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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第21話 『B.A.T.T.L.E G.A.M.E/PART1』


……やっちゃんとレナさんが診療所を飛び出した直後、私は……監督と富竹のおじ様に付き添われるようにして、その病室の前に立っていた。

その病室には、目を閉じて眠っている男の子。その脇には、とても大きな熊のぬいぐるみ。

幾つものケーブルとチューブに繋(つな)がれた眠り姫……ならぬ眠り王子は、ただ静かに、穏やかに吐息を立てている。


その優しい表情も、金色の柔らかな髪も、最後に見たまま。体格は……ちょっと、大きくなっているだろうか。

五メートル近いガラス窓に手を当て、声にならない声を必死に束ねて、その子に届ける……その子だけに届ける。


「悟史、くん……!」


ずっと探していた、私の大切な人。ようやく会えた、私の大切な人。

いろいろ気づかってくれたやっちゃん達には感謝しつつ、その場で膝を突く。


……感謝の次に訪れたのは、言いようのない怒りと嘆きだった。


「……監督」

「はい」

「梨花ちゃまから、聞きました。悟史くんを……起こしちゃいけないって」

「えぇ」

「どうして、ですか……!?」


分かってる……全部、分かってる。梨花ちゃまは申し訳なさげに説明してくれた。でも、納得できない。

していたはずなのに、飲み込んだはずなのに、そんな疑問が出てしまって……!


監督もきっと分かっている。でも、私の八つ当たりに近い言葉と視線を受けてなお、監督は……静かに答えてくれて。


「一年前、悟史くんは末期症状に陥り、私の判断で入江機関に収容しました。
命に別状はありませんでしたが、彼には……目に入るものの敵味方、真実と虚構の区別が付かないんです。
過度の被害妄想と恐怖に取り憑(つ)かれ、それから逃れるために……窮鼠(きゅうそ)が猫を噛(か)むように、目の前にいるのが誰であろうと襲いかかります。
現に不用心なスタッフが、整形手術を必要とするほどの大けがをしました。彼は……たとえあなたや沙都子ちゃんであっても、例外としません」


その通りだった。

ベッドの上で寝ている悟史くんには、毛布をかけられている。でもね、その上から……シートベルトのようなものが、二本かかっているの。

ベッドから起き上がれないようにしている。ううん、固定されている。腕や足も、革製のベルトで固定されていた。


しかもそのベルトは……乱暴な、何かの痕跡が幾つも刻み込まれていて。もうほころびが見えるの。


「………………それって…………治るん、ですか」

「……」


監督は、そこで沈黙する。医者として……治るなんて言えない。そんな無責任な言葉は言えない。

そういう苦慮が表情から見て取れて、奈落に突き落とされた気分になる。


もう、治らない……悟史くんは、あの笑顔は……もう……!




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第21話 『B.A.T.T.L.E G.A.M.E/PART1』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


泣きじゃくる詩音さんを見て、脳裏に浮かぶのは……仲が良かった両親の顔。


私がこの道に入ったのは、両親の影響だった。別に両親が立派な医者だったという話ではない。

仲の良かった両親は、ある日突然に崩壊した。そのキッカケは、父が仕事場で軽く頭を打ったこと。

本当に軽くだ。本人も気を失うようなことはなかったし、ちょっとした笑い話で流してしまっていた。


だが、それから父は豹変(ひょうへん)した。厳しくも穏やかだった父は、突如母に暴力を振るい始めた。

粗暴な行いが目立ち、それが幾度も重なり……父は周囲の人間から、ついには母からも見捨てられて、孤独に死んだ。

私はその頃には医学への道を志し、勉強に励んでいたのだけど……あるとき、担当の教授にこんなことを言われた。


――お父さんはもしかしたら、脳にダメージを受けていたのかもしれないね――


脳は人そのもの……プラシルαの話でもあったように、脳の分泌物が精神すら形作っている。

となれば、その脳の異常によって、突然人が変わってもおかしくはない。それは、私にとって救いでもあった。

仲が良かった二人のことを……あんなに父を慕っていた母が、父を蛇蝎(だかつ)の如(ごと)く忌み嫌うまで、止めることができなかった。


私にも原因が分からなかった。私にも、なぜこんなことになったのか、分からなかった。だが……その可能性に行き当たった。

だから、それは救いだった。しかし余りにも遅い……遅すぎる発見でもあった。

既に父の遺体は火葬されていて、病理的検証は不可能。親戚や周囲の人達に説明しても、誰も彼も『そんなのはあり得ない』の一点張り。


市井の人々にとって、脳がそこまでの存在だと認識されていなかった。

そもそも損傷を受けたなら、父はそのときに死んでいるはずだ……などと言う人もいた。

しかしそれは誤解だ。小さな損傷によって、大きな変化が現れる場合もある。過去の事例も説明したが、それでも納得してもらえなかった。


それで一番辛(つら)かったのは、母にも理解されなかったことだ。母は結局、死ぬ直前まで父への恨み言をぼやき続けていた。

今にして思えば、母も、彼らも、そうして自分達の罪から逃げていたのかもしれない。

父が全て悪く、その小さな変化に気づかなかった自分達は悪くない。足蹴にするが如(ごと)く罵ったことも悪くない。


そうして逃げて、逃げて……彼らはいつしか、逃げるという感情すら忘れ、それを真実として生きていく。

……雛見沢(ひなみざわ)の方々を見て、北条家への仕打ちを見て、そんなふうに考えてしまうときがある。


それで母達を責めるつもりはない。結局のところ、一番無力なのは私なんだ。

私は医学を志しながら、父が病気である可能性を考慮しなかった。もし私がもっと早く……そう考えて、私は脳医学の道に進んだ。

そうして突き進んだ結果が、これだ。悟史くんの件でも同じミスをしているので、本当に成長がないと思う。


だが、それでも……。

今、目の前に一人の少年がいる。

今、目の前に涙する少女がいる。

今、少年を待ち続けるもう一人の少女がいる。


三人を助けることで、過去の後悔が消えるわけじゃあない。

三人を助けることで、私の罪が消えるわけじゃあない。


それでも今なら、『あと五年早く、脳医学を学んでいれば』と後悔はしなくて済む。

自画自賛するようであれだが、数え切れないほどの勉強と努力を積み重ねたつもりだ。

少なくともこの病気においては、鷹野さんの次に詳しいという自負もある。


だったら、道は一つだ。

そうだ、何を迷っていた。蒼凪さんに、アルトアイゼンに問われて、約束したじゃないか。

それでも詩音さんと悟史くん当人の前で、足踏みをしていた弱い自分。そんな自分を罪と断じて、一歩踏み出す。


今を変えるために……私は、ありったけを賭ける――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「治します」


その言葉で吹き上がったのは、怒りだった。だって、余りに無責任だもの。

雛見沢症候群が厄介な病気なのは分かって……なのに、なのに……!


「絶対に、治します」


なのに監督は、そんな怒りも受け止める覚悟で、繰り返す。


「どうして、ですか。だって……症候群、今は治らないって……なのに、なんで……なんでぇ!」

「私が医師として……いいえ! 一人の人間として、そうすると決めました! 今すぐにとは、残念ながら言えません!
どうやってとも……今は言えません! ですが、それでも……それでも私は、彼を治します! 命を賭けたっていい!
彼だけじゃない! この病気で苦しむ人がもう現れないように、全力で! ……それが、彼をあなたと沙都子さんから奪った……私の償いです」


その言葉で、もう何も言えなくなった。

苦しかった……この一年、本当に苦しかった。悟史くんがいなくなって、探しても手掛かり一つなくて。

それは全部、この病気の……私と沙都子に何一つ言わず、悟史くんを奪った監督の仕業だった。


殺してやりたい。壊してやりたい。こんな無責任なことを言えるこの人を……一瞬でも、強くそう思った。


でも…………。

監督だって苦しんでいた。


病気のことを話すわけにもいかなくて。

かと言って治す手立ても見つからなくて。

嘘を吐いて、突き続けて……ずっと苦しみ続けて。


それでも、治すと……それしかないと、私に命さえ差し出す覚悟で……!


「……僕が口を出す権利はないけど……詩音ちゃん、一つ言わせてくれ」


すると富竹のおじ様がハンカチを取り出し、そっと私の涙を拭ってくれる。


「悟史くんの状態は、微弱ではあるが回復傾向にあるそうなんだよ」

「え……」

「そうでしたね、入江所長」

「……えぇ。一年を通して計測して……最近、気づいたことなんです。人間の身体は弱くありません、むしろたくましいんです。
それは脳も同じです。脳に致命的損傷を負った人が、奇跡的に回復を遂げたという報告は世界中にあります。
悟史くんは、帰ってこようとしています。必死に戦っています」


悟史くんが……慌ててまた窓にすがりつき、悟史くんを見つめる。

むぅって、言ってくれない。頭を撫(な)でてもくれない。その表情もただ穏やかに眠り続けるだけ。


でも、戦っているの?

自分の妄想と怒りだけで作られた世界から、抜け出そうとしているの?

こうしている今も、必死に……!


「私も負けません。帰ろうと戦う悟史くんを連れ戻すために……私は今後も研究を続けます。
そして必ず! 悟史くんを雛見沢(ひなみざわ)に連れて帰ってみせます!」


また、監督は言い切った。

無責任じゃない……命を賭けて、全てを賭けて。

悟史くんの戦う意志を、その強さを信じてすくい上げるって……!


「この……この入江恭介が、絶対と言うんです! 悟史くんも、必死に病気と戦っています!
互いに手を伸ばし合って、届かないわけがない! だから詩音さん……私を信じて、その日まで待っていてください!
絶対! 絶対……この入江恭介が! 彼を連れ帰ります!」


それは魂からの叫びだった。全てを……ありったけを賭けてもいいと、その目が、言葉が訴えていた。

私のちっぽけな怒りや絶望なんて吹き飛ばす、煌々(こうこう)と燃え上がる炎。それを見ていると自然と、希望の日を信じられて……。



「ほ、本当に……本当に、ですね……!? 悟史くん、帰ってくるんですね!」

「絶対です……私の人生全てを賭けてでも、必ず……連れて帰ります……」

「本当に……ぅぁう…………ああああ……ぅああああああああああああ!」

「その日まで……私と、待ち続けていられますか。この悲しい事実を、沙都子ちゃんに内緒に」

「…………あ、沙都子はもう知っているので……はい」

「あ、そうなんです…………………………はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? ちょ、じゃあ……蒼凪さんー! というか梨花さんー!」


あぁ、そっか……監督はその辺り、聞いてなかったんですね。あははは……なんか、何時(いつ)もの監督に戻ったみたいで、ちょっとおかしいかも。


(あぁ、そうか……)


そうして笑いながら、静かに悟る。


(あれはやっぱり、予知夢だったんだね)


私が鬼婆(おにばば)やお姉を信じず、暴走して……みんなを殺す夢。

でも、一番悲しいのは、私が恋い焦がれた悟史くんを……信じていなかったこと。

悟史くんが帰ってくるって、信じられなかったこと。


あの夢で、私がなぶり殺した沙都子も信じていたのに……強く、誰よりも信じて、戦っていたのに。

私は会えない寂しさに負けて、信じなかった。そうして大切な人達を傷付けて、破滅した。

でも、そんなのはやめよう。そんなの、誰も幸せにならない。


きっと、悟史くんだって望んでいない……あのとき、圭ちゃんに言われた通りだ。

悟史くんが望んでいる世界は、きっと……! だったらもうジッとなんてしていられない。


みんな、戦っている。私も戦わなきゃ……そうして、悟史くんとの未来を。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


午前一二時一二分……取り残される形となったスナイパー達もぶちのめし、懸念事項だった火食連中共々拘束。

祭具殿の牢屋(ろうや)に武装解除&丸裸状態で放り込んでいるので、もう何もできない。両手両足の筋もキッチリ断ち切っているしね。


もちろん火食連中には、サクッと例の手錠を拘束している。……ここが一番安心しているところだよ。


「これで沙都子も安心って感じかな」

≪えぇ≫


祭具殿と言うだけあって、中は古めかしい調度品で一杯だった。……拷問器具や牢(ろう)については、もういらないと思うけど。

とにかくその最奥……はしごの付いた縦穴をスルスルと降りて着地。そこから続く横穴へとひた走る。


≪ついでに奴らの目は私達に引きつけられる。アイツらが勝つ目を”あえて”残しつつ戦った甲斐がありましたよ≫

「ここからが本番ってわけだ」


というわけで、急いで全力ダッシュ! 薄暗い通路をひた走りながら、通信機(山狗使用)を操作してーっと。


『――もしもし、やすっち?』

「やすっちだよー」


そう、相手は魅音です。レナには先んじて向かってもらいつつ、山狗用の通信機を届けてもらっていた。

レナもキチンと到着した上、合流もできているようで何よりだよ。


『そっちはどう?』

「怪我(けが)もなく予定通りに逃げているところ。お願い、助けて?」

『あはははははは! だったら安心しな! こっちも予定通りに準備万端! それに……奴らもなかなかに聡(さと)いねー』


魅音は楽しげにそう語り、更に鼻を鳴らす。


『ちょーっと村中に出ただけなのに、サクッと追いかけてきてる。そっちにいた本隊も合流して、山狩り開始って感じだよ』

「鷹野が凄(すご)い勢いで叫んでたよね。まるでアホウドリみたい」

≪なら、早めにしないと特等席がなくなっちゃいますね≫

『そうそうー。おじさん達で全部食べちゃうよー?』

「それは困る。……よし、蕎麦(そば)屋の出前は超える感じで急ぐわ!」

『待ってるよー』


電話を終えて、僕達は速度を上げる。さすがにこんなお祭りに、隅っこの立ち見なんて寂しいもの。

思いっきり特等席で大暴れしなかったら、楽しめないってもんだ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――今朝の政治的奇襲、及び電子的掌握も含めて、向こうの指揮官は相当優秀です。
そして火器・近接格闘のベテランが最低一」

「そこは認めるけど……でも結局は素人の遊び。それも子どものおもちゃでしょう? だったら」

「なので山岳歩兵が一個師団。師団ってのは……まず山狗が中隊規模。それを三つか四つ足して大隊。
ソイツが更に三つ四つくっついて連帯。それが更に三つ四つで師団ですんね」

「さ……三十倍もの兵力が必要だと言うの!?」

「まだ足りません。砲兵陣地に要請して、山ほどの事前砲撃が必要です。航空支援が得られるなら爆撃機でナパームもばら撒(ま)かせたいところですね」

「冗談じゃないわ! そんな兵力、ここにはないわ! じゃあ、それに満たない山狗で山狩りをしたら、どうなるっていうの!」

「楽じゃないでしょうなぁ。へへへへへ……ははははははははは」


つい不敵に笑っちまうが、三佐はヒステリーを起こしたりはしない。これでも十分伝わったのだろう。

……それでもやり遂げるのが、俺達山狗だと。

そうしてあのガキどもに、大人を舐(な)めたツケを払わせると……特にあの蒼凪恭文≪クソガキ≫だ。


認めてやるよ。確かにお前は格別だ。その年で伝説扱いな活躍をするだけのことはある。

だが大人ってのはよぉ、お前が思っているよりもずっと怖いものなんだよ。


さっきの礼はたっぷりとしてやる。そうして後悔させてやらねぇと、俺の気が済まねぇ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「分かってないねぇ。ツケを払うのも、後悔するのも、全部アンタ達なんだよ?」


太い杉の木に倒木が倒れかかり、天然の樽(たる)を作っていた。その上にベニヤ板などで作られた、小さな小屋が設けられている。

ここは沙都子ちゃんが裏山に幾つも……幾つも作った、秘密基地の一つ。沙都子ちゃん、改めて考えるとたくましすぎるよぉ。

ここからは非常にいい形でふもとが見下ろせて、戦況を見極めたい魅ぃちゃんには極めて好都合な場所だった。


レナは恭文くんに先んじて、みんなと合流したんだけど……!


「やすっちはほんと、いい仕事をしてくれたよ。……奴らの頭には『伝説通りのチビ忍者と刑事』の存在が一番に来ている。
他≪わたしら≫の存在なんて、ただのガキンチョって扱いだ。うん、確かにその通り……でもそこで隙(すき)が生まれる。
しかも完全に詰みじゃあない。自暴自棄に走れる状況でもないから、ただ真っ直ぐに勝利を目指す……勝利に引きつけられる」

「だから不用意に踏み込んで、どんどん引けなくなっちゃう……凄(すご)いね! 魅ぃちゃんの予想通りだね!」

「お、レナの御機嫌も戻ったかー。さっきまでやすっちに『一人先に行かせるなんて……しかも転送魔法なんてー』って涙目だったのに」

「な、泣いてないよ! ちょっと……イラってしただけだし」


一応、分かってるよ。作戦通りだし、恭文くんもレナがいたら戦いにくいって。異能力者相手だしね。

だからそこは……恭文くんを信じる形で、ぐっと飲み込んだ。飲み込んだのに……ヒドいのは恭文くんだよ!


――恭文くん、レナね――

――はいはい、また後でね――

――ちょ、気軽すぎ! というか……待って待って! 転送魔法は駄目ぇ! レナ、ちゃんと言いたいことが……あぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇ!――


レナが強引に残るーって感じで、ぽいっと追い出してきたんだよ!? 後でぜーったい、お仕置きなんだから!


(うん、後で……明日、明後日(あさって)、それよりもっと後)


…………少しずつお仕置きの未来を先延ばしにしていく。怒りを解いて、本当に少しずつ。

そうすると、何でだろう。それがね、すっごく嬉(うれ)しくて、すっごく力強いの。


(今日から先の未来を信じて、今は戦う……戦える!)


その事実が、レナに新しい活力を与えてくれる。でも、それはレナだけじゃない。

この場にはいない、圭一くんも、沙都子ちゃんも、梨花ちゃんも……もちろん、あのすっごく意地悪な子も。


「さぁって……我が部にどの程度敵(かな)うか、お手並みを拝見しようかねぇ」


魅ぃちゃんだってそんな力に後押しされながら、拳をバキバキと鳴らす。


「レナ達、勝てるかな……かな!」


そうは言うけど、不安は一切ない。だから魅ぃちゃんも『何を言ってるんだか』って顔で笑ってくる。


「向こうの指揮官は無能だね。わたし達を攻めるなら、山岳訓練を終了したベテラン歩兵が一個……いいや、二個師団はいるね!
それをせいぜい中隊規模でとは、未熟にも程があるよ!
さぁって、何人がわたし達を相手にして、この山を無事に下りられるかなぁ……!?」

「いないよね、そんな人」


もちろん、そんな人は一人として出さない。梨花ちゃんにもだけど、村の人達にもこれ以上酷(ひど)いことはさせない。


「全部、ここで終わらせるんだから――!」


今日この日を迎えるための準備なら、たっぷりしてきたんだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「裏山(ここ)は連中のテリトリーでしょうが、逃げ込んだのはついさっきです。陣地もなけりゃあ、トラップ設置の暇もないはずだ。
地の利を生かすにゃあ時間が足りないはずです」

「……でも」

「蒼凪恭文も同じですよ。奴は確かに化け物レベルで強かった……が、雛見沢(ひなみざわ)の地理を生かして戦えるだけの時間がない。
三佐、先ほど言った条件は、奴にも適応されます。その点を生かして戦えば……次こそは」

「そうじゃ、ないの。そうじゃ……あの」

「何か問題が」

「前に……北条沙都子が、自慢げに言っていたのよ。……裏山にトラップを作っていると」


……………………そう、言えば……あのエセお嬢様、そういうのが趣味だって聞いていたような。

確か、園崎魅音がいろいろ教えていたらしいな。つまり、この裏山は……いや、さっき、園崎本家でも仕掛けられたトラップは……!


(そういう、ことか……!)


やってくれたぜ……あのトラップは、火食を誘い出すためのものか。こっちの最大戦力をさらけ出させ、それを”最大戦力”で一掃する。

火食がいれば、裏山のトラップも大半は一掃できる。あれこそ三佐にさっき言った、事前砲撃を行える規格外戦力≪切り札≫ってやつだ。

こっちの情報を握っていたからこそ、的確に手札を潰しにかかったのか……! ヤバい、コイツはよそう以上にヤバいぞ。


もう一度言うが、俺達にはもう戻る場所もない。このまま、全力で進み続けるしかない。

そんな道が、茨(いばら)どころか地獄への片道切符かもしれないんだぞ……!


だが、それで自暴自棄になることもできない。勝ちの目はまだ見えている……絶妙な距離で見えているんだ。

届きそうで届かない。俺達が踏み込めば掴めそうな距離に。それがもし、”奴らの想定通り”なら?


『こちら雲雀(ひばり)! 対象の一人を発見――Rは視認できず!』


そこで届く通信。普通ならば思ったよりも早かったので、流れがこちらに傾いている……そう口にするところだろう。

だが今はマズい。完全に誘い込まれている……こちらの引く道を潰しにかかっている。そう感じている間に、三佐が素早く指示を飛ばす。


「人質にできれば十分よ! Rがいなくても捕らえて!」

「鶯(うぐいす)、聴こえるか! 近隣の班を回して、退路を断て!」

『鶯(うぐいす)了解、バックアップす――――――!?』


退路を断てと命令した途端――そこで響くのは、地鳴りでも起きたかというごう音。思わず三佐と一緒に耳を塞ぐ。


『くそったれ……! 雲雀(ひばり)4、攻撃を受けた! くそ、逃がすな!』

「どうしたの、状況を報告なさい!」

『丸太を山ほど転がしてきました! 雲雀(ひばり)6と5が骨折、裂傷で追撃不能……残りで追撃する!』


早速トラップ……だが、丸太だと? あの小さい嬢ちゃん、どっからそんなもんを運んできやがった!

しかし問題は、対象の一人がそれを避けつつ逃走していること。あぁ、避けている――つまりトラップの位置を把握している。


……そこで頭をよぎるのは、最悪の可能性。蒼凪恭文だけに気を取られすぎていたのだろうか。


『――雲雀(ひばり)11、トラップによる攻撃を受けた! 雲雀(ひばり)12・13が多分……脳震とうだ! あんなの、当たりどころが悪かったら死んでるぞ!』

『ひ、雲雀(ひばり)16……! トラップにやられた、銅線が足に絡まって脱出できない。
ナイフじゃ切断不能……番線カッターを持ってきてくれぇ! 足が、足が切れるぅ!』

『鶯(うぐいす)10より本部! くそったれ……井戸を偽装した落とし穴だ! 隊員二名が閉じ込められ、救出不能!
応援を遅……うわ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


兵達が錯乱状態で無線を送る。そこにはもう、先ほどのような覚悟ある勇姿は想像できなかった。

まだ、甘さを残していた。間違いない……敵は蒼凪恭文だけではない! あのガキどもまで参戦してやがる!


しかもただのやぶ蛇でもなければ、数合わせや囮でもない! 


「どうした鶯(うぐいす)10……応答しろ、鶯(うぐいす)10!」

『う、鶯(うぐいす)4……蒼凪恭文だ!』


しかもあのクソガキも……いや、驚く必要はない。祭具殿の抜け道を使ったんだろう。この裏山に直通ってのも想定の範囲内だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


部隊の背後から飛び出し、最右翼を袈裟の切り抜け――逆刃刀モードのアルトを一振りするだけで、大の大人三人が派手に吹き飛ぶ。

そのまま地面を滑りながら鋭く反転。そのまま左手をスナップ。


≪The song today is ”B.A.T.T.L.E G.A.M.E”≫

「き、貴様ぁ!」

「鷹野三四、山狗部隊――さぁ!」


そのまま突如として吹き荒れる風の中、鋭く奴らを指差し。


「お前達の罪を、数えろ!」

「撃て撃て撃てぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


一斉に放たれるテーサーガンを十字方向への跳躍で回避。そのまま木々を足場を三度跳躍してから、奴らの左翼に。

袈裟・逆袈裟・右薙・左薙と四人を斬り倒し、身を伏せながら回転。

頭を狙い跳んできたテーサーガンの針。それをすれすれで避けながらも、地面を踏み砕きながら左薙の切り抜け。


テーサーガンはワイヤー付の針を射出する仕組みだけど、それ故に単発式。一度打ったら、針を巻き戻す必要がある。

ゆえに奴らはテーサーガンを捨て、あるいは仕舞い、腰の後ろからアーミーナイフを取り出し疾駆。

僕が進んだ方向なら、トラップはない……そう踏んだがゆえの行動。


……でもあまーい♪


「ぬぉ!?」


ある者は足を深みに取られ、前につんのめる。しかもその落とし穴は足一本が入るような狭さ。

故に関節を極められ……ごきりと、膝関節が砕ける。


「がぁ!」


ある者は真横から跳んだ丸太に吹き飛ばされ、腕や肋をへし折られながら木に叩きつけられる。

哀れな犠牲者達によって、この場のトラップが健在だと理解した山狗数名は、足を止めて戸惑いの表情。


「馬鹿な! あそこはアイツが抜けた場所だぞ! なぜ……!?」


とか言っているので、焼夷グレネードを投てき。それは奴らの眼前で爆発し、その身体を炎に包む。


「ぎゃあああああああああああ!」

「あああ……ああああああ! あああああああ!」


炎に炙られた山狗達は、その熱に耐えきれず揃って地面を転がる。……結果奴らは、虎の尾を自ら踏む。

自分の身体でトラップのスイッチを押し……今度はトラバサミに腹を、足を、肩を食いちぎられる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『――鶯(うぐいす)、5から10が、焼夷グレネードとトラバサミにやられた! 出血多量で命に危険あり……救援をぉ!』

「本部より鶯(うぐいす)各員へ! 注意しろ、動きが読まれているぞ!」

『鶯(うぐいす)1だ、どうして動きが読まれるんだ! 上空に無人機の影はないぞ!』

『雲雀(ひばり)1より本部、追跡に失敗……見失った! む、無理だ! この山はトラップだらけだぞ!』

『白鷺(しらさぎ)1より本部……Rを含む数名発見。追跡している、至急応援を送れ』


もう間違いない。向こうは籠城戦のつもりなんざ一欠片(かけら)もない。今やっているのは、敵を誘い込んでの撃破戦……!

少人数での利点を生かし分散。こちらをかき乱し、トラップで絡め取るつもりだ。それならば地の利を生かし逃げ回るだけでいい。

Rがいるなら……いや、たとえいなくても銃で撃つことはできない。誘い込まれて、フレンドリファイアさせられる危険もある。


とにかく武器を持たず、地の利だけは熟知している子どもでもできる戦法だ。文字通りの少年兵というわけか。

罠と忍者に頼るだけではなく、自分達も前に出る……それも俺達を相手にだ。


そこで、思考を絡め取られていたと気づく。

ただのガキが……この場を知り尽くしている奴らが、俺達への切り札だったんだ。

俺は火食を全滅させた、蒼凪恭文の戦闘能力にばかり気を取られて、奴らを過小評価していた。


今朝の政治的強襲もアイツなり公安の刑事がやったものだと、勝手に思っていた。または富竹の発案だ。

だが、もしそうじゃなかったとしたら。

もしも向こうの指揮官が、今の今まで侮っていた”ガキ”の中にいるとしたら。


………………アイツら、イカレてやがる!


「白鷺(しらさぎ)1、用心しろ! 向こうはお前らをトラップ地帯へおびき寄せるつもりだ!
敵は各個分散し、陽動と奇襲のゲリラ戦術で抵抗してくる! 高度だぞ!
既に他班はトラップとアンブッシュで負傷者が多発している! 気合いを入れてかかれ、白鷺(しらさぎ)1!」


……だが返事はこない。ほんの数瞬なのだが、それが妙に胸をざわつかせる。


「……白鷺1!」

『し、白鷺(しらさぎ)2より本部……白鷺(しらさぎ)1がトラップに! 誰か、班長を吊(つる)しているロープ……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

「おい、どうした! 報告しろ、白鷺(しらさぎ)!」

『鶯(うぐいす)1より本部……鶯(うぐいす)11達が負傷した! 襲撃に遭った可能性が高い、応援の許可を!』

『白鷺(しらさぎ)5! 隊員三名が上空から降ってきた、ドラム缶の直撃を受けてこん倒した!
なんなんだここは! こんなのがまだまだあるってのか!』

『ひ、雲雀(ひばり)13だ。やられて倒れてたよう……あ! 今一人発見した! 追跡する! やろう、よくもやってくれやがったな!』

『よ、よせ……雲雀(ひばり)13! お前が一人で勝てる相手じゃない!』


もう…………………………めちゃくちゃだ。

予想外の攻撃で全員が浮き足立っている。全員がこの先の絶望に恐怖している。


こんな場に俺達を……プロの俺達を誘い込める度胸と技術、知略を生かす子どもに……ただただ恐怖し続けている!


(落ち着け……落ち着け小此木!)


俺も同じだ。だからこそ、自分を殴りつけるように叱咤(しった)する。


(数は有利なんだ、決して勝てない勝負じゃない。見積もりが甘かったなら、ここから取り返すしかない)


そう腹を括(くく)り、次は浮き足立っている部下達を叱咤(しった)する。


――もう帰る場所はない。

引き返す道はない。

目の前に、勝利の鍵があるなら、手を伸ばすしかない。


そうして俺達は、この地獄を進み続けるしかなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


沙都子……あぁ、そうだ。北条沙都子だ。するすると逃げるそいつを、必死に追いかける。

こういうとき、背負っている装備の数々が恨めしい。確かに山中だというのもある。

人が普通に歩ける道がないってのもある。それでも丸腰なガキに追いつけない。機動力で完全に負けていた。


なんて涼しい逃げ方なんだ。いや、当然か。奴らは俺達とは違う……ここは奴らの庭。

自分の庭で怪我(けが)をする馬鹿が、一体どこの世界にいる! そして怪我(けが)をしていくのはいつも俺達だけ!

傷つき、倒れ……時に血を流している仲間とすれ違うたび、追えば追うほど、奴らが怖くなる。


子どもではなく、子どもの姿をした何か別の存在なのだろうか。それこそ、本物の鬼。


「ッ……!」


そうして追いかけること数分、広場に出た。そこは森(もり)が切り開かれ、丸太が詰まれた……伐採途中のような場所。

そういえばここは、一応営林署が管理する場所だったと思い出した。だとしたらここの管理は、とっくに放棄されているだろうが。

なぜなら各所で逆さ吊(づ)り、または落とし穴から逆さに突っ込んでいる隊員達が何人もいたからだ。


手錠のようなもので、足を木の根(きのね)っこに拘束されている奴もいる。全身の汗がどっと噴き出る。

今、トラップに誘われている。これは罠……俺はハメられているんだ。


北条沙都子は広場で立ち止まり、切り株の上に立つ。そうして余裕のまなざしを向けてくる。くそ、誘ってやがる!


「雲雀(ひばり)13だ! 一人を――北条沙都子を広場みたいなところで追い詰めた! 捕まえてやる、捕まえてやる!」

『こちら、鶯(うぐいす)3――お前の後ろで足を吊(つる)されている男だ。そいつは少女じゃない、少女の姿をした悪魔だ。
……そいつの後を追えば、地獄まで誘い込まれるぞ!』

『本部より雲雀(ひばり)13。それで十分だ、応援を待て。今そこに最寄りの隊員を向かわせている』

「おーほほほほほほほ! どうなさいましたの? わたくしを捕まえたければ、あと十メートルは歩く必要がございましてよ?」


そう、十メートルだ。たったそれだけで、このクソ小生意気な小娘の首根っこを掴(つか)めるんだ。

だが十メートルをどれだけで走破できる。適当に十歩と見繕っても、それだけトラップを踏む危険と戦わなきゃいけない。

銃を使って威嚇するか? そうだ、それでいい。相手は俊敏とはいえ子ども。それに、三佐からも命令でR以外は。


「そうお思いなら、遠慮なく銃を使えばよろしいですわ」


そこで息が詰まる。コイツ……俺の思考を読んでいる?


「小娘相手に物騒なものを使い、踏み出すこともせず威圧すればいいですわ。プロの山狗さん? おーほほほほほほほ!」

「く……くそぉ!」


踏み出す……最初の一歩はどう踏み出す? あの草むらはいかにも何かが潜んでいそうだ。

むき出しの土も……切り株の上に逃れるのはどうだ? いやいや、それこそ向こうの狙いだ。

先進の汗が踏み出さない。くそったれ、たった十歩なんだ。俺達は地獄の訓練をくぐり抜けてきた山狗だぞ。


それが忍者ならともかく、どうしてこんな小娘相手に緊張を強いられなきゃいけないんだ!


『雲雀(ひばり)13、鶯(うぐいす)3だ。ここから見る限り切り株上は安全そうに見える、切り株だ』

『よせ雲雀(ひばり)13! さっき根っこで足を縛られていた、鶯(うぐいす)16だ!
切り株はきっと罠だ! 辺りは切り株だらけというのがうさん臭い!』

『聴こえるか、雲雀(ひばり)13! ブッシュは危険だ、草むらは踏むな! むき出しの土もやばい!』


仲間達よ……感謝はする。いや、しているんだ。
でもな、それなら俺はどこを歩けばいいんだよ! 空でも飛んでいけってか!


「まだいらっしゃいませんの? わたくし、退屈ですからそろそろ失礼しますわよ」

『こ、こちらす巻きにされて転がっている、鶯(うぐいす)15だ。今標的の一人にその……頭を、蹴られている』


どういう状況だぁ! ていうかそれならわざわざ通信を……送って、こられるはずがない。まさかこれも。


『そこはトラップフィールドだと言っているぞ。待ち構えている小娘の、北条沙都子の最高傑作が設置されているらしい。ゆ、油断するな』


ふざけやがってぇ……! 最高傑作だと!? 傑作ってなんだよ!さっきまでのトラップ群が傑作じゃねぇってのかよ!

しかも、それを設置したのが北条沙都子――コイツだとぉ! いや、この言い方だと山全ては……!

やっぱり敵は蒼凪恭文だけじゃなかった。この村には、正真正銘の鬼達が潜んでいたんだ。


……いや、弱気になるな!

俺達は本職の……給料もらって戦いやってる、プロの戦闘集団だぞ!

それが、素人の小娘一人に翻弄されて! ガキどもの手で踊るだけ踊って勝てないってのかよ!


これはハッタリだ! こんなところにこれ以上、どんなとんでもねぇトラップがあると言うんだ!

そうだ、やってやる! 俺が化けの皮を(は)いでやるぜ! まずは右……いや、左?

そのとき、待ち構える北条沙都子が左手を広げ突き出してきた。待ての、サインだろうか。


「五歩ですわ」

「なにぃ」

「何事なく、五歩歩けたらわたくしの敗北を認めてもよろしくてよ」

「ほ、ほう……負けたらどうだってんだ」

「もちろん、降参して差し上げますわ。わたくし、今日はトラップ脳が最高潮ですの。あなたを五歩で絡め取ってあげますわ」


く……クソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 五歩、たった五歩だと! 脳が沸騰するほどの怒りで打ち震えてくる!

俺が――この山狗が、ここまで見下されていることが許せない! 俺達は、お前達の遊び相手じゃないんだぞ!


『本部より雲雀(ひばり)13へ! 挑発に乗るな、増援を待て!』

『そいつは悪魔だ、外見に騙(だま)されるな! そいつは人の心を読むぞ、俺達の敵(かな)う相手じゃねぇ!』

「そ……それじゃあ、俺の負けってことじゃねぇかよ!」

『本部より雲雀(ひばり)13へ……十分だ。相手を銃で威嚇し、動きを止めるんだ。近くまで鶯(うぐいす)が向かっている』

「五歩だと……五歩だと!? 乗ってやるぜ、五歩だな! 五歩歩いてやるよ!」

『雲雀(ひばり)13、こちらの指示を』

「うるせぇ!」


隊長の声は一喝。これはもう、仕事じゃねぇ……! 男の意地がかかってんだ、銃なんかに頼っていいと!?

当然駄目だ! その場に銃と手りゅう弾、ナイフ――身につけている武装類を全て置く。

これは俺の意地、そして魂の問題だ。魂に武器は……一つなりとも必要がない!


「男が何度もくどいですわね。愛の囁(ささや)き以外は、男は一言で十分ですのよ?」

「ふ……安い挑発どうも。だが俺はもうクールだ。そう、俺は雲雀(ひばり)の十三番。
ミントみたいにクールなのが取り得さ」


暑くならずによく考えろ。そう、俺の思考は既に絡め取られていた。本当に恐ろしい相手だ。


……奴に向かって! 五歩進まなければならない!

そう思ってしまった時点で、思考は絡め取られていたんだ!


だから静かに、右足を後ろに下げる。それで一歩だ。


「……ほう」

「これも、一歩だよなぁ! お前は前に歩いて五歩とは一言も言っていない!」


そうだ、これはトンチだ! 前に五歩歩く必要はない! 五歩……五歩歩けばいいんだ!

それは前じゃなくていい! 後ろ、横――俺はトラップに縛られてなんていない! 自由そのものだったんだ!

言うならトラップがあるかもと思わせる、その疑いそのものがコイツのトラップ! 読み切った……読み切ったぜ、北条沙都子ぉ!


俺は勝利の笑いを上げ、二歩目を踏む。

三歩、四歩……何も起こらないことは、そのまま勝利への喜びに変換される。両手を広げ、悪魔を笑ってやった。


「どうだ、この悪魔め! これで俺の勝ちだ!」

「だから、あなたは五歩でおしまいなんですのよ」


そして五歩目――その瞬間、本当の意味で絡め取られていたことに気付かされる。そう、疑いそのものがトラップだ。

だから警戒は払わなかった。後ろは、自分が進んできた道なのだから。そこに発動していないトラップがあると、一体誰が思う?

そうして無謀への対価を払う。そして魂に深く、深く刻まれてしまった。北条沙都子という……神の名を。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


何というえげつない……描写すると発禁になるほどの状況で、ついフリーズ。でもその思考はすぐに動きだす。

沙都子にもちょっとだけ油断があった。だから到着したらしい増援の強襲に反応できず、僅かな後れを取る。

背後の茂みから飛び出してきた三人組――それが銃を構えたところで、神速発動。走り込みながら、アルトの刃を返して袈裟・逆袈裟の連撃。


奴らが構えたライフルを全て両断し、もう一度刃を返しつつ脇で急停止・反転。背中側を一気に抜け、背骨ごと斬り裂いていく。

そして奴らは血を吹き出しながら倒れ、信じられない様子で空を仰ぐ。


……そこで縮地停止っと。


「恭文さん!」

「沙都子、気を抜かないの」

「うぅ、申し訳ありませんでしちゃ」

「……しかも噛(か)むし」

「噛(か)んでなんていませんわ!」


そんな会話の最中、殺気を二つ察知。鋭く時計回りに一回転――六時方向から迫っていた二人組へ投てき。

左手で取り出したダガーとともに投げつける。それは木々の合間をすり抜け、奴らの胸元を貫通。

それだけに留(とど)まらず、成人男性の体を吹き飛ばし近くの木へ叩(たた)きつけた。沙都子と移動しつつ、アルトを素早く回収。


「がぁ……!」

「少し寝ていろ」


顔面を一人ずつ踏み砕き、しっかり鎮圧した上でアルトの血を払い、鞘(さや)に収める。


≪ただいま戻りました≫

「お帰り」

「……平然と相棒を投げつけるって、どうなんですの?」

≪問題ありませんよ。私、丈夫ですし。それより沙都子さん≫

「恭文さんもですけど、魅音さん達もいい感じでかき乱してくれておりますから。
トラップの消耗効率は予想通り……いいえ、それ以上ですわ。このままいけます」

「ならよかった。……あ、指示された通り”再設置”も済ませたよ」

「ありがとうございます」


実を言うと、僕と沙都子は能力的にも好相性。それゆえ僕、沙都子直属の部下って扱いになっています。

え、どうしてそうなったかって? それはもう……今後の流れを見てもらえればー。


なのでそんな北条課長を大きく立てつつ、魅音に状況確認……ぴぽぱーっと。


「魅音」

『はいよー。やすっち、沙都子とは合流できたね』

「いいところで助けられましたわ。トラップの消耗率もさほどではありませんし、このままのペースで参りましょう」

『もちろん!』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


わたしらの作戦としては……さほど難しいことはしていない。ゲリラ戦術の基本って感じかな。

地の利を生かし、トラップへ誘い込む。うん、これだけだよ。それだけで特殊部隊と張り合えているわけさ。

このため圭ちゃん達にも、山の地形やトラップの設置箇所を覚えてもらっている。時間はたっぷりあったしねぇ。


でもその目的は”自分が引っかからないため”だけじゃない。

沙都子の作ったトラップには、タイミングを計って自分から発動するものもある。

圭ちゃん達は沙都子に逐一確認し、次々と転戦。その中で重要なのはやすっちだ。


ミスディレクションはいろんな意味で継続中。トラップに頼らず、敵を撃破できる駒だからね。

さすがにわたしらへの目くらましは効果がなくなっているけど、だからこそできる誘導もあるんだよ。

……今度は逆にわたしらが目を引いて、やすっちが動きやすいよう誘導もできる。


ほれ、沙都子が雲雀(ひばり)なんちゃらを止めたのもそうだよ。

沙都子、そしてトラップで相手の目を引いて、やすっちのことが思考から外れたところで強襲さ。

そうしてやすっちの方に目がいったら、今度はわたしらで……山狗連中が誰一人、やすっちを止められないのが痛かった。


もちろんわたしらもだ。梨花ちゃんの姿が見えれば、誤射を恐れて攻撃しにくくなるしね。

どうも鷹野三四はR――梨花ちゃん以外は殺していいと命令しているっぽい。

そこで見えるのは、梨花ちゃんだけは生きた上で確保するという意図。当初の予想通り生けにえとして殺すみたい。


でもそれこそが狙い目。梨花ちゃん自身も囮(おとり)として、相手の攻撃を抑制・かく乱。

消耗戦ではあるけど、相手を徹底的に振り回しての戦いだ。自然と乗ってくるものがある。

しかもアイツら……馬鹿だよねぇ。

自分や味方がどうやられたかとか、いちいち通信で報告してるんだもの。


それが不安を生み、足をますます遅く、思考も単純化させていくってのに。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


まぁ、あれだ。正直この村はとんでもない魔窟だと思う。だが一番にとんでもないのは。


「あはははははははは! あーははははははははは!」


山を駆けまわり、笑いながらナタを振るうレナだ。刃は返し峰打ち状態だが、それで俊敏に動き、山狗の急所を打ち抜き沈めていく。

俺も追ってくる奴らをトラップゾーンへ引き込み、縄を引いて発動――犬のふん付きな竹やりが降り注ぎ、奴らを仕留める。

ただプロの戦闘集団ってのは伊達(だて)じゃない。直前で回避し、致命傷だけは避けてるんだよ。


それでも竹やりに体を抉(えぐ)られ、かなり哀れな状態になるが。……そこでレナが接近し、跳躍し回転。

次々と六人の頭を打ち抜き、そのままこん倒させる。レナは白いひらひらスカートを揺らしながら、華麗に着地。


「……レナ、やっぱお前……いや、何も言うまい」

「はう!? ど、どうしてかなー! 圭一くんまで恭文くんみたいに、意地悪するのかな! かな!」

「頼むから自覚を持てよ! お前、マジでホラー映画のラスボスだからな!? ジェイソンとか!」

「だったらいいよねー! ジェイソンさん、かあいいよ!?」

「そうきたかー!」


気絶した奴らから銃を奪い、空に向かって三連射。これで敵撃破の合図だ。さて、次だ次。


「――みぃ。優しく、してくださいなのです。ボクはこういうの、初めてなのですよ?」

『はう!』


そうしてすぐ近くで、梨花ちゃんが山狗数人を萌(も)えさせていた。それに震え後ずさった奴らは揃(そろ)ってトラップ送り。

梨花ちゃん、恐ろしい子……! 自分の魅力を武器にできる子なのは知っていたが、大人すらも有効範囲か。

梨花ちゃんが大人になったらきっと、めちゃくちゃ悪女になるんだろうな。


……赤坂さんに是非止めてもらおう。

だってさ……だってさ……! さらに、さらにさぁ……!


「――人の子よ」

梨花ちゃんはアイツらのインカムを奪ったかと思うと、恭文とレナが持ってきたのとはまた別に装着し、話しかけ始めた。


「愚かなる人の子よ――これが天罰と知れ。貴様らに未来などはない……くけ。


声のトーンを低くし、全力で笑う……奇怪な笑顔を浮かべて。


「くけけけけけけけけけけけけけけ! くーけけけけけけけけけけけけけけけけけ!」


そう――こういうことを、平然とやらかしてんだよ! 怖いよ! ホラーだよ! しかも満面の笑みだよ!

……敵方が混乱しているせいもあって、あっちこっちから悲鳴らしきものが聴こえる。


あぁ、迷える魂よ。どうか安らかに成仏してくれ……アーメン。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……よし、圭ちゃん達の方はOKと」


地図を広げ、情報をまとめ上げ――みんなからの報告を正確に把握。敵の動向へしっかり対処。

これも今まで積み重ねたものがあるから、だからこそできるお仕事ってやつだよ。


『魅音さん、圭一さんとレナさんもなかなかの戦力を上げてくださっておりますわ!
あと少しで南からの連中は、予定通りの場所へ移動する構えです!』

「了解。残存兵力は」


少し笑いながら、地図をなぞりある地点へ指差し。


「恐らく現在までに踏破したルートを辿(たど)り、ここに集結するね。沙都子、やすっちのトラップは問題ないんだよね」

『えぇ。そのルート上にびっしりと……』


やすっちと沙都子を組ませる形にしたのは、理由がある。それはやすっちの魔法能力だよ。

大っぴらに魔力砲撃を撃てっていうんじゃない。沙都子の指示があれば、やすっちの一番得意な武器が更にエグいことになるんだよ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――身を翻しながら、アルトを投てき。一人を串刺しにしながら木に張り付けとする。

素手となった僕にテーサーガンの針が飛ぶので、三つ全て左手でひったくり、電撃を発生。

銃身基部から発生するボルトが、魔力によって編まれた蒼い電撃とぶつかり、蹂躙しながらテーサーガンを……構えた三人を徹底的に焼く。


「「「ががががががががががががががががぁ!?」」」


三人が倒れたところで、地面を駆けだし九時方向に突撃。テーサーガンを構えていた一人は、こちらが素手だと踏んで素早くナイフを構える。

そのまま迎え撃つよう突きだしてくれるので、右手をぐいっと引く。するとアルトの刃がスルリと抜け、僕の方へと超速で戻ってくる。

タネは柄尻に巻き付けておいた鋼糸。山狗の一人が張り付けから解放され、ずるりと落ち中、アルトは血を払いながら僕の手元に……!


「ちぃ!」


それでも突き出されるナイフを左スウェーで避けつつ、袈裟の切り抜け。左肩から肋までをへし折りながら、地面へと叩き伏せる。

すぐさま地面を蹴って反転しつつ、八時方向からのテーサーガン二発を回避。そのまま攻撃してきた二人へと肉薄し、袈裟・右切上の連続切り抜け。

ソイツらも地面に倒した上で、素早く移動。トラップを避けるため大きく跳躍し、枝と枝の間を忍者が如く飛び交っていく。


次は沙都子の指示に従い、奴らが踏破したルートをすり抜け、また目標地点に到達。

敵が引っかかった落とし穴は空っぽ。仲間が救出したためだけど、これはまだまだ再利用できる。

だから気配に気をつけつつ……両手を合わせて、地面に当てる。


発動した術式に従い、使用された罠は分解・再変換――青い火花を走らせながら、元の形へと戻っていく。


それを確認したら、同じように周囲の罠を修復。落とし穴はふさぎ、ワイヤーは繋(つな)ぎ治す。

ドラム缶が落ちるタイプは、周囲の地面から土を拝借し、大きな玉に変換しておく。


奴らの帰り道全てを塞ぐのは無理だから、飽くまでもピンポイント……通過するであろう場所を重点的に。

僕一人ではその予測も難しいけど、ここには沙都子が、魅音達がいる。


『やすっち、そこの修復が終わったら』

「もう完了したよ」

『OK……じゃあFポイントに向かって。レナ達と挟み撃ちで追い立てて』

「了解」

≪最短ルート、割り出しましたよ≫

「ありがと」


アルトのサポートを受けて、全速力で林(はやし)を駆け抜ける。

自分の力が何倍にも膨れあがる感覚に笑いながら、ただ全力に……ただ真っすぐに。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


やすっちの物質変換で、トラップを修繕してもらっている。結局わたし達は、トラップと自分達の陣地を対価に戦っている状態だしね。

さすがに全てのトラップを即時修復・再使用ってのは無理だから、あくまでも応急処置であり見せ札。

こちらの損耗率を最小限にしつつ、敵を威圧するための一手って感じだ。


まぁ見せ札としての効果が発揮されるのは、もっと後かなぁ。向こうは前へ前へと進んでいる状態だしね。

でも、そろそろのはずだ。そろそろ……決断のときがやってくる。


「くくく……どうするよ、敵さん。撃墜数がこれだと、戦力は三割減ってとこだねぇ。戦術的には大失敗だよぉ?」


そう、部隊なんてのは三割削れば崩せるのよ。それはどうしてか……負傷者の対応に鍵がある。


「通常、負傷者の対応には一人から二人が必要になる。今回みたいにトラップでの負傷なら、トラップの解除に応急処置とかね。
……だからやすっちにも『極力殺すな』と言ってある。もう気づいているでしょ、山狗」


そうお願いしたのは、単純に梨花ちゃんの心情だけじゃあない。……殺さないのもね、立派な作戦なんだよ。

その意味は相手に配慮させること……自分達の、味方の兵をさ。


負傷の程度によっては、後方で待機しているであろう医療班までの護送も必要になる。

そういう対応をしている兵士は、自然と戦力外になっちゃうんだよ。でも相手を殺すとそうもいかなくなる。

ひと目見て死んだと分かるようだと、捨て置けばいいって判断するしさ。だからこそ、三割削ればいい。


それで大体の部隊は機能停止状態に陥る。もちろん治療完了した兵士は復帰するから、油断はできないけど。

でも一度進軍が止まったら、一時でも撤退を申し込む。


「そう、真っ当な指揮官なら必ず……撤退を申し入れるはずだ」


そのまま進軍させたら、今度は三割というボーダーラインを越えかねない。負傷者に対応できず、部隊はそのまま崩壊だ。

「でも……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


雲雀(ひばり)13……無茶(むちゃ)しやがって。だがそんなことを言っていられる状況ではなかった。既にこちらはボーダーラインを越えている。

三割……たった三割だ。その三割削られただけで、今俺達はピンチに追い込まれていた。


「小此木、どういうことなの! たった三割……三割でこちらが負けだと言うの!?」

「常識なら大負けですわ。負傷者の対応に残り七割が回ってしまえば、こちらは進軍できません」

「放っておけばいいじゃない、死んでないんだから! 今最優先すべきはRの確保でしょう!」

「三佐、先ほど言ったはずです。本来なら十倍の戦力が必要だと」


そうなだめても、三佐は納得しない。

がなりたてて、突撃だけを命じる指揮官か。無能そのものと言ってもいい。

こっちは優しく、負傷者も治療して使い回さないと息切れすると言っているのにだ。


……はっきり言えばやられた奴らはいっそ、全員死んでくれた方がまだよかった。そうすれば治療の対応で、時間や人員を取られなかった。

しかしトラップは洒落(しゃれ)が効かないものばかり。加えて蒼凪恭文が命に関わるような傷を与えるため、こちらも対応を迫られている。

更にガキどもの動き方だ。報告を聞く限り、奴らは統率されている。それも蒼凪恭文にじゃない。


もっと視野が広く、腰を据えて……そう、言うならタカの目で戦場を見下ろしている。そういう指揮官の存在を感じ取っている。


『こちら、雲雀(ひばり)1……隊員に負傷者多数。対応で追撃に手が回らない。これ以上の追撃は断念せざるを得ない』


やはりか。先ほども同じような報告が届いた。だが。


「何を言っているの! Rを早く捕まえなさい、けが人など放っておけばいいでしょ!
あなた達、プロでしょ!? どうしてそれくらいのことが分からないの! この役立たずどもが!」


俺が冷静に返そうとする前に、三佐が怒鳴りつけやがった。この女……!

自分が何をやったのか理解していない三佐は、当然だと言わんばかりにドヤ顔。そこで雲雀(ひばり)1の舌打ちが響く。


『……雲雀(ひばり)1より全員、本部から死ねと命令だ。装備を再点検しろ、進軍を再開するぞ』

「そう、それでいいのよ。あなた達が死んでも、Rさえ捕まえられればいい。そうすれば計画は」

(とっくにおじゃんだ、馬鹿が)


どうやらこの女は、兵士をロボットか何かだと勘違いしているようだ。

とんでもない勘違いだ、兵士だって人間――訓練していようと喜怒哀楽はある。ただ場慣れで抑制できるだけでな。

だからこそ不利な状況では、言葉の一つ一つを選ばにゃならん。ようはあれだ、持ち上げることも必要なんだ。


そうしなければ士気が低下したまま、今みたいに無駄な進軍を強いられる。それは状況次第で兵士の命にも関わる問題。

……まぁ、だからと言って俺も大したことは言えんが。それでも三佐よりは柔らかく言ってたさ。


(これで三割というボーダーラインは超える。ここからは自己責任――怪我(けが)した奴らは全員見捨てるしかない)


対応するしないではなく、けが人が出ても対応できないんだ。それに気づいていないのは、Rしか見えていない三佐だけ。


(となれば、あとはお互いに我慢比べの泥仕合となる)


こちらは山狗の人員を――。

向こうはトラップ及び自分達の行動範囲を――。


それぞれぶつけ、つぶし合いながらの泥仕合。少しでも持久力が上回った方が、この戦場を制する。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「くくく……! でも鷹野さん達は頭に血が上っているから、それを許可しない。ていうかできるはずもない。
既に自分達の隠れみの――入江機関と小此木造園所についてはバレちゃってるもの。ここで撤退しても追撃されるだけ。
そうなったら人員を多く失った山狗達じゃあ対応できない。いや、それどころか『東京(とうきょう)』の過激派から切り捨てられる……大失態だからね」


だからこそ何としてでも、梨花ちゃんを捕まえようとするだろうね。


「指揮官は撤退を却下され、士気が低下したまま追撃再開……こいつは絶好のチャンスだね。
三割というボーダーラインを越えれば、向こうは味方を捨て置く戦術に切り替える。
……やすっちと沙都子の”リサイクル”が効いてくるのは、ここからだ」


実はさ、こっちが圧倒的有利に見えるけど……そうでもないんだよね。わりと綱渡りなんだよ。

沙都子のトラップは確かに強力だけど、基本的に使い切り。更に一度発動した場所は、狭い範囲でも安全が確保されてしまう。

まぁ……ちょいちょい触れていたけど、はっきり言うね? こちらは陣地を明け渡しながら、向こうに出血を強いているんだよ。


結果わたしらの行動範囲、どんどん狭まっていってる。そんな場所に敵を誘導しても意味がない。

そのためトラップを使い切る前に、ギリギリまで戦力を削らなくちゃいけない。でも向こうが戦術を切り替えると、そうもいかなくなる。

だからこそやすっちの能力が効いてくる。わたしらの行動範囲≪体力≫を復活させる回復役≪ヒーラー≫でもあるわけだ。


ゆえにこの状況は、綱渡りではあるけど大きなチャンス。トラップに引っかかった敵は、基本的に行動不能が約束されるわけだし。

それを生かすため、ここはゴツいトラップを一発ぶちかまそう。敵の士気――進軍ペースを徹底的に下げる。


方針を定めた上で通信機を取った瞬間……ちょっと思うところが生まれた。


「……人間の身体も容易(たやす)く壊せるって言ってたけど、全然怖い能力じゃあないよねぇ」


やすっちの周囲はその辺りで畏怖があるらしいけど、わたしから言わせれば甘い甘い……頭が残念すぎて笑うしかないよ。


「壊し、作り、また壊し、作る……物質変換、その本質は≪リサイクル≫だ。変換した物質もまた、次の材料になるんだから。
だからこそ今、わたしらの”体力”を回復させる魔法が使える。――きっとそれは、世界で一番優しくて強い力だ」


ただ力をブッパするだけのものとは違う。わたしが思うに、物質変換のメカニズムにはまだ先がある。

やすっちもまだ、ちゃんと気づいてないみたいだけどね。……これは部活を通し、また鍛えていかないと。


そのためにも……通信機を手に取り、みんなへ指示出し。


「沙都子、レナと梨花ちゃん連れて、Z地区へ誘い込んで。あそこのトラップは大分ごっついよー。
それから圭ちゃんはX地区に転戦。やすっちはY地区で大暴れしていいよー」

『了解! さすが魅音ってところだな』

『てーかおのれ、生まれてくる時代を間違えてるでしょ』

『あなたが戦乱の世に生まれていたら、社会の歴史は大きく変わっていたでしょうねぇ』

「まぁねぇ」


やすっちとアルトアイゼンには、それも仕方ないことだと笑って返す。何せわたしってもう……天才だし!?


「わたしに言わせれば、ネルソンやトーゴーもまだまだってところさ。もう裏山全体が手に取るようだよ」

『魅音さんのテンションはマックス。これはいけますわね』

『みぃ……魅音はヘコむととことん役立たずですが、絶好調だと手のつけられない暴れん坊なのです』


テンションマックスだったのに、梨花ちゃんのとんでも表現にズッコけてしまう。


「ちょ、どっちも駄目じゃん! どっちも駄目な例えじゃん! 梨花ちゃん、それひどくない!?」

『駄目だよ梨花ちゃん! 魅ぃちゃんのテンションが下がっちゃうから! ここはとことんおだてて、木どころかエベレスト登頂だよ!』

「それはわたしが豚だと言いたいのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! レナァァァァァァ!」


コイツらはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! てーか大丈夫だよ、テンション上がってるよ! 喜びじゃなくて怒りでだけどね!


『いや、魅音は豚じゃないよ。可愛(かわい)いし、スタイルだっていいし。アイドルができるレベルでしょ』

「ほげ!?」


でもそこで、やすっちの優しいフォロー。……いや、やっぱりかぁ。

おじさんのスタイルに注目する視線とかが熱いから、興味津々なのは分かっていたけど。


『そんな魅音を婚約者にした圭一は、きっと特別な存在なのでしょう』

「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


かと思ったら凄(すご)いところ持ちだされたぁぁぁぁぁぁ! や、ヤバい……テンションが天元突破して、意識が切れそう!


『おい馬鹿やめろぉ! 魅音のヒューズが切れるだろぉ!』

『そうですわよ。それにそうやってよそ見をすると、レナさんがヤキモチ焼いて膨れてますわよ?』

『膨れてないよ! え、何これ! どうしてカップル扱いが普通になってるのかな! 恭文くんのせいだよー!』

『それはこっちのセリフだ』


……やすっち、その返しを全力でできるって……いや、もう何も言うまい。何とか冷静になったしね。


とにかくよ、現状は油断こそできないけど問題なし。あとは掴(つか)んだ流れを離さないようにするだけ。

それに、ぶっちゃければ陽動作戦だしね。富竹のおじ様達が番犬部隊を呼べば、まさしく完全勝利。

更にH173-2やら、大下のおじ様達から注意を逸(そ)らすのも大事だ。…………でも、さぁ。


「ねぇみんな」

『魅ぃ、生きているのですか……!?』

「生きてるよ! おかげ様で極楽浄土へ昇りそうだったけどね! まぁ、それはそうとだよ?」


この流れなら、行ける……過信でもなく、盲信でもなく、事実としていける。だからこそみんなに一つ提案。


「せっかくだから、やっちまう……!? わたしらで全員…………やっちまおうかぁ!」

『もちろん!』

「だよねー! じゃあここからはもっと激しくいくよ! ――It's Show Time!」

『ちょ、それ僕のセリフー!』

『私の台詞(せりふ)でもありますよ。何勝手に取ってくれてるんですか』

「いししー、一度言ってみたかったんだよねー」

『ならなら……It's Show Down!』

『新しい台詞(せりふ)は、作らなくていいんだよ? だよ?』


徹底的にやらなきゃ、つまらないよねぇ……! まずは油断を吐き出すように深呼吸。それから地図と改めてにらめっこだ。


(第22話へ続く)







あとがき

恭文「というわけで、いよいよ最終決戦。まぁ原作でもやった話なので、同人版とも被るところが多かったわけですが……。
そこは僕が魔導師な点とかも生かして、ちょこちょこ変える形に。なお、それでも変わらない沙都子VS雲雀13の対決」


(これは変えちゃあいけない)


恭文「というわけで、本日のお相手は蒼凪恭文と」

りん(アイマス)「朝比奈りんです……恭文、あたしの出番がない」

恭文「当たり前でしょうが! このときは知り合いでもなんでもないのに!」

りん(アイマス)「そこはなんやかんやで!」

恭文「ないない!」


(さすがに無理……というかこの状況で!?)


りん(アイマス)「でも今回、メインで活躍するのは部活メンバーなんだ」

恭文「そりゃあね。……そのために全開、僕も派手に暴れたわけで。火食を潰したのは、単純にトラップでは対処しにくい相手ってだけじゃあない。
それができるところをまざまざと見せつけ、僕が切り札だと印象づけることだから」

りん(アイマス)「恭文という見せ札によって、圭一達への警戒とその能力考察が遅くなる。
でもその重要性に気づいたときには、もう手遅れ……連中は引くに引けない状況となっている」

恭文「そういうこと。で、その圭一達への警戒が強まれば、今度は僕とアルトへの注意が薄くなる。
ううん、圭一達がそうなるように動くし、僕もそれができるよう手札をちょいちょい曝していくわけだよ」


(この話では何度かやっているミスディレクションの応用です。
なおこちらは、原作である祭囃し編でも実際にある描写です)


恭文「そっちは赤坂さんだけどね。……あとは谷河内の話と、富竹さんの脱出話。
こちらも次回にやる予定です。というわけで、りんの出番は……ない!」

りん(アイマス)「分かった。なら今がその出番だ! うぉりゃー!」

恭文「んぐ!?」


(小悪魔アイドル、全力ハグ……!)


りん(アイマス)「今日はいっぱい甘えて、いつも以上にあたしから離れられないよう頑張っちゃうね♪」

恭文「いきなりどうした!?」

りん(アイマス)「さっき言ったじゃん! 出番がほしい! 具体的には恭文とくっつきたい!」

恭文「出番が欲しいって、そういう意味で!?」

リイン「むぅ……! りんさんには負けないのです! リインだって出番がほしいのですー! どうしてこのときは呼んでくれなかったのですか!」

恭文「おのれら八神一家は、上層部からの無茶ぶりで仕事中だったよね!」


(そう……忘れがちですけど、今回のお話はメルとま直前。リリカルなのはメンバーは全員必死にお仕事をしていました。
本日のED:イトヲカシ『シンギュラリティ』)


リイン「本日のサブタイトルは、平成ジェネレーションズ(エグゼイド&ゴースト)の挿入歌から……でもSound能力を使うとかではなくて」

恭文「その意味は最後の最後で……でも、このときは楽しかったなぁ。最高のテンションで、限界以上の力を引き出されている感じだった」

古鉄≪ある意味そのテンションのまま飛び込んだメルとまでしたけど、最後に落とされるわけですね≫


(おしまい)






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