小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
長瀬琴乃誕生日記念小説2021その2 『ありふれた殺人/その優しさは罪だ』
長瀬琴乃誕生日記念小説2021その2 『ありふれた殺人/その優しさは罪だ』
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二〇一九年四月二十七日 午前四時三十七分
星見市 星見プロダクションオフィス
蒼凪は、牧野と遙子に引っ張ってもらい……そのまま寮に。琴乃はちょっと都内に出て、買い物するとかでまた別方向に出ていった。
それでまぁ、事務所内はまた空気が……いや、少しだけいつもの軽さを取り戻しつつあった。そう言うべきだろうか。
「……那美さん、久遠、君から見て蒼凪は」
「心を凄く痛めています。でも……一線は譲らないと踏ん張っている」
「ん……」
「そうか……」
「ただ……」
「ただ?」
「いえ、なんでもありません」
俺達のために……そして、あの老夫婦のために心を痛めているみんなのために……若いのにほんと、不器用な男だ。
まぁ、だからこそなのだろうと、那美さんが入れてくれたお茶を飲んで……少しホッとする。
「……だがやり切れないな。
人情としては教えてやりたいとも思うが」
「三枝さん?」
「若い連中も踏ん張っているし、そこは倣うさ」
「えぇ。ただ……恭文君よりは琴乃ちゃんですよ」
「……気づいていたか」
「……思えば琴乃ちゃんも、“ありふれた事件”で家族を亡くした一人なんですよね」
……蒼凪の場合、まだ救いはある。アイツはプロで、キャリア組と言われるだけの実績があるし、こういうジレンマとの向き合い方も定めている。それはよく分かった。
だが琴乃は……そんな蒼凪よりも坪井夫妻よりの方向だ。だから貞一さんに対して、明確に同情を……それも相当に強い親近感を覚えていた。
「坪井夫妻の場合は明確に殺人だし、麻奈のときと違って白黒はっきり付く形だったわけじゃない。感情移入してしまうのは、そのせいだろうな」
「どうしましょう」
「済まないが寮に戻ったら、渚や牧野達にフォローを頼めるか?
俺も改めて、押しつけてくれた捜査一課の人達に連絡してみる」
「まぁ、こっちへの連絡や事情説明が遅れた点からも、抗議は必要ですしね。……了解です」
……蒼凪の言う通りだった。
俺達には、あのご老体を救えない。
少なくともあのご老体が望み続けたような、最高のハッピーエンドは作れない。
だがそれでも……放ってはおけない。
「せめて……浮き足だったものが落ち着くまでに、何らかの救いがあればいいんだがな」
「……えぇ」
「くぅん……」
牧野や遙子も、そんな願いから助け船を出した。それはできないと……蒼凪のことも見かねてだ。
それもまた当事者じゃないからこその勝手な言い分なんだろうが、それでも……あぁ、そうなんだよ。
そんな正論だけでは割り切れないのが、人間なんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
PSA本部……私が預かっている代表室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
それはそうだ。なにせ蒼凪がまたも偶然に関わってしまった事件……というか、出頭の受付か? それに伴って、被害者遺族が犯人の名前を聞きに来たそうだからな。
というか、所在を教えた職員にはまた少し説教だ。かなり強引に詰め寄られたとはいえ、あっさりバラして……しかも民間会社である星見プロにも迷惑をかけるのだから。
とはいえ、蒼凪には上手く時間稼ぎをしてほしいものだが……。
「――沙羅さん」
「小見山が仕事をしていた漁業関係者も内密かつ総出で当たっています。こちらも空いている人員を向けていますが……芳しくありませんね」
取り急ぎの報告ということで、沙羅さんが訪ねてきたが……渋い顔でタブレットを操作していた。
「やはり小見山も、時効の停止は警戒していたようです。海外に出るような船には一切乗っていません。
漁師の方も、ここ最近の海賊やら違法漁業のペナルティーを恐れて、そこはきちんとしていたようですし」
「いいことなんですがね。だがこの調子だと……」
「……蒼凪くんも上手く話を聞き出したというのに……」
……時効というのは中断や停止措置が執られる場合もある。たとえば海外に出ている場合などが一番分かりやすい。
そもそも事件の時効が訪れたのは、時効撤廃が施行される一日前。もしその辺りでケチが付けば、撤廃後の法律が適応されて……小見山勇司を逮捕することもできる。
だから蒼凪は調子を合わせて、その辺りは問題ないのだと振る舞って、調書を取った。それで小見山の行動はあらかた奇麗に割れたんだが……それでもなお、これだ。
だがそれもある意味当然と言える。犯罪者視点としては、自分の時効……逃げ切る期限が二度も脅かされかけたんだ。その辺りで警戒度が高まっていたのなら……。
「しかし、それならそれで公式発表は待ってほしかったが……いや、言うのも野暮か」
「えぇ。公式発表までの段取りが長引けば、さすがに小見山も警戒しますし。
……なのでこれから星見プロのシェアハウスを訪ねて、アイドルの皆さんにも協力を仰ぎたいと思います」
「すみません、沙羅さん。完全に業務外なのに……」
「いえ。ジンウェン絡みのことで挨拶もしておきたかったですし。
……それに蒼凪くんも……かなり厳しい態度を取ったでしょうから」
「……えぇ」
蒼凪はこの件についてはとばっちりだ。そういう捜査の足がかりを作った功労者なのに、坪井夫妻の詰問にまで付き合わせている。
かといってこの件を外には漏らせない。ぬか喜びさせかねないというのもあるが、捜査情報が小見山に漏れた場合、また逃亡を図られる可能性がある。
そういう意味では今回の発表、決して警察の勇み足などではない。ようするに小見山当人をぬか喜びさせ、完全に警戒を解く……そのための広報戦術でもあるからな。
問題は……それまでに夫妻がどう動くかだ。いや、夫妻の嘆願を知った警察関係者がどう動くか……そう言うべきか。
「例の港功刑事は」
「同僚の方々によると、やはり心中穏やかではないようです。それとなく注意は払う形で動いていますが……いっそ追跡調査に加えた方が安全なのではとも、一課の課長が」
「それもまた賭けになるが……まぁ、手近なところから固めていくしかないでしょう」
「いつも通りにですね」
ついつい国家的陰謀やらなんやらに関わりがちで、我々も忘れそうになることがある。
それはどんな事件にも被害者と加害者がいて、どういう流れであれ人生が変化し、壊されるほどの衝撃が生まれかねないことだ。
テレビのニュースなどで、つい流し見しがちになる事件報道……そういうもの一つ一つに、そんな痛みが刻み込まれている。いつ自分がその当事者になるかも分からない。
……蒼凪……辛いだろうが、それもまた“正義の味方”として飲み込むべきものだ。せめて夫妻と……納得がいくまで向き合って…………ん?
「どうしましたか、代表代理」
「いえ、その……蒼凪からメッセージが」
立ち上げていたパソコン……マウスを操作し、メッセージを確認する。だがそれは……。
「……坪井夫妻の身辺調査要請?」
「なんですって」
これで分かることは……まぁ、まず一つだな。
「……直接対面すると、それだけ……危険を感じるということでしょうか」
「沙羅さん」
「既に身辺警戒は始まっているので、その流れで進めていきます」
「頼みます。こちらは蒼凪から、詳細を確認しますので」
蒼凪は坪井夫妻をただの被害者とは思えない。それだけの警戒が必要だと判断している。
いや、当然か。彼らは二十四年間の間、地獄すら生ぬるい世界にいたんだ。ならば――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
都内に出て……あの今にも崩れそうな人のことを思い出しながら、街をふらつく。
予定していた買い物も満足にできず、暗くなっても寮へ戻る気持ちにもなれず……分かっているのに。
恭文だって苦しんでいる。自分が“それでも”って手を伸ばしたことが、かえって坪井さんを苦しめたんじゃないかって……分かっているのに。
なのに、今顔を合わせたら、罵りそうで怖い。
どうして教えるだけなのに駄目なのか。
あの人達は、絶対そんなことしない。
私達なら大丈夫だから、教えてあげて。
そんな自己満足の、私がなんの責任も取らない言葉で……全てを押しつけそうで、怖い。
それでも……遅くなるとみんな心配するからと、重たい足を必死に動かしたところで……本当に偶然だった。
急行電車への乗り換えで降り立った、聖夜市のメインターミナル。そこでついでだからと、みんなへのお土産を……お菓子を買うためにホームへ出る。
聖夜市、最近バナナ羊羹っていうのが流行っていて……渚が興味を持っていたから。
「ありがとうございましたー」
羊羹を買って、増えた荷物に苦笑しながらも歩いて……そんな途中だった。
……足下もあやふやな老夫婦を見つけたのは。
「ぁ……!」
自然と足を動かしていた。
二人は駅からさほど離れていない、一軒家で暮らしている様子で……タクシーなども使わず、ゆっくり歩いていくからなんとか追いかけられた。
それで、家に明かりが灯り、営みが感じさせられる暖かさも生まれて……。
「よかった……本当に、すぐ退院できたんだ……」
そこが一つ、心配で……よかったとホッとする。家の前で……無防備に……。
「………………」
そこで一つ迷う。
私が教えるのは、駄目なの?
恭文にも分からないように……こっそりと。
私は、名前は知っている。顔も知っている。それだけなら、いいんじゃ。
そうよ。それだけは……それだけはって、知りたがっている。それなら…………。
「……なに、しているんだろう」
でも……インターホンに伸びていた手を、自然と止めていた。
「正義って、なんだろう」
恭文の顔がちらつく。
「誰かを助けるって、どういうことなんだろう」
それでも……それでもと、坪井さんをはね除けるしかなかった恭文が、ふだん絶対見せないような苦しげな顔をしていた。それがちらつく。
「ううん、分かっている。私は……」
恭文は言っていた。坪井さんも、私達も、誰も犯罪者にしない。その可能性を生み出さない。だから教えられないと。
坪井さん達はそうして、あの犯人と…………だから、一気に手を引いて、頭を下げる。
「…………ごめんなさい……」
すぐにきびすを返し、逃げるように立ち去る。気づかれないうちに……私には、それはできないのだと立ち去る。
だから気づかなかった。
そこで気づいていれば、もっと……いろんなことが上手くできたかもしれないのに。
――営みという光の中、閉じられていたはずのカーテン……その隙間から、四つの眼が覗いていたことを。
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さてさて、重たいことはあったけど、気分を変えて配信準備です。
ただね……なんというか、あのね……うん……どういうことなの!? どうして才華さん達、普通にオファーを送っているの!? そこまでの知名度はないはずなのに!
「……牧野さん、嘘ですよね」
「嘘じゃないんだよなぁ」
「というかVチューバーって、今更ですけど三次元と交わっていいんですか?」
「恭文くん、それを当人が言うのは相当よ……!?」
「遙子さんの言う通りだ。あと、ガンプラ作りしている時点でアウトだぞ?」
「そりゃあそうかぁ!」
シェアハウスの一室……まぁ僕がお泊まり用に調整している部屋なんだけど、そこに準備した機材や回線の具合を確かめ、ディスコードの調子も見て……うんうん、問題なしっと。
「だが、大分調子は戻ってきたみたいだな」
「……二人や渚のおかげ様で。いっぱい美味しいもの、ごちそうしてもらいましたし……ありがとうございます」
「ふふ……どうしたしまして」
「後でみんなにもお礼は言っておこうか。まぁ明日になるかもだが」
「そうします」
さすがに、我ながら重たかったというか……いろいろ本調子ではなかったみたい。ただ……ここはほんと、家みたいな暖かさがある。
なんでだろうね。シェアハウスも始まったばかりなのに……それでも……ううん、違うか。
……僕が想定以上に、琴乃達へ心を許しているんだ。
『うんうん……あたしも本調子になってくれて一安心だよ』
そこで……今セッティングしている仕事用回線とは違う、僕のスマホから話しかけてくるのは、イギリスの舞宙さん。
まぁプライベートでお話くらいなら、今だと凄く距離も近く感じるけど……ただ、今回はそうじゃなくて。
『なにせこれから楽しいゲームだしね!』
「……牧野さん、このサプライズは本当に、問題ないんでしょうね……!」
「サウンドラインから許可は得ているよ。もうすぐ天原さんも帰国予定だから、ホップステップで話題を上げるためにってさ」
『そうそう! でも、それを差し置いてもDBDだよ! キラーで追い詰めるよぉ……悲鳴を響かせるよー! あーはははははははは!』
「……恭文君……その、天原さんは聞いていた通り」
「えぇ。DBD、かなりやり込んでいる人です」
舞宙さんはクリステラ・ソング・スクールにて、現在音楽留学中……でもそれも無事に卒業コンサートを終えて、もうすぐ帰国予定。
ポプメロとしての活動も再スタートをかけるし、僕も……改めて婚約してから、また大人になったし……うん、すっごく楽しみ。
ただ、それはあくまでも舞宙さんの一面。元々負けず嫌いなのもあって、この手の対人ゲームは大好きで……ガンプラバトルもそこからハマってくれているしね。
というか、ガンプラバトルの一人称視点操作経験を生かして、キラーとして滅茶苦茶怖く追い立ててくるからなぁ。元々そういうのが合っていたのだろうか。
なので僕が知らないうちにまた話が纏まって、サプライズ参戦となって……!
『……っと、つい盛り上がっちゃったけど、恭文君もあんま抱え込んじゃ駄目だよ? 思い込むと一直線過ぎるのが悪いクセなんだし』
「そうですね。今回については……いつも通りにルール無用の大暴れとはいきませんし」
『ん……だろうね』
「でも、キツいなぁ。私のときも牧野くんも、琴乃も……みんな相当だけど」
するとふわりと麻奈が浮かんで、僕の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「救いすら与えられないってのは」
「……というより、もうあの二人を救うのは警察の仕事じゃない。少なくともその件については無理だ」
「またなにか、別に困りごとがあるならかぁ。……こっそり教えるのも駄目?」
「おのれが枕元に立って、無責任にお告げをしてくれるなら大丈夫だよ。または電灯を付けたり消したりしてモールス信号」
「あぁ、うん……そういうレベルなんだね。分かっていたよ」
「恭文くん……麻奈ちゃんに無茶降りしすぎよ……。いるのよね? 話を振られたのよね? 断片的だけど分かるわ」
『ああぁ……いちさんから聞いた幽霊さんかぁ。ヤバい、あたしも見えない。ショウタロス君達は相変わらず大丈夫なのに』
「なんというか、すみません……!」
やっぱり舞宙さんも見えないのか……。ショウタロス達とはさっき普通に挨拶して、ヒカリには朝食のがっつり画像を見せて羨ましがらせつつ談義していたのに。
(麻奈の状態、やっぱりかなり特殊なんだね)
僕の眼や感覚もいろいろ特殊ってのもある。だけどこのままは……ああもう、ウェイバーに頼んだアレ、まだ届かないのかなぁ。そっちもどうなるかってハラハラしているし。
……ううん、それについてはまた後で連絡だ。今目の前のことから片付けていかないと。
「……というか、二人もだけど、麻奈も……やっぱり気づいていなかったんだね」
まぁそうだよね。じゃなきゃああ言い出すはずがないしと……少し不安を漏らす。
「気づいていなかった? え、なにかな」
『あたしは気づいていたよ? ……その被害者のお父さん達、信用できないんだよね』
「えぇ!? ちょ、天原さん!」
『恭文君、多少の融通なら聞かせられる方だし……もちろん難しい問題だけど、警戒するようなものはあるかなぁっとは』
「……えぇ、そうです。信用できない……教えたら間違いなく、ろくなことにならない。そういう確信があるんです」
「……また辛辣な言い方だと思うが」
さすがにあの場では言い出せなかった。だから牧野さんの不満げに声を漏らすのも仕方ないんだけど……それでも、僕はその不安を消し去れない。気のせいとは流せなかった。
「牧野の言う通りだぞ、ヤスフミ……まぁ教えるのは問題だろうが、それでも信用できないってのは」
「……ショウタロス、振り返ってみてよ」
「は?」
「たらい回しにされながらも強引に僕の存在を聞き出し、PSAから仕事先で警察関係者ではないという説明があったにも関わらず、堂々と乗り込む……。
僕を持ち上げて、礼を言って、それならば助けてくれて当然という空気を作ろうとする……。
それでも教えてくれないなら、奥さんが倒れたこととかを持ち出す……。
それでも駄目なら、これだけ自分達が悲惨で、可哀想だと自分語り……。
そうして折れないなら、根負けするまで押し通す構え……」
「おいおいおいおい……!」
ショウタロスがまさかという顔をする。それもやっぱり仕方ない。
……今僕が振り返ったのは、今日坪井さんが取った行動そのものだもの。
「実際あの人の目……おのれはちゃんと見た?」
「目だと」
『……殺気みたいなものがあったのかな』
やっぱり付き合いが長いって素晴らしい。画面越しに舞宙さんには、その通りと頷きを返す。
「でもぶっ殺してやるーって叫ぶ感じじゃない。むしろ静かで、シンと冷えた水を連想させるような……そんな静まりかえった憎悪。
……だから余計に怖いんです。いつそれが大沸騰するかも分からないし、そのままの冷たさで獲物を取り込んで、凍死させるようなおぞましさもあった」
「…………」
『……そりゃ相当だ。ううん、そうならないはずがないんだけどさ』
「牧野さん、絶対に……琴乃達には近づけないようにしましょう。
牧野さん達も犯人の名前を知っているって流れになっていますし、所構わず詰め寄りかねない」
「娘さんが殺されたんだ。必死にもなるのは当たり前だと思うが……いや、だからこそか」
「そして僕達も、その“娘さん”を預かっている立場です」
「…………できれば、あれほど弱り果てた人が、そんなことをするとは思いたくないが」
そう言うものの牧野さんは迷いや弱気を払うように首振り。それから改めて、真っ直ぐ僕を見やる。
「分かった。明日、改めて琴乃達にも話しておこう。事務所の外で接触があったら、必ず俺達に……すぐ連絡するようにとも」
「なら牧野くん、私もそこはお手伝いするわ」
「すみません。こっちでも坪井さん達の周囲は更に警戒するよう要請しましたから、ある程度の動向は掴めるようになると思います」
「そこはお互い、上手に連携しつつだな」
牧野さんはこういうとき頼りになる。なんだかんだで甘い人だと思うけど、それでもあり得る可能性は否定しないし、備えることを躊躇わない現実性も強いから。
遙子さんもなんだかんだで芸歴も長い人だから、凄く頼りになるし……ほんと、備えで済んでくれると嬉しいんだけど……あの目は、なぁ。
『……こういうとき、焦れったいなー。前までならあたしがぐーっと受け止めてあげたのに』
「舞宙さんはその前に、部屋の掃除ですよ。寮の部屋は大丈夫なんですよね」
『そんな汚部屋メーカーみたいに言わないでくれる!? さすがにやっているし! 頑張ったし!』
「そうですか。なら安心です。元の部屋は、いちごさんと才華さん達ともども奇麗にしていますし。もうあっちこっち宮殿みたいにぴかぴかですし」
『それ素材から変わってない!? 大理石の輝きだよね! 宮殿は!』
……っと、これでディスコードは設定見直しよしっと。あとは……ゲームサーバーはどうかなー。ちょっとかざねと通話を繋げてーっと。
『……っと、そろそろ時間か。こっちもディスコードに切り替えるよ』
「お願いします。……かざね、聞こえる?」
『――うん、大丈夫だよー。こっちのスタッフもばっちり待機! あ、天原さんもヨロシクお願いします!』
『――――ん、よろしく! 今日は楽に死ねると思うなよー』
『い!?』
「舞宙さん、配置はランダムですから、舞宙さんは今回ずっとサバイバーの可能性もありますからね?」
『それやだー! 追い回したい−! 切り刻みたい−! 吊したい−!』
「……文脈だけ見ると、完全にサイコパスかホラーなんだよなぁ」
牧野さんの言う通りだよ! しかもそれで駄々をごねるって! 注約でゲームですーって付けないと放送事故になりそうだよ!
「じゃあ恭文君、ゲームサーバーに」
「はい…………って、あれ?」
そこも最終チェックしないと…………って、あれ?
「どうした」
「いや、ログインできなくて……」
「あら……私の端末もだわ。牧野くん、天原さん達は」
「えっと、こっちも……ですね」
『あたしもです!』
『イギリスの天原もです! というか、もしかしなくてもこれは……!』
すると数秒経って、アナウンスが出てきた。
――緊急メンテナンス開始のお知らせ――
「え……!」
『鯖落ちきたぁ!』
『ちょ、恭文! 今……Twitterでもトレンド入りしている!』
「おいおい、どうするんだよこれ! ゲームができないぞ!」
「そ、そうよね! あの……でも配信、中止はー!」
「えぇい、おのれらうろたえるな! 落ち着け! 整列しろ! そして前に倣え!」
「てめぇが一番落ち着けよ! 体育の時間じゃねぇんだぞ!」
そうだ、ショウタロスの言う通りだ! こういうときは素数を数えて…………そうだ! あの手があった!
「……一つ、方法がある」
「「もうなにか思いついた!?」」
『さっすが恭文君! こういうときはやっぱり強い! で、どうする!?』
「アナログゲームをしましょう」
『……アナログ?』
「今から別のゲーム立ち上げも、許可とかがまた違うでしょ?
だからアナログ……特別なソフトや機材なしでもできるゲーム」
「そんなのあるのか!? だが、どうすれば……」
「インサイダーゲームとかどうでしょう」
混乱する牧野さんには、右人差し指をピンと立てて提案。まぁ当然……首を傾げられるので。
「インサイダー……」
『あぁ……あれかぁ! うん、あれなら今の設備でもできる! でもあれ、カードが』
「ここにあります! 琴乃達と遊ぼうと思って持ち込んでいました!」
『ナイス!』
ディスコ−ドのメッセを使い、簡単にルールを説明する。僕も別の配信者さんがやっているのを見て、知ったクチなんだけどね?
「簡単に説明すると、こういうものです」
――ルール1.制限時間は五分――
――ルール2.お題を司会者から聞き出す。ただし質問はできる限り『はい・いいえ』で答えられるものとする――
――ルール3.参加者の中には一人、インサイダーという答えを知っている存在がいる――
――ルール4.五分間の制限時間経過後、または正解を出した後、誰がインサイダーかを参加者で討議し、多数決にて投票する――
――ルール5.討議の時間は三分――
――ルール6.討議の結果、インサイダーを割り出せれば参加者側の勝ち。それができなかった場合はインサイダー側の勝ち――
「……あぁ……これなら、確かに特別な機材は必要ないな」
「私、知っているわ! 動画配信でもよくやっているわよね! で、そのカードが……恭文くん、ほんとナイスタイミングよー!」
そうそう、遙子さんはさすがに詳しい! 趣味のキャンプ絡みで、動画サイトもよく見ているから……その絡みなんだろうね。
「才華さんや舞宙さん、いちごさんと何度かやったこともありますから、回すくらいはなんとかなると思います」
『あたしも友達と一緒に……うん、これなら行ける!
あの、今から臨時で変更ってOKですか!? ……いける……こっちは問題ないみたい!』
「よし、ならそれもしつつ、予定よりトーク多めにしよう。真知哉さん、天原さんも……予定よりアドリブ多めになりますが、よろしくお願いします」
『『はい! こちらこそよろしくお願いします!』』
――というわけで、お題を出す司会側やインサイダーなどなどをランダムで持ち回りにしつつ、アナログな予定変更配信はスタート。
でも……これが、想定外に盛り上がりを見せて……!
「――では制限時間五分……スタートです!」
「はい!」
「はい、ジンウェンくん!」
「遙子さん、それはエロいものですか!」
『アンタ初手でなにまたとんでもないのを聞いているのぉ!』
『そうだね! そこ大事だ! エロいですか! エロくないですか!』
「天原さんもうちのアイドルになにを言っているんですか!
というか、さっきも初手がそれだったよな! 初手は白いものかどうかだったよな!」
まぁまぁ牧野さん、そんなに荒ぶらないで……大丈夫。僕に死角はない。
「いや、インサイダーゲームの初手はこれだって……勉強したんですけど」
『あたしもこれ、定番の初手なんだけど』
「使い古された古の戦術ですよねぇ」
『揃ってどこで勉強したか、後でたっぷり聞かせてもらおうかな! というか、こんなのNOに決まって』
「いや……人に寄っては、イエスかも……」
『「なん、だと……!」』
あらま、意外な反応……ならばいける!
『じゃああたしも質問! それを、遙子ちゃんは使っていますか!』
「天原さん、ほんと弁えませんか!? それぞれのファンも聞いているんですよ! なのになんだこのセクハラ祭り!」
「あ、それはあるわ。今日も使ったから」
「はぁ!? ちょ、遙子さん!」
大混乱だねー! というか僕も予想外だよ! 向こうもNG出さないっぽいし……がしがしいこう!
「まぁまぁ牧野さん……これで大分絞られましたよ?」
「これでか!?」
『だね……。
人によってはイエスだけど、それを使うことそのものは恥ずかしいことじゃない。つまり目的からエッチな大人のおもちゃとかではない』
「サウンドラインさん、怒りませんか!? 大人のおもちゃとか発言して大丈夫ですか!?」
「牧野さん、舞宙さんについては大丈夫です。彼氏の存在すら公表していますし」
『そうそう。もうそろそろ結婚しようねーってくらいには変わらずラブラブだし』
「だとしてもなぁ!」
まぁ僕のことなんだけどね! そこについて触れるといろいろバレるから、こういう話にするしかないんだけどね!
それに舞宙さんもいろいろ鍛えられているから、この程度の話題なら問題なし!
『いや、でもそっか。そう順序立てていくと……うん、分かるよ。人に寄ってそう見えるだけ……しかも使うってことは、物だよね。食べ物みたいなものじゃない。道具の類いだ』
「真知哉さんもこれで冷静に分析してどうするんですか!」
『だったらほら、牧野さんもなにか質問! クレイジー枠が二人な分、あたし達が切り返さないと!』
「そ、そうだな! 流れを戻さないと……えっと、道具ってことは……それは、家の中で使うものですか?」
「はい、使います」
「家の中……屋内か。大分絞られたが」
『あと聞くのは……あれとかこれ、それかなぁ……!』
――こんな感じで盛り上がっていた僕達は、まだとても幸せだった。
『はいはい! 遙子さん遙子さん! それは、手に持って使うものですか!』
「……いいえ! 使いません!」
『……だったら入れるものでもないかぁ』
「入れる!?」
『あぁいや! ほら……配水管のぬめり取りとか、トイレで置くだけーってやるやつとか』
「あ、そっちね」
本当に、幸せだった。舞宙さんともちょっと久々に遊べたし……いや、そこじゃないか。
「なら僕からも質問です! それは、消耗品ですか!」
「違います!」
『……じゃあコンドームじゃないなぁ』
「えぇ!?」
『舞宙さんは本当に大丈夫ですか!? イギリスは深夜じゃありませんよね! 少なくとも夜ではありませんよね!』
「……はい。遙子さん、それは……身につけるものですか」
「はい、そうです!」
それはこのゲームの答えがエプロンだったことじゃない。それで遙子さんがまぁまぁお年頃だと露呈したことじゃない。
『――――遙子さん、なんでエプロンをエロいものと考えちゃったんですか……』
「うん、僕も気になる。まずそこだよね。あそこは“いいえ”でもよかったのに」
『え、エプロンはエロいじゃん。裸エプロンとか、新妻風味とか……いろんな楽しみ方があるよね?』
「わ、私はそこまであからさまじゃないんですけど……いろいろ、本とかを見て……ね!? グラビアとか! 勉強したの! エロリスト的なのを! もしかしてこういう路線が必要なんじゃーとか!」
「……遙子さん、その資料についてはまた後で確認させてください。マネージャーとして。
で、あとはインサイダーを見つけるだけだが……!」
『だね。ジンウェン、天原さん、ちょっと吐いちゃおうよ』
「そうだな。揃って今なら罪は軽い」
「即刻僕達を疑うなぁ! というか、それを言えば屋内とか、身につけるとかぶつけていった牧野さんが怪しいからね!?」
『それ以前にインサイダー一人だからね!? なんであたしとセット扱いなのかな!』
どうしようもなく救いのないやり取りが、既に……時を同じくして、行われていたから……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――二〇一九年四月二十八日 午前十時
星見市・星見プロ オフィス
いやぁ、昨日の配信は楽しかったぁ。真知哉かざねコラボでトレンド入りもしているしさぁ。
なおその効果で、佐伯遙子というアイドルの注目度も、改めて上がった。やっぱり星見プロも記憶に新しい人は多かったから……琴乃達の先鋒を切るという意味では、大成功だったかもしれない。
「……恭文君、凄いよー。コラボ配信でジンウェンもトレンド入りだよ! 舞宙さんも凱旋間近のサプライズでもう大騒ぎ!」
「くぅぅーん♪」
「ありがとうございます。でも……なんだろう、舞宙さん&かざね&遙子さんオブ僕って感じがしているのは」
「それもファンに失礼だぞ? 君がこつこつ積み上げたものがあればこその話なんだからな」
「そうそう。幾ら顔なじみだからって、商業的に旨みもないなら普通やらないよ」
「……はい」
牧野さんとしたり顔の麻奈に叱られちゃったよ。でも……それならそれで、嬉しいんだけどさ。才華さん達の方も、力になれるし。
「牧野が言うように、自信を持っていいんだぞ? なにせ緊急メンテのせいとはいえ、上手くアドリブで回して、視聴者を満足させたんだからな。……コラボとしては上々の滑り出しだ」
「三枝さん……」
「真知哉さんも、気心知れた恭文くん相手だから、かなり弁が立っていたらしい。向こうの担当者さんからも、また是非にと頼まれたよ。天原さんも同じだ。
……天原さんががんがん下ネタを振ってくるし、君も乗っかるし、もう滅茶苦茶だと思っていたんだが……」
「あ、そうよそうよ! 恭文くん、舞宙さんってそういうキャラなの!?」
「まぁ僕も知り合った当初は知らなかったんですけど、舞宙さんは女の子好きな方なので……スキンシップも自分から取っていくタイプなんです」
「「変態か!」」
≪でもこれがいろいろと役に立っているんですよ……。向こうでもボディランゲージで上手く乗り切ったそうですしね≫
そうそう……舞宙さん、なんだかんだでコミュ力はかなり高いし、人を引っ張る方でもあるからさ。そこは凄く頼りになるんだけど……猫耳はむはむも、舞宙さんならって許しちゃったし。
「だが、その天原さんとジンウェンが台風の目となり、そこに牧野達が振り回されながらもツッコミ、それぞれ入り乱れてゲームが混沌して……その何が起こるか分からないハラハラ感は最高だった」
≪ですねぇ。特に遙子さんは……やられっぱなしじゃなくて、この人相手に一矢報いた部分もありましたし≫
「遙子さんが、あのときのインサイダーってのはほんと気づかなかった……!」
「ふふふ……お姉さんをからかってばかりいた罰よ?
あー、でも配信って楽しいかも! ねぇ牧野くん、次はキャンプ配信とかしない!? 廃墟巡り配信でもいいし!」
「そうですね……。その辺りもまた煮詰めていきましょうか。俺も可能性を感じましたし」
「やったぁ!」
遙子さんは楽しげに指を鳴らし、いい笑顔を浮かべて……。ただ対照的に、那美さんが小首を傾げる。
「……キャンプ…………あ、そうだった。遙子さん、趣味だって言っていましたよね。廃墟巡りも」
「いいんじゃないか? 芸人のヒロシさんもキャンプ動画が当たって、新しい仕事に繋がったそうだし……」
「そういうの、琴乃達でもやったら楽しそうですよね……。
渚の料理動画とか、千紗のファッション講座とか」
「それこそお前さんがやっていた、ガンプラ制作……もっと近くなら歌ってみた配信でもアリだな。
……牧野、将来的なことも考えて、改めて煮詰めておくぞ」
「はい」
「……おはようございますー」
すると昨日の話で盛り上がっていたオフィスに、制服姿の渚が飛び込んできて……。
「渚、おはよう……ってどうしたんだ。学校は」
「……牧野くん? もうGWだよ。学校はお休み」
「だから蒼凪も、シェアハウスで泊まり込みの仕事ができたからな」
「あ、そうか……って、それならなぜ制服?」
「学校はお休みなんですけど、ちょっと忘れ物を取りに行っていて……あと」
……そんな渚の後ろから……ゆらりと、坪井さんと……同じくらいやつれた白髪交じりの女性が現れる。
「さっき、玄関先で……」
「あぁ、大丈夫だ。聞いている」
「今日も、来ました……」
「お待ちしていました」
「初めまして……坪井、幸子です」
そこでお辞儀してくる女性が……例の……とにかく僕も一礼。
「蒼凪恭文です」
「牧野航平です。こちらの事務所で、マネージャーをさせてもらっています」
「社長の三枝です。昨日は大変だったと聞いていますが……体調の方は」
「はい、おかげさまで……出歩く程度でしたら」
……それでも声に覇気がない。訪ねた三枝さんも、外見通り……いや、それ以上の辛さを感じ取り、顔をしかめる。
「こちら……芸能事務所さん、なんですよね」
「えぇ。蒼凪君も今日はうちのアイドル達とレッスン予定ですので」
「レッスン……?」
「恭文君、私達のレッスンにも付き合ってくれているんです。練習相手って感じなんですけど」
そこで渚が明るく笑うと、幸子さんがマジマジとその顔を見つめる……。
玄関先で出会ったなら……いや、思えば最初から、渚を気にしている様子だった。
「……」
「あの……」
「あぁ、申し訳ない。……亡くなった娘が……君や、昨日うちの前にいたあの子によく似ていてね……」
「そうだったんですか……。あ、こちらにどうぞ」
とにかく立たせっぱなしも悪い。応接室に案内………………って。
「…………ちょっと待ってください」
申し訳ないけど、そこで止める。一つ確認したいことができた。
今、貞一さんは……なんて言った……!
「“あの子”って誰ですか」
「私達の家に来ていた……君達より少し髪が長めで、今風のジャケットを着た……きりっとした顔立ちの子だよ。昨日もここにいた……」
昨日もここにいて、髪が僕達より……というか、この中で一番長いのは、那美さんや遙子さん?
二人より長くて、なおかつ顔立ちがきりっとしていて……昨日もここにいた子……いや、二度言っちゃったけど。
まさか……まさか、それって……!?
「そうだ……私達、その子にも会いに……来たんです……!
あなた方の知り合いと言うことなら、教えてくれますよね……! 犯人を……名前を……!」
必死に縋る幸子さんには申し訳ないけど、怒りで打ち震えながら……静かに下がり……。
「あの……お願い、します。お礼は、大したことは、できません……でも」
「牧野さん、これ借りますね」
「……あぁ」
ちょうど牧野さんが作っていたプロフィイール表を……営業用の資料を借りて、二人にあるアホの顔を見せる。
「質問を更に重ねます。それは……この子ですか」
「あ、はい。そうです」
「私も、妻も、その子に会うために……ここに……」
「あのですね、坪井さん」
「蒼凪、そこまでだ」
すると三枝さんが止めてきて……少し呆れ気味に息を吐く。
「……坪井さん、驚かせてしまって申し訳ない。ただ、事務所としてもこれは放置できません」
「お願い、します。会わせてください」
……本当に、やってくれた。
「琴乃の馬鹿……!」
そりゃあ麻奈もいらだち気味に呟くさ。馬鹿と罵りたくもなるさ。
そう、琴乃だ。これは……琴乃のプロフィール表だ。というか、他に該当者がいないんだよ!
「――おはようございます」
するとそこで、私服姿の琴乃が入ってきて…………って、なんでこのタイミングでやってきてんのよ! おのれはぁ!
当然夫妻は振り返り、期待と執念が入り交じった視線で詰め寄って……琴乃もぎょっとして、戸惑いながらこちらを見る。
「あなた、昨日うちの前にいたわよね」
「え……」
「……琴乃、夫妻はお前にも会いに来たと言っている。そうなのか」
「それは……あの、たまたま見かけて、それで……つい、家の前までは……」
「この馬鹿……!」
「犯人を、教えてほしいんだ。頼む」
「え……」
「お願い。里子はね、あなたに……とてもよく似ていて」
「はいはいそこまで!」
さすがに見ていられないので間に入り込み、坪井夫妻は少し強引に押し込み、琴乃から下がらせる。なお当然怪我はさせないようにだ。
「というかね、おのれらも……琴乃も、揃って身柄を預かるから」
「え……」
「そもそも琴乃は、おじいちゃん達の家なんて知っているはずがない。
だったらどこで琴乃がそこに行き着いたのか……まぁここは言った通りかどうか確かめるって感じだね。
で、実際におじいちゃん達に教えたかどうか……。
そこをきっちり聞き出すまでは、家に帰すわけにはいかない。揃って僕と警視庁まで来てもらう」
「あの、恭文! 私、本当に」
「これをこの場だけで片付けて、なにかあったら……お前ら揃って容疑者候補だぞ……!」
「……!」
そういう問題ではないと琴乃を一喝すると……ぷるぷると貞一さんが打ち震える。
「なぜですか……。
彼女は、あなた方の仲間では……友人では、ないんですか」
「一応友達ですねぇ」
「だったら、どうして守っていただけないんですか……!
我々を……被害者を守ってくれず、なぜ……里子を殺した犯人を……それが、正義だとでも言うのですか!」
「正義ですよ、立派に」
「な……!」
「恭文君……!」
牧野さんがさすがにと止めてくるけど……でもすぐにその伸びた手が下がる。
「…………いや、そうだな。俺達は……社長が言うように、そこだけは譲れない」
「えぇ」
「我々はただ、犯人の名前を知りたいと……それだけのために、ここにいるんです! 妻だって、無理を押してここに!」
「……でしたら琴乃の家族も含めて話をするしかないでしょう」
「え……」
「あなた達が娘さんを思い続けているように、琴乃達にもそうして送り出した家族がいます。俺達はその信頼を預かっているんです。
……なのにあなた方は、娘を亡くしたことを口実に、自分達と同じ“誰か”に隠れて、なんの責任も取れない子どもに詰め寄るんですか」
「…………」
……牧野さんも上手だなぁ。
「だから俺は琴乃を叱ります。あなた方の期待を煽り、そこまで感情を荒立てたことは駄目だと……無責任だと叱ります。仲間として、その上でどうすればよかったかも一緒に考えます」
「牧野さん……」
「それが結果的に……あなた方が憎んでも憎みきれない犯人をかばっているというのなら、それは否定しません。誹りを受けて当然でしょう。
ですが……俺も、三枝さんも、その軸は決して譲れません。……本当に申し訳ありません」
そこで一気にまくし立てて、話を纏めて、頭を下げるものだから……もう貞一さん、詰め寄れなくなっちゃったし。
“なんだかんだで業界歴もそれなりな男だからなぁ。腹芸もできるのは強い”
“だね”
ヒカリも感心した様子で、安堵を覚えていた。……牧野さんは暗にこう言っているんだから。
『今あなた達がやっていることは、あなた達の不在を狙って押し入り、娘さんを殺した犯人と同じだ』……ってね。
そう言われたら夫妻は絶対に押し通せない。どうしようもない。少なくともこのままのやり方は無理だ。
「……お願い、します……」
「え……」
「我々は、ただ話をしたい、だけなんです。絶対、ご迷惑はおかけしません……」
「いや、坪井さん……」
でも……。
牧野さんがそう告げても……もう手遅れだった。
「坪井さん……こちらの対応が、あなた方の誤解を招いてしまったのであれば、それは社長として私からも謝罪します。
……ただ、状況はあなた方が想像しているよりもずっと繊細です。ここは一旦警察に判断を預けましょう」
「お願い、します……」
二人の気持ちに……執念に、火を宿してしまった。
「何度でも言えます。私達はただ、知りたい……だけなんです……!」
「坪井さん……!」
「助けて、ください」
「…………」
「特にあなたは、日本を救うような活躍をした、凄い忍者さんだと、聞いています。
なのに……どうして我々は……こんな、老人二人は……救っていただけないのですか……!」
「……その理由については、あなた方自身の胸に聞かれてはどうですか?」
「「……………………」」
二人はそう言っても諦めきれない。
≪そこで“どうして”と聞き返さないことが答えですね。……あなた達は、犯人への復讐を微塵も諦めていない≫
「お願い……します……」
やっぱり……昨日牧野さんが提案した時点で、止めるべきだった。
「それだけで、いいんです。たった一つだけ……お願いします……」
「主人の、言う通りです。どうか……どうか……!」
「……だったら、一つだけ方法があります」
「え……」
「いえ、相談して……アテになるかもしれない人がいます。正直今の段階では、僕も絶対なんとかなるとは言い切れません」
だから……デスクに戻り、ある法律事務所の名前と住所、電話番号を記す……。貞一さん達、スマホとか持っていないみたいだしね。
それが終わってからすぐに戻り、貞一さんにそのメモを渡す。
「でもあなた達が相応の……数千万レベルの報酬を支払い、見たくないものを見る覚悟と、誰かと傷つけ合う覚悟を持って戦うというのなら……なんとかなるかもしれません」
「古美門……法律、事務所……?」
「古美門研介……訴訟では一度も負けたことがない超絶腕利きの弁護士。
安藤貴和さんっていう、死刑囚にされた人のえん罪を晴らした人ですよ」
「え……あの、これは……」
「あなた方の行く手を阻んでいるのは法律です。だったら情報開示のためには、法律の専門家に頼る方が手っ取り早い」
「待って、ください。私達には、そんなお金は……それに、裁判なんてとても」
「じゃあ僕はあなた達を、この場で逮捕するしかない」
そう告げると、貞一さんがメモを片手に愕然とする。
「いや、驚かないでもらえますか? 当たり前ですよ。牧野さんの話を聞いたでしょ」
「黙っています。私も、主人も、黙っていますから……」
「それとも金が惜しいんですか? 二十四年間もおめおめと逃げおおせた犯人に一矢報いるために、身銭を斬り捨てる覚悟もなく……僕達の同情を引けばただで報復できるからと侮り、馬鹿にして」
「私達は、そんなつもり……ありません……! それに、弁護士なんて……もう、何度も……相談しました! 無駄なんです!」
「並みの弁護士じゃありませんよ、古美門さんは。道があるなら獣道だろうとどぶだろうと突き進んで、絶対勝つ人ですから」
「それじゃあ駄目なんです!」
「弁護士が入り込むと、時間が足りないですか? 老い先短いと報復するタイミングもないから」
「…………!」
貞一さん……そこでまたぞっとするのは無駄だよ。おのれら、既に自白しているんだよ?
「幸子さん、なにを黙るつもりだったんですか? というか、黙っても無駄ですよ?
警察も既に、幸子さんや貞一さんがそういうつもりだってことは把握しているんですから」
「お願い、します……。
あなたに……少しでも……私達のような、弱い人を思いやる気持ちが、あるのなら……」
「そうです。私達は、あなたなら……あなた達ならと、こうして……!」
「――――それが馬鹿にしてるっつってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「「…………!」」
「失礼……ですが、あなた達の目的が報復な上、牧野さんや社長から“それだけは”と声があった以上……もうそう言うしかありません。
今後星見プロに……琴乃や渚達アイドルに、そんな形で詰め寄った場合、即刻で逮捕します。これが最終警告です」
牧野さんが言う通り……だからそこだけは譲れないと告げたところ、二人は揃って、悔しげに俯き……。
「……恭文君……」
「……渚、ちょっとこっちに」
「え」
「琴乃、おのれもだ」
「え……あの、でも」
「いいから……!」
軽くアイサインをして、うちひしがれる坪井夫妻を見やる。
それで『さすがに聞かせられない』と念押しすると、渚は気づいて……。
「あ、あの……待ってください……」
「牧野さん、二人のことはお願いします」
「分かった。……坪井さん、ひとまずこちらで」
「お願いします。教えてください……それだけでいいんです!」
「その子にも、お話させてほしい……だけなの……! 絶対、絶対あなた達が教えてくれたなんて、言わないから……だから……!」
「とにかくこちらへ……!」
後ろから聞こえる声はガン無視で、すぐに渚と応接室へと一緒に入る。
で……しっかり世情もして、声なども届かないように注意して、すぐに……琴乃の額に軽く、こつんと右拳で小突く。
「お前のせいだよ、琴乃」
「恭文……」
「全部とは言わない。僕も、牧野さん達も……それぞれに甘かった」
「……おじいさん達は、私達を……星見プロを、報復に利用するつもりだったんだね。だからここまで押し寄せた。
でも……恭文君、あの古美門研介さんと知り合いだったの!?」
「忍者になる前から、お世話になりっぱなしの人なんだよ。で、忍者になってからはガードとかでもっと縁ができた」
「古美門の野郎……まぁクセは相当強いんだが、腕だけは滅茶苦茶にいいからなぁ。
相応の金があるなら、確かにこの状況で一番アテになるのは、確かだが……」
ショウタロス、痛ましそうに坪井さん達がいる方を見ないの。確かに修羅場だけどさぁ。
「だが……ほんとに、ヤスフミの読み通りだったのかよ……!」
「人を呪わば穴二つと言いますが、あの方達の場合は少々違いますね。
……二十四年間もの間苦しみ続けた末に、呪いと一体化してしまった」
「それでもう朽ちるしかないと思っていたところで、燃料を投下してしまったわけだ。
……恭文、言った通りに対処するのか」
「それしかないでしょ……」
≪既に警視庁刑事課には連絡しています。返信は……あ、来ましたよ。
夫妻と琴乃さんの身柄は一時確保して、改めて事情聴取とのことです≫
「うん、予定通りのコースでなにより」
そっちは問題なしとして……とりあえずは琴乃だ。やらかしの衝撃が……いや、坪井さん達が覗かせた呪詛の禍々しさを見てか、さっきから顔が真っ青だった。
「昨日の……弱々しくて、今にも倒れそうな雰囲気も、演技だったの……?」
「琴乃ちゃん……」
「最初から、利用するつもりで……でも……!」
「……それくらい、必死だったってことだよ。だけど恭文君」
「渚も皆まで言うな。
琴乃に全部聞いていたなら、ここまで訪ねるはずがない……でしょ?」
「あえてとも思ったけど、だったら琴乃ちゃんの存在を出すはずがないよ。どのみち疑われる」
「とはいえそれも状況証拠だ。早め早めに立証していかないと……」
とにかくこういうことは迅速だ。こっちが打てる手を全て打った……そういう印象を付けないと、どうなるか分かったもんじゃない。
「渚、おのれは琴乃をお願い。僕は直接連絡もしておくから」
「分かった」
なので即で警視庁の刑事課に電話をかけて、かくかくしかじかと応対してくれた刑事さんに状況説明すると……。
『……そうですか。
いや、早々のご連絡、感謝します』
「いえ……すみません。こちらの監督不行き届きで。
とにかく夫妻と……長瀬琴乃については、こちらで一時身柄を拘束します。その上でそちらに引き渡しますので」
『了解しました』
「あと、夫妻については本当に……扱いには気をつけてください。
こちらが復讐の意図をツツいたところ、一切否定しなかったんです。証拠映像もあります」
『……それも了解です。ただ……あぁいや、お耳に入れておいた方がいいでしょうか』
すると……応対してくれた女性刑事さんが、困り気味にそんなことを言い出す。
『今、駒井という刑事がそちらに向かっていますので。三人のことは彼に預けてもらえますか』
「駒井……あぁ、取り調べのときにいた、若い刑事さん」
『はい』
あの場にはたくさんいたけど、血気盛んな感じだったし……あと、調書を取り終えた後で、挨拶されたんだよ。先輩の榊さんっていうおじさんと一緒に。
――……いい勉強させてもらいました! ありがとうございます!――
――え……あ、あの……えっと……――
――蒼凪さん、受け取ってやってください。コイツ、蒼凪さんのやり口に面食らっていた分、調書を取りきったことには感服しきりでして――
――あ……えっと、あの……恐縮です! こちらこそありがとうございます!――
僕も僕の勝手で介入しただけだし、あんまり気分のいいやり方でもなかっただろうに……そう言ってくれるのが嬉しくて、ついぺこぺこしちゃったっけ。
だから覚えてはいるんだけど……ちょっと待ってよ。
「あの、どうしてその駒井さんが、こちらに?」
そうだよそうだよ、おかしいよ。それじゃあまるで……。
「……まさか……」
『……小見山勇司が、今朝……他殺体で発見されました』
「………………」
……それから諸々の状況を聞いた上で、電話を終了。すると心配そうにしていた渚が、こっちにスマホ片手に振り向いて。
「恭文君……どうだった?」
「……犯人、殺されたって」
「え……」
「昨日の夜十一時から十二時の間、自宅で、首を絞められて……」
「「……!」」
琴乃と渚がぞっとした様子で、応接室の外を……坪井さん達がいる方を見やる。
「……伊吹さん、昨日琴乃さんが戻ってきたのは何時頃の話ですか」
「夜、九時くらい……かなり遅かったから、沙季さんとどうしたのかって聞いたら……急行電車に乗り遅れたって。
まぁ、そういう連絡はもらっていたし、気をつけようねって感じで……終わったんだけど……」
「実際は違った……琴乃さん」
「聖夜市の、メインターミナル……あの、お土産の羊羹、買ってくる途中で……本当に、偶然」
≪いつ頃ですか。正確な時間は≫
「その一時間前……八時くらい……」
聖夜市と星見市……その沿線の繋がりを考えたら……昨日琴乃が移動したルートを考えたら、もう答えが出た。役満だ。あのバナナ羊羹、今のところ聖夜市にしかないお店のものだしさ。
そして聖夜市も一応都内に数えられる街。小見山さんの住居も、その時間からなら……!
「……どうする恭文。十分犯行は可能だぞ」
「でも、待って! 私教えていない! それに……なにより、それならどうして二人は来ているの!?」
「そう思わせるためのブラフ……または、おのれ以外の誰かが教えたか」
「……できるってところが大事なんだね。いずれにせよ……おじいさん達は」
「一度拘留するしかない。
……ほんと、我ながら嫌になるよ」
やってくれた。
「今までだって散々ルール無視はしている。でも……ここではいい子ちゃんを嘯くしかないんだから」
「……でも……私は、おじいさん達に教えるのは反対だよ」
「さっきもアレだしね」
やってくれやがった。
こういうこともあるからって注意していたのに……ああもう、琴乃だけのせいじゃない。
僕もいろいろと甘かった。今更鞭を振りかざしてもダブスタだ。
「くそ……!」
「俯いている暇はないよ、ショウタロス。僕達も向こうに事情説明だ」
「……おじいさん達と琴乃ちゃんには、私と牧野さんで付いているよ。その方がいいよね」
「悪いけどお願い。僕、多分偉い人にこってり絞られるだろうから」
「恭文、待って! それなら私も!」
「おのれは民間人で、なんの責任も取れる立場じゃないでしょうが」
「……………………」
そこは反省して……その上で、できることは……!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そしてあれから、二時間が経過した……坪井さんと琴乃は、駆けつけてきた駒井刑事の車で連行。僕も牧野さんが運転する車で警視庁に向かった。
そこでまぁ、今の刑事部長である楠木さんと、内田監査官という二人に状況説明を求められたんだけど……。
「――事情は分かりました……というより、これで確認は取れました。
少なくともあなたは、坪井夫妻に対ししっかりとした対応も取ったし、長瀬琴乃さんについても判明次第即時報告している」
「分かっていただけてなによりです」
「楠木刑事部長はどうでしょう」
「この……ぶい、ちゅーばーというのは……どうやって報告書に書けば……!」
「とりあえず星見プロのお仕事で、当日シェアハウスにいて、牧野さん達とお仕事していたーと書けば大丈夫かと」
「あぁそうか。ならそれで……って、監査を受けている人間がアドバイスするなぁ! いや、ありがたいがな!?」
「……この中だと、そっちの専門は彼だけですしね。いや、当事者なんですけど」
強面な楠木刑事部長は、なかなかに話せる人だった。融通が利くというのは素晴らしいことだよ。
「とにかく……例の、長瀬琴乃か。彼女の帰宅も、他のアイドル達に事情聴取して……」
「それで大丈夫だと思います。
あと、そのメンバーとは“帰りが遅くなる”とメッセのやり取りもしていたみたいなので」
「そこも確認してと……だが、なんにせよ君の監督が甘かったのは事実だ。これは重大な問題だよ」
「そうですね。そこは否定しません」
「なので相応に厳しい処罰が下ると」
「ただ……星見プロの面々を手ひどく巻き込むことになったのは、こちらの所在を教えてしまったこともあるんですよねぇ」
「んぐ!?」
さすがにそこでやられっぱなしも、世話になっている三枝さんや牧野さんに申し訳ない。なので笑顔で事実だけを告げると、楠木刑事部長は図星と言わんばかりにのけぞり、震え始める。
「いや、だから……それも含めて、口止めがなぁ!」
「そうですね。僕もまさか、あの状況で、坪井夫妻と琴乃が鉢合わせするとは思っていなかったので……いろいろと間に合わなかった部分はあります」
「うがあぁあぁあぁああ!」
「刑事部長、落ち着いてください……! いや、気持ちは分かりますが」
「……まぁ、そりゃあ顔も真っ赤になるよなぁ。穏やかに責任を押しつける構えだしよぉ」
「お兄様、楠木刑事部長には少々優しくするべきかと。この方、顔が怖いだけで真っ直ぐなようですし」
「だね」
……僕は暗に言っている。牧野さんを見習って、こう言っている。
こっちにだけ責任を押しつけるような構えなら、遠慮なくお前達もろとも心中してやると……。
だからだろうか、内田監査官の顔が険しいのは。でも僕の言っていることは事実なので、仕方ない。
「なのでまぁ、取り調べのときに改めて……そちらからも口止めしてもらえると助かります。
僕もいろいろ厳しいことは言いましたけど、顔なじみってことで甘くなっていたのかもしれませんし」
「……そこに帰着させるのは小ずるいですね。いえ、噂通りのカミソリというところでしょうか」
「そんな噂が?」
「いろいろと聞いていますよ。カミソリ後藤の再来だとか……」
「さすがにあの領域はまだ無理ですってー」
「そうでしょうか。
……では蒼凪さん、これはあくまでも……様々な事件に携わった、あなたの実績を信頼して、世間話程度に伺いたいことなんですが」
すると内田監査官が、表情を緩め……ううん、どこか僕を見定めるように、一つ問いかける。
「あなたから見て、坪井夫妻は犯人だと思いますか」
「限りなく黒いです」
「おい、ヤスフミ!」
「では、教えた場合彼らはどうしますか」
「どんな手を使ってでも小見山勇司と接触し、反省が見られないなら殺すと思います」
「ヤスフミ!」
≪いや、事実でしょ。あなただって見ていたはずですよ? あの執念を≫
「それは……けどよ……!」
それについては即断できた。行動が無茶苦茶なところもあるけど、少なくとも裏を取るくらいはしないと……そういうレベルの容疑者だったもの。
ただ……。
「星見プロへ訪ねてきたこととか、無関係な琴乃に詰め寄る構えだったこともありますし……実際、伊吹渚というアイドル候補生の一人が、同じ印象を受けていました」
「アイドル候補生さん……あぁ、いえ。確か今日、顔を合わせた方ですね」
「執念……もっと言えば、憎しみ……殺意を目から感じると。
その実現のために、自分達の体調不良や、弱々しい老人の姿すら利用して……同情を誘おうとしている」
「……それくらい必死にということですか」
「なので星見プロとしては、社長の三枝さんと、マネージャーの牧野さん……スタッフである大人を中心として対応。
琴乃達未成年には、二人を関わらせないようにと定めたところだったんです。実際に二人にもそう通達しています。そこは、お話通りに」
「その矢先にこれと……致し方ないことなんだろうが……だがなぁ……!」
「……」
そこで心を痛められる監査官も、刑事部長も、とてもいい人だと思う。
……やっぱり今回の件、関わっている人はみんな……こういうふうに受け止めるんだよ。なにせ警察官という立場からしても他人事じゃない。
これまで数々の事件に関わるし、定年までまた数々の事件に関わる。いつ、自分の手でああいう“取りこぼした人達”を生み出すか分からない。もちろん僕だって同じだ。
でも、教えられない。少なくともあの二人には教えられない。それくらい……底知れぬ暗さを、二人から感じて……ただ。
「ただ、二人が直接、小見山さんに手を下したとは……考えづらいんです」
そう告げると、自然と俯いていた二人が顔を上げる。
「なんだと……!」
「やったとしても、代理人がいるとは」
「ちょっと待て! 貴様、なぜそんなことが分かる! 現場を見てもいないだろ!」
「だから第一印象……って、そうですよね。刑事部長さん、坪井さん達と会っていないから……」
「……見て分かるということか?」
「二人とも七十代を超えた、歩くのもやっとの老人です。しかも幸子さん……奥さんについては、昨日報道されたときに倒れて、夜まで入院していました。
……対して小見山は衰えたと言っても、遠洋漁業に従事していた関係で体格もしっかりしていました。
二人がかりとしても、そんな老人相手に絞め殺されるというのは……ちょっと」
そう告げると、楠木刑事部長もさすがに下がるしかない。あとね、もう一つ……理由があるのよ。
「しかも坪井さん達は聖夜市在住。その時間での移動となれば当然車……でもお話を聞く限り、運転免許等はない。車もない。
どのタイミングにせよタクシーでの移動になるけど、それなら厳しくなっていた警邏関係に引っかかるはずです」
「確かに、そう言われると……あぁ、違和感はあるな」
「……だから、直接ではない。誰かしらを使って、復讐を遂げたというのならまだ分かると……」
「あと考えられるのは、現在進行形で起きていたトラブルくらいですね」
「……分かりました。では、今日の所はお帰りいただいて構いません。
坪井夫妻と長瀬琴乃さん達についても同じくです」
「はい」
「処罰はPSAとも検討の上で、三日後に下します」
すると内田監査官は、鋭い視線を今一度投げかける。
「いいですね、三日後です。それまであなた自身もそうですし、星見プロの方々にも相応の注意を払ってもらいます。それは忘れないでください」
「……はい。今回はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
三日……それはありがたいことだと、頭を深く下げて……退室。
その上で拳をバキバキと鳴らし、廊下を歩き出す。
≪なかなか厳しい状況ですねぇ。どうしますか、あなた≫
「まずは琴乃をどつく」
≪ですよねぇ≫
「……もう小突いただろうが……!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……本当に、噂通りだった。カミソリ後藤の再来……後継者。
特車二課第二小隊と戦った経験からもそう言われていたが、あの年であの悪党っぷり……むしろPSAで、警察の管理外であることを感謝するべきか。
「……なんなんだ……あの若造は……!」
そうでなければ、楠木刑事部長のように、胃を痛めることになるからなぁ……。
「噂通りの切れ者……切れ過ぎるカミソリ……いえ、もしかしたら妖刀かもしれないということです」
「実に忌々しい……非合法すれすれなNGO組織で、好きかってしている愚連隊どもが」
「刑事部長?」
「分かっている。というか、そんな場合ではない」
……実をいうと楠木刑事部長、PSAという組織には批判的だ。だが、それをここで私怨と飲み込む程度の度量はある。
というより……そんな私怨に走っている暇はない。我々にはやるべきことが山のようにあるからだ。
「それで、監査官の意見としては」
「彼は夫妻に流されるようなタイプではありませんよ。“殺意”を感じ取っていたならなおさらです」
「それはありがたいことだがな……」
「とにかく彼が提案した通り、取り調べの際には星見プロへの協力も……改めて要請しましょう」
「うむ……あとは報道対応だ。こちらも事実確認が取れるまでは……」
「時間稼ぎなどはできそうですか」
「どうだろうなぁ。状況によっては……あぁ、頭が痛い……!」
……我々警察は、なんと無力なのだろう。
「彼が上手く取りまとめたとはいえ、最初小見山は相当ふてぶてしい態度だったそうだ」
「つまり、それで“いろいろ刺激してしまった可能性”はある」
「さすがに、同じ警察官が一線を越えたとは……思いたくないが……」
「……そこを疑うのも、我々の仕事になりますね」
「それも……分かっている」
ただ娘の無念を思い、執念で老体にむち打つだけの……か弱い老夫婦を救うこともできない。
もう終わったことだと。もう我々にはなにもできないのだと見捨てて、適当なところへ押しつけて……その結果、民間人にしわ寄せまで食らわせている。
それでも処罰云々という話をするのだから、相当な人でなしだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
琴乃はどこだー。どこだー。いねがーと廊下を歩く……歩く……。
「しかし今度こそ忍者資格、剥奪でしょうか」
「何度目だっけ、そういう危機……」
「お前の馬鹿など数え切れるか、もぐもぐ……」
まぁもう居場所については見つけてある。取り調べも終わって、ロビーの方に出ているそうだから。
一階まで降りて、ロビーの中をうろつくと……。
「恭文!」
いたよいたよ……スカジャンにミニスカ姿の琴乃が。
座っていたソファーから立ち上がり、慌てて駆け寄ってくるので……。
「……牧野さん達は」
「坪井さん達の取り調べが終わるのを待っている。二人とも、事情聴取は終わったから……せめて近くにって」
「で、おのれは刺激するから、下がらせたわけか」
「…………あの、私!」
軽く右手で頭を小突く。こつんと……でも痛みは感じるように。
それで琴乃は止まり、僕を見下ろしながら……瞳に涙まで浮かべて。
「もう謝っても遅い。おのれだけのミスでもない。だからそんな顔をされても困る!」
「……ごめん」
「いいよ。僕もおのれが馬鹿だってことを踏まえ、徹底的に口止めしておくべきだったし」
「うん……」
ひとまず琴乃の手を取って。
「ぁ……」
軽く引っ張り、ロビーの隅……というか琴乃が座っていたところまで。
坪井夫妻の気配がないことを確認した上で座り……。
「……分かっているよ」
「え」
「長瀬麻奈のこともあったから、どうしても他人事には思えなかった。あそこまで言うなら、ちょっと教えるくらいいいんじゃないかってのはさぁ。
僕も、牧野さんも、三枝さんも、遙子さんも……みーんなそうだった。
で、その結果がご覧の有様だ。だからやっぱりおのれだけの問題じゃない」
「……うん」
「それで今日のことだ。もうあの二人は“狂っている”」
「……私の、せいだ」
「琴乃、だからそれは、ヤスフミが言うように……」
「でも直接……一番ヒドく煽った!
半端に……恭文のキャリアにも傷を付けて……」
ショウタロスも言葉を躊躇う。そりゃあそうだ。違うって言っても現実はそれだもの。
「私、いつもそうだ。お姉ちゃんにもそうだった」
「麻奈にも?」
ショウタロスがこっちを見やるけど……さすがに知らないと首を振るしかない。つーかショウタロスもほとんど一緒だから分かるでしょ。
少なくとも麻奈は、琴乃となにかしらの確執とか、衝突を思わせるような発言はなかった……でも、琴乃は違った。
覚えがある。麻奈がもしかしたら触れないようにしていた何かが……。
「お姉ちゃんが亡くなる直前……ファイナルを見に来ないかって、誘われたの。
でも私、アイドルにお姉ちゃんを取られていて……その変化が嫌で……不満をぶちまけて……言っちゃったの……」
「……なんてよ」
「“お姉ちゃんなんて、いなければいいのに”って……!」
「琴乃……」
「…………だからおのれは、姉の代わりにってことか」
「それしか、思いつかなかった。それしか……私には……」
「じゃあ、おのれ……自分がなりたいアイドル像とかないの?」
「え」
僕は甘いと思う。もうちょっと叱ってもいいだろうに……でも、やっぱりこの子のことを放っておけなかった。
……僕だって御影先生に、ヘイハチ先生に、シュラウドさんに、おじいさんに、ウェイバーに……“お姉さん”と雨宮さんにも、道を示してもらったから。
だから今、呪縛に囚われているこの子には……今すぐには無理でも、伝えたいものがあって。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
恭文の言葉に、顔を上げる。その目は真っ直ぐに……いつもの黒色で私を見ていて。
「そういうの、全くなかったの?」
「それ……は……でも、私はお姉ちゃんの代わりに」
「なら一つ覚えておいて。僕さ、ウェイバーっていうお世話になった友達からね、こう言われたことがあるんだ。
――みんなそれぞれ、自分だけの色がある。そしてそれは自分の力だけで変えることはできない」
「……それて、あの……」
「ん、前にも話したことのおさらい」
……最初のとき……駅前でうたう直前に教えてもらった、強さの意味。強くなるために必要な覚悟。努力だけでは変えられない色もあると……。
「あの話ね、まずは……そのウェイバーから教えてもらったことからなんだ。
……もっと自分が強くて……アニメやゲームのヒーローみたいだったらいいのにって、ちょっと弱気になっていたときにさ」
「……辛く、なかったの?」
「辛かったよ。それじゃあできないことがあるのにって……でも」
そこで恭文は……私の右手を取って、指を絡ませ……ぎゅっと握る。
いやらしい意味じゃない。その手は持ち上げられて、私達の前に……。
「こう続けてくれたんだ。――色は変えられなくても、未来は変えられるかもしれないって」
「未来を……」
「違う色を重ねて、そうして初めて出せる力があれば……それを信じられるなら、もしかしたら」
「…………」
……恭文は手を重ねてくれた。
私と手を……違う色の私達は、今重なっている。
「……馬鹿……」
「なによ、失礼な……」
「ごめん……違うの。今のは……ううん、言葉のチョイスが悪いんだけど」
伝えたい意味を察して……その手を私も、ぎゅっと握りしめる。
……私が囚われているものは、きっと褒められたものじゃない。
お姉ちゃんの代わりに……そう思い続けることで、私自身の色を蔑ろにしている。私はその色を、お姉ちゃんのものには変えられないのに。
でも、それだけじゃない。私の色に、私が知るお姉ちゃんの色を重ねる……そういうやり方もあるんだって……。
どちらの色も殺さず、そうして初めて出せる力もあるから……だからって……!
だったら、私は……。
「……力を、貸してほしい」
「琴乃、お前……」
「おじいさん達は、もう助けられないかもしれない。でも……せめて、ツケは払いたい――!」
恭文は、私と“色”を重ねてくれている。
私の……お姉ちゃんの代わりにという気持ちを、罪悪感を否定せず、自分から色を重ねてくれている。
未来は変えられるかもしれない。望む形じゃなくても、今から少しだけは変えられるかもしれない。その可能性があるんだと伝えてくれている。
……だったら応えたい。
今、この声に……このエールに応えられない自分にだけは、なりたくない――!
(その3へ続く)
あとがき
恭文「というわけで、ありふれた殺人第二話……ついに起こってしまった最悪の事態。原典より狂った方向に振り切れた坪井夫妻。
どうにもならないこの状況。事件を解決しても救いなんてないのがもう地獄。リアルは地獄」
琴乃「……ごめん」
恭文「だからおのれだけのせいにはしないって。僕も不用意だったし……そこは」
琴乃「謝らないでよ……! じゃないと、私……もう……」
恭文「………………」
(蒼い古き鉄、面倒そうに頬をかく)
恭文「そしてウェイバーから伝えられた色の話……それを改めて琴乃に」
琴乃「変えられない色……でもそれを磨くことが大事だから、難しいよね」
恭文「その色の性質を引き出すってことは、逆にその色だからこそできないことも出てくるって話だからね」
琴乃「でも、本当に……感謝は、している」
恭文「琴乃……」
琴乃「だからうん……私は、大丈夫。それよりも……」
星梨花「恭文さん! 今日はわたしとともみさんの誕生日記念日……ですけど、少しゆっくりしましょう」
ともみ「そうだね。ちょっといろいろあったし……ゆったりめに」
琴乃「三条さんと箱崎さん、どうしてメイド服なの……!?」
恭文「僕も分からない……」
(というわけで、少しだけゆったりムードで進むとまとメンバーでした。
本日のED:長瀬麻奈(CV:神田沙也加)『First Step』)
古鉄≪さて……本日(2021/12/19)未明、アイプラでは長瀬麻奈さんを演じてもおられた、神田沙也加さんの訃報が発表されました。
神田さんはアイプラ以外でも、SAOなどにも出演されていますし、他にも幅広い活動をしていました。ご冥福をお祈りします≫
(お祈りします)
恭文「……あまりにも突然でびっくりすぎる」
古鉄≪情報が錯綜していましたしね。作者も土曜深夜は青天井を聞きながら大混乱ですよ。
夜が明けて、神田沙也加さんの関係者……アイプラの公式Twitterもそうですけど、正式に訃報が発表されて、ようやくでした≫
フェイト「アイプラでも、伝説的なアイドルーって立ち位置だけど、持ち曲とかもあって……ゲームに実装もされていて……キャラだって出て……最近だと凄く声を聞く機会が多かったしね。
私もあの、アナ雪? あれでも凄いなーって思っていたから……ちょっと、ショックが……」
恭文「僕もショック。しばらく……引きこもる……」(怠惰スーツを装備)
フェイト「……って、それは駄目−! 誰にも起こせないから!」
(おしまい)
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