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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
2022年バレンタイン記念小説その1 『バレンタイン計画/15の夜』


西暦二〇二〇年(新暦七五年)二月十四日 午前八時二十七分

星見市内 私立麗花女学院 中等部校舎付近



――星見市にある≪私立 麗花女学院≫は、歴史もある名門校。実際ここに通う子は家柄的にも裕福な子が多い。

なお、我らが星見プロダクションにも、そんな学校に通うメンバーがいる。サニピの一ノ瀬怜と、月ストの成宮すずだ。なお怜が高等部で、すずが中等部在学中。

ただ……そんな女学院では最近、ちょっとした変化が起きていて。


「……生徒数減少で、男子生徒も受け入れるようになったとは聞いていたけど……まだまだ少ないんだね」

「まぁ、試験的に……それも年度途中からの話ですから。
……でもすみません、いろいろ忙しい中頼んじゃって……しかもバレンタインに」

「いいよ。さすがにこういうのは放置できないし」

≪でもまぁ、それにしてはみんな落ち着いていますねぇ。例の裏サイトは特に効果なしですか≫

「……すずの話だと、みんななにかのいたずらだと思っているみたい」


渋い顔の怜を気にしながらも、スマホの画面をチェック。

バレンタイン当日……もうすぐ後頭部から卒業で、大学部に進学予定の怜ともども、この中等部にきたのは理由がある。


それはすずがつい先日……というか数時間前に見つけた、中等部の裏サイト。そこにこんな書き込みがあった。


――二月十四日八時三十分、計画を遂行する――

――これは復讐だ――

――学校爆破。教師殺せ――


このご時世に、こんなものを書き込む阿呆がいるとは正直信じたくなかったけど……とにかくこれを見つけたすずは大騒ぎ。


――た、大変ですわ! 恭文さん、我が女学院に来てください! なんとしても計画を阻止しなくては!――


いつからここはすずの学校になったのだろうか……そんな疑問は尽きないけど、星見市警察にもこの書き込みを見せて、警察も大慌てで即日対応。

なお教師側は裏サイトができていたこと、こんな書き込みがあったことも含めて全く知らなかったようで……むしろ生徒達がこの書き込みを見て、何も相談してこなかったことに驚愕していた。


なのでまぁ、幸いバレンタイン絡みのお仕事で忙しい舞宙さんやいちごさん達にも背中を押される形で、ここにやってきたんだけど……。


「……正直頭が痛いです。これを無視しているなんて」

「無視しているというより、やっぱ大半の人間が知らなかったんじゃないかなぁ。
裏サイトができたのも、どうもここの共学化が始まってすぐっぽいし……」


そう怜に返しながら、画面をフリック……。


「書き込みを見ていると、男子生徒が中心だもの。
やれ同じクラスの女子達がいちいち警戒してキモいとか、自意識過剰とか……あ、名指しでブスとか、死ねって言っている奴もいるね」

「どうしてそういうことするのかなぁ……!
あの、ちなみになんですけど、すずのことは」

「あるよー。時代遅れの高飛車とか、黙っていれば可愛いとか、道楽でアイドルやっている親ガチャ勝ち組とか」

「……裏サイト、潰すのも手伝ってくれませんか? できれば書き込んだ人達にもお仕置きする形で」

「そっちはPSAで沙羅さんが手ぐすね引いて準備しているから大丈夫。IP照会の手続きも取っているから、すぐ潰れるよ」

「それはなによりです」

≪そういえばそのすずさんは≫

「職員室よ。中等部の先生達にも改めて事情を説明して、警戒しなきゃって……恭文さんがくるまで待てって言ったのに」

「張り切り屋だしね」

「……恭文さん!」


おぉおぉ……噂をすればやってきたよ、張り切り屋が。それも学友達をかき分け、ぷんすかと鼻を鳴らしながら……相変わらずだねぇ。


「おぉすず、遅かったねぇ」

「それはこっちの台詞ですわ! 一体どこから……犯人さん、逃げも隠れもせずに出ていらっしゃい! この成宮すずが迎え撃ちますわよ!」

「迎え撃つのは僕のお仕事だからねー」

「というかすず……アイドルなんだからちょっと落ち着いて」

「じっとしていられませんわよ! いつ何が起こってもおかしくないというのに!」

「まぁ事前に止めるのはほぼほぼ無理だし、人的被害が出ないことを祈ろうか」

「そんな悠長な!」


すず、そんなに怒りをたぎらせないで。というかおのれ、ほんと切り込み隊長的に切れるねぇ……。


「いや、悠長に言うしかないでしょうが……。
計画というだけで、犯罪みたいなことかどうかも分からないのよ? 嫌でも後手に回るのは確定だ」

「そ、それはそうですけど……でも、なにか仕掛けられている可能性だって!」

「そっちも早めに来て調べたよ。……今のところ学内に、爆発物や思いっきり凶器みたいなものは入っていない」

「なぁ!?」

「だから先生達、言っていたでしょ。全生徒を外に集めて、緊急朝会をやるって」

「えぇ、それは……仰っていましたけど……」

「……なるほど。そこで変なものを持っている人がいれば、一発で怪しまれる。
校舎に仕込むような形でも、校舎から離れれば大丈夫だと……」

「とはいえ、そろそろ時間だから……ちょっと危ないかなぁっとは」


かしましい声達は徐々に中庭に移っている。でも……もう限界地点だと、スマホの時計をチェック。


――AM08:30――

「時間だ」

「「……!」」

≪〜〜〜〜♪≫


――そこで流れるのは音楽……というかこれ、バラードだよね。うん、覚えがある。


「これは……」

「ジャズだね。マイ・ファニー・バレンタイン。舞宙さんと聴いたことがある」


中学の朝としては似つかわしくない曲だ。バレンタインにはちなんでいるけど……そこで屋上から、ふぁさっと垂れ幕が下ろされる。

更にその屋上から、たくさんのチラシがばら撒かれて…………。


――ハッピーバレンタイン!――


移動中だった生徒達が、扇動していた先生達が呆然とする中、落ちてきたチラシを二〜三枚ひったくるようにして受け止め、確認。


「なになに……『教科書なんて捨てて恋をしろ!』? 『復讐成功!』……?」

「なんですか、これ……」

「…………おい、なにをしている!」


怜も同じようにして呆然としていたとき、屋上付近から男の大きな声が響く。……それで全てを察した。


「すず、先生達に発破かけたんだって?」

「えぇ! 犯人がおりましたら、皆で捕まえようと」

「余計なことをしたもんだ……!」

「え」


慌てて中等部の玄関へ駆け出す。用意していた上履きにも素早く履き替え、一機に屋上へと……階段を駆け上がっていく。


「ちょ、恭文さん!」

「どうしたんですか!」


そうして人気がほとんどない校舎を二階、三階と駆け上がり……右手の、別の階段に騒乱の気配。


「おい、止まれ!」

「――――追い立てないで!」


そう叫びながらそちらへ駆け出すけど、遅かった。

その瞬間にはもう、制服姿の男子生徒が……小柄で大人しい印象のその子が、階段から足を踏み外し……派手に廊下へと打ち付けられていたから…………!


「おい、藍沢!」

「近づかないで!」


追い立てていたアホな体育教師……かな? ジャージ着ているし。とにかくそのおっちゃんには、駆け込みながらIDカードを提示。


「第二種忍者の蒼凪恭文です!」


慌てて動かさないように身体チェック……目を閉じて、頭から血を流すその子は、一瞬で意識をなくしていた。


「……骨折などはありませんけど、頭と全身を強打しています! 内臓破裂……脳挫傷の可能性もあります!」

「内ぞ……!」

「いいですか、絶対に今は触らないでください! こちらから救急車を呼びますから!」

「は、はい!」

「…………や、恭文、さん……!」


すると息を切らせながら、すずと怜が駆け寄ってきて……そして倒れたその子を見て、ぞっとした顔になる。


「張り切りすぎて追い詰めるから……」

「そんな……!」


この滑りやすい階段で派手に追いかけっこをすれば、それはこういう事故だってあり得るよ。仕方ないので左手をかざし……。


「ザラキエル、限定展開」


フィンアームを幾重にも束ねながら展開し、この子の体に……その各所に触れる。

これでもザラキエルとは長い付き合いでね。フィンアームを通しての遠隔術式発動もできるようになった。だからそれを通し、ひとまず体の状態確認……ち。


「脳挫傷、内臓破裂……このままだとヤバい」


仕方ないので術式詠唱――こっそりと修得していた高位回復魔法をかける。ただし術式テンプレートはなしだ。びっくりさせちゃうしね。


「あ、あの……それは……」

「専門は異能・オカルト事件……HGS患者でもあるんです。
かなりヒドい怪我なので、ヒーリングをかけます。離れていてください」

「は、はい!」

「……ですが、なぜこんなことを……」


すずの問いかけには誰も答えられなかった。


『――はい。星見市救急センターです』

「すみません。星見市内の私立・麗花女学院中等部構内で、階段からの転落事故が発生しました。
落ちたのは学校の生徒。名前は……」


できることは、この子の生徒手帳を見つけつつ、救急センターに連絡することくらい。


「藍沢祐介さん、中学三年生。階段の折り返し地点で躓いて、五メートルほどの高さから落下。
頭を含めた全身を、背中から強打しています」

『意識はありますか』

「意識はなし。内臓破裂や脳損傷の可能性もあるので、現場ではこれ以上の対応ができません。救急搬送の手配をお願いします。
……申し遅れましたが、僕は蒼凪恭文。PSA所属の第二種忍者です。たまたま現場に居合わせて、対応を」

『了解しました。では蒼凪さん、最寄りの病院から救急車を手配します。
申し訳ありませんがお電話番号を控えさせていただいた上で、このまま到着まで電話を繋いでもらっても』

「大丈夫です」

『では、藍沢さんの状態についてもう少し詳しく教えていただけますか』

「分かりました」


そしてこれが――切なくも儚いバレンタインの始まりだった。




2022年バレンタイン記念小説その1 『バレンタイン計画/15の夜』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


藍沢祐介君は、さほど経たずに到着した救急隊員によって無事に搬送。病院にて治療を受けることとなった。

警察の検証もあるため、今日はもう授業なども中止になったんだけど……それで僕と怜は、中等部の放送室にやってきた。


「チラシに復讐成功なんて書かれていたし、裏サイトに予告したのはあの子で間違いない……ですよね」

「ん……ところでおのれ、なんでついてきているの?」

「……私がついてくることで、すずが探偵気取りの大暴れをしなくて済むんです。素晴らしいことだと思いませんか?」

「そりゃそうだ」


すずも悪い子じゃないんだけど、基本猪突猛進の猪だからなぁ。それで意図せず証拠品なんかを壊したら、とんでもない大災害だし……自重してもらえるだけ素晴らしいか。


「さっきかかっていた曲……マイ・ファニー・バレンタイン、でしたっけ。それもあの子が?」

「レコードもそこにあった。八時半にかかるよう、タイマーをセットして……で、あの子がいた屋上はもっとわけが分からない」

「わけが分からないんですか」


それも見れば分かると、保全状態にしてある屋上へ移動……。

そこには幾枚ものジャズレコードジャケットと、粉々にされたレコード本体がばら撒かれていて。


「……これも藍沢君が?」

「多分ね。しかもこれ、どれもこれも名盤ばかりなんだよ。
これはルイス・デビットソンのものだし、これも、これも、これも……さっきネットで市場価格を調べたら、一枚で数万は下らない稀少価値の高いものだった」

「……なんでこんなことを? しかも……復讐って、あんなチラシをばら撒いて、マイ・ファニー・バレンタインを流して、垂れ幕も下ろして……それで一体誰が困るって言うんですか」

「全くわけが分からないでしょ?」

「はい……!」


――――仕方ないので、同じクラスの子達に聞いてみることにした。

まだ生徒のみんなは帰る前だったので、良いタイミングで教室に残っていてくれて……まぁ怜も一緒だったから驚いたけど、そこも裏サイトを見つけた経緯から協力してもらっているーと説明したところ、納得してくれて。


「いや……ちょっとわかんないです」


ただ、当人達も本気で困惑していた。自分に聞かれても……という顔をしていた。それも誰も彼もだ。


「親しい人はいなかったの?」

「あんまり……というか、共学化で入ったけど、女子達の風当たりもちょっと強いし……」

「なかなか、だよなぁ」

「じゃあ、あんなことをしでかす雰囲気とか、予兆みたいなものは」

「全く……少なくとも、目立ってなにかやらかしそうって感じじゃあなかったです」

「なら、ジャズに興味があるそぶりは」

「覚えがないですよ。むしろ……アイツ、結構キツいアニオタだよな」

「うん。アニメソングとか聴きまくっていたし」


目立たない子が、いきなりあんなことをしでかした。そういう覚えがあるような関係でもないから分からない……か。


「なら、今回の事件のことは一旦すっ飛ばして……なにか気になることはなかったかな」

「……それなら……なぁ、高村と付き合っているって噂、あったよな」

「あった!」

「高村……女子生徒さん」

「そうです! でも、あり得ないですよ! 高村はミス麗花ですから!」

「……その子なら、私も聞き覚えがあります。元々人当たりがよくて、先輩後輩からも好かれていて」

「ふむ……ありがと。まぁ、またなにかあったらお話、聞かせてください。藍沢さんの容体についてもお伝えしたいですし」


そうお礼を言って、今度はその高村さん……高村奈津(たかむら なつ)さんに話を聞いてみる。先生にお願いして、ちょっと呼び出してもらって……生徒相談室に来てもらう。

恋愛ごとだし、人目につかない方がいいと思ったんだけど……。


「……ただの噂です。正直迷惑でしたし」


訪ねたところ、即座に否定だよ。それも不審がる様子でさ。


「では、藍沢さんがジャズを好きだったかどうかも」

「私はなにも知りません! クラスも違うし、まともに話したこともないんです!」

「分かりました。ではお願いだけさせてもらいます」

「お願い……?」

「ます今回のこと、殺害予告もされている関係から刑事事件……威力業務妨害の疑いで捜査が進んでいます。
ただ、当の藍沢さんは意識不明の重体。そのためどうしても……あなたに限らず、学内のみなさんにご協力をお願いするしかない状況です。
……もし……藍沢さんについてなにか気づいたり、耳に挟んだら、星見市警察に連絡をもらいたいんです。自分で言いにくいのであれば、担任の先生経由でも構いません」

「いや、だから今言った通り」

「あくまでもそういうアテがあるし、情報を求めている……そう覚えてくれるだけでも十分というお話ですので」

「……分かりました。でも……お力になれるようなことは、なにもないと思います」


高村さんは不信感を丸出しにしながら、軽く会釈だけして出ていくけど……うん……。


≪さて……あなたの感覚では≫

「あの子、何か知っているね」

「いいんですか、問い詰めなくて」

「もうちょい証拠が必要だよ」

≪そうですね。しっかり逃げ場を封じないと危ういタイプでしょ≫


というわけで、その証拠探しに藍沢君のロッカーを調べてみる…………まぁ、鍵はかかっていたけど大丈夫。


「……よし、空いた」

「……ロッカーのピッキングっていいのかしら……」

「緊急事態だもの」


ピッキングで開くと……ほんと好きなんだなぁ。アニメ関係の本やグッズが多いよ。


「……あ、リボンちゃんだ」

「それ、いちごさんが出ているアニメですよね」

「うん」


いちごさんがヒロインを務める、少女漫画のアニメだよ。ヒロインの水川りぼんが、昔自分にリボンをくれた“思い出の君”を探し、様々な男性ヒロインと出会い、ロマンチックな展開に身を躍らせるという王道もの。

そのりぼんが清涼飲料水マニアで、ちょうど劇中でモチーフにしたメーカーとのコラボ企画もやっているんだけど……。


「……」


アニメ雑誌、ロッカーにギリギリ入るかどうかのグッズ……いろいろ詰め込まれている箱を見て、一つ気になることもあって。


「……ねぇ怜、おかしくないかな」

「なにがでしょう」

「これを見るとさ、ほんといろいろ詰め込まれているんだよ。普通なら家に置くようなものも含めてだよ」

「たとえばなんでしょうか。私、アニメ関係はさほど詳しくなくて」

「いちごさんの最新アルバム」


手袋着用の上で手に取るのは、いちごさんがテーブルに寝そべりながら微笑むジャケット。なおアルバムタイトルは『ミルクレープ』。

どうも藍沢君、いちごさん推しだったみたいだね。それはいちごさんをよく知る一人としてすっごく嬉しい……んだけど……。


「これ、学校に置いてどうするの?」

≪しかもこれ、初回限定版ですよ? いちごさんがYouTubeの公式チャンネルでやった配信ライブのBDディスクも一緒です≫

「そう言われると……学校では、さすがに見ませんよね」

「ここにはパソコンも、プレイヤーも置いてないしね。
なにより学校で使うものも含めると、スペースも取られすぎるし……」


それでいろいろと探ってみると……中古レコード買い取り見積書と題した、一枚の書類を見つけた。


「……藍沢君は、三か月前にレコードを売ろうとしていたみたい」

「三か月前?」

≪高村さんと噂になった時期ですね≫


……その買い取り見積書は、≪ココナッツディスク≫というお店のものだった。

それ自体は普通のものなんだけど……問題は書かれている内容。


「恭文さん、これ……全部屋上のディスクじゃ!」

「ん……」

「しかも……うわぁ、本当にいい値段だし。もったいないかも」

「それを砕くことが復讐の一つなら、ディスクの出自も気になるね」

≪……行ってみますか? ココナッツディスク≫

「うん」


まだ中学生の藍沢君が、あの金額の買い取り……正直店側に断られたりしたのかなとか、そんな邪推もしてしまう。

ただ、それより気になるのは、やっぱり入手先だよ。中学生が買い集められるような価格でもないし……とすると……。


「…………あれ……」


結局怜も付いてきて、学校近くの繁華街……そこの片隅にたたずむココナッツディスクを訪ねると、店の前にはパトカーが集まっていた。

立ち入り禁止のテープがくまなく貼られ、中には大勢の捜査員がひしめいていて。


「なんでしょう、あれ」

「……怜、ちょっと待ってて。話を聞いてくるから」

「私も一緒……は無理ですよね……!」

「さすがにね」


怜には大丈夫だと手を振って、一旦分かれて……資格証を提示しながら、近くの警察官にお話を聞いてみる。


「すみません、PSA所属……第二種忍者の蒼凪恭文です」

「蒼凪さん……ですか。なんのご用でしょう」

「実は先ほど麗花女学院で起きた予告事件の容疑者が、このお店を利用した形跡がありまして……それで調査にきたんです。……なにかあったんですか?」

「そうでしたか……。少々お待ちください」


すると周辺警戒に回っていた若い巡査さんは、中へ入り……すぐに戻ってきた。


「中の反町警部から説明しますので、どうぞ」

「すみません」


テープラインをくぐり、お店の中に入る。頭を丸刈りにした警部さん……はいたんだけど、それより一番目に付いたのは、倒れていた人だった。

仰向けに倒れて、頭から血を流していた。遺体の周りにはレコードが散らばって、赤い消化器が傍らに転がる。


≪……あらら、これは≫

「……長いお休み中だったのね」

「……蒼凪さん、だっけ?」


すると丸刈り警部さん……反町警部が、面倒そうに近づいてくる。


「星見市警察の反町です。……お噂はかねがね」

「蒼凪です。すみません、お邪魔しちゃって……」

「いや、いいよ。そっちも殺害予告だっけ? なんか大変だったそうだし……でもアンタも災難だねぇ。
なんか、知り合いのアイドルにSOSを送られて、朝一で引っ張られて……次はこれだろ?」

「まぁ、いつものことではあります。……それで……どういうことですか?」

「殺されたのは店の店主で白石幸生(しらいし ゆきお)、四十八歳。死亡推定時刻は昨日の午前〇時から二時頃。死因は背後から、あれで後頭部を……がつん。脳挫傷だよ」

「…………」


白手袋を改めてキツく嵌めて、しっかり仏さんに合掌……。

ほんと、いつものこととはいえ……どうしてこう行くところ行くところで死体と遭遇するのか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――他に目立ったところと言えば……左手首の外側に、十センチほどの傷跡があったことだろうか。

あとは遺体から離れて……棚からレコードプレイヤーが落ちて、床に転がっていたこと。

そして、学校の放送室にあったものと同じ≪マイ・ファニー・バレンタイン≫のレコードジャケットが落ちていたことだった。


白石さんを一番に発見したのは、妻である白石喜美子さん。裏手で聖夜市警察の人から話を聞かれていたので、僕も参加させてもらう。

なんでも店を開ける時間にここへきたら、幸生さんが倒れていたとのことだった。


「――白石さん、立ち入ったことをお聞きします。
昨日の夜は、ご一緒ではなかったんですか?」

「……主人は飲みに出ると、よく店に泊まるんです。だから不思議には思わなかったんです」


……店の売り上げも取られ、値の張るレコードも荒らされていた。

その関係から、窃盗目的の犯行で、そこを見つかって衝動的に争いズドン……というのが星見市警察の見方だった。


……だったんだけど……。


「……反町さん、ちょっと」

「ん……?」


反町さんを軽く手招きして、店内のレコードプレイヤーを指す。


「これ、物取りじゃありません」

「……第二種忍者殿? 一応管轄というものがありまして」

「レコードプレイヤーが気になるんです」


人の邪魔にならないよう動いて、プレイヤーのコンセントをプラグに指す。……すると何もないターンテーブルがすぐに回った。


「反町さん、このプレイヤーはスイッチが入ったまま……つまり、幸生さんが殺されたとき“レコードを再生した状態”だったんですよ」

「はぁ…………え、ちょい待った。それはつまり……」

「被害者は音楽を聴いていた。そこに、わざわざ押し入ると思いますか? ただの物取りが」

「ならこの荒らされた店内は……強盗目的に見せかけた偽装工作……!」

「怨恨の線も洗ってみた方がいいです。
……まぁ、僕は喜美子さんに目的の案件について二〜三伺って、退散しますので」

「あぁ……いや、助かった! さすがは噂通りの切れ者だよ!」


また調子のいい……でも嫌いなノリじゃないので、反町警部には笑って返す。

……というわけで、改めて喜美子さんに会釈しつつ、軽く訪ねる……。


「すみません、ばたばたしちゃって……えっと、喜美子さん」

「はい……。でも、本当に……忍者さんで?」

「よく言われます。……って、これ左利き用のはさみですか?」


そこで目に付いたものから触れる。ちょうど珍しいものがあったしね。


「あ、えぇ。主人が左利きだったので……って、よく分かりますね」

「ちょうど出入りしているシェアハウスに、左利きの子がいるんですよ。だからはさみとかみんなで使い回すと大体難儀していて」

「そうだったんですか……」

「ちょっとすみません」


バットショットを取りだし、その左利きのはさみも含めてパシャパシャと……何枚か撮影させてもらう。


「いやぁ、済みません。一応現場記録も交えて報告書を作らなきゃいけないもので」

「はぁ……えっと、それで……なんのご用……でしたっけ」

「あ、そうでしたね。いろいろとっちらかるのが悪いクセで……さきほど申し上げたとおり、僕は霊歌女学院の事件絡みで、お話を聞きたくて。
藍沢祐介さんという中学三年生の少年なんです。こちらにですね、レコードの見積もりをお願いしていたようなんですけど……」


そう言って、証拠保全用の袋に入れた見積書を出し、喜美子さんに見てもらう……。


「…………確かに彼の……夫の字ですけど、私は知りません」

「そうですか……一つ、お願いがあるんですけど、買い取りの記録などは」

「店のパソコンで見られます」

「そちら、見せていただいても」


喜美子さんに、顧客管理のデータベースを見せてもらう。

……確かに藍沢祐介君の名前は、そこにはなかった。買い取った形跡もなかった。そちらもバットショットで撮影して……コピーも取らせてもらってと。


≪……学生……それも中学生相手で、総額が数十万ですからね。やはり買い取りを見送ったんでしょうか≫

「または気が変わったか……いや、喜美子さん、ありがとうございます」

「いえ……」

「あー、それとすみません。もう一つだけ」

「……なんでしょうか」

「幸生さん、左手に十センチほどの切り傷があったんです。
ただ昨日今日付いた傷ではないので、さきほどお話ししていた反町警部達も気になっている様子で……」

「あぁ……それでしたら、彼がカッターで荷物を解いているとき……自分で切ったんです」

「いつ頃でしょうか」

「三か月ほど前です」


…………また、三か月ねぇ……。しかも左手に……ふーん。


「ありがとうございます。なら、その辺りもこちらから説明しますので……まぁまた確認で聞かれるかもしれませんけど、そのときは許してもらえると嬉しいです」

「……はい」


長居は無用……怜も待たせているし、ここでお暇……というころろで、レジカウンターの一角に目が入る。

ゴミ箱なんだけど、そこには同じ銘柄の清涼飲料水……そのペットボトルが、山のように捨てられていたんだ。


しかもあれは……ちょうど、リボンちゃんとコラボしているブランドのもので。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


外で待たせていた怜と合流し、状況説明……。


「そんな……!」

「基本は別件だし、今のところは聖夜市警察にお任せするしかないけど……」

「でも、おかしくありませんか? うちの学校で藍沢君が事件を起こした日に、こんなことが起きるなんて」

「……まぁね」


なにか引っかかるものはあるけど……ううん、ここは冷静に調べないと駄目だ。

そう決意して、星見市総合病院に向かう。藍沢君はICUで集中治療を受けていた。

ガラス越しに見守る両親……藍沢英樹さんと優子さんに、改めてお話を聞くことにした。


「――復讐……ですか?」


会社社長でもある英樹さんは、オールバックに眼鏡、ぱりっとしたスーツという姿で……僕の言葉を疑問そうに受け止める。


「藍沢君が裏サイトでの予告を行ったのなら……額面通りに受け止めるのであれば、その復讐対象は学校です。
でも、僕や……こちらの一ノ瀬さんが見た限りでは、彼は学内の誰かを傷つけるようなことは一切していない。驚かせ、迷惑をかけたとしてもです」

「はぁ……」

「その辺りも極めて不可解な上、祐介さんがあの状態です。
それでまぁ、親御さんであるあなた方にも、なにか……最近気になる様子などはなかったかどうか、お聞きしたくて」

「さぁ、分かりかねますね」


……お父さんはまた突き放すように言ってくれたよ。無関心……意味が分からないと言いたげに。


「家のことは家内に任せていますので」

「私も、分かりかねます……。
祐介、そんな問題を起こすような子じゃないんです……」

「なんですか、それ……」

「怜」


怜も気づいている。お父さんは突き放すし、お母さんも僕達と顔を合わせず、素知らぬ様子。

そこからいろいろ引っかかるものもあるんだろうけど……でも意味がないと首振り。


「なら……このレコードと、ココナッツディスクというお店には覚えがありませんか?」


スマホで撮影していた、粉々に砕かれたレコード……そしてレコードの見積書を見せる。


「実はレコードの価格を調べると、中学生の祐介さんでは……失礼ながら分不相応なほど高かったので。どこで手に入れたのかと気になっていて」

≪しかもこのレコードを、今言ったお店で売ろうとした形跡もあるんですよ……≫


お父さんは僕のスマホを覗き込み……あきれ果てた様子でため息を吐く。


「全部、私のコレクションです……」

「そうだったんですか……。こちらのコレクション、祐介さんに譲渡などされていたんでしょうか」

「あの出来損ないにあげた覚えはありませんよ。亡くなった上の息子はともかく」

「……!」


うわぁ……警察関係者相手に、出来損ないと……堂々と言ってくれたよ。怖いねぇ、この人。

とりあえず怜が激高しかけたので、それを制して……。


「すみません、更に立ち入ったことをお聞きします。
それならこのレコードは、亡くなられたという息子さん……お兄さん、でよろしいでしょうか」

「あぁ」

「そのお兄さんの遺品でもあるわけですよね。……祐介さん、お兄さんとは仲が悪かったんでしょうか」

「知らないよ。……もういいだろうか。仕事を抜けてきてしまっているんだ」

「ではもう一つだけ。……お父さんとも、最近なにか言い争ってしまったなどは」

「いいか? 私は、子どもに恨まれるようなことは何一つしていない。だからアイツが何をやらかそうと知ったこっちゃない。それだけ分かってくれればいい」


……これは相当だなぁ。まぁこれ以上邪魔しても面倒なだけだろうし、ここは下がっておくか。


「では、今日の所はこれで問題ないです。……お忙しいところ、失礼しました」

「全くだ」


そう言って、お父さんはなんの興味もないと……死にかけている藍沢君を放って、そのまますたすたと消える。


「なんですか、あれ……! 藍沢君に見向きもしませんでしたよ!?」

「別にいいよ。十分『私の家庭は問題だらけですー』って叫んでくれたんだし」

「まぁ、そうですね……」

「…………申し訳ありません。主人が失礼な態度を……」

「ぁ……」


お母さんの前で騒いだことを、怜が気づいて慌てふためく……けど、それに構っている余裕も今はなくて。


「大丈夫ですよ。……こういう仕事をしていると、いろんな家庭……人の有り様ってやつは見ちゃうものなので」

「そう、ですか……」

「でも、大体のことにはきっかけがあるんです。だからどうしてああなったのかというのは、少し」

「…………仰る通りです。あの……上の子を亡くしてからは、祐介と溝ができてしまって」

「……祐介君のお兄さんは、病気かなにかで」


するとお母さんは首を振った。


「弘信は活発な子でした」

「……えぇ」

「学校ではサッカー部のキャプテンで、正義感が人一倍強かったんです。
……思えば、そこで止めておくべきでした」


そうして僕を見る。寂しげに……そして脱げない後悔を滲ませながら。


「正義感を貫くのも、あなたや警察の人みたいに……ちゃんと勉強した上だと……」


三年目の二月十三日……持ち前の正義感が徒となったのはその日。

弘信さんが寄る、部活から帰ってくる途中、歩道橋の階段である現場に出くわした。

若い女性が、無精ひげの男にバッグを奪われようとした。女性は必死になって抵抗したけど、奪われるのは時間の問題だった。


弘信さんは自転車を投げ捨てて、階段を駆け上った。男を殴って、突き飛ばし、踊り場に倒れている女性に手を差し伸べ、助け起こそうとしたところで…………その無精ひげが持っていたナイフに背中を刺された。


「弘信は翌朝……早朝、命を落としたんです」

「じゃあ、今日は……」

「あの子の命日だったんです……!」

「いや、だって……それじゃあ……!」

「三人で過ごそうと、声をかけていたんです。でもあの人も、祐介も……その祐介もこんなことになったのに」


……怜が衝撃を受けるのも当然だ。その命日の日に仕事で、家族を放り投げているのが……英樹さんだもの。


「弘信は、今の祐介と同じ十五歳でした」

「……犯人は」

「麻薬中毒者だったそうです。でも、事件を受けて警察が部屋に踏み入ったところ、覚醒剤の過剰摂取で死んでいたと聞かされました」

≪犯人は捕まり、法の裁きを受けることからも逃れた……≫

「私達は恨みをぶつける相手さえ失ったんです……!
主人は……特に弘信を可愛がっていました。自分の大好きなサッカーやジャズを教え、ゆくゆくは会社も継がせるつもりでした。
弘信が十五歳の誕生日を迎えたときには、大切なジャズのレコードを……あなたが見せてくれたレコードを、弘信に譲ったんです」

「なら……どうしてそのことが原因で、祐介君とお父さんの間に溝が?」

「そうだ……おかしいじゃないですか。だって、藍沢君はなにも悪くないのに」


そう訪ねたものの……怜も憤るものの、理由なら察しが付いていた。


「……亡くなった弘信と比べているんです。祐介もいつしか弘信のことは口にしなくなり……まるで、初めからいなかったみたいに……」

「……そんな…………」

「……辛い話をさせてしまいました。すみません」

「いえ……あ、ただ……誤解しないでいただきたいんです。
主人があれというだけ、弘信と祐介は……本当に仲の良い兄弟だったので」

「……なら、たとえばの話ですけど……弘信さんが生前、プレゼントされたレコードの扱いについて、なにか祐介さんに言い含めていた……なんらかの約束をしていた可能性というのは」

「あるかも、しれません……」

「……お母さん、祐介君の携帯……証拠になりそうなものがあれば、徹底的に調べさせてほしいんです」

「え」

「復讐の意味と、レコードを砕いた理由……明かしたいんです」


それならばと……お母さんに一つお願いをさせてもらう。


「どうしてでしょう。それでも祐介は……」

「もちろん威力業務妨害は許されることじゃありません。でも、それを裁くのは……祐介さんが抱えている事情や理由をくみ取った上でのことです。
……祐介さん自身の反省も必要ですけど、それによっては情状酌量も……得られるかもしれませんし」

「蒼凪さん……」

「まぁ、確約はできないんですけど」

「いえ……ありがとう、ございます」


お母さんは立ち上がり、僕に深々とお辞儀……。


「どうか、お願いします……」

「全力を尽くします」


それに僕も返して……いよいよ本格的に、この事件へ取り組む流れができた。

しかも証拠関係は好きなようにしてもいい! お母さんの確約も取り付けられたし、頑張るぞー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


午前十一時……怜と少し早いお昼も兼ねて、近くのデニーズへ。

ランチセットが届くのを待ちながら、揃ってドリンクバーの紅茶で暖まり……はぁ……落ち着くー。


……っと、落ち着いてばかりもいられない。回収していた祐介君のスマホ……使用しているアカウントなどを覗いてーっと。


「……藍沢君の復讐計画は、お父さんやお兄さんへの反発が原因なんでしょうか」


怜は胸を痛めた様子で、そう僕に尋ねてくる。


「会社の社長さん……その息子が威力業務妨害でうちの学校を驚かせた。それだけでも大事件でしょうし」

「そうかもしれないね。でも、気になるところはある」

「……なんで弘信さんの命日に、こんな事件を起こしたのかってことですよね」

「ん……しかも白石さんが殺されたのも今日……バレンタインだ」

「なにか繋がりがあるんでしょうか」

「調べるにしてもまず足がかりを見つけないとね。
なにせレコードを売ろうとした当人は意識不明だし、買い取り査定をした当人も今頃は天国……っと、見つけた」


ちょうど調べていたアカウント……その日記が見られたので、怜にも見せてあげる。


「これって」

「祐介君がソーシャルネットワークで公開している日記だよ。アカウント名は≪INDIGO(インディゴ)≫。
アニメ好きのコミュニティーにも参加している」

「ほんとだ……って、今日もまたカツアゲされたって文面があるんですけど! しかもこの子達の名前……」

「今日、僕達が話を聞いた二人だね」

「あっきれた……! 恐喝する程度には絡んでいたのに、素知らぬ顔とか!」

「だから今頃は戦々恐々としているんじゃないの? これで警察も介入して大騒ぎだ」

≪というか、麗花女学院の共学構想、これで台なしじゃ≫

「「……それは言わない方向で」」


そこについては触れたくないので、アルトはちょっと止めておく。僕達が関するところじゃないし。


「でも、藍沢君のお母さんから許可が取れてよかったですね。……フィギュアの購入費用や、いちごさんのライブへの参加費用として、レコードを売ろうとしていたみたいですし」

「ん……あ、この……≪ヴェラノ≫って子が、白石さんの店を紹介したみたいだよ」

「えっと……『良い店発見! ココナッツディスク!』『ネットでの評判も上々。今度行ってみない?』……あれ、これだと……このヴェラノさん、藍沢君とリアルで会っていますよね」

「しかもわりと近い距離だ」

「だったらどうして、レコード……売らなかったんだろ」

「……直接聞いてみる?」

「分かるんですか!」

「多分、だけどね」


――というわけで、お昼を食べてから……僕達が訪ねたのは。


『はい……』

「――どうも、ヴェラノさん」

『………………!』

「二時間ぶりです。悪いんだけど……お巡りさんに嘘吐いたらどうなるか、じーっくり説明させてもらっていい?」

「え、え、ええ……ええぇええぇえ……!?」


高村奈津の自宅だった。というわけで、愕然としている高村さんには家へと上げてもらい……驚くお父さん達には笑顔で手を振り、応接室に招かれる。


「……なんで……え、嘘……なんで……!?」


部屋に入って、ドアを閉じるなり……高村さんは大混乱という様子で、膝を突く。


「高村さん……僕は言ったはずだよ? 刑事事件で、いろいろ調べるって」

「でも、そんな証拠どこに!? 藍沢君とのやり取りだって、そんなの」

「ヴェラノっていうのは、リボンちゃんに出てくる男性ヒロインの一人だよね」

「…………!」

「リボンちゃん……あ、藍沢君も好きなアニメ!」

「で、ヴェラノの語源はスペイン語……意味は『夏』。
おのれが祐介君とやり取りしていた流れを見ると、やっぱり近辺の人間みたいだしさぁ。
察するに付き合っているって噂ができたのも、ココナッツディスクでのレコード買い取りに付き添ったことが原因でしょ」

「う、嘘……本当に、丸バレ……!?」

「まぁ安心していいよ。これで……お巡りさんに舐めた態度を取るとどうなるか分かったでしょ」

「……ごめんなさい…………」


高村さんはがくがくと震えながらも、全て納得してくれたようで……粛々と頭を下げる。


「じゃあ、高村さん……そういうアニメの話とかはリアルじゃなくて、ああいうネットの友達相手に」

「それなら気軽に、素性も気にせず……というかそれがマナーみたいなものですから。
それでアニメ関係のコミュに参加したら……INDIGO……藍沢くんだって気づいて」

≪どのタイミングでですか≫

「仲良くなってから、自然と……最低ですよね。
自分を守って、藍沢くんのことを隠して……本当の自分を出せる唯一の友達だったのに」

「高村さん……」


コミュ……学校という閉鎖空間で作られたキャラと、本当の自分かぁ。でもどっちも自分で、守らなきゃいけないものはあって。

僕はまぁ、発達障害……ASDとADHDの合併症があるから、その辺りの機微はよく分からない。分からないけど……高村さんが不安定な年頃なりに、いろいろ苦慮していたことくらいは察して行ける。


それが、中学時代の自分にとっては、一生レベルの問題になるというのも……分かるよ。


「それでね、高村さん……そのレコードを売りに行ったときの話、聞かせてほしいんだ」

「それが、今回のことと関係が?」

「あるかもしれない」

「……分かりました。確かに……ちょっとおかしかったし」

「おかしかった?」

「店長さんの様子です」


――高村さん曰く、店頭での買い取り価格調査自体は順当に進んだ。


レコードについては、見積書の価格にまず祐介君自身が大層驚いたらしい。

ただ店長さん……殺されてしまった幸生さんだけど、一つ疑問をぶつけたそうだ。

立ち入ったことを聞くけど、このレコードはどうしたのかと。


これも当然だ。やっぱり祐介君は……高村さんがいるとしても中学生だし、それがあんな価格のレコードを、大量に持ってきていたらびっくりする。

暗に『盗んだものではないか』という疑いもあったんだと思う。それは高村さんも感じ取ったらしい。

ただ、それが変わったのは……祐介君が、兄の遺品だと告げたことだった。


「そうしたら、店長さん……お兄さんの名前を聞いて……そこからレコードを持って帰ってくれーって、いきなり突っぱねてきて」

≪お兄さん……弘信さんの? 三年前、刺されて亡くなったっていう≫

「うん……」

「高村さん、その理由は……それでレコードは結局どうしたのかな」

「分からないです。もうとにかく急に対応が堅くなって、どうしようもなくなって……それで結局、レコードは別の店で売ったんです」

「ちょっと待って! だって、おかしいじゃない! レコードは屋上で!」

「……その、ごめんなさい……」


すると高村さんは、僕と怜に……深く頭を下げる。


「実はバレンタインの前日、あのレコードを学校に持ってきていたんです」

「え」

「どうしたのかと聞くと、買い戻したって……それで、思い詰めた様子で……“バレンタインに復讐する”って」

「復讐……」

「それ以上は聞けなかったんです。学校で話しかけたので、これ以上はまた噂になるって遠ざけられて……でも私、それが凄く……嫌な予感してて」

「……なるほど……でも、買い戻したって……」

≪当然売値より高いですよね? しかも三か月あれば……高村さん、その別の店……場所や連絡先などは≫

「ある……あの、ちょっと待ってて! バッグ持ってくるから!」


高村さんは慌てて部屋から出て……それを見送ってから、怜が神妙な様子で僕を見てきた。


「恭文さん……!」

「ここにきて思いっきり、幸生さんが絡んでくるとはねぇ」

「それに、買い戻すためのお金なんてどこから用意したんですか? あれ以上の価格となると……中学生には」

「……それなんだけど、気になるところがある」

「気になるところ?」

「幸生さん、手にカッターの傷があったんだけどね? それが左手なんだよ」

「左手? いや、それなら別に不思議は」

「左利きなのに?」


そう告げると、怜の表情が歪む。それで……バットショットで撮影していた画像を見せてあげる。


「ほら、ここにあるはさみ、左利き用でしょ」

「そう、言えば……あ、そうですよね。だってさくらが同じものを」

「使っているね」


そう……さくらは左利き。だから右利き用の、普通にあるはさみだとちょっと使いにくいんだ。

それで自前のはさみは全部左利きにしているし、いろいろ気苦労も絶えないんだけど……だからね、気づいたんだよ。


「でも幸生さんの奥さん、左手の傷は梱包を解くときに付いたって言っていたんだ。……左利きの人が、そのときカッターを右手で使うかな」

「恭文さん……!」

「だから今頃、星見市警察が話を聞いている頃だよ」


出る前に、反町警部にいろいろお話したら……また目をぱちくりされたよ。

でもこうすると、喜美子さんが偽装した可能性も……ヤバいなぁ……!

偽装したってことは、誰かをかばっているってことだ。だから……うん、そうだよ。


もし祐介君と白石夫妻に店員と客以上の繋がりがあったら、祐介君は幸生さん殺しの筆頭容疑者になり得る。


(その2へ続く――おしまい)







あとがき


恭文「というわけで、バレンタインの記念小説……相棒シーズン11のエピソードだね。
つまり怜は後々、ダークナイトとして逮捕されて……」

怜「されません! というか、その話は繊細だからやめましょう!」


(繊細です)


恭文「というわけで、家族関係でいろいろ厄介さも抱えている怜を相棒に、バレンタインの一日……さらっとザラキエルの応用も見せたりして」

怜「もしもの日常Ver2020本編では使っていませんよね」

恭文「使う機会がなかったしね。それとさり気ないいちごさん推し」

怜「……そこはサニピじゃないんですね」

恭文「サニピがアニメのテーマソングとか歌えばいけるよ」

怜「頑張ります……!」

いちご「でもバレンタイン、楽しみだよねー。美味しいチョコをいーっぱい食べられるんだから!」


(神刀ヒロイン、お腹を空かせて満面の笑み)


怜「……いちごさんの食欲には対応していないと思います」

いちご「なんで!?」

恭文「いちごさん、自分の食べる量を考えてください! そういうチョコは……一粒食べて、幸せを堪能するものなんです」

いちご「お腹いっぱいの方が幸せだよ?」

恭文「そこじゃなくてー!」


(神刀ヒロイン、質と量を追い求めるスタイルのようです。
本日のED:尾崎豊『15の夜』)


恭文「盗んだバイクで走り出したわけじゃないけど……藍沢祐介には鬱屈とした思春期の悩みもあって」

怜「……やっぱりいろいろ不安定になっちゃうんですよね。いえ、私は言えるほど大人じゃありませんけど」

シノ「……女学院が共学化と聞いて!
ならば私達に頼るといい! 先輩だからな!」

アリア「じっくり括約筋を広げるやり方なら熟知しているわ! 遠慮なく頼って!」

シノ「私も(ぴー)のやり方は熟知している! 耳年増だからなぁ!」

タカトシ「……だからアンタらには頼らないんだよ」

スズ「世界観違うって理解してもらえませんか?」

いちご(顔が良いパーカー装着Ver)「まいさんにぴったりな子達だなぁ」(どたぷ〜ん)

舞宙「……どういう意味かなぁ、それ……!」

シノ「…………顔が……でかい……!」

アリア「顔が、でかい……!」

スズ「顔がでかすぎるぅ!」

いちご「顔がデカイ言うなぁ! 顔がいいの! ほら、書いているよね!」

シノ・スズ「「でかぁぁぁぁぁぁぁい!」」

いちご「うがぁぁぁぁぁぁぁ!」

アリア「……胸の大きさで、顔の文字がフォント拡大されているみたいな感じなのよねー」

舞宙「気づいていないのはいちさんだけなんだよなぁ……」

タカトシ「……だったらあのパーカー、脱ぐって選択肢は」

舞宙「恭文君からの誕生日プレゼントだから、お気に入りなの」

タカトシ「なんて罪深いチョイス!」

怜「……恭文さん……!」

恭文「……考えるな。感じるんだ」


(おしまい)





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