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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Memory80 『術の壁』

ヴィヴィオ達も、空海とりまも無事に一回戦突破。

そして――あたし達にとっては、ある意味本日のメインイベント。


『――お待たせしました、みなさん! いよいよ伝説の復活です!』


レッドコーナーから現れるのは、黒髪を揺らす少女。

なお、あたしとティアナはそんな脇についていて……!


『レッドコーナー! 前々大会の覇者! 未だ無敗の総合魔法戦技チャンピオン――ジークリンデ! エレミアァァァァァァ!』

『ワァァァァァァァァァァ――――!』


会場を揺らさんばかりの歓声。

ジークリンデは照れ気味に左手を上げる。


「…………で、なんでお姉さんがついてくるん? 元機動六課の人まで……」

「だってセコンドなしなんだよね」

「アンタもご存じな番長だけじゃなくて、ヴィクトーリアからも頼まれたのよ。最初の試合だけでも見ていてほしいって」

「ヴィクター……番長ぉ……」


そう、保護者も兼ねたセコンドなんだけど、ジークリンデはそういうのもなし。

それを見かねたハリーに、何とかしてほしいって頼まれてさ。なので試合とは関係ないあたし達がって感じ。


『対するはブルーコーナー! こちらも選考会では電光石火の一撃で対戦相手を秒殺!
みなさん、王者に挑むルーキーに、今一度盛大な拍手を! ――エリオ! モンディアルゥゥゥゥゥゥゥゥ!』

『ワァァァァァァァァァァ!』


エリオも入場曲とかなしで、普通に入ってくる。

それに寄り添うセコンドは、やっぱりキャロ………………ん!?


「エリオ、頑張ろうね! 応援してるから!」


あともう一人……ガッツポーズをするフェイトさんだった。


「フェイトさん、だったらガッツポーズをやめましょう……」

「くきゅー」

「なんでヤスフミと同じことを言うの!?」


いやいや、それは当たり前……って、そうじゃなくてー!


「ティアナ!」

「私も聞いてないわよ! アイリ達は…………フィアッセさん達が見てるのかー!」

「なぁ、あの人って元機動六課の……フェイト執務官やろ? つまりあの子は」

「……フェイトさんの被保護者よ。能力は」

「えぇよ」


ジークリンデはティアナの解説を、宥めるかのように制止。


「選考会の試合はチェック済み。あとはアドリブで何とかする」

「……そう」


嘲りでもなんでもない。本当に何とかする……それができなきゃ意味がない。

そう言ってのけるジークリンデは、同時に勝負に徹しようとしたティアナにも気づかっていた。


(この堂々とした風格が王者たる所以かぁ)

「ただし……アンタが”ぶち切れたら”、遠慮なくタオルを投げ込むわよ」


……そんな気づかいを有り難く頂戴しながらも、ティアナはジークリンデに警告を飛ばす。


「……ヴィクター達がお願いしてきたんは、そういう意味か……」

「アンタは自分の中にいる”化物(けもの)”を、きちんと乗りこなせていない」

「恭文さんと違って?」

「アンタとはまた重さが違うでしょ」

「でもな、うち……恭文さんはほんま凄いって思う」


ジークリンデは真っさらなリングを見ながら、静かに自嘲。


「忌むべき破砕≪物質変換≫も、人ならざる獣も……それでも描いた人としての夢も、お嫁さん達のこともちゃんと受け止めて、育てとるんやから。
……うちはそんなの、無理やった。ずーっと俯いて……怖がって、誰にも触れんようにするだけで」

「なら、アンタの夢は何?」


でもティアナは、そんなジークリンデにあえて問いかける。

その途端に、彼女が戸惑うのにも構わず……。


「アンタが”なりたい自分”は何? アンタはこれから先、どうやって誰かと繋がっていくの?」

「それは……」

「上手く言えないのなら考えなさい。その獣も引き連れ、笑って進める道を。……まずは、それからでいい」

「ん……」


険しい表情で、ジークリンデは拳を握り、決意を固めた。

その静かな仕草を、あたし達はただ、見ていることしかできなくて。


「ティアナ」

「りんも悪いんだけど、注意深く見ていてね」

「OK。あとはエリオ達だけど……やりにくいだろうなぁ」

「こればかりは仕方ないわよ」


完全に復帰戦で叩きのめされる役……はっきり言えば噛ませ犬扱いだもの。

観客達が期待しているのは、あくまでもジークリンデの華々しい復活と新しい一歩だ。


選手への礼儀と敬意として、相応の拍手は送られたけど……さて。




魔法少女リリカルなのはVivid・Remix

とある魔導師と彼女の鮮烈な日常

Memory80 『術の壁』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……想像以上にやりにくい空気だなぁ。これで万が一にも彼女を倒したら、僕……完全に悪者だよね?


(……でも)


そんなことを考える余裕があることに、つい苦笑してしまう。


「エリオ君」

「大丈夫。平常心で戦ってくるよ。ね、ストラーダ」

≪はい!≫

「エリオ、頑張ってね! なのはに教わったことを生かせば、絶対勝てるよ!」

「頑張ります」


どうしよう……周囲の空気より、フェイトさんの期待が重たい。

というか恭文、その辺りはどうなの? いろいろ教えているとか……ないんだろうなー!


「……よし!」


気を取り直して、ジャケットを翻しながらリングイン。基本形態のストラーダを携えながら、まずはジャッジからルール説明を受ける。

そのとき改めて、チャンピオンとも対面して……その気迫に飲まれないよう、気持ちを高めながら。


『それでは――予選一組一回戦! 試合開始です!』


試合開始のゴングを受けた瞬間、ストラーダを半身に構え……突撃。

先手必勝の精神で一気に懐へ入りつつ、刃に電撃を纏わせ、一気に打ち上げる。

電気変換の特性を生かし、薄く鋭く、しかし濃密な魔力の刃を構築。


「雷花――一閃!」


そのままチャンピオンの胸元に刺突。次の瞬間、強烈な閃光が迸った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今回は空海達と一緒に客席で観戦……なんだけど。


「フェイトがセコンドって……! 僕も聞いてないんだけど!」

≪ジガンもなの!≫

「まぁ、別にいいけどさ……。試合の邪魔にならなければ」


エリオとキャロはやっぱりフェイトにとって特別だし、見に来るなという方が無理な話で……。

で、それより問題なのは……エリオの初手だ。


『――エリオ選手、先手を取ったぁ! 得物のリーチを生かした鋭い突きだぁ!』

『見事な身のこなしですね。正しく電光石火……』


エリオの奴、初っぱなからいくか……!

観客が一瞬唖然とするけど、電撃の残滓が晴れていくと、その呻きは歓喜に変わった。


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

『防いでいる……ジークリンデ選手、電撃の刃を白羽取り! すれすれで停止させたぁ!』


そう、ジークリンデはホッとした表情で刃を白羽取りにして、そのまま弾く……電撃の鉄輝を、難なくだ。


電撃ダメージもない様子で、ジークリンデはすぐさま右手に魔力を集束。掌打と共に至近距離で打ち出す。

エリオは咄嗟にストラーダで防御。決して軽くはない魔力の衝撃を、フィジカルな防御技能のみで耐えきる。


再度踏み込み、気迫を漲らせながら逆袈裟一閃。

でも次の瞬間、顔面を鋭い強打が叩いていた。


「ッ……!」


呻いたのは空海か、ジャンヌか……それとも僕自身か。

打ち込まれた斬撃を難なく避けたとか、そういうことじゃない。

防いでいなし、反撃したわけでもない。


エリオが斬撃を打ち込む……打ち込もうと動いた瞬間、その顔面が叩かれていた。

何の変哲もないジャブが……世界最強のジャブが、槍の一撃を制止する。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


リーチはこっちが上なのに、遠慮なく入って殴った……!? しかもこっちの攻撃より早く!

さすがに信じられないで距離を取ろうとすると、彼女はそれより鋭く踏み込み、ジャブを乱発。

顔面がサンドバッグの如く、防御すらも許さず幾度も、幾度も叩かれる。


『これは凄まじい! ジークリンデ・エレミア、槍騎士相手にジャブ一本でやり込めているぅ!』

『いや、あの威力はジャブなんてものじゃありませんよ……! すぐに離れないと危ないですよ』


そんなの分かってる……! だからブリッツラッシュを詠唱・発動!

顔面を叩かれた直後、すぐに左へ走って安全圏へ退避……でも、動き出した瞬間にまた衝撃が加わる。


「か……」


高速移動が強制停止したところで、鋭い右フックが飛ぶ。思いっきり横っ面を殴られ、身体ごと弾け飛び……リングアウト。

芝生に塗れながら転がり、軽く呻いてしまう。


『リングアウトダウン。カウント10、9、8……』

「大丈夫……です……!」


カウント開始してから、すぐに立ち上がって、リングへと戻る。


「エリオ君! カウントギリギリまで休んでていいから!」


駄目だ……キャロの言いたいことは分かるけど、これは駄目だ。

多分、ちょっとでも休もうとしたら……そのまま動けなくなる……!


『エリオ・モンディアル選手、リングイン! お互いニュートラルゾーンへ戻り……』

「ボックス!」

『試合再開です!』


いつの間にかリング際に追い詰められていたことも恐ろしいけど、なんだ……あのジャブは。

どこにどう打ち込まれるか、全く予測できない。インファイターならスバルさんやギンガさんで慣れているつもりだったけど……はっきり言おうか。

練度が桁違いだ……! 恐らく二人のシューティングアーツも、あのジャブ一発で封殺される。


……被弾なしでの戦闘は無理だ。

意識をしっかり持って……食らって当然という気持ちで、カウンターを取る。


「――はぁぁぁぁぁぁ!」


ブリッツラッシュ発動――!

息吹とともに飛び込み、顔面へ刺突……と見せかけて、フェイント! 刃を返して足を潰す!

一種の猫だまし的に刃を突き出してから、すぐさま太股へと迫るストラーダ。


でも彼女はあえて踏み込み、刃ではなく柄の部分を太股で受け止める。

またまたジャブがくると思い、シールド魔法を瞬間展開。

ただし僕の防御出力では一瞬で砕かれるから、角度を付け、拳を流す方向で。


その間に改めて足を潰せれば……そう思っていたら、襟首に圧迫感。


気づくと背中からフィールドに叩きつけられ、加えられた衝撃で息が詰まる……!


「かは……!」


続けてチャンピオンは、こちらの右腕をストラーダごと捻って関節技。

肩の骨が外れる……いや、捻りきられると思うほどの衝撃と悪寒が走る。

でもすぐに起き上がりながら反転。決まっていた関節技を外しながら、チャンピオンの顔面にドロップキック……!


咄嗟に防御してくれるけど、それは狙い通り。その瞬間、足底に集束していた電撃魔力が爆発。

彼女はジャケットの右袖を引きちぎってくれながら、楽しげに笑って後退。


……でもそこで気づく。

左腕が軽く……光を放り投げていることに。


ひときわ強い悪寒が走りながら、左腕で顎先をガード。その瞬間、黒曜石のように輝く魔力弾が直撃。

腕を顎ごと弾き跳ばし、衝撃から僕もあお向けに倒れ込んだ。


恭文やクロノさんが使う≪スティンガースナイプ≫と同じだ。小型の精密誘導弾で、顎先を狙ってきた……!


『エリオ・モンディアル選手、ダウン。カウント……10、9』

「まだ、まだぁ……!」


軽く後頭部も打ち付けた。

それでも何とか立ち上がり、まだ戦えるとファイティングポーズ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


エリオ君が苦しげにファイティングポーズを取ると、即座にレフェリーが駆け寄る。

厳しい表情でフィジカルチェックに入るけど、まだ大丈夫……大丈夫な、はず……!


『王者の技は未だ陰りなし! その強さを見せつけ、挑戦者の電撃をいとも簡単にいなしたぁ! 強い! 強いぞジークリンデ・エレミア!』

『ですが、ここで賞賛するべきはエリオ選手でしょう。ジークリンデ選手の対策もきちんとしていますよ。
でなければ投げによる強打を受けた後で、即座に反応できるはずがありません。
更に顎への誘導弾も防いでいますからね。普通の選手ならあれで終わっています』

「褒めてくれるのは嬉しいけど、完全に劣勢だよぉ……!」


まぁエリオ君もこれで決まるとは思ってなかったから、その後の反応も悪くない。

でも、正直見ている方はヒヤヒヤだよ……!


「ああ……惜しい! 今の、決まっていたら倒せていたのに!」


そしてフェイトさんはオロオロ。というか何も分かってない!


「決まるわけがありませんよ」

「ふぇ!? え、でも」

「チャンピオンはIMCSでの場数も相当数です。だから冷静に対応できる……それに」

「電撃対策、だよね。それは私も見ていて分かったけど」


あぁ、よかったぁ。そこまでボケてなくてよかったぁ……なぎさんの教育があればこそだよ。

……先天変換資質って、プログラム変換と比べたらメリットもある。今までも何度か触れていた通りね。

でも、こういうときはデメリットの方が目立つわけで。


JS事件のときにも、フェイトさんがトーレ・セッテに対してやられたことだよ。

フェイトさんとエリオくんは、電撃の先天変換資質持ち。だからその電撃に対して対策を整えられると、効率的なダメージが通りにくくなる。


「私も、エリオ君も、分かってはいたんです。相手選手への徹底対策がデフォの大会で、先天変換資質は弱点たり得るって」

「でも、ヴィクトーリア選手みたいに活躍している子だって」

「だけどエリオ君には、あそこまでの魔力も、魔法出力もない……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「エリオの魔法資質は確かに高いけど、ヴィクトーリアと比べたらさすがに出力負けする。同じ資質のフェイトにも負けているくらいだしね」

≪そういう意味ではあなたよりの魔導師なんですよ。速度と高精度の攻撃で、敵の急所をピンポイントで射貫くわけですから。
そしてエリオさんもそれを自覚し、竜騎士として確かに鍛え上げてきた……でも≫

「高度な格闘技術で押さえ込まれてしまっては、自爆も同然ってわけだ……」


ぶっちゃけエリオは、U-15の魔導師で言えばトップクラスだ。

さすがにヴィヴィオやあむ、アインハルト、空海達もタイマンなら叶わない。大会ルール内でもそれは変わらない。

だからね、大会のハイランカー相手でも、いい勝負はできると思っていた。都市本戦くらいは楽勝だとも思っていた。


…………対戦相手がジークリンデ・エレミアでさえなければ。


「だがよ……オフトレとは別人なんだぞ!? それでも駄目なのかよ!」

「駄目なんだろうねぇ。今のだって高等技術の応酬だ」

「応酬? 完全にやり込められているわよ?」

「そ、そうだよー! やり合ってないよー!?」

「だから、レベルが違うんだよ。何せ向こうは世界一強いんだから」

「ですが、無手なのに…………映像で知ってはいましたけど、驚くしかありません」


そう……サーヴァントとして、数々の激戦をくぐり抜けたジャンヌも、冷や汗を流していた。

それほどに高度なんだよ。ジークの打撃と投げ……関節技は……!


「距離を置いての射砲撃。近接での格闘打撃戦……そして、密着状態(ゼロレンジ)での掴み技。
そのどれもが超一級品。正しくオールラウンダー……近代総合格闘の完成形ですか」

「その認識も間違っているけどね」

「どういうことでしょう」

「……分からないままの方がいいと思うよ」

「恭文?」


ジャンヌは……空海達は、僕の言いぐさが理解できず、揃って小首を傾げる。


……実はここに至るまで、空海達にも言っていないことがある。チャンピオンとの対戦が現実的じゃなかったからさ。

でもエリオが……もしかするとアインハルトやコロナが戦うわけだし、もう黙ってもいられない。

正直この試合、かなりヒヤヒヤものだよ。二人には予め言い含めてはいるんだけど。


「もし”それ”がおのれらにも分かる形で示されたら……エリオは死ぬ」

「は……!?」

「それくらい、徹底的に破壊される。下手をすれば管理局にももう戻れないかもしれない」

「おいおい、穏やかじゃねぇぞ……あれか! イレイザーのことか!」

「それだけじゃないのよ」


そう、ジークリンデ・エレミアが世界チャンピオンであり続けるってのは……。


「それだけじゃ、ない」


古代ベルカの技を受け継ぐ、列強の王達が残した末えい。

そんな一角であるヴィクター達が、この”近代総合格闘技界”で活躍するってのは……それ自体が一つの禁忌なんだよ。


……まぁ、僕が言う権利はないんだけどさ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今の投げ……普通の物理ダメージなのに、効いた……! やっぱりパワーはとんでもないなぁ。


「ふむ……これはなかなか」


チャンピオンは余裕を崩さず、右人差し指をかざしてくるりと一回転。

……すると人魂のように魔力が幾つも……幾つも浮かび、渦を巻きながら次々とこちらに放たれていく。


「ほな、エレミアの技も受けられるかな」

「受けるどころか、花束も添えてお返ししますよ……!」

「そら頼もしい」


軽いジョークで自分を奮い立たせている間に、彼女の構築した力が牙を剥く。


「……ゲヴェイア・クーゲル――ファイア!」

≪Blitz Rush≫


ソニックムーブは規定的にも使えない。だからストラーダを抱え、地面を踏み砕きながら高速移動。

高密度の弾幕弾が僕を捉えるより速く、その範囲の外側へ移動。滑りながらチャンピオンの背後を取り、右薙一閃。

でも刃は虚空を斬り裂くだけ。舌打ちしながら振り返ると、チャンピオンが低空タックル……!


宙返りから着地して、すぐさま踏み込むか! 本当に素早い!

それならばとストラーダを反転させ、地面に突き刺し……!


「サンダーレイジ!」


ストラーダの切っ先を始点として、電撃の爆発を発生。それによりスタン・破砕ダメージを加える……んだけど。


「……」


ものともせずに飛び込んできたよ! くそ、やっぱり電気変換は対策済みか!

それに衝撃ダメージも……さっきの反撃から予測して、耐えてきてる! この手はもう使えない!


仕方ないので脇に走って、超低空タックルを回避。

が、彼女は停止して左人差し指をこちらに振り下ろす。


「……!?」


……いつの間にか無数の影がかかっていた。

ゾッとしながら動き出した瞬間、雨のように魔力弾が降り注ぐ。

フィールドが蜂の巣にされていく……その脇をすり抜け、離れていくと、チャンピオンが再びタックル。


今度は避けられない。思いっきり腹にタックルを食らい、その衝撃に呻く。


「せぇのぉ!」


続けてバックドロップの要領で、頭からリングに叩きつけられる。

頭蓋が軋み、鮮血が吹き出す。

意識が断ち切られるほどの衝撃ゆえに、身体が派手に弾んでいた……。


でもそれは、彼女の……鉄のような圧力により停止。

それにより揺らいでいた感覚が定まっている間に、関節技が再び決まる。

今度はこちらの右手を取り、股に挟みながら腕十字ひしぎ……!


『投げ! そこから関節技ー! これはがっしりと決まったぁ!』


その通りだよ! 本気でへし折りに来てるし!

……こんな序盤で使うのは想定外だけど、術式詠唱……発動!


「あら……」


僕の身体は金色に包まれながら、一瞬で加速。そのままリング中央へと突き抜けていく。

そう……ジークリンデ・エレミアの関節技をすり抜けた上で。息を整えながら、リング中央にて実体を取り戻して停止。

彼女は合点がいった様子で立ち上がり、スカートの裾を両手で払う。


「物質透過魔法かぁ……器用やなぁ」

「それなりに鍛えているもので」


……シスター・シャッハが得意なすり抜け……物質透過魔法。

物質内に留まることはできないけど、加速力ならソニックムーブ以上。格闘競技者相手になるから、修行の途中に覚えてきたんだ。


とはいえ……どうしよう。


悔しいけど今のままじゃ、打つ手がない……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「やはりか……!」


クロノ君は私達と試合を見ながら、困り果てた様子で拳を握る。


『エリオ選手、辛くもサブミッションから抜け出しましたぁ!』

『ジークリンデ選手にとっては、少々やりにくくなりますね。なにせ物質透過魔法は射砲撃もすり抜けられますから』

「その通りだ! エリオ、そんな奴さくーっとやっちまえー!」

『ですがそれは、あくまでも少々です』

「はぁ!? 何言ってんだコイツ! エリオが負けるはずないだろ!」

「……それは君に言いたいがな」


クロノ君がため息交じりにそう言い切ると、アルフがギョッとする。


「物質透過魔法は現時点で、制止状態を保つことはできない。ソニックムーブなどと同じように、一定距離を高速移動するだけに留まっている。
……彼女の技量ならば、その停止地点を見切り、攻撃を打ち込むことは可能なはずだ」

「だから、エリオなら大丈夫だって! なにせなのはが鍛えて、世界を救ったストライカーの一人なんだぞ!? なんで信じてやらないんだよ!」

「差は圧倒的だぞ……全く、相手になっていないんだ」

「はぁ!?」


クロノ君の言葉が信じられず、アルフが尻尾を逆立てる。

というか……私もさすがに驚きだよ! 圧倒的って言ってくれたし!


「クロノ、なんでだよ! エリオは強い! 機動六課のストライカーだったんだぞ!」

「そうだよ。確かに攻撃は多く食らっているけど、まだピンピンしてるし」

「それが問題だ。……忘れたか。これは総合格闘競技の試合だぞ」


いや、忘れてないよ。だからこのまま倒すのもアリかなーって。


「ポイントでも差を付けられている」

「ぁ………………!」

「二度のダウンに、ジャブによる連続打点。更にIMCSルールではポイントの高い関節技の連発……。
このラウンドでエリオは、ジークリンデ・エレミアに大きく溝を開けられている」

「対してエリオの攻撃は、一発も直撃を取っていない……!」

「エリオ自身も分かっているはずだ。このままでは千日手。四ラウンドフルに戦って、生き残ったとしても判定で負けると」

「だったら、がつんと倒せばいいだろ!? そうだ、エリオならできる! なにせこっちは実戦経験者なんだから!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「倒せばいいなんて思考になっている時点で、ミウラとかと同じだよ。
あれは化け物……うん、彼女は紛れもなく化け物だ。人の領域を超えている」


そのせいでエリオの試合、見ているだけでヒヤヒヤだよ……! というか、元教導担当としては胃が痛い!


「なのはさんから見ても、技量の差は」

「嫌ってほどにあるよ。打撃一つ取っても、何千回……何万回と練習してきたことで、ほとんど前兆がない」

「前兆?」

「攻撃のアクション……その予測ができないってこと。恐ろしいくらい基本に忠実なの。
だから実戦経験があるエリオでも、その先を予測できず、後手後手に回り続けている」

「「あ……!」」

「さっきのアレかよ!」


なぎひこ君とリズム達も思い当たり、その顔から血の気が引く。


さっき……ジャブだけでリング際に追い詰められ、結局ダウンさせられたでしょ。

あれはつまり、そういうことなんだよ。別に特殊な魔法やら、トリックの類いなんて使っていない。

どこまでも基本に忠実。ただ相手の急所を狙い、最速・最効率・最大威力で打ち込まれただけ。


投げも、関節技も同じ。教科書通り……でも、だからこそ彼女の恐ろしさが分かる。


「チャンピオンの前では、どれもこれもその場しのぎってことですか……!」

「でも、チャンピオンの動きにも陰りがないのは……格闘競技ファンとしては安心だけどー!」

「さすがに相手が悪すぎると思うなぁ、アタシ!」


アスミちゃんとのり子ちゃんはチャンピオン側なのに、思わず感情移入するほど……エリオの状況は悪かった。

それも当然。今のままじゃあ、どう考えても……ただ、気になるところもあって。


「だけどあれは……」

「どうした、なのは」

「試合映像を見ているときも思ったんだけど……できすぎているようにも、思うんだ」

「できすぎている?」

「とてもじゃないけど、十代の女の子が撃ち込めるものじゃない。それこそ十年単位で訓練して、ようやくってレベルだろうし」

「だからこその化け物……人の領域をって話かよ」

「うん」


一応は聞いている。あの子の実家……黒のエレミアがどういうものかは。

だとしてもあれは……そうだ、あれはアインハルトを見ていたときにも感じたものだ。

撃ち込む技……そこから感じ取れる年月と、その実年齢との矛盾。どこかが噛み合わない印象。


もしかして、あの子も……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「やはり、一方的な展開になってしまうのね」

『えぇ……』


第二会場の控え室で、ジークの試合を見させてもらっていた。

エドガー共々試合運びについては不満もなくて、揃って安心している。


まぁ、その分エリオ・モンディアルについては、かなり痛々しい形になっているんだけど。

でもそれは、決して彼が弱いという話ではない。

むしろその真逆。彼が強いからこそ、ここまで痛い思いをしてしまう。


言い方は悪いけど、十把一絡げの選手であれば、最初の……試すようなジャブで終わっていた。

でも強いから立ち上がり、強いから対応を試みて、強いから戦い続ける。

それが逆に、彼の身体を……そして心を傷付ける結果になろうとも。


しかもそれで差が覆せるのならともかく……これでは無理だもの。

というより、人間には覆しようがないのかもしれない。


「ジークには……黒のエレミアが五百年かけて築き上げた、戦闘経験の全てが蓄積されている」

『アインハルト・ストラトスと同じ、記憶継承者……ですが同時に彼女は、自分では制御できない化物(けもの)を抱えることにもなった』

「……えぇ」


どうやらあちらには、そんな化物はないようだけど……でも”だからこそ”と言うべきかしら。

……聖王オリヴィエを止められなかったのは。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


分かっていた。

これをゲームとするなら、僕達はその中での遊び方をちゃんと捉えていないって。

だからね、気持ちを切り替えたよ。機動六課やら、局員としての研鑽なんて関係ない……僕は何時だって挑戦者なんだ。


そういう気持ちを忘れていたんだって思い知って、それで……準備してきたのは!


「ストラーダ、フォルムフィーア!」

≪Morgensonne Form!≫


ストラーダの柄が伸縮し、外装がブースター諸共パージ。

刃が柄とは逆に六〇センチほど伸びて、細やかなモールドも刻まれる。

ストラーダは今までと違い、シンプルなショートランスに早変わりした。柄の長いロングソードにも見えるかな。


そんな新生ストラーダを、片手だけで正眼に構え息吹――。


「形状変換……それは剣? それとも槍?」

「すぐに分かります」


技量で負けているのは、肌で実感した。

だからイメージトレーニングの結果を上書き……対応できるよう、とにかく速度を重視。

身体強化の魔法も最大出力。でも柔軟さを壊さない程度に、緩急を意識的につける。


あとは……その場のノリと、気合いだ!



「――――はぁぁぁぁぁ!」


短くなった柄の石突きを握り込み、鋭く踏み出す。

まずは一撃目の刺突――左スウェーで避けつつ、その腕を取りに来る。でもすぐさま刃を返し逆袈裟一閃。

小型化したことでより軽快に、より鋭く震えるようになったストラーダ。その速度変化に目を見張りながら、彼女は左腕で刃をガード。


「そらぁ!」


そのまま振り抜きながら乱撃――! 次々と打ち込まれる刃をスウェーとガードでやり過ごしてくれるけど、その今にも彼女の手は迅速に伸びてくる。

こちらの腕を取り、関節技に持ち込もうと……でもそうはさせない。

伸びる手は鋭くかわし、身を翻しながら跳躍。彼女の脇を取りながら刺突。


白羽取りを狙われるも、素早く引いて突然にキャンセル。両手がパンと打ち合わされたところで逆袈裟一閃。

彼女がガードに回ったところで、腹を蹴り飛ばして下がらせる。もちろん電撃魔力による爆発も込みだ。

電撃ダメージはないけど、その衝撃までは殺せない。関節技に持ち込ませることなく離れてもらい……改めてこちらから接近!


チャンピオンは素早く超低空タックル。こちらも物質透過魔法を瞬間発動し、それをすり抜けた上で背後に回る。

振り返りながらの右薙一閃。続く刺突・逆袈裟・袈裟・左薙・右切上・逆袈裟の連撃もガードされるけど、素早く刃を返し、太股に右薙一閃。

彼女の柔らかな太股を切り裂いたところで、顔面目がけて掌底が飛んでくる。


それを伏せて避け、ヘッドロック狙いで絡みついてくる身体を逆にタックルで押しのける。


……フォルムフィーアは小型化により、取り回しがよくなった。そのため長物の欠点だった接近戦も何とかこなせる。

ここはバルディッシュのライオットを参考にしている。前々から考えていたフォルムなんだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」


――押しのけられ、体勢が崩れたチャンピオンの脇腹に刺突。

でもチャンピオンは大きくバランスを後ろに崩し、切っ先を避けてしまう。

そう、届かない……僅かに届かない。いいこと尽くめのフォルムフィーアだけど、弱点もある。


全長が縮んだことによるリーチ低下。更に軽量化もされているからパワー不足。

更にカートリッジシステムも不要ということで、その機構から封印している。

チャンピオンもそれを見抜いたからこそ、ガードに回ってくれていた。


……僕の狙い通りに。


「ストラーダ!」

≪Empfang――!≫


ストラーダの刀身に刻まれたモールドが、僕の魔力で輝き……一瞬で分割。

そう、刃は幾つかのパーツに分かれ、弾け飛んだ。

それを繋ぐのは、刃に内包していた電撃魔力。刀身として十分な強度を持つ、雷の鉄輝。


それが膨張・再形成されることで、ストラーダは一瞬で斬馬刀のようなサイズとなり……!


「一穿」


更に電磁レール形成。逃げられないよう、彼女の身体を正面に捉え……!


「……ッ!」

「必中!」


チャンピオンの腹に鋭い刺突を叩き込む。

切っ先に集束していた魔力も、砲撃として零距離発射。

刃に貫かれた物理ダメージと、砲撃による魔力ダメージ。更に電磁レールによる射出ダメージ。


三つの破砕に飲み込まれ、チャンピオンはリングアウト。

そのまま電撃の爆砕を刻み込みながら、フェンスに叩きつけられていく。


『――――チャンピオン、リングアウト!』


驚愕のままに沈黙する会場。それに構わずストラーダを逆袈裟に振るい、刀身を再び一体化させる。


『電光石火には更なる底があった! エリオ選手、目にも留まらぬ乱撃からチャンスを作り、チャンピオンに痛烈な一撃を与えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

『なるほど……魔力刃の応用ですね。あれならば軽量化に伴う攻撃威力低下も補える。
更に瞬間的な展開により、今みたいな不意打ちも可能……エリオ選手、よく考えていますよ』


あははは……世界チャンピオンに褒められるって、結構恥ずかしいなぁ。

でもまぁ、気持ちを切り替えたおかげで……いろいろ見えたのは確かかな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふぇ……エリオ、いつの間にあんなのを!」

「なぎさんを見習って、漫画やアニメも見て……また頑張っていたんですよ」

「くきゅー!」


驚くフェイトさんには、エリオ君も成長したと笑って返しておく。

……それに、これは単なる不意打ちだけが目的じゃないしね。


「でもこれなら、チャンピオンも倒せちゃうよ!」

「倒せなくてもいいんですよ」

「え!? でも」

「判定勝ちも視野に入れた武器セッティングですから」

「……判定勝ち?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「確実に攻撃を当て、判定ポイントを取得するためだ」


クロノ君はエリオの変化を、喜ばしいものとして笑って受け入れていた。


「エリオはその特性で言えば、格闘競技者の主流≪回避と防御を重きに置くアウトレンジファイター≫だ。
だが現状のストラーダではDSAAルールに対応できず、能力が八割方殺されることになる」

「だから、リーチ自在な……カートリッジやブースターにも頼らない新形態?」

「いや、おかしいだろ! あれはチャンピオンみたいに、判定勝ち狙いなんて卑怯なことはしていない! 全力全開で相手を倒した必殺技だ!」

「……君はもう戦う人間じゃないな」


クロノ君がまた辛辣…………じゃなかった。

テレビから歓声が響いてきて、慌ててそちらを見ると、例のチャンピオンがフェンスから抜け出していた。

それも…………無傷で。ジャケットが多少ぼろっとしただけで、ダメージを負った様子もなくすたすたとリングへ戻っていく。


『……ジークリンデ・エレミア、無傷です! リングアウトこそ取られましたが、ダウンもしていません! 今リングインしました!』

「な……なぁ!? なんでだよ!」

「彼女は零距離砲撃が放たれる寸前、両拳でスフィアを叩き潰している」

「でも、魔力ダメージが!」

「それも防いだ」

「そんな馬鹿な! エリオはなのはが鍛えたストライカーだぞ! それが、あんな奴に!」

「だから君はもう、戦う人間じゃないんだ」


それは痛烈な皮肉……アルフの心を打ち砕くには十分過ぎる火薬だった。


「……アタシじゃもう、エリオ達のことが……分かんないって言いたいのかよ」

「その通りだ」

「戦ってても、何しているかもさっぱりで……役に立たないって……! そんなことない! だって、家族じゃないか!」

「だったらどうして君や母さんの言葉は、恭文に届かなかった」

「ぁ……!」

「どうして、身内の肩書きだけでしかこの戦いを語れないんだ。肩書きで言えば、ジークリンデ・エレミアも世界最強の称号を張り続けた猛者だぞ」

「それは、だって……エリオを、応援したくて」

「なら、彼女を卑怯と罵る必要はないはずだ」


だから、分からない……知った顔をしてもズレたことばかりしか言えない。

それは、私にも突き刺さることだった。私もバックヤードが専門だったし、正直……よく分からないことの方が多くて。


「それは恥じることじゃない。君の場合は”家庭を守る”という使命を全うしていたし、僕達もそれに助けられている。
……だが、エリオやフェイト……みんなの戦いは、もはや”別世界の出来事”になってしまったんだ」

「そん、な……」


そんな距離感を自覚していなかったのか、アルフが寂しさから涙ぐむ。


「だから、ここからのことをよく見ておけ」

「クロノ君?」

「……もうすぐタオルが投げ込まれるだろうからな」

「はぁ!? それってどういう……」


そう言いかけたけど、気づいた。

ジークリンデ・エレミアが……リングに戻るエレミアが……”変わった”。


その瞳は鋭く、放出する空気は冷たく、その拳はどこまでも重く握り締められる。


『ボックス!』


放出する魔力も濃度が濃すぎて、もはや黒色……というか、あの空気感は……!


「なんだよ、アイツ……!」


アルフも気づいた。あれにはとても、見覚えがあるから。

……ガンプラバトル世界大会の決勝戦・第二回戦でも、あの空気感は見ていた。


「あれじゃあまるで……おい、クロノ!」

「恭文、くん……!?」


そうだ……修羅モードになったときの……本気になったときの、恭文くん……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


リングインしてきたジークリンデの空気は、明らかに変わっていた。

というか、あたし達にも覚えがある。あれは……あれは……!


「マズい……!」

「あの馬鹿!」


ティアナともども、慌ててタオルを掴んで、投げ込もうとする。

……でも、もう遅かった。


――ガイスト・クヴァール――


エリオの研鑽が、ストラーダの進化が、たった一撃でジークリンデ・エレミアを切り替えた。

それほどにしなければ、命の危険がある……そう思わせ、その身体を疾駆させる。


「ッ……!」


キャロも咄嗟にタオルを首元から外し、投げようとする……投げようとした。あたし達と同じように。

……その間に全ては決していたのに。


エリオの真正面から放たれた黒き奔流が、リングを、外周の芝生を……そしてフェンス間際を抉り潰す。

常時展開されている観客保護用フィールドは何とか圧倒的な力を防御するも、鋭い亀裂を走らせた。


そしてエリオとストラーダは、そんな高密度の魔力に削られ……鮮血に塗れながら吹き飛び……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あの滾る魔力を見た瞬間、電撃フィールドを最大出力で展開。

同時に回避行動へと出たものの、やはり狙いが正確……こっちの胴体を潰しにかかってくれた。


「つぅ……!」


ジャケットの被弾箇所をパージ。

魔力の破裂により、イレイザーによる消滅効果を一部でも軽減。

それでも……肉が抉られるような感覚に怖気を覚えながら、リングを転がり、縁すれすれで何とか起き上がる。


「エリオ君!」

「大丈夫!」


キャロにはタオルを投げ込まないよう、全力で止めておく。


「……お願い」


それは、チャンピオン側のティアさんと……りんさんにも言っていた。

二人もそれを察し、振り上げていた手を……投げかけたタオルを静かに下ろす。


「まだだ」


分かってる……ここからは命がけだって。



彼女の目はそれほどに冷たく、既に目の前の僕を映してすらいない。

本当に……無意識のままに、目の前の敵を捻り潰そうとしていた。


でも……でもね……!


「まだ、僕は諦めていない……!」


さすがに腹が立つんだよ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


エリオ、キャロ……! いや、僕が止める権利はないけどさぁ! でもさすがに……つーかジークリンデのアホが!


「ヤスフミ、あれはなんですか!?」

「消滅系魔法≪イレイザー≫――魔力付与魔法の極地。圧倒的魔力出力によって、物理・異能を問わず全て消し飛ばす破砕攻撃だ」

「格闘大会で使っていい魔法なんですか!?」

「残念ながら非殺傷設定は適応されるみたいでねぇ……このまま継続だ」


そう、継続してしまう。本当なら割り込みたいところだけど、そうもいかない……!


「以前の試合でも使っていたから、エリオも相応の対策は整え、ギリギリで回避していた。
でも……衝撃ダメージだって相当だ。加えてエリオは元々装甲が厚いタイプじゃない」

「瀕死だよな……!」

「そうなりかけだよ」

「じゃあ……あれは何よ」

「そうだぜ! あれじゃあまるで」

「うん、修羅モード≪潜在能力解放≫だ」


……実は、ジークリンデには三つのモードがある。


「さっきまでが通常モード。人を傷付けることなく、ルールの範囲で相手を制する、光弾射撃とグラップルのエキスパート。
全力モードは……おのれらも試合映像で見たことがあるでしょ。手甲を装備して、鉄腕の打撃を打ち込む姿」

「あぁ……で、あれが三つ目」

「ベルカ最古の戦場格闘技……人体破壊技術の継承者にして遂行者」


そう、あれは生ける伝説。そして管理世界では忌むべき仇敵。


「エレミアの神髄――!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


エリオ……! というかキャロー! ティアとりんちゃんも止まっちゃったし!

フェイトちゃんは状況が飲み込めなくてオロオロしてるし、そこはタオルを投げなきゃ駄目だってー!

というかほら、会場中が凍り付いちゃったよ! もう本気で殺すモードだし!


「……去年、ミカヤ選手はアレにやられたんだ」


そんな中、アスミちゃんが困り気味に呟く。

視線の先には当然……未だ展開中の消滅系魔法。


「あの、黒い爪に……!?」

「なのはもその試合映像、見たよ。右手首から先を”文字通り粉砕しかけた”」

「――!?」

「幸いギリギリで形は残っていたけどね」

「ちょっと、待ってください! そんな攻撃を持ちだすって、さすがにあり得ませんよ!」


なぎひこ君が一つ勘違いをしているので、訂正しておく。


「持ちだすというより、持ちだしちゃったんだろうね」

「そんなに負けたくないんですか!?」

「死にたくないんだよ」

「え……」


彼女の目、とても覚えがある。

意識はあるけど、自分じゃない何かに突き動かされるような感覚。


ママじゃない……そう言って私の手をはね除けた、あの子にそっくり。


あのときの、聖王として覚醒したヴィヴィオに……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そうだ、腹が立ってしょうがない。

僕はチャンピオンを倒したいんだ。本気になってくれるのは、まぁいいんだ。

問題は……なんか変なものに操られたかのように、戦ってくれることだよ!


あれはJS事件でのルーやガリュー、ヴィヴィオに近い! だったら……!


「ストラーダ」

≪問題ありません≫

「……奥の手、いくよ」


フルドライブやリミットブレイクは使えない。でも、そんな中での切り札もちゃんと用意してある。

フォルムフィーアは、それを受け止めるための形態でもあるんだから。


……鋭い瞳のまま、踏み出す彼女……黒い魔力に覆われた拳が、冷徹に振るわれる。


まだ終われない。

ううん、終わりたくない。

僕の前には、もっともっと強くて凄い人達がたくさんいて。


そんな人達に近づきたくて……胸を貸してもらっている状態だけど、彼女もそんな一人になっていて。

だから――!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


体中から電撃を全開放出。

更にそれを軸として、別の魔力を作り上げる。

鉄輝一閃の要領だ。イメージするのは、研ぎ澄ました電撃から生まれる炎。


電撃という芯によってより研ぎ澄まし、ストラーダに纏わせて……。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


黒い拳へと叩き込む……真正面から、逃げることなく!

その瞬間、拳とストラーダの切っ先が……お互いに纏わせた魔力が接触し、相互反応を開始。

そう、相互反応だ。干渉し、せめぎ合っている。


圧倒的な消滅系魔法の出力を、ただ一点……鋭く穿つため、ストラーダとともに踏み込み続ける。

……しかし、拮抗は唐突に崩れた。

接触点から強大な魔力の爆発を起こし、僕を……チャンピオンを飲み込み、大きく吹き飛ばす。


それでも何とかリング際へ着地。ストラーダは……よし、無事だ! 刀身には傷一つ付いていない!


ただし魔力が一気に削られた。


(やっぱ、一日三発程度が限界かぁ……!)


だったらあと二発、全力で……そう構えたところで、呆けた声が耳に入る。


「ぁ……」


チャンピオンが目をパチクリさせる。彼女も同じように着地していたけど、もうあの圧倒的な冷たさはない。

それどころか驚いた様子で自分の手を……そして、僕が構え直したストラーダを見る。


「まさか、うち……あぁ……!」

「まだですよ」


そこで、イレイザーを消されても困る。


「まだ何も終わってない……もう一度来てください」

「待って! それは」

「そうですね。あなたは自分の脆さすら使いこなせない、弱い人だ」


だからもう一撃打ち合おうと、笑って、ストラーダを構え直しながら挑発する。


「でもだからこそ、あなたはもっと強くならなきゃいけない」

「君は……」

「そうじゃなきゃ……あなたの全てを受け止め、乗り越えようとするみんなに失礼だ!」


理由はある。単純にチャンピオンの最強技を超えたいというのが、一つ。

そしてもう一つは……正直、かなりの大ばくちだった。ふだんなら絶対やりたくない。


でも彼女は呆けながらもくすりと笑って。


「……骨折くらいは覚悟してもらうよ」

「望むところだ!」


構え直してくれる。黒い消滅の拳を引いて、握り直してくれる……!


「ジークリンデ・エレミア――」

「エリオ・モンディアル――」


いつでも撃ち込めるように……いつでも、僕を打倒できるように。


「「いざ尋常に――勝負!」」


……僕がストラーダに纏わせた、炎雷の刃を見据えながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


一ラウンド目の試合時間、残り三十秒……上手く逃げてほしかったけど、こうくるか……!


「なのはさん、あれ……!」

「うん、炎熱変換も交えてるね」

「でも先天変換資質持ちは、他の変換が使えないって!」

「それも努力次第ってことだよ。……本当に生半可な努力じゃないけど」


実際フェイトちゃんは無理だったし、シグナムさんもさっぱり。

でも、エリオはやり切ったんだよ。それも……最高の形で!


「しかもあれは、結合変換≪溶断≫ですよね!」

「うん!」


アスミちゃん、本当によく勉強しているなー! 最新技術なのにサクッと分かるなんて!


「溶断?」

「二つの魔力変換……この場合は炎熱と電撃だけど、その特性を掛け合わせて作る、全く新しい変換だよ」

「そんなのがあったんですか!」

「割と最新の技術成果でね。使える人もかなり少ないの」


そもそも基本的な魔力変換は三種類。まぁ前にも説明したけど、一応おさらいだよ。


炎熱は火種となる魔力が大きければ大きいほど、その効力を増す。

氷結系はサポートタイプ。温度変化や地形操作などを生かし、テクニカルに動く。

電気は一点に集中することで、高い貫通・切断力を発揮できる。フェイトちゃんとかはあんまりやってないけどね。


……そこに最近加わったのが、魔力結合。そして魔力分解(氷結系限定)。

魔力分解はまた別の機会に説明するとして……魔力結合は今も言った通り、掛け合わせの技能。

電気が元々持っている『物質に作用する起動の性質』で、炎熱の効果を跳ね上げているの。


起動の性質が分からないというなら、恭文君のブレイクハウトを思い出すといいよ。

あれは物質を構築する分子に作用する能力でしょ? それも、電気変換が基礎にあればこそなんだ。


「エリオは電気変換の性質≪一点集中によるブースト≫を生かして、ストラーダの切っ先に溶断変換を集束。
本当に……中心部のみを捉え、撃ち抜くことで、イレイザーと相打ちに持ち込んだんだよ」

「正しく一穿(いっせん)! つまり、ここからは対抗できる……できます、よね?」

「無理」

「ですよね……! そもそもの技量差もありますし!」

「……だからエリオは博打に出たんだ」

「博打?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ジークリンデの神髄はキャンセルされたけど、打撃戦に持ち込んでもやっぱり勝てない」

「だから彼女を挑発して、大技の打ち合いに切り替えたと……」

「溶断による一穿なら、一発逆転は可能だ」

「イカれてんな! つーかお前の影響じゃね!?」

「むしろキャロだよ、キャロ」


とはいえ……内心相当悔しいはずだよ。技量差がなければ、ここから五分の勝負に持ち込めていたかもしれないのに。


「あと、溶断もそう多く使える技能じゃない」

「それは分かります。それなら最初から出していれば……ですがなぜ」

「エリオも相当努力はしたんだろうけど、それでも先天変換の壁は大きい。どうしても消耗と制御の壁が高くなる。
……実際さっきの使用だけで、エリオの魔力は半減している」

≪贅沢を言うなら、さっきの直撃で使うべきだったんですけどね。
……それすら躊躇われるのなら、本当にこれが最後の一撃ですよ≫

「飛び込むタイミングは……」

≪ジークリンデさんの、攻撃直後≫


早すぎても回避されるし、遅すぎてもイレイザーの餌食。

本当に……攻撃直後の、僅かな隙を最大速度で射貫くしかない。


……いろいろと壁が取っ払えたみたいだね。

いつものエリオなら、こんなリスキーな真似はしない。


つまるところ……楽しんでいるってことだよ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――呼吸を整え、ストラーダを腰だめに構える。

ありったけの魔力を刀身に纏わせ、炎と雷撃を一つにしながら、研ぎ澄ませていく。


狙うは一瞬。

注ぎ込むはこの身に溢れる力の全て。

雷光の如く駆け抜け、敵を穿つ。ただシンプルな行動に、なぜこうも胸が高鳴るのか。


……今か今かと待ち受けていたところで、彼女が前振りなしで加速する。

さっきまでなら捉えられなかった、余りに手慣れた移動と攻撃。でも、今なら少しだけ分かる。

その予兆が……その気配が。だから意識するより早く、この身体は踏み出していて。


「雷迅」

「――はぁぁぁぁぁぁ!」

「絶穿――!」


一気に十数メートルの距離を縮め、零距離にお互いを捉え合う。

そのままストラーダを突き出しながら、炎熱の魔力を押し広げるように、刀身伸長。

音よりも速く突き出される刃と、黒い魔力の拳……それらが衝突・交差……!


そうしてお互いに地面を滑りながら急停止。


「……見事や」


手ごたえはあった……彼女の左肩に斬撃の痕が刻まれ、ジャケットも軽く弾ける。


「うちのイレイザー……真っ二つにするなんて。ほんま凄いなぁ」

「……光栄です」

「でも」


そして僕は……腹部に受けた衝撃で膝を突き、口から血を吐き出す。


「まだ、うちの方が……ちょっとだけ踏ん張れる」


あぁ……直撃を取れたと思ったのに。

上手く、やり過ごされていたのかぁ。

というか、今の拳……。


全く……見えな、か……った……なぁ…………。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『――エリオ・モンディアル選手、ダウン! 奇跡の逆転劇ならず……壮絶な試合を制したのは、ジークリンデ・エレミア!』

『いや、しかしエリオ選手、大健闘ですよ。あの場で賭けを成立させただけでも驚嘆に値する……今後が楽しみな選手です』

『本当にその通りですね! みなさん、ジークリンデ・エレミア選手に……そしてタンカで運ばれていくエリオ選手に、どうか盛大な拍手を!』


呼びかけられるまでもなく、会場中から拍手が送られる。

それで肩口を押さえながら戻ってきたジークリンデには。


「「「ごめん……」」」


ティアナと一緒に謝っていた。というか、ジークリンデも謝っていた……!


「……って、なんでお姉さん達が」

「タオル、投げ込めなかったもの」

「右に同じ……」

「ううん! それを言うたら、うちもまた……やらかしてもうたし」

「そうね。でも……エリオの一撃は、希望でもあるでしょ?」


ジークリンデはティアナの言葉に、小さく……照れた様子で頷きを返す。


「うち、図に乗っていたのかもしれん。うちが世界で一番って時点で、いろいろアレやのに」

「まぁ、それはね」


アレってなんだろう……何か気になるような。

というか、あたしがのけ者にされている、この妙な感覚は何……!?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ジークリンデ・エレミアのワンラウンドKOで終わった試合。

とはいえその中身には、いろいろな問題提起もあって。

差し当たっては……ともみとジャンヌに空海達のことを任せた上で、医務室にやってきたんだけど。


「……ん……あぁ……」

「エリオ、しっかりして!」

「エリオ君!」


ちょうどエリオは目を覚ましたところらしく、フェイトとキャロが慌ててベッドに駆け寄る。


「フェイトさん……キャロ……」

「よかったぁ……あの、チャンピオンの一撃を受けたら倒れて、そのまま……」

「ストラーダも無事だよ。損傷は激しいけど、一両日中には復帰できる」

「そっか……。たった一撃……直撃しただけで……これ、かぁ……」

「無理もないよ……イレイザーだもの」


そんな二人の笑顔を受け止めながら、エリオは……悔しさで涙をこぼし、ボロボロな右手で顔を覆う。


「情けないなぁ……!」

「そんなことないよ」


さすがにこの状況で叩く気持ちにもなれないので、部屋に入りながら労いの言葉はかけておく。

そんな僕に、エリオも……キャロとフェイトも驚いた顔をして。


「ヤスフミ!」

「次元世界最強の十代女子が、ガチで殺しにかかったんだ。それも全潜在能力を解放した上でさ。
……たった二合だけでも打ち合って、命を保てただけでも最高でしょ」

「……なんだか、今までの中で一番褒められた気分だよ」

「ねぇヤスフミ、どういうことなの!? あの魔法ってイレイザー……知ってたんだよね! だったらどうして」

「エリオとキャロには言ってたけど」

「私は何も聞いてないよー!」


その言葉があり得ないので、ハリセンで軽くどつく。


「何するの!?」

「おのれは急遽セコンドに付いただろうがぁ!」

「そうでしたー!」

「つーかね、ジークリンデは以前の試合でも使ってたの! セコンドに就くなら予習くらいしとけボケが!」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


というわけで、お仕置きにフェイトの頭をバシバシバシバシ……!

本気でお仕置きだよ! さすがにそこを予習してないって、あり得ないからね!?


「フェイトさん……」

「大丈夫。フェイトには僕とフィアッセさんからきっちりお仕置きしておく」

「ふぇぇぇぇぇ!」

「それはそうと……ごめん、エリオ」


そこでエリオとキャロが顔を見合わせ、顰める。


「さすがに、それはヒドすぎだよ……。チャンピオンのああいう顔があるのも分かった上で、挑んだのは僕達だし」

「というか、タオルを投げ込むのが遅れたのは……私だし」

「そういうことじゃない。……おのれらにもそうだけど、空海達にも……一つ黙っていたことがある」

「……何かな」

「キャロ、おのれなら『黒のエレミア』って言えば分かるでしょ」

「黒のエレミア? あれ、それって確か、ルーちゃんにあげた古文書で…………」


キャロはまさかと、顔面蒼白で震え始める。


「まさか……”あの”黒のエレミア!? 彼女、その末えいなの!?」

「末えいで古文書ってことは、あれかな。彼女もアインハルトみたいな王の末えいで」

「しかも記憶継承者――先祖が五百年かけて積み重ねた術技の全てを継承している」

「だからあの技量なのか……!」

「でもね、そこは飽くまでも前提なんだ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


平和な格闘競技とは思えない、壮絶な一撃……それに誰もが刻まれる。

ジークリンデ・エレミアが正しく最強だと……!


ただそんな試合も終わり、あたし達ももう帰るだけって感じになったところで。


「……黒のエレミア。それは、とある一族を……その伝説を示すワードだ」

「一族? 伝説?」


ノーヴェさんがあたし一人を引っ張り、空いていた休憩室へと飛び込んだ。


「戦乱の世より無手を持って戦い、無敗を刻み続ける修羅の者達。
それが黒のエレミア――次元世界最古にして最強の”真なる”古流武術。彼女はその末えいだとよ」

「最古にして……最強!?」


そうしたらまぁ、いきなり……ヴィヴィオやアインハルト達には絶対内緒と銘打って、そんな話をしてくれて。


「というか、真なるって何!? 古流武術に本物や偽物があるの!?」

「あぁ。エレミアが培ってきたのは≪殺人術≫だからな」

「……あのイレイザーも、そんな技の一つってわけ?
だったら気に食わない。そんなのをここで持ちだすなんて」

「そういうことじゃねぇんだよ……」


……ノーヴェさんがやたら重たくそう告げる。


「持ちだすことが問題なんじゃない。イレイザーも含めて、古流武術相手に勝てないことが問題なんだ」

「どういう、ことかな」

「武道は鍛えることで肉体と精神を磨き上げる。それは日常生活においても活用しうるもので、果てはない。
言うならどこまでも続く”道”を進むことそのものが、武道の目的だ」

「そう言えば、ストライク・アーツは……」

「エクササイズとしてやっている人とか、精神鍛錬としてやっている人もいるよね!」

「いろんな人を受け入れ、進んで行く道……それが武道なんですねぇ。じゃあ、武術は」

「術とはスキルを指す。一つの目的を達成する手段として、術(すべ)を鍛える。その目的は殺人」


いきなりキツいワードが出てきて、ついラン達と一緒にギョッとする。


「戦う相手を如何に迅速かつ効率的に壊せるか。あむ、その実例をお前はよく知っているはずだぞ」

「え……」

「恭文だ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――恭文が使う剣術もそうだし、恭也さんと美由希さんが納める御神流も、その殺人術を突き詰めたものだ」

「そう、言えば……あれ、待って」


クロノ君を右手で制し、寒気を感じながらも一つ質問。


「じゃあ母さんやフェイトちゃん達が、恭文くんを止めたかがっていたのって……また意味が変わらないかな」

「というより、母さんだな。武術ではなく武道を……この場合は『管理局の理念に従い、殺人を前提としたスキル運用を辞めろ』ということだ」

「そう言われると確かに、管理局の非殺傷設定を原則とした理念は……武道の精神に近いのかも。それこそ活殺自在じゃないけど」

「ちょ、ちょっと待てよ! だったら……なんでエリオは負けたんだよ! エリオは強いだろ! それは間違いないだろ!?」

「魔導師という枠組みで言うなら、十分にエースを晴れる実力だ。しかも今回の試合では、自分の限界を超えてみせた」


あぁ……溶断変換だね。先天変換資質であれを使うの、ほぼ無理ゲーって難易度らしいのに。


「今のエリオは……十四歳だったときのフェイトや恭文、なのはを超えていると思う」

「ならおかしいじゃないか! 管理局は、お母さん達は……それが正しいって頑張ってきたんだぞ! エリオ達はそれを受け継いだ!
だったら、勝つのはエリオじゃないか! 殺人術なんて使う奴らが何をしたって、負けるはずがない!」

「それは本当に今更の話だ」


クロノ君はアルフの必死な言葉にそう告げる。


「現に次元世界最強は、ヘイハチ・トウゴウ氏……君も、なのはやフェイト達も、誰も勝てなかっただろ」

「え……馬鹿を、言うなよ! あのじいちゃんは元局員で」

「そこに限界を感じ、術の使い手となった方だ」

「待って、クロノ君……それは……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「フェイト、前に話したよね。IMCSのランカーにはベルカ戦乱時代に活躍した、偉人達の末えいが多いって」

「うん……というか、黒のエレミアもその一角だよね」

「結論から言えば、次元世界の総合格闘競技者は……管理局よりの魔導師達は、敗北し続けている」

「敗北?」

「U15、U19、オープンリーグ……様々な舞台で活躍し、現在トップをひた走るチャンピオン。
その頂点を争っているのはね、みんな武術を……殺人術を格闘競技に持ち込み、勝っている奴らばかりなんだ」

「はぁ!?」

「末えい達の活躍が目立つ理由もここにある。ヴィクトーリアも、アインハルトも、殺人を前提とした古流武術の継承者だ」


フェイトに、エリオに、キャロに……そして。


「どういうことだ、馬鹿弟子ぃ!」


近くのベッドから飛び出してきたのは、師匠とザフィーラさんだった。……あー、ミウラもここに運び込まれていたんだっけ。


「師匠、それを聞く必要があります?」

「確かにな……ミカヤ・シェベルも、天瞳流抜刀術という”古流剣術”の使い手だ」

「ちょ、待って……それじゃあ、あの……! そうだ、今日解説できている人は!? あのチャンピオンさん!」

「タカムラ・エイジも、骨法……日本発祥の古武術を継承している人だよ」

「じゃあ、あの……ちょっと、待って……!」


今まで自然と見過ごしていた……ゾッとするような事実に、フェイトは思考が追いつかない様子。

それは師匠もだった。古代ベルカ時代の技を使うけど、管理局員として”道”の側に立っていたから……焦りと混乱で表情がグチャグチャだった。


「近代の総合格闘技を習って、そういう……武術を習得していない人達は……誰も、最強になってないの!?」

「そうだよ。で、なのはがエース・オブ・エースやら、おのれが閃光の女神と持ち上げられていたの最大の要因が……ここだ」

≪もちろんリンディさんが、管理局を信じろ……危ないことをやめてほしいと”嘘を吐き続けていた”のも≫

「管理局が示す”道”が最強だと、示すため……!?」


それが現実だった。もちろん、だからと言って術を使うななんていう……そんな理不尽なことは口にできない。

道を進む者達は力が足りないだけ。

本当の意味で新しい時代を……真に正しく、強い魔法文明を築くには、積み重ねた時が足りないだけ。


何せエレミアだけを見ても、五百年の歴史があるんだ。八十年弱じゃ、足下にすら及ばない。


(Memory81へ続く)







あとがき


恭文「というわけで、今日(2018/09/23)豪快な奴ら第7巻が販売開始。みなさん、何卒よろしくお願いします」


(よろしくお願いします)


恭文「というわけで、今回は魔法社会でジークリンデやら、ヴィクトーリアが活躍する意味合いのお話。
そしてこの話オリジナルの要素である、魔力結合と分解も出てきて、魔法――が盛り上がってまいりました」

古鉄≪でもあなたの出番はないんですよね≫

恭文「ちくしょー!」


(この時点で二十二歳だしね、仕方ないね)


恭文「というわけで、お相手は蒼凪恭文と……」

古鉄≪どうも私です。しかしバトル・イン・ニューヨーク、相変わらず歯ごたえが凄いですねぇ≫

恭文「今回は過去のチャレンジ復刻とかも今のところなく、全部新規。でも苦戦しっぱなし……!」


(そうして改めて痛感する。作者はゲームが下手だと)


恭文「基本脳筋PLAYしかできないしね。仕方ないね」

古鉄≪それでも以蔵さんまでは何とかクリア。なおそのときのMVPは≫

ネロ(Fate)「余だよ♪」


(そう、水着ネロです)


ネロ(Fate)「奏者、もっと余を褒めるがよい! 令呪を使ったとはいえ、激闘を制したのだからな!」

恭文「う、うん……でも、顔が近い……!」

ネロ(Fate)「何を照れることがあるか……。今宵は奏者と余の二人だけで過ごすのだぞ? 誰に遠慮も」

あむ「……いや、あたし……いるんだけど。というかアンタ、チームメイトじゃないんだけど」

ネロ(Fate)「むぅ、お主もいたか。ではこちらへ来るがよい」

あむ「どういう意味!? というか……恭文ぃぃぃぃぃぃ!」

恭文「僕に言うなぁ! というかネロ……あの、ほんといろいろ近いー! というか当たって」

ネロ(Fate)「当てているのだぞ?」

恭文「あ、ぅ……」


(さて、明日のバトルはどんな地獄が待っているか……。
そしてとまと同人版の方、何卒よろしくお願いします。
本日のED:酒井ミキオ『アイデンティティ』)


恭文「なお、エリオのフォルムフィーアの元ネタは、武装錬金のサンライトハート。
……というか、格闘競技でブースターとかマジでいらんのじゃ……」

あむ「ぶっちゃけるなぁ! でもジークリンデ、マジでどうするの……! 強すぎるんだけど!」

恭文「まぁ倒せなくても問題ないキャラだし、うん」


(おしまい)




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