小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説) 第6話 『始まるJ/アンロックッ! アミュレット・マイハートッ!!』 日奈森あむが大変だった日の翌日。昨日は日奈森の体調を鑑みて中止になった特別講習が開催される。 僕は空海に任せる形にしているので、中庭でシートを引きつつその上に座って、なでしこが持ってきたようかんを一口。 なお、隣にはフェイトも同席してたりする。もちろんほかのメンバーとそのしゅごキャラも居たりはする。 さて、開始から約10分・・・・・・空海のスピードを考えるとそろそろのはず。 「・・・・・・あの、私も同席しちゃっていいのかな?」 「構いません。日奈森さんの状態も良くないので、何か気づいた事があればアドバイスしてもらえると助かりますし」 「特に昨日は恭文君が相当叱りましたから。正直今日ロイヤルガーデンに自分から来てくれたのは奇跡なんです」 「そ、そうなんだ」 苦笑い気味のフェイトの視線がなんでか僕に向いた。なので僕は優しく笑いかけてみる。 「ヤスフミ、それ違うよ。というか昨日あの子に何を言ったの?」 「いや、人生の厳しさを説いただけだけど」 「ついでにボクもね。あむちゃんがかなりカッコ悪かったから見てられなくて」 ・・・・・・もちろんミキも居ます。普通にミキも居て・・・・・・僕はなんか胃が痛いです。 「そ、そうなんだ。というかあの・・・・・・二人とも相当仲良しになってるよね?」 「「いや、普通」」 確かに昨日一緒の部屋で寝たりして色々話したりでそう見えなくもない。 でもそれは気のせいなんだよ。ほら、ミキは日奈森あむのしゅごキャラだし。 「いや、息の合い方が既に普通じゃないでちよ」 「ぺぺの言う通りだ。お前達、互いに自分のしゅごキャラと宿主が居るのにどうしてそうなる」 「確かに不思議だよねー。・・・・・・あ、空海とあむちー戻ってきたよー」 ややの言うように足音が確かに聴こえてくる。僕達はシートに座りながらも左側に視線を向けた。 その方向から足音を響かせながら迫って来ているのは、腰に縄を回していわゆる『二人で電車ごっこ』状態な空海と日奈森あむ。 当然だけど空海は全力疾走で先頭を走り、それに日奈森あむは引っ張られている。それも目を回しながらだよ。 もう賢明な読者の方々は分かると思うけど、本日の特別講習は基礎体力向上のためのランニングです。 「それそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 日奈森、もっとしっかり走れっ!! ペース落ちてんぞっ!!」 「いや、無理っ! あたしこのペースは無理っ!! マジ止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 そして二人はそのまま僕達の横を通り過ぎて、また周辺を回るランニングに出発。 今ので1周だけど・・・・・・空海的には何周くらいする予定なんだろ。 「・・・・・・ヤスフミ、あの子大丈夫かな? 走り方を見るに運動苦手っぽいけど」 「分かった?」 「うん。というか、息絶え絶えだったよ」 フェイトが心配そうに二人が走り去っていた方向を見る。確かにこの心配は正しい。 そういうところからも、あの子はいわゆる『普通の女の子』なのよ。なんというか、僕の周りには居ないタイプだよ。 「大丈夫でしょ。空海ならそこの辺りも配慮するし」 「あぁ、そう言えば空海君はサッカー部のキャプテンだし・・・・・・何気にこういうの得意?」 「えぇ。だから僕達もまずは相馬君に任せてるんです。相馬君は人の心を掴むのも上手ですから」 以前も空海が最初の自己紹介の時に言ってたけど、空海は聖夜小サッカー部のキャプテンなのよ。 実力的にも高くていわゆるストライカーなキャラだったりするんだ。 しかも何気に誰かに何か教えたり引っ張ったりするのが得意。単なる脳筋キャラじゃないのよ。 その関係で空海は、ガーディアンの縁の下の力持ちでもある。 ガーディアンの王様として頑張る唯世の補佐に収まって、その後押しと補助をお仕事にしてる。 つまり、空海は実はガーディアンのナンバー2でもありお兄さんなキャラ。 そこの辺りは僕達も知ってたから、遠慮無く空海に任せたわけですよ。 「確かにお前と違って空海は優しいからな。きっとあむの事もちゃんと考えてくれるさ」 「ショウタロス、今日の夕飯はアルフさんが食べた後の肉の骨オンリーだから」 「なんでだよっ! お前言われるだけの事やってるだろっ!? なによりそれ食事抜きと同じだろっ!!」 「ショウタロス、良かったですね。きっと今日は口元が寂しくありません」 「良いわけあるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 現在あたし、絶賛全力疾走中です。いや、全力で引きずられてます。 昨日のアレコレなんて悩む暇もないくらいに足を動かしてしまう。 いくらなんでもどっかの西部劇の人みたいに身体ごと引きずられるのは嫌。 だから全力でついて行ってるんだけど、もう限界。てゆうかあたし、運動苦手なのに。 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 止めてっ!! マジお願いだから止めてっ!!」 「バカっ! 止まったら特別訓練にならないだろうがっ!!」 「ジョーカーの特別任務はめちゃくちゃ厳しいんだぞー? こんなので音をあげてどうすんだ。 空海のペースについてこれるようになって、初めて特別任務を楽々にこなせるんだ」 「だからアンタ達、ジョーカーの特別任務ってなにっ! それ以前に八神君はどうして参加してないわけっ!!」 あたしの叫びがようやく届いたのか、空海が地面を滑りながらも足を止めた。 でも、あたしはすぐには止まれない。そのままだとあたしは空海にぶつかる。 だけど空海は足を止めてUターンして、あたしの事を両手と身体でちゃんと受け止めてくれた。 結構優しくしてくれたせいかあんま痛くもなくて・・・・・・ただ、すぐに離れてそっぽ向いたけど。 だって空海の顔近くて、ちょっとドキッとしちゃったし。いや、中々良い顔立ちしてるし。 「で、それでその・・・・・・何がどう特別なワケっ!? あたしマジ意味分かんないしっ!!」 「そういやまだ説明してなかったな。いいか、ジョーカーの特別任務は・・・・・・×たま狩りだ」 「×たま狩り・・・・・・あ、まさか」 あたしが空海の方を見ると、空海はあたしの顔を真っ直ぐに見て頷いてくれた。 つまり特別任務って、昨日のアレみたいな事に・・・・・・やばい、なんか怖くなってきた。 「そうだ。日奈森、お前も×たまについてはラン達から詳細を聞いてるんだよな?」 「あの・・・・・・少しだけ。こころのたまごに自分で×を付けちゃうって。 それでその、そのまま放っておくと×を付け続けて夢も何もかも諦めちゃう」 「そうだ。まぁここはジョーカーって言うより、俺達ガーディアンの職務の一つでもあるけどな。 ただお前と恭文に関してはここを専属でやってもらう。それが特別任務だ」 そのためにガーディアンの雑務とかも全部免除で・・・・・・まぁその、確かに大事なのは分かるの。それは確かに分かる。 「×たまが出てきたら浄化するか最悪破壊するか・・・・・・まぁ出来れば浄化してもらえると助かるが」 「なんかそれ、気にいんない」 「へ?」 確かに怖い。でも・・・・・・なんだろ、なんか納得出来ない部分がある。 だからいつの間にか落ちていた視線を上げて、もう一度空海の方を見た。 「こころのたまごに、○も×もあるのかな」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ・・・・・・へぇ。自分にビビってる割には筋の通った事言うな。コイツは驚きだ。 恭文、日奈森はこの調子なら大丈夫じゃないか? まぁ時間も手もかかりそうだけどな。 とにかく俺は感心した。この話をして、そんな事言った奴初めてだしな。 「そうだな。○も×もホントならありゃしない。可能性はどっちか分からないから可能性なんだ。 だが、それでも自分で自分に×を付けちまう奴も居るんだ。だから×たまが生まれる。一昨日の子みたいにな」 「・・・・・・ああいうの、結構あるの?」 「あぁ。ただ俺達が知らないだけで、きっと沢山だ。大人になるに連れてそういうのは増えてくる。 どうも社会ってやつは、こころのたまごに優しい構造はしてないらしくてな」 そんな事をあのじいちゃんが言ってたのを、ちょっと思い出した。その時の顔がなんか寂しそうだったのも一緒にだ。 まぁアレだ、大人になると今見えてるもんが見えなくなっちゃう時があるって事だよ。で、そんな時に×が付きやすい。 「それをなんとかするのも、俺や空海に唯世達ガーディアンの仕事ってわけだ。 だからガーディアンはキャラ持ちの連中だけが入れるとも言える。それであむ」 「なにかな」 「さっきお前、恭文がどうしてやってないのかって言ってたよな? それにも理由があんだよ。恭文は転校してから×たま狩りを手伝ってくれてるんだ」 「はぁっ!?」 日奈森が目を見開いて、ありえないという顔で俺達を見る。 ・・・・・・あぁ、そりゃ驚くよな。だってアイツ、ガーディアンになったの昨日なわけだしよ。 「え、でも八神君ガーディアンじゃなかったし・・・・・・えぇっ!!」 「ホントだ。恭文の奴、さっき言った浄化・・・・・・×の付いたたまごから×を取る能力を持ってんだよ。 シオンとショウタロウ達の力を借りても出来るし、魔法を使っての浄化も可能だ」 「ただ俺と空海もそうだけど、唯世達もそれが出来無くてな。 だから恭文に頼んだ上で手伝ってもらってたんだ」 ここの辺りは最近×たまが多く出るようになったせいもあるしな。さすがにそれで壊したりするのもアウトなんだよ。 だから無理を言って恭文にも手伝ってもらって・・・・・・でも、アイツが運悪く関わった数の方が圧倒的に多いんだが。 「で、お前も知っての通り恭文は中々強い上に体力あるしな。改めて講習する意味がないんだよ。 言うならお前より早く、しかも先取りでジョーカーやってるようなもんだし」 その上妙に努力家って言うのも追加されるが。そこは興味のある事をなんでもやってみようって趣旨の元でだな。 そのためにアイツは小5にしてバルクールとかフリークライミングとか出来ちゃう奴になったわけだ。 「そうだったんだ。でも・・・・・・なんかそれなら余計にあたしいらないような。だって八神君居るし」 「おいおい、またそんな情けない事言うなよ」 「情けない・・・・・・のかな。だって事実だし」 「それでも情けないな。恭文は恭文だし、お前はお前だろ。比べる必要なんてない。 なによりそれでまた自分のしゅごキャラからも『カッコ悪い』とかって言われるつもりか?」 呆れ気味にそう言うと、日奈森の表情が一気に暗くなった。・・・・・・さすがに堪えてるか。 まぁあれは・・・・・・キツいよな? 俺だって同じ立場ならさすがにヘコむぞ。しかもミキは恭文にべったりだし。 「なにより、アイツはお前が昨日言ったみたいに完璧なんかじゃねぇよ。むしろ足りないものだらけだ」 「嘘じゃん。だって魔法とかも使えるし、家族だって凄い素敵そうだし」 「それでもだ」 ・・・・・・やっぱここでアイツの実の両親が死んでる事とかは言っちゃだめだよな? それ言えば楽なんだろうが・・・・・・ズルだよなぁ。うし、ここは分かりやすいように言おう。 「確かにアイツは魔法が使えるけど、それだってうまく使おうと思って練習してきたからだ。 そりゃもうマジで大変なんだぞ? 俺よりハードトレーニングこなしてるからな」 「そうそう。恭文は空海や唯世よりちっこいけど、めちゃくちゃ努力家なんだぞ? 最初からなんでも出来てたわけじゃない」 とりあえずあのじいちゃんや兄弟子二人が乗ってるジープに追いかけられるのはハードトレーニングに入ると思う。 ・・・・・・あ、実はアイツ兄弟子が居るんだよ。もう魔導師は辞めてるけどめっちゃ強いのが二人。 アイツの修行期間の際には、なぜか引退直後で身の振り方をアレコレ考えていた兄弟子二人が引っ張り出されて大変だったとか。 それでその訓練は・・・・・・マジでドラゴンボールとか幽遊白書とかの世界だった。 とりあえず俺も興味があってやってみたんだが、アレはマジでキツい。特にジープで追っかけられるのが辛い。 でもアレだ。逆に目標が出来たな。俺は俺が気合い入れればアレくらいはクリア出来るんだってな。 俺の前をとっくに過ぎてる人達が居るからだろうが、人間ってのが何気にすげぇ生き物だってのは痛感できたさ。 だからアイツの身体は、何気に傷だらけだ。練習の時に失敗した時の傷が少し残ってる。 後は戦って怪我した傷だな。現に俺達の前で初めて魔法使った時も同じだ。怪我して傷ついて、それでも頑張ってる。 まぁ俺達が見た場合のを簡潔に言うと・・・・・・魔力の刃で身体を浅く斬られて血が噴き出した。 でもアイツ、それでも普通に俺達の心配するからめちゃくちゃ驚いたなぁ。 何気に根性のある奴なんだが、その使い方を激しく間違えていると思ってしまう俺は許されると思う。 「・・・・・・そう、なの? でも全然そんな様子なかったし、そんな事言ってなかったのに」 「そりゃそうだろ。わざわざ自分から見せるもんでもない。こうやって俺が言うのも正直アウトだろうな」 だったらこんな話はするなという事になるが、大事なのはここからだ。なので俺は気合を入れ直す。 「で、そんなアウトの話をしてまで何が言いたいかと言うと・・・・・・アレだよ。 それは俺や唯世になでしこ、あの赤ちゃんキャラなやや・・・・・・他の奴らだって同じって事だな」 「そうだって・・・・・・あ、まさかみんなも魔法使えるとかっ!?」 「バカ、チゲーよ。みんな自分なりに頑張っても失敗したり痛い思いしたりヘコんだりしてるって事だ。例えば誕生会の唯世みたいにな」 実例を持ち出したのは正解だったらしい。日奈森は軽く息を吐きながらも納得してくれた。 「あんな風にヘコんで・・・・・・でもそれでも何かを頑張る事で少しずつ、何かが出来るようになった。 みんなそれぞれに穴だらけなんだよ。完璧ですごいキャラなんて一人も居ない。俺達もお前と同じだ」 あー、だめだ。やっぱ自画自賛してるみたいで恥ずかしい。てーか俺、話の展開間違った? けど・・・・・・まぁアレだ、俺は先輩だししっかりやろう。これはきっと俺の仕事だ。 「日奈森、お前はそういう風に自分で自分の『なりたい自分』ってやつを見据えて一度でも努力した事があるか? いいや、努力の前にお前自身がどういう形に変わりたいかってのを、ちょっとでも考えた事があるか?」 別に今だけの話じゃないんだよ。日奈森はぶっちゃけそこの辺りを抜いていると思う。 それも多分・・・・・・ラン達が生まれる前からだろうな。正直そこが疑問ではある。 「・・・・・あたしの『なりたい自分』」 「そうだ。ただ別にそれは特別な事じゃなくていいんだ。魔法なんて使える必要はどこにもない。 ややなんて『最高の赤ちゃんキャラになるために可愛らしさを磨く』だしな」 「はぁっ!? なにそれっ! 『なりたい自分』ってそんなんでいいわけですかっ!!」 「いいんだよ。アイツが描いたのはそういう自分だからな。それを否定する権利なんて誰にもない。 それ言えば俺だって『なんでも良いからチャレンジしていく自分』だしな。それほど大層じゃない」 唯世だったら目指してる王様のために勉強頑張ってるし、なでしこだったらずっと続けてる踊り。 俺だったらサッカーやスポーツ関係だな。まぁ俺は何でもいいからチャレンジしていきたいって思ってるが。 俺にとってのダイチは・・・・・・『なりたい自分』はそれだ。そういう意味では恭文のシオンと近いかもな。 それで人間はただ変わりたいと思うだけじゃ、そう願うだけじゃその形にはなれないんだよ。 それはあくまでも原動力になるだけ。原動力だけじゃ先には進めない。どうしてもそこに近づく努力が必要になる。 当然最初の一歩はよちよち歩きよりずっとヒドいさ。ホント見てられないくらいにフラフラしてるだろ。 俺だって最初はサッカーすげー下手だったけど、ちょっとずつ練習してそれなりに出来るようにはなった。 でもそれは別に特別な事じゃないんだよ。今の自分に出来る精一杯でいいんだ。 だって俺達はまだ子どもで、出来る事も限界も大人に比べたら本当に小さい。それが当たり前なんだ。 嫌でもちょっとずつしか積み重ねられない。苦しくてもそれしか出来ない。だから心に×も付きやすい。 でも、だったらそのちょっとずつを一生懸命にやっていった方が良いと・・・・・・今年11歳の俺は偉そうに思うわけで。 同時に今目の前で目を見開いて感心したような顔をしている日奈森を見てると、確かに思うところもあるわけで。 「だがどうもお前は見てると・・・・・・まぁしょうがなくはあるんだろうな。ラン達も生まれて間もないし。 だがそれでも自分からそこを考えてなんかしようって姿勢が欠けてるんだよなぁ」 「え、そこであたしですかっ!? いや、でも・・・・・・あたしそんな大層な夢持ってるわけじゃないし」 「ほら、そこがだめなんだよ。なんでいちいちそうやって尻込みするんだ?」 俺は日奈森をに目線を合わせるようにしゃがんで、右手で指を差す。 「そうだぜ。さっき空海も言ってただろ? 別に特別な事じゃなくていいし、大層な事じゃなくていいって。 こういうのは日々の積み重ねが大事なんだ。だろ、空海?」 「あぁ。そしてその積み重ねの先の答えは、お前がキャラチェンジした時の状態に割合近いはずだ。あくまでも一例としてだろうがな」 「キャラチェンジした時の状態?」 俺が身体を起こしつつ手を引いていると、その間に日奈森が急に落ち込んだ顔になった。 「・・・・・・空海、それどういう事かな。あたしはもうキャラチェンジマジで嫌なんですけど。 積み重ねの結果があのKYで尽く暴走しまくりなダメキャラになるのはホントに嫌なんですけど」 ・・・・・・日奈森、頼むからそんな落ち込んだ顔するなよ。いや、今のは確かに俺が悪かったけどよ。 そうだよな、お前キャラチェンジ使って全くと言っていいほどろくな目に遭ってないしな。そりゃしゃあない。 「あー、そうだな。お前の場合はそうだな。 確かに今のは俺が悪かった。だが俺はお前のキャラチェン好きだぞ?」 「はぁっ!? なんでっ! あたしアレマジで困ってるしっ!!」 なぜ日奈森が顔を真っ赤にするのかは今ひとつ分からないが、それでも俺の意見はそうなんだよ。 「普段のお前は良く言えば周りの空気を読む。だが悪く言えば周囲に流されやすい。 そのせいで今ひとつ芯が通ってない。だがキャラチェンジをしたお前はそうじゃない」 ・・・・・・え、言い過ぎ? いや、事実だろ。コイツは周囲に流されやすいとこがあるんだよ。 現にガーディアンだって唯世が要因になって入った感があるしよ。 ただそれはあくまでも普段であって、イザって時はバシっと行動は出来るっぽい。 やっぱ不安定なんだろうな。そう考えると・・・・・・日奈森に前もってジョーカーの事言ってなかったのは失敗だったな。 だが許してくれ。俺達だって当日の朝に自分達が続投するかどうかを聞いたくらいなんだ。 日奈森と恭文の事だって壇上で知ったくらいなんだよ。てーかこの間の日奈森と恭文の姿は数年前の俺達だ。 「あー、それは言えるな。キャラチェンすると良いとこと悪いとこが同時に真逆になるんだよな。 空気は読めないかも知れないけど、なんか芯が通ってキャラがハッキリする」 それが日奈森が今『ダメキャラ』と言い切ったあの姿の意味なんじゃないかと俺は思う。 周囲に流されず、『こうありたい』と思う気持ちに正直になる。もうちょっと言うと日奈森は普段抑圧された状態なんだ。 キャラチェンジにも種類があってな? そういう抑圧されたもんが爆発するパターンもあるんだ。 例えば唯世が王様キャラなのも、超アガリ症で王様キャラなんて『キャラじゃない』アイツの感情が爆発するせいだ。 その中身はそうありたいのに出来ないというフラストレーション。その結果が『世界征服』だ。 藤咲も見るにそのパターンだと思うんだが・・・・・・どうしてそれで極道の妻キャラなのかは、俺にも分からない。 どうもそうなるのは、普段の自分に欠けているもの・・・・・・未完成な自分を補完する形でしゅごキャラを産んだ奴がそうなるらしい。 そこの辺りは今話した唯世のアレコレや、そのしゅごキャラのキセキをイメージしてもらえると分かりやすいと思う。 キセキは思いっきり王子様キャラだしな。キャラチェンジによって、唯世自身が『足りない』と思ってる部分が補完されてんだ。 そしてそれは日奈森も同じだ。ラン達も日奈森自身が『足りない』と思っているものが形になったんだと思う。 それで実はここは、今の一番の問題とそれなりに繋がりがあったりするんだよ。 「別にそんな事ないし。てゆうか、芯ならみんなが勝手にクール&スパイシーって」 「でもお前、その勝手に決められたキャラに乗っかって楽しようとしてんじゃないのか? 俺にはお前の『キャラじゃない』が、そういう周りが作ったキャラを基準に言ってるように聴こえるんだが」 日奈森は目を見開いて、首を横に振る。なんかいじめてるみたいでアレだが、それでも止まらない。 右手を伸ばして、日奈森の頭を思いっきり撫でてやる。日奈森は身を捩って逃げようとするが、絶対逃がさねぇ。 「だから日奈森、まず『キャラじゃない』なんて言葉を否定しろ。それはお前自身に×を付ける言葉だ。 ガーディアン辞めるのだって同じだ。俺達を死ぬほど罵倒してもいいからそんな言葉は理由にするな」 さて、唯世や藤咲と同じタイプの日奈森だが、そうなると日奈森の抑圧されているものは何か? そして爆発の方向は何か? あの告白や今までの日奈森の言動を考えるに、コイツの爆発の方向は極端に言うとKYになる事だ。 日奈森は勝手に作られた外キャラを全部壊して、飛び越えられるパワーを持った自分になりたいんじゃないかと思う。 ここは単純に『口下手で人見知りな自分を分かって欲しい』とか、そういうものとは違うんだ。 そういう受動的な感情ではなく、そんな自分を自分のキャラとして出せるようになりたい。つまりは一歩踏み出していきたい。 抑圧されてワケ分かんなくなってる自分を爆発させて、一歩飛び越えていきたいんじゃないだろうか。 ここの辺りが分かる理由は、うちのお子様キングの補佐を年単位でやっている関係だと理解して欲しい。 で、皮肉な事に日奈森にとっての『ダメキャラ』な行動の数々でそれは成されていっているはず。 そこは恭文からまた改めて話を聞いてるから断言出来る。あの告白も学校の女子からは好感触っぽい。 こう考えていくと、ラン達は確かに日奈森のしゅごキャラだ。KYレベルでぶっ飛ばしてるのも、そこが理由だろ。 三人によって日奈森の外キャラは少しずつ崩れていってる。確かに日奈森は『なりたい自分』に近づいてるんだよ。 ラン達は別に日奈森の意志を無視しているわけじゃない。ラン達の行動は日奈森のホントの声。 周囲の声に流されて、硬く作られている外キャラに無意識に合わせようとする中のホントの声なんだろ。 だがそれだけじゃダメだ。キャラチェンジやしゅごキャラだけに頼ってたら、じずれ限界が来る。 確かにキャラチェンジは日奈森の中の可能性だが、日奈森自身がそれを形にしていこうとしなきゃいずれ消える。 だからこそちょっとずつの積み重ねで、出来る範囲の一歩ずつで、自分の足でそんな自分を目指す必要がある。 可能性はあくまでも可能性であって、自分がそれを出来る可能性があるのならその逆もまた存在してるって事だな。 ハッキリ言うが、日奈森の今の状態は相当マズい。下手したら今日中にラン達に×付いてもおかしくない。 このまま『キャラじゃない』と外キャラを壊したがっている自分を否定し続ければ、必然的にそうなる。 でもそこは俺達がただ日奈森のガーディアンを辞めたいという気持ちだけを受け入れるだけじゃ、全然解決にならないんだよ。 それじゃあそもそもの根本的解決になってない。問題となるのはもっと別の方向だ。 きっとこのまま日奈森がガーディアン辞めても無駄だろうな。周りはそれでまた日奈森のキャラを作る。 で、日奈森は内心悩みに悩んで・・・・・・問題点が解決してないから結果的に×が付く。 だからこそ恭文達だってキツ目に喝を入れた。そこは絶賛家出中なミキだって同じだろうな。 てーか入れなきゃだめだろ。それで確かに日奈森はラン達が生まれた時に感じた最初の気持ちを完全に忘れてる。 つまり今の日奈森の一番の問題点は・・・・・・ちゃんとあるはずの自分の『なりたい自分』を認められない事だ。 日奈森は『キャラじゃない』と言う度に自分に×を付けてる。ここは『変わりたくない』と必死に願っているとも言える。 だからさっき言った積み重ねのための一歩も踏み出せない。状況や人が作ったキャラに簡単に流されてしまう。 流されて自分がどうしたいのかも分からなくなる。分からないから自然と周囲の作ったキャラを基準に置く。 置いてそれに無意識に合わせて、外のキャラを守るような行動を取ってしまう。それをやって自己嫌悪に陥るけど、また流される。 そうやって身動き出来ずに、今がダメと分かっていてもまた『キャラじゃない』と言い続ける。 なぜならそうしないと基準にしているキャラから外れてしまうから。いや、そこも曖昧なのかもな。 外キャラと内キャラの間で迷いに迷いまくっているわけだし。そこも含めてワケ分かんない。 それが今の日奈森だ。『変わっていく事』に怯えて『自分がどう変わりたいか』を蔑ろにしてるわけだよ。 その答えはもう自分の目の前に・・・・・・ラン達という形で現れてるのにな。 ならもし日奈森がそこを認める勇気を出せたならどうなるか。多分ガーディアン辞めても大丈夫だ。 外キャラが勝手に作られても、そういうのを壊していきたいと思う気持ちがあるならきっとだ。 なんかあるなら俺達もそんな日奈森の邪魔をしない程度に力にはなりたい。 だってガーディアンはそういうもんだしよ。ガーディアンは聖夜小の生徒全員の味方・・・・・・この学校の守護者だしな。 日奈森の頭を撫で回しながらも、マジでこれは気をつける必要があると改めて気持ちを固めた。 ・・・・・・恭文はなんだかんだでスパルタだしなぁ。昨日だって要約すると直球ストレートで『流されるな、アホが』とか言ったし。 まぁ幼少期にジープで追いかけ回されればあぁもなると納得しよう。だが俺は違うので安心してくれ。 「それが出来ないと・・・・・・こんな風に簡単に揺れ続けるぞっ! ほれほれー!!」 「ちょ、空海っ! それ違うっ!! それ揺れてるんじゃなくて揺らして・・・・・・ちょ、マジやめてっ!? 髪崩れるからっ!!」 でも俺はそんな事は一切気にしない。で、たまたま通りがかったっぽい女子三人の視線も気にしない。 てーかアレだ、後輩に対しての指導の一環だしよ。これくらいはキチッとやらないとマズいだろ。 魔法少女リリカルなのはA's・Remix とある魔導師と閃光の女神のえ〜すな日常/りた〜んず 第6話 『始まるJ/アンロックッ! アミュレット・マイハートッ!!』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ・・・・・・今日、友達との帰り道・・・・・・ガーディアンの相馬空海先輩と日奈森あむさんが仲良さげにしているのを見た。 あのファンも多い空海先輩に頭を撫でられて日奈森さんは嬉しそうで・・・・・・本当に凄いな。 きっと誰とでも仲良くなれるんだと思う。私なんかと違って・・・・・・不安なんて一つもなくて、いいなぁ。 日奈森さんみたいになれたらいいなぁ。でも、無理だよ。だって私、日奈森さんとはキャラ全然違うし。 「・・・・・・ゆきちゃん」 英語の参考書を見ながらぼーっとしていると、後ろから声がかかった。 そちらを見ると、部屋のドアからママが私の事を見てた。 「もう、またボーッとしちゃって。荷造り進んでる?」 「やってるよ」 「そう? ならいいんだけど・・・・・・あ、そうそう」 ママが両手をポンと叩いて、嬉しそうな顔で私を見る。だけど私は・・・・・・やっぱりうまく笑えない。 「さっきパパから連絡があって、ゆきちゃんの転校先のアメリカの小学校、下見してきたんだって」 「そう、なんだ」 「あー、向こうについたら英語で挨拶くらいは出来ないとね。 でも、大丈夫よね? ゆきちゃんは頭いいもの。出来る子だもんね」 「・・・・・・うん」 ・・・・・・もしも日奈森さんみたいになれたら、こんなに悩まなくても済むのかな。 どんな学校に・・・・・・外国に行ったって人気者で友達もすぐに出来てさ。 だけど私には無理だよ。私はそんなキャラじゃない。そんなキャラには絶対になれない。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 特別講習はなんとか超えた。でも、マジで不安だ。もうホント不安だ。 あれでまた×たまとか出たらあたしが対処するの? いや、それはありえないって。 あたしマジでそんなキャラじゃ・・・・・・そんなキャラじゃないのに。 でもこういうのもダメだって言うし、だったらあたしはどうすればいいのかな。 ミキまでまだ向こうに行っちゃってて余計に憂鬱なあたしは、足取り重く学校に来た。 だけど・・・・・・学校に来た途端に、とんでもない物を目にする事になった。 それを目にしてあたしが学校の廊下にも関わらず叫んでしまったのは、許されると思う。 「な・・・・・・何これぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 目の前にあるのは、学校の廊下の壁に張られた学級新聞。その中の写真に写っているのはあたしと空海。 というか、具体的には昨日の特別講習で空海に弄られてたあたしの図。こ、これはマジで何。 「さすがは日奈森さんっ! ジョーカーの座をゲットしただけではなく」 「空海様のハートまでゲットなんて・・・・・・チョーカッコ良いー!!」 あたしはすぐさまそのあたしが空海とラブラブとか書いてる学級新聞を右手で掴んで壁から引っぺがす。 その上で両手で丸めて、近くのゴミ箱に素早くシュートイン。 「・・・・・・ふん、バカじゃん?」 そのまま人だかりから抜けて教室に行く。そうだ、あたしにはなにも聴こえない。 『日奈森さんカッコ良いー! クール&スパイシー!!』 ・・・・・・何にも聴こえない。あたしには何にも聴こえない。てゆうか、マジ頭痛い。 「また勝手に外キャラが作られて・・・・・・でも、しょうがないのかな。 あたしだってガーディアンのみんなのキャラ勝手に作ったし、自業自得だよ」 「そうなんだよねぇ。そういうのダメだってあのお誕生会の時に気づいてたのにまたやっちゃった。 ねぇ、あたし、これどうすれば・・・・・・って、アンタなにしてるっ!?」 あたしの右隣にはいつの間にか八神君が・・・・・・またあのダサいコート着てるし。 いや、コートよりももっと気にするべき事があるじゃん。具体的には今の声とか。 「てゆうか、今のなにっ! あたしの声そっくりだったしっ!!」 「え、声帯模写。知らないの? 全く、日奈森あむはやっぱ常識ないねぇ」 「なにその『知ってて当然』みたいな言い方っ! てゆうかアンタそんなの出来るわけですかっ!! むしろあたしが驚いてるのはそっちの方だって理解してくれると助かるんですけどっ!!」 あ、なんかすっごいあたしの事をを小馬鹿にしたような空気出してるしっ! もう激しくムカつくんですけどっ!! 「これはお兄様の特技の一つなんです。なお、声紋鑑定も突破する出来です」 「だからこういうのも出来るよ? ・・・・・・はいっ! ごめんなさいっ!! あなたが好きです王子さ」 「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! あたしのトラウマに・・・・・・黒歴史に触れないでぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 「だが断る。おのれが全部話してくれるまではこうやっていたぶってあげるから」 「アンタそれ違うっ! それ話して欲しい人が取る態度じゃないじゃんっ!!」 そしてにこやかに笑うなー! なんか黒いっ!! 笑いがあたしと同い年だって思えないくらいに暗いからー!! 「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! すまんあむっ!! コイツめちゃくちゃSなんだよっ! いじめるの大好きなんだよっ!!」 「うん、それ見て気づいたっ! てゆうかアンタ絶対ロクな大人にならないよっ!? 賭けてもいいねっ!!」 「そっか。でも」 そして八神君がまた笑う。でもその笑いが凄まじく・・・・・凄まじく寒気を感じさせるものだった。 「・・・・・・はいっ! ごめんなさいっ!! あなたが好きです王子様って言う人よりはマシかなと」 「だからやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! あたしを・・・・・・あたしを殺すつもりかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「だが断る。大丈夫だって、死なない程度に加減していくから。 おのれが全部話してくれるその日まで、僕は頑張っていくと決めたんだから」 「だから頑張り方間違えてるからー! なんでそんな感動ものっぽく決意表明してるっ!?」 「ヤスフミ、お前マジ落ち着けってっ! いきなりスパルタ過ぎるだろっ!! もうちょっと優しくいけってっ!!」 あたしはその場で頭を抱えながら悶え苦しむ。でも八神君はすたこらさっさと・・・・・・置いていくなー!! 足早に歩いて八神君に追いついて・・・・・・あの、なんか主導権握られてるのが激しくムカつくんですけど。 「ねーねー恭文、それなら私とかスゥとかも出来るの?」 「あ、それは気になりますねぇ。あとはミキは」 「ボクは昨日お泊りした時にやってもらった。もう凄いそっくりだったんだ」 え、アンタ達宿主がトラウマ抉られていたぶられてるのに無視ですかっ! なんつう冷たい子達なのっ!! 「あ、出来るよ。スゥはちょっと難しいけど・・・・・・ふむぅ、このお菓子は美味しいですねぇ。 一体どうやって作るんでしょお。はむはむ・・・・・・はわぁ、やっぱり美味しいですぅ」 なんかめっちゃ完璧っ!? ねぇ、この子あたしと同い年だよねっ! なんでこんな事出来ちゃうのかなっ!! 「わー! スゥそれ美味しそー! ねね、もらっていい? はい、いいですよぉ。お一つどうぞぉ」 「わぁ、凄いですぅ。ホントにランとスゥの声ですぅ」 「ちょ、ちょっとビックリだけど・・・・・・普通に凄い凄いー」 「えへへ・・・・・・ありがと」 あ、ここは嬉しいのかはにかんで笑って・・・・・・笑ってるだけなら可愛いのに。 でもアレだよ、よーく分かった。この子内キャラ悪魔だわ。そして鬼だわ。 「6年前に必死に練習して習得したんだー。以来隠し芸大会とかでは役立ってるの」 「そうなんだー。でもこれ、魔法じゃないの?」 「そんなワケないじゃないのさ。これくらい普通に魔法使わないでも出来るでしょ」 いやいや、あえてそこ魔法や道具使わないでやっちゃうってどうなのっ!? コナン君だって蝶ネクタイ使って喋ってるご時世なのにさっ! それにほら、もうちょっと活用法・・・・・・無いよねっ!! てゆうか、活用してる時点でなんかこう・・・・・・詐欺っぽいようなっ! むしろ使っちゃだめじゃんっ!! ・・・・・・ダメだ、あたしマジでこの子の事がどんどん分からなくなってきてる。本気で頭痛いんですけど。 あたしを差し置いて楽しそうなラン達と八神君を見つつ、あたしは頭を抱えて教室に入る。 なんだろ、本当に距離としてはちょっとのはずなのに・・・・・・昨日の特別講習より疲れたかも。 「えー! ゆきちゃん転校しちゃうのっ!?」 疲れたのに、何かトラブルっぽい声が・・・・・・あたしは気が重くなりつつ顔を上げる。 見てると一人の女の子が、クラスの女子数人に囲まれていた。 「しかもアメリカっ!? こんな急に」 「・・・・・・うん。お父さんのお仕事の都合で・・・・・・どうしても」 「そうなんだ。なんか・・・・・・寂しくなるね」 「でもでも、私達離れても友達だから。あの、向こうの連絡先とか教えてね?」 あの子、確か・・・・・・あー、そうだ。鳩羽ゆきさんだ。あたしや八神君とも去年同じクラスだった。 黒色の髪をおかっぱくらいの長さのショートカットにしていて、結構おとなしい穏やかな雰囲気の子。 まぁその、お近づきになんて絶対なれなかったけど。主にあたしの自爆のせいで。 なので転校話も適度に聞き逃しつつ自分の席につこうとした。それは八神君も同じ。 『・・・・・・・・・・・・キャラチェェェェェェェンジ』 つこうとしたけど、突然耳に入った声にあたしの動きが止まった。それで周囲を見渡すけど・・・・・・何もない。 八神君も同じようにしてる。だけどそれはあたしや八神君だけじゃなくてしゅごキャラ達も同じ。 「あむちゃん、今の」 「まさかアンタ達も」 「はい、聴こえましたぁ」 でもその声の主を見つける前に、突然に派手に何かが倒れる音が教室に響いた。 「嘘つきっ!!」 次は怒鳴り声。その声はあの鳩羽さんのもの。鳩羽さんは倒れた机の前で、自分を囲んでいた女の子達を睨みつけていた。 「変わっちゃうくせに・・・・・・変わって忘れちゃうくせにっ!!」 「・・・・・・ひどい」 「私達、そんなつもりじゃ」 鳩羽さんはそのまま走ってその子達の輪を突っ切って、教室の外に出た。 「あ、ゆきちゃんっ!!」 その子達も止めようとしたけど、鳩羽さんの姿はすぐに見えなくなった。 場が騒然とする中であたしはその・・・・・・あるものを見つけてしまった。 鳩羽さんが教室から出ようとした時、背中の方に黒いたまごが居た。 チラッとしか見えなかったけど、だけどあのたまごはすごく見覚えがあった。 だから八神君はすぐに鳩羽さんを追いかけるように教室を飛び出した。 あたしは・・・・・・そのまま机に座って、両手を強く握り締めた。・・・・・・これで、いいんだ。 「あむちゃん、行かないのっ!? だってアレ」 「×たまだよね。うん、知ってる。でも八神君が行ったんだし、大丈夫だよ」 「そんなぁっ! ダメですよぉ、あむちゃんはジョーカーなのに」 「そんなのあたしはやるなんて決めてない。あたしは八神君とは違う」 そうだ、これでいいじゃん。あたしは無理だってもう答えを出してる。出してるから・・・・・・いいんだ。 あたしは普通のキャラだもん。八神君達みたいになれない。そんなの無理だし、変わりたいとも思わない。 「ダメっ! そんなの絶対だめっ!!」 「そうですよぉっ! そんなカッコ悪い自分でホントにいいんですかぁっ!?」 「・・・・・・カッコ悪い、あたし」 「そうだよー! 私もスゥも今のあむちゃん、カッコ悪いと思うもんっ!! それじゃあ自分に×付けてるのと同じだよっ!!」 ・・・・・・それで思い出したくもないのに、あの二人の言った事や昨日の空海の話を思い出しちゃった。 あたしは良く言えば空気が読めて、だけど悪く言えば流されやすい。芯が無い・・・・・・だから揺れるんだって。 だから自分の今のキャラどころか、これから一体どんなキャラになりたいのかも分からない。 あたしがよく言う『キャラじゃない』は、あたしが剥がしたいと思っている外キャラを基準にしてるとまで言われた。 そうなるのは自分の頭で考えようともしてないからで、だからあたしはカッコ悪くて・・・・・・あぁもうっ!! あたしは両手を机に叩きつけて一気に立ち上がって、教室の後ろ側の出口を目指して早足で進む。 「行けばいいんでしょっ!? 行けばさっ!!」 「「あむちゃんっ!!」」 「あぁもうマジムカつくしっ! どいつもこいつも好き勝手言いまくって」 なんて半分怒りながら出たのが悪かった。あたしは教室を出た途端に、真正面から何かとぶつかった。 それで尻餅つきつつ後ろ向きに倒れて前を見ると、そこにはぶちまけられた沢山の書類やバインダーに男の人が居た。 髪は明るい茶髪でちょっとまとまりがなくて、メガネをかけている人。でも優しそうな顔立ちしてる。 地味めな色のスーツもちょっとダボダボで、全体的にだらしない印象が見える。 「・・・・・・痛たぁ」 「あ、その・・・・・・ごめんなさい」 「いえいえ、僕もちょっとよそ見して・・・・・・アレ?」 その人はあたしに顔を近づけて、じーっと見てくる。 メガネの奥のくりくりとした瞳がまた可愛らしい感じがした。 「えっと、何か?」 「いや、君確かヒマ森さんじゃなかったっけ」 「・・・・・・は?」 「ほら、ヒマ森あむさん。えっと、確かここに出席簿が」 その学校の職員らしきお兄さんはばらまかれたバインダーや書類を漁り出して・・・・・・ヤバい、時間ない。 あたしは即座に立ち上がって、慌てたようにバインダーを探しまくるお兄さんに頭を下げる。 「ごめんなさいっ! あたし急いでて・・・・・・ホントすみませんでしたっ!!」 それでそのまま鳩羽さんが消えた方向に向かって全速力でダッシュ。 「・・・・・・あ、廊下は走っちゃいけないよー! ヒマ森あむさーんっ!!」 「だからあたしは日奈森ですからっ! 日奈森あむっ!!」 名前を間違えられつつもあたしは校舎から外に出た。・・・・・・でも鳩羽さんは見つからない。 だから全速力で校内を走り回って、適当にでもいいからとにかく動いて探す事にした。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ここは学校の屋上。その下から見下ろすと、何気にこの学校が広い事が分かる。 てーか学校自体が高台の頂上部分にある関係で、街全体が見渡せる。中々にいい景色ではあった。 「・・・・・・イクトー、アレかにゃ」 「あぁ」 そんな校庭を走り去る女の子背中の×たま。あれが今日のターゲットらしい。 でもそんな女の子を追いかけて走っているピンク色の髪の子が居た。 「む、アイツらは・・・・・・にゃははー、バカだにゃー。全然別の方向に走って行ったにゃ。 イクト、早くガラクタは壊してとっとと帰るにゃ。そうじゃないとまたうるさいにゃ」 「そうだな」 「残念ながらそれは無理だわ」 僕が相手の7時の方向からそう声をかけると、ソイツはゆっくりと振り向いた。どうやら気づいていたらしく驚きもしない。 でも隣に居るバカ猫は見事に驚いた表情を僕に見せてくれた。なお、距離にすると100メートル前後。 「なななな・・・・・・お前、いつの間にっ!!」 「バカ、さっきからずっと居ただろ」 ・・・・・・あの子の居場所、アルトのサーチで把握しようと思ったのよ。で、実際にサーチした。 そうしたら見事にコイツの反応が出て・・・・・・唯世達に連絡した上でここに来たってワケ。 いや、当然でしょ? 日奈森あむがあの子の事を追っかけてくれるかどうか分からなかったんだから。 唯世達は今頃教室飛び出して、追跡を開始してくれてるはず。だから・・・・・・僕はこっちだ。 「シオン、ショウタロス、ミキ、日奈森あむの事追っかけてサポートしてあげて」 ラン達が居るのに全然見当違いの方向に走ってるもの。こりゃ一人で追跡は無理だって。 でも三人もしゅごキャラな増援が居るなら多分大丈夫なはず。・・・・・・言い切れないのが悲しいなぁ。 「恭文、そっちの方がいいのは分かるけど・・・・・・大丈夫なの?」 「大丈夫。傾向と対策はバッチリ」 これでも何度か遭遇してるし、こっちだって向こうの手札くらいは読み取れてるのよ。 校内だしあんま派手な事は出来ないけど、それでも足止めくらいなら楽勝だよ。 「それでまぁ、お願いね? 僕が出来ない分飴はたっぷり目で」 「分かってるよ。それじゃあお前ら」 「えぇ。私達は向こうから気づかれないように移動します。お兄様、お気をつけください」 「うん」 三人はその言葉通り、僕の背中に隠れる形でその場を離れた。 その間に風が吹いて、僕達の間を通り過ぎる。 「・・・・・・で、チビ」 「なにさ、ニートノッポ」 「お前、それどうい意味か分かってないだろ。俺は現在進行形で働いてるっつーの」 「なるほど、働いてると。でもこれが仕事ならホントに雇い主は誰なんだろうねぇ」 「さぁな。お前には関係ねぇよ」 まぁここはとっくに分かってる事だからいい。つまりコイツ、イースターの指示でここに来てるのよ。 だから『仕事』と言い切った。で、そうなると・・・・・・やっぱりこのまま放置も出来ないわけで。 「それより・・・・・・また邪魔するってわけか」 「するねぇ。てーか手出ししないでくれる? こっちが勝手に浄化するんだから必要ないでしょ。 そっちの手間にならないように勝手にするんだ。それなのに・・・・・・いくらなんでもKY過ぎだわ」 ホントKYだし。×たまが出ると高頻度で現れて、エンブリオじゃないかどうか確認してさ。 それでエンブリオじゃなかったら、たまごを破壊しようとするんだもの。いい加減呆れもするわ。 「そうだな。けどこっちも『はい、そうですか』じゃ引けないんだよ」 猫男はずっとズボンのポケットに入れっ放しだった右手を出して、その手に力を纏わせる。 その力の形は青い半透明な猫の手。というか、頭とお尻に猫耳とねこしっぽが装着された。 「チビ、お前のセリフ返してやるよ。お前達が何もしなくてもこっちが勝手に壊してやる。だから引け」 「そうにゃそうにゃー! こっちはガラクタ掃除してるだけにゃー!! 邪魔するんじゃにゃいっ!!」 「黙れカスが。なんならテメェのたまごぶち壊してやろうか?」 「ふにゃっ!?」 優しくそう言ってあげただけなのに、なぜかチビ猫は震えて僕を見る。なお、でっかい方の猫はいたって普通。 一歩踏み出し・・・・・・アルトをセットアップ。同時にいつも通りのジャケットを装着。黒い裾をなびかせながらももう一歩踏み出す。 「そういうワケだからさ、月詠幾斗・・・・・・ソイツ引き渡してよ。 ソイツのたまご砕いて、ふりかけにしてやるから。食えたもんじゃないだろうけどね」 進みながら左手を鯉口にそっと添える。そして親指を鍔元に当て、アルトを少しだけ抜く。 「やれると思ってんのか? てーかお前のたまごの方を心配しろよ。 なんなら最近流行ってるとか言うなんとかヨーグルトに混ぜて食ってやるぞ」 月詠幾斗も身を屈めて、右腕を引き・・・・・・跳びかかる隙を伺い始めた。 「バカでしょ。僕がお前みたいな三流相手に遅れを取ると? は・・・・・・笑えない冗談だわ」 「それはこっちのセリフだ、バカチビが」 「残念ながら、僕のセリフで合ってんのよ」 そして次の瞬間、僕達は交差して互いの得物を叩きつける。 誰も居ない屋上で、互いの力がぶつかりあう事で生まれた音と衝撃が撒き散らされた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 息を切らせて走っても、どんなに探しても鳩羽さんは見つからない。 でも代わりに見つかったところがある。それは校内の置くの方にあるドーム状の建物。 そこを囲うように建てられている塀の壁には、『特別資料棟』と書かれた看板。 あたしはその塀の中に足を踏み入れて・・・・・・あの、なんか怖いんですけど。 周囲の状況を見るに、どう考えても人通り多い感じじゃないし。てゆうか草多いし。 それでもあたしは玄関と思われるドアに手をかけて、ゆっくりと開く。 だけど中は真っ暗で・・・・・・や、やばい。なんか震えが走り始めた。 「・・・・・・鳩羽さーん」 試しにすこーしだけ開けたドアから声をかけても、返事はない。あたしはドアを閉じてそれに背を向けた。 性格にはあの真っ暗な空間に入りたくなくて、身体全体を背けて逃げた。 「だめっ! こういうとこ無理っ!!」 「でもあむちゃん、こういうところが怪しいと思うんですけどぉ」 「無理なものは無理ー!!」 「もう・・・・・・大丈夫だよ、あむちゃん。こういう時はキャラなりしちゃえばOKOKー♪」 ランが明るく言うけど、それも嫌だ。だから首を横に振ってその提案も拒否する。 「どうしてー!?」 「無理・・・・・・いや、出来ない。だって一度ワケ分かんない内に解除されちゃったし」 「それはあむちゃんに迷いがあったからですよぉ?」 スゥが優しくそう言ってくれたのを聞いて、あたしは視線を上げる。 スゥは・・・・・・というかランもあたしの事心配そうに見てた。 「あむちゃんが自分を信じてあげなかったから、簡単に力が消えちゃったんですぅ。 でもでもぉ、自分の可能性を・・・・・・『なりたい自分』を信じられるなら、鍵は開くんですぅ」 「そうだよー、大丈夫だってー。あむちゃんは出来る子だもん。だから自分を信じて」 「出来る子じゃないよっ!!」 叫んでランの言葉を否定した。ううん、あの時感じた力も否定した。 あんなのは嘘で、あたしにはあんな事出来ないって・・・・・・否定した。 「・・・・・・あたし、出来る子じゃない。勝手にそういう風にキャラ決められてるけど、そういうキャラじゃない」 「あむちゃん・・・・・・でも」 「あなた、そうやってまた考える事から逃げるつもりですか?」 そう言いながら近づいてきたのは・・・・・・あ、ショウタロウとシオンとミキだ。え、でも三人だけ? 「あ、みんなー。ねね、恭文は?」 「そう言えば・・・・・・居ませんねぇ」 「お兄様は別のお客様の相手中です。現在鳩羽さんの捜索はしていないんです」 「はぁっ!? なにそれっ! てゆうかお客様って誰っ!!」 「ガーディアンの業務絡みで少しな。だが唯世達も捜索に加わってくれてる」 ショウタロウが言うには、八神君がそのお客様の相手をしなきゃいけなくなった時にすぐに連絡してくれたとか。 だからみんな校内を探してくれているらしい。・・・・・・あぁ、ならよかった。それならここはみんなに任せちゃえばいいよね。 「・・・・・・で、状況から察するにこの中を捜索しようとしてたとこか」 ショウタロウはあたしの前で腕を組んで考え込むようにしてから、目を見開いた。 「うし、中調べるぞ。それから唯世達と合流だな」 「それが定石ですね。というわけで日奈森さん、ドアを開けてください」 「はぁっ!? なんでっ! てゆうかここはもういいじゃんっ!! 唯世くん達に任せて」 「あむちゃん、それ効率悪いよ。唯世達は中庭を全体的に探してくれてるだろうし」 ミキがそう言いながら、あたし・・・・・・ううん、あたしなんて見てない。あたしの背中のドアを見てる。 「まずここを探してから合流の方がいいよ。なによりあむちゃん」 でもその視線をその手前・・・・・・あたしの方に向けた。呆れたような、寂しそうな目であたしを見る。 その視線を受け止めてるだけで胸が締めつけられて・・・・・・とても苦しい。 「さっきの話少し聞いた。でも、それならあむちゃんはホントはどういうキャラなのかな。・・・・・・みんなの言う通りにはなれない。 それは別にいいよ。あむちゃんの『なりたい自分』になっていけばいいし。だったらホントのあむちゃんはどこ?」 「ホントの・・・・・・あたし」 それでその苦しさが強くなる。だってそれは・・・・・・昨日空海に言われた事と全く同じだから。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「普段のお前は良く言えば周りの空気を読む。だが悪く言えば周囲に流されやすい。 そのせいで今ひとつ芯が通ってない。だがキャラチェンジをしたお前はそうじゃない」 「あー、それは言えるな。キャラチェンすると良いとこと悪いとこが同時に真逆になるんだよな。 空気は読めないかも知れないけど、なんか芯が通ってキャラがハッキリする」 「別にそんな事ないし。てゆうか、芯ならみんなが勝手にクール&スパイシーって」 「でもお前、その勝手に決められたキャラに乗っかって楽しようとしてんじゃないのか? 俺にはお前の『キャラじゃない』が、そういう周りが作ったキャラを基準に言ってるように聴こえるんだが」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「・・・・・・分かったよ」 もう嫌だ。なにさ、勝手な事ばっか言って。あたしだって・・・・・・あたしだってワケ分かんないしっ!! 何がホントの自分か分からないよっ! 分からなくて分からなくて・・・・・・だからそんな自分を変えたいって思ったんじゃんっ!! 「あむちゃん?」 そうだよ、分からないよっ! 分からないから・・・・・・全然考えらんないよっ!! 何があたしかなんて、考えられなかったよっ! そんなのあたしが一番分かってるんだから、もう黙れっ!! 「開ければいいんでしょっ! 開ければっ!!」 そんな苛立ちを込めてあたしは振り返って、一気に右足を上げる。 「それで気が済むならいくらでも」 それで・・・・・・全力でドアを蹴り破った。 「開けてやろうじゃんっ!!」 『なんか蹴り破ったっ!?』 ドアは轟音を立てて一気に開いた。それであたしは苛立ち混じりに足を進める。 心細いのも、ワケ分かんないのも今は気にならない。でも、数メートル進んで足を止めた。 「・・・・・・あの、コレ」 「驚いたか?」 ショウタロウが隣に来て、なんでかあたしを見てニヤリと笑う。あの・・・・・・確かに驚いた。 だってこの建物の中、空が広がってたんだから。その空の色は暮れかけの夕焼けの空。 でも今は登校してからさほど経ってなくて、空の色は綺麗な青色。だけどこの中は夕焼けの空。 それで真ん中にあたしでも知っている丸と棒状の形が組み合わさった機械が、円形の台座の上に置いてあった。 そこを中心に席がたくさんあって・・・・・・あぁ、そっか。だから暗かったんだ。 「ここ、プラネタリウムだったんだ」 「あぁ」 「あぁって・・・・・・ショウタロウ、知ってたの?」 「前にヤスフミと何度か来た事あるからな。何気に秘密のスポットなんだぜ?」 言っている間にも空の色は変わっていく。夕暮れは夜に変わり、星が少しずつ瞬き始めた。 その光景を見ているとなんかこう・・・・・・胸が落ち着く。さっきまでのイライラやざわざわが消えていくの。 「不思議。どんどん色を変えて、形を変えて・・・・・・でも、空は同じ空なんだ」 「あぁ、そうだな。・・・・・・お前も同じなんじゃねぇの?」 「え?」 「いや、なんでもないわ」 ショウタロウはそのままあたしから離れて、高く上がって周囲を見渡した。 ・・・・・・あ、そう言えば中の確認に来たんだった。あたしももう少し足を進めて、あの台座のところまで。 『ドゥユーライク・・・・・・イングリッシュー?』 行こうとしたら、玄関の方から声が聴こえた。あたしだけじゃなくみんなもそちらを振り向く。 するとそこには赤い×を額に付けた黒い小人が居た。なお、目はつり上がって怖い。 首元にはこう・・・・・・スカーフみたいなものは巻いてるけど、全体的な色合いがアレなので意味がない。 ・・・・・・てゆうかコレ、なに? ラン達と同じくらいのサイズっぽいけど。 「あ、えっと・・・・・・アイアム、ジョーカー?」 「バカっ! やってる場合かよっ!! あむ、ソイツから早く離れろっ!!」 「へ?」 『・・・・・・ミステイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!』 小人が両手を広げると、その周囲からなんの兆候もなく青い大文字な英語が飛び出してきた。 いや、そうとしか言いようがないの。それはまるで線のように並べられて飛び出して、あたしの周囲に降り注ぐ。 それで不思議な事にその・・・・・・叩きつけられるような音がしたの。というか、叩きつけられた。 咄嗟に両腕でガードしたけど、それでもあたしは後ろ向きに倒れた。 『あむちゃんっ!!』 「だい・・・・・・じょうぶ」 起き上がりながら小人を見ると、小人はあたしを見て笑って・・・・・・また英語を撃って来た。 『イヤッホォォォォォォォオウッ!!』 あたしは咄嗟に起き上がって、小人に背を向けて必死でダッシュ。そんなあたしを狙うように英語が放たれる。 それらが周囲のものにぶつかって弾かれる。・・・・・・物を砕かれないのが救いかも。 そう思いながら咄嗟に客席の一つにしゃがみながら退避。これでとりあえずは大丈夫なハズ。 それはラン達もショウタロウ達も同じ。みんなで息を吐きながらなんとかこっちに来た。 「くそ、ヤスフミが居ない時にこれかよ」 「中々にお決まりですね。・・・・・・お兄様、お兄様聴こえますか?」 「無駄だ。それならオレがさっきやった。今は楽しく接客中で、返事をする余裕も無いらしい」 「アンタ達何の話してるっ!? てゆうかアレなにっ!!」 「×キャラだよ」 ・・・・・・あぁ、もう嫌だ。その名前を聞いただけで全て分かってしまったあたしが嫌だ。 それでもきっと、ここは聞かなきゃいけないんだよね? うん、分かってたわ。 「まさか・・・・・・まさかとは思うけどあれって」 「えぇ。×キャラは×たまから生まれるキャラ。その力は見ての通りです」 「×たまよりもずっと力が強いんだよ。宿主の特性・・・・・・元々のキャラの力が色濃く出る分な」 「え、じゃあマジ大ピンチじゃんっ!!」 てゆうかあの、×たまからそういうのが生まれるなら生まれるでマジ話して欲しかったんですけどっ!? いきなりこんなの出られても超迷惑だってっ! しかも×たまよりパワー強いって、ありえないしっ!! (・・・・・・怖い) それであたしがなんでその×キャラが出てきたのか聞く前に、答えが提示されてしまった。 その声は別に×キャラってのが喋ってるわけでもなんでもない。どこからともなく響く、あたしの知ってる声だった。 (外国なんて行きたくない。無理だよ、英語なんて。友達が変わっちゃうの怖い。変わりたく・・・・・・ない) 「この声もしかして・・・・・・鳩羽さんっ!?」 「でしょうね。おそらくは見失った間に×たまから生まれてしまったのでしょう」 「いや、生まれたって」 つ、つまりその・・・・・・さっきの様子や話から察するに、転校の事が原因でこれ? 環境とか友達とかそういうのが変わりたくないって・・・・・・アレ、なんか凄い突き刺さるんですけど。 「とにかく二人とも、あの状態になったらもう浄化とかは」 「まず浄化自体は可能です。ですがその能力のあるお兄様はまだ動けません。 そして唯世さん達では、×たまの浄化は無理です」 「そう言えばそんな話してたような・・・・・・ね、八神君どうしても無理なの? こうなったらあたしの都合どうこう以前の問題だって。それじゃあ下手に物投げつけたりも出来ないし」 「あぁそうだな。だが無理だ。せいぜい逃げまわって、ヤスフミが来るまで時間稼ぎするしか」 ・・・・・・どうしよ。時間稼ぎって言ったってあんなの相手じゃどうしようもないじゃん。 でもでも、あのバカ動けないって・・・・・・こんな時に一体なにやってるのっ!? 「あむちゃん、ここはやっぱりキャラなりだよっ!!」 「そうですぅ。自分を信じて、鍵を開けてください」 「あぁもう、アンタ達バカじゃないのっ!? キャラなりしたって浄化出来るかどうか分かんないじゃんっ!! それで鳩羽さんのキャラ傷つけたり、たまご壊しちゃったらどうするのっ! どうしようもないじゃんっ!!」 あたしがさっきから八神君有りきで言ってるのはここが理由。 仮にその、したくないけどキャラなりしたとするよ? 出来ないだろうけど出来たとするよ? でもそれでもし×キャラが浄化出来なかったらどうなるのかな。 それで万が一あのキャラを・・・・・・鳩羽さんのたまごを壊しちゃったらどうなるの? そんな事になったら、あたしには責任取れない。謝ってもどうしようもないじゃん。 あとはキャラなりしてもどうしたらいいのかも分かんないし、時間稼ぎも無理かも知れない。 ダメ、あたしがキャラなりしても何の解決にもならない可能性が高い。 「あむちゃん、どうしてそんな事言うのっ!? また『キャラじゃない』とか考えてるのかなっ!! そんな風に考えるのもう禁止ー! あむちゃんはあむちゃんが思ってるよりずっと色んな事が」 「だーかーら・・・・・・今言ったじゃんっ! 鳩羽さんのたまご壊したりしたらどうするのかって言ってるのっ!! アンタ達マジで状況分かってないでしょっ! あたしの話なんてこの際どうでもいいのっ!!」 今重要なのは、あの鳩羽さんのたまごから生まれた×キャラじゃんっ!! どうしてそうやって『キャラなりすれば万事OK♪』みたいに考えちゃうかなっ! ホントマジ分かんないしっ!! 「では日奈森さん、どうします? 確かに私もランさん達の意見は却下ですが」 『えぇっ!?』 いや、当然じゃん。とにかく・・・・・・考えろ、考えろあたし。あの英語達が椅子とか廊下とか叩きまくってる音は今は気にするな。 重要なところはさっき言った通り。でもあたし一人でなんて絶対無理。そこだけは確定だよ。 「その前にシオン、ショウタロス・・・・・・一つ確認。たまごって壊してもいいものなの?」 「基本ダメだな」 「ならやっぱり八神君だよ。でもあたしだけだと無理だから・・・・・・ここは唯世くん達を呼ぶ」 「それが定石でしょうね。ですが日奈森さん、私少し見直しました」 え、なんで? てゆうかシオンもミキもショウタロスも、なんか視線さっきより優しくなったし。 「まず第一に鳩羽さんのたまごの事を考える・・・・・・中々出来る事ではありません」 「別に大した事じゃないし。ただそういうの、やっぱ苦しいと思っただけだし」 「それで充分ですよ。そう思う気持ちそのものがあなたのホントのキャラなのではないかと、私は思いますし」 「・・・・・・そっか」 少し嬉しくなりつつもあたしは考えをまとめて、右手を伸ばして懐から携帯を取り出す。 でも電話をかけようとしたその時、近くの椅子が派手に吹き飛んだ。 「・・・・・・え?」 『ファンタスティックッ!!』 そうだ、椅子が英語に撃ち抜かれて派手に吹き飛んだ。でもそれだけじゃない。 辺りから何かが削れるような鈍い音が聴こえ始めた。ま、まさかこれ。 「ショウタロス」 「あぁ、マズいぞ。相手が攻撃の勢いを強めてきた」 「このままだとボク達、やっぱり逃げ場無くなりそうだよね」 「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 あたしが寒気感じながら頭抱えている間にドンドン英語が撃ち込まれて、勢いを強くして・・・・・・やばい、もうワケ分かんない。 英語の文字が弾丸みたいに撃ち込まれるこの状況がマジでありえないんですけどっ! これ描写おかしいからっ!! (だめ・・・・・・変わりたくないっ! 変わっちゃうの、嫌ぁ・・・・・・!!) ・・・・・・そうだね、変わっちゃうのなんて嫌だよね。その気持ち、あたしも分かる。 だから聴こえてきた悲しい叫びに同意した。同意したし分かるけど・・・・・・ううん、違う。 分かるからあたし、余計になんかもう見てられなくなった。 あたしは自然と立ち上がって、両手を胸元の前に構えてた。 「・・・・・・あたしのこころ」 口から自然と言葉が出てた。というか・・・・・・なんだろ、これ。 結局ずっと胸元にかけてたロックが光り輝いてる。あの時みたいに強く輝いて、暗い館内を照らしてる。 それと同時に、身体の奥底から力が沸き上がってくる。これもあの時と同じ。それがやっぱり怖い。 怖いけど・・・・・・それでも、ワケ分かんないけどそれよりずっと強い力に突き動かされて、あたしは鍵を開けた。 「アン・・・・・・ロック」 言葉と同時に胸元で指を動かすと、あたしの身体をあの時と同じように光が包み込む。 ミキがたまごの状態に戻って、あたしの胸元に吸い込まれる。それから服装もあの時と同じチアガール服になる。 ・・・・・・あ、違う。なんか全体的に青い。帽子かぶって、そこにスペードのアクセサリー付きだし。 服装もフリルが付いてたり紺色の半ズボンや靴履いてたりして、全体的にミキ寄りになってる。 その中でやっぱりあの時と同じように力がドンドン湧き上がる。・・・・・・大丈夫、大丈夫だよ。 確かに怖いけど、確かに逃げたいけど・・・・・・でも、あの時と違う。今はこの力が欲しい。 なんか、ほっとけないの。今目の前であんなに苦しそうに泣いてる子を放っておく事なんて、出来ない。 ×キャラに背を向けながら両手を伸ばすと、槍みたいな大きさの青い絵筆が現れた。 あたしはそれを両手で掴んで、一気に左に振りかぶる。自然とどう使えばいいかが頭の中に浮かんだの。 【「・・・・・・キャラなり」】 背後からまたあの英語達が迫ってる気配がする。振りかぶっていた筆を動かして、右薙に振るう。 身体を捻り、ほぼ180度回転させながらのアクションによってあたしの前面に虹色の閃光が刻まれた。 閃光はあたしに迫っていた全ての英語達を寄せ付けず、その全てを砕いていく。 それに目もくれずに、ここの天井近くまで浮かんでいる×キャラをしっかりと見据えた。 【「アミュレットスペードッ!!」】 「えー! 私じゃないのー!!」 「いや、当然だろ。お前好き勝手やり過ぎだし」 自然と名前が出た事とか、そういう事はとりあえずいい。 あたしは・・・・・・あたしは驚いた顔してる×キャラに言いたい事がある。 ううん、違う。あたしが言葉を伝えたいのはその向こうだ。 それで感じる。この力は別に怖いものなんかじゃなくて・・・・・・あぁそうだよ。 あたし、ようやく分かった。この力は、この姿は、それをするためのものなんだ。 「・・・・・・いいじゃん」 『ムリ?』 「変わったっていいじゃんっ!!」 『ムリッ!?』 筆を消して、あたしは自然と両腕を前に上げていた。 それで両手でハートマークを作って、×キャラに狙いを定める。 「ネガティブハートに・・・・・・ロックオンッ!!」 声を上げると、ハンプティ・ロックが強く輝く。でもその輝きはピンクじゃなくて青色。 その輝きはこの中を埋め尽くすような勢いで強くなる。 「オープン・・・・・・!!」 両足を踏ん張ると、その光は前へと放射されてあたしの両手の中を通る。 すると光がより一層強くなって、ハート型の奔流になって×キャラに向かって放たれた。 「ハァァァァァァァァァァトッ!!」 その奔流は×キャラを飲み込んで、×キャラの身体が震える。ううん、それだけじゃない。 奔流の勢いに押されるかのように、×キャラの赤い額の×にヒビが入っていく。 『ムリ・・・・・・ムリ』 「ムリじゃ・・・・・・ない」 そしてそのヒビが全体に回ると、額の赤い×は見事に砕けた。 「変わる事は・・・・・・変わっても自分で居る事は・・・・・・絶対にムリな事なんかじゃないっ!!」 『ムリィィィィィィィィィィィィィィィッ!!』 額の×が砕けた瞬間、×キャラは身を反らして瞳を閉じる。それでその上と下にたまごの殻が現れた。 それは黒くて白い×のある×たまのたまごの殻。それに×キャラが収まった。 でもすぐにその黒いたまごは、白い羽の柄が描かれている綺麗なたまごに変わった。 「浄化・・・・・・出来た?」 「もう、あむちゃん何言ってるの? 出来たに決まってるってー」 「アンタの言う事は信じられない」 「なんでー!? というかというか、ミキとのキャラなりは解除されないっておかしくないかなっ!!」 「いや、それも当たり前だろ。・・・・・・あむ、安心しろ。問題ないくらいに浄化してるさ」 後ろからショウタロウがそう言ってきたからそっちを見ると・・・・・・ショウタロウも他のみんなも笑ってた。 【あむちゃん、やったね】 「・・・・・・ミキ」 【あの、それでその・・・・・・ごめん。ボク・・・・・・少し言い方悪かったよね】 「ううん、大丈夫だから。あの、そこはマジで。あたしもなんかワケ分かんなくなってたし」 なんだか嬉しくなりつつ、あたしは胸元に視線を落としながら笑う。 「きっと、凄く簡単な事だったんだよね。うん、アンタや八神君の言う通りだった。ガーディアンや周りなんて関係なかった。 あたしは・・・・・・アンタ達が産まれた時の気持ち、忘れかけてた。でももう大丈夫、全部・・・・・・全部思い出したし」 【ホントに?】 「うん。だからさ、もしまた忘れかけたら・・・・・・叱ってくれる? あたしホントバカなヘタレキャラっぽいから、何度か叱られないと分からないかも知れないし」 【・・・・・・うん。今度はもっと上手くあむちゃんに伝わるように、ボクも頑張るよ】 嬉しそうなミキの声がなんだか辛くて、改めてたまごの方を見る。それで完全に固まった。 だってあの、たまごの殻の真ん中にギザギザなヒビが入ってた。 「ちょ、なにあれっ! ・・・・・・ショウタロウ、シオンっ!! アレどういう事っ!? なんかヒビ入ってるんですけどっ!!」 「いや、知らねぇってっ! なぁシオンっ!!」 「ショウタロス、本当にあなたはダメですね。そんな事だからいつまで経っても半人前のハーフボイルドなんです」 「うっせーよっ! てーかオレに全ての責任押しけるなっ!!」 『ノンノン、問題アリマセーン』 そんな声たまごからしたと思うと、たまごはラン達が生まれて来たのと同じように割れた。 それで中からラン達と同じ等身のスチュワーデスな格好のキャラが出てきた。なお髪は金色で後ろでお団子にしてる。 「アテンションプリーズ♪」 「・・・・・・あ、まさかお前、あの子の『なりたい自分』か?」 「イエース。みなさんにお礼が言いたくて少し出てきましたー」 「あぁ、そうな・・・・・・って、驚かせんなよっ! オレマジでビビったじゃねぇかっ!!」 「アハハハ、ソーリー」 その子はあたしの方まで降りて来て、軽くウィンクしてくる。 つまりその・・・・・・鳩羽さんのしゅごキャラ? しゅごたまじゃないけど、そういう解釈でいいのかな。 「サンキューみなさん、おかげでスッキリデース」 「えっと、マジで鳩羽さんのしゅごキャラなの? その、本当の『なりたい自分』」 「そうデース。でも、今はまだナ・イ・ショ」 その子はまたウィンクして、右手の人差し指をそっと唇に当てた。 するとその子の上と下から、いつの間にか消えてた白いたまごの殻が現れた。 「いつかゆきちゃんが自分で気づくまで・・・・・・シーユーアゲイン♪」 「し、しーゆ・・・・・・あげいん?」 「うん、ベリーグー!!」 その子はたまごに完全に包まれた。たまごは割れ目も消えて本当に綺麗で・・・・・・それで消えた。 「き、消えたっ!? え、どこっ!!」 【あむちゃん落ち着いて。きっとあの子のところに戻ったんだよ」 「これで一安心ですねぇ」 ミキとスゥがそう言うけどさっきの事もあるので、今ひとつ信用出来ない。 なのであたしはショウタロウ達を見た。三人ともあたしの事安心させるみたいに頷いてくれた。 「そうなんだ。なら良かったけど・・・・・・やばい、マジであたしピンチかも。もう常識外の事が多過ぎて」 「あむ・・・・・・それで良いと思うぞ? オレの宿主みたいにこういうのも平然と受け入れるのもアレな場合があるしな」 あたしはそんな事を疲れた顔で言ったショウタロウと顔を見合わせて・・・・・・深くため息を吐く。 とにかくこれで一件落着なら、このまま教室・・・・・・あ、ダメか。何にしても鳩羽さんの状態を見ておかないと。 あと・・・・・・この惨状はどうしようか。結構壊れたもの多いしさ。・・・・・・後で八神君に頼んで直してもらう? (第7話へ続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |