[携帯モード] [URL送信]

小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第17話 『淀みは流れ……』

朝一番で、熊ちゃんとじいさんを呼び出す。人気には十分注意した上で、二人に現状を全て打ち明けた。

本当に……雛見沢(ひなみざわ)には政府レベルの陰謀が渦巻いていて、梨花さんと村民に危機が迫っていること。

それは梨花さんの死によって発動する爆弾も同じ……先日の飲み会で話したこともあるので、すぐに表情を引き締めてくれた。


「重ねて申し上げますが、こいつはやばい橋になります。論旨ならいいですが、懲戒だったら退職金も吹っ飛びます。
まぁじいさんは老い先短いんで関係ない話ですが」

「おいこら! ……しかし大石、お前なんじゃい。やばい作戦の前にはいつも、隣の雀荘(じゃんそう)に部下を集めてそう脅し取るそうじゃないか」

「脅されてるっすねぇ。いつもと変わらないっすよ、これ」


二人揃(そろ)ってなんだと笑い始めたので、つい呆(あき)れてしまう。私は二日も悩んだってのに。


「いつものようにもっと元気よく、『退職金が欲しい人は、十数える間に退出してくださいー』ってやってくださいよ」

「いや……二人とも、本当にやばい話なんですから。下手したら海千山千の特殊部隊と、真正面からやり合う可能性だって」

「じゃあ俺が数えるっすよ。いーち、にー」

「あー、はいはい分かりましたよ! でも後悔しても知りませんからね!
私にたかられても困りますからね! そのときは私だってクビですから!」


数を数え始めていた熊ちゃんは、そこでまた笑う。……本当に、悩んでいた私はなんだったんだろうか。


「しかし、本当にいいんですね」

「えぇ。俺……あの日赤坂さんや蒼凪さんの武勇伝を聞いているうちに、熱くなってきたんす!
刑事となったからには、巨悪と戦いたい! ……まぁ、こない方がいいのは分かってますけど」


そこで熊ちゃんは苦笑い。そりゃそうだ、私達なんて暇で給料泥棒って言われてるくらいがちょうどいい。

事件が起きず、警察が動く必要もないほど平和って話なんだから。


「だけどもし戦うべきときがきたら、迷わず飛び込む! そう決めてたんっす!」

「コイツ、すっかり二人……特に恭文には感化されおっての。まずは忍者資格から取るべきかと本気で考えておるわい」

「あらら、そうだったんですか」

「それに……大石さんの提案する作戦で、俺達一度も失敗したことないです。
だから俺、その大石さんがいけると思った作戦ならビビリませんよ」

「熊ちゃん」


ついじいさんと一緒に、熊ちゃんの頼もしい言葉に感じ入ってしまう。

ほんと、若いっていいなぁ。怖いもの知らずで。だけどとても真っすぐで。

迷える権利と誇りが年寄りの証拠なら、迷わず突き抜ける権利が若者の証拠なのかもしれない。


嬉(うれ)しくなるのと同時に、そんな若者のクビも預かる重さ。改めて身に染みてきている。


「それで、じいさんは」

「わしも乗るぞい。というか、そうなると害者の検死結果が検挙に繋(つな)がるかもしれんのう」

「今回は本気で出ないことを祈りたいですがね」

「確かに。……お前の言う通り先も長くない。それなら最期くらい、デカい花を咲かせたるわい」


ついでにじいさんの首も預かっちゃったよ。ていうかまた楽しげに……男って、幾つになっても馬鹿なんだなぁ。


「ホント……二人揃(そろ)って怖いもの知らずだなぁ。だからドラが三つまくれてるのにも関わらず、平気で振り込めるんですよ」

「何言ってるっすか、大石さん。『男なら降りられないときがある。どうせ切るならど真ん中!』――は、大石さんの口癖でしょ」

「そうじゃそうじゃ。それにどこぞの坊主や赤坂みたいに、『倍プッシュだ』とか言う奴らよりマシじゃ」

「……それは確かに」


いや、飲み会の途中でつい麻雀を……ほんの少しだけなんですけどね。でもあの二人、恐ろしい。

蒼凪さんも大概でしたよ。打ち筋や場の読み方が赤坂さんそっくりなんですよ。

……人知れず巨悪と戦うには、あれだけ突き抜けなくてはいけないのか。ほんとまともじゃないですよ。


なら、私も突き抜けましょう。二人の『命』も預かるんだから、もっと馬鹿にならなきゃ。

そう腹をくくり、しっかり胸も張る。


「分かりました。では二人のクビ、私が預かりましょう」

「そうと決まれば準備せんとな。今のメンツと機材じゃ、薬剤系まで調べるのは難しいからな。
急いで知り合いの鑑識から、手の空(あ)いた連中を呼びつけるか。大石、全部終わったらでかくおごってもらうぞい」

「そこは任せてください。ですが、相手は選んでください。……署内にスパイがいるようです」

「分かっとる。伊達(だて)に人は見とらん」


その言葉に安心し、二人には改めてお礼。静かに会議を終えて、その場を痕にした。

――――そんなときだった。どこかスッキリした胸を慰めるように、ひぐらしが鳴いたのは。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第17話 『淀みは流れ……』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


前回のあらすじ――園崎家、激震! そしてチャンバラ連発ー!


母さん達も分かったはずだ。やすっちなら本気で……たった一人で、暴力だけで園崎を叩(たた)きつぶせると。

しかもその≪武器≫は、園崎が得意とすることの一つだった。それでなお制圧し切れないんだ。


そうだ、この事実を刻み込むことが重要だった。これで……母さん達の判断が愚かだと証明できる。

同時に梨花ちゃんへのプレッシャーもかけられるはずだ。やすっち、悪いけどそのまま突っ走る感じで!


……梨花ちゃんには改めて、問いただしたいことがあるからね。


「ワシに構わず、やれぇ! 今なら片手だけじゃ! お前ならやれ」


すると母さんの足下に、蒼い三角形型の魔法陣が展開。母さんの身体はそれに引き寄せられるかの如(ごと)く、顔面から地面に叩(たた)きつけられた。


「茜ぇ!」

「ベクトル操作でおのれの身体を引き寄せている。成人女性の体格と力なら、動けなくなるだけで済む。
……ただし、こっちのクソババアみたいな老体だと……どうなるかなぁ」

「この、ボン……がぁ……!」

「ちょ、やっちゃん!? そこでまた異能力ですか! そこでまた全開ですか!」

「本当に殺すしかなくなるしね。鷹野(たかの)と山狗みたいに」

「――!?」


そこで息を飲んだのは、梨花ちゃんか……わたし達の誰かか。……って、言うまでもないかぁ。


「アン、タ……本当に国家資格持ちの忍者かい! 人質なんざ……正義の味方が、することじゃあ……ない、だろぉ!」

「ではここで問題です。……自分より強い相手に勝つためには、相手より強くなければならない。
この矛盾と意味をよく考え、答えを出しなさい」

「なんだいそりゃ! そんな矛盾したもんに、答えなんてあるわけないだろ!」

「だからお前達は雑魚いんだよ」


やすっちが本気で呆(あき)れつつ、婆っちゃを適当に放り投げて断言。

……母さんの怒りが滾(たぎ)るより早く、また別のカードが投げられる。


「あと……この件で『政府中枢の弱みを握り、園崎及び雛見沢(ひなみざわ)の権力を強大化できる』と思った根拠は、何」


……母さんの瞳が動揺で揺れ始める。そこまで……そこまで分かるものなのかと。

あぁ、やっぱりそうなんだ。つーか婆っちゃも同じ反応だし……この馬鹿どもがぁ!


「分かるに決まってるよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


昨日……魅音とコッソリ密談して、いろいろ打ち合わせたのは周知の通り。その中で魅音は、”最悪の可能性”と前置きした上でこう切り出した。


「婆っちゃと母さん達は、園崎主導での解決を断行するかもしれない」

「おのれも同意見か……」

「というと、予測してた?」

「僕達じゃないよ。……PSAと赤坂さんも、もしかしたらって感じで警戒してるんだ」


だから、その辺りも確認したかったんだよ。そうしたらまぁ……ヒドい予測を次期後継者自ら、べらべらと並べ立ててくれてー。内心絶望したよ。


「だったらそれは正しいよ。ここはね、単純に村の重役としてーってだけじゃないんだ。
……みんなにも話した通り、園崎は雛見沢(ひなみざわ)周辺の開拓を推し進めている。
そのためにあれこれ誘致はしているんだけど、そこで必要なのは……やっぱり権力なわけで」

「賄賂などもないクリーンな形で誘致するのであれば、相応の発言力が必要になる。でも園崎家はあくまでも”地方の豪族”にすぎないから……と」

「そうそう」


園崎の縁者は鹿骨(ししぼね)界わいでは絶大な力を発揮するけど、高速道路などはその界わいだけに留(とど)まらない一大事業だ。

場合によっては政治的中枢である東京(とうきょう)への訴えかけも必要になる。……でも祟(たた)りの一件が絡むと、協力者を募るのも難しい。

というか、祟(たた)りの一件が絡まなくても、難しい点があるんだよ。


「そもそもの話をすれば、園崎組という”暗部”を抱え、維持し続けている点も引っかかっているんだよね。劉さんから軽く聞いたけど」

「そうなの。この御時世に荒っぽい手段も厭(いと)わない、武闘派の広域暴力団だしさぁ。そりゃあ政治家としては関わりたくないよ。
……雛見沢(ひなみざわ)への注目度が高まれば、誰もが疑問に思う点だしね」

≪皮肉なものですねぇ。園崎組は荒っぽいところを除けば、興宮(おきのみや)や鹿骨(ししぼね)の裏……風俗なども含めた部分を管理しているとも言えます。
それゆえによそ者の好き勝手やら、違法薬物などのまん延も防いでいるとすれば、必要悪ではありますけど≫

「でも高速道路の件がなかなか進まなかったのは、園崎が抱える黒い部分も大きな要因なんだ。しかも、それはこの件だけに留(とど)まらない。
……母さん達は、一度その限界を突きつけられているからね。ダム戦争時代にさ」

「あぁ……そっか」


考えてみれば当然のことでもあった。ダム戦争時代には、東京(とうきょう)の政治家へ度々陳情も行っていたそうだし。

でも、その相手が今も言ったように、黒い部分を当然とする『田舎者』だとしたら?


「結構、手荒い対応をされていたっぽいよ。今回の話を聞いたら……間違いなくダム戦争の件と結びつける。
やすっち、これは確認なんだけど、ダム戦争が撤回されたのは」

「山狗……東京(とうきょう)サイドの工作だよ。誘拐は研究継続のために行った圧力で、孫もすぐに帰す予定だった。
赤坂さんはその猿芝居を追いかけて、怪我(けが)をして……危うく奥さんも亡くしかけたわけだ」

「それも酷(ひど)い話だねぇ。……でも、余計に確信が持てたよ。
園崎が主導で解決し、更に裏で『東京(とうきょう)』に……関与した政治家達に、相応の対価を支払わせる。
政治中枢へと深く繋(つな)がり、なおかつ手足のように動かせるパイプがあるのなら、雛見沢(ひなみざわ)の今後も安泰ってわけさ」

「敵戦力の概要を説明してもなお、そう判断するのなら……悪いけど相当な馬鹿だと判断するしかないよ」


その場合、権力欲のために仲間足る組員を……村人達を危険にさらすってことなんだから。

どれだけ御託を並べ立てようと、その言葉には一切の信用が置けない。もう力で叩(たた)き伏せるしかないよ。


「だからやすっち、その場合は遠慮しなくていい。園崎にメタが張られまくっている以上、そんな動きは本当に邪魔だ。
……園崎お魎、及びそれに与(くみ)する奴らは根こそぎ排除してくれて構わない」

「いいんだね?」

「二言はないよ。というか、ごめん……結局わたしも変わらない。やすっち達のことを利用して、危険にさらしてる」

「そう思ってくれているだけで十分だ」

≪ですね。結局は私達もこれが趣味なわけで……あ、なおこの人については、その素敵なFカップオパーイをしばらく揉(も)ませるだけで解決しますよ?≫

「するか馬鹿ぁ!」


さすがにないからね!? というか、圭一という婚約者がいるのに……それは無理ー! 魅音も楽しげに笑わないでー!


「あはははは! やっぱりかー!」

「やっぱり!?」

「いや、だっておじさんの魅惑的な身体に、ちょくちょく情熱的な視線をぶつけてくるからさー。やっぱり大きい胸が好きなんだなーっと」

「そんなオカルトあり得ません!」

「でも、詩音も情熱的に見られてるって言ってたけど」

「ウソダドンドコドーン! と、というか駄目! 詩音もだけど、魅音だって……ほら! 圭一がいるから! 見ない見ない! 見ちゃ駄目ー!」

「け、圭ちゃんとはそんなんじゃ……そんなんじゃ……ああああああああ……ああああああああ!」


あれ、魅音がまた壊れた! 意識するだけでも駄目なの!? どんだけ脆(もろ)いブレーカーなのよ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――魅音も相応の覚悟を持った上で、僕にそういうお願いをしてきた。それは理解できたから、僕もこうやって暴れているわけで。


「頼みの綱である数の暴力も、僕達に傷一つ付けられず――。
長(おさ)として組員を無駄死にさせる選択肢ばかり積み重ね――。
それでなお、自分達にそんな大それたことができると、そう思った根拠は何」

「魅音、アンタ……!」

「だから言ったはずだよ? 裏切り者だってね」


嘲笑を向けて、術式操作。茜さんの足下からベルカ式魔法陣が消え去り、ベクトル操作による戒めも解かれた。

茜さんはハッとしながらも慌てて立ち上がり、刀を構える。


でもやべぇ……やべぇよ園崎魅音。ほぼ魅音が想定した流れ通りって、どういうことだろう。

魅音がこのまま勢いよく成長したら、雛見沢(ひなみざわ)どころか日本(にほん)の……いや、世界の王になれるかもしれない。

……圭一はいいお嫁さんを見つけたものだ。美人で気立てもよく、料理も美味(おい)しい……そのうえ気っぷもいい姐さん女房だ。


僕もあやかりたいものだと思いつつ、アルトの切っ先を茜さんに向け、平晴眼の構え。


「これは、どういうつもりだい」

「このままお前を叩(たた)き伏せるのは簡単だけど、それじゃあ僕とアルトに悪い後味を残しそうだからねぇ。
ここは西部の早撃ちガンマンといこうじゃないのさ。……抜きな。どっちが速いか、試してみようか」


それは哀れみだった。

それは嘲りだった。


自分が……園崎の名を背負い戦う人間が、ただの青二才にここまで舐(な)められる。

その怒りに捕らわれ、激高した瞬間――――身を伏せ、一気に大地を踏み締める。


「――――恭文ぃ! 待っ」


次の瞬間、茜さんの懐へ入り込みながら刺突。


「……!?」


更に術式発動。茜さんがかざした刀を転送魔法であらぬところに吹き飛ばし、強制ノーガードへと追い込む。

刃は肩口を僅かに掠(かす)めるだけに留(とど)まったけど、すぐに右薙一閃。

側頭部を全力で斬り伏せ、襟を掴(つか)んで引き寄せながら……強引に邸宅側へとぶん投げる。


地面に叩(たた)きつけられながらも起き上がる茜さんの四肢をバインドで縛り上げ、袈裟・逆袈裟・右薙・唐竹(からたけ)――全身を十数発の連撃で打ち据える。


「早撃ちって言っただろうが」

「ごぶ……」


血へどを吐いて俯(うつむ)きそうになるので、逆風一閃――歯を二〜三本砕きながら顎を跳ね上げ、天を仰ぎ見てもらう。


「遅すぎるわ、お前」


その瞬間バインド解除――茜さんの身体は大きく吹き飛び、地面に倒れ込む。そうしてもう、馬鹿な妄言を吐き出すこともなかった。


「茜、さん……!」


納刀している間に倒れていた葛西さんが走り込み、その身体を抱える。……呼吸が、息があるのを確認した上で、ほっと一息。


「さて、確認だ。……まだ、やる?」

「……いや、もう十分だ」

「それは何よりです」

≪まぁ続けてもいいんですけどね。ルールを定めた二人が、ゲームの破棄を宣言してないんですし≫

「それが成されないなら、俺達は殺し合う定め……なるほど、だからルールに乗る、か」


葛西さんは自嘲気味に呟(つぶや)いた上で、茜さんを地面に寝かせ……疲れ果てたように座り込む。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……お姉」

「大丈夫。逆刃刀での一撃だしね」

「後で揃(そろ)って治療もしますよ」


そう言いながらやすっちは左手をかざし、纏(まと)めて転がしておいた組員達に術式発動――。

蒼い三角形の……ベルカ式魔法陣だっけ? 地面に展開したそれは、みんなを包むような大きさに広がり、回転。

そうして淡く広がる光の粒子に晒(さら)され、呻(うめ)いていた組員達が揃(そろ)って表情を和らげていく。


というか、よく見ると……傷も塞がってる? 傷を治す魔法ってやつか。


「ヒーリングも使えるんで、病院に行かなくて済む程度には回復します」

「……一応、礼を言うべきだろうか」

「そうだねぇ。やすっちが本気だったら、まじで全滅していただろうし……幾ら何でも行動が迂闊(うかつ)すぎ」

「それだけじゃないけどね」


そう言いながらやすっちは、葛西にも回復魔法をかけてあげる。傷や痛みが消えていく様子に、葛西は蒼い粒子の中で驚いた顔をする。


「実のところフィジカル戦闘に限れば、茜さん、葛西さん、お魎さんの方が上だもの」

「……あー、それもあったね」

「何ぃ!? だが恭文、お前……三人とも雑魚みたいに払いのけてただろ!」

「違うよ。三人が、組員共々自ら負けに行ってるの」

「それは……どういう、ことですか」

「そっちは感想戦で」

「やるのですか……」


やすっちが左指を鳴らす。……すると変化していた空の色が、元に戻っていく。

同時に屋敷内の破損していたあれこれがあっという間に回復……ううん、わたし達が元の世界に戻ってきたというか。


「結界ってやつか……」

「そう。さっきまでのドンパチも音一つ広がっていないから」

「い、一応配慮していましたのね」

「じゃないと利用できないしね。……さて」

「……恭文くん、あとでお話ししようね? 魅ぃちゃんも」


レナがつや消しアイズで怖い中、やすっちと二人離れる……背を向けて、離れる……とにかく婆っちゃの方に!


「お魎さん……お互い過去のことは水に流して、明るく楽しく青春を楽しみましょう」


そう言いながら笑顔ではあったけど、その目は常人のものじゃあなかった。

……やすっちの目は、覇気は、完全に人斬りのそれだった。


「御自慢の園崎組と縁者もろとも、たった二人に潰されるなんて恥は……もう晒(さら)したくないでしょ?」


異能力など関係ない。

あんなものはただの戯れにすぎない。

力で……権力すら上回る暴力で圧倒する。


その宣言に対して、婆っちゃは憮然(ぶぜん)としながらもこう返すしかなかった。


「……好きに、したらえぇ」

「あ、そう? じゃあおのれ、村の外に逃げてよ」

「なんじゃと」

「蒼凪さん、それは」

「園崎家頭首が今ここで倒れたら、本当にアウトでしょ」


……やすっち、そこまで考えていてくれたんだ。殺気を緩めながらの言葉に、婆っちゃは更に苦い顔をする。


「おのれが緊急の所用で出ている間に、魅音達が好き勝手をした。
うん、それならまだメンツは保(たも)てる。幸い茜さんも、しばらく病院生活だし?」

「……阿呆(あほう)を抜かせ。そんだら、村の連中は誰が逃がすんじゃ」


でも婆っちゃはそんな顔をしながらも、大きくため息。

おかしい奴だと軽く笑いながらも、改めて意地を張る。そう……村人として、長(おさ)としての維持だ。


「お前さんが言うたことじゃろ……危なくなったら、避難させろっちゅうてな」

「お魎さん……」

「今回はわしらが迂闊(うかつ)じゃった。それは認める……その上で、主立ったところは預けとく。じゃが」

「何ですか」

「本当に……そないな病気から、全部の事件が説明できるんか」

「話した通りです。そして園崎家がブラフによって振りまいた疑いは、確かに疑心暗鬼の土壌を作り上げた」



すぐに理解する必要はないし、いきなり変われというのも傲慢。でも……婆っちゃはまず、受け止めることから始めた。

だから渋い顔をしながらも、『そうか……』と呟(つぶや)き黙りこくる。やすっちはそんな婆っちゃのワイヤーを静かに解き、土を払いながら立たせてあげた。


その様子を見ながら一安心……これで、うちに操を立てた形での占拠は成り立つかな。

とりあえず沙都子の安全だけは確保して……これで一安心かな。いや、長い交渉だったー。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


本当にゾッとした。あの最後の連撃だけで、私も、茜さんも……お魎さんも納得させられるしかなかった。

攻撃自体は非殺傷だったが、恐ろしいのは打ち込んだ瞬間の気迫。まるで、人が変わったかのような……剣鬼と呼ぶにふさわしいものだった。

鋭く、触れるだけで全てが切り裂かれそうな刀。それ自体が迫る感覚には、畏怖の念を抱くしかない。


一体どれだけの修練と死線をくぐり抜ければ、あの年で……あの体格であれだけの技が習得できるのか。

それともこれが現実だろうか。田舎のヤクザである我々と、第一線で戦う人間との差……それについては、茜さんも実に悔しそうで。


なお茜さんの傷は、蒼凪さんの治療ですぐに回復していた。……最初から治せる範囲の傷しか負わせない……そうなるよう加減していた。

その事実がまた、彼の実力を、くぐってきた修羅場の壮絶さを臭わせるわけで。


いや、それだけじゃない。一番強い武器……か。彼は師匠にも恵まれていたようだ。


「……葛西、うちの人には」

「分かっています」

「全く……お前はてんで成長しとらん。魅音が阿呆(あほう)なんもそのせいじゃろ」

「母さんが言うんじゃないよ! むしろ血筋だからね、その阿呆(あほう)! 揃(そろ)って阿呆(あほう)だって徹底批判されたばっかじゃないか!」


茜さん、それは自分が阿呆(あほう)だと認めているような……いえ、なんでもありません」


「しかしまぁ、不安だよねぇ。診療所の北条悟史君、どうするつもりなのか」

「えぇ、それは……」


沙都子さんはこちらで保護するとしても、問題は動かすことのできない彼だ。

入江先生も病理的にNGをかけているゆえ、我々が勝手に……ということも無理。


「……わしらのとこにいると、病気が悪化して……自分の妹まで殺しかねん、じゃったな」

「えぇ。沙都子さんも致し方ないこととはいえ、ストレスの原因でしたから。身近という意味では、我々園崎以上とも……」

「そんな状態まで追い込んでしもうたのなら、四年目の事件は……」


お魎さんはその先を続けられず、静かに……冷静さを取り戻すように、またお茶を飲む。

「でもそっちは、蒼凪君が手を回してくれる。私らにできるのは、その後のフォローくらいだねぇ」

「ですが、何をするのでしょう……」

「さぁね。ただ、戦いについては……腹立たしいけど、あの子の方が本物だ。
勝つために必要だとあの子が信じたのなら、それは乗っかるしかないよ」


そうだ、我々はその中身を知らない。どうしても聞くことができなかった。

いや、その……とても楽しそうな顔をしていて。それだけで今日のような滅茶苦茶(めちゃくちゃ)が繰り返されるのは、よく理解できたのだが。


……そうそう、一つ説明が抜けていた。


叩(たた)き伏せられた組員達は、既に帰してある。細かい事情は知らないので、魅音さんが遺恨もないように誤魔化(ごまか)したんだが。


――みんな、悪かったね。実はこれ……母さんと葛西も交えた実地訓練なんだよ――

――……はい!?――

――井の中の蛙(かわず)何とやら……HGSのような異能力者との戦闘経験なんて、早々得られないからね。
だからやすっちも、攻撃自体は非殺傷なものばかり。あれ、本気だったら揃(そろ)って死んでたよ?――


ようは抜き打ちの訓練という話だ。園崎の関係者を守るために、必要な対策を考えるための材料。

単純なドンパチだけではなく、異能力も込みな場合はどうするべきか。蒼凪さんはその審査員というわけだ。

……なお、私や茜さんも知らない話となった。揃(そろ)ってそんな相手に実弾をぶっ放したことに驚愕(きょうがく)していたが、同時に納得もしていた。


それでも問題にならないほどの強さなら……しかも蒼凪さんは、一人一人にアドバイスまでして。

しかも命を犠牲にするやり方ではなく、集団性を利用した立ち回りだ。それで全員が『いい勉強になった』と感謝して、屋敷を後にした。


……魅音さん達には悪いとは思うが……タチの悪い扇動を見ている気分だった。


「まぁあれだよ、葛西」

「はい」

「向こうにもああ言われた以上、この件で組員を『ドンパチのために』動かすつもりはない。それはアンタも例外じゃない」

「ただ、相手が相手ですし、避難誘導の際も相応の武装が必要かと」

「分かってる。悪いんだけど急ぎ、調達の方を頼めるかい? 火力よりも生存力を高める形で……」

「はい」

「じゃあ私はちょっと出かけるから、そっちは頼むよ」


付け加えながら、茜さんがまたお茶を飲む。


「茜さんお一人で、ですか?」

「詩音も家に戻ってるし、常駐している奴らと一緒に連れていくよ。というわけで婆っちゃ」

「……しゃあないのう。子どもらのついでじゃ」

「よろしく頼むよ」

「……では、家までは自分が」


……どこへ行くかは、もう聞くまでもない。ちょうど時期でもあるのだから。

それは密(ひそ)かに続けられてきた行脚。いや、贖罪(しょくざい)と言っていいのかもしれない。

蒼凪さんが、魅音さん達が言ったことは、二人とも既に分かっていた。分かっていたからこそ……罪は増え続けた。


それを表に出すことなく、ノーサイド発動の権限を自ら放り投げたから。

だがそれももう終わり……静かに立ち上がる二人からは、そんな気迫を感じ取れた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蒼凪さん達に呼び出され、園崎本家へ。それで聞かされた話は……実に大胆。

まさかこんな、年端もいかない子ども達が……政府の暗部に喧嘩(けんか)を売るとは。


だがその一手なら面白い効果が期待できる。むしろ乗らない理由はない。


「大石、昨日の今日で酷だとは思うのですけど……ボク達からお願いです。
この作戦には警察の力がどうしても必要なのです。力を……貸してもらえませんか?」

「ふむぅ、蒼凪さんは……無理ですよねぇ。東京(とうきょう)の下っ端が誰かも分からない状況ですし、さすがにお一人では」

「厳しいですね。もちろん大石さんは考えている最中ですし、綿流しにはまだ時間があります。僕達も無理は言いません。
……大石さんを踏み台にしてまで、勝利を得たくない。それがみんなと相談して出した結論です」

「分かりました。ただ、やはりこの場では返事ができません」


もう迷いはない。正義感などと言うつもりはない。退職金が惜しいのは変わらない。

だが若い奴らが体を張って、友達や村を守ろうと抗(あらが)っている。なら大人として、できる限りのことがしたくなっただけだ。


「私も一警官ですからねぇ、死の偽装となると仲間内を巻き込まなきゃいけない。
……信用できるメンツに話してみますんで、もう少しお時間もらえませんか。でも蒼凪さん、本当にいいんですね?」

「何がですか?」

「一時的にでもあなた、指名手配犯にされちゃうんですから」


ただ心配なのは、蒼凪さんだ。この作戦だと一番危ないのは……!


「忍者資格だって使えなくなるし、事情を知らない市警からも追い回される。
……下手をすれば『東京(とうきょう)』のシンパを使って、殺しにかかる可能性だってあるんですよ。それで本当に」

「大丈夫ですってー。もう慣れてますし」

≪核爆破未遂事件のときも、似たような状況になりましたしねぇ。まぁ何とかなりますよ≫

「ははははは……その返し、警察官としてはいろいろ聞き逃せないんですけど。というか、泣いていいですか?」


慣れてるって返事、予想外なんですけど。いや、腹は決まっていると言うべきか。

それに……私も分かっている。恐らくはこれがベストだ。詩音さん達は基本的に一般人だし、相手が特殊部隊も有している以上躊躇(ためら)われる。

だが蒼凪さんは忍者で相応の武装もあり、戦闘力だって一般警察を大きく超えている。


犯人が確保されたらアウトな状況でも、蒼凪さんなら逃げ切れる可能性は高い。あとは……彼の覚悟に私も賭けよう。

というか、突き抜けようって決めたばかりですしね。頑張らないと駄目ですよ。


「……分かりました。でも気をつけてくださいね。あなたにはハ王になるという夢があるんですからー」

「はははは……圭一、話をしようか。お前はサンドバッグね」

「それは話じゃないよな! つーかやめろ! 俺じゃない……俺じゃないんだぁぁぁぁぁぁ!」

「圭一、頑張るのですよ。……それと大石、警察をクビになっても大丈夫なのです」

「はい?」

「退職金代わりを、園崎組がぽんと出してくれるそうなのです」

「えぇ!」


梨花さんの言葉に魅音さんはぎょっとするも、それでもすぐに大丈夫と笑いだした。


「ま、まぁ山の一つや二つ……あはははははははは!」

「はははははは! かないませんなぁ! ただそれは遠慮しておきましょう!
園崎家からそんな大金もらったら、いろいろ面倒そうですしねぇ! んっふっふー!」

「あ、言ってくれるねぇ。それなりに付き合いあるし、フォローくらいはしようと思ったのに」

「まさかまさか! そんなことしたら私、園崎家に足向けて寝られないじゃないですか! あはははははは!」


――――無事に話し合いを終えて、興宮署へ……と思ったけど、その前に郊外にある霊園へと向かう。


その中の一角に、おやっさんの墓がある。

先日供えたキキョウの花はややしなびているので、新しいのとさっと取り替える。

綿流しの日は……今年も無理そうだなぁ。毎年のことだが、警備のために一日張り付くから。


なのでその前日にお参りし、翌日に改めてというのが通例。そうすることで、いつか墓前に報告を持っていけると願掛けしていた。

だが結局、今年も謝罪だ。意味合いは違うけど、謝罪することになってしまった。



私にとっておやっさんは親友であり、兄貴分であり、そして親父だった。そう、親父なんだ。

本当の親父みたいに、慕っていた。そんな親父が豪快に、げんこつを構えて怒鳴り散らしてくる。

黒光りする墓石を見ていると、そんな光景がありありと見えてくるから不思議だ。


「毎年毎年、今年こそは犯人を捕まえてやる。そして犠牲者は出さない。
なんて言ってますが……もしかしたら、本当にできるかもしれません。
おやっさん、ようやくおやっさんが死んだ真相ってやつに近づけました。ただね、笑っちゃうんですよ。
園崎はなーんにも関係がないって言うんです。私は勘違いして、見当外れな振り込みをしていただけ」


おやっさんがまた怒鳴ってくる――。


――この馬鹿が! いつも言っているだろ! お前は頭が固いんだよ! もっと柔軟に場をよく見てみろ!――


それで相手に上がられて、痛い目を見るんです。

決めつけないできっちり手を進めていれば、でかい手が今頃できていたかもしれないのに。


「私は全然進歩してません。麻雀も相変わらず……私みたいに思い込んだら疑うことも知らない奴を、本物の馬鹿って言うんでしょうね」


自嘲し、声を上げて笑う。


私はただ、敵が欲しかっただけなんだと思う。園崎が怪しげに見えたのは事実だけど、それは真実じゃなかった。

私はずーっと……自分で作った靄(もや)に囚(とら)われて、そこに見える影を敵だと思い込んでいた。靄(もや)の正体が枯れ尾花だとも気づくことがなく。

本当に間抜けでした。でも……それで満たされていた。えぇ、私は満たされていたんです。


おやっさんが死んだのには、理由がある。明確な敵がいる。そう感じ取れて、満たされて……抜け出せなくなっていた。

真実を明らかにして、法の裁きへ委ねるのが警察官の仕事だと言うのに、その職務を放棄していたんです。


「私は今、やばい橋を渡ろうとしています。やばいわりに見返りも少ない。
でも……真実ってやつは守られます。それに何だかやっと、私は自分ってやつを許せそうです」


――――そこで後ろから足音。こちらへ二人ほど近づいてくる。


もしやおやっさんの墓参りだろうか。

実はおやっさんの墓には毎年、この時期になるとあじさいが飾られていた。なんとなしにそちらを見て、体が震える。

そこにいたのは黒い着物を着た、翠髪の女。髪をアップにし、やたら気風がよさそうな顔立ちを見せている。


それは園崎茜……その隣には、詩音さんがいた。だから余計に驚いてしまった。

彼女の手には、青・紫といった……鮮やかなアジサイの束があったから。


「これは、これは。どなたかのお墓参りですか」

「おやおや……アンタ、勤務中じゃないのかい? 悪いお人だね、ほんと。
……ほら、いつまでもお墓の前で突っ立ってんじゃないよ。そこをおどき」


脇にずれると、彼女はアジサイを墓に添える。その鮮やかな動きだけで、この場に初めてきたわけじゃないと分かる。


「アンタが毎年、おやっさんにアジサイを」

「奇麗だろう? うちの庭のやつでねぇ、やっぱり六月はアジサイさね。
アンタのキキョウも珍しいね、白だし……それも涼しげで良さそうだ」


確かに白いキキョウと青いアジサイはとても映え、初夏の訪れを感じさせる色合いだった。それも、そのはず。


「偶然にしちゃ、いい取り合わせだ。白に青――よく引き立てあっている」

「私がくると、アジサイがありましたから。青い色だと相性が悪いと」

「なんだ。なら私達、相性はばっちりじゃないさ」

「そうですね……んふふふ」

「今日は愛想がいいねぇ。何かいいことでもあったのかい?」

「えぇ、まぁ……詩音さん辺りは聞いているかもしれませんけど」


自然と笑みが零(こぼ)れてしまう。自分の中でわだかまっていたものが取れたせいだろうか。

今の気持ちは、この空のように青く晴れ晴れとしていた。


「なら結構。興宮(おきのみや)のいち市民としては、公僕の頼もしい一言で安心だねぇ」

「あなたのようないち市民がどこにいますか。あとそう言うなら、時代錯誤なやばい世渡りはやめてくださいよ」

「ありゃ、やぶ蛇だったかねぇ」

「えぇ。しかし……一つ教えちゃくれませんかね。死守同盟と現場監督のおやっさんは犬猿の仲だったはず。
そのトップの関係者であるアンタが、どうしておやっさんに花を添えてくれるんですか。しかも」


アジサイ以外にもう一つ、添えられていたものがある。それは……今葛西が手にしているもの。おはぎの入った包みだ。


「おはぎは、おやつとかじゃありませんよね」

「あぁ、あれはうちの婆(ばあ)様がこしらえたものだよ。酒飲みは甘いもの好きじゃないだろうから、砂糖抜きにしてある」

「園崎お魎が?」

「なんだい、不思議かい。確かに敵同士だったさ。だがラグビーだって試合が終わったらノーサイドだろ?」

「私も驚いたんですよ。というか……それならそれで、こういう態度を村の中でも叫んでほしいんですけどねぇ」

「おっと、これもやぶ蛇だったかぁ」


ダム戦争では敵だった。だがそれはもう終わった。だから、敵だった相手を尊ぶのもおかしくはない。

彼女はそういうスタンスらしい。詩音さんからおはぎを渡され、園崎茜はそれを丁寧に添える。


「なぁ、一つ聞いていいかい?」

「なんですか」

「アンタにとって、ダム戦争はまだ続いているのかい? 私はもうとっくに終わってるんだけど」

「いやいや……」


その言葉には苦笑してしまう。あぁ、そうだ……もう靄(もや)は晴れた。

だったら終わった……もう、終わったことなんだと、素直にそう思えた。


「私も終わってますよ。あのけたたましい騒音がまだ続いているとか、精神がおかしくなりそうですよ」

「なら園崎家が墓参りしてもおかしいことはないだろう? …………私らもさ、もうこういうのは……今年でおしまいにしようと思ってね」

「こういうの、とは」

「園崎家がダム監督の墓前に、おはぎを添えちゃいけないとか……さぁ。ひっそりとやるだけじゃあ足りないみたいでね。
そのせいで村の連中にも、魅音と詩音にも……何の罪もない子ども達にも、相当な面倒をかけちまった」


園崎茜は自嘲しながらも合掌し、線香も焚(た)く。


「国にも悪いところがあった、反省が必要だね。……でも私達にも悪いところがあった。だから私達も反省する。
それはそれでおしまいになったなら、反省も踏まえて新しく始める――長(おさ)として、そう宣言する。その勇気が私らには足りなかった。
若い連中が変えてくれると押しつけて、結局逃げていたのさ。私ら自身が変わり、淀(よど)みを払うことからね」

「今日はまた、殊勝な心掛けですねぇ。何か悪いものでも食べましたか?」

「……悪手を打って、ボロ負けしたばっかりなんだよ。鬼みたいに強い奴にね」

「それも婆っちゃや葛西、お付きの組員数十人共々フルボッコ。
長(おさ)としての覚悟を問おうとしたら、それすら既に崩れていたと突きつけられる有様で」

「詩音!?」

「あらららら……それはまた御愁傷様で」

「こら、笑うんじゃないよ! 傷に染みるだろ!」


まぁ大体、誰がやったか想像はつきますけどねぇ。でもそれならそれで、園崎が暴走する危険もなさそうで何よりです。

詩音さんも問題なしと言った様子で笑っているので、それはホント……一安心ですよ。


「……でも、いいキッカケにはなったよ」


不満そうだった彼女は気を取り直し、改めておやっさんに合掌。


「そんなことでもなかったらきっと、踏ん切りがつかなかった。私らは臆病で、伝えたい気持ちすら封じ込めていたんだ」

「なんですか、それは」

「不幸な事件があって、この御仁は死んじまったけどさ。だけど生きていたら私は、一緒に酒を酌み交わしたいと思ってたよ」

「……」

「でもこの御仁は死んじまった。それは、とても悲しいことさ。
だからせめて……奇麗な雛見沢(ひなみざわ)を、ここから見せてやりたいとも思うんだよ。
この御仁だけじゃない。北条夫妻にも、古手夫妻にも……今日は、それを約束しにきたんだ」


それは事実上の雪解け宣言……どのような対価を払おうと、必ず行うという確約。

園崎お魎がいないものの、それは高齢ゆえだろうし……だからこそのおはぎなのだろう。

手間暇かけて作ったおはぎには、きっと心が込められている。美味(おい)しそうなおはぎを見つめて、私も頬がほころんだ。


「確かに……そうですねぇ。雛見沢(ひなみざわ)には、良い若い衆が揃(そろ)ってますしねぇ。
年寄りの喧嘩(けんか)やしきたりなんて、受け継がせるべきじゃない」

「そうさ。水に流すってのは、なかったことにするんじゃない。区切りを付けるんだよ、私らの因縁は私らのものってね。
水は溜(た)まってるだけじゃ腐っちまう。だから流れは絶やさないようにして、奇麗な沢を――世界を維持する。
それを若い連中に受け継がせて、私らは昼酒でも飲みながらのんびり見守る。乙なもんだろ?」

「乙なもんですねぇ」

「というわけで」


彼女は立ち上がり、いきなり笑いながら両手を合わせてくる。


「いやー、実は昨日駐禁を切られちゃってさー。これも」

「駄目です」

「いや、頼むよ。ほら、奇麗な雛見沢(ひなみざわ)を」

「駄目ですよ? それとこれとはまた違いますから。んっふっふー。
それなりに稼いでるんですから、違反金くらいは払っちゃいましょうよ」

「ちぇ、ケチー」

「母さん……さすがにそれは無理ですって」

「そうそう。私、公僕と言っても下っ端ですし。んっふっふっふー」


何かがお互いの中ですっきりした。本当の意味で、事件を終わらせることができたのかもしれない。

青い空の下、子どものように園崎茜と笑い合っていた。……そうして、今起きている事件と真正面から向かい合う。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


俺達が雛見沢(ひなみざわ)にきた翌日――まるで、たらいが幾つも落ちてくるような賑(にぎ)やかな音が、遠くで聞こえた。


「……タカ」

「分かりやすくて助かるなぁ」


日常生活ではあり得ないような音だ。それもこんな、寒村の中じゃあね。

ぐでーっと横になっていたが、さっと起き上がって辺りを警戒。今のところ……それらしい気配はないな。

だがこの音は間違いない。沙都子ちゃんが仕掛けたっていう監視小屋のトラップだ。


やっちゃんのタブレットとは別に、沙都子ちゃんは周辺のトラップ地図を俺達にくれた。

それをちゃぶ台において再確認。……音の方向からして間違いなし。念のためやっちゃん達がいるときに、周辺も偵察しておいたしね。

あの小屋は特殊部隊が目を付けるだけはある。人気がなく、また誰かが近寄る理由も思いつかない……死角同然な場所だったから。


そんなところからがしゃがしゃ言うってことは、もう間違いない。この小屋は怖い犬さん達が監視し始めたんだ。

あとは俺達の動き次第。中に梨花ちゃん達がいないことを、絶対に……気取られないようにしないと。


「梨花ちゃん達の携帯は」

「そこに置きっぱ」


タカ共々、コンセントに繋(つな)ぎっぱなしの充電器と……そこに嵌(は)められた折りたたみ式携帯をチェック。

どちらもGPSが入っているタイプのものだから、ここに置いていってもらった。


「次のコースは在宅確認だな。……さすがにあの天使ボイスと口調は真似(まね)できないぞ」

「タカ、ダンディーだものね。そこはもう……居留守しかないって」

「やってやるぜ、ベイビー……!」

「居留守でもベイビーって言うと、なんかカッコいいね!」


電話に出ないのは、高熱で寝込んでいるせい。カーテンが閉まっているので、室内を外から窺(うかが)うことはできない。

年には年を入れて、梨花ちゃん達が布団に入っているような細工もしてあるしね。

あと、電気とガスの適度な使用も大事だ。それでも不在を見抜かれる可能性だってある。


やっちゃんとこてっちゃんが調べて、監視カメラの類いがないのは確認済み……一応は万全。

だが、注意はきちんとしておかないと。俺達が居座っているってバレたら、途端に状況が動き出す。


――そこで突然、備え付けの黒電話が鳴り響いた。


「黒電話が現役って、凄(すご)いな……」

「携帯があるから問題なしってこと?」


そんなアンバランスさに身構えながらも、俺とタカは揃(そろ)って確信する。……在宅確認、スタート。

学校を欠席したから、状態を確かめたくなった……そんなところだろう。だからここで寝ているという確証が欲しい。

その証拠に……ほら、三十秒……一分と電話は鳴り続ける。もっともっと、電話は鳴り続ける。


その執ようさが何よりの証拠。絶対に出てほしいという意思の表れだった。

それが途切れると、今度は携帯。こちらは画面もあるんだけど……番号非通知か。


「小学生の携帯に非通知とは、なかなかに大胆な奴らだ」

「次はどう来るかな」

「訪問……とはいえ、入江機関や山狗の存在は公にされていない。郵便屋か御近所を装ってってところか?」

「沙都子ちゃんが出てもバレないようにか。その優しさ、もっと健全な形で向けられないものかなぁ」

「きっと女にモテないぞ、アイツら」

「俺達とは大違い」


――電話には出られないほどの風邪だ。当然訪問の応対も無理に決まっている。

恐らくは何度もくるだろうし、その分バレるリスクも高い。だがそれは逆に……確かに、敵が迫っているという証拠だ。

俺達としては脱出タイミングとかも計れて、むしろ好都合って感じ?


何より入江機関の入江先生とやらはこっちの味方で、梨花ちゃん達が避難する作戦も知っている。

上手(うま)く口裏を合わせてくれるでしょ。様子を見てきた……梨花ちゃん達は風邪で、大人しく寝ていた。そっとしてあげてほしいってさ。

やっちゃんが俺達のことも説明して、そういう手はずに整えているから。……連中、入江先生を疑ってないそうだしね。


それは『東京(とうきょう)』とやらの政治争いなどに興味がなく、単純に医師として症候群の撲滅を目的として動いているから。

流れはどうあれ、先生自身はとても実直な人柄らしい。梨花ちゃん達はともかく、やっちゃんまで大丈夫って太鼓判を押すくらいだしね。

そういう人柄が村民の信頼を掴(つか)んでいったと考えるなら、まぁ頷(うなず)けるけど。その分謀略とかには気づきにくいと思われているんだよ。


だから、在宅を信じる。……本当に硬度な騙(だま)し合いだ。

入江先生を騙(だま)しきっていると信じている連中が、実はその先生に欺かれているんだから。


「だがユージ、油断するなよ」

「分かってるって。俺とタカ、やっちゃんを除くとみんな一般人だし」

「赤坂刑事も、ミサイルの直撃を食らったことはないだろうしな」

「……今回は出ないよね? ミサイルや爆弾」

「……言うなよ、それを」


また解体がーとか言って、爆弾のお仕置きフラグとか……ごめんだぞー。

――――そんなことを考えている間に、玄関から声がする。


「沙都子ちゃんに梨花さーん、入江先生こと御主人様が、回診に来ましたよ〜〜〜〜〜」


……御主人様、だとぉ? その言葉にタカと顔を見合わせ、頷(うなず)き合う。

階段を上ってきたらしい男は、ドアをノック。……ふすまを軽く開けて、玄関をチェック。

郵便受けも含め、のぞき見るような隙間はない。なので慎重に……タカと二人、気配を探りながらドアに駆け寄る。


「……大丈夫、私一人です」


気配は確かに一人……周囲にそれらしい殺気もなしっと。


「……もっと声を抑えてください。この家は既に監視態勢に入っています」


タカはそう注意した上で解錠。ゆっくりと……眼鏡の優男を招き入れ、姿を見られないようドアは閉じる。

……姿見はアルトアイゼンが見せてくれた映像と、全く同じ。よし、問題ナッシングと。


「入江先生、ですね」

「はい。初めまして……大下さんと、鷹山さん、ですね。お話は蒼凪さんから。あ、こちらは差し入れです」

「お、これはどうもどうも」


入江先生が両手一杯の買い物袋を差し出してくるので、それを受け取り居間に……ん?


「先生」


スーパーの袋にはアイス、ジュース、すぐ食べられて保存性の高い軽食パッケージ……それに、ビールも入っていた。

なので苦笑気味に、ビール缶を出して注意。まぁ、気づかいは嬉(うれ)しいんだけどね。


「小学生に飲酒はいけませんよ?」

「あ、それはぬか床用です」

「ぬか床?」

「最近沙都子ちゃんは、ビールとパンで自家製のぬか床を作っていまして。ただ未成年だと購入ができないので、私が差し入れを」


そう言えば……俺とタカへの差し入れなら、せめて二缶だよね。でも入れてあるのは一缶だけ。

というかぬか漬け、ぬか漬け、ぬか漬け……ああああああああ!


「……タカ!」

「やべ、忘れてた!」


慌てて冷蔵庫を開き、茶褐色の発酵物が詰められた密閉容器を取り出し、ビール缶と見比べる。


「あぁ……沙都子ちゃんから聞いていたんですね」

「一日一回、丁寧に混ぜてほしいと……!」


そう……俺達、昨日その話を聞いて、とても驚いたんだよ。

一斤のパンと二五〇CCほどのビール、大さじ三杯の塩で、ぬか床が作れるんだって。なんか両方の酵母が作用するらしいんだよ。

クックパッドで見て、家庭の味を広げるために実践して……かなりいい感じで作れたとか。そうだそうだ……第二号を作ろうかとも言ってたよ!


――ただかき混ぜないと悪くなるので、一日一回は必ずやってほしいのです。お願いできますか?――


園崎家に持ち歩くのも躊躇(ためら)われた、沙都子ちゃん秘伝のぬか漬けを、そう言って預けてくれたんだ。

俺達は、刑事としてそれを守ると約束したというのにぃ! なお、漬けていたキュウリは昨日の夜食でした! もうすげー美味(おい)しかった!


「ごめんね。すぐ……すぐにタカが混ぜてあげるから! こう、得意なうどん打ちの要領で!」

「頑張るよ! うどんなんて打ったことがないけど! とりあえず、えっと……」

「手荒い! 除菌!」

「いえっさー!」


冷蔵庫を閉じて、密閉容器は温まらない場所に置いて……念入りに手荒いし始めたタカの代わりに、入江先生とお話。


「すみませんね。なんかバタバタして、お茶の一杯も出せなくて……」

「いえ。……それで、監視態勢に入ったとのことですが」

「さっき、電話を盗聴する監視小屋からカランコロンと派手な音が……沙都子ちゃんの仕掛けたトラップです」

「あぁ……さすがは沙都子ちゃんですね」


はははは……え、何? 何なの、この先生。沙都子ちゃんがトラップって点、ものすごーく納得してきたんだけど。

もしかしてこれが村の常識なの? 雛見沢(ひなみざわ)、内戦地か何かなのかな。


「それと長すぎる電話が備え付けのものと、携帯に一件ずつ。学校の欠席を知って、在宅確認のためにかけてきた。
……入江先生も様子を見てきてほしいとか言われて、ここに」

「……えぇ、全くその通りです。鷹野さんから、『二人が学校を欠席したのに、病院に来ないから不安だ』と言われて」

「やっぱりですか」

「二人の欠席を不審に思われたんでしょうか」

「いや……多分例の、富竹さん? その人が内偵を開始したのと、関係があると思うんですよ。
もしなかったとしても、連中が騒がしくすればその分だけ尻尾を掴(つか)みやすくなる」

「どちらにせよ、もう何かが始まっているということなんですね」

「えぇ」


やっぱり昨日今日事情を知った人だから、今一つ受け入れ難い部分はあるらしい。

入江先生はまだ若いのに、眉間に皺(しわ)を寄せちゃって……まぁ、いい男が台なしだ。


「……話は少し変わりますが」

「なんでしょう」

「お二人は、雛見沢(ひなみざわ)村連続怪死事件については、どこまで」

「やっちゃんから大まかには。……あ、タカ……手袋を付けないと」


タカが手洗いを終えて、密閉容器の蓋を開けようとしていたので軽く注意。すると、タカはつぶらな瞳をこちらに向け、洗い立ての手を見せる。


「え、あの……手、洗ったんだけど」

「沙都子ちゃんにも言われてただろ?」

「……だったねー。でも、入るかな……ビニール手袋、SSサイズとかなんだけど」


タカがビニール手袋に苦心している様を見て、入江先生は面食らうけど……少しだけ表情を緩める。


「確か、最初の二年は偶然が重なっただけ……現場監督と犯人達は揃(そろ)って症候群をこじらせて、ただの喧嘩(けんか)がエスカレートした」

「……はい」

「翌年は……沙都子ちゃんが、両親を突き落とした可能性が高い。そちらも調べたんですよね」

「もちろんです。ただあくまでも可能性が極めて高いと言うだけで、確証は得られませんでした。
……ですが誤解のないように、これだけは申し上げておきます。沙都子ちゃんはそんな凶行を行う人間ではないんです」

「分かってます。……抱えていたストレスが病気により暴発する」

「はい……」


沙都子ちゃんの場合、繰り返された離婚と再婚……両親との不仲によるストレスが原因だったらしい。

家族……特に自分を傷つける親に対して、異常な敵対心を滾(たぎ)らせてしまった。

しかも恐ろしいのは、いわゆるバーサーカー状態でも本人は冷静だと思っていること。


どれだけ狂った思考だろうと、それを”論理的に解決できた末の行動”と思い込んでしまうとか。

……例のプラシルαでも、似たようなことを言ってたなぁ。理性という関所では処理しきれない量の感情が、それを押しつぶすってさ。

理性的な思考とやらも全て錯覚で、感情と衝動のままに行動する……その結果、親すらも、かぁ。ほんとやり切れないよ。


「しかし三年目から鷹野さんは……そんな偶然を面白がり、綿流しの夜に何かが起こることを期待しだしたように思えます」

「というか、その三年目も行動がかなり怪しい。梨花ちゃんの御両親と揉(も)めた件、二人の変死で実質解決でしょ?」

「……もっと早くに気づくべきだった……私は、あくまでもただの研究者です。
鷹野さんのように親族から遺産≪研究≫を引き継いだわけでもなければ、崇高な志があるわけでもない。
そんな彼女に気後れしていた部分がなかったわけではありません。でも……それでももっと、親身に話していくべきだった。
そうすれば鷹野さんは一人で悩まず、こんな凶行に走ることも……なかったかもしれない……」

「……そう自分を責めるもんじゃないですよ。人間は神様でもなんでもないし、先のことなんて誰にも分からない」

「……はい」


……やっちゃんすら信頼できるって言わしめた理由、よく分かったよ。

こんなきな臭い中、本当に研究に……治療に打ち込んできた、根っからのお医者さんなんだ。

助けられることに喜び、救えなかったことに憤り、それでも一人でも多くと足掻(あが)き続ける。


悪く言えば馬鹿一直線。でも……その真っすぐなところが、信頼を置くに足るんだと思う。


「そうそう、分からないもんさ。……俺も、分からなかった」

「タカが?」

「どうしよう、ユージ……ゴム手袋、外れない」


……タカがこっちに、子イヌみたいな目を向けてくる。かき混ぜたらしいぬか床はしっかり蓋をして、俺が代わりに冷蔵庫へしまってあげる。


「でもまぁ、辛(つら)いのは想像できますよ。おじいちゃんから受け継いだ研究……絆に等しいものを、いろいろ悪用されちゃあねぇ」

「え、待って。無視しないで? 泣いちゃう……僕、泣いちゃうから。年がいもなく泣いちゃうから」

「……それと、鷹野さんがこんなことも言っていました。打ち切り決定の研究を、寿命が幾ばくもない植物状態の患者に例えるんです。
そして……その生命維持装置のスイッチを切るならば、それは”残された家族の権利だ”……ということも」

「……どうせ打ち切られるならば、幕を下ろすのは孫の自分しかいないと」

「そういう意味で言ったのだと、思います」

「それはもはや、証拠でしょ。まぁ状況証拠だけどさぁ」


俺も……一旦ゴム手袋上から、手を洗い始めたタカも納得したよ。敵は鷹野三四……それに連なる奴らだ。

入江先生も俺達に話をしながら、自分の考えを纏(まと)めているようだった。

今まで見過ごしてきた僅かな点と点を結びつけると、確かに……歪(いびつ)な悪意が見え隠れして。


「じゃあ、入江先生……俺から一つ質問が」

「あ、はい。……ゴム手袋でしたら、鬱血する前にハサミか何かで切断した方がいいかと。なんでしたら私が」

「いや、そっちじゃなくて」


タカは手洗いを済ませながら、入江先生に……ある一つの問いを投げかける。


「鷹野三四が、雛見沢症候群にかかってる可能性は」


………………その問いに、俺も……入江先生すら、呼吸を止められてしまった。


「は……!? それは、どういう」

「いや、雛見沢症候群ってのは、ようは疑心暗鬼……強烈なストレスを糧に悪化する病気ですよね。
だったら、その≪祖父との絆(きずな)≫を踏みにじられ、村人二〇〇〇人ごと幕を引こうとする鷹野三四は……」

「おいおいタカー、さすがにそれは笑えないって。というか、そんなヤバい病気なら、関係者に予防接種みたいなものはしてる……だよね、入江先生」


つい、おどけて聞いてしまった。答えなんて分かり切っていたのに。あぁ、分かり切っていたさ。

タカの質問で入江先生は、顔面が真っ青になって……手もプルプル震え始めていたから。


「あの、まさか……してないの? 予防接種」

「いえ。関係者は全員……つまり私や鷹野さん達医療スタッフ、もちろん山狗にも、富竹さんにも処方しています。ただ」

「ただ?」

「症候群自体の完治が不可能な現状ですので、その効果は完全なものでは……ないんです……!」

「…………………………それ、ヤバくない?」

「ヤバいな。単純に理屈の問題だけじゃない。もし症候群に感染しているなら……」

「俺達が追い込めば追い込むほど、そのストレスでバーサーカーに近づいていく」


それはつまり、殺すしか止める手立てがないということだ。さすがに山狗連中もそうだとは思いたく、ないけどさ。

いや、それ以前の問題か。症候群の影響で理性が吹き飛んでいるなら、俺達の想定以上に暴れる可能性だってある。

とはいえここで検査なども難しい。下手に行動すれば、せっかくのか細いリードがパーだ。


……俺とタカ、やっちゃんとこてっちゃんなら楽勝と思っていたけど、そうもいかないかもしれない。


相手は正しく狂人かもしれないわけで――。


(第18話へ続く)






おまけ:第18話の没シーン


恭文「はい、というわけで今回の没シーンです。話がうまく纏(まと)まったところから……ですね」

古鉄≪なぜ没になったか。その理由は後ほど≫


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「今回はわしらが迂闊(うかつ)じゃった。それは認める……その上で、主立ったところは預けとく。じゃが」

「何ですか」

「本当に……そないな病気から、全部の事件が説明できるんか」

「話した通りです。そして園崎家がブラフによって振りまいた疑いは、確かに疑心暗鬼の土壌を作り上げた」



すぐに理解する必要はないし、いきなり変われというのも傲慢。でも……婆っちゃはまず、受け止めることから始めた。

だから渋い顔をしながらも、『そうか……』と呟(つぶや)き黙りこくる。やすっちはそんな婆っちゃのワイヤーを静かに解き、土を払いながら立たせてあげた。


その様子を見ながら一安心……これで、うちに操を立てた形での占拠は成り立つかな。

とりあえず沙都子の安全だけは確保して


「……は!」


でもそこで、一つ……思い違いをしていたと、電流が走る。


「魅ぃちゃん、どうしたの?」

「足りない!」

「足りない? 何が」


そうだ、何ということだ……わたしとしたことが忘れていた!


「To LOVEるが足りない!」


電流走る……ここ数日、サークル雛見沢(ひなみざわ)の立ち上げを決めてから、いろいろと模索していた新作のネタ!

やっぱ時代はシリアスよりもコメディ! そしてお色気! となれば……お色気トラブルが起こって然(しか)るべきなんだぁぁぁぁぁぁぁ!


来てる、来てる、来てる! 今、わたしの脳細胞がトップギアだぜ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「本当に……そないな病気から、全部の事件が説明できるんか」

「話した通りです。そして園崎家がブラフによって振りまいた疑いは、確かに疑心暗鬼の土壌を作り上げた」


すぐに理解する必要はないし、いきなり変われというのも傲慢。でも……婆っちゃはまず、受け止めることから始めた。

だから渋い顔をしながらも、『そうか……』と呟(つぶや)き黙りこくる。やすっちはそんな婆っちゃのワイヤーを静かに解き、土を払いながら立たせてあげた。


その様子を見ながら一安心……これで、うちに操を立てた形での占拠は成り立つかな。

とりあえず沙都子の安全だけは確保して。


……というところで、破裂音が響く。


それは、葛西に支えられて起き上がった母さんから。

その右脇腹が……帯が見事に両断されていた。結果着物が派手にはだけて……母さんの前はおっぴろげに展開。

肌着も崩れ、わたしや詩音より大きな胸が……お腹(なか)が、その……こんもりとした部分も晒(さら)されて……!


「え……」


やすっちも衝撃からアルトアイゼンを落とす中、母さんは自分の姿を、やすっちを、わたし達を見比べ、怒りの笑いを浮かべながら……。


「私は……」


大地を縮めるが如(ごと)く踏み込みから、やすっちに右フック!


「子持ちの人妻なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


なおやすっちは、今回は決して避けることなく……その制裁を受け入れました。

その後にはレナによる制裁が待っていたけど、気にしてはいけません。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――という感じのイベントがあって然(しか)るべきシチュエーションなのに! くぅ! やっぱりリアルはクソゲーか!
こうなったら冬のサークル雛見沢(ひなみざわ)で出す新作には、このネタをぶっ込んで……!」


……魅音は一人、そんなアホな妄想に入り込んでいた。それで更なるネタの追及に余念がないようなので、誰もが呆(あき)れかえってしまう。

というか……アホかぁぁぁぁぁぁぁぁ! さすがにないから! 結婚している人にTo LOVEるとか、矢吹神でもやらかさないから!

いや、それ以前に……母親でそんな妄想をするなぁ! この状況で脈絡なく、そんな妄想をするなぁ!


「やった! やった! やったぁ! これなら冬コミに間に合う! これなら壁サークルデビューも夢じゃない!
ここ数日、軽く夜なべして作り上げたアイディア達は無駄じゃなかった! ここからはわたし達のステージだー!」


何、サークル雛見沢(ひなみざわ)のせいなの!? サークル雛見沢(ひなみざわ)なんてものをこの間想定したから、いろいろネタを考えていたの?!

そのせいなの!? その脈絡のない妄想……ちょ、レナ! 圭一達もこっちを見ないで!

敵意じゃないのは嬉(うれ)しいけど、その……縋(すが)るような目はやめてよ! 僕は触れたくない! 絶対に触れたくない!


僕だっておのれらと同じだよ!? どん引きだよ! 引きすぎて今すぐミッドに帰りたいくらいだよ!


「……お魎さん、お任せします」

「……あ、茶の時間じゃった。葛西」

「はい……」

「ちょ、待って! 葛西さんもー!」


さらっと逃げちゃったよ! 園崎家頭首! となると……あとは、笑いながら近づいてくる茜さんしかいなくて。


「蒼凪君……」

「は、はひ!?」

「そんな怯(おび)えなくていいじゃないか。本当に私をひんむいたわけでもなし」


すみません、無理です! だって目が……目が一ミリたりとも笑っていなくてー! ヤバい、この状態で戦ったら僕、確実に殺される!


「さっきまでのことはノーサイドとした上で……何か、貸してもらえるかい? こう、殴打しても死なない感じの武器を」

「はい――!」


さっきまでの遺恨はそれとして、茜さんにハリセンを献上。すると茜さんはそれを高く振りかぶり。


「ありがとう。……さて」

「何だろう、この今までにない背徳感……! 当然キャラは母さんや父さんじゃない、オリキャラ予定なのに!
でも不倫系って受けるかなぁ。何かドラマティックな設定が必要……未亡人? いやいや、それはないなぁ。
背徳感は捨て難い……でもでも、やっぱりさくっと明るいお色気なら、母さんみたいな中年じゃなくて女子高生の方が」

「――――――――天誅(てんちゅう)ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


一つの悪を……救い難い悪を、そのハリセンは見事に打ち砕いた。

うん、そのはず……砕けたということに、しておこう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


古鉄≪というわけで、没シーンでした。なお没にした理由は……流れから、いらないなーと≫

恭文「実は今回の話、いろいろ没描写があって……そのせいで時間がかかったんだけど。く、このときにあむがいれば問題なかったのに」

あむ「いやいや、あたしがいたらおかしいじゃん! ありえないじゃん!」


(おまけ――おしまい)







あとがき

恭文「というわけで、絶対に抜かせないお墓のシーンも踏まえた上で、いよいよ次回……作戦決行! 奴らと派手にドンパチだー!」

古鉄≪お相手は……どうも、私です≫

恭文「蒼凪恭文です。セイレムピックアップ2が待ちきれない中、みなさんはどうお過ごしでしょうか。僕は……」

美奈子「わっほーい!」


(そうして置かれる、ビッグバン盛りの五目チャーハン)


美奈子「お待たせしました、御主人様! おやつのチャーハンです!」

恭文「だからチャーハンはおやつじゃない!」

古鉄≪……はい。佐竹飯店にて仕事の打ち合わせと相成りました≫


(ちょうどミリシタはイベント中なのです。しかも報酬に美奈子のSR……こちらはSSRがあるからまだいいとして、限定衣装が!)


恭文「せめて限定衣装がゲットできるポイントまでは、周回する予定。と言って丸一日出遅れているけど! ……頂きます」

美奈子「はい、どうぞー」


(蒼凪荘のアイドルメイド、キッチンの中から頬杖を突いて、食べ始める蒼い古き鉄を真正面から見守る)


美奈子(にこにこ……にこにこ……)

恭文「……美味しい。また腕を上げたね」

美奈子「ありがとうございます、御主人様。あ、メインの酢豚と卵とトマトの炒め物、御主人様の大好きなエビチリもあるので」

恭文「……やっぱりドンとくるのね……!」

ヒカリ(しゅごキャラ)「美奈子は優しいなぁ……も」

美奈子「ヒカリちゃんは食べちゃ駄目だよ?」

ヒカリ(しゅごキャラ)(絶望の表情)

美奈子「駄目だよ? 御主人様のご飯なんだから」

ヒカリ(しゅごキャラ)「……私は、美奈子の御主人様になりたい」

恭文「ちょっと、その目はやめてよ! 泣くのもやめてよ! ねぇ……ねぇってば!」


(蒼い古き鉄、最近食事量が大食いしゅごキャラ(ヒカリ)レベルになっています。
本日のED:ウルフルズ『笑えれば』)


高木社長(当然のように同席していた)「あ、そうそう……ちょうどいいタイミングだね。実はNHKの『サラメシ』という番組があるんだが」

恭文「あぁ……中井貴一さんがナレーションをやっている番組ですよね。僕もフェイトともども大好きですよ」

高木社長「実は有り難いことに、今度我が765プロのシアターを取材することが決まったんだよ!」

恭文「ほんとですか! ……ちなみに、それはいつですか。明日とかじゃありませんよね?」(過去の経験から疑いの眼差し)

律子「社長、正座してください」

高木社長「律子くん!? というか君も……ま、待ちたまえ! 今回はその、そんな急な話ではないから!
スタッフとの顔合わせもあるし、取材日程もまだ決まっていないから! いや、ほんとだよ!? まずはそこからだから……信じてくれぇ!」

美奈子「社長、信じられてないんですね……」(ほろり)


(おしまい)








[*前へ][次へ#]

17/26ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!