノーヴェとあむには、フェイトのサポート付きで事情聴取が行われる事になった。
こりゃ、帰りの予定ちょっと伸ばさないとダメかな。うぅ、アイリも恭介ももう少しだけ待っててー。
(Memory03へ続く)
あとがき
ヴィヴィオ「というわけで、第二話にして出番がない高町ヴィヴィオです。まぁ今回はアインハルトさん軸だからいいんだけど」
恭文「蒼凪恭文です。……というか、序盤の話はアインハルト中心になるしね。
なお、アインハルトの年齢設定とかは原作からいじってます。主にあむとの接点を増やすため」
ヴィヴィオ「どれだけ活用出来るかは分からないけどねー。でも恭文、またやらかしたね。主役譲ったのに」
恭文「しょうがないのよ。原作で言うと僕、ティアナとかの役割だし」
ヴィヴィオ「あ、それでか。ティアナさん高校生だからフェイトママと一緒にと」
(そういう事さー)
恭文「それでアインハルトのカイザーアーツ、ちょこちょこ設定加えて原作よりパワフルになっています」
ヴィヴィオ「歩法や地面関連の話だよね。ここは修羅の門とか参考だっけ」
恭文「そうそう。その結果地上戦オンリーならガードも硬いスーパーロボットみたいなスタイルになりました。つーか地上適応S」
ヴィヴィオ「今回だと、そこでノーヴェさんが負けた感じかな。相手のガードを崩せなくて、必殺技出してもスカに終わって」
恭文「そうなるね」
ヴィヴィオ「それで恭文はアインハルトさんにフラグを立てて……拍手通りに愛人キャラに」
恭文「しないからっ! てーかそんなシーンどこにもなかったよねっ!」
(新主人公、とっても疑わしく見ている。それは……しょうがない)
ヴィヴィオ「恭文、別にヴィヴィオ達は大丈夫だよ? 原作よりはずっと」
恭文「お願いだからまたそうやって未来諦めるのやめてくれますっ!? 原作でもきっとなんとかなるからっ!」
ヴィヴィオ「なるわけないよ」
恭文「その冷めた目やめてよっ! 10歳児の目じゃないしっ!」
(……未来を諦めてしまうとは、なんと悲しい。
本日のED:タイナカサチ『Imitation』)
フェイト「というわけで、覇王ことアインハルトが本編に初登場だね」
覇王「奥様、これからよろしくお願いします。この身未熟なれど、恭文さんのために全てを捧げる一存で」
フェイト「アインハルト、それおかしいからっ! てゆうかそれ、やっぱり愛人になるとかそういう話だよねっ!
あのね、せめてお嫁さん目指そうよっ! あなたの年からいきなりそっち方向に走るとかないからっ!」
覇王「いえ、私は……妾でいいんです。ただあの人の側に居られれば、それで。奥様との仲を邪魔したいとは思っていませんし」
フェイト「妾も充分邪魔してるよっ! アインハルト、ちょっとお話しようかっ!
あのね、私はお姉さんとして本当に心配なのっ! ヤスフミの事どうこう抜きに心配なのっ!」
ヴィヴィオ「フェイトママ、大変だなー」
なのは「ヴィヴィオ、なに他人事みたいに言ってるのかなっ! ヴィヴィオだって同じだよねっ!」
ヴィヴィオ「えー。だって、ママ達が原作で百合百合してるせいでヴィヴィオは未来に夢を見れないし」
なのは「やめてー! ママ達の事には触れないでっ! あれはその……しょうがないのー!」
(おしまい)
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