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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第23話 『B.A.T.T.L.E G.A.M.E/PART3』


――物陰に隠れた隊員達は、何とか車に乗り込もうとする。だがそれを牽制(けんせい)するように、超高速のライフル弾が撃ち込まれ続ける。

その弾丸は音を超える……その呻(うな)りはMP5や拳銃のものとは全然違う。まさに、死に神が鎌を振るう音にも似ている。

当然このMP5じゃあ、奴らのいる位置には届かない。だが……希望はあった。


この圧倒的不利な状況で、果敢にも若い隊員二人が何とか車に取り付き、入り込んだのだ!


敵スナイパーが、ワゴンのタイヤを潰しにかからなかったのが幸いした。俺達に挨拶もなしだが、それは問題じゃあない。

モタモタしていれば、あっという間にヘッドショットなりを食らって終わりだ。それは二人も分かっている。


……今すぐ追いかけなければ、本当に終わると。ゆえに即断で突き動かされたワゴンは、一気に加速する!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


タカも久々の狙撃だっていうのに、バカスカ当ててくれちゃってー。おかげで俺達、悠々自適にドライブだよ。

……と思っていたら、バックミラーに変化。カーブを抜けてくる白いワゴンを見つけた。あれは……さっき撃ち漏らした一台か。


「タカの奴……女の隊員でもいたか?」

「あの方はフェミニストなんですか?」

「そう思うでしょ? でもダンディーだから、サボテンみたいな対応しかしないの……さて」


富竹さんは、やっちゃんから借りたSV-98――ではなく、MP5を取り出す。診療所の保安所から持ってきたものだ。


「まずはこれでお試しかな。大下さんは運転をお願いします」

「了解!」


富竹さんは後部座席の窓から身を乗り出し、MP5を構えながらその機構も再確認。

初夏らしいむわっとした熱気が入り込んでくるけど、問題なし……俺達、それ以上に熱いパーティーを楽しんでいるし?


悪路で車がガタガタと揺れる。道路のラインはストレート直線が終わり、のたうつ蛇のようにうねり始める。

それはときに激しい段差や急カーブを伴い、車内を振り回す。当然のことながら精密射撃なんて難しい状況だ。


……やっちゃん、スナイパーライフルはいらないみたいだよ? というか、なんでそっちを渡しちゃったのー。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


まだだ……まだ撃たない。ワゴン車なのにぐんぐん追い上げているけど、今は駄目だ。

相手にこちらが射程外だと誤認させ、より距離を詰めてもらう。それは詰まり、相手に初手を譲るというわけで。


彼らは緊張感に耐えきれなくなったのか、同じ銃を取り出して乱射。この悪路に振り回され、辺りもしない弾をまき散らす。

それらは本当に時折、ボディに当たって深いな金属音を響かせるだけだった。


「ちょっと富竹さん、そんな頭出しっぱで大丈夫!? モグラ叩(たた)きみたいにしてもいいと思うんだけど!」

「はははは、心配ありませんよ。あんな下手クソじゃあ当たらない……僕の生徒だったらゼロからやり直しだ」


これならSV-98でもいいかな。とはいえ……恭文君とレナちゃんの話通りなら、極力誰も殺したくはない。

そっちはとどめとして、まずはお手本を示すことにしようか。


「こういう状況では、動きを読むんだ。挙動を予測し、弾幕で予測射撃をするんだ。当てようと思わない……弾幕に突っ込ませるんだ」


安全装置を解除。アイアンサイトでしっかり狙いを定めて――。


「こういうふうにね!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


富竹さんはトリガーを的確に、断続的に幾度も引く。

十分な距離と、ここまで感じた路面の具合からタイミングを計り、初めて行った発砲……。


ちょっとちょっと……この状況でがっちり銃も構えていて、完全制御しているって。俺より上手(うま)いんじゃないの? この人。


……どこからかタカが『お前はバカスカ撃ち過ぎなの』って呆(あき)れた声で言ってきたけど、俺は気にしない! 若いからね、振り向かないのさ!


では、そんな富竹さんの放った弾丸はどうなるか。これで当たらなかったら台なしだけど……そんなわけがない。

アイツらの、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるって感じの射撃とは大違い。当たるべくして、当たるところに弾痕が刻まれていく!

同じ銃での発砲とは思えなかった。あの白いワゴンに、弾痕が的確に刻まれていくんだ。


しかもそれは……最初はタイヤ付近だったのが、徐々に運転席へと近づいていて……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


我ら白鷺(しらさぎ)22と23は、何とかあの制圧下を抜け出し追撃……敵が防弾車だろうと、追いついて当たりさえすればと思っていた。

そのための牽制(けんせい)射撃だったが、全く当たらない。いや、それどころか向こうの反撃にさらされ続けていた。


しかも、それを撃っているのが……!


「く、くそ……アイツ、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)上手(うま)いぞ! なんで『東京(とうきょう)』の事務屋にあんな真似(まね)ができるんだ!」

「……俺、噂(うわさ)で聞いたことがあるんだ」


すると助手席の白鷺(しらさぎ)23は、マガジンを再装填しつつ顔面蒼白(そうはく)で告げる。


「富竹二尉って事故で事務屋に移ったらしいが、教官……やっていたんだって」

「教官!?」

「しかも不正規戦部隊の、射撃教官……!」

「何だよそれ……うわ!」


弾丸は降伏を迫るように、運転席付近へと撃ち込まれていく。今は、ボンネットの一部が撃ち抜かれた。


ヤバい……どう考えても、俺達が不利じゃないか!

相手は不正規戦部隊の元射撃教官! しかもあの腕前を見るに、全くさび付いていない!

この悪路で向こうだけ、一方的に弾丸を届けられるんだ! こっちは掠(かす)るのが精一杯だって言うのによぉ!


その上向こうは防弾リムジン! こちらは普通車だ! しかもさっきのアイツらみたいに、俺達が正面を晒(さら)している!

今のはあくまで、威嚇射撃だ。効力射なんて一つもない……でも、これ以上引き際を見誤ると…………!


「……ざけてんじゃ、ねぇぞ」

「おい」

「こっちだってな……意地があんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


当たらないっていうのなら、距離を詰める! 向こうの射撃が一発や二発当たろうが、構うもんか!

ここで勝たなきゃ、俺達は犯罪者として投獄! 一生日の目を見られるかどうかも分からない!

勝つしかないんだよ……勝って! 富竹にも、Rにも、あの陰険で偏屈な村の連中にも死んでもらう!


もうそういう筋書きになってんだから…………逆らってんじゃねぇよ! この愚図(ぐず)どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「突っ込むぞ! ギリギリまで伏せてろ!」

「あ、あぁ! ………………お、おい……あれ」


富竹が車の中に引っ込んだ……と思ったら、やけに長い銃を取り出した。

まさか、スナイパーライフル? ははは、ははははは…………舐(な)めてやがる!

これ以上やるならってことかよ! いいぜ、だったらやってみろよぉ!


悪路なのも構わず、高速でスラロームしながら……車体を一気にかき乱し、奴へと近づく。


「ほらほらほらほら! そんなもんで当てられるっていうなら、当ててみろよ! 舐めてんじゃねぇぞ、ロートルがぁ!」

「おい、熱くなるな! 転倒したら元も子もないぞ!」

「するわけねぇだろ! このままアイツらにぶつけて、全部終わらせて」


……そこで、フロントガラスがピシリと割れる。

次の瞬間、右肩に熱が生まれた。火箸でも突っ込まれたかと思うような熱だ。

その熱と一緒に、肩口からどろりと赤い液体が流れる。それで、ようやく気づく。


「ぁ………………!」


あの状況で、撃たれたんだって……腕から力が抜け、ハンドルが制御を離れて乱回転。

そうしてワゴンは制動力を失い、スピン……そのままガードレールに真正面から衝突。


ひしゃげた車体が俺達の足を潰し、胴体を圧迫し……命を、蹂躙(じゅうりん)する。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第23話 『B.A.T.T.L.E G.A.M.E/PART3』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


認めたくないものだねぇ。若さゆえの過ちって……僕もまだまだ若いし、気をつけよう。

SV-98ごと車内に引っ込むと、大下さんは楽しげに口笛を鳴らす。


「まぁ急所は外したし、大丈夫だと思うよ」

「いやいや……俺とタカもそれなりに遊んでいる方だと自負があったけど、富竹さんもなかなか。……一人で山狗も潰せるんじゃ」

「はははは、身体にガタが来てなければ、そうしていましたけどねー」

「大丈夫! 俺もそう思っていたけど……走るときに音楽を流すと、年齢が二十くらい若返るから」

「音楽!?」


どうしよう、その辺りも聞きたくなったけど……そうもいかないよなぁ。

……ドンパチしている間に、車は興宮(おきのみや)へと入っていったから。

住宅街と農耕地が入り交じり始めたここは、本当に……村と町の境目辺り。


そこまで入ると、幸いなことに村に敷かれていたジャミングも範囲外。

本当はいろいろマズいけど、大下さんから携帯を……と思っていたら、電話ボックスを発見。

もう幸運続きで二人して笑いつつ、電話ボックス脇に止めてもらい……大下さんから、十円玉と百円玉数枚を借りて、『東京(とうきょう)』に連絡。


いや、仕方……ないんだ。お金とか全部、ホテルに置いてきちゃって……後で回収、できるかなぁ。


『――富竹二尉! 御無事でしたか! 連絡が取れず心配しておりました!』

「申し訳ありません。……どうも調査部に山狗のスパイが交じっていたようで、そこから隠れ家が特定されて……一時的に捕縛を。
ただ、蒼凪恭文君とその仲間達によって、入江所長共々救出され、何とかここまで」

『そうでしたか……では、山狗達は今』

「現在敵本隊……山狗と鷹野三四は、Rを用いた陽動に引っかかり、村の裏山にいます。
……彼らによって対応している最中ですが、多勢に無勢でいつまで持つかは分かりません。
入江機関の早急な鎮圧を。彼らは既に地上での発砲を繰り返しており、村人にもその存在が明るみに出ています。番犬の緊急出動を、強く要請します!」


するとそこで、電話の向こうからごそごそという音が響く。


『――もしもし、調査部の岡だ! 無事でよかった……! 番犬は既に、雛見沢(ひなみざわ)地区南方三十キロの地点で空中待機している!
こちらも上層部に鎮圧命令を求めていたのだが、石頭どもが事なかれ主義で渋りやがってな!
だが君が無事ならば話は早い! 君の話はトップに説明する! 許可はすぐ出るだろう!』

「ありがとうございます」

『ん……つい今、鷹野三佐と小此木二尉に逮捕命令が出たぞ! 入江機関の即時制圧と山狗への武装解除命令も出た! 君のおかげだぞ、でかした!』


――ようやく……一つの終わりを引き寄せたことに安堵(あんど)しつつ、その他の細かいことを話し合った上で、電話を終了。

ボックスを出ると、ボンネットに座っていた大下さんが駆け寄ってくる。


「話はついたって顔ですけど」

「えぇ。番犬部隊が鎮圧に緊急出動するそうです。既に近くで空中待機していて、二十分ほどで強襲すると」

「ちなみに……どの程度に強いんですか、番犬って連中は」

「戦闘のみに特化した精鋭部隊ですから……機密保持を目的とした多目的部隊である山狗相手なら、ものの数分で。装備・人材ともに比べものになりませんから」

「そりゃよかった。……あとはまぁ、やっちゃん達がその出番を残しているように祈る感じ?」

「ははは、そうなりますね」


……あと二十分程度で、全てが終わる。

まぁ、さすがに蒼凪君がメイン戦力で、そこにレナちゃん達って図式だからなぁ。

まさか全滅まで追い込むとか、ないとは思うけど……そこで、軽く僕のお腹(なか)が鳴る。


「……失礼」


そうだ、もうお昼はとっくに過ぎていたんだ。あと二十分っていうなら、本当に……お昼を食べている間に終わるんだ。

近くの蕎麦(そば)屋に入って、するするーって冷えた盛りそばでも手繰ってさ。……そう思いながら空を見上げた。

さっきまであれほど強く照りつけていた太陽は、いつの間にか銀色の雲がうっすらと覆って……涼しい風を吹かせていた。


軽く、にわか雨でも降りそうな……そんな雲行きだった。

今日は一体何度、死線をくぐったか分からない。ここでぼんやりして、降るかもしれないにわか雨に身を任せたくもなる。


でも……そんな誘惑に一瞬浸ってから、全てを払って。


「じゃあ、俺はこれで」


大下さんは軽く伸びをして、運転席のドアを開く。


「どちらに?」

「車を返すついでに、やっちゃん達の大暴れを見に」

「そうでしたか……でも、さすがに車だと間に合わないと思いますよ」


葛西さんには僕からも謝ることにして、笑いながら右手で空を差す。


「大下さんは空の旅はお好きですか? 現場まで、ヘリで追いかけてくれることになっていまして」

「あらま、富竹さんも突っ込むつもりで」

「えぇ。……待っている人がいますから」


一度くぐり抜けた死線だけど、こうなったら二度三度も同じ。弾痕が刻まれた車へと乗り込み、来た道を逆に走る。

祭りのクライマックスに遅れないよう、全速力で。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――あの日、私は鬼となった。


愛する我が子を傷付けられ、愛したあの人と出会った村を心底憎んだ。

人の傲慢さを、人の弱さを、人の無知を憎み、呪(のろ)い、刃を振るった。

何人も何人も殺し、血を払い、それでもなお許せず憎み……憎んで憎んで、憎むために憎んで。


……そんな私に、傷だらけの娘が……桜花が立ちはだかった。


そうして私は鬼として切り捨てられ、誰にも見えない”神”として祀(まつ)られ続けた。

村に手出しをした時の権力者は、私が起こした事件によって村を恐れ、その自治の全てを今の御三家に任せた。

そうして人が生まれ、死に、子を成し、また誰かが死に、また別の誰かが生まれ……幾百年もそんな輪廻(りんね)を見守り続けていた。


でもあるとき、桜花の面影を持つ少女と出会った。古手梨花――桜花の子孫であり、私にとっても遠い孫。

……いや、もう孫って言えるレベルの存在ではないんだけど。遠い血縁の子どもって感じで。

本当にあのとき……桜花の生まれ変わりと言わんばかりのあの子が、私を認識できると知ったときは、驚いて……それでとても嬉(うれ)しくて。


だからいつの間にか、彼女の側(そば)に居着いて……いろいろ、世話を焼くようになった。

誰にでも好かれる、いい子になればと願い続けた。そのために私は、成長に必要な知識や技能を惜しみなく彼女に授けていった。


天気のこと。

料理のこと。

その他、ちょっとした疑問に対しても、幼子が理解できる程度に分かりやすく……丁寧に答えてあげた。


やがて……そうすることで梨花は、常に自分の求めや望みに応えてくれる存在≪私≫を貴重に思い、どんどん信頼と思慕を寄せるようになってくれた。

それが本当に楽しくて、幸せだった。娘達と分かれて、永い眠りにつき、その後目覚めてからも……ずっと孤独に生きてきた。

その分誰かと接して、心を寄せ合う行為が、何物にも代え難(がた)い至福の一時に思えてならなかった。


……だけどある日、私は見てしまった。


母親に厳しく攻められる梨花の姿を。

最初は分からなかった。梨花はお料理もできるようになったし、他の家事や……雑事だってバッチリ。

年さえ調えば、もういつでもお嫁に出して問題なしと言わんばかりに完璧で。


最初は母親が理不尽なものだと思っていた。でも、そうじゃなかった。

……そうじゃ、なかった。彼女の話を……その嘆きを聞く内に、自分の罪を悟った。


例えば、分校で授業参観があった。調理実習で煮物を作った。

他の子が危なっかしい手つきのところ、梨花は全ての作業をそつなくこなし、抜群の煮物を作った。

それはもう、美味(おい)しいもので……知恵先生にも、海江田校長にも花まるをもらえたくらいだ。


でも、褒めちぎられる梨花を見て、母親は気色の悪いものを感じていた。

なぜなら教えた覚えがないから。自分が教えてもいない野菜の切り方や火の使い方を、一体どこで覚えたのか。

当然疑問に思う。近所の人間が教えたのかとも最初は思った。でも誰も知らないと言う。


それはそうだ。教えたのは、誰にも知覚されない私なのだから。当然、梨花や周囲の人間が嘘をついていると勘ぐる。

元々ヒステリー気味だった母親は、周囲や梨花に対して辛(つら)く当たる……料理のことだけではない、他のこともそうだ。

天気のこと、政治のこと、ちょっとした雑学……周囲が梨花を”オヤシロ様の生まれ変わり”として扱うことも、その拍車を掛けた。


……思い返すと近頃の梨花は、自分の母親に懐(なつ)かなくなってしまった。

誰だって怒られるよりも、褒められる方が嬉(うれ)しい。願いを断られるより、叶(かな)えてくれることを望む。

それでも……褒められることで怒られたことの意味を知り、願いを兼ねてもらうことで断られたことの理由を理解する。それが躾(しつけ)というものだ。


しかし私は、梨花の関心をこちらに向けて、笑顔を見たい余り……母親が彼女を褒める機会、願いを叶(かな)えるきっかけを全部奪ってしまった。

その結果母親は”ただ怒ってばかりの、自分の言うことは何も聞いてくれない存在”だと梨花は思い始めていた。

そして母親も、梨花を薄気味悪い存在だと疎み始め……気づいたときには、もう手遅れだった。


唯一の救いは、梨花の父親が間に立ってくれていたことだろうか。母親の尻に敷かれがちだけど……穏やかな優しい人だったから。

でも、そんな気苦労も私の罪だ。結局のところ私は、全て自分のために……梨花のためですらない、自己満足のためだけに梨花を可愛(かわい)がっていた。


だから、そんな自分を変えようと思った。

せめて……彼女が心の底で願っていたことを、梨花の幸せだけはしっかり叶(かな)えようと心に決めた。


でも、それをぶち壊しにするような事件が起きた。


昭和五八年六月――不可思議な怪死事件が毎年連続で起こり、梨花の両親もそれに巻き込まれて命を落とした。

さらに、その翌年には北条の叔母と悟史が…………次の年には富竹と鷹野(たかの)が。

一体それがなんなのか。何か人の世で……自分達では触れられない、大きな何かが動いているのではないか。


その正体が一体なんなのかと考えあぐねていたそのとき――。


『あ………………!』


一瞬、我が目を疑った。

見慣れたはずの古手神社本殿。

その階段を上がった壇上で、血まみれの……何かが転がっていた。


日も明けきったというのに、集まってきた鴉にその屍(しかばね)をついばまれ、初夏の気候も手伝って辺りに腐臭が漂う。

最初は猫かネズミの死体だと思った。でも、それにしては…………鴉の数が多いのだ。

十匹近く集まっている。というか、さすがに小動物の血だけで、階段が真っ赤に染まるとは思えない。


嫌な予感がしながらも近づくと……いや、もう私は分かっていた。だって、だって……集まる鴉の合間から、”人の足”が見えたんだから。

しかもそれは、本当に小さい……小学生くらいの子どもっぽかった。自然と補足を挙げ、すっかり岩肌にこびりついた血を踏み締め、鴉を払う。

いや、払う必要はなかった。鴉達は私が近づいただけで、勢いよく飛び去ったから。


そうして私は、”それ”と対面する。

辱められたかのように、布一つ纏(まと)うことなく投げ出された身体。

その腹は切り裂かれ、腸を含めた臓物はついばまれためか辺りに錯乱。


あの愛らしい右目もくちばしで穿(うが)たれたのか、まぶたの皮やまつげと混じり合い、ミンチのようにも見える。

唯一残された左目は、生気を失いただ開き続けていた。


それは……それは………………それはぁ!


『梨花……梨花……………………梨花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


駆け寄って、動かして……でも、完全に手遅れだった。梨花はただ無残なまま、放り出されていて。

まだ小さいのに……これから大人になって、恋をして、子を産んで、母になって……命を次の世代に託し、生を全うする。

なのに、これは何。こんな……人の尊厳すら踏みにじるような殺され方を! なぜこの子がされなくちゃいけないの!


分からない……分からない………………! 分からないからこそ、怒り、恨み、梨花をこんな目に合わせた誰かを壊してやりたくなった。

でも……それ以上に、梨花と過ごした幸せな時間を失いたくなかった。

だからかつて定めた掟(おきて)に逆らい、梨花に同化。この残酷な時間を巻き戻した。


それで大丈夫だと思っていた。

これはきっと、何かの事故だ。タチの悪い変質者が、梨花を辱めたに違いない。

でも、今度は大丈夫。そんなことがないよう、ちゃんと……ずっと付いていれば……!


………………そう、思っていた。本気で、心から……そういうものだと思いたかった。

そうして私はまた、自分のためにたくさんの人間を巻き込んだ。そういう意味では梨花を殺した奴らと何ら変わらない。


それは梨花本人も変わらない。だって梨花は…………”また”殺されたのだから。

梨花の両親を含む、雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件。

それが起こった末に、梨花は殺された。最初と全く同じ骸(むくろ)となり、私はまた……そこでようやく気づく。


これは偶然ではない……何者かが梨花の死を望み、あのような惨劇を引き起こしている。


その何者かを見つけ、何らかの手を打たない限り……何度やっても、雛見沢(ひなみざわ)と梨花に平穏は訪れない。

だから梨花と一緒に、その運命の分岐点を探そうと思った。……それは、梨花にとんでもない負担をかけるものだった。

そうだ、私は……またも同じミスを犯した。恭文風に言うなら、自分の罪を数えていなかった。


惨劇を回避する道を探すため、幾百、幾千、幾万もの巻き戻しを行っているうち、梨花はすっかり私に依存するようになった。

それに連れて、以前の純朴で素直な性格はどんどん影を潜めていった。


『失敗しても、またやり直せばいいじゃない。……次はどんな感じに殺されるのかしら。くすくす……』


それは諦観と自棄(やけ)が生み出した、隔世的な思考。梨花は現状打破に対して消極的となり、いつしか希望というものを信じなくなってしまった。

最初の内は聞いてくれていた叱咤(しった)や激励も、いつしか聞いてくれなくなって……だから、それを逆手に取って。


『どうせ無駄なのです。結局何も期待はできないのです』


そうしたら反骨心が沸くかと思って……結果的には成功した。やさぐれた梨花は、こうしてやる気を取り戻してくれた。

…………ただ、言霊というものはあるようで。たとえ本意じゃなかったとしても、口に出しているだけで心は影響を受けていく。

今度は私が……本当に無駄だと。希望などはないと、そう思うようになっていって。


結局のところ、梨花だけの問題じゃあなかった。私がまず、一つの駒として信じていなかった。

梨花を助ける道を、梨花が生きられる未来を……梨花が希望をなくしていったのは、きっと私のせいだった。


私は死ぬべき定めである子を、いたずらに苦しめているのではないか。

自然の摂理に逆らっても、定められた運命は変えられないのでは……そうして迷って、迷って、迷い続けて。

梨花もそんな私に影響されたのか、また諦め始めて。あぁ、そうだ……梨花がワインを模したぶどうジュースに逃げ始めたのも、その頃だ。


自分でも信じていないことを教え諭すのは、無意味どころか偽善的な行為だ。

だから私達二人は、無限に続く時の輪廻(りんね)をただ漫然と、無意味に過ごすようになっていった。

そうしている内に、巻き戻せる時間はどんどん短くなっていった。それは私達の終わりを示すものだった。


なのに私は結局、何もできず……この世界に来ても、そうだ。


――今更な説明になるけど、私が自分を”古手梨花”だと思い込んでいたのは、梨花と同化していたことが原因。

梨花と私は感覚も共有しており、梨花が辛(から)いものを食べれば…………あ、ぅ……あうあうあうあう……!

と、とにかく私がすっごく辛(つら)いことになる。そんな状態を百年単位で続けていたから、自然と受け入れていたのだろう。


自分が古手梨花だと、疑いもなく……幾ら記憶が混乱していたとはいえ、さすがに恥ずかしい。

しかもしかも、梨花の話だと恭文とアルトアイゼンはとっくに気づいていたみたいでー!

あの……式神のランゲツって子が口を滑らせたとしても、柔軟すぎます! いや、非常識すぎる!


私本人より早く気づいて、ずーっと普通に接するって何! どういう神経をしているのか、改めて問い詰めたくなった……!


「――まぁいいじゃない。私は楽しかったわよ? あなたのチキンぷりがみんなの足を引っ張る様」

「梨花ぁ!?」


というか、梨花までチキンって…………いや、そうだ。ほんと……その通りだ。


「……そうですね。ぼくは、最低なのです」

「羽入」

「梨花を導くことができなかった。圭一達のような励ましを……恭文のような行動を、あなたに示してあげることができなかった」


今なら分かる。恭文とアルトアイゼンのことが好きになれなかった理由……結局私は、嫉妬していたんだ。

私にはできないことを、容易(たやす)く行える二人に。ううん、それは圭一やレナ、沙都子……魅音達にも。

私とみんなには明確な差があって。それが一体何なのかも分からなくて……自分が誰かも忘れていたのに、そのいら立ちだけは刻まれていて。


……でも、その原因もよく分かった。それは私が、過去に失ったものだ。


「それはきっと、ぼく自身が、あなたの苦しさや辛(つら)さを本当の意味で理解していなかったから……だから、信じることからも逃げた」


そうだ、あのとき……これも思い出した。一つ前の世界で、部活メンバーは鷹野に敗北して。

圭一が、レナが、沙都子が……みんなが殺された後、梨花も腹を割かれて殺された。

でも梨花は、鷹野の顔を覚えてやると……麻酔もなしで、生きたまま腹を割かれることを望んで。


辛(つら)かった。

沙都子を鉄平から助け出し、村八分も終わりを告げた。

そんな未来をつかみ取ったのに、結局圧倒的な力に潰されたのが……何より、梨花が苦しみながら死ぬ様を見るのが、本当に……!


自分は本当に無力で、何もできなくて……それを嘆いていると。


『ねぇ、あなた』


レナは……圭一達は、鷹野に殺されて現世を去る間際、その魂で声を交わし合った。

そんな圭一達にも、私のことは見えない……見えないはずだった。なのに……レナは私を見て、明確に声をかけてきた。


『信じてた? 運命に打ち勝てるって、信じてくれた?』


それに私は答えられなかった。


『触れることができなくても、喋(しゃべ)ることができなくても、信じることはできるんだよ。
あなたも信じてくれたなら、きっと奇跡が起きた』


疑問で一杯だった。私が信じたって、何も変わらない……触れることも、見ることもできない。なのに……信じて、奇跡が起こせるなんて。


『いや、起こせたさ』


圭一は、魅音達は……レナの言う通りだと頷(うなず)く。責任転嫁などではなく、純然たる事実として。


『そうだね。あのときこっちは六人だった。向こうは七人だった。あなたが信じてくれていたら、それだけで心は七つだった。
だったなら、きっと奇跡が起きた。奇跡はね……触れたり、喋(しゃべ)ったりで起こすんじゃないの。信じる気持ちが起こすんだよ』

『あぅ……ぁぅぁぅぁぅ』

『名前も知らないあなた……あなたにも、悲しみや辛(つら)さと戦う勇気が必要だった。あなたも運命と闘う勇気が必要だった。
あなたが望んだなら、みんなが望む世界にきっとイケた。それが……あなたが信じなかっただけでたどり着けなかったなら、それはあなたの責任なの』



……信じるという言葉は、口にするだけなら簡単だ。でも現実は……人は、疑い信じない。

でも、もしも……それでも信じることができたのなら、奇跡はきっと……!


『あなたも、みんなという言葉に含まれてるんだよ。ほれ、何時(いつ)までも泣いてないで……行こう?』


そうしてレナが……圭一達が、私に手を伸ばしてくれる。見えないはずの私に、ちゃんと。

……それが嬉(うれ)しかった。泣いてしまうほど嬉(うれ)しくて、幸せで……それで、決意したんだ。

一歩踏み出してみよう。今度こそ梨花達と一緒に、望んだ未来に進めるように……そう、決意したのに……!


「ごめんなさい、梨花」


恭文、あなた達の言う通りだ。私は本気じゃなかった……ただ怯(おび)えて、止まって、他人(たにん)事のように振る舞って。

私のせいなのに……この子をずっと苦しめていたのは、鷹野でも山狗でもない! 私なのに!

私はずっと怯(おび)えて、罪から逃げていた! 学ぶ機会はあったのに、そこから逃げ続けた! あのとき、レナ達から受けた優しさすらも捨て置いて!


ここに至るまで梨花を、自分を信じることから逃げていた! それで勝てるわけがない! 前に進めるはずがない!

こんなことに、今の今まで気づけなかった……!


「ぼくのせいで……それにぼくが、ぼくが望んでいたのは」


梨花の身体を借りて、かつて失った人の温もりを、鼓動を、現世で生きる実感を再確認して、ようやく気づけた。

梨花はずっと、あんな恐怖に苛まれながら戦っていたんだと――。

しかもぼくは、その恐怖で大事な時間を食いつぶしかけた。本当に……正真正銘最後のチャンスかもしれないのい、怯えて潰そうとした。


戦わなければ、何も守れない……未来なんて訪れないと知っていたのに。知っていただけで、留まってしまったから。

それが本当に情けなくて、悲しくて……カケラの世界で膝を突くと。


「いいのよ。そんなに自分を責めないで」


梨花は優しく、ぼくの頭を撫(な)でてくれる。見上げると梨花は、大丈夫と……安心させるように頷(うなず)いてくれて。


「信じていなかったのは、私も同じなの。幸せを掴(つか)んでみせると言いながら、結局仲間任せの気持ちを捨て去ることができなかった。
それに……どこかで甘えがあったのも確か。今度の世界で失敗しても、また次にやり直せばいい……そんなふうに思って、覚悟が足りなかった」

「覚悟……」

「賽(さい)を殺す覚悟。……だからこうやって、自分の身体と心を引きはがされてしまった。神様ってなかなかに仕事をしてくれるわね。
そうして教えてくれたのよ。中途半端な思いで命がけになってくれているみんなを巻き込もうとする考えは、とても失礼で非道なことだって」

「梨花……」

「思えばあの恭文でさえ、まず自分が一番に命を賭けているものね」


鷹山達を女性で釣って引き込んだことか。最初は本当に呆(あき)れた……ふざけているって。

でも恭文は、この状況で一緒に戦えたら……手を取り合えたら心強いと思った人達に、遠慮なく手を伸ばした。

勇気を出して、力を貸してほしいと……一緒に奇跡を起こしてほしいと、声を上げて、信じた。


それは鷹山達も同じだ。もし本当に恭文に怒っていたなら、とっくに帰っていた。信頼関係なんてないのなら、そもそも話を引き受けなかっただろう。

でもわざわざ横浜から駆けつけて、会って間もない魅音や沙都子達の指示にも従ってくれて……二人も信じてくれた。


もちろん圭一も、レナも、沙都子も、赤坂も……踏み込む勇気で、信じて声を上げ、手を取り合う勇気で、この好機を導き出した。

そのどれも、私には鮮烈な輝きで。だからこそ突きつけられ続けた。

彼らが蛮勇でも、無謀でも、命知らずでも……どうだっていい。今私達に必要なのは、こんな力強さなのだと。


……それは梨花も同じらしく、苦笑気味に頷(うなず)いてくる。


「この世界を離れてみて、よく分かったわ。幸せも、不幸も、生きているからこそ感じられる喜びなの。
だからみんな、一瞬一瞬を大切に、懸命に生きようとする。……無限に生きてきたおかげで、私はそんなことも忘れてしまっていた。
それをみんなが……そしてあなたが教えてくれた。私の方こそ、ごめんなさい」


梨花がぼくの手をぎゅっと握る。……この子の手は、いつからこんなにも力強くなったのだろうか。


「そうですね……ぼく達は、お互いにちょっとずつ間違えていたのです。なら……」

「その罪を数えて、今度こそ前に進みましょうか」

「はい――!」


カケラの世界でぼく達は、額をコツンと合わせる。そうしてこの身体を……本来の持ち主に返す。

この世界で得られた経験を、恐怖と進む力強さだけは持っていかせてもらって……風の中、わたし達は元の世界に戻る。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……祭具殿内部に足をしっかり着けて、両手をブラブラ……よし、問題なし。

長い間身体から離れていたけど、何とかなるみたい。きっと違和感は心情的な問題だし、この際すっ飛ばす。


大丈夫……心臓の鼓動も、空気を切り裂く感触も、身体を流れる血流も、全て私達のものだ。


蹴破るような勢いで祭具殿を出ると、恭文がランゲツを抱えながら待っていた。それですぐに目を細める。


「…………おのれが本物の梨花ちゃんか。で、中にいるのがさっきまでのチキン梨花ちゃん」

【ぼくはやっぱりチキン扱いなのですか!? というか、さらっと僕の存在を知覚できるっておかしいのですー!】

≪私も分かりますけど。チキンさん≫

【えぇー!? と、というかチキンじゃないのです! ぼくは羽入なのです!】

≪「なんだぁ、羽があるならやっぱりチキン」≫

【違うのですぅぅぅぅぅぅぅぅう!】


どうやらここまでのやり取りで、息はピッタリ合っているようね。それは安心……してもいられないか。

「早速で悪いんだけど、あなたに依頼よ」

「依頼?」

「私を鷹野のところまで連れていって。途中に立ちはだかる障害は、実力を持って排除して。殺しさえしなければ文句は言わないわ」

【恭文、ぼくもお願いします。……このまま時間が進めば、梨花とぼく達は未来を掴(つか)めます。
山狗達は部活メンバーとあなたによって敗北し、鷹野三四は破滅する……『東京(とうきょう)』も大打撃を受けるでしょう】

「で、そんな相手に何をしたいのよ」

「簡単よ。……最後は当事者同士の直接対決≪大将戦≫が基本でしょ?」


そう、まだだ……。

みんなが私のために、ありったけを使ってくれた。

戦うことが大好きなこの男だって、迷いなく命を賭けてくれた。


私達の非常識な現状も受け止め、力になろうとしてくれている。だったら、今度は私の番だ。

最後の最後……ここまで痛めつけてくれた性悪な運命に、全てのツケを払ってもらう。


そういう意図なのは恭文も理解したようで、表情を緩めつつ大きくため息。


「OK……ただし、鷹野三四は僕の獲物でもある。僕も相応に好き勝手させてもらうよ」

「交渉成立ね。なお、報酬は羽入の胸を揉(も)みたい放題ってことで」

【梨花ぁ!?】

「おいこら待てぇ!」

「安心して。羽入は小柄なだけで、魅音レベルで大きいから………………羽入、ちょっとその無駄なぜい肉、ボクによこしやがれなのです」

【無駄なぜい肉ならいらないのではぁ! ちょ、梨花……スタスタ歩かないでください! 話し合いましょう! まずはお話が必要なのですー!】

≪そうですね。正確なサイズを割り出さないと、この人が素直になれませんから≫

「おのれも黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


さぁ、急ごう……祭りの最高潮はもうすぐだ。

……それを知らせるように鉛色の雲から、礫(つぶて)が振り始めたから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

空はいつの間にか曇り、急激に涼しくなり始めていた。


(……これは少し降るな)


そう直感する。

既に封鎖線が破られ……いや、壊滅したことは知っていた。

狙撃での制圧戦で隊員のほとんどが戦闘力を奪われた。更に追撃した二人は、無茶(むちゃ)した結果重傷を負ったらしい。



だが、三佐には何も言っていない。三佐は勝利の芽はあると、まだ無駄に足掻(あが)いていた。

知らせても今更どうにもならないし、山頂へ至りたいという目的においては同意見だったからだ。

今の気持ちはたった一つ……今日という人生最悪の日を作った元凶。敵の指揮官を拝むまでは、どうしても負けを認める気になれなかった。


……隊員達はあの後も地獄を見続けた。

ある者達は錯乱した仲間と同士討ち。

ある者達は様々なトラップや奇襲で脱落。


特にキツいのが前者だ。想定すらしていなかった仲間との戦い……同じ釜の飯を食う戦友との決裂。

その精神的疲労は、ここまでの戦闘で消耗していた心を挫(くじ)く。たとえ離反者を制したとしても、もう一歩も動けなくなる有様だ。

俺も三佐に内緒で、全班に戦線離脱の指示を飛ばしていなかったら……こうして歩けていなかっただろう。


既に山狗達はここへ来たときに使った車両で待機中。だが、アイツらはもう戦えない。

今日だけの話じゃない。今後……絶対にだ。プロの戦争屋としてやってきた自信を、根底から潰されたからな。


その結果、息は上がっているくせに相変わらず血気盛んなお姫様と、自分。

そして疲労困憊(こんぱい)で、もはや歩くので精一杯。たとえ会敵できても、とても戦闘などできないほどに消耗した隊員数名。

はっきり言えば死に損ないの集まりのみが、今日の勝利者を拝もうと山中を歩き続けていた。


やがて、斜面が少しずつなだらかになっていき、俺達は山頂付近……営林所の資材小屋にたどり着いた。

こちらが壊滅状態なのは、向こうも知り尽くしているようだった。


人数……戦力……今や全て向こうに劣る。だから全員でお出迎えがあったとしても、今更驚かなかった。


……いや、Rと蒼凪恭文の姿はない。正真正銘子ども達だけ……訂正。

今日の勝利者――勇敢なる戦士達がそこにいた。


彼らも今日を全力で戦った。

終始圧倒していたとはいえ、体力を全て使い切り、向こうだって立っているのがやっとのはずだった。

だが、彼らは気力で立っている。それは勝利したものにだけ神が許す、勝利の栄誉という名の気力だ。


「い……いたわ! Rはどこ……いえ、関係ない! 小此木、捉えさせなさい!」

「へへへへ、へへへへへ……三佐、よくもこんなザマの我々をこき使えるもんです」

「何!? 私に逆らう気なの!?」

「……まさか。逆らう気なんか最初からありませんやね。へへへへ、へっへへへへへへへ」


そう嘯(うそぶ)き、通信機やテーサー……重かった装備の数々を捨てて放棄。

その上でボタンを幾つか外して、胸をはだけながら……他の隊員達には『こなくていい』とサイン。


俺だけが、身一つで前に出る。山狗と彼らのど真ん中まで、一人で歩み寄る。


「山狗の鳳1こと小此木だ。お前らのリーダーに敬意を表する。名前を聞かせてくれ」


彼らは顔を見合わせる。その先には……驚きだなぁ。噂(うわさ)の転校生様じゃねぇか。

知ってはいるが、年齢は大したことない。だがタカのような目つきは、歴戦のベテランに勝るとも劣らないいい目だ。

どういう経緯かは知らないが、日頃から死線をくぐっていなければ宿せない眼光……まさか、部活のせいじゃねぇだろうな。


「……現部長、前原圭一」


前原圭一も歩み出て言ってくれる。


「幾つ……いや、聞く必要はなかったな。……興宮(おきのみや)署での騒ぎからこの山での戦いまで……全てお前の指揮なのか」

「……」


奴は何も答えない。だがむしろそれは、俺達を完膚なきまでに叩(たた)きのめした敵将として、貫録ある返答と言えるだろう。


「この戦はお前らの勝ちだ。へへ……まだ負けてねぇと思っているのは、うちのお姫様だけさ。
……もう今更どうにもならねぇ。富竹は封鎖線を突破。興宮(おきのみや)に到着して、『東京(とうきょう)』に連絡を取っただろう」

「な……!」

「H173-2を準備していた谷河内(やごうち)の部隊も壊滅。本当に、やられたぜ。お前らはお姫様や俺達を引きつける囮(おとり)であり、本隊は大人どもってわけか」

「小此木、どういうことなの! そんなのは聞いていないわよ!」

「その上お前達は一旦Rを引かせ、最後の砦(とりで)として蒼凪恭文に付かせている。
……鎮圧部隊がいつここにやってくるかは知らねぇが……笑いたきゃ笑え、詰みってやつさ」

「答えなさい! いえ、それは後でいい……ソイツらを拘束するのよ! それでRの居場所を聞き出すの!」

「お姫様が何か言っているが、気にするな」


肩を竦(すく)めながらそう答えると、前原圭一が更に口を開く。


「望みはなんだ」

「お前も大将……俺も大将だ。……あとは分かるな」


さぁどうくるかと思っていたら……前原圭一は拳を鳴らし、首を軽く回す。

更に汗で貼り付いたシャツをサッと脱ぎ払い、なかなかに精悍(せいかん)な上半身を見せつけてきた。

心得アリで助かるぜ……! 俺もジャケットを脱ぎ、肌を晒(さら)す。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……降参しにきたわけじゃあございませんのね」

「レナには分かるよ。あの人は今日、敵の指揮をしていたんだよ。そして部下がみんなやられた……だから、『はいそうですか』で負けを認めるわけにはいかない」

「将としての禊(みそ)ぎでございますか。まぁ、鷹野さんには全く理解できていないようでございますけど」


鷹野さんは往生際悪くいら立ち、ハッとしながら銃を取り出す。


「全員動くな! 死にたくなければRの居場所を吐きなさい!」

「……馬鹿! 何やってんだ! すぐに銃を下げろ!」

「黙りなさい、小此木! さぁ、早く……早く!」


敵将の説明もガン無視で、鷹野さんは銃を振り回す。…………だからこそ、その腕が撃ち抜かれた。

腕が糸の切れたゴムみたいに弾(はじ)け、肘の辺りからごきりと嫌な音が響く。当然、こちらに向けられていた銃も落ちてしまい……。


「あ、あああ……あああああ……! あああああ! あああああ! あああああああ!」

「三佐!」


鷹野さんは持っていたスクラップ帳を抱えながら、土の上をじたばたと転げる。慌てて控えていた山狗さん達がフォロー。

抱え起こし、傷ついた腕を布で固定する。


「あああ……痛い……痛い痛い痛い! 痛いぃ!」

「落ち着いてください! 折れてはいません……ゴム弾です! すぐに収まります!」

「……言い忘れたが、不らちな真似(まね)をすると今みたいな怖いお仕置きが飛ぶ。
更に梨花ちゃんもあの小屋の近くだが……不用意に近づかない方がいいぞ」

「わたくしのトラップを特にびっしりと張り巡らせておりますの。あなた達、三秒も持たずに地獄を見ますわよ」

「既に地獄なら見ているさ……へへへへ」


恭文くん……何とか間に合ったんだね。でもいきなりドンパチって……まぁいいか。

鷹野さんにも分かったと思うな。レナ達はいつでも、自分達を殺せるってことが……。

レナ達だけでやっても無意味。でも恭文くんが、レナ達の手が届かない場所にいて、勝手にやってしまう……そういう状況を見せつけるのが大事なの。


恭文くんの暴れ方が派手なおかげで、そういう選択肢も入れる相手だって思わせることに成功しているから。


これで鷹野さん達の動きは止められた。あとは……!


「圭ちゃん……!」

「大丈夫だよ、魅ぃちゃん」


自分が出るつもりだったのに、全然聞いてくれなかった圭一くん……それを心配しきりな魅ぃちゃんだった。

だから魅ぃちゃんの背中を叩(たた)き、優しく撫(な)でて安心させる。


「だって、魅ぃちゃんが鍛えてきたんでしょ? 恭文くんも手伝った」

「でも、付け焼き刃だよ!」

「それでも圭一くんならやり通すよ。……男の子だもの」


圭一くんは基本的には一般人。恭文くんや魅ぃちゃん達みたいに、戦闘に長(た)けているわけじゃあない。

でも、だからこそ……園崎家にいる間、二人に師事を受けた。


大将として、今の部長として、こういう状況も想定した上で……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


二人には感謝しないとな。今の俺にできる戦い方を全力で教えてくれた。特に魅音は……というか、茜さんとお魎さんも……!

俺を娘婿として、それはもうしごいてくれてな。みんなと比べれば見様見真似(まね)の領域だが、何とかする。


なので魅音、飛び出すなよ……こっちはもう、裏山での戦いは指示を任せっぱなしだったし、嘘こいているってビクビクなんだからさ。


「感謝するぜ……」

「お姫様を撃ったのにか」

「おかげで集中できるからな」


半身に構え、両拳を掲げる。小此木もそれに合わせる形で身を引いた。

……普通に考えれば、俺は勝てない。向こうは部隊長を務めるほどの腕前だ。

だから幾ら疲労が激しいと言っても、俺が勝てる道理なんて……微塵(みじん)もない。


だが、それは普通に勝負すればの話だ。

これはケジメなんだ。俺には分かる……それしかないってのなら、そうしなきゃ止まれないって言うなら。


――それに付き合う馬鹿な男がいたって、いいはずだ。


「――おりゃあああ!」


小此木は疲労困憊(こんぱい)の身体を奮い立たせるように方向。すっと踏み込み、俺の顔面へハイキック。

迫るそれは音速の壁を突き破りかねない、正しく砲弾の姿勢。しかしそこで、魅音達との特訓が生きてくる。

思考よりずっと速く、叩(たた)かれて得た経験と反射から身体は左へ動き、その蹴りを回避。


続く左右の連打を両腕でガード。一発受けるごとに骨が軋(きし)むのも構わず、汗で濡(ぬ)れた身体を使い、肌を滑らせながら左ボディブロー。

鉄のように堅い腹筋を蹴り飛ばし……体が反転する。小此木は両手を素早く下げ、俺のかかとを持って跳ね上げていた。

俺の体はバク転し、派手に土の地面に叩(たた)きつけられる。すかさず襲う頭への踏みつけを転がって回避し、起き上がりながら回し蹴り。


ガードされるも小此木の身体がよろけ……そこを狙い顔面に右ストレート。

だが俺の顔にも小此木の拳が飛び、お互いに顔を殴り合いながら後ろに数歩下がる。

痛ぇ……! 一発で脳髄が潰れ、血流が破裂しそうなほどだ。だが、意識は止まることなく動き続ける。


殴られても踏ん張り、小此木にタックル……小此木も低姿勢から突撃し、俺達は真正面から組み合った。


「は……! よく今ので倒れなかったな!」

「当たり前だろ……!」


体格差と鍛錬の差で生まれるのは、純粋な出力差……押し込まれる俺は自分からあお向けに倒れ込み、同時に小此木の首根っこを右腕で締め上げる。


「親父に殴られたときは……!」


そのまま、倒れる勢いも生かし……小此木を放り投げる!


「もっと痛いんだよ!」


背中から叩(たた)きつけられた小此木は、荒く息を吐く。拘束を解除した上で離れ起き上がると、仕返しと言わんばかりに右ボディブロー。

それに腹を射貫かれれば、次は膝蹴り。よろめいている間に一発、二発と拳が飛ぶ。

全身を滅多打ちにされかかったところで、何とか踏ん張り……右掌底で小此木の顎を打ち上げる。


するとその腕が絡め取られ、今度は俺が地面に投げつけられる。……固い地面というのは、それだけで凶器だ。

勢いよく倒れれば身体を痛めて当然だし、頭を撃てばそれだけで致命傷になりかねない。

ボクシングは両足を踏み締め、地面を蹴ることで強力なパンチが撃てる……そう解説した武闘家もいたそうだ。


そう、武術のほとんどが”立って戦うこと”を前提としているが故に、地面を活用する攻撃方法も多種多様。

投げ技はその最も足る例……小此木のような歴戦の勇士であれば、必殺の一撃たり得る。

ゆえに俺の体は全力で叩(たた)きつけられ、全身の骨と筋肉、臓器が嫌な軋(きし)みを上げる。


血反吐(ちへど)を吐いている間に、小此木は首に腕を回して絞めてきた。


「が……あぁ……!」

「ほれ……外さないと死ぬぞ」


締め落とす……いや、首の骨をへし折るつもりか……!

何とか腕を外そうとするが……無理だと悟る。筋力差がありすぎる。

なら……右手で慌てて地面の土を掴(つか)み、目を閉じた上で小此木の顔面に投げつける。


「ぶ……!」


小此木が驚いた表紙に、腕の拘束が緩む。それを強引に突破し、振り返りながら顔面へハイキック!

小此木の鼻っ柱を潰しながら転がすと、奴は再度起き上がりつつ……右腕を左薙に振るう。

咄嗟(とっさ)に嫌な予感が走って右に転がると、左肩に痛み。投げつけられた石によって、肩が撃ち抜かれる。


それでも倒れずに踏ん張り、その隙(すき)にと飛び込んできた小此木に右ストレート。

またお互いの顔面を撃ち抜きながら、よろめき……それでも俺達は踏ん張り、向き合う。


「はは……いいね、その手段を選んでいない感じ……悪くねぇぞ」

「卑怯(ひきょう)だと笑っていいんだぞ」

「いいや。何でも利用していくのは、戦場の常だ。……左腕、動かないだろ」

「あぁ。痛くて気を失いそうだ」

「俺も上手(うま)く呼吸ができん……さらに、右目は洗わなきゃ使い物にならん。つまり……」

「お互いに万全ってわけだ」

「そういうことだ」


そう言いながら、お互いに息を整えて……拳を握る。……やはり疲労困憊(こんぱい)は変わらない。

恐らく、次の一撃が最後。だからありったけの……もう倒れてもいいってくらいの力を、俺達は拳に込めていく。


「……お前みたいな奴が、やるべきなんだよ。山狗なんてクソみたいな部隊の隊長をよぉ」

「お断りだ。根暗そうな秘密部隊の隊長なんて、それだけで気が滅入(めい)る」

「へへへ……そうだな。お前ほどの器なら、日本(にっぽん)の不正規戦部隊長なんてもったいないぜ……。
SASでも、デルタでも、スペツナズでも……どこでも最高の人材になれるだろうぜ。俺が保証してやるよ」

「SAS? デルタァ?」


プロの戦争屋から褒められるのは、まぁ悪い気はしない。だが……つい笑ってしまう。


「そんなんじゃあ足りないなぁ。俺が今やりたいのは部長だからな」

「英国諜報部か」

「全然違う。……俺は雛見沢(ひなみざわ)分校の、我が部の部長がやりたいんだ! 罰ゲームのない戦いなんざごめんだぜ!
元祖部長、園崎魅音! かぁいいモードの竜宮レナ! トラップ使いの沙都子! 萌(も)え落としの梨花ちゃん!
バーサーカーの園崎詩音! そしてあぶない魔導師:蒼凪恭文とアルトアイゼン!
――――これだけ揃(そろ)ってなけりゃあ、世界のどこにいようと退屈だからなぁ!」

「……勝てねぇ」


俺の断言に小此木は吹き出しながらも、快活な笑みを見せる。子どもみたいな、大きな笑いを――。


「こんな奴が隊長だってんじゃ……勝てるわきゃあねぇやなぁ! ははは……はははははははははは!」

「お、小此木……しっかり、なさいぃ!」


小此木はひとしきり笑ってから、その視線を鋭くする。…………くる。

空気が一瞬で変わった。俺を殺すため、ありったけで最高の一撃を撃ち込んでくる。

なら、俺も全力を尽くそう。その一撃を受けずして……奴に引導を渡すことなどできない。


――俺達は、誰の合図を受けることもなく……ただ真っすぐに、前だけを見て同時に踏み込んだ。

小此木は音の壁すら突き破りかねない正拳を――そのとき、お魎さんの剣閃とその姿が被る。

鋭く、命を刈り取る刃。拳と刀という形は違えど、何も変わらない。


俺には魅音や恭文のように、これをたたき壊す力なんてない。

ならどうする……逃げるのか。こそこそと、背を向けて逃げ出すのか。

そんなことはしない。俺にできることは……俺が、みんなから教わったことは、踏み込んで、全力を尽くして勝つこと。


そのために努力し、仲間を信じること。東京(とうきょう)にいたときはできなかったことを……今ここで、全力でやり通す。

そのために俺の両手は……傷ついた左腕は、素早く動いてくれた。


――――そして、雷光が走る。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


それは多分、本当に……奇跡だったんだと思う。

戦局的にはなんの成果にも繋(つな)がらない大将戦。男と男が意地をぶつけ合うただの喧嘩(けんか)。

空から走った雷音と光。それが生まれ、収まっている間に全ては決着していた。


それを見て取れたのは、レナだけなのかもしれない。そう思えるほどに鮮烈で、一瞬のことだった。

小此木が放った拳は、さながらどんな装甲だろうと打ち据えられる徹甲弾。それを圭一くんの細い手で受け止めるのは不可能。

でも、あれは砲弾じゃない。人の血が通り、人の骨と筋肉でできた肉体。ゆえに触ることもできた。


なら、何らかの形で干渉することも可能……もしかしたら小此木の拳は、雷光によって一瞬鈍っていたのかもしれない。

だからこそ掴(つか)めたのかもしれない。……ほとんど臆測に近いのは、目に焼き付いた残像を元に考察しているから。

あの一瞬で圭一くんは……撃ち込まれた拳の機動を左掌底で逸(そ)らしつつ回避。それも本当に、僅か一ミリ前後。


でもそれは僅かな誤差を確かに生み出し、拳は圭一くんのこめかみすれすれを掠(かす)めるだけ。

更に圭一くんはその腕へ絡みつき、自分より体格に勝る小此木に一本背負い……気づくと小此木は地面に倒れ、血反吐(ちへど)を吐いていた。

圭一くんの投げは、小此木の攻撃速度・威力を加味した”合気(あいき)”に等しい技。魅ぃちゃんが手本で見せたものに近い。


ゆえに凶器≪地面≫に叩(たた)きつけられたときの衝撃は、小此木に致命傷を与えかねないほどの爆発的威力。

ゆえにその着弾地点から、雷音に負けないほどの地響きが走り……戦いの勝者を知らしめた。


……ぽつぽつと……さっきから少しずつ落ちていた雫が、そのペースを上げていく。

数秒で土が泥に変わり、私達の髪や火照った身体を心地よく……通り雨が濡(ぬ)らしていって。

しかもそれは、より激しい嵐に変化した。天候の問題じゃあなかった。


上を見ると、前後二枚のローターが特徴的な大型ヘリコプターが、突如……山陰から推しかかるように現れたから。

ローターの回転とその圧力で、雨粒が乱れて嵐になっていた。しかもその駆動音もやたらとデカい。

ヘリの後方からロープが垂らされ、そこから次々と武装した人達が降りてくる。


その服装は、山狗が着ていたものよりもずっと分厚く頑丈そう。

両手に持った銃は、映画に出てくるような重苦しいデザイン。


しばらくの間、呆気(あっけ)に取られて気づく…………番犬だ。

富竹さんが呼んでくれた、番犬部隊だ!


更にもう一機のヘリが旋回しながら、スピーカーで山全体に呼びかける。


『入江機関の全職員に告ぐ! 本日1500に入江機関の全権限は凍結され、上級司令部の直轄となった!
また、同時刻、上級司令部は入江機関全職員の武装解除を命じた!
山狗中隊全隊員は武装解除し、入江診療所裏駐車場、若しくは山頂資材置き場に集合せよ!
これに応じない場合、国内法及び自衛隊法に基づき厳正に対処することをここに通告する!』


ヘリからは、また重武装の隊員達が次々と降りてくる。その頼もしさと言ったら、もう……。


「これで、わたくし達の勝ち……ですの?」

「……多分」

『――圭一、足下!』


すると、恭文くんの慌てた様子の声が響く。レナもハッとしてそちらを見ると……!


「足下…………あれ!? お、おい……小此木はどこだ!」

「鷹野さん達もいないよ! 恭文くん!」

『しくった……! ヘリに目を取られている間に、逃げやがった!』

「梨花は大丈夫ですの!?」

『あ、はい。恭文とつかず離れずでラブラブなのですよ。みぃー』


その変わらない様子の声に、私達は全員安堵(あんど)。……それから雨が降りしきる中、疲労困憊(こんぱい)の圭一くんを物陰に連れていく。


『……魅音、レナと圭一達のことはお願い。僕達は鷹野を追撃する』

「へ!?」

『梨花ちゃん、言ってやりたいことがあるってさ』

「それなら、俺も……あたたたた……!」

「駄目ですわよ! あっちこっち殴られてボロボロでございますのよ!?」

「……分かった。でも、連絡は密に……それで梨花ちゃんは矢面に出さない。いいね」

『了解』


むぅ、また勝手に……でも、仕方ないよね。圭一くんはこれ以上動かせないし。

だけど言いたいこと、かぁ。それって魅ぃちゃん達が言っていた……だったら止める権利、ないかな。


……きっと梨花ちゃんは、鷹野さん達に罰ゲームを突きつけたいんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


最初は、野村さん達の助けだと思った。

『東京(とうきょう)』が私のために、増援を送ってくれた。これで逆転できると、そう喜んだ。

…………でも、そう思ったのは私だけ。一瞬だろうと、そう喜び、感激に打ち震えたのは私だけ。


私だけが馬鹿みたいな扱いだった。小此木や隊員達の様子では、既に負け戦だと分かっていたそぶりで……。


私だけに、それが伝えられていなかった……!


「どういうことなの! 状況が全く分からないわよ、小此木!」

「手詰まりってやつですわ。富竹が番犬部隊を呼び寄せた」

「番犬って……山狗と同じようなものでしょ!? どうして応戦しないのよ!」

「御冗談を……三佐にも分かりやすく言うと、番犬部隊は全員蒼凪恭文クラスですわ」

「は……!?」

「戦闘に特化し、戦闘のための装備を最大効果で使いこなし、敵を駆逐する。端っから勝ち目なんざありませんわ」


僅かに三人だけ残る隊員達も、それを認めるように疲れ切った目を私に向けるだけだった。


「大体、どうして番犬が……そうよ、そこからおかしいじゃない! 富竹と入江は、閉じ込められていたのよ!? それを救出したとでも言うの!?
何より、H173-2のことがどうしてバレているのよぉ! 私は言ったじゃない! 早く散布しろと! それなのに」

「……三佐、入江診療所が蒼凪恭文のハッキングを受けていたこと、御存じなかったんですか?」

「え……」

「診療所襲撃の際、富竹二尉達が閉じ込められたのもトラブルなどではなく、システム的に”隔離”したからで」


ハッキング……!? じゃあ、最初からバレていて、攻撃に使えないよう圧力を……!


「おい」


小此木は口を滑らせた隊員に、”余計なことを言うな”と視線を鋭くした。


「どういうことなの、小此木! それに村から出られないように、封鎖部隊というのがいるんでしょう!?」


そう問い詰めても、小此木は応えない。他の隊員達も、小此木の指示をただ待ち続けている。

私は三佐なのに……入江機関の実質トップなのに! 私のために、誰一人動こうとしない!


「……三佐、指揮車より通信です」


小此木は通信兵から電話を受け取り……納得顔でこう告げる。


「――了解。それと指揮車……太田、安達、御苦労だった。投降を許可する。
武装解除して以後は、番犬の指示に従え」

「小此木、勝手なことをしないで! まだ戦う……まだ戦えるのよ! Rは生きていた! 終末作戦の実行は可能なのよ!」

「我々は全てのバックアップと装備を失った。全班は壊滅。個々の隊員達も武装解除に応じている……山狗の完全敗北だ」

「まだって言っているじゃない! 『東京(とうきょう)』の野村さんに連絡するのよ! 番犬が何よ!
番犬より強力な部隊を送ってもらうのよ! そのためには『東京(とうきょう)』への連絡手段を取り戻すことが重要よ!
幸い指揮車は素直に投降してみせたし、油断しているはず……この手勢なら取り戻せるわ! それで巻き返すのよ!
小此木、すぐに指揮車の奪還を実行しなさい!」

『………………』

「どうしてよ……どうして、誰も私の言うことを聞いてくれないのよぉ! 私は三佐よ!? 二尉の小此木より偉いのよぉ!」

「……三佐、三佐のコードネームは”雛”でしたね。東京(とうきょう)の野村は郭公」


すると小此木は、全く関係のない話をし出した。それで更にいら立っていると。


「関係ありますよ、これからの三佐がどうなるか……それを示すものですから」


すると、小此木は……あの無駄な決闘に使わなかった銃を、私の額に突きつけた。


「………………おこ、のぎ?」

「三佐、死んでください」

「何を、言って」

「郭公がどこに卵を産むか御存じですか? よその鳥の巣に産み付けられ、そこから孵(かえ)った郭公は他の雛を突き落とし、巣を乗っ取っちまう。
巣から落ちた飛べない雛は地面でのたくり……まぁ、普通は野犬や”山狗”に食われて殺されちまうってことですね」


……その言葉が信じられなかった。

ボロボロの身体で、冷酷に私を見つめる小此木……それを止めようともしない隊員達。

誰も彼も、私の死を望んでいるのが分かる。でも、なんで……意味が分からない。


私はただ……おじいちゃんと一緒に、神になろうと……ただそれだけだったのに!


(第24話へ続く)








あとがき






恭文「というわけで、次回はいよいよ最終回。みんなで挑んだゲームの決着はどうなるか……今回は澪尽し編らしかったぁ」

古鉄≪同人版でもやっていない描写ですしね。どうも、私です≫

恭文「蒼凪恭文です。……富竹さんもただ者ではなく、圭一も殴り合いという話」

古鉄≪粉塵爆発は使えなかったんです。察してください≫


(なぜ粉塵爆発か。それはゲームの澪尽し編をチェック)


恭文「それはそうと、今日はちょっとお祝いムード……正確には一日からだけど」

古鉄≪パッションリップさんとメルトリリスさんがきて、ちょうど一年ですからねぇ。……あの激闘から一年という話でもありますが≫

恭文「思えば速いものだよ」

パッションリップ「恭文さん……フェイトさん達も、ありがとうございます。私達、いろいろご迷惑もかけているのに」

メルトリリス「……まぁ、これは一応大事にするわね。フィギュアに罪はないもの」

恭文「大丈夫だよ。それに迷惑といえば、あぁ、うん……いろいろと……!」


(蒼凪荘のアルターエゴ、テンション高めです)



パッションリップ「それで、今日はキャット師匠と一緒にお料理を作ってみたんです! アニメでやっていた竹の子のグラタン!
……これを食べて、また元気を出してくださいね。美味しくできたと思うので」

恭文「あ、ありがと……というかメルト、リップはその」

メルトリリス「諦めなさい。そもそもアンタがネロ皇帝のチョコをぺろぺろしようとしたのが悪いんでしょ」


(そう……バレンタインのあれ以来、リップはちょっとだけ心配性になったのだ)


メルトリリス「というか」

パッションリップ「それに、今回のApocryphaイベントでも……『QP満載だ! ひゃっはー!』とか言って海賊モードでしたし」

メルトリリス「アンタが人類悪発動しちゃっているせいもあるから……!」

恭文「僕だけじゃないよ!?」

恭文「アンタが発動している時点でアウトなの!」


(なお、グラタンは熱々で美味しかったそうです。
本日のED:長澤知之『マカロニグラタン』)


恭文「というわけで、フェイトチャレンジは継続中。お代はD-スタイル≪スコープドッグ ターボカスタム≫。
レッドショルダー仕様ですが、フェイトに挑んでもらったところ……まぁまぁ大変名感じに」

フェイト「ヤスフミ、パーツのはめ込みがぎちぎち……固いー! でもこっちの右膝アーマーは何か緩い! ガンプラではこんなことなかったのにー!」

恭文「ガンプラの精度とはまた違うからねぇ。ただ、デザインや全体的な組みやすさなんかは問題ないでしょ?」

フェイト「それは……うん。SDなのも可愛いし、基本的なギミックも再現しているんだよね。この小ささで。
しかも挟み込みが多くて、合わせ目消しとかどうしようーって思っているところも、モールド化されていて」

恭文「あとはパーツ分割で対応しているし、気になるのは頭部くらいだよねぇ。ほんとよくできているよ。
というわけでフェイト、去年と同じようにラッカー塗装で仕上げるのではなく……あえて手抜きをしてもらう」

フェイト「手抜き?」

恭文「フル塗装ではなく……合わせ目も極力消さず……部分塗装とフィルタリング、及びウェザリングでできるだけカッコ良くする!」

フェイト「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

古鉄≪それと追記です。こちらの方が終わったら、以前アンケートを採った鮮烈な日常IMCS編をやろうと思います。
ただし、まずは同人版でもやった範囲(アニメの最終話辺りまで)。なおこちら、同人版からのコピペは一切しません。
漫画版とアニメを参考に改めて一から書きます≫

あむ「そうなの!?」

古鉄≪もうすぐ始まるヴァンガードのアニメが、第一期を新しい作画を起こして作り直す方式らしいんですよね。
そんな感じで……実はこのお話でも、前話からそういう感じに仕上げています。
ただ同人版と被るシーンもあるので、全て違う感じにはならないかもしれませんが……。
まぁ当たり前の話ですが、同人版をご購入いただく方が損した気持ちにならないよう、ちょっとした実験も込みで頑張ってみたいと思います≫


(おしまい)






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あきゅろす。
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