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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第11話 『頼もしき仲間たち』


……待てよ。ダム戦争から……そこで噂(うわさ)に聞く、連続怪死事件の凄惨な状況が思い起こされる。

というかついさっき、その一端に触れたじゃないか。


「おい、まさか……梨花ちゃん!」

「じゃあ梨花ちゃん、僕から質問……いいね」

「はい」

「雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件は、雛見沢症候群の存在によって説明できる。イエス、ノー……どっち」

「……イエスです」


それは、絶望の宣告だった。もう間違いない。二年目の事件は、沙都子が……あれ?

ちょい待て。それなら三年目と四年目はどうなる。症候群の側(がわ)から説明できるってことは……!


「ただ誤解しないでほしいのです。入江達の調べでも『その可能性が高い』とされているだけで、確証はありません。それに沙都子自身も」

「覚悟はしておいた方がいいよ」

「その、千葉一派の動きがあるからなのですか。警察の捜査は」

「進んでいるけど……苦戦、してるみたい」


つまり、そっちを止めるのは今のところ……か。そういう意味でも備えは必要だと、恭文は判断しているらしい。


「念押しになるけど、本当に説明できるんだね。全ての事件が」

「……はい」

「あと、入江診療所の地下……入江機関で眠っている子は、誰」


……機関本部だと!? それも間違いないらしい。梨花ちゃんは”そこまで知っているのか”と、完全に血の気が引いていた。


≪私のサーチで調べたんですよ。病人みたいですけど……その子も巻き込むかもしれませんし、保護の必要が≫

「体格からして、圭一達と同じくらいかな。男の子だよ」

「そんなことまでできたのかよ! お前凄(すご)いな!」

「うんうん! ……でも、確かにそれは……梨花ちゃん」

「……ごめん、なさい」


どうやら話せないらしく、梨花ちゃんは声を震わせながら必死に……今だけは、今だけはと懇願していた。


「入江に事情を話してから……説明させて、ください。もし外に運び出すのなら、入江の許可がなければ……」

「危険なんだね。その子を運び出すのは」

「かなり……」

「じゃあ幾つか確認。一つ、その子は雛見沢症候群の患者……それも重症患者。これは間違いないんだね」

「……はいです」

「”運び出す”ってことは、その子……意識がないの?」


それは俺も気になっていた。例えば入江機関の関係者で、特別に治療していたとする。

でも意識があるなら、移動できるなら、運び出すなんて……荷物みたいな言い方はしないはずだ。

それについても協力できるところがあるだろうし、俺とレナも視線で梨花ちゃんに問いかける。


「みぃ……L5なのです。妄想と現実の区別が付かず、見るもの全てを自衛のために叩(たた)き伏せようとする。
だからベッドにも拘束ベルトを着けて、基本はずっと眠ったままに……」

「それを外せば、どうなるの。そのときに目覚めていたら」

「以前、不用意にそんな状況を作ったスタッフは、整形外科手術が必要になった……そう言えば分かりますか?」

「な……!」

「OK。確かに専門家の知恵が必要だ」


つまり、それがどんな相手だろうと……ソイツの家族や恋人だろうと、容赦なく暴力を叩(たた)きつけるのか。


「二つ、その入江先生、本当に信用できるんだね」

「それは、間違いありません!」


その反射的かつ感情的な反論に、恭文は何も言わずに納得した。……今までの食い下がりが、嘘だと思えるほどに。


「入江は……確かに『東京』側の人間ですが、雛見沢症候群撲滅、及び沙都子の治療に全力を尽くしてくれています。
入江がいなかったら、沙都子は予後不良扱いで献体に回されていたんです」

「献体だと!」

「L5(末期症状)に至った患者は、情報保護……いえ、それ以前に”余りに危険だから”、そうすることが定められています」

「……レナも危うく、その予後不良になりかけていた。そう考えていいのかな」

「はい」

「とんでもない話だな、おい……!」


人一人を殺しておいて、不都合もないよう情報操作して……だが、病気の概要を考えれば、危険という意味も分かる。

現に前の世界でのレナや、どこかの世界での俺は……くそ、やり切れねぇ。


「三つ目、……梨花ちゃんを殺すのは、一体誰なのよ。雛見沢症候群絡みの奴なんだよね」

「……鷹野、そしてその配下にいる防諜(ぼうちょう)部隊≪山狗≫なのです」


それは俺も聞いているところなので、恭文とレナには首肯。


≪防諜(ぼうちょう)……ちょくちょく私達を監視している奴らですね。でもどうやって村内に潜伏を≫

「小此木造園という会社を隠れみのに」

「でもそれ、おかしくないかな。梨花ちゃんを疑うわけじゃないけど……話通りなら」

「あぁ。梨花ちゃんを殺す動機がない」


……鷹野さんは雛見沢症候群の第一人者なんだろ?

縁者から研究を引き継いで、その旧友に支援してもらってさ。で、梨花ちゃんはその中でもキーとなる女王感染者。

普通なら殺す理由がないだろ。今考えられるとしたら……それが、梨花ちゃんを戸惑わせていた。


動機が見つからないんだ。他者を納得させるだけの理屈が、言葉が。それじゃあ幾ら危険を訴えたところで……!




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第11話 『頼もしき仲間たち』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


鷹野さんは雛見沢症候群の第一人者なんだろ? 縁者から研究を引き継いで、その旧友に支援してもらってさ。

で、梨花ちゃんはその中でもキーとなる女王感染者。普通なら殺す理由がないだろ。

今考えられるとしたら……それが、梨花ちゃんを戸惑わせていた。


動機が見つからないんだ。他者を納得させるだけの理屈が、言葉が。それじゃあ幾ら危険を訴えたところで……!


「それこそ……鷹野さんが梨花ちゃんを解剖することで、症候群の謎を全部解明しようとか、それくらいだろ」

「ボクも似たようなものなのです……。オカルト趣味が高じて、鬼ヶ淵村時代の儀式を再現とか」

「……恭文くん」

「そこで四つ目。梨花ちゃん、そもそもの話、梨花ちゃんが死んだらどうなるの?」

「どうなる、とは」

「女王感染者なんてお題目が付いている。更に同じ感染者からもシンボル化されるんでしょ? 何か変化とかは」


そうか……女王感染者が死ぬことによる二次被害! それが狙いだとするなら、流れ次第では殺す理由も成立するだろ!

しかも、本当にあるらしい。二次被害に属するものが……梨花ちゃんの表情がまた重く、困り果てたものになった。


「飽くまでも予測であり、酷似事件のデータから言われていることなのですが」

「酷似事件?」

「確証はないんだね。OK……それで」

「僕の死から四十八時間以内に、村人全員が末期症状に至ります」


……梨花ちゃんが困り気味に呟(つぶや)いた結論に、一瞬……あの恭文でさえ、停止させられた。


「「は……!?」」

≪待ってください。妄想・錯乱に……陥ると言うんですか。二千人もの村民が≫

「梨花ちゃんが、死ぬことで!? 原因はなんでもいいんだよね! それこそ、餅に喉を詰まらせても!」

「はい。だからボクの安全や体調管理については、入江・鷹野……更に山狗が万全の体制を整えているのです」


洒落(しゃれ)になってねぇぞ……村人全員が一時期のレナやら、公由夏美みたいになるってのか!

いや、待てよ……それなら、オカルト趣味をこじらせて、そんな光景を見るために……違うな。

さすがに無理がありすぎる。梨花ちゃんが死ぬばかりではなく、村全体が暴徒とかして暴れるかもしれないんだぞ。


そんな状況を、研究の第一人者とも言える鷹野さんが見過ごすか? 自分の手で引き起こすか?

やるとしてももっと他に、理由がありそうな。


「あと、鷹野がその状況を目的として、ボクを殺すことはあり得ません……いえ、そもそも”そんな状況にはならない”んです」

「どういうことだ、梨花ちゃん」

「実は、入江に相談を」

「ちょ、おのれ」

「鷹野の存在については触れてないのです。ボクが殺されるとどうなるか、改めて確認して……そうしたら」


梨花ちゃんは自分を抱き締めながら、恐怖する……髪と同じくらい、肌を真っ青にして、がたがたと震える。


「初めて、知りました。ボクが死んだ後この村は……その存在から抹消される……村人ごと!」

「な……!」


梨花ちゃんが……監督が告げたのは。


――雛見沢(ひなみざわ)の崩壊と、抹消だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……あれは数日前のこと。入江に……鷹野が休みの日を狙って、相談を持ちかけた。

ちょうど定期検診のため、学校にくる予定があったから。それが終わったところを狙って……ただ、鷹野のことは説明できない。

説明した”世界”もある。人がよく、鷹野を尊敬もしている入江は、やっぱり信じてくれなくて……。


それで諦めて、止まっていた……恭文の言う通りだった。ボクはいつも大事なところで踏み込まず、傍観者を続ける。

勝手に怯(おび)えて、勝手に諦めて、自分では何も賭けようとせず、信じようとせず。

入江が、みんなが信じてくれないのは、私自身のせいでもあった。ある意味で鷹野とは正反対。


そもそも雛見沢症候群自体は、第二次世界大戦の時期に発見されたもの。それがなぜ、今の今まで日の目を見なかったのか。

当然発見者……高野一二三は、当時の軍部に訴えたらしい。この症状は研究の必要性があると。


でも軍部はそれを却下。……歴史の授業で教わるように、当時の日本(にほん)は国土に基づく物資差から、かなりの劣勢を強いられていた。

そこで必要だったのは、現実的かつ決定的な物量兵器。あるかどうかも分からない病気の研究になんて、時間と予算を割く暇はなかった。

だから高野一二三は一人で……生涯死ぬまで、一人で研究を続けた。それを引き継いだのが鷹野三四。


鷹野は小泉議員、だっけ? その人や周囲のバックアップも得られるように、全力を尽くした。


勉学に励み、高学歴を刻み。

それに違わない知性と言動、対応を見せつけ。

『東京』の重鎮達を相手に幾度もプレゼンし、陳情を行い、雛見沢症候群の研究価値を知らしめた――。


どれか一つでも欠けていれば、この状況には至らなかった――とは、入江の談。

鷹野は古手梨花を殺す憎き敵だけど、同時に幾度の試練を乗り越え、夢を叶(かな)えた≪努力の人≫でもあった。

だから入江も研究者として、一人の人間として鷹野を尊敬しているし、信頼もしている。


……逆を言えば学歴も刻めず……というか、刻める年齢でもなく。

百年の魔女と言ったところで、大した知性と教養を見せつけられるわけでもなく。

皆を納得する言葉一つ届けられない私は、入江達の信頼を得られていない……そういうことになる。


なので、話の切り口はこれにした。そう……将来への不安。


「――梨花さん、焦る必要はありませんよ。梨花さんはこれから、それを学び、刻んでいく年代なわけですから」

「みぃ……ただそうなると、高校や大学は雛見沢(ひなみざわ)から出ることになります。もし……もしもですよ?
症候群の研究がそれまで延長されていたら、どうすればいいのかと」


改めて鷹野を見て、その凄(すご)さを感じた。どうせなら私もあんな大人になりたい。

ならそのためにはやっぱり、勉強が……というところで不安を覚えたので、入江に相談した。


「申し訳ありません。……協力を申し込んだ当初から、想定するべきことでした」

「入江を責めているわけではないのです。……むしろボクは、入江に感謝しているのですよ。
入江がいなかったら……あのとき、手を伸ばしてくれなかったら、沙都子達は今ごろ――」


入江機関のマニュアルには、L5に到達した患者は予後不良として、内密な処分を定められている。

ようは献体として解剖し、研究に役立てる……一年目の事件では、実際に生きた献体が手に入ったそうだ。

それは現場監督を殺し、逃亡した主犯……彼らは現場監督も、犯人達も含め、揃(そろ)って雛見沢症候群に感染・発症していた。


考えてみれば当然のことだった。彼らにも生活があり、仕事がある。それがたまたま、雛見沢(ひなみざわ)のダム工事という話だっただけ。

彼らからすれば理不尽極まりない話だろう。そんな中で村民達のヘイトを一身に受けるというのは……。


沙都子達はそんな中、末期症状に陥った。でも入江は沙都子達を不びんに思い、新たな臨床実験を開始。

一年目の事件……そこから得られたデータを元に、当時作られた治療薬。そのアップデートを目的として。

沙都子や悟史にも話さず、大人の都合と理屈を使って、入江の勝手で始めた人体実験……そう言われたら否定できない。


入江当人も絶対に否定しない。でも、そうでもしなかったら……沙都子達は死ぬしかなかった。

そもそも雛見沢症候群の研究には、ばく大な資金がかかっている。病気自体が表沙汰にされていないから、医療保険なんて当然適応できない。

なら、その病気にかかって、治療しようって思ったら? これしか方法がなかった。


それでも症状が落ち着くか、失敗して廃人になるか、やっぱり献体として解剖されるか……そんな三択だったから、褒められたことではないけど。


……それでも私は、入江に感謝している。何だかんだでそれを認めてくれた鷹野にも、富竹にも感謝している。


そんな鷹野達を疑うことについては、本当に……心苦しいとも思っていて。


「じゃあ入江、ボクが現状で雛見沢(ひなみざわ)から長期間離れるのは、やっぱり」

「……女王感染者である梨花さんを≪雛見沢(ひなみざわ)のシンボル≫とするなら、やはり……余り望ましいことではありません。
ただそれは一年や二年と言った長期間での話です。修学旅行や、それより短いホームステイ程度なら問題ありません」

「それは助かるのです。一応分校にもありますから……何でも東京タワーに行くとか」

「そうですね、一度見ておくべきだと思います。……自然豊かで人情に溢(あふ)れる……とはいきませんが、それでも国の中心部ですし。
それにそんな場所で息づく、昔ながらの場所や人もいます。そう考えると面白い街ですよ」

「楽しみなのです」


ただ入江はそこで、『本来ならば……』と付け加える。


「そのような心配も、梨花さんの世代では必要ないことだったのですが……」

「以前言っていた、症候群の再活性化、ですか」

「えぇ。やはりダム戦争……更にオヤシロ様の祟(たた)りが毎年起こるようになってからは。
基本低確率……それこそ宝くじで一等賞が当たるようなものなのは、以前お話しした通りですが」

「それはつまり、疑心暗鬼が生じやすい環境になってしまっている」

「残念ながら」


古代の雛見沢(ひなみざわ)村民による”対策マニュアル”。それによって症候群の動きは沈静化し、自然消滅寸前というところまでこぎ着けていた。

でも入江達の調べによると、一連の事件でそれがパーになりつつある。一番の原因は……雛見沢(ひなみざわ)そのものの土壌。


オヤシロ様に対しての疑い。

虎の威を借る狐とも言える、園崎家への疑い。

同じ村民達への疑い。


そう言ったものが日常の中でも根付いていることで、発症確率が上がってしまっているの。

同時に『東京』が方針転換を謳(うた)いつつも、症候群撲滅の姿勢を崩さない理由。放置して、万が一村民が暴走すれば……大変でしょ?


「なら次……ボクが死んだ場合は」

「梨花さん?」

「いえ、将来のことを考えたら、改めて確認がしておきたくて。『三か年計画』の話もしてくれましたよね」


それで入江も、改めて察してくれる。将来への不安……その根源は、入江機関や東京の体勢変更にあると。

ボクも女王感染者として研究に協力しているので、その辺りに不自然さはないはず。


……人のいい入江を騙(だま)しているようで、気が引けるのは確かだけど。


「入江や鷹野達とも長い付き合いになりましたけど、いろいろ変わってくる頃合いなのかと思いまして……」

「そうですね……そこは以前お話しした通りです。とても大変なことになる……と予想されます。
万が一梨花さんが死亡した場合、村人全員が四十八時間以内に末期症状へ陥る」

「そこは確か、シュレディンガーの猫……でしたね」

「えぇ」


入江や鷹野から教えてもらった、思考実験の一つ。

危険物質と一緒に、箱へと押し込められた猫。時間を置けば物質の毒によって、猫は死んでしまう。

しかし、箱を開ける前には二つの可能性が存在する。猫が死んでいる可能性と、生きている可能性。


たとえ後者の可能性が余りに低くても、確かに存在している。矛盾した答えが同居した状況……それは今の私そのもの。

それは実際に私が死んで、確かめられることだから。私が生きているってことは、箱が開けられていない状態。

ゆえに入江達もその可能性を、危険性を鑑みて、最大限の保護と状態観測に尽力している。


「間違いないのは、梨花さんの寄生体だけが他の誰とも違う形であること。
雛見沢症候群に酷似した社会型脳内寄生虫には、女王感染者も含め前例があること。
……そして女王感染者の死を引き金に、それらが集団自殺や暴走などを引き起こすケースが、複数あるという点です。
その辺りについては鷹野さんの専門になりますから、彼女に直接聞いた方がいいかと」

「はい。あ……でも、入江達を信頼していないとかではないのです。絶対。
入江達がいるおかげで、そんな光景が見たいオカルトマニアがいても、安心して暮らせるのです」

「……鷹野さんのことですか?」

「違うのです。魅ぃから聞いたのですけど……えっと、インターネット? そこでオカルト大好きな人が……ホームページ?」


ごめんなさい、たどたどしいのは許して。やっぱりよく分からないの、平成(へいせい)の世……!

なので入江も……そんな、哀れむような目はやめて。悲しくなってくるから。


「そういうので、オヤシロ様の祟(たた)りがいろいろ議論されているらしくて。魅ぃ達園崎家が想定しない形で、有名になりつつあるのですよ」

「あぁ、それで……警察やマスコミには情報秘匿がかかっているはずですが、ネットや携帯が絡むと難しいところですね」

「携帯?」

「最近の携帯はデジタルカメラ……データ画像による写真撮影機能や、それ単体でインターネットに繋(つな)ぐ機能もあります。
なのでオカルトに限らず、一般市民が写真を撮り、文章を書き、インターネットに記載する……新聞記者のまねごとができるようになったんです。
ゆえに情報伝達速度がネット発達前と比べ、格段に速くなり……情報封鎖が難しくなった一面もあります」


一般人が新聞記者かぁ。平成(へいせい)、何だか凄(すご)いことになっているのね。

……やっぱり理解していくのは時間がかかりそう。というかその前に私、死にそう。


「と言っても、悪いことばかりではありません。ようは使いどころですから。……実際鷹野さんも」

「みぃ……オカルトマニアと議論しているのですか?」

「いえ。そういう形で自身のレシピを公開する、大型料理サイトがあるんです。
そこで見たトマトの皮むきテクニックが便利だと、この間スキップしていまして」

「……鷹野の株が現在進行形で急降下。大恐慌の真っ最中なのです」

「……そうですね。あれは……完全に別人でした」


入江もそこは衝撃的だったのか。でも鷹野、どんだけトマトの皮むきに意識が向いていたんだろう。


「何より”そういう目的”で梨花さんを殺害したとしても、無意味ですし」


気を取り直すように言い切った入江に、違和感を抱く。特に……無意味って辺りに。


「無意味? どうしてなのですか」

「あ……」


入江は口を滑らせたと、自嘲気味に頬をかく。でも逃げは許さないと視線で訴えかけると、観念して……背筋を正した。

その上で私に目線を合わせてくる。本当に真剣な話なのが窺(うかが)えて、私も入江に倣った。


「……物騒な話でしたので、私も話さなかったと思います。入江機関の症候群治療において、最優先事項……それは女王感染者の保護です。
ですが万が一、女王感染者が死亡し、感染者全員の発症が見込まれた場合……それを未然に防ぐ”緊急措置”が取られることになっています」

「緊急措置?」


いや、妥当だ。私でも同じことをする……雛見沢(ひなみざわ)の現人口は二〇〇〇人弱。それが一度に妄想・錯乱を引き起こせば、被害が村だけに留(とど)まる保障もない。

下手をすれば症候群に感染しながら、村外で生活している人間もどうなるか。対策を用意していくのは当然よ。


「非常時用の緊急マニュアルというものが存在しまして。その中でもっとも危険度が高い事態……つまり、梨花さんの死亡時に適用されるもの。
それが”緊急マニュアル第三十四号”というものです」

「……それが適用されると、何が起こりますか」

「村人が錯乱する前に……全員に緊急措置を、速やかに執行するというものです。
具体的には自衛隊の緊急時専門部隊が、雛見沢(ひなみざわ)を封鎖……全てを『なかった』ことにする」

「……それは、初耳です」

「申し訳ありません。私も、余り好きな話ではなかったもので」


入江には大丈夫と告げるものの、足が……心が震えていた。改めて感じた、敵の大きさに恐怖してしまった。


抜けていた。

完全に抜けていた。

これだけでも、私達の百年が馬鹿の繰り返しだと分かる……露呈してしまう。


もっと早くに考えるべきだった。今まで私は、古手梨花が死んだ後には興味を持たなかった。

後は野となれ山となれ状態だった。でも、私が死ぬたびに、そんなことになっていたなんて。


「みぃ……でも、それはとても安心なのです。ボクを殺しても誰も得しないのですね」

「えぇ。ただ……雛見沢症候群が撲滅されれば、当然ながら梨花さんも女王感染者ではなくなります。
『東京』内部の思わくはどうあれ、梨花さんの今後に負担をかけるようなことだけはないはずです。
……いいえ、絶対にないと約束します。沙都子ちゃんと悟史くんのことも含めて、全力を尽くします」

「入江……ありがとうです」


いいや、違う。そんなことを起こし続けていたのか……私達は!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……梨花ちゃんが恐怖し、止まるのも無理はなかった。


「それでもあなたは……あなた達は、言えるのですか」


相手は何の罪もなく、また事情を知らない村人達すら手にかける……その覚悟と手段を持っている。だから、恭文に問いかけていた。


「そんな強大な相手に踏み込めると」


それでも、戦って何とかできると……本気で思っているのかと。……だがそれも無意味。


≪「当たり前でしょ」≫

「な……!」


恭文は、アルトアイゼンは、何の迷いも、何の憂いも見せずに断言する。


「今更だけど燃えてきたね、アルト」

≪相手はデカければデカいほどいいですね。何しろ私達≫

≪「カッコ良すぎるからなぁ〜」≫


本気で言い切りやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 梨花ちゃんが怯(おび)えていた事情も知りながら、ぶった切りやがったぁぁぁぁぁぁぁ!

あぁ……梨花ちゃんが両手を組んで、天を仰ぎ始めた! 絶望して神に祈りをぉ! お願い、助けてあげてオヤシロ様ぁ!


「梨花ちゃん、諦めよう? 恭文くん達、まともじゃないもん」

「みぃ……ボクはやっぱり、赤坂に質問しなくてはいけません。もっと他にいなかったのかと」

「梨花ちゃん、頑張れ……! だがその緊急マニュアル第三十四号、だったか? そこを考えると、鷹野さんが犯人ってのは……」

「圭一くん、そうとも言い切れないよ」


レナは険しい顔で深呼吸。改めて梨花ちゃんに向き直り、幾つかの確認を取る。


「ねぇ梨花ちゃん、確認なんだけど……五年目の被害者は誰かな」

「……その鷹野と、富竹なのです。鷹野はドラム缶に詰められ焼死。富竹は鬼ヶ淵沼で、喉をかきむしりながら変死。
でも鷹野の死については偽装……富竹も恐らくは、H173を打ち込まれたと」

「H173?」

「研究過程で生まれたもので、症状を促進させる薬です」

「治療薬実験のためだね。モルモットなんかに投与して」

「はい。ただ沙都子への治験結果が主軸となったので、薬品自体や資料なども全て破棄されたはずなんですが」


恭文がすぐ納得したところから、薬を作る場合の常とう手段なのは理解できた。……じゃなかったら、ビビって声を荒げたと思う。


「それを手伝ったのが山狗なんだね。なら、富竹さんはどうして」

「富竹も『東京』の一員……入江機関への監査役なのです。
同時に機関周囲で問題が起こった場合、それを鎮圧する戦闘部隊『番犬』の出動を命じられる立場」

「な……! あの富竹さんがかよ!」

「なるほどね」


恭文は楽しげに指を鳴らし、状況を察する。というか、俺とレナも察することができた。


「監査中にその富竹さんが死亡すれば……それも”雛見沢症候群の末期症状”を連想させる死に方なら、『東京』内部も当然ごたつく。
その上研究の第一人者で、機関のトップでもある鷹野二佐までなくなれば……次に疑われるのは、入江先生」

「……はい。入江もその後を追うように……自殺に見せかけられ、殺されます。
それとは別に、ボクが見た夢のように……レナや詩ぃ、圭一達が暴走を」

「ただ梨花ちゃん、それを知りながら今まで黙っていたってのは、やっぱり”本気で止める気がない”と捉えられるよ?」

「それについては……すまん、俺も否定できない」


だったら富竹さんの死は、梨花ちゃんの死亡……同時に雛見沢(ひなみざわ)の滅亡を阻止する鍵だ。

綿流しが始まる前に、絶対に対策しなきゃいけないところ。それを放置し続けていたのは……。


「カバーするとしたら、雛見沢(ひなみざわ)の半分くらいが焦土となるけど」

「何をするつもりなのですか!?」

「え、もちろん……奥の手だけど。魔術師のことは話したでしょうが」

「……おい、まさか……」


そこで恭文はにたぁ……と笑う。あぁ、そうか……お前もその、魔術が使えるのか! 異能力で撃退するつもりかよぉ!


「まぁ僕は外道というか、真理を追い求める魔術師じゃなくて……単なる魔術使いだけどね」

「みぃ……どういうことですか」

「そもそも魔術師ってのは、根源と呼ばれる真理を追究するため、手に入れるために代々研究を続けている学者なのよ。
でもそういうのとは別に、魔術を戦いの道具なんかに活用する奴もいる。僕は後者なんだ」

「ちなみに、戦闘力としては……」

「基本的な強化……物質の存在意義を高める魔術だけでも相当。例えばこの服に魔術をかけると――起動(イグニッション)」


恭文が右の袖口を掴(つか)んで、何やら呪文を呟(つぶや)く。すると上げた腕――黒いコートの袖に光が走った。

蒼い回路図のようなものが刻まれ、一目で特異的なものだと分かる。


「軽く叩(たた)いてみて」


そう言われたので、袖をノックするみたいに……すると、どうだろう。

柔らかい布地だったそれは、まるで鋼鉄を思わせる質感になっていた。同じように確認した梨花ちゃんも目を見開く。


ただレナは……あぁ、元から知っていたんだな。異能力者ってのは。


「存在意義を高めるって言うのは、こういうことなのよ。服ならばより固く、剣ならばより切れ味鋭く。なお自分の肉体にも同じことができる」

「銃で撃たれてもへっちゃらってことかよ!」

「奥の手中の奥の手だし、ほいほい使わないけどね。……で、山狗部隊にHGS患者はいる?」


恭文は強化を――走らせた回路図を消した上で、梨花ちゃんに質問。……そうか、ここで異能力者だと明かしたのは、そのためか!


「HGS……あ、レナも授業で教わったことがあるよ。遺伝子病の一種だよね」

「あぁ、そうだ。変異した遺伝子により異能力が使える……そんな患者のDNAデータから、クローン兵士を作り上げようとした奴らもいたからな。
梨花ちゃん、その辺りはどうなるんだ。もしそんな奴らがいたら……」

「分からないのです。ボクが怖がってもアレだからと、山狗は当初から距離を取っていて……知っているのはリーダー格の小此木だけで」

「いるとしたら、そっちは僕の相手かな。HGSの犯罪者とも何度かやり合っているし」

「魔術を使って?」

「使えなかった頃から。まぁ内緒でお願いね」


魔術なしでも問題なしってことかよ……! だとしたら、やっぱり恭文はこのまま参加だ。

俺達小中学生と、実戦経験も踏んでいるであろう防諜(ぼうちょう)部隊。戦力の差は歴然としている。

そこにHGS患者までいるとしたら、それはもうどうしようもない。……恭文はそんな状況を打破する切り札になる。


もちろん直接対決は避けたいところだが、万が一の場合は……梨花ちゃんもその重要性は認めるしかないのか、困り気味に唸(うな)った。


「山狗の数は」

「ざっと見積もって三百人」

「その山狗、元々誰が設立したの」

「自衛隊の不正規部隊として、『東京』が……なので、ボクも疑問なのです。
確かに山狗は鷹野直属なのですけど、こんな暴挙を行うはずが。本来は止める立場なのです」

「だったら余計に動機が重要だよ。防諜(ぼうちょう)部隊だけを潰すのなら楽勝だけど、今回は『東京』の存在も絡む。
もし鷹野三四個人の問題ではなく、何らかの……あぁ、そうか」

「ねぇ梨花ちゃん、『東京』の情勢はどうなっているのかな。そもそも雛見沢症候群の研究はちゃんと進んでいるの?」


二人の意図を一瞬計りかねたが、俺の頭は幸運にも、すぐに加速してくれた。

そうだそうだ……背後関係があるとするなら、東京内部の事情が大きく絡むはずだ。まずそこを確かめないと。


「みぃー。そう言われても、研究自体は順調で……いえ、あの……そうでも、ないかも」


梨花ちゃんも思い当たるフシがあるのか、そう言えばと目を開く。


「つい最近、雛見沢症候群の研究は……三年以内の打ち切りが決定したんです」

「なんだって! だが、完全な治療薬もできてないんだよな!」

「アルファベットプロジェクト内で最近再編があったそうで。その結果の方針転換なのです」

「再編……そう言えばPSAと公安からの情報でもあったな」


恭文はタブレットを取り出し、素早く操作。そのデータを俺達に見せてくれる。


「高野一二三の知人だった小泉議員、最近亡くなったそうなのよ。
それでAP内部の派閥関係も変わって、旧小泉派と言われる人間が一掃されたとか」

≪そこには例の千葉も関わっています。なるほど……プラシルαの件は、これも後押しですか。
小泉議員も高齢ですし、先は長くないと踏んで繰り返した。研究が現在進行形で進んでいる、今のうちに――≫

「レナ達の病気がなくなったら、そもそもお金になる臨床データが取れない。その横流しもバレやすくなるから、だね」

「あんま連呼したくない言葉だが、本当に売国奴じゃないか……!」

「その辺りの話はやっぱり知りませんが……鷹野は研究継続を訴えに、東京へ出向いたそうです。結果は、一笑に付されたそうですが」

「となると……」


……そこで、ふと思考が止まる。そうだな……ここは雛見沢(ひなみざわ)の先人達を見習ってみるか。


「なぁ梨花ちゃん、ここからはみんなに相談してみないか」

「圭一くん?」

「でも魅ぃや沙都子は……信じてくれるでしょうか。それに、沙都子に負担がかかるようなことは」

「そのまま話さなければいいだろ?」


まぁ沙都子には悟られる可能性も高いが、それはそれ……俺もここまで止まっていたミスがあるし、アイディアくらいは出そう。

……結構楽しいことになるかもしれなくて、つい口元が歪(ゆが)んでしまう。


「現実の出来事として話さなければ……恭文、レナ、迷惑ついでに一つ頼めるか」

「いいけど、何かな」

「作家になってくれ」

「「「……はぁ!?」」」

≪あぁ、ハーレム小説ですね。やりましょう≫

「「勝手にOKするなぁ!」」

「圭一……あぁ、これが中二病なのですね」


天を仰ぎ見る梨花ちゃんには、不敵な笑みとサムズアップを返しておく。……すぐに分かるさ。

それで知らしめてみせよう。我らが栄光の部活に不可能などないと!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日のところはお開き――明日は金曜日なので、明日圭一のプランを実行。その上でまた考えると決まって、今日のところは解散。

とりあえず梨花ちゃんから情報も引き出せたし、相手の動きを封じる道筋も見えた。


”さて、強引すぎるかとも思いましたけど、その価値はありましたね”

”うん。小此木造園、山狗……いろいろ聞けたしね。それに梨花ちゃんの話しぶりからすれば、入江先生はシロだ”

”ただその梨花さんもアレですし、油断はできませんよ? ……どうしますか”

”まずは明日だね。ただいずれにせよ、早い内に富竹さんと入江先生には相談が必要だ。それはそうと”


そっちも大事だけど、もっと大事なことがある。


「今日の罰ゲーム、どうしよう……」

≪あなた、まずそこですか≫

「当たり前だよ!」


マズい……マズいマズいマズいマズい! 圭一と魅音があの調子だから、連鎖的に僕の方にも圧力がー!

というか、さすがに悔しい! 僕だって……僕だってデートする相手くらいー!


≪ある意味地獄行きですねぇ。向こうは出会ってひと月足らずで婚約しているというのに、あなたときたら≫

「言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ! どうしよう、マジでどうしよう! 奴ら、本気でレポートを求める覚悟だ!」

「雛見沢(ひなみざわ)の部活だしねー。それも当然だよー」


……そこで慌てて右側を見ると、レナが笑顔で寄り添っていた。一緒に、歩いていた……!


「レナ、安らかにお休み……」

「どういう意味かな! かなぁ!」

「いつの間にいたのよ! というか、どうしてこっちに!」

≪家は逆方向……あぁ、この人が恋しくて≫

「違うよ! お買い物だよ! 今日はね、肉じゃがの予定なんだー」

「おぉ、それは美味(おい)しそうだ」

「美味(おい)しいよー。竜宮家秘伝の肉じゃがなんだからー」


肉じゃがかぁ。先日止まったときの朝ご飯も美味(おい)しかったし、きっと……よし、僕も今日は肉じゃがだ! 甘めなやつを作るぞー!


「そう言えば」

「うん」

「勉強はちゃんとしてる?」


レナはからかうように笑ってくる。実に居心地の悪い感じがして、ついこめかみをグリグリ。


「何とかね……とりあえず、自分の知識が浅いことはよく分かった」

「あははは、それでへこんでるんだー。あれだけ啖呵(たんか)を切ったのに」

「それは言わないで……!」


そう、最近僕は勉強を始めました。新しい分野というか……プロファイリングの基礎知識を。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


キッカケは垣内(かきうち)から戻る前日……特車二課や鷹山さん達絡みで、山沖署長と少しやり合ったとき。


「……だが面白い、か」

「えぇ」

「後藤くんと彼が見込んだライトスタッフ達も、同じだったのかねぇ」


山沖署長は肩を竦(すく)めて、後藤くんと……親しげにその名前を呼んだ。


「山沖署長、もしかして後藤さんのことを」

「これでも元公安だからねぇ。カミソリ後藤と言えば、本庁切っての切れ者……それが島流しにされたときは、本当に残念だったよ。
……まぁそんな先である特車二課・第二小隊が、超法規的かつ伝説的活躍を積み重ねたときには、納得もしたが」


それはいい意味でも、悪い意味でも……そんな感じなのだろう。後藤さんも出世や組織に拘(こだわ)るタイプじゃないし、署長の主張とも外れる人だ。

……署長としては、後藤さんのように優秀な人こそ出世して、重要なポストに就くべきだと考えているんだろうけど。

それは僕もそうだし、巴さんにも”こういうこと”を言う辺りから想像できる。


相応の経験と能力、正義感を持った人間が組織の上に立てば……その辺りは、リンディさんやフェイト達の流れからも経験済みだ。


「君はよく似ているよ、後藤くんに……見ていると、若い頃の彼を思い出す」

「松井さん……後藤さんと連(つる)んでいた刑事さんにも言われましたよ」

「そうだろうね。切れ過ぎて、属する組織の不都合まで断ずる危険性がある。しかも君達は、それを一切躊躇(ためら)わない。
場合によっては口八丁手八丁で上層部を脅し、強引に我を通す。出世や立場に頓着もしない辺りまで、それはもう……」


山沖署長は少しまくし立てるように羅列してから、大きくため息。


「ハッキリ言うが、君も立派な悪党だ」


それは否定できないので、肩を竦(すく)めて応えるしかなかった。


「……署長?」


いきなり悪党呼ばわりしてきたので、巴さんが拳を鳴らす。それに怯(おび)える署長は、後ずさってホールドアップ……!


「いや、違うぞ巴くん! 悪党というのは誹謗(ひぼう)中傷ではなくて……その、後藤くんに対しての総評なんだよ! それも公然の事実みたいな……ものでねぇ!」

「そこは本当らしいですよ。特車二課・第二小隊の超法規的活躍……その要因の一つです」

「……でも、そんな人間を組織に置くのってリスキーなんじゃ」

「それはねぇ。実際特車二課・第二小隊には≪後藤喜一の遺産≫なるものがあるらしいしね」

「遺産?」

「さっきも言ったが、彼は組織人としては失格……だがそれでも渡り歩けるよう、各所の弱みをいろいろ握っていたとされている。それが遺産だよ」

「それは、僕も聞いたことがあります。ただ遺産というか、単なる噂(うわさ)というか……」


一応特車二課・第二小隊の関係者ではあるけど、あの一件だけとも言えるしなぁ。僕も詳細が分からないので、つい頭をかいてしまう。


「レイバー業界自体が致命的衰退を起こし、レイバー犯罪も激減していますよね」

「えぇ」

「そんな状況にも拘(かか)わらず、特車二課・第二小隊がなぜ存続できるか。第一小隊も解散となっているのに……第二小隊だけが」

「それは、レイバー運用の技術保持が目的じゃあ。第二小隊にはグリフォン事件やHOS事件解決の実績もあるし。
実際私は広報室でそう……その遺産があるからってこと?」

「その通りだ。第二小隊に手出しをすれば、遺産の蓋が開き……TOKYO WARで再編された警察上層部に再び激震が走る。
それほどのスキャンダルが詰め込まれた、パンドラの箱≪後藤喜一の遺産≫――蒼凪くん、君はその中身については」

「全く知りません。というか、後藤さんと親しかった松井さんや、他の人達もさっぱり……実在しているかどうかも、ちょっと」

「それで結局、シュレディンガーの猫状態が続いていると……そう考えるととんでもない男ね、後藤喜一って」


それは全く否定できない。しかも後藤さんは警察官を辞めて行方知れず。どこかでのたれ死んでいる可能性だってあるのにね。

でもそれだけ警察という組織で……出世コースからも外れた昼あんどんにも拘(かか)わらず、影響力を残し続ける人間もそういない。

でも同時に、その伝説ゆえに後世を威圧しているとも言える。だから、よく似ている僕を制止した……してしまったという感じだろう。


その切れ味をほんの少し鈍らせ、周囲との調和を取るべきだってさ。でもそれは余りに筋違いなので、笑ってしまう。


「でもまぁ、後藤さんに似てるっていうなら本望ですね」

「やはり、考えを変えるつもりはないか」

「さっきも言ったでしょ? それじゃあつまらない……なんで僕が……全次元世界で至高の存在たるこの僕達が」

「なぬ!?」

「有象無象の塵どものために、全力を封印しなきゃいけないんですか。馬鹿馬鹿しい」


そう断言すると、なぜか署長と巴さんが揃(そろ)ってずっこけた。

あれ、おかしい……足腰が弱いのかなぁ。でも署長はともかく、巴さんは若いのに。


「自信過剰すぎるだろうがぁ!」

「だって僕達って、カッコ良すぎるじゃないですか!」

≪そうですよ、カッコ良すぎるでしょ?≫

「言い切るなぁぁぁぁぁぁぁぁ! えぇい、その本気の目はやめたまえ! それはまた別の意味でまともじゃないぞ!」


そう……僕達が悪いわけじゃない。

結局のところ、時空管理局や既存の警察組織が、僕達という至高の存在に見合わないだけのこと。

悲しいかな、これが現実……現実! だから山沖署長、頭を抱えないでください。現実を認めましょう。


「……ちなみに山沖署長、件(くだん)の後藤さんはこういう」

「こんな自信過剰はなかったよ!」

「ですよねー。なら蒼凪君、時間ができてからでいいわ。小学校から通い直しなさい」

「え……」

「そのどん引きな顔はやめなさい? あなた達の発言に、むしろ私達がどん引きだから」

≪「え………………」≫

「だから、引くなって言ってるでしょ!? ……それで本格的にプロファイリングも学ぶこと。
現場実績と経験だけではなく、もっと学ぶ時間を作りなさい」


へぇ、そっかぁ。僕がプロファイリング……プロファイリング!? え、でも確かプロファイリングって、まだまだ未知の分野で、勉強できる土台が。


「偶然ここに、垣内(かきうち)署では一番詳しい私もいるわ。簡単に資料も纏(まと)めてあげるから、まずはそれだけ覚えなさい」

「どういうことですか……署長!」

「そこで私に振って、助けてもらえると思っているのかね!? だが巴くん、それは」

「今のプロジェクト内容を漏らしはしません。あくまでも本条さん達に教わったことのコピーです」

「でもどうして……それだって重要なデータじゃ」

「……学びなさい。君達が正しく、楽しいと思える道を突き進むために」


巴さんは笑って、そっと……僕の両手を取り、強く握ってくる。痛いくらいに……でも、何かを伝えるような必死さも込めて。


「それはあなた達の手を大きく、強くするわ」

「巴さん……」

「起爆剤ならもっと燃え上がれってことよ。後の始末は私達がやってあげるから」

「……南井くんの言う通りだねぇ。君自身の未来も繋(つな)げるように……学び、仲間を作っていきなさい」


署長も諦めた様子で、僕の肩を叩(たた)く。


「いざというとき、君を信じ、助けになってくれる仲間を。いや……君達、だったね」

「署長」


……僕に期待してくれているって、ことか。


結果的に手を払っているのに、進むならより全力を尽くせと……それには若干の申し訳なさと、多大な感謝の念を抱く。


「……ありがとうございます」


結局それを表すには不十分すぎる、ありきたりな言葉しか言えなくて。でも二人は、それでいいと……受け止めてくれて。

だからせめて、巴さんに取られた両手をしっかりと……同じくらいの強さで、握り返した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そんなわけで、巴さんが纏(まと)めてくれた資料を読み込む毎日……でも大変! いや、有り難いし楽しいんだけどね!

でも同時に、この状況でそこまでしてくれたのが……本当に申し訳ないやらで。

実はレナもその話は知っていて、だから進展具合を確かめてくる。とても意地悪げな様子で。


有り難いやら申し訳ないやらで、僕がどう返すべきかと困っているのも知っているから。……むぅ。


「でも頑張らないとねー。南井さんも期待してくれてるんだよ」

「き、肝に銘じます……銘じ続ける毎日です、はい」

「それと……ねぇ恭文くん」

「うん」

「罰ゲームのデートなんだけど……付き合って、あげようか」


気合いを入れていると、レナがはにかむ。そうして言われた言葉が理解できず、一瞬混乱してしまった。


「か、勘違いしないでほしいかな! 恭文くんがあんまりに惨めで可哀相(かわいそう)だから、助けてあげるだけだし!」

「そっか……でも大丈夫だよ、レナ。気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう」

「なんで速攻で断るの!?」

「やかましいわ! 惨めで可哀相(かわいそう)とか言われて、アッサリOKできるかっつーの!
こうなったら奥の手だ……フェイトの『浴衣で肌着を着け忘れて事件』をダシに」

「それは絶対やめようね!? だからフラグが立たないんだと思うよ!? ……だから、あの……ね」


両手をわなわなさせながら、最終手段に思いを馳(は)せる……でも、レナはそっとそんな僕の手を押さえ。


「………………この間の、お礼……したいなって」


小さく、でも確かに呟(つぶや)いてくれた。というか、レナ……手が震えてる。


「ま、まぁ……恭文くんがレナと嫌っていうなら、仕方ないけど」

「……そんなことないよ」


僕は本命もいるというのに、甘いのだろうか。

でも……レナが必死に、勇気を持って伝えてくれたことは、嬉(うれ)しくて。

できる限り応えたいって思ったのも、嘘じゃなくて。


「ありがとう、レナ」

「ん……」

「でもどこに行こうかぁ」

「都会はこの間行ったし……今度はピクニック、どうかな。雛見沢(ひなみざわ)の近くにはね、いろいろあるんだー。
川遊びできるところとか、ハイキングできるところとか……裏山は絶対駄目だけど」

「……うん、知ってた」

≪なんですか、あのトラップ群……がちな戦地でもお目にかかりませんよ? あんなエグいのは≫

「魅ぃちゃんの教授もあったせいだよ……」


そう、裏山は沙都子のテリトリー。僕でも命がけなトラップがわんさかと積まれている。

そんな中を自由自在に歩き回れるのは、沙都子当人とレクチャー役だった魅音だけらしい。……村にそんなものを作るなと言いたい。

なので裏山は除いた上で、レナと買い物を楽しみつつ……デートの行き先を決めていく。


自然と繋(つな)いだ手を、しっかりと握りながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――赤坂がどうして、恭文とアルトアイゼンを選んで送ってきたのか……よく分かった。嫌ってほどに。

タチの悪い悪魔と契約した気分だった。しかし契約は破棄できず、止まることももう許されない。

しかも、入院中のあの子についても知られていたなんて……! ううん、感謝するべきなのは分かっている。


その話に触れてきたのは、あの子を巻き添えにしないため。見殺しでの勝利をよしとしないから。

でもこうなると、早々に……入江と話す必要が出てきてしまって。入江が、そして富竹が私達の話を信じてくれるだろうか。

今までは無理だった。鷹野が私を殺すと言っても、その証拠がなくて……出てくる頃には手遅れで。


恭文が忍者として尋問する? ううん、それでも無理。症候群のことはもう認めるしかない。

でも、鷹野が古手梨花を殺すことは、やっぱりあり得なくて。だからまず必要なのは、二人を納得し、引き込めるだけの説得力。

確かに『東京』の状態もよろしくないけど、だからって……悩んでいる間に夜が明け、翌日。


既に決定したデートで、しどろもどろだった魅音。

いろいろ悟られた結果、若干視線が冷たかった沙都子。

そんな沙都子から何か聞いているのでは……そう思うほどに優しかった詩音。


放課後に三人と恭文、レナ、圭一を交えて、この辺りを相談することになった。最初、私は反対した。

普通に話して、聞いてくれるわけがない。何かの漫画だと思われるって……でも、そうしたら圭一は……!


「へぇ……まさかやすっちの冒険譚(たん)が、あの名作『侍少年ナギー』のモチーフになっていたなんてね! こりゃあ驚きだ!」

「というか、レナさんも小説を書いていたなんて驚きですわ! それにあらすじもとっても面白そうです!」

「『東京』という組織にまつわる陰謀……寒村に根付く風土病と、その中で女王感染者とされる女の子の物語ですかー。
というか、村の情景は雛見沢(ひなみざわ)がモデルなんですか?」

「そのつもりだよー。むしろ現地調査はばっちりって感じー」


恭文とレナが共同で、オリジナル小説を書いている。みんなにはそう話したの。

なおその筋書きは……まんま私の現状なんですけど! 何これ! どんな辱め!? 私の人生は漫画みたいってこと!?


「で、やっちゃんがたまたまレナさんの小説を見て、面白そうだから侍少年ナギーに……レナさん、印税がもらえますよ!
結婚詐欺で取られた分くらいは、軽く補填できますって! 御殿が建ちますって!」

「いやいや、違うって。……その村はレナも言った通り、雛見沢(ひなみざわ)がモデルなんだよ。
その場合、モデルとなった人や物の明記はどうするのかってのも悩んでいたから」

「それで同じような経験をなさった恭文さんが、アドバイスをされたのですね」

「そうなんだー。結構突っ込んだ話も聞けたから、レナ的には大助かりだよー」

「くくくくく……レナァ、どんどんやすっちとの距離が縮まっているねー。おじさんは嬉(うれ)しいよー」

「……そうだね。圭一くんと魅ぃちゃんを見習ってるから……かな」

「がはぁ!」


あ、魅音のヒューズがまた飛んだ。自分の現状も考えず、やぶ蛇にツッコむから……。

なお侍少年ナギーは、草薙まゆ子という人が描いている少年漫画。……どうもモデルが恭文らしいの。

だから漫画で描かれた戦いやお話は、恭文が実際に体験した事件がモチーフらしくて。


その関係からレナの相談に乗って、そこからみんなに……という自然な流れを演出していた。

なお私はその漫画、完全に知識外です。……しょうがないでしょ!? 昭和(しょうわ)の時代にはなかったんだから!


「でもお姉や私達に相談したのはアリですよ。ね、お姉」

「う、うん……おじさん、こう見えても」


魅音は何とか立ち上がり、胸を張って虚勢……足下がふらついているので、いつも通りに見えるだけだった。


「サークル申し込みからネームに下書き、ペン入れ、トーン、背景、写植、後世、入稿、出版、配布にサポートまで全部できるから」

「おま、それは同人じゃねぇか! ……いや、今ならそれもアリなのか?」

「アリだよ。どうせ雛見沢(ひなみざわ)がモデルって言うなら、近辺の写真を撮って、多少加工してさ。ビジュアルノベルゲームにするのもアリだよ」

「はう!? ゲーム!? ゲームでいいの!? 小説なのに!」

「選択肢がなくて、単純に読ませるタイプのものでも問題なし! そこでキャラが可愛(かわい)ければ、尚(なお)のことよしだよ!
さすがに夏の申し込みはもう無理だけど……今から頑張れば、冬は行けるよ! サークル雛見沢(ひなみざわ)!」


魅音が何を言っているのか、さっぱり分からない。夏って何? 冬って何? オリンピックか何か?


≪私としては、魅音さんが何のジャンルでそこまで登り詰めたのかが気になりますね≫

「だね……でも、魅音が言う形もありか。実際同人で出したオリジナル作品が受けて、アニメ化及びコンシューマゲーム化した例もあるし」

「恭文くんまでー! やめて、どんどん話が大きくなってるよー!」

「そうですわよ。その前にあらすじを何とかしないと……それでレナさん、詰まっているところというのは」

「うん……」


もう一度言う。圭一達は雛見沢(ひなみざわ)と私の現状を、とても正直に説明した。……連続怪死事件を除く形で。

そういう小説を書いているけど、設定で詰まっているところがあると相談した。そう、たったそれだけなの。

自分の頭が固いことに絶望した。こんな前置きを作るだけで、ここまで素直に聞いてくれるなんて……!


「えっと、女王感染者が死ぬと緊急措置発動……村が丸々全滅させられてしまうわけでしょ? そこが最大のポイントだよね」

「そんな凄(すご)い人がいらっしゃったら、それだけでもう要注意ですわね。豆腐の角にでも頭をぶつけられたら、それだけで村が全滅ですもの。
捕まえて、ぐるぐる巻きにして、土蔵にでも放り込んでおいた方がいいに決まってますわ」


沙都子、そう言いながらこっちを見ないで……そうよね、怒っているわよね。でもやめて、泣きたくなるの。


「部活もできませんよね。精神的に死にますし。”精神の死は肉体の死”とも言いますし」


詩音、やめて。それは私に突き刺さるから。それで何度も参加している私が馬鹿みたいだから。


「でもそうしないで殺すんですよね。そうしたら大変なことになると分かっているのに、なぜ殺すか……。
確かにここは破綻なく、きちんと決めないと。それができたら大きな盛り上がりになりますよ」

「うん……レナもそう思ったんだけど、もっともらしい動機が思いつかなくて」

「一応僕は提案したんだけど……焼き肉で、大事に育てていた肉を取られたからだと」

「却下とも言ったよね!」

「でもあったよ? 前に関わった事件で……生徒が教授にそれをやられて、危うく大学病院全体を巻き込んだパンデミック」

「実例での説得力は持ち込まないでー!」


ホントよ……! そんな理由で殺されてきたとか、絶対嫌だし! 嫌み!? 非協力的だから嫌みかしら、それは!

唯一救いがあるとすれば、みんなも『さすがにそれは……』という様子だったこと。

ただまぁ、そんな事件に関わった恭文については、深い同情の視線を向けてしまうけど。


この男がいろんな意味で非常識なのって、こういう事件に関わって、常識を破壊されてきたせいじゃ……百年の魔女でもないのに。


≪動機の輪郭らしきものは、朧気(おぼろげ)に見えて……また見えなくなってって感じですよねぇ。成立自体は無理ではないと思うんですけど≫


とはいえ、何のヒントもなく、実際の状況に触れてもいないみんなに……それが掴(つか)めるだろうか。


「……わははははははははは! そんなの全然楽勝じゃん!」


疑問に思っていると、魅音が豪快に笑い。


「女王を殺せば村も滅ぶって時点で、もう十分動機を構築できるよ!」


昨日から……いいえ、この世界にきてからの悩みを、遠慮なく吹き飛ばしてくれる。


「そ、それはどういうことなのですか! その悪役は、病気のことをもっと研究したいと思っているから……それが終わるようなことは!」

「そんなの大した問題じゃないって。……レナ、その研究データを横流しして、稼いでいる奴が組織にはいるんだよね」

「うん。その事情を組織は、その女の子は知らないの」

「その時点で悪役には、更に上の黒幕組織がいるわけでしょ? だったらそれを絡める。
……ソイツらの中に、悪役を利用する奴がいるって設定にするんだよ」


鷹野を利用する、悪役……『東京』内部に!?


「いい? 女王が死ねば村は大混乱に陥り、隠匿のため大がかりな緊急措置が決行。全てがなかったことにされてしまう。
これはね、基本的に”最悪の事態”への対応策であって、決して抜いてはならない≪伝家の宝刀≫だよ。
抜いてしまったら事態収拾はできても、ただでは済まされない大事になる」

「確かにな。恭文、政治家の世界じゃあ責任追及や辞任要求があるよな。実際TOKYO WARや核爆弾爆破未遂事件でも」

「あったよ。……つまり、政治結社とも言える『東京』内部には、緊急マニュアルを発動させて得する奴がいる。
問題は緊急マニュアルが発動した際、それが誰の責任に向くかってところだ」

「秘密作戦だから騒ぎが表沙汰にならなくても、『東京』という組織内で強烈な責任追及が行われるのは間違いないねぇ。
……ってことは、それだけで十分”女王を殺す動機”はあるんだよ」

「なるほど……をーほほほほほほ! わたくしのトラップ脳がギンギンして参りましたわー!」


考えてみれば当然のことだった。

世の中に吹く風は、必ずどちらか一方に流れる。立場によってそれは逆風ともなるし、追い風ともなる。

それだけの処置が行われる……それが逆風となる人間もいれば、追い風となる人間もいる。


政治的派閥闘争の結果、より高いポストに就くことができる人間も……もしかしたらそれで、『東京』の全権を握ることだって叶(かな)うかもしれない。

あとは心情の問題だけかもしれない。村人二〇〇〇人の命と、権力者としての利益……後者を選ぶだけのうまみと理由があれば……!


「どんな組織にも勢力・派閥があり、意識を違えるものです。ましてや『東京』は巨大な黒幕組織。
ならばその力と利益を巡って、魑魅魍魎(ちみもうりょう)達の思わくが入り乱れているはずですわ」

「研究データを横流ししている奴らも、その一角ってわけさ。でさ、仮にソイツらを”研究継続派”とするよね。
もちろん狙いは更なるデータが増えること……横流しする商品の品ぞろえを増やすことだ。
……わたしだったら、ソイツらに責任を押しつけるね。裏金での権力増強も阻止できるし、組織の面汚しどもを堂々と処刑できるんだから」

「みぃ……それなら普通に逮捕するとかは」

「駄目駄目! そんなことになったら、自分達にまで飛び火しかねないでしょ!?
安全確実に、権力を増していく政敵に攻撃を仕掛けるなら……これがベストだね」


どんどん霧が晴れていく。鷹野だけに絞って考えていたら、私だけで考えていたら、決して晴れなかった霧。

それが今、仲間達によって晴らされていく……!


「でも、それにたか……悪役が協力する理由はなんでしょう。それは組織の事情で、一研究員である彼女には関係がないのでは」

「そこなら説明できるよ、梨花ちゃん」

「恭文?」

「その悪役は研究をもっと続けたいけど、三年で打ち切られる……陳情したけど一蹴された。
しかもその研究は自分の縁者から受け継いだもので、自分一人のものではない。二人分の人生を賭けた、大事な研究だ」

「はい」

「当然傷ついているよね。その成立のために努力を積み重ねてきたのに、その努力すら踏みにじられて……プライドもずたずただよね。
……だったら選ぶ道は二つ。泣き寝入りか復讐(ふくしゅう)だ。創作物的には泣き寝入りじゃあつまらないから、ここは復讐(ふくしゅう)としよう」

「でもあと三年は続けられます。その間に満足のいく答えを出せる可能性だってあるのでは」


入江もそう言っていた。今までのデータを持っていたけど、相当辛辣に叩(たた)かれたと……でも、だからって鷹野にしては短慮すぎるような。


「関係ないよ」

「どういうことなのですか」

「三年後に終わる、三か月後に終わる、三日後に終わる――期間が違うだけで、結局ゴールは定められているよね。
それって聞いた本人にとっては、結局同じことなんじゃないかな」


……そこでまた、自分の短慮を突きつけられる。


「なるほど……そういえば前にテレビで見たことがあります。末期患者が一番衝撃を受けるのは、告知を受けるときだって。
まぁ当然のことですけど、”いつ死ぬか”ってのがゴールとして定められているのはキツいですよ」

「で、でも……三年の間に、やっぱり研究継続になる可能性も! 悪役もそんな、短慮を起こす人ではなかったら!」

「そこで研究データの横流しだ。……もし悪役がその事実を教えられたら、どうなる?」


なぜだろう。私にはその光景がありありと想像できる。


「もう一度言うけど、悪役が半生を賭けた研究だ。その貴重なデータが裏金のネタとして利用されていたら?
それも自分が知らないうちに、勝手に進められていたら……どうなる?」

「あ…………!」


鷹野の味わったであろう苦痛が、絶望が、どうしようもないほどの怒りが分かる。

胸の中で嫌というほどに伝わる。同時に理屈ではなく、感性と本能で理解する。


”これが正解”だと――!


「聞くまでもありませんわね。『東京』は研究価値を理解していない……悪役が訴え続けたような、正しい学術的価値になど興味がなかった。
考えることはいかに研究を利用して、自身の懐を増やせるか。……これ以上ないくらいに侮辱する行為ですわ」

「当然許せないだろうな。俺でも”殺してやりたい”って思うくらいに憎むかもしれない。
……その話を出されるだけで、奪われるわけだ。組織で研究を続ける理由を……その意義を」

「同時に攻撃理由も成り立つね。縁者から引き継いだ研究……それが続けても、やめても踏みにじられるなら、せめて自分の手で終わらせる」


その意味が最初は分からなかった。でも、私自身に置き換えればすぐに理解できた。


「うんうん、レナもアリだと思うよ! ……つまり、いるんだね……誰かが悪役に、その事実を教えた」

「それはデータ横流しをしている奴らとは、また別の派閥だね」


鷹野も私と……私達と同じだったんだ。


「にっちもさっちもいかない状況で、優しい言葉をかけられたらコロッといくだろうしなぁ。
更にそうして邪魔な奴らを排除した後、改めて研究継続を支援しますよーって話せば」

≪いけますね≫

「そう考えると、その悪役も哀れだよねぇ。でも……そういうキャラの立て方もアリか。いや、アリだな。
夏の新刊はそれでいくか。陳情に行った結果、エロ親父どもから……アリだね、これはぁ!」

「……魅ぃちゃん、そのハッスルは中学生としてよくないと思うなぁ」


どうしようもない運命に努力で、知恵で抗(あらが)って、道を切り開いてきた。

でもその先の仕打ちが”これ”だった。研究を続けたくても、その道が閉ざされた。

それだけならまだよかった。問題は努力でまた道を切り開いても、それが裏金のネタになるだけという……悲しい現実。


千葉一派の行為は、鷹野からすれば許し難いものだろう。圭一が言う通り『東京』に頼る意義そのものがない。

あとは誰かが……緊急マニュアル発動が追い風となる”誰か”が、鷹野を焚(た)きつけるだけでいい。

ようやく見えた。それが私の……古手梨花と仲間達の超えるべき壁であり、倒すべき敵。


でもそれなら、鷹野は?


『憎むべき敵』の姿が、急に小さく見えて……私の中で迷いが生まれた。


(第12話へ続く)




あとがき


恭文「というわけで、どんどん話を進める澪尽し編……だけど、祭囃し編の要素も絡めて大騒ぎ。お相手は蒼凪恭文と」

フェイト「フェイト・T・蒼凪です。……今日は七夕ということで、うちでも笹の葉に短冊を飾って……そうめんを食べて」

恭文「節句食なんだよ、七夕にそうめんは。でも美味しいなぁ」

フェイト「うんー」


(ずるずるーずるずるー)


恭文「そうそう、読者からも願いごとが届いているんだけどさぁ」

フェイト「うん?」

恭文「何じゃこりゃああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」


(七夕ということで願い事をば。

『恭文がいい加減、巨乳好きを認めますように』 by 生涯一とまと読者)


恭文「拍手、ありがとう! でも何、この願いごと!」

フェイト「ヤスフミ、大丈夫だよ? 私はむしろ、大きい方が好きだと……嬉しいし」

恭文「そういうことじゃないー! どうしてこうなった!」

イシュタル「いや、そりゃ当然でしょ」


(さらっと登場するのは、あかいあくまな女神さん)


イシュタル「前もツッコまれていたのに……お嫁さんは胸の大きい人ばかり。
初対面または再会した人へのモノローグには、必ずスタイルへの感想……なによ! そんなに大きいのがいいわけ!?」

恭文「誤解だー!」

アブソル「……もっと、大きくなれますように」

ラルトス「それでおとーさんと、ずっと一緒にいられますようにー」

カルノリュータス「カルカル……カルカルー!」

カスモシールドン「カスカスー!」

どらぐぶらっかー「くぅー」

白ぱんにゃ「うりゅりゅ! うりゅー!」


(蒼凪荘の動物さん達も、それぞれ思い思いにお願いをさらさら……空には天の川が輝いていた。
本日のED:アセンション『彩音&いとうかなこ』)


恭文「スプラトゥーン2前夜祭、七月十五日の十七時から開催決定! なおゲーム自体のダウンロードは既に開始。
対戦はできないものの、ロビー的なタウンをうろつける模様です……ちょうどライブ配信をやっていた」

古鉄≪そう言えばあなた、武器は何を使う予定ですか?≫

恭文「わかばシューター……スプラトゥーンは体験試射会で初めてだし、まずは基本の武器を押さえて」

古鉄≪ローラーで切り払っていきましょうよ。あなたは近接型でしょ?≫

恭文「そういうゲームだっけ!? スプラトゥーン!」

李衣菜「でも楽しみだよねー。前作ではS+だったし、今作もどんどん上を目指していくよー」

みく「李衣菜ちゃん、それは中の人にゃ……」


(おしまい)






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あきゅろす。
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