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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第18話 『四八時間作戦/PART1』


「……こ、これが学校なのかよ……。すげぇな、さすが田舎だな……」


それが、雛見沢(ひなみざわ)分校に対する最初の一言となった。

いや、そういう以前の問題だ。……どう見ても学校じゃねぇ! 雛見沢(ひなみざわ)営林署とか書いてたぞ!


「わーはははははは! まぁ確かに! 我が校は営林署さんの敷地をお借りしておりますからな!」


海江田校長……だったか。やたらガタイのいいおじいさんは、勢いよく笑い出す。

それに続くのは、知恵留美子先生。白いノースリーブワンピースを可憐に着こなす女性だった。


「学び舎(や)は違っても、学校であることは同じです。前原くんがこれまで通われていた学校とは、いろいろルールが違うと思いますが、大丈夫ですか?」

「あ……はい!」


学年無視のバトルロイヤル状態で、生徒は全員同じ教室……テレビでしか見たことがないような、学年混同制度。

それについては事前に聞かされていたが、本当の本当らしい。

年齢的に言えば俺より年下ばかりだろうから、きっと幼稚園か何かのような雰囲気になるのだろうが……それも一興(いっこう)か。


……どいつもこいつも、同じ面をした学校より面白そうだからな!


「前原くんが転校してきたら、男子の中では最年長になると思います。
ですので自分の勉強だけではなく、下級生達の模範となるよう示さなければなりません。
下級生は、上級生の悪いクセをすぐ真似(まね)します。先生もそこは厳しく注意していますから、前原くんも常に襟を正してくださいね」

「わ、分かりました。努力します」


その後、知恵先生は空っぽの教室に案内してくれて、俺の席(予定)を教えてくれた。

育ち盛りの年代だから、下級生と上級生の体格差は大きいのだろう。


俺じゃあもう膝も入らないような席から、逆にぴったりの席まで……大小様々な席が並んでいる。その合計は三十もないだろう。

でも学年・性別もバラバラときたら、きっと賑(にぎ)やかに違いない。壁に貼られた習字やプリント、絵なども、席と同じように学年様々なものばかり。

それはとても楽しそうで、俺が今まで通ってきた学校とは全然違う。俺が……純粋に学校を楽しんでいた頃を思い出させる。


「父さん、俺……気に入ったよ。やっぱり街の学校より、こっちの学校がいいや」


俺の言葉を聞いて、親父は『そうか』と笑顔で頷(うなず)く。

元々俺を『こういう学校』に通わせたいと強弁していただけに、ホッとした表情だった。


「そうですか。興宮(おきのみや)の学校は設備もちゃんとしていますし、立派な先生方もたくさんおられますのに」


とは言いながらも知恵先生は、新しい転校生が迎えられるのをとても嬉(うれ)しそうに……ちょ、ちょっと照れくさいな。

親父達は職員室に戻り、書類だか何だかの手続きをするらしい。俺はその間、教室内に貼ってあるものを眺めることにした。


……本当は引っ越しなんか興味がなかった。

犯した罪の重さに、人生への関心を失っていた。

生きている気力もなく、布団の中から抜け出すこともできなかった。


だから引っ越しをしようと言われたとき、『そんなことでなかったことにできるか』と否定的に思っていたんだが……。

だが、引っ越してきてその考えは変わった。

ゼロからやり直そう……俺がなりたかった”俺”になるために、ゼロからやり直してみよう。


この雛見沢(ひなみざわ)と、この学校で……もう二度と幼稚な自分には戻らない。

成績さえ良ければ世界で一番偉い、なんて馬鹿な勘違いはしない。

俺がそう勘違いし、蔑(ないがし)ろにしてきたもの……本当に学ぶべきはずだったこと。


それを、この学校でなら学べる気がする。それは口に出せば、凄(すご)く恥ずかしいことなのだろう。

でも物すごく大切なことで……多分、それを学ばなかったら、ロクな大人になれはしない。

この学校の生徒達にとっては、凄(すご)く当たり前で、とっくの昔に習得しているかもしれないけど……俺はここからだ。


友達の作り方。

友達との遊び方。

遊ぶこと。

遊びの中でしか培えないものを、学ぶこと。

心を豊かにすることとか……いろいろ……いろいろ。


一見簡単そうだけど、きっと短くない時間をかけることになるのだろう。

それを蔑(ないがし)ろにして、中身のない勉強ごっこにうつつを抜かしてきたのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


校庭はふだんから遊び場になっている関係で、数人の子ども達が走り回っている。

そんな中、私達は教室の中を……ようやく引っ越してきた、切り札の一つを見て安堵(あんど)。


「ようやく引っ越してきたのです。ボクは待ちくたびれたのですよ」

”あうあうあうあうー。でも、これでまた変わってくるのです。圭一はサイコロの”六”なのですから”

「……六ではありますが、圭一の振るサイコロは一がよく出やがるのです」

”け、圭一が悪いわけではないのです……”

「全部”お前”のせいなのです。圭一に謝りやがれなのです」

”あうあうあうあうあうあうあうー!?”

「え……」


あ、気づかれちゃったみたいね。とりあえずは曖昧に笑って誤魔化(ごまか)しておく。


「俺の名前を知っているのか?」

「にぱ〜。転校生なのですかぁ?」

「え……あ、あぁ! よろしくな! 前原圭一ってんだ! 今度の月曜から来ることになると思うぜ! 仲良くしてくれよな!」

”あうあうあうあう! 仲良くしましょうなのですー!”

「……圭一に古手神社の巫女(みこ)さんから、有り難いお告げなのです」

「巫女(みこ)?」

「はい。ボクは古手梨花……今も言った通り、この村の神社で巫女(みこ)さんをしているのです」


さて、これで何かが変わるかしら。それとも……そんなことを思いながら、クスクスと笑う。


「転校初日は『教室の扉』が鬼門なので、入るときは注意なのです。あと、椅子の背中に画びょう、机の中にはカエルのおもちゃが入っています」

”でも、何度警告しても圭一は何度も引っかかって……これも運命なのです。かあいそかあいそなのです”

「くすくす……だから面白いのだけど。たまにはそんな運命も打ち破ってみて?」

「は、え……んん!?」


なお、私の預言は……月曜日、明らかに敬語の使い方を間違えた子によって、とても大切な忠告であることが示される。

そのときには手遅れか、それとも……さぁ、この世界であなたは、どんな末路を迎えるのかしら。


それで私の死は、結末は少しでも揺らぐのかしら。どんなふうに変化するか……楽しみね。くすくすくすくす……。





とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第18話 『四八時間作戦/PART1』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……俺達は気にすることがある。魅音のおばあさんが、全員分のおはぎを作ってくれたこと?

いや、それも驚きだったがそうじゃない。問題はおはぎを食べながら、この非常識男が平然としていることだ。


「恭文、お魎さんには心から感謝しろよ……!」

「重くない? その言葉」

「当たり前だぁ! あれだけ暴れたお前にも、毒など仕込むことなくおはぎを作ってくれたんだからな!」

「分かってるってー」


本当かどうか怪しいと思うのは、俺の気のせいか!? ……まぁいいだろう。それよりも、もっと気にすることがある。


「……いよいよ明後日(あさって)、決行か」

「だね。やすっち、例のものは」

「もちろん内密に届けたよ。みんなにはめっちゃ驚かれたけど」

「そりゃそうだってー。というか、わたしらだって驚いたし」

「物質変換、本当に便利なんだね……だね……」


既にプランは固まった。大石さん達にも伝えているし、詩音も備えて今日から泊まり込みだ。

お魎さんは逆に出ていくがな。茜さんのところに身を寄せてもらう……なお逃げるんじゃない。

園崎組の組員を、園崎家頭首として直(じか)に纏(まと)めるためだ。村人達の安全を守るために……なんか、熱いよなぁ。


だって今までいがみ合っていたのが、陣営とか気にせずに一つになっているんだ。まるでアニメの最終回みたいなノリじゃないか。


「しかし楽しみだねー。奴ら、きっと度肝を抜くよ? それで一生忘れられないくらいドキドキするよ?」

「……恭文さん、笑いがサディスティックですわよ。でも今回については同意見ですわ!
山狗だか負け犬だか知りませんけど、わたくし達のトラップに恐れおののくとよろしくてよー」

「どうしよう……僕、今日は眠れないかも。まだ一日あるのに」

「そんな、遠足前の子どもみたいなことを言われても……!」

「恭文くん、しかも目が……輝きすぎ。というか眩(まぶ)しいー」

「……でも、よかったの? 僕が犯人じゃなくて」


すると目の輝きを維持したまま、恭文が今更なことを聞いてくる。レナはそれであきれ顔。


「いいの。というか無茶苦茶(むちゃくちゃ)だよ。……梨花ちゃんを殺したって証言して、そこから警察署に逃げるって」

「何かあっても大問題ですし、より確実性の高い作戦にしただけですわ。というか、恭文さんは危ない賭けを楽しみすぎです」

≪「だって僕(私)達、”あぶない魔導師”だもの」≫

『そういうことじゃない!』

「魅音」


部屋のふすまが開いた。そこからお魎さんが顔をさっと覗(のぞ)かせてくる。

なお恭文の目が向いた途端、眩(まぶ)しげに顔を伏せた。あぁ……やっぱりかぁ。そうだよな、LEDもビックリな光度で輝いているしなぁ。


「ばっちゃ、ごめん。うるさかったかな」

「そうやない。聞き忘れてたけど、花火師の人達に連絡は」

「ちゃんとしといたよ。綿流し当日もそうだし、前日のも問題ない。回覧板も今日の夕方に回ってる」

「ほんなら、そっちの見届けはわしがしとく。みんなもはよ寝るんよ」

『はい! おやすみなさい!』

「おやすみ」


そうしてまたふすまが閉じられる。厳しい人ではあるけど、基本優しいんだよなぁ。沙都子のことももう大丈夫だそうだし。

それでも甘えたりせず、礼節を弁(わきま)えていこう。それが受け入れてくれた人達への恩義を返すことになる。それはそうと。


「魅音、昼ってなんだ」

「お祭りには花火もあるんだよ」

「花火か!」


そう言えば花火も長いこと見てないなぁ。……やべ、俺はやっぱ不健康な生活をしていたわ。


「火薬の絡むものだし、やっぱりリハーサルが必要なんだよ。それも複数回。
結構デカい音だから、町内会を通じて回覧板も回すんだ」

「確かいつもは、お姉が監督役なんですよね」

「うん、一応これも園崎家としてのお仕事かな」

「やっぱ大変なんだな、代行って」

「代行だからまだまだだよ」


魅音は少し照れた様子でおはぎを食べる。

……でも、四十八時間か。綿流しのお祭りまでには決着しそうだな。

あとは診療所の監督や悟史がどうなるか。俺達はここで引きこもりだから、やっぱり外の様子が気になるわけで。


まぁ、そこも恭文がいい手を考えているそうだし……すっごく、嫌な予感しかしないけどな……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


決戦はもうすぐ……そのため妙に寝付けなくて、自然と縁側に出て、お月様の光を浴びながらのんびり。

月光浴って言うけど、それくらい月が大きく、村の中ではその光は薄れることもない。これが都会だったらなかなか難しいだろうに。

そんな月を見上げながら考えるのは、まぁ……この村に来てからのことで。やっぱり楽しかったなぁってさ。


”……アルト”

”まだ寝ないんですか”

”ん……そう言えば、圭一本人には言い出せなかったなぁって思って”


首元のアルトは、それだけで全てを察する。そうして、呆れ気味なため息を念話に載せた。


”まぁいいじゃないですか。あなたはそれでも、あの人を友達だと思ってるんでしょ”

”……まぁね”


そうだね、ここで言い出すことじゃない。言い出す意味もない……あのとき、俯(うつむ)き怯(おび)えていた『傷害犯』はもういない。

罪は消えないけど、きちんと背負って……変わって、前に進もうとしている。それだけでいいんだ。


(――そうだよね……少年A……前原圭一)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


それは、一年ほど前のこと。東京(とうきょう)観光を楽しんでいたところ、東京(とうきょう)タワー爆破なんてアホなテロリスト達とドンパチして……。

最寄りの警察署での処理を終えて、報奨金もほくほくで帰ろうとしたところ、ある一家が警察署玄関から入ってきた。

着の身着のままというか、寝間着にとりあえず上着を羽織っただけというか。しかも……明け方なのよ。


薄寒い廊下の中、両親の間で縮こまっている子は、ひたすらに謝っていた。


――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……!――


頬には赤い、殴られたような痕。その両手は罪の呵責(かしゃく)を思わせるほどに震えていて……でも早朝だったからね。

仕方ないので見かねて話を聞いて、署員の方に取り次いで……そのまま預けたんだ。本当に、たったそれだけのことだ。

まだ小学生を出たばかりにしか見えない、そんな子が傷害事件を起こした……それを聞いた両親が、子どもを叱って一緒に出頭した。


本当に、たったそれだけのこと。


でもその後、事件の担当になった人から、丁寧にお礼の電話がかかってきた。


――……エアガン?――

――えぇ。実はうちの管轄内で近頃、エアガンによる傷害事件が起きていたんです。
最初は小さな動物達が……そのうち遊んでいた子どもが撃たれて。ただ、どれもこれも当たりが浅く、軽傷と言えるものでした。
ですが……署内でも警戒を強めていたところ、近隣の少女が目を撃たれまして――


その声に含まれた無念と悔しさは、今でも覚えている。怪我(けが)がなければ問題ないって話でもない。

明らかに犯行はエスカレートしていたし、ただプラスチックの弾を身体にぶつけるだけじゃあ足りなくなるかもしれない。

もっと、相手に痛みを与える場所に……もっと、相手に痛みを与える武器に。そういう形でシフトする可能性だってあった。


それが正しかったと、最高の形で示された。それを防げなかったと、最悪な形で示された。

僕にも覚えがあるものだ。やっぱり後藤さんが言うように、僕達の仕事は手遅れが基本らしい。


――……その犯人があの子……前原圭一でしたっけ。動機は――

――勉強疲れ……ノイローゼというやつです。彼は進学校に通っていたんですが、そこでの競争で多大なストレスを抱えていた。
そのストレス解消にモデルガンで、物を撃つ遊びを始めたんです。それで予測していった通りにエスカレートして……最終的には、目を。
それは当人にとっても予想外のもので、今更怖くなって両親に相談。出頭という流れです――

――そうですか。……わざわざありがとうございます。お忙しい最中なのに――

――いえ。ただ――

――はい――

――警察官として、言ってはいけないことなのは……分かっています。ですが――


署内で漏らすこともできず、外部の僕に……忍者ならば、か。まぁそういうこともあるだろうさと、素直に受け止めた。


――なんでしょうか――

――被疑者への処置には納得がいかないところも多くて。……未成年だから、実名報道はされない。
親が相当な資産家で、示談により被害者達への賠償は解決。彼は罪の償いもせずに無罪放免……我々の仕事もおしまい。
被害者の少女は目を潰されたというのに……! これで終わりなのが、本当にやり切れなくて――

――そうですね。えぇ……本当に――


……犯人を捕まえるのがお仕事だから、罰するのはまた別の人がやること。僕達にその責務は存在しない。

僕だって同じだ。戦いの中で人を殺すこともあるけど、それを裁きとか……そういうつもりで受け止めたことは一度もない。

殺しは殺しだ。ただ自分が生き残るために、相手の命に配慮するという最低限の敬意すら払えず、踏みつぶしただけ。


それはやっぱり、本質からはズレていると……思うことも多いわけで。この刑事さんだって分かっている。

無罪放免に終わったわけじゃない。人の目がある……事件のことを知れば、これならの暮らしだって暗いものになる。

償いからは逃げられない。ただ前原圭一は、塀の中ではなく、塀の外でそれを行う道に進んだだけだと。


それはもしかしたら、塀の中で行うよりずっと厳しいことかもしれない。塀の中では世間のことと隔離されるから。

事件直後のごたごたに苛(さいな)まれることもなく、同じように罪を犯した人達と接し、厳しくも心ある刑務官に支えられ、罪を償う。

そうして積み重ねた時間により、人々の間から事件の記憶が薄れ……でも、今回はそういうこともなく……だしね。


だけど信じ切れない。

だから、吐き出さずにはいられない。

このまま悪人は罪を省みることなく、逃げて終わるのかと――。


分かり切った本質にはあえて触れず、ただ……同じ気持ちだと嘯(うそぶ)いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――そうしたら、雛見沢(ひなみざわ)で会っちゃったから……もうねぇ。なお圭一は僕のことを覚えていなかった。

あ、でも挨拶させてもらったお父さんとお母さんは……ビックリしていたよ。

それで相当不安がっていたので、圭一がいない間にお邪魔させてもらって。


なお二人、僕がお茶菓子まで用意して、”お詫(わ)び”に伺ったと知った途端、とても恐縮してしまって。


「すみません……お二人を怖がらせるつもりはなかったんです」

「いやいや、謝るのは我々の方だ。君も知人の頼みで村に来ただけというのに……済まなかった」

「本当にごめんなさい。不愉快な思いをさせてしまって」

「いえ。……でも圭一……前原君も、元気そうで何よりです」


……あ、これは駄目か。嫌みに思われたのか、二人の表情が曇る。だから……嘘偽りのない、圭一の印象を告げる。


「きちんと自分の過ちと向き合って、同じ間違いを繰り返さないようにと抗(あらが)っているんですね」

「――! あなた!」

「……君は、どうしてそう思うんだ。いや、我々は本当に嬉(うれ)しいんだ。圭一はこの村に来てから、確かに変わった……だが」

「目を見れば分かりますよ。それに行動でも……実際友達のトラブルも自分から踏み込んで、全力で……自分のことのように動いていた。
一生懸命に考えて、相手のことも思いやって。……罪から逃げている人間には、絶対にできないことです」

「そうか……ありがとう」


その言葉には、『いえ……』とだけ返す。……実際、最初は疑いもあった。

ただ巴さんにも言ったように……うん、そうだね。レナのあれこれと同じだよ。

圭一は罪の精算を……法律の問題としては終えていて、それをむやみやたらに掘り返すものじゃない。


何より、圭一の行動はそれを躊躇(ためら)わせるほどに真剣で、熱意に溢(あふ)れていて。

この一年で一体何があったのか。最初は事件のことをすっ飛ばしているかと思ったけど、違う。

そこには年不相応な思慮深さもあったし、だから僕も相応に信頼できた。


僕が起爆剤だと言うなら、圭一は赤い炎。みんなを燃え上がらせ、動かす炎だ。そして起爆剤もまた、炎がなければ威力を発揮しない。

僕は、圭一という炎に……そこまで燃え上がれる力強さに、光るものを感じていて。


「多分それは……あの子が、勇気を出したからだと思う」

「勇気?」

「さっきも言ったように、雛見沢(ひなみざわ)に来て……分校の友達たちに触れて、あの子は随分変わった。
だが、変わったが故に疑問を感じたんだと思う。事件の決着に……自分が、償いから逃げたことに」


氏より育ち――環境が変われば人も変わるとは、よく言ったもので。しかもそれは事実だ。

必死さで向き合えなかった過去と過ちだけど、精神的余裕が……更生ができたからこそ、突きつけられることもある。

収監された受刑者が懲役を勤め上げる中で、自らを省みて、罪への後悔と真の意味での反省を持って更生するってのは、決して夢物語じゃない。


だから自分しか見えなかった過去を、本当の意味で後悔したとしても……。


「……これ、圭一には内緒で頼むが」

「えぇ」

「あの子は、目を撃った少女の家に向かったんだ。最近私達が、親戚の法事で東京(とうきょう)へ向かったときに」

≪あらま……言ったらあれですけど、今更ですよね≫

「その通りだ。既に示談も、謝罪もした。それを蒸し返すような真似(まね)には、私も……妻も反対だった。
だが、結局は見送ったよ。圭一の決意は固かったし……それで、ぼこぼこにされて帰ってくるかと思ったら」


そうではなかったらしい。お父さんはお母さんと顔を見合わせ、涙ぐみ始める。


「相手の子も……お父さん達も、圭一の行動を見て、許してくれたんだ。必死に謝って、泣きじゃくりながら……それでも謝る圭一を見て。
それでもうこんなことをしてはいけないと、叱って、約束して……送り返してくれた」

「……正直驚いたわ。でも、それで改めて話し合って、考えたの。あの事件は圭一だけの罪じゃない。
私達も親として罪がある。それは理解していたはずなのに、自然と忘れようとしていたのかって」

「なら、お父さん達は」

「改めて圭一と一緒に背負うことにしたわ。罪は消えないけど、だからこそ明日の自分を強くしてくれる。
許しなんてなくても……たとえ自己満足でも、もう止まったままでいるのは嫌だって。
……それなのにあなたを見て怯(おび)えるなんて、まだまだ駄目よね」

「しかも、こんな美味(おい)しいお茶菓子まで用意してもらって……重ね重ねになるが、本当に申し訳ない」

「いえ、そんな……大丈夫ですから」


頭を下げかけたお父さん達を制止して、出されたお茶を頂く。

……香ばしく、甘さも感じる麦茶……これも雛見沢(ひなみざわ)の味だ。


「こちらこそ押しかけてすみませんでした。でも……お話を聞けてよかったです」

「我々もだよ。よければこれからも圭一と、仲良くしてやってくれ」

「家でもね、ちょくちょくあなた達のお話をするのよ。最高に滅茶苦茶(めちゃくちゃ)で危ない忍者だって」

「そりゃあもう。僕達も圭一のことは、大事な友達だと思っていますから」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――それでまぁ、圭一に申し訳なくなりながらも、改めて腹を決めた。

前原圭一はここで知り合った僕の友達で、最高の部活メンバーだってさ。過去も全部含めて、そう言い切れる。

それにね、改めて思ったんだ。やっぱり……罪を数えろって、突きつけ続けたいなって。


ひとまずは……梨花ちゃんがずっと引っかかっているであろう、あの女性にだ。


”アルト”

”えぇ”

”魅音にも約束はしているけど……改めて、腹を決めるよ”


園崎家とのことについては、魅音と詩音が真正面からやり合って、不和も嫌だった。

だから望んで泥を被ったし、忍者資格もフル活用した。……でもここからは、それもないと思う。


だって今の僕は……僕達は、魔導師でもなければ忍者でもなくて。


”ここからは、雛見沢(ひなみざわ)部活メンバーとしてのゲームだ”

”当たり前でしょ”

”うん”


魅音がね、あのとき……教えてくれたんだ。

なぜ部活でジジ抜きをやるか。なぜ部活には罰ゲームがあるのか。

その流儀に則(のっと)るのであれば、これが部活であるのなら、確かに誰かを殺すことなんてあり得ない。


だって鷹野三四達は憎むべき犯罪者ではなく、僕達の遊び相手なんだから。大丈夫……やってやる。

僕一人なら無理だ。アルトが一緒でもちょい難しい。でも、今は魅音が、レナが、詩音が、沙都子が、圭一が……赤坂さん達がいる。

札の全てを部活メンバーとして活用して、みんなが吐き出す炎を呼び込み、最大限の爆発を叩(たた)きつける。


それが僕達の役割だ。月光を見上げながら、やっぱり迫る決戦にドキドキし続けていた。


”…………あ、そうだ。実は一つ気になることが”


笑いながら月光浴を続けていると、アルトが困り気味にそう言ってくる。


”気になること?”

”ほら、圭一のお父さんが言っていたでしょ。ここを引っ越し先に決めた理由”

”あぁ、そういえば……”


事件が起こってから、幾つかの候補地を巡っていたのよ。壊れかけた家庭に……それを省みなかった自分に絶望しながら。

そんなとき、候補地の一つとして訪れたのが雛見沢(ひなみざわ)。ただ、その理由が独特で。


――まっさらだった候補地……つまりはここなんだが、そこで女の子二人が遊んでいたんだよ。
一人は群青色の長い髪をした女の子。もう一人は紫色の長い髪で……角みたいなアクセサリーを付けていた。
しかもね、改造の脇だし巫女(みこ)服! スタイルがトランジスタグラマーだったんだよ!
いや、むしろろりきゅぬーだ! あれはFくらいありゅぐべばぁ!?――

――おほほほ……ごめんなさいね。この人には後で、キツく言っておくから――

――あ、はい――

――で、でも……本当、なんだよぉ。その子達から……村のこととかを、いろいろ聞いてね。
ここでなら……私達は、やり直せるのではないか、と……まぁちょっと目を離した隙(すき)に、どこかへ行っちゃったんだけど――


……ね? 独特でしょ? でもろりきょぬーを言い出すのはアウトだと思う。それも奥さんの前で……僕は気をつけようと思った瞬間だった。


”群青色の髪……は、梨花ちゃんだよね。梨花ちゃんが友達と一緒に遊んでいたところ、遭遇したって感じじゃ”


…………そう言いかけて、言葉を止めてしまう。

いや、違う。そうだ、違う。だって……僕、分校にもちょくちょくお邪魔しているし、村の人達全員と知り合いって感じになったけど。


”違うでしょ”

”うん……梨花ちゃんはともかく、もう一人の子……条件に符合する子なんて、一度も見たことがない”

”私もですよ”


そんな子、分校にもいない――。


興宮(おきのみや)の学校に通う子もいるけど、狭い村内だ。今言ったように、顔を合わせるくらいはする。

でも、本当に見覚えがないのよ。梨花ちゃん達からそれらしい話を聞いたこともないし。


”赤坂さんや僕達みたいに、外部の人間? いや、それもおかしいよね”

”その子、村の住人と名乗ったそうですしね。……しかも、梨花ちゃんと遊んでいたそうですし”

”……梨花ちゃん”


一抹の不安を感じながらも、右側を見やる。梨花ちゃん達の部屋がある方を――。


”まだ、何か隠しているってこと?”

”又は、私達がその札をきちんと認識していないか……どうします?”

”そりゃあもう、聞いてみるしかないでしょ”

”ですね”


あぁ、アルトも気づいているか。だよねぇ……ちらほらと気配が見え隠れしているし。

というわけで、左の木陰を見やり。


「……いつまで隠れているの、ランゲツ」


微(かす)かな違和感に声をかける。それはびくりと震えながらも、恐る恐る……月光の中へと出てきてくれた。

子猫……そう、子猫だ。愛らしい顔で僕を見上げ、トタトタと近づき……ちょこんと座る。


「みぃ……気づかれちゃったの」



そうしてその口で、人の言語を紡いでぶつけてきた。あぁ、間違いない……やっぱりか!


「当たり前でしょ。あっちこっちをウロウロしてさー。……詩音にもアドバイス、送ってたよね」

「うん」

≪というかあなた、今回はまた可愛(かわい)い姿で現界してますねぇ。……お久しぶりです≫

「お久しぶりなのー」


この子はランゲツ……僕とアルトが、フェイトやはやて達共々関わったとある一件で知り合った式神。

正式名称は『白虎のランゲツ』。本当は筋肉隆々で三宅健太さんボイスなんだけど……って、そこはいいか。


普通に話していると誰かに悟られそうだから、右こめかみをとんとんと指先で叩(たた)く。


”……聞こえる? 恭文”

”ばっちり。で、どういうことよ。まさかまた式神が”

”ううん。……ここは、ランゲツが眠っていた村。ずーっとずーっと昔……雛見沢(ひなみざわ)に来たランゲツは、オヤシロ様に強制送還されたの。
その縁によって、入り口の一つとなったの。だから呼び出された”

”誰に”

”それは……内緒なの”


すると話は終わりと言わんばかりに、ランゲツは尻尾を振ってUターン。すたすたと歩いていく。


”でも……恭文とアルトアイゼンには、フェイトさまのこともあるし、ちょっとだけ教えてあげるの”

”何かな”

”……あの子が言った予言、単なる夢じゃないの。梨花さまは何度も、何度も、何度も殺されてるの”

”なら、そのたびに梨花ちゃんはやり直している?”

”そうなの。たくさんある平行世界を渡り歩いて……この世界に、『平成(へいせい)の世に雛見沢(ひなみざわ)がある世界』にたどり着いた。
これをゲーム盤とするなら、梨花さまは何度も負けてきたの。やけくそになって、殺され方を楽しみにするくらい……疲弊して”

”そう……”


ちょっとだけと言いながら、ランゲツはたくさんの情報を与えてくれていた。でも平成(へいせい)の世に……か。

梨花ちゃんの昭和五八年症候群は、単なる記憶の混乱じゃないってことか。この村自体、本来ならその時点で滅びていたはずなんだよ。

鷹野達の計画が成功して、たくさんの人に心の傷を残してさ。だったら、それはちゃんと止めないと。


今まで疑問だった点を解消しながらも、一応確認しておく。


”なら二つ確認。おっきくなって戦うのは”

”むぅ……ちょっと無理なのぉ。正規の現界じゃないから、これで精一杯なのぉ。あともう一つは”

”今僕達といる『古手梨花』は、一体誰”


その瞬間、空気がピシリとひび割れるような……そんな緊張感が辺りに走り抜ける。


”おのれ、『あの子』って言ったよね。その後で『梨花さま』だ。それじゃあまるで……あの子が梨花ちゃんじゃないみたいだ”


ランゲツは『やってしまった』と言わんばかりに顔をしかめる。でももう遅い……気づいちゃったよ、僕。

ランゲツは個人的意志で動いているわけじゃあないし、悪意を持って動いているわけでもない。

間違いなくこっち側なのは承知している。でも、それがランゲツ個人の意志とは思えない。『梨花さま』、だしね。


しかもさっきも言った通り、梨花ちゃんは見も知らぬ少女と遊んでいた。

もしアレが梨花ちゃんじゃないとしたら、その正体は……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


綿流しを目の前に控え、雛見沢(ひなみざわ)は大きく揺れていた。それでも祭りの準備を進めているのはさすがだが。

これも梨花ちゃん達が表向き、体調を崩しているせいだ。だが実際には違う。

私が鷹野さんの動きに戦々恐々としている間に、彼と赤坂さん達の頼まれ事は終了。


あとはただ、いつも通りに道化を演じるだけでいい。それも入江機関の長(おさ)として、なんだが。


――入江診療所の長(おさ)としては、祭り前だと仕事も多い。

祭りの間は仮設される医療所に詰めているし、その辺りで打ち合わせや準備もある。

そんなわけで古手神社へ。出店設置のため、村民や業者がせわしなく動く場は……実は好きだったりする。


痛ましい事件はあるが、祭りのときは皆笑顔だ。祭りは悲しい気持ちや痛みを吹き飛ばす。

だからこそ申し訳なくもあるわけで。なので私も医師として、そんな時間を少しでも守れればいいと思っている。


「お魎さん、梨花ちゃまはまだ体調を崩されてるとか」


そんな中、準備を見守りながら村民達が梨花さんの心配をしていた。お魎さんは思わせぶりに頷(うなず)き、境内を見る。


「みたいじゃなぁ。ただもう治りかけじゃから、綿流しは問題ない。奉納もちゃんとできるけん」

「そっかぁ、そらよかった」


お魎さんはお見舞いしているらしい。だがそれが嘘だと私には分かる。恐らく、鷹野さん達も。

まさか園崎家を舞台にドンパチするつもりでは。嫌な汗が背を流れていると、お魎さんが私へ振り向く。


「そうじゃ、入江先生」

「なんでしょう」

「風邪が治ったら、ちと梨花ちゃまの健康診断を」

「もちろんです。奉納演武で疲れが溜(た)まるかもしれませんし」

「あとは北条の子も見てやってくれ」


その言葉で周囲にいたおじいさん・おばあさん達がどよめく。お魎さんの言葉には、梨花さんと何一つ変わらない優しさがあった。


「お魎さん、そらまたなんで」

「なんじゃ、村の子が風邪を引いとったら、心配するのが当たり前じゃろ」

「そら、そうじゃが」

「それに、もう五年じゃ。……北条の言うことは確かに頭きた。じゃがアレも村民のことを考えていたし、わしも悪かったところがある。今はそう思うとる」

「お魎さん」


彼女は今まで沈黙を守り、思わせぶりな態度を取ってきた。そうして村民が園崎家へ配慮し続けてきた。

それが家を守るためのブラフだったのは、既に聞いている。


……そんな彼女から発せられる、初めての雪解け宣言。


それに対し、異を唱(とな)える声はもうなかった。それだけで誰も、北条家を本当に嫌っていないと分かる。

気にしていたのはやっぱり園崎家、引いてはオヤシロ様と祟(たた)り。小さな一歩だが、確かに今……村の閉じられた空気が変わった。

それを感じ、受け止めた以上答えは一つだけだった。笑顔でお魎さんに返す。


「分かりました。きっと沙都子ちゃんも喜びます」

「余計なことは言うたらあかんよ」

「はい、もちろん」


綿流しまであと三日――今年の綿流しは、何かが違っていた。いいや、これから変わってくる。

誰もがそう感じていた。小さな一歩は、それだけの重みをかみ締めていたのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


綿流しまであと二日――祭りは、太陽も昇らないうちから始まった。


ここだと夜の訪れはとても静かで、そして深い。ここは雛見沢(ひなみざわ)の一角に構える、小此木(おこのぎ)造園所。

もちろんこれは表向きの社名。本当の名は山狗――それこそが我らの姿。

昼間のようにせっせと仕事に勤(いそ)しむ姿は消え、野獣達は牙を研ぐ。この村で何度、こんな夜を迎えたことか。


山狗は確かに秘密部隊だが、何から何まで入江機関で仕事などできない。こうした前線基地は必要になる。

地元住民へ溶け込み生活するのも、潜入活動においては重要なことだ。

とはいえ基本的には暇なもの。応接室で花札を興じる者がいるほど、余裕は持っている。


もちろん居眠りなどは許されないが、常に緊張している必要もない。ここは綿流し以外だと基本的に平和そのものだ。

特定の任務についていない場合は、自由に過ごすことも認めている。そんな中、唐突に電話が鳴る。


……その電話からきっちり三十分後、三佐が地下のセキュリティルームへ駆け込んできた。


「お呼び立てして申し訳ございません、三佐!」

「状況を! 本当なの!?」

「はい――」


上の穏やかな事務所風景からは想像できない、最新設備の詰まった一室。そんな中入ってくる三佐の表情はとても険しい。


「午前四時十五分――興宮(おきのみや)郊外にて、Rと北条沙都子の死体が上がったと……」

「そんなわけないでしょう! Rの監視はどうしてたの! 風邪で寝込んでいたはずでしょう!」

「三佐、話には続きがありまして……署の諜報(ちょうほう)員によると、”死後四八時間”が経過しているとか……!」


三佐の顔が真っ青となる。……これも当然のことだ、綿流し前にこんな状況は想定していない。

R――古手梨花の殺害は既に確定だ。三佐の偽装死体も準備しているし、富竹二尉確保の手はずも整っている。

にも拘わらずこれとは……どうする。これでは、緊急マニュアル発動も。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


足下からさらさらと、血の気が命の脈動と一緒にこぼれ落ちていく感覚だった。


どういう、事なの。

Rが……古手梨花が死んでいる?

しかも、四八時間以上経過している!?


だって、それじゃあ!


「そんなことあり得ない! だって……じゃあ村人はどうして平然としているの!
早ければ三六時間の段階……つまり昨夜の時点で、かなりの末期症状を発揮していてもおかしくないのよ!?」

「しかし、死体が運び込まれたのは間違いないようで……村への信仰上の影響を危惧して、現在署内に強いかん口令が敷かれているとのことです」

「か、確実性が高いというのなら、あんた達が見張っていたあの家の……古手梨花達は誰なのよ!」

「三佐、監視体制は完璧です。古手梨花は間違いなくあの家です。体制が敷かれて依頼、彼女が外出したことはただの一度もありません。
中にいたことも、入江署長が確認なさっています。絶対にあり得ません!」

「ならどういうことよ!」


もう張り叫ぶしかなかった。正真正銘のオカルト……私の頭がおかしくなったのでなければ、これはホラーとも言える異常事態だった。


「警察が……いいえ、あんたが言ったことよ! 死体は運び込まれて、それは四八時間以上経過していると! それがデマだって言うの!?
…………デマ……デマ……デマ……そうよ、そうに決まっている。私だって、もう少しで岐阜(ぎふ)の工作員を使って偽装死する予定だもの。
こ……これは偽装よ! いや、デマよ! 何かの勘違いに違いない!」


そうよ、そのはず……そうでなきゃいけない!

だってそうじゃなかったら……女王感染者が死んで四八時間が経過したら、村人は全員末期症状で発症することになっている。

そう祖父が論文に書いた……それが嘘になってしまう! それなら、論文を信じてくれた人達が……!


「失礼します、三佐!」


そこで端末に向かい合っていた隊員の一人が、椅子から立ち上がり敬礼してくる。


「東京(とうきょう)の野村様よりお電話です!」

「ち……! どこで嗅ぎつけてるのよ、あの女は! 私が電話している間に、改めて興宮(おきのみや)署の死体を調べさせなさい!」

「現在は非常に困難です……! 協力員が明朝に出勤すれば、興宮(おきのみや)署へのアプローチをかけさせ、確実に状況を確認できます!」

「その早朝というのは何時! 午前五時!? 六時!? 大至急よ、急がせなさい!」


隊員へ近づき、差し出されるヘッドホンをひったくる。
小此木と周囲の隊員達を一喝してから、ヘッドホンを装着。通話用のボタンを押す。


「……おはようございます、鷹野です」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


三佐が猫なで声で会話を始めたので、地下から出る。上に待機していた隊員達の前に出ると、全員が敬礼。


……五年だ。


五年以上も戦地に出ることもなく、ここでのうのうと暮らしていた。にも拘(かか)わらず牙の鋭さは変わらない。

それを感じ、ついほくそ笑んでしまう。まぁそんな笑みはすぐに引っ込めるが。


「興宮(おきのみや)署の方が分かり次第、俺と三佐に連絡しろ! それより……R宅の監視体制だが、在宅確認をなぜ怠った!」

「風邪だったということで、受話器を取らなかったものと思いました。その後入江署長が訪問し、在宅を確認したため、それを以(もっ)て確認と」

「甘ぇぜ……R宅に、少なくとも誰かがいるのは間違いないんだな!」

「はい! それは間違いなく!」

「隊長、R宅に突入してみては……今ならばまだギリギリ可能な時間帯です」

「そいつは三佐の許可がなけりゃあできん! 三佐も興宮(おきのみや)署の件が判明するまでは、突入許可を出すまい!
突入命令に備えて、R宅への監視を増員! 八人体制に増やせ!」

「隊長、明後日(あさって)は境内で祭りがある日です。監視はできるでしょうが、突入は祭り終了まで不可能です」

「ち、上手(うま)いタイミングだ!」


余りに想定外……そして、余りに出遅れている感覚。それが、久々の闘争を知らせるサインに聞こえた。


「上手(うま)すぎる……上手(うま)すぎるんじゃねぇのか、コイツは」


これは何かの攻撃だ。敵の攻撃は始まっている。先手を取るつもりで、逆にこちらが取られている。

人は攻撃に踏み切る直前、一呼吸を置く。……その打って出る直前こそが一番危険だ。

そこまで読み切ったのなら……相手が誰であれ、相当な手だれと見ていい。


「……そういや富竹二尉、先日行われた診療所での会合に欠席していたな。三佐は俺に『どこに行ったか』と確認していた」

「まさか、富竹二尉が……!」

「鶯(うぐいす)に富竹の居場所を確認させろ。こいつは、一杯食わされたかもしれんぞ」


この近辺をうろついていた忍者のガキと共謀して……だとしたら少々厄介だが、まぁ何とかしてみせるさ。

こっちもそれなりの札は眠らせてやるからな。その上でたっぷりと仕置きしてやる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


興宮(おきのみや)警察署の一角では、私とじいさん、熊ちゃんとでデスクに座ってニヤニヤしまくり。

蒼凪さんと赤坂さん、それぞれのツテも派手に動いてくれているようですしねー。やっぱり人脈って大事なんですよ、えぇ。

ただ……蒼凪さんがこっそり、”死体”を用意してきたときはさすがにビビりましたけど。


それも一体どうやったのかと思ったら、人体の構築物質を使って作った『生ものな人形』って……!

あの人自身も異能力者だったから、いろいろ理解が及んでいたんですね。

とにかく、これで最悪バリケードが突破されても、梨花さんの死を偽装するのは可能。


死体の搬入やら処置やらで予定より一日遅れちゃいましたけど、それでも……今年の綿流しは、気分よく迎えられる芽が出てきた。

それだけでもまぁ、この無謀な賭けに乗った甲斐(かい)はありますね。今まではその芽すら出ませんでしたし。


「さぁて、もう後戻りはできんぞい」

「へへへへ……さぁって、これで大山鳴動して、何が出るっすかね」


熊ちゃんは武者震い。実に楽しそうな表情には、私も勇気づけられる。


「熊ちゃん、私は通信センターの様子を見てきます。ここは絶対死守してください」

「うぉっす! 死んでも誰も通さないです!」

「わしはかかってくる電話を誤魔化(ごまか)すことだの。持ち場に戻る……熊谷、ここは頼むぞい」

「任せてください!」


そう答えて、熊ちゃんは扉を閉めて仁王立ち。それを見届けてからじいさまと一緒に持ち場へと戻る。

じいさまとは途中で別れて、私は通信センターの方へ。署に向けられた電話は、全てここで受け取ります。

昼間なら代表窓口も取りますけど、そこが仕舞(しま)ってからは通信センターの独壇場です。


「どうですかこちらは」

「はい、先ほど外線経由が鑑識課の直通番号に一本」

「相手は」

「県警本部、大高警部です」

「……大高君かぁ。へぇ〜」


どうやら動き出してくれたようですね。警察内部に買収されたスパイがいるらしかったけど、それが大高君とは。

彼はいわゆるインテリ派で、私とは真逆の存在。いわゆる犬猿の仲ってやつですよ。まぁいつもやり込めてましたけど。


「通話が終わったようです」

「じいさまに聞いてみよう。ぴぽぱ……」


空(あ)いている電話の一つを借りて、じいさまにかけてみる。


「もしもし……おおぉっと! 大丈夫、私ですよ。いかがでした?」

『かかかかか! 青二才が粋がり追ってからに……鼻であしらってやったわ。奴さん、トサカにきとる。
署長の出勤を待ってから、朝一でこっちに直接踏み込んでくるぞ』

「相変わらず事を派手にしたがる性分だなぁ。自分の身体一つで喧嘩(けんか)もできないんですかねぇ」

『わしもますます面白くなってきたぞい! ……今の電話で眠気も吹き飛んだわ。
やはりいるな……お前の言う、怪しげな連中が。それはもうぞろぞろと這(は)いだしてくるのを感じるぞい』


鬼さんこちら、ですかね。今まで好き勝手しまくって、それが当然だと思う相手は慌てている。

そう考えると笑いがこみ上げてしょうがない。窮そ猫を噛(か)むと、どれだけのダメージが入るか……味わってもらいましょうか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――その電話は、朝の喧噪(けんそう)を……決戦の始まりを知らせる福音だったのかもしれない。


「もしもし、富竹です」

『おはようございます、富竹二尉。山狗に動きがありましたので御連絡いたします。
つい先ほど、山狗全隊員任に非常招集がかけられました』

「……動きがありましたか」


慌てて部屋のライトを付け、ベッド脇に置いていた眼鏡をかける。


『それからそちらの警察内で、妙な情報が流れています。まだ裏付けは取れませんが、女王感染者≪古手梨花≫と北条沙都子の死体が発見されたと』

「なんですって……!」

『収容されていた身元不明死体の身元が、この二名だった……というものです。死後、四八時間を経過しているとか。
……緊急マニュアル第三四号の発令基準を超えた事態ですが、現在のところ雛見沢(ひなみざわ)地区は平穏が保たれているとのことです。
そちらでは、何か情報が入っていませんか?』

「いえ、私は興宮(おきのみや)にいるので分かりませんが……それはあり得ないでしょう。恐らく何かの誤報かと」

『こちらも誤報を疑っていますが、分析では情報精度は極めて高く、ほぼ間違いないとのことです。
未確認ですが、鑑識課職員複数が証言しているとも』

「しかし……………………ん?」


待て……興宮(おきのみや)署は、大石さんのテリトリーじゃないか。

『東京(とうきょう)』や園崎組の諜報(ちょうほう)員が入っているとしても、それは極々一部。署内の様子をのぞき見ることはできても、それ以上は難しい。


………………そうか、これが君達のショータイムというわけだね。


落ち着いて考えてみれば、当然のことだ。敵の正体が掴(つか)めなくても、緊急マニュアルが爆弾の導火線であることは変わらない。

だからそれを潰しにかかった。緊急マニュアルの根拠は、女王感染者の死亡後に起こる異変……という推論。

それは開けてはならないパンドラの箱。でもそれがただのおもちゃかどうかは、開けるまでは分からない。


だったら強制的に開けさせて……開けたと思わせてやろうと。


それを受けて、山狗が非常招集を掛けたのなら……。


『……もしもし、富竹二尉』

「あ、はい。失礼……どうやら現状を考えると、入江機関に不穏な動きがないと断言することは難しいようです。
一佐に入江機関を緊急査察されるよう、進言をお願いします。また最悪の事態に備え、番犬部隊への予備命令も進言します」

『了解しました。九時になれば、もっとまとまった連絡が入ってくると思います。山狗造反となればそちらも危険です。十分、御注意を』

「もちろん用心しています」

『では、次の定期連絡は九時に』


――――現在、午前六時。

あと三時間後か。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『――鶯(うぐいす)1より全員へ。富竹は四〇六号室だ。屋外監視、問題ないか』

『鶯(うぐいす)4、野外問題なし』

『鶯(うぐいす)5、フロア問題なし』

「鶯(うぐいす)3、室内は無音。多分就寝しています」


富竹が宿泊している部屋のドアノブには、ベッドメイクを知らせる『起こさないでください』の札が掛けられていた。

夜更かしでもして、昼間で寝ているつもりか。我々には大きなチャンスだった。


「いいな、生かして捕らえろ。――始めろ」


富竹の止まる四〇六号室の鍵を、最小限の音で解錠。我々からすれば、ホテルの鍵など朝飯前だ。

二人の隊員が手話で突入のアイディアを出し合う。寝静まっているのであれば、バタバタと入るのは愚策。

昔懐かしい寝起きどっきりを思い出し、気配と行動音を押し殺し、素早く室内へ突入。


――室内は小ぎれいながらも殺風景な、いかにもな安ホテル。寝るためのベッドと書き物を刷る程度の机、そしてコイン式のテレビしかない。

寝る以外に何も用途がない部屋だった。ベッドにはすやすやと眠る富竹が……………………!


『どうした。鶯(うぐいす)3、応答しろ』

「こちら鶯(うぐいす)3! もぬけの空です!」


やられた……普通なら就寝していてもいい時間だ。それがもぬけの空ということは。


『どういうことでしょう。富竹には野鳥撮影と散策の趣味がありました。まさか早朝からどこかへ出かけているのでは』

『いや、違う。コイツは多分……やられたぞ』


鶯(うぐいす)1の言う通りだ。鍵はあの、『起こさないでください』の札だ。あれがあったらベッドメイクは室内に入らないから、部屋が空室でも分からない。

多分あの札は前日からずっと掛けられている。ホテル側も滞在期間内だからと気にしていないんだ。

それはつまり、最低でも昨日から空室だった可能性があるということ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……多分、奴は襲撃を予見して宿を変えたんだ」


小此木造園で部下達の報告を聞いて、その結果に軽く舌打ち。


「それでしばらく姿を現さなかったのか……! 三佐に緊急連絡! こっちの作戦が漏れているぞ!」


完全にしてやられた。緊急マニュアルの根底である四八時間が崩れて、そもそも終末作戦が実施できない状況に追い込まれている。

三佐はかなり動揺していて、事態の確認を性急に急がせすぎた。

富竹が既にこちらを疑って”これ”なら、その動きでこちらの尻尾を根元から捕まえかねない……!


「全てができすぎだぜ。くそ、向こうの計略に奇麗にハマっちまったみたいだぞ」


だが、まだ詰みじゃあない……まだ取り返せるはずだ。奴はこちらを内偵する役回り。恐らくはすぐ近くにいるはずだ。

実際の行動は『東京(とうきょう)』の調査部。その報告をどこかで待っている。恐らくは変更した宿……興宮(おきのみや)のどこか。

携帯を使う……いや、こちらの傍受とGPS探査を回避するため、それはしないはず。


となると、こちらが把握しきれていないホテルの固定電話……!


「東京(とうきょう)班の鴉に連絡を取れ! 恐らく調査部が定期連絡している相手がいるはずだ、ソイツを調べさせろ。
その番号が鹿骨(ししぼね)市内のものだったら、ビンゴだ……!」


コイツにはかなり自信があるぜ……だが、これが当たるってのは最悪でもある。

自分達の正体が既に暴かれかけていて、作戦を開始する以前に破綻しているって寸法だからな。

だが……まだチェックメイトじゃない。興宮(おきのみや)署の死体がRじゃないと確認できれば、全て仕切り直せる。


富竹を捕らえ、署の死体を確認する……それだけでだ!


「隊長! 鴉に連絡が取れました! 通話内容は確認不能ですが、電話番号だけなら何とかできると! ただし時間が欲しいそうです!」

「どの程度!」

「ほんの数時間程度だそうです!」

「ち、『ほんの』ときたか……急(せ)かしはしないが、可能な限り急げと伝えろ」


時刻は午前六時を少し過ぎたところ――。夜はすっかり明けたが、まだセミが鳴き出すには早い。

これを真珠湾(しんじゅわん)攻撃に言うなら、第一波で混乱状態ってところか? だが、それは何とかしのいだ。

こちらがどれだけ早く体勢を立て直せるかで、勝負が決まってくる。……うちの三佐が妙な癇癪(かんしゃく)を起こさなければいいんだが。


「隊長、鴉より連絡です。電話番号は調査中。なお調査部は、九時を定時連絡時刻に定めているようです」

「あと三時間か」


時計を見上げる。もう三時間を切っている。

……秒針が一つ、また一つと刻まれるたびに、その時間が近づいてくることを嫌でも意識させられ、焦りが募る。


「それから調査部長の岡一佐が、番犬部隊に対し予備命令を発令しました。任務は示されていないとのことです」

「……ってことは、まだ引っ込みが付くような召集ってわけか。大事でなければ訓練ってことにして誤魔化(ごまか)す……大丈夫だ、まだ時間はある」

「――続報です! 調査部長が幕僚長の自宅に電話! 内容は不明!」

「大丈夫だ、大丈夫……まだ、ぎりぎり大丈夫だ」


番犬に予備命令が出たってことは、入江機関造反の可能性をかなり高く見積もっているって話だ。

……現場レベルではほぼ間違いないと、断定したってことだろうな。


だが緊急マニュアルほどではないにしても、番犬部隊を動かすの簡単じゃあない。

それは奴らが、ある種のトラブルや失態を認めるって話だ。

今回の件を穏便に決着できる……あるいはしたいと思っている奴らが、こいつを勘違いってことで沈静化したがっているはず。


そのギリギリの妥協点が、番犬部隊への待機命令。しかし命令は示さずって状況だ。だが調査部長が幕僚長に電話ってのは、かなり危険な事態。

それは番犬出動があり得ると陸自トップ、あるいはそれ以上のクラスと調整に入ったということだ。

制服組は血気盛んだが、背広組は事なかれ。その間でまだ揺れている段階ってことでもある。


まだ、俺達の敗北は決まっていない。勝ちと引き分けも合わせて、全てが同じテーブルに載った状態にすぎない。

だとすると九時の定時連絡がヤバい。何の根拠もないが、ヤバい気がする。山狗なんて珍妙な部隊隊長を命じられた、俺の勘だ。

『東京(とうきょう)』の連中は、その電話で詳しく現地の状況を聞き、最終確認を取るに違いない。


場合によってはその電話に調査部長……いや、幕僚長が自ら出ることだって十二分にあり得る。

そうなったら九時の定時連絡で受話器を置くと同時に、番犬部隊が出動……こちらの負けが確定する。

まだ、『東京(とうきょう)』だって揺れている。さっきも言ったが、何かの勘違いで済ませたい奴らがいるんだ。


その電話を富竹が取れなければ、至急確認せよと人員を送ることはあっても、即時出動って事態にはならない。

そうなれば十分、引き分けの目はある。それで、興宮(おきのみや)署の死体がRじゃないと分かったなら、かなりの追い込みになる。

そうだ、まだまだ勝ちの目だってなくなったわけじゃあないんだ。……完全勝利ってやつは消えちまっているがな。


お姫様のクライアントは、完全勝利以外のオーダーはしていない。悔しいが敵の先制奇襲攻撃は、完全に成功しちまったってことだ……!


「隊長……」

「やかましいんね。落ち着けやダラズが……連中はまだ確信していない。疑ってはいるがバレちゃあいない。まだギリギリ大丈夫なんだ。
とにかく先に情報を得た方が勝つ。連中が尻尾を掴(つか)むか、俺達が尻尾を掴(つか)むか……!
確かに初戦の奇襲で徹底的にやられたが、まだ全滅じゃない! だから白旗を揚げるんじゃねぇ!
とにかく待つんだ……鴉が富竹の潜伏先を暴く。警察の協力員がR死亡の真偽を暴く……とにかく今は待つんだ。耐えるんだ……!」

「――失礼します! 鷹野三佐からです! 相当……御立腹のようです」

「くそ! 伏してチャンスを待とうってときに、俺はお姫様のお守(も)りかよ!」


そうは言っても、キチンと対応しないと向こうの調査で尻尾を掴(つか)まれかねない。ウンザリしながらも受話器を取る。


「あ、もしもし……小此木ですん」

『小此木、どうなっているの! 富竹二尉は……Rの死体は!』

「えぇえぇ、まぁそう焦らずに。まだ全部本当と決まったわけじゃあありませんね。えへへへへ……まずは落ち着いてコーヒーでも」

『〜〜〜〜〜〜〜!』


おぉおぉ、酷(ひど)い金切り声を響かせやがって。ホトトギスだってもうちょい上手(うま)く鳴いてくれるぞ。

……その間にも、秒針は刻まれる。今日は長丁場になるかもしれない。いや、なるな。


それだけは間違いないと直感していた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


さぁ、敵も焦ってきましたよー。水面下からじわじわと沸騰するように、敵の怒りや焦りが動きとして明確に見えてきました。


「じいさま、今度は誰からですか」

「今度はうちのはな垂れ署長じゃわい。段々と手ごわくなってきたぞい……だが、わしの敵じゃあないな! 事務屋風情が技術屋に勝てると思うたか!」

「それは頼もしい」

「しかし署長が今日、署長会のゴルフで助かったわい。直接こられたら、ちと面倒だったぞ」

「んふふふふー。ゴルフ場から電話とは、仕事してるんだかしていないんだか」


大高くんめ、署長と一緒に乗り込みたかっただろうに……今ごろ悔しがっているぞー。

まぁ、こういうこともあろうかと、署長のスケジュールを調べた上で結構したんですけどね!


「間接攻撃が駄目なら、次は直接攻撃っすかね」


熊ちゃんはいつでもこいと言わんばかりに、拳をバキバキと鳴らす。


「乗り込んできますかね、大高の奴」

「署長が捕まらないんじゃあねぇ。……もうじき八時半か」


セミの合唱が始まる中で、今日も下の窓口が開く時間を迎える。これだけなら今日もふだん通り……って、勘違いするところなんですけどね。


「大高くんの性分だと、多分堂々と、胸を張って正面から乗り込んでくるでしょう」

「自分だけが正義だと思っている奴にありがちッスねぇ」

「あとは蒼凪さんみたいに、ドンパチが大好きな人ですね」

「わしはここで電話を死守する。お前達はそっちを頼んだぞ」

「よし……お出迎えと生きましょうかねぇ。熊ちゃんはここを頼みます」


熊ちゃんに後を任せ、警察署の窓口に……と思っていたら、階段のところでバッタリ大高くんに遭遇。

取り巻き二人を連れて、また威張った感じに出てきたなぁ。まぁとりあえずは挨拶ですね。


「いやぁ、おはようございます。大高くん」

「……これはこれは、おはようございます。ただ大石さん、私のことは”くん”と呼ばないでください。もうあなたにそう呼ばれる立場ではありません」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに大高くんー。同じ卓で麻雀を打ったよしみじゃないですかー」


なお、彼は麻雀が強いことを鼻にかけていたが、大勢の前で私に散々打ち負かされて、プライドを傷付けられたことがある。

ゆえにその顔が僅かに歪(ゆが)む。でも……それについては、実は心境の変化がありまして。彼に悪いことをしたと思うようになった。


…………………………私もおやっさんとじいさま共々、赤坂さんに似たようなことをやられましたからね。

あれは、辛(つら)い。あの……うん、上には上がいるんだと思い知った瞬間だった。

まぁそんな積み重ねもある相手ですから、ここは上手(うま)くやり過ごすとしましょう。幸い切り札も用意している。


村人二千人の命運が、この使い古された肩に乗っかっているかと思うと、結構ビビりますけどね……んふふふふふ。


(第19話へ続く)










あとがき

恭文「というわけで、正真正銘の総力戦。今まで結んだ縁も最大限生かし、雛見沢の命運を賭けた一日がスタートしました。
なお澪尽し編と言いながら、祭囃し編の要素も多めなのは内緒です。お相手は蒼凪恭文と」

卯月「……原付、二人乗りは駄目なんですね」

恭文「そんな至極当然の事実を再認識している、島村卯月です」


(島村さん、どよーん)


卯月「でも、でも……スクーターで二人乗りしている人達、見たことがありますよ? あの、大きいのじゃなくて普通ので」

恭文「卯月、それ……ナンバープレートがピンクというか紫っぽくなかった?」

卯月「……そう、言えば」

恭文「それは原付二種――125ccまでの車両だよ。それだと二人乗りはできるし、左我が通行義務や二段階右折などの制限もない」


(更に言えば維持費も普通二輪などより安めです)


卯月「あ、じゃあそれです。そっか、それなら二人乗りも……」

恭文「ただ原付二種は教習所に通う必要があるよ。受講料込みで十五万円前後……それならもういっそ、普通二輪まで取っておいた方がいいかも」

卯月「う……! いや、でもアイドルの仕事でそこそこもらっているし、それくらいならまだ」

恭文「というか、なんで二人乗りをしたいのよ。……いや、もう聞くまでもないと思うんだけど」

卯月「はい! 茨木ちゃんと一緒にお出かけするとき、便利かなって」

恭文「そっか……あ、うん……そっかぁ……」


(蒼い古き鉄、かなり困った様子)


卯月「恭文さん?」

恭文「いや、実は」

茨木童子「ふふふふ……小僧! そして酒呑、これを見よ!」


(イバラギンが取り出したのは、煌びやかに輝く免許証……なお普通自動車免許です)


酒呑童子「あらまぁ、ようやっと取れたんかぁ。おめでとう、茨木」

卯月「 」

茨木童子「うむ! これでぱんにゃ達と”どらいぶ”とやらが楽しめるぞ!」

白ぱんにゃ「うりゅー?」

茨木童子「もちろん試験は一発合格だ。ふふふ……鉄馬車においても、鬼の貫禄というものを見せつけてやろう」

白ぱんにゃ「うりゅー♪」

卯月「 」

恭文「うん……こういうことなんだ」

卯月「い、いいいいい……い、茨木ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん! どういうことですか! なんで免許なんてぇ!」

茨木童子「今も言っただろう。ぱんにゃ達と遊ぶのに便利だからだ」

卯月「だったらなんで私、何も聞いてないんですかぁ!」

茨木童子「何も聞かれなかったからなぁ」

卯月「そ、それじゃあ私の計画とか……いや、バイクにぱんにゃちゃん達は危ないですけど! 無理ですけど!
……こうなれば、私も普通車免許を取ります! 島村卯月、頑張り」

茨木童子「お前、まだ十八才ではないだろう。取得できないぞ」

卯月「 」

白ぱんにゃ「うりゅりゅー」

酒呑童子「ごめんなぁ。まぁ茨木にはうちが上手く言うとくから……茨木、あんまいじめたらアカンよ?」

茨木童子「少しくらいは構わんだろう。そもそも……映す価値なしになって! 吾や酒呑に恥をかかせた分際で!」

卯月(映す価値なし)「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

恭文(そっくりさん)「やめて……それ、やめて。僕にも突き刺さる」


(島村さんの明日はどっちか分からないけど、イバラギンはぱんにゃ達とのお出かけを楽しんだそうです。
本日のED:安達垣愛姫(CV:大橋彩香)『ハナミズキ』)


酒呑童子「旦那はんも修行し直しやなぁ。ほな、うちと一緒に食べ歩き飲み歩きやなぁ」(ぴと)

恭文「酒呑、なぜくっつくの!?」

酒呑童子「アカンよぉ。そこはさり気なく導いてくれんとぉ……これはみっちり最初から最後までやらんとなぁ」


(おしまい)





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