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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Stage03 『Confusion Chest』


さぁさぁ、お立ち会い。愚かで醜い、楽しい楽しいおとぎ話の時間です。

敗者は足を斬られ、瞳をくりぬかれ、二度と輝けぬ地獄の底へと落ちています。

え、残酷? そのようなことを気にする必要はありません。彼女は全て承知の上で、このゲームを始めたのですから。


そう、承知していなければおかしいんです。勝負とは敗者と勝者を決める儀式であり、仕掛けた本人も敗者となる可能性があるもの。

そうでなければ公平たり得ないし、ゲームとしても成立しないのですから。

なので敗者として地に伏せるのは一体誰か――なんて煽(あお)り文句は使いません。


だって、彼女の目をよく見てください。ほら……もうとっくの昔に、くり抜かれているでしょう?


彼女が描くのは、自分が敗者と気づかず……逃げようともせず、妄想に耽(ふけ)り、それに周囲を巻き込もうとした愚者の物語。

虚構の栄誉を見続けるために、真実の目を潰した人間以下の畜生が足掻(あが)く物語。みなさんはただ、その姿をあざ笑えばいい。

それが勝者の特権だと、彼女が定めたんです。何の遠慮はいりません。


さぁ、笑いましょう! 声高らかに! 全力で! 安堵(あんど)も込めて! 笑う門には福来たる!


……そうやって笑えるあなたは、間違いなく勝者なのですから。




魔法少女リリカルなのはVivid・Remix

とある魔導師と彼女の鮮烈な日常/美城動乱編

Stage03 『Confusion Chest』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日は早めに帰宅できたので、フェイトとジャンヌ……それと、一緒に暮らすようになったフィアッセさんに、ただいまとお帰りなさいのキスを交わす。

それからうちの家族になった、ふわふわで柔らかい……優しい温(ぬく)もりの動物さん達を受け止め、リビングでのんびり。


「うりゅー♪」

「よしよし……」

「あうー」

「うおああああー」

「うりゅりゅ……♪」


猫のような……でも猫じゃない不思議な生物≪ぱんにゃ≫。

そのうちの一匹である白ぱんにゃを膝上に載せてあやし、弟の黒ぱんにゃはアイリ達のベッドでゴロゴロ。

そうして二人と遊んでいた。いつの間にか友情を育んでいたらしい。


その様子にほっこりしていると、家のインターホンが鳴る。


「うりゅ?」

「誰だろう……というかこの気配は」


ぱんにゃを抱えて、フェイト達には大丈夫と手で制止、壁掛けの受話器を取って応対開始。


「はい」

『恭文くん、聞いてよー!』


……それは川島瑞樹さんだった。なぜか楓さん共々、この階に住む御近所様となっていた……346プロのアイドルさん。

まぁ局アナ時代からの長い知り合いなんだけどね。とにかく涙目な瑞樹さんを引っ張って、ぱんにゃを抱かせて落ち着かせてみる。

このぱんにゃ達がどうしてうちに居着いたのか。それは、話せばとても長くなる。


………………フェイトのドジだ。


ぱんにゃ達は流浪の身だったんだけど、今年も例年に違わず猛暑だった。まだ小さい黒ぱんにゃはダウン気味になったのよ。

それでうちのマンションで休んでいたところを、フェイトが発見して……落ち着くまで保護した。

いや、そこはドジじゃないんだ。まさか見捨てろとは言えないし、そこはいいんだ。問題がないとは言わないけど、まだいいんだ。


問題は……保護したのが、僕がチームとまとで頑張っていたのとほぼ同時期だってこと。

うん、そうだよ! 連絡し忘れてたんだよ、僕に!

しかもあれからすぐ宇宙に行く手はずも整えていたから、結局きちんと挨拶したのはつい最近だよ!


つーか動物の保護はさぁ! 赤ん坊もいるんだから、ちょっと考えなきゃいけないのに! 予防接種とか必要なのに!

それなのに僕への報告をすっ飛ばすって、あり得なくない!? しかもサラッと家の中も改装しているの!

ぱんにゃ達も過ごしやすいようにってさぁ! それなのに……シャーリー達もまさかって顔でギョッとしていたもの!


……ただ、ぱんにゃ達については余り心配はいらなかった。

危ない病気などもなく、予防接種などはむしろ積極的に受けてくれた……白ぱんにゃは怖がっていたけど。

更にご飯についても、実は人間とほぼ同じ嗜好(しこう)。さすがに身体の作りやサイズは違うから、そこは配慮しなきゃいけないけど。


更に知能も高いのか、意思疎通もわりと楽で……本当に不思議な生物だった。魔力反応に近い物もあるしさぁ。

疑問は多々あるけど、新しい家族を優しく受け入れ、僕達はのんびり過ごしていた……はずなんだけど。


「うりゅ……うりゅりゅ……♪」

「「うぅー!」」


弟の黒ぱんにゃが、アイリ達と遊んでいる横で、瑞樹さんは白ぱんにゃを撫(な)でながら身振り手振りのオーバーアクション。

その様をお母さんな茶ぱんにゃを抱き寄せ、温かく見ていたところ……!


「白紙化計画、ねぇ」

「えぇ。おかげで……持ち番組の一つがー!」

「よし、美城を潰そう」

『うりゅ!?』

「恭文くん、躊躇(ためら)いなしだねー」

≪それでいいの、フィアッセさん!≫

「そうだよ! ……ヤスフミ、それの何が問題なの?」


するとフェイトが心配そうにトイレから戻ってきて、僕の右隣に着席。軽く腕に抱きついてすりすりしてくる。


「だって美城常務もアイドル部門をよくしようって」

「愛梨と瑞樹さんの番組を潰した時点で、奴らは人類悪だ」

「ヤスフミー!? ちょ、待って! 目が本気過ぎるよ! 落ち着いてー!」

「でもあの番組、私も……好きだったのに」

「ジャンヌも!?」

「そうだよね。二人の取り合わせがいいんだよね。それが無駄……無駄だと?」


しかも僕、愛梨とは……その潰された番組に、ガンプラバトル絡みで出演したとき、すっごくよくしてもらってさ!

元々ファンだったけど、更にファンだもの! あの子、天使だよ! 第四天使だよ!

そんな天使の活躍を見るのが……あの番組の、ディーラー風衣装を着ている愛梨が好きあったのに……畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!


「奴らが呼吸している方が酸素の無駄……ちょっと突きつけてくる」

「ヤスフミー!」

「私もお伴(とも)します」

「ジャンヌー!」

「うりゅー」


白ぱんにゃはジャンヌの膝上に乗っかり、慰めるようにすりすり。それでジャンヌも表情を緩め、白ぱんにゃを優しく撫(な)で始めた。


「うりゅりゅ、うりゅー」


すると茶ぱんにゃも、僕に抱かれながらすりすり……ふ、分かっているよ。


「大丈夫……大丈夫だよ。僕は落ち着いている。今ならスーパーサイヤ人にもなれそうだ」

「うりゅ!?」

「それはなっちゃ駄目なやつだよね! と、とにかくだよ……そういう方針で、新しいアイドルを育てるんだよね。おかしくは」

「あのね、フェイトちゃん……常務の方針は、今の美城でやる必要性を全く感じないし、実現不可能なのよ」

「やってみてからでも遅くないんじゃ。しかも上司の命令ですし、ちゃんと従わないと」

「……おのれはそんなことだから、機動六課で馬鹿をやるんだよ」

「ふぇ!?」


軽く諫(いさ)めると、フェイトがなぜか混乱顔……やっぱり話を分かってないのか!


「業務命令ってのはね、合理的かつ合法的で……なおかつ業務に関係のある命令なら、従業員は従う義務が発生するのよ。知ってるよね」

「え、待って……その話をするってことは、どれか一つでもアウトなの!?
で、でも……ほら! 新しいお仕事にチャレンジしようよーって呼びかけなんだよ!?」

「そんなこと、常務は一言も言ってない」


僕が断言した上に瑞樹さんも『うんうん』と頷(うなず)くので、フェイトは余計に混乱する。


「日高舞の再臨……ようはコピーを作るって、堂々と宣言しているのよ。それのどこが新しいのよ」

「それは、一つのたとえなんじゃないかな。舞さんくらいに凄(すご)いアイドルを目指して、頑張ろうねーってお話で」

「舞さんの名前を出した時点でアウトだ」

「え!?」

「ちょっと待って。恭文くん……フェイトちゃんももしかして」


……あ、そっか。瑞樹さん達は知らなかったのか。なんかギョッとしてるし。


「ほら、876プロの日高愛が娘さんでしょ? 765プロとの絡みで愛とも親しくなって……そこから舞さんとも」

「ヤスフミが愛ちゃんのガンプラ作り、指導したこともあるんです。まだエレオノーラさんが雇われる前に……そのときくらいから、かな」

「フェイトはもっと速いでしょ。ちょいちょい近所のスーパーで鉢合わせしてたんでしょ?」

「御近所の奥さんって感じだよ!? そんな凄(すご)いアイドルだったなんて、そのとき知ったんだからー!」

「あ、そういう……」


だから二年くらいの付き合いかなぁ。かなり強烈な人なんだけど、フェイトとはいろいろ馬が合うらしくて……いわゆる主婦友と化している。


「それで瑞樹さん、そんな舞さんの名前を出したのが、ある意味一番マズいんですよね。
その件はもうとっくに……アイドル部門設立時に、会社的に絶対やらないって結論が出ている話だから」

「え……!?」

「その通りよ」


……やっぱりかー。僕も社長からあの件については聞いていたから、そうじゃないかなと思ったよ。


「だから各部門の部長達も、美城常務に要請をかけているの。それが合法的かつ合理的で、部門全体の新方針としてふさわしいと示すようにね。
もちろん現時点で、明確に。事前連絡のない≪部署控え室の強制退去≫も含めて。パワハラの類いに取られかねないから」

「下手をすれば株主総会で会長共々不信任案にかけられますからねぇ。美城の信頼や株価への影響も考えたら、それも当然ですよ」

「不信任案……株価!?」

「これで掲げている方針が欠片(かけら)程度もまともなら、まだ納得ができたんだけど……」

「まともじゃないの!?」


346プロ、今ごろ大慌てだろうなぁ。本来であれば”日高舞ショック”の反省も込みで、過去の遺産とした”御旗(みはた)”だ。

それが直系血族によっていきなり持ちだされたんだもの。もう頭が痛くて仕方ない。


「だから、どうして!? 舞さんもいい人だし、アイドルとしても凄(すご)かったんだよね!」

「ヤスフミ、私も疑問です。なぜそれほどの状況に……」

「……一つは日高舞ショックだね」


フィアッセさんが困り気味に呟(つぶや)くと、フェイトがきょとんとする。


「フィアッセさん、それって」

「舞さんを遠因として、アイドル業界そのものが崩壊しかけた大事件だよ」

「「崩壊!?」」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


その手に握られたのは、封じられたはずの箱。それを開こうとする美城常務……でも、その対価は。


「長山専務の仰(おっしゃ)る通りです」


にわかには信じられない話だけど、専務さん達は苦々しい顔で念押しの首肯。


「実際彼女は暴力的アイドル性から”オーガ”なんて……アイドルとは縁遠いあだ名を付けられていましたし」

「本当に縁遠いし!」

「あ、でもそれなら……卯月ちゃんも負けてないよー。CPの悪魔って言われてるもん!」

「みりあちゃんー!?」


なんですかそれ! いつ付けられたんですか! いつ呼ばれたんですか、悪魔ってぇ!


「なるほど、確かに……」

「君の自由さは、確かに在りし日の日高舞を思わせる……いや、いろいろと違うところはあるんだが」

「とりあえず、できちゃった結婚の心構えだけはしておきましょうか」

「だな……! また心臓が止まりかけても嫌だし」

「ちょっとー! いや、ありませんよ! だって私、バージンですし! 男の人とそんな」

「でも、蒼凪プロデューサーに押しかけ女房、する予定なんですよね」

「はい!」

「卯月、駄目! そこで言い切ったらアウトー!」


あ、しまった……って、長山専務たちが納得したような顔をー!


「……これはまた、恭文くんにお仕置きが必要かなぁ。元はと言えば結婚しているのに、しっかりしないのが原因だし」

「竜宮さん、やはりヤキモチですか?」

「違いますー! というか、別にレナは恭文くんのことなんて」

「何とも思っていない相手には、そんなふうにこめかみをピキピキさせませんよ」

「はう!?」

「それ、前に私も言ったんですよ。……レナちゃんももっと、しっかりした方がいいわねー」

「う、うぅ……うぅ……!」


というか、レナさんがなんか怖い! えっと、あの………………とりあえずみりあちゃんには、後で確認しておかないと! じゃあ話に戻りましょう!


「まぁ島村さん達の今後は前原さんにお任せするとして」

「さり気なく押しつけられたぞ、おい!」

「いえいえ、プロデューサーとしての責務を果たしてほしいというお願いですから。……問題は」


長山専務はにこやかな笑みを消し、困り気味に頬をかく。


「そんな彼女が暴れていたときより、引退した後でした」

「後? でも、私や未央と同い年くらいで”できちゃった結婚”なんだよね。逆にファンとかどん引きだったんじゃ……」

「人気も一気になくなりそうだけど……実際は違った?」

「えぇ。我々もさすがにと思っていたら…………その後も世間やテレビは、彼女のようなアイドルを求め続けたんです。
まるで麻薬の中毒者が、禁断症状に襲われたかの如(ごと)く。もちろん他のアイドルでは満足できない」


表現がいちいち怖すぎませんかぁ!? いや、それくらいショッキングだったのは分かりますけど!


「そんな要望に応えようとした会社もいましたが、そのうち誰もが気づいたんです。こんなことを続けていては、業界が衰退すると」

「……あぁ、だから」


長山専務がさっきああ言った意味を、私達は改めて悟る。


……強者(きょうしゃ)のみしか生き残れないならまだしも、弱者が糧にすらなれない世界……その先を、本当に見てしまったんだ。

日高舞引退後もその影を追い求めていたら、芸能界はみんなが活動する場じゃなくて、日高舞のオンステージになってしまうから。


本人もいなくなった後までそれを求めて仕舞(しま)っていたら、もはや病気と同じ……異常なことなんだと、みんな認識できて。


「だから芸能界は戒めを作りました。ただ一人のお姫様を求めるのではなく、各々の個性を生かし、伸ばした”スペシャリスト”を育てようと。
アイドル業界でキュート・クール・パッションという性格的区分けが用いられるようになったのも、その頃からです」

「それは、個性による振り分けだってプロデューサーさんが教えてくれた……!」


ニュージェネデビュー前のことを思い出して、凛ちゃん達と顔を見合わせる。


「同時にそんな分野の違うスペシャリスト達が手を取り合い、協力すれば、より高い次元でのパフォーマンスが可能となる。
先天的資質よりも、後天的な要素……それこそ仲間との連携も視野に入れたプロデュース。それが日高舞ショック後のアイドル達なんですね」

「……そこに至るまでに生み出した痛みと嘆きは、我々美城の罪なんです」

「罪?」


そう聞きかけたかな子ちゃんは、すぐに自重……小さく首を振る。


「いえ……さっき、仰(おっしゃ)っていた通り」

「どういう形であれ、我々は日高舞という流行(りゅうこう)を発信しました。……つまり、加害者でもあるんです。
たとえ意図しなかったとしても、我々はたくさんの夢とあこがれを踏み潰し、利用してしまった」

『……』

「我々美城は当事者であるが故に、その惨状に気づくことすら時間を掛けてしまいました。
彼女が引退してもなお、皆が新たな旗頭を求め……今の美城常務や渋谷さんみたいなことを言いだして、ようやくなんです」


そこで凛ちゃんは、ようやく気づく。自分が強者(きょうしゃ)ゆえに……そういう批判をぶつけられた、その意味を。

なぜそれが、自分達と同じ間違いなのかど……専務さん達が悲しげに告げたのかを。


「でも、そんなの……私は、煽(あお)っているつもりなんて」

「ただみんなと……部署の人間と正々堂々勝負した結果であれば、きっと納得できるはずだ」

「そう!」

「我々もそう思っていましたよ。……でも、結果の受け止め方なんて人それぞれです。あなた一人の認識に、周囲が合わせる道理もない」

「ッ……!」

「レナもそう思う」

「レナさん……」

「恐らく今後、各部署との間はかなりギスギスすると思う。常務の提唱した方針が特化している分、素養からこぼれ落ちる子が多すぎるもの。
……間違いなく、怨嗟(えんさ)は生まれるよ。凛ちゃんがそう言い切れるのも……やっぱり”強い”からだ」


それで私達も納得した……どうして、他の人達がここまで常務の方針に拒否反応を示すのか。

凛ちゃんもそう言われると否定できなくて、押し黙るしかなかった。


「でもありがとうございます。みんなが恐れていることも、本当の意味で分かりました」

「日高舞ショックの惨状は、俺達が新方針を聞いたときに想像した光景そのままだしな……!
新参者の俺達でさえこの衝撃だぞ? 部門設立当時から、その辺りを聞いた上で活動していた竹達さん達からすれば」

「正しく青天の霹靂(へきれき)……」


そう、恐れているのは……日高舞ショックの再臨。再びアイドル業界が壊れかねない衝撃。

それを、加害者たる美城の手でもう一度生み出すかもしれない。嫌でも警戒してしまう悪夢……常務が手にしたのは、正しく災い≪パンドラ≫の箱。


「あとは今回の話、上層部の人達がどれだけ認めているかにゃ。でもそこは……」

「聞くまでも、ないよね……! だって専務さん達ですらサッパリだったんだよ!?」


李衣菜ちゃんがいら立ち気味に専務さん達を見やると、町田専務が困り気味に頬をかく。


「ですねぇ。つまり常務の命令は、美城のトップ直々の命令……そう考えていいでしょう」

「だが何を考えている! こんな真似(まね)、リスクが高すぎて認められんぞ!」

「ずっと考えていたのかもしれませんよ? 親子共々、全力で」

「レナも同感です。……今西部長が言っていたんです。常務と私達の決裂が決定的になったところで」

――どうしてそうけんか腰になるんだね! 君達はCPのときと同じ間違いを犯している!
常務はただ、あの煌(きら)びやかな輝きをもう一度芸能界に吹き込めれば……ただ、そう考えておられるだけなんだ!――

「きっとそれは、会長さんも同じ。ずっと機会を窺(うかが)って……もう一度世に問えると思った」

「もしかすると杏や新型粒子に固執しているのも、そのためかもしれないな……」


……パンドラの箱には、一握りの希望があります。それくらいは私も知っています。

でも、私には常務が……その希望を、きちんとした形で示せるとはどうしても思えない。

こんな惨状があると……たくさんの痛みが生まれていたと知りながら、それをまた呼び起こして当然とする。


そんなことを考える人が、希望を示せるなんて……絶対に思えない……!


「でも、それで常務さんが悪い人か……って言われると、ちょっと疑問でもあるんだ」


すると、レナさんが不思議なことを……かなり困った顔で言いだした。


「レナさん、どういうことですか。だって……これじゃあ」

「能力や方針に疑問はある。今西部長へのやり方も確かにエグい。……でも、部長さんについては、あれで終わらせたとも言える。
部長さん自身も退職金がもらえる立場に収まった。しかもこれ以上他との衝突や干渉ができないところに……」

「あ……!」

「……つまり、レナの意見としては」

「常務さん、部長さんの立場もある程度考慮した上で、守ってあげたんじゃないかなって……」


……確かに、そういう見方はある。でも、そのためにギロチンに……ううん、かけるかもしれない。

だって、自分がこの件で評価が低くなっても、それは受け入れる……逃げないって言い切る人なんだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


頭を下げて、下げて、下げ続けて……気づけば、若い社員達に引きずられ、これからの仕事場に放り込まれた。

ダンボールや本が乱雑に積み重なるだけの、埃(ほこり)っぽい小さな部屋。資料室というにはとても手狭だった。

ここが、これからの仕事場。何十年と美城に仕えてきて、行き着いた先……日の光も差し込まない地下の牢獄(ろうごく)で、涙が零(こぼ)れる。


「うぅ……あああああ……」


嬉(うれ)しかったんだ。

誰も……誰一人、私の声を理解してくれなかった。CPと武内くんの可能性を守るため、力を貸してほしかった……それだけだったんだ。

彼らを部門の仲間として受け入れ、信じて……手を取り合ってほしいと、そう望んだんだ。


失敗はきっと取り返してくれる。私が保証すると……心を尽くし、一人の人間として語りかけてきた。

だが、それは彼らには通用しなかった。私が想像していた以上に、各部署との距離は開いていたんだ。

同じ部門なのに、仲間意識なんて欠片(かけら)もない。一緒にいるようでバラバラ。各々が自分の利益ばかりを追い求める……冷たい組織。


それが、私が全力で作り上げた部門の真実。それを変えようともした……したのに……!

常務も、会長も、そんな私の正義を、声を理解して、引き上げてくれたと……信じて、いたのに……!


「あああああああ……!」


だが、私には正義なんてなかった。

ずっと、どこかで怯(おび)えていた……逃げていた事実を嫌と言うほど刻み込まれ、その痛みで涙が零(こぼ)れる。

信じた会社から受けた仕打ちが……尽くしてきた数十年の結果が、”これ”なのか……!


退職金もきっと、相当に減額されているだろう。

もらえるだけでも幸せと思え。そう蔑まれるようなレベルで……私の人生は、なんだったんだ。

たった一度の失敗で……家族にも大迷惑をかけて、全て台なしにされるほど……軽いものだったのか……!?


「あああああ………………ああああああああああ! あああぁぁあぁうあぁぁぁうあぁうぁうあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


暗闇の中……与えられた牢獄(ろうごく)の中、嘆く……ただ嘆き続ける。

もう私には、縋(すが)るものなんてなかった。あるのはただただ無残に朽ちかけている、滑稽な正義だけ。


何より……小さな頃から知っている彼女に、あれだけの仕打ちを受けた。その事実が余りに辛(つら)くて、悲しくて……涙は決して止まらなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「じゃあ専務さん、みりあから確認……大分前に常務さんの方針が駄目だーって決まったのは、日高舞ショックがあったから?」

「えぇ。……もう一度言いますが、我々美城は加害者の側です。
そんな我々が新しいアイドルを育てるとなれば、当然各社やメディアへの影響も与えてしまう」

「実際あの件以降、他のタレント部門にも影響はあったからなぁ……」


あぁ、そっか……また繰り返すんじゃーって警戒しますからね。でも、実際はそうならなかった。


「その辺りの緩和も試みつつ、この部門は多様性を大事に発展してきたんです。……それは成功だったと思います。
正統派アイドルからかけ離れた面々も出てきて、不安も大きくはあったんですが……特に双葉さんとか、双葉さんとか……」

『あ、はい……』

「ただ双葉さんはとても聡明(そうめい)な方ですし、その高い知性ゆえにアイドルの三本柱も高いレベルでアピールできる。
欠点があるとすればモチベーション維持の難しさと、小柄な体型ゆえにスタミナがないことくらいでしょうか」


そう……杏ちゃん、実はボーカル・ダンス・ビジュアルのスペックも、天才って言わんばかりの能力なんです。

だからニート属性丸出し状態でも、ファンが相応についていて……でも、体力面は決して高くない。

だからハイスペックを維持できる時間も決して長くなくて、それを持ち前の頭脳で上手(うま)く回している形です。


「そんな双葉さんに関連する二つ目の問題は、ブランドイメージ。既に現アイドル部門は、それを確立し、一定の成果を出しています。
……常務が提唱するような企画はですね、未熟……又は上手(うま)くいっていないアイドルへのてこ入れでやることなんです」

「要はイメチェンだからな。だが、アイドルのイメチェンには相応のリスクもある。
今までのイメージと大きく変わる場合、どうしても離れる層が出てくるんだ」

「じゃあ、きらり達がやろうとしたら……」

「私なら渋谷さんと新田さん、アナスタシアさん、多田さん以外のメンバーにはお勧めしません。
この四人以外は余りに既存イメージとかけ離れすぎていて、離れる層……ようはアイドルとしてのダメージもそれに比例する」

「だから、凛ちゃんは強者(きょうしゃ)……弱者を”消し去る側(がわ)”だと」

「だから、それは……ほら! 頑張ればいいんだよ! 一生懸命頑張って、また新しいステージで踊っていけば」


凛ちゃん……! 学習したと思ったのにまたぁ!


「……とは、いかないよね」


あ、かと思ったらヘコんだ! さすがにないと思ったらしく、自重気味に肩を落とす。


「また素直ですねぇ」

「だって……日高舞ショックのことを聞いただけでも、完全にアウトだよ!? それで押し通したら美城中から敵視されるよね!」

「それどころか株主からも……渋谷さん、株主総会は分かりますか」

「株を持った人達に、社長みたいな偉い人達が発表会をする。業績がどうとか、今後の経営方針がどうとか………………あ!」

「そうです。美城に限らず、株式会社では株主こそ会社のトップ。総会で通らない案件は、そもそもプランとして不適格と判断されます。
……アイドル部門設立時にも、当然その趣旨については説明しています。常務はそれを、総会に改めて通すことなく変更しているんです」

「それだけでも大問題じゃ……!」

「下手をすれば美城会長も交えた不信任案が発動しますよ」


そんなリスクもあるのに、断行したんですか!? 各所に話を通すこともなく、会長親子だけで……がつんと!

いや、待って。そう言えば常務は誹謗(ひぼう)中傷を受けても、すぐに成果を示すと……あ、そういうことか。


「……その辺りは早々に新企画で成果を示して、黙らせるつもりなんですね」


私の言葉で、凛ちゃんが……みんながハッとする。


「…………そうだ、卯月の言う通りだ。だから竹達さん達が振った、実力証明にも乗っかった! むしろ都合がいいから!」

「はい!」

「私も同感です。しかも……常務の計画に全くメリットがないかと言われると、そうでもない」

「そこが難しいところだなぁ……!」

「でもさっき、余りに極端過ぎて大半のアイドルが潰れるし……適応できないって」

「それでも全てではない。例えばあなたやアナスタシア、多田さん達のようなクール属性アイドルは問題なし」


凛ちゃん達が、常務の企画に合致しやすい強者(きょうしゃ)だから……。


「もう一つは、まだデビューしていない……又はデビューしたばかりで、固定イメージが世間に定着していないアイドル。
これは既存イメージからの剥離と、それによりダメージが皆無だから……まぁやや消極的な理由ですが。
……そして、そこから更に離れた一部例外があります」

「一部例外?」

「例えば城ヶ崎さんのギャルキャラは、決して……ずっとできるものではありません」

「そんなことないし! お姉ちゃんはずーっとカリスマギャルだよ!」

「そのお姉さんも年を取るんですよ? 私達みたいに」


町田専務が自分の顔を……シワや白髪が刻まれた顔を差して詰め寄ると、莉嘉ちゃんがぎょっとして身を引いた。


「まぁ石川くんも含めて、前々から考えておくように言っておいたんですけど……いずれ、そのイメージとの折り合いを付ける必要があります」

「折り合い?」

「それこそイメチェンです。そういう過渡期にあるアイドル達にとっては、常務の企画は魅力的に映るでしょう。
その受け皿としても、テストケース的運用には反対する理由がないんですよね」

「これから一歩を踏み出す人か、元々企画に合致する素養のある人か……これを機会に、またイメージを変更したい人」

「竹達くん達が実力証明を迫ったのも、その流れに持っていくためだろう。……確かに常務側へメリットを提示することにもなる。
しかしそうなれば嫌でも適応範囲は小さくなるし、企画趣旨に合致するアイドルが選ばれやすい」


あぁ、そういう……ほぼアドリブに近い交渉を、お互いに一進一退で上手(うま)く落ち着かせたって感じでしょうか。


「ただそれが成功すると、やっぱり全部署に適応って勢いになりそうですけど……」

「そこは上手(うま)く制御するしかないでしょう。既存イメージをかなぐり捨てて押し通すのは、我々も決して認められません」

「だからそれ、絶対違います! アイドル、挑戦大事! やってもみないで諦めるの、おかしい!」

「もちろん……一円も金を出すことなく、社の仲間を納得させる手間もかけず、ただ”やってもみないで”などと吐き捨てる無責任さにも頷(うなず)けない」

「わたしが、無責任……!? どうしてですか! 今言いました! 諦めるの違う! アイドルは」

「無責任でしょう。あなたの言う挑戦……楽曲の製作代や、レッスン費用、衣装代、舞台セッティング……その他諸々(もろもろ)の人件費。
全て美城が、商売の一環として出しているんです。ゆえに商売にならないのであれば、”出さない”という選択肢もあります」

「そうだよね……そうなっちゃうよねぇ! さっき教えてくれた株主のことだってあるし!」

「リン……!」


……どうやらアーニャちゃんは、常務の企画をかなり魅力的に思った様子……って、もう丸わかりですよねぇ。

ただそれだけで止まれないのが会社経営の難しさ。だから美波さんも荒ぶるアーニャちゃんを諫(いさ)め、落ち着かせる。


「……それで三つ目の問題点は、時勢。これには大きく助けられました」

「というと……あの……」

「結論から言うと、たとえ彼女とほぼ同じ資質のアイドルが現れたとしても……あの時代のような栄華を築くことは、原理的に不可能です」

「テレビの影響力が著しく落ちているからな」

「え……」

『テレビィ!?』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


日高舞ショックの影響。株式会社として美城が打ち立てた、アイドル部門の方針。

それらを全て台なしにするような、会長親子による暴挙……それがこの件への結論だった。

「じゃあヤスフミ、テレビってどうして?」

「インターネットやSNS、携帯電話とパソコン……デジタル機器の発達も相まって、双方向的コンテンツが主になっているのよ。
はっきり言えば、テレビは時代に取り残されている」


そう言いながら僕が見やるのは、うちのテレビ。みんなで見るから結構大きめのものなんだけど……。


「デジタル普及による社会環境の変化も相まって、昔みたいに番組の時間まで待って、家族一緒に見るとか……そういうことも激変している。
テレビの視聴率ががた落ちしているのはね、よく言われている”つまらない”ってだけが理由じゃないのよ。
テレビ番組があくまでも一方的な配信にすぎなくて、それも録画なりでチェックしようと思えばできるから」

「じゃあ昔は」

「テレビは娯楽の王様で、テレビから様々な文化や流行(りゅうこう)が発信されていったの。でも、それは今ネットに持っていかれている」

「だったら常務さんのアイドルになっても、ネットを中心に活動すれば問題ないんじゃ……うん、そうだよ。
それでその、双方向的? そういうので活動するなら」

「……フェイトちゃん、それはもうとっくにしているの」

「ふぇ!?」

「既存のアイドル部門は、そういう時勢を鑑みた上で……多角的なコンテンツ出演を行ってきたの。
部門所属アイドル全員が『346プロ』というユニットの所属アイドルって意識でね」


そう……そこが一番のネックだ。


「ここで武器になったのは、バラエティー色を強くしたこと。既にアイドルもまた取捨選択するコンテンツの一つ。
自分のピンとくるアイドルを見つけ、それを応援する……そんな楽しさを今までのアイドル部門は提供していたわ。
でもこれからは、そのコンテンツも一ジャンルしかない……しかも、日高舞さんの名前を出したのがもう……!」

「あの、だから……それもさっき言ったみたいに」

「フェイト、分からないなら……タツヤと二代目のバトルを思い出して」

「え?」

「言ったでしょうが。二代目は最終試験のとき、タツヤに挑戦状を叩(たた)きつけた。……自分を超えてみろってね」

「あ………………あああああああああああ!」


全く理解せずに口を出していたのか……! おでこをパチンと叩(たた)いてしっかりお仕置きした上で、話を進める。


例えば二代目メイジンは、ガンプラバトルの発展のため……PPSE社の意向もあったけど、強さを突き詰めた。

でも強いだけでは人は孤独になり、またガンプラ塾のように”何のために強くあるのか”を見失った場も作り出してしまった。

今にして思えば、エレオノーラとか滑稽だねぇ。二代目が何のために修羅道を歩んでいたのかすら理解していなかったんだから。


……それに対し、三代目となったタツヤは強さに加えて”楽しさ”を提示した。

強いだけではなく、ガンプラを楽しみ、その楽しさを伝え、みんなと繋(つな)がるヒーローになると。

その道はまだまだ現在進行形≪アメイジング≫だけど、先にあるのは……確かに二代目を超えた姿だ。


今回の件では、二人の関係性もいいお手本と言えるだろう。


「後継というのは難しいものでね。先代をどれか一つでも超えていないと、対等とすら認められないのよ。
だから言い切れる。ただ”日高舞のようなアイドル”になるだけじゃあ、結局物まね。
この多種多様なコンテンツが溢(あふ)れる状況で、ファンを多角的に引きつけることなんてできない」

「ッ……!」


僕のたとえがあんまりに怖すぎたのか、フェイトがそっと身を引く。


「しかも舞さんの強みが、技術に頼らない存在感……先天的資質ってのが大問題。
下手をすれば美城のアイドルやタレント全員が不適格で、それまでのそぎ落としがそもそも無駄だって話になりかねない」

「ふぇ!? いや、だからそれも、努力すれば」

「僕に今すぐ、おのれや横馬レベルの魔法出力と魔力量になれーって言っているようなものだよ」

「そんなレベルなの!?」

「当たり前でしょうが。え、何……存在感の話をしたのに、まだ気づいてなかったの!? あっきれた!」

「えぇー!?」

「うりゅー」


茶ぱんにゃに諫(いさ)められつつ、フェイトにジト目……それでフェイトはワタワタとし出す。


……確かに舞さんレベルのアイドルとなれば、それだけでアピール力は相当かもしれない。

すっかり様変わりした時勢なんて気にせず、大人気になれるかもしれない。でも、幾ら何でも危険過ぎる。

ぶっちゃけ僕も竹達さんと同感。リスクマネジメントもきっちりできていない時点で、スネかじりのおままごとだよ。


「でも、恭文くんの言う通りなのよ」

「瑞樹さん……」

「それを……この段階でやらかすなんて、完全に狂っているわ」


そう、美城常務のやり方は……ぶっちゃけ狂っている。


「だからね、アイドル部門の主立った人達の意見もすぐに纏(まと)まったの。
……美城常務は残念ながら、日本(にほん)のアイドル業界について何一つ分かっていない……”お嬢様”だってね」

「少なくともそれを、会社のみんなに上手(うま)く押し通すだけの技量もない無能」

「えぇ」

「……これがアニメとかなら、ここから常務が盛り返す展開なんですけどねぇ。未発掘だった新人アイドルでユニットを組んで、すったもんだありつつ快進撃」

「できればそうしてほしいわよ。でも、あの調子じゃあ……ああもう!」


豪腕なんてレベルじゃあない。はっきり言えば暴君……暗君一歩手前だよ。

でもマズいなぁ。早めに準備を整えないと。どんどん嫌な予感が詰まってくる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


専務さん達は今後の処理に回るため、私達と別れ……というか、私達も今日のところは解散となった。

……そうして帰る最中、改めて見せつけられる。混乱しきった社内の様子を。


「……じゃあ、茜ちゃんのところも?」

「そうなんですよー! うぅ……この空気、むずむずしますー! ちょっと外を走ってきますー!」

「あ、茜ちゃんー!」


高森藍子さんもほんわか空気が霞(かす)んで、茜さんもむやみやたらに全力疾走……。

企画白紙化に伴い、ロビーも大きく模様替えが成されている中、外に勢いよく跳びだしていった。


「……私達のお仕事、どうなっちゃうんですか?」

「とりあえず、決まっているものは大丈夫みたいっすけど……」

「……それ以外はさっぱり、かぁ」


ブルーナポレオンのみなさんも、いつもの堂々とした様子が全くなく、俯(うつむ)き気味に歩いていて。

……ロビーからはそうしている間にも、大きな昇りが片付けられる。


楓さん、瑞樹さん、美嘉さん、まゆさん……部門のトップにいる人達のポップが。

もう今までとは違う。変わらなきゃいけない……変えなきゃいけない。そんな空気に急(せ)かされているようで。

でも、どう変えていいかが分からない。常務から示された形が正しいとは思えなくて、みんなから……笑顔が消えていて。


………………この空気には、とても覚えがあった。


どうにも胸がモヤモヤしながら歩いていると、トレーナー姿の女の子二人を見つける。

オレンジがかった茶髪を二つお下げにした子と、ウェーブロングの茶髪を伸ばしている子。その子は、私達の知り合いで……。


「加蓮ちゃん、奈緒ちゃん」


二人はハッとして、顔を上げて私を見やる。


「卯月……」

「そっちも、なんか大変そうだな。地下送りだって?」

「むしろ出入りは楽になりましたよ」

「はははは、そっかぁ……」


お下げの子が北条加蓮ちゃん――恭文さんとフェイトさん達とも、数年前から知り合いのアイドル候補生。

というか、凛ちゃんとは同じ中学だったらしくて、346プロで遭遇したときとても驚いていました。


ウェーブロングの子が神谷奈緒ちゃん。加蓮ちゃんとは同じ部署の……一宮さんというプロデューサーさんについているアイドル候補生です。

あと、一宮さんには恭文さんとあむちゃん達の知り合いで、鷺沢文香さんという人もいるんですけど……。


「……もしかして、アイドルデビューが白紙になったんですか?」


察したところをツツくと、二人は分かりやすく肩を落とし、頷(うなず)く。


「よく、分かったね……」

「さっきから歩くたび、そんな話ばかり聞こえてきましたから」

「だよねぇ……」

「でも……あんまりなんだよ! 別に、遠い先の話じゃない! 楽曲も、初ライブの日程だって決まってた! それなのに……」

「何か、ここが駄目って通達は」

「それは……」

「あたしのせい、なんだ」


すると、加蓮ちゃんが悲しげに膝を抱え、涙をこぼし始める。


「卯月には前にも話したけど、元々病弱でさ。そんなあたしに会わせた、緩やかな計画だったから……」

「違う、加蓮のせいじゃない! 一宮さんだって言ってただろ!? 中間・期末と交差も続くから、今年度末を目処(めど)にしようって!
なのに……これで、どうしろっていうんだよぉ。もう一体どうしたらいいのか」


奈緒ちゃんもそんな加蓮ちゃんに何か伝えることもできず、ただ困り果てて……その姿がとても突き刺さって、強く拳を握る。


「……なら明日、CPに来てください」


だから自然と、そんなことを言っていた。


「一宮さんと……文香さんも一緒に」

「え……」

「卯月、もしかして」

「シンデレラの舞踏会……が、上手(うま)く纏(まと)まるかどうかはちょっと分からないんですけど。
でも魅音さん達も協力部署を募って、美城常務に対抗できればと考えています。何か力になれるかもしれません」

「いいの、それ……迷惑じゃ」

「大丈夫です! 魅音さん達には私から話を通しますので!」


大丈夫と胸を叩(たた)くと、奈緒ちゃんが感極まって立ち上がり、一気に飛び込んで抱擁してくれる。その力強さに面食らっていると。


「な、奈緒ちゃん!?」

「ありがとう……」

「え……」

「ほんとに、ありがとう……!」


奈緒ちゃんは、とても不安そうに……体を震わせながら、私に縋(すが)っていた。

その気持ちが痛いくらいに分かるので、私も遠慮なく、その抱擁を受け止める。


ただ……。


「でも、奈緒ちゃん……ちょっと、力を緩めてもらっていいですか?」

「え……」

「右腕が……そのー」

「………………ごめん!」


奈緒ちゃんは察して離れてくれる。……自分の抱擁で、圧迫し続けた私のギブスを見ながら。


「だ、大丈夫!? 折れてない!? ぐきってやってない!?」

「もうほとんどくっついているので、一応は」

「駄目だよ奈緒……というか、卯月は現在進行系で名誉の負傷中(偽)なのに」

「偽って言うのやめてもらっていいですか!? 怪我(けが)とものもらいは本当ですから!」

「あの、ほんとごめんー!」


……そうして三人でワチャワチャして……自然と笑みが零(こぼ)れていた。

あぁ、もしかしたら……こんなふうに笑えるうちは何とかなるかもしれない。そう思えたから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


午後五時五分前――無事に企画書も仕上がったので、目的の執務室をノック。


「園崎です」

「入りたまえ」


中からきっちり声が入ったので、静かにドアを開く。


「……失礼します」


お辞儀した上で入室……そのままぶ厚いバインダーを、デスクの美城常務に差し出す。


「こちらです」

「拝見させてもらおう」


バインダーを開き、美城常務はパラパラと捲(めく)りだす。それに会わせてさっと解説。


「コンセプトは≪パワー・オブ・スマイル≫。アイドルの魅力……それは個性を最大限引き出したときに発揮される笑顔。
3課メンバーの魅力を最大限引き出す演出と楽曲で、舞踏会を作り上げる」

「……荒いところもあるが、なかなかによくできている」


……とりあえず初手の印象は悪くないようで、内心ホッとした。


「いや、逆にその荒さがよいのか? この企画で伝えたいところが……必要なものが何か、ダイレクトに提示されている。
……ひとまずは見事と言っておこう」


一通りチェックした上で、美城常務は驚き混じりでわたしを見上げた。

……あれだけやり合っても、相応の敬意と評価は下すか。なかなかに面白い奴だね。


「あれだけのビックマウスを叩(たた)き、予算を引き出そうとしただけのことはある」

「……あらら、バレてた?」

「無論だ」

「でも、これは分からないと思うなぁ。この企画の発案者が武内さんだってこと」


なので更に驚かせてあげよう。お手上げポーズで断言すると、美城常務が目を見開いた。


「どういうことだ」

「査問委員会で更迭を言い渡された後の引き継ぎで……もし、使う機会があればって渡されたものがある。
それがCP単独イベントの草案。この企画はね、武内さんがみんなに残した『最後の希望』だ」


最近始まった仮面ライダーウィザードに乗っかり、ちょっとハッタリをかましながら宣言――。

でもただのハッタリってわけでもない。魔法使い≪プロデューサー≫が残した最後の魔法だしね。


……だからこそ『最初で最後の仕事』としてふさわしい。


みんなにもちゃんと伝えて、刻み込みたいから。アンタ達のプロデューサーは……やっぱりあの人だけだってさ。


「……そうか」


常務は引っかかるところがあったのか、改めてバインダーを開き、中身を確認する。


「君は確か、CP単独イベントが元だと言っていたな。確かに武内プロデューサーなら……。
では、この……参考例として挙げているお菓子配布やデコレーションステージ、動物ふれ合いコーナーなどは」

「ちょうど前川みくの立てこもり事件が起こる直後――あの人がCPのみんなから渡された、デビュー案だよ。
ただデビューイベントとしては使えないものばっかりだったんだけど」

「確かにな」

「でもデビューして、ある程度キャラクター性が認められて……ファンイベントとしては十分にアリだって判断されてね。
それを上手(うま)く生かしたライブイベントができないかって、ずっと考えていたみたい」

「ファンイベント……確かに、そういう趣旨ならばまだ分かる。しかしこんなものを残していたとは」

「それを預けられたときはほんと驚いたよ。でも……プロデューサーって凄(すご)いなぁって思ったんだよ!」


もうワクワクが止まらなくて、つい笑顔でそんなことを叫んでしまっていた。


「おじさんが教わってきたのとは違うけど、まさしく将! たくさんの駒を最大限磨き上げ、戦って勝ち、駒達の幸せをも掴(つか)む!
……そういう覚悟がなきゃできない仕事だってね」

「ならば余計に理解できないな。……これではまるで夢物語だ」

「夢物語以下のアンタに言われてもねぇ」

「何だと」

「アンタが本当に新しいものを作るというのなら、日高舞なんて御旗(みはた)は持ちだすべきじゃあなかった。
結局アンタは、大人になり切れない子ども……力と権威に固執して、いずれ道を踏み外す」


まるで以前見た、どっかの誰かさんみたいだ。哀れみも込めながらそう告げると、美城常務は立ち上がり。


「……まず定時報告を欠かさないこと。予算については、こちらで入れた監査を通して大事に使ってもらう」


全面が夕暮れに染まった窓ガラスへ振り返り、沈みかけている夕日を見つめる。


「本来であればそれも必要ないことだが、君達は臨時プロデューサーの上に学生だ。
我々も雇い主として、君達の学業には相応の配慮をする必要がある。
諸問題は協力部署の担当プロデューサーと解決するように。そこは」

「問題ありません」

「それ以外は口出しをしないが支援もしない。無論私も私のやり方を進めさせてもらう。
相応の成果が得られない場合は、君達とその部署にもそれに応じた処罰を下す」

「そちらも問題ありません。期限は」

「今期末――来年の三月まで」

「了解しました」

「それともう一つ……いや、二つ」


美城常務はこちらに顔だけ振り返り、厳しい視線を送ってきた。


「予算の監査はかなり口うるさくなると思うが、それも承知しておいてくれ」

「そちらは先ほども言った通りですが、他に理由があるのでしょうか」

「君は不躾(ぶしつけ)な人間だが、察しのよいところは嫌いではない。……私が白紙化計画を打ち出した理由は二つある。
一つはあの場で話した通り、アイドル部門の更なる発展を願ってのこと。もう一つは、裏金対策だ」


……また物騒な話だね。でも、大まかな状況は予測できるよ。


「CPの件で今西達が更迭された後、査問委員会の調べで判明したことだ。今西のミスは、目に見える人間関係の悪化だけに留(とど)まらない」

「……彼の行動によって、アイドル部門はその予算運用にも疑いをもたらしているのですね。
そしてそれは正しかった……実際に、誰かが裏金を作っていたと?」

「今のところはない。だが”やろうと思えばできそうなルート”が散見された。試行錯誤の名残……複雑化した金と認証の流れが、その温床だ」

「白紙化計画はその温床に対しての、強制的停止措置でもあったのですね」

「現在経理課と社の厚生委員会が協力し、改善のプランニングを行っている。
監査が厳しくなるのもその辺りが絡んでのことだから、事前に承知しておいてほしい」


なるほどね……。アルファベットプロジェクトの一件と同じ流れか。

鷹野の凶行を煽(あお)った要因は、今は亡き雛見沢症候群の研究がストップしたこと。

それは『東京(とうきょう)』のクライアント達が、自分達に効率よく金が回るよう、組織の構造を変えたが故に起きた喜劇。


……美城の一部門と言えど、アイドル部門でも相当額の金が動いている。アイドルの所属人数も数十人ってレベルだし、社員を含めればもっとだ。

それだけの人数が試行錯誤とあれこれ手を伸ばしていたら、そりゃあ金の流れも複雑化する。


これは武内さん達が更迭されたときに騒がれていた、不正云々(うんぬん)の話……その結果って言ったところかな。


この温床は部門の悪癖であり、その先行きを妨げる壁。だからこそ、現状のままでは新しい活動を打ち出せない。

少なくとも既存の流れを維持したままは無理。ならどうする? 溜(た)まった膿(うみ)は出すしかないでしょ。でもそれなら、この白紙化計画の利も分かる。


…………え、なんでそれをみんなに説明しなかったのかって? うん、そうだね。そうすればみんなもある程度は納得してくれた。

そんな不正を引きずったまま売れても、後々痛い目を見るのは明らかだもの。協力姿勢を見せるよ。

でもそれは駄目……だって、事は現在進行形で調査中。部門内の人間全てが容疑者と言わんばかりの状況だから。


特に今西部長と親しく、また味方になるような相手は……。


「……察するに今西部長への当たりが強いのも、そのせいでしょうか」

「想像に任せる……とだけ言っておこう」

「はい」


やっぱそのせいかー。部門を立ち上げ監督していた立場でありながら、その温床をここまで放置していたのは大問題。

CPの件をキッカケとして、その辺りの責任を取らされたってのが現状だろうね。で、悲しいかな今西部長にはその辺りの自覚が一切ない。

自分が、本気でCPの件だけで処罰されて、この処遇だって思っているよ。じゃなきゃあの言いぐさはあり得ない。


……それならあの追い出し部屋処置も、パワハラカウンターも、余計に納得できる。

今西部長はね、隔離されると同時に”拘束”されたんだよ。温床の解体と、その全容が明らかになったとき……キチンと処罰を下せるように。


「でしたら、なぜ私にそれを。”内偵対象”の一つでしょうに」

「普通であればそうだ。だが君はいろいろ特殊な立場なので、私から直接警告しておきたかった。
……金回りで不備を出せば、夢物語どころでは済まなくなるぞ」

「……」

「なので他二人の臨時プロデューサー以外には、この件を口外することは一切認めない。
アイドル達に話すなどはもっての他だ。いいな」

「肝に銘じます」


美城常務の視線は厳しいまま。でも、そこには前途ある若者であるわたしやレナ達に対する、確かな配慮もあって。

……そう、普通なら言うところなんだろうけどねぇ。


実際は違う……これは楔(くさび)だ。圭ちゃん達には話してOKってところがミソだよ。

わたしらはその温床とは関わりの薄い立場だし、常務の反対派に堂々と表明したチームだ。だからこそ楔(くさび)を打ち込む。

新しい温床になり得る行為を見かけたとき、自分へ報告するように。この件を気にして、大胆な行動を取れないように。


同時に臨時プロデューサー組は秘密を抱える。アイドルや他のプロデューサーにも言えない、重大な秘密……。

それも敵対しているはずの常務と交わした密約だ。対処を謝れば、軋轢(あつれき)が生まれる可能性もある。

そうすれば、舞踏会なんて夢物語は自ら自壊する。いや、しないはずがないと踏んでいる。


ただの大学生だし、あえてデカい話でビビらせておけばOKってさ。……まぁまぁ甘いやり口だけど、そういうのは嫌いじゃない。


「それで、あと一つは」

「発案者には連絡し、許可を取れ。もちろん企画書やパンフレットなどにも、必ず名前を明記しておくように。
もしごねるようであれば、私の名前を使ってくれても構わん」

「……よろしいのですか」

「プロデューサーとして、スタッフとして通すべき筋の問題だ。そこに我々の軋轢(あつれき)を持ち込む必要はない」

「はい……お心遣い、痛み入ります」


ゆえに、惜しいとも思う。もっといろんな形で鍛えれば……いや、今は言うまい。

そういうのはまた後の話だ。今は……みんなの道を開くことに集中しよう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

魅音さん達は、一宮さん達の参加を快く受けてくれた。それに感謝を送りながら、明くる日を迎える。

曇天と小雨が降り続く中、動乱の初日を終えた346プロは……やっぱり朝から慌ただしくて。


「園崎臨時プロデューサー……それに、みなさんもありがとうございます」

「「「ありがとうございます!」」」


一宮さんは黒のスーツと淡い栗髪を翻しながら、深々と私達に頭を下げる。それに加蓮ちゃん達と、文香さんも続いた。

……でも文香さん、本当に奇麗……! 腰のある黒髪に、目鼻立ちがぱっちり。しかもスタイルは美嘉さんにも負けていない。


や、やっぱり恭文さんはこういう……大人っぽい人が好きなんですよね。私、もっと頑張らないと……!


「いえ、そちらは島村さんの裁量ですので。……しっかし、これは馬小屋か何か?」

「でもでも、きらりは逆に考えたんだー。ここから下克上はきーっとハピハピだってねー」

「はははは、それは違いないねぇ。で、その第一歩たる≪シンデレラの舞踏会≫だけど……あ、ここは一宮さん達も聞いてね」

「はい。それで、結果の方は……!


全然整理されていない部屋の様子に面食らいながらも、魅音さんは問題なしとサムズアップを送る。


「問題なし! 期限は今期末! 予算に監査こそ入るけど、変な使い方をしない限りは自由! 好きにドンパチしていいってさ!」

「――本当ですか!」

「でも時間がないよー。てきぱきと進めていかないと!」

『はい!』


よかったぁ……! これで止まることはありません! 前途は多難ですけど、先に繋(つな)ぎました!

……ただ、みんながホッとする中で凛ちゃんだけが、疑問そうに手を挙げて。


「……ねぇ、魅音さん、一つ質問が」

「何、スタイル完璧女」

「それはやめてよ! というか、どうやって予算……獲得したの!? レナちゃんは確実に取れるーって言ってたけど!」

「あぁ……そんなの簡単だよ」


すると魅音さんは笑いながら手を振って……。


「舞踏会の成否なんて、美城常務にとってはどうだっていいんだから」

『はぁ!?』

「あの……どういう、ことでしょうか……。舞踏会が失敗すれば、美城常務にも被害が及ぶのでは……」

「そうだね。部門の好成績は、必然的に常務への評価に繋(つな)がる……っと、アンタは」

「申し遅れました。一宮さんのところでお世話になっている、鷺沢文香と申します」

「じゃあ文香、ここは大事なところだからよく聞いてね。……今言ったのが前提だけど、今回はちょっと特殊。CPと提携部署は”敵”だからね。
なので自分に得があるよう、上手(うま)く振る舞ったんだよ」


上手(うま)く……その意味が文香さんや加蓮ちゃん達は分からない様子だったけど、私達はすぐに察する。


「舞踏会が成功すれば、そのまま自分の手柄として――。
逆に失敗すれば、旧方針の杜撰(ずさん)さを示す”恥部”として見せしめに使う――」

「見せしめ……!?」

「舞踏会の失敗により、常務の方針を押し通す理由ができるってわけだ。むしろこっちを期待されているだろうね。
……なにせいの一番で反対表明した、遊佐さんや石川さん、竹達さん達もいるから」

「常務さん、今までもバラエティー色重視に何一つ期待せず、とにかく変えろ・従えの一点張りだったものね。
しかもレナ達はアルバイト同然の臨時プロデューサー。どうせ上手(うま)くいくわけがないとタカを括(くく)ってる」

「……CPが失敗すれば、必然的に反対している人達も勢いが折れる。だから……何なのそれ!
アイドル部門で働く人なのに、アイドルのことも関係なく」


凛ちゃんは怒りの余り叫びかけるけど、すぐに停止。


「あ、痛い……心が、痛い……」


後悔を滲(にじ)ませるように、頭を抱えだした……。


「…………成長したねぇ。以前のアンタにその台詞(せりふ)を言っても、何一つ通用しなかっただろうに」

「は、はい……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


荒れ狂う美城……そのうねりを止める力は、当然私にはなくて。それはさておき、新しいダジャレを考えながら歩いていると。


「……高垣さん!」


メインロビーの玄関方面から、若い男性の声が。振り返ると見覚えのあるスタッフさんが駆け寄っていた。


「おはようございます。どうされましたか?」

「美城常務がお呼びです!」


……早速嵐の中心部に飛び込むみたい。

そのまま美城常務の執務室に入り、改めて嵐の継母(ままはは)に御挨拶。


「初めまして、美城常務。高垣楓です」

「初めまして――それでよく来てくれた。君の活躍は、我が346プロでもトップクラス。
……だが、なかなかに大胆な恋愛をしているようだな。年下の……それもハーレムを構築している男が好みとは」

「あら、アイドルの身辺をお調べになる趣味がおありで?」

「………………なら言わせてもらうが、調べる手間くらいはかけさせてくれ」


笑顔で舌戦かと思ったら、常務は疲れ気味に目を細める。


「君や佐久間まゆくんもそうだが、この事務所は一体どうなっている。島村くんも、あれだろ。蒼凪恭文が好きだと公言しているのが」

「アメリカでは恋愛ごともオープンと聞いていましたが」

「オープンすぎると言っている。頼む……私のことは気に食わないかもしれないが、そこだけは……察してくれ……!」

「……では、そのように」

「すまない」


美城常務、みんなが自由過ぎて混乱しているみたいね。というか、この反応は……もしかしてそんなに悪い人じゃないのかもしれない。


「……それで本題に入るが、今度の音楽番組で、君がメインの特番を組もうと思う。君は選ばれた」

「私がですか」

「そう、君はもう灰かぶりではなく、お姫様だ」

「お姫様……」

「そうだ。お姫様に粗末な小屋は似合わない」


彼女はそう言いながら、とあるライブ資料を、まるで吐き捨てるかのようにテーブルへ投げつけた。

私がもうすぐ行う……ソフマップでのライブ。卯月ちゃん達も前座という形で出演予定だった。


「この仕事は他の子に回そう。この仕事はイメージにそぐわない」


……だから、笑みを浮かべて……全力で。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……ただ魅ぃちゃん」


すると、レナさんが厳しい表情で一歩踏み出し、魅音さんを見上げる。

それは今の緩い空気とは真逆なほど張り詰めていて、私達はもちろん、魅音さんも面食らってしまう。


「後のことは考えておいた方がいいよ」

「もちろん考えているってー。わたしらだけじゃあライブの細かいところまで作り込むのは難しいけど、先輩プロデューサー達がいれば」

「そうじゃないよ」

「へ?」

「常務さんの反対派……その中心になるってことだもの。……それ、完全な派閥闘争だよね」


……………………その言葉で。

私達が開いてしまった箱の中身で。


「常務さんがこのままヘイトを集め続けていたら、今後どうなるか分からないよ」

「あ……!」

「たとえ、常務さんが本当はいい人で、みんなのために……悪意なく計画を進めるような人だったとしても」

『………………あ』


”それがもたらす未来”を突きつけられ、一瞬で凍り付いてしまった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「お断りします」


美城常務は、私の言葉が信じられない様子だった。でもどこかで、なぜ断るのかという興味も持っていた。

それはまるで、子どもが新しいおもちゃを見つけたかのような感情。不思議と幼く見える顔つきだった。



「なぜだ。こんな小さな仕事より、大きな成果を出せる仕事だぞ」

「小さい・大きいの問題ではありません。今回のライブは、私にとって大切な場所でのお仕事です」

「君は、更なる活躍の階段を上る気はないのか。それとも今好いている男と離れるのが嫌か?」

「まさか。恭文くんは私がどんどん前に進んで……たとえ織り姫と彦星(ひこぼし)みたいな関係になっても、きっと喜んでくれます。……でも」


……まぁ、まだ唇すら奪われていないけど、そこはよしとしましょう。ここで言うのも恥ずかしいし……それより、大事なことがある。


「私は、ファンの人達と一緒に上りたいんです」

「一緒に?」

「一緒に、笑顔で……それが私にとって、一番大事な理由です」

「曖昧な理由だな」

「それが私にとって、上を目指すということです。あなたとは方法論が違う」


箱は開かれた。

幕は上げられた。

賽(さい)は投げられた――。


私達に選べる選択肢は、戦うことだけ。


その中でどうやって、望みを叶(かな)えるか……そのために頭を動かすことだけだった。


(Next Stage『Daring decide』)









あとがき

恭文「というわけで、美城動乱編第3話……ここからVivid編の七十五話までには、またいろいろあったのです」


(嵐のように密度濃くいきます)


恭文「それとぱんにゃ一家は読者アイディアのキャラとなっております。アイディア、ありがとうございます」


(ありがとうございます)


古鉄≪まぁ記念小説でもちょいちょい顔を見せてはいましたが、今回が本格登場ですよ。どうも、私です≫

恭文「蒼凪恭文です。……今日は望月杏奈の誕生日! 昨日は前夜祭イベントだったけど、今日は本番!」

杏奈「ん……恭文さんを、独り占め……ゲームも一杯してる」

恭文「……杏奈はPUPGでも強かった」

真美「というか、なんなのあのエイム速度ー! しかもこっちの弾丸が普通の走りだけで当たらないんだけど!」

亜美「リアルキリトだよ! ビーターだよ!」


(さすがにビームサーベルはありません。ゲーム的に)


恭文「いよいよ卯月達、舞踏会も本格スタートかぁ。なお武内さんがアレなので、舞踏会発案は残したデータから……」

古鉄≪これで今後に繋がるといいんですけどねぇ≫

恭文「どうだろうねー。でも、杏奈……その」

杏奈「……誕生日はもうすぐ終わっちゃうけど……明日の朝までは、ずっと一緒」


(そう、一緒です……なぜなら)


杏奈「まだまだいっぱい、やりたいゲームもあるから……」

恭文「だよねー!」


(こうしてゲーム三昧の時間を過ごしながら、六月へ突入していきます。
本日のED:小林太郎『DEI SET DOWN』)


ジャンヌ(Fate)「忘れてはいけません! こちらでも私が出ました! あーおーなーぎー!」

恭文「やかましい!」

あむ「そう言えばさ、これって同人版との繋がりは」

恭文「完全にパラレルだよ。ただ『似たようなことはあった』って体で勧めているけど。……詳しくは同人版の方で!」

あむ「宣伝かぁ!」


(おしまい)






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