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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Memory78 『熟練対新人』

ボクの実家はレストラン。幸いというか、観光客や地元のリピーターで毎日賑わい、いい意味で盛況。

そんな≪ビストロ・ハピネス≫の朝は早い。まだ夜も明けきらないような時間から車を出して、近くの市場へ。

同じように今が働きどきな人達で活気づく市場を、オーナーシェフであるパパについていく形で駆け抜ける。


両足に付けたウェイトもしっかり引っ張り上げて、日常の中で訓練も積み重ねる。


「今日はムール貝とエビ、それにアジがいい感じですよ!」

「じゃあそれをいつも通りに」

「毎度あり!」

「パパ、こっちのサバもいい感じだよ。ほら、目の色と身の締まりが違う」

「確かに……よし、じゃあサバももらおうかな」

「はいー!」


不器用で鈍くさいボクだけど、目利きはこう、慣れているというか……自分の中でようやくデータ化できたのか、お手伝いくらいはできるようになった。

そんな感じで魚、野菜……増えていく荷物をしっかりと抱え、市場を抜けて店のワゴン車へ戻る。


「ミウラ、無理しなくていいからね。辛いならパパが持つし」

「大丈夫ー」

「でも、大事な試合前なのに」

「それも大丈夫ー」


確かにかなりの量なので、全体で言えば二十キロくらいはある。でもこれくらいなら全然余裕。

前を行くパパと変わらない速度で、人が行き交う市場をするりするりと抜けて、荷物をワゴンに下ろす。


「……今日もいい天気になりそうだなぁ」


明け始めた空。少しずつ太陽に出番を譲っていく二つの月。

それを見上げながら、心地よい秋風に髪をなびかせる。




魔法少女リリカルなのはVivid・Remix

とある魔導師と彼女の鮮烈な日常

Memory78 『熟練対新人』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――店に戻ったら、早速朝ご飯。


「いただきまーす」


うちがレストランだからっていうのも理由に、なるのかな?

とにかくパパとママが作るご飯は美味しくて、毎日とっても幸せになってしまう。これも立派なスタミナ源です。


今日のご飯は、消化も良くエネルギーになりやすいお粥とつけ合わせの副菜各種。

お粥と言ってもバランスもよく、鳥のダシが利いて濃厚気味。それなのにするするいけるのが不思議。


……ボク、パパ達と違って不器用だから……こんなお料理、作れないしね。


「そうそうミウラ、今月のお給料は口座に振り込んでいるから、あとで確認してね」

「ありがとう。……でもママ」

「ん?」

「いや、前にも聞いたけど……バイト扱いでいいのかなぁ、ボク……」


事務担当でもあるママからそう告げられながら、つい戸惑ってしまう。


「格闘技をやり始めてから、忙しい休日とかはお手伝いできないし……」

「そこは大丈夫よ。税金対策も込みだから」

「そうそう。説明しただろう?」

「でも、高すぎない……!? 調理とかもできないし」

「「それ以外で大活躍だから大丈夫!」」

「大活躍なの!?」


なんでも家族だから、無償でお手伝いというのは……税金的にも、法律的にも余りよろしくないらしいみたいです。

だからボクも住み込みの従業員扱いとして、給与を受け取っているわけで。


でも、この金額は……一人暮らしできそうな勢いでもらうのは、さすがに戸惑いがあってー!


「いつも重い荷物は持ってくれているし、クルージングディナーサービスのときとか、本当に助かっているんだよ?
ミウラが回りのことを一生懸命こなしてくれるから、僕やスタッフのみんなも調理に集中できるし」

「そうそう。キチンと計算した上でのことだから、気にしなくていいの。そこはスタッフも分かっていることだから」

「パパ、ママ……」


二人の大丈夫に、戸惑いながらも背中を押され……お礼を言いつつ、ご飯をキッチリ食べる。


その後は学校に行って……終わったらすぐに八神道場で訓練。

今日もウィービングとディフェンス強化を中心に、師範達にがしがし叩かれます。


木と木の間に張られたロープをかいくぐり、加重移動≪シフトウェイト≫のタイミングでフック!


「足が遅いぞ! もっと身をかがめ、シフトウェイトを意識しろ!」

「ガードは下げるなよ! 下げたら居合いの餌食だ!」

「はい!」


同じ門下生のみんなも、試合前ということで協力してくれて……防御中心のスパーリングを、本番と同じ時間で徹底的にこなす。

その中で一番キツいのは……シグナムさんとのスパーリングで。


「……ふん!」


レヴァンティンによる抜き打ち。それをガードで耐えながらの数分間は、正しく苦行。三十分くらい斬られ続けていると思っちゃう……!

ただそんな時間も、ゴングが鳴り響くことで終了。お互い砂を踏み締めながら停止して、お辞儀。


「あ、ありがとうございました」

「あぁ」


シグナムさん、息一つ切れてない……やっぱりベテランの武装局員さんは違うなぁ。


「……だがヴィータ、私ではやはり」

「それを言うなよ……」

「え、あの」


二つの月が昇り、夜が本格的に訪れようとしている中、シグナムさんとヴィータさんが困り気味に顔を見合わせる。


「……結論から言えば、私の居合いでは余り参考にならないかもしれん」

「はいー!?」

「私が使うレヴァンティンは、そもそも重さ……その質量で斬るタイプの刀剣だ」


シグナムさんが見せつけるように、レヴァンティンを正眼に構える。


「対して蒼凪やミカヤ選手が使う日本刀は、刀の反りが特徴でな」

「反り、ですか? でも反りなら、レヴァンティンにも」

「日本刀はより深いだろう。あれは斬る対象に刃を当て、”引き切る”現象を加速させるためのものだ。
日本の剣士は鉄の兜をたたき割るという荒技をやるそうだが、それは日本刀の反りと引き切り現象を使いこなしたが故の神業だ」

「更に言えば、居合いにおいてその反りってのも重要な役割を果たす。鞘走りって言うんだが、抜刀の速度を加速させるんだよ」

「つまり……シグナムさんの抜刀術は」

「蒼凪にも、ミカヤ選手にも……その速度と鋭さでは劣る」


あの、炎が走るような衝撃と鋭さを思い出して、ゾッとしてしまう。

実戦経験豊富な恭文さんは、まだ分かる。オーバーSすら凌駕する古き鉄でもあるし。


でもミカヤ選手も? あくまでもアスリートであるはずなのに……シグナムさんより上って。


「すまん。日本刀の扱いも習熟しておくべきだった」

「い、いえ! そんな! 付き合っていただいて、とても参考になっていますし!」

「その通りだ。……そもそもたった一週間で、あの速度を見切って全て回避……なんざ無理だ。
シグナムにやらせているのも、破壊力という点では二人に負けていないからだしよ」

「斬撃防御対策のために、でしたよね」

「その通りだ」


そうしてやられないために……懐へ入るために。

ヴィータさんも頷いてくれたことで、説明通りで大丈夫なのだと安堵する。


「そういうことだから、シグナムも余り気にするな」

「……今からでも間に合うだろうか。ドイツの恭也殿を訪ねて……仕事はしばらく休みを頂いて」

「ただの興味本位かよ!」

「そんなことはない。そうすればミカヤの役にも立てるし……あ、いっそドイツに跳ばすのは」

「向こうの都合もあるのに、時間がねぇだろ! このタコ!」

「あははは……」


――そんな厳しくも楽しい練習が終わった後は、疲労抜きのクールジョグもしながら家に戻る。

ちょうどディナータイムで、忙しいお店を手伝うために。


更に更に、朝にパパ達もちょっと話していたけど……うちのお店は要予約で、面白いサービスもしていて。


「ミウラ、気をつけてなー」

「はーい」


うちが所有する小型船……店のすぐ隣にあるハーバーに止めてあるんだけど、そこにクーラーボックスやダンボール箱を幾つも持って乗り込む。

指示された通りの位置に、それらを丁寧に置いて……揺れる船の上をひょいひょいと駆け抜け、また桟橋に戻る。

そうして三往復ほどして、食材や食器、非常時の装備などを点検しつつ運び込む。これも僕の大事な仕事です。


「今日もお世話になります」

「いえいえ、こちらこそ。……波や天気も安定していて、本当によかったです」

「えぇ。今日は結婚記念日ですから」

「結婚三十周年ですの」

「おめでとうございます。腕によりをかけて、作らせていただきますので」

「楽しみにしています」


パパはお得意の社長さん夫妻と挨拶中。その邪魔をしないように、そろりそろりと近づき……。


「パ……オーナー、荷物の運び込み、終わりました」

「ありがとう、ミウラ」

「そうそう……ミウラちゃん、IMCSでいい感じだって? エリートコースに参加するとか」

「あ、はい!」

「頑張ってね。というか……感慨深いわねぇ。ミウラちゃんがこんなに小さい頃からお世話になっていて」


あははは……そう言いながらお腹の辺りまで手を下げられると、いろいろ気恥ずかしいというかー。


「それに試合に集中してもいいのに、お手伝いも頑張っていて……」

「いや、それがですね……」

「大丈夫です! 師範のお墨付きですから」

「……私と妻がふだんからやらせている荷物持ちやら、ディナークルージングの雑用が、格闘競技者にとって大事な部分を鍛えているそうで」

「なんと……!」

「私も余り詳しくないんですが、教えてくださっている方々が……それはもう力説していて。あははははは」


――うちの特殊サービスは、ディナークルージング。所有の船で海に出て、夜景を楽しみながら美味しいフルコースに舌鼓を打つ。

たださっきも言ったように要予約で、しかも天候不良が突然襲うこともある。

燃料代などもあるからそこそこの値段がかかるし、雨などが降った場合は室内でのディナーにシフトする。


その辺りの条件を了承した上で……と、結構面倒なんだけど、料理の美味しさとロケーションのよさから、実はかなり好評なサービスで。

ボクもパパ達と一緒に船へ乗り込み、お手伝いです。今日は波も静かで、空も合わせるように穏やか。


きっと楽しい時間になると確信しながら、進んでいく船の上で風を切り続けていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


日曜日――第一会場・観客席Nブロック


約束通り、ヴィヴィオ達の試合を観戦するためにやって来ました試合会場!

でも、仕事がらIMCSの発展には注目していたけど、会場に出向いて、格闘競技観戦なんて久しぶりだなー。

えっと、初めて観戦したのが地球のボクシングで……最後に見たK1の試合が、五年とか前?


IMCSも直接試合を見よう見ようって思いながら、結局仕事に流されて……なのはは駄目な大人だと思います。

しかもしかも、今日は……デートなんだよねー♪ やっぱり迎えに行くべきだったかと考えていたら。


「……なぎひこ、こちらですよ」

「なのはさん!」

「なのは!」


左側の通路入り口から、なぎひこ君とてまりちゃん達が急ぎ足で出てきた。


「なぎひこ君、こっちこっちー!」


笑顔で手招き…………はい、実はなぎひこ君の留学、十月で終了したの! 海外だから九月が年度末なんだよねぇ!

学校はもちろん、聖夜学園中東部二年。なぎひこ君もあむちゃんの様子は気にしていたから、一緒に観戦する感じに。


いや、ママとして、ヴィヴィオの様子を見ていくのも大事だから……うん。


「待たせてごめんなさい」

「ううん。道、迷わなかった?」

「リズム達もいましたし、ここまでは恭文君達と一緒だったので。……でもあむちゃんとりまちゃん達も、いよいよ本戦出場かぁ」

「みんな頑張ってたよ。ただ……」


隣に座るなぎひこ君を受け入れながら、誰もいないバトルフィールドを見つめ、少し苦い顔をしてしまう。


今の言葉に嘘はない。

みんなは頑張っていた。ノーヴェもコーチとして、みんなをよく見ていた。

なのはの家で作戦会議をすることも多かったから、そこは分かっている。


だけど……頑張っているという意味では、みんな同じなわけで。


「それでも、どこまで勝ち抜けるかは未知数なんですか?」

「ん……」

「そんなに厳しいのかよ……」


みんなも二年前の夏休みで、IMCSの流れとファイターの強さは知っている。それでもやっぱり……そういう印象が拭えないわけで。


「のり子、こっちこっちー!」


後ろの席から、跳ねるような声が響く。

振り返ると声の通り元気そうな……赤髪・外はねショートの子が、なぎひこ君が出てきた入り口に手招き。


「ごめんね、遅くなってー!」


元気よく走り寄ってきたのは、金髪を肩くらいまで伸ばした女の子。

スタイル……なのはよりいいかも。黒いジャケットにミニスカというパンクな格好で、その子の隣に座る。


「地球からこっちへの渡航、手間取ったの?」

「ううん。そっちは大丈夫だったけど、大通りで渋滞……休日が込むのはどこも一緒なんだね」

「そっかー」

「でもアスミ、誘ってくれてありがと! 次元世界の格闘競技観戦なんて、ほんと楽しみでー!」

「それなら狙いは大当たりかなー。ほら、もうすぐ始まるよ」


あぁ……あの子、なのは達と同じで地球の出身なんだ。

同郷なのがちょっと嬉(うれ)しく感じながらも、話しかけることはせず身構える。


「あ、そう言えば……765プロにスカウトされたんだっけ?」

「そうなの! アイドルになりませんかーって! しかもあの蒼凪恭文君に!」

「「「「蒼凪恭文!?」」」」


思わずなぎひこ君達と声を揃えながら、後ろの席に振り返ってしまう。……あ、しまった。


「あれ……もしかして、高町なのはさん!? 時空管理局教導隊所属のエース・オブ・エース! 機動六課の部隊員だった!」

「あ、えっと………………なぎひこ君、パス!」

「無茶振りすぎませんか!?」



――というわけで、アスミちゃんと……福田のり子ちゃん? 二人と同じ列に座り直した上で、軽く自己紹介。

そうしたらまぁ……! 765プロが進めている、シアター計画の一員として、こののり子ちゃん、スカウトされたらしくて!


「え……恭文君、魔導師さんなんですか!? それでなのはさんとも幼なじみ!」

「うん。……あー、でも」

「地球では触れ回らないように、ですよね。アスミを友達にしている時点で、よく知っているので大丈夫です。アスミも」

「問題ないよー」

「ありがとう。……でも驚きだよー。恭文君とはえっと、こういう格闘技の試合会場で知り合って」

「今みたいに、席がちょうど前後だったんです。それでアタシがハッスルして、拳を打ち込んだら……あはははは」


あー、元気のいい印象だったし、ビジュアルも調っているならってことかぁ。なぎひこ君も流れには納得したのか、うんうんと頷く。


「それなら、後で恭文君とも合流しましょうか。きっと驚くと思うけど」

「そうだね……アタシも改めて挨拶しておきたいし、お願い」

「了解しました。……それでなのはさん、かなり試合の方は厳しいとのことですけど」

「組み合わせ表を見る限り……エリオと、八神道場のミウラはキツいかなぁ」

「エリオ……あ、エリオ・モンディアルさんですね。ジークリンデ・エレミアさんと当たる」


あぁ……格闘技大好きなのり子ちゃんの友達だけあって、アスミちゃんもサクッと思い当たるんだ。

しかも若干気の毒そうな様子なのが、なのは的には突き刺さるー。


「そのエリオって子も、なのはさんや恭文君の知り合い?」

「元々は恭文君の第一夫人……フェイトちゃんが仕事で保護した子で、今は休業しているけど局員さんなんだ。
それでなのはが以前、一年掛けて教導した自慢のストライカー」

「エース・オブ・エースの教え子!? うわ、それなら下馬評とかアテにならないし!」

「……アスミちゃん、ちなみにその下馬評だと……エリオの勝率って」

「……勝率どころか、話題にすら登っていません」


うわぁ……! 完全に話題はチャンピオンに攫われているってことかぁ。エリオ、全くのノーマークなの? それはなのは的にもキツい。


「話題の中心は、これがジークリンデ・エレミアにとって復帰戦になるという点です。
一年前の棄権から、初めての試合ですから……調子はどうとか、負傷などはしていないかーとか」

「エリオが初出場で、対抗馬たり得る戦績もないから余計に」

「はい……。というか……ツッコむのは失礼だと思うんですけど」

「何かな」

「なのはさんの教え子であることとか、局員さんだっていうのも伏せてますよね」


あぁ、そういうのも戦歴というか、箔に繋がるエピソードだからなぁ。

さっき言った通り、そこに触れているのなら下馬評も盛り上がるって感じなのか。


「エリオ自身、ちょっとスランプに陥っていてね。視野を広げている最中なんだよ」

「そうだったんですか……すみません」

「ううん、大丈夫。……でも戦歴って、初出場の子だと難しいかなぁ」

「そうでもありませんよ? ほら、DSAAって若手も参加できるプロランキングも作っているじゃないですか」

「そういえば……」


あぁ、そうだったそうだった。そこを失念していたと拍手を打って、アスミちゃんに笑顔を向ける。


「ハイランカーの中には、ランキング戦も掛け持ちしている子がいたよね。ヴィクトーリア選手とか」

「えぇ」

「なのはさん」

「アスミちゃんも言った通りだよ。U-15とか、U-19とか……。内訳も純格闘部門から、魔法使用を前提とした部門もあるの」

「IMCSで活躍した選手がスカウトされて、ランキング戦に参加する選手、結構多いんだ。
今回IMCSの時期がずらされたのも、そのランキング戦との兼ね合い……ようは掛け持ちできる機会を増やすためってのが通説なの」

「若手のランキング戦、やっぱり夏に試合が多いしねー。……あ、やり方はボクシングやUFCとかと同じだよ。
唯一違うのは、体重による階級分けがないくらい?」

「魔法でその辺りはフォローできると……」


その辺りはIMCSも同じような感じなので、なぎひこ君もすぐに飲み込める。


……りまさんと重量級選手の試合とか、本来の格闘技なら御法度だしねぇ。あのね、体重の違いは格闘技においては本当に……大きいの。

単純に重量があれば、パンチやキックの力が強い。筋肉量も多くなるから、スタミナや防御力も高くなる。

だからこそボクシングなどでは体重による階級分けがされていて、試合前には厳しい計量をくぐり抜ける必要がある。


というか……その辺りで変身魔法を使っている子、チーム・ナカジマには三人もいるしね!


「じゃあヴィヴィオちゃん達も、もし大会でいい成績を取れれば……」

「初出場でエリートクラス……だけならともかく、ハイランカーといい勝負を演じられれば、将来性ありって感じかなぁ。……でもその場合」


その場合……ついどこぞの黒幕みたいに、両手を組んで唸ってしまう。


「チーム・ナカジマは多数の選手を抱える”ジム”としての樹立が必要になる……!」

「…………今まで通り青空道場では」

「選手のサポート面で言えば、徹底的に不足しているもの。拠点も必要だし」

「そのお金は……」

「DSAAは新規参入のサポートに積極的だし、多少は支援されるだろうけど……足りないだろうなぁ」

「何より、ノーヴェさんが頭を抱える……!」

「その場合ジムの会長さんだしね……!」


あぁ、想像できるよ。こんなはずじゃなかったと……フリーターからジムの会長に転身した自分が信じられなくて、七転八倒する様が。

そりゃあするよ。転げ回るよ。なのはだってJS事件で敵対したとき、そんな姿は想像できなかったよ。


でもスバルや三佐達は喜びいさんで、支援するだろうなぁ……! それがまた地獄の責め苦なのに。


「そういう意味では、あむちゃん達も試合内容がかなり問われるんですね」

「さすがに取らぬ狸の皮算用すぎるとは思うけどね。ただ、ヴィータちゃんとザフィーラさんは、そこを狙っている節がある」

「例のミウラ・リナルディさんですか」

「八神道場も青空道場で、設備がそこまで整っているわけじゃないしね。というか、局員さんだから整えられないというかー」


そこまでやると、もはやサブビジネスだからなぁ。……あ、なのはにもちょっと突き刺さります。


「実ははやてちゃんも前々から考えていたそうなんだよ。優秀で……そういうプロでやっていけそうな子がいたら、キチンとしたジムに紹介しようって」

「そのこと、ミウラさんには話していますの?」

「多分話してないんじゃないかなぁ。それもやっぱり」

「取らぬ狸の皮算用かよ……」

「うん」

「だったら、かなり頑張らないと厳しいかも……」


困り気味にそう言ってきたのは、アスミちゃんだった。あぁ……やっぱりこっちの下馬評も十中八九でミカヤ選手なんだ。


「アスミ、そうなの?」

「ミカヤ選手は世界チャンピオンが”本気”で潰しにかかった相手でもあるしね。負けを想像する方が難しいよ。
さっきエリオ選手のところでも言ったけど、ルーキーであるが故に取っかかりもないし」

「そっかー」


そこが大事だ。ミウラは言うなれば、まだひっくり返していないカード。ブタか、切り札かも分からない状態。

そういう意味では注目度も高かった。……え、エリオも同じじゃないかって?


そうだなぁ……相手がチャンピオンじゃなければ、まだよかったんだけど。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――エリートクラス・選手控え室A


……ミウラの素養は、はっきり言ってかなりのものだ。ぶっちゃけアタシやザフィーラも驚いた。

ミウラはアタシら八神道場関係者が想定だけはしていた、『プロでも通用しうる逸材』そのものだった。


まずは身体能力。ミウラ自身はドジでおっちょこちょいと自嘲しがちだが、足腰はかなり強い。

実家のレストランを手伝うとき、結構重い材料や資材を持ち運びすることもあるそうなんだよ。まずここで筋力が鍛えられる。

あとはウェイトレスとしての給仕だな。これも苦手だとは言っていたが、とんでもない。


料理の盛り付けなどを崩すことなく、素早く賑やかな店内を抜けて、提供する……バランス感覚や視野の広さ、注意力が鍛えられる環境だった。


性格も引っ込み思案だが良識的だし、アスリートとしても信頼が置ける。だが、問題がないわけではなくて……!


「………………!」

「…………なかなか治らねぇなぁ、これ」

「先週のスーパーノービス戦も、固まったままでギリギリの判定勝ちだったからな」

そう……ミウラが冷凍庫に閉じ込められたが如く震えているのは、体調不良なんかではない。……滅茶苦茶あがってんだよ!


ミウラは謙虚だが、それは自己評価が低い……自信がないとも言い換えられる。そのせいで……滅茶苦茶上がってた!


「す、すみません! お、おおおおおおお……落ち着かなきゃ! いけないとは! 思って! いる! ん! です! がー!」

「思ってても行動に移ってねぇだろ!」

「言葉が途切れ途切れで、凄(すさ)まじく不自然だ……」

「そ、そうだ……こういうときは、音楽でも聞いて……聞いて……し、島村卯月さんの曲……ニュージェネの曲……!」


あぁ、好きだったなぁ。なんか島村卯月ってセンターが、妙に心引かれるそうなんだよ。

……そういや馬鹿弟子と仲がいいらしいけど、今は黙っておこう。緊張が加速しそうだ。


≪――You‘ve Got mail≫


すると脇に置いていた、星形のペンダントから電子音声。

これがミウラのデバイス≪スターセイバー≫……星の剣って意味だ。


「あああああ! メールです! ちょ、ちょっとすみま! せん!」


手をバタバタさせながら、スターセイバーを持って操作。

空間モニターを展開し、指差し確認しつつメールを開く。


「えぇっと、写真と音声付きメールだから、写真を表示……ぶふぉ!?」


すると、なぜかミウラは思いっきり吹き出した。


「あははははは……あはははははははははは!」

「……ミウラ、ついに頭が」

「すぐ病院へ連れていくか」

「いやいや、待ってください! その、これー!」


どうやらアタシらが見ても問題ないものらしい。ミウラの脇に寄って、画像を見たところ……。


「ぶふぉ!」

「く……!」


アタシどころか、ザフィーラまで吹き出す羽目になった。

なぜならその中には……ヒーローっぽいポーズを取ったチーム・ナカジマがいた。


『ミウラさん、ファイトですよ! 人なんてカボチャと思えばいいんです!』

「あ、なるほ」

「「絶対やめろぉ!」」

「どぉ!? え、どうしたんですか!」

「……以前テスタロッサが士官学校で講義をする際、それで『カボチャのみなさんこんにちは』と挨拶したんだ」

「うわぁ……!」


あれもヒドかった……。馬鹿弟子も思わず逃げようとしたって言ってたしなぁ。今のミウラならやりそうなので、全力で止めておく。

ヴィヴィオもその話は知っているだろうに……! 後で説教だと決意している間に、それぞれのメッセージは続く。


『アタシ達チーム・ナカジマも頑張ります!』

『……ねぇ、ヴィヴィオちゃん……これ、もうやめていい?』

『駄目ですよ、あむさん! ほらほら、もっと……たまご戦隊ガーディアン5を思い出して!』

『それは忘れさせてぇぇぇぇぇぇ! むしろこういうのは恭文の領域じゃん! アイツは海賊戦隊なんだし!』

『『あちょー』』

『ほらー! アインハルトとコロナちゃんにまで変な影響が! というか……恭文ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』


……そこで、動画メールは終了。


「ヴィ、ヴィ……ヴィヴィオさんって、面白い方なんですね! それにあむさんも! たまご戦隊って……海賊戦隊ってー!」

「……まぁ、いろいろと独特な連中なのは確かだ」

「あむだけは除いてやれよ。完全に被害者じゃねぇか」


なんというか、アレだな。あむとノーヴェの苦労が偲ばれるっつーか……チーム・ナカジマ、バランス悪いっつーか。

ボケが二人に、それに乗っかる奴らが二人……しかもボケを抜いても、ツッコミできる奴があむ達しかいないっぽいぞ……!?


地獄だ。この映像には地獄の釜が開いたらどうなるか……それを如実に示している。アタシ達はこうならないように頑張ろう。


「……ボクがヴィヴィオさんと当たるのは三回戦」


ザフィーラともども、地獄でいきる二人に合掌――。

だがミウラには特効薬らしく、笑顔のままに気合いのガッツポーズ。


「だからこの試合と、あともう一つを勝たなきゃいけない……ヴィヴィオさんと戦えたら、きっと楽しいですよね! ボク、頑張ります!」

「おう!」

「そろそろ時間ですよね。セットアップ、始めます!」


ミウラはスターセイバーを右手で持ち。


「ミウラ、ウェイトは外しておけ」

「あ、はい!」


足にかけていたウェイトバンドも取っ払った上で――。


「スターセイバー、セットアップ!」


変身して、すぐそこまで迫っている戦いに……鍛え抜いたファイティングポーズを見せつける。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――エリートクラス・選手控え室B


『――ミカヤさんに教わったことを全部出して、ヴィヴィオ達も頑張ります!』

『だからミカヤさんも、思いっきり楽しんできてください!』


ヴィヴィオちゃん達からの応援を受け止め、メールはきちんと保存――っと。

待機状態の晴嵐……と言っても普通の日本刀状態なんだが、それを腰に携える。


「全く、ナカジマちゃんは可愛(かわい)い弟子を持ったなぁ。……私も頑張らないとだ」


息吹を放ちながら、セットアップ――。

赤い袴(はかま)に帯をきっちり締めて、胸元は曝(さら)しを巻いた上で開き気味。

一応のお洒落(しゃれ)も交えた私のジャケットは、天瞳流≪嵐鎧≫。機動力を重視した衣服だ。


「……では行くとするか」


セコンドの妹弟子達と……あの二人も待たせているしな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――第一会場・観客席Sブロック


ヴィヴィオ達の試合はまだなので、まずは客席で観戦です。しかも対戦カードがあの二人となれば……!

みんな横並びで最前列の席に座って、他の観客達と一緒にワクワクしっぱなし。


まだかまだかと待ち構えていると、軽いハウリング……その瞬間、勢いよくナレーションが入った。


『――――皆様、お待たせしました! 予選四組:エリートクラス一回戦、選手入場です!
実況は私、MHKアナウンサー≪マイケル・タイソン≫でお送りします!
解説はDSAAオープンランキングで活躍中の、エイジ・タカムラ選手です! よろしくお願いします』

『よろしくお願いします。いやー、今年も随分盛り上がっていますねぇ』

『えぇ! 選考会からも見所のある新人が続々登場したとのことで、大会本部も燃えるようなテンションでした!
タカムラさん、現役チャンピオンとして何か一言お願いします!』

『選手のみなさんそれぞれに意識やスキルに違いはあると思いますが、格闘競技が好きという気持ちは変わりません。
相手への敬意を持ち、ルールを守って楽しく戦っていきましょう。……これ、私も未だに言われるんですよ』

『それは大事ですね!』


ザワザワとする会場の中、まず入場するのはミカヤさ……!?


≪The song today is ”Valkyrie-戦乙女-”≫


小太刀と居合刀を左腰に備え、胸元が大きく開いた胴着を着こなすミカヤさん……巫女服にも見えるね、あれ。

問題は……そんなミカヤさんに付いてくる中に、とても見慣れた影があること!


「ちょ、ヴィヴィオちゃん! あれ!」

「恭文!?」

「ジャンヌさんもいるじゃん!」

≪ぴよぴよー!≫

『レッドコーナー! インターミドル七回出場! うち五回は都市本戦出場!
天瞳流抜刀居合い師範代! ミカヤァァァァァァァァ! シェベルゥ!』

『ミカヤ選手は今年で一九歳――あと二回しか出場できない分、気合いが違いますね。顔つきで分かりますよ』


セコンドらしい胴着姿の女性三人。そのうち一人……というかジャンヌさんに引っ張られて、涙目な恭文がいた!


「待て待て待て待てぇ! ミカヤ、どういうこと!? なんで僕がセコンドにされてるのよ!」

「今回だけのわがままだ。どうか許してほしい」

「許せるかぼけぇ!」

「というか離して、ジャンヌ!」

「ごめんなさい、ヤスフミ……でもミカヤには、抜刀術の基礎を教えてもらった恩義があるので」

「いつの間に!」


しかもジャンヌさん、サラッと買収されていた!


「彼女はいい剣術使いになるよ。というか、現時点で私より強いしなぁ」

「ありがとうございます、ミカヤ師範代!」

「いつの間にぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


恭文、相変わらず女性に弱い………………は!


「美しい髪色、奥様達にも負けていないスタイル……成熟した大人の魅力…………」

≪にゃ、にゃあ……≫


アインハルトさんが自分の胸をさわさわしながら、寂しげな表情を浮かべていた。

というか、瘴気が溢れて、ティオも若干引き気味……いいや、これはどん引きだぁ!


『ブルーコーナー!』

≪The song today is ”HEKIREKI”≫


あ、音楽が切り替わった! ということは……!


『こちらは初参加のフレッシュルーキー! ストライク・アーツ八神家流! ミウラァァァァァァァァ! リナルディ!』


反対側の通路からミウラさんが登場。

スパッツに半袖のジャケット……ガントレットとアンクレット?

……スポーティーなジャケットなのに、両手足だけが金属式でごつい。


あれがミウラさんのデバイス……蹴り技が得意なのかな。


そんなミウラさんの両脇には、ザフィーラとヴィータさん(大人Ver)が付き添っていた。


『純格闘家≪ピュアストライカー≫ですか。初出場でハイランカー相手というのも厳しいですが、頑張ってほしいですね』

『えぇ! 熟練≪ベテラン≫対新人≪ルーキー≫! そして居合い剣士対格闘戦技≪ストライク・アーツ≫!
経歴、戦闘スタイル、体格……あらゆる要素が対極を成すこの二人! 今激突します!』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――第一会場・シード選手控え室A


ミカ姉の試合がもうすぐ……というか、もう始まっているので、慌てて控え室にレッツゴー。

一応ノックを軽くした上で、中にいる奴に挨拶。


「よ! ジーク、いるか?」


閉じられていたカーテンをシャッと開き、屈伸中のジークに笑いかける。


「ミカ姉の試合が」

「行かへん」

「なんでさ!」

「……ミカさんに合わせる顔、あらへんし」


ジークが腕の筋を伸ばしながら、僅かに顔を背ける。


「せやのにうちが応援するんも、筋が違うと思うんよ」


…………ジークがここまで気にする理由は、一応ある。


一つは格闘競技者として、最低限守るべき制限を守れなかったこと。

それも未だにコントロールしきれない、本気中の本気……”神髄”の最中に。


その気持ちは分かるが、イライラする……! こんなドンパチに飛び込んでいる奴らは、全員怪我くらい覚悟してるってのに!


まぁそういうのは分かり切っていたので、右指を鳴らして。


「うるせぇ、いいから見に行くぞ」

「そうだー!」


最強の切り札≪朝比奈りん≫を召喚……! 姐さんは光の如(ごと)き速度で突っ走り、あっという間にジークの背後を取って……両胸を愛撫(あいぶ)!


「え”え”え”え”!? ちょ、やぁ……もまんといてー!」

「これはまた……奇麗な美乳! ずっと触っていたくなる!」

「この……ちょ、あかん! この人、なんか振り払えん! 番長ー!」

「安心しろ」


その恐怖は分かる。だがそういうものだと、右親指でサムズアップ。


「オレも去年やられて、魔法を使ったのに全く駄目だった!」

「何者なん、この人!」

「素敵なオパーイを愛する心は、神だろうと止められない!」

「それやったら自分のを揉(も)んどいてー!」

「馬鹿者ぉ! 自分以外のオパーイだからこそいいんだ!」

「物すごく理不尽なお叱りやぁ!」


というわけで、そんな姐さんによってずるずると引っ張られる。

なお両足は頼もしき仲間達がしっかりホールド! 持ち上げて一気に駆け出す!


「「「姐さん、お手伝いします!」」」

「ありがとう、みんなー! ほらほら、とっとと行くよー!」

「ほんとだよ。合わせる顔だの知ったことか。……見てやれよ、今年のミカ姉、気合いが入りまくりだからよ」

「お、おろしてぇ〜! その前に……揉(も)まんといて〜!」

「お返しにお前も優しく揉(も)んでやれー。姐さんはオパーイを愛する同志であれば、常に公平だ」

「男で触らせるのは、もう恭文限定だけどねー」

「どういうことなん!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


リングに上がったミウラとミカヤ選手は、緊張感たっぷりな様子でニュートラルポイントに立つ。

レフェリーからルール説明を受けながらも、お互いに視線は相手を見据え続けていて。


「……恭文君、何やってるんだろ……!」


まぁのり子ちゃんは、半笑いで困り果てていたけど。うん、当然だよね……スカウトしたプロデューサーがあれだもの!


「ご、ごめんなさい……」

「いや、なぎひこ君が謝ることじゃないって! ……でもこうして見ると、体格が全然違うね」

「だな。ナギナギで慣れていたつもりだが、自分よりデカい相手ってのはプレッシャーだろうに」

「でも、あの子も物怖じしてない」


のり子ちゃんが言うように、ミウラは落ち着いたものだった。あがり症だってヴィータちゃんから軽く聞いてたんだけど、そこは問題ないみたい。


「ミカヤ選手もさすがの貫禄だね。気負いすぎず……しかし相手が新人だからと見くびる様子もなく、冷静に観察している」

「なのはさん、この場合はやっぱり……」

「初手が大事だね。ただまぁ、ミウラには選択肢がないんだけど」

「選択肢がない?」

「教えていたの、ザフィーラさんやヴィータちゃん達だもんー」

「「「あぁ……」」」


それでなぎひこ君とリズム達も察してくれる。きっとこてこての脳筋仕様なんだろうと。実際先週の試合ではそうだったしね。

それで気になることがあるとすれば……。


(……ヴィータちゃん、ザフィーラさんもだけど、分かっては……いるよね?)


正直そこが不安だよ。ノーヴェとヴィヴィオにも言えることだけど、今の格闘競技でインファイトは……そこで被りを振る。


(ううん、やめよう。なのはも、恭文君も、みんなの意志に任せるって決めたんだ。その結果は出されるだろうけど……それも全部)

「なのはさん?」

「ん、なんでもないよー」


そう、全部……しっかり受け止めよう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


冷静にコーナーへ付き、ミカヤさんを見据える。……その次は、どうしてかここにいる恭文さんだよ!

どういうこと!? 空海さん達の試合は!?


「――馬鹿弟子、またフラグを立てたのか」

「またフェイトがガッツポーズをするな」


師匠達も驚いて……というか、というか、疲れ果てていますー! ……でも、ある意味納得ではあるけど。

師匠達も散々『似た者同士』って話をしていたから。その縁なのかなぁとは、ぼんやりと察することができて。


「それはさて置き……ミウラ」

「作戦通りにやってみます」


シャドーボクシングを繰り返し、身体のリズムをどんどん上げていく。

ミカヤさんは剣に手をかけることもなく、静かに佇(たたず)むだけ。


『一回戦は四分四ラウンド! IMCS規定により、各選手には魔法スロットが設定されています。
合計六つのスロットに収まるよう、使用魔法をセット。競技中は登録魔法以外の術式使用は、基本的な防御関係以外禁止です。
――――では、第四組:第一試合のゴングが今』


甲高い音が鳴り響いた瞬間、白いフィールドを踏み締めて……構えながら加速!


『鳴り響きました!』


ピーカブースタイルを取り、頭を低くしながら左右に振って……突撃!

ブーツでリングを踏み締めながら突っ込む。……すると、今までと全然違う景色が見える。

身体が軽い。ううん、軽すぎる。ただいつも通り地面を蹴っただけで、飛び上がったのではと思うくらいに突き抜けて。


全ての景色が無数の線に変わる。

そうして視野が、意識が、刃を構えるあの人に狭められていく。


見える……呼吸が、筋肉の動きが、その視線が、研ぎ澄まされた意識が、どう動くのか――!


「――天瞳流抜刀居合い、月輪(つきのわ)」


――――――ミカヤさんはボクとの距離が二メートルを切ったところで半身に構え、身を伏せる。

その瞬間……夜空に浮かぶ三日月のように、銀色の剣閃が走る。


「――水月・二連」


頭を振りながらシフトウェイト! 地面に這うような勢いで……ブーツの中でつま先に力を入れて、地面を噛む。

スタンスも広く取りながら急停止。鋭く伏せると、頭の先すれすれを疾風が通り抜けた……!


『ミウラ選手、ミカヤ選手の初太刀を避けたぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


ゾッとしながらもつま先に力を入れて、斬撃ガードを固めると、返す刃の閃光が走る。

両腕が鋭い煌めきに打ち据えられながらも、地面を踏み砕き、なんとか耐えて……!


『そこから続く第二撃は防御! しかしダメージはないようだ!』

「……ほう」

「いけぇ、ミウラァ!」


師匠の声に従い、全速力で突撃――!


『ミウラ選手、再度突撃ぃ!』


振り切った刃の内側へと踏み込み、ミカヤさんの懐へ!

左手が小太刀に添えられて……構うか! ボクのいいところは、細かい一撃でも強打にできること!

頭を振って、その勢いを加味。素早くラグもなく左足を踏み出し、左ジャブ三連打。


抜かれた小太刀で防がれるけど、更に踏み込んで追加の二連打。顔面へのガードに集中して、ボディが開いた。

武器を使っての防御は頑強だけど、その分クロスレンジでの取り回しには注意が必要。だから回転力……回転力……!


それを意識して、素早く踏み込む。両足でリングを蹴って、腰を捻り、その反発力を全て拳に伝えて……右ボディブロー!

でも拳は虚空を突き抜け、ソニックブームを走らせるだけ。ミカヤさんは素早く下がり、再び居合いの姿勢。


…………下がった。

ボクのボディブローで、ミカヤさんが下がった。

それはつまり……当たれば痛いと思わせられた。そういうことで……!


でも油断はできない。だって……いつの間にか二刀を納めていたんだから!


「――!」


裂帛の気合いとともに飛び出す、目にも留まらぬ斬撃。下がりながらフィールドに力を込め……更に両足も全開!

刃が衝突するその瞬間に、上半身を時計回りに捻る! 刃は肩で受けて、インパクトをすらした上で受け流す!

そのまま頭を振って、もう一度突撃! 羽みたいに軽すぎる身体を必死に、両足で地面に張り付けるようにして、頭を振りながら右スウェー。


逆手で抜かれた小太刀の刃を回避しつつ、ミカヤ選手の左脇を取る。そこからスタンスを広く取って、両足で地面を踏み締め……!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


右足を前にしてシフトチェンジ! そこからボディブロー! ミカヤ選手は咄嗟に身を捻ってやり過ごすけど、拳は僅かに胴着を捉えた。

次の攻撃が来る前に拳を引き戻し、右でのジャブ。一撃一撃丁寧に、基本通りに叩き込む。

小太刀でしっかり防御させてから、今度は刃の下……開いた胸元目がけて左ストレート。


「甘い!」


するとデバイスの柄尻が打ち込まれ、ストレートと衝突。肌がひりつくほどの衝撃が走り…………よし、痛くない! スターセイバーは凄い子だ!

拳を引きながら下がって、小太刀での袈裟・逆袈裟・右薙と続く乱撃をスウェーでやり過ごし、右肩からショルダータックル。

振り抜いた腕を強引に押し込み、密着させた上で……右ボディブロー!


途中で発生した防御魔法を打ち砕き、今度は脇腹をしっかりと捉える。


「ぐ……!」

「はぁ!」


そのまま両足を踏み締め、拳を振り抜くと……ミカヤさんは羽毛のように大きく吹き飛ぶ。

あの人は袴をドレスみたいに翻しながら、リング中央に着地。足下を滑らせながらも衝撃を殺し……少し苦しげな顔でこちらを見やる。


よし……初撃は取った! 確実な手ごたえを感じて、思わずガッツポーズしそうになるけど……ここは我慢!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『――これは凄まじい! 電光石火の衝突! お互い初撃を捌き合い、強打と一閃の恐ろしさを見せつけたぁ!
ここで注目するべきは、やはり新人ミウラ・リナルディ選手でしょうか!
ミカヤ選手に対して、物怖じは一切ありません! いかがでしょう、タカムラさん!』

『私も経験がありますが、武器……それも刃物相手に突撃するのは、かなり勇気が必要なんですよ。それが実力者ならなおさらです。
そういうとき助けになるのが、練習という下地なんですよ。今の踏み込みだけでも、ミウラ選手がよく鍛えられているのが分かります』

「よっし!」


初撃を取れた……! これはさすがに予想外! だが嬉しくて、ガッツポーズ……なんだがー!


「でも勢いよく踏み込みすぎだろ!」


冷や汗をタオルで拭い、リング中央を挟んで……じりじりとにらみ合う二人に目を細める。


「……ウェイトを外したのがつい最近だからな。まだ跳ね上がった脚力に感覚がついていけないのだろう」


あー、それは…………アタシ達のミスだな! やべ、これは予想外だ!


「ミウラ自身がふだんの生活で、意識的に鍛えていたのか?」

「アイツにそんな器用な真似が」

「理論的なアウトプットは無理だ。だが漠然と……求められていることを理解し、実行していた」

「……楽しみだったわけか」

「あぁ」


ミウラの下半身は、言った通り家業の手伝いがあればこそ。だからこそ今回は半分封印ぎみな蹴り技も、必殺の一撃として存在できる。

……必要に迫られた下半身強化や拳打中心の組み立ても、ミウラのパワーアップに貢献したってわけか。


「これなら……いや、油断は禁物だ」

「ミカヤ・シェベルの剣閃が一撃必殺なのは変わらんからな。ミウラにも相当なプレッシャーがかかる」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「師範代が外した!?」

「いや、外されたね」


ジャンヌの勘違いがヒドいので、リングの床を見ながら軽く舌打ち。


「ミウラは刃が抜かれる寸前、急停止……そこから回避行動に出ている」

「間に合うんですか、それで!」

「普通なら間に合わない。……あれを見て」


ミウラが急停止した地点……地面が、薄く陥没している。


「あ……!」

『それとミウラ選手、下半身が強い……いや、使いこなしがしっかりしていますね』

『使いこなしですか』

『例えばボクシングなどは、キックなどがないので”足を使わないスポーツ”とされています。しかしそれは違う。
追撃や退避……もちろん攻撃の際にも生じるシフトウェイトの管理には、下半身の力が大きいんです。
その使いこなしがしっかりしていないと、上半身だけでパンチを撃ち、威力も載らない……相手を倒しきれない攻撃になってしまうんです』

『それもまた、練習の賜』

『良識あるコーチに、正しい形で……科学的根拠に基づく指導を受けていなければ、こうはなりません』

「さすがは世界チャンピオン……その通りだ」


ミウラの攻撃に威力があるのは、突進力が半端ないのは、別にチートでもなんでもない。魔法の出力とかも関係ない。

格闘競技者として、下半身の使いこなしが半端ないんだよ。でも、特に凄いのが……。


「ミウラ、ずーっと頭を振っているでしょ」

「えぇ」


今ではIMCSに限らず、いろんな格闘技で使われなくなった技術……そのせいか、会場の驚きもかなり大きい。


「あれは単にリズムを取っているんじゃない。身体の加重移動を利用して、体捌きの速度を上げているのよ。
そのとき重要となるのが下半身……つま先だ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「つま先で地面を蹴る力が強ければ強いほど、シフトウェイト……方向転換などのラグが少なくなる。
もちろん突進力やパンチなどの破壊力も、段違いに上がる。それら全てが全身運動――体全てのエネルギーを叩きつける行動になるから」

「ボクシングでも……って、さっきチャンピオンが言ってた通りですね」

「ヴィータちゃん達、ミウラの下半身を相当鍛えてきたみたいだね」


あれは尋常じゃない。なのは、ちょっと冷や汗がダラダラ出まくっています。


「正しく突進なんですね……」

「でもただのイノシシじゃない。クロスレンジでの立ち回りを効率化することで、攻撃の回転力……総合的火力もアップさせている」

「そうか……だから、倒しきれるかどうかって話もしてたんだな!」

「近づいて相手を屠る、戦車のようなものかしら」

「しかも今のボディが効いていれば、ミカヤ選手の足を止めることにもなる。かなり意味のある先手だよ……!」


この勝負、分からなくなってくるよ……! 互いに重火力で、真正面から打ち合えるのなら!


「……でも、ミカヤ選手だって諦めていない」


まぁ問題があるとすれば、アスミちゃんが言うように……ミカヤ選手、平然としていることだね!


「ダメージがない?」

「あるよ。でも軽微だ……衝突の瞬間、自分から後ろに飛んだからね」

「衝撃は殺されている!」

「しかも……ミウラちゃん、現状だと”カモ”にされがちな選手だし」


のり子ちゃんがかなり困った様子で呟くと、なぎひこ君が首を傾げる。

しかもそこに、アスミちゃんもうんうんって乗っかるものだから……!


「言えてるね。それについては……その、失礼ですけど」

「ヴィヴィオやアインハルト、あむさんにも言えること?」

「はい……」

「分かってはいるから、大丈夫だよ。……本人達に自覚があるかどうかは別だけど」

「なのはさん、それって」

「見ていれば分かるよ」


そう、嫌でも答えは突きつけられる。

――現代格闘技の流れから見れば、今名前が出たメンバーには……とんでもない欠点があるってね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


これは参ったな……今ので倒れることはないが、なかなかに効いた。咄嗟に自分から飛んで、衝撃を殺していなければ足も潰されていただろう。

鍛え抜かれた脚力を使いこなし、全身運動として打ち込まれる拳打。だが蹴り足も強いのは、選考会の様子から分かっている。

単純だが手強く仕上げてきている。一瞬でも隙を突かれれば、どこからだろうと一気に潰されるだろう。


……差し当たっては今の一撃も、きっちりダメージを回復したいところだな。ここで無理をして彼女のペースに付き合っても、こちらがヘバるだけだ。


「仕方ない」


正直”あれ”は苦手なんだが……贅沢は言っていられないか。こちらもハッタリが必要だしな。


「本当はあまり出したくなかったんだけど」

「どうぞ遠慮しないでください。ボクも、スターセイバーも、全力を叩きつけるだけです」


その強気な……いいや、礼儀正しい姿勢にほほ笑みながら。


「どうかな」


お言葉に甘えさせてもらい、リングに正座。すると彼女は……まぁまぁ、とても驚いた顔をしてくれて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「なんだと……!」

「おい、そりゃなんだ!」


試合中に正座……しかも武器も置いただとぉ!? 舐めてんのか、アイツはぁ!


『これは……ミカヤ選手、リングに座ったぁ!? それなりに長いIMCSですが、こんな光景は未だかつてありません! というか』

「レフェリー! ダウンじゃないのか、これは!」


リング脇にいるレフェリーを見やるが、問題なしと首を振られる。


『レフェリー、警告しません! 続行……このまま続行です! タカムラさん、あれは!』

『……今はコメントを控えてもいいでしょうか。ただ、目を離さないでください……絶対に』

『は、はい!』

「マジかよ! ザフィーラ!」

「予想外だ……確かに、シグナムの言う通りだったかもしれん」


そう言いながらザフィーラが見やるのは、驚いた様子もない恭文……というか、天瞳流サイドの人間。


「ミカヤ、まさか……いいんですか!? あれはいいんですかぁ!?」

「問題ないよ。いいから見ていて」


例のジャンヌ・ダルクはアタフタしてるがよ。だが馬鹿弟子や他の奴らが落ち着いているってことは……。


「居合い……日本を源流とした武術には、我らの知らない底がある」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


さて、試合もまだなので客席で観戦中のヴィヴィオ達も、この有様には仰天ビックリ。

会場も何をやっているのかとざわつき、ノーヴェは頭をかきむしる。


「ミカヤ……なにやってんだよ! 休憩したいのか!?」

「ダメージを受けたから、だよね」

「あぁ! ミウラの強打を警戒してのことだと思うが……だとしても、あんなんじゃあ蹴られて終わりだろ!」

「……違うよ」


なお、戸惑うヴィヴィオ達とは対称的に……あむさんとキャンディーズの顔は真っ青で。


「日奈森さん、どうされたのですか」

「ミウラ、飛び込んじゃ駄目! それは崩せない!」

「そ、そうですぅ! 絶対駄目ですぅ!」

≪ぴよぴよー!≫


でも、そんな警告は全くの無意味――ミウラさんは再びピーカブースタイルを取り、全速力で飛び込んでいく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


試合を放棄したとは思えない。でも座って、自ら動きを止める? 何か狙いがあるのは確か。

でも、ボクにできることはこれだけだから。近づく距離まで飛び込んで、届いたら斬る……よし!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

『ミウラ選手、果敢に突撃したぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


気持ちを鼓舞させるために叫びながら、ミカヤさんの射程圏内を目指す。そこに入ったら、何が襲ってくるか分かったものじゃない。

ガードは最大出力。何時どこで、何が襲ってきてもいいように……!


ミカヤさんの射程は二メートル近い。小太刀の防御はその内側に作られた第二障壁。

それをキチンとイメージし、一歩一歩慎重に……でも速度は緩めずに踏み込む。今は駄目だ……でも、なんてプレッシャー。

ただ座っているだけなのに、それだけで何をしてくるか全く予測できない……! それでも剣の結界へと踏み込む。


その途端に想定するのは、全身に刻まれる斬撃のイメージ。何がどう襲ってきてもいいように、ただ歯を食いしばり、想像の乱撃を受け続ける。

でも何一つ襲ってこない……何も、恐ろしいものは襲ってこない。


もう一歩踏み出しても、ミカヤさんは静かにボクを見据えるだけ。空想の刃が頬を、頭を、喉を、腹を、次々掠め続けるけど、それはすぐに打ち壊される。

もう居合刀の適性レンジじゃない。続いて挑むのは第二障壁――今度は小太刀だ。

小太刀はレンジが短い分、手数が増える……! 喉と心臓を同時に突かれながらも、もう一歩踏み込む。


でも何もない……何一つ、起きない……!

せっかく固めた斬撃防御も無駄に終わる形で、ボクのレンジとなる。

ハッタリ? いや、違う……瞳にそんな色はない。つまりは……手を出すしかないんだ。


何が出てくるか分からないびっくり箱を、この手で開けるしかない。

なら基本通り。頭を振りながらシフトウェイト! 左足を前に踏み出し、ミカヤ選手目がけて左ジャブ!

ただし斬撃が襲う可能性も考え、防御はこのまま。右腕も顎やボディのガードを意識して、がっしり構える!


さぁ、何がくる……!

拳はもう鼻先だ! それで何を出して……その瞬間、景色が螺旋を描く。


「――あぁ………………?」


――気づくとボクの左腕に違和感。

肉と骨が軋むような痛みに苛まれたかと思うと、背中からリングに叩きつけられて、唾液と一緒に息を大きく吐き出す。


「天瞳流、座捕りの型」

ミカヤさんはボクの左手首を握り、まだ座っていた。


「霧月(むげつ)――」


ボクはいつの間にか……座ったままの、この人の右脇で寝転がっていて……!


「――ダウン!」


なにが、あったの……。


『ミカヤ選手、ニュートラルコーナーへ! ダウンカウント……10!』


ボク、何をされて………………。


「ミウラ、立てぇ!」


でもそこでヴィータさんの必死な声が響く。


「試合はまだ終わっていない! 急げ!」

『――6! 5! 4!』

「ぁ………………ぅ………………?」


痛む左腕を押さえながら、寝返りを打ち、なんとか……這いずるようにして、身体を起こす。


『3! 2…………!』

『ミウラ選手、立ったぁ! 今、レフェリーがチェックに入ります!』


とりあえず、腕は折れていないみたい。何とか両手でファイティングポーズを取って、レフェリーのフィジカルチェックを受け止める。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ミウラさんのダウンが取られ、ミカヤさんは手を離す。でもミウラさんはぼう然としたまま、天井を見上げていて……!

ミカヤさんも一旦立ち上がり、ニュートラルコーナーへ戻る。その間にミウラさんは何とか立ち上がって、フィジカルチェックを受けた。


判定次第ではドクターストップが入るけど……レフェリーのおじ様は両手を振って。


「クリア!」

『ミウラ選手、チェックをクリア! 試合続行です!』


それには安堵するけど……でも、みんな納得できないよぉ! 何アレ!


「なんなの、今の!」

「ヴィヴィオにも分からないよ!」

「ミウラさんがジャブを打ち込んだかと思ったら、手が取られて……投げられた……!?」

「……座捕りだよ」


あむさんは困り気味に頭をかいて、驚くべきことを告げる。


「居合いと同じく、座りながらにして相手を制する技術……でもそっかー! 天瞳流、無手の技もあるって言ってたもんね!」

「座りながらだぁ!? なんでそんなことすんだよ!」

「ノーヴェさんの仰る通りです。そんな技、覇王流にも………………!?」


そう言いかけて、アインハルトさんが顔を真っ青にする。というか、ヴィヴィオ達もだよ……!


「おい、あむ……!」

「……あたしは恭文から教えてもらったんだ」

『……やはり座捕りでしたか』

『タカムラさん、それは』

『純粋な格闘技も、魔法戦も……この世に存在する戦技のほとんどは、立つことを前提に考案されています。
それは技を繰り出す側もそうだし、受ける側もそう。関節技や寝技に持ち込むのも、立っている相手の体勢を崩すでしょう』

『では、あれは違うと!?』

『正確に言えば、天瞳流……日本武術の極意です』


あむさんを見やると、チャンピオンの説明通りと頷きが返ってくる。


『そこに”居る”――日常的な立ち居振る舞いから、一瞬で戦闘行動に移り、対応する。
そういうものを目的として、発展を遂げた武術が幾つかあります。居合いはその最も足る例なんですよ。
実際地球にある流派などが演舞を行うと、座った状態から”何時抜いたかも分からないような速度で抜刀する技”が披露されることもあります』

『何時、抜いたかも……!? それは、魔法能力などもなく、ですよね! 当然の話ですが!』

『えぇ。ミカヤ選手が今見せたのは、柔術の座捕り――座りながらにして、相手を投げ、制する技です。
本来であれば腕の骨をへし折っても当然の攻撃ですが……ミカヤ選手、上手く加減していたようです』

『では、レフェリーがダウンを取らなかったのは』

『そういう技があると知っていればこそです』

「マジかよ……!」


なお、その叫びはノーヴェだけのものじゃない。会場が……出場選手やギャラリーが、信じられない様子でザワザワしていた。


「ミカヤさんも相手をちゃんと選んでる。あたし達チーム・ナカジマ相手なら、間違いなくやらないよ」

「みんなそれぞれに、アウトレンジの攻撃がありますしね。……それで強かです。
ミウラさんも不用意に飛び込めなくなったし、ミカヤさんも体力回復の時間が稼げる。
その上あれが”技”として認められるなら、判定の点でも有利に進められる」

「その点から言っても、ミウラは不利だな……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


これがベテランの強さ……鍛えてきた時間の長さは、そのまま引き出しの多さに繋がる。

自分が有利な盤面を作り、勝ちを狙っていた。……あ、やべぇ。アタシにもいろいろ突き刺さる。


「ボックス!」

『さぁ! 両者再び相まみえました!』

「ミウラ、座らせるな! 押し込めぇ!」

「はい!」


ミウラは言われるまでもないと、すぐに飛び込むが……リングを滑りながら、向こうの射程外で急停止。


「――」


ミカヤ選手はいつの間にか……本当にいつの間にか、また正座をしていて。


「おい……ザフィーラ!」

「目は離していない。本当に……瞬く間に座り直していた」

『ミカヤ選手、またも座捕り……いいや、居合い本来の構え! 堂々とミウラ選手を待ち受けているぅ! だがいつの間に!』

『居合いの目的は先ほど説明した通りですからね。静から動にラグなしで移り変わるのであれば、その逆も可能。
しかもミウラ選手、手持ちに射砲撃がないようですね。バインドなどでもいいのですが……』


その通りだこんちくしょう! ”抜剣”も近接戦闘用として仕上げているから、どっかの魔王みたいにぶっ放すのも無理だ!

だからベルカ式を徹底的に叩き込んだんだが……つーかこんなの想定外にも程があるっつーの!


「……思えば兆候はあった。最初の抜刀から納刀に至るまで、そのモーションは我らも見逃すほどに素早かった」

「馬鹿弟子が使う龍鳴閃もどきと同質の、超神速の納刀術まで携えている……何が対極だ」


あれを教えていれば、これを教えていれば……そう後悔しながら、つい悪態をつく。


「ミウラとミカヤ・シェベルの相性は――”最悪”だ!」


ミウラは最高の仕上がりだった。それを……経験と手札だけで押さえ込まれた。

「全部、アタシらの責任だ!」

「ヴィータ」

「アタシらがアイツの表面しか知らなかったから……馬鹿弟子のことで、知ったような気になっていたから!」


――でも、それも甘ったれた言い訳だった。

というか、事の本質を何一つ捉えていなかった。


アタシらの無能さが露呈するのは、むしろここからが本番だった。



(Memory79へ続く)







あとがき


桜セイバー「というわけで、ミウラさん側の描写を多くした結果、強くなったけどミカヤさんは手札で叩いてきたの巻」

フェイト「台なしすぎない!? というか、居合いって本当に」

桜セイバー「本当ですよ。まぁIMCSに限らず、魔法戦で使うには欠点が多すぎますけど……沖田さんもやらされましたー」


(悠長に座ってなどいられません)


桜セイバー「……普通なら」

フェイト「ふぇ!?」

柳生宗矩「そうだな……普通であれば」

フェイト「宗矩様まで!? でも、夏ももう終わり……ハワイの騒動も片付きつつあるし、ヤスフミ達ももうすぐ帰ってくるよー」

桜セイバー「BBさんにはお仕置きをしようと思います……徹底的に!」

フェイト「もう十分じゃないかなぁ! 支部でも散々やらかしているし!」


(まぁ、終わりとは思えないほど蒸し暑いですが……!)


フェイト「……あ、そうだ。私、ちょっとお買い物に出ないと」

桜セイバー「買物ですか?」

フェイト「うん。ガンプラの一番くじがセブンイレブンでやっているから、引いていくんだ。
……MGのガンダムが出るっていうし、引いて、作って、ヤスフミをビックリさせるの」

桜セイバー「じゃあ模型店に行きましょうか」

フェイト「駄目! そこでしか手に入らない特別仕様なの! よし、頑張るぞ!」


(閃光の女神、ガッツポーズ)


桜セイバー「……宗矩様」

宗矩「奥方だけでは心配だな。護衛としてついていこう……それに、実は私もあそこで売っている……抹茶の氷菓子が食べたくなってきた」

桜セイバー「あぁ! マスターがよく買ってきますけど、美味しいですよねー!」

沖田オルタ「では私はおでんを頼む。冷やしおでんにしたい」

桜セイバー「なんであなたのお使いも兼ねるんですかぁ! というか、あなたはマスターにくっつきすぎだから駄目です!」

沖田オルタ「どうしてだ? マスターの側にいて、その身を守る……それがサーヴァントの役割では」

桜セイバー「それは私がするからいいんです! あと見下ろさないでください! そのブーツも脱いでー!」

宗矩「脱いでもたっぱは、お主の方が下だろう……」

桜セイバー「げふ!」


(というわけで、ゆっくり安全に……熱中症には気をつけながら、移動開始です。
本日のED:和楽器バンド:『Valkyrie-戦乙女-』)


桜セイバー「というわけで、セブンイレブンにきたんですけど……」

フェイト「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ! 二万円近く引いたのに、ラバーストラップばかりー!
というか……やっとプラモが出たと思ったら、これってー!」(MGコアファイター フルアーマーVer)

宗矩「引き際を間違えたな……。ますたーぐれーどとやらの組み立て模型も幾つ買えたか」

桜セイバー「射幸心を煽るの、絶対よくない。……まぁ諦めてそれを作りましょうか。フェイトチャレンジですよー」

フェイト「う、うん……!」

セブンイレブン店員「――はい! お客様はラストワン賞なので、こちらのMGガンダムをプレゼントいたします!」

フェイト「ふぇ!?」

卯月(買おうとしていた人)「えぇぇぇぇぇぇぇぇ! い、一発でラストだったんですかぁ!?」

童子ダーグ(次に買おうとしていた人)「マジか!」

セフィ・アリエス(買った人)「世の中には、不思議なこともあるの」

フェイト「あ、あれ……私が、引きまくったから? つまり私の……私のー!」

桜セイバー「はいはい、往生際が悪いですよー!」

フェイト「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

宗矩「……やはり引き際を間違えておられたか」


(おしまい)





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