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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第24話 『流るるままに』

……私の子ども時代は、天国と地獄を行き来してきたようなものだった。

平穏な家庭は、両親との死別で消え去った。お子様ランチの旗を集めれば、幸せになれるなんて……子供じみた願掛けと一緒に。

そのあと入れられた孤児院は、テンプレが如(ごと)く劣悪な環境……子どもを痛めつけ、笑う大人達で構築されていた。


だからある日、私達は脱走を試みた。外界との連絡も付かないような牢獄(ろうごく)から、全力で逃げ出した。

こんな雨の中を裸足(はだし)で走って、走って、走り続けて……拾った十円玉で、電話ボックスに飛び込み、電話を掛けた。

警察にじゃ、ない。両親が生前、とてもお世話になった……恩師と言える人に。


二人はよく言ってくれていたから。何かあったら、高野先生にーって……電話は、繋(つな)がった。

でもその直後、追いかけてきた職員に捕まって……一緒に逃げた子達も、同じように。

……その後は思い出したくもない。警察が踏み込んでくるまで、私達は思いつく限りの陵辱を受け続けていたから。


全国紙やニュースでも報道された、孤児院での虐待事件。国からの支援金を目当てに、私達を食い物にしていた大人達は……尽く断罪された。

特に、私達に制裁を加えていた途中だったから……余計に言い訳できず。正直、保護された直後は信じられなかった。

でもそのきっかけは私だった。高野一二三先生……おじいちゃんは、私からの電話を訝(いぶか)しみ、深夜なのに警察へ駆け込んだから。


それで私は、おじいちゃんに引き取られて……雛見沢症候群という病気の存在を知った。

私にとっておじいちゃんは恩人であり、私に再び平穏を与えてくれた家族でもあり……何より、おじいちゃんは一人だった。

研究の価値を認めなかったのは、学会の偉い人達だけじゃあない。実の家族であるはずの妻や息子達もだった。


だから私は、おじいちゃんと肩を寄せ合い、研究を手伝うようになった。偉い人から理解されなくても、一生懸命に……全力で。

……でもおじいちゃんは、死んでしまった。私を残して……研究が認められない辛(つら)さから、自ら命を断って。

おじいちゃんの死後、気持ち悪がって離れていた家族が訪れ、遺産を絞り取るように奪っていった。


いいえ、私があげたと言うべきか。幸いその頃には、私も自活できるだけの力が備わっていたし……。

でもただ一つ、祖父の研究資料だけはそのまま預かった。彼らは、やはりその価値に気づかず嘲笑を浮かべていたけど。


……それからの私は、死にものぐるいで勉強し、まず力を蓄える道に進んだ。

祖父の研究が認められなかったのは、権威との繋(つな)がりをキチンと持てなかったから。ここが大きい理由だと感じたからだ。

しかも祖父は、決して低学歴ではない。軍医経験もある優秀な医師でもあった。


逆を言えば、優秀な医師程度では駄目だと……祖父を否定するつもりはないけど、私はまず祖父を越えなくてはならなかった。

祖父よりも権力に近く、私の言葉を、思想を、成果を理解してくれる世界に到達する。

それは、ただの小娘だった私にはとても難しいことだったけど、幸いなことに支援者もいた。


それが小泉のおじいちゃん……祖父とは親友の間柄で、私にもよくしてくれた。

まず一つ、掴(つか)んでいた信頼に応えるため、一つ一つ……できることから成果を積み重ね……ようやく、チャンスを掴(つか)む。

小泉のおじいちゃんが籍を置いていたABCプロジェクト……『東京(とうきょう)』の目に、私の存在と雛見沢症候群の目が留まった。


症候群が軍事利用される可能性も考えたけど、そんなことは些細(ささい)な問題だった。

巨大なバックボーンを得て、この病気の全容を解明し、世界に知らしめる。

そうして祖父を侮辱し続けた半端な権威者達に、俗物的だった家族を名乗る毒虫どもに知らしめるのよ。


あなた達は人類の進歩と発展を阻害した大戦犯……死に値するただの塵芥(ちりあくた)だとね。

そこからは、トントン拍子に話が進んだ。研究所も現地に作られ、スタッフと人材も最高のものを揃(そろ)えてもらった。

しかも綿流しの祭りが復活した途端に、懸念事項だった生きた献体まで手に入った。


……雛見沢症候群が今の今まで表沙汰になっていなかった原因。それは、体内の寄生虫は宿主が死亡後、後追いするかのように消失するから。

だから病理分解に回しても、寄生虫のせいだとは分かりにくい。その死骸も脳内物質に近い形で分解されてしまう。

これも、生きた献体……現場監督殺害の主犯を捉え、生きたまま解剖したから得られた成果。


まぁ……途中、古手梨花の母とか、邪魔者も入ったけど……それは山狗という力によって潰せた。

特に古手梨花の母については……最高だった。先代女王感染者の寄生虫は、希少なデータとなっている。

でも笑えるのが……生きたまま、意識を保ったまま頭蓋を開き、寄生虫を取り出したのよ。


薬物で痛みを鈍くし、しかし完全に消えないよう調整した上で……それで自分の脳を見せてあげた。

もちろん寄生虫も……これでね、納得すると思ったの。散々私達を疑っていたことも、間違いだと理解する。

そうしたら……助けてあげようかとも思ったのに。あの女、なんて言ったと思う?


――この、異常者……がぁ……!――


証拠を見せつけられてもまだ信じないの。その愚鈍さが余りに哀れで、裁きを与えることにした。

脳の神経を弄(いじ)り、緩やかに引き裂きながら……分解するの。自分の脳がバラバラにされていく様を見ながら、あの女はなんて言ったと思う?

ごめんなさい……ごめんなさいって言ったのよ! 謝るから、許して……もうやめてって! 馬鹿じゃないのかしら!


だったら最初から謝り、ひれ伏せばいいのよ! 権力に逆らうことの愚かさが理解できないなんて……はははは! とんだお笑いだったわ!


……梨花の両親が裁きによって天に召された後、彼女は私達に生活を依存するようになった。もちろん研究も加速する。

本当に、あの邪魔な夫妻を殺してよかったと思ったわ。北条悟史という新たな献体により、治療面からの研究も加速したし?

まぁそちらは余り興味がなかったけど、研究が進む足がかりとなるのはすばらしい。


……ただ、そんな順風満帆だった入江機関に、嵐が舞い込んだ。


「え……あの、今……なんと」


突然入江機関を訪れたのは、スーツ姿の役人然とした男達。それを連れたジロウさんだった。

彼らから会議室で話されたのは――。


「では、もう一度……簡潔に申し上げます。入江機関はその設立意義を達成したものとして、近日中に閉鎖することが決定しました」

「意義を、通したですって!? そんな、馬鹿な……症候群の全容はまだ解明されていません! 何を持ってそれができたと!」

「C120という治療薬が完成し、症候群はもはや不治の病ではなくなった。それは、病理の全てが解明されたからこそでしょう?」


小泉のおじいちゃんが亡くなり……その直後、『東京(とうきょう)』は既存プロジェクトの再編に突入。

入江機関は活動終了を言い渡されてしまった。治療薬という成果ができたことで、その意義を達したと……!


「待ってください! 鷹野さんが仰(おっしゃ)るように、症候群の全容は未(いま)だ解明されておらず、また抜本的治療も現段階では不可能です!」

「いや、ですから治療薬ができたのなら」

「失礼ですが、あなた方は報告書をご覧になっておられないのですか!? ……結論だけを言います。
仮にあなた方が今回の来訪で症候群を患っても、我々はその症状を抑制するのが関の山なんです」


ただ、ここは入江が猛反対していた。余りにお役所仕事な言い分に、多少憤慨しながら……。


「……富竹二尉」

「入江先生の仰(おっしゃ)る通りです。それに……ここからは『東京(とうきょう)』や入江機関とは関係なく、陸自の人間として聞いてほしいのですが」

「えぇ」

「雛見沢症候群は危険な病です。それが村内に閉じ込められていたのは、奇跡と言っていい。
それに今は二一世紀……村も外に開く準備をしているようですし、それが加速すれば潜在的感染者は爆発的に広がる。
しかも入江機関の調査では、症候群の原因である寄生体はその力を強めているとも……そうでしたよね、入江先生」

「……えぇ。原因はダム工事の反対運動です。外的要因に対する怒りや憎しみによって、寄生虫の生態に大きな変化を及ぼした」

「そんな状況で入江機関の活動を停止すれば、どういうことになるか。もし感染が日本(にっぽん)……いや、世界中に広がったら?
今ここで、我々がこの病気を撲滅しなければ……そういう危機があることだけ、肝に銘じていただきたい」


――ジロウさんと入江所長の必死な説得によって、即時活動停止は免れた。

でも、三年……たった三年。しかもその目的は、雛見沢症候群の撲滅。

病理の全容解明ではなく、病気をこの世から根絶する。そのために私達は研究をする。


祖父が言っていた……人が死ぬのはいつか。それは、命を失ったとき? いいえ違う……忘れ去られたときだ。

だから私は、祖父と一緒に神への道を歩いてきた。永遠に私の名が……症候群の存在を知らしめるために。

この病気の存在を世界中に見せつけ、祖父の研究が偉大だったことを認めさせる。そのための旅路だった。


……なのに、それは不可能となった。

病気が撲滅するということは、研究対象が消えるということ。

しかもそれは秘密裏に……つまり、研究成果を発表することもできない。


私と祖父は……今まで歩んできた神への階は、全て消えてしまう……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――『東京(とうきょう)』のクライアントに陳情した。それは駄目だと……症候群には未知の可能性があると。

……全て、無駄だったけど。雨の中……こんな雨の中、失意のままに歩いていると、一台の車が脇に止まる。

一瞬ナンパか何かかと思ったけど、違う。女をナンパするような奴が、黒塗りのリムジンなんて使わない。


訝(いぶか)しげにしていると、窓が開く。中から出てきたのは……黒髪をショートカットにした女だった。

しかも、女は『東京(とうきょう)』の関係者を名乗り……私を車の中に入れた上で、とある帳簿を見せてくる。


それはアルファベットプロジェクトの、金の流れを示すもので。


「これは……!」

「御覧の通りです。……小泉議員のことは、大変に残念なことです。
単純に亡くなったという問題だけではなく、『東京(とうきょう)』が掲げた志も歪(ゆが)められているのですから」


そう……女の言う通りだ。これは、『東京(とうきょう)』の構成メンバーに流れている裏金を示すものだった。

その金を受け取っているのは、今日……私が陳情に向かい、結果辱めてきた男達もいて……!


「ですが、それだけではありません。鷹野さんは、プラシルという精神薬を御存じでしょうか」

「……ローウェル事件?」

「はい。その黒幕は、千葉議員です」

「は……!? ちょっと、待ってよ! それは」

「えぇ。アルファベットプロジェクトの中でも、症候群研究の肯定派……あ、説明が抜けていましたね」


女は申し訳なさげに、両手で軽く拍手を打つ。


「千葉議員はローウェル社に金で籠絡され、先の事件を起こしたんです。……逮捕された大沼茂局長はスケープゴート。
彼はその後ほとぼりを冷ましていましたが、それが終わったから……再び始めたんです。あなたはその一例を知っているはずですよ」

「なんですって……!」

「竜宮礼奈、そう言えば分かるでしょうか」


…………雛見沢(ひなみざわ)分校に通っている部活メンバーの一人が、転校前に傷害事件を起こした。

ただそれは、症候群の発症が疑えたようで……だから期間の方から、治療薬を送っていた。


「まさか」

「えぇ。彼女は比較実験に使われた一人……そちらの薬≪C120≫と、そのデータを加えた改良型プラシルを同時に服用させられた……」

「私達の、研究が……」

「まぁはっきり申し上げますと……千葉大臣が研究継続を訴えかけているのは、金づるがなくなるのが嫌だから、なんですよね」


……今更何のためにやったかなんて、聞くほど馬鹿じゃあない。ただ……ふつふつと、煮えたぎる怒りが……心を支配して。


「……何が、狙いなの」

「狙いというほどのことはありません。今の『東京(とうきょう)』はたとえるなら、淀(よど)んだ沼……そこに流れを生み出したいだけなのです。
そのために、あなたのお知恵を拝借できればと……えぇ、ただそれだけなんですよ?」

「……」

「それはあなたとおじい様の研究を、これ以上汚されないことにも繋(つな)がる……それだけは、わたくしどもも確信しております」


……よく分かった。

誰も彼も、あの愚鈍な家族や役人達と同じだ。

祖父がどれだけ偉大な研究をしていたか、その価値を理解しようともせず……!


「協力すれば、祖父は……私は、神になれるの……?」

「……質問に質問で返してしまって恐縮ですが、あなた達にとって神の定義は」

「忘れられないこと……雛見沢症候群という摂理の伝道者となり、歴史に名を刻むこと……!」

「でしたら、十分に可能かと。……アヴィケブロンという人物を御存じでしょうか」

「哲学者、だったかしら」

「えぇ。同時に魔術の一ジャンルである≪カバラ≫というものの基板を作った人です。
特にゴーレム……ファンタジー作品で出てくる、土人形の製造に長(た)けていた」

「オカルトは専門外だけど」


すると女は、結論を早まらずに……そう言いたげに、私を右手で制してくる。


「彼がなぜ、そんなものを作ろうとしたか……彼は神になろうとしたんですよ。あなたと同じように」

「神に?」

「そもそも人間を作ったのは神です。彼はゴーレム創成の技術を通し、その模倣を試みていた。
……知恵の実を食べる前の、完璧たる原初の人間≪アダム≫。それが彼の作りたかったもの」

「……人間を作り出せば、自分は神の御技を再現した……少なくとも神に等しい存在となる」


それは目から鱗(うろこ)だった。神の御技を模倣し、実現することで…………なんだ。


「残念ながら彼は一生涯かけても、その極地に到達できませんでした。ですが……あなたの願いなら、何とかなるかもしれません。
……人々は次なる時代に向けて、デジタルという魔法に記録を託しています。ネット社会もそんな無意識的願望が作り出した、巨大な記憶媒体。
ならあとは……あなたが”神の御技に等しい行為”を起こすだけでいい」

「私が……神の……」

「えぇ。それが世に……世界に広まれば、デジタルとネットが記録し、伝えてくれます。ね、簡単でしょう?」


本当に簡単だった。それならできる……もう、一度やっているじゃない。

祟(たた)りが必要だ。

愚鈍な虫けらにも真なる理想が分かるよう、地獄の責め苦を与える祟(たた)りが。


あのとき、梨花の母を祟(たた)り殺したように……あのとき、私にはきっと神が降りていた。

それをもう一度やればいい。人間の身では叶(かな)わぬ惨劇を……それを起こせるなら、私は。


正真正銘の神≪オヤシロ様≫になれるのだから――!




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第24話 『流るるままに』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


雨が降り続ける……そんな中、レナ達は番犬部隊に包囲……かと思ったら、富竹のおじ様と大下さんがやってきた。

圭一君は番犬部隊の治療担当によって手早く救護され、レナ達は隊長さんらしき人にぺこぺこと頭を下げられていた。


「――というわけで、どうか……この件は内密に。お願いできますでしょうか」

「はい、それは大丈夫です。ね、魅ぃちゃん」

「そうだね。まぁ言いたいことがあるとすれば、今度研究所を作るときは、必ず園崎に話を通せーってことくらい? ショバ代とか取りたいし!」

「それは、上の方にも重々伝えます! 御協力、感謝します!」


隊長さんはレナ達を子ども扱いせず、対等な立場で敬礼をくれる。なのでレナ達もつい合わせてしまった。

……そこで一つ気づかされる。いや、今更だけど……巴さんのことで。

そう言えば巴さんも、自分が悪いって思ったらこうして……対等な立場を取った上で、謝ってくれた。


大人だから、子どもだからなんて言い訳もせず……その姿は、お母さんとは全然違っていた。

お母さんはレナに浮気のことを謝っても、いいわけを続けていた。

レナは子どもだから分からないとか、自分だって寂しかったとか、大人の世界にはいろいろある……とか。


謝っているようで、全然謝っていない。はっきり言えば不誠実。でも巴さんからは、そういう感じが全然しなくて。


……だから、自然と信頼しちゃってたのかな。自分でも心を許しすぎかもって不思議だったんだけど。


「では富竹二尉、自分達も鷹野三佐と小此木二尉の捜索に回ります」

「あ、僕も一緒に行きます。君達は安全なところに」

「いや……梨花ちゃんと恭文が、まだ戦っている」


すると圭一君は、治療してくれた隊員さんにお礼を言いつつ、包帯だらけの格好で静かに立ち上がる。


「二人を追ってください。多分鷹野達もそこにいる」

「だが、この状況じゃあブッシュが」

「大丈夫ですよ。梨花ちゃんはともかく、アイツはドンパチが好きですから」

「なるほど……」

「まぁ、やっちゃんだしね。富竹さん」

「行きましょう」


……きっと派手な音を響かせるから、かぁ。それを目印に包囲ってところまでワンセットかな?

そんな考えに軽く呆(あき)れながらも、レナ達もゆっくりと……隊員さん達と一緒に、雨の中を歩いていく。


「しっかしみんな、また派手に暴れちゃって……あれか。みんなもこういう”遊び”にハマってるタイプ?」

「否定はできませんわね。成果と密度で言えば、今までの部活でも最高峰! 命がけのゲームも悪くはありませんでしたわ!」

「あははは……レナは何だか、夢見心地だけどねー」

「だったら代わるか、レナ。この痛みはリアルを呼び起こすぜ……!」

「そ、それは勘弁したいかもぉ……!」

「部活……かぁ」


すると魅ぃちゃんが歩きながら、少しだけ……ほんの少しだけ止み始めた雨粒を、鉛色の空を見上げる。


「部活ってさ、残酷だよね。敗者を決めて、罰ゲームを貸して……それをさ、みんなで笑うんだから」

「魅ぃちゃん……………………創始者の魅ぃちゃんが言うの? それを」

「ぐ……!」

「レナと全く同意見だが……残酷ってのとは違うと思うぞ。もしそんなゲームなら、俺は部長どころか入部すらしていなかったさ」

「そうですわね。確かに罰ゲームは怖いですけど……でも、笑って、そのゲームはおしまい。また次のゲームに迎えますもの」

「うん……そう、そうなんだよ! わたしが言いたいのって、そういうことなんだよ! だから私も、部活も……罰ゲームも好きなんだ!」


今度は茶化(ちゃか)すことなく、全員で魅ぃちゃんの言葉に頷(うなず)く。


「……そりゃあ、今日何度もやばい目に遭ったよ? 死にそうになってもいる。
でもさ、アイツらには……そんな罰ゲームがないんだなって、今更気づいちゃって」

「魅ぃちゃん……」


あの雷光が煌(きら)めいた瞬間、魅ぃちゃんはもしかしたら、何かを悟ったのかもしれない。

でも……煌(きら)めきが消失すると同時に、鮮烈過ぎた答えも鈍っていて。今の魅ぃちゃんは必死に、その答えを引き出そうとしているようだった。


「……俺さ、やっちゃんと知り合ったとき……刑務所を見学したことがあるんだよ」


すると大下のおじ様が、笑って右手をスナップ。


「もうビックリしたの……最新の刑務所って、運動施設やネット、パソコンなんかも使っていんだよ」

「そうなんですの!?」

「大下刑事の仰(おっしゃ)る通りだよ。再犯率低下の観点から、海外で事例のある有効な更生プログラムを導入しつつあってね。
専門家曰(いわ)く、厳罰を施すだけの懲役は既に破綻しているそうだよ」

「やっちゃんと水嶋……俺の後継者も言ってたよ。……魅音ちゃん達が言う罰ゲームってさ、そういうことじゃないのかな。
鷹野も、山狗も、この間違いを反省し、学び、やり直し……もうこんなことをしてほしくない。ほら、そうすれば友達になれるかもしれないし?」


明るく、おどけながらの言葉で……私達はまるで、救われたような気分になる。


「あぁ、そうだね……うん、おじ様の言う通りだ」

「さすがにこれで身を崩して、再度大暴れとか……笑えないしなぁ」

「……富竹さん」

「罪を僕の判断で、全て帳消しにはできない。でも、正しい形で……彼女達に償いの道を示せるよう、尽力するつもりだよ」


その言葉にホッとして、魅ぃちゃんも表情を緩める。……というか、そうだね……そうだったよね。


「罪を数える……数えて、向き合って、間違いに負けない自分へと変身する」


それは、恭文くんも言っていたことだったから。……すると大下のおじ様が、楽しげに私の顔をのぞき込んでくる。


「そうそう。何、レナちゃんも突きつけられたクチ?」

「残念。レナは恭文くんに突きつけた側(がわ)ですよー」

「あらま……あぁ、それはつまり……またフラグを」

「それは違います!」

「でも気になるってことは……あのやろ、そんな子を俺達に紹介しやがったのか! ちょっととっちめないと!」

「おじ様達が言う権利、ないと思いますよ!? ……って、そうじゃない! フラグとか、ありませんから!」


そう言ってもみんな、妙に生暖かい目で……おじ様だけじゃない! 魅ぃちゃんや圭一くん、富竹のおじ様までー!

そうだよ、違うよ……だって恭文くん、おかしいもの。ぎりぎりの戦いが大好きなのに、殺すのは嫌い。

……というか、殺したらまた戦えないから嫌いって曰(のたま)うし。


その戦いだって、下策だって言い切って……矛盾だらけだよ。それなのに、誰かのために戦っちゃうんだから。

でも、そうやって全部引きずっちゃうのが、きっと恭文くんで。


………………そこで『でも』って続けちゃう自分がいることに改めて驚きながらも、速度を上げる。

ぬかるんだ地面もしっかり踏み締め、確実に前へ。あの浮気者には……こう、心配かけたお仕置きが必要だし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――三佐、死んでください」

「何を、言って」

「郭公がどこに卵を産むか御存じですか? よその鳥の巣に産み付けられ、そこから孵(かえ)った郭公は他の雛を突き落とし、巣を乗っ取っちまう。
巣から落ちた飛べない雛は地面でのたくり……まぁ、普通は野犬や”山狗”に食われて殺されちまうってことですね」


……その言葉が信じられなかった。

ボロボロの身体で、冷酷に私を見つめる小此木……それを止めようともしない隊員達。

誰も彼も、私の死を望んでいるのが分かる。でも、なんで……意味が分からない。


私はただ……おじいちゃんと一緒に、神になろうと……ただそれだけだったのに!


小此木達が放つ圧力に打ち震え、下がろうとする。すると小此木はスクラップ帳を奪い、地面に放り投げた。


「な、何をするのぉ!」

「『東京(とうきょう)』のクライアントはね、雛見沢症候群って病気の実体や治療なんざ、どうだってよかったんですよ」


小此木はそれを踏みつける。私とおじいちゃんが、一生懸命研究したスクラップ帳を……小此木の足を掴(つか)んで、必死に、必死に払いのけようとする。

でも外れない。そうしている間にも、スクラップ帳に泥水が染み込んで、どんどん汚れていくのに……!


「ただ政治的アクションに利用できれば、それでよかった。三佐、アンタの仕事はそれだけの材料を揃(そろ)えること……もう分かっていたでしょう」

「分からない! 分からないからぁ! どけてぇ! おじいちゃんの……私達の、神への頂きがぁ!」

「でも、終末作戦が失敗した場合のダメージコントロールってのも、一応準備していましてね。
それが雛と郭公……ぜーんぶアンタが暴走したせいにして、上手(うま)く話をつけようってことですわ」

「いやぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!」


小此木が足の力を緩めたので、ようやくスクラップ帳を回収できる。それで後ずさり、変わらない冷笑から逃げていく。

でも、小此木達は逃がしてくれない。下がった分、その倍近い距離を詰めてきて……私に銃を投げつけてくる。


「一発だけ入れています。俺達に殺されるのが嫌なら、自決してください」

「何を、言っているのぉ! 嫌……死にたくない! なんで、なんで私が死ななきゃいけないのよぉ!」

「御冗談を。Rと村人二〇〇〇人……その死を当然としたのは、アンタでしょう。
更に雛見沢(ひなみざわ)近隣や、その関係者への多種多様な被害も予測した上で……そうそう、古手夫妻もアンタが殺した」

「だって、それは……それはぁ!」

「神になる? そんなのは理由になりませんぜ。……三佐、アンタが選んだのは”こういう道”なんですよ。
誰かにババを押しつけながら、それでも生きていく世界……そして今度は、アンタが押しつけられる番になった。それだけのことです」


……………………小此木は失笑していた。

私の在り方が醜く、そしてあり得ないと徹底的に否定していた。

私が選んだ道……私が、そういう道を選んだ。


それを正しいとし、それを当然として実行してきた。そんな世界をよしとして、笑ってきたのは私。

だから、たとえ他の誰かが、私にババを押しつけたとしても何の問題もない……そう、冷ややかに誇っていた。


嫌だ……。

嫌だ……!

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……嫌だぁ!


死にたくない……私は、そんな世界を望んでなんていない!

私はただ、ただ……”生きていいよ”って、誰かに認めてほしかっただけなのに……!


「……で、鷹野がその銃を取って反撃しようとしたら、応戦して射殺……そういう筋書きか」


すると、小此木の背後を取る形で……蒼凪恭文と古手梨花が立っていた。小此木はそれに苦笑し。


「御名答……さすがによく分かっているじゃねぇか」

「悪いけど、それはさせないよ。まずその……野村? もう捕まっているはずだから」

「……だから退避しろっつったんだがなぁ。あのアホが」


野村さんも、捕まった……そんな事実を、ギロチンの刃が如(ごと)く振り下ろしてくる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


千葉の逮捕から、改めて『東京(とうきょう)』の周囲を探り……逮捕した花田に手荒い尋問をして、ようやく捉えた『蛇』の影。

アダムとイヴが楽園を追われたのは、蛇に唆され禁断の果実を口にしたからと言う。そして、蛇は擬態するもの――。

目的のため、名前や身分、人格すらも偽り暗躍していた蛇の首根っこを押さえ、腕を締め上げながら壁に叩(たた)きつける。


「がぁ!」


そうして奴は、こっそり取り出しかけていたスタンガンを落とし……絶望の表情でこちらを見やる。


「往生際が悪いぞ、野村……いや、竹下だっけか? ……プラシルαの件も含めて、いろいろと聞かせてもらおう」

「こんな真似(まね)が、許されると……!? いいえ、無駄よ……私のバック、には」

「千葉なら逮捕されたぞ。プラシルαの件も、既に暴かれている」

「――!」


やはり……末端の人間には伝わっていなかったか。まぁそれなら、今日の騒動もあり得ないからなぁ。


「それを知らなかった時点で、お前もただのパシリ……スペアの利く消耗品だ」

「く……!」

「野村、貴様をテロ幇助(ほうじょ)、薬事法違反……諸々(もろもろ)の罪で拘束する」

「劉さん!」


すると公安の秋山氏が、若い衆と慌てた様子で飛び込んできた。先行したので心配をかけたようだが、問題ないと頷(うなず)きを返す。

すぐに手錠を掛け、そのまま野村を引き渡す。


「後はお願いします。こちらはまだ仕事があるので」

「了解しました! ……さぁ、くるんだ!」


野村は秋山さん達に引っ張られ、装飾品に彩られた秘書室からつまみ出される。

その様子に息を吐きながら、別所(べっしょ)で暴れている沙羅さんに電話……それはすぐに繋(つな)がる。


「沙羅さん、野村の方は確保完了しました」

『こちらも関係者の制圧に成功……それと朗報です。雛見沢(ひなみざわ)に『東京(とうきょう)』の番犬部隊が到着。
制圧作戦を開始しているそうです。恐らく村に敷かれた広域ジャミングも、すぐに解除されるかと』

「そうですか……それは何より」

『蒼凪くん達……いえ、雛見沢(ひなみざわ)部活メンバーと言うべきですか? なかなかの逸材らしいですね』

「確かに。今回の礼もかねて、一度会いたいものですよ」


大下・鷹山刑事といったベテランの助けもあったとはいえ、特殊部隊相手に見事な戦い抜いた。でなければこの結果はあり得ない。

何より……あの”面倒臭いツンデレ”とPSAでも評判の蒼凪が信頼し、肩を並べる相手だからな。それなりに興味もある。


……ただまぁ、そのまえに我々は『東京(とうきょう)』への落とし前をつけなくてはならないが。例の綿流しにも参加できそうにないし……実に残念だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……小此木はもしかしたら、鷹野を本気で殺そうとは……思っていなかったのかもしれない。


「それと、おのれらが潰そうとした千葉大臣、逮捕されているから」

「何……」

「プラシルって薬は聞き覚えがあるよね」

「野村からな。だがよく捕まえられたもんだ」

「そこはもう、大食い刑事の面目躍如って感じ? ……お前らにはそもそもこの蛮行を起こす理由がなかったってわけだ」

「……それを今言うってのは、本当に性格が悪いな」


もしそうなら、小此木はとっくに引き金を引いていたはず。今みたいに、銃を素直において、両手を挙げるはずがない。

鷹野が生きているだけで、『東京(とうきょう)』のクライアントに唆された……そういう話が沸き上がってしまうんだから。

……もしかしたら小此木にとって鷹野は、私にとっての圭一やレナのような存在だったのかもしれない。


診療所の創設段階から関わっていたのなら、十年近い付き合い……前にそう言っていたものね、あなた達は。

それなら、何かしらの情が湧いてもおかしくない。小此木の行動は、そう思えるほどにとても素直だった。

それについては山狗達も同じ。残った隊員達も小此木の行動に従い、降伏の姿勢を示す。


「見ての通り投降する。お前らも……そうだ、それでいい。負けを素直に認めるのも才覚だ」

『隊長……』

「……小此木」

「梨花嬢、すみませんね……とんだ御迷惑を」

「謝るくらいなら、真面目にお勤めを果たすのですよ。じゃないとまた怖ーい祟(たた)りが襲うのですよ?」

「今年の綿流し、生けにえは俺らってことですか。笑えませんねぇ……へへへへへ」


ふてぶてしく笑う小此木は……私の左隣を見て、小首を傾(かし)げる。というか、他の隊員達もだ。


「……ところでそちらの嬢ちゃんは」

「僕の親戚で、古手羽入なのですよー。オヤシロ様の生き写しなのです」

「り、梨花ー!」

「親戚? だが、調査ではそんなのは」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


小此木が……隊員達が、戦う姿勢を捨てた。私は銃を片手に、その様子をただ見ていることしかできなかった。

一人ぼっち……本当に、一人ぼっち。響き続けるヘリのローター音が、余計に絶望を煽(あお)る。


でも、まだだ……。


「ふざけ、ないで……」


私は、諦めない。こんな……ババを押しつけられる結末なんて、認めない。

運命は覆せる。戦う意志があれば……そうよ、あのときだってそうだった。


だから、覆すのよ……私の意志で、私の強さで……!


「ふざけんじゃ、ないわよぉ!」


立ち上がり、銃を取り小此木達に……古手梨花に向ける!


「動かないで! アンタ達、これが」


――いや、向けようとした。でもその瞬間……手に熱が走る。それは先ほど、腕を撃たれたとき以上の痛み。

銃が弾(はじ)かれ、突き抜ける弾丸に指が根元からひしゃげ、折れ曲がり、壊れながら手ごと脇に弾(はじ)き跳ばされる。

幸い、どれもこれも身体にくっついてはいた。でも外見の壊れ方と、内から伝わる想像を絶する痛みで……私は両膝を突き、泣き叫ぶ。


「あああ……あああああ! 手が……手がぁぁぁぁぁぁ!」

「学習しない女だねぇ」


……それを成したのは、いつの間にか銃を抜いていた……蒼凪恭文、だった……!


「撃たせるわけがないじゃん」

「痛い、痛い、痛い……どうして、こんな目にぃ! 私は、ただ……」

「もう知っているはずでしょ、お前は」


……その、冷たく言い放つ言葉と目に……ゾッとした。


「お前達のせいで、親友二人を失った子がいる。お前達はそれに飽き足らず、今度はその子の未来まで踏みつぶそうとした」


知っているだろう……知らないはずがないだろう。有無を言わせない圧力に怯え、竦み……でも、彼は逃げることなんて許さない。


「なのに……なんでお前、”何も知らない”なんて顔ができるんだよ!」


その感情を……憎悪を全てぶちまけるような叫びで、自分の罪深さを突きつけられる。

見たくなかった……ずっと、見ないようにしていた。

あの子も、この村の人達も……私と同じように、望むものがあって。私は、それを踏みつけて神になることを選んで。


だったら……みんなが、生きたいって抵抗しても……私を叩(たた)いても、それはおかしいことじゃなくて。


つまりそれは。

いつの間にか私は……。

私を地獄に追いやった、あの孤児院の大人達と同じに、なっていて……。


「あああああ……!」


こんな、はずじゃなかった。なのに私は……どこで、間違えたの。


「ああああああああああああ!」


ただ、認めてほしかった、だけなのに。

生きていいよって……生きていて、いいんだよって……誰かに……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……鷹野は心がへし折れ、頭を抱えながら打ち震える。

そんな鷹野に恭文は近づき、その顔面を蹴り上げ……鼻っ柱をへし折りながら、あお向けに倒す。

その上で寝転がし、首裏に携帯注射器を突き立てる。鷹野が呻(うめ)き、もがくものの……その抵抗は静かに収まっていって。


「がぁぁぁぁぁ……!」

「……恭文、蹴る必要はあったのでしょうか」

「銃をぶっ放すような奴だよ? これくらいしてもいいって」

「ブーメランなのですよ……あうあう……! …………でも」


羽入は言葉を止め、鷹野の拘束を続ける恭文に魅入る。

……さっきの言葉だけでも、よく分かるしね。恭文がここで戦った本当の理由。


「小此木、あなた達が負けた理由……今なら分かるでしょ」

「えぇ。……惚(ほ)れた女のためとあっちゃあ、さすがに勝ち目がねぇや」

「そういうことよ」


あなたは、レナを守りたかったのね。傷ついても、必死に未来を目指すレナの心意気に引かれて……それを守ってあげたくて。

何よ何よ、完全に両思いじゃない。その素直じゃない様子に呆(あき)れていると……どたどたと足音が近づいてくる。

「――――おーい! 恭文! 梨花ちゃんー!」

「返事してー! どこかなー!」


レナと圭一達……それに、番犬部隊だった。あとは大下と富竹もそこに交じっていて。


「あ……!」


両手を後ろに固定された鷹野は、その姿を見て立ち上がり、逃げようとする。でもすかさず恭文が足払い。

鷹野は顔面から泥にまみれ……そこで目に入るのが、落ちたままのスクラップ帳。

それをかき集めようともがき始めたところで、番犬隊員達に包囲された。


小此木達もそこは変わらない。でも彼らは抵抗せず、ホールドアップを続けていた。


「御覧の通りだ。もう抵抗はしないから、部下達の扱いは条約に則(のっと)ってほしい」

「……了解した。おい」

「は!」


そのまま小此木達は隊員数名に威圧されながらも連行される。それで鷹野も、泥にまみれてもがく中、隊員達に押さえつけられて。

それでも、鷹野は誰も見ていなかった。泥にまみれたスクラップ帳に……踏まないで、踏まないでと……小さく呟(つぶや)き続けて。


「鷹野三佐、あなたを逮捕します」

「私が……全部、悪いことに……なるのよね……。ふふふ、……ぅぅぅうううううう……うぁぁああわあああああああああああああああ!」

「立て! 両手を後ろに……回しているから、抵抗せずに立ち上がれ!」

「いや、いやいやぁ! おじいちゃんのスクラップ……持っていくの! いやぁぁぁぁぁぁぁ!」


鷹野は髪を掴(つか)まれ、強引に引きはがされる。その悲痛な叫びにレナも、沙都子も……圭一と魅音も顔をしかめる。

鷹野が辿(たど)るべき末路……当然の結果とはいえ、その姿は余りに痛々しくて。


でもそんなとき。


「はいはい、ちょっと待った」

「待て!」


凛とした声が二つ、響き渡る。……恭文と富竹だった。

まず恭文が、さっきの携帯注射器を見せながら番犬部隊に説明。

恭文のことなんて無視でいいだろうに、番犬部隊は全員停止。


その視線に嘲りは一切ない。ただ……この第二種忍者が何を言うのかと、つぶさに注目していた。


「あんまり乱暴なのはやめてください。症候群が再発しかねないので」

「症候群が? というと」

「入江恭介所長も拘束時、鷹野さんから雛見沢症候群の兆候を見受けたんです。
それでそちらの……調査部の富竹二尉と一緒に、この治療薬を預けてくれたんです」

≪そちらは先ほど打ちましたから、今は大丈夫なはずです。ただ……一度見てもらった方がいいと思いますよ?≫

「……富竹二尉」

「その通りだ。よって、彼女は調査部が保護し、入江機関に搬送。入江所長による早急な治療が必要と判断する」

「しかし、富竹二尉……司令部から直ちに『東京(とうきょう)』へ連行しろと。それに入江機関関係者には、予防薬の摂取が義務づけられていたはずです。感染するはずが」

「君達は彼女を見て気づかないのか!」


富竹は今まで見たことがないほど、力強い決意の叫びをあげる。


「まず、予防薬は開発段階のもので、百パーセントの効果を保証するものではないとされている! キチンと資料を読めば分かることだ!
次に彼女の全身を見てみろ! かきむしった跡でいっぱいじゃないか! 雛見沢症候群の……かなり高いレベルの発症が疑われる!」


確かに鷹野の首や腕、太股(ふともも)、腹……全身至る所に、服の上からでも分かるほどのかき跡が見られる。

今日一日、いろいろな事象が起こるたびにかきむしったゆえ。

……それが症候群によるものなのか、いらついた彼女の自傷癖なのかは、この場では判断がつかない。


だから富竹に言われれば、そうとも……言い切れない。


「よって調査部は彼女の尋問に辺り、雛見沢症候群の治療が最優先されると考える!
そもそも今回の事件が彼女の意志に基づくものなのか――。
末期発症による妄想、錯乱によって引き起こされ、それを誰かが利用したのか――。
彼女の罪なのか、彼女の病んだ病が罪を起こしたのか……この場で断言するのは不可能だ!
それを判断するためにも、彼女には治療を受ける権利があり、義務がある!
よって蒼凪君が指摘した通り、威圧的な行動で症状を悪化させることは許されない……決してだ!」

「…………ジロウ、さん………………」

「もう一度だけ伝える。彼女を直ちに入江機関本部へ移送! 鷹野三佐の治療体勢を準備させるよう、入江二佐に連絡を!
ただし三佐については今後厳重に監視をつけ、全ての行動には制限が加えられるものとする!
詳細は調査部長:岡一佐から上級司令部を通して命令があるはずだ!」


――隊員達は即座に命令を伝える。基本的には異存はない……逮捕までが仕事と言わんばかりだ。

その様子に富竹は安堵(あんど)の息を漏らし、まず恭文を見やる。


「蒼凪君、助かったよ」

「いえ。……すみません、五体満足とはいかなくて」

「なら女性の紹介はチャラにしてもらえるとうれしいかな」


そうおどけながらも、富竹は鷹野の前に座り……まずはスクラップ帳を拾い上げ、泥を丹念に払っていく。


「…………ジロウさん……うぁぁぁうあぁああわあわわわぁぁぁぁ、うあわわうあぁあああああうぅぅぅぅぅううぅぅぅぅうああああぁうあうああぁ!」


それから鷹野を起こし上げ、優しく……力強く、しっかりと抱き締める。

その涙とふれ合いの意味は、きっと二人にしか分からない。


「遅くなったね。君を迎えにきたよ」

「ぅああわうああうああぁあうあう……ジロウさん! ジロウさん…………わわぁうあうあうあぁぁうあうううううう!」

「……鷹野」


富竹に顔を埋めて嘆く鷹野に、その背中に一声掛ける。


「あなたは懸命に努力し、未来を切り開こうとした。その志はとても貴く気高いもの。……でもあなたは、そのための道筋を間違えた。
だから、その罪と向き合いなさい。あなたが小さくとも……未来を掴(つか)むために。それがあなたの償いよ」

「私を、許すと……そう言いたいの? 神のように……ぁうぁうぅあうあ……」

「いいえ、許さないわ」


私は神でもなければ、そこまでの聖人君子でもない。だからそんな自分も笑い飛ばして……。


「その罪を背負って生きなさい。どんなに重くても、どんなに苦しくても背負って、足掻(あが)いて……全力で生き抜きなさい!
そうよ、このまま消えるなんて認めない! あなたはまた立ち上がるのよ! 絶対に!」


鷹野に、最大限のエールを送る。鷹野はそれでまた破顔し、富竹の肩に改めて顔を埋めた。


「……梨花ちゃんの言う通りだ」

「できない、できないできない……! 私、いっぱい罪に塗れた……。やり直しなんて、しちゃいけない……。
死ななきゃ、いけない……! じゃなきゃ、私は自分の、罪の重さで」

「そうだね……君は君が思っているほど、悪い人じゃあない。だから今、その罪に押しつぶされようとしている。
……でも大丈夫。僕が、一緒だから。だから一緒に償おう……鷹野三四の罪を、償おう。
そうして”田無美代子”を取り戻そう。それまでずっと……君の側(そば)を離れない……!」


――恭文は鷹野に施していた拘束をサラッと解除。改めて手錠を掛けた上で、連行されていった。

ただし、手は後ろではなく前で……その手には、富竹によって回収されたスクラップ帳が抱かれていた。


昼過ぎに降った突然の土砂降りは、もうその気配すらない。

さっきまで隠れていたセミ達もけろりと合掌に戻り、当たり前の……六月の歌を再び奏で始める。

こんなにも暑い日だから、それは……夏のような日差しになることもあるだろう。


空は、気持ちがいいくらいに晴れ晴れとしている。


「……梨花」


みんなで富竹と鷹野を見送りながら、羽入が呟(つぶや)く。


「ぼくは、鷹野が死ぬべきだと思っていました。そうしなければ、この世の穢(けが)れは払えないと……。
でもそれは、間違っていたのでしょうか。それともこれは……奇跡、なのでしょうか」

「奇跡よ。だから羽入、あなたが消える必要はないのよ?」


信じられない様子の羽入が、私の言葉でビクリと震える。……分かっていたわよ、全部。

自分はこの盤面には不要。だからーってね。でも……そんなことは許さない。


「鷹野かあなた……ババを除いて、ゲームを終わらせるなんて認めない」


恭文は言った。鷹野が始めたゲームなら、そのルールに準ずるのは当然だと。……鷹野は罰を受ける。

病気の罪があったとしても、相応の咎(とが)を背負うだろう。彼女はそれだけでは言い訳の付かない殺人に、幾つも関与していたのだから。


でも……ゲームを始めたというのなら、私も同じなのよね。


「というか、なんで部活でジジ抜きをやるのか忘れたの?」

「梨花……?」

「五二枚のトラップを、不和のない完成された世界とするなら……ババ抜きはそこに異物≪ジョーカー≫を入れて、それを押しつけ合うゲーム。
敗者の手にはどうやっても処理できない異物が残るわ」


鷹野が始めたゲームは、そういうものだった。私も同じだった。でも……もしかしたら違っていたのかも。


「でも、ジジ抜きは違う。一枚のカードを抜くことで、たった一組だけカケラができる。
それはね、ゲームが終わった後に抜いたカードを加えることで……元に戻るの」


少なくとも私が望んだのは、みんなで迎えるハッピーエンド。そこには対戦相手≪鷹野≫も含まれなければおかしい。

人の世の理に従い、鷹野が裁きを受けるというのなら、その禊(みそ)ぎを終えた後の未来がなくてはおかしい。


……部活が罰ゲームで終わり、また次のゲームを始めるように。


だからこそ私は、隣で驚く羽入にも断言する。あなたや鷹野が、ジョーカーとして消える必要はないのだと……。

いえ、本来ならそれが正しい道筋だった。私達が始めたのは、やっぱりババ抜きだったと思うから。

ならどうすればいいか。そのまま諦める? いいえ……部活なら、そんな真似はあり得ない。


これが部活(ゲーム)というのなら、目指す勝利のため、ありとあらゆる手段を尽くさなくちゃ。だから、発想を変えることができた。


……ジョーカーが一枚しかないのなら、増やせばいいんだってね。


「あなた達が消えるべきジョーカーだと言うのなら、もう一枚ジョーカーを加えればよかったのよ。
そうすればこの世界は完成されたものとなる。……きっと私達は、そのカードをこの世界で手にできた」

「まさか……!」


そう、恭文とアルトアイゼン……だけじゃあ、ないのよね。

南井巴や垣内(かきうち)署の面々、赤坂……今までのゲームでは揃(そろ)えられなかった、たくさんの願い。それらが五四枚目のカード……二枚目のジョーカー≫よ。


みんなは羽入も、鷹野も含めたハッピーエンドに繋(つな)げるための駒。

結局は小さな、頼れる物の少ない子どもである私達だけでは、この結論に至れない……だから、新しい風が必要だった。


鷹野や『東京(とうきょう)』が、私自身がババを押しつけ合うルールを定めたのなら、それを壊す風が。

……だから、私は鷹野にババを押しつけない。

鷹野の死を、破滅を望んだりはしない。


望むのは再生……罪を忘れず、背負い、未来へ繋(つな)ぐ理想の選択。

どんなに遠くても、どんなに奇麗事でも、目指す価値のある選択。


「罪も、喜びも、購(あがな)いも、楽しさも、全てを引っくるめて、また新しいゲームに挑む。誰一人欠けることなく、みんなで――。
これが、古手梨花が千年の旅の果てに行き着いた答えよ」

「梨花……」

「えぇ」

「……なんなのですか、それ……」


羽入は自分の決意を台なしにしたものが、あんな小さな男だと悟って……呆(あき)れ気味に笑い、涙をこぼす。


「なんですか、それ……そんなの、御都合主義すぎるのですよ……!」

「いいのですよ。あれだけ苦労した旅なのですから。奇跡の十や二十は起こってくれなかったら、割に合わないのです。……ね、恭文」

「そうそう。というか、神様なんだからそれくらいは……ついでに僕の運もよくしてよ」

「あ、ごめんなさい。それは不可能なのです」

「不可能!?」

「そんな真似(まね)をしたら、因果律が歪(ゆが)んでこの世界は………………あうあうあうあうあうあう!」

「「どうなるの!?」」


……ただ、そこを気にする前に……私達にはやることがある。


「……ところで梨花ちゃん、やすっち……その子、誰!?」

「そうだよ! サラッとここにいるけど、誰かな! あ、でも……角とかかあいいよぉ! おっ持ち帰」

『それは駄目!』


羽入の紹介をしよう。一緒に戦ってくれた、これまで大事な仲間を迎え入れよう。

そうすれば……今年の綿流しは、何の憂いもなく楽しめるんだから。

恭文とアルトアイゼンにも……赤坂達にも、最高の夜をプレゼントしよう。


もう雨は止み、ひぐらしが鳴き続ける中……私はこうして、開かれた未来に踏み出していく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


祭りは見るものではなく、加わるもの――とは、梨花ちゃんの言葉。


そのせいか、今年の綿流しは、今までとは違う盛況となった。

何せようやく……雛見沢(ひなみざわ)連続殺人事件から、村を縛る全ての祟(たた)りから解放されて、初めて訪れる平穏な綿流しだったんだから。

僕とアルト、それに羽入、赤坂さん、鷹山さん、大下さんも加わり、部活メンバーは大暴れ。


安っぽいBGMの祭り囃子(ばやし)が、絢爛豪華(けんらんごうか)に聞こえるほどに燃え上がり、燃え上がり、燃え上がり、燃え上がり――!


『この……大馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


知恵先生や公由村長から、大目玉を食らうほどに暴れてしまった。

でもそんな村長さんも、次の瞬間には笑顔。なぜなら……例の公由夏美、綿流しに来ていたのよ。

それも垣内の友達を連れて。巴さんと、それを介護するいづみさんに合流して、楽しげに笑っていた。


でも、突如の乱入はそれだけじゃあない。なんと……赤坂さんの奥さんである雪絵さんと、娘さんの美雪ちゃんまで……!

なお梨花ちゃんが冗談交じりで『パパー』と言った瞬間、奥さんである雪絵さんが赤坂さんの首を締め上げた。

あれは僕が、雫にパパって呼ばれて、恭也さんとどつき合うハメになったのと同じ……恐怖の瞬間だった。


そんなジョークも何とか解けた後は……美雪ちゃん、レナととても仲良くなってしまって。

レナパンの伝承をされていて、僕達は更に戦々恐々。詩音については『あの子とはいずれ、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵になりそう』と曰(のたま)っていた。


――そんな、楽しい綿流しの夜が過ぎて……二〇〇七年七月。

大まかな事後処理も終わり、鷹山さん達も横浜に、赤坂さんも東京(とうきょう)へ戻り……僕とアルトもまた、七夕の翌日に村を出る。


興宮(おきのみや)の駅……日曜日なのに、人気が少ない中で軽く伸びをする。

なお、本日は仏滅。新しい旅立ちには似つかわしくないけど、僕もやることがあるしね。


「何だかんだで二か月近くかぁ。楽しかったね、アルト」

≪えぇ。それで、次はどこに行きます?≫

「そうだなぁ……ヴェートル、乗り込んでみようか」

≪結構荒れているらしいですけど≫

「それでも実際を見てみなきゃ、分からないところも多いしね」


あれからヴェートルのテロは継続中……しかも情報制限がされているようで、現地の話が今一つ要領を得ない。

こうなると直接乗り込むしかない。幸い渡航制限もされていないし、僕は局員でもないから引っかかる心配もない。

……それに元々、興味はあったしね。管理システムに頼らない、独自の世界運営……きっとそこには。


「恭文くん!」


すると右側から、ぱたぱたと足音が響く。そちらを見ると……大きめの風呂敷包みを持ったレナが、慌てた様子で駆けていた。

息を切らせながら、レナは明るい笑顔を届けてくれる。それには返したいけど……。


「レナ……お見送りは大丈夫って言ったのに」


そのために七夕で、お別れパーティーをしたってのにさー。……まぁ、嬉(うれ)しいけど。


「学校は」

「午後からだよ。それより……はい」


圭一達も来てるんじゃ……そう警戒していると、風呂敷包みをそのまま渡される。


「恭文くんの好きなもの、いーっぱい入れておいたから、途中で食べてね。……あ、お弁当箱は全部使い捨てのやつだから、返さなくて大丈夫だよ」

「こんなにたくさん!? あの、ありがと!」

「ううん。……また、会えるよね」

「ちょくちょく来させてもらうよ。また綿流しで暴れたいしねー。……あ、それに冬の部活も楽しそうだし」

「うんうん! スキーとかもやるんだよ! 面白いんだからー!」


そうだよねー! 雛見沢(ひなみざわ)、豪雪地帯って聞いているし! となればあんな手やこんな手も使って……ふふふふふふふふ!


「恭文くん」

「うん?」

「目を閉じて――」

「なんで?」

「いいから! そうやって聞き返すの、恭文くんの悪いクセだと思うな!」


……言われた通りに目を閉じると、とても甘くて優しい薫りと温(ぬく)もりが……僕を包んできて。

ドキッとしている間に、それは優しく離れていく。恐る恐る目を開けると……レナの顔が、すっごく近くにあって。

それも、鼻先を掠(かす)めるか掠(かす)めないかってレベルで。これは……垣内(かきうち)のときや、デートでお昼寝したとき以上に……!


「レナ」

「――レナは浮気者なんて嫌いだよ? でも……これくらいは、いいかなって……思っただけ」

≪なるほど。この人にハ王として覚醒してほしいと≫

「そ、それは無理!」


そう言いながら離れようとすると、レナはがっしりとホールド。全く解放してくれない……!


「嫌、だった?」

「そ、そんなことない! ……凄(すご)く、嬉(うれ)しい。でも、僕……」

「でも、アバンチュールとか……初めてじゃないんだよね」

「……うん」

≪だから常々言ってるじゃないですか。覚醒しろと≫

「こらぁ!」

「そうだね。恭文くんはきっと……いろんなものを引きずった上で進んじゃうんだもん」


レナはもう一度……僕に思いを伝えてくれた上で、ゆっくりと離れる。……そうこうしている間に、電車が来ていた。

レナに背中を押されながら乗り込み、慌ててがらがらの客席へ。レナは軽く瞳に涙を浮かべながらも、満面の笑みで……。


「だからレナも……レナのこと、引きずりたいって思わせるくらい、素敵になるんだから。ちゃんと見てなくちゃ駄目だよ?」

「レナ……」


電車は静かに走り出す……レナは追いかけるように走り出し、僕に手を振ってくれる。僕も、安全確認した上で身を乗り出して、全力でそれに返す。


「またね、恭文くん! 絶対、絶対……またきてね!」

「うん! またね、レナ!」


そのままレナのことが見えなくなるまで、全力で手を振り続けて……レナに伝えられた思いと、優しい温(ぬく)もりを心に刻んでいく。

……またね、雛見沢(ひなみざわ)。またね、部活メンバー……僕は、みんなのことが大好きだ。


それに……そんな村で、一生懸命に笑って、頑張っているあの子も。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……映画みたいなこと、しちゃった。は、恥ずかしい……今更だけどレナ、すっごく恥ずかしいことしてる!

別に今生の別れじゃないのに! メールだってあるし! 電話だってあるし! でも……いい、よね。


レナが、そうしたいって思ったんだから。フェイトさんとか、奇麗でスタイルもいいし。


「……恭文くん」


だから後悔はない。既に見えなくなった電車の影を追いかけながらも、浮かんだ涙は払って……。


「覚悟しておいてね。約束破ったら……レナの方から、追いかけるんだから」


笑って、遠くない再会に……次の楽しいゲームに、期待する。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――それからの話をしようと思う。


まず、未来を勝ち取った古手梨花……梨花は綿流し終了直後から、夏に向けての予定を立て始めた。

昆虫採集がしたい。プールで遊びたい。ラジオ体操に毎日参加したい。今年こそアサガオの観察日記を完成させたい――。

梨花は初めて、昭和五八年……いいえ、平成一九年以後の予定を立てた。


基本大人しい梨花がアクティブに提案してくるので、圭一達もそれならばと付き合っている。

最近の楽しみは、毎日沙都子よりも早く起きて、カレンダーを捲(めく)ること……新しい一日の始まりを、自分の手で刻むこと。

梨花は魔女としての人格を捨て……ううん、これは少し違うのかもしれない。


それもまた自分の一部分と……罪の一部として受け止めながらも、不可逆の命を精一杯に生きている。


激闘の果てに名誉の負傷を負った圭一は、当然ながら皆に心配されて……まぁそれも”新しい部活のテスト”と言えば納得されたんだけど。

その後も現部長として、クラスのみんなを引っ張り、それでまた自身も学び、可能性を育てていく。

それで……少し寂しいけど、圭一は大学からは、東京(とうきょう)の学校へ戻るつもりらしい。


でもそれは、雛見沢(ひなみざわ)からいなくなるって意味じゃあない。あくまでも留学というか、勉強のため。

都会で改めて勉強して、戻ってきて……この村や地域に貢献できる、デカい男になるんだとか。

どうもその辺りは、魅音との婚約騒動が原因らしい。園崎家の縁者たちと……地域の発展を望み、尽力する大人達と触れ合ったから。


それはもしかしたら、生まれ変わる決意をくれたこの村に対しての……圭一なりの恩返しかもしれない。


園崎魅音は元祖部長として、前原圭一の婚約者として今日も元気だ。……相変わらずブレーカーが切れやすいけど。

しかしながら最近は肩の力が抜けて、より狡猾(こうかつ)かつ大胆になっている節がある。

それは人の上に立つ辛(つら)さを知っているのに、委員長という責務を圭一に預けたから……とは、茜の談。


魅音はその辛(つら)さを知るが故に、仲間達のために自らの手を汚すことも厭(いと)わない。しかしそれは不信と疑心暗鬼を生じる場合もある。

きっと魅音自身も分かっていた。それを可能とする力を……暗部を動かす声は、これからの雛見沢(ひなみざわ)には不要だと。

だから魅音も、新しい自分と雛見沢(ひなみざわ)の可能性を模索し、再勉強の最中。圭一に先んじて、東京(とうきょう)に出て勉強もするつもりらしい。


そうそう、一つ大事なことが……詩音から聞いた話によると、恭文に頼んで魔力適性検査を受けたとか。

ようは魔法が使えるかどうかってお話。結果は……魅音がハイテンションで、妙にうざくなったことから、かなり良好だったと思う。

……魅音の中二病が加速して、受験に差し支えないかどうか心配だけど。


竜宮レナは、あれから母性が増したというか……クラスの中でもお母さん的存在になりつつある。

ただかあいいものが好きな、ほんわかした女の子という……理想のイメージから外れ、本来の理知的な一面も上手(うま)く表現しているようだ。

今回の事件では、ある意味一番の被害者と言えるレナ。その心の傷が消えることは一生ない。


でも、前へと進むことはできる。痛みを教訓とし、学び、繊細だった少女は大人への階段を一歩ずつ上っている。

……付け加えるなら、ちょくちょくある男の子と連絡を取っているらしい。それでよくぼやく。

また無茶苦茶(むちゃくちゃ)しているとか、怪我(けが)をしたとか、お仕置きしなきゃーとか……すっかりほだされているみたい。


北条沙都子は……なんというか、極めて重大な人生の岐路に立たされていた。

あれから彼女に対する村八分は相当に緩和され、忌ま忌ましい鎖≪ルールX≫は過去の残滓(ざんし)となりつつあった。

沙都子はそれにやや戸惑いながらも、村人との溝を少しずつ埋めようと努力している。


それもまた、子どもで無力だった自分への戒めと償いだった。

そんな傍ら、対山狗戦で使い切ったトラップを、一から作成する作業に入っている。

それも今回の戦いを教訓とし、より強烈にするとか。……その話を聞いたお魎や茜が、がち泣きしながら止めたとか何とか。


まぁ、特殊部隊も殲滅(せんめつ)できるトラップがある裏山とか、怖すぎるから。地主としては放置もできないし。

……ただ、問題はそこじゃあない。そんな作業が始まった直後、例の番犬部隊が現場検証を実施。

さすがに彼らも、小学生が作ったトラップで大打撃とか……信じられなかったみたい。


その疑いは検証を重ねて払拭された……というか、余りの完成度に目玉が飛び出るほど驚かれ、絶賛された。

その結果、沙都子には番犬部隊へのトラップ講師になってほしいというとんでも打診が飛び出した。

私達は驚いたものの、魅音や茜、圭一曰(いわ)く、沙都子が……というより、高度なトラップ使いの教授を必要とする流れは、当然のことらしい。


現代では大国同士の大戦も非現実的なものとされていて、戦いと言えば小規模な内戦、又はテロの類いが中心。

戦う場所も海の上や大平原などではなく、市街地や屋内が多いそうだ。つまり……対人トラップなどが有効な場面が多い。

ここで重要なのがテロ対策。自衛隊の趣旨はあるけど、自国防衛の備えは必要。


でもそんな達人がほいほいいるわけもなく……そこで今回の騒動と、沙都子の存在となった。

沙都子本人も相当に驚いていたものの、茜とお魎が一応の後見人という形を取り、”是非やってみるべき”と応援。

将来の勉強も兼ねて、非定期ではあるけど先生となった。……沙都子直伝のトラップが、戦場で活躍する日も近いかもしれない。


なお、茜とお魎がそこまで協力的な理由は……聞かないでほしい。それでも裏山は守られないというのに。


そうそう……そんな沙都子と縁も深い、園崎詩音のことを忘れちゃあいけない。

詩音はちょくちょく入江診療所に通い、悟史のお見舞いに精を出している。

……あれから悟史の容態は急速に落ち着きを取り戻し、起こさないのであれば部屋に入っての面会も可能になった。


それで悟史が目覚めるときを、沙都子と二人で待ち続けている。それは、そう遠くないと思う。

……そう言えば最近、沙都子はお見舞いの頻度を意図的に落としているとか。将来の『ねーねー』に気を使っているみたい。


そんな二人を見守りつつも、入江は今日も診療所にいる。

『東京(とうきょう)』は今回のゴタゴタで完全に潰れたけど、雛見沢症候群の完全撲滅までは自衛隊と各所が支援すると決定。

入江も改めて責任者として赴任し、詩音達との約束を守るために頑張っている。


――そんな入江はこれから数年の後、ある論文を学会に発表する。

それは脳と心の関わりを、新しい側面から切り込んだもので、各所から絶賛された。

その論文の一部には、協力者として鷹野と……祖父である高野一二三博士の名前が刻まれていた。


富竹はフリーのカメラマンとして、ちょくちょく雛見沢(ひなみざわ)に来る。心なしかその頻度は上がったように思う。

鷹野が消えた診療所だけど、それでもちょくちょく……お見舞い用の花束も持っていくとか。

……その様子を見るに、鷹野が雛見沢(ひなみざわ)に戻ってくる日も近いかもしれない。


大石や熊谷達興宮(おきのみや)署メンバーも、何とか首を繋(つな)いで通常運行に戻った。

署内では最近、大石の表情が柔らかくなったと評判なんだとか。きっと長年の重荷が晴れたせいだと思う。

ただ、重荷が晴れすぎて……綿流し直後、鷹山と大下、茜、葛西と一緒に麻雀を楽しんで、機動隊が出動するハメになった。


事件とは関係ないところで退職金が危なくなりそうだけど、まぁ頑張ってほしい。


そんな大石が目に掛けている南井巴は…………異動を食らった。

原因はプラシルα追及のため、垣内(かきうち)空港を強襲したこと。そのために刑事課課長達やら機動隊隊長もあっちこっちに飛ばされた。

それと山沖署長も、今回の責任を取る形で辞任。ただ、誰も彼も閉職に回されたわけじゃあない。


あくまでもほとぼりが冷めるまでの処置であって、先にはちゃんと繋(つな)がるとか。

巴の異動先は、なんと警察学校の教官職。レナは何だか似合っていると、楽しげに笑っていたっけ。


……でも、修羅場はその後に起きた。


辞任した山沖署長は実家のリンゴ農園に戻ったそうだけど、恋人である妹さんが付いていき……おめでた婚をしたとか。

これは後に『南井巴〜垣内(かきうち)の変〜』として歴史の教科書にも載るような大騒動となるけど、また別の話としよう。


それであぶない魔導師:蒼凪恭文とアルトアイゼンは………………あれから、ヴェートルという世界に行って、また大事件に巻き込まれて。

何でも物質を何でも取り込むモンスターテロリストと、人工島でドンパチとか。

圭一達は『やっぱり運が……!』と嘆いたけど、問題はそこじゃあない。……私は知っている。


彼らはこの事件で、一生涯忘れられない痛みを背負う。その選択が間違いだったと突きつけられ、苦しむことになる。

それは、彼らが家族と、友人達と道を違えることでもあって――。でも確信している。

恭文はきっと、その罪も数えて進んでいく。アルトアイゼンはそんな姿を面白がり、また進めるように一番近くで支えていく。


結局彼ら欲張りなのだ。全てが必要なんだと受け止め、引き連れていく。

……まぁ、それが女性関係にも影響しているのが悲しいところだけど。


最後は、私……古手羽入。私ももちろん元気だ。

事件での……ううん、これまで無為に積み重ねた罪を鑑みて、改めて人として生きることを決めた。

梨花の親戚として転校して、それで…………今日は、改めての第一歩。


深呼吸の上で、部活開始直前な教室に入る。もう既に夏休みではあるんだけど、今日は学校を使って、クラス全員での部活だから。


「あれ、羽入! どうしたんだ!」

「ちょ、ちょっと心の準備を……あの、あの……」


梨花を見やるけど、手伝うつもりはないらしくほほ笑むだけ。……それでいいと思う。

これは、私が踏み出さなきゃいけないから。だから震えていた気持ちをぎゅっと固めて、全力で叫ぶ。


「ぼくを、部活に加えてほしいのです!」


――時は流れる。

私達がこれまで淀(よど)みの中にいたとしたら、その堰(せき)は破られ、流れが生まれた。

淀(よど)みは流れによって払われ、沼は沢となる。サラサラと……沢は流れ続ける。


綿流しで流される綿のように、私達はその先へと進む。

途中沈むこともあるかもしれない。何かに引っかかって、止まることもあるかもしれない。

それでも前へ、前へ……私達は、まだ見ぬ明日を目指して、生きていく。


そう――ひぐらしのなく頃に。


(とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜――おしまい)







あとがき

恭文「というわけで、何だかんだで長かった澪尽し編も無事に終了。……が、綿流しの祭りがダイジェストになった! 全て尺の問題だ!」


(ごめんなさい)


恭文「ここはまた、何かの機会にTipsなり、BD特典的な感じで描きたいと思います。……お相手は蒼凪恭文と」

フェイト「フェイト・T・蒼凪です。……ヤスフミ、酷(ひど)いよ! こんな大変なことがあったなら、私も協力して」

恭文「おのれは仕事だったって前に行ったよね!」

フェイト「そうでしたー!」


(この少し後にメルとまスタートなので、実はめっちゃ忙しいハラオウン一派)


恭文「こうなるとメルとまもVer2018とかやりたくなるけど……資料≪元のゲーム≫を発掘しないと、ゲームに基づいた追加シーンが作れない罠」


(メルティランサーももう二十年以上前の作品だから……)


恭文「なのでそれはまた準備するとして、ここからはアンケートなどでお伝えした通り……IMCS編!
もちろん一から書き直しだー! ひゃっはー!」

フェイト「ヤスフミ、テンションがおかしいよ!?」


(とりあえず同人版と同じところ……アニメでやった範囲まで。そこも以前言った通りに)


恭文「だって、格闘大会でしょ? 骨がへし折れ、血へどが吐き出され、目がサミングで潰れ」

フェイト「そんな苛烈な大会じゃないよ! というか、そんな大会ないよね!」

恭文「あるよ」

フェイト「え……!」

恭文「ある」


(修羅の門第四部とか、凄(すご)かったですよね)


フェイト「……そういえばさ、魅音ちゃんの魔力がどうとかって話があったけど」

恭文「うん」

フェイト「卯月ちゃん達は? まぁ魔法のこととかも教えてないんだけど」

恭文「卯月には刀一本あればいいんじゃ」

フェイト「卯月ちゃん達って言ったよね! ないの!? 設定とかないの!? そういうのって使わなくても普通用意するものじゃ!」

卯月「魔法になんて頼っちゃあいけません。戦いの基本は肉弾戦……島村卯月、頑張ります!」

フェイト「卯月ちゃんー!? どうしたの! 何があったの!」

桜セイバー「いやぁ、卯月さんはほんと筋がいいですよ。私ももう本気でかからないと倒しきれませんし」

ちづき「へご〜♪」

フェイト「師弟関係がまだ続いていたの!?」


(刀一本あればいいのです。
本日のED:anNina『対象a』)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――幾千もの世界を超え、幾万もサイコロを振り、古手梨花と羽入の旅は終わった。

でもそれは時を超え、世界を渡り歩く放浪者≪ストレンジャー≫としての旅。人としての、不可逆を突き抜ける旅はこれから。

ここからの道のりにサイコロはない。全てが一瞬で通り過ぎていく試練の日々。もしかしたら今までの旅より厳しいかも。


でも――。


「でも、梨花さま達は頑張るんだよね」

「えぇ」


あれから、古手家……というか、雛見沢の飼い猫みたいになったランゲツを撫でながら、晴れ渡る夏の空を見上げる。


「そうだとしても私達は、賽(さい)を殺す……あなたとの約束も果たせたしね」

「みゃあー♪」

「ただね、実は……一つ困ったことがあって」

「困ったこと?」

「賽(さい)を殺すと言った私達だけど、一つ謎が残ってしまったの。――――安心して、今すぐ事件に繋(つな)がるものじゃないから」


そう言いながら、私は一つのカケラを取り出す。ただ一つ……ここに至るまで、使いどころが見えなかったカケラを。


「それは……」

「この世界は≪罪滅し≫とよく似ていた。いえ、ここはレナへの説得が失敗したバージョンと言えばいいのかしら」


雛見沢症候群に捕らわれたレナは、分校を占拠。その結果荒唐無稽な要求をまき散らし、疑いを払えぬまま私達と爆死した。

これは、そんな世界の未来……雛見沢(ひなみざわ)大災害が起きて、鷹野三四の想定通りにその名が後世に刻まれ、神となった世界。

もちろんプラシルαの件も完全解決できず、南井巴も家族の仇(かたき)を討てなかった……敗北の後も続いていた世界。


でもそんな暗雲を率いても……そんな暗雲を当然とする悪意が世界の根底にあったとしても、負けずに進み続ける世界。


「このカケラはね、罪滅しからこぼれ落ちたカケラ屑(くず)が合わさりできた、一つの可能性なの。ほら、よく見てみて」

「みぃ……………………あ」

「ね、不思議でしょう?」


怪しげな素性を臭わせる若者達と……それ以上に不可解な、謎の中年女性。

そんな彼らが廃村の一角に残った、古い建物で一晩を過ごす……平成十八年の、真夏の夜の夢。


彼は、未来に悩んでいた。

彼女は、過去に苦しんでいた。

彼は、ずっと逃げ続けていた。

彼女は、ずっと待ち続けていた。


そんな場に居合わせた快活な記者と……蛇の足を名乗る不思議な”幽霊”。


くすくす……でも、そうか。

この二人、どこかで見かけた顔だと思っていたけれど……そうなのね。


こっちの記者は、彼の娘。言われてみれば彼譲りの……強い意志を秘めた瞳がそっくりだもの。


幽霊を名乗る少年も似たようなもの。……無茶苦茶(むちゃくちゃ)で、自分勝手。そのくせ自信過剰。

でも、私達を最高に楽しいパーティーへ誘う……そのキッカケを作る起爆剤。


「梨花さま、これって……」

「彼らはそれぞれに、重要な目的で廃村≪雛見沢(ひなみざわ)≫にやってきた。彼女はそこで、真相を解き明かす『何か』を発見した。
彼はそこで、回帰に捕らわれた世界を……そこから派生した新しい世界を救う『何か』を発見した。
それを知らせた相手は……いえ、今はここまでにしておきましょうか」

「みぃ……?」

「このカケラはきっと、今は……意味を成さないカケラ。でもいつかは必要になるカケラ」


私達はもう、サイコロを振らない。でも力を捨てるわけにもいかないみたい。


「今度は私達が、起爆剤となる番なのよ」

「そっか……このカケラは」

「えぇ」


……眠りし蛇の鎧と六色の神、それを操りし真なる悪意を断つために。

彼らが振るおうとしている賽(さい)を殺すために。


「未来のカケラよ」


魔女としての旅は終わった。だから今度は、一人の……ちょっと不思議な巫女(みこ)的魔法少女として、暴れてやるとしましょうか。

……何よ、その顔は。別にいいでしょ? 魅音曰(いわ)く、最近は魔法少女が流行(はや)りらしいんだから。


(おしまい)





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