小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説) 第19話 『平和というのは素晴らしい。そう感じるのは、きっと平和じゃなくなってからだ』(加筆修正版) 恭文「前回のあらすじ。呪いの仮面と化した黒仮面のせいで、大騒ぎでした」 古鉄≪そして、この人はまた性懲りもなく女の子のフラグを≫ 恭文「立ててないからっ!! ・・・・・・あぁ、ごめんなさい。立てました」 古鉄≪とにかく、そんなわけで19話のスタートです。今回はノンビリとケーキ作りに没頭とかなんとか≫ 恭文「平和に進む話なわけですよ。それでは、どうぞー」 (というわけで、早速音楽再生です。曲は、もちろん覚醒ヒロイズム) 恭文「最後のガラスをぶち破れー♪」 古鉄≪あなた、まだ対価払うつもりですか≫ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「うぅ、恭文くんに汚された。初対面なのに顔をベトベトにされた。 私、初対面の男の人にこんな扱いされたの初めてよっ! どうしてくれるのっ!?」 しくしくと泣きながらそう口にするのは、前回初登場のメガーヌ・アルピーノさん。 ヒロさんの友達で、勢いで呪いの仮面を装着しちゃったシングルマザー。 「お母さん、大丈夫だよ。恭文に責任を取ってもらえば」 「そうよねっ! 私もう恭文くんにツバ付けられたも同然だものっ!! 恭文くん、ちゃんと責任取ってねっ!?」 「・・・・・・アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 おのれは一体何を抜かしてるっ!? てーか、僕が汚したんじゃないしっ!! 正確にはサラダ油だよっ! もし責任取って欲しいなら、あのサラダ油に言ってよっ!! 「冒頭一発目からとんでもない発言するなー! てーか、普通に不可抗力だしっ!! 大体、それ作ったのヒロさんですよっ!?」 「・・・・・・恭文、姐さんは何してんの? 普通にこれ危険じゃん」 「セイン、そこは気にしちゃいけない。てーか、僕もこんな呪いのアイテムとは思わなかった」 あ、説明が必要だね。実は、ヒロさんはちょくちょくこの隔離施設に顔出してるのよ。 その理由はルーテシア。ヒロさんはもう説明したけど、メガーヌさんとは親友。 で、当然のようにその子どもであるルーテシアの事も、気遣ってるのよ。 メガーヌさん、JS事件終結直後はまだ眠ったままだったから。 保護されてすぐには回復したんだけど、それまでの間は代わりみたいな感じでヒロさんが顔を出してた。 それは今もだね。普通に時間が空く時には顔を出して、ルーテシアやみんなと話すらしい。 だから、セインが姐さんって言うのよ。ちなみにウェンディも言ってた。 ただし、この事がフェイト達にバレると色々小うるさいので、僕達全員この事は黙っている。 僕もそうだしチンクさん達もルーテシアとアギトもそうだし、ギンガさんもだ。 まぁ、色々事情があるのよ。メガーヌさん達と関わりがあるとバレるとうるさくなるだけの事情が。 「とりあえず、恭文くんには責任を取ってもらうとして」 「だからどうしてそこに行くのっ! 普通に怖い発言やめてもらえますっ!? もうそこはいいから、ケーキ作りましょうよっ! そして責任はヒロさんに取ってもらってくださいっ!!」 というわけで、ケーキ作りは始まった。僕とギンガさんを先生として、あーだこーだ言いながら作っていく。 突然だけど、お菓子作りの基本はなにか・・・・・・お分かりになるだろうか。そう、材料の分量計算だ。 お菓子は普通の料理と違って、材料の分量が少し違うだけでも、味わいや食感がかなり変わってくる。 なので、みんなにはきちんと計らなきゃいけないって言ってるのよ。うん、かなりね。 「なのに、何適当にやってんのっ!? そこのアホコンビっ!!」 「えー、だってメンドくさいじゃん。そんなの」 「そうっスよ。というか、恭文は細かいこと気にしすぎっス。こういうのは勢いっスよ勢い」 うわ、料理初心者が失敗する典型例になりつつあるし。まぁ、このコンビは仕方ない。ここは予測してた。 「よし、それならとりあえず僕の失敗談を一つ話してあげるよ」 「なんっスか?」 そう、アレは昔のこと。物は試しと、今のアホコンビみたいなことをやったことがある。 感性と計算、どっちが正しいのか試したくなったのだ。その結果・・・・・・驚愕の事実が判明した。 「岩石よりもかたいクッキーが出来た。全部僕が食べたけどね。当然、翌日は顎が疲れて喋れなかったさ。 で、そこを踏まえた上で一つ質問。例えばケーキが恐ろしい出来になっても・・・・・・二人は当然食べ切れるんだろうね?」 僕は、暗に言っている。マズかったら、二人だけで食べてもらうと。絶対にそうしてもらうと。 だから二人はそれに気づいて、顔を見合わせて強く頷き合うのだ。 「さ、計量しようかウェンディ」 「そうっスね。計量って大事っスよ。うんうん」 「分かってくれて嬉しいよ」 いやぁ、誠意ある説得っていうのはするもんだね。素直でいいことだよ。 「まぁ、なんか困ったことがあったらすぐに言ってね。助けるから」 「・・・・・・恭文さん、困りました」 おぉっと、早速か。この声は・・・・・・ディードだね。 「じゃあ、アホコンビもしっかり計量するんだよ? ちゃんとやってアレだったら、僕も食べるの手伝ってあげるから」 「おぉ、恭文意外と優しい〜。あ、そういうナンパなの?」 「まぁアレっスよ、私らの魅力にメロメロってことっスよね」 「・・・・・・天誅」 水を指先にちょっとだけかけて、二人の目に飛ばしてやった。 「目がー! 目がー!!」 「ひどいっスー! 鬼っスー!!」 なんか叫んでるけど、きっと気のせいだ。だって、僕は鬼でもなければひどくもないし。 アホ二人は放っておくことにした僕は、呼ばれたほうへと向かう。そう、オットーとディードの方だ。 「ディード、オットーもどうし・・・・・・たんだよね」 ≪これはまた、派手にやりましたね≫ うん、何で困っているのかはよく分かった。 だって、二人の周りが玉子塗れだもの。 「玉子の黄身と白身が分けられません」 「あぁ、それでこの惨状か」 ボールの半分近くを埋め尽くしているのは、玉子の白身と黄身が交じり合ったもの。 そして、周りにある大量の玉子の殻。卵黄と卵白を分けようとして、これらしい。 うむぅ、初心者の躓きやすいところに思いっきり躓いてるのか。 殻を見ると、玉子自体も上手く割れないみたいだし。でも、大丈夫でしょ。 「よし、ちょっと見てて」 別のボールを二つ取り出すと、その内の一つの縁に、玉子をコンコンと叩きつける。 「この時、力をいれ過ぎないようにするの。 そうだな、一気に割るんじゃないの。玉子の殻に本当に少しだけ、ヒビを入れる感じかな」 二人は食い入るように見ている。それにちょっと気恥ずかしい思いをしつつも、作業を続ける。 「で、ほら。こんな感じで軽めにヒビが入ったら、ここに指を当てて」 指を当てて、開く要領で殻を真っ二つに割る。 まぁ、基本的なのはここまでだ。で、ここからが応用。 「半分に割れた殻で、黄身だけを移し変えるようにするの。そうすると」 「・・・・・・すごい」 「白身が下の方に落ちていきます」 「これで、大体の白身がとれたら、こっちのボールに黄身を置く。・・・・・・これで終了っと」 「「・・・・・・なるほど」」 うむぅ、いつぞやの僕と同じだな。僕も卵の殻割れなかったし。 「よし、じゃあ二人でやってみようか。ゆっくりでいいからね」 「分かった。・・・・・・えっと、こんな感じ?」 「うん、そうそう。でも、もう少しだけ優しくかな。・・・・・・そう、それでいいよ。オットー上手じゃないのさ」 「そう?」 うん、オットーは一個割ったら要領掴んだみたい。で・・・・・・あれ? 「・・・・・・うーん」 ディードは苦戦してる。さっきよりはマシになってるみたいだけど、ちょっとだけ手際が悪い。 「ディ―ド、力を抜いて」 「え?」 「緊張してたら、上手くいくものもいかないよ? コツは、優しくゆっくり」 「優しく、ゆっくり」 「そう。別に競技してるわけでもなんでもないんだから。 焦らなくていいんだよ。みんなもディードと同じようなものなんだから」 そう言って、周りを見る。まず1番に目に付いたのは、軽量の大事さに気づいた二人。 セインとウェンディは、あーでもないこーでもないといいながら計量カップと計りと格闘している。 ディエチにノーヴェも、ギンガさんと一緒に別のスポンジ作りに苦戦中だ。 なんか、ディエチは生地を混ぜるのが楽しいのか、妙にうっとりした表情を浮かべている。 ・・・・・・そういう属性持ちだったんだね。なんというか、ここは意外だ。 ルーテシアとアギトは・・・・・・うん、チンクさんとメガ―ヌさんと楽しそうに一連の作業をこなしてる。 その上で、オーブンの調整なんてしてる。つか、あの人料理スキル高いのか。 この中で一番進んでるでしょ。それでチンクさんが、なんかいつもと違う。 すごい柔らかい感じになってる。そっか、チンクさんの心を解いてるんだ。・・・・・・すごい人だ。 ・・・・・・メガーヌさんがなんかこっちを見て、ニッコリと笑った。 とりあえず、僕も返す。多分すっごく不自然な笑いになっていただろう。 「でも」 「ディード、料理が美味しく出来る秘訣って知ってる?」 「え?」 そう、料理には美味しく出来る秘訣がある。とっても簡単なことだ。 ここ、桃子さんに教わった事。とても簡単だけど、大切な事。 「特別な技量なんて、必要ないの。大事なのは、たった一つ。 誰かが食べて、美味しいって言ってくれる姿を想像することだよ」 「美味しいと、言ってくれる姿?」 「そう。例えば・・・・・・チンクさんやオットー、ディエチとかノーヴェとか、あのポジティブコンビでもいい」 とりあえず、ディードにとって近い名前の人間を上げていく。そうすれば分かるかなと思ったから。 「自分が作ったものを食べて、美味しいって言ってくれる。 それが作った人にとっては一番の報酬であり、料理が美味しくなる調味料にもなるんだ」 「・・・・・・よく、わかりません」 「なら、これから分かっていけばいいんだよ。 僕も手伝うから、焦らずに、ゆっくり作っていこうよ。ね?」 戸惑い気味なディードの顔を見つめながら、笑ってみる。大丈夫だよという気持ちを込めて。 ・・・・・・この子達は、本当に戦うこと以外のことを教えてもらっていないんだな。 なんでギンガさんが力になりたいと思ったのか、少し分かった気がする。 きっと、こういうほんのちょっとのことの大切さを、教えたかったんだ。 それが積み重なって、きっと日常は生まれるんだから。 まぁ、僕だって戦うのは好きだし、楽しい。だけど、そればっかりなんて嫌かな? 「恭文さん、どうして・・・・・・ここまでしてくれるんですか?」 「どうしてって?」 「私達は、あなたのご友人や仲間を傷つけました。本来であれば嫌ってもいいはずです」 ・・・・・・そう、この子達は罪を犯した。あんまりに楽しいから、忘れそうになる。でも・・・・・・消えない事実。 「なのに、あなたは平然とチンク姉様やディエチ姉様と語らい、セイン姉さまやウェンディとも、先ほどのように楽しそうにします。 私やオットーにも、今のように優しく教えてくれます。いえ、それが嫌というわけではないんです。ただ・・・・・・どうしてなのかと」 「おかしいかな? 六課の皆だってそうしてるじゃないのさ。あとはヒロさんとか」 「ですが、六課の方々とあなたとでは、事件での関わり方が違うはずです。 実を言うと、クロスフォードさんにしても疑問があるんです」 ・・・・・・やっぱりか。まぁ、ここは予測してた。 ようするに、六課みたいにガチにぶつかった事情があるとかじゃない。 スバルやギンガさんみたいに身体の作りが同じとかでもない。 フェイトやエリオみたいに生まれが普通と違うとか、そういう共通点もない。 そんな僕達がどうしてここに来て、自分達と関わるのかがディードは疑問なのよ。 この間はそこそこ話せたと思ったんだけど、どうやら心の内では僕達はもう来ないと思ってたらしい。 現に、僕は合間開いたしなぁ。そういうのもあるんでしょ。 「やはり私達に対して、いい感情を持つとは思えませんし」 ふむ、痛いところを突いてくるな。確かに僕はどちらかといえば、第三者に近いしなぁ。 うーん、どうしよう。そう言っても、理由なんて一つだけなんだけど。 ここは真面目に帰す場面だと思うので、ディードの目を真剣に見つめて、思ったことを口にする。 とりあえず、僕は・・・・・・この子には助けてもらった恩があるしね。しっかり向き合いたいのよ。 「そんなの決まってる。僕がそうしたいから」 そう、許す許さないっていう理屈は抜きにして、僕がそうしたいのだ。 ・・・・・・まぁ、確かにディードに言われたような部分が無かったと言えば嘘になるけど。 「正直さ、わだかまりはあるかな。うん、あるね。 でも、それでもね。みんなのこと・・・・・・嫌いにはなれないみたいなんだ」 ディードの目を見ながら、玉子を割りつつも話を続ける。ディードは、手を止めてジッと僕を見てる。 ディードの方が身長が高いから、見下ろされてる感じ。あははは、もうこの状況慣れたよ。 「ギンガさんのこととかそういうのも含めて、嫌いになれない。 自分でも甘いとは思うけど、それが本心なんだ。ほら、もしかしたら友達になれるかもだし」 「友達・・・・・・私達で、いいんでしょうか」 「もし、自分のしたことを理由にそう言うんだったら、それは間違いだよ」 「どうして、そう言い切れるんです?」 少しだけ、語気が強かった。責めているというのとは違う。ただ、言葉の真意を知ろうとしている。 「言い切ってた?」 「はい」 「・・・・・・そうだね、言い切ってた」 うん。でも、それはすごく簡単だ。だから、即答出来る。 「僕も、同じだから。・・・・・・間違いを、犯したの」 「それは・・・・・・どういう意味ですか?」 「言葉通りの意味だよ。僕も、ディード達と同じなの」 まぁ、僕とみんなのどっちがヒドいかなんて話をしても意味がないから、そこは飛ばすとしようか。 「僕の剣の先生に言われた。間違っても、失敗してもいい。 本気でそれを悔い改めて、今を変えて行きたいと願うなら、誰でも幸せになる権利がある・・・・・・ってさ」 間違えた自分が許せなくて、それで大事な物を傷付けた自分が、許せなくて。 でも、その言葉で前を向いて、思い出せた。僕は、自分の罪を数える必要があるってさ。 「そうでしょうか? 失礼ですが、綺麗事に聞こえます」 「うん、そうだね。綺麗事だ」 うん、そんな簡単じゃない。この8年で、やんなるくらいに味わった。 「でもさ」 それでも、僕は言葉を続ける。綺麗事でも、ここに一つの答えがあることも知ったから。 「ただ未来を閉ざして止まるだけの真実なんて、そんな現実なんて・・・・・・僕はいらない。 どんなに可能性が低くても、ここから先に続く何かに気付ける綺麗事の方が、僕は好きだから」 「・・・・・・恭文さん」 「だから、言うね。・・・・・・過去の自分や生まれを理由に、諦めたりしたらダメなんだよ? あとは自分と違う誰かを、誰かと違う自分を、ディードがちゃんと認められるかどうか」 自分と他人が違うのなんて、当たり前の事だから。大小の差はあれど、凄く当たり前。 僕は自分と違う部分があるからって、簡単に怖がりたくない。違うことだけを理由に、手を払いたくない。 「そこはディードが生まれてからやった事も、誰かを傷つけて苦しめた事も、全部含めてだよ。 ちなみに僕はディード達の事、認め・・・・・・ううん、ちょっと違うな。知っていきたいと思ってるから」 「なら、あとは私次第・・・・・・でしょうか」 「そうなるね。・・・・・・ごめんね、つまんない話しちゃった」 「いえ。あの、ありがとうございます。少しだけ、何かが解けました」 そうして、僕は双子コンビに付きっきりで、作業を進めることになった。 ディードもちょっと戸惑っていたみたいだけど、もうこの後は大丈夫。 ここからは、どこか楽しそうに笑みを浮かべながら玉子を割っていた。 それを見ながら・・・・・・ちょっとだけ、嬉しい気持ちになっていた。 魔法少女リリカルなのはStrikerS 外伝 とある魔導師と機動六課の日常 第19話 『平和というのは素晴らしい。そう感じるのは、きっと平和じゃなくなってからだ』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ さて、なんだかんだで焼成作業に突入である。 みんなであれこれやりながら、ようやく生地は完成。 オーブンは完全に暖まっていたので、その中に生地を注ぎ込んだ型を入れる。 入れて、しっかりとオーブンの中で焼くのだ。・・・・・・大体50分前後かな? 「長いっスよねー。こう、アギトさんの炎熱魔法とかでぱーっと出来ないっスか?」 「あほかっ! 生地がダメになるでしょうがっ!!」 「ウェンディ、それ以前にアタシは魔法使えないから。普通に魔力の封印処理受けてんだぞ?」 というか、そこはルーテシアや他のみんなも。さすがに仮にも受刑者なのに、フルで能力使えたらおかしいもの。 「・・・・・ウェンディ、いいことを教えてあげる。空腹と待つことは、人を幸せにするのよ? こうやって待つことで、ケーキを食べた時の美味しさがまた倍増するんだから」 「そうだよ、ウェンディ。なぎ君は喫茶店で色々手伝ってたんだから、説得力はあるでしょ」 「ほう、恭文は飲食店勤務の経験があるのか。なるほど、道理で手つきに無駄がないと思った」 いや、それほどでも・・・・・・最初はぶきっちょでしたよ? だから、正直辛い。 感心するようなチンクさんとディエチやみんなの視線が、突き刺さる。僕、みんなよりヒドかったのに。 「恭文くん、ということは・・・・・・お菓子作りだけじゃなくて料理とかも出来るの? 例えば、喫茶店で出すような、パスタとかピザとか」 「軽食だけじゃなくて、和洋中の大体の料理はOKです。練習して、作れるようになったんです」 ・・・・・・まぁ、フェイトに食べてもらって『美味しい』って言ってくれるのが、嬉しかったからなんだけどね。 みんなに涙ぐましい努力だと言われたのは、時の彼方に置いていこうと思う。 「メガーヌさん、なんでそんなにニコニコしてるんですか」 「いや、これは更にいい感じだと思って」 「お母さん、なんか嬉しそう」 「ねぇ恭文、ルーお嬢様のお母さんとなにかあったの?」 セインが、気づかなくていい事に気づいてしまった。きっとこの子は、空気が読めないんだと思う。 そして、そこに気づいていた更に空気の読めない子が居た。それは、アギト。 「そうだぞ。お前、なんでルールー差し置いて仲良さそうなんだよ。 なんか作業しながらやたらと笑いかけてたりしてたしよ」 あー、みんなの視線が厳しい。いや、あったというかなかったというか・・・・・・だめだ、言えない。 「いや、ただ意気投合しただけだし」 「そうなの。運命的なものを感じるくらいに意気投合しちゃったのよ。ね? あと、ヒロちゃんは恭文くんとも友達でしょ? そのおかげかな」 「そ、そうですね」 もうそうとしか言えない。だけど、説得力がない。だって、メガーヌさんがすっごい嬉しそうだから。 「一応納得は出来るっスけど・・・・・・なんか気になるっスね」 「恭文、吐くなら今のうちだよ? 私らだって鬼じゃないんだからさ。 じゃないと、恭文の心にディープダイバーで潜入しちゃうぞ〜?」 「誰が上手い事を言えといったっ!?」 ≪そうですよ。ただ、この人の手が胸へと当たっただけです≫ その瞬間、世界が凍った。そして、僕は駆け出した。でも、外へは逃げられなかった。 「待てっ!!」 言葉と共に横から飛んできたのは、何本ものフォークが。それが僕の頬を掠めて、壁へと突き刺さる。 「アルトアイゼン、こっちへ来てくれるか? 被害を及ばないようにするのには少しばかり姉は怒りすぎた」 ≪了解しました≫ そう言って、アルトは後ろへ飛んで行く。・・・・・・って、おい逃げるなっ!! 『・・・・・・少し、頭冷やそうか?』 「どうしていきなりそれっ!? いや、これはその・・・・・・不可抗力なんだからっ!!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「・・・なるほど、そういうことか」 「はい、そういうことです」 なぜか正座なんてして、僕は先ほどのことを話した。ちなみに、触った時の感想まで吐かされました。 「ギンガ、この場合はどうすればいい?」 「とりあえず通報よね。あぁ、あと六課の方にも連絡を」 「お願いだからそれは勘弁してっ! お願いっ!! フェイトにはっ! フェイトには知られたくないのっ!!」 「よし、フェイトお嬢さんに連絡だね。いや、よかったよかった」 「よくないわっ!!」 やばい、この状況は敵しか居ないっ! どうすりゃいいんだっ!? ≪まぁ、自業自得ですよね≫ 「アルトのせいだよねっ!?」 「あー、みんな。私は大丈夫だから、気にしないでほしいな」 「ですけど、なぎ君がご迷惑をおかけしてるわけですし」 角の生えたギンガさんに怯えつつ、メガ―ヌさんがバツの悪そうな顔で、言葉を続けた。 「いや、私も車椅子で暴走したのが悪かったんだしね。 恭文くんは、それを助けようとしてくれただけだもの。事故よ事故。それに」 「それに?」 「他の男の人ならともかく、私は恭文くんにだったら、胸・・・・・・触られても平気よ?」 ある意味核弾頭級の発言が、場に飛び出した。 その瞬間、ギンガさんとチンクさん、ディエチにノーヴェにセインにウェンディ。 それにアギトも顔を真っ赤にした。で、当然僕も真っ赤です。 「ルーお嬢様のお母さん、もしかして恭文のこと」 ディエチの搾り出すような声に、メガーヌさんは顔をなんでか照れたように笑って・・・・・・頷いた。 「うん、気に入っちゃった・・・・・・♪ だって、今までを見るに、すごくいい子なのは確定なんですもの」 い、いい子っ!? なんかすっごい知らない間に評価が高くなってるしっ!! 「あぁ、運命の出会いってあるものなのねっ! 生きていてよかったわ。自由恋愛バンザイよっ!! そういうわけだから恭文くん、シングルマザーだけど・・・・・・いいわよね?」 「なにがっ!? ・・・・・・いやっ! そんな艶っぽい瞳で僕を見ないでっ!!」 な、なんだろう。シャマルさんとすずかさんと美由希さんの影が見える。 「あ・・・・・・そうなんだ。ふふ、それならそうだって言ってくれればよかったのに。 大丈夫。私が色々・・・・・・お・し・え・て・あ・げ・る・か・ら♪」 「何を察したっ!? アンタ今、一体何を察したっ!! そして何を教えるつもりだっ! つーか子どもの前でそんな発言するなっ!!」 いいっ!? これはよい子でも読める小説なんだよっ!! 18的な要素は極力排除していくんだよっ! お願いだからエロを持ち込むなっ!! 「恭文・・・・・・あ、お父さん?」 「ルーテシア、正解よ。恭文くんは、あなたのお父さんになるの」 「違うからっ! つか、ルーテシアも乗らないでっ!? ・・・・・・僕にはフェイトがいるし」 ≪あぁ、誤解の無いように言っておきますが、片思いです。それはもう完全無欠に≫ 「ほっとけっ!! ・・・・・・って、あれ?」 ・・・・・・え、なんでみんなして、そんな目で僕を見るの? 「・・・・・へぇ、アレっスか。恭文はフェイトお嬢さんのことが・・・・・・へぇ」 「なるほどな。それでさっき、あの人に知られたくないって騒いでたってわけか。そりゃ、知られるとマズいよな」 ・・・・・・ウェンディとノーヴェが、なにやら鬼の首を取ったようなニヤニヤ顔で僕を見る。 つか、ノーヴェ。そんな顔できたのね。ビックリだよ。あれかな、近代ベルカ式とかじゃないよね? 「そ、そうだよ。なんか悪い?」 「悪くなんてないっスよ。まぁ、どういう経緯でそう思ったのかは聞かせて欲しいっスけどねぇ。ね、みんな?」 そうして、みんながニコニコと頷く。・・・・・・えっと、喋らないとだめ? 「そうだな、是非聞かせてくれ。姉としても、興味がある」 「興味あるんですかっ!?」 「・・・・・・なぜ驚く。姉は少し傷ついたぞ。確かに姉はこういう体型だが、需要はあるんだ」 「その発言はやめてくださいっ! 危ないですからっ!!」 くそ、誰だっ!? ある意味すごく純粋なチンクさんに妙な入れ知恵したのっ! ・・・・・・あぁ、絶対ヒロさんに違いないっ!! 「というか、ごめんなさい。その、チンクさんはこういう話に、いの一番に首突っ込むイメージがなくて」 「別に謝ることはない。・・・・・・ネタばらしをするとだ。最近、そう言った情緒関係を勉強しているんだ。 ギンガやカルタス殿やナカジマ部隊長達を筆頭に、色々聞きまわっているというわけだ」 「あぁ、それでなんですか。納得しました」 うーん、妹達のことに備えてって感じかな? さて、あとは周りの方々か。どうして僕を取り囲むのさ? 「あー、ごめんね恭文。実は私も」 「私にも教えて欲しいな〜。色々と気になるし」 「ディエチ、そんなに申し訳なさそうにしなくていいから。 で、セイン。少しはディエチを見習って。なんで僕にマイク代わりにお玉向けてるのよ?」 「あ、呪いの仮面の方がいい?」 「それはもっと嫌だっ! てゆうか、マジやめてっ!? さっきすごい大騒ぎだったじゃないのさっ!!」 やばい、普通にあの仮面をまた装着するハメになりそうだ。ここは、話すしかない。 「・・・・・・とりあえず、正座を止めていいですか? それなら話しますよ」 「ルーテシア、ごめんね。お父さんゲットできなくなっちゃった」 「大丈夫だよお母さん。『男と女はラブゲーム。チャンスが有れば奪ってよし』って、ドクターが」 「子どもに何を教えてるのさあのオレンジ畑っ!?」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ とりあえず、正座だけはやめさせてもらった。それで、みんなの視線が集まる中、話した。 過去の話とかも絡んでくるので、その辺りも含めてどうしてフェイトに惹かれたかという話を。 ここで終われば、にこやかな笑みに囲まれた素晴らしい時間で終わったのだろう。 だけど、そうはならなかった。アルトが過去にどういうスルーのされかたをしたのかをバラした。 だから、大変なことになった。どうやら僕、普通に不憫な生活を送っていたらしい。 「・・・・・・すまん、恭文。ハンカチを、ハンカチをくれ。 姉は涙が止まらん。恋とは・・・・・・悲しいものなのだな」 「ハンカチは渡しますけど、泣くのはやめてください。 悲しくなってくるじゃないですか。あと、これだけ悲しいのは僕だけです」 それがまた悲しいんだけど、事実だったりする。あはは、全員見事に泣き崩れてるし。 「これ、アレっスよね? 感動巨編ってやつっスよ。もう、涙が」 「私もだよ。恭文・・・・・・なんなら私が付き合おうか? ほら、私は特に嫌いとかじゃないし。 あの、確かにその・・・・・・色々あったよ? でも、ここで全部含めて0から始めていくなら、ありえない事じゃ」 「なんの告白っ!? つーか泣くなポジティブコンビっ!! あとそういう言い方すると、まるで僕がフェイトに嫌われてるみたいだからやめてっ!!」 なお、これは他のメンバーも同様である。まずギンガさんは、僕と目を合わせてくれない。 ディエチはひたすらに『ごめんなさい』を繰り返し、テーブルに突っ伏して声を殺し泣く。 双子コンビも今一つ理解出来ない様子だけど、話の重みは伝わったらしく表情が重い。 アギトとノーヴェは・・・・・・なんか横で僕の肩を叩いてくる。 「元気出せよっ! ほら、女なんていくらでも居るんだぞっ!?」 「そうだぞ? セインも居るんだし、大丈夫だって。あ、アタシは妹として認めるぞ」 「むしろ認めないで欲しいんですけどっ!? 僕、おのれとは初対面なんだからっ!! 僕がすっごい悪い奴だったらどうするのよっ! セイン騙されてボロ雑巾でしょうがっ!!」 とりあえず、ノーヴェが何気にノリがいいのは良く分かった。 それでルーテシアも、なんかかわいそうなものを見る目で僕を見ている。 「・・・・・・それなら、お母さんと付き合おうよ。お父さん」 「お父さんは決定っ!?」 首を傾げないでー! お願いだからそこを疑問に持ってっ!? 僕がすっごく悪い奴だったら、どうするのさっ!! 「いや、だから・・・・・・そのね? 僕はフェイトが・・・・・・好きだし」 「でも、お父さんのこと見てくれないよ? それに、フェイトさんはいい人だと思う。 けど、お母さんだって負けていないと思う。フェイトさんと同じで胸も大きいし」 だから、お父さんはやめてくれないかなっ!? そして胸の話はしてやるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 「・・・・・・フェイト執務官はいくつなのかしら」 ≪サイズは分かりませんが、体型はギンガさんと同レベルですね≫ 「うん、前にお会いした時も思ったけど、負けてるわ」 はい、そこ微妙な会話しないでください。ギンガさんの顔が赤いから。真っ赤だから。 「恭文、真面目に聞いていいかな。やっぱり巨乳じゃなきゃダメなの?」 僕が頭抱えてると、セインが無茶苦茶真剣な顔で聞いて来た。 うん、そうだよね。そう見えるよね。仕方ないと思う。でもね、そうじゃないから。 「いや、だから以前言った通りだって。セインは、充分可愛いし魅力的だよ。 話してると楽しいし、気負わなくて済むし、一緒にバカもやれる感じだし」 頭抱えるのは中断して、僕はセインの方に視線を向ける。セインは・・・・・・やっぱり、気にしてるのかな。 普通に僕に対して疑いの視線を向けてくる。僕がどうこうじゃないと思うけど、それでも。 「胸が大きかろうが小さかろうが、そこは変わんない。 いや、真面目な話だよ? お願いです。信じてください。本当に違うんです」 「あぁ、そんなに落ち込まなくていいよ。ごめん、ちょっと意地悪しちゃったね。 ・・・・・・ありがと。それ聞いて安心した。じゃあ、マジで私みたいな子でも、大丈夫なんだ」 「・・・・・・セインの事が好きならって条件はつくよ? そこは絶対。好きでもない子とは、付き合えないよ」 「大丈夫。分かってるって」 とか言いながら、やっといつもの調子で笑ってくれた。それにホッと胸を撫で下ろす。 「・・・・・・というか、こんな答え方で大丈夫?」 「うん、大丈夫だよ。私は納得した。ありがと、マジで答えてくれて。結構嬉しかった」 少し照れたように笑うセインの表情とは違って、僕の心は少しだけ暗い気持ちだった。 ルーテシアの言葉が心に突き刺さっていたから。その・・・・・・通りだ。 結構頑張ってるのになぁ。それでもダメ、なんだよね。うぅ、結局旅行も決定打は打てなかったし。 フェイトは、僕のこと弟としてしか見てくれなくて、正直どうしたらいいのかって、手詰まり感を覚えてる。 いや、じっくりいくしかないんだけどさ。だけど・・・・・・うーん、どうしよう。 「・・・・・・まぁ、アレよね」 メガーヌさんが、僕の傍まで来て、俯いていた僕の頭に手をポンっと乗せてきた。 柔らかくて優しい手の暖かさが、頭と心を支配する。 「そろそろケーキも焼ける頃合だし、みんなで美味しく食べましょ?」 「・・・・・・はい」 「あ、ごめんなさい。隊舎に連絡する時間なので、ちょっと出てきます。なぎ君、あとお願い出来るかな?」 「うん、りょーかい」 「ごめんね、すぐに戻ってくるから」 そう言ってギンガさんは調理室の外へと飛び出した。飛び出して、僕はため息を一つ。 ・・・・・・お腹、空いた。とにかくケーキを食べて、この後は幸せに暮らしたい。 ”大丈夫よ” ”ふぇっ!?” 待て待て、これってメガーヌさんからの思念通話っ!? ・・・・・・あ、そっか。 この人も現役時代はルーテシアに負けないくらいに優秀な召喚師だったっけ。出来て当然か。 ”今日会ったばかりの私が気に入るくらいなんだもん。 保証出来る。君なら絶対に、フェイト執務官の事、振り向かせることが出来るよ。大丈夫” ”・・・・・・はい、ありがとうございます” ”そういうわけだから、あとでメールアドレス教えてね? まずはメル友って感じで♪” ”はいっ!?” こ、この人もしかして・・・・・・話を聞いてなかったっ!? きゃー! やっぱり押し方おかしいしっ!! ”あ、もちろん話は聞いてたわよ?” そして思考が読まれてるっ!? どんだけ勘がいいんだよっ!! ”でもね・・・・・・愛に障害は付き物なのっ! そして障害が有れば有るほど、愛は燃え上がるのっ!!” ”燃え上がられても困るんですけどっ!? いや、僕は真面目に” ”ダーメ。・・・・・・私、こう見えても結構しつこいんだ。” ・・・・・・だめだ。この人にはやっぱり勝てない。 とりあえず、メールアドレスはちゃんと教えよう。じゃないと六課まで来そうだし。 ”それに” ”それに?” ”私、さっきも言ったけど、仮死状態も含めて、色々経験はあるからさ。 相談してくれるかな? フェイト執務官、相当な難物みたいだし” ”あの、でも” ”いいから。・・・・・・君、本気でどうしたらいいのか、悩んでるんでしょ? そういう時くらいは人を頼りなさい” ・・・・・・ほえ? あれ、なんか違う。さっきまでのぶっとびキャラと違う。 こう、落ち着いた感じがするんですけど。 ”君、結構突撃タイプだってね。その上運も致命的に悪くて、そのせいで色々面倒事に巻き込まれる事も多い” ”・・・・・・そう、ですね。てか、なぜにそこまで” ”あ、ヒロちゃんから色々と聞いてたんだ。その上で言わせてもらうけど、君・・・・・・危ないね” メガーヌさんは言い切った。僕が危ないと。チンクさんやルーテシアと色々と楽しく話しながらも、思念の声は鋭くて真剣だった。 ”一途で、真っ直ぐで・・・・・・だけど、それゆえに危ない” ”・・・・・・そんなことはないですよ? よく汚いと言われますし、痛いのも苦しいのも嫌いですし” ”それは一部だよ。本当の君は、きっとすごく強い。なんだかね、見ていて分かったんだ。 ヒロちゃんが友達やってたり、ルーテシアやアギトちゃんが心開いてる理由、分かった” え、心開かれてるの? 僕、まだまだ他人の領域だと思っていたのに。 ”痛くても苦しくても、迷ったり止まったりしないで戦える。だけど、同じくらいにすごく危ないよ。 死にそうなくらい傷ついてても、大丈夫って顔で戦おうとする。覚え、あるでしょ?” そんな事はないけどなぁ。僕、ダメだったら逃げる事にしてるし。僕は意地より命の方がずっと大事。 ”そう、見えます?” ”見える。だからね、相談して欲しいな。人生の先輩として色々と力になるよ。 ・・・・・・だから、覚えなさい。私が教えてあげる。私には、沢山甘えていいんだから” ”メガーヌさん、あの” ”異論は受け付けないよ?” 普通に僕がどう言うかとか、見抜かれているらしい。だから、僕は何も言えなくなって固まってしまう。 ”・・・・・・苦しい時に、困った時に、誰かに甘えたり頼ったりする。 それは別に恥ずかしいことでも、なんでもないんだよ? だから、私には甘えて欲しいな” ”・・・・・・どうして、そこまでしてくれるんですか? 僕達、初対面なのに” ”一つは、ゼスト隊長の事。まぁ、知ってはいると思うけど、私は隊長の部下だった” うん、知ってる。この人は僕がJS事件中に遭遇したゼスト・グランガイツさんの元部下だった。 ゼストさんの隊に居た時の任務で行方不明になって、スカリエッティのアジトで仮死状態で拘束されてたのよ。 色々な実験体としての資質を持っている。それだけの理由で、この人は8年間も時を奪われた。 ・・・・・・あぁ、そうか。この人・・・・・・強い人なんだ。 それでもこうやって、ルーテシアやチンクさん達と笑える。 笑って、今という時間を生きようとしてるんだ。 ゼストさんの隊の生き残り、自分だけになってるのに。 ”だから、君とゼスト隊長の間で何があったのか。 その結果君が何を背負ったのか、知ってるんだ。・・・・・・戦ったんだよね” ”はい” 戦った。ゼスト・グランガイツはJS事件最終局面で、僕とリインにケンカを売ってくれたから。 そのツケを払わせるために、六課からリインを引っ張り出して付き合わせた。 ”それで、仇を討ってくれた。私やアギトちゃん、ルーテシアの代わりに” ”代わりじゃ、ないですよ” そして、ゼストさんは最終的に殺された。その当時一緒に居た、友人であるレジアス・ゲイズ中将共々。 それも僕の目の前で。その被疑者は、フォン・レイメイ。僕がJS事件時に戦った男。 ”僕が・・・・・・僕がそうしたかったから、そうしただけです。別にメガーヌさんやアギト達のためじゃない” ”・・・・・・やっぱり、君は強い子だよ。うん、確信した。 まぁ、とにかくね・・・・・・出来る限り力にはなりたいんだ” メガーヌさんは、僕に声をかけながらみんなと楽しそうに談笑してる。 どっちが本当のメガーヌさんか分からなくなってくるけど、きっと・・・・・・どっちもメガーヌさんだと思う事にした。 ”何にしてもフォン・レイメイ絡みでゴタゴタを押し付ける形になった。現に、アギトちゃんは気にしてる。 ・・・・・・せめて、相談相手くらいはさせて欲しいんだ。もちろん、君が話せる範囲だけでいい。どうかな?” ”・・・・・・ありがとうございます。なら、頼りたくなった時には” ”うん、思いっ切り頼ってくれていいよ。私、言った以上は必ず力になるから” この人、もしかしたらすごい人なのかも。会って数時間しか経ってないのに。 でもアギト・・・・・・何にも言わないけど、心配してくれてたんだ。なんつうか僕、ダメなのかも。 ”それに、一回練習はしておいた方がいいと思うんだよね。 じゃないと、やっぱり緊張して上手くいかないだろうし” ”なんの練習っ!? そしてシリアスモードを突然やめるなー!!” ”・・・・・・もう、そんなことを女の口から言わせるつもり? 恭文くんの意地悪。 もちろん・・・・・・愛し合う事よ。慣れないと失敗しやすいんだから、こういうの大事なんだよ?” ”嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!” ダメだっ! この人やっぱり強すぎるっ!! オーバーSとガチにやりあう方がまだ勝率あるよこれっ!? ・・・・・・そして、この数分後。頭を抱えつつもオーブンの焼き上がりお知らせのアラームが、キッチンに響いた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「・・・・・・うん、いい焼き上がりよ」 「ホントですね」 焼きあがったスポンジは小麦色で甘い匂いがして・・・・・・あぁ、いい感じだ。 一応細めの竹串を刺して、引き抜く。先にはクリーム状の物が付いたりはしてない。 「火もちゃんと通ってるみたいね」 「そうですね」 「へぇ、そうやって焼き上がってるかどうか確かめるんっスか」 「そうだよ。まぁ、あんまやり過ぎるとケーキが穴だらけになっちゃうからダメだけどね」 ホントだったらやらない方がいいんだけど、今回は万全を期す。とにもかくにも、これでスポンジは完成。 「ギンガちゃんが来るまでに、私達だけで盛り付けしちゃおうか」 『おー!』 焼き上がった4つのスポンジケーキに、みんなが作った生クリームを塗っていく。 なお、あら熱を取った上でだね。そしてそれだけ時間が経っても、ギンガさんは来ない。 「出来るだけ均等になるように塗るの。こんな感じで」 「ほぇー、上手いもんっスね」 「なのはさんの実家で働くと、こういうの作れるようになるのかな」 「なのはの実家に拘らなくても、これから実習とかで作っていけばいいよ。 ディエチ一人でもきっと作れるようになるよ。僕も多分また呼ばれるだろうし、その時にも色々教える」 「そうなんだ。・・・・・・ありがと」 クリームを綺麗に塗ったら、次は盛り付け。 白いスポンジの土台に、赤いイチゴを盛り付ける。そうしてケーキの上の隅に、クリームを搾り出す。 「あー、これ面白いなぁ」 いわゆるクリームによる装飾だね。セインが楽しげにやってる。 料理は目でも楽しんで食べるものだから、こういうのは大事なのよ。 「セイン、力入れすぎると一気に飛び出すよ?」 「うん、だいじょお・・・・・・ぶはっ!!」 「あー、言った傍から」 セインの顔がこう・・・・・・絵的に表現できない状態になった。強いて言うなら、R18です。 でも、当のセインは自分の顔に付着した生クリームを舐めて、ご満悦。 「うん、美味しい」 「そりゃよかった」 そして、右手の人差し指を動かして白いクリームを取り、また一口。 あ、幸せそうな顔になってる。やっぱ糖分に飢えてたのかな。 「・・・・・・って、そのまま全部舐め取る気かいっ! いいから、早く顔洗ってっ!!」 ≪絵的に色々マズイですよ、ソレ≫ 「えー、いいよ別に」 「・・・・・・砂糖やらなんやら付着した状態でいるつもり? 舐めとっても、それは変わらないよ」 「あ、そりゃマズイね」 あと、絵的にね。うん、色々と。あれだよ、色んな意味でアウトな絵だと思う。 「でも、どうせならこう・・・・・・悦に浸ったような表情だよ。 それで息を荒めにして言わないと。そういうので、男の子はクラっとくるんだから」 「ちょっとそこのお母さんっ!? 変なアドバイスをしないでくださいっ!!」 「お、おいしーよー?」 「セインもやらなくていいから。そして良く分かってないから、なんか棒読みだし」 さて、そんなこんなでやっている内に、作業は進行。 そしてついに・・・・・・僕のお腹が満たされる瞬間がやってきた。 「かんせーいっ!!」 『おー!!』 ちょっとだけ歪だったり、盛り付けが下手なところがあるけど、これがハンドメイドのケーキの味なのだ。 お店の完成されたケーキも確かにいい。だけど、こういうのはとてもいい。 みんなで作ったというのもあるし、手作りというのはやっぱり独特の温かさがあるのよ。 さて・・・・・・まだ来ないな。ちょっと呼びに行った方がいいかも、コレ。 「ごめんね、遅くなっちゃって」 なんて考えていたら、ようやくギンガさんは戻ってきた。 かなり急いでいたのか、息を弾ませながら勢い良くである。 「・・・・・・って、もう出来上がってるのっ!?」 「とっくにだよ。みんなで盛り付けもしちゃったんだから」 「ごめんなさい。つい」 なにがついなのかを詳しく聞きたいよ。ギンガさん、言葉の使い方間違ってるから。 「さ、早く食べよ? もう僕お腹ペコペコだよ」 「・・・・・・そう言えば、お前はあの仮面のせいで水も飲めなかったんだったな」 「そう言えばそうだよね。うん、恭文はいっぱい食べていいよ? というか、ちゃんと食べよ?」 なぜかチンクさんやディエチが慰めモードだけど、そこは感謝という二文字で受け取っておくことにする。 とにかく、ケーキを均等に1ホール8等分に分ける。 この人数分だと2〜3個とかだけど、それでも自分達が苦労して作ったもの。 食べる瞬間はやっぱりドキドキで、楽しみなのよ。さて、出来はどうかな。 僕達は一斉にフォークでケーキの先を取って、そのまま口に入れた。 『・・・・・・美味しい』 うんうん、これはいけるわ。うわ、予想よりずっと美味しいし。 お腹空いてるどうこうだけじゃなくて、普通にいいお味。 「ほんとっスね。こう・・・・・・心に染み渡る甘さっスよ」 「私達、受刑者だよねっ!? こんな事してていいのかなっ!!」 「・・・・・・なんか、いいよな。こういうの、アタシ達でも出来るんだな」 あー、つい疑問に思ってしまうけど、今日はいいじゃないのさ。じゃないと、僕が食べられないんだし。 というか、ノーヴェってこう・・・・・・表情がコロコロ変わって面白いな。なるほど、ツンデレなだけなのか。 「・・・・・・美味しい」 「本当に。普通に食べるよりも・・・・・・こう、美味しさが違います。上手くいえないんですけど」 ケーキを一口食べる度に、幸せそうな顔をする双子コンビを見て、ちょっと嬉しくなる。 「そうだね。うん、なんか違うや」 「・・・・・・こういうことなのだろうな。きっと」 年長組の二人・・・・・・チンクさんとディエチも、幸せを実感している。・・・・・・っと、そうだった。 「みんな、紅茶も淹れたから、ケーキと一緒にどうぞ」 何気に紅茶の準備もしていた。で、全員分淹れ終わったので、みんなに配る。 「アギトには・・・・・・はい。アギトサイズのティーとカップ」 「お、悪いな。・・・・・・うん、このお茶美味いな。アタシ、これでもお茶にはうるさくてさ」 「そうなの?」 「アギト、私やゼストと居た時に健康や安眠のためって言って、薬草でハーブティー作ってくれたりしたから」 ルーテシアが補足を入れてくれて、納得した。・・・・・・アギト、意外と家庭的な子なんだなぁ。 ちょっと照れくさそうに笑ってる仕草を見てると、少し安心する。 あとはやっぱり美味しいって言ってもらえると、理屈を抜きで嬉しい。うん、こういうのいいな。 「・・・・・・うん、確かにこの紅茶はレベルが高い」 「チンクさんも何気にこだわる方ですか?」 「何気にな。これも高町一等空尉の実家仕込みなのか?」 「そうです。あと・・・・・・聖王教会のカリムさんにも教わりました。あの人も紅茶派なんですよ」 お茶を入れる時には、一つのコツがある。それも実は、ディードに話した事と同じ。 ゆっくりじっくり、焦らずに飲んで欲しい人の事を考えながら入れると、何故か味が良くなるのよ。 「あぁ、本当にいい子なのね。自由恋愛バンザイよ」 「お母さん、やっぱりお父さんは捕まえないといけないね」 「そうね、お母さん頑張るわっ!!」 「あははは、そこの親子は黙ってケーキ食え? そして絶対捕まらないから」 いや、心からそう思う。そして、お父さんはもう決定なんだね。 うん、分かってたよ。ちくしょお、カレルとリエラがまた増えてしまった。 でも、本当に美味しくできてよかった。食べてて幸せになるんだもん。 とりあえず、僕もお茶を一口。・・・・・・口の中のケーキの甘さが程よく消えて、いい感じ。 それに、何気にいい茶葉を置いてあったのか香りもいいし・・・・・落ち着くなぁ。 「・・・・・・恭文さん」 落ち着いていると、隣りに座っていたディードが僕のことを見つめてきた。 真剣で・・・・・・だけど、どこか嬉しそうな瞳。 「少しだけ、分かりました」 「分かったっていうと?」 「先ほど、恭文さんの言った言葉です。作った物を、美味しいと言ってくれる事。 それが、作った人間にとっての一番の報酬であり・・・・・・料理を美味しくする調味料」 そこまで言うと、ディードの微笑みが明るくなった。今まで見た事がないくらいに、嬉しそうにしてるのが分かった。 「少しだけ、その言葉の意味が分かった気がします」 そう言って、ディードが他の皆を見る。釣られるようにして、僕も見る。 お茶を飲みながらケーキに舌鼓を打ち、楽しそうにしているみんなの姿を。 「そっか」 「はい」 美味しい料理は人の心まで幸せにする。悲しい事があってもお腹は空く。 そんな時に美味しい物を食べると、問題が解決していなくてもなんとかなったような気がする。 刃物を握る手で人を幸せに出来るのは、料理人だけだって言うしね。 あ、これは天道総司さんの受け売りね。 「まぁ、僕もディードからそれを受け取ってるけどね」 「え?」 「ディードが美味しいって言ってくれて、嬉しかったし」 「・・・・・・私も、同じです。恭文さんがケーキを美味しいと言って食べているのを見た時、嬉しかったです」 ディードは微笑み続ける。その笑顔は、ポジティブコンビや他のみんなとは違う。 だけど見ているだけで心が落ちついてくる、優しい微笑みだと思った。 「私にも、幸せになる権利・・・・・・あるでしょうか」 ディードは微笑みながら、小さく呟いた。それが僕に届いたから、僕はしっかりと頷く。 「あるよ。・・・・・・大丈夫。これから勉強していく中で、きっと見つかるよ。 ディードだけの幸せの形が。誰のためでもない、ディードのための時間が」 少なくとも僕は見つかった。だから、ここに居る。だから・・・・・・笑顔で言い切れる。 「焦らず、少しずつでも探していけばいいから。もうディードは一歩踏み出してるよ。 過去から逃げなければ、今と未来を諦めなければ・・・・・・絶対に見つけられるよ」 「・・・・・・はい」 少しだけ、この子の役に立てたのかな。・・・・・・これだけでも、ここに来てあれこれした甲斐はあったな。 僕とディードは同じタイミングで紅茶を飲む。それでまた互いの顔を見て・・・・・・嬉しくて笑った。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「・・・・・・アレは、アレっスか? フラグ成立っスか?」 「恭文、プレイボーイだよね。あのディードをあんな簡単に」 「それをどうして、フェイトお嬢様相手だと出来ないんだろ」 「本命の前だと、へタレだからじゃねぇか? スバルとかの話聞いてると、そんな感じだしよ」 ノーヴェ、お前は何気に容赦が無いな。今日が初対面だろうが。 そして他の姉妹達も、また好き勝手に言いまくるし。姉はちょっとびっくりだぞ。 「あー、それは言えるな。・・・・・・アイツ、普通にあの時は中々だと思ったのに、普段はてんでダメなのかよ」 どうやらアギトは色々と驚きらしい。フォン・レイメイ絡みで、浅からぬ縁が出来たせいだろう。 「こらこら、あまり好き勝手なことを言うものじゃないぞ。 ・・・・・・姉としては、妹を色々と気遣ってくれるのは嬉しい」 過去も含めた上で始めた0からの関係。だが・・・・・・これで1には近づけただろうか。 まだ小数点以下の小さな一歩ではあるが、それでもきっと大きな一歩でもあると、姉は思う。 「でも・・・・・・ディード、嬉しそう」 姉は、お茶をゆっくりと飲みながら・・・・・・あぁ、確かにこれは美味しい。 とにかく、お茶の香りを堪能しながら楽しげな二人を見る。 ディート、よかったな。それに恭文・・・・・・感謝する。 よし、ケーキもどんどん食べるか。姉はやっぱり甘党なんだ。甘いものは大好きなんだ。 「お母さん、頑張らないとお父さん取られちゃうよ」 「そうね、どうもフェイト執務官以外には、いい感じみたいだし。 ルーテシア、見てて。お母さん・・・・・・頑張るわ」 「あの、なぎ君に悪影響を与えるようなことは」 「だめよギンガちゃん。恋は絶対に必要なことなんだから。ギンガちゃんだって、好きな子居るでしょ?」 「えっ!? ・・・・・・いや、私はその」 よし、向こうは気にしない方向で行こう。気にしたら負けだ。 何より、姉にはケーキと紅茶がある。しっかり堪能して、明日への活力にせねば。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「・・・・・・という感じだった」 僕は、あれからお土産にたまごケーキなんてこさえた。 なお、材料はディードとオットーが割りまくった玉子達。まぁ、色々処理してね。 それで隊舎に戻ったら、もう今日は帰っていいと言われたので、帰宅途中。 そして・・・・・・なぜかこの人達が居ます。 「・・・・・・それはまた、大変だったね」 「なぁ、お前どうしてそうなんだよ。フェイトにはてんでダメなくせに。 今度はシングルマザーのフラグ立てるって・・・・・・おかし過ぎだろ」 「言わないでください」 ≪それがこの人クオリティですよ、師匠≫ アルトの発言はスルーとしようじゃないのさ。しかし、どうしてだろ。本命はちゃんと決まってるのに。 「ごめん、お払い行ってくるわ。なんか憑いてるかも」 「待ってっ! きっと大丈夫だからっ!!」 「分かった。じゃあ京都」 「それもだめー! 仕事どうするのっ!?」 「・・・・・・まぁ、アレだ。本命以外に手抜いてもいいんじゃねぇか?」 確かにそうかも。てーか、そうしよう。師匠の言うように手を抜こう。 誤解されるのも、そういうのが原因だろうし。 「ねね、恭文・・・・・・みんな元気だった?」 「うん、元気だったよ。いや、楽しかったけど、あのメガーヌさんのノリは凄かった」 ≪なんというか、凄い人でしたね≫ うん、ヴィヴィオとなのはと師匠が居る。三人のお目当ては、うちの保管庫。 色々借りたりしたいらしいので、仕事が早めに終わった二人とヴィヴィオと一緒に、ノンビリ帰宅。 でも、将来ルーテシアもあんな風になるの。こう、もっと落ち着いた感じでさ。 それであんな発言を・・・・・・よし、想像するのはやめよう。猛毒だよ。 「あー、それでギンガさんから、もしよければまた参加してってお願いされた」 「あ、そうなんだ。それで恭文君は、なんて返事したの?」 「要仕事の都合と相談」 「・・・・・・そっか」 事実上のOKと判断したのか、師匠もなのはも、それにヴィヴィオまで嬉しそうだ。 僕、別に特別なことはしてないんだけどなぁ。普通に現実的な返し方をしたのに。 「恭文、電王の劇場版のディスクある? 『俺 誕生っ!!』っていうの」 「もちろんあるよ。じゃあ、それも一緒に貸してあげるね」 「えへへ、ありがとー」 「じゃあ、あとで一緒に見ようか。ヴィヴィオ」 「うん。あ、副隊長も見る?」 ヴィヴィオ、普通に階級呼びするんだよなぁ。あ、今のは師匠ね? で、あとは八神部隊長とか? 六課が解散したら、どうするんだろ。 「そーだな。仕事は明日に回しても問題はないし・・・・・・うし、一緒に見るか」 「うん。ママと副隊長と、ヴィヴィオで楽しく見ようね」 「おう、楽しく見ような」 師匠は、なのはの隣りをテクテク歩いてる。で、僕はヴィヴィオの隣。 僕とヴィヴィオとなのはで手を繋いで、まるで親子。あははは、ゾッとしないねぇ。 でもヴィヴィオの手の暖かさが、なんとも言えず心地いい。なんか、こういうのいいなぁ。 親子・・・・・・か。なんというか、色々難しいよなぁ。ちょっと思ってしまった。 「恭文、どうしたの?」 「え?」 「なんか、寂しそうだった」 ヴィヴィオが、心配な色に瞳を染めて、僕を見上げてくる。・・・・・・失敗したな。ついやっちゃった。 「大丈夫だよ。なんか、羨ましくなっちゃって」 「ふぇ?」 「だって、ヴィヴィオはなのはママと一緒だからさ。楽しそうだな〜と思って」 などと言って、軽く返したりする。足は動かしつつ、夕方の待ちをゆっくり進む。 ヴィヴィオの歩幅やスピードに合わせて、ゆっくり。だからいつもよりは遅いけど、それでも楽しい。 「うん、楽しいよ。でもね」 「でも?」 「恭文と一緒に遊ぶのも、同じくらい楽しいよ?」 ヴィヴィオの、僕の手を握る力が強くなる。それと同時に、満面の笑みを浮かべる。 見ているだけで、ざわついていた心が落ち着いてくる。 「・・・・・・ありがと、ヴィヴィオ。僕もヴィヴィオと一緒に居るの、楽しいよ」 「ホントに? だったら、そんな寂しそうな顔しちゃだめ。いつでも、笑顔笑顔」 「うん、そうだね」 ホントにそうだな。なんか、メガーヌさんとルーテシア見てちょっと感傷的になってたのかもしれない。 あと、休み中のエリオやキャロとフェイトとかさ。それに今日のディードとの会話か。 ・・・・・・どんなに辛い記憶でも、忘れていいはずがない。罪は、過去は数えて向き合うもの。 うん、そうだよね。忘れていいはず、ない。記憶は、時間なんだから。 ”恭文君、大丈夫?” ”何がよ” 突然、なのはが念話をかけてきた。まぁ、用件は分かるけど。 ”あの、ごめんね。ヴィヴィオが変な事言って” ”変な事じゃないでしょ? 心配してくれてただけなんだから” ”うん。でも” ・・・・・・この女は、普段はあんな感じなのにこういう時は気弱というかなんというか。 ”大丈夫だよ。てか、妙な気遣いするな。普通に大丈夫だし” ”そうだね。・・・・・・でも恭文君、どこか吹っ切れた? なんだか、今までで1番楽しそう” ”まぁ、お休み中に美由希さんやすずかさん達に色々お世話になってね。そのせいだよ” ”そうなんだ。うん、ちょっと納得した” 納得してくれて、僕も嬉しい。あー、でも今日は平和で静かで楽しかったなぁ。 色々改善点も見えたし、日々の中でこれらは向き合っていきますか。うし、頑張ろう。 「うー、なのはママ、続き気になるねー」 「え? ・・・・・・あぁ、そうだね。帰ったら、ヴィータちゃんと三人で楽しく見ようね」 「うん」 「なに、なのはも見てるの?」 見てるというのは、もう説明するまでもないけど仮面ライダー電王である。どうやら、なのはも何気にDVDを見ていたらしい。 「・・・・・・師匠はともかく、ワーカーホリックレディのくせに生意気な」 「生意気ってなにっ!? 私だってちゃんと休んでるよっ!!」 「この間、本局の人事部の人に休みのことで連絡したんだよ」 フェイト達との休み、せっかくなので溜まった有休を消費させてもらった。 いや、一応僕にもそういうのあるのよ? で、その辺りの話をするために、人事部へかけた。 「なんとなしになのはの名前だしたら、通信の向こうでパニック起こされたんだけど?」 ≪それでなんとかなだめて聞き出したら、あなた・・・・・・ひどいことになってますね≫ 有休代休が溜まりに貯まって、充分に2〜3年は働かなくても給与がもらえる状態ってどういうことさ? 怪我治せるじゃないの。というか、それは確実に給料泥棒になれるよ。 「にゃ、にゃははは」 「こいつ、そこまでなのか」 「そこまでですよ。正直、その休みを今すぐ取れば、電王なんてすぐに全話見られますよ。 とにかく、強制執行で休みを取らされない内に、自主的に有休を取ることをお勧めする」 「はい。あの、それで電王なんだけど」 それで片付けられると思ってるのか、この横馬は。 そんな僕の視線を痛く感じつつも、なのはは話を進めようとする。 「私もヴィヴィオに付き合う形で見たんだけど、面白いんだよね。なんか、久々にハマちゃったの」 「ほう、そりゃよかった。友好の士が増えるのは単純に嬉しいし」 「なのはママ、ウラタロス見て顔赤くするんだよー」 あぁ、あんな風に口説かれたいのか。よし、ユーノ先生に教えることにする。 とにかくそんな話をしつつ、僕達は家に到着。カギを使って、ドアを開けて、部屋の中に入る。 「おかえりなさい。ご飯もうすぐ出来るから、待っててちょうだいね」 「あぁ、そうします。三人とも、上がっちゃっていいよー」 「はーい。おじゃましまーす」 「しまーす」 「邪魔するぞー」 いやぁ、自宅帰った途端にご飯が出来てるって、すごい幸せだったんだねぇ。改めて気づいたよ。 「そうだね。いつもは恭文君一人だけだ・・・・・・し・・・・・・アレ?」 うん、なのはも気づいたか。表情を見るに師匠も同じか。よし、それじゃあ一緒に行くよ。せーの。 「「「リンディさんっ!?」」」 「はーい♪」 「リンディさん、こんばんは」 「はい、こんばんはヴィヴィオ。パパとママと一緒にお出かけしてたの?」 「「パパじゃないですからっ!!」」 なんでだか、うちの中にリンディさんが居た。いや、そうとしかいいようがない。 僕の留守中に勝手に上がり込んでいたんだ。だって、合鍵持ってるし。 というか、今日はパパやらお父さんやら色んな呼び方されるなぁ。 正直、いろいろとトラウマなんですが。クロノさんの視線とか。 「しかも、なんでこんなに本格クッキングしてるんですかっ!?」 「・・・・・・ぐすっ! 聞いてちょうだい。クロノが・・・・・・クロノがぁぁぁぁぁっ!!」 言いながら、僕の所に飛び込もうとするので、当然のように僕は右手を突き出す。 突き出して、リンディさんの頭を掴んで・・・・・・しっかりと握り締める。 「抱きつかなくていいから、ちゃんと話してもらえます? ほら、早く」 「お、お願い。アイアンクローはやめて? ほら、頭割れちゃうから。普通に私、もう40過ぎて色々痛いんだから」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「・・・・・・反対されたと」 「えぇ。思いっきり」 とりあえず、ご飯を食べながら事情を聞くことにした。 ・・・・・・リンディさんがここに来たのは、実に簡単な理由だった。 年末に、リンディさんとは昔からの友達と旅行に行くつもりらしい。 その人は、本局の人事部に所属するレティ・ロウランという女性。 リンディさんとは長年の友人で、僕も知っている女性。なお、提督。 そして、六課に居るグリフィスさんのお母さんでもある。 とにかく、そんな女性二人だけの旅行を、クロノさんに反対された。 リンディさん曰く、自分の買って来た水着を見て、崩れ落ちたとか。 それで相当言われた。『頼むから、年を考えてくれ年を』とか。 「『というより、僕の気持ちを考えてもらえないでしょうか? 自分の母親がそんな派手な水着を着てたら居心地が悪いですよ』・・・・・・て」 ようするに水着が嫌な感じだったんですね、クロノさん。つーかそればっかりじゃないですか。 「恭文君なら、『僕の目の保養が出来るから大丈夫ですよっ!』って言って認めてくれる。 なのに、あなたはどうしてそんなに器量が狭いのとか言って説得したの。だけど、納得してくれなくて」 「うん、まず僕も納得しませんよっ! つーか、人をなんだと思ってますかっ!?」 「あぁ、恭文君抑えて? それで・・・・・・その」 「やっちゃったの」 「やっちゃったのじゃないからっ!!」 そう、リンディさんは家出してきた。普通にすっごい理由で家出してきやがった。 『疲れました。しばらく実家に帰らせていただきます。PS:お風呂上りに耳掃除をすると、湿っている』 ・・・・・・こんな書置きだけを遺して、僕の家に来たらしい。 よし、ツッコみたいところがある。とりあえず、僕はここの家主としてツッコみたい。 「まず、アンタどこの聖徳太子だよっ! そしていつからここは、アンタの実家になったっ!?」 「あら、追っ手を振り切るためのミスリードよ。問題ないわ」 「大有りなんだよっ!? 大有り過ぎて僕が困ってんだよっ! そのミスリードに僕を巻き込まないでっ!! ・・・・・・つか、クロノさんやフェイトに聞かれたらどうすればいいんですか。絶対に聞いてきますよ?」 「誤魔化しておいてくれるかしら」 僕を巻き込んで押し付けるつもり満々っ!? うわ、平然と答えた所がムカつくしっ!! 「・・・・・・アルト、クロノさんとの回線すぐに開いて。連絡して引き取ってもらおう」 ≪了解しました≫ 「あぁ、待ってー! それだけは、それだけはやめてー!!」 そして、リンディさんがまた僕の側に来る。だから僕は、右手を突き出す。 「だから、抱きつくなと何度言ったら分かるんですか?」 「だから、アイアンクローはやめて? 痛いの。あなたの手は真面目に痛いの」 知らない。なんかミシミシとした感触がするけど、知らない。普通にこんなの無理だし。 大体、ここは駆け込み寺でもなんでもないのよっ!? 普通に無いしっ!! 「うーん、いいんじゃないの? 私達も協力するし」 「いや、止め・・・・・・ちょっと待ってっ!? 『私達』ってことは、アタシも協力するのかよっ!!」 「横馬バカじゃないのっ!? しないでよっ! むしろ止めてよっ!!」 「だって、クロノ君の言い方ひどいし。女の子は、いつまで経っても女の子なんだよ? ねー、ヴィヴィオ」 「うん」 黙れ6歳児。おのれに女の一体なにが分かるのか、僕は是非とも聞きたいよ。 つーか、なのはもヴィヴィオも忘れている。すっごく大事なことを。それも相当大事な事をだよ。 「実際に匿うの僕なんですけどっ!!」 「酷いわ恭文君、私のことが邪魔なのね」 「邪魔とは言ってませんよ。ただ、早く帰って欲しいなと思ってるだけで。 もう今すぐ目の前から消えて、海鳴に帰って欲しいと思ってるだけですよ」 「恭文君、それ同じことだからっ! あぁ、リンディさんも泣かないでくださいっ!!」 ・・・・・・結局、僕はリンディさんを匿うことになった。師匠も、黙っていることを約束させられた。 もちろんクロノさんやフェイトが、リンディさんが家出したのを知って黙っているはずはない。 当然のように二人の尋問なども受けることになるのだけど・・・・・・それはまた、別の話とさせてもらう。 てゆうか、普通におかしいでしょうがっ! 何これっ!? なんで平和に終われないのさっ!! (第20話へ続く) おまけ:古き鉄の受難の始まり ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「・・・・・・アルト」 ≪はい≫ 「ここ、どこだっけ」 ≪隊舎近くのビジネスホテルすね≫ そう、ホテルだよ。1ルームでベッドにテレビにネット環境も整ってる部屋だよ。 それでもお風呂は広めで、サウナなんてあるらしいがあるから、それは嬉しい。 「でさ、なんで僕はここに居るんだっけ」 ≪リンディさんが、あなたの家に押しかけたからじゃないですか≫ 「あぁ、そうだったね」 現在、時刻は夜の10時。辺りは暗く、僕はこの部屋に荷物をありったけ持って駆け込んだ。 ・・・・・・さすがにあの部屋でリンディさんと一緒に暮らすとか無理だし。絶対無理だし。 ≪間取りの関係で、1ルームも同じですしね。広さはともかく、女性と暮らす部屋じゃありませんよ≫ 「とりあえず、リンディさんに部屋の事は教えないようにしておこうっと」 当然リンディさんは抵抗した。出て行く必要はないと。だから、当然僕はそれを無視した。 おかしい。普通になんでこれでフェイト達に黙ってなくちゃいけないの? ありえないし。 「くそ、フェイト達に話せれば楽なのに」 ≪寝泊まりは隊舎で出来ますしね。でも、今それをやると内緒にするのが難しくなる≫ 「あぁ、これどうすればいいのっ!? 普通にこんなのありえないしー!!」 もうすぐ月は変わって12月になる。そんな時期に僕、温かい我が家を追い出されました。 だから、今寒いです。気温がじゃなくて・・・・・・心が、すっごい寒い。 (本当に続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |