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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Stage11.3 『その男、多忙につきVer2019/PART3』


もう就業時間も終わりという頃……。


「全く……あの男は本当に!」

「プ、プロデューサーさん……落ち着いてください。
武内さんも卯月ちゃんのことを思って」

「だから提案だけと言ったんだ! 私は!
お前にも言ったはずだぞ! 決して彼女にプレッシャーをかけないようにとな!」

「はい! ごめんなさいー!」


津田さんが荒ぶっているというので、うちのサッチャーともども冷やかしに行ったら……デスクを叩いて、文字通りカムチャッカファイヤーでした。

その隣で小日向さんが、諫めようとオロオロ……しかし津田さんはデスクを何度も叩くばかりで。


「……やっぱり島村さん、アイドルを辞める覚悟なんですか」

「……力が欲しいそうですよ」

「力……」

「どこまでも届く手……。
もう誰も泣かせない、誰も傷付けさせない。
どんな理不尽も、どんな痛みも払いのける」

「……神様にでもなりたいんですか、あの子は」

「サッチャー、それは実にいい表現ですよ」


サッチャーも成長した……正解だと拍手で称えると、ない胸を震わせギョッとする。


「マジですか!」

「神様なら、それくらいはできそうでしょ?」

「なんにせよ……彼女が人間の枠を超えた”何か”を強く望んでいるのは、間違いないな。
それこそ蒼凪プロデューサーのように、十年……それ以上の時間を戦いと鍛錬に塗れて、近づけるかどうかという代物だ」

「そりゃあアイドルで、笑顔を振りまいている場合じゃありませんねぇ」

「それに彼女自身も言っていたそうだ。……笑顔など、誰にでもできると」

「そんな……卯月ちゃん……!」

「止めても無駄だ」


今にも飛び出しそうな小日向さんに、津田さんは息を整え……制止をかける。


「まぁなんにせよ、私達は常務や渋谷さん達の尻馬に乗るしかないんでしょうけど」

「揃って見守る姿勢だな」

「え、渋谷さん達はともかく……常務もなんですか!?」

「実際私も今の島村さんを現場に出すのは、リスキーに思いますし」


まぁこれは島村さんがどうこうではなく、私達大人に原因があることだった。


「私達はあの子に、悪意を見せすぎました。それも”仲間だった人達を踏みつけた悪意”と、同じものです。
それはあの子に痛感させるには、十分だった」

「なにを、ですか……!?」

「……笑顔や普通の頑張りだけでは、悪意を払えない」

「本来それは私や竹達プロデューサー……それこそ今西部長クラスの大人達が、払っていくことだ。
だが我々はそれができず、結局夢見る子ども達を利用する振る舞いばかり続けてきた。
……彼女が過去の仲間達を……その子達が憧れたものも背負っているというのなら、今の美城は夢を叶える場としてふさわしくない」

「あの男はそういう本質をさておき、夢物語にすがりついたわけです。情けないプロデューサーですよ」


ゆえに津田さんも……私も、腹を括るしかなかった。


「でも、津田さん……」

「だから、受け入れろ。もう我々は裁きを待つことしかできない」

「トップが切り替わって、どういう形になるかも不明ですからねぇ。さすがに気軽なことは言えません」

「確かに、今までは……みんな、失敗ばかりで、不器用だったかもしれません。
だけど……ここから、もう一度……もう一度一緒に、夢を追いかけることだって!」

「……ボクも竹達さん達に賛成ですよ、小日向さん」

「幸子ちゃん!」

「……アイドルは、自分で踏み出すから貴いんです」


静まり変える室内……小日向さんも出た結論を飲み込み、静かに頷くしかなかった。

しかし……。


(どこまでも伸びる手……誰も傷付けさせない力、ですか)


その力を手に入れるための方法なら、割と簡単なんですけどねぇ。

でも渋谷さん達CPができるかどうかは、実に微妙。否定すべき悪でもありますし。

それは恭文くんも変わらない。愛しい人であると同時に、向き合っていきたいライバル(ガンプラバトル限定)でもありたいようですし。


だとすると…………まぁ、賽は投げられています。私も園崎さん達を手伝いつつ、静かに見守るとしましょう。




魔法少女リリカルなのはVivid・Remix

とある魔導師と彼女の鮮烈な日常/美城動乱編

Stage11.3 『その男、多忙につきVer2019/PART3』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


クローネのデビューライブ……その打ち合わせも、とてもスムーズに進んだ。

更にCPの島村卯月さん、大学生な臨時プロデューサーを加えたとは思えない仕上がりだった。


今日は枕を高くして眠れる……そう思いながら、会議場のデスクから立ち上がる。


「すみませんでした。わざわざこちらの都合に合わせ、御足労頂いて」

「いえ。あなたの忙しさは重々承知していますので。彼女達にもいい経験になったと思います」

「そう言っていただけると何よりです。……ライブには必ず見に行きますので」

『よろしくお願いします!』


礼儀正しく元気のいい子達だと感心しながらも、ホテルの会議場を出ると……つい、ほころんでしまった。

玄関の真正面――前方五十メートルほどの休憩所。そこに彼が座っていたんだから。


「――蒼凪プロデューサー」

「「恭文(ヤスフミ)!」」

「「恭文さん……!」」


彼はぬいぐるみ二つを肩に載せ…………。


「マジですか! その……出られるんですか! よっしゃー!」


なぜか、人目も憚らずガッツポーズを取っていた。仕草は愛らしいけど、場の空気を全く読んでいない。


「えぇえぇ! やります! 初回は……その前に打ち入り!? それが来週ですか!
はい、はい……もう暇です! はい! チョマーさん、ありがとうございます!」


彼は変わったスマホの画面を押し、電話終了。そうしてまたガッツポーズを取る。


「よっし!」

「やったな、ヤスフミ!」

≪なのなの!≫

「オルフェンズに続いてか……。これで愛しのゆかなさんにも近づけるな」

「………………ゆかなさん、レギュラーだったらどうしよう」

「お兄様……そこはもう腹を決めるしかないのでは? ……っと」

≪待ち人来るですよ≫


彼らはそこで、ようやく気づく。僕達が……割と、呆れた様子で待っていたことに。


「……お疲れ様です、由良さん」

≪どうも、みなさん≫

「……君達と会うのが、段々楽しみになってきたよ。でもさっきのは」

「新しい遊び場を教えてもらいまして。
……それでですね、また新しい事実が判明しまして」

「へぇ……」

「……全て解決しました」


……あれだけ空振りだったのに、そう言い切るか。

今度は何を掴(つか)んだのかと笑ってしまうのは、僕自身この”余暇”を楽しんでいるせいかもしれない。


「由良さんには今日のお礼も兼ねて、いの一番に御報告を」

「報告……」

「えぇ。すぐ終わります」

「それも楽しみだ」

「ここではなんですから、こちらに」

「待て」


そこで移動する私達を止めてきたのは、厳しい表情の美城常務だった。


「どういうことだ。765プロも由良氏に依頼したとしても、さすがに不躾だと思うが」

「あー、うん……仕方ない。美城常務、状況を説明するから、一緒に来てよ」

「この場では話せないということか」

「そう」


……美城常務は厳しく思案するものの……すぐに状況を理解し、頷きを返した。


「分かった。だが、それが由良氏やアイドル達の名誉を深く傷付けることであれば、我々も法務部門の人間を立ち会わせる。それは」

「問題ないよ」

「美城常務、それは」

「職務ですから」


どうやら彼女は、少々頑なだけで真摯な人間らしい。


「ただし、こちらも相応の手管で、主張が正しいと示す。その手はずも整えている。
こちらが理不尽であれば、その物言いも受け付けよう。でも……その逆もあるってことは忘れないでほしい」

「蒼凪さん、待ってください。それは幾ら何でも」

「了解した」

「常務」

「あくまでもお互い、正々堂々……そう言った趣旨なのだろう?」

「もちろん」

(……これじゃあ僕からは振り払いにくいなぁ……ほんとに)


呆れながらも、それ以上の感謝もしていて……だから深くお辞儀を返す。


「ありがとうございます。……じゃああとは」

「待ってください! それなら、私達も……」

「橘さん、それは」

「そうだな、一緒の方がいいだろう」

「美城常務」

「迎えまでにはまだ時間がある。未成年だけ放り出すわけにもいかないだろう。
……問題ありませんか、由良氏」

「……えぇ」


それで相当にやり手だ。サラッと彼女達をダシに、僕へプレッシャーをかけてくる。

……自分やアイドル達を謀っているのなら、容赦はしない……違うというのなら、堂々と照明してみせろってね。


それを察したのか、蒼凪くんもお手上げポーズを取る。


「美城常務……蒼凪さんも待ってください。やはり、まず事情を」

「これ以上ここで問答するのは無意味だ。いいな?」

「…………はい」


このまま続けると僕も困るので、武内チーフプロデューサーには頷きを返しておく。

公共の場――ホテル内の大型通路だからね。


「じゃあ、みんなこっちに」


彼は改めて、自分の三時方向を左手で指す。それに従い僕は……僕達はまた歩き出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蒼凪プロデューサーに……ううん、ありすちゃんについて行く形で、私達はホテルのロビーに出て。


「ねぇ、どういうことなの? プロデューサーってあり得ないよ。唯より小さいのに」

「小さいけど、大人なんだよ。私達より年上で……第一種忍者」

「えぇ!?」

「唯ちゃん、本当よ。それもかなり大きな事件を幾つも解決していて……とても有能な人なの」

「ちなみに、どんな事件を」

「TOKYO WARとか……核爆破未遂事件とか」

『大きすぎる!』


ちひろさんの説明に、奏さん達新人組は驚きで……うん、仕方ないよね! 私も初めて聞いたとき、ビビったもの!


≪でも驚きですねぇ。あなた達までこっちのホテルにいるなんて≫

「いや、考えて然るべきだったかなぁ。……レナから聞いたけど、抜き打ちチェックだって?」

「はい! クローネの足を引っ張るクソゴミ虫がいないか……ハートマン軍曹的に目を光らせました!」

『クソゴミ虫!?』

「特にそこのほほ笑み病弱と、眉毛もじゃもじゃを重点的に!」

「「もしかしなくてもあたし達のことですかぁ!?」」

「はい!
……レナさん、フルメタルジャケットってこんな感じでしたよね! 私、軍曹できていますか!?」


うわぁ……悪意が全くないよ。

抜き打ちチェックだからって、気合いを入れて……目をキラキラさせてさぁ。鬼軍曹をやろうと頑張っているよ。


その余りに……サイコパスすら疑える純真な問いかけに、レナさんも頬を引きつらせる。


「あ、うん……その、もうちょっと、愛が欲しいかなぁって」

「そうだな。私がお願いしたのは、もっと穏やかな形なので……」

「分かりました! 私、もっと頑張ります!」

「…………あぁ……その、よろしく……頼む」


常務、そこは訂正して!? さすがに軍隊式じゃなかったよね! 由良さんもいるから、かなり穏やかだったよね!

というか、卯月は絶対に分かっていないよ!? 軍隊式そのものがアウトって辺りを…………ああもう! それもあとか!


「で、用件としてはどういうものなんだ」

「昨日、代議士が亡くなったってニュースは見ている?」

「今朝新聞で見たな」

「レナも見ました。……恭文くん、それがどうしたのかな」

「亡くなったの、このホテルなんだよ」


……………………そこで私達は察する。


「卯月……!」

「…………大体分かりました」

「ということは……あ、いや……詳しい説明にはまだ早いか」

「えぇ。だからもうちょっとだけ待ってください」

「了解した」


忍者さん絡みのお仕事ってことは……疑ってるんだ! 由良さんのこと!

亡くなったというよりは、殺された……それに近い死に方!?


というか今朝早くお出かけしたのって……まさかこれが原因!?


「そうそうそうそう……由良さん、聞きましたよ? 今後出すガンダムの新作アニメでも、いろいろお仕事されているそうで」


そうこうしている間に、蒼凪プロデューサーは不思議なことを……不思議じゃない!

というか、新作アニメ!? それにチョマーさんって……さっきの話か!


「あ、こっちは今回の件とは関係なく聞きましたので」

「もしかして、さっきの電話?」

「えぇ」

「……じゃあもしかして、あの喜びようは……」

「実は……オルフェンズと同じく、ガンプラ広報の一環としてお邪魔させてもらうことになりましてー!」

「恭文くん、またアフレコするの!?」

「うんー!」


あぁ、それで……蒼凪プロデューサー、元々アニメとか好きだし、声優さんになろうかって考えていた時期もあったから。

……まぁ、それが『憧れのゆかなさんに追いつくため』という理由だったらしいけど!

でもそういうのを抜いても、今の蒼凪プロデューサーは目をキラキラさせていて……確かにこれは、年上に見えないね。


「今度こそ男の子役をやるんだ……!」

「……そう言えばずっと女の子役……だったよね」

「千早に付き添って顔を出していた、Gレコの現場でもそうだった……!」

「君にとっても夢の舞台か。まぁ頑張ってね」

「はいー! やるぞー!」


燃える蒼凪プロデューサーは、本当に大人に見えない。だからみんな、自然を温かく見守っていて……。


「……ねぇ、やっぱりさっきの冗談だよね。全然大人じゃないし」

「……だからこそ恐ろしいのよ」


でも、ちひろさんは……軽く冷や汗を流しながら、蒼凪プロデューサーをそう表していて。


「実際唯ちゃんもそうでしょう? 大人だとか、そういうことで誰も……誰一人、あの子に警戒心を抱いていない。
……そうして懐に入り込んだ上で、持ち前の理性や洞察力でぐいぐい切り込んでくるの」

「そう、なの?」

「常識に縛られないことが、強みという感じね」


それは由良さんも同じだった……同じように見える。


「まぁでも、君が呼ばれるのはある意味当然かもしれないね。ガンプラバトルが題材のアニメだそうだから」

「みたいですね。……どんな機体が出るかなー♪ 楽しみだなー♪」

「僕は一足先に資料を見せてもらっているけど……ご期待に添えられるとは思うよ」

「余計に楽しみだなー♪」


二人は年も離れているけど、まるで親友みたいな気軽さで話していた。

疑うとか、疑われるとか、そういうのもすっ飛ばす真摯な間柄に見えて……それが、とても胸が痛くて。


「本当に、噂(うわさ)通りの人なんですね。交渉術も巧で……」


ありすちゃん、蒼凪プロデューサーの場合は交渉術というより、制圧術だと思うよ? 潰すと決めたら本気で……ちょっと待って。


「噂(うわさ)通り?」

「はい」


まぁ、そうだよね。346プロ内でも人気があるし……そうか、ありすちゃんはずっと。


「そんな人が根拠もなく、事件の話をするはずがありません。そうです、きっと何か……」

「ねぇありすちゃん、もしかして……そんな蒼凪プロデューサーが、どんな推理を見せるのか期待しているのかしら」

「へ!?」

「だって、噂(うわさ)通りって……もしかして前々から興味があったとか」

「ち、違います! 速水さん、私を子ども扱いしないでください!」


そこで、全員が思った。


――絶対嘘だ……――


顔が真っ赤で、急に慌てふためいたし。どれでも奏さんは華麗に見過ごして、『ごめん』とありすちゃんを宥(なだ)める。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そうしている間に外に出て……向かい側にある野々村建設という会社に入る。


許可は取っているらしく、私達が一緒でも何の問題もなく進めた。

ロビーを通る中、人気がないのを確認しつつ……私達にもようやく状況説明。


最近殺された岩田議員と由良さんとの間で、トラブルがあって……ということを疑っているようで。


「由良さん、そろそろ実際のところを教えてくださいよ」


蒼凪プロデューサーは楽しげな空気を出しながらも、いよいよ切り込んできた……。


「岩田さんとはどういう御関係で?」

「昼間に話した通りだ」

「例の記者会見、どうも引っかかるんですよねぇ。まるで誰かに入れ知恵されたような印象がありまして。
それで秘書の篠田さんに聞いたら……あなたは政治家のスピーチや、選挙時のイメージアップ戦略も組み立てているそうで。その、個人的に」

「頼まれれば何でもやるんだよ」

「アイドルのライブや、アニメの企画も」

「もちろん」


楽しげな二人にゾクゾクしながらも、一緒にエレベーターへと乗り込む。


「そうなると……あなた、また嘘をついたことになります」

「はい?」

「待て。当然理由が」

「さっき、由良さんがプロデュースするフレンチレストランにお邪魔させてもらったんだ。
由良さんは企画で参加されたと仰(おっしゃ)っていたけど……ほとんどあなたの店らしいですね」

「ほとんどとは言い過ぎだなぁ」

「でも資金を出したのは岩田さんの会社だそうで」

「銀行から借りたんだよ」


……そこで引っかかるものを覚えたのか、物言いを出した美城常務が目を細める。

というか、私もだよ……! それ、プランナーの領域を超えてないかな!


「え……ちょっと待って! 蒼凪プロデューサー、会社って!」

「コスモ商会って企業なんだけど、その社長は岩田さん……でも経営を仕切るのは由良さん」

「それ、出資者と雇われ店長って間柄だよね!」

「その場合岩田氏は、顔も知らない人間の企画に、金を出した……いや、由良氏の話通りなら、金を借りる手伝いか」


常務もやっぱり……同じ理由で変だと思ったんだ。


「常務さん的にも、そういうのは」

「ない。島村くん達も思っただろうが、信用調査や面談なども必要な事案だ。
なにせ由良氏が店で不渡りを出せば、岩田氏が支払う可能性だってある」

「あとは……そういう駄目な人を紹介した関係で、岩田さんの信用が落ちるとか、ですか?」

「なんにしてもリスクがある話だ」


つまりその時点で嘘ってことだよ。由良さんが岩田さんを知らないとか、そんな話は……絶対あり得ない!


「でも由良さん、こういうお仕事もなされるんですね。凛が言うように店長じゃないですか」

「……今回が初めてなんだ」


由良さんはバツが悪そうに笑いながら、肩を竦(すく)める。


「こういう仕事を長年やっていると、段々虚(むな)しくなってね。人のためだけに働くのが――」


目的の階についたらしく、私達は揃(そろ)ってエレベーターから降りる。

……ただ私は、その言葉がとても強く……引っかかって。


「あなたが作る店なら、きっと繁盛するでしょうね」

「いや、利益は二の次なんだ。今回ばかりはマーケティングを無視した」

「なぜでしょう」

「君もガンプラバトル選手権で、自分の手で作ったガンプラと一緒に戦っただろう? それと同じさ」


そこで蒼凪プロデューサーの目が鋭くなる。真実を追究しようとする……それだけを目的とした、銃弾のような瞳だ。


「人が何を求めるかではなく、自分が何をやりたいか――何を形にしたいか。
そうやって拘り抜いて作った空間そのものを、一つの商品として展開する。
……それがあの店のコンセプトだ。採算は度外視なんだよ」

「あぁ、それで……ひょっとして岩田さん、そんな事業から手を引こうとしていたんじゃ。
今あの方に降りられると、銀行から金が借りられなくなる……でも、彼が明確にそう返答する前に、何かあれば?
あなたほどの人なら、その辺りでの不都合を出すこともないでしょう。……動機はそういう言ったところにあったんじゃ」

「ノーコメントとしようかな」

「あらら……恭文くん、どうする? このまま押し切ってもレナは無理だと思うなぁ」

「いいじゃないの。思いっきり楽しめるってもんだ」

「あははははは! うん、そうだよね!
レナ達は、相手が強ければ強いほど燃え上がるんだから!」


ははははは……やっぱり部活メンバーは恐ろしい! 平然と、本人の前で言い切ってくれるんだから!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……そう考えていくと、いろいろきな臭いわね。

トラブルの絡みもあるし、動機としては十分……。


「……ちょっと待って!」


でも、そう思っていたのは私だけ?

曲がり角を曲がったところで、唯ちゃんがいきなり声を荒げる。


「そんなのあり得ないよ! だって、由良さんのお店なら絶対流行るし! 唯だって行きたくなるし!」

「それはあなたが馬鹿なだけです」

「ありすちゃんまで何!?」

「橘です」


名前呼びされる謂われはないと、ありすちゃんは黒髪を揺らし、睨み気味に訂正する。


「実際私達が所属するユニット≪クローネ≫だって、そういう事業計画書を提出し、上から承認された上で設立されているんですよ?
……それに不足があるとするなら」

「そういう話じゃないの! ただ唯は……このちっちゃい子が、間違ってるって言いたいの!
凛ちゃんも、アーニャちゃんも、みんなが困るからやめてほしいだけなんだから!」

「話にならない……」

「なにそれ……! 唯は悪くないよ! なんで」

「大槻さん」


そこで武内さんがさっと、涙目になった唯ちゃんを庇い、慰める……。


「橘さんも、少し言い過ぎではありませんか?」

「は?」

「確かに大槻さんも拙いかもしれません。ですが、ユニットのために何かできればと……その気持ちを、仲間として受け止めてください」

「……そうやってプロデューサーさんは、また押しつけるんですか。CPや……今西部長達みたいに」

「島村さん……!」

「でも常務、このままでいいんですか? 捜査の邪魔をしたら」

「それは分かっている。だが……どうしても君達に見せておきたい」

「なにをでしょう」

「私にも分からない」


そこで常務が、苦笑気味にとんでもないことを言いだした。

でも、確信はあるらしい。その瞳は確かに、彼らの背中を追いかけていて。


「だがどういう形であれ、学ぶことは多いはずだ」


……常務の狙いが何かは分からないけど……必要なものはあると、信じてみよう。

その瞳には、それだけの熱があった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そこで通路の突き当たり……オフィス入り口らしきドアが見える。


「……着きました」


オフィスの玄関に付いてから、蒼凪プロデューサーはカードキーを入り口脇の端末に通す。するとガチャリと解錠の音が響いた。

中に入るけど、内部は至って普通のオフィス。パソコンがあって、テーブルがあって、書類があって……変な仕掛けもない。


でも蒼凪プロデューサーは、ここが最終決戦場と言わんばかりに……楽しげに笑っていて。


「さて……ありすちゃんの年齢では少々キツい話だけど、
実は事件当日、ここで残業中の社員二人がオフィスラブに耽(ふけ)っていてね」

『はぁ!?』

「あら……」

「待て……それは、橘くんの前では……」

「じょ、常務も子ども扱いしないでください! オフィスラブくらい……ふ、普通です」

「それは大人として否定させてくれ……!」


うん、駄目だと思うよ? ほら、会社内でそんな……ねぇ!? ちゃんとそういうのは、あの……寝室じゃないと。


「常務の仰る通りよ! ありすちゃん、そういうのは駄目! 普通じゃないの!」

「……へー。じゃあ彼氏の家でメイドのバイトをしていたとき、仕事をサボって逢瀬しまくっていた誰かさんはアブノーマルなのかー」

「あ、蒼凪プロデューサーもやめてください! それは過去の……若気の至りなんですー!」

「過去……あ、じゃあ今じゃないんですね。よかったです♪」


卯月、そこで安心するってどうなのかな。というか、一瞬また目が赤くなってたんだけど……!


「ちなみに……そのオフィスラブの二人にも話を聞いたとき、なんやかんやと結婚が纏まりましてね? 数時間前まで、ここは婚前式の会場でした」

「無視しないでください!」

「だからやめてください! 当てつけですか! そこまで御奉仕したのに、実らなかった私への当てつけですかぁ!」


そしてちひろさんが度しがたい! いや、知ってはいたけどね!

でもそんな前歴があるのにメイド……あ、推薦した常務が頭を抱え始めた!


「………………今更だが、済まない」

「いや……常務は謝らなくていいよ。
ただオフィスラブが普通ではないと……説明してもらえたら嬉しいかなーって」

「それも、了解した。
……ところで武内くん」

「はい……」

「君はしていないよな。渋谷くんと」

「常務ぅ!?」

「全くそんなことはありませんので……!」


なんで常務までそのカップリング説を信じているのぉ!?

いや、というか……アイツが即行で否定したのは、ちょっと傷つくんだけど!


「……って、そうじゃなくて!」


……いや、駄目だ……話が脱線し続ける! 私達のせいでそれはマズいから、私が軌道修正しなくちゃ!


「じゃ、じゃあ蒼凪プロデューサー……その、どうしてオフィスラブの話を? 事件と関係は」

「ある。……由良さんは”自分の部屋から”それを目撃してしまったのよ。
その結果思いついたアイディアを、すぐさま秘書の方に伝えている……その光景を見ながらね」

「それが、アリバイ?」

「ヒッチコックの映画みたいですねぇ……」

「ここもそれなりの高さだから、少なくとも由良さんがホテル内にいたことは証明されている。でも」


蒼凪プロデューサーは笑って右人差し指をフリフリ。


「実は一つ、あなたに黙っていたことがありまして」

「……なんだって」

「重要なのは見ていたかではなく、どこから見えるか。そのため、同じ実験をある場所で行っていました」

「あぁ……岩田の部屋」

「はい。ちなみに岩田さんの部屋だけではなく、ホテル全域で同じことを」

「大変だったろう」

「協力してくれた聖夜市警察のみなさんには、感謝しかありません。……でもその成果はありました」

≪ここでいちゃついていた二人も、さすがに窓際は避けているんです。そのため角度的にはかなりタイトで、見られる階層も限られていた。
あなたと岩田さんが宿泊していた階と、その上下の二階層です≫

「……ん?」


あれ、それは何かおかしいような。

一体何が引っかかっているのか、よく分からなくて……つい首を傾(かし)げてしまう。


私達も同じくだけど、蒼凪プロデューサーは携帯を取り出しながら窓の一つに近づく。


「岩田さんが亡くなったあの時間、あなたは御自分の部屋にいた。そうですね」

「あぁ」

「全自動のカーテンは全開だった」

「あぁ」

「本当に?」

「もちろん」


テンポ良く念押しがされた結果、蒼凪プロデューサーは笑いながら首振り。


「それは、絶対にあり得ないんです」

「……なんだって」

「昨日の午後九時五分から九時十五分の間、あなたが部屋にいなかったという……れっきとした証拠があるんです」

「まさか……」


由良さんが信じられない様子で、左手でホテルを指す。ぽつぽつと部屋の明かりが漏れる、井沢(いざわ)ホテルを。


「ここから僕の姿が見えたとでも」

「いいえ、姿は見えていません。あなたの部屋はカーテンが閉まっていましたから。
そこからいちゃついているカップルを見ることは、できなかったんです」

「ちょっと待った。なぜ、カーテンが閉まっていたと分かるんだい」

「そうだよ! 由良さん、言ったよね! カーテンが開いていたって……嘘つきみたいに言わないでよ!」

「開いていたら、ホテル中が大騒ぎになるんだよ。
でも由良さん……あぁ、やっぱり覚えてないんですね」


覚えてない? え、それを由良さんが知っているってことだよね。

でも当人、意味が分からないと苦笑しているんだけど。


「蒼凪君、今回は回りくどすぎないかな」

「実は時間稼ぎなんですよ」

「時間稼ぎ?」

「ホテルの全面協力で、新しい実験を。……あと二分か」


ならばと言わんばかりに、蒼凪プロデューサーは拍手を打つ。


「じゃあもう一つ……えー、由良さん、あなたの衣服から硝煙反応が検出されました」

「…………はい?」

「あなたが昨日、ホテルのクリーニングに出した衣服ですよ」


蒼凪プロデューサーは懐から書類を取り出し、それを私達に見せてくる。

えっと、硝煙反応検査結果……硝煙反応!?


「あぁ……つまり、こういうことかな」


由良さんも『やられた』と言わんばかりに、口元を撫(な)でながら何度も頷(うなず)く。


「君は早朝から僕に目星を付けていた。
だから差し止めたんだね……証拠もみ消しの恐れありと、ホテルのクリーニングサービスを」

「そ、そんなことできるの!?」

「ホテル内に犯人が潜伏している可能性。
客の場合、公式サービスを用いてのもみ消しを図る恐れ……それらを示準して、何とかね。
しかも使われているのが銃で、殺されたのが議員と来たもんだ。最悪テロの可能性もあるって言ったら、それはもう協力的に」

≪ほんと、ホテルの客数が少なくて助かったの。
クリーニングを頼んだ人達も、実はそんなに多くなかったの≫

≪全て調べるって名目が使えましたからね。まぁまぁその中でも優先順位はありましたけど≫

「ほんと狡猾(こうかつ)だなぁ……!」


優先順位って、間違いなく由良さんだよね! 間違いなく同じ階層にいたこの人だよね!

しかも、それだけじゃない……それだけであるはずがないんだよ! 部活メンバーなら!

なにせ由良さん以外を調べるのと……もう一つの可能性を検証できる!


犯人がホテル内にいるかどうか……もし服の中に硝煙反応がなければ、外に逃げた可能性も出てくるよね。

またはホテルの中に犯人がいて、上手く隠したとか。

あとは……もし後々処分するつもりで抱えていたなら、荷物検査で絞り出せるかもしれない。


とにかく、いろんな形が考えられるから、それを絞り込むための一手だったんだよ。


……多角的に状況を確認する意味でも、確かめておきたかったんだ。

ほんと……ゾッとするけど、見習わなきゃとも思う瞬間だった。


「もちろん反応は、現場のものとピッタリ一致しています。
……昨日、どこでこんな危ないものをぶっ放したんですか」

「……さすがに本人の許可も得ないでそれは、通らないと思うよ?」

「黙秘すると」

「君は僕が岩田の部屋に向かって、銃を撃ったという証明ができないだろう?
もしかしたらホテルの部屋……または別のところで撃って、そのときに付いたかもしれない」

「じゃあその銃はどこにあるんですか?」


……二人は笑顔で攻撃し合う。そんな中、由良さんの表情が一瞬凍り付いた。


「銃刀法違反って辺りは一旦置いておくとしても、それなら証明が必要です。
現場に銃は残されていて、あなたは岩田さんを殺していないと仰っている。
……だったら、あるはずですよ。あなたが購入し、撃った銃が……岩田さんの”自殺”に使われたのと同型の銃が」

「……黙秘……は、通らないか」

「その場合は銃刀法違反で引っ張ります」

「君もなかなかやるものだ」

「ありがとうございます」


……でも笑みが戻る。

とても軽やかに二人は笑って……銃口を突きつけ合っているのに、それすら楽しんでいる様子だった。


「……ふふふーん……ならば異議あり!」


とりあえず空気を読まないフレデリカは、そっと制して……。


「ちょ、凛ちゃん! 止めないでよ!」

「分かってるから……岩田さんは由良さんの前で自殺して、それで由良さんはその場から逃げただけ……とかでしょ?」

「なんで分かるの!?
……いや、でもそうだよ! それなら矛盾はないよね!」

「大ありだよ……!」

「いや、聞いてよ! まずアタシの名推理を」

「……迷推理の間違いやろが。とんちきが」


ちょ、周子さんが辛辣! というかいきなり京都弁……とんちきって京都だっけ!? 私には分からない!


「……いい?」


とにかく周子さんはせき払いして、右人差し指を立てる。


「銃は二度撃たれている。一発はテレビのチューナーで、もう一発はこめかみだよ。
……もしチューナーが先に撃たれているなら、どうしてその場にいた由良さんが気づかないの。普通止めようとするでしょ」

「そ、それはほら! 動くな……お前を撃つぞーって脅されて!
あの人、昨日の会見でやらかしたし、普通じゃなかったんだよ!」

「じゃあ、それをなんで由良さんが通報しなかったの」

「いや、それは……仕事で揉めていたから!
だから、自分から死んで、由良さんに罪をなすり付けようとしたんだよ!」

「なんで死ぬ必要があるの」

「…………はい?」


……フレデリカ、首を傾げないで。いや……ほんと駄目だよ! それは!


「だからぁ……昨日の会見を苦にして自殺っていうだけなら分かるよ。それだけならまだね?
でも由良さんはビジネスパートナーなんでしょ? だったら普通は通報するよ。
仮に無関係を装っても、警察ならすぐに分かるし……現に蒼凪プロデューサーが調べ倒している」

「だから、罪をなすり付けるって言ったよねー!」

「そもそも罪、なすり付けたいなら……もっと徹底します。わたしも半端だって感じました……」

「アーニャちゃんまでー! ……でもほら、当たっているかもしれないし……調べ直してみるだけでも! ね!?」

「それならとっくに証拠も見つけているから」

「いぃ!?」


あははは……この人、怖いんだけど! さらっと言ってきたんだけど!

自殺じゃない証拠もあるって! ほんと、由良さんの逃げ道をじりじり塞いできているよ!


「由良さんは間違いなく、そのとき電話をしながら岩田さんに会っていた」

「言い切りは酷いなぁ……」

「そこも証拠があるんですよ。
……その内容は仕事に関わることだから……秘書の方で音声を記録していてね。
そちらを声紋分析にかけてみた結果、取り急ぎだけど面白いことが分かった」

「面白いこと?」

「微かだけど、破砕音や……発砲音らしきものが入っていたのよ。由良さんが会話中に二度、せき払いをした段階でね。
ただそれより重要なのは、その後由良さんは途中電話が切れるまで、一分以上普通に喋っていたこと」


……蒼凪プロデューサーの言い方が引っかかった。

だって、発砲音や破砕音の方が証拠なのに……普通に、会話が続いたことを重要視するって。


いや……違う! そうだよね! それはおかしいよね!


「破砕音や発砲音らしきものについては、まだ鑑定中だけど……サプレッサー装着時の音や、金属物が着弾したときの音に似ているそうだよ。
つまり、これを射撃音……岩田さんが自殺を断行したと仮定した場合、岩田さんが死んだ後も動揺一つせず、会話を続けていることになる」

「い……!?」

「でもそれは、僕が岩田といれば……の話だろう? 僕は部屋にいたとさっき」

「だったらあなた……自分の部屋で何を壊したんですか」

「……」


笑いながら問いかけた結果、由良さんの表情がまた凍り付く。

その様子に蒼凪プロデューサーは、本当に……とても、楽しげに笑いを続けて。


「……竜宮臨時プロデューサー、一つ聞きたいんだが」

「恭文くん、推理や捜査では常にこんな感じですよー。
宥和政策で距離を詰めつつ、陰湿に潰していくんです」

「……私は、判断を誤ったかもしれない」

「今さらですね。……それより恭文くん、もう二分経ったよー」

「あ……そうだね! レナ、ありがと!」


蒼凪プロデューサーは取り出した携帯で電話をかけ。


「あ、もしもし……蒼凪です。はい、大丈夫なんですね。
……ありがとうございます、ではこちらの合図でお願いします」


誰かに何かの指示を送った上で、蒼凪プロデューサーは左手でホテルを指す。


「それでお見せしたいものというのはですね……再現なんですよ」

「再現?」

「まぁ見てください。
……三、二、一!」


そのまま指を鳴らすと……ホテルのあっちこっちでぽつぽつと着いていた照明が、いきなり全域で点滅を繰り返す。

それに目を見張っている間に、部屋の明かり一つ一つが文字を表した。上から――。


10th




――と。


「はい……創立十周年を記念するイルミネーションだそうです。
昨日も九時から十五分間、これと同じ状態になっていました」

「これは……!」


そこでありすちゃんが打ち震えながら、ホテルを……輝くイルミネーションを見る。


「これだけだと意味が分からないかもしれないので、こういうものを用意しました」


蒼凪プロデューサーはどこからともなくスケッチブックを取り出し、方眼紙に書き込んだ図形を見せてくる。


「まず由良さんの部屋は二〇〇九号室。被害者である岩田さんの部屋は二〇〇一号室。
この時期だとお客さんは少なく、二〇〇番号……同じ階で泊まっている人は二人だけです」


それで蒼凪プロデューサーが指差したのは、井の文字……そのど真ん中。



「で、由良さんの部屋がどこかというと……ここです」

「ど真ん中……じゃあ、やっぱり……!」

「由良さん、もしあなたの部屋でカーテンが開いていたら、どういうことになっていたと思いますか?」

「……」

「ホテルのマークが変わってしまうんです。井沢(いざわ)ホテルの『井の文字』が……」


蒼凪プロデューサーは楽しげに笑いながら、窓にスケッチブックをかざし……真ん中に張ってあったシールを剥がす!

すると、そこには。


10th




「丼……どんぶり!」


”十周年丼という”、余りに台なしなイルミネーション予想図が示された。

ううん、実際に由良さんの部屋が……真ん中がライトアップされる。


「そう、丼になってしまうんです。これは非常事態ですよ。
……加蓮、どうなると思う?」

「本当にホテル中が大騒ぎだよね! 誰かしら駆け込んでくるんじゃ!」

「そう! でも実際にはそんなこともなかった! イルミネーションは無事に成功している!」

「しかし、蒼凪君」

「はい」


由良さんは間違いなく慌てていた。蒼凪プロデューサーに対して、身振り手振りを加えつつ反論。


「それは、僕が”部屋にいなかった”と証明したにすぎない」

「……唯もそう思う! こんなの証拠じゃない! 由良さんは犯人じゃないよ!」

「じゃあどこにいたんですか」


でもそれは……唯も加わった反論は、楽しげな笑みと返しによってあっさりと潰される。


「あなたは部屋にいなかった。カーテンは閉じられていて、オフィスラブを目撃したのも別の部屋。
今御自分でも認めた……そうですよね、由良さん。あなたは段幕を閉じたまま、部屋を出ている」

「……あぁ」

「アルト、聞いた?」

≪バッチリです≫

「ジガンも録音、OK?」

≪問題ないの!≫

「ありすちゃんも今の、聞いたね」

「しっかりと!」


ありすちゃんがサラッと助手枠に収まってる……!

というかこれ、妙に念押しが強いんだけど!


「では由良さんがどこにいたのか……実はもう調べてあるんです」

「何だって」

「あなたが自室以外から見たのなら、確実に中に人がいます。あなたを招き入れたはずなんです」


蒼凪プロデューサーはスケッチブックを持って、オフィス側に少し歩きながら、改めてスケッチブックを提示。


「ただしカップルがいちゃついていたのも、ホテルのイルミネーションが点(つ)いていた十五分間のみ。
外に移動する時間はないし、防犯カメラにもそんな様子はなかった。
あなたはこの明かりが点(つ)いた部屋の、どこかにいたことになります。
……でも」


蒼凪プロデューサーの指がフリップの点を次々と指差し。


「この部屋にも! この部屋にも! この部屋にも! どの部屋にもあなたはいなかった!
ただ一つの部屋を除き、全ての客とスタッフが証言しています! 誰もあなたを見ていない!
……では、問題です」


蒼凪プロデューサーは最後に……井の文字、その中心から左に外れた棒を……ちょうど、真ん中と同じ階層の、左側の部屋を指す。


「この……ただ一つ”確認が取れなかった部屋”は、一体誰の部屋でしょうか」

「岩田の……部屋」


軽く震えながら、由良さんが答えを告げると……アーニャが、加蓮達が、アイツとちひろさんも息を飲む。


「はい、正解です」

「なるほど……なぁ」

「なんで……なんで……!? 唯、分かんない! なんでそうなるのか分かんない!」

「……唯ちゃん、蒼凪プロデューサーの言う通りよ」

「岩田議員と……由良さんは同じ階層に泊まっていた。
今ヤスフミが指が指したのは……同じ階層で、ライトアップされた一室。
そして、同じ階に泊まっていたのは……由良さんと、岩田さんだけ……。
もう一つの部屋は『誰もいない』と確認されてるから……もう、そこしかない……!」


聞き分けのない子どもを窘(たしな)めるように、アーニャが苦しげに呟く。


「だから、嘘だよぉ!」

「ユイ、駄目です……」

「ねぇ、そうだよね……由良さん、嘘だよね!
もう一つの部屋に……本当は人がいたんだよね! その人が嘘ついているんだよね!」

「………………すまない」

「なんで、謝るの……!?」


なぜ謝るか……そんなの、もう決まり切っていた。だから自然と……口を開いていて。


「……アンタが、殺したの?」


……だから自然と、全員で由良さんを見やる。

由良さんは感心するやら呆れるやらという様子で……両手を挙げた。


「あぁ。僕が殺した……全て、彼の言う通りだ」

「……ありがとうございます」


それで唯とフレデリカの叫びが無駄だったと突きつけられ……でも、唯は認めきれずに必死に首を振る。


「……嘘つきぃ!」


そうして唯は右手を振り上げ、由良さんを殴ろうとする。

……でも、その手は卯月によって掴まれ、ぐいっと捻り挙げられる。


「ぁぅ……!?」

「……庇ってくれなくてもよかったんだよ?」

「あなたのためじゃありません」


卯月はすぐに腕を外し、怒り混じりの視線を唯に叩きつけていた……。

唯は腕を押さえながら、怯えた様子でその瞳を見つめ返していて。


「あなたには、この人を殴る権利がないって……そう言いたかっただけです」

「なん、で……だって……!」

「殺された人がいるんです。それを悲しんで、心を痛めた人がいるんです。
なのに……いつまで自分のことだけ喚いているつもりですか――!」

「ひ……」


卯月は赤い瞳で、唯を射貫く。唯は震えて、更に怯えて、後ずさって……尻餅を付いて……。

……卯月の気持ちも分かるけど……やっぱりやり過ぎだと、肩を優しく掴んで、諫めておく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……こうして、男達の戦いは終わった。

一進一退のせめぎ合いは、理路整然とした彼の押し込み勝ちと言ったところかしら。


「美城常務、武内くん、大槻さん達も……すまなかった」


由良さんは深く……深く、頭を下げて、私達に謝罪。それで許すというのも違うけど、受け入れることはできた。


「……残念です」

「レナもです。本当に……残念です」


美城常務と竜宮臨時プロデューサーもそれを受け入れて……ただ静かに、悔恨と落胆を告げる。

それだけでいい。過剰な罵倒など必要ない。ただそれだけで……由良さんの心に、深く届くと信じて。


「……君は、何が一番引っかかったのかな」

「一番というか、七つくらい引っかかりました」


彼は笑いながら、恐ろしいことを言ってのけた。さすがに数が多くて、私も……常務と由良さんもギョッとした。


「一つ。実はリビングの灰皿に、何かを燃やした跡がありました」

「燃やした跡?」

「しかもボールペンか何かでつつきながら」


そこで差し出すのは、現場から撮影したと思われる写真……ホントだ。

灰皿だからたばこかと思ったけど、紙か何かを燃やしたような……。


「何を燃やしたか、それはこの際問題じゃないんです。気になったのは、燃えかすをペンでつついた人間がいること。
その人間はものが燃え切るまで、待つことができなかった」

「岩田とは思わなかったのかな」

「あの人じゃありません。まぁお会いしたことはありませんけど……寝室にたばこの吸い殻があったんです」


更に二枚目……今度は吸い殻だけど、根元までキッチリ吸い込まれていた。


「せっかちな人間は、こんな根元まで吸いません。なお吸い殻も調べてもらって、岩田さん本人が吸ったものだと断定されています。
だから思ったんですよ。この事件の犯人はかなりせっかちな人間だと」


かなりせっかち……そこで一つ引っかかった。

私達を出迎えてくれた由良さんは、エレベーターのボタンを連続で押していた。

来るまで待ちきれず、思わずやっていたって感じだった。行動もきびきびしていたけど、それは忙しすぎるゆえのスピード。


つまり時間がない……まさか、蒼凪プロデューサーはそれで目を付けた?


「それなら犯行に銃を使ったことも納得できるし、犯人がホテル内にいるのも確信しました」

「それは私も分かる」

「渋谷さん」

「当たりさえすれば殺傷能力が高く、更にサイレンサーでの消音も可能。一撃で決めればもみ合う心配もない。
……しかも自殺に見せかけたから、現場に銃を残していける。これは『凶器の処分』とも言い換えられるよね」

「あぁ、そういう……」

「これが二つ目です」


そうか……前に読んだ推理小説であったわ。犯人が一番苦慮するのは、凶器の処分だと。

現代の科学捜査なら、その辺りを断定するのはとてもたやすい。でも今回は自殺に見せかけるため、岩田さんの手に握らせていたから。

……だからさっき、別の銃についても示準したのね。効率よく破棄したのなら、持っているはずがないと。


「じゃあ、犯人がホテル内に……というのは、どうしてかしら」

「犯人の心理として、早々に現場から立ち去りたいと思うのが普通だ。でも銃を持ち歩いてうろちょろしていたら?
家を戻るまでの間に職質されでもしたら、その時点でアウトだ。……でも、ホテル内なら?」

「あぁ、そういう……ホテルの中なら、少なくとも警官にいきなり話しかけられるとか、そういう危険は少ない」

「もちろんゼロにはならない。警官はいなくても、ホテルマンがいるしね。
しかも通路だから逃げ場もない……でも、やってやれないことはない」


誰にも目撃されず、移動する……その前提で考えるなら、確かに同じ階層である由良さんは容疑者候補たり得る。

でもそれを”目撃されない”の一点に絞らず、こうして性格的なものに引っかけるなんて……


「あとはその、硝煙反応? それもシャワーとかで洗い流せるのかしら」

「銃本体や衣服はともかく、身体についたものは問題ないよ。しかも衣服についてはクリーニングサービスもある。
岩田さんの死体が発見されたのは、今日の早朝――。岩田さんの遺体発見が遅れれば、悠々自適に証拠のもみ消しが計れる」

「それであなたは早々に、クリーニングサービスを押さえたのね。でもそれだけなら”せっかち”とは」

「せっかちは逆に言い換えると、”時間への意識が高い人間”なのよ」

「時間への意識?」

「仕事を効率よくこなす上で、必要なことは何か。それは必要な作業とその段取りを最効率で、手際よく行うこと。
そのためにはゴール地点を意識することが重要。最初期から……どういう行程を進み、どう終わらせるかってね。
……自分の中で明確に道筋が決まっているから、ちょっとしたズレや段取りの遅れには弱い。ついイライラしちゃうのよ」


……紡がれる言葉の一つ一つでイメージするのは、きびきびと動くビジネスマン。自然と、由良さんの姿と重なった。


「なるほどね……」


速く速くと言っても、大事なのはその中身。だからこそホテル内に潜伏して、犯行を実行した可能性が高い。

それは目から鱗(うろこ)の考え方だった。せっかちって損な性格って思われがちだけど、そう口にするととても有能な。


「実際有能なビジネスマンには多いんだよ、せっかちな人」


考えが読まれた? ギョッとしていると、彼は意地悪く笑う。

だけどせっかち……そう言えば。


「それなら、美城常務もせっかちな方ね」

「えぇ。自分もエレベーターのボタンを押しまくる姿も見たことが……」

「私も見ました!」

「……改善中だから、言わないでもらいたいな」


自分でも短気だって言っていたけど、それは見えている最短コースを、突き抜けようとする意識の表れだった。

……でもまぁ、常務についてはその短所を理解しているようだし、問題は……あんまりないのかしら。


「でもそれ、もしかしてプロファイリング……」

「南井さんって女性警察官がいてね。その人がとても優秀なプロファイラーで、勧められて勉強しているんだ」

「あら。それなら私達のこともお見通しとか」

「実はね。でも言ったらセクハラだから自重する」

「ふふ、ありがとう」


そもそもプロファイリングってあれでしょ? 心理学の要素もあったわよね。

つまりはそういう、内面的なものに触れるせい。


……そういう姿勢は紳士なので、ついほほ笑みを返してしまう。


「じゃあ三つ目……でいいのよね。次は何かしら」

「岩田さんとの関係をひた隠しにしていたこと」

「早めに申告しておくべきだった。そうすれば僕が岩田の部屋に出入りしても、決して不自然じゃあない……だろ?」

「えぇ。四つ目は、現場のテーブルに残されていたビール缶」


そうして三枚目の写真。今度はテーブル上に置かれた、開けられていないビール缶が映っていた。


「自殺なら、勢いを付けるために飲酒して……というのはあり得ます。でも岩田さんに飲酒の形跡はなかった。
ビールを取り出し、そのまま飲まずに死んだのはなぜか」

「とても重要なことだね」

「レナ……」

「だってそれは、それは死の直前に取った行動……人の意志が、行動の思わくが込められたものだもの。
そこを紐解けば、そのときの状況が大まかにでも見えてくる」

「では蒼凪プロデューサー、その行動の意味というのは」

「……岩田さんは、由良さんにビール缶を渡した。一緒にお酒を飲むために」


それは図星らしく、由良さんは感動すら覚える様子で、その瞳を輝かせ始めた。


「ビール缶と冷蔵庫の不自然な跡は、それを戻したときのもの。蓋を開けなかったのは……あなたが電話中だったから。
それも仕事のものです。一応気づかったんでしょうね、テレビの音量も最小設定でしたから」

「……その通りだ。
だから君は、こう考えたんだね。犯人は岩田を殺したとき、電話の最中だった。
逆を言えばその時間に、何らかの商談をしていた奴が犯人だと」

「もちろん……その商談の通話記録を調べれば、殺害時の状況もより克明になります」

「ぁ……!」


そこでフレデリカが、涙目で突きつけられる。

……自殺があり得ないって詰め手が、一体どこから発想されたものか。

そこまで考えて……そこまで知ろうとして、真実が浮かび上がるものだというのも、しっかり痛感する。


そう、これこそが、彼が岩田議員と一緒にいたと……そう確信できた理由。


(ビール缶一本から、そこに至れる……)


舌を巻くしかなかった。


(それこそプロファイリングだわ)


小さな事実を見過ごさず、拾い上げて……それが、横やりを許さない真実に繋がっている。

……となると、まだまだ残っている気になった点も引っかかる。それは、由良さんも同じらしくて。


「五つ目は」

「テレビのチューナーです。まぁ、壊した意図は分かるんですよ。会見映像を見て、岩田さんは嫌気が差す。
それでテレビを壊した上で、自分も……そういう流れを作りたかったのは」

「あぁ」

「でもドラマじゃないんですから、タイミングよく壊れる物証なんてありません。
音を拾われる可能性も考え、あえて壊さない方が賢明でした」

「嘘……」


彼の能力を疑っていた唯ちゃんも、その様子には目をパチクリさせる。

本当に、信じられないという様子で……でもそれも勘違い。


やっぱりプロというか、専門家の見方は鋭いと感じる瞬間だった。


「六つ目。今日、横浜に向かう途中……岩田さんの死因を説明しましたよね。あなたが警察から疑われていることも話して」

「話したけど……なにかボロを出したかな」

「そのときあなたは、こう仰(おっしゃ)っていた。由良は自殺じゃないのかと。
……あの段階では報道機関に対し、変死とだけ発表していたにも拘(かか)わらず」


由良さん共々ハッとする。いいえ、それは他のみんなもかしら。

由良さん本人ですら気づかなかった、ちょっとした漏れ……それを察したその洞察力に、感服を覚えていて。


「あの状況で自殺と言い切れるのは、そう”偽装”した犯人だけです」

「……プランを練るのは得意だと思っていたんだが、詰めが甘かったかぁ」

「まぁ仕方ありませんよ。早々に僕が現れて、あなたも動揺されていた」

「かなりね。……となると、最後の一つが気になるな。今のがとどめにふさわしいと思うけど」

「イベントを忘れていたこと。覚えていれば、そもそもこの日に実行しようとは思いません」

「……いや、それは本当に知らなかったんだが」

「そんなはずはありません。これを提案したのはあなたです」


……そこで驚きの事実が明かされ、由良さんが面食らう。


「……僕が?」

「二か月前に、ホテルの支配人が相談したそうで。
あなた、すっかりそのことを忘れていたから」

「それは確認……しているわよね。こんな大仕掛けをするくらいだもの」

「支配人本人にね。しかもあの方は昨日、あなたが出かけるとき、イベントについても確認していた」

「……されたね」


それは、由良さんにも覚えがあることだった。

……だからああいう言いぐさをしていたのだと、ようやく思い当たる。

それで納得もする。これこそ本当に……最後の詰め手にふさわしいと。


「忙しすぎるのも考えものです」

≪でも”困ったときの”と言った意味は分かりますよ。効果的ですから≫

「ふ……」


由良さんは疲れ切った様子で……でも、どこか解放されたような清々(すがすが)しさも感じながら笑って、蝶(ちょう)ネクタイを緩める。


「……それ、見せてもらっても」

「どうぞ」


その上でスケッチブックと実際のホテルを……自分の首を絞める結果となった、イルミネーションの”アイディア”を確認し、自嘲。

完全にネクタイを外し、襟元も緩め、深く……深くため息。


「何だかどっと疲れた気がする」

「働きづめでしたからね。でもあなたのレストラン、行ってみたかったです」

「永遠に叶(かな)わない夢になってしまった……いや、僕が壊したのか」

「でもここからやり直すことはできます」


……そこで蒼凪プロデューサーが驚きの言葉をかけてきた。それには由良さんも苦笑。


「銃まで使って殺したんだ。出所する頃にはもうおじいちゃんだよ」

「由良さん、あなたほどの人なら知っていますね。カーネル・サンダースさんが、
ケンタッキーフライドチキンを作った経緯は」

「……究極の遅咲き王か」

「恭文くん、その話好きだよねー」

「ちょっといいかしら」


空気を読んでいないとは知りつつも、気になったので挙手して質問。


「ケンタッキーフライドチキンは私も知っているけど、何か関係が」

「じゃあレナが説明してあげる。
……カーネルさんは元々ガソリンスタンドを経営していたんだけど、二度ほど潰しているんだ。
二度目の倒産時には六十五才――でも年金が少なくて働く必要が出てきた」

「……もう還暦を過ぎているのに。でもその時点でケンタッキーフライドチキンは」

「そこから生まれたの」

「このタイミングで?」

「そこで切り札となったのが、スタンド時代に出していたフライドチキンのレシピだ」


由良さんは子どものように瞳を輝かせながら、ホテルのイルミネーションをもう一度見つめる。

人を殺した……犯罪者とは思えないほど済んだ表情。きっとこれが、本当のこの人だったんだと思う。


「レシピを必要としている人達に提供して、そのロイヤリティーをもらう。今で言うフランチャイズチェーンの原型とも言えるシステムだ。
元々は二つ目のスタンド経営時、一店だけやっていたものでね。それをテストケースとして、本格的に広めたんだよ」

「それを……もう還暦も過ぎたカーネルさんが構築し、ケンタッキーフライドチキンは生まれたんだー。
……でもとっても大変だったの。なけなしの年金でガソリンを買い、アメリカ中を走り回ったそうでね。
でも還暦を過ぎたおじいちゃんの売り込みだから、千回以上も断られた……しかも車の後部座席で寝泊まり」

「それは、また……」

「でも営業は少しずつ実を結び、その結果世界的な成功を掴(つか)んだんだよ」


あぁ、それで究極の……もう人生の終わりも見えた中で、世界的なチェーンを作り上げたなんて。

なら、この話をそこでするということは――。


「だがよく知ってるね」

「ありすちゃんくらいの頃、自伝で読んだんだよね」

「そうそう。……感動したんですよ。それ以来カーネルさんとさん付けで呼ぶように」

「気持ちはよく分かるよ。彼は僕ら起業家にとって、紛(まぎ)れもない偉人だ」


嘘偽りなく、由良さんはそう告げて……自嘲する。


「……だが、彼は殺人なんてしていない」

「由良さん」

「それでも、やり直せるだろうか」

「確かにあなたは罪を犯しました。それから逃げることはできないし、僕も見過ごすことはできない。
あなたは今まで、歯を食いしばって培ってきたもの……その大半を失う。
美城常務やこの子達の……あなたをこれまでの仕事で信じてきた人達を裏切った罪を、購うために。
……でも、そこで終わりじゃない」


――この人は自分で、自分の夢を嘘にした。忙しすぎて、働きづめで、叶(かな)えるために必要なプロセスから逃げた。

奪わなくてもいい命を奪い、その未来を、時間を奪った。……でも終わりじゃない。


彼もまた星のように瞳を輝かせ、真実を巡り戦った好敵手に……エールを送る。


「あなたは生きて、生きて……どんなに苦しくても生きて、やり直すんです。もうこんな間違いを犯さないよう、強く」

「蒼凪くん……」

「だから、あなたの罪を数えてください。それでもう一度……夢を叶(かな)えていきましょう」

≪今度は夢も、採算も、両方通す形で……ですね≫


その罪と向き合い、数えて……それでまたやり直す。そういう悔恨と、決意が必要だった。

その言葉は私にも突き刺さって。もちろん、苦笑する由良さんにも届く。


「人生は自分で作るもの。遅いということはない――」

「カーネルさんの言葉ですね」

「あぁ、そうだ……その通りなんだ」


それで男達は笑顔で立ち去る。由良さんは私達に一礼……十秒以上の謝意を示した上で、彼に続く。


「……美城常務」


かと思ったら、彼は思い立ったように常務と向き合う。


「なんでしょう」

「ご迷惑ついでに、一つご報告を。
……美城会長は銀行から多額の金銭をを引き出しています」

「金銭?」

「会社の金ではない、個人的財貨です。財布番の弁護士を通さなかったそうなので、個人的支出かと思われます。
あなた方への信用調査の際、うちの秘書……篠田さんが調べてくれまして」

「それを今、この場で私に言うということは……話は前後しますが、額は幾らに」

「……三億」

『――!?』


…………未成年である私達には想像もできない額に、場が騒然となる。

いえ、それは常務も同じ。あり得ない額で、顔が真っ青になっていた。


「しかも……そこから更に二億が引き出されている」

≪なの!?≫

≪……合計五億ですか。由良さん、それはいつ≫

「彼女達との会議が始まる直前に。
……彼らは、何らかの報復を考えていると思われます。どうか注意を」

「……ご厚意、痛み入ります」

「いえ……では」


そうしてこの部屋には、私達だけが残った。妙に清々(すがすが)しい余韻だけを、男達は残していて。

……そのせいか、三億……二億というお金の圧力は、多少だけど……和らいでいた。


それで私は……一つの残り香りに、どうしようもなく胸が高ぶって。


(……彼が厳しいのは、罪を見過ごさないのは、信じているからね)


人はどこからでもやり直せるし、変わっていけると。

彼は真実を追究することで、そんなエールを送り続けているのかもしれない。


不器用だけど、一人一人に……届け物をするように。


(……これは持ち上げすぎかしら)


つい苦笑してしまうけど、気持ちは変わらない。


(でもね、ときめいたのは事実なの)


彼の在り方に、彼の強さに――輝く瞳で描く夢、その先を知りたくもなって。


(ヤスフミ……蒼凪、恭文。……彼の瞳……彼の輝き……もっと、近くで)


そう思っていたら、自然と足が動いていた。

この気持ちを伝えるために。私の存在を、刻むために。


……腰のポーチに入れている”相棒”も、きっと……同じ気持ちだから。


(『その男、多忙につき』――おしまい)








あとがき


恭文「というわけで、番外編的なお話もこれにて終了。次は改めてステージ12となります。
……まだまだお姫様気分が抜けないクローネ。その辺りも常務や凛達できっちり締めつつ、定例ライブって感じに」


(というわけで、次の話はこの直後からスタートします。
え、なぜかって? ……収まらなかったシーンがあるから!)


恭文「四話目に続けるだけはないんだよねぇ……事件も終わっているし。
とにかくお相手は蒼凪恭文と」

古鉄≪どうも、私です。……またフラグを建てましたね≫

恭文「違う!」

古鉄≪あなた好みだからって……ちょっとあぶない拍手みたいに≫

恭文「だから違う!」


(そう、違うのです。その流れも次回に)


恭文「とにかく、今日はいろいろ盛りだくさん! なんと言っても楓さんの誕生日だし………………グラブルでコードギアスコラボが始まったしー!」


(というわけで蒼い古き鉄、グラブル世界にやってきました)


恭文「……わー! 本物の紅蓮だー! ランスロットだー! ガウェインだー!」(瞳キラキラー♪)

スザク「……な、なんというか……照れくさいね、ルルーシュ」

ルルーシュ「照れくさいというか、眩しすぎる……! コイツは俺達より年上だろうに!」

カレン「というか、その……あたしの胸にその眼光はおかしいでしょ!」

楓「ごめんなさいね。恭文くん、奇麗なものや素敵なものには分け隔てなくときめく子だから」


(誕生日ということだからか、ダジャレクイーンも一緒にきています)


カレン「アンタも止めてくれない!?」

楓「どうして? いやらしい感じではないのに。感動とときめき全開の視線なのに」

カレン「だからこそだってぇ! いやらしい感じならまだ分かるのに……気恥ずかしいの!」

楓「……それは自慢かしら」

カレン「はぁ!?」

楓「ふふふふ…………合い言葉は、Bー」

カレン「えぇ……!?」


(そして地雷を踏み抜いた音が……かちり)


スザク「……君、ちょっと話した方がいいよ?」

ルルーシュ「スザク、無駄だ」

恭文「……C.C.様、ピザができましたー!」

C.C.「ほう……お前はルルーシュと違い、面倒臭くないな」

スザク「話を聞いていない!?」

ルルーシュ「自由だな……」


(というわけで、蒼い古き鉄はイベントを頑張る…………が、そこには重大な落とし穴が!
本日のED:FLOW『COLORS』)


※一方その頃――蒼凪荘


マシュ「……………………恭文先輩、いないんですか!?」

フェイト「うん。コードギアスコラボで、ナイトメアフレームをゲットするんだって……旅に出て」

ゴルドルフ「なにやっとるんだアイツはぁ! どうするんだ! もうすぐ第二部第4章が開幕だぞ! 明日は生放送もあるんだぞ!」

マシュ「所長、落ち着いてください。恭文先輩のことですから、第4章開始までには」

ナインボール・セラフ≪マスターなら二週間は帰らないと思うぞ。そう言っていたからな≫

マシュ「えぇ!?」

ダヴィンチ「あらら……やっぱりあれかな。ゆかなさんボイスなC.C.って子が目当てで」

フェイト「それです……!」

ダヴィンチ「うん、分かった! こっちもコードギアスとコラボしよう! そうすれば彼も戻ってくるはずさ!」

マシュ「さすがにそれは無茶かと……!」

フェイト「そうですよ! というか、立香ちゃんは!? マスターは立香ちゃんですよね!」

ゴルドルフ「それなんだが……うん……実はだな」

ぐだ子『我が青春のコードギアスがグラブルとコラボするそうです。
なのでしばらく、空族になってきます――ぐだ子』

フェイト「…………ぐだ子ちゃんまでぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

マシュ「止める間もなく飛び出していきました……!」

ゴルドルフ「がああぁああぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁ! どうするぅ! どうするんだこれはぁ!」


(おしまい)





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