[携帯モード] [URL送信]

小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第13話 『愚か者の末路』


――いつの頃からこうなったのかは忘れた。

いや、思い出すのも煩わしい。何がキッカケかなんて、思いつくだけで十指に余る。

どこから落ち目を見いだしたかなんて、考えたくもなかった。


揃(そろ)いも揃(そろ)って、今までろくな奴がいなかった。家族の顔なんざ思い出すだけでも憎たらしく、どうしているかも興味がない。

性別:女は全て敵で、いつも食うか食われるか。寄ってくる男はつまらなさ全開で、横に侍(はべ)らせてみても退屈以前に不愉快。

腹が立つ……どうして周りの人間はこんなにも役立たずで、馬鹿な奴らばかりなのか。


口を開けば自分のことしか話題になく、欲望ばかりをぶつけてきやがる。

ちやほやと歯の浮くような言葉をぞろっと並べ立てても、そんなものは下心という……臭くて汚いどぶへと放り投げているようなもの。

だから幾らキラキラしていても、すぐに沈んでしまう。……そんなことを考えながら、道ばたに唾を吐き捨てる。


口の中がどうにも臭いので水でもと辺りを見渡しても、こんな田舎道に自動販売機なんてあるわけもない。


「アタシは……悪く、ない……!」


悪いのは全部、アタシ以外の全部。本当だったら今ごろは……殻倉の高級マンションに住み処を移し、真新しいソファーに腰掛け、酒を飲んでいるはずだった。

あるいは国際便のファーストクラスに乗り込んで、札束を数えていたはずだった。


「全部、アイツらが……!」


いずれにしても、確実だと思っていた幸せを壊された。根こそぎ、完膚なきまでに……! 腸が煮えくり返る思いだった。


「け……なぁにが、家族だぁ!? ナマ言ってんじゃねぇよ、ドアホがぁ!」


竜宮家……あの男に取り入って、全て上手(うま)くいっていたはずだった。あともう少しだった。

なのに突然連絡が取れなくなり、かと思ったら代理人と名乗る弁護士が接触してきた。それも、園崎お抱えの弁護士だ。

一方的な婚約破棄の申し立て……さすがにあり得なくて怒鳴り散らして、慰謝料を請求した。


そうしたらどこから嗅ぎつけたのか、テツの話を持ちだして『穏便に……』なんて凄(すご)みやがって!


「結婚詐欺ぃ? 民事なら敗訴確定……!? ざけんじゃないよぉ! 男と女のことに、法律が入ってくんじゃねぇ!」


大体テツなんて好きでもなんでもなかった。

頭は悪いし、ぎゃあぎゃあ五月蠅(うるさ)いくせに気は小さく、しかも働かずにごろごろしているろくでなし。

今回の取り分だって、大した動きもしていないのに山分けだとか、抜かしてさぁ! だから竜宮の親父からふんだくったら、手を切ろうと考えていた。


なのに……そのためのマンション資金をパーにしやがって!


「あのヘタレやろうがぁ!」


そこで勢い余って、持っていたウイスキーの瓶を地面に投げつける。

……派手な音を立てて瓶が粉々に砕け、かぐわしい香りと液体が零(こぼ)れてから……ヒドく後悔する。


「あ……ぁあ……あ」


腹立たしかった。

かなり残っていたのにと、捨てたことを後悔するみみっちぃ自分が。

そしてこれが、退職金代わりという現状が。


――突然の異勤宣告だった。

園崎の上納金を狙った強盗……成功するはずだったそれは、見事に失敗した。

せめて奴らには、アタシを罵倒した報いを受けさせてやろう……そう思い、総支配人である葛西に泣きついた。

脅されただけだ。暴力を振るわれ、仕方なく……必死に謝り通したさ。


そうしたら葛西は薄く笑った後。


――猿芝居もいい加減にしておくんだな――


さっと取り出した拳銃を……アタシに向けてきた。


――何も知らないとでも本気で思っているのか――

――な……!――

――せめてもの温情で職だけは持たせてやる。とっとと消え失(う)せろ――


そう言い放った上で拳銃を真上に向け、トリガーを放つ。……そこから小さく、ライターの火が出たことで確信した。

全部、バレてた。バレた上で……鍵も最初から、偽者だったんだと……!

その結果、今までの店より格下な二流店に異動……今までよりも安く、地味で、しみったれた客しかいない場末。


それがアタシの行き着く先。アタシのお似合いな場所……!


「あああああ! 畜生畜生畜生! こんちくしょう!」


思い出すだけで腹が立つ……拳銃はライターだったが、葛西の眼光は本気だった。

結局何も言い返せず、恐怖に怯(おび)えてカッコ悪く逃げ出して……それが悔しくて、情けなくて仕方ない。

一国一城の大金持ちは目の前だった。なのに……猛烈な吐き気がこみ上げ、道路脇に全てぶちまける。


すっぱい胃液の匂いに顔をしかめながらも、地面でたゆたう汚物を見て……ふいにおかしさがこみ上げてきた。


「なんてザマだい……」


ただれた生活から抜け出そうとした。幸せになろうとした。ただそれだけを願った。

なのに……アタシが悪いのかい? そんなものは無謀で無意味だと、だから神様が仕置きをしたのかい?


「いいや……悪くないよ。アタシは! これっぽっちも! 一かけらだって悪くないんだぁ!」


何でもやってきたよ。女だてらに世知辛い世の中を渡り歩くため、身を切り売りするような思いを何度もしてきた。


「だからこうなったのはアタシのせいじゃない。アタシをここまで追い込んだ、アタシ以外の全てさ……!」


家族、友人、知人……その他とにかく、いろんな奴ら全てが悪い!


「あぁ、なんでアタシは人に恵まれなかったんだろう! そんな最低限の運が備わっていれば……いいや、それすらアイツらに奪われた!
じゃなかったら、こんなに不幸なわけがない! そうだろう……そうだろう! なぁ……こんちくしょうがぁ!」


そうして叫びながら歩いていると……どうやら、興宮(おきのみや)から相当離れてしまったらしい。

目に付いたのは入江診療所。村の中にあるしみったれたお医者さんだよ。

当然だけど営業時間外ということでひっそりとしていて、どうにも薄気味悪い。


でも……同時に思った。これはチャンスじゃないのさ。

医者ってのは二束三文の薬を高値で売りつけて、多額の医療保険をもらっているごうつくばり。

田舎の診療所勤めと言えど、相当な高額取りのはず。というかさぁ、あの入江とか言う青びょうたん? アイツは金を持っている。


高そうなスポーツカーを乗り回しているんだよ。興宮(おきのみや)で見かけたことがある。それに来ている服もさり気なくブランド品だった。

……だったらここにも結構な蓄財が……ふふふ。


「こうなったら、破れかぶれだよ……!」


田舎の診療所だ。警備なんてザルだろうし、捕まって逮捕されたとしても……刑務所で大人しくしていれば数年で出てこられる。

後のことは出てから考えるとしても、興宮(おきのみや)でのほとぼりも冷めている頃さ。何より上手(うま)くいけば……上納金ほどではないにせよ、相当額の金が手に入る!


「きゃあははあはははー。ナイスアイディア〜」


しかもこっちには命のリスクそのものがない。公算が高いのは……ほんと馬鹿な奴らだねー。あれだけがん首を揃(そろ)えて、なーんで気づかなかったのか。


「さて……と」


――診療所の周囲をぐるり。道具などがない時点で、玄関などはパス。

となれば、外周の壁沿いに設置されている小窓。実はこれ、盲点なんだよねぇ。

前に看護師の客から聞いたことがあるんだよ。エアコンが苦手な患者のために、定期的に開閉するって。


その結果開けっ放しになっていることがある。その客の場合、窓から入ってきた野良猫の処置で大変だったって……まぁそんな苦労話さ。

一つ、二つと窓が開かないかとチェックする。この辺りには民家もないし、いっそ割っても……と思ったところで、手にかけていた窓が抵抗もなく開いた。


「くくくく、ついているねー」


こみ上げてくる声を忍ばせ、窓枠のレールに両手で取りつき……懸垂の要領で身体を引き上げ、一気に忍び込む。

でも酔いのせいで室内に倒れ込み、身体のあっちこっちが痛む。だけど声は出ない……痛みより喜びの方が大きい。

どこかしらすりむいたようだけど、そんなのは気にならない。


「さて、お宝はどこ……か……?」


――そう言って探すものの、さすがに……診察室に大金がポンと置いているわけもなく。

しみったれていると思いながら、改めて周囲を捜索する。でも運は、ここでもアタシを見放してくれるらしい。

数時間かけて見つかったのは、小銭入れ一つ。なお金はあったよ? 全部小銭だけどね……!


当然満足できない。二日程度の飲食で消えるような……こんなはした金じゃあねぇ!

診察室のドアを開け、廊下に出る。薄暗い保安塔だけが辺りを照らす中、他の部屋に入るドアが幾つか見えた。

その中に……廊下の突き当たりにあるドアに、直感的に金の気配を感じた。


それを信じて、ドアノブに手をかけて……そろりと回して、引く。……あっさりとドアが開く。

そこから先は二回に続く階段と、脇に置かれた荷物の山。積まれた箱の中身を確認しようとして、その奥に……影となった部分に、地下へと続く階段を発見。

こっちだ。こっちには凄(すご)いもんが隠されている。舞い上がりながら、その階段を下りて地下に進む。


……だが。


「なんだい、こりゃあ……」


あっ気に取られてしまう。地下は一階と同じくらいのスペースと間取りで、幾つもの部屋がしつらえてあった。

そもそも入江診療所は二階建てで、部屋も多い。周辺の土地だって手続きさえ踏めば使いたい放題だ。……ないんだよ。

そもそもじいさまばあさま達の寄り合い所になっている診療所に、地下の部屋を作る意味なんて。


そもそもアタシも地下室があるなんて聞いたことは……そうだ、聞いたことはない。

それならなんだって、あんなふうに……隠すように荷物を置いていたんだい。


「くっくく……!」


わざわざ普通に増築するよりも、手間がかかる地下室。それを隠していたってことは……金だ。

ここにはやっぱり金がある。それを隠すための場所なんだよ、ここはさぁ!

わくわくしながら、まずは手前の部屋……ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開く。


するとむせかえるような薬品の匂いが、鼻をツンと突く。慣れない感じに顔をしかめながらも、部屋の中に置かれたものをチェック。


「な……こ……!」


それは、ガラス管に入れられた標本棚……それもおびただしい数だった。

人間どころかカバだって入れそうな巨大な水槽。

それを監視しているのか、様子をデータに記録しているのか、複雑な機械がたくさん。定期的に電子音を立て続け、稼働中なのが分かる。


それでよく見ると水槽には、円柱が幾つも立てられていた。その中に何が入っているのかとのぞき込んで……。


「ひっ」


息を飲んでしまった。

それは人間の脳……そして、脊髄……!?


「ま、まさか本物……?」


そんなわけがない。そんなわけが……そう思いたかった。だが同時に直感していた。

ここは雛見沢(ひなみざわ)。連続怪死事件なんて起こる物騒な場所。

そんな場所にある診療所が、普通の場所だと……誰が言い切れる?


――アタシはとんでもない場所にきたと、酔いがさぁっと覚めていく中で確信する。

金の匂いは強くなっている。こんな場所で、こんなもんを弄(いじ)くってるんだ。そりゃあ金くらいはある。

でもそれ以上に濃密な、死の匂いが迫っているのを感じた。いいや、ずっと迫っていたのだろう。


アタシが金の匂いだけに目が眩(くら)んでいたから。これは、もしかしたら園崎以上……!


「ッ……!」


血がシャーベットみたいに凍り付く感覚に襲われながら、一歩後ずさる……逃げよう。ここにいちゃいけない。

そのとき、机の側(そば)で何かを引っかけ、落としてしまう。鈍い音が響いて、足下に見えるそれを見た瞬間……がく然と目を開く。


それは――暴力団が使うのとは違う。

もちろん葛西が出したライターとも違う。


明らかに軍用と分かる、ごつい拳銃だった……!




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第13話 『愚か者の末路』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――日付変更線を超えての話し合い。そんな中で出たのは、赤坂さんが雛見沢(ひなみざわ)を訪れた本当の理由。

そして蒼凪さんがなぜ選ばれたのか。まさか予言とか……オカルトは専門外なんですが。


「一応予言に限らなければ、殺された時点で時間が巻き戻ってループとか……いろいろありますけど、それはどうでもいいです」

「「「「いいのか……」」」」

「大事なのは……梨花ちゃんにとって予言が、リアリティがあって余りあるレベルっことです。
そのせいで完全に怯(おび)えて、トラブルが起きても腰から引けて他人任せ。結果的に状況を傍観することしかできない」


恐らく蒼凪さんの知識量なら、いろいろ解説はできるんだろう。だがそれは我々では触れられない領域だ。

だからこそ古手さんの心情説明に留(とど)めてくれたのは、とても有り難く感じる。それは協力するのであれば、一番に鑑みるべきものなのだから。


「しかも自分が殺される関係だけを見ているわけじゃない」

「どういうことでしょう」

「例えば赤坂さんです」

「大石さんにはお話しましたが、妻は五年前……出産のために入院中でした。ですが事件解決直後、病院の屋上付近で事故がありまして。
……妻は毎日屋上へ行っていたんです。私が梨花ちゃんの忠告を受け、気をつけるようにと言ったのでやめたそうですが」

≪事故が起きたの、奥様が毎日上がっていた階段なんですよね≫

「……あぁ」

「つまり、あれか。梨花嬢は大体でもお前の奥さんが危ないと知って……それで」


頷(うなず)く赤坂さんを見て、改めて納得した。赤坂さんも古手さんに助けられたから、彼女の予言を信じていると。

まぁこの場合、恩返しの意味もあるのだろうが。自分では根拠が持てないので、蒼凪さんにお願いしたのも理解した。


「更に言えば園崎の上納金絡み。あれのゴタゴタも」

「まさか、予言してたんですか!」

「あり得たIFの可能性ですけどね。……間宮リナがあのまま上納金を奪って、園崎組に消されたとする。
すると間宮リナのヒモだった北条鉄平はどうするか。梨花ちゃんが見た予言はこうです。
北条鉄平は雛見沢(ひなみざわ)へ戻り、北条夫妻の遺産や家目当てに沙都子を連れ戻す。そうしてひどい虐待に走る。更に」

「まだ何か」

「友人の誰かが沙都子を助けるため、北条鉄平殺害を企てる……そうも言ってたんです」

「そんな馬鹿な……とは言えませんねぇ」


北条鉄平が村を出たのも、叔母が殺されたことが原因らしい。こういう仕事をしていると、それとなく耳に入るものだ。

ようは自分が綿流しの被害に遭ったらと、恐怖して出ていった。

……その北条叔父叔母が振るっていた暴力関係は、悲しいかなこちらではどうしようもできない。


本人達の証言もなければ、目撃情報もない。あったとしても雛見沢(ひなみざわ)では封殺されるだろう。

北条家は雛見沢(ひなみざわ)では敵同然。五年も経(た)つのにそれを引きずって、見て見ぬ振りがされる。

というかされていたせいで……ほんと、ここに関しては警察の力不足と言っていい。


当然子ども達はそんな現状に不満を持つだろう。だがあの村の連中、団結力だけはあるからなぁ。

子どもの言葉じゃあ園崎お魎も動かないだろうし、業を煮やして……という形なら十分あり得る。


「あとは竜宮レナです」

「あぁ、間宮リナに騙(だま)されとった家の子じゃの」

「レナは間宮リナの美人局(つつもたせ)に気づき、間宮リナを殺害。北条鉄平も同罪として殺す。そんな夢も見たようです」

「……大石」

「竜宮さんなら、やりかねないかもしれません。……あ、一応断っておきますと、彼女の前歴とは関係なしです。
ほんわかとした可愛(かわい)らしい印象だが、本質はとても冷静でリアリスト……更に一度敵を定めると、烈火の如(ごと)く戦いにいく」

「えぇ」


私は年を取っているから気づきましたよ。彼は頭の回転も速い。それでキャラを作ってるんですよ。

そして……家族を大切に思っている。それはお父さんとの様子から分かるんですよ。だから、ねぇ。

そんな彼女が、父親が騙(だま)されていたことを知ったらと思うと……そこで改めて納得した。


なぜ蒼凪さんが最初、間宮リナは利用されているだけかもと言ったのか。あの時点で予言のことは知っていた。

だからそれを覆すために、自分が悪者に……だとしたら無茶(むちゃ)すぎる。下手をすれば自分が彼女に恨まれていたのに。


……そこでつい首を振る。


正直オカルトは専門外なのに、普通に信じようとしている。これは警察官としてどうなのか。

だが改めて考えると、そういう惨劇フラグって言うんですか? それが立っている村なんだなと気づく。

古手さん自身、それを強く感じていたらどうだろう。その場合『予言』をただの夢や妄想で片付けるのは無理だ。


「ですが……なるほど。蒼凪さんの総評はそういう点からなんですね」

「しかも自分でできる限り、予言を変えようと頑張った……みたいです。御両親にも相談したけど無駄だった」


それはしょうがないだろう。そのときだと彼女はまだ七歳やそこら。

そんな子の言うことを、どれだけの人間が真に受けて行動するだろうか。

しかもそれが予言なんて、彼女にしか分からないものなら……私には無理だ。


悪い夢を見たのではと言って、安心させるようフォローすることしかできない。きっと御両親もそうだったろう。

……予言の真偽は分からないが、それならば余計に何とかしたいと感じ始めていた。

彼女はこの五年間、さっき言ったようにずっと怯(おび)え、苦しんでいたのだから。


赤坂さんも同じものを感じたからこそ、こうして来てくれたのだろう。


「梨花嬢の苦しみは察して余りあるが、信じ難(がた)い話じゃのう。赤坂、梨花嬢は殺されると言ったんだったな。それは誰にじゃ」

「そこまでは……蒼凪君」

「ばっちり聞いていますよ。というか、口を割らせました」

「……何をしたの、君は。というか、怯(おび)えているって言ったばかりなのに」

≪「鳥肉扱いしただけですけど……何か問題が?」≫

「大ありだと思うなぁ、それ!」


チキンってことですか! また大胆だなぁ! そして反省も後悔もなしってのは、逆に潔いですよ!


「大石さん、南井巴さんは御存じですよね。竜宮レナの件で調査を依頼した」

「えぇ……あ、それについては申し訳ありませんでした。竜宮さんにも不快な思いをさせてしまって」

「そこはレナも納得していますから。……一年目の事件で殺された現場監督さんのこと、巴さんから聞いたんです」

「そうでしたか……」


そこも巴ちゃんがフォローしてくれたのか。今度、美味(おい)しいご飯のおかずを目一杯送らなくては。また財布が空になるかなー。


「大まかに状況を説明します。現在南井さんが取りかかっている事件に、梨花ちゃんを殺そうとする奴らが絡んでいます」

「……なんですって」


――それで私達も、改めて知ることになる。


彼らに火を付けたものが、一体何か。巴ちゃんが、私達が一体何に関わっているのか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そこで蒼凪さんが取り出したのは、その依頼も絡んだ調査報告書。じいさま達の分まで作ってきて……有り難いことで。

恐らくは今の我々に話せる≪ギリギリの範囲≫だ。説明しすぎると巴ちゃん達の邪魔にもなりますしね。


「マジかい……これが事実とするなら、とんでもないことじゃ!」

「……じいさん、この……”人を暴走させる薬”ってのは本当に」

「あり得るぞい! ここにも書いとるじゃろ! 脳内物質の分泌により、感情や理性がひっちゃかめっちゃかになるのは!」

「そりゃあまぁ、えぇ……!」


私の固い頭でも分かる、エグーい実例がずらずらと並んでいますからねー!

しかもね、単純な病気だけじゃないんですよ! 寄生虫に脳内分泌物を操作されて、行動がおかしくなる例もあるそうで!

まぁこっちはカマキリやらカブトムシの話……だと思ったら、人間でも実例があるとか! それも猫の寄生虫!


資料を作ってくれた蒼凪さんには悪いけど、オカルトの方がマシだったかもしれない!

変に現実味があるせいで、衝撃があるんですよ! 世の中って不思議なことがたくさんだなぁ!


「それで坊主、この……ローウェル社に横流しされたデータじゃが、元となっているものが雛見沢(ひなみざわ)近辺なのは」

「間違いありません。入江診療所――正式名称入江機関での研究・開発によって作られたものです。
雛見沢(ひなみざわ)には存在するんですよ。”こういう状態”になる病気が。だから治療薬を作っている」

「でもそのデータが流され、似たような症状を引き起こす悪魔の薬になったわけですか。
しかしそんな病気があったら、とっくに大騒ぎになってそうなんですけどねぇ」

「それも隠匿されていた……それなら、余計に納得できるっすよ! 警察関係者すら騙(だま)せるような奴らが、背後にいるんっすから!」


でも、なるほどねぇ。巴ちゃん……垣内(かきうち)署の南井警部と関わったのは、こういう理由からなんですね。

それで竜宮さんも、この薬害事件で被害を受けた一人。……だったら余計に悪いことをしちゃったなぁ。

彼女自身ではどうしようもなかった話なのに、疑いを向けるなんて。予定をつけて、また謝らなくては。


「さてアルト、こっちもそろそろエンジン全開でいかないとね」

≪えぇ。穀倉の大学病院……麻取が強制捜査をかけましたからね≫

「あぁ、テレビでやっていたやつっすね。……え、ちょっと待ってください。そこで麻取ということは」

「あれ、千葉一派による膿(うみ)出しですよ。南井さん達が動く前に、先手を取りに来た……予測通りに」

「つまり、対策はしているんですね」

「南井さんも承知済みです。……相当に悔しがっていましたけど」


でしょうねぇ。PSAが幾ら実力派揃(ぞろ)いと言っても、基本は民間組織ですから。それに好き勝手された挙げ句、後れを取ったなんて。

単純にプライドやら、組織のメンツという問題じゃない。これだけの巨悪に対し、自分達が……警察が効果的な動きをできなかったこと。

それはね、我々にとっては絶望ですよ。TOKYO WARの特車二課みたいには無理でも、せめてって……私もその繰り返しです。


しかし蒼凪さんとアルトアイゼンさん、やる気満々だなぁ。彼らも止まるつもりがないのだろう。


「あと……赤坂さん、大石さん達も、尾崎渚の件については」

「そうだ、そこも確認したかった。竜宮さんは知らないんだね」

「……はい。巴さんも伏せています」

「では我々もそれに倣います。そこはご安心を」

「ありがとうございます」


竜宮さんは奴らに、二人も友人を殺されているんだから。


なんだ……若いながらに立派な刑事≪デカ≫じゃないですか。いや、忍者ですけどね? でもちゃんと刑事魂も持っている。

非道な悪を許さず、全力で追いかけ仕留める。だから今、彼らの心は熱く燃えていた。

きっと尾崎渚さん達の仇(かたき)も討ちたいんですよ。巴ちゃんともお互い持ちつ持たれつですから。


あちらの動き次第で、こちらが楽になるのと同じように……こちら側から、あちらを手伝うように動くのも可能。だから燃え上がるんですよ。


「そうだ……一応確認なんですけど」

「はい」

「大石さん達から見て、村人が梨花ちゃんを殺すってことは」

「それは考えられん。村の連中はオヤシロ様の生まれ変わりとか言って、梨花嬢を崇(あが)めとるからのう。
それよりかは北条沙都子の方が危険じゃろ」

「これが本当に祟(たた)りで、彼女が巫女(みこ)の仕事中に粗相をしたって考えるしかありませんよねぇ。
それよりかは……まぁ何かの小説みたいな状況ですが、風土病の方がまだ分かりますよ」

「えぇ。大石さん、これは十分に現実としてあり得る話ですよ」


我々一般警察とは次元が違うヤマを、幾つも扱ってきた赤坂さんもここまで言うんだ。これは可能性の一つとして、受け止めなきゃ駄目でしょ。

あぁ、でも……そうかぁ。だから地元警察じゃなくて、赤坂さんを選んだのかも。


「これは古手さんに改めて話を聞きたいですね。赤坂さん、御一緒しても」

「お願いします。しかし……どうして梨花ちゃんは私に。普通に考えれば、大石さん達興宮(おきのみや)署を頼るのが筋ですが」

「……地元警察を信用できなかった、そう言ったところでしょうか。私も泥臭い人間ですしねぇ。
園崎組はもちろん、村の連中も私を嫌っている人間は多いです。
実際そうなるだけの覚えもありますし、古手さんの信頼を掴(つか)み切れなかったのかもしれません」

「あと……興宮(おきのみや)署には、S号の息がかかった連中もいるしのう。
今回の場合じゃと、この風土病研究に絡んだ組織もいる。恐らくそっち側の内通者もおるはずじゃ」

「つまり東京(とうきょう)から来た私が、一番信用できたと」

「彼女も園崎家を疑っていたとしたら、あり得ますねぇ」


なおS号というのは暗号の一種。広域暴力団を示すものなんだけど……やっぱり園崎家なんですよねぇ。

この状況で一番疑わしいのは、園崎家なんですよ。それは今でも間違っていないと思っている。

でも……なるほどねぇ。蒼凪さんが”予言と言っていいのか”って迷っていた意味、少し掴めてきましたよ。


これだけの陰謀に関わっていたなら、その中で死の気配を察知していたのなら……そして雛見沢症候群というキーワード。

彼女は古手家の跡取りとして、そして症候群のキーマンとして、雛見沢の物騒な気質にある一定の答えを得ていた。

その点からみんなが症候群を悪化させて、暴走する……そういう可能性を”予言”という形で提示した。


それならばまぁ、オカルト的じゃあないし何とか飲み込めるかなーって感じです。

赤坂さんを頼ったのも、東京の人間……ようは雛見沢症候群がかかる環境下でもなく、なおかつ『東京』の背景に触れられそうな人間だから、でしょうか。


「というか、これだけ大がかりな組織が絡んでいるなら、園崎が何か知っている可能性も」

「……それなんですけど、梨花ちゃんは”園崎は何も知らない”と……ただここもやっぱり本人から」

「話してくれますかねぇ。今言った通りですし」

「天びんにかけさせればいいんですよ。話さず好き勝手にされるか、話して味方に引き込むか」

「……蒼凪君?」


赤坂さんの厳しい視線もさらりとかわし、彼はお手上げポーズ。ただ赤坂さんもそれ以上は何も言わない。

古手さんが及び腰で、事件解決どころか事情の開示にすら否定的なのを察したんでしょう。

かと言って、悠長に五年目の綿流しを待っている余裕もない。無理やりにでも飛び込んで、ドアをこじ開けるしかないわけだ。


「悪い人だなぁ。あなた、そんな真似をしていると私みたいになっちゃいますよー」

「むしろ”なっていけ”ってエールをもらってるんです。ご心配なく」


……しかし蒼凪さんは、本当に大胆というか。私や熊ちゃん達が”内通者”の可能性もあったのに。

不用心? 単なる信頼? いや、違いますね……ちゃんと分を弁(わきま)えているんですよ。

邪魔な奴らを全て蹴散らすには、仲間が必要だと。必要な駒を手にするためには、リスクを背負う覚悟も必要だと。


ある意味プレッシャーをかけているんですよ。赤坂さんの信頼を裏切るなってね。えぇ、やっぱり悪い人です。

でも……その信頼には全力で応えたいとも思った。何せ赤坂さん共々、運んできてくれたんだから。

おやっさんの仇(かたき)を討つチャンスを……それは絶対に、無駄にできない。


「大石、赤坂、わしにも一枚噛(か)ませてもらうぞ。こりゃ面白くなりそうじゃわい」

「俺もっす……! 詳しい事情が分かったら、また教えてくださいっす!」

「ありがとうございます」


こうして男同士の密談は密(ひそ)やかに進み、終わっていく。さて……明日が楽しみですねぇ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――今日は学校も休みということで、詩音が働くファミレス≪エンジェルモート≫へやってきた。

ただ、客としてというわけでもなく……詩音と魅音の叔父(の一人)である、店長の義郎(よしろう)さん、そして店員代表な詩音とテーブル席の一角で打ち合わせだ。


「なるほど……エンジェルモート出張店ねぇ」

「はい」

「計画としては悪くありませんね」


俺は今回の綿流しでは、運営側にちょこっと噛(か)ませてもらっている。

担当はいわゆる≪御家庭の不要品を集めたオークション≫なんだが、そこはK・ザ・マジシャンとしての手腕を発揮しろって話だ。

ただそれとは別に……魅音と詩音から、前々から”何か新しい出店はないか”と相談されていた。


やはり園崎……雛見沢(ひなみざわ)としては、新しい名物を育てていきたいらしい。事件のことはそれとして、綿流しの名物になるようなものを模索していた。

そこで目を付けたのが出店だ。まぁ祭りの出店なんて、大体決まったようなもんだからなぁ。

ただ親族会議を重ねてもいい案が出ず、俺にお鉢が回ってきたわけだ。これもまた新しい風を期待してのことらしい。


それでどうしたものかと悩んだ結果、このエンジェルモートに目を付けたわけで。


「可愛(かわい)い制服目当てなオタク、これがエンジェルモートのメイン客層じゃないですか。
……逆を言えばファミリーレストランとしては、それ以外の客が入りにくい……敷居が高いと思わせる要因になっている」

「それも痛いところだなぁ。実はね、運営会議でもちょくちょく議題に出ているんだよ。
昨今のファミリーレストランは、老若男女問わない”ターミナル”として機能するのがセオリーなのに、客層を固定化していいのかってさ」

「でも店長、何だかんだで売り上げは上々ですよね。それでも」

「でもそのお客だって、年齢層が上がれば趣味も変わり、生活パターンだって変わるだろう? 必ずうちを利用し続けるとは限らない。
現に……世界中で流行(はや)っているガンプラとガンプラバトルだって、Gガンダムなどの新しい息吹を注(そそ)ぎ込み、ここまで続いたわけだしさ」


そう……今お客になってくれている層が、今後もずっと利用するとは限らない。

新規層の取り込みと、いわゆる古参の継続的利用環境を整えること。

この二つを上手(うま)く両立させて、初めて一つのお店として、また生活の一部たり得るコンテンツとして生存できるんだ。


ちょくちょく議題に上がるのも、やはりその将来性に陰りがあるからだろう。

そういう敷居を上手(うま)くなくさないと、そもそも新規層を取り込めないからなぁ。

というか、濃い客目当てがニッチ過ぎて……もはや全然ファミリーではない!


「でもぶっちゃけ、そこまでファミリーレストランって”ファミリー”してませんよね。
私や圭ちゃんみたいな学生のたまり場というか、勉強会の会場にもなったりして」

「うん、その通りだよ。ただそこも理由があってね」

「ドリンクバーの導入、ですね」

「……! 前原くん、それは」

「そちらも恭文情報です」


いや、ホント……嫌ってほど詳しいんだよ、アイツ! 吉野家の話で察するべきだったけどな!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


それは”漫画の話”をする直前のこと。俺が悩んでいるのを軽く漏らしたら、恭文が知恵をくれた。

詩音がくる直前だったから、知らないのもまた当然の話だった。


「ドリンクバー? 恭文、それは」

「そもそもファミリーレストランは、アメリカのコーヒーショップなどに見られる”ロードインタイプ”の店舗が原型。
結果、戦後のニューファミリー層がメイン客層となり、すかいらーくグループは戦略的なキャッチコピーを付けた。
それがファミリーレストラン――ハンバーグやパスタなどの洋食とカフェ要素の組み合わせで、”高機能な家族向けの食事場”として急速に広まった」

「棚ぼた的なコンセプトだったのかよ!」

「ただ十五年前――一九九二年。バブル崩壊の低迷期は、ファミレスにも影響していた。
そこに突如として降臨した救いの神が”ガスト”だよ。実はね、呼び出しボタンやドリンクバーはガストの発明なのよ」

「おい、それは……」

「今だとどこのファミレスにもあるサービスだね。あとは徹底したコスト削減による低価格路線。
これが成功し、ガストはとんでもない集客力を発揮。各ファミレスもそれに倣う形となった……が」


そこまで言うと万々歳だが、一つ落とし穴。そう言いたげに恭文が右指を鳴らす。


「実はこの革命は、諸刃(もろは)の剣でもあった」

「なんだと……!」

「ドリンクバー目当ての若者、又は主婦層も多く来ることで、それを嫌う別の客層がファミレスから引いたのよ。
それは……従来の客層であるファミリー層と、既に子育てを終えた団塊世代!」

≪団塊世代はファミレス黎明期に置ける最初のお客≪ニューファミリー層≫だった人達ですね≫

「あぁ……それはおじさん、ちょっと分かるかも。あのね、園崎の親戚でまた別のファミレスをやっている人がいてさ。
その人が言ってたんだよ。若者が多くて騒がしいお店は、家族連れや団塊世代が落ち着けずに寄りつかないって」

「でも魅ぃちゃん、それってエンジェルモートの問題点そのまま……だよね」

「うん、そのままだよ。つまりこれはエンジェルモートに限らず、ファミレス全体の課題になるんだよ」


なんと……! ファミレスはそもそも、そんなに前から脱ファミリー宣言していたというのか! 恭文を見ると、その通りと頷(うなず)く。


「実際キャッチーだった『ファミリーレストラン』というコピー。これを現在前面に押し出している店はさほど多くなくてね。
その辺りからも、脱ファミリー傾向が今も続きつつあるのは明らかだよ」

「単純にエンジェルモートの客層がアレってだけじゃあなかったのか……。となると、俺のアイディアは」

「いや、そのままでいいと思うよ」

「本当か!」

「実はこの話には、まだ続きがある。……ガストという革命児とその二番煎じによって、ファミレスは脱ファミリー宣言をした。
が……その後に牛丼やハンバーガーチェーンの低価格路線が加速! そことの競合が激化してしまった!」

「なにぃ!」


いや、待て……そう言えばその辺りの価格破壊ラッシュが始まったのは、一九九〇年代じゃないかぁ!


「だから現在のファミレスはその低価格路線から脱却し、更に離れていった家族(ファミリー)を取り戻す改革中なのよ」

「そう言えば……価格帯で言えば、牛丼やハンバーガーの方が安くなっているもんな。あれはそもそも狙いが違うわけか」

「もちろん全てじゃないけどね。逆張り的にお手軽イタリア料理を提供した≪サイゼリヤ≫は大成功しているし。
――そうして目指す先は、老若男女問わず立ち寄った人達全てを”家族”とする一大ターミナルだ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――ファミレス、そんなことになっていたんですか! どうしよう、バイトなのに全く知りませんでした……」

「詩音、お前……」

「まぁその辺りを考えるのは、私達経営陣のお話だしね。……とにかく前原くんの……というか、蒼凪くんの言った通りだよ。
脱ファミリー宣言が響いている現状で、どう新しい客層を掴(つか)んでいくかが課題なんだ」


よかった……魅音の事前情報通り、エンジェルモートもそこは変わらないんだな。

だから中学生な俺のアイディアにも、馬鹿にせず真正面から受け止めてくれる。


……だったら、俺も発案者としてきちんとプレゼンしよう。今更ながら決意を改めた。


「じゃあ制服以外で、エンジェルモートの売りは何か……俺は、やはり料理の美味(おい)しさだと思います。
ここは東京(とうきょう)から引っ越してきて、初めて利用しましたけど……都内のどのファミレスよりもずっと美味(おい)しい」

「ありがとう!」

「へぇ……そうなんですか、圭ちゃん」

「そうだぞ! ハンバーグのジューシーさとか、どこぞのステーキハウスレベルなんだからな! 親父も美味(うま)い美味(うま)いってお代わりしてたしさ!」


エンジェルモートは鹿骨(ししぼね)市を中心としたローカルチェーン。ただその分、地産地消的に素材や調理方を吟味している。

それがファミリーレストランとしては、群を抜いた味に繋(つな)がっているわけだ。

……それも低価格路線から脱却しているが故。エンジェルモートには”高機能な外食の場”としての資質がきちんと備わっているんだ。


「だが敷居が高いということは、そもそもレストランの肝である料理の味を知ってもらえないということ。
特に雛見沢(ひなみざわ)の御老人達やら、小さな子ども達には。実際うちの学校でリサーチしたところ、コンスタントな利用者は俺と魅音くらいで……」

「ですよねぇ。圭ちゃんの視線……常に感じていますよ。お姉にぶつけられない分、私の身体をなめ回すように」

「やめろ馬鹿ものぉ! 俺を殺すつもりかぁ!」

「……前原君、魅音ちゃんを泣かせる真似(まね)だけは……叔父さん、許さないよ? あ、でも姉妹ハーレムはアリかな」

「法律が許さない状況ではぁ!」


というかヤバい……園崎家の目がどう光っているか分からない以上、俺にはアバンチュールなど許されない!

いつの間にか俺と魅音のカップリングが固定化されて、実質婚約状態だからな!

何かあれば……ケジメを付けられる! 俺が間宮律子になっちまう!


「とにかく圭ちゃんの意図は分かりました。企画書にも書いてますしね。――出張版として出店して、まず味を知ってもらおうと」

「そうだ!」

「でも、ケーキですよ? 出店を回りながら食べるのは」

「そこで安心しろ。身近メシに詳しい恭文にも協力してもらい」


というわけで、コンセプトを記した企画書とは別に……商品のアイディア表を提示!


「出店でも食べられそうな、お手軽スイーツを纏(まと)めてみた!」

「え、前原君が考えたのかい!?」

「いえ、使えそうなアイディアや事例を纏(まと)めたものなので……とにかくどうぞ」


さすがに、料理検定Z級(最底辺)な俺に、新しい料理の考案は無理。

だが俺が前にしている壁は、既に別の誰かが越えたものだった。……店長と詩音はアイディア表をパラパラと捲(めく)り、納得しながら頷(うなず)く。


「あぁ……なるほど。クレープなら食べ歩きもできますよね。それに叔父さん、このセブンティーンアイス」

「あぁ。これ、健康ランドとかに置いているやつだろう?」

「えぇ。……恭文曰(いわ)く、そもそもセブンティーンアイスはショーケースとして展開していたそうです。
しかし売り上げが低調なため、自動販売機での販売に切り替えた。そのときにはもう、あの食べやすい”棒台座付きアイス”になっていたんです。
なお第一号機はボーリング場。ほら……あれなら片手で食べやすくて、さらには簡単に零(こぼ)れない。それこそボーリングしながら食べるのも」

「「あぁ……」」


まぁ重い球を扱うし、ちょっと難しいけどな。とにかくコンセプトとしてはそんな感じだ。

セブンティーンアイスはゲームセンター、店長が言う健康ランドなど……アミューズメント施設での販売・消費を想定している。

だからスプーンを使わずに食べられる形状なんだ。だからこのコンセプトをパク……もとい、見習えばいい!


「実は俺も知らなかったんですけど、セブンティーンアイスはあの棒台座付きだけじゃないんです。次のページを」

「えっと……コーン型に、モナカ……アイスバー!? え、こんなのも出ているんだ!」

「どうも誕生から今の今まで、設置場所や商品の細かい仕様、ラインナップを見直しに見直しまくっているらしくて。
……さすがに一日限定の出店に備えて、棒台座とかを生産は厳しい。でもアイスのコーンとかなら」

「それなら……えぇ、使えますよ。うちのメニューにあるアイス、コーン付きですし。それにクレープも」

「クレープも調べてみたら、ミニケーキを入れるタイプやら……いわゆる食事系に寄るが、ソーセージなどを挟むタイプもあるらしい。
この辺りを見習えば、エンジェルモートのスイーツをお手軽に食べ歩きできるかなぁ……とは」


ただ、今からメニュー開発の手間もあるだろ? 決してハードルは低くないと思う。実際店長も、どうしたものかって唸(うな)っているしさ。


「じゃあ圭ちゃん、商品の話からは一旦離れますけど」

「あぁ」

「売り子はどうしましょう。まさかこの格好で、古手神社にいくのは……部活じゃあるまいし」

「浴衣はどうだ? 出張版なんだし、既存の制服に拘(こだわ)る必要もないと思うんだよ。それに園崎の縁者には古着屋もいたよな」


そう、魅音が……というか、俺達が罰ゲーム時に使う衣装も、園崎の縁者から譲ってもらったものが大半。

というかな、俺も転校してすぐに知ったんだが……レナ達の制服も、その縁者の一角から格安で譲られたものらしい。

みんなの制服が統一されていないのは、分校が『制服っぽいものならOK』という緩い拘束を設けているため。


そのため全国の制服(一部)が、雛見沢(ひなみざわ)にて集うこととなった。つーか……ブルセラショップ?

いや、男子ものもあるしな。何にせよ未成年である俺には、触れにくい闇としておこう。


「あぁ……最近ならミニ浴衣とかもありますしね。色や柄を制服に寄せる形なら、あんまり違和感もないような」

「あ、私も賛成!」


そこで声をかけてきたのは、絶賛業務中な店員さんの一人だった。というか、ぞろぞろと数人が集まってきた。


「ごめんなさい、口を挟んじゃって……でも楽しそうだったから」

「浴衣なら季節柄ぴったりですし、あとは動きやすいよう……うん、ミニ浴衣もいいと思うわ!」

「クレープやコーンを使ったスイーツなら、ふだんの延長線上で何とかなりそうですし。あと、ゴミの問題も緩和できますよね」

「お祭りに出店して好評でも、自分達の店が出したゴミで汚れる……っていうのは嫌よねー。……店長」

「……よし、分かった!」


店長はアイディア表を閉じ、快刀乱麻の声を上げる。


「前原くん、ありがとう! このアイディアで纏(まと)めてみるよ!」

「……はい! こちらこそありがとうございます!」

「みんなも言った以上は協力してもらうぞ! まずは……新スイーツ作成だー! そのまま期間限定として売り出せるような、レベルの高いものを作るぞ!」

『はい!』

「では俺も、試食係として全力で協力を!」

「もちろん頼むよ! さぁ……忙しくなるぞー!」


――こうして店長さんは町内の会合ということで退席。

店員のみなさんは業務をしつつ、新スイーツ作成という残業に備えて準備。

元々休憩時間だった詩音は……そのまま、俺と喋(しゃべ)るわけで。なおアイディアの後詰めというもっともらしい理由を振りかざした。


しかしたくましい……いや、図太い店と言うべきか。だがその図太さが妙に心地いい。


「そうだ詩音、ありがとうな」


詩音から借りていた、鷹野さんのスクラップ帳を返しておく。


「へぇ……もう読んだんですか。で、感想は?」

「どうもこうも……荒唐無稽というか、本当にとんでも本の類いだな。だが恭文は目を輝かせながら読んでいたぞ」

「あははははは! やっちゃんらしいですねー! 不思議なこと大好きって言ってましたし!」


そう……恭文にも朝一番となって悪いが、俺と梨花ちゃんから見てもらった。なお徹夜で飲み明かした直後らしく、かるーく酒の匂いがしていた。

……どうやらあの人とは楽しく過ごせたようで何よりだ。その結果が……今言った通りだけどな!

宇宙人説やら、地底人説、さらにはカルト宗教陰謀説などが入り交じったスクラップ帳を、それはもう楽しげに読破だよ!


……あの純粋さと、狂気のような踏み込みが同居する人間性に恐怖したよ。いや、だからこそ強いのかもしれないが。


「……あの中に纏(まと)められていた記事の切り抜きやメモ、ほとんどが臆測……根拠のないゴシップだったよな」

「お姉もそう言ってましたね」

「ただ、梨花ちゃんが言ってたんだよ。自分の中に留(とど)まっているだけなら、それはどんな話でも空想の類い。
しかしそれを肯定する第三者や、新聞記事などの文章が現れたとき、空想は確信に変わる――」

「私には突き刺さる話ですね。実際……初見では、私も頷(うなず)きかけたところが幾つかあったんです。
お姉と圭ちゃんが一緒だったから、”かけた”で済みましたけど。でも梨花ちゃまも見たんですか」

「……何でも古手家の古い資料には、そういう創作小説があるらしい」

「あららら、それはまた……正真正銘の闇歴史ってやつですね」


詩音はクスクスと笑うものの、スクラップ帳の危険性は理解した様子。

……もし一人で読んでいたら……魅音が疑いを逐一晴らしていなかったら……そう怯(おび)えた瞳をしていた。

それは俺も同じだ。そのまま詩音が突っ走っていたらと思うと、軽く身震いしてしまう。


「ただ、このスクラップ帳を読んで……お姉と圭ちゃんとも話して、確信しました。祟(たた)りに園崎家は関わっていない」

「詩音……お前、熱でもあるのか」

「圭ちゃん……!?」


詩音はジッと睨(にら)むものの、すぐに仕方ないかと笑って肩を竦(すく)める。

それを謝りつつも、昨日梨花ちゃんにした話をしてみた。すると詩音は『なるほど』と納得しながら、右手を挙げる。


「私も同感です。……まず一点目、信仰対象への畏怖心を強めるのであれば、園崎が古手家の人間を手にかけるわけがない。
二点目、この村の支配力はダム工事当時……五年前から園崎家だったことを考えると、古手家からの略奪を企(たくら)んだ陰謀とは考えられない。
三点目としては、古手家を手にかけることで、本来闇の部分である”園崎の暗部”を警察に探られかねない。というか、現に大石さんが探っている」

「だな……」

「確かに園崎家のメリットもあります。昨日話した通り、オヤシロ様と園崎家が同一視されることにより、求心力は向上した。
……でもそれ以上のデメリットとして、園崎自身の身動きが取りづらくなり、村を外部に開く動きも活発化できない状況となった。
しかもその目玉となり得る”綿流し”というコンテンツにもケチが付けられている状況ですから。
もうホント、あの鬼婆(おにばば)も含めて”全員狂ったカルト集団になっている”としか、説明できないんですよ」


もし園崎が、雛見沢(ひなみざわ)の人間が犯人なら……だがそれはない。それだけは、絶対にない。

もしそうなら、そもそも俺が……前原家が雛見沢(ひなみざわ)に引っ越してくることそのものがないんだから。

梨花ちゃんも言っていただろ。園崎の土地を分譲地として売り出していて、その一部を買ったのが俺の家だってさ。


「だが難しいな。ここまでの状況をそばから見ると、その可能性を完全否定するのも難しい」

「本人達が示そうともしないんじゃ、当然って話ですけどね。……でも、だからこそ見える状況もあります。
村を変えようとする鬼婆(おにばば)達の動きを阻害するってことは」

「真犯人はその逆。村の環境変化を望んでいない」

「そう考えると、ダム工事の中止辺りから怪しくなってきますね。ダム建設なんて、劇的変化そのものですから。
……そういうところが、祟(たた)りとして誤認される要因じゃないかと思います」

「そうして村人達の意識を、深層心理から縛り付けている」

「鷹野さんの理論は突拍子のないものばかりですけど……事件の裏にあるもの、もし偶然じゃないとしたら一筋縄じゃあいきませんよ」


だよなぁ。『東京(とうきょう)』なんて政治結社の話が出てくるくらいだ。やっぱりこれは鷹野三四個人の陰謀じゃない。

状況が分かるたび、こうして考察するたび、敵の大きさを実感する。


「ん……?」


するとそこで、詩音の先輩ウェイトレスがクレープを運び終わり……その足で俺達のテーブルに近づいてきた。


「あ、すみません先輩。そろそろ業務に戻りますから」

「ううん、そうじゃなくて……園崎さんに電話よ。葛西さんって人から」

「葛西から? ……ちょっとすみません」


詩音は訝(いぶか)しげにしながらも、席を立ってクロークへと歩いていく。


「……俺もそろそろ時間かな」


実は予定がまだあるんだよ。今日は綿流しの打ち合わせということでで、古手神社境内にある集会場へ行くことになってな。

屋台パーラーの話も報告が必要だし、詩音が戻ったら会計をして。


「――け、けいちゃん! 大変!」


すると詩音が、血相を変えて大慌てで戻ってくる。その打って変わった様子に嫌な予感が走り、立ち上がって身構えた。


「どうした、詩音」

「ま、間宮リナ……間宮律子が……」


詩音は驚きのためか、もつれそうになった言葉と気持ちを落ち着けようと、二度三度と深呼吸。

そうして上気した顔をまた真っ青にしながら、絞り出すように言った。


「間宮律子が……殺されたそうです。今、ホトケが上がったと」

「な……!」


間宮律子が……おい、何でだよ。

俺達は上手くやった……上手くいっていたはずなんだぞ! それなのに!


「一応言っておくと、園崎は違います。というか……葛西や母さん達も混乱していて」

「どういうことだ」

「間宮律子は系列店に移動予定でした。本人にも宣告しましたし、園崎の代理人が上手く話を進めてもいたんです。
……もうこの件は終わりつつあったんです! そこで手を出しても、園崎に得なんてない!」

「じゃあ、なんで……一体どういうことなんだよ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――大石さんから連絡をもらって、仮眠は中断。大急ぎで……足に魔力を滾(たぎ)らせ、興宮(おきのみや)から雛見沢(ひなみざわ)への道を駆け抜ける。


「大石さん、どういうことですか! 園崎は違うんですよね!」

『早々に葛西氏と園崎茜から話が来ましたよ。向こうも混乱しているようですね』

「じゃあどうして……」

『死体はアパート裏のどぶ川から上がったんですが、死因は泥を喉に詰まらせての……え、本当!?』


すると大石さんが、驚きの声を上げる。


『鑑識のじいさまから新情報です! 死因は今言った通り窒息死……なんですが、喉をかきむしった痕があったそうです!
更にくるぶしには真新しい注射痕、腕には銃創らしき傷もあり! でも薬物反応は一切出ていません!』


くるぶし……麻薬患者がよくそこに注射するのよ。でもね、ここでネックなのが薬物反応だ。

死因は窒息死だから、麻薬などが原因ではない。そもそも薬物反応も出ていないなら……何のためについた注射痕かってことよ。

もちろん銃創も一発アウト! おそらくは園崎家とのトラブルでごまかせるかと思ってたんだろうけど、さすがに甘過ぎ!


というか圭一に感謝だよ! 葛西さんと詩音に相談した上で解決していたから、変に疑い合う必要がなくなっている!


「……大石さん、ありがとうございます!」

『私もすぐにそちらへ向かいますので、まずは沙都子さんの安全確保をお願いします。手は打っていますので』

「はい!」


大石さんからの電話を終えて、更に全力疾走……! 身体を前のめりに倒し、地面を蹴り砕きながら風と一体化する。


”入江機関ですね。でも綿流しはまだですよ?”

”又はプラシルαか……もしくはまた、何か別の実験をしている?”

”入江先生達に聞きたいことが増えましたね”

”何にせよ、今は沙都子だ! アルト、梨花ちゃんは集会所だったね”

”綿流しの打ち合わせに参加予定ですから。つまり今、自宅には沙都子さん一人”

”間に合ってよ……!”


いいや、間に合わせる。そのためにもまずは……右手刀で袈裟斬り!


≪The song today is ”RUNNING SHOT(SHOTGUN MIX) ”≫


やっぱりこれだよねー! ここからは一気呵成(いっきかせい)! 行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――突然、私の目の前におじ様が……そのお友達らしい、柄の悪そうな人達が現れた。

抵抗できなかった。恭文さんにも言われていたのに、全く抵抗できなかった。戦う勇気を絞り出せなかった。

それよりも前に……私はただ、耐えてしまった。声を上げたことが罪だったから。だから耐えて、耐えて、耐えて……。


≪The song today is ”RUNNING SHOT(SHOTGUN MIX) ”≫


でも……そこで突如と響く音楽。というか、これは……!


「……おい、なんだこりゃ」

「あれは……おい、後ろだ!」


おじ様のお友達が怯(おび)えながら、背後を見る。……凄(すご)い勢いで土煙が上がり、こちらに近づく……黒コート&サングラスの人がいた。

というか、やっぱりですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! その人は一目散におじ様へと飛び込み。


「あが……!?」


おじ様はその激突を避けようと、わたくしの手を離す。すかさずわたくしの身体は、その人に抱きかかえられ……。


「おっし、間に合ったー!」

≪縮地様々ですねぇ≫


その人は地面を削りながら……一直線に切り裂きながら、十数メートル滑って停止。

≪「CUT!」≫


それで手刀により音楽停止。でもこれ、本当にどうなっていますの!?

おじ様達は粉じんに巻き込まれ、げほげほと苦しげに呻(うめ)いていた。


「沙都子、大丈夫?」

「あの……あの……」

「ごめん、一人で怖い思いをさせて」


どうして、謝りますの。あなたとの約束を破ったのは……わたくしなのに。それなのに、なぜ。

……というか、どうしてそんなにぼろぼろですの。コートも傷だらけですし、頬や二の腕からは血が。


「でも大丈夫。ここからは仕事(遊び)の時間だ」

≪まぁサクッと終わらせるので、見ていてください≫


恭文さんはわたくしを下ろしてから、拳をバキバキと鳴らす。


「あぁ……なんじゃてめぇはぁ!」

「見て分からない? お前らを馬鹿にしにきたんだよ」


いきなり何を言ってますの、この人はぁ! あぁ……おじ様達の敵意が全開に!

あの人は一歩ずつみなさんへ近づき、おじ様は怒りの形相で胸ぐらを掴(つか)む。


「このガキャ……舐(な)めとるとぶちかますぞ! オラァ!」

「粋がるだけのチンピラ風情はこれだから。……大声で怒鳴りつけて、脅すだけで人が従うと思っているの? 図に乗るなよ」


その瞬間、おじ様の鉄拳が恭文さんの顔面に直撃。口から血が吐き出され、恭文さんの身体も地面に横たわる。


「……恭文さん!」

「おい、お前ら……!」

「おぉ、やったろうか!」

「大人を舐(な)めるガキには、お灸(きゅう)を据えんとなぁ!」

「ぶっ殺したるで、クソガキィ!」

「やめてください! やめてくださいましぃ!」

「じゃかあしい! 黙ってみとけやぁ!」


私のせいだ。私でまた、誰かが傷つく……私を庇(かば)って、誰かが苦しむ。

そんな光景が嫌で、嫌で、嫌で……怒る大人達を前に泣きじゃくっていたら。


「――ぎゃあああああああぁあぁああぁぁあ!」


突然おじ様が拳を押さえ、両膝を突いた。……奴らも驚いておじ様を見た。

するとどういうことだろう。おじ様の大きな右拳がひしゃげていた。指が根元からへし折れ、血を滲(にじ)ませる。


「おい、どうした鉄平!」

「知らん! あのクソガキをどついたら……岩みたいに堅うてぇ!」


――このとき、わたくしは冷静じゃなかった。間抜けにも忘れていたんです。

あの人が第二種忍者で、おじ様達なんて歯牙にすらかけない悪と戦い続けてきた猛者だと。


「ヤワな拳だねぇ」


恭文さんは平然と起き上がり、顔に付着していた血をサッと払う。なお、恭文さんには傷一つついていなかった。


「そうそう、ヤワと言えばこれもあったか」


混乱する彼らに、わたくしに見せるのは……小さな、白い粉末が詰まった小袋。

それも複数。それで男達は慌てて、自分の懐を探り出した。

……まさか、走り込んで交差したときに……おじ様に殴られたとき、すり取ったもの!?


「アルト」

≪コカインですね。まさか麻薬にも手を出していたとは≫

「これじゃあ余計に沙都子は預けられないなぁ。保護者として不適切だもの」

「なんじゃ……この、クソガキがぁ! てめぇ、一体なんじゃあ!」

「問われて名乗るもおこがましいが、知らないとあれば聞かせましょう。僕は」


恭文さんは笑いながら資格証を提示。それで男達は、おじ様はギョッとし、信じられない様子でたじろぐ。


「第二種忍者――デンジャラス蒼凪」

≪どうも、私です≫

「に……!」

「北条鉄平、それとその仲間と思(おぼ)しき五名……お前達を公務執行妨害及び集団暴行と殺人未遂。
更に未成年略取と麻薬取締法違反の現行犯で逮捕する」

「ふざ、けるな! おい、やれ……そんなのは大うそじゃあ! 殺せ! このクソガキを殺せぇ!」

「おぉ! やったらぁ! こんなガキが忍者なわけあるかぁ!」


そうして男達は次々とナイフを取り出す。だから――銃声が響いた。


「ぎゃあ!」

「がぁ!」

「いあぁああああぁあぁぁ!?」


六連続の躊躇(ためら)いのない発砲で、おじ様達の手や足が撃ち抜かれ、揃(そろ)って地面に膝を付く。

恭文さんの手には……オートマチックタイプの拳銃が握られていて。あれ、でも血が出ていない。


「いでぇ……いでぇよぉ!」

「ば、馬鹿な……ハジキじゃとぉ!」

「刃物もいいけど、飛び道具もね? ……スタン弾だ」


スタン……あ、非殺傷武装ですのね。一応の配慮を見せた上で、恭文さんは拳銃を手元で一回転。


「で、まだやる?」

≪私達も弱いものいじめは嫌いなんですよ。ここは大人しく引いてくれませんか≫

「おい、やべぇ……コイツやべぇよ!」

「ぐ……! このだらずがぁ! 覚えとけぇ! ムショから出てきたら、そん涼しい顔をどつき回して」


そこで、おじ様の言葉が止まる。――すっと踏み込んだ恭文さんに、頭を鷲(わし)づかみにされたから。

右手でおじ様の側頭部を掴(つか)み、躊躇(ためら)いなく地面に押しつける。

それだけで地面がひび割れ、おじ様の顔がゆっくり……ゆっくりと埋められていく。


「提案です。お互い過去のことは水に流して、明るく楽しく青春を過ごしましょう」

「あ、あだ……アたまがぁ、われ……われひゅう! ひゃめ! ひゃめえええええええええ!」


おじ様はもう、あんな負け惜しみを言えなかった。

そんな負け惜しみを吐き出すことすら、恭文さんは許さなかった。


恭文さんから放出されている……地面を揺らすほどの覇気に威圧され、がたがたと振るえ続けるしかない。

それは他の男達も同じ。おじ様の頭が潰れ、眼球が飛び出しかけている状況で……隙(すき)だらけな恭文さんに何もできない。


「それができない場合……もし万が一、僕や沙都子の周囲をうろついていた場合。そして億が一、僕達の身内に手を出した場合」

「ひぎぃあああああぁあぁあ……!?」

「お望み通り、全力で相手をしてやる。分かった?」

「ひゃめ、ひゃめ、ひゃめええええぇぇ! ひゃあああ! はやああああああ!」

「返事をしろよ」


恭文さんは笑って、おじ様の重たい身体を放り投げる。それも頭上に……数メートル上に。


「だらずが」

「ぎぃ……!?」


その冷たい宣言とともに……落ちてきたおじ様の顔面に右フック。

鼻が潰れ、顔の一部から骨が飛び出し、眼球も圧壊……おじ様はその衝撃に悲鳴すら残せず、仲間の前に倒れた。

まるで隕石(いんせき)でも落ちたかのような衝撃を生み出し、おじ様の身体は……半分、地面に埋められてしまう。


それをあの体躯(たいく)で、あの細身でやってのける。なおおじ様は……恐怖で失禁しながらも、ちゃんと呼吸はあって。身体は、ぼろぼろですけど。


「あが……あが、あがが……が……が……」

「……それはお前らについても同じかな」


そう言いながらまた、尋常じゃない殺気を放出。恭文さんは奴らへ近づきながら宣告していた。

それによりおじ様も意識を復活し、がたがたと震え……更に音を立てながら漏らしていく。


「僕の提案、飲む? 飲まない? どっちかな」


逃げることは許さない。

謝ることも許さない。

泣きわめくことも許さない。


始めたのはお前達だ。

拳を振るったのもお前達だ。

ならば最後までやり通すだけ。


では、最後とはどこだ?

起き上がれなくなるまで?

どちらかが負けと認めるまで?


いいや、ゴールも決めたのはお前達だ。自分の提案は、そこから引き返すクモの糸。

断ち切るならばどうなるか。それは当然――。


「――黙ってないで答えろよ」

『あ……あ……ァ……』


その宣言に奴らは理解する。自分達が一体”何”を敵に回したのか。

だから一人、また一人と後ずさる。そうして反射的に逃げようとするけど、それも無理。

だって、その瞬間……恭文さんの足下が破裂したから。そうして一瞬で背後に回り込まれ、逃げ場を失う。


銃とは関係のない、完全な袋小路……それを理解した彼らは絶叫。


『ぁああああぁああああぁああああ……ァ……ァ……ァァ……』


全員が戦うことを放棄して、揃(そろ)って崩れ落ちる。

殺気に怯(おび)え、格の違いに怯(おび)え、あぶくを吹き出し……おじ様と同じように、失禁しながらビクビクと震える。


その様子に恭文さんは、実につまらなそうな顔をした。そうしてようやく、肌を引き裂くような殺気が消え去る。

……呼吸を忘れていたことに気づき、慌てて深呼吸。


「――自分で売った喧嘩(けんか)すら通せないのか、コイツらは」

≪だからこそチンピラなんですよ≫

「それもそうだね」


――このときわたくしは、正真正銘の鬼を……それと同等以上の”何か”を垣間(かいま)見た。

それで改めて理解する。この人は本当に……数々の戦いをくぐり抜けてきた猛者なのだと。


(第14話へ続く)








あとがき


恭文「というわけで、久々の澪尽し編……同人版とはまた違う流れのため、やっぱりほとんど新規という罠。
なお冒頭はあれですね、間宮リナ視点――澪尽くし編の一節です。今回のサブタイトルもひぐらし粋の本編サブタイトルから」

古鉄≪間宮リナ、園崎鉄平……救いようのないコンビがそれぞれ末路を迎えた上で、いよいよ入江機関に切り込みます。
というわけで、二話分仕上がっているので一気にアップ……全ては無計画に追加シーンを書きまくっていた作者が悪い≫


(澪尽し編だけど、時間の進み具合は祭囃しという罠)


古鉄≪それではどうも、私です≫

恭文「蒼凪恭文です。……九月ということで、天候不良もありつつ……実に涼しい!
そんな中、僕は響と一緒に≪響チャレンジ≫の付き添いで神戸に滞在中! 今回の狙いは……タチウオのルアーフィッシングだぁぁぁぁぁぁぁ!」

はしゅまる「ぬー♪」


(蒼凪荘のはしゅまる、元気に翼をパタパタ)


恭文「……はしゅまる?」

はしゅまる「ぬー!」

恭文「何でいるの……!」

古鉄≪荷物に入り込んでいたみたいですね≫

恭文「危ないよ! 寝間着だけじゃなくて、ロッドやリールとかも持ってきてたのに! 怪我(けが)とかしてない!? 骨とか折れてないよね!」

はしゅまる「ぬ、ぬー。……ぬー」


(いっぱい心配をかけてしまったので、はしゅまるは反省。……なお問題ナッシングでした)


恭文「ううん、大丈夫ならいいんだ。でももうやったら駄目だよ?」

はしゅまる「ぬー!」

恭文「うん、よろしい。……さて響、釣行自体はかなり順調だけど……」

響(アイマス)「だなー。デイ(昼間)・ナイト(夜)とみっちり釣行で楽しいぞ!」


(タチウオはイワシやアジなどの小魚を食べるから、ルアーはそれを模したミノーやバイブレーション系、メタルジグなどです。
それでコツはタナ……魚のいる層。これを上手(うま)く掴(つか)むのがタチウオ釣りのコツだとか)


響(アイマス)「タチウオは回遊する魚だから、タナが頻繁に代わるんだよなぁ。だからきちんと全てのタナを探っていく」

恭文「……これが難しいんだけどね。上手(うま)くタナを当てればバシバシ連れるけど、それもすぐ変わっちゃうから」

響(アイマス)「焦らずじっくり……お宝探しみたいだなぁ」

恭文「うん、そういう気分でいこう。お仕事だけど楽しまないとね」


(というわけで、、こちらもどんどん加速していきます。
本日のED:YeLLOW Generation『扉の向こうへ』)


恭文「FGOのネロ祭では、本戦に切り替えかぁ。なんとか礼装は全て交換できたし、ここからは焦らずのんびりいこう……とフェイトが」

古鉄≪私達はこっちで楽しくお仕事ですしね。……でもあの人が一万円課金して、ネロさんが出てから一年ですか≫

恭文「時が過ぎるのは早いなぁ。あ、それと途中のファミレスやらのお話はめしばな刑事タチバナからとなっております」

古鉄≪同人版でも話したところなので、サクッとした説明になっています≫


(おしまい)







[*前へ][次へ#]

13/26ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!