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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第14話 『密会』

――アタシはとんでもない場所にきたと、酔いがさぁっと覚めていく中で確信する。

金の匂いは強くなっている。こんな場所で、こんなもんを弄(いじ)くってるんだ。そりゃあ金くらいはある。

でもそれ以上に濃密な、死の匂いが迫っているのを感じた。いいや、ずっと迫っていたのだろう。


アタシが金の匂いだけに目が眩(くら)んでいたから。これは、もしかしたら園崎以上……!


「ッ……!」


血がシャーベットみたいに凍り付く感覚に襲われながら、一歩後ずさる……逃げよう。ここにいちゃいけない。

そのとき、机の側(がわ)で何かを引っかけ、落としてしまう。鈍い音が響いて、足下に見えるそれを見た瞬間……がく然と目を開く。


それは――暴力団が使うのとは違う。

もちろん葛西が出したライターとも違う。


明らかに軍用と分かる、ごつい拳銃だった……!


「な、なんなのさ……ここはぁ!」

「あらあら、あなただったの」


……入り口側から声がかかる。そちらを見ると……そこに立っていたのは、看護師姿の女だった。


「どんなネズミかと思ってきてみれば、がっかりね」


コイツ、見たことがある。鷹野……そうだ。診療所に勤める、鷹野って看護師だ。


「大山鳴動して鼠(ねずみ)一匹――それもドブネズミとはね。面白そうだから泳がせてみたけど、どうやらただのこそ泥ってところかしら。くすくす……」


悠然と……一歩ずつ、本当に時間をかけて、あの女はこちらににじり寄る。

穏やかにほほ笑むけど、アタシには悪魔にしか見えない。薄暗い中で照らし出された顔は冷たい……鉄のように無機質なんだ。

そうだ、人間じゃない。こんな目をする奴は……人間じゃない!


「と、ととととととと……止まりなぁ! そ、それ以上動くと……!」


軍用拳銃を拾い上げ、目の前の看護師に向ける。

手がかたかたと震える中、必死に……生きるために、あの女を狙って……!


「あら……大層なものをお持ちね。――Mk23。世界各国の警察や軍が使用している拳銃よ。
装弾数は十二発。四五口径。弾は.45ACP弾。ドイツの重機メーカーが作った代物でね、重いけど威力はあるのよ」


なんだい、コイツは……銃で狙っているのに、揺らぎもせず笑い続けていた。まるで子どものガンマンごっこを、ほほ笑ましく見守る母親みたいに……!


「それとこの実験室一つ一つはね、それぞれとても重要な施設なのよ。たくさんの高価な……最新科学技術が、ふんだんに惜しげもなくつぎ込まれている。
ちなみに、あなたの背後にある水槽はその中から高い方かしら。まさに人類の叡智(えいち)を深める、≪厳かな神への儀式を執り行う祭壇≫にふさわしいものよ」

「神……儀式、だってぇ!?」

「えぇそうよ。残念ながら人間として命を永らえられなかった人達が、その力を神に捧(ささ)げて≪シャングリラ≫への道が開かれる。
そこにはあらゆる差別も、苦悩も、憎悪もなく、まさに人がおのれの意志でもって欲望を自由に、そして永遠に育み楽しむことができる――」


この女は、なんだ。銃のことを一切気にせず、両手を広げて……チンプンカンプンなことばっかり喋(しゃべ)って!

状況が分からないのか! 銃だぞ! 撃たれるんだぞ……死ぬかもしれないんだぞ!


「なんて……理想の世界だと思わない?」

「う、うるさいよ! アタシはそんな妄想を聞いちゃいないし、聞く気もないよ!」

「あら残念。せっかく寝物語のネタになるかと思ったのに――閻魔(えんま)大王の」

「な……!」


殺してやる……。

もう、この女は殺さなきゃいけない。

そうしなきゃ、アタシは死んじまう。


それに大丈夫だ。アタシには今、力がある。拳銃っていう力がある。

これさえあれば、この女も……そうだ、葛西の野郎も、竜宮の親父も、全員ぶっ殺せる!

あははははは……そりゃあ最高じゃないか! だったら手始めに。


「だったら……アンタが死になぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


もう覚悟は定まった。この力があるなら、恐れるものなんてない。躊躇(ためら)いなくトリガーを引いて――。

カチャリという堅い音が響く。でもただそれだけで、銃は撃てない……アイツは、死なない。

弾丸が出てこない……アイツを殺して、アタシを生かす弾丸が! 一発も……一発もだ!


「なんだ、これ……なんでだよ! おい、どうしたんだよ! おい!」

「あらあら、弾が入っていな安全装置の解除も分からないのねぇ」


そう言いながら鷹野は腰の後ろから、拳銃を取り出す。形の違う、別の拳銃を。


「そんなあなたには、こちらのグロック17なんてどうかしら。特殊プラスチック製で軽いのと――」


鷹野がトリガーを引いた瞬間、発砲音が響く。……右の上腕に熱が走る。

火箸でも突きつけられたかのような熱に呻(うめ)き、情けなく床に倒れてしまった。

熱と痛み……そこから熱い血が止めどなくあふれ出し、自分が撃たれたのだと錯覚する。


「安全装置が特殊で、引き金を引くだけで解除されるの。簡単でしょ?」


――そこで、急速に意識が遠のくのを感じた。


「いってぇ……痛ぇ! ちくしょお!」

「くすくすくす……駄目ねぇ。”構えたらすぐに撃ちなさい”って教わらなかった……教わらないわよねぇ。
私もまずは警告って、講習で言われたもの。なら悪いのは私なのかしら……でも、あなたは侵入者だものねぇ」

「くるなぁ! くるなぁ!」


そうだ、安全装置ってのを外せば……どうやるんだ!?

いや、どっかを弄(いじ)れば撃てるはずだ! なんか、スイッチを入れれば。


「まぁ弾は入っていないから、結果は同じなのかしら」

「な! ……ぎゃあ!」


アイツはずかずかと近づき、あたしの髪を掴(つか)んで引き上げる。
そのまま……薄く歪(ゆが)んだ顔を近づけ、またあの冷たい……非人間的な堅く、無機質な声で宣言。


「せっかくだから、楽しんでいきなさいな。実はね……”とっても素敵な新薬”を研究している真っ最中だったの。
既存の比較にもならない、夢の最終兵器がね。どう、素敵だと思わない? くすくすくすくす……。
あっははははははははははは! あーははははははははははははははは!」


――それが、『人間』として聞いた最後の言葉。

やっぱりアタシは、運に恵まれていないらしい。だって、そうだろう?

幸せになりたい……そのための金をもらいに来ただけで、こんな目に遭うんだ。


あぁ、ちくしょう。幸せに……なりたかったぁ。死にたく、ないよぉ。誰か……誰か、助けておくれよぉ……!

アタシは何にも悪くない! 何一つ……恥ずかしいことなんてしちゃあいないんだよぉ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――女は白目を剥くと、一気に脱力。口から汚らしい泡を吹き出した。それがつまらなくて、適当に放り出す。


「……あらあら、話はまだ終わっていないのに。くすくすくすくす。
まぁ、実験前にいいサンプルが手に入ったわ」


背後に感じた気配へ振り向くと、小此木がいかめしい顔をして立っていた。


「セキュリティシステムの感度はどうかしら。ちゃんと作動していた?」

「仕様通りの内容は機能しています。赤外線・音波での侵入者チェック。それに伴う詰め所への情報伝達――全て以上なしです。
ただ、全てのシステムが一元で管理されているってのは、防犯上致命的かもしれませんがね」

「どういうことかしら」

「ようはシステムの根元をダウンしてしまえば、全てスルーってことです。まぁそうは言っても解除するためには、三佐以上のコード認識が必要ですが」

「ということは、私と所長が盗みに入れば、あっさり通過できると。くすくすくす……なら今度は、私が泥棒役で侵入してみようかしら」

「防犯訓練としては面白いかもしれませんね。鈍っている奴らの根性もたたき直せそうだ」


小此木は苦笑しながらも、倒れ込んだ女を見やる。


「大丈夫ですかね、コイツで」

「問題ないわ。この女、園崎の上納金に手を出そうとしたそうだから。そっち方面で処分されたって、警察も思うでしょうよ」

「まぁ忍び込んできたが運の尽きってやつですか」


小此木が女の頭をコツンと、つま先で軽くける。その程度の衝撃では目を覚ますはずもなく、微(かす)かな息づかいの上下が感じられるだけ。……苦悶(くもん)の息づかいがね。


「それじゃあ二時間後に予定の場所で開始。”H173-2”実験参加者は、きっちり予防薬の投与を済ませること。
巻き添えを食ったら、笑い話にもならないから。くすくすくす……!」


――楽しい祭りはもうすぐ。私が、おじいちゃんが神へと近づくときはもうすぐ。

見ていて、おじいちゃん。雛見沢症候群は、そして高野一二三と鷹野三四の名は――永久に歴史へと刻まれるのよ。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第14話 『密会』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


結論から言おう――北条鉄平は雛見沢(ひなみざわ)に戻っていた。その上で沙都子を北条家に連れ戻そうとした。

俺と詩音、梨花ちゃんが入江診療所に到着したときには、全てが終わっていた。


「痛い痛い痛い……沙都子、もっと優しく」

「お馬鹿な恭文さんにはこれくらいで十分ですわ!」


恭文はあっちこっち擦り傷だらけの状態で、五体満足な沙都子に治療を受けていた。

消毒液のついた脱脂綿を、擦り傷にグリグリ……! なお沙都子は涙目だった。


「沙都子!」


詩音が慌てながら飛び込んでいく。それに俺と梨花ちゃんも続く。


「詩音さん! 圭一さん、梨花も……あぁ、ごめんなさい。心配をかけてしまいましたのね」

「そりゃあもう! 間宮リナが殺されたって聞いて、いても立ってもいられなくて……沙都子、怪我(けが)は!」

「蚊に刺されてすらいませんわ。……まぁこのお馬鹿さんは別ですけど」

「あだだだだだだだだだだ!」


それについては沙都子も不満があったようで、まるでお仕置きの如(ごと)く……その様子に安堵(あんど)し、俺と梨花ちゃんも近くのベッドに腰掛ける。


「みぃ……よかったのです。それで恭文、北条鉄平達は」

「警察病院だよ。北条鉄平は一年くらい起き上がれないんじゃないかなぁ。あと、全員揃(そろ)って僕の顔を見たら発狂する」

「何をやったんだよ、お前は……!」

「徹底鎮圧ですわよ。あ、なお怪我(けが)などは一切していませんわ」

「はぁ? いや、だがそれは」

「……わたくしを助けるため、最短距離を突っ走ってきたんです。それで小枝や鋭い葉で傷だらけに」


俺達より早く……獣道を突っ走ってまで、沙都子のところに向かったってのか。

そう言えば脇には、ぼろぼろのコートやスラックスも置いてあった。


「やっちゃん……ありがとうございます!」


詩音はその行動に感激し、恭文に全力の抱擁……とはいかないので、空(あ)いている手でしっかりと握手。


「いだあああぁぁああああぁ!?」

「やっちゃん!?」


かと思うと、恭文が苦しげに絶叫した。


「し、詩音……その、引っ張らないで。沙都子の乱暴な消毒が染みる……!」

「あ、ごめんなさい!」

「とにかく、おじ様達はもう刑務所行き確定ですわ。麻薬まで所持していましたし」

「何だと!」

「それ、園崎組が禁止しているやつじゃないですか。……だとすろとチンピラとしてもおしまいですね。
園崎組も御時世が御時世なんで、あんまり荒っぽいことは控える流れにしていますし」

「なら、鉄平達は」

「鹿骨(ししぼね)界わいどころか、裏の社会からも爪はじき者。息をすることすらできませんよ」


詩音の断言に、梨花ちゃんも、俺も安堵(あんど)する。罪を償ったとしても、沙都子が詩音達と関わり、雛見沢(ひなみざわ)にいる限りは……か。

まぁそれ以前に、恭文が徹底的に叩(たた)きのめしたんだ。もう立ち直れないと見ていいだろう。


――その後、話を聞きつけた村の人達が押しかけた。恭文も俺達と関わってきた関係で、すっかり人気者だ。

そんな恭文にまで手を出したことは、みんなで憤慨。自分達で血祭りに上げてやろうと言い出す人達もいた。

なお、ここは北条鉄平が村に麻薬を……それを扱う仲間まで持ち込んだことに起因している。


万が一村人の誰かしらが使用すれば、それば村にまん延すれば、雛見沢(ひなみざわ)は終わりだからな。

だがそこで恭文は静かに……そして厳しく、村の老人達に語りかける。


「僕は大丈夫です。代わりにその優しさを、沙都子に向けてあげてください」

「え……それは」

「もちろん難しい事情があるのは魅音達から聞いています。でも、僕は北条夫妻をとても立派な方だと感じました。
――権力に立ち向かうのは怖いものです。僕自身仕事を通してそう感じることは多々あるし、勇気だけでは成り立たない。
でも夫妻は立場の弱い人達を守るために、園崎という権力者を――村の全てを敵に回しても叫んだ。ダム戦争でみなさんが、国と戦ったように」


そう……立場が違えば正義も変わる。

ただそれだけのことだったと、恭文の静かな声で誰もが悟る。

いいや、改めて気づかされたし、思い出したと言うべきだろうか。きっとみんなは分かっていた。


ただ園崎という権力者が……オヤシロ様という絶対的崇拝対象が、その真実を曇らせていた。


「僕は雛見沢(ひなみざわ)が好きだし、みなさんのことも大好きです。だからお願いします。
沙都子がこの村に、みなさんに危害を加えたわけではないのなら……沙都子を守ってください」

「我々が、あの子を……」

「特別扱いしろとは言いません。他の子達と同じように……悪いことをしたら叱り、いいことをしたら褒める。
そして今日のように、沙都子の危機を――村の子どもの危機を見て見ない振りなどしない」

『……!』


そうだ……集会場は境内で、梨花ちゃんと沙都子の家も同じ神社内。誰かしらが、見ていたはずなんだ。

沙都子を連れていこうとする、鉄平の姿を。それに従うしかない、絶望した沙都子を……なのに誰も、何一つ言わなかった。

恭文は優しくお願いしながらも、その姿勢を糾弾していた。なぜ戦わない……なぜ変わろうとしない。


村を守るために、それを正義と信じて戦い抜いた雛見沢(ひなみざわ)住人。

一人のために全員が団結し、大きな力となって戦う雛見沢(ひなみざわ)魂。


なのにその勇気をなぜ、今日この日に出せなかったのかと――。


「そうして彼女に伝えてほしいんです。みなさんがダム戦争のときに発揮した、雛見沢(ひなみざわ)魂を」

「蒼凪くん……」

「どうか、お願いします」


その上で『お願いします』と頭を下げた恭文に、村の人達は不満など言えるはずがなかった。

村に来てまもない恭文が……いいや、だからこそ通じたのかもしれない。そんな恭文が、沙都子のために身を張って傷ついたんだ。

年端もいかない少年が戦ったのに、自分達が戦わないのは何事か。


「頭を上げてくれ、蒼凪くん。君の言う通りだ。だが我々も……古い人間だ、そう簡単には変われない」

「それも、承知しています。結局僕の言っていることは、通りすがりの身勝手な暴論だと言うことも」

「確かに……だが君は通りすがりなりに、村の安全を守ってくれた。実はね、お礼が必要だと思っていたんだよ。
そんな君の願いなら、我々には聞かない理由がない。……なぁ、みんなもそれでいいかな」

「公由村長、それは」

「若い君達のように一気呵成(いっきかせい)とは、いかないかもしれない。お魎さんの威光を無視もできないしね。
だが少しずつ……淀(よど)みは自分の手で払っていく。それは約束するよ」


それで公由村長も、他のみんなも……前向きに受け入れてくれた。


「……あぁ……そうだな! 北条の馬鹿たれは確かに気に食わんかったが……それでも村にいる弱いもんのため、一生懸命じゃった」

「ソイツらが全員園崎派にくら替えしても、何一つ言わんかったからなぁ。……ほんま、馬鹿たれじゃあ。
死んじまったら喧嘩(けんか)もできん、謝ることもできん……ならせめて」

「私らが北条んとこの、親代わりにならんと駄目なんよ。というか、村の子どもはみんなの子ども。それが当たり前じゃったわけで……」

「公由のおじいちゃん……みなさんも……!」

「――ありがとうございます」

「俺からも礼を言わせてください! ありがとうございます!」

「いや、いいんだよ。今まで……本当に済まなかった」


何より”村のため”と思ったのは、園崎も、北条も同じ。

そして結果的勝利者は園崎となったが、その手段の全てが褒められたものではなかった。

それはみんなも知っていた。なのにそれを、延々引きずり続けている自分達は一体何なのか。


だから変わろう。淀(よど)みとなった遺恨を払うために、少しずつでも――そんな奮起を見て取り、俺と詩音、梨花ちゃんも安堵(あんど)する。

梨花ちゃんに至っては歓喜の余り、言葉が出ない様子だった。ずっと涙ぐんでいたしさ。


淀(よど)みは流れていく……沢の流れによって、払われていく。やっぱり恭文は起爆剤だった。

だが起爆剤だけでは足りない。その流れは一時的なものに留(とど)まってしまう。


火種が必要だ。

一つじゃない……幾つもの火が必要だ。

一つ一つは小さな火でも、集まればかがり火となる。それが俺達の先を照らしてくれる。


だから俺達が、雛見沢(ひなみざわ)の住人が、もっともっと燃え上がるだけだ――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


診療所に向かう車内……すっかり出遅れたことには、もういろいろ申し訳ないというか。

そのお詫(わ)びも考えつつ、安全運転かつ急ぎ足で進んでいく。


「いやぁ、やってくれましたね……北条鉄平達、完全に心がへし折られてますよ。あれじゃあもうチンピラとしては再起不能。
しかも園崎家が御法度とした薬物まで持ち込んでいたから、向こうさんの影に怯(おび)えて過ごさなきゃあいけない」

「結果鹿骨(ししぼね)界隈(かいわい)には近づけず、沙都子さんの安全も確保される。もちろん蒼凪君達に復讐(ふくしゅう)する度胸もない。
自業自得の破滅ですね。……そう言えば、北条鉄平達の自宅やたまり場からは」

「コカイン以外にもいろいろ見つかってますよー。復讐(ふくしゅう)以前に、一生刑務所暮らしでしょうね」


ただ、それをのんきに構えてもいられない。実は……自宅を探ったところ、気になるものが見つかりまして。


「……どういうわけかプラシルαも」

「なんですって。それは」

「どうも問屋から出回ってきたものを仕入れて、捌(さば)こうとしていたようで」

「そうですか……だったら尚(なお)のことよかった」

「えぇ。コカイン共々そんなもの、沙都子さんに服用されていたら……」


沙都子さんもまた麻薬の常用者となり、人生そのものを破壊されていた。残念ながらそれもまた、現実であり得ることです。

小学生というのは希有(けう)でも、恋人や友人が常用者で、断り切れずに服用というパターンは多いですから。

それが家族となれば、もっとどうしようもない。だから赤坂さんも怒りに震える。


美雪ちゃんのこともありますから、余計に駆られるんですね。刑事と親の顔が入り交じった、複雑な表情だった。


「何にせよ、北条鉄平の件は……まぁ喜ばしい流れではありませんが、上手(うま)く片付きました。沙都子さんも怪我(けが)一つないそうですし」

「それは何よりでした。あとは、なぜ間宮律子が殺されたか」

「北条鉄平がプラシルαを持っていたなら……とも考えられますが、そこで首裏の注射痕ですからねぇ。
何にせよ異常錯乱で他の被害者が出なかったことは、不幸中の幸いと言うべきでしょう。あとは」

「改めて入江機関の人間を尋問するだけ……蒼凪君、上手(うま)くやってくれているといいんだけど」

「大丈夫ですよー。彼、立派な悪党ですし」

「だから不安なんです……!」


それも分かるので、助手席の赤坂さんを慰めつつ……やっぱり安全運転!

警官が覆面車と言えど事故るとか、洒落(しゃれ)になりませんしねー! というか、退職金が減っても困りますし!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――蒼凪さん、ありがとうございます」


村の人達が帰り、入江診療所の職員さんも……鷹野さんも定時を迎え、全員が退勤した後。

改めて治療してくれた入江先生は、僕に感謝の念を送ってくれる。

なおこの場に残っているのは、梨花ちゃんと圭一、それに僕とアルトだけ。人の気配も問題なし。


沙都子については、今日は詩音のマンションでお泊まり予定。いろいろ大変だったし、姉妹水入らずで気晴らしをするそうで。

……なお、詩音が診療所を出るときに。


――沙都子、今日の夕飯は期待してくださいね! 緑黄色野菜の天ぷらフルコースですから!――

――え……!――


絶望の宣言をしていた気がするけど、僕は気にしない。


――タレ、塩、なんでもござれですよ! パーッといきましょう!――

――ちょ、お待ちくださいませ! 恭文さん、圭一さん……梨花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!――


沙都子が鉄平達と遭遇したとき以上に取り乱していたけど、気にしてはいけない。

ただ静かに……敬礼をしながら見送ることしかできなかったけど、それも……気にしない。

うん、大丈夫。詩音には野菜も食べやすい、美味(おい)しいかき揚げを勧めているから。


ぷりぷりしたエビの食感と、様々な野菜の歯ごたえが絶妙! きっと沙都子も笑顔になってくれることだろう。


「私は本当に、認識が甘かった……小学生にしか見えないあなたに、躊躇(ためら)いなく暴力を振るうなんて」

「誰が豆粒ですかぁ!」

「い、いえ! そんなことは言っていませんので!」

「入江、気をつけた方がいいのです。恭文は外見的成長が全くないのを気にしているのです。心と同じように身体も小さいと怯(おび)えているのです」

「そういうことを言うと、梨花ちゃんも怯(おび)える羽目になるよ?」

「それはあり得ないのですよ。ボクは大人になったら、グラビアモデルレベルのグラマーさんになるのですよ。にぱー☆」

「僕もそう思っていたよ……梨花ちゃんと同い年の頃はね!」

「不吉なことを言わないでください! 大丈夫大丈夫……人生は絶望ばかりじゃありません! ボクは運もいいですし!」


……なお、梨花ちゃんにも同じ悩みが降りかかることになるけど……まぁよしとしようか。

僕達がそうやっておどけるのも、結局は入江先生が本気で……全力で思い詰めていたからだし。


「そう言えば監督、前に……俺達が野球の助っ人をして、勝利したお祝いにバーベキューをしたとき」

「えぇ」

「軽く言ってたよな。沙都子を引き取れたらって」

「……収入や身元は問題なかったんですが、やはり男手で独身という点が引っかかりまして」


医者は高収入。更に同じ医療関係であれば、ある程度の潰しも利く。変な利権問題に絡まなければね。

ただその分忙しいし、男手一人で子どもを育てる……家庭環境としては不適格と判断されたんでしょ。

これが女性だったらまた違っていたかもだけど。ここはね、性差別って話じゃないのよ。


離婚裁判での親権絡みもそうだけど、片親でも母親なら……そういう判断に偏りがちなのは否めないんだ。


「せめて蒼凪さんのようにできれば……」

「僕も結局はよそ者ですし、ずっと沙都子の側(そば)にいられるわけじゃありません。
むしろそうやって沙都子のために心を尽くして、近くにいられる先生の方が……ずっと、たくさんのことができると思います」

「……ありがとうございます」


……なるほどね。今の様子から何となく理解できた。この人がどういう人で……何を大事にしているのか。

梨花ちゃんが信じたくなる気持ちも分かる。だったら……うん、僕も賭けてみよう。


「じゃあ入江先生、そんな入江先生を信頼して、実は大事なお話が」

「なんでしょうか」

「あ、治療ありがとうございます。沙都子のはもう、地獄の責め苦みたいに乱暴だったしー」

「いや、それはお前の自業自得だろ」


入江先生には治療のお礼も言った上で立ち上がり、懐からトランシーバーみたいな装置を取り出し、周囲をくま無くチェック。


「蒼凪さん、何を」

「すみません。でも盗聴とかされても困るので……カメラの類いもないみたいですね」

「えぇそれは……って、盗聴?」


入江先生が怪訝(けげん)にしていると、玄関のベルが鳴る。そうして入ってきた人は……タンクトップにカメラを提げた、温和な男性。

でも鍛え抜いた体つきで、ただ者じゃないのが分かる。なるほど、この人が……。


「富竹さん! あ、申し訳ありません。本日はもう」

「いえ、大丈夫です。僕は梨花ちゃんに呼び出されて……えっと、この状況は」

「初めまして、富竹ジロウさん」


盗聴は問題なさそうなので、探知機をしまい込む。それからサングラスをかけて、忍者の資格証を提示。


「第二種忍者――デンジャラス蒼凪」

≪どうも、私です≫

「初めまして、富竹ジロウ――フリーのカメラマンです。……いやぁ、噂(うわさ)には聞いていたけど、本当に忍者さんなんだね。しかもデンジャラス?」

「セクシー大下さんから拝命した由緒ある名前なんですよ」

「コードネームというやつか。さすがは本職さん、ひと味違うね」

「えぇ、それはもう……実はそんな富竹さんに、一つお願いがありまして」

「お願い?」


それについてはもうすぐかなぁ。時計を見ながら確認すると、またベルが鳴る。それで入ってきたのは大石さんだった。


「どうもー。診療時間外にすみませんー」

「大石警部! あの、もしかして今日の件で」

「えぇ。まぁ一応証拠資料として、蒼凪さんのお話とその治療結果ももらえればなぁっと。
……ただ、それだけじゃあないんですよ」


大石さんは梨花ちゃんを見ながら、ニヤニヤと思わせぶりに笑う。


「大石、どうしたのですか? そんな笑みが似合うのは、ボクのような可れんな美少女だけなのですよ?」

「すみませんねぇ。実は今日、梨花さんにお友達を連れてきたんですよー」

「みぃ?」

「覚えているかなー。何せ五年ぶりの再会ですし……あ、でも蒼凪さんから事前に話はされているし、大丈夫ですよね」

「………………ァ……!」

「はい、ではどうぞー!」


そうして入ってくるのは――当然、あの人で。


「――!」


梨花ちゃんはその様子に息を飲み、震えながら……一歩ずつ近づいていく。

信じられない現実を、夢じゃないと確かめるように。両手も伸ばし、その糸をたぐり寄せようとする。


「久しぶり、梨花ちゃん。……大きくなったね、見違えたよ」

「――赤坂ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


梨花ちゃんは涙をこぼし、全力で抱擁。赤坂さんはそんな梨花ちゃんに目線を合わせ、しっかりと受け止めた。


「ごめんね、待たせちゃって。本当に……随分、遠回りをした気がするよ」

「本当、なのです……! こんな、こんな最後の……わけの分からない世界で、ようやく……きやがるなんて! レディを何だと思っているのですかぁ!」

「本当にごめん。君との約束、あのときの言葉……忘れていたこと、ちゃんと思い出せたよ」

「しかも、無茶苦茶(むちゃくちゃ)な忍者まで送ってきてぇ! ボクがこの性悪コンビにどれだけ振り回されたと思っているですかぁ!」

「それはこっちの台詞(せりふ)だよ」

≪そうですよ。チキンさんはまだ自覚がなかったんですか≫

「ほら、この調子なのです! もっと他にいなかったのですか!?」


それで梨花ちゃんは遠慮なく僕達を指差し。それにはお手上げポーズを返すしかなかった。


「ごめん、それについては”いなかった”しか答えられない……というか、蒼凪君?」

「おかしいなぁ。僕達、いつも通りにやってきたはずなのに」

≪ですよねぇ。あなたはともかく、私は性悪じゃありませんよ?≫

「いやいや、僕こそ性悪じゃないって。むしろ清廉潔白な汚れなき天使よ?」


そう断言すると、全員が唖然(あぜん)。なお梨花ちゃんと赤坂さんは、なぜか揃(そろ)って拳を握った。こ、怖い……!


「赤坂……あ、そうでした! 確かに五年前、一度お会いしていますね!」

「入江診療所の入江先生……でしたね。……五年前は助けていただき、本当にありがとうございました。おかげ様で今日まで五体満足で過ごしています」

「いえ、医師として当然のことをしたまでです」

「でもここ、警備体制はもうちょっとしっかりした方がいいですね。入江機関の名が泣きますよ?」

「……!?」


赤坂さんがさらっと名前を出すことで、入江先生の動揺を引き出す。更に圭一と大石さんがさり気なく入り口を塞いで、逃げ場をなくした。

なお富竹さんは戸惑った振り。でも明らかに僕を警戒し、どう言い逃れようかと算段をつけていた。


「安心していいですよ。圭一と梨花ちゃん、大石さん達は状況を知っています。……あ、梨花ちゃんは”元々知っていた”と言うべきか」

「梨花さん……!?」

「大石……」

「えぇ、蒼凪さんが仰(おっしゃ)る通りです。まぁまぁ信じられないような話でしたが、それも私の頭が固いせいらしいので。
……雛見沢症候群、でしたっけ? 赤坂さんと蒼凪さんにも伺いましたが、寄生虫による異常行動は十分あり得て、更に実例も多数ある」


雛見沢症候群の名前まで出したことで、二人は更に混乱。

あぁ、心が痛い……入江先生については治療してくれた恩もあるし、戸惑わせるのは辛(つら)い。


「……入江、富竹、ごめんなさい。でも一つだけ……誤解がないように説明したいのです」

「なん、でしょうか」

「恭文は赤坂に頼まれて、ボクを……ボク達を助けにきてくれたのです。
……ボク達やあなたが思っている以上に、『東京(とうきょう)』の状況は……かなり、ひっちゃかめっちゃかになっているようで」

「り、梨花さん!」

「その、どういうことかな。僕にはよく分からないんだけど」

「とぼけるのなら、結論から言いましょう」


こういうのはハッタリだ。とぼける間もないほどに……一気にいく!


「あなた方と梨花ちゃんは近いうち、『東京(とうきょう)』の勢力争いによって殺されます。――鷹野三四三佐と山狗達の造反によって」

「な……!」

「なんだって!」


梨花ちゃんの死――それは入江機関にとって、絶対に避けなければならない事態。

それが引き起こされるとなっては、二人も組織人としての顔を見せるしかなくなった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――魅音達の協力により推察できた、鷹野が造反する動機。

それを裏付けるような東京(とうきょう)の状況。もちろんここは、プラシルαの件も絡む。

富竹も、入江も、当然信じられない様子だった。その結果、もう取り繕う余裕もなくて。


「馬鹿な……我々の研究が、そんな……」

「やっぱり入江と富竹も知らなかったのですね。プラシルαの一件は……」

「えぇ! それに、竜宮さんが比較実験に使われた!? 富竹さん!」

「初耳だ。だが千葉氏のツテと権力なら……あぁ、あり得る。十分あり得る……!」


だけどその根が……その闇が動いていることは、どうしても否定できなくて。


「だが、鷹野さんの件は信じられない。言い訳に聞こえるかもしれないが、鷹野さんはそこまで短慮な人ではないんだ」

「それは、私も証言します。みなさんが梨花さんからお聞きの通り、雛見沢症候群研究に生涯を掛けている方です。
その熱意は関係者の誰よりも強い。だからそんな、自宅で爆弾を爆破させるような真似(まね)は!」

「……ボクも同じ意見でした。でもプラシルαの件も鑑みると……鷹野がその情熱を、プライドを酷(ひど)く傷つけられた可能性は」


もちろんそれを利用し、鷹野を煽(あお)った人間がいる可能性も……それについても、富竹は否定できない様子だった。

入江はまだいい。所長と言っても基本的には一研究者で、『東京(とうきょう)』の勢力図なんて興味のない人だから。

でも富竹が……入江機関の監査役でもある富竹二尉が、私達の話を否定できない。


現に今も『十分にあり得る』と思案し、呻(うな)り続けているんだから。


「……確かに小泉議員の死後、『東京(とうきょう)』の勢力図は大きく変わり始めている。
入江機関……アルファベットプロジェクトの再編も、それが影響しているんだ」

「なら富竹、あなたの目から見て、ボクに対する謀殺で得をするのは誰ですか。例の千葉でしょうか」

「いや、むしろ継続反対派だろう。千葉氏は継続は……小泉氏の意志を継ぐ形で動いていたんだ。
だから鷹野さんも東京(とうきょう)への陳情には、千葉氏の力も借りたし、快く協力したという。だが」

「その内情も今御説明した通りです。千葉とその眷属(けんぞく)達はローウェル社と通じ、プロジェクトの研究成果を高値で売り渡している。
雛見沢症候群という特殊な症例と、その研究・臨床データの蓄積中断は、彼にとっても面白くないことなんでしょう」

「その結果が比較実験。なんと破廉恥な……!」


富竹は同時に怒り心頭でもあった。プラシルαの件は、鷹野や入江達の情熱に唾を吐きかけるようなもの。

いいえ、アルファベットプロジェクトの理念そのものに……と言うべきか。

確かに形骸化している節はある。敗戦国の重役達が、過去の栄光を仰ぎ見て妄想を垂れる場だったのかもしれない。


でも……だとしても、国の一員として、その運営を預かる者として、千葉一派のやっていることは決して許されるものじゃない。

正真正銘の売国奴と履き捨てながら、富竹は怒りを飲み込むように深呼吸。


「えー、とにかく……監査役な富竹さんでも、梨花さんや蒼凪さん達の危惧と推察は否定できないんですね」

「だが鷹野さんだけならともかく、山狗までとは……いや、それも当然か。元々山狗は防諜部隊であり、入江機関関係者の動きを見張る”首輪の鈴”。
『東京(とうきょう)』関係者ならそれは知っているし、対策しないはずは……ないんだが」

≪その手段が分からないんですね。なぜ山狗達が頷(うなず)いたのかも≫

「あぁ……!」

「じゃあ富竹さん、僕から質問を。山狗の構成人員……特にHGSなどの異能力者は」

「……二十人ほどだが、いるよ」


その宣言にゾッとした。それなら本当に、圭一達だけに頼っての戦闘は……!


「女王感染者≪梨花ちゃん≫の護衛には、サイコキネシスなども持ってこいだったからね」

「咄嗟(とっさ)のときには念力でカバーと」

「もちろん違法なものじゃない。非正規部隊ではあるけど、きちんとした契約に基づいて雇い入れたものだ」

「その能力詳細も含めた人員データは」

「すぐに用意する。だが君は……あぁ、そうだった。霊障などにも関わったことのある≪異能力戦闘のエキスパート≫だったね」

「えぇ」

「これは任せるしかなさそうだぞ、梨花ちゃん」

「もう、振り回される覚悟は決まっているのですよ……」


というか、決めるしかなかった。さすがにサイコキネシスで一人ずつくびり殺されるとか、嫌すぎるもの。


「入江所長、それに富竹二尉も……ありがとうございます」


赤坂は二人に……協力姿勢を示してくれた二人に感謝し、静かに頭を下げる。


「おかげでこの一件が祟(たた)りでもなんでもない”事件”であり、私が持ってきた資料も手掛かりだと確信できました」

「資料? 赤坂警視、それは」

「やはり今回のことは権力闘争……ただし、その真実はより醜悪ですが」


赤坂が懐から取り出したのは書類の束。みんなを呼び寄せた上で、入江にその中身を見せる。

更に説明してくれるのは、そうなるだけの出来事。私では触れようもない、闇の中にある真実。


「入江機関のクライアントのアルファベット……これ、分かりますよね。
つい最近まで私の第七室は、巨額の裏金ルートとそれを牛耳る黒幕達を内偵していました」

「確かそれ、捜査中止が決定したっていう」

「そう……アルファベットプロジェクトは、その裏金ルートの一つだ。
……誤解のないように言っておくと私は、上司と相談の上で……飽くまでも休暇としてこの雛見沢(ひなみざわ)に来ています。
これは業務上知り得たことを、私の勝手でお話しているにすぎません」


プロジェクトに援助する形で、省庁の公金を特定の人物達へ流す実態が載っているらしい。

ただ私はタイムスリップ同然でついていけないけど、恭文と圭一の表情は見るからに険しくなっていった。


「しかし、こりゃまた凄(すご)い……圭一」

「あぁ。テレビで見たことのある名前が勢ぞろいじゃねぇか……!」

「それで問題なのは……」


赤坂は書類をめくって、別のページを指差す。


「これが入江機関名義の、裏金の流れ着き先です。探すのは結構骨が折れましたが……この名前に、見覚えはありませんか?」

「これは……富竹さん!」

「鷹野さんが接触した、プロジェクト継続派の幹部達じゃないか!」


入江と富竹が驚く中、私も背伸びして見せてもらう。……そこには件(くだん)の千葉大臣も名を連ねていた。


「なるほどね。アルファベットプロジェクトの再編は、不採算部門のリストラと方向性の見直しなんかじゃない」

「みぃ……恭文、どういうことなのですか」

「より効率良く裏金が流れるように、組織構造を弄(いじ)るんだよ。症候群の撲滅も、緊急マニュアル発動も全部はこのため」

「もちろんプラシルαの件もね。……そう、なんのことはない。継続派・反対派など関係なく、みんな発想は同じなんですよ。
より多く富を、力を――しつこいようですが、これを鷹野三四が知ったらどう思うか」


入江達は開いた口が塞がらない……いいえ、そんな表現では甘いほどの驚きと絶望に震えていた。

病気撲滅など最初から見ていなかった。日本(にほん)を変えるという志もなかった。

あったのは刹那的に欲を満たそうとする≪醜い老人達≫だけ。そして老人達の都合でこの村が滅ぶ。


もちろん村以外の人間も……両手を強く握り締め、私もその理不尽に恐怖していた。


「そして継続派を組織から排除し、自分達が後がまにつこうと考えている奴らが、彼女を焚(た)きつければどうなるか……。
それは御想像にお任せします。ただ、認めたくない現実から目を逸(そ)らし続けても、時間は確実に進んでいく」


そして、赤坂の言葉にも恐怖……ううん、こちらは楔(くさび)のように心へと突き刺さる。だってそれは、この世界にきてからの私そのものだったから。


「そのことだけは決して忘れないでください。それに……」


すると赤坂は、ボクの頭をポフポフと撫(な)で始めた。


「みぃ……?」

「私は梨花ちゃんを信頼して、彼女に手を貸そうと思った。ここにいる前原君もね。
……その梨花ちゃんと前原君が、あなた達を助けたいと思って必死になっている。
あなた達がそれを軽んじるような人でないことを……私は、ただそれを願っています」

「えぇ、それは……それだけはよく……!」


入江はやっとの思いで、それだけを口にしてうな垂れる。富竹は気丈に耐えるけど、それでも赤坂の言葉を、思いを全力で受け止めていた。


「それから大石さん」


一旦輪を解除し、赤坂が険しい表情で大石に向き直る。


「これからの話は警察の手に余ります。どうも、関わるヤマが大きすぎる」

「……赤坂さん、そりゃどういう意味ですか」

「大石さんは今年で定年じゃないですか」


大石は険しい表情で赤坂を睨(にら)みつける。でもそれは決して怒りや侮辱によるものではない。

大石は赤坂の真意を――罵倒も覚悟した上での、言葉の意味を見定めようとしていた。


「長かった危険なお仕事がようやく終わり、その労(ねぎら)いとして退職金が得られる直前にいる。
……お金は大事です。家のローン完済や老後の蓄え、そして第二の人生の支度金。私の勘から言って、このヤマは多分はなかったことにされる。つまり」

「全てを失う覚悟がなきゃ、今からでも遅くないから引き返せと」

「そうです。大石さんほどの方にこんなことを言うのは、若輩者の私に過ぎたことなのは分かっています。
ですが私は今日まで、一般警察とは次元の違うヤマに幾つも関わってきました。
だから……その経験の上で、大石さんに御忠告させていただいているんです。……それと蒼凪君」

「何ですか、まさか今更”雛見沢症候群に感染するかもしれない”とか言い出すんですか? それで雛見沢(ひなみざわ)から出ていけと」

「……やっぱり駄目かな」

「駄目ですね。僕が――僕達が、奴らのやっていることが気に食わない。だから全力でたたき潰すと決めた」


恭文は”馬鹿なことを”と一蹴し、私達を鼻で笑う。


「これはもうとっくに、僕とアルトの戦いだ」

≪私達はただ、ホシを上げたいだけなんですよ。それに……病気になっても治療してくれるでしょ? 入江先生が≫

「え……」

≪あれ、違うんですか? ならこのまま放置すると。沙都子さんのことも、他の村人達も≫

「そんなことだけは決してありません! 三か年計画通りに……いいえ、たとえそれ以上かかろうとも、雛見沢症候群は必ず撲滅します!」

≪だったら問題ありませんよね≫


それは未来の話。

この惨劇を、この運命を打破した先の話。

打破できるかどうかも分からない状況で、それを持ち出し大丈夫と笑う。


必ずそんな未来に繋(つな)げる。必ず……私だけじゃなくて、入江の希望も守る。

そう宣言しながらあの二人は、胸を張って笑う。


「まぁそういうわけで富竹さん、面倒な後始末はぜーんぶお任せしますので」

「ははははは……それは、大変そうだなぁ。いや、だが雛見沢症候群が撲滅できないのは、監査役としても困るかな」

「赤坂……」

「……彼を雇い入れた時点で、こうなることは覚悟しているべきだったか」


赤坂は自嘲しながらも、首を振って一つ訂正。


「いや、君達を……そう言うべきだったね。君達はそうして、これまでの戦いをくぐり抜けてきた」

≪「もちろん」≫

「じゃあ恭文、本当に……いいんだな。俺も梨花ちゃんと同じだ、無理は言えない。特にお前には、ハ王になるという使命がある」

「そんなオカルトあり得ません! ……というか何、圭一はビビってるの?」

「……んなわけねぇだろ! 俺達部活メンバーが組めば常勝無敗! 世界のてっぺんだって取れるに決まってるさ!」

「もちろん」


そう言いながら、二人は右手を振り上げたたき合う。その鋭い音で心が引き締まる思いだった。


あぁ、そうだ……。

言っても無駄だ。そんなのはきっと、最初から分かっていた。

それでも戦うととっくに覚悟を決めて、突き進んでいたんだ。


有限な時間を、無意味に使い潰さないために。

零(こぼ)れそうな何かを、その両手ですくい上げるために。

この村で掴(つか)んだ手を、全力で引き寄せるために。


それはきっと、”私”がいつの間にかなくしてしまっていたもので。


敵(かな)うはずがなかった。だってこの二人は最初から、戦って勝つことしか考えていない。

負けることを考えていない。戦わずに逃げることを考えていない。

どんな手を使ってでも、どんな相手だろうと、全力で食らいつき、必ず勝つ。


そんな……とんでもない、大馬鹿者だもの。


でもそれが私達の新しい仲間――私達の、新しい希望――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……なるほどねぇ」


彼の……彼らの正義は、大石さんにも伝わったらしい。だが大石さんは自嘲の笑みを浮かべていた。


「どうしてこんな年端もいかない少年が、日本(にほん)の危機を二度も救ったのか……本当の意味で納得しましたよ。赤坂さん、いい人選です」

「ありがとうございます」

「それに引き換え……私は情けないですねぇ」


そんなことはないと言おうとした。言い方は悪いが、彼が飛び込めるのは……馬鹿だからとしか言いようがない。

ただ私はそれを言えなかった。私のような若造が、大石さんの苦悩に一言申す。

それ自体が傲慢だと知っている。お世話になった方へ何もできないことが心苦しく、つい苦虫をかみ潰す。


「お小遣いを残したいばかりに、随分のんびりとしたローン返済をしちゃいましてねぇ。
もっと繰り上げ償還とかしてりゃあ、利子の分得をできただろうに。
博打(ばくち)やらお酒やら、そんなものに使うお金が残したくてねぇ。
もし私が、ツケを退職金に回すような人生を選ばず、もっともっと賢く生きていたなら」


右手で大石さんが取り出したのは警察バッジ。大石さんの経歴からすると真新しいものだ。

だがそこに込められた思いは変わらない。それは大石さんの表情が物語っている。


「ここで私はカッコよく、懲戒なんか怖くないって意気込むところなんでしょう。でもね、それでもね……! 私は刑事なんですよ!」


既に日は沈み、診療所は真っ暗。自然とライトが点灯する中、大石さんの慟哭(どうこく)が響く。大石さんは苦しげに呻(うめ)き、右手の力を強める。


「今の今まで、そして退職の瞬間までね! いや、そんなのはもうどうでもいいのかもしれない!
私は墓前で誓ったんですよ! おやっさんを殺した犯人を、必ず挙げてやるって!
それはつまり、おやっさんを殺した犯人を挙げるまで……私はいつまでも刑事でいるって誓いなんです! 私が警官かどうかってことじゃない!
私が仇(かたき)を取るその日まで、たとえ懲戒を食らったって刑事魂を忘れないっていうことなんです!  なのにどうして」


大石さんはバッジを……それが納められたパスケースを振り上げ、地面に叩(たた)きつけようとする。でもその手は震え、すぐに降ろされてしまう。


「……どうして私は、警察手帳を叩(たた)きつけられないんだ!
退職金なんて惜しくないって言えないんだ! 悪をくじく心はあるのに……ちくしょお」


その言葉で誰も、何も言えなくなった。


言えるわけがない、そもそも口を出せる人間が誰もいない。

お金は大事だ、金額の問題もあるがそれだけじゃない。

今回問題になっているのは退職金だ。再就職では解決しない、積み重ねのお金だ。


大石さんは何十年も現場で働いてきた。雨の日も、風の日も職務に励み、時に悩んだこともあるだろう。

上司にお小言を言われたこともあるだろう。悔しい思いをして、何もできず歯がみしたこともあるだろう。

そんな日を何十年も……何十年も繰り返し、そうして最後に『お疲れ様』と渡されるのが退職金だ。


それはただのお金じゃない。職務に対しての最終評価であり、務め上げたという証明でもある。

金額だって半端じゃない。老後の人生設計に役立てるわけだし、それがなくなって痛くないわけない。

引退後にやりたかったことも諦めなきゃいけなくなる。そのせいで路頭に迷う可能性もある。


大石さんにとって退職金は大人になって今までの区切り。同時にそこから始まる第二の人生を支える礎だ。

迷わないわけがない。そして迷うことを誰が責められる。私のこれから十年と、大石さんのこれから十年は違うんだぞ。

だから、何も言えない。大石さんの慟哭(どうこく)に何一つ、私は手を伸ばせない。


「大石」


だが梨花ちゃんは私から離れ、長い髪を揺らし、穏やかな表情で大石さんの前に立つ。


「オヤシロ様に代わって……ボクが大石を許すのです」


その言葉で大石さんの目が開かれる。それは当然だ、こんな年端もいかない少女が……許しを与えるなんて。

それも神に代わってだ。だが彼女の言葉には、不思議な説得力があった。


「あなたはこの中の誰よりも大人で、そして誰よりも冷静。あなたには迷う権利が、迷う理由がある。
その結果あなたが大人の選択をしようと、勇気ある決断をしようと、誰もあなたを責める権利はありません。
だから、ボクが許します。あなたが迷うことを――そうして選ぶことを」


場がしばし静寂に包まれる。大石さんは怒ることもなく、嘆くこともなく、静かに慟哭(どうこく)を飲み込んでいく。


「……梨花さん」

「はい」

「ありがとう」


その結果出たのは、彼女への静かなお礼だった。


「今、とても欲しかった言葉です。私に……考える時間をください。悪を討つ気持ちはあるんです。ただ」

「えぇ、あなたは迷っていい。今迷える自分を、そうして決断できる自分を、誇っていいんです」

「んっふっふ」


ようやく、いつも通りな大石さんの笑みが溢(あふ)れる。そこで張り詰めていた空気が緩んでいく。


「本当にオヤシロ様から言われてるみたいで、安心しちゃいますね。
迷うことが誇りだなんて、この年になるまで考えもしませんでしたよ」

「大石さん、私は今回の件がどう片付くにせよ、何らかの形で責任を問われることになるでしょう。
当然終身の秘匿義務も発生しますが……ですが、内密にする形であれば」

「おっと、そこまでです」


右手を掲げ、大石さんは入江先生の言葉を静かに止める。


「それはみなさんに協力する、大石蔵人に言ってあげてください。
退職金が惜しくて大人の選択をした大石蔵人には……もったいなさすぎる」

「……すみません」

「いやいや……そう言ってくれるだけで、本当に有り難いんです。
でもなんか私、気遣われまくりで年寄りみたいですねぇ。いや、年寄りですかー」


そう言ってまた笑いながら、静かに姿勢を正す。大石さんはそのまま富竹さんに、入江先生に向き直って、ある質問をぶつけた。


「……入江先生、富竹さん」

「はい」

「一つだけ確認させてください。私は園崎家が、連続怪死事件の黒幕だと思っていました。それは正解ですか」

「……ノーです。怪死事件の全ては、我々の側(がわ)から説明できることです」

「入江所長の仰(おっしゃ)る通りです。園崎家は『東京(とうきょう)』のことも、雛見沢症候群のことも……何一つ知りません」


つまり鷹野三四とやらが園崎の手先で、村の事情からという線はないのか。

つい自分の推理にはまっていたが、問題はそこではなかった。大石さんにとっては敗北宣言に等しい話だ。

結果大石さんは悔しげに頭をかきむしる。……蒼凪君を見ると、その通りと頷(うなず)きが返ってきた。


「ではボクからも一つ補足を」

「梨花さん、なんでしょう」

「以前お魎達から聞いたことです。……園崎家には頭首にだけ伝わる、ブラフの家訓のです」

「ブラフ……ブラフゥ!? ちょ、ちょっと待ってください! まさかあのばあさん達」

「どんな天変地異や事件も、自分が起こしているように振る舞う――そうして黒幕を装って、求心力を高めていたのです。
園崎家はみんなと同じで、実際は怪死事件に怯(おび)えているのです。……分譲地の売買や高速道路建設で、村を開いていきたいのに」

「祟(たた)りのせいでそれもできないと? じゃあ私が集めた資料とか、そういうの……ふふふふふ! はははははははははははは!」


とんでもない事実を突きつけられ、大石さんが笑う。ただしそれは悔しさの笑いではなく、どこか嬉(うれ)しそうな明るい笑いだった。


「あの婆(ばあ)さん達、紛らわしいことしてくれちゃって! 怯(おび)えてるならガタガタ震えてろっつーの!」

「……大石、嬉(うれ)しいのですか」

「嬉(うれ)しい? 梨花さん、それはまたなんでですか」

「園崎家が犯人じゃないと分かったとき、ボクはホッとしました。
どんな理由があれど、誰かを憎まなくて済むというのは……救いにも似ていると思います」

「いやいや、そんなことはありませんよ? 仮に連続怪死事件の犯人じゃないとしても、奴らは広域暴力団ですしねぇ。
興宮(おきのみや)署の警察官である以上、奴らとの敵対関係は変わりませんよ。奴らの組員に刺されたりもしましたし……まぁ」


大石さんは笑いを続けながら、愉快そうに腹を叩(たた)く。


「あのばあさん達も怯(おび)えていたと知って、私の留飲も少し下がりましたけどね。あはははははは!」

「お役に立てて何よりです」


――辺りがすっかり暗くなったところで、この密会も終わりを告げていく。


「僕はすぐに鷹野三四と山狗、及びその背後関係の内偵に入るよ。……正直、鷹野さんがこんなことをするとは信じたくない。
だが梨花ちゃんやみなさんの話には筋道が立っていたし、鷹野さんが利用されているのなら全力で止めなくてはいけない」


それは監査役としてではなく、彼の個人的感情が見受けられた。なるほど……あぁ、そういうことで。


「そうですね。惚(ほ)れた女性が悪い男に引っかかっているなら、助けたくなるのが人情ってもんですよ」

「え!? ちょ、蒼凪くん、それは」

≪その爪の垢(あか)、この人にも分けてあげてくださいよ。ヘタレですし≫

「やかましいわ!」

「………………梨花ちゃんー」

「ボクが何も言わなくても、今のだけで十分惚気(のろけ)なのですよ」


梨花ちゃんの言葉に苦笑しながら全員で頷(うなず)くと、富竹さんは『参ったなぁ……』と頬をかき始める。


「ですが富竹さん、気をつけてください。もちろんプロのあなたには釈迦(しゃか)に説法でしょうが」

「それは重々に承知しています。宿泊先も内密に変更しますので……では、梨花ちゃんのことをよろしくお願いします」

「お任せください。ただ一つ確認を。あなたが呼べるという番犬部隊ですが、我々がSOSを送ることは」

「……かなり難しいと思います。症候群研究の機密保護も絡み、役職に絡んだ認証コードも必要ですので」


本人でなければ、か。まぁだからこそ……彼らは富竹さんも狙うんだろうけど。


「ならあと注意するべきは、梨花ちゃんの予言にあったという……あなたの死に様。喉をかきむしったということは」

「入江先生、梨花ちゃんから聞きましたけど……症候群の末期症状を引き起こす薬品、あるんですよね。臨床実験のために用意したものが」

「H173ですね。本来はモルモットなどに投与して、生体反応を見る実験薬です」

「ちょっとすみませんね。私は専門外でアレなんですけど……それは、人体に投与するわけではなくて」

「とんでもない! 末期患者の危険性はみなさんに御説明した通りですし、決して許される行為ではありません!」

「まぁ、そうですよねぇ。しかしモルモットなどの臨床実験……あぁ、そっかそっか。プラシルα絡みの資料にもありましたねぇ」


大石さんが言っているのは、新薬の販売許可を取り付ける上でのゴタゴタ。

医師による実験と保証があれば、申請も通りやすいって言ったしね。その辺りのことを思い出しているんだろう。


「ならそのお薬……H173は」

「全て破棄されています。沙都子ちゃんの臨床経緯から治療薬≪C120≫が確立されてからは、不要となったので……そのときには私も立ち会っていたのですが」

「鷹野一派はそんな危ない薬を使い……あぁ、なるほどねぇ。
監査役である富竹さんが末期症状を発揮して死亡すれば、それだけで『東京(とうきょう)内部』もごたつきますよ」


そこに鷹野三四や入江所長の身辺で何かが起きて、更に梨花ちゃんが死ねば……大まかな流れは理解できたので、大石さんも納得した様子で何度も頷(うなず)く。


「富竹さん、あなた……本当に一人で大丈夫ですか?」

「えぇ。最悪の場合、雛見沢(ひなみざわ)から離れることも考えますので。……その場合はやはり、みなさんに任せることとなりますが」

「そっちは問題ありませんよ。さてアルト、ドンパチだよドンパチ」

≪奴らに教えてあげましょうか。今この村には私達がいると≫

「海鳴(うみなり)生まれのワイアット・ホープと呼ばれた僕の実力、ついに発揮するときがきたか……」

≪あなた、東京(とうきょう)生まれですよね?≫

「これは頼もしいね。蒼凪くん、それとアルトアイゼン……だったね。本当はもっとゆっくり話せたらよかったんだけど」


富竹氏は二人に興味が……って、当然か。前歴が前歴だし、当然マークもしていた。

だから興味深げに……そして、同時に強い意志を託すような鋭い視線で、笑う二人を見やる。


「TOKYO WAR……そして核爆破未遂事件で戦い抜いた君達の手腕、見せてもらうよ」

「それはもう。絶対に目が離せないと思いますよ?」

≪ここからは私達のショータイム。その高そうなカメラでのベストショットを期待していますから≫

「はははは、了解。……では」


富竹氏は人の気配に気をつけ、静かに退室。……ここからは連絡を取り合うのも難しいだろう。

無事を祈りつつ、我々にできる戦いをやっていくしかない。


「では、私は……」

「鷹野一派と一番距離が近くなるのはあなたです。向こうに気取られないよう、いつも通りに……まぁ、それが一番難しいんですが」

「分かりました」

「私は一旦東京(とうきょう)へ戻り、『東京(とうきょう)』の内情調査に努めます。蒼凪君、現場のことは全て君に一任する。好きなように暴れてくれ」

「了解です。……っと、そうだ。入江先生に二つほど確認を」


そこで蒼凪君が右手を挙げ、さっとタブレットを取り出す。


「入江先生は所長……つまり、入江機関のサーバーやセキュリティへのアクセス権限も最高ランク、ですよね」

「えぇ」

「ならそれ、ちょっと貸してください。向こうの動きが掴(つか)めるようにハッキングしますから」

「ハッキング、ですか! ですがそれは」

「大丈夫……電子戦は得意なんですよ」


入江先生は戸惑った様子だが、それも確認済みなので『任せて』と頷(うなず)きを返した。


「彼は電子戦では≪魔導師≫級の能力を発揮するそうです。核爆破未遂事件でも、犯人一味のサーバーを掌握したのは彼ですから」

「その若さで……いえ、分かりました。ただ鷹野さん達にはバレないように注意だけは」

「もちろんです。ただ……見てるだけですから」

「一番タチの悪いやり方だけどねぇ、それ」


とにかく戦闘などにおいて、情報戦を制することができればかなり大きなアドだ。

相手の動きが丸わかりになるしね。ただ向こうの通信網を覗(のぞ)けるだけでも変わってくる。

ここで入江先生達を取り込めたのは、本当に大きいんだよ。合法的にシステムへ入る糸口にもなるんだから。


となると、残る二つ目も相当に重大と見ていいね。


「じゃあ蒼凪君、二つ目は」

「これは梨花ちゃんにもなんだけど――入江機関地下にいる”入院患者”、一体どちら様?」


入院患者? まさか症候群の治療に……慌てて入江先生達を見ると、困り気味に顔を見合わせた。


「梨花さん、彼は……」

「みぃ……アルトアイゼンにはレーダーがついていて、それで察知したそうなのですよ。忍者の相棒に隠し事は通じないのです」

≪えぇ。私、最高ですから。……梨花さんからは末期の症候群患者で、あなたの力添えなしでは動かせない。
見るもの全てを敵対者と錯覚し、そのせいでスタッフが大けがをしたと聞いています≫

「えぇ……その通りです」

≪ですがこのまま奴らと戦闘に入れば、その……圭一さんと同い年くらいの人は、確実に巻き込みます≫

「だから梨花ちゃんにも聞いたんですけど、入江先生にお話してからと言われて……教えてください。一体誰なんですか」


単純な興味本位ではない。鷹野一派達も当然その所在を知っているし、下手をすれば人質として利用されかない。

それを阻止するためだというのは、先生にもきちんと伝わった。だから……重い口調で。


「北条……悟史君です」


その名を出した。私と大石さん、前原君は、大きく息を飲む。

ただ蒼凪君とアルトアイゼンは予測していたようで、『やっぱりか……』と言わんばかりに吐息を漏らす。


「な……! 北条、悟史ぃ!? 沙都子さんの兄が……彼が、この診療所にいたと言うんですか!」

「……はい。彼はアルトアイゼンが言った通り、重度の末期患者……同時に雛見沢症候群の臨床実験体です」

「なんてこった……!」


大石さんの嘆きは、容疑者候補をみすみす見逃していたから……ではない。

彼がそれほどの状態なら、四年目の事件についても推察がつくからだ。

その痛みを想像し、その苦しみを思い、その運命をひたすらに嘆く。


――彼は症候群を悪化させた末に、叔母を殺した。その結果入江診療所にて保護されたんだ。


(第15話へ続く)







あとがき

フェイト「というわけで、いよいよ入江機関に切り込んだ第十四話。四年目の祟(たた)りで行方不明となっていた悟史君もその詳細が判明。
でも……今回は相手が強大なため、まずはどうしたものか。……そんなわけでお相手はフェイト・T・蒼凪と」

響(アイマス)「我那覇響だぞー! というわけで、神戸での泊まり込み響チャレンジから帰ってきたぞー!」

ハム蔵「ぢゅ!」


(大量だったそうです)


響(アイマス)「かなりデカいタチウオも釣れたしなー。自分は満足さー」

フェイト「それに釣ったお魚も料理しまくりで……美味(おい)しかったなぁ」

フィアッセ「というか、美味(おい)しいよねー」

カルノリュータス「カルカルー!」

カスモシールドン≪カルカスー!≫

響(アイマス)「なお帰ってくる直前に釣ったものはきちんと鮮度維持して、みんなへのお土産として……だから今日はタチウオパーティだぞ!」


(お刺身……しゃぶしゃぶ、美味(おい)しいねー)


フェイト「で……今日(2017/09/14)のトップページを見てもらった方は、うすうす察していると思うんですけど……ヤスフミが、いません」

響(アイマス)「……うちに所属している≪最上静香≫の誕生日記念ということで、讃岐(さぬき)うどん食べ歩きに引っ張られてるんだぞぉ」

フェイト「ネロ祭、途中から参加するつもり満々だったんだけど……うん」


(蒼い古き鉄は現在、うどんアイドルと一緒にズルズル……ズルズル……)


あむ「というかさ、アイツが言う『最強の釜揚げうどん』って何なの?」

響(アイマス)「以前旅先で『加ト吉』で働く人と知り合ったらしいんだよ。そのとき工場で作られた、冷凍直前のうどんを食べさせてもらったらしくて」

あむ「冷凍うどんなの!? 手打ちの名店とかじゃなくて!」

フェイト「それがね……ヤスフミ曰(いわ)く、うどんについては手打ち・機械は関係ないらしいの。
丹念に生地をこねて、しっかり鍛えられるなら。……それに冷凍うどんも、茹(ゆ)でてのびるのも計算に入れて生地を配合・調整するんだって。
釜揚げうどんと同じ『水で締める前の状態』でも、歯ごたえが段違いらしいの」

あむ「それで最強の釜揚げうどん?」

響(アイマス)「だぞー。冷凍で戻すマイナス分も加味した歯ごたえだって……だから静香も食べたがっていたわけで」

あむ「それをこの機会に叶(かな)えようと……! でも静香さんって」

響(アイマス)「……うどんが絡むと、別人のようにぶっ飛ぶぞ」


(うどんの声が聞こえるそうです)


あむ「何それぇ! オカルトじゃん!」

ラン「まぁまぁあむちゃんー。それよりタチウオだよ、タチウオ!」

スゥ「しゃぶしゃぶの追加、でき上がりましたよぉ」


(こうして秋の味覚を楽しむ一同でした。
本日のED:岸田教団&THE明星ロケッツ『GATE〜それは暁のように〜』)


恭文「……ネロ祭、暴れたかったのに」

静香「いいじゃないですか。こんなに素敵なアイドルと一緒にうどん旅行ですよ? むしろもっと喜ぶべきです」

恭文「そういうのはプライベートで言うことじゃないかなぁ!」

シオン「でもうどんは美味(おい)しいですよ、お兄様」(ずるずる)

ヒカリ(しゅごキャラ)「んぐんぐ……やっぱり本場はいいなぁ!」

ショウタロス「いや……お前ら、その前に状況を突っ込めよ! ここ、民家の中だぞ!? なんで縁側でうどんを食ってんだぁ!」

静香「香川(かがわ)の製麺所系ではよくあるパターンよ。……元々は卸専門だったけど、敷地の一角で食べられるようにしたら大評判になった。
それゆえにイートインを基本とした一般店舗とは違い、地理や立地関係では特殊な店が多いの」

ショウタロス「まだ他にもあるってのか……!」

ヒカリ(しゅごキャラ)「楽しみだなぁ! 香川(かがわ)最高ー!」


(おしまい)








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