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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第12話 『再会の夜』


「『東京』は研究価値を理解していない……悪役が訴え続けたような、正しい学術的価値になど興味がなかった。
考えることはいかに研究を利用して、自身の懐を増やせるか。……これ以上ないくらいに侮辱する行為ですわ」

「当然許せないだろうな。俺でも”殺してやりたい”って思うくらいに憎むかもしれない。
……その話を出されるだけで、奪われるわけだ。組織で研究を続ける理由を……その意義を」

「同時に攻撃理由も成り立つね。縁者から引き継いだ研究……それが続けても、やめても踏みにじられるなら、せめて自分の手で終わらせる」


その意味が最初は分からなかった。でも、私自身に置き換えればすぐに理解できた。


「うんうん、レナもアリだと思うよ! ……つまり、いるんだね……誰かが悪役に、その事実を教えた」

「それはデータ横流しをしている奴らとは、また別の派閥だね」


鷹野も私と……私達と同じだったんだ。


「にっちもさっちもいかない状況で、優しい言葉をかけられたらコロッといくだろうしなぁ。
更にそうして邪魔な奴らを排除した後、改めて研究継続を支援しますよーって話せば」

≪いけますね≫

「そう考えると、その悪役も哀れだよねぇ。でも……そういうキャラの立て方もアリか。いや、アリだな。
夏の新刊はそれでいくか。陳情に行った結果、エロ親父どもから……アリだね、これはぁ!」

「……魅ぃちゃん、そのハッスルは中学生としてよくないと思うなぁ」


どうしようもない運命に努力で、知恵で抗(あらが)って、道を切り開いてきた。

でもその先の仕打ちが”これ”だった。研究を続けたくても、その道が閉ざされた。

それだけならまだよかった。問題は努力でまた道を切り開いても、それが裏金のネタになるだけという……悲しい現実。


千葉一派の行為は、鷹野からすれば許し難いものだろう。圭一が言う通り『東京』に頼る意義そのものがない。

あとは誰かが……緊急マニュアル発動が追い風となる”誰か”が、鷹野を焚(た)きつけるだけでいい。

ようやく見えた。それが私の……古手梨花と仲間達の超えるべき壁であり、倒すべき敵。


でもそれなら、鷹野は?


『憎むべき敵』の姿が、急に小さく見えて……私の中で迷いが生まれた。


「だが戦隊ものにもいるよなぁ。今まで頑張って悪の組織に貢献してきたのに、一つの失敗だけで手の平返しを受けて、処分される奴」

「まぁこれが派閥争いを目的とした”爆弾爆破”なら、悪役研究員の始末は絶対でしてよ。
黒幕にとっては生かしておく価値がありませんもの。……尽くした相手が悪かったと言うべきですわね」


しかも、口封じ……!? それで妙に胸がざわつく。


「なら……なら……主人公の女の子は、どうやって勝つのですか。その子が主人公なのですよね」

「連載形式によるねぇ。長期連載ならだらだらと逃げ延びて、次々新しい追っ手や刺客が現れた方が、ネタ切れにならないよ?」

「魅ぃちゃん、一応短期集中連載でお願いできるかなぁ。多分レナの神経が持たないから」


ぶ! ……危うく、レナのたとえで噴き出しかけてしまった。


「となれば、何とか悪役をやっつけてハッピーエンドしかねぇよな。逃げるより戦う展開の方が熱いってもんだぜ!」

「やっぱそれだよねー。あえてのバッドエンドもいいけど、正義は勝つ方が楽しいし」

「でも主人公はただの女の子でこざいますわよね。どうやって戦うのでございますの?」

「ふふふ……今時の少女漫画なんかを見ると、女性主人公は無力なんかじゃないよー。
一見しおらしい可憐(かれん)な少女なんだけど……秘められた超パワーを隠していて!」

「あるある。そういうのよくある。前世は月の王女様だったとかでしょ? そこで死に別れ、同じく転生した恋人とロマンス。
しかしそれを妨げるように、やっぱり前世から因縁ある敵との戦い。味方もまた前世の生まれ変わりが次々集まって」

「そう! そんな感じで王家の血筋を引くSランクハンターで、二つ名は≪漆黒の堕天使≫とかどうよ!」

「はう……何だか痛い中学生の創作みたいだねぇ」


その瞬間、心がひび割れた魅音は崩れ落ち、テーブルの裏でしくしく泣き始める。


「お姉……おーい、お姉ー」

「うぅ……どうせ、おじさんは永遠に孵化(ふか)しないピッキなのさぁ……」

「こりゃ駄目ですね。中二病真っ盛りですから。というかやっちゃんも……」

「レナ、詩音、土下座」

「はぁ!?」

「なんでかな!」

「おのれら、セーラームーンと神風怪盗ジャンヌを馬鹿にしてるの!? どっちも名作でしょうが!」

「「名作だったの!? この設定!」」


よく分からないけど、頑張れ……魅音、超頑張れ。その話、ハイリューン何ちゃらレベルで痛くて酸っぱいと思う。

でもセーラームーンって何……! 平成!? それも平成なの!? お願い、誰か説明してー!


「レナ、詩音……美少女戦士セーラームーンって少女漫画が昔あってな。一大ブームを巻き起こしたんだよ」


でも圭一は優しかった。あぁ、そういう漫画の設定だったのね。恭文も鼻息荒く『その通り』と頷(うなず)く。


「神風怪盗ジャンヌも、同世代の少女漫画だ。こっちは主人公がジャンヌ・ダルクの生まれ変わりって設定だが」

「少女漫画では結構あるんだよ? 前世から引き継いだ力で魔法少女化して、恋人も前世の生まれ変わりってパターン。
あとはごく普通の女の子が、凄(すさ)まじい潜在能力を秘めていて、それが徐々に開花していくとか」

「はう……そうなんだ……」

「後者は最近で言うと、カードキャプターさくらだな。そう言えば恭文、ツバサクロニクルは」

「毎週楽しみにしてる!」

「俺もだぜ!」


そして男二人は、少女漫画をキッカケとして分かり合い、全力の握手……なんでかしら。全く感動できない。


「それをおのれら、”痛い中学生の創作”で片付けおってからに……!
むしろそういう読者層に寄っているからこそポピュラーなんだよ! とりあえず謝れ!」

「そうだ! 謝れ! 魅音はどうでもいいから、少女漫画の神様に謝れ! この少女の心を忘れた、リビングデッドどもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「なんでかなぁ! というか、立場が逆じゃないかなぁ! なんでレナ達は女の子なのに、少女漫画の魅力が分からないって話になってるの!?」

「いや、でも……実際そうかも。実は私、そういうノリがよく分からなくて」

「魅ぃちゃん!? いや、レナは……レナは……レナ……は……」


あぁ、レナも分からないんだ。”そう言えば共感した覚え、ないかも……”って絶望し始めたし。

確かにレナの本質は現実主義者だし、こういうのとは真逆かも。


「というか実際問題、セーラームーンを知らないのはさすがに……」

「沙都子ちゃんがどん引きしてる!?」

「わたくし達が世代から外れているとはいえ、世界的に有名な作品でございますもの。未(いま)だに単行本も売れ続けているそうですし」

≪それを知らなかったってことは、あなた達の生活では……眼中になかったってことですよ。
一応ターゲット層なのに。少女漫画を読んで大人になっていく世代なのに≫

「やめてー!」

「で、でもお姉の言うことは正しいですよ!」


都合が悪くなったと見て、話を戻したわね。さすがは詩音、引き際が鮮やか。


「何の能力もない女の子が、そんな国家的陰謀に立ち向かうってのは……。
例えばやっちゃん達だってちゃんと訓練して、実戦経験を幾度も踏んで、その上での戦歴ですし」

≪当然でしょ。さっき言った能力覚醒タイプの主人公だって、本当に強いボスキャラと戦い、勝つのは終盤とかですよ?≫

「みぃ……恭文の戦歴は、そんなに凄(すご)いのですか?」


正直疑問だった。確かに有名な事件を解決したそうだけど、『東京』とやり合うなんてまともじゃない。

昨日は論破されてしまったけど、やっぱり私には……二人が怖い物知らずの蛮勇を繰り返しているとしか。


「凄(すご)いなんてもんじゃありませんよ! 実質日本(にほん)を救ったヒーローですよ!? それも二度も!」

「え……!」


日本(にほん)を、救った!? なんでそんなことに!


「詩音、僕達だけの話じゃないから。第二小隊や鷹山さん達もいたから」

「あぁ……そうでしたわね。梨花は昭和五十八年病に冒されて」


沙都子にまで哀れまれている!? ちょ、私の言っていることって、そこまで筋違いなの!?


「あのですね、梨花ちゃま……まず前提として、二十世紀末から二十一世紀初頭……つまり今にかけては、いわゆるテロが頻発したんです。
それは日本(にほん)に限らずの話ですけど、特に日本(にほん)は数が多くて。そのうちの一つがTOKYO WARです。……そう言えば圭ちゃんは」

「小学校に通っていたよ。普通に……あのときの異様な空気もよく覚えている」


詩音の話を要約すると、こういうことらしい。

ベイブリッジが突如ミサイルで爆破され、それが誰の仕業かという話で疑心暗鬼になった。

それも警察・政府・自衛隊が……自衛隊の官僚が逮捕されるわ、責任者が一斉辞任するわで大騒ぎ。


その結果東京に自衛隊の治安維持部隊が派遣され……でも、そこで犯人のシンパが紛れ込み、タイミングを見計らって決起。

警視庁や政府首脳陣を襲撃し、多数の人間を殺害。更に都市部にジャミングを仕掛けて、通信を遮断。

とどめに巨大な飛行船を三機、東京上空に飛ばしたらしい……毒ガス入りのものを。


ジャミングの大本(おおもと)もその飛行船なんだけど、手を出したら自動プログラムで墜落……実際に一機落として、新宿(しんじゅく)周辺が大パニックになったらしい。

――警察も、自衛隊もまともに動けない状況下で、犯人である柘植行人を逮捕し、この偽装された戦争状態を解除した人達がいる。

それが特車二課・第二小隊――恭文がそのとき、臨時協力者として一緒に戦った人達。


「実はこの事件、解決後に米軍の強制介入が露呈しまして。これが大問題です」

「なぜなのですか。危ない人達を捕まえるお手伝いなら、むしろ歓迎するべきでは」

「とんでもない。今回の一件、さっき言った三組織は柘植の策略に踊らされ、国民を危険に晒(さら)していったんです。
……そんな状況での米軍介入は、世界に知らしめることになります。自国の問題すらまともに解決できない”弱い国”だと」

「それも世界中にですわ。もしこれが行われていたら、日本(にほん)の国家的維新はマッカーサー来日以前にまでがた落ちしていましたのよ?
……もっとはっきり言えば、経済大国として成長した日本(にほん)は……死にますわ」


そんな国家的危機的状況を救ったのなら……そういう理屈は分かるけど、みんなの力強い言いぐさに唖然(あぜん)とする。


核爆破未遂事件というのも、似たような話らしい。前提として、テロ対策の法案を通すためのパフォーマンスだったとか。

内閣情報調査室と警備局の一部過激派が結託し、日本(にほん)で”三発目の核”が爆破する――。

それによって平安法を否定する市民達に、その必要性を訴えようとした。……でもここで問題が一つ。


「実は過激な平和思想組織のスパイが入り込んでいまして。事件の概要と証拠を掴(つか)んだ上で、逃亡を企(たくら)んでいたんです。
それを阻止し、過激派を一掃して、核爆破も防いだのが」

「恭文と……アルトアイゼン」

「それに港署の刑事さん達だよ。……スパイに情報を持ち去られていたら、それは当然国家的脅迫材料になる。
ううん、その情報自体がネットを通し、世界中に広まっていたら? やっぱり日本(にほん)の大恥……国家的死に繋(つな)がる」

「それを阻止したのなら、やっぱり日本(にほん)という国そのものを救ったことになりますわ。……思えばわたくし達、凄(すご)い方と関わっていますのね」

「そんなことないよ。僕達、ただ楽しく暴れていただけだし……でも、核爆弾解体とか……もう、嫌だ……嫌だぁ……!」


……ごめん、やっぱり私にはそう思えない。だって頭を抱えて、恐怖してるもの。いや、私も核爆弾解体とか嫌だけど。


≪……すみません。あのときは酷(ひど)かったんですよ。あるサッカーの試合終了と同時に爆破する仕掛けで≫

「時間がなかったのかな……」

≪違います。時間はたっぷりあったのに、スコールで試合が終了して……三十分近い残り時間が二分弱に≫

『うわぁ……!』

≪なお何とか核爆破だけは防ぐように処置して、遠くに投げ捨てようとしたら……足下に転がして時間切れ。爆破をもろに食らいました≫

『いやああああああああああ!』



嫌ってレベルじゃなかった! というか何なの、その不幸の連鎖は! あぁ、そうか……ようやく納得した!

こんな状況をクリアしてきたなら、あれくらいは言うかも! むしろ『東京』ごときって認識なのか!


「……恭文さん、どうしてそれで生きてますの? 被爆とかは」

「全くない……」

「それ、もはや人間の領域じゃありませんわよね」

「大丈夫大丈夫。他に三人……セクシー大下とダンディー鷹山、プリティー町田っていう人達もいたから。みんな人間みんな仲良し」

「でしたら余計に疑問ですわよ!」

「不幸中の幸いってのは、こういうことを言うんだろうな……本当に僅かな幸いだが」


全くなので、圭一に同意……声もなく頷(うなず)くことしかできなかった。


「でもやっちゃんが事件に関われたのって、やっぱり忍者資格があるから……ですよね」


打ち震える恭文を宥(なだ)めつつ、詩音が苦笑いしながら質問する。


「まぁ、それはね。運悪く巻き込まれても、その後に続けて……となると」

「特車二課・第二小隊と一緒に戦ったときも」

「以前お仕事をした刑事さんに、第二小隊の手伝いを依頼されたから」

「それで思ったんですけど……そもそもその女の子視点で、陰謀に触れられるんでしょうか」

「詩音さんの仰(おっしゃ)る通りですわね 何の力も、資格がない女の子となると……そもそも陰謀を悟る前に、殺されてジエンドでしてよ」


……うん、そうね。これまでの私がそれだったもの。ほんと、痛いほどによく分かるわ。


「レナさん、その子は本当に何の力も」

「うん、ないよ。物静かで、等身大の主人公って感じ」

「あと、チキンだね。偉そうなことをぺらぺら喋(しゃべ)るのに、それがブーメランだと気づかない間抜け」

「……恭文、あとでちょっとお話があるのです。古手神社の裏手に来やがれです」


呪(のろ)いで人が殺せたならぁ……! でも無駄よね! この男、呪(のろ)いとか吹き飛ばしそうだし!

というか、そんなのができるなら鷹野と山狗も蹴散らせるわよ! 学校も通わず呪(のろ)い続けていたわよ!


「でしたら、やはり協力者しかありませんわね。その女の子にも戦えないなりの見せ場を与えつつ、戦う役割は味方サイドに丸投げするのですわ」


沙都子の言葉は胸に突き刺さるものがあった。つまり一人で考えず、味方を作れと……。


「となると、そこに魅音や沙都子、恭文がいたらもう最強だよな!」

「をーほほほほほほほ! それは当然でしてよ! その舞台が雛見沢(ひなみざわ)なら余計に勝算が上がりますしてよ!
なにせこの村は裏山も含め、わたくし達のフィールドそのもの。優秀な指揮官が地の利を生かせば、軍隊だろうと押しのけられますわよ」

「ほ、本当なのですか! 沙都子!」

「えぇ! まぁその辺りについては、魅音さんや恭文さんの専門ですけど」

「まぁね。……地の利を知り尽くした現地民は、下手な一兵卒より効率的に動けるって言う。
そんな奴がトラップをわんさか仕掛け、ゲリラ戦を挑んだらどうなるか。ベトナム戦争でアメリカ軍が、嫌ってほど思い知らされている」

≪プロであればあるほど効果的なんですよ。そういう恐ろしさを知っているからこそ、進軍のスピードも遅くなる。
ただまぁ、それは飽くまで実行部隊への対処に限ったこと。陰謀絡みの対処はまた別口が必要になります≫

「確かにな。結局『東京』って組織を何とかしないと、魅音が言うようにネタ切れなしの長期連載。
消耗戦に持ち込まれたらこちらの負けだ。……だが、必要なものは見えてきたな」


圭一が意地悪く笑ってくるので、認めるしかなくて肩を竦(すく)めた。


「お姉や沙都子、やっちゃんのような、直接戦闘・指揮力に長(た)けた人達。
更に『東京』の内情を調べ、その陰謀を暴く捜査能力を持った人達……こんなところでしょうか」

「あとは主人公が、そんな人達が守りたい……信じたいと思えるほど魅力的なら満点ですわね」

「うんうん……コレなら何とかなりそう! 詩ぃちゃん、沙都子ちゃんもありがとう! 魅ぃちゃんも!」

「お、おう……げふぅ」


魅音、本当に頑張って……! でも、それは私も同じか。沙都子が今言ったこと、かなり突き刺さった。

私はみんなが助けたい……信じたいと思えるような行動を、ちゃんと取っているのだろうか。

現に恭文とアルトアイゼンは、はっきりと突きつけてきた。私の対応が本気でもなく、信じられない……だから好きにやると。


……こんな調子じゃ、赤坂が来ても駄目かもしれない。もっと……もっと本気で飛び込まないと。



とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第12話 『再会の夜』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


綿流しまであと少し……五年目はあるかと、署内がざわざわしてきた中、状況は大きく動き始めていた。

垣内(かきうち)の巴ちゃんも頑張っているし、私も負けてはいられない。そう思っていたところで、署に懐かしい顔がやってきた。


それも家族連れですよ。蒼凪さんから経緯は聞いているので、その何げない姿が本当に嬉(うれ)しく思える。


「いやぁ赤坂さん! お久しぶりです!」


私は訪ねてきた本人を前に、両手を伸ばし握手。


「大石さん、御無沙汰しております!」


しばらくぶりに見る赤坂さんは、私の力に負けないくらい強く握り返してくる。

いやぁ、前は負けていたのに……嬉(うれ)しくて握手を解除してから、肩や腕をぽんぽん叩(たた)く。


「またがっしりしましたねー! もう五年前とは比べようもない!」

「いえ、まだまだ大石さんには負けます」

「あははは、どんな謙遜ですか! 私があなたに勝てるのなんて、腹の大きさだけですよ!
あー、それと……なかなかに生きのいいお知り合いをお持ちで」

「……すみません、まさか到着早々御迷惑を」

「いえいえ! というか、赤坂さんが彼を送ってくれて……本当に助かりましたよ!
彼のおかげで、私の昔なじみが一人命拾いをしましてね!」

「命拾い? ……あ、もしかして」


あー、赤坂さんは御存じなんですね。巴さんのことを……やっぱり彼を雛見沢(ひなみざわ)によこしたのも、古手さんへのお使いだけじゃないってことかぁ。


「こんにちはー!」

「初めまして、大石さん」


おぉそうだった! 赤坂さんだけじゃなくて、今回は奥さんと美雪(みゆき)ちゃんも来ているんだ。

しかし、また愛らしい笑顔で……孫を持つってのは、きっとこういうことを言うんでしょうねぇ。

一瞬人生の進み方を間違えたかなと思いつつも、つい頬がほころんでしまう。子ども相手ですから、警察フェイスは外しませんとー。


「紹介します。家内の雪絵と、娘の美雪です」

「初めまして。大石蔵人と申します」

「初めましてー!」

「主人からはいろいろとお話を伺っています。こちらでのお仕事でも、大変お世話になったとか……またお手数おかけすると思いますが」

「あー、いえいえ! こちらこそあのときは楽しい思いをさせてもらいましたよー!」

「……麻雀、とかですか?」


あ、あれー? たおやかな美人だったのに、なぜか笑みが怖いぞー。というか、私……尋問されているような空気にー。


「雪絵、ほら……初対面なんだし、その話は」

「あ、そうでしたね。ごめんなさい」

「……すみません、大石さん。前にも言った通り僕の麻雀は……妻から禁止されていまして」

「あぁ……それで。あはははは、でも、そんな心配なさらなくてもー。赤坂さんの腕前なら、たとえ鷲巣(わしず)麻雀だろうと圧勝するでしょうしー」

「いえ……強すぎるから、心配なんです。またどこかの組を潰すのではと……」

「あ……そう、いう」


はい……実は五年前、赤坂さんと……まだ当時は存命だった”おやっさん”と、鑑識のじいさまの四人で打ちましてね。

赤坂さんが相当嫌がってたんで、コミュニケーションって体で強引に引っ張ったら……三人揃(そろ)って、もらったばかりの給料をむしり取られました。

どうも赤坂さん、大学時代は”雀鬼”と称されるほどの打ち手だったようで。えぇ、リアルアカギってやつですよ。


それでヤクザ連中もすかんぴんにして、デカい組と闇麻雀の組織を幾つか潰したとか。

ぶっちゃけあのときの赤坂さん、今の十倍くらい貫録があったなぁ。でも、そうだよなぁ。

自分の恋人又は旦那さんが、そんな奴らと麻雀で渡り合っていたら、そりゃあ心配だよなぁ。止めたくもなるよなぁ。


でも公安も似たようなものと思ってしまう私は、もしかしたら駄目な大人なのかもしれない。


「しかし赤坂さん、実にあなたが羨ましいですよ!
こんな奇麗な方の旦那さんがあなたじゃなかったら私、今晩丑(うし)の刻参りに走ってますって!」

「ふふ、ありがとうございます」


ちなみに……丑(うし)の刻参りを現代でやろうとすると、侵入罪やら器物破損やらに引っかかる恐れがあるので、やってはいけませんがね。


「お仕事中にお邪魔をしてしまって、すみません。本当は私一人で伺う予定だったのですが、家内が是非御挨拶したいと申しまして」

「五年前、主人の危ないところを助けていただいたそうで……本当にありがとうございました。
今までお会いする機会がなく、お礼を申し上げるのが随分遅れてしまって……」

「なははははは! なんのなんの! 刑事の職務上、命を借りたことは忘れなくても、貸したことは水に流すのが礼儀ですから!
どうか、お気になさらないでくださいなー」


蒼凪さんからは事前に聞いていたものの、こうして直接言われると……なんというか、照れくさいですねぇ。

五年前のことを今更……というわけじゃない。そんな失礼なことは断じて思わない。

そのまま流してもよかったことを、きちんと伝えようという真心と勇気に感服していた。赤坂さんはいい女性を選んだものです。


それにあのとき……赤坂さんが誘拐犯と相まみえたとき、加勢に入れたことは幸運だった。

そのときには美雪ちゃんもお腹(なか)の中にいたわけだし、この子を父なし子にせず済んだんですから。


「あなた」

「ん……あぁ、すまない。すみません大石さん、私達はこれから」

「そうじゃなくて……私と美雪は、先に宿の方へ行っていましょうか」

「え」

「大石さんと……あと、あなたのお使いに出した蒼凪くん? 彼とも積もるお話がおありでしょう?
特に大石さんは、滅多(めった)にお会いできない大切な方なんだから、いいじゃありませんか。……私達は温泉地でゆっくりしていますわ」

「な、何を言ってるんだよ。せっかくの家族旅行なのに、そんなことできないよ」

「そうですよ奥さん!」


いや、事情は込みだと思うけど、さすがにアレなので割って入らせてもらう。


「私も……もちろん蒼凪さんも、家族だんらんをお邪魔する気はありませんから! どうかそんなに、お気遣いただかなくても」

「いえ、いいんです。この人、家でも大石さんのことを、いつもよく話してくれていて……。
今日も会えるのを、とても楽しみにしていたんです」


あらら、それはそれは……大石さんを見やると、困り気味に頬を書き始めた。


「お忙しい方に差し出がましいとは思いますが……是非少しの時間でも、主人に付き合ってやっていただけませんか?」

「奥さん……」

「しかし、君達は」

「大丈夫ですよ。さっき駅前の案内板を見たら、電車で行ってもさほどかからないみたいですから。……ね、そうなさってください」

「雪絵……」


……本当にできた奥さんですよ。思いつきみたいに言っていますけど、実際は”こういうこともあろうか”で路線を調べていたんでしょう。

旦那さんと、滅多(めった)に会えない友人……まぁせん越ながら私のことですが、気兼ねなく話せるようにと。


「え……パパ、温泉にこないの?」

「ううん、ちゃんと一緒よ。でも美雪、最近パパにいろいろしてもらったでしょう?
だからパパもお仕事で疲れているんだから、ちょっとくらい休ませてあげないとね。美雪はママと一緒だと、温泉は楽しくない?」

「ううん、そんなことない! 美雪はパパも、ママも大好きだもの!」

「美雪……」

「……ありがとうございます、奥さん! というわけだから赤坂さん、せっかくのお心遣いです。
今日はせいぜい、いろんなメンツも入れて飲み明かしましょうー! んふふふふー!」


となると、私にできることは……こうして笑い飛ばして、甘えることくらいで。それで赤坂さんもようやく、表情を緩めた。


「美雪、すまない。じゃあ、お言葉に甘えて……」

「えぇ。こちらはご心配なく……明日のお戻りでも構いませんので、ゆっくりしてきてくださいな。……ただし」


でもこの奥さんは、ただ甘いだけじゃあなかった。


「若いお姉さんの『いない』お店で……そして、麻雀は駄目……ね?」

「あ……あぁ」

「大石さんも、何とぞよろしくお願いします」

「お願いしますー」

「命に代えましても!」


その鋭い……温和な笑みが消え去った、絶対零度の眼光に、我々男二人は背筋を伸ばして敬礼。

……どうやら赤坂さんの御家庭は、かかあ天下らしい。浮気なんて絶対できないなー。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


荒波の如(ごと)く事実が、現状が明らかになったその日の夜――少し遅くなったが、梨花ちゃんを訪ねた。

神社内にある、雛見沢(ひなみざわ)が一望できる高台にて落ち合い、今日の放課後にあったことを話す。


「……スクラッチブック?」

「あぁ。今日の夕方……魅音と、例の件絡みで勉強会をしたら」

「デートは楽しかったですか?」

「それは言わないでくれ……!」


そう、デートだ……ただ魅音にデートを突きつけると、またヒューズが飛ぶからな。

なので高校受験に備えた勉強会という名目で、学校が終わったら二人で出かけた。

……問題は興宮(おきのみや)の図書館に入ったところで、それが中断してしまったことだが。


「というか、楽しむ前に詩音と鷹野さんにバッタリ遭遇してさ」

「……鷹野が?」

「詩音がその鷹野さんに、雛見沢(ひなみざわ)の歴史を記した……これを」


バックから取り出すのは、色とりどりのスクラップ帳数冊。詩音から又貸し的に借りたものだ。

そのうちの一冊を梨花ちゃんが手に取り、ぱらぱらとめくる。すると、どんどん表情が重苦しいものに変わっていって――。


「これは……」

「詩音、悟史のことを探しているだろ? その手掛かりになるかもって貸してくれたんだよ」


鷹野さんがって辺りで意識しすぎていたのかもしれない。

だが、妙に気になったんだ。そのスクラップ帳が……だから不愉快そうな魅音は押さえて、詩音に軽いノリで確認させてもらった。

そうしたらまぁ、この中身だよ……! そう、これは鷹野さんの研究ノートだが、中身がぶっ飛び過ぎていた。


「圭一、助かりました。もしそこで魅音と衝突して、詩音が……一人でこれを見ていたら」

「だがこれ、中身は見てもらった通りだぞ!? 宇宙人やら地底人がオヤシロ様って話ばっかり!
御三家の名前絡みなんて、まさしくこじつけだぞ! 正直俺も気にしすぎかと」

「いいえ、これが全てのトラップだったんです。……圭一、あなたも分かっているはずですよ? ”罪滅しの世界”を覚えているなら」

「……だよ、なぁ」


そうだ、引っかかったのは……あの世界の記憶があるからだ。

あの世界のレナも、鷹野さんからスクラップ帳を借りて、その中身を事実と信じ込んで、暴走して……!


「恐らくそれはあなたや詩音も同じ。これまでの世界でなぜ、あなた達三人が真っ先に暴走するのか……ようやく分かりました」

「これまでの世界で、俺や詩音もこのスクラップ帳を読んだってこと、だよな」

「これは詩ぃと魅ぃ達も読んだのですね」

「あぁ。魅音については大笑いしていたよ。よくもまぁここまでデタラメをってさ」

「そう、デタラメです。でもこれは、”症候群について研究している鷹野が書いたもの”でもあります。
悪質に……そして悪戯心たっぷりに、真実をちりばめてもいる」

「……寄生虫説もあったしな」


寄生虫……雛見沢症候群だ。魅音達が大笑いする中、実は俺は……心臓が止まりそうなくらい、ゾッとした。

昨日聞いたばかりの情報が、あちらこちらにちりばめられているんだ。……嘘を上手(うま)くつく秘けつって分かるか?

それは本当のことをできるだけ多くすること。そうすれば裏付けを取られても、簡単にはバレない。


最小限の嘘は、最大限の事実に隠れるものなんだ。それが”嘘”そのものの説得力も強大にする。

確かにぶっ飛んだ話が多いものの、症候群の観点から見れば頷(うなず)ける部分も多い。というか、そこで思い出したのは――。


「実は俺さ、ハイリューン某の話を思い出したんだよ」

「みぃ?」

「あれもぶっ飛んだ創作だって、梨花ちゃんは言っていただろう? でも現実に霊障はあるし、退魔師は警察と協力体制を結んでいる。
それに鬼の正体が”欲望に駆られた人間”というのも、症候群を発祥したが故とも考えれば……」

「確かに、そうですね。……簡潔に言います」

「あぁ」

「このスクラップ帳を雛見沢(ひなみざわ)……そして園崎に疑いを持つ人間が読むと、それが加速することになります」

「疑心暗鬼が加速して……症候群の症状が酷(ひど)くなる」

「はい。人間の思考……考察というのは、自分一人だけの考えであれば、ただの空想・妄想の類いです。
しかし自分と同じ考えの人間がいれば、それが雑誌などの媒体で示されれば」


梨花ちゃんはそう言いながら、両人差し指をピンと立て、それを軽く触れ合わせた。


「紛(まぎ)れもない事実となる。ここにちりばめられているのは、雛見沢(ひなみざわ)及び園崎家への疑い。
オヤシロ様という存在の肯定。そしてそれらの根底であり、真実の糸口である雛見沢症候群。
……だから加速するのです。その真実と鏡映しになりながら、自らの鬼に捕らわれていく」

「……人は、見たいものしか見ないってわけか。だが梨花ちゃん、今の詩音がコレを読んでも……か?」

「一緒に読んだのであれば、圭一も分かっているはずです。詩音は園崎家を疑っている」

「あぁ。それとブラフの件……だよな。それも魅音から改めて聞いた」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


図書館もあれなので、興宮(おきのみや)にある詩音のマンションへ上がらせてもらった。

小ぎれいに整頓されながらも、ところどころに見える女の子らしいアクセサリーや置物。詩音のセンスが輝く内装だった。

……そうして午後六時……本気で疲れ果ててしまった。


スクラップ帳の密度というか、オカルト・ゴシップ色が強くて、もうほんと……辛(つら)い!

なので話を切り替え、あきれ果てた様子の魅音に発破をかけ……改めて詩音に話してもらう。


なぜ園崎家を疑うことが、無意味なのか。詩音が何を勘違いしているのか。


「ブラフ? なんですかそれ」

「簡単に言うと、あらゆる事件・自己・災害を、さながら”園崎家の仕業だぞー”って振る舞うハッタリ。
そうするとほら、何やら得体の知れない村の重役って感じがして、怖いでしょ? つまりはそれが狙い」

「じゃあ、園崎家は」

「……悟史の件まで、実はわたしも婆っちゃが手を引いているって思ってた。でも違った……婆っちゃを締め上げて、白状させたの。
園崎家は何もしていない。婆っちゃも村の中に犯人がいるかもって、母さんや父さんにも協力させた。でも……いないの」


そんな人間はいない。少なくともこのスクラップ帳で示準されているような……オヤシロ様信仰を盛り上げたい狂信者達などはいない。

そんな人間があえているとしたら、それは鷹野さんだろう。

このスクラップ帳に説得力があるのは、書いた本人≪鷹野さん≫がそれを信じ抜いているせいだと……俺はそういうふうに感じた。


更に俺からも高速道路の件を補足する。すると詩音は戸惑いを隠せず、髪を軽く弄(いじ)り始めた。


「――そもそも綿流しの祭りが開催されるようになったのも、鬼ヶ淵死守同盟の旗頭に『オヤシロ様』を使った感謝だけじゃない。
村の珍しい風習を生かして、観光客を呼び込めたらって狙いがあるんだよ。だからまぁ、言い訳に聞こえるかもしれないけど」

「園崎家……いいえ、そもそも村の人間には”犯罪を起こす動機がない”」

「そう。でも、土壌だけは敷かれているんだ。綿流しの日に何か起きても、村で嫌われている人が危険な目に遭っても、祟(たた)りだと片付けられる。
みんな、それを恐れて、疑って……婆っちゃや母さん達も諦めてしまうほど、疑心暗鬼は深くなっている」

「……信じられません」


その返答は当然のことだった。だから魅音も困り気味に頭をかく。


「そもそもあの鬼婆(おにばば)が、本当のことを言っているかどうかも分からないですし」

「わたしは、信じていいと思う。アンタと悟史のこともね、認めているんだよ……口には出さないだけで」

「だったら無理ですよ」


きっぱりとした断言。魅音もそこは”分かっていた”と肩を竦(すく)める。……残念ながらそれも道理だ。

口には出さないけどなんて、言ったらあれだけど単なる言い訳だからな。だが園崎側の事情も理解はできた。


「……園崎家も怯(おび)えていたんだな。祟(たた)りに……自分達が敷いた強硬姿勢の余波に。恐らく今話したことも、ずっと前から気づいていたんだろう」

「……多分ね」

「自分達が祟(たた)りを形作っている。だがそれを公言した場合、やはり園崎家が第二の北条家となる。
連続怪死事件の真相がハッキリしないうちは……最悪でも事件が止まらないうちは」

「だから高速道路の誘致も表沙汰にできない。は、鬼婆(おにばば)どもにはいい薬ってところですね。
自分達の撒(ま)いた種で地獄送りにされるなら、本望じゃないですか?」

「詩音!」

「魅音、空気を読もうな……な?」

「どういう意味ぃ!?」


アホか! どういう意味も何も……詩音が一人で突っ走らないように、話し合うのが趣旨だぞ! そこで喧嘩(けんか)しても意味がないだろ!

それに、園崎側の事情が分かると同時に……詩音の気持ちも分かる。自分に置き換えればな。

もし魅音やレナ達……仲間の誰かが綿流しに遭ったら、全力で探しに行くと思う。


それこそ草の根を分けてでも探し出す。千の手段があるのなら、その全てを試す覚悟で挑む。

詩音がそんな気持ちなら、迂闊(うかつ)な否定はアウトだ。視線でも強く制すると、魅音は渋々下がった。

魅音としては、怯(おび)える家族の気持ちも分かってほしいんだろう。だがそれを強いるには、いろいろとありすぎている。


「俺も詩音に、信じることは強要しない……北条家への村八分の件だけじゃないんだよな。
実際問題、園崎家が園崎組という『暴力組織』を有し、その行使に躊躇(ためら)わない黒い部分があるのも事実だ」


そこについては、間宮リナの一件で思い知ったよ。……実は結構ビビってた。葛西さん、平然と”殺す”選択も入れていたからな。


「……それだけじゃなくて、時代遅れな私刑≪爪剥がし≫でケジメも取らせましたし」

「なんだそりゃ!」

「園崎家では双子って忌み嫌われていて、私も生まれた当初に首をきゅっと締められる予定だったんですよ。
でも生かしてもらって、遠くの女学院に押し込められて……それを勝手に抜け出し、こっちに戻ってきたから」


そう言いながら詩音がさっと出すのは、片方の手……そう言えば爪の形が、少しだけイビツのような。


「無論、北条家の子と仲良しになったのもありますね」

「でも、婆っちゃと縁者の人達はそれで認めてくれた! ちゃんとやり通したからって!」

「魅音、それを”当然のこと”として受け入れている時点で……一般人からすればどん引きだぞ。家庭内暴力で警察の介入も待ったなしだろうが」

「圭ちゃん……」


暗に『信頼を欲するのは無茶(むちゃ)がありすぎる』と告げると……魅音は分かりやすく肩を落とす。

……床に突かれた両手を見ると、魅音の爪も少しイビツだった。それだけで状況を察する。

魅音の落胆も無理からぬものだろう。自分も詩音の”罪”を肩代わりしたのに……だがそれもまた異様。


園崎家にも間違いなく原因がある。疑われるだけのことをしているんだ。


「ただ……ただ、ですよ?」

「あぁ」

「お姉と圭ちゃんの話はそれとして」

「うん?」

「このスクラップ帳も信じられませんよ!」

「「……ですよねー!」」


よかったー! それでも十分だ! 疑い、心に鬼が棲(す)まなければ……詩音のからからとした笑いに、心底ホッとした。


「まぁたとえ園崎家が犯人じゃないとしても、片棒を担いだのは間違いないって感じですよね。
お姉の言う”土壌”を作っておきながら、御三家でありながら……払う努力をしていないってことですし」

「そう、なっちゃうね。婆っちゃ達は自分達より若い世代――つまり、わたしや詩音、圭ちゃん達の力で払ってほしいって期待しているみたいだけど」

「じゃあお姉……というより圭ちゃん」

「あぁ」

「実は私、沙都子絡みでいろいろ聞いているんですよ。……梨花ちゃまが沙都子に、幾つか嘘をついていることとか」


恭文ェ……! いや、それも当然の筋だよな。詩音は沙都子の保護者でもあるんだ。あと……暴走しないように配慮したんだろうなぁ。

もしかしたら今日、冷静になってくれているのも、その辺りが絡んだせいかもしれない。


「嘘? 詩音」

「すまん、それについてはまた後日説明させてくれ。……実は今日、例の赤坂さんが雛見沢(ひなみざわ)入りしたらしい」

「あぁ……梨花ちゃまが予言を授けたっていう。ということは」

「梨花ちゃんは赤坂さんのこと、相当待ち望んでいるみたいだからな。顔を合わせれば恐らくは」


そこで全容解明……梨花ちゃんも腹を括(くく)ってくれると思う。それで一気に動く予定なのは、二人も理解してくれた様子だった。

恭文とレナにもツッコまれていたが、ここまで棒立ち状態ってのはあり得ない。だがそれだけ、梨花ちゃんの恐れが強いとも言える。

そりゃそうだ。自分が死んだら村も滅びて、しかも殺される理由が遠く離れた場所での権力争いだ。


正直その心情に配慮して進めたくはあるが……だから赤坂さんが来てくれるのは、本当に有り難いんだよ。


「でもあれですか。そうするとやっちゃんや圭ちゃんは振られる形と」

「……否定はしない。というか恭文のアホは、むしろたたき潰しに来てるからなぁ!」

「うん、だと思う。やすっちとアルトアイゼン、心が旅人だもの。二人でイカれた世紀末を突っ走っているもの」

「だけど、そんなやっちゃんだからこそ……強引にこじ開けたんですよね。だから圭ちゃんも大まかな事情を知っている」

「……まぁな」

「話が戻りますけど、負の遺産を払うのって……それくらいのパワーが必要なのかもしれませんね」


俺もどう判断すべきか迷うところだったが、詩音はあっけらかんと――楽しげに笑って、その迷いを断ち切る。


「詩音?」

「状況も、それまでの空気もお構いなし。ただただ引っかき回して大暴れ。……でも、暴れた分だけ淀(よど)みが払われる。
空気が、水が流れ、沈殿していた汚れもそれに押し出されていく。だから私、やっちゃん達のこと……かなり気に入ってるんです」

「……確かにそうだね。やすっち達が雛見沢(ひなみざわ)に来てから、流れが生まれてきた」

「レナが言っていたな、アイツらは起爆剤だと。……だったら爆発で生み出した流れを加速させるのは、俺達の仕事だ」

「それで見せつけられたら、いいですよね。情けないことを言って逃げた婆っちゃや母さん達に……これが改革だと」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――とりあえず梨花ちゃんには、赤坂さんのことは内緒にしておく。恭文も雛見沢(ひなみざわ)入りしたってだけで、いつ会いに来るかは聞いていない。

というか、今日聞きに行くらしい。なんでも赤坂さんと大石さん、仲間内での飲み会に誘われたとか。

それで情報交換もするそうだし、上手(うま)く行けば大石さんも引き込んで……かなり重要な役割だ。


梨花ちゃんのスケジュール確認をするのは、それからでも遅くないだろう。


「それで梨花ちゃん、これは魅音……というか、恭文が言っていたそうなんだが」

「恭文が?」

「魅音と公由村長の三人で話したときにな。……そもそも雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件では、被害者の選定基準からどんどん曖昧になっている。
それこそ住人達が”これしか考えられない”ってこじつけに陥る程度にはな。……俺はその中で一番異質なのが、三年目の事件だと思う」

「なぜなのですか」

「曖昧っていうのは、動機に一貫性がないからだ。だがこれまで起きた事件のほとんどは、一応の解決が見られている。
……三年目だけなんだよ。犯人が捕まることもなく、事故と片付けられるだけの要因がないのは。
その不明性も後押しして、祟(たた)りという土壌は固定化された。どうもそういうふうに感じるんだ」

「……凄(すご)いのです圭一。そこに行き着いたのですね」


梨花ちゃんは頬を緩め、感動した様子だった。自分の両親が死んだ話を……遠慮もなく突きつけられているのにだ。それに妙な違和感が走った。


「あなたの言う通りです。一年目の現場監督は、現場の人間からも評判が悪く、また村人からも憎まれていました。
はっきり言えば”死んでせいせいした”という扱いです」

「それもまた酷(ひど)いな……」

「鬼ヶ淵死守同盟でオヤシロ様信仰を持ちだし、結束した影響です」


敵だからこそ徹底的に……それもまた、園崎家や村人達が自ら招いた淀(よど)みか。


「でも二年目……北条夫妻の転落事故は余りに象徴的過ぎて」

「それでも”まさか”という空気はあったらしいな。その駄目押しをしたのが三年目……何があった」

「奴らは祟(たた)りを人為的に発生させたんです」

「……おい、梨花ちゃん」

「みぃ……ここまでにしておいてください」


く、いいところで止まるか! やっぱり梨花ちゃんは、俺やみんなをちゃんと信用しきれていない様子。

ただまぁ、これだけでも答えが出たと言っていいだろう。……梨花ちゃんの両親を殺したのは、鷹野さんと山狗……『東京』だ。

症候群研究の邪魔になると判断して、それまでの”事故”を利用したんだ。祟(たた)りに見せかける形でな。


それが四年目の一件にも繋(つな)がり……やっぱり相手はデカいってわけだよなぁ。

孤児ならば、研究にも利用しやすくなる。だったら……そんな意識で人二人を謀殺できる奴らなんだ。


「それと圭一、このスクラップ帳のことは、恭文とアルトアイゼンには」

「梨花ちゃん」

「ボクから話しますから。……恭文達の言う通りなのです」


梨花ちゃんは肩を落とし、落胆のため息を吐く。


「ボクは確かにチキンなのです。沙都子のことも、レナのことも、結局何もできないで……富竹のことだって」

「……あぁ」


例えば富竹さん達の件……繰り返しになるが、直前に話されても俺達には対策できない。

時間的アドバンテージを梨花ちゃん一人のために食いつぶすことは、絶対に避けなきゃいけないことだ。

……ただまぁ、その辺りで水掛け論をやっても意味がない。恭文達が暴れまくって、梨花ちゃんの心証を損ねているのも事実だ。


そう、暴れまくっている。論点はそれを止められるかどうかだろう。……結論から言えば。


「ただまぁ、あれだ」

「はい」

「もう止められないぞ、あの二人は」


そんなのは無理だ――!


「誰にもな……」


火が付いちまってるからな。それもどでかい火だ。……その火を点(つ)けたのは、俺達だ。

そしてレナであり、亡くなったレナの友達だろう。だったら後は、派手に爆破させるしかない。


それでも流れが生まれる……また一つ、新しい流れが。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


赤坂さんを連れて、我々は興宮(おきのみや)署を出た。それから馴染(なじ)みの店へ向かい、部屋を貸し切り徹底的に楽しむ。

すっかり暗くなったところで蒼凪さんが到着。どうやら部活メンバーと楽しく遊んでいたらしい。

豪華ではないもののしっかりとした味の料理に、楽しく飲める量の酒。そうして何時間経(た)っただろう。


若者が成長しているというのは、こんなにも嬉(うれ)しいものだったのか。蒼凪さんにビールを注(そそ)がれながら、不思議な感覚に陥っていた。

こんなことなら現場主義ばっかり突き詰めず、後進育成にも手を出すべきだったかもしれない。

蒼凪さんにはお礼を言い、実に美味(おい)しい酒をどんどん味わっていく。


「かぁ……もう無理っす! ちょ、マジキツいっす!」


だが熊ちゃんはもう限界と言わんばかりに、顔が真っ赤。まぁきっと私も真っ赤なんだろう。


「熊ちゃんだらしないなぁ、赤坂さんなんて余裕なのに」

「坊主に至っては水同然じゃぞ」


じいさんは白いひげを揺らし、うんうんと何度も頷(うなず)く。まぁ蒼凪さんは苦笑し、『全然』と手を振っていますが。

だけどビール瓶二本開けているのに、酔わない人は見たことがありませんよ。


「しかし赤坂さん、随分豪胆になりましたねぇ。以前飲んだときはそこまで強くなかったでしょう」

「これも鍛えたおかげです。ちゃんと予算を割って、部下と一緒に練習していますから」

「ほうほう、それは羨ましいですねぇ。ちなみにお店は」

「そりゃもういろいろですよ。こういう一般的な居酒屋もあれば、クラブにキャバクラ、ガードレール下」


それはまた大変だ。なおこれは予算の着服などではなく、赤坂さんが今言ったように『練習』の範ちゅう。

ようはあれですよ、ターゲットの尾行などに役立てるんですよ。ではなぜ酒の場に慣れるべきか、疑問ですよねぇ。

こういう場だからこそ引き出せる、又は漏らしてしまう話もあるんですよ。私にも覚えがあります。


それを逃さないため、不自然に思われないよう慣れが必要。酒に飲み慣れていないせいで、情報や尾行もすっ飛ばすのは本末転倒ですから。

もちろんそういう店へ入って、酒を飲まないというのも目立ちかねない。クラブやキャバクラならまだ分かりますが。


「最近の若い連中は体質なんて言いますけど……まぁそれもありますけどね?」

「おやおや、また優しいことを仰(おっしゃ)りますね」

「……本当に駄目なのが入ってきまして。あとはまぁ、蒼凪君みたいにばっちりな子もいるわけで」

『あー』


両極端なのを見たせいで、赤坂さんの視野は広がっているらしい。ついじいさん達と納得してしまう。


「でもやっぱり、酒の場でのマナーや空気の読み方は、習得しておくべきなんですよ。
その駄目な奴も捜査に必要だと知って、飲めないなら飲めないなりにと頑張っています」

「ですよねぇ。ほら熊ちゃん、赤坂さんもこう仰(おっしゃ)っているんだから頑張って」

「う、うっす!」

「頑張れ、若造。しかし大石、お前さんごきげんだな」


じいさんに痛いところを突かれて、やや苦笑い。しかも全部見抜かれているような視線もプラスされているから、またねぇ。


「熊川さん、大変でしょう。大石さんは一見すると無茶苦茶(むちゃくちゃ)ですから」

「あらら、はっきり言われちゃいましたねぇ」

「私と組んでいたときも、大石さんは始終この調子でした。……でも、それが大石さんの凄(すご)さなんです。
きっと大石さんがあなたを鍛えてくれます。このままついていってください」

「はい!」

「ははは、なんか照れくさいですねぇ。それじゃあ蒼凪さんにも一つ、熊ちゃんにアドバイスしてもらいましょうか」

「えぇ!」


空気を読んで我々のお世話に回っていた、優しい蒼凪さんへ軽く話を振る。いやー、熊ちゃん目を丸くしてるねー。

でもほら、蒼凪さんも赤坂さんと同じで、一般警察じゃあ触れられない事件も見てるしねぇ。

それに思い当たったのか熊ちゃんは、背筋を正してしっかりお辞儀。


「是非御指導、よろしくお願いします!」

「いや、熊川さんの方が先輩ですよね! 僕がアドバイスできるのなんて、日々の訓練程度ですよ!」

「またまたー! TOKYO WARや核爆破未遂事件で活躍したお人が、悪い冗談を! 私が許しますから、もうどーんっとお願いしますよ!」

「ほらほら蒼凪君、ここはビシッと忍者としてアドバイスしなきゃ」

「赤坂さんー! ……じゃあ、まずは……ジープに追いかけられましょう」

『ジープ!?』

「師匠直伝の修行方法です。生身でジープに追いかけられ、立ち向かうんです。そうして恐怖を克服するんですよ」


なんつう訓練をしているんですか! それ、精神論ですよね! 科学的な根拠とかありませんよね!


「それでジープに飛び込み、蹴りを入れられたら上出来です」

≪そうですね。それができたなら一流の戦士ですよ。どんな犯人にも負けませんよ≫

「ま、ままままっまま……マジっすかぁ! 忍者って、そんな訓練もしてるんっすかぁ!」

「……いや、私も初耳なんだけど……え、本当にやってるの?」

「やってますよ! 目隠しで百五十キロオーバーのボールをキャッチしろとか……鉄のブーメランを打ち払えとか! 滝を切れとか!」

「マジっすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「はははははは! 熊川、確かにそれだけできたら凄(すご)いぞ! いっちょ谷河内辺りでやってみるか!
あそこならヘリの発着場以外はほとんど山と川だけのはずじゃから、誰にも迷惑はかけんぞ!」

「ですねぇ! 熊ちゃん、やりましょうよ!」

「マジっすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


困っている熊ちゃんを肴(さかな)に、改めてじいさんやみんなと乾杯。いやー、本当に今日はいい日だ。

綿流しが近くなるとピリピリしてばっかりだったんだけど……たまには、こういうのも悪くないなぁ。

しかし谷河内……あぁそうか。確かあそこは祭明けに、農薬散布のヘリが飛ぶんですよねぇ。


雛見沢の風上にある地域でしてね。そういやとんと行ってないなぁ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そんな楽しい宴会は午前様を周り、全員がやや眠気に襲われ……でも楽しむ姿勢は崩さない。

もちろんもう店は閉めなきゃいけない時間。でも店のおっちゃん、私達に気を使ってくれてねぇ。

私に鍵預けて、家に戻ったんだよ。帰るときは閉めといてくれってさ。いや、ほんとありがたいやらなんやら。


またお礼に土産でも買ってこようと決め、自然と話はシリアス路線へ変更。そろそろ赤坂さんの目的について触れていく。


「――こちらに来たのは、古手梨花という少女に会いたいと思いまして」

「古手梨花さん? 古手家の忘れ形見っすよね」

「……ということは、彼女の両親は」


そこでチラリと蒼凪さんを見る。説明は私に任せてくれる様子。

地元のことは地元の人間に……だろうか。若いのにほんと、空気が読める人だ。


……ただそれが末恐ろしくもあるけど。逆を言えば、あらかた読んだ上でのデンジャラス振りなんですから。


「あれは祟(たた)りの三年目だから……二年前ですね。古手夫妻がちょいと引っかかる形で、お亡くなりになりました」

「なら、三年後……やっぱり」


赤坂さんもそこで蒼凪さんを見る。蒼凪さんは少々困り顔で、何も言わずに頷(うなず)いた。


「私が訪れたのは、二〇〇二年のことです。その後にダム建設の現場監督が亡くなられた。
あの方は……私と麻雀を打った方だったはず。とても気風の良い方だと、記憶しています」

「……えぇ。その翌年に作業員達との喧嘩(けんか)で、殺されてしまいまして」

「体中を、バラバラにされたということは」

「なんだ、知ってるじゃないですか。その通りです。犯人達は一蓮托生(いちれんたくしょう)と言わんばかりに、体のパーツをそれぞれ持ちまして。
そう提案した主犯格と右腕は見つかりませんでね、お気の毒なことです」


軽く言うものの、実際人事では済まされない事件だ。私はね、その現場監督――おやっさんにめちゃくちゃ世話になってさ。

まだ頭が固くて、市民との付き合い方も今より下手くそだった時期だよ。おやっさんに殴られたこともある。

信じられないだろう? 上司じゃなくて一般市民なんだよ。気性は荒いが、赤坂さんが言うように気風はいい。


筋が通っている人でもあってさ。時代遅れなのは否定しないが、理不尽に叱る人でもない。

それで自然と、おやっさんと慕って……苦い顔で日本酒を一口飲む。

生まれていた苦い思いも、喉の奥へ流す。私が綿流しの事件へ入れ込む、一番の理由だ。


怪しいところが多すぎるんだよ、主犯の一人が見つかっていないって辺りでもさ。だから決めた。

おやっさんを殺した――そう仕向けた犯人を見つけて、捕まえる。そう思って、来年で定年ってとこまできちまったけどさ。


「続けて確認します。その翌年、今度は……事故が起きたりは。
名前はえっと……そうだ、サトコさんという女性の方だと思います」

「そうです、ダムの賛成派だった北条夫妻が、旅行先の展望台から転落死しましてね。完全な事故なんですが、あれもまた強烈で」

「その翌年、梨花ちゃんの御両親が」

「お前さん、随分オヤシロ様の祟(たた)り関係に詳しいのう。坊主か」

「いえ。……僕もその情報は、赤坂さんから教えられたんです」


あぁなるほど、だから蒼凪さんも黙りっぱなし……だったらおかしくないだろうか。

赤坂さんほどの人なら、我々が触れられない情報にも触れられる。ようはある程度規制の枠を超えられるんだよ。

もし事前に調べて知っているのなら、ここで確認する必要はない。これがもし……そう、じいさんが言う通りだ。


蒼凪さんから事件のことを聞いて、驚いているから我々に確認……という流れなら自然だが。


「それなら余計驚きじゃ。この件、圧力の関係でネットにも表だっては出てない。
東京(とうきょう)にいながらよく……じゃが次の事件までは分からんだろう。
この年から秘匿捜査指定がかけられているからのう。幾ら公安でも」

「分かるんですね」


試しに吹っかけると、赤坂さんは静かに頷(うなず)く。驚いているのはじいさんと熊ちゃんだけか。

どうやら蒼凪さんが車の中で言っていた、私に直接話したいことはここに絡むようだ。


「二年目に殺された、北条夫妻の縁者。確かサトコさんという女性の、叔母と兄。
それで私はその翌年――つまり今年殺される人物も、知っています」

「はぁ!?」

「二〇〇七年六月――つまり今月、古手梨花が殺されます」


どういうことかと聞く前に、結論が出された。去年までならともかく、今年……酔いも覚めたので、ぐい飲みを置く。


「赤坂さん……というか、蒼凪さんもですか。もう夜も大分更けました。
これ以上はお互いしんどいんで、単刀直入に行きましょう。どういうことですか」

「今の話は私が雛見沢(ひなみざわ)を訪れた二〇〇二年六月に、古手梨花さんから聞かされたことなんです」

「……なんですって」

「彼女は自分の死を予言したんです」


いきなりオカルト色が入って、さっきとは違う意味で面食らってしまう。いや、落ち着け。

オカルトが正しいかどうかはともかく、実際に事件は起きて、赤坂さんはそれを知っていたんだ。大事なことはそこだ。


「信じられない気持ちは分かります。それを聞いた当時の私も、少女の気まぐれな予言遊びくらいに思いました。
でも彼女は最後に、自分が殺されるとはっきり告げたんです。それはつまり、助けてほしいというサインだったと思うんです。
……今回雛見沢(ひなみざわ)を訪れた最大の目的は、今でも私の助けを必要としているのか……それを確かめるためです」

「なら蒼凪さんを送ったのも」

「実績ある忍者というだけではないんです。彼は霊障のような、オカルト・不可思議現象にも詳しい……というか」


あれ、赤坂さんが涙目に……それで気の毒そうに蒼凪さんを見る。


「……オカルトに強く、更に腕利きの忍者はいないかと探したところ……”残念ながら”と紹介されまして」

「それじゃああれかい。梨花嬢の予言がマジだった場合に備え、詳しい坊主に先行を頼んだと」

「……蒼凪さん、あなた……信頼されてますねぇ」

「僕達は極々普通に生きてきたんですけど……ねぇ」

≪やっぱり私達がカッコ良すぎるから、にじみ出るんですね。風格が≫


それは絶対違うと思うなぁ! だって、”残念ながら”って銘打たれた上での紹介ですよ!?

しかも同情混じりでしたし! この人も何だかんだで、出世はできなさそうだなぁ! 私が言う権利ないけど!


「まぁ、そこはお察しします」

「……どういう意味かすっごい聞きたいんですけど」

「まぁまぁ、蒼凪さんも抑えてくださいっす。しょうがないっすよ、これは」

「何が!?」


熊ちゃんと蒼凪さん、年齢こそ離れているけどこの数時間でかなり仲良くなっている。

おかげで熊ちゃんがいい感じになだめているので、私はどんどん話を進めよう。


「……赤坂さん、私は今年で定年なんですよ。おやっさんの仇(かたき)を、どうしても年内に取りたいんです。
ですから私はどんなさ細な情報でも、怪しげな情報でも飛びつきます。だから確認させてください。
今の話、冗談じゃないですよね。何かの冗談なら、今のうちにそうだと言ってください」

「私は真実しか言っていません。彼女は五年前に今の話を語ったんです。
……ただ当時の私はさほど重要な話と思わず、大石さんに伝えませんでした。その点は謝罪するほかありません」

「い、いや……それは無理もないわい。当時そんな話を聞かせられても、鵜呑(うの)みにはできんかった。
四年連続で事件が起こった今だからこそ、聞ける話じゃわい。大石」

「分かっています」


もし私があのとき、赤坂さんからこの話を聞いたとしよう。恐らく私は……鼻で笑っていた。

口では『覚えておきます』とか言ってたけど、きっとサラッと忘れていたことだろう。そうしてとんでもない後悔をする。

事件が起こり、おやっさんが本当に死んで……もしかしたら逆恨みで、赤坂さんを罵っていたのかもしれない。


だから赤坂さんを責める権利は、私にはない。責められるはずもない。

もちろん聞いていればという思いはあるけど、それを飲み込む器量はあると自負できる。


「ダム戦争は工事の無期延期で終結しました。ですがその翌年から、あなたが言った通りの事件が起こっています。
古手夫妻はダム戦争当時消極的だったことを理由に、後ろ指を指されていたそうです。
その流れから言えば古手梨花殺しは……ありえると思います。可能性は低めですが。というか蒼凪さん」

「はい」

「あなたはオカルト関係に詳しいそうですが、古手さんはそのこと」

「……あれを予言って言っていいのか迷いますけど」


蒼凪さんはやや困り気味に頭をかく。どうやらその話ができるくらい、梨花嬢には信頼されているらしい。


「梨花ちゃんは実際に殺されています」

「はぁ!? いやいや、彼女はちゃんと」

「それくらい思いつめているって話ですから」


慌てる私達へ、両手で落ち着いてと制してくる。


「仮に予言がこう、夢のような形だとしますよね。その場合、梨花ちゃんは”自分が殺される夢”を見ているんです。下手をすれば何度も……何十回も」

「な、なるほど。そういう……」


つい混乱してしまったが、自分が殺される夢を見せられているとしたら。自分の親しい人達までも、傷つく様を見せられたら。

それが何度も何度も……私なら五年なんて耐え切れない。人生がつまらなくなっても仕方ないでしょう。


「一応予言に限らなければ、殺された時点で時間が巻き戻ってループとか……いろいろありますけど、それはどうでもいいです」

「いいんですか、それは」

「大事なのは……梨花ちゃんにとって予言が、リアリティがあって余りあるレベルっことです。
そのせいで完全に怯(おび)えて、トラブルが起きても腰から引けて他人任せ。結果的に状況を傍観することしかできない」

「……なるほど……確かに」


恐らく蒼凪さんの知識量なら、いろいろ解説はできるんだろう。だがそれは我々では触れられない領域だ。

だからこそ古手さんの心情説明に留(とど)めてくれたのは、とても有り難く感じる。それは協力するのであれば、一番に鑑みるべきものなのだから。



(第13話へ続く)






あとがき

恭文「というわけで、そろそろ入江先生やらとのお話も近くなってきたひぐらし澪尽くし編です。
なお赤坂さんの奥さんである雪絵さんや、美雪ちゃんが登場するのはひぐらし絆と粋でのお話」


(PS2での祭では出てきませんでした)


恭文「そして美雪ちゃんのCVは沢城みゆきさん。とまとではヨル(しゅごキャラ)やモードレッドでお馴染みですね。そう、モードレッド……サモさん」

あむ「あれはまた違うじゃん! あ、日奈森あむです」

恭文「蒼凪恭文です。……どうしよう。お昼を食べた後だから、満足して何も話すことがない」

あむ「こらぁ!?」


(蒼い古き鉄、早速仕事放棄)


恭文「いや、シャリアピンステーキを作ったら凄い美味しくできて……」

あむ「あぁ、食戟のソーマで作ってたやつだよね」

恭文「手法自体は昔からあるものでね。これが安めの肉でもいい感じになるのよー。というわけでお休みなさい」

あむ「ねるなぁ!」


(げし!)


タマモキャット「ほう……アタシと御主人のお昼寝タイムを邪魔するとは、なかなかいい度胸だな魔法少女! よろしい、ならば殺し合いだワン!」

あむ「いきなり過ぎじゃん! というかもっと平和的に戦えー!」

タマモキャット「何を言うか! あのオリジナルが槍で召喚された以上、常にキャットも臨戦態勢でなければならない!
というか、なによりアタシはバーサーカー! いろんな意味で狂ってベイビーしてなきゃ駄目なんだ!」

あむ「何、その謎の説得力!」

恭文「zzzz……zzzzzz……」

あむ「アンタも寝るなぁ!」


(というわけで、お休みなさい……zzzzzz……。
本日のED:EGOIST『英雄 運命の詩』)


タマモランサー「御主人様に種火を注がれ、なんとか第三形態まで進化完了! でももっと……もっとです! 御主人様ぁ!」

恭文「んにゅう……ゆか……さ……えへへ……」

タマモランサー「ちょっとお! なんかすっごい幸せそうな顔で、別の女と会ってるんですけど! 夢の中で! 夢の中でー!」

フェイト「あ、ヤスフミはお昼寝中なんだね。じゃあ私も……」

タマモランサー「駄目です! ノーサンキューです! それは良妻たる私の役目!」

フェイト「私も奥さんなのにー!」

タマモキャット「御主人……会ったかいぞぉ。なお外では寝ない……今外に出たら、マジで命に関わる」

古鉄≪七月だというのに、三十五度とか、三十七度とか……みなさんも熱中症対策は万全にしましょう。クーラーが使える人は必ず使いましょう≫

あむ「水分補給もまめに……だね」


(おしまい)






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