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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
とまと2019年開始記念小説 『喋りすぎた男/PART2』

スポットライトを浴びながら、振り返って軽く会釈。


「えん罪というのは、なぜ起こるか……一言で言えば、『人間が罪を裁くこと』が原因です。
事件の全てを知っているのは、基本的に犯人だけ。捜査する側は、いろいろな証拠や証言、状況からその真実を探っていくわけです。
でもそこに、偏った先入観や固定概念が入り込むと……あっという間に真実は遠くなる」


僕も気をつけなくては……そう思いながら、右人差し指を指す。


「なので今、誰かを疑っているそこのあなた……その疑いを突きつける前に、一つ考えてみましょう。
今、あなたが見えている真実は――」




とまと2019年開始記念小説 『喋りすぎた男/PART2』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


僕の人生は順風満帆……足を引っ張る馬鹿女が消えて、しかもその罪は友達が背負ってくれる。

実に満足のいく日常が始まった。今日もそんな一日で……。


「そうですか……ところで、今はどんな事件を」


今日は義父と義母(予定)、それに彼女との会食。

食事も終わり、食後のコーヒーを頂く中……お父さんが穏やかに聞いてきた。


「はい、細々と……」

「今度、あれをやるの! 現職小学校教師の殺人事件! 新聞に出ていたでしょ!?」


すると彼女がまた……いや、誇らしげなのは有り難いんやけど。


「こら、幸子。夫の仕事を軽々しく公表するんじゃありません」

「あ……ごめんなさい」

「すまないね、小清水くん」

「いえ」


でもお父さんに叱られて、彼女も反省顔。

……それも可愛いし、今回は許すとしよう。


「だがあれは、かなり難しい事件じゃ」

「そうなんですけど……被告人が友人なので、助けてやりたいと思いまして」

「そうだったんですの……それは、なんと大変なことに」

「だが、小清水くんなら大丈夫でしょう」


お父さんの太鼓判を押され、笑顔で応えていると……目に付く黒い影。

……ちらついたのは、あの二階堂の生徒……忍者の蒼凪くんやった。


「我々の仕事は得てして損得勘定が多くなりがちですが、たまにはそういう仕事も受けないと……こう、バランスがね」

「えぇ……よく分かります」


若いけど、いろいろな事件に巻き込まれては、解決してきた若手忍者のホープ。

専門はオカルト・異能の事件らしく、そっちでは右に出る者がいない。

でもオカルトが絡む以外も……一見すると完全犯罪に見える事件でも、サクッと解決するとかなんとか。


ざっとやけど経歴や、この子が関わった事件の捜査記録も見てきたけど、かなりの強敵と見ている。

目を付けられると厄介やし、上手く……温和に対応していこうか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


彼女達との食事が終わって、一言断った上で……レストランの二階テラスへ。

そこから様子を窺っていた蒼凪くんに一礼しながら、お父さん達の方を見下ろす。


「すみません、なんかおじゃましちゃいまして……」

「えぇよ。ちょうど終わりやったし」

「あ、それとご結婚、おめでとうございます。事務所の方でお伺いしました」

「え、事務所来てくれたんか」

「預かり物がありまして」


蒼凪くんが近くのソファーを指すので、着席させてもらう。

えぇとこのレストランやから、こういうちょっとした調度品も高級。もう、身体が沈むかのような座り心地で……!


「学内だと、二階堂が無実だって信じている生徒や教職員が多数いまして。
それで小清水先生が弁護士ということで、陳情というかお手紙を……」

「そうやったんか……。ほな、明日事務所に戻ったら必ず」

「ありがとうございます。
それで……あちらが婚約者の方で」

「そうそう……若い方やから」

「はい」


お義母さんを指されてもあれやし、キチンと彼女に振り返り、軽く指差し。


「若い頃の大竹しのぶさんに似ていますね」

「僕は八千草薫やと思うとるけど」

「あ、八千草さんにも似ていますね!
婚約者さんの前ですけど、チャーミングだー」

「……君、もしかしなくてもレトロ好きか?」

「実は」


蒼凪くんと笑い合いながら、軽く席を譲る。

すると彼は一礼して、すっと隣に座ってくれた。


……こうして見ると、ほんまに小さいなぁ。というか、肌艶とか顔立ちから見ても女の子で通るで。


「まぁそれで、いろいろ調べてはみたんやけど……やっぱしんどい裁判になるなぁ」

「状況証拠がロイヤルストレートフラッシュですからねぇ」

「それで……お手紙をもらっておいて、こういうことを言うのもアレやとは思うんよ。
ただ蒼凪くんは忍者さんで、我々の仕事にも近いところがあるから、ぶっちゃけると」

「えぇ」

「……傷害致死で情状酌量に持ち込むのが、ベターやと思う」


そこで蒼凪くんの目が、僅かに鋭くなる。


「つまり、二階堂が殺した……その事実を認めた上で、故意ではないと」

≪なの!? でもそれじゃあ、二階堂……えん罪が晴れないの!≫

「でも無罪にはできる。
その最低目的を達するには、今のままやとこうするしか」


弁護士としては力不足……それを認めるように、彼へと軽く頭を下げる。


「すんません」

「いえ、先生が謝ることは……お話は分かりました。
なら僕はぎりぎりまで、証拠集めをしてみます。
それに他のみんなにも、こう……そういう戦略もアリだってことは、ほのめかしておきますので」

「助かるわ」

「でも、実際問題……その最低条件での勝利は得られるんですか?
検察側も今回の件、かなり力を入れていますし」

「それについても考えていきますんで、もう少し時間を」

「よろしくお願いします」


なんやなんや……彼はめっちゃ素直やなぁ。

思ったよりさっくり話が進みそうで、内心ホッとしていると。


「それなら……現場に行ってみませんか?」

「現場?」

「担当の刑事に知り合いがいまして。
僕達の言葉にも現場百編という言葉がありますし」

「ほな、行きましょうか!」


彼からのいきなりな誘いに、つい乗ってしまって……気づくと、ベンツのハンドルを握って、車を走らせていた。


…………そういや、資料にあったなぁ。

彼はまるで友達みたいに犯人へと付きまとい、証言をズルズル引き出していくって。


もしかして僕、ミイラになってもうたのかと……内心ビクビクし始めていた。


『――次の信号を、左です』


車線を左に寄せつつ、流れる夜景の輝きを楽しむ。

事情ありのドライブやけど、ゆったり流すのは気分もえぇからなぁ。


「でもスムーズに運転しますねー」

「カーナビあるしなぁ」

「だから驚きなんですよ。
……うちの第一夫人は免許を取った当初、ナビの声に振り回されて急発進・急カーブが多くて」

「そこはもう……ドライバー歴二十年の腕やから」


というか、サラッと第一夫人って……く、コイツは人生の敵や。

ハーレムできんで殺人犯した僕の、アンチテーゼそのものや。


「あ、そうだ。
先生、事件当日って事務所で仮眠を取っていたんですよね」

「そうやけど……え、アリバイ確認?」

「すみません。聖夜市警察の方が捜査に加えてくれたのはいいんですけど……嫌な仕事ばかり押しつけてきて」

「あぁ……僕も都心にいるし、知人やから」

「えぇ」

「うん、それなら……秘書の幡随院に聞いとると思うけど、仮眠しとったよ」


『幡随院に確認は取っているんだろう』と、カーブを曲がってから横目で見やる。

すると蒼凪くんは、苦笑気味にすぐ頷いてくれた。


「事務所から聖夜市やと、一時間くらいかかるし……幡随院さんには電話でお目覚めコールもしてもろうたからなぁ」

「それも聞いています。
……いや、すみません。運転まで任せてしまったのに、嫌なことを」

「そういう仕事ってことは理解しとるよ。大丈夫」

「でもよく時間まで分かりますね」


和やかな空気の中、ちらりと心に棘が刺さる。


「……なんでやと思う?」

「何か理由が」

「ほら、聖夜市は……池の畔に、名物があるやろ。バナナ羊羹ってのが」

「……あれですか! え、好きなんですか!」

「最初食べたときは”なんやこれ!”って思うたんやけど……定期的に欲しくなるからなー。実はよく買いに行っとるんよ」

「分かります分かります! 実は僕の姉弟子も、それでちょいちょい通っていて……!」


……まぁ、定期的に食べとったのはひな子なんやけど……僕も好きやし、問題ないやろ。


「で、ぶっちゃけ……二階堂が殺したと思っていますか?」

「そうやなぁ。年の離れた友達としては……弟分の無実を、ちゃんと信じたい。
でもな、弁護士としてはこうも思うんよ。”依頼人は嘘をつく”ってな」

「弁護士だろうと、言いたくないことは出るものだそうですしねぇ」

「または”特に言う必要がない”と思って、何も話さない……結果的に嘘になる。
正直それが一番困るんよ。そういうのに限って決定的な証拠だったりしてなぁ」

「難しいものです」

『――二つ目の信号を、右に曲がってください』


カーナビのおかげで、行き慣れているという疑いは持たせずに……なんとかマンションに到着。

ホッとしながら車を降りて、玄関ロビーに入る。


「でもちなみさん、小清水さんには感謝していましたよ。
実刑を覚悟していたのに、助けてもらったって」

「情状酌量の余地はあったからなぁ。というか、連絡取ってるんか」

「ニューヨークの家におじゃましたこともあります」

「元気そうやったか」

「それはもう……新しい旦那さんとの惚気もたっぷり聞かされて」

「それはめでたいこっちゃ」


幸薄そうな感じやったのに、キチンと花まる……掴んだわけか。

こういうことがあるから、弁護士はやめられない。改めて仕事の楽しさを感じていると……。


「うぉっと!」


蒼凪くんがキーホルダーを落とし、慌てて床に蹲る。


「すみません……ちょっと、ボタンを押してもらえますか」

「あ、あぁ……」


いわゆるテンキーのボタンに触れて……停止する。

ついいつものくせで押しかけたけど、何かが引っかかった。というかこれは……!


「…………番号」

「はい?」

「というか、押し方……初めてきたし、僕」

「あ……そうですよね! すみません!」


アリバイを聞かれたときから、嫌な予感はしていた。

でも間違いない。コイツ、僕のこと疑っとる……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


部屋番号は蒼凪くんが押してくれて、無事に中へ入り、エスカレーターへと乗り込む。


「こういうきっちりとした設備なので、防犯カメラも付いているんですよ。
玄関と、エレベーターと……本来なら廊下の方も」

「やろうなぁ……」

「でも玄関はともかく、エレベーターと廊下の方は、老朽化が原因で故障していたそうで」

「そうなんですか。それはまた、お気の毒に」


それについても知っとる。廊下に故障と修理日程の旨が張り出されとったし。

玄関入るときも、きっちり変装したし、僕やとバレることはまずない。


うん、僕の犯罪は完璧や。そもそもカメラに写っていたからって、僕が殺したってことにはならんやろうしな。


「ただですね、分かったこともあるんです……あ、どうぞ」


エレベーターが目的の階に到着したので、先に降りさせてもらう。

蒼凪くんは後から続き、ひな子の部屋まで案内してくれる。


「どうも向井ひな子さん、”先生”と呼ばれる男性と付き合っていたそうで……仕事仲間の方から証言が得られました」

「……それ、二階堂で確定とちゃいますか?」

「ところがですねぇ……ここでまた面白いことがあるんですよ」


蒼凪くんはそのままひな子の部屋を開けて、そそくさと玄関を抜ける。

スリッパをつけさせてもらって、そのままリビングに入ると……小柄な男がお辞儀してきて。


「ご紹介します。聖夜市警察の刑事課所属、西園寺さんです」

「西園寺です。お噂はかねがね」

「小清水です。
……それで蒼凪くん、面白いことってのは」

「どうも被害者には、月々二十万ほどの”お小遣い”が振り込まれていたようなんです。
それがなんと、ここの家賃とちょうど同額! なおこれは、二階堂がもらってい月給の約八割です!」

「……つまり、向井さんを愛人として囲う体力は、二階堂にはなかった」

「そうなっちゃいますねぇ」


二階堂……というか、ちょお待て。

二階堂が結婚して、嫁さんはもちろん、義弟とも同居している……その点を思い出し、軽くこめかみをグリグリ。


「ほなアイツ、もしかして……」

「はい。芸能事務所社長のゆかりさんより、月収は低いんです」

「教師は安月給っちゅうけど、よくもまぁ……!」

「なお、二階堂は株やFXなどの投資には手を出していません。
というか……そもそも向井さんがどれほど強欲だったとしても、二階堂相手にここまでの金銭を要求するでしょうか」

「ゆかりちゃんの資産目当て……あ、ないなぁ。尻に敷かれとるようやし」

「えぇ」


二階堂と一度恋仲だった上、今でも友達。

しかも金回りのことは、生活を見れば意外と分かるもの。

ひな子が金での愛人契約をよしとし、それでぜい沢を堪能するのであれば、相応の相手を選ぶはず。


そもそも妻に収入が負けている、小学校教師の愛人になるはずがない……えぇ読みやないか、第一種忍者。

いよいよ本気を出してきたと痛感しつつ、天井を見上げ……物珍しそうな視線を周囲に振りまく。


「というか、家賃だけやないでしょ。あっちこっち……このソファーとかも高そうやし」

「つまり……つまりですよ?
仮に二階堂と向井さんが愛人関係だったとしても、もう一人いるんですよ」

「二階堂より金回りがよくて、こういうマンションに棲まわせるのも問題ない……羽振りのえぇリッチマンが……」

「それで、”先生”と呼ばれる……高給取りかもしれない」

「先生と呼ばれているなら、職業はなんでしょうか。
学校の先生はもちろん、医者……塾講師、代議士、大物歌手」

「それに、弁護士とか」


おどけて自分を指差すと、蒼凪くんが楽しげに笑う。


「そうでした……僕、小清水先生って呼んでいましたよね」

「二階堂もな。
でも、僕は殺していない」

「いやいや、先生を疑うなんて……そんなことをするのは、聖夜市警察だけですよ」

「疑っているのは否定しないんやな、自分……」

「恐縮です」

「しかもこっちの小兵さんも認めてくれたし!」


ここまで気持ちよく疑いをさらけ出されると、もう笑うしかない。

つい膝を叩いて、子どもみたいに楽しく……あえて彼の術中にハマっていく。


「じゃあ西園寺さん、あれ……お願いします」

「はい」


小兵さんが何やら意味深なことを言われて、隅に消えていく。


「……あ、足の方大丈夫ですか?」

「へ?」


かと思ったら、急に話が切り替わってビクリとした。


「凶器の破片が、まだいたるところに散らばっているそうなんですよ。
一応そのスリッパも厚いものですけど……もし何かあったら、すぐ言ってください」

「あぁ、そう言う……ありがとう。今のところは大丈夫やから」

「よかったです。
……しかし、ちょっと寒いなぁ。エアコンついてないのかなぁ」


蒼凪くんが、部屋の左脇にあるエアコンに近づき注目。


「あ、ついてないな……すみません、リモコンのスイッチを入れてもらえますか?」

「あぁ、はい」


テーブルに並んだリモコン……その中から白いものを取り、ピッとスイッチオン。

それで部屋の中に、温かな風が吹き始めた。


「ありがとうございます。……でも、よく分かりましたね」

「はい?」

「リモコン……並べておいてあったのに」


…………そこで、ゾッとする。

慌ててリモコンをチェックして、あるワードを発見する。


「ほら、ここ……エアコンって描いとるやろ!」

「あ、ほんどだ。ビーバーエアコン……」

「そう!」


あぶな……! つーかマジで罠を張り巡らせとるし!

警戒……ここからは警戒や! もう襲い気もするけどな!


「……蒼凪さん、お待たせしました」


すると、あの小兵さんが何かを抱えて戻ってきた。

それはグリズリーカラーの、両腕で抱えられるくらい大きな……猫で……!


「ありがとうございます」


蒼凪くんは猫を受け止め、優しく宥めながらソファーに座る。


「あ、先生もおかけください」

「あ、はい……」


なので僕もソファーに座らせてもらう。

ただし蒼凪くんからは、めっちゃ離れて……離れて……!


「この子、ドロンジョって言うんですけどね? あ、向井さんが飼っていた猫です」

「猫……」

「どうも月に何度かはペットホテルに預けられていたそうなんです。
事件当日もそんな日で……付き合っていた男はよっぽどの猫嫌いか、猫アレルギーみたいですね」

「あぁ、それで……男が来るから、猫を遠ざけて……」

「なお、二階堂は違います。ゆかりさん共々ドロンジョには懐かれていて、家で預かることも多かったそうですから」


二階堂、そんなこと……って、言うてたな! ひな子から聞いたわ!

二階堂だけやのうて、ゆかりちゃんや弟の海里くんも、猫好きやから助かっとるってな!


「ところで先生、猫は大丈夫ですか?」

「あ、うん……」

「アレルギーとかもなくて、猫が嫌いということもなく」

「それは、うん……」

「駄目なら駄目でちゃんと仰ってください。
アレルギーは人によっては、命取りになるくらい危ないですし……」

「我々もすぐにドロンジョを退去させますので」

「いや、そこは大丈夫……ありがとう」


コイツら、悪質やなぁ……!

うん、分かるよ? 言いたいことはめっちゃ分かる。

なんせ果物の食物アレルギーを持っている人に、果汁を飲ませて殺した人とか……弁護とかしたことあるし。


しかもな、ああいうのって本人に悪気が全くないんよ。

アレルギーは好き嫌いで、食べ続ければ治るとか、食わず嫌いの類いやって思うとるのがたち悪い。

そういう不勉強なアサシンに比べたら、二人はマジで善良的や。感謝してもしきれん。


でも……ここで猫アレルギーとか言い出すのは! 『私は犯人候補ですー』って踊りながら叫ぶも同然やろ!


「でもそれならよかった。さ、どうぞ……」

「え……!」


つい立ち上がり後ずさるけど、無駄やった。

蒼凪くんは笑顔でドロンジョを抱かせてきて……ああ、我慢。マジでこれ、我慢……!


「……にゃー」


お前も擦り寄るなぁ。そんな顔見知りっぽく目を向けるなぁ。


「ちなみに……アルトとジガンは動物の言葉を翻訳できまして」

「え!?」


いや、あの……そのぬいぐるみさん達が?

なんか連れている可愛い子達が? あははは……それは、もしかしなくても。


「今、なんて言ってる?」

≪えっと……『お前、そんなんだから大竹しのぶと離婚するんだぞ』と≫

「長い! というかそれ、僕とちゃう! 僕に顔の似ている明石家さんまさんやろ!」

≪えっと、ジガンは……『愛人になってやるから、衣食住を満たしてくれー』なの≫

「誇り高く野良猫として生きていこうか……な!?」

「……先生、ペットというのはもしかすると」

「君もそれ以上言うたらアカン! いろんな人から怒られるで!」


全く、全然ピンチやなかった! つーかアホくさ! ビクビクした僕が一番アホくさ!


「蒼凪くん、アカン……この子達の翻訳、当てにならんわ」

「ですねぇ。
いやでも……御主人様もお亡くなりになって、おのれはどうするのよ」

「ちなみに先生のお宅は」

「あ、僕は犬……めっちゃ犬派なんですよ」

「……犬は嘘を吐かないから?」

「ぶ!」


そこでつい、蒼凪くんの言葉に吹き出してしまう。


「自分、よう分かったな!」

「そうなのですか、先生」

「いや……こういう仕事をしとるから、周りのものにまで嘘つかれるのは敵わんのよ」

「僕が前に知り合った……捜査官のおじさんも、同じようなことを言っていたんです。
だから嘘をつかない犬がいい。自分が嘘をつかなければ、犬もちゃんと応えてくれるからーって」

「うん、分かる……もうほんまその通り」


ちょうど犬派なので、小兵くんにドロンジョをお返しして……万事解決っと!


「で……なんの話やったっけ」

「そうでした……ようは理由は問わず、アンチ猫派の彼氏がいたわけですよ。それもお金をたっぷり持っている”先生”が」


そう思っていたら、彼がずいずい詰め寄ってくる。


「事件当日も彼とここで会っていた。だからドロンジョはペットホテルに預けられていたんです」


更に西園寺くんも、ドロンジョの顔を見せつけながら……!


「実際二階堂先生が訪ねる前、人と会っているという話をしていました。
そちらは先生のお電話に残っていた、通話記録から確認が取れています」


あのとき……二階堂と応対したときか! いや、確かに言うてた!

しかしあの女、余計なことばかり言ってくれるなぁ!


「その電話をかけて、二階堂が留守電に来訪を告げて……実際に部屋に入るまで三十分弱。
ここは玄関がご覧の通りオートロックなので、二階堂が部屋を訪ねる直前まで、誰かがいたんですよ。
それで二階堂と入れ替わりに部屋を出て、このマンションからも脱出した」

「防犯カメラの不備についても、事前の出入りがあれば分かることですしね。
なので我々聖夜市警察は、この線で捜査を行いたいと思います」

「その……向井さんに、他に男がいたかどうか……」

「えぇ。交友関係はもちろん、金回りを調べれば……すぐ身元は割れるかと」


それは恐ろしい……さすがにビクビクはするけど、大丈夫。

問題はないと内心でほくそ笑みながら、二人のサンドイッチから何とか抜け出す。


「分かりました! ではその……私はこれで!」

「おや、もうお帰りですか」

「えぇ! 調書を読み込まないといけませんので!」

「そうでしたか……先生、長くお引き留めしてしまって、すみませんでした」

「いやいや、大丈夫やから! ほな……僕はさっき言うたとおり、まず最低限の勝利から」

「よろしくお願いします」


これでようやく解放される……。

むずむずしっぱなしの花と呼吸を堪えて。


「じゃあドロンジョ、ばいばいーだよー」

「にゃにゃにゃ、にゃー♪」

≪えっと今度は……≫

「そこはもうえぇって!」


ぬいぐるみさんにツッコミつつ、逃げるように走り、靴を履いて脱出。

そうしてエレベーターまできて……つい気が緩んで。


「は、ははははは……はっくしゅん!」


勢いよくくしゃみをした。

あぁ、キツい……今日はあれや、鼻うがいして。


「お大事に……」


……その優しい声に、ゾッとしながら振り返る。

すると蒼凪くんが、玄関のドアを開けて、手を振ってお見送り……それに合わせて手を振り替えしながら、エレベーターに乗り込む。


エレベーターのドアが閉じて、ようやくお見送りから解放されて……自由になって……!


「――!」


あの悪党と罵りながら、近くの壁を殴りつけた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……先生を見送ってから、リビングに戻って……適当なソファーに腰掛ける。


「小清水先生の病歴……あと金の流れ、すぐに調べてください」

「はい。
……それと先ほど鑑識から連絡が。
ドロンジョが預けられた日の防犯カメラを確認したところ、小清水弁護士が映っていたと」

「確認は取れるんですか?」

「カメラ映像は認証システムにかけている最中です。
近隣住民の証言については、実は……ですね」

「もう僕達が取ってきたよ」


後ろから聞こえた声に振り返ると、寝室から唯世とやや、りま、空海……それにキセキ達も出てきた。


「おのれらもいたんだ」

「ついさっきお邪魔させてもらった。
……蒼凪君が睨んだ通り、小清水弁護士は近隣で何度も目撃されているよ」

「いっつも同じ車……あのベンツに乗ってきているのもねー。
それとややの情報網でも、確認が取れたよ! 向井ひな子さんと付き合っていたの、やっぱりあの先生みたい!
大体五年前……ひな子さんがこのマンションに引っ越してきた前後から、急に金回りがよくなったんだって!」

「そちらは警察でも確認が取れています。証拠として十分使えるかと」

「……ねぇ、これで先生の無実は証明できるわよね。
状況的に見て、あの弁護士さんが犯人だから」


りま……二階堂の件で相当思い詰めているな。

だから相当頑張ったのは、すぐに分かる……分かるんだけど……。


「…………無理だ」

「は……!?」

「えー! 恭文、どうして!? クスクス達……りまも、唯世も、ちゃんと証拠を集めたよ!?」

「もちろんそれは分かっている。
小清水さんが向井ひな子と愛人関係で、事件当日いたのも間違いない。
動機もある。結婚間近で、ハーレムをするつもりもないなら……だけど」

「何が、問題なのよ! これ以上何が!」

「小清水さんには、アリバイがある」


まずは大前提……。

そこから崩されるとは思っていなかったのか、りまと唯世達が一気に顔をしかめる。


「ただここについては、トリックがある。検証もしたからすぐ崩せるよ」

「じゃあ、他に何があるんでちか!」

「そうだぞ! 奴がここにいたのは間違いない! それで十分ではないか!」

「今回については駄目だ」

「……事件当日ここにいたのは間違いないけど、二階堂が来る前に帰った。
愛人関係なのは確かだったけど、殺していない。
そう言い訳されたら、それ以上手出ししようがない……そんな感じかな、蒼凪君」

「……うん」


唯世の言う通りだった。

もう一つ手が足りない。

向井ひな子さんが死んだとき、小清水がここにいた……向井さんを手にかけたという、決定的な証拠が必要だ。


≪私も賛成です。相手は百戦錬磨の弁護士……半端な仕掛けじゃあ確定無罪を取られるだけです≫

≪じゃあじゃあ、絶対逃げ場がないように、雁字搦めにしないと勝てないの?
でも……二階堂の裁判が! しかもこのままじゃ、殺したこと自体は認めちゃうの!≫

「おい、どういうことだよ……!」

「小清水さんは傷害致死……ようは”殴ったけど殺すつもりじゃなかった”って線で押し通して、情状酌量をもらうつもりだ」

「あなた、まさかそれを認めたの!? それで先生、元通りの生活を送れるの!?」

「送れないよ。殺人を犯したって事実は一生消えない」


そこは隠し立てしても意味がない。

だからハッキリと……最悪のバッドエンドだと、そう告げる。


「それで二階堂はこの提案を飲む。
僕達もそれは否定できない。
今のまま無罪を押し通そうとしても、状況証拠で詰まれるだけだ」

「先生を説得して、こっちの味方に付けるのも無理……そりゃそうだよなー!
この状況で頼るくらいには、信頼している先生なんだろ!?」

「同時に小清水弁護士は、二階堂先生を人質に取ってもいるね。
変に機嫌を損ねれば、弁護に手を抜いて……そのまま実刑」

「なんなのよ、それ……じゃあ、私達は」

「無駄なんかじゃないよ」


りまが勘違いしてもあれなので……ソファーに座りながら振り返り、大丈夫と笑ってやる。


「おのれ、今僕がなんて言ったか聞いてなかったの?」

「聞いたわよ! 手が足りないって!」

「それも”あと一つ”だ」

「――!」

「そうだぜ、真城……あと一つ、大きな決め手があればいいんだ!
俺達のやったことは無駄じゃない!」

「相馬さんの仰る通りです。
……まぁ警察官としては、民間人の捜査活動を止める立場なんですが」


西園寺さんはそう念押しした上で、しゃがみ込み……りまに目線を合わせた。

そうして励ますように、その両肩を強く叩く。


「憎むべきえん罪事件……その真相を、あと一歩まで追い詰めた。
その熱意と努力には、敬意を表するしかありません」

「空海……刑事さん……」

「我々もその一歩を詰めるために、全力を尽くします。
ですから悲観せず、もう少し戦ってみませんか?」

「そうだよ! 諦めちゃ駄目だよ、りまー!」


りまは空海と西園寺さん、クスクスに励まされ……。


「うん……!」


涙をこぼしながらだけど、いつもの笑顔を取り戻した。

……そうだね、僕も諦めない……絶対に真実は暴く。


「真城さんはこれでよしとして……お兄様、どうしますか」


シオンとショウタロス達も出てきて、困り気味にりまを……僕を見始めた。


「まず監視カメラの件は、まだ証拠として出さない方がいい」

「反論されたら、その時点でアウトだからなぁ。もう詰め手がなくなっちまう」

「正しく完全犯罪……だが」

「突破口はある……ううん、必ず見つける――!」


だけどどうする。何か手はあるはずなんだ。

何か……小さなことでもいいから、何か……!


≪だったら、裁判の様子もチェックしないと駄目ですね≫


らしくもなく焦りが募っていると、アルトが宥めるようにそう言ってきた。


≪二階堂は間違いなく思考誘導されます。
それって逆を言えば……≫

「なるほど……小清水の意見陳述。証言を取れる場でもある」

≪それにあの喋り上手です。もしかすると、うっかり”犯人しか知らない事実”をバラすことだって……≫

≪そんなのあり得るの!? やり手弁護士だし、今日の”テスト”だって上手くかわしてきたの!≫

≪それでも見ないよりはマシでしょ。……それにあなたの得意技でしょ?≫

「だね……!」


まずは、来週行われる第一回公判……。

起訴事実の確認から始まるし、いろいろな意味で注目の裁判だ。


まずはここから、穴が開くまで見てやる……全力で……ありったけで!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここまでのあらすじ……もう最悪だよ! つーかあのアホがぁ!

とにかく二階堂の状況を、司さんとゆかりさんに報告。


司さんについては、理事長として事件への対処も必要だ。場合によっては責任問題に問われる可能性がある。

ゆかりさんは……単純に、夫婦関係云々だけじゃなくて。

とにかく、聖夜学園の理事長室……秘密が保たれる場所に、歌唄も含めて集まってもらった。


それでかくかくしかじかと説明――。


「なによそれぇ! じゃあ無罪になっても、えん罪は完全に晴らせないの!?」

「……繰り返しになりますけど、逃げたのが大問題なんですよ」

「そこは、ほら! 一般人だし、動揺していたーとか」

「……」

「どうにも、ならないの?」

「なるような相手なら、そもそも起訴なんてしていませんよ」


とりあえず現状では、裁判を待つしかない。

そう告げると、ゆかりさんは絶望の涙をこぼす。


「……恭文、一つ質問」


そこで腕組みしながら、歌唄が……ちょ、殺し屋の目はやめて!


「犯人を捕まえて、八つ裂きにするのは――!?」

「そうなのです! こんなこと許されることではありません!」

「アタシ達も協力するぜ! BYと海里もいるしよ!」

「まぁまぁ……そちらは聖夜市警察でも頑張ってくれているそうだし、お任せしようか」

「任せろって……その結果がこの有様じゃない」

「でも、それを止める窓口にはなってくれている」


だったらまだ、何とかなるかもしれない。

司さんがそういう趣旨を理解して、歌唄達も何とか矛を収めた。


「これは二階堂先生の処分についても、裁判が終わってから……それで纏めた方が良さそうだ。
仮に執行猶予を取る方針で固めるとしても、まだ揺れそうなんだろう?」

「えぇ」

≪やっぱり教職員の間でも荒れてますか≫

「人気もあった先生だから、余計にね」


――今回のこと、私立学校でもある聖夜学園には、致命的なダメージたり得る。

学校がこれまで培ってきた、親御さんや地域の信頼もパーにしかねないもの。

その点は、二階堂が執行猶予になっても変わらない。


完全無罪……これがえん罪だと示さない限りは、元通りにならない。


「ただ、こちらはまだいいよ。
僕としては三条プロダクションの方が心配だ。
特にゆかりさんは……ご両親からもツツかれているそうですね」

「……離婚するべきだって、それはもうしつこく。
悠はえん罪だって言っても、裏切られた気持ちの方が強いらしくて」


ゆかりさんもその気持ち自体は否定できず、心苦しそうに頭を抱えた。


「それに……決して間違ってはいない。
歌唄の仕事にも影響が出始めていますし」

「マジかよ……!」

「ショウタロス、そこは聞くまでもありませんよ」


社長の夫が殺人事件を起こした……となると、どうしてもなぁ。

しかも歌唄については、イースターとのゴタゴタもあった。余計に注目度が高くなるって寸法だよ。


「私もだけど、歌唄も外に出るのも一苦労で……おチビちゃん、悪いんだけど匿ってくれない?
歌唄の自宅マンションはもう割れちゃってて」

「分かりました。
……とにかく、第一回公判を見てみましょう。
弁護方針や罪状関係も、まずここで指針を建てますから」

「分かった。……そう言えば生徒達から、”裁判を見るにはどうすればいいか”という問い合わせが来ているんだが」

「今は止めた方がいいです。
目の前で二階堂が……故意じゃなくても殺人を認めたら」

「私も恭文に賛成よ。ショックが大きすぎるわよ」

「……そうだね。なら、花沢先生にもそう伝えておこう」


あれ、中等部の方が中心……いや、大体分かった。


「その問い合わせ、元六年星組メンバー……僕やあむ達の同級生が中心ですか」

≪わかなさんのこともあるから、余計に関心が強いと≫

「そういうことだね。
……生徒達のためにも、上手く場を収めたいところだけど」


それも、第一回公判で……ああもう、焦っちゃ駄目だって分かっているのに、つい焦れてくる。

裁判の後半になればなるほど、覆しが難しくなる。裁判長や裁判員の心証が悪くなる分、こちらが不利になるのよ。

そうすると、当然証拠の制度も高いものが求められる。これがえん罪だから余計にね。


……そのハードルが崩せるうちに、勝負をつけなきゃ……本当におしまいだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


奇跡は、起こせない。


――えぇか……これは君のために言うてるんや!――


小清水先生が、悔恨の表情で申し立てたのは……傷害致死で裁かれること。


――殺人罪は間違いなく実刑! 懲役十年は堅い!
そやから、傷害致死……君は向井さんを殴った。でも殺すつもりはなかった。
故意ではない……心の底から後悔していると、裁判長や裁判員にアピールするんや――

――でも、僕は……殺してないんです! ハナを殴ってもいない!――

――他に手がないんよ!――


先生は涙ながらに、そう告げた。


――すまん、二階堂……ほんまは、ほんまは無実にしてやりたい――

――先生……――

――ごめん、ほんまに……ゆかりちゃんにも! 海里くんにも! なんて謝ったらえぇのか!――

――先生……!――


僕には逃げ道なんてない。

僕には、受け入れるしかない。


だって僕は……僕は……!


「――被告人」


鋭い女性の声で呼びかけられ、びくりと震える。


そうして周囲の景色が、今の色を取り戻していった。

そうだ、ここは裁判所。僕は今、証言台に立たされていて……。


第一回公判の真っ最中で、今は……えっと……。


「控訴事実に、間違いはありませんか?」


裁判長の女性は眼鏡を正し、僕を厳しく……まるでゴミのように見ていた。

その視線は以前、僕がいろんなものに向けていたもので。


「罪状認否、でしたよね……」

「そうです。
もし事実と違うところがあれば、今この場で仰ってください」

「…………殴ることは、殴りました」


だから、僕は認めるしかなかった。


「でもハナを……向井、ひな子さんを殺すつもりなんて、ありませんでした……!」

「弁護人、間違いはありませんね」

「被告人が証言した通りです」

「では被告人、席に戻りなさい。
これから証拠調べの手続きに入ります」


だって僕は、罪人なんだから。

ようやく……本当にようやく、裁かれるべきときがきたんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――二〇一二年十一月二三日

向井ひな子殺人事件・第一回公判



第一回公判が開始された。

まずは検察側が公訴事実……ようは事件の内容を説明し、被告人がそれで正しいか確認する。

そこで二階堂は、認めてしまった。


二階堂は殴った……暴力行為を働いたけど、殺すつもりはなかったと……!


「……あの馬鹿」

「これは、マズいことになりそうだね」

「えぇ」


僕やショウタロス達と一緒に、裁判傍聴に来た司さんと花沢先生。

憔悴し切った二階堂の様子に、その発言に、顔を顰めていて。


なお唯世達については、今回は学校もあるので遠慮してもらった。

そう、遠慮してもらった……唯世達は、遠慮してもらったんだけど……!


「ねぇ、殴ってきていいかしら」

「絶対やめて――!」


腕組みして、殺気全開の歌唄を何とか押さえる。

というかもう、抱きつく勢いでしっかり停止させておく。


「……恭文、私と常に愛し合いたいのは分かるわ。
でもね、さすがにこんな人前はどうなのかしら」

「違う――! というかエル、イル、おのれらも止めて」

「了解なのです……! というか、さすがにここで大暴れはアウトなのですよ!」

「そうなったら歌唄も逮捕されるよなぁ」

「間違いなくね」


イルの言う通り、マジで逮捕される。殺し屋の目をしている時点で遅い気もするけど、これ以上は逮捕される。

そうなったらもう三条プロは終わり……ゆかりさんが脳卒中とか起こさないためにも、全力で止めなくては。


「……蒼凪くん、ほしなさんはお任せしても……大丈夫かしら」

「えぇえぇ。というか、花沢さんの手には負えませんから」

「だと思うわ……!」

「何よ、人を猛獣みたいに」


猛獣の方がもっとマシだと思うのは、きっと僕だけじゃない。


「でもあなたとほしなさんが言う通り、生徒関係者の傍聴は止めて正解だったわね……」


現に花沢先生は、そう言いながらビクビク怯えていたし。


「あの姿を生徒達が見たら、どれだけショックを受けるのか」

「理解してくれて助かります」

「でも、殺したのを認めるのが、本当に戦略なの……!?」

「情状酌量を求める方針です。それでも普通なら難しいんですけど……」

「本当に、真犯人が出てこない限りは……かぁ」


焦りは募る。

二階堂の事件は、学校のみならず……当然三条プロダクションの経営にも差し支えを出している。


なにせ社長の夫が……だしねぇ。とんだ不始末として、ワイドショーのネタにされるわけだよ。

つまるところ、所属タレントである歌唄の将来もヤバい。


だけど焦っても意味がない。

僕はここに、証拠を見つけにきたんだ。


一挙手一投足から、決して目を離すな……!


「あとは、二人も頼まれた情状証人ですね」

「えっと……二階堂先生の人間性を示す証言、だったよね」

「それなら、私達はいくらでも出せるけど……でも理事長、このまま学校に置いておくのは」

「そこも、裁判の結果が出てから考えようじゃないか。
……子ども達だって心穏やかじゃないのに、僕達が慌ててもね」

「……はい」


残念ながら、僕達には動揺することすら許されない。

だって二階堂が事実を概ね認めたことで、今まで信じていた子も……裏切られた気持ちになるし。


それで一番の問題は……二階堂がそれすら含めて、受け入れてしまっていることだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


まずは事件の振り返り……検察側が証人を尋問する。

証人として今回呼び出されたのは、なんと西園寺さんだった。


「――では、凶器に使われた水差しは、直径何センチくらいでしょうか」

「現在メーカー及び販売店を問い合わせ中なので、取っ手の部分からの推測でも」

「構いません」


相手の検察官……今回の担当は、ベテランの矢車さん。

四十代後半で、黒髪をオールバック。シワの入った精悍な顔が特徴だった。


「直径十二センチ前後と言ったところでしょうか」

「となると、かなり重たいんじゃ」

「えぇ」

「五キロくらいでしょうか」

「そのくらい、ですね」

「そんなものを、人の頭に叩きつければ……結果は自ずと分かるでしょう」

「そうですね」


その言葉をひったくるように、矢車検事は蛇の目で西園寺さんに睨み付ける


「どうなりますか……!」

「ほぼ、即死かと」

「以上です」

「ただ、被告人が殺したというのには疑問点があります」

「証人は質問されたことだけに答えてください!」

「いえ、検察にまた踏みにじられても困るので、ここはキチンと言っておきませんと」

「以上です! お疲れ様でした……!」


これ以上何も言うな。

警察が……検察の味方が、犯人の肩を持つな。

そんな裏切りは絶対にするな。


そういう視線を、侮蔑を叩きつけられ、西園寺さんは一旦黙る。


”役者もできますね、西園寺さんは”

”うんー”


後々の布石として、検察の横暴を……それを臭わせる遺恨を、きっちり残した。

だからほら、記録係もカタカタと……これで検察の馬鹿を潰せるかも。


……え、それは酷い? 向こうも仕事? 何を仰るウサギさん。

二階堂が無罪放免になっても、一度貶められた名誉はそう簡単に回復しないのよ。

そのためにはマスコミ経由の広報活動だけじゃない。キチンとした法的処罰も必要になる。


誰のせいでこんなことが起こったか……それを明確にした上で、処断するのよ。

まぁそれについては、やっぱり無罪放免が決まってからなんだけどねぇ!


で、次は……弁護人の反対尋問なんだけど。


「……では弁護人、反対尋問はどうぞ」

「はい」


小清水先生が立ち上がり、笑顔で西園寺さんに近づいていく。


「えー、すみません。もう一度凶器の大きさを」

「ガラス製……十二センチです」

「重さは五キロ」

「はい」

「異議あり! 質問が重複」

「前提を踏まえているだけです。すぐ本題に入りますので」


小清水先生は、検察側を邪魔だと一蹴。

笑顔で西園寺さんと向き合う。


「ということは、こう……持ち歩くようなものではありませんよね」

「そうなります」

「だから被害者の自宅にあった……たまたまそこにあった」

「たまたま……いえ、そこまでは」

「そうですか。じゃあ、現場と……キッチンの位置関係を教えてください」

「隣り合わせです」

「ほな……」


小清水さんは西園寺さんに近づき、右手を突き出すような動き。


「包丁やナイフ、ありましたか?」

「えぇ」

「ということは、被告人が包丁やナイフを持ちだすことは楽だった。
殺すのであれば、そちらの方が確実であった……」

「……それは、どういう趣旨の質問でしょうか」

「刑事さんとしての意見を聞きたいだけです」

「……明確に殺意を表しつつ、急所を潰せるだけの……腕力や戦闘技能の差があればば」

「つまり……つまりですよ!? 花瓶で頭を殴るのと、ナイフで心臓を刺すのとでは、どっちが確実に殺せますか!」

「それなら……ナイフです」


……あぁ、そう来ちゃうのねぇ。


「もう一度聞きますよ!? 花瓶ではなく、ナイフ……花瓶で殴るのではなく、ナイフで突き刺すのが確実!」

「はい」

「――以上です」


侃々諤々だった第一回公判は、これにて終了。

誰もが席を離れる中、僕は司さん達と一緒に小清水先生を追いかけ……。


「小清水さん!」


廊下に出た小清水さんを、呼び止めながらお辞儀。


「蒼凪くん……それに、理事長さんと学年主任さんも」

「お世話になっています」

「……それで、一回目でこう聞くのもあれですけど……どのような調子でしょうか」

「そうですね……検察側は、何とかして殺意を証明しようとするでしょう。
そこをかわしつつ、情状酌量の流れを作って、みなさんへの情状証人に繋げるんです」


小清水先生は僕や司さん達を右手で差して、問題なしと笑う。


「本来なら弁護士は、最終弁論以外自分の意見を喋ることができないんですよ。
でもまぁ……そこは法廷テクニックを駆使して、なんとかしてみますんで」

「よろしくお願いします……!」

「小清水先生、どうか……彼はうちの大事な教師ですので」

「承知しています。では」


そのまま去っていく小清水さんを見送り、僕達は来週の裁判に備える。

……胸の中で、一つの違和感を覚えながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


第二回公判


一週間後……午後の審議が始まる。

――今週も小清水先生の手は止まらなかった。


「――あなたは被告人とお付き合いして、一度別れたそうですが……それはなぜでしょうか」

「ひとことで言えば、若かったというか……喧嘩が多くなったというか」


今回は泣き濡らしたゆかりさんを、証人として引っ張り、堂々と証言させていた。


……歌唄が今日、留守番でよかった。

さすがにこの二人を同時に制御は、僕でも無理!


「では、あなた以外の女性関係は」

「それは……」

「正直に言ってください」

「……モテないのに、モテてる体で手を出して、フラれまくる女ったらしでした」

「ゆかりー!」

「本当のことでしょ!? ハナちゃんにも手を出していたと知ったときは、もう……呆れかえって黒歴史になったわよ!
挙げ句殺人犯って! 一体どこをどうしたらこうなるのよ! 大体ねぇ、ハーレムがしたいならちゃんと言ってくれれば」

「証人、被告人との会話は慎んでください」

「うるさいわね! 夫婦のことに口出しすんじゃないわよ!」


そして、裁判長に怒鳴りつけるゆかりさん……。


「………………その、ごめんなさい」


裁判長も裁判長で、謝っちゃったよ……!


「まぁまぁ……証人、落ち着いてください。
ようは女たらしで、モテたがりだったと」

「それです!」

「……異議あり! 本件は裁判と」

「このように! 被告人はとにかくモテない! 数打ちゃ当たるの精神でようやく射止めたのが、こちらの証人です!
でもそれまでは全く駄目! 振られるのが儀式になっているような男なんです!」

「先生、やめてください! 僕のこころが壊れるー!」

「どうしてその日に限って! 花瓶で女を殺さなきゃいけないのかという話なんです!
たかだか愛人関係で揉めた程度で! 振られたことを恨んで、花瓶を振り回す奴ではないんです!
そしてしつこくしても、押し切れる奴でもないんです! さっきの様子で一目瞭然でしょ!」


あぁ、もう滅茶苦茶だよ……。

でもこれも作戦なんだよね、よく分かるよ。


「あ、蒼凪くん……これは、アリなの?」


今回も訪れている花沢先生が、ぽかーんとしていた。

それも致し方ない。さすがにここまで滅茶苦茶なの、滅多にないし。


「アリです」

「本当に……!?」

「わざと異議を唱えさせて、反論の体で”弁論”に持ち込んでいますから」

「あ……法廷テクニック!」

≪この調子なら、本当に取れますよ……傷害致死で執行猶予≫


だよねぇ……もう検事もタジタジだもの。

ここで警察の申告無視やら、勇み足の要素が絡んだら……!


「――では、あの……検察。反対尋問は、ありますか?」

「……お兄様、裁判長が憔悴しています」

「ゆかりさんがあの調子だったらねぇ。内心ビクビクなんだよ」


矢車検事は立ち上がり、静かに挙手。


「はい……!」


そうしてある書類を持って、証人席の二階堂へと近づいていった。


「え……被告人は事件当日の十五時十三分、近くの花屋で、百合の花を一輪購入していますね」

「え……」

「……聞いてないぞ」


そこで小清水さんの声が、小さく響く。

あれ、花……花……そこで何かが強く引っかかっている間に、状況は動く。


矢車検事が証人席にもたれ、馬鹿にしたような目つきで二階堂を見やった。


「質問に答えてください」

「買いました」

「その花はどうしたんですか」

「異議あり! 質問の意図が明確ではありません!」

「最後まで続けてくれれば、ハッキリするんですが」

「続けてください」


小清水さん、焦っているねぇ……。

車の中で言っていた”大したことがないと思って、言わなかったこと”……それが如実に、足を引っ張りだしているみたい。


「あの夜、もう一度マンションを訪れていますね。フグの一夜干しを持って」

「はい」

「なぜ」

「それは、ゆかり……妻の実家から大量に送られてきたので、おすそ分けに」

「あなたはそのとき、花をどうしました」

「え……」

「答えてください」


二階堂は眼鏡の奥で視線を泳がせ、記憶を辿る。

でも覚えがない……分からないと、混乱し続けていて。


「頭が、真っ白で……よく覚えてません」

「あなた、現場を立ち去るとき、花を持っていったんじゃないんですか?
現場には花の包装紙は残されていましたが、百合の花はなかった。あなたが持ち去ったんだ」

「覚えていません……!」

「これは立派な隠蔽工作だ。
あの花はあなたから、彼女に送った愛の告白……でも伝わらなかったから殺した。違いますか」

「ちょっと待ちなさいよ! 花を買ったのは私も一緒よ! というかそれは」

「静粛に……」

「話を聞きなさいよ! それはお見舞いの花で、私達が一緒に送ったの! だったら私も愛の告白をしたことになるじゃない!」

「静粛に!」



裁判長が木槌を打ち鳴らし、傍聴席のゆかりさんもようやく言葉を止める。

言っても無駄……聞いてすらくれないという絶望感で、ゆかりさんは元の席に座った。


「……検察、続けてください」

「そもそも……百合の花をお見舞いに贈るなんて、そんな非常識なことは普通しませんよ。
あれは匂いが強く、お見舞いとしては不向きですから。
となれば……間違いなく、あの花にはもっと別の意図があった!」

「違います……!」

「だったらどうして持ち去ったんですか!」

「だから、分かりません!」

「そんなはずはないでしょう! 花から足が着くことを恐れて、持ち去った!
これは立派に故意……殺意の証明たり得ると思いますが!? ……以上です」


小清水先生はため息交じりに首振り。

勝ち誇った様子の矢車検事と対照的に、意気消沈という様子。


「弁護人、反対尋問は」

「……特に、ありません」


――第二回公判は、逆転に次ぐ逆転で激動のままに終了。

怒濤の展開で、花沢先生は気が抜けまくり。

ゆかりさんについては、怒り心頭という様子で……そんな二人を支えながら、なんとか廊下に出る。


「おチビちゃん、ありがと……」

「いえ」

「でもなんなのよ、アイツ! 完全に悠を犯人扱いじゃない!」

「検察でも有名な豪腕家ですからねぇ。
でもまぁ、次の公判では覆されますよ」

「そうなの!?」

「そもそもゆかりさん達、お見舞いに百合の花が駄目とか……知らなかったでしょ」

「えぇ!」


はい、まずここが大前提です。

これを押し通すってのは、実はかなり弱いポイントなのよ。


「今回殺された相手は、ゆかりさん達の親友ですからね。
……僕ならこう言い返します。
そもそも被害者は親友である二人が、そういうことに頓着しない性格なのを知っていた。
だから花の内容には触れないで、送ってくれた気持ちだけを有り難く受け取った……とか」

「あ……それはいいじゃない! 奇麗に筋道が通っているわ!」

「裁判でも通用するよう、それなりの正当性と証拠を示す必要はありますけどね。
というか……」


ここでもう一つの違和感。

どうにもさっきの小清水先生、らしくないように見えた。


「さっきの状況でも、反論はできたんですよ」

「どういうことよ」

「憶測が多数ありましたよ。証拠隠滅とか、花を贈ったのは愛情表現とか……。
それを言うなら、二階堂が向井さんに言い寄っていたと証明しないと」

「……え、ちょっと待って。それじゃあ先生……」

「ただ、それはゆかりさんと二階堂が、”大事なこと”を黙っていたから……それで動揺していたとも言える」

「やっぱり私達のせい!?」

「あとで謝っておいた方がいいですよ? かなり困ってましたから」


まぁあの検事には言いたいこともいろいろあるけど、それはさて置こうか。

なんにしてもこの夫婦、やっぱりはた迷惑だったってことで。


≪ですよねぇ……なにせ揃って非常識犯罪をやらかしていた、非常識夫婦ですし。
百合の花が駄目とか、嘘は厳禁とか、そういう常識は通用しませんよ≫

「事実だけど、その弁護は心が痛いからやめて……」

「まぁまぁ……さて、蒼凪くんの見立てでは、誰が犯人なのかな」


すると司さんが笑顔で聞いてくるので……花沢先生も引っ張って、誰もいない休憩所に。

そうして人の気配に気をつけつつ、こっそりと名前を告げる。


「……小清水潔です」

「は……!?」

「ちょっと……! おチビちゃん、冗談はやめてよ!
あの人は、私達とハナの友達なのよ!?」


「……冗談なんかじゃないみたいですよ。
彼の顔を見れば分かる……ね、ハナちゃん」

「花沢です!
だって、それだと……」

「でも証拠がない」

「それは、見つかりそうかな」


司さんの言葉には、上手く答えられなかった。


「蒼凪くん、そこで黙るのはやめて……!?」

「ほんとよ! おチビちゃんですらお手上げって……悠はどんだけ四面楚歌なのよぉ!」

≪そこは言ったでしょ。逃げちゃったのが一番問題なんですよ≫


そう、逃げたのが一番の問題だ。

ただ二階堂の心理も一応は理解できる。知り合いの死体とか、さすがに一般人はビビるしねぇ。


だけど……なんだろう。

なにかがこう、引っかかっているんだよ……!


「ねぇアルト、凶器は?」

≪水差しでしょ≫

「だよねぇ。となると……」


今までの裁判を振り返ったその瞬間、思考に電流が走る。


「――!」


バラバラの点を繋(つな)ぎ合わせ、一つのラインを描く。

それが形作るものは、とても単純な真実で。


――二階堂とゆかりさんが贈った花。

――その事実を小清水さんも知らなかったこと。

――すずかさん。

――ドロンジョ。

――裁判中に積み重ねられた数々の発言。


≪主様?≫

「そういう、ことだったのか……!」


確かめる必要がある。

来週の裁判までに、見えた真実が一分の狂いもないかどうか。

覆される現在を見るべき人達がいる。絶対に敗北は許されない。


ありったけで……全力を尽くして、この答えを研ぎ澄ませば……!


「ゆかりさん、もう一度確認です!」

「……何よ、改まって」

「お見舞いに花を贈ったんですね!」

「えぇ……でも、百合の花が駄目だったなんて知らないわ! そんなの」

「そこはどうでもいいんです!」


そこじゃない……大事なのはそこじゃないと、しっかり告げる。


「その花、生けたところを見ましたか!?」

「……いいえ。身体に差し障ったら駄目だから、早々に出払ったけど」

「見てないんですね……二階堂も! ゆかりさんも!」

「えぇ……間違いないわ」


……そこでつい、ほくそ笑んでしまった。


「蒼凪くん……あの、どうしたの? 花が何か」

「……ありがとうございます」


ゆかりさんを適当に放りだし、慌てて走る。


「ちょ、蒼凪くん!?」


まずは現場百編! 被害者の所持品から洗い直さないと!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


おやおや……さっきまでどこか考え込むような様子だったのに、表情が変わったよ。

確信のままに動いている。あれは絶対に止められないね。


「人にはぶつからないようにねー」

「理事長!? もうちょっと止めません!?」

「止められないよ」


そんな確信をハナちゃんに……ゆかりさんにも伝えておく。


「ゆかりさん、安心していいですよ。……彼には真相が見えたようだ」

「本当、ですか……!?」

「えぇ」


さて、君という星はこの困難をどう突き動かすのかな。

きっと僕も準備に駆り出されるだろうけど、期待しておくよ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


被害者の家を探って、探り倒して……。


「猫グッズ、洋服、調度品、食器……どれもこれも高級品だなぁ、おい」

「ですがこれだけあっても……お兄様」

「やっぱりか……」


続いて向かったのは、聖夜市の捜査資料室。

許可をキチンと取った上で、今回の案件を一から読み直し。

更にノートで時系列を整理し、裁判記録のコピーも参照。


そうして幾度も幾度も……幾度も計算したところで。


≪主様、すずかさんから着信なの≫

「ありがと」


デバイレーツを取り出し、電話をさくっと繋ぐ。

僕が頼んだこと、かなり急だったのに……あぁ、心が痛い。


「もしもし、すずかさん」

『あ、なぎ君ー。
……また大変なことになっているね。こっちでも話題になっているよ』

「いつものことだよ。それで」

『メールしてくれた件は、なぎ君の言う通りだよ。詳細はまたメールで送るね。
あとは……ドロンジョ? うちで預かるのも問題ないけど』

「いや、そっちは二階堂家で預かるって。
海里とBYが面倒を見たいってさ」

『そっか。なら……今度また、御奉仕に行くね? アイリちゃん達にも会いたいし』

「あ、はい……」


そのまますずかさんとの電話は終了。

というか、終了するしかなかった……ツッコみたいけど、今は我慢……!


「……お兄様、月村さんとは改めて話すべきでは」

「言わないで……!」

≪それでもメイドさんとして、改めて距離を詰めようと頑張っているんですよ。意地らしいですねぇ≫

「お断りしたはずなのにぃ!」

≪あなたが器を大きくしたからですよ。頑張りましょう≫

≪なのなの。じゃないと小清水みたいになるの。主様はそれでもいいの?≫

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ヤバい、突き刺さる! こういう話は突き刺さる!

と、とりあえず事件のこと……事件のことに集中しよう。


「それより恭文、問題はないな」

「うん……どう計算しても、答えは一つだ」

「これで追い込めるんだな……!」

「油断は禁物だけどね」


なにせこれ以外は、ほぼ完全犯罪ってレベルなんだ。油断せず……逃げ場のない場所ですり潰す。


「――」


決意を込めて、右手を挙げる。

すると辺りの灯りが落ちて、僕だけがライトアップされた。


それが心地よく感じながらも、左側を見やり――。


「小清水弁護士は向井ひな子さんを殺害し、その罪を二階堂に押しつけました。
彼には動機もある。殺せるチャンスもある。向井ひな子との愛人関係を証明することもできる。
でも、彼が殺したという決定的証拠がありませんでした。
……今日の裁判が始まるまでは」


そう、今日の裁判が始まるまでは……正直お手上げに等しかった。

もうイタコに頼んで、向井さんを降霊させるしかない勢いだよ。


でも……もうその必要はないと、右人差し指を立てる。


「彼は既に、犯人だと自白していたんです。
――その足がかりは」


テーブルの上に置いていた裁判記録。それを見せながら、つい楽しくて笑っちゃう。


「これまでの裁判記録。
猫を買う家ではありがちなこと。
そしてロールシャッハテストなどで示される、認識能力のあやふやさ。
みなさんも一緒に考えてみてください。――蒼凪恭文でした」


(PART3へ続く)





あとがき


恭文「というわけで、幕間リローデッド第25巻、販売開始です。みなさん、何卒よろしくお願いします」


(よろしくお願いします)


恭文「そんなわけで、今回は二階堂の裁判……なんだかんだで三週間近くかかってる! もう十二月に入っているよ!」


(でもそろそろ解決しないと、円満にクリスマスが過ごせない)


恭文「それで歌唄も出てきたけど……出てきたけど……!」

歌唄「全く……どうして二階堂を殴っちゃ駄目なのよ」

恭文「やめんかい馬鹿! 裁判! 裁判中だからぁ!」


(さすがにそれは許せない蒼い古き鉄)


歌唄「ところで恭文、デートするわよ。準備しなさい」

恭文「いきなりすぎない!?」

歌唄「最近アンタ、サーヴァントやらミリマスやらばっか見ているじゃない。
私を忘れるなんてあり得ないわよ」

恭文「忘れてないよ! というか忘れようがないよ! 三十分おきにメールしているよね!
できなきゃGPSで探ってくる上、遠慮なく乗り込もうとするよね!」


(ドS歌姫、相変わらずのストーカー振り)


歌唄「いいから今日は私と一緒にいなさい。フェイトさんとフィアッセさん達、更にアイリ達の許可も取っているから安心して」

恭文「何一つ安心できないんだけど! というかなぜアイリ達がー!」

恭介「うたう……おねえちゃん……ふぁいとー」

アイリ「ふぁいとー♪」


(どうもドS歌姫は、一緒に雪が見たいそうです。
本日のED:FictionJunction『stone cold』)


ディアーチェ「待てぇ! 貴様、そんな勝手が許されると思うのか! このたわけがぁ!」

恭文「ディアーチェ、エルトリアへお帰り……」

ディアーチェ「なぜいきなり否定するか!」

恭文「凄く厄介なことになりそうだから……!」

歌唄「へぇ……いいわよ、相手になってあげる」(殺し屋の目)

恭文「やっぱりー!」


(おしまい)



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