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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第19話 『四八時間作戦/PART2』


初手は有効……ただ、そこに甘えてもいられない。策は第二・第三と用意して、初めて意味を持つんだから。

僕達の初手は四八時間作戦。梨花ちゃんの死を偽装し、緊急マニュアルの根底をぶち壊しにするというもの。

その結果赤坂さんや富竹さんの動きをサポートしつつ、奴らを混乱のるつぼに叩(たた)き込むわけだ。


でも、奴らだってカカシじゃない。相応の経験を携えたプロである以上、どんな手を使ってきてもおかしくない。

富竹さんが一番に狙われ、身近な入江先生も危うい。しかもHGS患者までいるそうだしなぁ。

……なら僕達は二人が捕まって、殺される前に助ける算段も建てる必要がある。


「……恭文くん、正直に言おう?」

「うん?」

「ドンパチ、好きなんだよね……」

「そんなことないよ。前にも言ったでしょうが」

≪そうですよ。そんな要素が皆無でしょ≫

「むしろ大ありだよ! しかも滅茶苦茶笑顔だし! 滅茶苦茶楽しそうだし!」

「あらあら、やっぱりもう以心伝心ですか? 相変わらずお熱いことでー」

「詩ぃちゃん!?」


だからこそ僕とレナ、詩音は三人揃って……迷彩柄の襟を締めるわけです。


「それで詩音、圭一達は」

「もう移動を開始しています。痕跡はばっちり残す形で。……あとは」

「もうちょっと時期を見たいね」


既に準備はできている。でもまだだ……まだ引きつけられる。


「奴らの王手をそのままひっくり返すんだから」


というより、ぎりぎりまで引きつける必要がある。一度ひっくり返したらもう二度とはできないし、これは保険でもあるんだから。

必要がないならそれでいい。でも……僕の勘が告げている。踏み出すときはもうすぐだって。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第19話 『四八時間作戦/PART2』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


熊ちゃんに後を任せ、警察署の窓口に……と思っていたら、階段のところでバッタリ大高くんに遭遇。

取り巻き二人を連れて、また威張った感じに出てきたなぁ。まぁとりあえずは挨拶ですね。


「いやぁ、おはようございます。大高くん」

「……これはこれは、おはようございます。ただ大石さん、私のことは”くん”と呼ばないでください。もうあなたにそう呼ばれる立場ではありません」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに大高くんー。同じ卓で麻雀を打ったよしみじゃないですかー」


なお、彼は麻雀が強いことを鼻にかけていたが、大勢の前で私に散々打ち負かされて、プライドを傷付けられたことがある。

ゆえにその顔が僅かに歪(ゆが)む。でも……それについては、実は心境の変化がありまして。彼に悪いことをしたと思うようになった。


…………………………私もおやっさんとじいさま共々、赤坂さんに似たようなことをやられましたからね。

あれは、辛(つら)い。あの……うん、上には上がいるんだと思い知った瞬間だった。

まぁそんな積み重ねもある相手ですから、ここは上手(うま)くやり過ごすとしましょう。幸い切り札も用意している。


村人二千人の命運が、この使い古された肩に乗っかっているかと思うと、結構ビビりますけどね……んふふふふふ。


「あなたとゆっくり旧交を温めたいところですが、今日は急ぎの用事があるので失礼させていただきます」

「んっふふふっふふ……まぁまぁ、そう言わずにぃ。アンタが交流剣道大会で賞状の筆耕委託を忘れて泣きついてきたとき、助けてあげたでしょう?
コッソリステージ裏で書いてあげたから、無事に表彰式ができたんじゃないのー」

「ぐ……! そ、そのことについては感謝していますが、今は関係ないことです」

「ありゃ、感謝してくれていましたの? なはははは、そりゃ失礼。そういう話はとんと聞いたことがなかったもので」


あ、前言撤回……大高くんについては、そういう気持ちは不要かもしれない。


「県警では『大石が書きたいとわがままを言った』から、筆耕委託を断ってわざわざ書かせてやったって話で通っていましたよ。
賞状の文字が余り上手(うま)くなかったので、どういうことなんだと本部長に聞かれて……あなたの言い訳だったはずですがぁ?」

「さ、さぁ……どうなんでしょうねぇ。誰かが誤解しているんじゃないですか。私はそんなことを言ってませんよ」

「……県警本部はあなたのシマだろうが、あいにくここは興宮(おきのみや)署でね。アンタの思い通りにゃあそうそうならんってことです」

「ほう……それはどういう意味ですか」

「アンタのシマは殻倉で、興宮(おきのみや)じゃあない。大人しく引き上げてもらいましょう」

「……何の権限があってだね!」

「そちらこそなんの権限があってのことですか」


そうツツくと、大高くんの表情が一気に変わる。後ろ暗いものを暴かれたかのように、声もうわずり始めた。


「け、県警本部で現在捜査中の、ある秘匿捜査事件についてだ。その件に関連があると思われる遺体が、こちらで見つかったと聞いてね!」

「それなら電話でお問い合わせを。興宮(おきのみや)はね、貧乏人の街ですから。オーダーのスーツなんか着ている、ボンボンの来る街じゃあないってことです」

「なるほど……しかし署長からこちらで収容された遺体及び検死報告を本部に引き渡すよう、命令が来ているはずです」

「んふふふふ……その件については、鑑識から署長に説明が入っているはずです。まだ検死中でね。
ちょいとうちのミスで身元が特定されたような情報が、内部に流れちまったようですが。
……ですので報告書を出すには、ちょいとお時間をもらわないと」

「ならばその検死に、我々も立ち会わせてもらおう」

「嫌です」

「は……!?」


きっぱり笑顔で断ると、大高くんがあり得ないと言わんばかりに非難の視線をぶつけてくる。


「私は県警本部の秘匿事件担当として!」

「それが本当なら! 私はアンタの刑事魂を疑わない! ……刑事魂は高潔だ。
そりゃあお給料がもらえなかったらこんな商売、誰だってやりゃあしない……はずです」


すみません、今はちょっと言い切れません。

ちょうど悪党の邪魔をするのが趣味っていう、危ない忍者と関わったので。

さらには退職金なんか惜しくないっていう、ドンパチが大好きなあぶない刑事も来たそうですし?


あははは……何なんですかね、あの人達。巨悪に立ち向かう人達ってのは、誰も彼もまともじゃないんですよ。

でも、だからこそ分かる。それくらい突き抜けた魂ってのは……やっぱ筋が通っているもんなんですよ。


「ですがね、それだけじゃあ計れない魂がなきゃ、刑事は勤められないんです。アンタにその魂があるっていうなら、私はここを譲りますよ」


大高くんは怯(おび)え、竦(すく)み、固唾を飲む。その一瞬の怯(ひる)みを私は見逃さなかった。


「な、なら……そこを譲ってもらいましょう。私も刑事魂でここに来ています。そこをどいてください」

「なら、私をその刑事魂でどかしてみなさい。……ほれ」

「な、なんですってぇ!?」

「アンタの刑事魂が私の刑事魂に負けないくらい重いものなら、私なんか簡単にどかせちゃうはずですよ。……ほれ、試してみなさい」

「ぐ……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


これは『ここは通さない』という明白な意思表示だった。……こんな滅茶苦茶(めちゃくちゃ)、まかり通るはずがない!

ただただ混乱するしかなかった。

自分は県警本部のエリートだ。信頼を得るのは学歴と勤務評定だけ。それを信じて、今日まで積み重ねてきた。


この大石という男はそれを一切認めず、自分を尊敬しようともしないクズ中のクズだ。

野蛮な人間に多いタイプ。自分のプライドを守るために、自分の上位者を全て認めず、粗暴さだけで存在意義を確立しようとする最底辺。


……県警本部にいたときから不思議だった。

なぜこんな男の言うことをみんなが信じるのか。こんな男をどうして尊敬するのか。……こんな男のことを、どうして私より評価するのか!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


大高くん、混乱していますねぇ……エリートさんの価値観からしたら、こんなのはあり得ないでしょうから。

でもね、こっちはもう腹を決めてるんですよ。行く道引いていられるか……!


「だったら……もういい! これを見ろ!」


もう問答の意味がないと大高くんは立ち上がり、高らかに書類を出してくる。


「刑事部長直々の命令書だ!」

「ふむ……」


……大高くん、馬鹿ですねぇ。これ、最初から出していれば痛い思いをしなかったのに。

いや、私的にはかなり困っているんですけど。まぁ”死体”はちゃんとあるので、時間稼ぎはできるでしょうけど……さて。


「確かにサインが入っていますねぇ。あらま、立派そうなハンコまで」

「その通りだ! さぁ、分かったらそこをどきたまえ! もう一度言うがこれは」

「――なら、こっちは更に上ですね、大石さん」


そこで大高くんの背後から、スーツ姿の女性が駆け上がってくる。と言っても松葉づえを突いて、ひょいひょいという感じなんだが。

更にその女性を支えるように、青髪ポニテの方も……実にいいタイミングで増援が来てくれましたよ!


「なはははははは! 巴ちゃん、待っていました待っていました! あ、そちらは御剣いづみさんですね、初めまして!」

「初めまして」

「いやぁ、巴ちゃんの付き添いは大変でしょう! 何せ小さい頃から暴れ馬でしたからねぇ! んふふふふふ!」

「……大石さん? 職務中くらいその『巴ちゃん』はやめてくださいって言ったじゃないですかぁ。
しかもけが人をこんなところに呼び出して、その言いぐさですか?」

「いやぁ、すみません。それで、お怪我(けが)の具合はどうですかぁ」

「見れば分かるでしょう?」


巴ちゃんは困り気味に、松葉づえで床をこんこんと叩(たた)く。


「級に電話してきて、一方的にとんでもない頼み事をしてくるんだから……というか、そういうのは蒼凪くんだけでいいってのに」

「おや、蒼凪さんも何か頼み事を?」

「素敵なミドルに紹介していいかって。なお返答は『はいorよろしくお願いします』のどちらかだけ」


なんだろう、そのほぼほぼ選択肢のない頼み事は……むしろ巴ちゃんには御褒美のはずなんだが。

なお御剣さんを見ると、いつものことだと大きくため息を吐いていた。


「なんだ君達は! 今は大事な話をしているんだ! 後にしたまえ!」


大高くんは気勢を削(そ)がれ、不機嫌そうに巴ちゃん達を手で追い払う。

その尊大な態度に巴ちゃんはぴくっと眉間に皺(しわ)を寄せるが、あえて流し、松葉づえを持っていない手で敬礼。


「警察庁広報室・報道係長を務めております、警部の南井です。以後お見知りおきを」

「広報の人間が何の用だ! ここはテレビ局じゃないぞ!」

「えぇ、理解しております。――大石刑事、警察庁長官官房より通達を申し上げます。
現在あなたが担当中の事件及びその被害者と思(おぼ)しき遺体は、現時点を以(もっ)て警察庁の管轄下に置かれます。
以後速やかに、捜査資料の引き継ぎ等の作業に取りかかっていただきますよう、よろしくお願いします」

「な、なにぃ!?」

「なお、遺体の検死は一時中断し、以後は本事件の捜査本部がある愛知(あいち)県警本部に移送していただきます。
この通達は警察庁長官官房長の承認にて発行されたものです。大石刑事、異存はございませんか」

「警察庁のお偉いさんの御命令とあれば、致し方ありませんねぇ。
非常ぉぉぉぉに残念ですが、大人ぁぁぁぁしく従うことにしますよぉ……んふふふふふ!」


これこそ秘技、権力替えし! なので平服……巴様に平服!


「ま、待ちたまえ! 遺体の引き渡し要求はこちらが先だぁ!」

「いいえ、こちらが先です。あなたの命令書は、本通達によって同時に破棄扱いとなりました。
どうか警察の規律と、上の命令に従っていただけますようよろしくお願いします。……要するに」


巴ちゃんはカッと目を見開き、署内中に響き渡る声で一喝!


「とっとと尻尾を巻いて帰れってんだよ! このヘタレ唐変木!
これ以上ガタガタ抜かすつもりなら、アンタの部長と一緒にサツ庁から召喚かけて、査問の場で白黒つけてやんぞ! あああああああん!?」

「ひ……!?」

「更に言えば、第一種忍者の査察も待っていますよ」

「なんだと!」

「申し遅れました。私は御剣いづみ――第一種忍者です。南井警部から依頼を受け、本件の調査及び実戦力としてこちらに伺いました」

「御剣……あの、忍者の大家ぁ!?」

「あなたが誰から依頼を受けて、どう動くつもりだったのか……少し、詳しくお話を聞かせていただけますか? 大高さん」


巴ちゃんの、見かけからは想像もできない鋭い一喝。

更に御剣さんの静かながら、有無を言わさない詰問。

これらを食らって大高は完全に肝を食われたように怯(おび)え、尻餅を付く。


そうして後に控えていた別の忍者さんに、部下共々引っ張られていった。

その姿が見えなくなってから、巴ちゃんはこほんとせき払い――。


「つい、切れちゃって……ああいう奴、本当に駄目なんです。すみません」

「いえいえ、なんのなんの! おかげで私、自分でぶん殴るよりもすーっとしましたよ!」

「そうですよ。……恭文君ならもっと陰湿に、じわじわと痛めつけますから。一体何人の心をへし折ったことか」

「……御剣さん、それは何の慰めにもなってませんよ?」


そんな酷(ひど)い例と比べられて、巴ちゃん……逆にヘコんでますよ。それと比べられるレベルなのかって泣きそうですよ。


「しかしすみませんねぇ、酷(ひど)い怪我(けが)をした身体で……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。いづみさんも付いてくれましたし、大石さんにはまだまだお返ししなきゃいけない恩がありますから。これくらいは是非頼ってください」


これくらいとは言い切れない。朗らかに笑う巴ちゃんには、それはもう一生恩に着るレベルだった。

時間的に言っても無茶(むちゃ)どころか非常識だし、せいぜい夕方ぐらいに届けてくれたら、拝み倒して感謝しようと思っていたくらいだ。

それを……朝一で、こんなにも早くやってのけてくれたんだ。夜通し移動くらいはしなきゃあ成り立たない。


正直この件については、頭を抱えましたよ。せいぜい課長クラスと思っていたら、刑事部長ですからねぇ。

彼女のこれがなければ、間違いなく大高くんに抜かれていた。


「それで、蒼凪くんと竜宮さんは」

「相変わらず無茶(むちゃ)していますよ、彼らはー。園崎組のトップとドンパチして、協力をこぎ着けましたし」

「……蒼凪くん主導ですね、それ」

「恭文くん、本当にもう……! 幾らドンパチが好きだからって」

「あー、やっぱりなんですね」


それで二人は揃(そろ)って、大きく……大きく深いため息を吐く。若いうちからドンパチが大好き……彼、やっぱ出世しないタイプだなぁ。


「それで竜宮さんも、お友達を助けるために頑張っていますよ。あなた達がアドバイスした通りにね」

「そうですか」

「会っていかれますか?」

「仕事がありますから……と言いたいところなんですけど、遺体の引き渡しにはまだまだ時間がかかりますよね。
それに”あんなこと”が起こった以上、何らかの妨害がされることもあり得る。なので状況が落ち着くまでは待機ということで」

「ありがとうございます」


その返しには、事件のことを抜いてもホッとしている。

竜宮さん、もう一度巴ちゃんに会いたがっていたから。プラシルαの件もキチンと報告が必要だし……。


「大石さん」


それに安堵(あんど)していると、今度はまた別の影が上がってくる。そこにいたのは……!


「んおぉぉぉぉぉぉぉぉ! 赤坂さん! 待ちかねましたよ!」

「遅くなってすみません……っと、南井警部、御剣さん、あなた方も来ていましたか」

「赤坂さん、お疲れ様です。……それで」

「例の件ですが、動きがありましたよ」


――彼らの作戦、いい感じで波を起こしていたようですねぇ。一気に状況が進んでいる。

この調子なら鷹野三四とそれに与(くみ)する連中を、ここで根絶やしにできるかもしれない。


戦いの出だしとしては上々だった。あとはこの流れを守り抜こうと、ひぐらしが鳴き続ける中で改めて気合いを入れる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


何げなく赤坂さん達を別室へと案内して、誰もいないこと……及び盗聴などがないことを(赤坂さんが)確認。

その上で顔を寄せるようにして、大人四人で話し合いです。


「司法取り引きで、明日中にでも結論を出せるそうです。かなりの大物が動いていたので、内心どうなることかと思いましたが……」

「千葉大臣のことですね」

「えぇ」


先日テレビで放映された、巴ちゃんと垣内(かきうち)署の面々が追い詰めた政治家。

彼こそが巴ちゃんの御両親を謀殺した憎き仇(かたき)であり、竜宮さんや公由夏美さんの生活を滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にした首謀者。

もちろん、尾崎渚さんやその彼氏さんが死んだ遠因を作ったのも……ほんと、とんだ大悪党ですよ。


「あれくらいの地位にある奴が黒幕なら、公安の捜査に圧力をかけ、更に花田のような内通者を送り込んだのも頷(うなず)けます。
とはいえ私達公安は、仮にも次期首相候補と目されていた実力者が、『こんなリスクの高いプロジェクトに関わるわけがない』と当初は思っていました」

「それはPSAも同じですね。しかもTOKYO WARや核爆破未遂事件で、行政機関全体に綱紀粛正が求められている状況で……」

「でも実際は違っていました。奴はこれに飽き足らず、プロジェクト立ち上げに関わった≪亡き政商≫の金脈を独り占め。
更に権力を拡大しようと目論(もくろ)んでいた。まぁその野望も、南井警部達の御活躍で夢物語と成り果てましたけどね」

「恐縮です。……それで、千葉は結局どういう立ち位置だったんですか」

「鷹野三四を動かそうとしていた連中は、敵対勢力である千葉の排除が目的だったようです。
しかし逮捕された今となっては、危険を冒してまで彼女を焚(た)きつける理由がなくなった。
ですから鷹野三四のバックに控える黒幕どもは、このまま彼女を切り捨て、フェードアウトする算段でしょう。
近いうちに連中は凶行を起こす・起こさないに拘(かか)わらず、自分達は今回の企てに全て無関係だと通達するでしょう。
……そう突き放されれば、鷹野三四も陰謀を実行したところで無駄だと知り、諦めざるを得ない」


すると赤坂さんは、嘲笑を浮かべる。それは我々の誰に向けられたものではない。


「公安としても、結果として外事的に問題のあった政治家を排除できたので、以後の保身活動については黙認してやるつもりです。
……あくまでも今回は……そして我々は、ですが」

「それを見過ごさない人達が、思いっきり揃(そろ)ってますからねぇ」

「えぇ」


外事的な問題人物が千葉だとしたら、内事的問題人物がその敵対勢力どもだ。

奴らのやろうとしていたことは、どう考えても我が国にとって害悪。単なる権力争いの領域を大きく超えている。

しかも千葉が悪事を繰り返したように、また同じことをやらかさないとも限らない。


……つまり、徹底した制裁が行われる。


「PSAは既に動いています。こちらの状況が慌ただしくなった関係で、連絡役の……野村と名乗る二重スパイ≪ダブルクロス≫の居場所も掴(つか)んだとか」

「二重スパイ?」

「政治家の間を渡り歩くエージェントですか」

「そういうことですね。……ただその顛末(てんまつ)はまだ末端に行き渡っているわけではありませんから、抑止力として働くのは明日以降となります。
それまでは梨花ちゃんの身の保全を継続してお願いします」

「んっふふふふふ! 私が動くより、若い人達が精力的に頑張ってくれていますけどねー!」


老兵は何とやらと言いますけど、定年退職間近でそういう気持ちが理解できるようになるって……ほんと不思議ですよ。

……でも、安心してばかりもいられない。

未来に残すのは正しい文化と喜びだけでいい。私達老人が積み重ねた妄執や罪を、あの子達に背負わせちゃあいけない。


最後の最後……この雛見沢(ひなみざわ)を去るときまでに、私の罪を数え、全力で償おう。これはその第一歩だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――これは、私でも分かる。


「確かですわよね! 確かに昨日の時点で入江署長は、女王感染者が在宅しているのを確認したんですわよね!」


詰みが待っている……ポーカーで言うならフルハウス。いや、ロイヤルストレートフラッシュだろうか。

入江診療所地下――入江機関の一室にて、私は鷹野さんから早朝の呼び出し&詰問を食らっていた。


「在宅を確認……なんてヒドい。夏風邪を引いたと言うので、様子を見に行ったんです。
ですから、梨花ちゃんの死体が見つかるなんて……あり得るわけがないじゃないですか」

「そうですわよ、あり得るわけがないんですわ」


ただ、詰んでいるのは本当に私なのかと疑問がある。……鷹野さんは明らかに狼狽(ろうばい)していた。

ふだんの落ち着き払った口調と全く違う。そわそわして、視線もあちらこちらに飛びまくっていた。


「で、でもそれを確認しないと……信じてしまって、その……誤解する人もいますので」

「誰が、何の誤解をするんですか?」

「そ、その……古手梨花が死んだなどと村に広まったら、大変な騒ぎになりますし」


……鷹野さんが嘘をついたと、苦し紛れの言葉を吐いていると、これほどまでに分かりやすく感じたのは初めてだった。

富竹さんの調査結果を待つまでもなく、確信できる。鷹野さんの目的は緊急マニュアル……その前提が崩れることを恐れている。


彼女に対し、同情的に言えば……誰も理解を示さなかった研究に、誰かが理解を示し、よりどころとなってくれた。

だがそれは打算の上で出した板だ。彼女を引き込むことで、利用価値があると踏んだが故の善行。

いや、もしかしたら藻かもしれない。それが切れると……切り捨てられると恐れ、それが嫌で、こうして慌てふためいている。


それはこの上なく哀れだった。もし可能で、伸ばすべき手があるなら……溺れる彼女に手を差し伸べたいとも思った。

だが手は届かない。彼女が手を伸ばさない限り――。


そう言えば蒼凪さんも、梨花さんに同じことを言ったそうだ。

梨花さんが本気で助かりたいと思わなければ……自分が溺れていて、助けを欲していると認めて必死にならない限り、誰の手も届かない。

彼女も同じだ。私が……いや、誰が幾ら手を伸ばしても、それを払いのけるだろう。


……いや、よそう。これは全て解決した後のこと……今必要なのは、現状をどう切り抜けるかだ。


梨花ちゃんが在宅しているのか、いないのか。そこに話が及べば、当然”いる”と言ってきた自分に疑いがかかる……分かっていたことだ。

危険が身近に……それこそ首筋に迫っているのも感じる。


さっきから受話器に耳を当てていた山狗隊員が、諦めたような顔で受話器を置いた。


「三佐、電話に出ません。不在のようです」

「監視班はなんと言っているの」

「いえ、監視体制に入った十七日以後、外出の形跡はなく、電話の一本もありません」

「……ねぇ、入江所長。ということは、中にまだ梨花ちゃん達はいるということですわよね」

「え、えぇ。そういうことだと思いますが……どうでしょう」

「どうでしょう、とは」


鷹野さんの視線が鋭いものに変わる。嘘をついたのか……自分を騙(だま)したのかと、疑いと怒りをぶつけてきた。


「先日……最初に様子を見たときから、経過報告はしていましたよね。それでもう大分治りかけているとも言ったと思いますが」

「……えぇ」

「鷹野さんも御存じの通り、基本はアグレッシブな子達ですしね。上手(うま)く抜け出して、遊びに行っているのかもしれません。
それに綿流しのお祭りも近いですし、家の近くには確か……模擬店部会の水場が設けられていたはずです。
人の出入りも多いですから、監視の方が見逃してしまった可能性も……」


鷹野さんの視線が、隊員にキリッと向けられる。


「どうなの? そんなことはあり得るの?」

「入江所長が出られた後には、必ずシールしています。まさか……窓から出たのでもない限りあり得ないでしょう」

「山狗はあくまでも『Rは家を出ていない』とそう言うのよね」

「そうです、間違いありません。Rは一度も家を出ていません」

「……それを確認したのが入江所長だけで、山狗の誰一人確認していないのにそうだと言える……のよね」

「えっと……ぅ」


すると答えに詰まった隊員が、助けを求めるようにこちらを見てきた。……一度固い唾を飲み込んでから、頷(うなず)き返してやる。


「ならどうして! 興宮(おきのみや)署でRの死体が出てきたりするの!」

「ですからそれは誤報の可能性も……その後の情報では身元不明死体の検死はまだ終わっていません。
よってその死体が古手梨花であるというのは、何者かの臆測にすぎない可能性が高いと」

「もうその話は聞き飽きたわ! その怪情報が流れて、『東京(とうきょう)』にまで伝わってからもう何時間が経過していると思っているの!
このままでは『東京(とうきょう)』に………………ン………………」


……鷹野さんは急に口をつぐむ。その先に何を続けるつもりだったか……想像はつく。


「……三佐、『東京(とうきょう)』の野村様よりお電話です」

「く……! だからしばらく待てと言っているのに!」


ふだん、あれだけ余裕を見せる鷹野さんが、人目もはばからず頭をかきむしる。彼女の焦る気持ちは心だけでなく、身体にも出ていた。

彼女が腕を組むとき、指で身体を引っかくのがクセなのだろう。指が当たる場所は、ぎゅうっと深い爪の跡が残っていた。

いや、これはクセなどではないのかもしれない。本当に、大下さん達と話したように……!


「……鷹野さんはお忙しいようですし、私が出ましょうか? 野村さん……初めてお出になる方ですけど」

「い、いえ。三佐宛てですので」


隊員はやんわりと渋り、伺いを立てるように鷹野さんを見上げる。


「……入江所長、今ちょっと立て込んでおりますの。大変申し訳ございませんけど、所長室にお戻りいただいても」

「そうですか……そうですね。入江機関の運営はあなたに任せています。私が口を出すことではありませんね」

「誰か、所長室までお送りして。……早く!」


それは明確な『出ていけ』の合図。それには歯向かわず、セキュリティルームを後にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


入江所長が出たのを確認してから、すぐに電話を取り次いでもらう。


「――もしもし鷹野です。お待たせして申し訳ございません」

『何度もお電話して申し訳ございません。いかがですか? 興宮(おきのみや)署の情報については、確認できましたか』

「申し訳ございません。今、急ぐように指示をしているところです。既に内部協力員を興宮(おきのみや)署に向かわせましたので、その連絡を待つだけなのですが」

『そうですか。ではもうじきですね……では、何時頃までに御連絡をいただけますか』


その当然の確認と要求に、また歯ぎしりをしてしまう。……そんなものすら見えない状況だというのに!


「えっと……もちろん、分かり次第すぐに御連絡申し上げます。ただそれが何時になるかは、お約束が難しいのですが……。
大至急、えぇ! 急がせておりますので……えぇ!」

『ふふふふ……三佐、飛行機に乗ったことはおありですか?』

「え? あ、あぁ……もちろんですわ」

『飛行機が離陸するために加速するとき、このときに大きな出力を得るため、エンジントラブルを起こすことがあるのだそうです。
そのとき、大して速度が出ていないならブレーキを掛け、離陸を断念するそうです。
でも既に十分な速度が出ていた場合、ブレーキはかえって危険……そのまま離陸してしまうのだそうです。
四発の旅客機なら、内一つのエンジンが壊れていても飛行は可能ですから。……それはもちろん、このたびの作戦も同じです』


………………その例えに、背筋が凍り付く思いだった。


『エンジンは一つではありませんから、十分な速度が出ていれば離陸に踏み切るでしょう。後のことはどうとにでもなります。
ですがこのたびの作戦≪飛行機≫は、まだ十分な速度どころかこれから離陸しよう……いえ、乗客を乗せている段階です。お分かりですね?』


これは警告だ。

終末作戦の第一段階は、監査役の富竹ジロウ暗殺から幕を開ける。

それすら始まっていない段階で『これ』なのだから、的を射る的確な表現だろう。


『もしあなたの乗った旅客機が、離陸前からエンジンが故障していたと分かったらどうしますか? 降りるでしょう? 同じことです。
だから乗客≪クライアント≫達が飛行機を降りたがっています』


もう後戻りできない段階に至れば、多少のミスは致し方ない……先ほど言われた通り、そこで止める方が危険だから。

でも、今は違う。後戻りができる段階だからこそ、彼らは作戦始動前より数倍過敏で、僅かの失態にもデリケートな反応を見せる。


「そ、それが本当に故障なのか! 今点検をさせているところです!」

『えぇ、存じています。あなたは管制塔の管制官。クライアント達は、離陸の見込みが薄くなる飛行機から降りたいと言い出す乗客。
私は彼らを懸命に宥(なだ)めている最中の添乗員……これ以上、事態改善が遅れると、この飛行プラン辞退がなかったことになります。
……鷹野三佐? それはつまり鷹野一二三の論文が、世迷(ま)い言の駄文俗文であったと烙印(らくいん)を押されることですよ』

「く……!」

『一人の少女が死ぬと村人全員が錯乱する? ……ふふふふはははははは、ばっかみたいだねぇ。
何を根拠にそんな世迷(ま)い言を。
この分厚い研究結果は全て空想論文だ――なぁんて、また彼らはあなたと祖父を侮辱する』


それは、あのとき……アルファベットプロジェクトのクライアント達からも言われたこと。


「え……えぇ。分かって、います」

『御安心ください。私はあなたにとって唯一の味方……あなたが一番報われる結末になるよう、最期まで導いてあげます。
……ですのでどうか、私の顔も立てて、興宮(おきのみや)署の動向を確かめてください。
私も努力していますけど、機嫌を損ねる乗客≪みなさん≪をこれ以上宥(なだ)めるのは』


でも今更にして思う。分かっていたはずなのに、分かっていなかった。……この野村も大して変わらない。

内心ではこうやって、馬鹿にしていたんだ。ただ利用価値があるから……それがなくなれば、醜い素顔を平然とさらけ出す。


こんな奴らに頼らなければ、おじいちゃんの成果を守れないことが情けなかった。こんな状況になってしまったことが、本当に悔しかった……!


歯が潰れるくらいに走りして、受話器を潰すくらいに爪を立てて……。


「えぇ、御迷惑をおかけしています。ですがもうしばらく御猶予を……失礼、いたします……!」


向こうが受話器を置いたのを確かめてから、こちらの受話器を叩(たた)きつけるように置く。


「小此木から連絡はまだないの!? 電話して!」

「それなんですが、三佐……」


すると通信担当が申し訳なさげに挙手。


「三佐と野村様がお話中に、連絡が。……鴉が東京(とうきょう)調査部の定期連絡先、特定成功したそうです」

「なんですって! じゃあ……」

「電話番号は鹿骨市内! 山狗が住所の特定作業に入りました!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


こういうときは、日頃からの根回しと準備がものを言う。今回に限っては大勝利と来たもんだ。

いや、まだ油断はできない。……現在、午前八時四五分。


「――富竹だ、間違いない! 雲雀、”特務中隊”を任せる! 奴は用心しているぞ、抜かるんじゃねぇぞ! 白鷺はバックアップしろ!」

「了解! 雲雀1より全班員及び特務中隊≪HGS隊員達≫へ! 突入先が特定され次第出動するぞ! 全員、搭乗しろ!」

「くそぉ……電話会社の協力員はまだか!」

「調べさせています……五分です!」


市内のどこに潜伏しているか分からないが……この分からないってのがくせ者。場所によっては距離上の理由だけでアウトだ。


(こいつは運頼みになる……!)

「馬鹿野郎! 五分じゃねぇ、五十秒だ! 端末に番号を打つだけだろうが!」

「――――――きました! 住所は市内平坂一丁目のホテルモデラート! 交換機を経由しているため、部屋番号は不明!」

「聞こえたな、雲雀!」

「了解――出動!」


どうやら今日は運勢最高らしい。経験からの読みが当たった……奴は俺達のすぐ近くに潜伏していた。

危険を承知で、より多くの情報が得られるメリットを取った。だから間に合う。


九時前に奴を部屋から叩(たた)きだせる!


小此木造園の業務車両用シャッターが全て開き、白いワゴン車が次々と飛び出してく。


「野郎……今度はこっちの番だ!」


朝っぱらから肝を冷やされた……だがここからは文字通りの逆転。今度は貴様が奇襲される番だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ホテルモデラート――元々泊まっていたホテルよりもずっと質素で、ベッドと内線電話くらいしかない部屋に、一人佇(たたず)む。

ここは正しく場末のビジネスホテル……いや、それ以下の崩れた安宿と言うべきか。

時代に合わせたお洒落(しゃれ)な外観に回想すれば、少しは客足も見込めただろう。しかしその余裕もないほどに寂れている。


そもそも興宮(おきのみや)、観光地域ってわけでもないしね。回想してもどれだけの売り上げが見込めるか……。

だがここは、潜伏者にとっては都合のいい場所だった。あとはいろいろとすねかじりな方々にとっても。


二階の一室にて、今か今かと電話を待ち受ける……定時連絡以外に電話を取らないのであれば、常に移動し続ける方が安全だ。

しかし調査部の進展を刻一刻と待ち、内容によって対応も変化する現状。不必要な移動は緊急連絡を困難にしかねない。


……腕時計の秒針が動く音を、耳で静かに捕らえ続ける。もうすぐ九時……ただ九時ジャストに連絡が来るとは限らない。

焦らず、ただ待ち続ける。電話で誰が出て、何を聞かれても冷静に現状を説明できるよう、要点だけを頭の中で纏(まと)めておく。

同時に……何かの手段で、ここを突き止められた場合も。


――きゃあああああああああ!――


そのとき、遠くの部屋で女性の悲鳴が聞こえた。何事かと思っていると。


――なんなのよ、アンタ達ぃ!――


はすっぱな悲鳴が……別の女性が張り叫んだ。同時に決して広くないホテル内に、ばたばたとした空気が漂う。

……これは。


「やられたか……!」


何者かが、それも大勢でマスターキーを使い、全室をチェックしている。この状況でそんな真似(まね)をする奴らは一組しかいない。

窓のカーテンを細く開けて、表を見る。通りには数人の山狗隊員が立ち、ホテルからの退路を遮断・包囲していた。

しかも裏にいるのは、山狗の特務中隊……HGS患者のみで構築された超能力集団!


ドタバタとした足音は、すぐ隣の部屋からも聞こえ始めた。


「空室だ、次!」


この声は雲雀1……この部屋にはチェーンロックなんてものはない。マスターキーを拒む手段はなし。

退路遮断に割いている人数と気配から考えて、敵は二十人近く。いや、もっといるかもしれない。

抗戦は不可能。隠れるしかない……どこに? ベッドの下? 映画じゃあるまいし、天井がパカリと開くわけがない。


窓から外へ……飛び降りられない高さではないが、向こうも警戒している上に特務部隊を配置している。

でも、ここは市街地のど真ん中だ。脚力には自信がある……逃げ切ることも不可能じゃない。


ついにどたどたという足音がドアの前に終決する。


(……もはやこれまで!)


窓を一気に開き、威勢良く飛び出し、階下に降り立つ……!


が……僕の身体は虚空で停止し、まるで万力に締め付けられたかのように威圧される。

「が……!?」


そのまま地面へとゆっくり落とされ……ギリギリと押しつけられる。


「こちら特務部隊”火食”1――富竹二尉を確保」

「ちょっとちょっと……それは、さすがにズルいんじゃないの……!?」


まさか、逃げることすら許されずって……! 蒼凪君、前原君、みんな……気をつけて。彼らはやっぱり、手だれだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


両手両足を手錠で拘束され、猿ぐつわまでされた富竹さんが……診療所の裏口に運び込まれた。

彼は何らかの薬物でも与えられたのか、ぐったりとして動かない。更に身体のあちらこちらに締め付けられたようなアザがあった。

隊員達に抱えられるようにして、彼は運び込まれていく。それを所長室の窓から見て、ゾッとしてしまった。


……だから梨花さんの家に電話をかけ、そのまま受話器を放置。その上で慌てて部屋を飛び出し、入江機関の診察室へ。


「こ、これは何事ですか! 鷹野さん!」


そこで隊員達がぎょろりと、私に敵意の視線を向けてくる。

更に逃げ道を塞ぐように、隊員の一人が私の肩を叩(たた)いた。……飛んで火に入る夏の虫とは、私のことだろう。


「えぇ、その通りですよ……入江二佐」


隊員の一人が告げた言葉にゾッとする。考えが読まれた……これは、まさか……!

慌ててまず行ったのは、掴(つか)まれた肩を振りほどこうとすることではない。……心に障壁を作ることだ。


その間に他の隊員達が一斉に組み付き、床に押さえ込まれてしまう。


「な……なんなんですか、これはぁ! 鷹野さん!」

「そうそう……入江先生にはまだ御紹介していなかったわね。彼らは特務中隊”火食”。HGS患者で構築された、山狗の切り札と言うべきかしら」

「質問に答えなさい!」

「古手梨花の居場所は」

「駄目です……コイツ、心に障壁を作ってやがる」

「鷹野さん!」


叫びながらも、全力で抵抗する。……私も医者の端くれとして、HGS患者のデータを見たことはある。

万能そうに思えるHGSだが、その能力には大きな個人差があり、本当の意味でオールマイティーな超能力者は全体の十分の一にも満たないとか。

同時に彼らの能力への対抗手段……というか、解析結果のようなものも広く出回っている。


例えばサイコメトリーであれば、意識を読み取らせまいと”壁”をイメージすることで、ある程度の抵抗が可能らしい。

……私も……恐らくは富竹さんも、そういう状況に備えてイメージトレーニングはしていたのだが。


「あら、それを今更言わせるの? 富竹さん……それに入江先生、あなたには入江機関造反の疑いがありますのに」

「はぁ!? 一体何のことですか、それは!」

「……既に富竹二尉のサイコメトリーは終了しているのよ?」


そのとき……鷹野さんは鬼の首を取ったように、にたりと笑う。

同時に殺意をまき散らしていた。よくもここまで、ふざけた真似(まね)を……そう言わんばかりに……!


「あなたと富竹二尉は外部の人間……蒼凪恭文や赤坂衛、だったかしら。彼らに買収され、期間の機密情報を外部へと売り渡した。
でも、本当にショックだわ。これまで一緒にやってきた私や山狗達をスケープゴートにしようだなんて……」

「それは、あなたの方でしょう! 鷹野さん、目を覚ましなさい! あなたは騙(だま)されている……自ら泥沼に溺れようとしているんです!」

「黙りなさい! この崇高なる神への道を前にして、おじ気づいただけの負け犬がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


やっぱり、駄目だった。

彼女は悪鬼の如(ごと)く目を見開き咆哮(ほうこう)。それに火食達が押され、息を飲む。だが彼女はすぐに取り繕い、冷たい笑いを浮かべた。


「……安心しなさい。あなた達はまだ、生かしておいてあげる。連れていきなさい」

『は!』


そうして私は、富竹さんと一緒に……こうなればあとはもう、彼らに任せるしかない。

恐らく私は富竹さんと同じように……だが、大丈夫。今のうちなら……まだ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――タカと二人、玄関先でしっかりと靴を履き、スーツの襟とネクタイを正す。

電話が鳴り続けて、もうすぐ三分。どうやら向こうに意図は察知されていないらしい。


「タカ、息切れしないでよ? もう若くないんだからさぁ」

「だから、俺達は同い年だろ。つーかそれはお前に言いたいよ。水嶋に負けっ放しのくせに」

「負けてないから! あれは……花を持たせてやってんだよ」

「凄(すご)いね、水嶋」


入江先生とは、緊急の連絡方法を決めていた。と言っても、そっちは赤坂刑事がって感じ?

でも、実に効率的かつ相手に悟られにくい方法だ。そもそも向こうはこっちの電話を常時盗聴していて、普通に事情説明は無理。

当然メールも危うい。俺がアイツらなら、梨花ちゃん達の携帯は常時のぞき見するよ。なら……どうするか。


簡単に言えば、電話をかける時間だ。


――相手に電話をするとき、一分以上呼び鈴を鳴らし続けることはほとんどない。

今は留守電やメール、LINEもあるし、用件ならそっちで済ませたっていい。それを利用して、呼び出し音で連絡する。

一分鳴らし続けて切れば、『そこは危険、脱出せよ』。一分半なら『緊急事態、ただしに園崎邸へ急行せよ』。


こんな感じに、三十秒区切りで緊急性の高いメッセージを仕込む。

で、ここの味噌(みそ)は受け手……この場合は俺とタカに絡むメッセージが一番だって点。

あんまりに短すぎると普通の呼び出しと交じるし、長すぎても俺達の逃げが遅くなる。この辺りが絶妙なタイミングってわけだ。


更にこの連絡をする合図として、三秒以内の短い呼び出し音を一回入れ、その上で本番開始って寸法だ。

三十秒単位って長い区切りにしてあるのも、連絡の後受信を防ぐため。

電話は掛けた側(がわ)の呼び出し音と、受ける側(がわ)のものとでは若干の誤差があるから。


これなら盗聴されていても意味がないし、電話をしているのは”絶対に出てほしい”って気持ちの表れだと錯覚させることができる。

向こうだって電話をかけたなら出るまで待つだろうし、その間にメッセージを届けられるって寸法だよ。公安もやるねー。

で……最後にもう一つ。この連絡に限り、短い一回は不要。


これと、一分・一分半だけは暗記するようにって言われたらしい。当然メモも処分した上で。


――連絡方法は、三分以上鳴らし続けること。電話をかけたまま放置するのがよいと……赤坂さんは――

――その中身は?――

――連絡員に緊急事態。以後連絡不能――


そう……入江先生に危険が及んだときだ。入江先生はこの連絡の後、できるなら身を隠すようキツく言い渡されたそうだよ。

……どうやら入江先生は、キチンと時期を見計らったらしい。俺とタカも経験があるけど、そういうのは本当に難しい。

まだ大丈夫、多分大丈夫なんて思っているうちに、連絡の機会すらさくっと逃す……爆弾解体のチャンスを逃すように……!


だから少しでも嫌な予感がしたら、緊急時と判断して連絡・逃避……赤坂さんが指示したように、俺達もしっかりお願いした。

この村の病気を治すのには、入江先生の力も絶対必要だしね。死なれちゃ困るって。


「さて……蒼凪達はもう動いている」

「俺達は一旦ここを脱出して……いや」


スーツの下からコルトパイソンを取り出し、弾をチェック。

タカもコルトガバメントの安全装置を解除。近くは祭りの準備で人もいるし、ドンパチは避けたいけど……まぁ一応って感じで。


「ここは反撃だな」

「タカ、ホント遅れないでよ?」

「お前もしつこいね。……つーか遅れるわけないだろ。俺、カレー大好きな先生だから」

「じゃあ俺は南井巴ちゃんで」

「あと、道は間違えるなよ? 外れたら一瞬でトラップ地獄だ」

「町内地図で既に予習したでしょ。一緒にこう、初恋のあの子を見つめるように――」


え、無謀? 大丈夫大丈夫……やっちゃん達ももうすぐ、どでかい花火を打ち上げるところだから。

それでアイツらを混乱させるにはちょうどいい。……この部屋から、本来ならいないはずの男達が出てくるんだ。

当然梨花ちゃん達の行方を知っていると思うし、捕まえて是が非でも聞き出したいと思うはず。


これで最低でも半数は連れる。まぁつまるところ――。


「……よし」

「It's――」


しばらく部屋に缶詰めで退屈していたから、そろそろ暴れたいお年頃ってわけ!


「行くぞ」

「Show Time!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ジロウさんと入江所長は、なんて酷(ひど)いことをしてくれたのだろう。この私を……祖父の偉大なる、神へ進む道を阻むなんて。

特にジロウさんは……でも、これでようやく朝からの茶番も終わりを告げる。既に小此木達は火食共々、園崎本家に向かわせている。

もちろん……山狗の兵力をほとんどつぎ込んで。ここで逃がすわけにはいかないもの。


幾ら日本(にほん)の危機を救った天才忍者がついていようと、超能力と歴戦の兵隊を前に勝てるはずがない。アッサリRを見つけてくれることだろう。

ただ……全てが順風満帆とはいかなくて。


「富竹二尉達の自白はまだなのよね」

「はい……」

「自白剤で精神的ガードは破れたんじゃないの? だったらなぜ、Rの居場所が明確に分からないの」

「これは火食達の推測なのですが、彼らはこう言う状況に備え、細かいところを教えられていないのでは」

「自白剤の投与量を増やしなさい」

「これ以上は危険です。特に富竹二尉は計画に支障が」

「ち……!」


セキュリティルームで、つい地団駄を踏んでしまう。……ジロウさん達のサイコメトリーはできたけど、完璧じゃあない。

園崎本家に向かっているのも、『他に隠れる場所がないから』という消極的な理由。はっきりRがいるとは言い切れない。

もしかしたら本当に、自宅で寝込んでいる? それなら予定通り、小此木達には本家の警戒だけさせておいて……。


「……三佐! R宅の監視班からです!」


でもそこで、我々にとって吉報が舞い降りた。


「R宅から、不審な男達が出てきたと!」

「男……達!? 何者!」

「それが」

「ど、どうでもいいわ! 追って捕らえて!」

『監視班了解――追跡開始。制圧する』


そうよ、R宅にそんな男達がいたなら……やっぱり古手梨花は園崎本家! これで確証が持てたわ!

富竹と入江だけじゃない! あのクソガキどもにも、神の歩みを止めた天罰を、この手で。


「監視班、待て! 深追いするな!」


なのにそこで通信担当が、余計な口出しをする。思わずにらみ付けながら咆哮(ほうこう)。


「何を言っているの! お前に命令権などないはずでしょ! この場での最高責任者は私よ!」

「ですが……出てきた男達は、鷹山敏樹と大下勇次だと!」

「それがどうし……!?」


……そこで思い出すのは、あの忍者くんがこの村に来てすぐのこと。


――鷹山敏樹と大下勇次? 何よ、横浜って管轄違いもいいところじゃない――

――その二人は別格です。ブレーメンやNET……そんなタチの悪い連中を、二人だけでぶっ潰した――

――馬鹿を言わないでよ。どっちも教科書に載るような国家的テロ組織じゃない。それを――

――もちろん核爆発未遂事件も同じくです。そのとき、坊主と共同で捜査をしていたようで――

――……あの坊やが主導って言ったわよね――

――戦力としての働きが大きいのはこっちです。しかも奴らはつい最近まで国際的捜査組織にも所属していた――


まさか、今回の件を受けて……!? でも、大丈夫……たかだか所轄の刑事よ。

私が小泉のおじいちゃんからもらったお金で躾(しつ)けてきた、山狗という絶大な力には叶(かな)うはずがない……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


午後十時間近……祭りに備え、出店や催しの関係者が、下準備を始める賑(にぎ)やかな朝。

その薄い人波を逆走し、古手神社の階段へと駆け抜ける俺とタカ――でも階段で影が隠れたところで、さっと反転!


同じように逆走して、後を追ってくる迷彩服姿の奴らに抜き撃ち!


「がぁ!」


ど派手な銃声が響いて二人が倒れたところで、コルトパイソンを仕舞(しま)って階段を全力ダッシュ。

……もちろん無関係なみなさまには当てないよう配慮した。幸い階段なら誰もいなかったし?

更に奴らは、こちらが重火器で武装しているとは考えていない。いや、そもそもこんなところでぶっ放すとは考えていない。


人もいるし、巻き添えにしたら……そう考えてさ。でも俺達から言わせれば、お前達の方が不自由だよ。

長年潜入していたってのは十分な足かせだ。作戦決行前に何かやらかせば、一気に小此木造園が……隠れ身のが怪しくなる。

結果派手なトランペット≪自動小銃≫は吹き鳴らせないし、腰のオカリナ≪拳銃≫も吹き鳴らせないってもんだ。


更に子どもの家を監視するのに、大人数を要するとも思えない。ゆえに……この反撃は十分成り立つ。

お前達は戦争のプロかもしれないけどさ。でも俺達、そのプロともドンパチしてきたんだぜ――!


脱落者が階段に向かってあお向けに倒れる。

響いた銃声で村の人達が一瞬停止して、騒然となる。

そんな中、異常事態で急停止していた山狗六人に踏み込み――まずは恥の奴に右ストレート。


それから伏せ気味に身を翻し、組み付こうとした二人目の腹に右エルボー。

こっちの背後に回り込んで組み付こうとした三人目には、上半身を倒した上での右後ろハイキック!

顎を蹴り砕き他二人と同じように意識を沈めておく。タカも高い時計をナックル代わりに握り締め、ワンツーパンチにリバーショットで即時鎮圧。


「おいおい……もう終わりかよ」

「若いのに情けないねぇ。豹藤や城島の方が」


振り向き様にもう一度銃を抜いて……タカと背中合わせになりながら発砲。

こちらの反撃に恐れおののき、銃を抜こうとした若人二人にハートブレイクショット。


「「が……!」」


俺とタカを挟んだ上で向かい合っていた二人は、そのまま土とのディープキスを楽しんでくれる。

なお、今回はスタン弾です。なんかさぁ、梨花ちゃんがいろいろ気に病んでいるらしくて……俺達なりの気づかい?


「もっと強かったぞー」

「出直さなくていいから、覚えておけよ……ベイビー」

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


……っと、いけないいけない。混乱する皆々様に事情を説明しなくては。

とりあえず近くに殺気がないのを確かめてから、二人して銃を仕舞(しま)い、即座に警察バッジを提示!


「えー、お騒がせしました! 俺達は港署……横浜・港署刑事課所属のセクシー大下とダンディー鷹山でございまーす!」

「どうも、僕達です」

「タカァ……そんなこてっちゃんみたいな軽い挨拶しちゃってー」

「君とはノリが違うの」

「せ、せいくしぃ?」

「あれ……あんが! ほんならあれか! あの忍者のぼんに、デンジャラスーっちゅう二つ名をつけたんは……あんたか!」

「そうそう! デンジャラス蒼凪は我らが愛(まな)弟子! 共に横浜と日本(にほん)の危機を救うため、悪い奴らをぎったぎったと……このようにぶちのめして!」


いやー、やっちゃん、サラッと俺のことも話してくれていたのね。……それなら話は早い!


「実はこの村には、国家的陰謀を企(たくら)むテロリストが潜入していると聞きつけ、調査しておりました!」

「ほったら、梨花ちゃまの家から出てきたんは!」

「その梨花さんと友人達が、テロリストの犯罪に巻き込まれたんです。そちらは保護しておりますので、御安心を。
……というわけで、今日はすこーし騒がしくなりますけど、村長さんの指示などに従ってもらえれば」

「なんちゅうこっちゃ……! この悪党どもがぁ!」

「わしらで懲らしめちゃるわい! 雛見沢(ひなみざわ)をなんじゃと思うとるんじゃあ!」

『そうじゃそうじゃあ!』


おぉおぉ、また血気盛んなおじいちゃん達ー。階段の山狗連中も勝手に引きずって、一まとめにした上でふん縛り始めたよ。


「……タカ、なんかここの人達……俺達より若くない?」

「これからの高齢化社会も一安心だな」

「まだまだ俺達の時代じゃあーってか?」


……あぁ、でもそうだな。

俺達、まだこの村でキチンと遊んでいないし、守らなきゃいけない人達とお話もしていない。

今更ながらに興味が出てきたよ。やっちゃんとこてっちゃんも、随分この村が気に入ったみたいだし?


でも気持ちはちょっと分かってきたところだ。……こんな熱いもんを見せられたら、嫌でも滾(たぎ)る。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……あり得なかった。


「……監視班からの連絡、途絶」


逆風は運命の追い風に変わり、そのまま私を……祖父を神の頂へと押し上げる。そう思っていたのにまた、風は変わる。


「どういうことなの……武装は」

「監視任務でしたので、小銃などは……それでも拳銃は持っていたはずなのですが」

「返り討ちに遭ったというの!? 天下の山狗が、たった二人のロートル刑事に!」

「お言葉を返すようですが、あの二人は隊長も要注意人物として挙げていました!
しかも軍人崩れのテロリスト達と、真正面から戦って勝ってもいて」

「黙りなさい! そんなことは聞いていないのよ! それじゃあ奴らはどうなるの! このまま野放しってこと!?」

「隊長に繋(つな)ぎます!」


あぁ、そうよ……こんな使いっ走りじゃ話にならないのは当然。小此木は隊長だし、言っていたじゃない。

自分達の方が、あの忍者や刑事達より上だと……! だったら……怒りで頭がおかしくなりそうな中、ぷつっと電子音が響く。

通信が繋(つな)がったと見て、すぐに差し出された受話器を奪い、怒鳴りつける。


「小此木、R宅よ! 鷹山・大下を捕縛しなさい!」

『それなら人を向かわせてますが……かなり難しいですぜ』

「どうしてよ! 数ではこちらが上なのよ!?」

『アイツらは古手神社に陣取って、事情説明を始めやがった。村の老人達と一緒なんですよ。
そこで俺達が堂々と乗り込むと、またいろいろと面倒なことになるかと』

「火食を使えばいいでしょ! 彼らはRの行き先を知っているのよ! それを捕まえるためなら」

『……知っているという確証はどこですか』

「それを見つけるのがあなた達の仕事でしょ!」

『そうは言いますがね、富竹、入江とそれっぽい奴らが外れだった。……一応言っておくと、自分なら知らせませんぜ。
富竹もあっちに付いたとなると、火食の能力もバレていると見ていい。つまりあれは、罠だ』


……それも確かにあり得る可能性だった。結局のところ『Rの行方を知っている』という話自体もただの臆測。

それで村人を巻き込む形で攻撃したら……しかも綿流しの祭りはまだ少し先。いろいろと計画が台なしになるのは明白。

しかもあの刑事達は軽武装と言えど、たった二人で監視班を倒した……戦闘力は本物ということ。


ならRはどこ! Rさえ見つかれば全部解決するというのに……これは一体何なの!


『三佐、焦ることはありません』

「何を言っているの! この状況で焦らないで、いつ」

『だが富竹は確保しているし、これが奴らの引っかけだと言うこともバレている。……分かりますか?
その時点で、古手梨花が死んでいるはずがないでしょ』

「ぁ……」


そうだそうだ……古手梨花は確実に生きている。そもそも彼らには、自爆スイッチ≪女王感染者の死≫を発動させる理由がない。

彼らの目的は何。我々の計画を妨害し、浅ましく生き延びること。そのためにこんな小ざかしい真似(まね)を仕掛けたんだから。

確かに焦る必要はなかった。既に……奴らが仕掛けたトラップの大前提は、崩壊していると言っていい!


『それが分かっただけでもめっけもんだ。しかも村外に出た様子はない。さすがにそれは無理があるってもんですぜ』

「なら……」

『居場所は既に絞られている。三佐、突入許可を』

「その前に谷河内(やごうち)の隊員に連絡。≪H173-2≫の散布準備を整えなさい」


ならば、愚かな贄どもには罰を与えないと。口元をおかしさで歪(ゆが)めながら、小此木に命令≪オーダー≫を届ける。


『三佐、そいつは……』

「えぇ。H173を改良して作った新型。アルファベットプロジェクト本来の目的に沿った生物兵器――」


H空気中に改良・小型化された寄生虫が散布され、大規模空気感染を引き起こす――感染力は通常の症候群より抜群に上。

小此木にも今言ったように、アルファベットプロジェクト本来の目的に沿った魔法のアイテム。

本来の計画では必要なかったけど……あらあら、やっぱり風は私に向かって吹いているみたいね。


サイコロの目が面白いくらいに、望む形で出続けていた。

それを成すのは、神の気まぐれなどではない。私の意志……私が積み重ねてきた研さんの日々。


その全てが、今一つの運命を形作っていた。神すらも触れることができない――絶対運命を!


「万が一Rが園崎本家にもいなかった場合に備えて……いいわね、これは命令よ」

『了解しました。ですが、避難時間はくれるんでしょうね」

「当然じゃない」


さぁ、抵抗してみるがいいわ……努力も、苦渋も知らない、甘ったれな坊や達。

この私の、祖父から受け継ぎし意志を……神に至る階を阻めるというのなら、やってみなさい!


「――これは!」


そこで、端末にかじりついていた隊員が大げさに驚く。


「どうしたの!」

「一階保安部、制圧されました!」


慌てて端末に駆け寄る。……診療所裏口の待機室。そこの防犯カメラから届けられる映像が、光で満たされていた。

それが薄れて現れるのは、気を失って倒れ、あぶくを吹く隊員達だけ。

その脇では覆面・ゴーグル・アーミージャケットの何者かが自動小銃を構え、山狗用のバンを蜂の巣にする。


それを止めようと他の隊員が飛び出すと、その両脇からまた別の覆面が突撃。

銃を持っていたもう一人の覆面も、彼女をフォローするように反対側に……まるで瞬間移動のように踏み込んだ。

一人はナタの峰で首をたたき潰され、一人は鋭い回し蹴りで鎮圧。他連中が自動小銃を構えようとすると、その銃が斬撃で真っ二つにされる。


それに驚いている間に、ナタの少女と一緒に次々敵を撃破……! その上で彼らは、平然と診療所の玄関へと乗り込む。

今日は急な休診日としていたのに、平然とドアを蹴破り、室内で自動小銃を乱射。

照明、待ち受け室のソファー、受付の窓ガラス――調度品や壁の至る所に弾痕が刻まれた。


「これ、は……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


奥から慌てて飛び出してきた隊員達に対し、またフラッシュグレネードを転がしておく。

……奴らが足を止めギョッとした瞬間に、腰に携えた≪乞食清光≫を左手で持ち、一気に疾駆。


「……退避ぃ!」


なおフラッシュグレネードはブラフ……今回は爆発しないタイプのものだ。なのに奴らは丁寧に曲がり角まで戻って身構える。

でも爆発は起きない……それに気づいて三秒後、勝負は決していた。

破壊した壁を更に蹴り砕きながら、天井へと駆け上がって跳躍。そのまま身を翻して抜刀――右薙の切り抜け。


咄嗟(とっさ)に気づいて構えた隊長格のライフルを胸元ごと切り裂き、意識を奪い去る。

更に地面を滑りながら停止して、他隊員三人と真正面から対峙(たいじ)。乞食清光を平晴眼に構えて。


三連続の刺突――!


「隊ちょ……………………」

「この………………ぉ……………………!?」

「あ、エ……!?」


構えた小銃は真一文字に切り裂かれ、同時に胸元から三つの鮮血が走る。

急所すれすれの箇所を貫かれながら、奴らは背にしていた受付側面の壁と零距離衝突。

壁を派手に破砕し、室内に転がり込みながら意識を途絶する。


「あ、忘れてた」


一階部分の制圧も終わったので、FN Five-seveNを取り出し……天上に向けて一発発射!


「動くなベイビー!」

≪どうも、私です≫

「……それ、今更じゃないかな……かな」

「ほんとですよ」


そう言いながら呆(あき)れた様子で、レナと詩音が裏拳。背後に回っていた山狗の顔面を打ち砕きながら、壁へとめり込ませた。

……おのれらも、十分に今更だよ? うん……今更、人間やめている感じが。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


たった三人の襲撃者は、極々平然と一階を制圧。その上でこの入江機関入り口を目指し歩き始めていた。


「おい、隊長達への連絡は!」

「駄目だ……三佐!」


隊員達が私を引っ張り、強引に廊下へ。そのまま機関奥の脱出口へと押し出していく。


「ちょっと、あなた達……何してるの!」


ここには入江所長が、貴重な研究資料があるのに。それに、ジロウさんも……まだ話していないのに。


「隊長達と合流します!」

「馬鹿を言いなさい! プロなんでしょ!? だったらあんな強盗くらい」

「三佐!」


……強盗? 違う……そんなわけがない! このタイミングで、こんなド田舎の村にある診療所を強盗して、何のメリットがあるの!


「このまま騒ぎが大きくなれば、興宮(おきのみや)署も動かざるを得ません! この状況で取り囲まれたら、それこそ一巻の終わりです!」

「なら富竹二尉達も」

「もちろんです! おい!」


山狗達は私を守るように前衛を組み、下がりながら自動小銃を構える。……期間入り口に飛び込んできた影に対し、銃声が響く。

ソイツは身を低くかがめたかと思うと、その場で踊り始めた。でもそれは単なるダンスじゃない……正しく剣の舞。

鉄色の刀が袈裟・右薙・左切上・唐竹・右切上・逆風――そう振るわれるだけで、毎秒百発以上の弾丸が全て切り払われていく。


「駄目です! 二尉達の部屋が……電源が落ちていて! 開きません!」

「な……!」

「なんだと!」


機密保持のため、各部屋はキチンとしたセキュリティで管理されていた。それが、故障……そうよ、故障よ。

奴らは機材に触れてすらいない。だから故障……不運。

これはサイコロの目が一になったということ。運命を掴んでいた私の支配力が……私の積み重ね、掴んだ力が、揺らいだということ。


抗い続けてきたのに。全てを投げ打つ覚悟で突き進んでいたのに……ここで、今更……!


「……遺憾だが、富竹二尉は」

「………………ちくしょお………………」


しかもあんな、派手な銃器を用意して! それにあの声よ! 間違いない、あれは……アイツらはぁ!


戦力を園崎本家に割いているのが間違いだった。今、ここは本当に手薄……このまま真正面からやり合ったら、どうなるか分からない。

現にあの刀を持った奴は、山狗をあっという間に四人も殺して……! ちくしょお。


「ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! あのクソガキどもがぁ! 殺す……絶対に殺すぅ!」


理性では分かっているのに、もがく、もがく、もがく……また風は、怪しくなり始めていた。

両手を伸ばして、暴れて、足掻(あが)いて、届くはずだった勝利に未練を掴(つか)もうとする。でも届かない。


届くはずがなかった。私は敗者として薄暗い通路へと押し込まれる。


ただ負け犬のように、怨嗟(えんさ)の言葉を残しながら――。


(第20話へ続く)








あとがき

恭文「というわけで、本拠地制圧です」

レナ「最後の最後で、ようやくレナ達の出番だよー。……でも、ビックリしたよぉ。恭文くんが『診療所、鎮圧する』って言ったときは」

恭文「売られた喧嘩(けんか)に真正面から挑んだんだけど……何か問題が。なおどうしてこうなったかはまた次回に。
というわけでお相手は蒼凪恭文と」

レナ「竜宮レナです。……今日はまたまた蒼凪荘でパーティー……なんだけど、ちょっとしんみり」

恭文「百合子の誕生日会二次会ってだけじゃないんだよねぇ。……今日、ミリオンライブがサービス終了に」


(スタッフ、キャストのみなさん、長い間お疲れ様でした。そしてミリシタでまたまた頑張ってください)


恭文「だから美奈子や百合子達が……志保、何か一発ギャグしてよ。ほら、お得意の『すみまセンター分け』をさ」

志保「そんなの得意じゃありませんよ! というかそれ、NON STYLEさんの漫才ですよね!」

恭文「だから真似(まね)したら受けげぼばぁ!?」


(レナパン!)


レナ「恭文くん、女の子には優しくしなきゃ駄目なんだよ……だよ? というか志保ちゃんも、もっとバシーって言っていいのに。
恭文くん、愛情表現がやっぱり子どもだし」

志保「あ、ありがとうございます。……竜宮さんは恭文さんのこと、よく知っているんですね」

レナ「それはもう。このお話みたいに一緒に戦ったこともあるし、部活でいっぱい遊んだしー。
……でも、志保ちゃんもよく知っていると思うけどなぁ。この面倒くさいツンデレとも上手くやっているし」

恭文「だ、誰がツンデレ、だ……」

レナ「恭文くんだよ。というか上に”面倒臭い”をつけなきゃ駄目だよ? はい、復唱……僕は面倒くさいツンデレです」

恭文「僕は、面倒くさいツンデレ、です……!」

レナ「よろしい」

恭文「と、竜宮レナは拳を使って強制的に言わせてきました。レナ怖い、怖いよ竜宮レナ」

レナ「ちょっと!?」

志保「竜宮さん、強い……!」

レナ「それはもう。恭文くんと付き合うなら、これくらいできないとねー」


(蒼い古き鉄はどれだけ手にかかる人間と思われているのだろう。
本日のED:ゴードン(内海賢二)&トーマス児童合唱団『じこはおこるさ』)


レナ「……恭文くん、正直に言おう? どうしてこのEDにしたのかな、かな」

恭文「……だって、富竹さんが機関車になる前に事故って」

レナ「やっぱりだし!」

古鉄≪なお火食は当て字……ヒクイドリという気性の荒い鳥から取っています≫


(おしまい)





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