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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Stage04 『Daring decide』


二〇〇三年・一月――都内≪美城本家≫


一月だというのに、和やかな春を思わせる陽気が中庭に差し込んでいく。熱くもなく、寒くもなく、眠りに誘うほど優しい日だまり。

子どもの頃はあの日だまりへ飛び込み、気持ちよく眠りを貪っていた。だが、今はそうもいかない。

私は大人となった。この城に、いずれ引き継ぐ美城に全てを捧(ささ)げ、より大きな輝きをもたらすために。
 

その成果は少しずつだが、形になりつつある。今はまだ関連会社で働く下っ端だが、いずれはきっと……!

そのための足がかりでもある、海外(かいがい)支社への転勤も決まった直後……叔父の郷三郎(ごうざぶろう)さんがやってきた。


「……郷三郎おじさん、その話はお断りしたでしょう。私は」

「今回の話は、前回のものとは違うよ。まぁ一度会うだけでも」

「同じことです」


応接用のテーブルに並べられたのは、白い表紙のプロフィール表……いわゆるお見合い写真だ。

一応目は通している。家柄や人格紹介はどれもそこそこのもので、決して美城の家に見劣りするものではない。

今見ているのも……大手銀行頭取の御子息だ。自身も銀行員として働き、手堅く出世しているようで。


「今は結婚などにかまけている余裕はありません」


だが全くもって興味がないし、何よりしつこい。少々ウンザリしながらも表紙を閉じて、テーブルに置く。


「海外(かいがい)支社への転勤も決まったばかりだというのに……」

「しかし、TOKYO WARも起きた直後だ。あれで美城も相応にダメージを受けている」

「えぇ。タレント候補生や社員達が、自衛隊や警察の具に巻き添えを食らい、死傷者を出す有様でした」

「優美歌(ゆみか)さんが亡くなってからかれこれ二十三年……力也兄さんも操を立ててか再婚するつもりもない。
つまり現段階で、美城の後継者と言えるのは君だけだ。その君にもしものことがあれば」

「もっと正直に仰(おっしゃ)ればいいでしょう。女の私に美城は引き継げない……自分と御子息に後を任せろと」

「私や愚息達に能力があれば、そう言ってもいいんだけどねぇ」


正直私は、この郷三郎という叔父が今一つ信用できない。人当たりも柔らかいし、社内及び縁者政治でもとりまとめ役となっている。

だが……腹が読み切れない。子どもの頃はともかく、大人になってからはうちから響く警戒の声は強くなるばかりだった。

今も『自分には美城を纏(まと)められない』と言い切っているが、実際はどう考えているか……。


虎視眈々(こしたんたん)と、我々を蹴落とそうとしていてもおかしくはない。


「そうだな、私も少し腹を割って話そうか。……君と力也兄さんは、このままだと無責任だ」


すると、考えを読まれたかのような言葉に少し驚いてしまう。いつも温和な視線も、急激に鋭くなり……息が詰まるのを感じた。


「どういう意味でしょうか」

「もう一度言うが、私は美城のトップに立とうなどとは考えていない。私にはその器量がないからだ。
ゆえに力也兄さんが……その力量を強く受け継いだ君がトップとなることに不満はない。だが、その先はどうする」

「先とは」

「君が美城を引き継いだとき、一体幾つだ。順当に出世で掴(つか)んだとしたら……五十代近いだろう。
そのとき、もしも独身だったらどうする。子どもがいなかったら……君はその身で、後継者を生み出すことも叶(かな)わないんだぞ」

「御安心を。次代のこともおいおい」

「それでは遅いと言っているんだ……! もうそれを考えるべきときが来たんだ。
君達が万が一の事故で……TOKYO WARのような事態に巻き込まれ、亡くなる可能性もあるだろう」

「それは脅迫ですか?」

「違う。その場合は」

「お話は分かりました。しかしもう一度言いましょう……御安心ください。この身は美城の更なる飛躍に捧(ささ)げると決めております。
ならばその邁進(まいしん)が実を結び、新たなる次代の栄光≪ネクスト・ホーリーライト≫となるときまで……何人たりとも朽ちることはありません」


そう、それこそが私の覚悟。美城のため、あの日砕け散った輝きを取り戻すため、私は頂きを目指すと決めた。

それは喪失に苦しみ、嘆いた父が求めた答えでもある。その輝きがあれば……だが、郷三郎おじさんは大きく、嘆きのため息を漏らす。


「またお得意の中二病かぁ。違うんだ、敦実ちゃん、そういうことでは」

「いいえ、確固たる事実です。ではお引き取りを」

「……これだけは言っておく。TOKYO WARの被害と突発性を見て、関係者が現状に危惧を持ち始めている。
君も、力也兄さんも、早急に予備策を提示するべきだ。特に力也兄さんは若くない……病気だって十分にあり得る」

「先ほども安心するようにと言ったはずですが」

「君達に何かあれば、美城は後継者争いで分裂しかねないんだぞ……! なので早急に、何らかの手を打ってくれ。
まぁ君に惚(ほ)れた相手がいるのであれば、それを止めるようなことはしないが」

「そのような相手を作るつもりはないので、御安心を。今は次代の美城にとって大事な時期。
我が身の強度を高め、その力によって粗末な不服などは蹴散らして御覧に入れましょう」

「だから、それが一番安心できないと言っとるんだ!」


郷三郎おじさんはなぜか激怒しながら、ずかずかと出ていった。


「……タヌキの化けの皮が剥がれたか。見苦しいものだ」


その姿を鼻で笑いながら、ソファーから立ち上がり……遠い頃に置き去りとした、柔らかな日だまりを窓から見つめる。


「真なる輝きは、万民を引きつけ、崇(あが)めさせるもの……日高舞のように」


今の美城は停滞を続けている。個性などというまやかしによって、ぬるま湯に浸っているのだ。

そのようなことは認められない。私が、そして父が見たいのは、唯一無二の輝きなのだから。


「だが今の私では、その再臨には手が届かぬ。……十年だ。十年以内に、必ず本社の重役となり……そのときこそ」


伝説≪ジャスティス≫を呼び起こし、愚鈍に泥の中へ埋もれる原石達へ訴えかけるのだ。

見よ、これこそが真なる輝き……これこそがアイドル。

唯一無二の頂きを目指さずして、アイドルを名乗るなど恥と知れ。


「そうだ、私が目指すのは、このような木漏れ日≪ぬるま湯≫ではない」


そうして世界が、歴史が、美城の名を刻む。真なるアイドルを……失われた栄光を取り戻した勇者として。

その偉業をなしたのならば、郷三郎のような有象無象も納得するしかあるまい。真なる輝きには、それだけの力がある。


「ただ一人に降り注ぐ、眩(まばゆ)き極光だ」




魔法少女リリカルなのはVivid・Remix

とある魔導師と彼女の鮮烈な日常/美城動乱編

Stage04 『Daring decide』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……ただ魅ぃちゃん」


すると、レナさんが厳しい表情で一歩踏み出し、魅音さんを見上げる。

それは今の緩い空気とは真逆なほど張り詰めていて、私達はもちろん、魅音さんも面食らってしまう。


「後のことは考えておいた方がいいよ」

「もちろん考えているってー。わたしらだけじゃあライブの細かいところまで作り込むのは難しいけど、先輩プロデューサー達がいれば」

「そうじゃないよ」

「へ?」

「常務さんの反対派……その中心になるってことだもの。……それ、完全な派閥闘争だよね」


……………………その言葉で。

私達が開いてしまった箱の中身で。



「常務さんがこのままヘイトを集め続けていたら、今後どうなるか分からないよ」

「あ……!」

「たとえ、常務さんが本当はいい人で、みんなのために……悪意なく計画を進めるような人だったとしても」

『………………あ』


”それがもたらす未来”を突きつけられ、一瞬で凍り付いてしまった。


「レナ達は飽くまでも臨時……使い捨ての聞く駒。それが持つ権限にしては過剰過ぎる。
もちろんレナ達が去った後でも、CPがその中心になることは変わらないもの。手は考えた方がいい」

「確かに…………そうかも………………!」

「ちょ、ちょっと待って!」


凛ちゃんが混乱気味に頭を振り、一旦落ち着こうとみんなに制止をかける。


「ようはそれ……舞踏会が成功した後、だよね! 落としどころというか!」

「そうだよ。レナ達の成功は、常務の計画を否定するわけだしね。突き詰めれば……常務さんを会社から追い出すことにも繋(つな)がる」

「それって、マズくない!? 筆頭後継者なのに!」

「それができるだけの権力を得るってことは……俺達が、そしてCP≪みんな≫が美城を乗っ取るも同然だしな。
しかも常務だけじゃなくて、常務に賛同したスタッフとアイドルも危うい」

「私達が……私達に従わなかったアイドルやスタッフさん達を、処断する……!?」

「何の解決にもならないよぉ! きらり達CPが、常務さんにすり替わるだけだしぃ!」


そんなつもりはない……そう言いたかった。

でも、常務に向かうヘイトと、その強さ次第ではそれも、十二分にあり得る。


……あり得てしまうんです! それも嫌って程に!


「……負けた方には罰ゲーム、ですか」

「しまむー……」

「でもそんなの……罰ゲームじゃない!」


――シンデレラというお話は、様々な作家がいろんな解釈で描かれています。

一時期話題になった『本当は怖いグリム童話』では、シンデレラの継母(ままはは)や姉達は、徹底した敗者として描かれました。

ガラスの靴が入らないから、足の一部を削(そ)いだ……まぁ、血が滲(にじ)んでバレましたけど。


それでもお后(きさき)となったシンデレラにすり寄ろうとすると、彼女達はハトに両目をくり抜かれた。

王子様のお后(きさき)になれないだけではなく、今後の生活や結婚も危うい状況に追い込まれたんです。

これも同じ……敗者には罰を。それも徹底した罰を与える。もう二度と立ち上がれないほどに……でも、もう引き返すことはできない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――落としどころについては、一旦置いておくことにした。だからってこのまま、常務の計画を認めることもできない。

それだって犠牲が多すぎるんです。だったら私達が戦うべきは……それを迷いながらも、舞踏会の話に戻る。


「――常務への落としどころは、さっきも言った通り一旦置いておく。それより問題は現状だ」

「あ、あぁ……でも、さすがに腹が立つだろ! 常務は既存の企画に、あたし達に期待してないってことだろ!?」

「常務というより、会長の意向も大きいと思う。……昨日もね、専務さんが話していたんだ。
元々日高舞の二世を生み出したかったのではって……魅音さんは」

「おじさんも似たような感じを受けたよ」

「でもでも、そうすると莉嘉的には怖いかも! 常務さん、こっちのことを利用する気満々だし!」

「お互い様にね。……それを成り立たせてきた点は、認めるべきなんだろうね。相応の力はあるってことだ」


つまりは強敵ですね……。でも、だからこそ勝負の相手としては楽しめるとも言えますけど。

実際魅音さんとレナさん達はそう考えているようで、滾(たぎ)る闘志を示すように笑い続けていた。


「じゃあ……どうして竹達さん達はこっちに協力を。それなら、ひとまとまりはリスクもあるのに」

「でもメリットもある。先のお仕事が白紙化されたことで、ここから改めて活動方針を定める必要があるでしょ。
……でも舞踏会に参加すれば、まずは”企画協力に集中する”って名目ができるわけだ」


魅音さんが右人差し指をピンと立てて解説。そのとき、Tシャツに包まれた圧倒的質量のバストが揺れて……くっ。


「同時に企画に絡みさえすれば、予算も引き出せる。舞踏会に向けた新曲準備とかで動いていれば、査定もなんとかーって感じだよ」

「あとは数として纏(まと)まれば、引き出せる予算も多くなる?」

「そうそう。で……これが一宮さんと加蓮達に対して、私達CPが示せる提携のメリットだ」

「あ、そうだよ! それなら、加蓮達もCDデビューが潰れたけど……一応の体裁が保(たも)てる! でも、そういうことだったんだ……」


みなさんにとって一番駄目なのは……企画を立てられず、動かないこと。それは常務云々(うんぬん)の前に、アイドル達の悪評価にも繋(つな)がるから。

魅音さん達はみんなのよりどころを作り、竹達さん達が中身を建築……それで対するは、美城常務。


「しかもこういうのは、おじさん達の強みだ。向こうの計画は先天的素養が絡んで、適合者がかなり絞られるからね。
その上今売れているアイドル達の中から、適合する人を選んでプロデュースしても非効率的。
結局のところそれだって、既存方針の延長線上でやっていることだ。……やっこさん、初動はかなり手こずると思うよぉ!? くくくくくく!」

「その間に俺達はしっかり足場を作り、舞踏会を勧めるってわけだ」

「…………私に足りないのは、こういう柔軟さなんだよね」

「それが自覚できただけでも、立派な成長だよ」

「ん……」


凛ちゃんが自重気味に俯(うつむ)くと、なぜか魅音さんも同じ表情を浮かべた。


「でもさぁ、これについてはおじさんも助けられた側(かわ)なんだよねぇ」


そう言いながら出したのは、常務に提出したのと同じ企画書……立てこもり事件のとき、みくちゃん達が出したアイディアも盛り込んだ”遺産”。


「何せ草案は武内さんが作っていた、≪CPファン向けの交流イベント≫だからさ」

「……そうだ、それも聞きたかった! 魅音さん、幾らなんでも人が悪いよ!」

「そうだよ! しぶりんも……私達だって、そんなのがあるって聞いてなかったよ!?」

「悪いねー。ただこのイベントには、アンタ達それぞれの個人曲がどうしても必要だったからさ。
そこをまとめないうちに話しても、肩すかしを食らわせそうだったんだよ」

「そっか。ん……そういうことなら、納得する。でも」


……全員で視線を落とし、しんみりとしてしまう。それはやっぱり……プロデューサーさんのことを思い出してしまったからで。


「Pくん……きらり達のために、こんなことまでしてくれてたんだぁ」

「じゃあじゃあ、今回のイベントを成功させれば……プロデューサー、CPに戻ってくるかなぁ!」

「そこまでは期待しない方がいいね。……もう説明の必要もないけど、あの人も”今西部長派”だった人だ。
部長がばら撒(ま)いてくれた不和の種を刈り取る最中に、不用意な持ち上げをしたらそれこそ致命傷」

「だったら、舞踏会の発案者としてお名前を出すのは……」

「そっちは美城常務がきっちり認めてくれたよ。そういう状況とは関係なく、筋としてやるべきことだってね」


つまり、プロデューサーが発案者として相応の評価を受けることになる。私達にできるのはそこまで……もどかしいけど、それでおしまい。


「美城常務が……」

「やり口はどうあれ、今西部長と同じ轍(てつ)は踏まないようにって意識はあるみたいだよ」

「でも、そうだよね。プロデューサー、いろいろ責任を感じているだろうし、自分は大丈夫とか言って断りそう……」

「大丈夫だよー! 莉嘉達が戻ってきてーって言えば万事解決するってー!」

「それもどうかとは思うがなぁ」


はしゃぐ莉嘉ちゃんを諫(いさ)めつつ、圭一さんが困り気味に目を細める。


「武内さんも男としてのプライドがある。自分の道を自分で切り開きたいって……そう思っても仕方ないさ」

「圭一くん……」

「もしそうでも、俺達はあの人の積み重ねたものに助けられたし、感謝している。その気持ちだけはキチンと伝えないとな」

「…………うん!」

「凛、お前も」

「それでいいよ」


すると、一番不満を唱(とな)えそうだった凛ちゃんは、驚くほどにアッサリと許諾。苦笑気味に私達全員に視線を向ける。


「本音を言えば不満だよ? でも……その前に私自身がもっと、強くならなきゃ駄目だって思うんだ」

「そっか」

「しぶりんも成長したってことですなぁ。いや、自分の完璧スタイルを暴露して皮が剥けた?」

「それはもう、本当に忘れて……!」


プロデューサーさんのことは、またそのときに考える……今はまず、私達を助けてくれたことに感謝する。

それを総意として、自然と……今日もらったばかりの手紙を取り出した。……返信には、その気持ちを書き加えなくちゃ駄目ですよね。


そう決意していると、ドタバタと足音が響いてくる。一体なんだと思っていると。


「し、失礼します!」


慌てた様子で、輿水幸子さんが飛び込んできました。


「お、サッチャー。何、竹達さんのパシリ?」

「そんなわけないでしょ! というか、大変です! 高垣さんが……」

「楓さん?」

「美城常務のプロデュースを蹴ったって、社内で凄(すご)い噂(うわさ)になっているんです!」

『えぇ!』


……その箱に触れて、開けたのは私達だけじゃない。

もう止まらない……私達は転がりながらでも前へ進んで、相応の結果を掴(つか)む。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


フェイトが僕達の説明で首を傾(かし)げっぱなしな中、本日もお仕事です。

今日は都内某所で行われる、プロレスの試合会場にやってきました。というか、日本(にほん)武道館だよ!

何せ今日は、日米新興プロレス団体による合同エキシビションマッチ!


今日・明日と二日間に亘(わた)って行われる、プロレスの祭典! ファンじゃなくても注目すべき試合がタップリだよ!


実は空海やシャーリー、唯世達も会場に来ていて……なお僕は別口です。だって、お仕事だから。

既に白熱した試合が始まっていて、それにかなり……至近距離で目を見張り続ける。

そんな中で軽く思い出すのは、美城の現状。更にシアター計画のこと。


……一応僕、765プロでもフリーランスって扱いで雇われているんだけどなぁ。結局好き勝手しちゃう方だし。

なので美城の現状には……美城常務のやり口には、思うところも多いわけで。

個人の問題じゃないからねぇ。会社の金を出して行う事業だ。というか、そもそもの話をしようか。


周囲に対し、常務は現状できっちりと……納得の行く答えを出していない。

成果を示すっていうのも、結局はお為(ため)ごかしだもの。反発が予想されるのは目に見えていたし、きちんとした計画表を見せてもいいくらいだ。

つまりそれを……周囲への手回しを怠っていた時点で、常務への批判は当然のこととされる。


――それは茨(いばら)の道だ。権力も、後ろ盾もない今の君が正義を語れるほど、この世界は甘くないぞ。
君が真に正義を成したいのであれば、自己満足で終わる道は捨てるべきだ――


それは魅音達と知り合った前後……垣内(かきうち)暑の署長だった、山沖さんに言われたこと。


――私の道は、あなた達とは違う。個人での限界を超えるために、組織の中で正しい繋(つな)がりと成果を積み重ね、一緒に戦う仲間を集う――

――たとえそれが、本当の信頼じゃなくても?――

――それを普通に求めるのも傲慢。利害関係を作り、そこから始まる関係も大事。でもあなたの道もまた、本道かもしれな……うぇ――


それはそんな署長とは複雑な関係だった、南井巴さんに言われたこと。

……なお、最後の吐き気は、そんな署長との関係を表すものだと察してほしい。


二人の話に合わせるのなら、常務は正しい繋(つな)がりと成果を持たないまま、組織の中で正義を喚(わめ)き散らしている。

それが今の村八分状態の原因。常務が提示したプランに適合する人間が少ないのも相まって、協力的な人間はほとんどいないと思う。

強いて言うなら、常務が後継者候補で……取り入ると楽ってだけ? うん、本当にその程度の利しか示せないのよ。


あとはそういう状況がよく分からず、単純に上を示されて素敵だなーって思ったらしい、アーニャ達みたいな純粋な若年層。

言うなら常務の計画は、子ども達を連れ去るハーメルンの笛。でも大人には何の効果もないので御安心をーって感じ。


……それはね、どう考えてもまともじゃない。それを組織の中で、協力を前提とした形で貫くのは……あとは、アレだよね。

常務が周囲と正しい繋(つな)がりを持っていないってのも、疑問点が残るんだ。

美城の筆頭後継者なら、縁者の重役とかに取り入っても良さそうなんだ。でも早苗さんや瑞樹さん曰(いわ)く、そういう気配はない。


パワハラ寸前な模様替えを後押しした美城力也会長だけ。縁者関係は動きがほぼなかったらしい。

……どうにも嫌な予感がする。シアター計画にも絡むかもだし……でも何の因果だろう。


僕の正義は、やっぱり変わらない。

手を伸ばしたいと思ったら、全力でそうする。

見過ごしたことは不幸にしない。どんな悪だろうと、全力でたたき潰す。

きっと僕は……アルト達と、そんなゲームをずっと楽しみ続けて。


そんな僕が、シアターという組織の中でどう戦っていくか。実は迷いはある。スカウトもできるかどうか分からないし……!

とりあえずはこう、美城常務だけじゃなくて、機動六課を反面教師にするしかないのかなぁ。


「……恭文くん、そんなに怯(おび)えなくても……何、また隊舎が焼けているの? フェイトさんがアジトに閉じ込められているの?」


後ろからかかった声にギョッとして振り向くと、へそ出しスパッツ&ビキニ姿の美奈子が呆(あき)れた様子だった。

美奈子がこんな格好なのは、今回の試合でラウンドガールを務める一人だから。というか、もう出番は終わったみたい。


――ティアナが少し頭を冷やそうかと撃ち抜かれている間に、試合は一段落……次はアメリカチャンピオンの対決が迫っていた。

よく見ると、美奈子の肌は満足感と達成感で紅潮し、深く刻まれた胸の谷間には汗がしたたり……とても奇麗だった。


でも、そんな美奈子の美しさより、ぞっとする恐怖の方が勝って。


「なぜ心が読めた……!」

「声に出ていたから!」

「……でも、美奈子だしなぁ。僕を太らせようとするし」

「それの何が駄目なの!?」

「そこは自覚して!? 僕も動きやすい方が好きだから!」

「鉄拳のボブみたいになればいいんだよ! あれこそスピード・パワー・ウェイト――全てにおいてパーフェクトな肉体だから!
そう、つまるところ恭文くんにはウェイトが足りない! ウェイトウェイトウェイト……もっとご飯を食べないと!」

「あの体型は嫌だぁ!」


……そうだ、分からない人のために説明しておこう。ボブとは、格闘ゲーム≪鉄拳≫シリーズに出てくるプレイアブルキャラの一人。

ジークンドーの使い手でスピーディーなんだけど…………その、かなりの重量体なの。

ただここは、いわゆる『だらしない肥満体』というテンプレ的なものじゃあない。


美奈子が言うように、格闘技の中で重要な要素であるウェイトを補填。

なおかつスピードやパワーとのバランスを吟味した、正しくパーフェクトな身体作りがされている。

何でも幼少期から格闘技の才能は合ったんだけど、ウェイト不足で泣かされることがあって……それで重量級になったらしい。


美奈子はそういう点からも、ボブを目標にしろと言っている。声高らかに、全力で……でもさすがに嫌だ。


「というかほら、体型がしっかりすれば、声も大きく出るよー。オルフェンズのアフレコするんだよね」

「さすがに今からじゃ間に合わないから……!」


そうそう……チョマーさんから受けた、≪鉄血のオルフェンズ≫のPR絡み、実はいろいろ変更があってね。

ガンプラバトルが封印状態なのもあって、バトル関係のお仕事は基本すっ飛ばす形となった。ビルダーとしては問題ないんだけどさぁ。

でもそれだと話題性が足りないということで、アフレコ現場に参加させてもらうことに……!


単純に作品世界を理解するため、アフレコを見学するだけじゃないの! 声を当てるの、僕が!

ヤバいヤバいヤバいヤバい……まさかこんなことになるなんて! 正直想定していなかった! 正直かなり怖い!


だって……!


「恭文くん、もう諦めよう? 幽霊扱いは仕方ないって」

「うぎゃああああああ!」


だからなぜ考えていることがぁ! いや、されていたけど……ゆかなさんのライブやイベントに欠かさず参加していたことで、覚えられていたけどぉ!


≪目のキラキラした子ども……って辺りは好印象だったんですけどねぇ。問題は外見がずっと変わらなかったことで、不穏なものを感じ取られたこと≫

≪その結果ゆかなさん……そして親しくしているマクギリス役の櫻井さんとかにも、幽霊と思われていたなんて。世の中は非情なの≫

「言うな! 言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「それで、あれでしょ? 世界大会に出たことで更に混乱させて……」

「確か……櫻井さん曰(いわ)く反応が『なんか、凄(すご)いね……』でしたっけ? ハーレム状態ですし」

「ほらー! やっぱり引かれているよ!」

「言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 思い出させるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


あの悪夢のような応対を思い出し、床に倒れ込みながらギッタンバッタン……いやぁぁぁぁぁ! 本当に嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!

そんなこともあった直後に、アフレコ現場でガッツリ!? さすがに死ぬ! 精神が死ぬぅ!

しかもさ、櫻井さんとか……凄(すご)い気を使ってくれるの! 自分も幽霊だってはやし立てた関係から、申し訳なさげに対応してくれてさぁ!


僕もう、どんな顔をしてあそこにいたらいいのか……本当に分からないの! とりあえず笑えってか!? 笑えるかボケェ!


≪まぁいいじゃないですか。ほら……最近ハーレム作品も多いってことで、あなたのリアルハーレムの話をいろいろ聞きたがっていたでしょ?≫

≪なのなの。櫻井さんとか『今更ギャルゲーの主役に抜擢(ばってき)されるとは思わなかったところに、君なんだよ!』って力説していたの。助けになってあげるの≫

「そんなところからも求められていたの!? ……御主人様、それは頑張るしかないよぉ。
ほら、核爆破未遂事件で助けてもいるんだし……きっとフラグが立っているよ! 卯月さんみたいに!」

「む、むしろ普通でいいです……! でも、やっぱり逃げ場なし?」

「なし。バトル復活の体制が整うまでは、宣伝部長なんだし」


そう……それもある。とにかく話題性を……いい意味での話題性を継続していかないと、バトル復活も上手(うま)くいかないからさぁ。

僕がアフレコ現場に参加するのは、ある程度の興味を引くことにもなるのよ。それは、いいんだけど……なぁー!


「……願わくば、鉄血の現場にゆかなさんが入らないことを、心から願おう」

「御主人様ぁ……」


今そういう形で顔を合わせると、多分僕……土下座するしかないと思う。

幽霊として怖がらせてごめんなさいって、泣いて土下座するしかないと思う。


「まぁ頑張れ。美奈子の料理を食べれば元気も出るだろう」

「もちろん!」

「私も一緒に食べてやるから」

「ヒカリちゃんは、ステイ……OK?」


美奈子が向けた笑顔に……全く目が笑っていない笑顔に、ヒカリはふらふらと落下。


「きゅう……」

「ヒカリー!」


慌てて両手でキャッチすると、恐怖の余りびくんびくんと痙攣(けいれん)していた……そこまで怖いなら、もう言わなきゃいいのに。


「よし、今日もお邪魔して、いっぱい御奉仕しますね」

「明日もラウンドガールの仕事があるんだから、早く帰って休んで」

「大丈夫ですよ。……美奈子は、御主人様に御奉仕して、喜んでもらえるのが……何よりの癒やしなんです」


満面の笑みでそう言われて、思わず息を飲む。しかも前のめり……た、谷間とか見せつけるようにー!


「それとも、ゆかなさんの方がいいですか?」

「そ、そういうのはないから! ……いつも、感謝してる」

「よかったぁ」


それでドギマギしていると、美奈子はくすりと笑い、そよ風をまき散らしながら離れていく。


「じゃあ、着替えてくるね。この後は仕事もないし、最後まで一緒に……いいよね、御主人様」

「……うん」


……美奈子は僕のどこが気に入ったのか、家に来て、夕飯を作ってくれるようになっていた。

美奈子のご飯は美味(おい)しくてボリュームもあるから、ぱんにゃ達やうちのみんなにも大好評。

特にヒカリが……あと、ジャンヌもかなりの健啖(けんたん)家だからなぁ! 正直助かっているのよ!


でも……で、でも……うぅ、僕はやっぱりまだまだなのかなぁ。

ただ、いつでも太陽のように明るく、献身的で優しい美奈子の笑顔に……惹(ひ)かれているのも確かで。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


美奈子はシャワーを浴び、衣装から私服に着替えて戻ってきた。関係者席の一角にお邪魔して、二人並んで座る。


「でもアメリカチャンピオンの試合……楽しみだね、御主人様!」

「うん! ……でもおのれ、プロレスにも興味があったとは……」

「相撲が好きってのは知ってたんだがなぁ」

「えぇ。四条さんと外人力士の強さと重要性について、熱く語っていましたよね」


……ただまぁ、美奈子の場合は恐らくデブ専な点も……いえ、なんでもありません。


「ザンギエフ使いとして勉強だけはね」

「あぁ、そういう……」


そして格闘ゲームが大好きです。なお使用キャラは投げキャラ全般……渋すぎる。

しかも格闘ゲームは今だとどれもこれも機能てんこ盛りで、初心者にはとっつきにくく、実力が伴うまで時間もかかりやすいのに……相当やり込んでいるの。

前になのはとはやて相手に、弱めの投げキャラでタメを張っていたのを見て、確信した……格ゲーだと僕、美奈子に勝てない。


そんな美奈子は、今も瞳をキラキラさせながら……白いリングの上を見つめていた。

ついさっきまで、あの周囲をラウンドガールとして走り回っていたんだよねぇ。

僕、ほとんど仕事をしていなかったような………………よし、考えるのはやめた!


「……何だか、デートしているみたいだね」


すると美奈子が優しく……僕にだけ聞こえる声で、そう囁(ささや)いてきた。


「御主人様は結婚しているけど……でもいいか。ハーレムは法律でもOKになっているし」


だから、その……満面の笑みで言うのはー! あと腕にくっつくな! あの。


「当てているから大丈夫だよ?」


また考えが読まれただと……!? 美奈子の温(ぬく)もりとその薫りに危うく意識が持っていかれそうになっていると。


「……よ、よかった……何とか間に合ったー!」


金髪ショートにレザージャケット、ミニスカという出(い)で立ちの……二十代くらいの女の子が慌てて駆け込んできた。


「アタシの席は……あ、ここだここ! …………うぅ……凄(すご)い凄(すご)い! リングが見やすい! 特等席じゃん!」


一人でテンションを上げながら、僕達の前に座る。

これはまた……若い女の子が一人で見に来るとは。さすがは祭典だね!


――そう思っていると、場の証明が一気に落とされ……激しいロックな音楽が響き渡る。


「始まったね」

「うん……だから美奈子、えっと」


……離れて、くれないよねー。仕方ないのでステージに集中すると、チャンピオンと日本側の挑戦者が登場。

若手の中でもかなりの名うてで、前評判もかなりの選手だ。果たしてどうなるかとゴングが鳴り響く。


「――あぁ! アッパー掌底からのジャンピングニー!? やっぱり今日の相手は強いなー!」


前の子、随分プロレスに詳しいなぁ。まるでバトル漫画の解説役だ。


「チキンウイングフェイスロック! かーらーの………………ローリング・クレイドル! やった! きまったー!」


でも、元気過ぎない!? 試合観戦中だよね! いや、みんな盛り上がっているけど……あぁ、そうか。

その中でもひときわ目立って見えるんだ。それも悪目立ちじゃない……見ているこっちまで、元気になるような。


……すると、テンションが上がったその子が身を翻してストレート。


「お兄」


そのストレートを左手でサッと制止。ぱしーんといい音が歓声の中で響く。


「様……って、言う必要はありませんでしたね」

「御主人様、大丈夫ですか!?」

「もちろん」

「おっしゃああ…………………………ってぇー!?」


その子は我に返り、慌てて振り返って拳を引く。


「やだ、どうしよう! 思いっきり顔面コース……あの、大丈夫!?」

「えぇ。ただ、拳はやめましょうね、怖いから」

「ごめんなさい! …………って、あれ」


深々と申し訳なさげに謝った彼女が、慌てて僕の右手を両手で取り、ぎゅっと握る。その上で僕の顔をマジマジと見始めた。


「嘘…………蒼凪恭文君!?」

「「え?」」


――試合の邪魔になってもあれなので、まずは観戦に集中……とはいかなかった。

だって僕達がそうしている間に、挑戦者はスリーカウントを取られ、チャンピオンの勝利が決まったから。

なので勝利の熱狂が会場を包む中、一旦会場のロビーまで戻り、改めて自己紹介。


「あの、アタシ……福田のり子って言います。君のことはガンプラバトル選手権で見て……チームとまと!」

「あぁ、アレで……」

「御主人様、一応世界的に顔が売れましたしねー」

「あの、本当にごめんなさい! 手、痛めてない……痛めているよね! やっぱり病院に」

「大丈夫。あれくらいなら千発受けようとヒビ一つ入らないよ」


これでも鍛えているしねー。なので問題なしと右手をぶんぶん振っても、福田さんは申し訳なさげな顔をやめない。


「よし……お詫(わ)びに、アタシにできることなら何でもする! それで許して!」

「ちょっと待てぇ!」

「何でも!? 何でもですか! それはつまり……御主人様、駄目ですよ! また修羅場になりますから!」

「おのれは何を想像したぁ! でもそれなら……」

「ヤスフミ、適当なところで手を打った方がいいぜ?」


あぁ、ショウタロスも分かっているか。だって本気だもの……鼻息荒く、詰め寄っているもの!

でも待って! 顔が近い! あと、なんか柑橘(かんきつ)系のいい香りが……あ、でもよく見ると、福田さんはとても奇麗だなぁ。

目鼻立ちもぱっちりしているし、髪もサラサラ。スタイルも美奈子に全然負けていないし。


…………本当はハンバーガーでも奢(おご)ってもらえば……そう考えていた。

でもさっきの勢いがどうしても引っかかって。それならばと、意を決して踏み込む。


「本当に、何でもいいんですね」

「うん! ……やっぱり、あれかな。第二ピリオドで修羅場になっていたし、デートとか」

「それは触れないでぇ! というか、怪我(けが)もしていないのにそんなことは要求しません! したら犯罪です! はい決定!」

「よかったぁ……じゃあ、適当なところでご飯を」

「いいや」


美奈子もその辺りが打倒と思っていたようだけど、僕はもう一歩踏み込み……福田さんの輝く瞳を見上げる。


「アイドルになってください」

「へ?」

「御主人様!?」

「実は僕、あれからいろいろあって……この子、佐竹美奈子が所属する765プロでこういうお仕事を受けたんです」


そう言いながら懐から取り出すのは、すり下ろしたばかりの名刺。それを受け取ると、福田さんがギョッとする。


「765プロ、ガンプラバトルプロデューサー……シアター計画現場担当!? え、何これ!」

「765プロはヤジマ商事との業務提携に伴い、独自の劇場と、その顔となる新人アイドルを三十二人ほど発掘している最中なんです」

「三十二人!?」

「僕は粒子暴走事件に最初期から関わっていた関係で、粒子運用にもそこそこ詳しくて……それで現場監督的に」

「あとは、書いている通り……ガンプラバトルを教える、プロデューサー」

「えぇ」

「わぁ、なんか凄(すご)い! でも、あの……冗談、だよね。アタシなんてがさつで乱暴だし、アイドルなんてガラじゃ」

「福田さんは十分奇麗ですし、がさつな印象は全くありませんけど」

「〜〜〜〜!」


率直なところを言うと、福田さんが顔を真っ赤にする。


「それに……チャンピオンを応援しているのを間近で見ていたら、何だか元気をもらえる感じがして」

「元気……アタシが」

「誰かを本気で応援できる人は、アイドルにピッタリ……と、赤羽根さんが言っていたような気がする」

「御主人様、台なし! そこは言い切らないと!」

「だって、スカウトなんて初めてで……!」

「実はビクビクしてたの!? ちょ、しっかりしてー!」


や、やっぱいきなり過ぎるかな! でもティンときたの! 社長じゃないけど、アリだなって思ったの!

あぁ、でもティンとくるってことは、社長と同類……うぎゃああああ! ぎゃあああああ!


「ぷ……!」


なんかやっぱ……キャラじゃないとがくがくしていると、福田さんがおかしそうに吹き出す。


「そっか、そっかぁ……えへへ、そうなんだ。そんなふうに言われると、何だか照れるね。
ね、アイドルになったら格闘技関連とか……ガンプラバトルの仕事もできるかな」

「時と場合によりますけど」

「試合も凄(すご)い近くで見られる!?」

「見られますよー。というか」

「さっきの私がそれでしたし」

「そうだよね! 美奈子ちゃん、ラウンドガールをやってたんだもの! …………いいよ、乗った!」


すると福田さんは、左手で全力のガッツポーズ。


「アタシ、アイドルになる!」

「いいんですか!」

「うん! アタシみたいな女の子が、アイドルになれるかどうか分からないけど……でも、人生一度切りだしね! 挑戦してみるよ!」

「……ありがとうございます」


よかったぁ……!

と、とりあえず学業や親御さんとのお話し合いから進めて、少しずつ……これで責務は果たした!

あとは赤羽根さんに残り三十人、押しつけよう!


「でも、条件が一つ……ううん、二つ」

「条件?」

「その三十二人って、君が全部面倒見るわけじゃないんだよね」

「そんなことしたら過労死するので」

「だったら……過労死しない程度でいいから、一緒に頑張ってほしい」

「それは、了解しました」


まぁ、僕がスカウトしたわけだしね。そこは当然の責任として………………あれ、なんか過労死への足音が聞こえたような。

というか赤羽根さんも、ヤバくない? いや、さすがに嫌だよ? 物理的に無理な人数を抱えるとか。


「それでもう一つはー」


襲い来る未来に戦々恐々としていると、福田さんが左腕に寄って、すっと腕を絡ませてくる。


「のり子でいいよ。敬語もなし。私も名前で呼ぶし……ね、恭文君」

「……うん、じゃあ……のり子」

「うん」

「なぜ、腕を組んだの……!?」

「いや、やっぱりこれだけだと申し訳ないし、ご飯くらいは奢(おご)るよ! お勧めの焼き肉屋が近くにあるんだ!」


あぁ、そのために……引っ張るためになのねー! だから僕、拳が飛んできたときよりずっと、強烈な勢いで引っ張られてー!


「さ、行こう! そこはね、トマトが美味(おい)しいの! 肉厚で甘いんだから!」

「トマトー!? や、焼き肉屋なのに!」

「肉もいいけど、サラダが最高なの!」

「あの、でも……のり子、僕は」

「御主人様、好き嫌いはいけませんよ?」

「ですよねー!」


――こうして、図らずも初めてのスカウトは無事に終了。なおのり子は現在大学生で、美奈子の一つ上。

焼き肉と……肉厚トマトを食べながら、その辺りも軽く相談して、かなりいい感じにまとまった。

家も東京都(とうきょうと)だから、無理なくお仕事もできるしね。なおトマトについては……いや、美味(おい)しかった。


自分が生トマトが嫌いだと忘れるほどに、美味(おい)しかった……! ヤバい、あの店は通い詰めそう! まずはフェイトを連れていきたい!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


その日、美城の社内はまた騒然としていた――。


「おい、聞いたか。高垣さんの話」

「相当いい話だったのに、躊躇(ためら)いなく蹴り飛ばしたんだろ? 凄(すご)いよなぁ……」


その原因は、まぁ……私がいろいろと振りまいてしまったせいだけど。


「それも常務よ? 次期後継者なのに……」

「さすがはトップアイドルの貫禄(かんろく)だな」


でもどうしよう、いろいろと誤解を受けているようで……少し困りながら、ビルの一角にある休憩所でお茶を飲む。

なお、それでホッとする余裕はない。……慌てた様子で瑞樹ちゃんと早苗さんが飛び込んできたから。


「楓ちゃん、またなんで断ったの?」

「そうよー。確かに美城常務のやり口は気に食わないけど、迷いなくよね」

「そこはもう、ラブ&ピースの精神で」

「「嘘つけぇ!」」


あ、やっぱり? そうよね……常務に反旗を翻したも同然だし、我ながらかなり大胆なことをしているかも。


「でも、本当に大した理由じゃないんです。先約優先……先に入っていた仕事を大事にしていただけで」

「あぁ、そういう……」

「ただ、自覚はしておいた方がいいわよ」


すると早苗さんが厳しい表情で隣に座り、そのトランジスタグラマーな身体をぐいっと寄せてくる。

ボディコンスーツから伝わる柔らかな感触にときめいていると、早苗さんは周囲を警戒しつつ、小声でこう告げる。


「一波揺らいで万波揺らぐ……CPの行動もそうだけど、これで反常務派が勢いを増すと思うから」

「お互いに意見を戦わせて、いい結果を導き出せるのなら、それもアリじゃ」


そう言ったものの、早苗さんの表情は鋭いまま。…………それで私も、自分が起こした波の意味を改めて悟る。


「……そうは、ならないんですね」

「そう。ちょっと付いてきて」


早苗さんに引っ張られるまま、曇天の下に飛び出し……電車に乗り、とある居酒屋さんへ。

ちょうど昼時で、ランチ営業中のお店。ほどよく賑(にぎ)やかな中、私達は一緒の卓を囲み、今日の日替わりランチを注文。

お仕事は気にする必要もない、ゆったりとしたランチタイム……ある意味白紙化計画の恩恵だった。


「これ、現場で知り合ったおじ様達から聞き出したんだけど……美城常務と会長、親族の受けが悪いそうなのよ」


早苗さんは日替わりランチの≪チキン南蛮定食≫を楽しみにしつつ、厳しい表情でそう切り出した。


「受けが悪い? というと」

「女性なのにって話よ。常務、前々から結婚して、育児や出産に集中してほしいって……大分言われていたみたい。
それも押し切った上、会長もそんな常務に後を引き継がせようって躍起になっていたらしくて」

「それはまた……あぁ、でもそっかー。一人娘だっけ?」

「瑞樹さんは、納得なんですか?」


私はさすがに……女性の社会進出も目覚ましいし、常務くらいのキャリアウーマンもたくさんいる。私自身もアイドルのお仕事で生きているし?

それで、やりたいことを諦めて、子どもを産むだけでいいって言われたら……さすがに悲しいというか。


「もちろんね、思うところはあるわよ。育児や出産で離職する場合もあるのにって……だけど」

「なんでしょうか」

「……跡継ぎがいなかったら、美城ってどうなるの?」


……………………チキン南蛮の揚がっていく音が、嫌に近く聞こえる。


それは、常務が後継者であるが故に出てくる問題。

自分の血を、種を次代に残す使命があればこその宿命。


彼女にはいろんな選択肢があったはず。それを最悪な形で放棄したのは……誰でもない美城親子だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


楓さんの大胆な抵抗……更に幸子さんは、美城縁者がかなりきな臭いと教えてくれた。すると、美波さんが右人差し指を立ててサクッと解説。

そのおかげでよく分かりました。……私は適齢期まで、あと七年だって。


(……赤ちゃんかぁ)


私はまだ子どもっぽくて、親になるなんて考えられない。そ、そもそもバージンですし。

でも、赤ちゃんを作ることはもうできる。赤ちゃんを……好きな人の、赤ちゃんを……!


いろいろとドギマギしながらも、今日はソフマップでのライブイベント。社の話題を攫(さら)った楓さんと一緒の仕事です。

new generations三人でのお仕事は、何だかちょっと久しぶりな感じです。いや、それもそのはず……!


「卯月、目はもう大丈夫なんだよね」

「はいー」

「手もくっついて」

「お医者さんのお墨付きです!」


なぜなら私こと島村卯月、アシムレイトの後遺症モードでしたから! でもそれも昨日で脱却!

どこもかしこも全力全開! むしろ怪我(けが)をする前より力が溢(あふ)れている感じです!


「まぁ、無理しないようにね」

「事務所での練習では問題なかったけど、今日は少し手狭なステージだしねー。いつもより冷静に……でも笑顔で!」

「はい、頑張ります!」


店舗裏手の控え室……薄暗い通路の奥にあるそこを慎重にノックし、開くと。


「「「失礼しますー」」」

「サインをしなサイン……うふふふ」


…………………………既に楽屋入りしていた楓さんによる、絶対零度のダジャレ。それが私達の体温を急激に奪う。

なお、楓さんは葉っぱ型の団扇(うちわ)にサインをしていて……そこから思いついたのだろうか。実に御満悦な様子だった。


「うぉ……!」


なお、付いてくれていた圭一さんも恐怖するかのように身震い。


「…………し、失礼しました……部屋、間違えました……」

「卯月!?」

「しまむー、落ち着いて! 正解! そしてこれが現実……現実!」

「私、アシムレイトの後遺症で……頭がフラフラしてきました。あ、これはキツい……」

「「「いやいやいやいや!」」」

「大丈夫ですよー。ここが控え室だ、控えおろう………………いまいちね」


…………楓さん、その違いがよく分かりません。とりあえず絶対零度の威力だけは変わらないので。

そんな逃げ場のない状況に絶望しながらも、控え室に入り……恐る恐る楓さんに頭を下げる。


「「「「お、おはようございます」」」」

「おはようございます。……卯月ちゃん、もう目と腕はいいの?」

「は、はい……ただ後遺症で、慢性的な寒気を伴っていますが」

「卯月、それは多分……アシムレイトは関係ない」

「し!」


――圭一さんには一旦出てもらい、私達は素早く衣装にお着替え。ただジッとはしていられない。


(久々のステージではあるし、病み上がりを理由に半端なものは見せたくない)


サインを書いている楓さんの邪魔にならないよう、退室した上で練習……練習!


「ヴァンヅーーズリーブォー……ブァイブジックズゼブンエイドー」


通路もそこそこの広さがある関係で、緩めなら衣装や腕をぶつける心配もない。

というか、腕については本当に注意……! さすがに油断が過ぎていましたし!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


卯月、聞こえてる……すっごい聞こえてる! というかまた濁ってー!


「……卯月ちゃん、喉にも後遺症が出たのかしら」


サインを黙々と続けていた楓さんも、少し気になったのかドアの方を見やる。


「いや、その……なんか、集中すると声が濁るらしくて」

「幸子ちゃんに『へごちん』って呼ばれてたよね……。エチュードの『頭”へゴチン”』を『頭”へごちん”』って読み間違えたせいもあるけど」

「あらあら……でも、あの調子なら大丈夫そうね」


……やっぱり卯月の状態、社のみんなが心配していたみたい。うん、前代未聞だもの。

卯月が粒子結晶体暴走制止で無茶(むちゃ)したってのは、元々伝わって……それで眼帯&包帯だもの。そりゃあビビるよ……そりゃあ驚くよ!

現に私、腰を抜かしたからね!? 卯月のウイングが傷ついたところと全く同じ箇所が、ねぇ!?


ただ、当の卯月はあの調子で……。


「卯月ちゃんは一体、どこへ向かおうとしているのかしら」


その言葉には未央共々、顔を背けるしかなかった。ごめん、それは私達が一番に聞きたい……!


「私ね、卯月ちゃんを見ていると、時々怖くなるときがあるの」


すると楓さんが、とても気になることを言いだした。

どういうことかと視線を戻して問いかけると、楓さんはあの静かな眼(まな)差しを……ただ真っすぐに、ドアに向けていて。


「アイドルになること……キラキラした何かに憧れて、そうなりたいと思ったこと。それは紛(まぎ)れもなく、卯月ちゃんの夢。
でもね、同時に……卯月ちゃんには、決して拭えない深い傷があるわ」

「……おねだりCDのことかな」

「サバイバーズ・ギルトって知っている? 事件・事故を問わず、多数の人間が犠牲になって当然な……過酷な状況から生き残った人が背負う傷。
……その傷はね、ずーっと……その人を責め立てるの。なぜ生き残ってしまったんだ……もっと何かできたんじゃないかって」


……そこでゾッとした。ううん、思い知らされたって言うべきかもしれない。


「卯月ちゃんが時折見せる……自分でも制御できないような激情は、それが原因よ。
同じことを繰り返したくない。今度は何があっても止めたい……でも、まだそのための手を自分ではよく分かっていない」

「……だから卯月は、力に……強い力に、固執する?」

「しぶりん?」

「私も、同じなんです。卯月を見ていると、時折……凄(すご)く怖くなるときがある。
卯月はアイドル以外の……もっと別な何かを、追い求めているような気がして。アシムレイトだって、全力で使い倒すつもりだし……!」

「多分あの子が求めているのは……凛ちゃんの言う通りね。……力よ。
もう何も失わず、傷付けさせず……どこまでも伸びて、全てをつかみ取れる力。
でもそれは、どこかで人の在り方を逸脱しているわ。あの子自身の夢を砕きかねないほどに」

「そんな……」


未央はそんなはずがない。そんなわけがないという様子で首を振る……でもそれだけ。

きっと未央も感じ取ってはいたんだと思う。卯月の、どこか歪(いびつ)な部分を。

……実際、精神科のお世話になっていた時期もあるらしい。本当に思い詰めて、薬の力を借りなかったら……日常生活も送れないほどに、落ち込んで。


それでも何とかここまで持ち直していたのに……まだ、何かが足りない。それはなんだろう。

私達だって……頼りないかもしれないけど、一緒にいる。蒼凪プロデューサーのことだってあるのに。


「どうすれば、いいのかな」

「今の卯月ちゃんが、本当に……そんな、人間を逸脱するような力があったとしても、何も変わらないと思うの。
あの子はその力を、どういう形で振るうのが正しいか……それも模索している最中だから」

「それこそパンドラの箱。開けてみなければ、希望が入っているかどうかも分からない……」

「そして開くときは、いずれ来るわ。卯月ちゃんが答えを出すときは……そう遠くないのかもしれないわね」

「じゃあ、楓さんは?」


だったらと……嫌みとかではなく、純粋に疑問としてぶつけていた。


「楓さんは、それが分かっているのかな。だから、常務のお誘いも断った」

「……確かにお話としては悪くなかったわ。でも……私はファンの人達と一緒に、自分達のやり方で……笑顔で進みたいから」

「ファンの人達と一緒に……」

「笑顔で……」

「ここもね、規模としては決して大きいものとは言えないけど……私が初ライブを行った場所なの」


そこで思い出すのは、new generationsの初ライブ。


「どうしても今、ここでのライブをキチンと超えたかった。
……あのとき、自分を支えてくれたファンの人達と一緒に……笑顔と一緒に、輝いていきたいから」


笑顔……自分を支えてくれた、笑顔。だったら私達は……あぁ、そうか。


「……箱を開けることは、止められないんだね」

「私達にできるのは、しまむーが答えを出したとき……それが後悔のない、真っすぐなものであるように、手を伸ばすこと」

「笑顔で、一緒に……ここまで繋(つな)がったみんなと、進めるように」


もしかしたら、見つかったのかもしれない。


「未央」

「うん! きっと今、私達……同じことを考えてる!」

「何かしら」

「もちろん」


私達が目指したい未来……戦うべき相手。


「「美城常務を仲間にする方法!」」

「あら!」


私達が戦うべき相手は、美城常務じゃなかった。それだけにしてしまうのは間違っていた。

常務にももちろん非があるし、それはきちんと示しを見せつけなきゃいけない。でも、それで終わらせない。


私達はその答えをもう、魅音さん達から……部門のみんなから教わっているんだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


東京都世田谷区豪徳寺(ごうとくじ)――そこに構えられた和風邸宅を訪れ、その主と面談に入る。

和服を品良く着こなし、オールバックの白髪頭を撫(な)で上げるこの男は、美城郷三郎。美城会長の従兄弟(いとこ)であり、大株主の一人だ。


「――一般的な適齢期……ここは出産も含めたものですが、データとしては二十七才とされているそうですな」


その男は大きめの腹を揺らしながら、脂の乗りきった顔で苦笑。


「第一に……子どもができた場合の備え。それくらいの年齢だと、子どもが独立するのは定年前になるから。
生活も安定していなければ、進学費用などもキチンと賄えない。特に大学の進学費用などは、我々が若い頃と比べると随分変わった。
初年給一月分くらいで賄えていたのが、大体四倍……結婚指輪よりも高いのですから」

「うちにもそれを奨学金で払って、苦労しているのがいますよ」


若いうちの苦労は何とやらと言うが、それは本当に押しつけとなりつつあるのが現状だ。

我々の世代が言う”苦労”と、今の世代では大きく違う。特に進学・就職・生活にかかる費用と、それを賄うための労力比率がな。

ブラック企業問題がとかく取りざたされやすいのは、そういう状況に拍車を掛ける害悪だからこそだ。


……話が少し逸(そ)れたので戻すが、高齢ということはそれだけ病気などのリスクも高まる。

その場合、生活コストは更にかさむし、きちんとした貯蓄がなければ賄うことはできない。

ゆえに適齢期は、郷三郎氏が仰(おっしゃ)るように二十代後半……子どもが思春期を迎える辺りで、いわゆる働き盛りになる年齢が山となる。


「それは単純に、親子関係にも影響します。例えば子どもが……小学生高学年くらいにまで成長したとしましょう。
そのとき親が三十〜四十代な場合と、六十代近い場合ではいろいろ変わってくるものです。
単純に保護者会などのコミュニティでも目立ちがちで、浮いてしまう……又はいじめの遠因になるケースもあるそうですよ」

「お金、家族関係……二十五才を過ぎたら行き遅れというのは、単なるセクシャルハラスメントではない」


郷三郎氏は脇の紅茶を一口飲み、困り気味に息を吐く。


「では美城常務はどうか。……今年で彼女は三十九才――適齢期はとっくに超えたお局(つぼね)様。
結婚相手を見つけることもなく、子どもを産むこともなく、その年齢は高齢出産の域に達している。
にもかかわらず美城の後は自らが引き継ぐと曰(のたま)い、会長もそれを認めてしまっている。
それは矛盾していますよ。直系血族の立場を誇示したいのであれば、それを繋(つな)ぐ処置も入念に準備するべきだった」

「できないのであれば、別の誰かに渡す手も示す……それはあなたや他の縁者も提案し続けていた」

「えぇ……穏やかな形で、乗っ取りなどの意図がないと、何度もです。……まぁ、こんな場を設けていては説得力もありませんが」


郷三郎氏はティーカップを置いて、またも苦笑。だがその瞳には、確かな嫌悪感を滲(にじ)ませる。


「後悔していますよ……心から。まさか、この段階に至るまで”こんな幼稚”が通じると……本気でそう思っていたとは、ねぇ」

「そこまで仰(おっしゃ)る理由は」

「”アレ”にはもう、跡継ぎを産む力など期待できませんからなぁ」

「何かご病気を」

「単純に年齢の問題です。……定義的には、三十五才以上の出産は全て高齢出産に当てはまります」

「えぇ」


妊娠と出産の最盛期は、十代後半から三十代前半辺りまで。

そこからは卵子や子宮の能力低下により妊娠率が漸減し、四十代後半となれば著しく低下。五十才以上ではほぼゼロと言われている。


美城常務はその四十代間近。そもそも妊娠確率そのものが低下しているのが実情だ。


「しかも見過ごせないのが、高齢出産のリスクですよ。……第一に妊産婦の死亡率。
八年前に米国(べいこく)で報告されたところによれば、妊産婦死亡率は十万分娩(ぶんべん)につき八.六パーセント」

「健全な状態でも九割近い。しかもそれは、高齢になると更に高くなる」

「……三十五才から三十九才では、それが二.五倍。四十才以上では五.三倍と上昇……二十代前半の妊婦と比べた場合、二十倍以上。
流産・早産の危険も高くなるし、遺伝子疾患の発生率が上昇し、特に新生児のダウン症発症率が増加すると言われている。
この確率も、出産年齢が高いほど増加。二十五才未満では二千分の一だけど、三十五才で三百分の一……四十才以上では百分の一です」

「百人に一人……」

「しかもHGS患者の出産率も高くなるとか。今からアレが男を見つけ、子作りに励むなど……現実的ではないのですよ」


その確率はかなりのものだ。母子ともに相応のリスクをもたらすのが、高齢出産という行為。

……残念ながら美城常務は既に、安全かつ健康な形で子を成し、後継者として生み出せる状態ではなくなっている。

少なくともそれを後継者の仕事として、周囲がツツくのは憚(はばか)られる。では、現状のままではどうなるか。


彼女はあと十年もすれば五十代……その時点で子を成す能力は失われるだろう。

父親である美城力也氏も六十を超えているので、今から愛人なりを作り、落とし胤(たね)として残すことも難しい。

それはつまり………………美城の直系血族は、現時点で途絶の危機を迎えているということだ。


「……まぁ」


すると郷三郎氏はまた頭を撫(な)で上げ、苦笑する。


「今の御時世だとセクハラだの、女性蔑視だの非難が飛びそうですが」

「いえ……人生設計の問題ですから」

「えぇ」

「現代社会の常識より以前に、我々は生き物だ。生命体として老いるのは必然だし、その結果種を残せなくなるのは避けられない。
セクシャルハラスメントや選択の自由で誤魔化(ごまか)されがちな、生命体としてごくごく自然な原理――。
社会摂理とそのサイクルを上手(うま)く釣り合わせる必要がある。美城常務は”それ”に失敗し、会長も後継者の教育を怠った」

「本当に馬鹿な奴らですよ。時代は変わったというのに、とっくに終わったおとぎ話に固執して……それを我々に示そうとしていたなんて」


先ほど見せた嫌悪感をむき出しにし、郷三郎氏が吐き捨てる。


「このままでは美城もおしまいだ。そこで仕事をし、生活している社員達の将来にも差し障りを出してしまう」

「縁者の誰かが纏(まと)めるという形は」

「無理でしょうな。私も含めて……そんな能力のある人間はいない」


だろうな。でなければ、ここまでの”ワンマン”を許すはずがない。


「崩壊の足音はもう響いています。誰も彼も分不相応な”玉座”に焦がれ、争い……後継者問題解決に失敗した最悪例として、美城の名は人々に刻まれる」


……難しいものだな。女性だと出産・育児で職場を離れることが、結果的に離職へと繋(つな)がりやすい。

企業側が出産・育児支援を怠る場合もあるし、雇われる側(がわ)が育児に傾く場合もある。

かと言って仕事に従事しすぎると、それだけ結婚や出産のタイミングを逃すことになる。美城常務がそれだ。


常務には恐らく、業務に携わる中で叶(かな)えたい願いがあったのだろう。それが今回の改革に繋(つな)がっている。

それを叶(かな)えるために、寝る間も惜しむ勢いで努力したのだろう。後継者のスネかじりなどと、後ろ指を指されながら――。

縁者達からは、結婚して子どもを産めと、その未来を狭められながら――。


それでもやり通したことは立派だ。だが……それで美談となるのは、彼女が普通の社員だった場合。

郷三郎氏も触れた通り、彼女には選択の必要があった。周囲に対して、引き継ぐ城の先を示す必要があった。

彼女には、選択の余地があった。少なくとも一般人のように、育児休暇でゴタゴタする心配はない。


生活的余裕も存分にあっただろう。その恵まれた環境を生かすことなく、筆頭後継者として血族を残せない状況にまで至っているんだ。

……それを個人に押しつけるのは、確かに非情だろうな。しかし必死にやりたくもなるさ。

何せ、美城で働く数万人の生活がかかっているのだから。当然それがずたずたに引き裂かれれば、社会的影響も大きくなる。


しかも駄目押しで突きつけてきたのが……日高舞の再臨だ。

はっきり言うが、彼女に匹敵するアイドルを排出したところで……何の意味もない。それで通ると思っているのは奴らだけだ。

縁者達が問題としているのは、奴らがこの状況に至るまで仕事を放棄したこと……そして、それを見過ごしてしまった自分達の愚。


これ以上は見過ごせないし、協力はできない。それが彼らの方針であり……だからこそ常務達への協力も拒んでいる。


「そう言えば、あなた達が手を引いている件……会長は」

「協力要請は来ましたが、筋が通らないとはね除(の)けましたよ。あれも随分もうろくしている」

「何が悪いかすら分かっていない」

「手を払いのけられる”故”などない……そう言い切りましたからなぁ」

「……ですがあなたは縁者の中だと、一番直系に近い人間だ。よいのですか」

「えぇ。幸いにも別の道を模索できますからな。はははははは」


郷三郎氏はたゆんと揺れる腹を、右手で撫(な)でながらまたもや苦笑。


(……タヌキめ)


私が水面下で進めていた計画を察知し、友好的に声を掛けてきた時点で明白だ。

今の……親族としての苦慮や長い説明も完全にカバー。保身のために動く分かりやすいタヌキだ。


……だがそれは、男の言葉が真実だと示すものでもある。

自分には美城を引っ張る力はなく、またその子どもも同様。結局は常務達と同じ轍(てつ)を踏む。

だからこその現状維持……身のほどをきっちりと弁(わきま)え、それならばと保身を優先する。


こういう男こそ長生きするし、また立ちはだかれば強敵となる……これからの付き合いは大変だと、内心舌を巻く。


「だからこそ、美城はあなたのように……厳しくも優秀な人間に預けたい」

「私も後継者を未(いま)だ作っておりませんが」

「それでもツテくらいは見つけておられるでしょう?」

「……まぁ、一応は。ただその男は権力や社会的立場よりも、ドンパチの方が好きでしてな。それで他人のために、平然と命を賭ける」

「ほう……それはまた」

「とにかく、お話は分かりました」


これ以上はツッコまれたくないので、サクッと本題に戻す。


「あなた方の株……及びそのお立場、しばらくの間は私がお預かりいたします」


暗に『常務達の二の舞にならないよう、後継者を見つけろ』というプレッシャーも受け入れた上で、頭を下げた。


「万が一計画が失敗した場合の備えも、こちらで整えておきますので」

「よろしくお願いします」


こうして、舞台は少しずつ整えられていく。

王と甘ったれのお姫様を処断し、新たな国を形作る革命の舞台だ。

だが同情する必要はない。これはただ、奴らが弱かっただけのこと。


臣下に先を示せぬ暗君は、いつの世も叛意(はんい)によって葬り去られる……それすらも分からぬほど、奴らはぜい弱だった。


……とんだ鉄火場に飛び込む羽目になったが、それも悪くはない。


「――黒井社長」


奴らには、日高舞ショックの恨み辛(つら)みもある……わけではない。ぶっちゃけそんな昔の話はどうでもいい。

ただ欲しいだけだよ。奴らの城を、できるだけ早く。


(Next Stage『Eager Rabbit』)







あとがき

恭文「というわけで、お待たせしました美城動乱編第四話。後継者問題に絡む縁者との確執……実は四面楚歌だった会長親子。
そんな中で密かに動き出す美城乗っ取り計画。その主軸は……黒井社長ー!」


(本編での黒井社長は、面倒臭いツンデレのおっさんです)


恭文「やーいやーい、言われてやんのー!」

マタ・ハリ(Fate)「マスター、ブーメランって知ってる?」

恭文「僕はツンデレじゃないし!」

マタ・ハリ(Fate)「そう……だったら、今日はいっぱい素直なマスターを見せてもらおうかしら」

恭文「は、はい……あ、蒼凪恭文です」

マタ・ハリ(Fate)「マタ・ハリよ。……FGOアーケードでの私もよろしくね」

恭文「あれ、奇麗だったよねー! FGOの宝具演出やモーション変更も期待できそう!」

マタ・ハリ(Fate)「まだまだ私という女に溺れてもらうわね。桜セイバーやドレイク達には負けないから」

恭文「は、はい……」


(蒼い古き鉄、お姉さんにはタジタジ)


恭文「それと福田のり子が本編では初登場……なおこの辺りのお話は、ミリシタのコミュを元にしています」

マタ・ハリ(Fate)「マスターもすっかり落ち着いて………………いないのかしら」

恭文「そりゃあもう。ニルスとタツヤ達の準備が調うまで、しっかり場を繋ぐお仕事もあるしね。
だから、だから………………幽霊って……幽霊って……!」

マタ・ハリ(Fate)「マスター、しっかりして? 大丈夫……初恋は実らないものと言うわ」

恭文「うぎゃあああああああああ!」


(その後蒼い古き鉄はぐだぐだ帝都聖杯奇譚が始まるまで、安眠スーツにて引きこもりを敢行しましたとさ。
本日のED:BLUE ENCOUNT『Survivor』)


恭文「あ、そうそう……劇中に出てきた郷三郎おじさんは、とまとオリキャラなのであしからずです。なおモデルは機動戦士ガンダムのゴップ」

あむ「ゴップ!? ……でも美城常務の状況、かなり面倒だよね。そんな、結婚や子作りなんてほいほいできることじゃないのに」

恭文「世襲制の欠点がもろに出ていた感じだね。……例えばよ、昔の日本(にほん)にあった側室……ドラマの題材にされた大奥。
これは跡継ぎを確実に残すための制度だし、平均寿命や生活環境の関係もあって必要な制度だった。
せめて第二・第三候補を作っておけば、まだ纏まったってのに……それすらもしなかったって」

古鉄≪年齢及びこれまでの経緯から鑑みて、もう常務は後継者として何の期待もされていないんでしょうね≫

あむ「でもだからって、これは……!」

恭文「それよりも気にするべきは、これが平行線だってことだ。……エスカレートしたら、もっととんでもないことになるよ」


(おしまい)








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