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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第22話 『B.A.T.T.L.E G.A.M.E/PART2』

本当に、運がよかった。いや、皆の意志が道を切り開いたというか……。

蒼凪さんが送ってくれたデータ片手に、全員で全速力……正しく時間との勝負。

一手でも間違っていれば、私達は最悪なバイオテロをみすみす見逃すところだった。――だが、私達はそれに勝った。


やはり谷河内(やごうち)の発着場にはヘリが持ち込まれ、小屋の周囲には見慣れない男達がたむろ。

トランペット≪自動小銃≫なんてぶら下げている奴らには、赤坂さんの威嚇射撃で投降するように警告。

ただ、当然ながら従うわけもなく、全員揃(そろ)って攻撃意志を示したところで――。


「がぁ!」


男達に指示を飛ばした隊長格目がけて、青い風が吹く。それはただの一刀で男を切り捨てた上で、風となっていた御剣さんは鎖分銅(ぶんどう)を投てき。

相手を絡め取るなんて、生やさしいものじゃあない。どこからともなく取り出した分銅(ぶんどう)はうねり、鋭く敵の身体を撃ち抜きながらもなお突き抜ける。

それは言うなら、人の手で放たれた戦略級砲弾。それで右翼が切り崩され、敵は動揺。


あとはとても簡単な引き算……統率を失った集団など、もはや烏合(うごう)の衆。立て直す間もなく御剣さんが、赤坂さんが連中を蹴散らす。

それでしっかりふん縛り、連れてきた手勢の警官達に後の始末を任せた上で、発着場の小屋を捜索。

すると、まぁ……本当にありましたよ。例の……H173-2でしたっけ?


毒ガスのボンベと、取り扱いに関するマニュアルやらもばっちり見つけてしまいました。


「大石さん……!」

「ほんと、ギリギリでしたねぇ」


頬から流れる冷や汗は、決して夏の空気が原因じゃあない。……蒼凪さん達の動きがなかったら、完全に詰んでいた。

普通の状態ならあり得ない。少なくとも山狗達が撤退するまでは散布しないはずだ。

だが、病気の専門家である入江先生が言っていたんだ。鷹野三四は、雛見沢症候群を発症していると――。


ここから村の状況を探るには、通信しかないでしょう。それでもし、万が一にでもこれがばら撒(ま)かれていたら……!


「それに我々だけでは、こうも簡単に鎮圧できませんでしたよ」

「うっす。やっぱ……ジープで追いかけられるくらいはしないと……!」


熊ちゃんが変な決意に目覚めるのも、致し方ない。さっきも言ったように、御剣さんと赤坂さんのツートップで鎮圧でしたから。

赤坂さんは危険な初手を……警告係を堂々とやり、奴さん達の反応をチェック。

それでリーダーとして指示を出していた奴がいたら、それを御剣さんが強襲・鎮圧する。


しかも向こうは自動小銃にグレネードなど、相応の武装をしていましたから。

拳銃装備の我々だけにやられるとは思わなかった。そうしてタカを括(くく)ってしまった。

なお、御剣さんは銃なんて一切使っていない。忍具でボコボコですよ。……第一種忍者、半端ないなぁ。


正しく風のような速度で動いていましたから。で、そんな忍者に見劣りしていなかったのが……。


「赤坂さん、あなた……いつから徹甲弾みたいな正拳突きが撃てるようになったんですか」

「いえいえ、私なんてまだまだですよ」

「……それ、何かの冗談ですか? まだまだの人は、拳で防弾シールドを粉砕しませんよ」


赤坂さんの体つきを見れば、この人が相当に鍛えていることはすぐに分かる。でも、あんなのは予想外だった。

空手が基本だと思うが、赤坂さんの技は幾重もの実戦によって研ぎ澄まされ、スポーツの領域をとっくに飛び越えている。

何せ拳が空気を切り裂き、大砲みたいな音を立てながら飛び出すんだ。正しく必殺……受ける方も溜(た)まったものじゃない。


……もしかして私の刑事生活、鍛え方が足りなかったのでは。忍者の御剣さんや、異能力者でもある蒼凪さんはまだ分かる。

でも五年前……(麻雀以外は)至って健全な若造という印象だった赤坂さんが、こうも変わり果てるんだ。

幾ら公安の仕事が激務であり一筋縄ではいかないものだとしても、ちょーっとパワーアップしすぎだとも思う。


又はこれが都会の力……東京(とうきょう)はまさか、赤坂さんみたいな魔人がたむろしている魔都なのだろうか。


……まぁ、それはさておき。


「さて赤坂さん、これからどうしますか? こんな代物が見つかったとあれば、うちの署長も多少の無茶(むちゃ)は許してくれるでしょうし」

「大石さん……それは」

「もちろん、隠し立てもできませんよぉ。なにせこの一件で、警察庁のえらーいお嬢さんも出張っていますしねー。んっふふふふふー」


暗に『後は興宮(おきのみや)署に任せて、好きにすればいい』と告げる。すると赤坂さんは厳しい表情を緩め、ふっと笑った。


「なら、雛見沢(ひなみざわ)に急ぎましょう。……みんな、まだ戦っている」

「はい決まった! じゃあ御剣さん、すみませんがもう一働き……してもらうかもしれませんけど」

「問題ありませんよ。こんなんじゃあ肩慣らしにもならないし」

「それは頼もしいっす! 自分も微力ながら、助太刀させてもらいます!」

「ありがとうございます」


こうして私達は、青空の下でまたまた車を走らせる。目指すは雛見沢(ひなみざわ)……狙いは山狗と鷹野三四。

さすがに前原さん達だけにお任せってのも辛(つら)いですしねぇ。これで敵本隊の後ろを突く形になれば……!


「ただ」


急ぎ足で車に戻ると、御剣さんが苦笑。


「恭文君が……あの子が見込んだ子達もいるなら、もうとっくに終わってるかもしれませんけど」

「蒼凪君だけではなく、前原君達も含めてですか」

「恭文君が”一緒に戦いたい”って思えるような子達なら」


それについては私も同感だった。よりにもよって鷹野三四達は相手を間違えたのだ。

…………彼らは悪名高い部活メンバー。同時に、雛見沢(ひなみざわ)の未来を背負う新しい風なのだから。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第22話 『B.A.T.T.L.E G.A.M.E/PART2』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


なんで、こんなことになったんだ。


『――鶯(うぐいす)1より鶯(うぐいす)13。用心しろ、お前の左翼が沈黙した』

「ひ……!?」


確かに俺達は、金で雇い主を裏切った最低なクズだ。村が滅びるのもお構いなしで、三佐に協力した。

だが、だが……俺達だって仕事だったんだ! 俺達は、これでずっと飯を食ってきたんだ!

こんな地獄に放り出されるほど、俺達はヒドいことをしているのか!? こんな……今までの人生全て否定されるような、屈辱に塗れるほど!


『今度はお前が狙われるぞ!』


そこで響く、分隊長からの声。それに打ち震え、テーサーガンを構えて辺りに警戒……ガンをつけ続ける。


「な、なんだよ……俺かよ、ちくしょう!」


先ほどから繰り返されている。一人、また一人と……徐々に削られていくんだ。それで今度は俺の……!

なら、九時方向からくるか? いや、そんなのはあの悪魔達には通用しない。

そもそもこんな山中じゃあ、周囲三六〇度の警戒だけじゃあ足りないんんだ!


地面、木々が生い茂る頭上……全方位、全ての全てに警戒してもなお足りないってんだぞ!

ど、どこから来やがる……くそったれ! 来やがれ! 来やがれ! 来やがれぇぇぇぇぇぇ!

テーサーガンを構えて、祈るような気持ちで威嚇する。もうこんなのも意味がないと分かっているのに。


そもそもの話をすれば、テーサーガンは屋内での使用を前提としている。

こんな屋外で……しかも木や草っ原もたくさんある場所じゃあ、百パーセントの能力は発揮できない。

……奴らはこっちを殺せる武器まで用意しているのに、だ。


忍者は刀や銃。あとのガキどもはバットやナタ……そしてトラップ。完全に能力不足だった。


『鶯(うぐいす)1より本部へ! 一度撤退し、装備の見直しを提案します! テーサーガンでは対応できません!』

『本部より鶯(うぐいす)1へ。それは許可できん。現状の装備で何とか対応するんだ』


しかも装備見直しは、御覧の通りなしだ……! 俺達は猛獣相手に、銃や防護服もなしで戦っているようなものだった。

火食でもいれば話は別だったが、それはあの忍者によって……ちくしょうがぁ!


……そこで、背後の草むらからがさごそという音がする。そこに人影を見た気がして、振り向き流れテーサーを発砲。

電気針が射出され、誰もいない茂みへと突き刺さる。


「……気のせい、なのか」


安堵(あんど)と同時に舌打ちをしながら、テーサーの針を巻き戻す…………だが、妙な手ごたえを感じる。

伸びきったコードがピンと張り詰め、それ以上動かない。


…………そう、この場でテーサーガンが意味を成さない最大の理由。

茂みや木に、本体と針を結ぶコードが絡むと……再発射が難しくなる……!


自分が丸腰になったことを理解した瞬間、今度は十二時方向から物音。横目で見ると、正真正銘……敵が強襲を仕掛ける!


「間抜けが」

「――このやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


テーサーを手放し、ベルトのリアにかけているサバイバルナイフを抜刀。一発限りのおもちゃより、ずっと役に立つ相棒だった。

だがそれを抜き放って構えるより早く、俺の右肘がダガーによって貫かれ……鮮血が迸(ほとばし)る。


「が……」


更に鋭く投てきされたダガーにより、左肘が、両膝が貫かれ、太めの血管と一緒に骨が断ちきられる。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「五月蠅(うるさ)いよ」


そしてあの忍者は、冷酷に右薙一閃。俺の頬骨を砕き、右耳の鼓膜を潰し……顔の形を歪(ゆが)めながら、大きく吹き飛ばす。

そう……消えたはずのトラップが待つ、地獄の地帯へと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「みぃ……優しく、してほしいのです」

「はう!?」


山狗も、梨花ちゃんのかわいさには一瞬停止する。が……梨花ちゃんはそこで躊躇(ためら)いなく、右手で握ったロープを引く。

それにより再設置したトラップが発動。真上からブリキバケツが落ちて、山狗の頭を直撃!


『な、なんだこりゃあ!』


というか、ホールインワン! バケツを被った山狗は、一気に塞がった視界や聴覚に面食らいよろめく。

……その間に、全ての勝負は付いていた。なぜならバケツには……可愛(かわい)いアヒルさんが書いていたからなぁ!

あれだ、歌のお姉さんが絵描き歌で描くような、絶妙なかわいさ!


「はうはうはうー! アヒルさんかあいいよー♪」


かあいいモードのレナが飛び込み、容赦なく右フック!


「おっもちかえりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


殴ることがなぜお持ち帰りなのか。その謎はさて置き、バケツごと顔面を潰される山狗……それは戦略弾頭も真っ青な勢いで、こちらに吹き飛んでくる。

そこを狙い、俺もバットを振りかざして………………!


「うぉりゃあああああああ!」


一本足打法を用い、急所を外した上でフルスイング!


「宇宙の塵となれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


絶妙に嫌な感触を手に刻みながらも、山狗の身体を大きく転がし……すぐに尻が穿(うが)たれる。

そう、テーサーガンを持った魅音の追撃。隊員は電撃でびくんと跳ねて無力化される。


「くくくくくくく! 一丁あがりぃ! コイツもふん縛っちまいな!」


待っていましたと言わんばかりに、俺とレナが二人がかりで高速……なお針金で、親指同士を仲良くぎゅっともしてみる。


「部活コンビネーション、その3が決まりましたのです。ぱちぱちですー」

「をーほほほほ! なかなかの爽快感ですわね!」

「楽しそうだなー。今度は混ぜてよ」


すると木々の枝を飛び移りながら、恭文が合流。こうして見ると、マジで忍者に見えるんだよなぁ。


≪そうですね、覚えたらいろいろ応用できそうですよ≫

「この楽しさが分かるのであれば、恭文さん達もトラップ使いの素質がありますわね」


恭文と沙都子が楽しげにしていると、梨花ちゃんが目を閉じて……周囲の気配を探知。

梨花ちゃんは余り活動的に見えないだけで、それでも立派な村育ち。気配探知能力は沙都子や恭文にも負けないくらい高かった。

というか、恭文も負けている。やっぱりここは地元民ゆえって話らしい。


「みー、みー、みー。…………ぴこーん」


何か掴(つか)んだらしく、梨花ちゃんは南東を指差す。


「向こうの方角から、別の気配が近づいてくるのですよ。
みー、みー、みー……反応は二ですよ、にぱー☆」


恭文は枝から下りて素早く着地し、地図をチェックし始めた魅音に寄り添う。


「やすっち」

「梨花ちゃんの言う通りだ。あと、その反対方向から三人……初期段階でトラップに引っかかって、復帰した奴らかな。ちょっと疲れた感じだ」


だが、恭文も負けてはいない。梨花ちゃんは地元民ゆえの察知能力だが、恭文は経験に裏打ちされたもの。

梨花ちゃんでは単純に気配しか分からないが、恭文ならその気配の感覚で相手の状態も探知できる。

更にアルトアイゼンも半径百メートルという限度こそあるが、電子的なサーチにより明確な情報を取得可能。


電波さえ届けば光学映像として、俺達のスマホに送るって手も使えるんだが……まぁぜい沢は言うまい。


「となると……」


魅音は恭文と梨花ちゃんの情報を加味して、沙都子の裏山地図を見ながら次の転戦先を検討する。

それでみんな揃(そろ)って、次はどこに行くのかとワクワクしてしまう。


「くくくく! やっぱり全員、やる気満々だねぇ」

「さっき言った通りな。だが……やっぱ焼き討ちとかはないみたいだな」

「”梨花ちゃんを確保し、確実に殺す”って前提があるからね。件(くだん)のH173-2みたいなのならともかく、火あぶりなんて真似(まね)はできないよ」

「そうですわね。火が回るどさくさに紛れて逃げていたら、それこそ悪手打ちですもの。……でも、それこそがわたくし達の狙いどころ。
向こうはあんな役立たずのおもちゃ≪テーサーガン≫から装備変更すらしない御様子ですし」


さっきも半泣き状態で通信していたからなぁ。ただの銃ならまだ役に立っているってのに……すると恭文が悲しげに首を振る。


「きっとみんな、僕と鷹山さん達にとっての親友≪トオル課長≫がいないんだね。可哀相(かわいそう)に」

≪だから私は常々言っているじゃないですか。友達は選べと≫

「だよねぇ」

「……二人とも、その町田課長さんについても、後でお説教だから。おじ様達も含めて」

≪「なんで?」≫

「せめて当たり前だって自覚してほしいかなぁ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


相手を完全に見くびっていた。そのツケは各隊の損耗という形で……俺達の引く道を奪われる形で、いやが応でも突きつけられていく。

結局俺直属の部隊……鳳まで出すハメになり、三佐共々深い山中へと進む。

だが俺達はともかく、学者畑の三佐にこんな山道を歩く体力はなく、息も絶え絶え……無線で部下達を怒鳴り続けていた。


しかもインカムではなく、通信員の背負った通信機で怒鳴りつけるものだから、通信兵は溜(た)まったものではない。へき易しっぱなしだ。


「く……どいつもこいつも頼りないったらありゃあしない! それでも特殊部隊なの!? 天下の山狗はどうしたと言うのよ!」


三佐は下唇を噛(か)み、腕をかきむしる。よく見れば腕のあっちこっちはスーツの上からでも分かるほどに、爪の痕だらけだった。

その左手には、例のスクラップ帳を後生大事に抱えている。……無意味だってのにな。


「……三佐、最初に言いましたね。地理を知り尽くした少年兵は、一個小隊に匹敵すると」

「それがどうしたのよ!」

「修正しますぜ……それは、甘かった」


既に山狗達は、壊滅的な打撃を受けていた。

土地勘のない山中をグルグルと引っ張り回され、十重二十重のトラップ地帯で幾度も消耗を強いられ――強靱(きょうじん)な部下達にも、音をあげさせるほどだった。


……もう認めるしかない。俺の経験や知識など、この現状で全て打ち砕かれたのだから。


「奴らは、最新鋭の”一個機甲師団”に匹敵します」

「何よそれ! この状況で意味が分からないことを言わないで!」

「じゃあ平たく言いましょ。戦車を中心として武装した歩兵部隊ですわ」

「戦車ぁ!?」


機甲師団ってのはそういうもんだ。戦車を軸として、随伴する自動車やらで機械化された部隊。

ここは戦車の走行速度に追いつき、その支援ができるようにって話だ。……そんな連中に、ただの歩兵が勝てるわけがない。

ましてやこっちはせいぜい中隊規模なんだぞ! 重爆の航空支援、さもなきゃ艦砲射撃、砲兵陣地はどこだ!


この山を野戦砲で、地図の書き換えが必要なくらい穴だらけにしろ! それが出来ないってんなら、潜水艦に頼んで戦術核をぶち込んでくれ!

…………それすら駄目なら………………退却しかねぇだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!


もう疑いようがない! 蒼凪恭文は単なる見せ札……こちらへのブラフ≪ハッタリ≫だ! あれは、奴らが研ぎ澄ましていた爪を隠す鞘(さや)にすぎない!

奴らが隠していた爪……それは、本質的にはただの子どもであるはずの連中を、ここまで押し上げられる敵の指揮官!

ソイツは紛(まぎ)れもなく天才級! 名将の下では、全ての兵士が万夫不当の豪傑となる!


せめて顔を拝ませろ! どんな悪魔なのか、名前だけでも教えてくれ!

……いや、一つだけ分かるか。雛見沢(ひなみざわ)ってのは、鬼が棲(す)む村と言われていたからなぁ。


今なら分かるぜ…………コイツが、鬼ってやつかぁ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『鶯(うぐいす)13、沈黙』

『鳳4、沈黙』

『こ、こちら雲雀(ひばり)10……! 子どもの笑い声が聞こえる……。包囲された! た、助けてくれぇ!』

『雲雀(ひばり)10! 退却しろ……退却しろぉ!』

『退却って、どっちにだ…………うあぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁ!』


おぉおぉ、レナが派手にやってるねー。金属音が響いたところを見るに、たらいでも落ちたかな?

もうここのトラップなら、踏んだ瞬間にドラゴンが出てきても驚かないよ。それくらいあり得ないから。


というわけで、枝の上で足を止めて術式発動――。


≪White Mist≫


空気中の水分を操作しつつ、適当な奴の前に出て、一気に背中を見せて逃走する。


「お、鳳9だ! 敵の一人を発見、追跡している! 応援を送ってくれぇ!」

『鳳9、どこにいるんだ! 所在地が分からない! 周辺の状況尾送られたし!』


鳳9は周囲を見やり、足を止めて打ち震える。


「き、霧が……出ている」


…………そう、自分の周囲を包む『濃霧』に。

僕は足を止めて、術式を加速。魅音の指示通りに……霧と通常空間との温度差を利用し、幻影を作り出す。

というか、これは蜃気楼(しんきろう)だよ。霧の生成時に凍結魔法を応用して、鳳9周辺の気温を下げているからね。


鳳9は身震い。自分を抱き締め、その両手で身体を幾度もさする……沸き上がる恐怖感を紛らわせるように。


「寒い、寒い……ここは、河原!?」

『鳳9、地図上あり得ない! 落ち着いて状況を確認しろ!』

「そ、そんな……瓦の向こうに、死んだ姉ちゃんが……!」

『鳳9! 鳳9! 応答しろ!』


一発どついてやりたい気持ちになるけど、鳳9は膝を突き停止……完全に心がへし折れていた。

……鳳9が見ていたのは、飽くまでも濃霧越しに浮かぶ僕のシルエット。

でも、揺らめく霧が……鳳9の思考が、一瞬でも”死んだ姉に似た何か”を作り出したのだろう。


ロールシャッハテストというのを聞いたことがあるだろうか。白と黒で描かれた絵は、見る人によって違う何かを映し出す。

人間の認識力は極めてあやふやで、それは体調などにも左右される。

僕達に振り回されまくり、心身共に消耗しきっている現状では……そういう誤解も致し方ない。


鳳9脱落も次なる作戦の布石として、僕は奴を捨て置き、次の獲物を探す。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


河原……霧、寒いぃ!? 明らかに異常な状況に、思わず怖気(おぞけ)が立った。


『お、鳳9沈黙!』

『無理だ! やつらはこの山の鬼だ! 俺は知っている! これは鬼隠しなんだ! 俺達は全員この山で消されちまうんだぁ!』

「ば、馬鹿なことを口走るのはやめろ! 各班長は再点呼で状況把握と士気高揚に努めろ!
敵は悪魔なんかじゃない! ただのクソガキだ! ビビるな、格の違いを見せてやれ!」

『はははははは……はははははははははは!』


そこで響くのは、少女の笑い声。こちらを見下し、蔑むような声に、隊員達がおののき始める。

おい、これは……ついさっきから、ちょろちょろ聞こえていた声、だよな。


『おい、だから誰の声だ! 俺じゃない……俺じゃない!』

『く、熊だぁ! うああああああああああああ!』

『鳳3だ! ここには野生の熊がいるのか! 聞いていない! 鳳1、一度撤退し火器武装の検討を!』

「ば、馬鹿言うんじゃねぇ! 幾ら谷河内(やごうち)山系たって、野生の熊がいるはずねぇだろ! 連中のハッタリだ、載せられるな!」

『…………こちら、鶯(うぐいす)1。なんだ、これ……熊の、爪痕がぁ!』

「落ち着け! それも連中のハッタリだ!」

『人の身に過ぎたるを知らぬ愚かな人間達よ。汚すことを許されぬこの聖地に、踏み入り、荒らす罪を知るがいい……』


そこでようやく気づく。また……そう、また気づかされる。

鳳9の異常。

ここにいるとは思えない熊の痕跡。

さらにはこの声だ。奴らは…………無線を利用し、こちらの士気減退を狙っている!


誰かのインカムを奪って……誰のだ! くそ、指揮車を出たのが仇(あだ)になった! 通信担当に問い合わせなきゃあ……それも無意味か。

仮に指揮車からそのインカムを潰したとしても、別のインカムを奪えばいい。単純に考えて、予備は三百近くあるからな……!


『我に感謝せよ。聖地を汚した罪を、今ここで購(あがな)う機会を与えたのだから……さぁ、感謝せよ。
…………クスクスクス……うふふふふ……ははははははははははははははは!』

「鳳1より各員へ! 聞くな! これは敵の策略だ! この声もあのガキどもの誰かだ! 落ち着けぇ!」

『恐れを知ること叶(かな)わぬ、哀れな人間どもよ。よかろう、汝(なんじ)らがその身でしか知ることができないと言うなら、我がそれを教えようぞ……』

『う、鶯(うぐいす)1だ……後衛が来ていない! 馬鹿な、どこへ行った! 応答しろ!』

『くすくすくす……哀れな鶯(うぐいす)が一羽、踏み込むこと許されぬ地に迷い込む』

「何をしているの! もういいわ、通信を切」


その瞬間、思わず三佐に左バックブロー。三佐の顔面を殴り飛ばし、地面へと倒す。


「ぎゃあ! な、何をするの! 小此木! 私を誰だと」

「ぎゃあぎゃあうるせぇなぁ! ひんむかれて隊員達の慰み者にされてぇのか!」

「ひ……!?」


三佐の背広将校っぷりには、ほとほと反吐(へど)が出る……! ここで通信を切ることなど許されない。

そもそも通信は、味方との連携を強化するためのものだ。こんな山の中で何とか作戦が進められているのも、そのインフラがあればこそ。

そうだ。通信そのものを潰してしまえば、こちらは連携が取れない。敵の各個撃破を更に許すこととなる……!


『そんなにも知りたいか? 鬼の世を知りたいか? 告げよ、人の世に別れを――和が忠告に耳を貸さぬ愚を、今より知れ』

『ぐ…………えぇええぇえぇえ…………ぐげぇぇぇぇぇ!』


そこで、人が発したとも思えぬ悲鳴が響く。それもけたたましくだ。


「だ、誰の悲鳴だ、今のは! 鶯(うぐいす)、点呼を取れ!」

『………………ぐが、く……くかかか、かかかかかあ………………!』

『……またやられた! 誰かが沈黙した! それより本部、俺の左肩には誰かいるんだよな! 俺は孤立しているんじゃないよな!?』

『くくくく……まだ聞きたいか。痛みを伴う声が』

『ばぎゃああああ! がぁあおあ……ぎゅ…………ああぁぁあぁぁぁ!』


何度呼びかけても応答がない。種は分かる……鶯(うぐいす)1はトリックなどではなく、普通に倒されたんだ。

だが、タイミングが余りに良すぎる。ゆえに隊員達から恐れと嘆きの声が響く……響き続ける。


『お、おい……なんだよ、今の声! 何をどうしたらあんな声が出るんだぁ!』

『俺、昔……電車の飛び込みを見たことがある……! あのときと同じだ! 全身がひしゃげる音だぁ!』

『嫌だ……そんな死に方ごめんだぁ! 死にたくねぇ! 死にたくねぇ! やめてくれ、山の神様ぁ!
俺も好きでやっているわけじゃねぇんだ! 給料をもらってやっているだけなんだぁ!』

『…………う、鶯(うぐいす)1より本部!』


そこで鶯(うぐいす)1から、恐怖を滲(にじ)ませる応答。……よかった、生きていたか!


『駄目だ、士気高揚は困難! 隊員の脱落と士気低下は深刻! これ以上の戦線維持は困難! 損害が増えるだけだ……!』

「だから落ち着け、鶯(うぐいす)1!」


だが返ってくるのは、余りに弱気で錯乱した声。それを払おうと必死に叱咤。


「他の隊員は夜戦の素人ばかりじゃねぇか! お前はあの地獄の卒業生だろうが!
そのお前が混乱してどうするんだ! 落ち受け! お前が範を示せ!」

『く……! りょうか………………なんだ、この霧は。あ……親父……あああ……』

『おい、どうした! 鶯(うぐいす)1! 返事をしろ!』

『ぐがかかど………………ぐえ………………ぎゃあああああ!』


そしてまた、全身がひしゃげるような音が響き……鶯(うぐいす)1との通信は途絶した。


『ほ、本部……鶯(うぐいす)1が応答しない! そんな、あの人がやられるなんて……駄目だ! やっぱり悪魔だぁ!』

「だ、駄目だ……くそ!」


敵は心理戦までこなしやがるのか! ガキどものくせに、プロの不正規部隊に士気減退戦術まで仕掛けやがるというのかぁ!

殴っておいてなんだが、三佐が通信を切りたくなる気持ちも分かる! アイツら、幾ら何でも容赦がなさ過ぎるだろ!

本当にただのガキか!? 実は全員忍者とかなら……それならそうだと言ってくれぇ!


それに比べたら、ただ怒鳴り散らす鷹野三佐がどれだけ矮小(わいしょう)なことか……。

三佐はプライドを守るため、俺をにらみ付けながらもまた通信機を取り、ギャーギャーとがなり立てる。


「聞こえる!? 私は鷹野よ! 三等陸佐よ! アンタ達の最上位上司よ! 聞きなさい!
鬼もいないし、神様もいないわ! もしいるなら戦いなさい! 神など、その座から引きずり下ろしてやるのよ! 雲雀(ひばり)と鶯(うぐいす)は」

『こちら鳳5! テーサーガンでは無理だ! 火器武装の検討を!』

「できるわけがないでしょ! こちらは相手を包囲しているのよ! 首に手がかかっている! あとは絞めるだけ……それだけよ!
たったそれだけのことに、どうしてここまで手間をかけるの! いいから追いかけなさい! 差し違えてでも道を開きなさい! それが」

『………………うるせぇ! この役立たずが!』

「は……!?」

『元はと言えば、てめぇが頭のおかしい論文を実証しようとしたせいだろうがぁ!』

「何ですってぇ!」


く、ついに反乱の兆しまで…………兆し? そうだ、我々は追い込まれている。

こういうことがあり得るほどに、徹底的に。なら、敵がそれを利用しないはずはない。


より悪化させるために……より、俺達を追い込むために……!


「もう一度言ってみなさい!」

『何度でも言ってやる! 頭の中に寄生虫!? 寄生虫で世界がおかしく見える!?
Rが死ねば村人全員が錯乱して、村が滅びる!? そんなのあるわけないだろ!
金のために従っていたけど、もうウンザリだ……嫌だ……俺は!
こんな頭のおかしい、役にも立たないクズ野郎のために死にたくねぇぇぇぇぇぇぇ!』

「黙れぇ! クズは」


慌てて三佐から通信機をひったくるが、時既に遅かった。


『そうだ……そうだ! 全部お前のせいだぁ!』

『俺達は悪くない、俺達は悪くない、俺達は悪くない……!』

『お前が死ねぇ! 全部お前さえいなければよかったんだ! お前なんて、生きていなければよかったんだ!
そうだ、今からでも遅くない。死んで償え……このウジ虫がぁぁぁぁぁぁ!』

『死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』

『おい、山の神様……聞いているんだろう!? 全部コイツのせいなんだ!
コイツを生けにえとして捧(ささ)げるから、どうか……俺達を許してくれぇぇぇぇぇ!』


最悪だ……徹底的に追い込み、そのヘイトを三佐に向けてきやがった。

ここからは、山狗の残存勢力全てが三佐を、一緒にいる俺達を襲ってくる……そこまでいかなくてもマズい。


「鳳1から各隊へ! 落ち着けぇ! 敵の陽動戦術に乗るな! 鳳5は既にやられている! 今三佐を罵ったのは敵だ!」

『おい、逃げるぞ……もう嫌だ! こんなの、幾らもらったって付き合ってられない!』

『あぁ!』

「お前ら、いい加減にしろ! 指示に従えぇ!」


士気の徹底低下による錯乱状態で、敵前逃亡も視野に入れ、本能的に動く。奴らが崩したのは、山狗を部隊として動かしていた統率力。

ここについては、蒼凪恭文のやり口が”エグい”のも影響しているだろう。……だが、まだだ。


確かによろしくない状況だが、思考がどこか冷めてもいた。その冷たい判断がこう結論づける。

……こんなやり口、早々続けられるものじゃあない。一時は錯乱するだろうが、元々の状況が悪いんだ。

否が応でも、俺達に逃げ場などないと突きつけられる。そうすれば逆に統率は確固たるものとなり。


『――こちら、鶯(うぐいす)4! トラップだ……おい、どういうことだ!』


だがそんな中、比較的冷静な声が響く。通信機へ飛びつくように、その声に返した。


「こちら鳳1。鶯(うぐいす)4、状況を報告しろ。トラップがどうした」

『既に踏破≪クリア≫したエリアに、トラップが……新しいトラップができている!』


……そこで、猛烈に嫌な予感が走る。


「どういうことだ」

『トラップが復活しています! それで白鷺(しらさぎ)4が足をやられた! くそ……こんなの、直撃したら身体がちぎれているぞ!』

「鶯(うぐいす)4、確認するぞ。状況を明確に報告しろ。既に踏破し……安全が確保されたエリアで、トラップが発動したんだな」

『はい!』


それは、俺達にとって絶望に等しかった。奇(く)しくも俺達の基本戦術は、向こうと同じだ……同じだったはずなんだ。

俺達は育て上げた精鋭達を、向こうさんは山中に仕掛けたトラップと陣地をぶつけ合い、お互いの手札を削っていった。

俺達が仲間を失うごとに、奴らはトラップと行動範囲を狭めていく。ゆえに三佐の突撃馬鹿な指示にも意味があった。


確実に……敵を追い詰めていたんだ。俺達の行動半径が広がることで、Rの首に近づいていたんだ。

なのに、トラップだと。既に踏破済みのエリアにトラップ……そんなものを仕掛ける余裕すら、奴らにはあるというのか。

馬鹿な、そんなはずはない。それなら俺達が縋(すが)っていた前提が、丸々崩れることになるぞ。


奴らのやっていることは結局籠城であり、防御的な戦いだ。それを……自分から攻めに転じる手があるとなれば。


「…………ぎゃあああ!」


最後尾の護衛を任せていた鳳6が、なぜか飛んできた丸太に弾(はじ)かれ、大きく斜面を転がっていく。

まるでお寺の鐘みたいに、丸太にどつかれていた。腕や足、身体が潰れ、骨が折れているのがよく見える。

その、一瞬で訪れた余りに凄惨な光景に……三佐も、俺も、周囲に隊員達も言葉を失ってしまった。


前門の虎≪離反隊員とクソガキども≫、後門の狼≪再設置されたトラップ≫……俺達は、完全に袋のネズミとなっていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


…………今更ながらに思う。この男、本当に鬼だ……! ついには敵であるはずの山狗達まで、実質手駒につけてきた!


「梨花ちゃんにだけは言われたくないなぁ。オヤシロ様の物まねで散々煽(あお)ったのに」

「みぃ!?」


心を見抜かれたことに動揺していると、恭文はウツラウツラとしている鳳5の頭を蹴り飛ばし、意識を奪いつつ落とし穴へと放り込んでおく。

そう……山狗達の不満を爆発させたのは、恭文による声帯模写。なお、その前段階の神様っぽい声は私。

更に言うと…………ある意味私達は前座同然。真のMVPは圭一だったりするわけで。


その結果、敵の多くは反転……鷹野を追い立てるように動いている。ここから鷹野達は、同士討ちも込みな厳しい状況が続く。


「というか圭一さん、あの……電車飛び込みを連想させる音、どうやって出しましたの?」

「お前も見ていただろ。この口からだ」

「その口を使って、どうやって……と聞いていますの。見ていても摩訶(まか)不思議なテクニック過ぎて、現実のものとは思えませんでしたもの」

≪圭一さん、口だけで音響監督ができますよ≫

「くくくくくくく! およそ耳と口がある生物なら、俺に籠絡できないものはないってことさ!」

「……圭一は間違えようによっては、とんでもない女たらしになりそうなのです。でもやめておいた方がいいのですよ? 死にますから」

「………………」


その瞬間、レナがつや消しアイズで圭一をマジマジと見始めた。ぶっちゃけ怖い……山狗達より怖い。


「あぁ、そうだろうな! 現に梨花ちゃんがそう言ったことで……レナ、その目はやめろぉ! 一応俺にだって自由恋愛の権利はあるんだぞ!」

「圭一くん、魅ぃちゃんを泣かせたら…………レナ、怒るから」

「やっぱり無理かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


そうは言っても、レナは絶対零度の視線は崩さない。どうやら圭一には、その自由は与えられないようで……。


「でも梨花ちゃん、さっきのは凄(すご)かったねー! まるで本物の神様みたいだったよ!」

「だねぇ。あのドスは常人には出せないよ。いや、さすがは古手神社の巫女(みこ)様だ」

「それはそうなのです。古手神社はハイリューンの末えいなのですから。にぱ〜☆」


……そうは言って笑うものの、さっきのアレが引っかかってもいた。

死ね……いらない、お前のせい……言うなら鷹野は、全ての災厄を押しつけられた敗者。

そうして存在すら否定されていくのが、今の鷹野だった。もちろん鷹野には相応の罪がある。


でも……それでいいのかという迷いも、確かにあって。


「罪は償いなんてできないし、許しなんてない」


すると恭文が何かを察したのか、私の隣でそう言ってくる。


「だから数えて、進むんだ。間違いから学んで、自分勝手でも強くなるために……間違えた自分を繰り返さず、打ち勝つために」

「恭文……」

「それでいんじゃないかな」


その余りに気楽で、勝手な言葉にはついため息が出る。


「恭文はやっぱり酷(ひど)い奴なのです。鷹野を許す・許さないではなく”勝手にしろ”なんて……」

「僕は結局通りすがりだもの」

「……はい」


恭文は本当に酷(ひど)い。いっそのこと”許すな”と言ってくれるのなら、まだ分かったのに。

私が決める……通りすがりではなく、鷹野の意志と向き合い続けてきた私が決める。

彼女がそうして生きることを……罪を数え、変わっていくことを許せるか。


私の……古手梨花の両親を殺した、憎き敵の未来を認めるか。私が……。


「……みぃ」


すると背後からガサリと言う音が響き、可愛(かわい)らしい泣き声も響く。

そちらを見ると、クリクリとした瞳の小さい黒猫が……どうしてこんなところに。


「あれ、黒猫さんだ。こんなところに……」

「しかも子猫ですわね。親とはぐれたのでしょうか」

「……みぃみぃー♪」

「どうしたのですか。ここにいると危ないですから」


さすがに心配なので抱え上げると、その子が瞳をジッとのぞき込んでくる。

その瞳に私の姿が、真っすぐに映し出されて…………ゾッとした。


「ッ……!」


何……嘘、どうして。

私は、古手梨花……古手梨花だった、はず。

なのに何で? 瞳に映る”私”は、私じゃなかった。


黒く湾曲した角。

薄紫の長い髪。

梨花とは正反対に、小柄だけど成熟した女性としての体型。


服こそ梨花だけど、違う……私は、私は……!


そこで温かい両手が、私の両肩に乗っかる。ハッとしながら振り返ると、恭文がいた。


「……その子、安全なところに退避させないと駄目だね」


まるで全部分かっていると言わんばかりに、恭文は頷(うなず)きそう言ってくる。


「魅音、梨花ちゃんと一緒に古手神社まで退避する。大丈夫かな」

「あ、うん……それは大丈夫だけど」

「ありがと。すぐに戻ってくるから、ちょっと待っててよ」

「恭文」

「いいのよ。小さな子猫一匹救えない奴が、村を救おうなんてちゃんちゃらおかしいもの」

「みぃー♪」


こうして私は、恭文の転送魔法で古手神社の方に……山狗達も大混乱の中だけど、だからこそそんな余裕もあった。

それで私は、腕の中にいる黒猫さんに突きつけられていた。


私が忘れていたもの……私が見過ごしていたもの。


何より、私が勘違いしていたものを。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――そこで、通常回線とは別口で通信が入る。

鷹野に聞かれたくないものだと判断し、がく然とする奴から離れ、小声で無線に応えた。


『指揮車より鳳1……緊急事態です。谷河内(やごうち)のヘリ発着場が襲撃を受けました。
区画への侵入者警報を感知しましたが、すぐに解除されました。誤報時の手続きに寄らない解除です』

「……応答はあるのか」

「現在区画の保安隊も含め、全員が沈黙しています』

「………………へへへへ………………へへへ………………ははははははははは……………………」


もう笑うしかない。まさか……まさか……H173-2のことまで看破されてしまうとは。

察するに診療所襲撃は、入江所長や北条悟史達の確保だけじゃあない。

テロ的な爆弾やらがあったときに備え、その情報を得るためにも……で、それは見事に当たっていた。


迂闊(うかつ)にも、通信でH173-2について触れたからなぁ。

診療所のメインサーバーには入れていない情報だが、三佐の執務室……そこのパソコンとかなら。


だが谷河内を潰したのは誰だ。鷹山・大下の二人か。だとすると、興宮(おきのみや)署にも大まかなことはバレている。

幾ら『東京(とうきょう)』の工作員がいるとはいえ、状況が状況だからな。さすがに全てを隠すのは不可能だろう。

つまり……警察の増援もじきに押しかけてくる。PSAや公安辺りが主導権を取るにしても、俺達は退路を完全に断たれたわけだ。


富竹が仕留められたとしても、九割方詰んでいる……今こそ、本当の意味で理解したよ。

何が機甲師団だ。何が戦術核が必要な相手だ。……そう言いながらこの瞬間まで、油断を捨てきれなかったじゃねぇか。

相手が迷彩服を着ていたなら……なんていうのは言い訳だ。結局ただのクソガキどもだと見くびり、最後の最後までその認識が抜けなかった。


しかも違和感を覚えていたのにだ。……鷹山・大下刑事はここにいない。園崎組や村の大人どもも、公安の連中もだ。


(ほんと、大したもんだよ……)


子どもの時分で、よくもここまで……こうも好き勝手にやられると、怒りや嘆きより……ただただ感服する。

本当に俺は、情けない指揮官だ。そりゃあ……なぁ? 敵の大きさも正確に見抜けなかったって言うんじゃあ……!


「……分かった。そいつは『東京(とうきょう)』の郭公に伝えたか?」

『まだです。連絡しますか』

「連絡しろ。富竹は奪還されて脱出……村境で封鎖線を張らせているが……無理だろうな」

『封鎖線に応援を送りますか?』

「ばぁか。そんな余剰人員があったら、お姫様が突撃させているぜ。今、手が空(あ)いているのはお前くらいだ。
……封鎖線に連絡。車両の強行突破に備えろと伝えろ」

『りょ、了解……』


既に九割方詰みだが……まだだ。

まだ、この勝負を下りるわけにはいかねぇ。

繰り返しになるが、三佐のせいだけにはしない。


これは俺が、自分で選んだ戦場だ。理由はどうあれRを、この村の滅びをよしとし、そういう連中の側(がわ)についた。

ゆえに俺も、俺なりのやり方で責任は取る。あとは……それが軽いか重いかの問題だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――了解。警戒を厳にする!」


本部からの通信を終えて、部下達に粛々と指示。


「各自聞け! 診療所が襲撃され、捕虜を奪われたとの連絡が入った! 敵は恐らく車両にて強行突破を試みる!」

「一つ質問が! 敵は蒼凪恭文ですか!」

「いや! 蒼凪恭文は現在、隊長達と交戦中だ! 恐らくは大下・鷹山両刑事だろう!」


――そこで全員の表情が険しくなる。


それはそうだ……敵はこの国の危機を幾度も救ってきた伝説≪レジェンド≫。軍隊崩れともやり合える規格外。

ただの刑事だと侮った結果、数々の犯罪者が、権力者が、テロ組織が痛い目を見てきた。

だが、我々はそういうわけにもいかん。何せ作戦成功の鍵は、今この手に握られているのだから。


「RPGを準備! 他は一斉射撃で蜂の巣にしろ! 射殺許可は出ているぞ!」


退院の一人が頷(うなず)き、路肩に止めてあるワゴン車に駆け寄る。後部ドアを開き、荷台にある細長いケースを開いた。


円筒形の砲身。

仰々しいスコープ。

その各部の調子を確認した上で、緑色の弾頭が装着される。


これこそソ連開発の携帯対戦車榴弾(りゅうだん)発射機≪RPG-7≫。

装薬による発射と同時に、砲身後方からのガス噴射で反動を相殺するクルップ式無反動砲。

なお、弾薬の多くは加速用にロケット推進機能を備えている。



……PRG-7は戦争の歴史を変えた兵器だ。

比較的安価であり、取り扱いも楽で、構造も単純極まりなく、弾頭を合わせても十キロ前後。

対戦車兵器の中でも軽い部類に入る割に、その射程は数百メートルに及び、威力は地上にあるほとんどの戦車を一撃で屠(ほふ)る。


それを今も言ったように、安価で、難しい操作もなく、十キロ前後という……普通の兵士なら抱えて走るのも楽なサイズで。

つまるところこの武器の登場により、一人の歩兵が一台の戦車を撃破する……それだけの火力を持つ時代が訪れた。

その結果同じロシア生まれのAK-47と同じく、発展途上国や軍隊、我々のような非正規部隊でも多く運用されている。


更に他の隊員四人も、短機関銃≪H&K MP5≫を装備。

口径9mm。弾は9×19mmパラベラム弾。命中率も高く、対テロ作戦部隊などでは標準的な装備だ。

……幾ら伝説の刑事と言えど、この絶大な火力を持つ封鎖線の前には無力だろう。


我々はワゴン車の中に待機し、不審車両が来たら車を道路の真ん中に出して封鎖。全員の一斉射撃で敵を殲滅(せんめつ)する構えだ。

慎重に後方の……雛見沢(ひなみざわ)方向から、不審な車が来ないかを見張る。

雛見沢(ひなみざわ)と町を繋(つな)ぐ街道はこの一本だけ。他の道を使い、別の人里に出るのは半日がかりの仕事になる。


砂利道と舗装道路の境目であるここは通称”村境”とも呼ばれ、村から出るものを阻止できる最後の場所となっていた。

雛見沢(ひなみざわ)の方が高いから、敵は下ってくる形となる。こちらが車でバリケードを作ることは読めているだろう。

十分な阻止火力を持っていることも理解しているはずだ。ならば、一気呵成(いっきかせい)な強行突破しかあり得ない。


さもなければ、この封鎖線を完全に無力化するだけの銃撃戦が必要になるが、それには相当の時間をかけるだろう。

……無論、ロートル刑事二人に後れを取るつもりはないがな。火力が違うんだよ、火力が。


まずは時刻を確認しようとした………………そのときだった。雛見沢(ひなみざわ)方面から車の爆音が聞こえてくる。

けたたましいエンジン音……更にタイヤのグリップ音からして、相当の速度を出して突っ込んでいるようだった。


「来たぞ!」


運転手がワゴン車を出し、道路に横向きで停車。他の隊員たちは車の陰に隠れる……又は道路脇の草むらに伏せ、銃口を向ける。

無論その狙いは、砂塵(さじん)を吹き上げながら迫ってくる不審車両……!


「運転席チェック!」

「もうやっています!」


双眼鏡を使い、若い観測手が車をチェックする。黒塗りの外車……ロールスロイスっぽい車を。


「……間違いありません! 大下勇次! 後部座席に…………富竹二尉を発見!」

「飛んで火に入る夏の虫だな……」


ここは非常に長く、見通しのいい直線だ。幾ら速度を出そうとも、完全に補足されている……逃げ場などない!


「ギリギリまで引き寄せろ! 撃てるのは一発だぞ! 一撃で仕留めろ!」


RPG-7は無誘導ロケット弾を放つ。本来であれば高速移動する目標に当てるのは、至難の業だ。

だが、真正面から突っ込むようではなぁ。しかも車の機動限界から、急激な方向転換は即座に転倒を意味する。

砂利道と舗装路の変わり目ゆえに、足場も乱れているから余計にだ。そこを誘えるのであれば、直撃を狙う必要もないということだ。


もちろん……戦車をたたき潰す火力の武器なので、直撃しなくても車をひっくり返すくらいは楽勝だろうが。

撃てるチャンスがたとえ一度だけだったとしても、先制攻撃の有利は我々にあった。


これで富竹を確保すれば、今日の劣勢は全て覆せる……隊長達が、俺達の仲間があんなガキどもに負けるはずもない。


勝利するのは、俺達だ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


詩音ちゃんのお付き……葛西って人から借りた車は実に御機嫌。アクセルも、ハンドリングもよく整備されている。

タイヤもいいところを使っているから、この悪路でも十分に路面へと食いついてくれていた。


「富竹さん、出てきたよ……怪しいお仲間達がタップリ!」

「注意して! 向こうの鼻先へ当てるように」


というわけで、やっちゃんが用意してくれたグレネードランチャーを右手で取り出し、開けていた窓から腕を出して……トリガーを引く。

放物線を描くように、大きく飛んでいった砲弾はピッタリワゴンの鼻先へ辺り……爆発。

その衝撃からワゴンが強制的にスピンし、横倒しになる。その結果に満足した上で身を引っ込め、窓を閉じてーっと。


「いや、車を……だったんだけど……あはははは、さすがですね」

「そりゃあもう。……さて」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


射線を塞いでいたワゴンは大破し、運転席にいた奴も血を流して重傷。

影に隠れていた隊員達は、咄嗟(とっさ)の退避が間に合って何とか無事だったが……正気かぁ!?

いきなりグレネードをぶっ放してきやがった! しかも、あの距離から当てただとぉ!?


「くそぉ! やってくれやがった!」

「落ち着けぇ! プランは変わらん……引きつけろ! 今ので相手も油断しているはずだ!」


一喝している間に、爆走する車を真正面に捉え、全員の照準がぴたりと合わさる。

さすがにこの状況で、身を乗り出す度胸はないらしい。それはつまり……先ほどのような攻撃はないということだ。


「まだまだ引き寄せろ……! 距離百未満まで引き寄せろ!」

「分かっている! 測距していろ!」


草むらに身を伏せた射手は、一番安定する匍匐(ほふく)姿勢を維持。その姿はさながら、生涯一度の獲物を、味わい尽くそうと舌なめずりしているよう。


「距離二百、百五十……………………攻撃用意!」


射手の指が、RPG-7の引き金にかかり…………。


「距離百! 撃てぇぇぇぇぇぇぇ!」


ロケット弾が発射され、車は木っ端みじん…………そんな姿を幻視していた。

だが――砲声は響かない。一秒経(た)っても、二秒経(た)っても。慌てて射手を見て、ギョッとする。

RPGを構えていたはずの射手は、肩を撃ち抜かれ、血を流しながらも苦しんでいた……!


銃声はなかった。当然車からの攻撃ではない…………となれば。


「ス、スナイパー!? 銃声はなかった! 距離四〇〇以上だ!」

「そんなのはどうでもいい! 撃て! 撃て撃て撃て撃てぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


となれば、後は銃の火力で止めるしかない……! 全員でMP5を構え、一斉に銃火を浴びせかける。

だが、すぐにおかしいことに気づく。既にMP5の射程距離……通常なら車は穴だらけとなり、エンジンなりに引火してもおかしくない。

なのに……命中しているのに、車の装甲から激しく火花が走り続けているのに!


車は、何の問題もないと言わんばかりに走り続けているんだ! まさか、弾が弾(はじ)かれている!?


全て! 一発も通らず! ただ優雅にドライブを楽しんでいるというのか、コイツはぁ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――そりゃあそうです。園崎家御用達(ごようたつ)の防弾リムジンですから」


大下のおじ様もなかなかに豪快……さすがはやっちゃんのお友達。いや、それは右脇で寝そべっているおじ様もですけど?


「……おじ様! RPGを観測手が拾った! 撃たせるな!」

「OK……ベイビー」


私とおじ様は病院から脱出後、あの直線道路のずっとずっと向こう……。

敵から見ると、丘になった向こうの死角にある、捨てられた廃車の屋根に上がっていた。

私は膝立ちで、軍用の高性能双眼鏡で敵の動向を確認。おじ様は屋根の上に伏せて、ドラグノフを構えていた。


なお、これは私の指示です。土地勘から待ち伏せならここだと判断し、連中の検問所を狙撃戦で制圧ってお話ですね。


……とか言っている間に、観測手がRPG-7を拾い上げようと、右手を伸ばす…………その手が瞬時にはじけ飛んだ。

手の甲が撃ち抜かれ、衝撃から指を根元から引きはがし、そもそも拾うという行為そのものからお別れさせる。

その痛みに呻(うめ)き、悶(もだ)え苦しむ観測手は捨て置き、他の奴らを警戒ーっと。


「ヒット……おじ様、いい腕ですねー。葛西にも負けてませんよ」

「それはこっちの台詞(せりふ)だ。詩音ちゃんもいい目をしている……どこで覚えた」

「ダム戦争時代、渡米して軍事訓練を受けたんですよ。まぁ救護とかが中心ではあったんですけど」


でも、こういう狙撃訓練も……本当は葛西にさせたかったんだけど、村人達の避難や村内の警戒もあったから。

だけどおじ様もなかなかですねぇ。殺しはしないけど、確実に戦闘力を奪っていますよ。


……これが所轄の刑事さんだって、信じられます? 私は無理です……大石とかと同年代ってのも信じられません。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


もう車は至近距離まで迫っていた。はね飛ばしてもかまわない……そういう覇気を感じ取り、全員が慌てて飛びのく。

吹き飛んだ右手の痛みに呻(うめ)きながらも、何とか……木陰へと入り込み、指示を飛ばす。


「追撃……しろぉ!」


車が……俺達の勝利が遠ざかっていく。だから全員が慌てて、まだ無事なワゴンへと飛びつく。

しかしそんなみんなの足を止めるように、また狙撃弾が飛ぶ。


「……銃声が完全に着弾より遅れているぞ……! 長々距離狙撃だ! 狙撃教練を完全に終了している、ベテラン狙撃手だ!」

「後、それと同格のベテラン観測手がペアです! こっちの動きが丸見え……狙いが正確過ぎます!」


スナイパーライフルというものは、狙撃に特化する余り幾つかの欠点を備える。

その一つを挙げるなら、スコープだ。拡大率が高いそれは、遠くの標的も的確に捉え、観察し、狙うことができる。

しかしその高さゆえに視界が極めて狭くなり、戦況判断に遅れる場合がある。


それを補うため、観測手とペアを組むのが定石だ。

狙撃手が点を見ているとしたら、観測手は面――視野が広く強力な双眼鏡で戦況を見極め、狙撃手にそれを伝達する。

……狙撃手は、一人では活躍できない。そんなのは漫画の中だけだ。


同格の観測手と組んで始めて、狙撃手はその真価を発揮するんだ……!


「く……!」

物陰に隠れた隊員達は、何とか車に乗り込もうとする。だがそれを牽制(けんせい)するように、超高速のライフル弾が撃ち込まれ続ける。

その弾丸は音を超える……その呻(うな)りはMP5や拳銃のものとは全然違う。まさに、死に神が鎌を振るう音にも似ている。

当然このMP5じゃあ、奴らのいる位置には届かない。だが……希望はあった。


この圧倒的不利な状況で、果敢にも若い隊員二人が何とか車に取り付き、入り込んだのだ!


敵スナイパーが、ワゴンのタイヤを潰しにかからなかったのが幸いした。俺達に挨拶もなしだが、それは問題じゃあない。

モタモタしていれば、あっという間にヘッドショットなりを食らって終わりだ。それは二人も分かっている。


……今すぐ追いかけなければ、本当に終わると。ゆえに即断で突き動かされたワゴンは、一気に加速する!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


古手神社は朝の騒ぎがあったせいか、人気もなく実に静かだった。逆に誰かしらうろついているかと思ったら、そうでもなくて。

さっきまで感じていた戦場の空気が嘘みたいで、面食らいながらも足を進める。

恭文に促されながら、やってきたのは……古手神社の祭具殿。重く閉ざされた南京(なんきん)錠は、いつの間にか解錠されていて。


「僕はここで待っているよ」

「恭文……」

「いいから、ほら」


……背中を押され、恭文に頷(うなず)きながら祭具殿に入る。

相変わらず埃(ほこり)っぽい……あと、初夏を迎えているせいで妙に蒸し暑い。

そんなどんよりとした空気にウンザリしていると、黒猫が腕の中からぴょんと飛び出す。


その子は着地し、トタトタと歩き出した。まるで道案内をするみたいに……奥へ奥へと、どんどん進む。

さほど広くはない祭具殿の中、私は一つの扉に行き当たる。あの子はひょいっと飛び上がり、ドア上の通気口から中に入っていく。

私も重苦しい扉を開き……祭具殿の深淵(しんえん)を開く。


表の玄関からここまでは、はっきり言えば単なる物置。でも、ここからは違う。

鍬(くわ)や拘束台、針のむしろ……仰々しいそれらは、はっきり言ってしまえば拷問器具。

過去……雛見沢(ひなみざわ)で起きていた凄惨な出来事。それが事実だと示す”祭具”の数々がここには置かれていた。


無論、伝えられてきた惨事は、決して悦楽のために行われたものではない。

恭文と圭一達にも話したけど、この実りも少ない寒村で生き抜くために……類い希(まれ)なる奇病と共存するために、致し方なく刃を振るってきた。

鉄の掟(おきて)がなければ、奇病が心を蝕(むしば)むから。残虐な”祭事”がなければ、その恐ろしさを誰も理解できないから。


狂った村の仲間を、身と心が引き裂かれながらも殺していく。

村に来てしまったよそ者を、悪と認識しながらも村に閉じ込め、仲間として引き込んでいく。

それは罪だろう。しかし……彼らも必死だった。だから、今の雛見沢(ひなみざわ)に繋(つな)がった。


雛見沢(ひなみざわ)はようやく……この世界では平成(へいせい)の世を迎えて、ようやく外界と繋(つな)がり、共存する道を見つけられたんだ。

だからここにある祭具を見ると、浮かぶのは恐怖ではなく悲しさだった。


そうまでして生きて、生きて、生き抜いて……未来を繋(つな)ごうとした村人達の足掻(あが)き。

その村人達の慟哭(どうこく)を、祭具達は間近で見続けていたのだから。


「みぃー」


あの子が『こっちだよー』と言わんばかりにひと鳴きして、祭具殿の左手にある祭壇を見上げる。

そこに置かれたのは、この薄暗い中でも光り輝く水晶。ビー玉サイズのそれから感じるのは、既に馴染(なじ)みのある気配。

その気配によって、先ほど襲ってきた衝撃が真実であり、自分がとんだ勘違いの上でここにいると……改めて理解した。


水晶は恭しく小さな座布団の上に鎮座して、ただのビー玉と違うことを示している。

それも当然のこと。だってこれは……『私』が遠い昔、古手の家へ託した秘宝の品なのだから。

その水晶宮が、どんな機能を持っているのかも理解する。だから手に取り、水晶を耳に当てる。


……すると私の意識と身体は、水晶から放たれた光に溶け込み……その中へと吸い込まれていく。


水晶の中には、幾つものカケラが浮かんでいた。

私達が旅してきた世界の景色……惨劇が、悲劇と喜劇が映り、漂っていく。

そんな世界の中、漂う女の子が一人。それは紛(まぎ)れもなく”古手梨花”だった。


「……ようやく会えたわね、羽入」

「はい……梨花」


……私は自分の姿を、もう一度見てみる。それはあの黒猫の瞳に映っていたものそのもの。

そう、私は古手梨花じゃない。私は羽入……人は我を、オヤシロ様と呼ぶ。


(第23話へ続く)






あとがき


恭文「というわけで、今回のお話は最終決戦中盤……初夏の祭りはまだまだ終わらない」

フェイト「梨花ちゃんが羽入で、羽入が梨花ちゃんで…………ふぇぇぇぇぇぇぇ!?」

恭文「フェイトが混乱するのは気にせず、本日のお相手は蒼凪恭文です。……みんな、狩りは楽しんでいるかな!」


(Apocryphaコラボで大暴れー。なお、作者は小説を書いていたためちょっとお休みしていた)


恭文「その間にアタランテが、スパルタクスが撃退され……残るはフランちゃん。
まぁまだまだイベント期間はあるし、のんびりいこう……。
というか、のんびりいくしかない! なぜなら明日から、フェイトチャレンジ2018がスタートだから!」

フェイト「う、うん! スコープドッグのプラモも用意したし、頑張るよ!」


(閃光の女神、ガッツポーズ。……なお、設定とか〇〇機というのは余り気にせず、気楽に作っていく予定です)


フェイト「それでえっと、スコープドッグってなんだっけ」

恭文「………………はぁ!?」


(その後、閃光の女神はバンダイビジュアルにて『装甲騎兵ボトムズ』全話視聴を敢行するのだった。
本日のED:TETSU『炎のさだめ』)


フェイト「ちょっとしたジョークだったのにー! ふぇぇぇぇぇぇぇ!」

アビゲイル「ふだんの行いがあるから、全く冗談に聞こえないわ……」(ギンガマンの配信を見ながら)

ルカ(ゴーカイ)「これがギンガマンの戦ったバルバンってやつね。
…………あたし達、この如何にも悪役な奴らと同一視されていたの!? いや、今更だけど!」

アビゲイル「これが宇宙海賊……!」(たこ足ぶんぶん……興奮しているらしい)

古鉄≪それと幕間リローデッド第16巻が販売中……ご購入いただいたみなさん、本当にありがとうございました≫

ジガン≪とまと同人版を今後ともよろしくなのー≫


(おしまい)




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あきゅろす。
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