小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第18話 『疑惑と嘲笑のT/ハードなダブルの流儀・ソフトな甘さの流儀』
「・・・・・・さて、その間違いのうちの一つを教えてあげるよ。いつ、僕達がキャラなり出来ないって言った?」
その言葉の意味がよく分からなかったのか、その場に居た全員が固まる。
いや、全員が僕の言葉の真意に気づいている。でもハッタリか何かだと思って見くびってる。
「キャラなりを仕事や戦闘の時に使わないのが僕のポリシーだったんだけど・・・・・・仕方ない」
どうやら全員に今の自分の認識が勘違いだと教える必要があるらしい。
なので僕はその視線に構わず、胸元に両手を掲げる。
「ショウタロス、いくよ」
「・・・・・・あぁ」
「あらま、拒否しないんだ」
「うるせぇ。オレだって空気くらい読むさ。いいから早くしろ」
ぶっきらぼうに帽子を目深にかぶってそう言うので、僕はそれに苦笑しつつ・・・・・・一気に鍵を開けた。
「僕のこころ、アンロックッ!!」
次の瞬間、僕の身体は緑と僅かに紫の混じった黒の螺旋の光に包まれる。
その中で僕の姿はショウタロスに近く・・・・・・ううん、ショウタロスそのものになる。
差異があるとすれば、しゅごキャラの時は素手だったけど今はフルグローブを装着してる事。
あとは腰の前面にある赤色のバックルとそこにはまっている二つの装置。
その装置は最近出始めたUSBメモリという装置。パソコン用の器具だね。
ちなみに右が緑のメモリで、左が黒のメモリ。装着と同時に身体の感覚がなくなっていく。
けど、それでも僕の両手が動いた。その両手は親指がバックルの上部分に触れる。
それを押しつつ、腰の前で交差。バックルは変形して、『W』の文字を描いているような形状になった。
≪Cyclone・・・・・・Joker!!≫
その瞬間、光が弾けた。そして羽織っていたコートの真ん中に左右を分ける白い線が入る。
そこのラインを始点として、コートの左右の色がそれぞれ違うものに変わる。あとは装着しているグローブも同じく。
右側は緑で左側は黒・・・・・・さっきまで身を包んでいた光の色と同じ。同時に首元に白いマフラーも出現。
・・・・・・これでキャラなり完了っと。交差させた腕を広げて、僕達を中心に吹き荒れる風の中・・・・・・名乗りをあげる。
【「・・・・・・キャラなり」】
僕の口から出てきた声は、僕じゃなくてショウタロスのそれ。まぁその、結論から言おう。
現在僕の身体、完全にショウタロスに乗っ取られていたりします。
【「ダブルジョーカー!!」】
それでショウタロスは左手を軽く上げて、指を鳴らす。
≪The song today is ”Cyclone Effect”≫
その次の瞬間、辺りに静かに音楽が鳴り響きだす。でもなんというか不思議だ。
この曲、僕達知らないのよ。あのね、前に流れた事があるからそこは分かるの。だからちょっと謎なの。
さて、そこも含めて散々ナメてくれた礼をしないといけないね。
しばらく再起不能にしてあげますか。・・・・・・ショウタロス頑張って。だって僕身体動かせないし。
【「・・・・・・さぁ」】
ショウタロスはそのまま上げた手を一旦胸元まで下ろして握り締めつつ、右手を相手にかざしつつ軽く上に振り上げた。
その振り上げた腕はすぐに下がって、今度は左半身を向けて胸元に置いていた手を前に突き出す。そして、連中を指差した。
【「お前達の罪を、数えろ」】
その瞬間、風はまた吹き荒れる。木々や周囲の空気に月詠幾斗や歌唄の髪を揺らす。
そんな中でも僕達は自分のスタイルを、僕達のハードボイルドを貫くように立ち続けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「・・・・・・キャラなり、したっ!? ちょっとちょっと、あの子キャラなり出来ないって聞いてたんだけどっ!!」
「いえ、私達に言われましても・・・・・・その、何も聞いてませんでしたし」
歌唄のマネージャーともう動くのもやっとな実行部隊がギャーギャー言ってるが、これはしょうがない。
てーか俺もそうだし歌唄も驚いて完全に動き止まってやがるんだよ。
【・・・・・・へっ! キャラなり出来たってこっちは二人がかりにゃっ!!
イクト、パパっと片づけてアイツらに現実を分からせるにゃっ!!】
「あぁ、行くぞ」
「悪いが」
踏み込もうとしたその瞬間、目の前にチビが居た。
・・・・・・おいおい、あそこまで一気に走ったのかよ。100メートル以上あるんだぞ。
「そりゃ無理だなっ!!」
声色まで変わってるチビが目の前に居る事にそこに動揺している暇もなく、俺に向かって右拳が打ち込まれた。
咄嗟に両腕でガードした次の瞬間、緑色の風が接触点から吹き出して俺は大きく吹き飛ばされた。
「さぁ、まだまだ行くぜ? 覚悟はいいか、悪党共」
【半熟通り越した生卵共にはちと辛いだろうけど・・・・・・全て受け入れろ】
魔法少女リリカルなのはA's・Remix
とある魔導師と閃光の女神のえ〜すな日常/りた〜んず
第18話 『疑惑と嘲笑のT/ハードなダブルの流儀・ソフトな甘さの流儀』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「イクトっ!?」
イクトは相手の拳を受けて、30メートル以上吹き飛ばされて・・・・・・・そのまま階段に身体を叩きつけられた。
その様子に全員呆然とするけど、私は大きく回り込みつつトライデントを握り締めて恭文の左側から突撃。
「・・・・・・このぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
トライデントを突き出しながら相手に向かって突撃すると、恭文は右足の回し蹴りをトライデントに叩きつけた。
右足には緑色の風が纏わりついていて、その風に押されるようにトライデントがあっさり弾かれた。
私から見て右側にトライデントを強制的に引かされて、動きが止まる。そこで恭文が左手で帽子を直しつつ近づいてくる。
私は舌打ちしつつ右に大きく跳んで距離を取った。それからすぐに左手をかざす。
「ナイトメア」
【ショウタロス、メタルに変更っ!!】
「わあってるよっ!!」
恭文の左手が動いて、開いてたバックルを閉じてから何かを取り出す。
それから素早く左手の中に現れた銀色の何かをバックルに挿入して・・・・・・かまってられるかっ!!
「ローレライッ!!」
そのまま何度目かの蝶での爆撃攻撃を撃ち出す。赤い蝶は恭文に向かって真っ直ぐに飛ぶ。
≪Cyclone・・・・・・Metal!!≫
その声がした瞬間、蝶があらぬ方向に散らされた。
・・・・・・恭文はいつの間にか、銀と赤の混じった棍棒みたいなのを持っていた。
その棍棒は左薙に振るわれたらしく・・・・・・って、ここはどうでもいい。
問題は散らされた蝶達が私の周りに着弾して、爆発してってる事よ。
≪どうも、私です≫
「悪いがもうその攻撃は見切ったぜ?」
その喋った棍棒には緑色の風が足と同じように纏わりついていた。・・・・・・そうか。
このキャラなりの能力が分かった。このキャラなり、風を操る能力なんだ。それで私達の攻撃を避けたりしてた。
「イクト、気をつけてっ! 今の恭文、風を操れるっ!!」
「・・・・・・あぁっ!!」
私の声に返事をしながら、イクトは相手の後ろに四足で走りつつ忍び寄っていた。
そこ目がけて右薙に両手持ちの棍棒が振るわれる。でも、イクトはそれを停止して目の前すれすれで回避。
それからすぐに跳びかかって右の爪を振るう。恭文は咄嗟に下がって棍棒を盾にしてその斬撃を防いだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【ショウタロスっ!!】
「くそっ!!」
あぁもう、オレはヤスフミと違ってこういうの苦手なんだからもうちょい加減・・・・・・またきやがったしっ!!
振り返ると、急停止してオレと同じように振り返っていたのか月詠幾斗が爪をこちらに突き立てていた。
両手の中の棍棒・・・・・・あ、メタルシャフトっつーんだよ。とにかく下がりつつそのシャフトの端を右薙に叩き込む。
それで爪の軌道を逸らしてから、すぐに今度は袈裟に打撃を入れる。それがコンクリの階段を派手に砕く。
つまりオレの攻撃は外れた。猫男はそれを下がりつつ避けて、オレに向かって踏み込んでいた。
シャフト・・・・・・両手棍の間合いの内側に居るために、普通に攻撃しても間違いなく振り払えない。
・・・・・・コレがオレの弱点だ。オレはヤスフミやシオンみたいに戦闘関係が上手なわけじゃない。
だからこんな風にあっさり隙を作る。だから目の前の男は口元を軽く歪めて笑う。
「厄介な能力だが」
そしてその爪は黒い光に包まれていた。そのまま爪はオレの腹に突き出された。
左手を咄嗟にシャフトから離し、銀色に染まっているコートに包まれたその腕を盾にした。
「近づきゃどうって事はねぇっ!!」
【これで終わりにゃっ!!】
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
咄嗟に腕でガードされたが、そんなんじゃこれは防げねぇよ。まぁ良い勉強になるだろうさ。
世の中には、お前みたいなガキじゃどうしようもない現実ってやつが存在してるってな。
だからこれ以上関わるな。イースターや・・・・・・俺達に関わるな。そう思いながら俺は腕を突き出す。
だがおかしい事に腕と爪が衝突したその瞬間、甲高い金属音が響く。
そして爪が・・・・・・黒い光に包まれたまま根本から弾け飛んだ。
「・・・・・・な」
爪の一本は右側に飛ぶ。真ん中の爪はへし折れて俺の右肩に鋭く突き刺さった。
最後の一本はアイツの肩に飛んだ。ただ爪はまるで鉄か何かにぶつかったかのように服に弾かれた。
打ち出した拳もその次の瞬間、コイツの腕にぶつかる。すると言いようのない痛みが拳に走った。
な、なんだコイツの腕・・・・・・マジで鉄みたいに硬ぇ。てーか手、痛めたか?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
残念だったな。現在の左半身・・・・・・メタルのメモリは『闘士』を意味している。
その特性は超硬化。つまりオレの左半身は今めちゃくちゃ硬いんだよ。その強度はヤスフミのコート以上。
ヤスフミのコートはエネルギー攻撃は防げないという弱点があるが、これはそれすらも防げる。
ちなみに最初に装着していたジョーカーのメモリは『切札』。運動能力強化のメモリだ。
ジョーカーのメモリは緑の『旋風』・・・・・・風を操るサイクロンメモリとの相性は抜群だったりする。
【ショウタロス、ヒート】
ヤスフミの指示通りに左手で月詠幾斗を振り払って、すぐに先ほどと同じようにメモリを入れ替える。
緑のサイクロンメモリから『灼熱』の赤いヒートのメモリに入れ替え完了。
≪Heat・・・・・・Metal!!≫
今度は緑色だった半身が赤色に染まる。まずはシャフトを持ったままの右手を素早く引く。
その先を突き出して、月詠幾斗の腹を刺突で打ち抜く。するとシャフトの両端が赤い炎に包まれる。
炎は刺突によって更に身を引いた月詠幾斗に移っていって、腹から身体全体に炎が侵食する。
「く・・・・・・ぐぅっ!!」
【イクトっ!? な、なんだコレっ! めちゃくちゃ熱いにゃー!!】
当然ながらその隙を突かないわけがない。てーか突かないとダメだとヤスフミから叩き込まれた。
シャフトに左手を添えつつ先ほど突き出した方とは逆の先を、右薙に月詠幾斗の左脇腹に打ち込んだ。
「・・・・・・おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そのままシャフトを乱暴に振り抜く。月詠幾斗の身体が炎に包まれたまま階段の中程を転がる。
それを見ながら左手を肩まで上げて、軽くスナップさせる。それからすぐに左手を自然と下ろしていた。
【ショウタロスっ!!】
「あぁっ!!」
ヤスフミの声に従って、左手でバックル左側のメタルのメモリを抜き出す。
シャフトの中央部分にはバックルと同じようにメモリの挿入口があって、それにそのままメタルメモリを挿入。
≪Metal・・・・・・Maximum Drive≫
狙いは月詠幾斗の方。シャフトの両端の赤い炎の勢いが強まり派手に燃え上がる。
そのせいか、身体の前に横にした状態でかざしたシャフトが激しく震えるが・・・・・・オレは右手だけで問題なく保持する。
「やらせるかっ!!」
それであの歌姫がまたオレ達に向かって蝶を撃ち出すが、遅い。オレ達の身体はその前に徹底加速。
オレ達のすぐ後ろを蝶達は通り過ぎ、あらぬところへとその羽根を羽ばたかせながら消えていった。
噴き出す炎の勢いに押されるようにして階段の上を滑りながら、ふらふらと立ち上がる月詠幾斗に急接近。
【「メタル」】
燃え上がるシャフトを加速しつつ両手で持って、左薙にアイツの腹に打ち込んだ。
【「ブランディングッ!!」】
月詠幾斗はその打撃をマトモに受けて、更に炎に包まれながら200メートル以上吹き飛ぶ。
それで近くにあった建物ののコンクリの壁に派手に叩きつけられた。
オレ達は当然そのまま数メートル滑って停止。シャフトの両端から噴き出していた炎もそのまま消えた。
月詠幾斗の方を見ると、キャラなりは解除されたらしく見覚えのある制服姿に戻っていた。
それだけじゃなく身体からプスプスと煙が出て、服もあっちこっちが軽く焦げてたりする。
そこは傍らに落ちているヨルも同じ。目を回しながら白い煙を上げていた。
「・・・・・・お子様には、ちょっとハードだったかも知れねぇな」
【まぁいい薬でしょ。コレで懲りてくれると嬉しいんだけど】
「アンタ達・・・・・・こっちを向きなさいっ!!」
なんて歌姫が怒りの声をあげるので、オレは振り向いてそちらを見た。・・・・・・可愛い顔が台なしだぜ。
「よくもイクトを・・・・・・てゆうか、そのキャラなりなんなのよっ!!
風の力と思ったら、今度は炎っ!? いったいなにしたのっ!!」
【バカじゃないの? そんなの教えるわけないし】
「・・・・・・オレはヤスフミみたいに上手く戦えるわけじゃない」
【それで教えるんかいっ!!】
歌姫様はこの結果がご不満らしいから、オレから少し解説だ。
オレはシャフトを右肩に担ぎつつ、左手で頭の上のソフト帽を軽く正す。
正直・・・・・・このキャラなりの能力もかなり持て余してる。
そうだな、オレがどれくらいこの能力を持て余してるか例を出すか。
中のヤスフミが最初に『ぶっちぎりで宝の持ち腐れ』だって言い切るくらいに持て余してるよ。
てーかアレだ、魔法少女的なあれこれで最初からパーペキなんてなかったさ。
「だがヤスフミもオレみたいに出来ない。だから知恵を借りて、オレは力を振るう。
オレ達は一人じゃこの力を出せない。二人で一人だから、オレ達は戦える」
言いながらも、オレはバックルのメモリを二つとも入れ替える。なお、入れるメモリはサイクロンとジョーカー。
「それが『W boiled』。オレ達なりのハードボイルドの形だ。覚えときな、Singer Girl?」
≪Cyclone・・・・・・Joker!!≫
シャフトは消えて、キャラなりした当初の姿に戻る。いつの間にか消えていたマフラーも首元に戻った。
そこからまたジョーカーのメモリを取り出して、右腰・・・・・・ベルトに備えつけてあるスロットに挿入。
「さぁ、これで決まりだ」
そのスロットを、右の平手で軽く叩く。
≪Joker・・・・・・Maximum Drive≫
その瞬間、足元から風が吹き荒れて周囲の空間をかき乱していく。
風に髪や服のスカートを揺らしながらも、歌姫はオレ達を睨みつける。
「・・・・・・ナメてんじゃ」
それだけじゃなく、前面に30・・・・・・いや、下手すると100近く蝶を生成。どうやら逆鱗ってやつに触れたらしい。
「ナメてんじゃないわよっ!!」
それを見ながら素早く上空数メートルの高さに飛び上がる。
【「・・・・・・ビートスラップ」】
それからシンガーガールに向かって飛び込みながら左足を突き出す。すると緑色の風が螺旋を描いて俺達を包み込む。
その始点はオレ達の足の裏から。そしてまるで何かの砲弾のように、オレ達の身体は加速した。同時に蝶達も一斉発射。
【「ジョーカー・エフェクトッ!!」】
螺旋に渦巻く風は障壁となり、撃ち出された蝶達を弾いてあらぬ方向へ飛ばしていく。
弾かれた蝶達は即座に爆発。だがその爆発の海すらも風によって穿たれる。
まるで爆発と蝶の波を切り裂くようにオレ達は歌姫に接近。その足を胸元に叩きつけた。
その瞬間、直撃箇所から緑色の風が生まれ、大きく爆発。それで歌姫が吹き飛ぶ。
歌姫は苦悶の表情を浮かべながら月詠幾斗と同じように身体をコンクリに叩きつけて、そのまま倒れる。
オレ達が着地している間にキャラなりは解除されて、歌姫もイルも意識を失ったらしくそのまま動かなくなった。
「・・・・・・うし、これで終了っと」
左手をスナップしつつ周囲を警戒。その上で辺りを見渡す。
すると、例の三条さんとやらと実行部隊は呆然としながらも後退りを始めていた。
【ショウタロス、キャラなり解除】
「おう」
意識を集中させた途端に、オレはヤスフミの身体から出てその傍らに元のしゅごキャラ状態で現れる。
ヤスフミも元の黒ずくめのコート姿に戻って、音楽もちょうど良いとこで終了。で、すぐに術式を詠唱した上で動く。
「逃げるなよ、三流共」
言いながらヤスフミは左手を上げて、その人差し指の先に光弾を生成。
≪Stinger Snipe≫
放たれた光弾は逃げる連中の左側に迂回し、一気に連中の両足達を撃ち抜きつつ加速。
全員揃ってその場で転げて、痛みに悶えながら怯えた表情でヤスフミを見出した。
・・・・・・本気で容赦無しだな。スタン攻撃とは言え、相変わらず鬼だ。やっぱコイツには優しさがねぇ。
「言ったはずだ。罪を数えさせるとな。そしてこうも言ったはずだ。
撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだってな」
これはレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説に出てくるセリフだ。てーかあのおやっさんも言ってたらしい。
「そして僕は・・・・・・唯世達と違って優しくない」
そのまま左手を開いて、また別の術式を詠唱。左手のジガンからカートリッジが3発ロードされる。
ロードされる時に発せられる特有のガシャガシャ音と共に手の平に生まれたのは、炎の砲弾。
≪Blaze Cannon≫
「だからケジメをつけさせてもらう。とりあえず・・・・・・この場でのケジメをだ」
「ま、待ってっ! アンタ分かってるのっ!? こんな事したらイースターを完全に敵に」
まず砲弾の一発が放たれる。それが一番左側に居た数人を飲み込み爆発を起こす。当然だが階段も砕け散る。
非殺傷設定だが、物理関係の破壊設定はオンにしてるらしい。相変わらずやり口がエグい。
続けて同じ数だけカートリッジがロードされて、僅かに腕が右に動きつつも砲弾が生成されていく。
その腕・・・・・・砲弾が狙っているのは、当然ながらあの三条さんだ。
「お願い、もうこんな事はしないから見逃してっ! なんでも言う事を聞くからっ!!
そ、そうだわっ! 金っ!! 金を出すからっ!! もう好きなだけ」
その言葉でヤスフミの腕が下がる。女は安心したように表情を安堵の色に染める。
だが、染めた瞬間に女は気づいた。ヤスフミは腕こそ下げたが砲弾は消していない。
いや、追加で残り2発のカートリッジをロードもした。その結果、砲弾は更に大きさを増す。
ヤスフミはそのまま振り向き、女にも聴こえるように背を向けたまま宣告を下した。
「・・・・・・・・・・・・ダメだ」
ハッキリそう言い切った瞬間、女の顔が青冷めたものに変わる。そして砲弾が放たれた。
50センチ程の大きさの砲弾はそのまま直進し、階段に倒れ込んだ女目がけて着弾。
その次の瞬間、轟音を立てつつ階段を砕きながらも奴らは全員蒼い巨大な炎の爆発に巻き込まれた。
ヤスフミは大きく渦巻く爆炎を背にしながら、階段を昇り始めていた。
オレもそれを追いかけている間に、展開していた結界は解除。空は元の青い空の色に戻った。
「でもヤスフミ、ありゃやり過ぎ・・・・・・って言いたいとこだが、むしろ足りなくないか?」
連中のあれこれを考えると、コレで懲りるとは全く思えない。むしろ甘いくらいだと考えてしまう。
当然殺してはいないだろうから、余計にそこは思うぞ。だからと言って殺すのはもちろん拉致・監禁もアウトなんだが。
「とりあえずはいいよ。それよりもラン達優先。ショウタロス、とっとと急ぐよ」
「あぁ。・・・・・・なぁ、せっかくだからもう一度キャラなりしてバイクで行かねぇか?」
いや、実はこの形態になるとカッコ良いバイクに乗れんだよ。前面黒で後ろが緑のレーサータイプでな。
だからキャラなりすると毎回乗るんだが、ヤスフミはさっき言ってたようなポリシー付きだからあんまり機会が・・・・・・うぅ。
「それはいいけど・・・・・・警察に捕まらないようにね?」
「分かってるって。よし、それじゃあ・・・・・・ハードボイルダー召喚っと」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ヤスフミのおかげで二階堂先生の動きはなんとか掴めるようになった。ただ、移動速度が本当に早い。
これ、車か何かで動いてるのかな。だから走りじゃ追いつけないとか。それに少し焦りも感じてしまう。
ただその動きがある一点で止まった。それは聖夜市北側の町外れな場所。当然私達はそこに急行する。
そこに着いた私達が見たのは・・・・・・ボロボロな木造の3階建ての建物。
表に同じくボロボロの看板があって、そこには『社員寮』と書かれていた。
「ここ、もしかしてイースターの所有している建物かしら」
「社員寮って書いてるくらいだからな。きっとそういう目的で作られたんだろ」
私も少し疑問は残るけど、そこを調べてる余裕はないからそうだと納得する事しか出来なかった。でも・・・・・・ボロいよね?
「でもでも、なんかボロいよー? フェイトさん、ホントにここに二階堂先生が居るのかな」
「うん、反応はここになってるし、なにより足元の事もあるしね。バルディッシュ」
さすがに街中を移動する関係で、私も一旦セットアップを解除してる。
だから懐から待機状態のバルディッシュを取り出して視線を向ける。
≪距離の問題からでしょうか。通常サーチも問題なく敢行出来ます。
・・・・・・3階に大型の機械と生体反応を感知。二階堂悠と断定しています≫
「なら間違いないわね。でも大型の機械って何?」
≪詳細は不明。何かのポッドのようですが、大型のものと小型のものが二つあります≫
「そこは乗り込めばすぐに分かるだろ。それじゃあ行こうぜ」
空海君に頷きつつも、電撃で鍵のかかっている表の門を破壊・・・・・・あ、違うな。
かかってる鍵を破壊した上で、全員で敷地内に突入。それから辺りを警戒しつつ、私は先陣を切って歩いていく。
「フェイトさん」
「うん」
なでしこちゃんに頷きつつ足を進めて、視線を下に落とす。そこには赤いま新しい血痕があった。
・・・・・・これもここを探索する理由の一つだよ。それでその血痕はさっき開けた玄関の外にもあった。
その赤い痕跡は、今私達が見ている寮の中へ続く入口の方に続いていた。私はゆっくりとそのドアを開ける。
私達がまず見たのは広いロビー。だいたい20人前後が立って雑談してても余裕なくらいの広さ。
つまり結構広い。全体的に確かにボロい感じだけど、人の出入りが全くないという感じではなかった。
それで血痕はその奥・・・・・・真向かいの階段に続いていた。でも私達は足を進められない。
両脇の通路にその階段から、だいたい1メートル前後の二足歩行のロボット達がワラワラと出てきたから。
ただその形状は・・・・・・そうだな、お土産屋さんにある昔ながらのロボットみたいな感じ?
今のアニメに出てるような感じのじゃなくて、顔とか身体も四角くて手も視力検査のアレみたいなハサミ状態。
でも数が多い。広いロビーを埋め尽くすような勢いで私達にゆっくりと迫ってくる。
「バルディッシュ」
≪同型の機械がこの中で多数居ますね。これはあくまでも一部です≫
「じゃあじゃあ、この子達を蹴散らさなきゃいけないのー? うぅ、面倒だよー」
確実に時間稼ぎって感じかな。その間に・・・・・・なら余計にジッとしてられない。
×たま相手ならともかく、こういうのなら私が魔法を使って一掃しても。
「フェイトさん、少しお待ちを。魔法を使わないでください」
「てまりちゃん? あの、どうしてかな」
私の言葉に答えず、てまりちゃんは真剣な目で前に出てあの奇怪人形達を改めて見る。
「・・・・・・やっぱり。あの子達の中から×たまの気配を感じます」
「え? そ、それじゃあ」
「あのロボット達を壊したら、中の×たまも壊れるって事っすね。多分×たまが動力源になってるんっすよ」
「二階堂の奴、こんな事まで出来んのかよ。マジで本気出してるって事か?」
軽く表情を苦くしてしまっても許されると思う。それなら私が下手に手出しは出来ない。
でも同時に確定もした。これは足止めだ。私達が×たまを壊せない事を知った上でこの手を踏んでる。
手加減した上で突っ切るとなると、やっぱりそれなりの労力と時間を使う事になる。
その間に『料理』の準備を進めていくつもりなんだ。・・・・・・中々にやり方が手堅いね。
「ラン・・・・・・あ」
あむちゃんが私の右隣に来て、軽く服を引いてきた。なのでそちらを見る。
「フェイトさん、確かフェイトさんって空飛べましたよね」
「うん。私もヤスフミも飛行魔導師だから」
「だったらあの・・・・・・3階くらいの高さくらいなら楽々なんじゃ」
一瞬固まった。でもすぐに冷静に状況判断。そして計算。その結果、ついマヌケな声が出た。
「・・・・・・あ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
くそ・・・・・・くそくそくそくそっ! いったいどういう事だっ!? なぜこんな簡単にここが嗅ぎつけられるっ!!
いや、今はそこはいい。まずは準備だ。早く、早くしないと負け組になってしまう。それはダメなんだ。
勝たなくちゃ意味が無い。そうしなくちゃ誰も認めてくれない。誰も僕の価値なんて認めてくれないんだ。
急げ、急げ。必要な材料はもう揃ってるんだ。でも・・・・・・買出しなんてするんじゃなかった。
そんな事してるからこのありさまだよ。本当に我ながら詰めが甘い。
「こらー! ここから出せー!! こんな事してもなんにもならないぞー!!」
「いい加減諦めたら? もうみんな来てるし、おしまいだよ」
「いいや、そんなわけないっ! まだ、まだ間に合うっ!!」
たまごの中のあの子達の言葉には耳を向けずに、必死にパソコンのキーボードに必要なデータを打ち込む。
それで・・・・・・どんどん意識が霞んでいく。あのチビにつけられた傷のせいだ。
傷は深いらしくて、実行部隊の連中も応急処置が出来なかった。そのために右腕がうまく動かない。
それがまた焦りを生み出す。その間にも血が滝のように溢れ出しているというのに。
「せんせぇ、もうやめてくださいですぅっ! それに怪我したなら治療を」
「そんなヒマはないと言ってるだろうがっ! もういいから黙れっ!!」
「黙りませんっ! せんせぇ、こんな事しちゃダメですぅっ!!」
「スゥ、無駄だよ。そんな事言って通じるなら、元からこんな事しないよ」
「そんな事ありませんっ! だって・・・・・・だって、せんせぇはしゅごキャラが見えてるんですよぉっ!?」
頭を振りながら、霞む意識を冷ましつつ指を動かす。落ち着け・・・・・・落ち着け。
まだやれる。まだ出来る。僕は、こんなところで終わる男じゃないんだ。
「スゥ達が見えてるのに悪い人が居るわけがありませんっ!!」
「スゥ、どうしちゃったのっ!? 私達にこんな事してる時点で悪い人に決まってるよねっ!!」
「ランも黙っててくださいっ! ・・・・・・せんせぇ、せんせぇはもしかして元はキャラ持ちだったんじゃないんですかぁっ!?」
左側から聞こえてきたその言葉に、動きが止まってしまった。その間にも言葉はまだ続く。
「だからスゥ達の事が見えるんじゃないんですかぁっ!? だったら、もうやめてくださいですぅっ!!
こんな事したら・・・・・・せんせぇのしゅごキャラだって絶対悲しみますぅっ!!」
「・・・・・・そう、思うかい?」
「はいっ! だからせんせぇっ!!」
「でもダメだ。僕は止まれない。君達を・・・・・・君達をエンブリオに作り替えなきゃいけないんだからね」
僕の計画は・・・・・・エンブリオを製造する事。ようするに無い物は作れば良いという思考だね。
これが三つ目のプランだよ。それで願いが叶えられるならいちいち探すよりも楽だと思ってさ。
だから×たまを集めた。だからそのエネルギーを注ぎ込み、エンブリオの核とするためこの子達をさらった。
それで僕は勝ち組になれる。だから止まれない。それで・・・・・・おかしいね。
僕は今たまごの中に居るあの子達には見えないはずなのに、つい自嘲するように笑ってしまった。
「だって僕のたまごはもう無いんだから。僕が、壊したんだ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『・・・・・・え? あの、先生やめたって』
『あぁ。奥さんが身体を急に壊されて・・・・・・それが原因でね。退職なされたんだよ。
それで言いにくいんだけど、顧問がもう居ないんだ。工作クラブは恐らく廃部になるんじゃないかな』
その出来事を堺に、僕の周囲にある色んなものが壊れた。
『高学年になったら、ロボットは卒業ね。もっとちゃんと勉強しなさい』
『そうだぞ。お前、将来負け組になりたいのか?』
両親がいきなりそう言ってきた。そうして僕の世界が・・・・・・夢が、少しずつひび割れる。
そのひび割れた隙間から、そこから現実が入り込んできた。
僕はそれが認められなくて、先生が居なくなってもロボット博士になりたかった。
そこだけは間違いなかった。だから必死に作って、夢を追いかけた。
隙間から入り込んで、僕を侵食する現実から目を背けるように。
だけどそこに至るためには、あの時の僕の小さな手では届かなかった。
「また失敗だ・・・・・・!!」
動かない。ありったけを込めてるのに、信じてるのに・・・・・・それは動かない。
それが僕を苛立たせる。現実と一緒に僕を侵食する。
「なんで動かないんだよっ! このガラクタがっ!!」
もうそれは僕にとって夢じゃない。ただ存在するだけで僕を苛立たせる。その苛立ちが表情にも現れる。
だから僕は目の前の『ガラクタ』に腕を振り上げ・・・・・・壊した。壊れたんじゃない。壊したんだ。
「お前なんて、壊れちゃえよっ!!」
振り上げた腕がガラクタに当たり、ガラクタが宙を飛ぶ。飛んであるものにぶつかった。
いや、ぶつけたのかも知れない。僕はこの時、夢も何もかもわずらわしかったから。
「・・・・・・あ」
僕はその光景に呆然とした。この時はこれが何かなんて分からなかった。
でも、その光景で本能的に理解した。この時、僕の大事なものが壊れたと。
そしてそこから・・・・・・現実が一気に入り込んできた。もう、逃げられない。
だってそれは僕の選択だから。僕が壊す事を、現実に飲み込まれる事を選んだ。
「たまごが・・・・・・!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「割れた・・・・・・ううん、割っちゃったよ。なりたかった自分なんてさ。もう、粉々のぐちゃぐちゃ」
ハンプティ・ダンプティ、割れちゃったたまご。もう二度とかえらない・・・・・・ってさ。
「とっくの昔に・・・・・・たまごから君みたいなしゅごキャラがかえる前に、割ったんだ」
「・・・・・・そんなぁ」
「まぁそういうわけだからさ。そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・・・・ダメなんだ」
僕は夢や理想より現実を選んだ。選んでしまった。だから空っぽになってしまった。
だから今、こんな歪んだ笑いしか浮かべられない。だから今、僕は君達を怯えさせている。
「もう後戻りは出来ないんだ。もう僕にはコレしかないんだ。もうあの頃には戻れない。
もう壊れたたまごは元に戻らない。もう僕は大人になってしまった。もう僕は勝つしかない」
「せんせぇ・・・・・・待ってくださいですぅっ! それは違いますぅっ!! スゥのお話、聞いてくださいですぅっ!!」
「だから」
僕はまたキーボードを叩いていく。あと少し・・・・・・あと少しなんだ。だから。
「もう・・・・・・放っておいてくれっ! もう僕はこのままでいいんだっ!!」
そう叫んだ瞬間、ガラスが割れるような音が右側からした。
驚きながらそちらを見ると、窓ガラスと窓枠が部屋の中に入り込んでいた。
その原因が霞んだ思考では分からなくて、数瞬固まってしまう。
でもその数瞬あれば、彼女達には余裕だった。
「今はヤスフミが居ないから」
その声に寒気が走った。それで咄嗟に後ろを振り向いていく。
「私が突きつけるよ」
僕が見えたのは黒い基部から金色の刃を生やした鎌と、その刃と同じ色の髪を揺らす女の子。
そしてその傍らに崩れ落ちるように座り込んでいたピンク色の女の子。
「さぁ、あなたの罪を・・・・・・数えろっ!!」
咄嗟に逃げようと身を下げる。でも、僕の身体が動く前に裁きは下された。
金色の刃は逆袈裟に振るわれて、僕の身体を斬り裂いた。
その瞬間、痛みが走り一気に意識が奪われてしまう。僕は仰向けに瞳を閉じながら倒れる。
何も考える事も出来ずに、ただただ残酷な現実に打ちのめされて・・・・・・そこに一片の救いもなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「フェ、フェイトさん。あの・・・・・・まさか」
「当然殺してはないよ」
右手で鎌から戦斧形態に戻っていくバルディッシュを持ったまま、警戒しつつ私はあの人に近づく。
「あむちゃんに見せるの、何気に初めてだっけ。これが魔法による非殺傷設定。スタン攻撃で意識を奪っただけ」
しゃがみ込んで左手をかざして術式発動。するとあの人の身体が金色の光に包み込まれる。
・・・・・・私も回復魔法とか覚えててね? 一応これで止血だけはしておく事にする。
「手遅れになっても困るし、ここはしっかりとね。あ、今は治療中」
「そう、ですか。なら良かった」
それで安心したようにため息を吐くあむちゃんを見て、私は少し笑ってしまう。あの、悪い意味じゃない。
この子は自分にこんな事をした相手でも、素直に心配出来るんだなって・・・・・・むしろ感心してるくらい。
きっとこれがこの子の強さ。私やヤスフミ、唯世君達とは違うけど、しっかりとした強さなんだ。
出来れば見習っていきたいなと思いつつ、治療は終了。一応でも出血は止められた。
「これでよしっと。あむちゃん」
「あ、はい」
私が立ち上がるのと同時に、近くの妙な形のポッドに置いてあった三個のたまごにあむちゃんが駆け寄る。
あむちゃんがたまごに張られてるバッテン印のガムテープを素早く外すと、中からあの三人が出てきた。
『・・・・・・あむちゃんっ!!』
「みんなっ!!」
あむちゃんは出てきた三人をめいっぱい抱き締める。・・・・・・あ、訂正。
スゥちゃんは心配そうに倒れた二階堂先生の方に来た。
「せんせぇ・・・・・・せんせぇっ! ・・・・・・フェイトさんどうしてですかぁっ!?」
「え、私責められる立場なのっ!? それちょっと違わないかなっ!!」
あの、色々自己弁護なのも承知してるけどそれでも今その不満そうな目をされてもすっごく困るよっ!!
もしかしてあむちゃんのアイディアで、一旦外に出て飛行魔法でショートカットした事がマズかったのかなっ!!
「スゥちゃん、飛行魔法でショートカットってスレイヤーズでもやってるんだよ?
これあむちゃんのアイディアでね。ビックリしちゃったけど、みんなを助けるために一生懸命考えた結果」
「何の話ですかぁっ! そうじゃなくてどうしてせんせぇを攻撃しちゃうんですかぁっ!!」
え、そっちっ!? そっちは更に納得出来ないんだけどっ!!
てゆうかこれ・・・・・・あ、ストックホルム症候群とかかな。スゥちゃんかなり必死になってるし。
「せんせぇ、ずっと前にしゅごキャラが居たんですぅっ! だからだから、せんせぇはスゥ達も見えてたんですぅっ!!
悪い人じゃなくて、ただその子が居なくなったのが悲しくて苦しくて・・・・・・こんな事しちゃあダメですよぉっ!!」
「そうだね、暴力は良くない。人を踏みつける事には変わらないから良くはない。
でも、だからイースターの命令でたまごを抜き出していた事も悪くないって事にはならない」
少し鋭く言うと、必死に私を責め立てていた涙目のスゥちゃんが固まった。
「だからみんなをさらった事も悪くないし、たまごを壊したりした事も悪くない。あむちゃんに怪我させた事も悪くない?
スゥちゃん、それなら私達はどうすれば良かったのかな。具体案も無しでただそう言うだけなら、私はそれを一切無視する。そんなのは戯言だ」
「それはぁ・・・・・・でも違うんですぅっ! せんせぇは悪い人じゃないんですぅっ!!」
「ううん、この人は悪い人だよ。なにより今スゥちゃんが言っている事は、先生のせいで傷ついた人達の事を全部抜いてる。
そんなの絶対違うよ。例えばたまごを抜かれて苦しい思いをした鳩羽ゆきちゃんや姫川舞香ちゃん、それに」
顔を上げて、私は部屋のポッドに入った大量の×たまに視線を向ける。
「そこにある×たま達。スゥちゃんは今、みんなが傷ついた事も仕方ないって言ってる。
先生には悲しい事があったからこうなったのは仕方ないんだって、みんなに言えるのかな」
「でも、でもそれはぁ」
「次はイースターの命令だからとでも言うつもり? それはもっとありえない。
なら命令があればどんなにヒドイ事をしても許される。例えば・・・・・・人を殺しても」
視線を落とすと、スゥちゃんは悲しげな瞳で私を見ていた。どうやら言えないらしいのでそこは安心。
私の事で言えば、事情があったから、母さんに泣いて欲しくなかったからジュエルシードを集めたりしたのがダメ。
私は騙されていたのかも知れないけど、結果的に私の行動でたくさんの人に迷惑をかけてる。
傷つけて泣かせて・・・・・・そうだよ、私もこの人と同じだった。だから言い切れる。そんな理屈は間違ってる。
だって私はもう、それが間違いだと決めているもの。だから悪いけど、スゥちゃんの言う事は絶対認められない。
スゥちゃんが軽く嗚咽を漏らしていても、私は絶対に折れない。ただ、それでも表情と声を少し柔らかくする。
「ただ、スゥちゃんの言いたい事は分かる。二階堂先生の事、心配なんだよね。
怪我してたし顔色も悪いし、こんな事をされても嫌いになり切れない。それでそういう事情もあった」
「・・・・・・はい」
「だから私はこれ以上どうこうするつもりはないから安心して? もちろんその事情も考慮していきたい」
攻撃したのも下手に動いて傷を深くしないためだから、ここは本当の事。事情も・・・・・・まぁ出来る限りね?
「だからスゥちゃんもここは納得して。そんな理屈は、間違いにしていかなきゃいけないから」
「・・・・・・納得、しますぅ」
「ん、ありがと」
その場で立ち上がり、私は改めて周囲を見渡す。・・・・・・ここは他のフロアと違って全く仕切りがない。
そこに今私の近くにあるパソコンや書類を置いた汚い机と、巨大な×たまがたっぷり詰まったポッドがあるだけ。
「それでみんな、二階堂先生は結局何をしようとしてたの?」
「・・・・・・あ、そうじゃんそうじゃんっ! 『料理』とかって言ってたけどそれってなにっ!!」
「あのね、×たまと私達を使ってエンブリオを作ろうとしてたみたい」
『はぁっ!?』
そこで改めて話を聞いて、一応は納得。なら・・・・・・計画を潰すためにはもうひと頑張りしなきゃ。
私はあむちゃんの方に駆け寄っていくと、あむちゃんも言いたい事が分かったのかすぐに頷いてくれた。
「あたしが浄化・・・・・・ですよね」
「うん。ヤスフミも来るのにまだ時間がかかるだろうし、ここはそうするしかない。
そうじゃないと唯世君達が持たないよ。きっと数に押し負けちゃう」
「いや、そこは分かるんですよ。でも・・・・・・ここ全体ですよね」
あむちゃんがそう言って困ったように部屋を見渡して、改めてポッドに詰まった大量の×たま達を見る。
「あたしこんなにたくさんの×たま浄化した事ないし、体力が持つかどうかも心配だし」
「・・・・・・その問題があったか」
確かにいつものオープンハートだと一直線で放射されて、その射線上に居るのだけだだったよね。
もしかしてあむちゃんだけにここを任せるのってかなりのミスジャッジ?
でも・・・・・・どうしよう。私はヤスフミみたいに魔法で浄化とかは出来ないだろうし、それは唯世君達も同じ。
だから私も困った顔をして、あむちゃんの方を見る事しか出来なかった。
「でも、やります。あたしが・・・・・・あたしがやるしかないんだし、最悪八神君が来るまで持たせればいいだろうし」
「いいの?」
「いいんです。それに結局フェイトさんやアイツにおんぶに抱っこだし、多少は頑張らないと」
ガッツポーズを取り始めたあむちゃんを見て、私は苦笑してしまう。もう十分頑張ってると思うんだけど。
姿勢は・・・・・・うん、示せてると思うな。あむちゃんとみんなの距離感を見てるとね。そういうの三人にも伝わってるみたい。
「分かった。ならあむちゃん、ヤスフミが来るまで頑張って。私も出来る限りサポートするから」
「はい、お願いします」
「よーしっ! そういう事なら早速私と」
「ラン、ちょっとストップですよぉ」
そう言って元気よくジャンプしたランちゃんを押しのけたのは、スゥちゃん。それで笑顔であむちゃんの方を見る。
「あむちゃん、ここはスゥにお任せですぅ」
「スゥ?」
「それじゃあ、行きますよぉ」
「・・・・・・分かった」
あむちゃんは納得したようにそう言ってから一度深呼吸。両手を胸元に掲げて、一気に扉を開く。
「あたしのこころ、アンロックッ!!」
あむちゃんが緑色の光に包まれて、同じ色のリボンが周囲に舞う。そのリボンにはクローバーの柄。
スゥちゃんはたまごの中に入って、そのたまごがあむちゃんの胸元に吸い込まれる。そして、光が弾けた。
弾けて出てきたのは・・・・・・かぼちゃパンツっ!? 緑のかぼちゃパンツに白いエプロンっ!!
私が驚いている間にも、あむちゃんは笑顔を浮かべて両腕を広げる。
【「キャラなりっ! アミュレットクローバー!!」】
「・・・・・・スゥちゃんともキャラなり出来たんだ」
「あ、はい。夏休みの間に出てきた×たま対処してる時に」
あぁ、それでなんだ。私夏休みは普通にヤスフミと海外旅行楽しんでたしなぁ。
一人納得している間に、あむちゃんは白い手袋に包まれた両手を前にかざす。
するとそこに持ち手のところに緑のちょうちょ結びなリボンのついた泡立て器が現れた。
あむちゃんはそれを両手で掴んで、胸元で携えてゆっくりと瞳を閉じる。
「お砂糖・蜂蜜・シロップ・・・・・・イライラ、もやもや、みーんなスイーツに溶かしましょ」
・・・・・・なんだろ、こう口の中が甘ったるくなっているような。でも、そんな私達の心境に構わずあむちゃんは動く。
「リメイクッ!」
目を開いて、その泡立て器を右薙に振るった。そこから半透明な金色のクリームが溢れて、世界を染め上げた。
「ハニー!!」
生クリームが部屋に広がると、その瞬間この大広間・・・・・・ううん、違う。
この社員寮全体が光に包まれた。優しいクリーム色の光は、見ているだけで心が満たされる感じがした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「・・・・・・ねね、ロボット達が動かなくなったよっ!?」
結木さんの言うようにさっきまで殴ったり蹴ったりボールで叩いたりしてたロボット達は途端に動きを止める。
そのままその全てが前のめりに倒れる。でもそれだけじゃない。ロボットの中から×たまが出てきた。
そのたまごは全て元の白いたまごに戻って、どんどん消えていく。僕達は動きを止めてその様子に固まってしまった。
「浄化、された?」
「どうやら日奈森の奴がやったらしいな。いや、これも当然か」
「フェイトさんのサポート付きだものね。つまり」
「ランちゃん達も無事なんだっ! やったやったー!!」
通路に・・・・・・違う。建物の中が光のシャワーで満たされる。
とても綺麗で優しくて、心が温かくなって・・・・・・なんだろう、この感じは。
でも分かる事がある。これでこの戦いが終わったという事。
これだけは今の僕達でも分かった。だから自然と笑顔を浮かべてしまう。
「なら僕達も上に行こう。もう、終わったんだ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「・・・・・・綺麗」
≪えぇ≫
この光、どうやら浄化技の一種みたい。だからポッドの中の×たま達も全て真っ白なたまごになる。
そのまますり抜けるようにポッドの中から出て、天井いっぱいに白いたまご達は佇む。
光に溢れている世界の中で、たまご達は一つずつ消えていく。きっと、持ち主のところに帰っていってる。
その光景に思わず私は感動してしまって、瞳に涙を浮かべてしまった。だってあの、なんか素敵なの。
「・・・・・・う」
光が雪のように降り注ぐ部屋の中で横たわる二階堂先生が、ゆっくりと立ち上がった。
それに思わず警戒するけど、その二階堂先生の目の前に、一つのたまごが現れた。
でもそのたまごは普通のこころのたまごじゃない。アレ・・・・・・しゅごたまだ。柄が少し見えるもの。
それが割れると中から、オモチャのマジックハンドを持って白衣を着ている男の子が出てくる。
青い髪にメガネを着けて・・・・・・もしかしてアレ、スゥちゃんが言っていた二階堂先生のしゅごキャラ?
なお、そう言い切れるだけの根拠はある。それは二階堂先生の表情。というか、視線?
二階堂先生の表情は今、とても穏やかなものになっているから。
「なくしたと、思っていたのに」
二階堂先生はどこか懐かしむような優しい瞳で、あの子を見ていた。それで嬉しがってる。
あの表情は見た覚えがある。ショウタロウ達が産まれた時のヤスフミだよ。少しだけ重なるものがある。
「よかった。やっと、会えた」
「君が、僕のしゅごキャラ?」
「うん。でも随分ボロボロだね。だけどもう立てるはずだよ?」
「え? ・・・・・・あ、ほんとだ。というか、全然痛くない」
ふ、普通に立ち上がったっ! なんでっ!? 私かなり本気で攻撃したのにっ!!
二階堂先生は魔法能力者じゃないっぽいから、普通なら半日はあのままだよっ!?
【特別サービスで、せんせぇの怪我もお直ししちゃいましたぁ。お直しは、スゥの得意技ですからぁ】
「そこもリメイクできちゃうのっ!? というか、普通にそれ凄いよっ!!」
「ふふ、ありがとね。・・・・・・でもごめんね。僕もう・・・・・・行かないと」
その言葉に二階堂先生の表情が驚きに染まった。ううん、一気に寂しげで悲しい表情になる。。
だけど、その子は名残惜しそうにたまごの殻に包まれていく。それは二階堂先生にも、私達にも止められない。
「じゃあね、またね」
そんな言葉だけを残して、あの子とたまごは消えた。その瞬間、光もゆっくりとだけど消えていった。
世界が元に戻ってからたまごが居た場所に手を伸ばした二階堂先生は、自分の手を見ながら小さく呟く。
「・・・・・・やっぱり、ダメなんだ。僕は違う道を選んだ。
もう、戻れない。こわれたたまごは、元に戻らないんだ」
「・・・・・・あなた、バカですよね」
鋭くそう言い放つと、二階堂先生は驚きながらこちらを見た。それでも私は、厳しい視線と表情を崩さない。
「あの子、あなたになんて言いました? 『またね』って言ったじゃないですか」
【フェイトさんの言った通りですよぉ?】
スゥちゃんはあむちゃんとのキャラなリを解除して、その隣に姿を現した。
あむちゃんは当然のように元の制服姿に戻る。スゥちゃんはそのまま二階堂先生に近づく。
「せんせぇのたまごが元に戻らない? そんなの、嘘ですぅ。
間違えても失敗しても、そんなのは絶対に嘘なんです」
スゥちゃんは少し進んでから足を止めて、その場でくるりと一回転。
「せんせぇのたまごはぁ、『なりたい自分』はねぇ」
それから両手を大きく広げる。広げて、優しく安心させるように二階堂先生に微笑みかける。
「リニューアルして、ぴっかぴかになって、何度でも生まれ変わってくるんですよぉ。
・・・・・・だってせんせぇにはまだ、スゥ達が見えているものぉ。だからせんせぇ、諦めちゃダメですよぉ」
スゥちゃんの笑顔と言葉に二階堂先生は目を見開いて、ただただ立ち尽くすだけだった。
立ち尽くして、視線を落として自分の右手を見つめる。・・・・・・これで、終わった。
私には今ひとつ事情が飲み込めないところがあるけど、そこだけは分かった気がするんだ。
二階堂先生を止めたのは、きっと私やヤスフミじゃない。あの人を本当の意味でリメイクしたのは、とても小さな女の子。
小さくて優しくて泣き虫でお人好しで甘くて・・・・・・だけどとっても強い、自分なりのハードボイルドを貫く女の子だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「・・・・・・終わったっぽいな」
【だねぇ。バイクすっ飛ばして来たのに】
噂のハードボイルダーにまたがりながら、オレは目の前の建物を見上げる。
さっきたまごが浄化される感じもしたから、マジで大丈夫だったんだろ。
「でもヤスフミ、オレらなんか目立ってなくないか? ほら、主人公なのによ」
【いいでしょ、別に。てゆうか、ラン達は日奈森あむのしゅごキャラだよ?
その日奈森あむが必死こいて動いて助けなかったら意味ないでしょ。むしろ空気を読んでるって】
「それもそうだな」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして長い戦いは終わり、僕達は更にボロくなった社員寮から出た。なお、二階堂はそのまま。
僕も状態を見させてもらったけど、もう二階堂には×たま一つ抜き出すだけの気力もないよ。
うん、言うならアレはもう無害だよ。あとは・・・・・・スゥとフェイトだね。もう手出ししないで欲しいって言われたし。
色々甘いとは思いつつも、納得した上で僕達は家路につく事にした。時刻はもう夕方で、空が赤くなり始めている。
「・・・・・・うぅ、やや的には納得できないー!!」
「俺もだな。てかよ、二階堂あのままでいいのか? お前だって色々溜まってるだろ」
「いいよ。僕は憂さをしっかり晴らしたし、それにフェイトが僕の代わりに突きつけてくれたし」
それにスゥが更生への一歩を示したしね。また何かしてくるなら・・・・・・その時はもう容赦しないけど。
「それで八神君、月詠幾斗とほしな歌唄は」
「というよりその腕の怪我は大丈夫なの?」
「来る途中で治療してるから大丈夫だよ。あと、連中は適当に追い払った。
こっちも出来れば二階堂見習ってこのまま崩れ落ちてくれると嬉しいんだけど」
特に日奈森あむの事もあるから、ここはかなり本気でだよ。
僕は歩きながら振り向いて、後ろを歩く日奈森あむの方を見る。
『あーむーちゃん♪』
「あぁもう、ベタベタするなっ! てゆうか、もう余計な手間かけさせないでくれるっ!? マジ大変だったしっ!!」
『あぁぁぁぁぁぁむぅぅぅぅぅぅぅぅぅちゃんっ!!』
「だからベタベタするなって言ってるじゃんっ! あと耳元で大きな声出すなー!!」
泣いたり怒ったり忙しい子だと思いつつ、僕は視線を前に戻す。それで隣を歩くフェイトの方を見た。
「フェイト、お疲れ様」
「ううん。私は最後の美味しいとこ取りをしただけだから。それに」
「それに?」
「実を言うと、私もガーディアンの一員になれたみたいで今日はそんなに悪くなかった」
そう言って苦笑するフェイトを見て・・・・・・僕も同じように笑って、そっと左手を伸ばしてフェイトの手を繋ぐ。
フェイトは少し顔を赤くしながらも静かに頷いて、僕の手を指を絡めて握り返してくれた。
「それなら良かった。・・・・・・いっそ留年する?」
「どうやってっ!? 私まだ義務教育なのにっ!!」
こうして、4月から続いていた二階堂が主導のイースターの計画は見事に潰れた。
いやぁ、新年早々幸先がいいねぇ。きっと今年は素敵な年になるな。でも後ろがやっぱりうるさいので、止める事にする。
「あむ、おのれうるさい。結局おんぶに抱っこ状態だったんだから反省でもしとけ」
「はいうっさいっ! そんなのあたしが一番分かってるんだから」
それでなぜか日奈森あむは固まって言葉を止めた。僕はそのまま気にせずに歩く。
フェイトやみんなは驚きながらも僕を見て、困ったように笑っていた。
「ね、八神君今なんて言った? ほら、もう一度」
「なに、役立たず」
「それ違うじゃんっ! もっと短かったよねっ!! ね、ほらもう一度っ!!」
「何、(うったわれるーものー♪)」
「そんな口に出すのもはばかられるような罵り方をされる覚えないんだけどっ!!」
・・・・・・やっぱりしばらくはフルネーム呼びにする事にする。てーか今のはらしくなかった。
この子と少しは距離感を縮める事が、罪を数える事になるんじゃないかってのは・・・・・・うん、勘違いなのよ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
昼間っから僕は、ベンチに座って空を見る。ボーっと無気力に空を見る。
大の大人ならとうに働いてていい時間なんだけど、今日はそういうわけにいかない。
なぜなら僕は、完全に無職になったから。うん、無職のプータローだよ。
学校もアレだし、イースターもエンブリオ生成計画が失敗したからクビになった。
いや、切られる時はあっさりって言うけど本当だね。イースター、給料良かったのになぁ。
さて、これからどうするかね。でも・・・・・・なんかもう、学習したよ。
もう二度とアイツらは敵に回しちゃいけないってさ。てゆうか、勝てる気がしない。
ガーディアンのガキどもや日奈森あむはまぁいい。問題はたった三人だ。
一人は八神恭文。あれは戦闘にかけては僕のような一般人から見ると怪物だ。
戦闘力じゃない、一味違うのはその思考だ。そんなのを完全に甘く見ていたのが運の尽きだった。
アレは思考がぶっ飛び過ぎてるって。それで次はフェイト・テスタロッサ。
ガーディアンを中心に見ていたからマークから外しがちだったけど、あの子もヤバい。
てゆうか・・・・・・普通に空気を読めない子だと思う。いや、自分のやった事とか鑑みた上でもそう言いたいのよ。
そんなワケであの子には空気を読む事の大事さを説くために、失業中なのにブルース・リーの『死亡遊戯』を自宅向けに送った。
アレを見て一段一段障害を超えていく事の大事さについて気づいて欲しいと切に願う。
それで最後の一人は・・・・・・あの子が僕に必死に声をかけてくれたのは、もしかしたら天恵か何かだったのかね。
まぁそこはいいとするか。とにかく僕はここに来るまでに買っていた新聞を開く。早めに就職先でも探さないとだめだもの。
働かざるもの食うべからず。ご飯のためにも、夢はともかく人は働かなきゃいけないのだから。
いや、肩の傷も治ってくれてよかったよ。そうじゃなかったら時間無駄にしてたしなぁ。
失業保険が切れる前に再就職決めないと。ただ何をやるかと迷いつつ、新聞のページをめくっていく。
技術関係・・・・・・まぁ本領ではあるけど、さすがになぁ。というより、イースターの圧力が怖い。
イースターは使えない人間には非常に冷たい組織。そして自分達の意向に従わない奴にも冷たい。
下手な職種について、イースターに不利益をこうむらせちゃうと・・・・・・社会的にヤバいしなぁ。
まぁそういう闘争意識が強い組織だからこそ、色んな業種でのレースで勝ち続けていたわけなんだけど。
だから職種には気をつけておこうと思いつつも新聞を数ページめくったところ、ある記事が目に飛び込んで動きが止まった。
結構大きく取り扱われている関係で、軽い流し読み状態でもすぐに気づく事が出来たのは幸運だったのかも知れない。
その話題は、江戸時代のからくり人形を復刻させたという記事。いわゆる文化面ってやつ?
その人形は世間的にもよく知られているお茶汲みの人形。時代劇とかにもタマに出るアレだね。
カラクリ人形を復刻させたのは、一人の老人。新聞の記事にも写真が載っていた。
その人はその人形に感銘を受けて、長年からくり・・・・・・ロボットの研究をしていた。
元々は小学校に勤めていて、工作クラブの顧問をしていたらしい。
だけど奥さんが身体を壊して仕事を辞めて・・・・・・ただそれでも、やめなかった。
仕事は辞めても夢を諦める事だけはしなかった。だから、叶えられた。
その人の顔写真も載っていたから、すぐに分かった。風貌は僕の知っている頃そのままだった。
ただ人形を傍らに抱きながら誇らしげに笑っているその姿が嬉しくて、切なくて・・・・・・僕は自然に口元を歪めていた。
「先生・・・・・・やめてなかったんだ。ロボット作り」
そう小さく呟いてから、改めて空を見る。それでもう一度あの時の事を思い出す。
あの小さくて泣き虫で、だけどとても優しくて・・・・・・強い女の子を、その女の子の言葉を思い出していく。
ぴっかぴかの、リニューアルか。何度でも生まれ変わるか。うん、綺麗事だよね。
僕はもう負け組確定でさ。そんな事しても無意味なんじゃないかとさえ思うよ。でも・・・・・・そうだな。
それでもここから探してみようかな。育てて・・・・・・みようかな。僕の・・・・・・新しい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
事件から本当に短い・・・・・・もうね、1週間とか経ってないの。
経ってないからこそ疑問に思うわけですよ。『おのれ、なんでここに居るのっ!?』と。
現在の時間は放課後。僕達が今居る場所は聖夜小の職員室。
ここに居る理由は、今日のお茶会のお菓子のメニューをメモでやり取りしていたなでしことあむが呼び出されたから。
普通なら問題ない。ただ、メモでやり取りを何時していたかというのがネックになった。
それは・・・・・・ぶっちぎりで授業中。そりゃあちょっとお説教もしなきゃいけないと納得である。
で、僕は二人に付き合わされてるのよ。うん、なんでだろうね。
「・・・・・・ねぇ、なんでここに居るの? ほら、イースターの誰も来ない資料室の仕事はどうしたのさ」
「そんな閉職任される事もなく、クビにされたんだよ」
「そう。だったら土下座してその仕事に就こうか。その仕事をやりたいんだって必死に泣きつけばきっとさせてくれるよ」
「どうしてよりにもよってそんな仕事を選ばなくちゃいけないのかなっ! 八神君、確かに世間は今凄い不況だよっ!?
でももっと他にあるっ! 僕が僕を活かせる職種はもっと他にあるからっ!! 例えば今とかさっ!!」
なぜかこの男は涙目で僕を見る。それに首を傾げると、なんでか額に青筋を立てた。それがよく分からない。
「いやいや、教員免許はどうした教員免許」
「あ、それは本当に持ってるんだよ。ほら」
そう言って机の引き出しからあるものを取り出して、僕達に見せる。
・・・・・・あ、本当だ。ちゃんとした正式なものだし。
「てゆうか、だからって担任継続って・・・・・・あたし聞いてないし」
「問題ないでしょ? だって働かないと僕死んじゃうし。働かざるもの食うべからずだよ」
「・・・・・・せんせぇっ! 本当にせんせぇになったんですねー!!」
なんでかスゥは感激して、目の前の男に抱きつく。それで男もスゥを抱き返し・・・・・・あれ?
なんかデジャヴを感じるのは気のせいだろうか。というか、これはなんて言うストックホルム症候群?
「ね、この子だけもらっていい?」
「ダメに決まってんでしょっ!? アンタマジでなに考えてるっ!!」
そのままあーだこーだと言い出した我がクラスの担任とクラスメートを見て、なんかもう気が抜けた。
もういいや。ここで敵だったとかどうこう言うのめんどくさいし。このまま担任でいいでしょ。
「・・・・・・恭文君」
「なに?」
「先生の新しいたまごは、なんだと思う?」
言い争いと言うなのコミュニケーションをしている二人を見ながらなでしこは笑っていた。
その上でそう聞いてきたので僕は、担任の机を見ながら・・・・・・苦笑気味に答えた。
「『素敵な先生になる』とかじゃないの?」
「うん、多分そうね。というか恭文君、あなたなんだか嬉しそうよ?」
「さぁ、気のせいじゃないの? 僕は敵だった奴の事なんてどうでもいいし」
「ふふ、まぁそういう事にしておいてあげるわね」
微笑みを変えずになでしこも、僕と同じように机に視線を移す。
そこには数枚の書類が置かれていた。その一番上の書類には、とても興味深い事が書かれていた。
それがきっと二階堂の答え。二階堂の目指すリニューアルの形。
その書類には『工作クラブ(4〜6年生) 顧問:二階堂 悠』・・・・・・と書かれていた。
(第19話へ続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!