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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第10話 『雛見沢症候群』


……俺の頭に描かれた数値表が、まるで渦を描くように……物すごい勢いで変化していく。

それは俺に周りに存在する、あらゆる人為的、あるいは自然的要素を取り込み、組み上げて、やがて幾つかの尖(とが)った方向性を指し示し。


「……圭一」


さぁ……選べ。運命の神が俺に選択を。


「圭一……分かった」


が、そこで顔面に衝撃……あお向けに倒れ込み、自分が上履きを投げつけられた知る。


「ふご!?」

「ごめん、尺の問題もあるので、その辺りはちょっと省略で」

「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


恭文とレナが垣内(かきうち)への泊まり込み遠征から帰ってきて、少し経(た)ち――六月中旬に入った。

すっかり雛見沢(ひなみざわ)に馴染(なじ)んだ恭文も巻き込んで、本日も部活。


が、今回はそんな理由じゃ納得できないので、慌てて立ち上がり抗議……断固抗議!


「いきなり何をする! 俺は生か死かという極限状態に立たされているんだぞ!」

「いや……圭ちゃん、そろそろ選んでよ。つーかいつまで悩んでるわけ!? もう十分だよ! 十分! 男でしょ! ばしっと決めてよ!」

「魅音、それは男女差別として訴えられるぞ」

「やかましい! こっちこそ遅延行為で訴えてやろうかっつーの!」

「なら、貴様は逆の立場で即答できるというのかぁ!」


ほら、顔を背けやがった! 即行で背けやがった! どいつもこいつも……そもそもこの状況は、お前らのせいだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第10話 『雛見沢症候群』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


さて、もう言うまでもないが……俺達の部活はクラスのみんなを迎え入れることで、その規模を大型化。

俺も現委員長かつ部長として、みんなの実力アップを図りたい。そのため今日も全員合同での部活……だったんだが……!

話は一時間前に遡る――傑(岡村くんのことだ)の提案で、グループ対抗ジジ抜き大会が開かれることとなった。


ルールは簡単。四人一組のグループを作って、それぞれ勝ち抜いたトップ2が決勝トーナメントに上がり、ただ一人になるまで戦い続けるというもの。

それはいい……問題は、罰ゲームがボックス式になったこと。

敗者にはくじを引いてもらう。中身はみんなに考えてもらった罰ゲームで、引いた者を実行……ふだんのルールではあった。


そこまでもいい。では、何が問題かというと……!


「貴様ら……罰ゲームで面白おかしく遊ぶのはいいが、自分が引いたときのことを考えろぉ!
なんだ、この死屍(しし)累々は! なんだこの地獄絵図は! ここはエルム街の悪夢かぁぁぁぁぁぁぁ!」


そう……この馬鹿どもが書いた罰ゲームが、どれもこれも笑える領域を超えていること! これには我が部活メンバーもどん引き!


では例を挙げよう。曰(いわ)く『校長と一騎打ちを挑んで、十秒ダウンしない』。

曰(いわ)く『猫皿に入れたミルクを、食器を使わず全部飲み干す』。

曰(いわ)く『目でピーナッツを噛(か)む』。

曰(いわ)く『箸でハエを捕まえる』……エトセトラ、エトセトラ……加減を知らないにもほどがあるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!



なお、うちの校長は若い頃武者修行をしていたらしく、第一種忍者が時折教えを乞いに来るらしい。つまり……超絶的な達人!

その上恭文の師匠であり、アルトアイゼンの元マスターともお友達! 何という偶然! ちなみにその先生もめちゃんこ強いそうだぞ!

俺は忘れない……あの、永遠にも思える殴り合いを。そう、以前全く同じ罰ゲームが出て、恭文とアルトアイゼンは果敢に挑戦。

結果は八秒ジャストでKO負け……! ラストのアッパーで四十メートルほど飛び上がり、そのまま垂直落下していた。むしろ生きているのが不思議と言える。


今回は、そんなレベルの罰ゲームが続出したと思ってほしい。大樹と恭文は特にヒドく、恭文はそれゆえに今も罰ゲーム実行中だった。

大樹は『好きな子にラブレターをしたためて、告白タイム』を引き当て、まるで血判状の如(ごと)く気合いの入った手紙をしたためた。

玉砕覚悟で沙都子にアタックし、コンマ二秒で本当に玉砕。救いがあるとすれば、そんな沙都子に恭文が……。


――その断り方だと、素敵な女性にはなれないね――


みたいなことを言って、沙都子もショックで撃沈したことだろうか。なお、そのときの言葉はやたらと……念がこもっていた。

そんな恭文は何かというと……『好きな人とデート(レポート必須)』。ハーレム王からすれば楽勝なものだろう。

だがそんな恭文でも、手を焼く難物がいるわけで……それゆえに、現在も絶賛交渉中だった。


「はぁ? フェイト、おのれにそんなことを言う権利があると。……僕が報奨でもらった高額切手を、勝手に使用済みとしたのは誰かな」

『はう!?』

「というわけでデートしよう。はい、決定」

『ま、待って! 無理だよ! 仕事が……仕事がー!』

「馬鹿野郎! 仕事と僕、どっちが大事だと!? 世界の至高たるこの僕に決まってるでしょ!」

『ふぇー!?』


お前は駄目な彼女かぁ! やめろやめろ! 情けなくなるからやめてくれぇ! つーかお前はどんだけ自分が大好きなんだよ!


『というか、今……どこにいるの!? 三週間近く行方不明で、自宅にもいないし!』

「世界の平和を守るため、世界の破壊を防ぐため、愛と真実を貫いているところだよ」


それはロケット団じゃねぇかぁ! この世界はいつからポケモンが生息するようになった!

そんなことになっているなら、俺は今すぐ雛見沢(ひなみざわ)にサヨナラバイバイしたいわ! 可愛(かわい)い女の子ポケモンをゲットするためにな!


「あと、光の拳を幾度も受けて、自分を鍛え直している」

『光の拳!?』

「おのれの真・ソニックという痴女フォームよりずっと鋭く速い拳だよ。この間はがちな殴り合いで八秒ノックアウト……空高く吹き飛んだなぁ」

『そんな人がいるの!? というか、修行していたんだ!』

「オフコース」


とにかく、こんな感じで……まずデート相手を確保するところから問題だった。

つーかその、フェイトさん? どんだけドジなんだよ。さっきからあり得ないドジ履歴を披露して、封殺にかかってるんだが。


≪駄目ですよ。フェイトさんは使えません≫

「だね。まぁ仕方ないかー。フェイト、無理を言ってごめんね。他を当たるから」

『ちょ、待って! あの、とにかく一度戻ってきて! ヴェートルの件でいろいろ大変な状況なんだ。
やっぱりヤスフミは局員として私達と一緒に……母さんに頼めば、臨時局員という形で研修して、入局まで最短ルートだろうし』

「お断りだよ。言ったでしょうが、僕はこっちで仕事を探すって」

『あの、お友達のことなら、私達も力になるから。そんな、おもちゃの大会に出なくても大丈夫だって思うんだ。母さんだっていつ』


恭文は無慈悲に電話を終了。ぽちぽちと……困り気味に携帯を操作していく。


「……やすっち、なんかすっごく大変そうだね」

「治安維持組織で血族運営的なコミュを作ってるから、そこに入って仕事をしろってうるさくてね」

「そりゃ無駄なことをー。……あー、それと例のサツキ・トオルだけど、やっぱ興宮(おきのみや)近辺には来てないっぽい。ごめん」

「謝らなくていいよ。というか、ありがとう……気づかってもらって」


……どうも恭文がフリーランスで動いているのは、その……失踪中の友達を探しているのが大きいらしい。

ガンプラバトル世界選手権にもいずれ出る予定らしく、そのために公務員化とかは困るそうだ。事件があったら呼び出されそうだしなぁ。

まぁとにかく、その辺りで……似たような仕事をしている家族とはいろいろあるらしい。


血の繋(つな)がりはないそうだが、なかなかにしつこいとか。この数週間で、そういう話もする程度には仲良くなった。


あぁ、そのはずなんだ。そのはず……なんだ。


「全く……全宇宙……いいや、全次元世界において唯一無二の至宝と言うべき男だよ、僕は。
そんな僕の受け皿としてふさわしい組織が、この世に存在するはずもないというのに」

「だったらそれ、言ってやりなよ……! 一字一句余すところなく!」

「言ったのに理解しないんだよ」

「既に手遅れだったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

≪ちょっと、あなたは二番目でしょ? 私が一番に決まっているじゃないですか。分を弁えてくださいよ≫

「……アルトアイゼンも、自覚を持つべきかな……かな」


お前らに上下関係とかねぇよ! どっこいどっこいで馬鹿じゃねぇか! つーか……フェイトさん達が哀れ過ぎる!

この冗談とも本気ともつかない言葉に付き合うって! それだけでSAN値がガリガリ削られそうだ!


「しかし……どうしよう。フェイトはさすがに無理だし……リインもはやての手伝いがあるから無理。フィアッセさんもイギリス」

≪さすがに呼び出せませんよ? 今もツアー中でしょ。となると、頼りになるのはやっぱり現地妻ズ≫

「それだけは絶対に駄目! 何か、何か手があるはず……! 現地妻ズに頼らない方法が、何か!」

「はう……恭文くん、なんか……ごめん」


なお書いた当人はとても申し訳なさげに、はうはうと声を漏らし続けていた。そう……ある種恭文の天敵であり、永遠のライバル≪竜宮レナ≫!

あの件以降はさすがに落ち込んでいたものの、復活を遂げて元気いっぱいだった。


「謝らないでよ! まるで僕がみじめな奴みたいでしょ! つーか……今のレナだけには言われたくない!」

「それは言わないでー!」


なおレナは、そんな恭文の隣で……描写したらR18突入間違いなしな格好をしていた。

それゆえ床にへたれこみ、恥ずかしげに身を震わせ続ける。


「圭一くん、早く選んでー! このままじゃレナ、お嫁にいけないー!」

「そうだよー。レナには元々行くアテもないけど」

「どういう意味かな!」

「だって中学生だし、さすがにあったらビックリ?」

「反論しにくい方向できたし! うぅ、恭文くんなんて嫌い! やっぱりレナに意地悪だもん!」

「そう。じゃあレナ、笑ってー」

「携帯で写真を撮ろうとしないでー! ほら! そういうところだよ! やられたらやり返していくところ!」


そして恭文とレナは、垣内(かきうち)でのお出かけ以来……あんな感じで夫婦漫才をするようになって。

恭文に対しては、レナも作ったキャラを外せるようで、何だかんだで楽しそうだ。

ただ口げんかについては、恭文に一日の長(おさ)があり……レナもなかなか苦戦している様子。


いっそ恭文は……いや、やめておこう。俺も魅音の件では苦労しているので、はやし立てるようなことはすまい。

それより注目すべきは、恭文がレナと向かい合い、きちんと話せていることだ……レナの姿が気にならないのか、恭文!

マジで凄(すご)いんだぞ! どれくらい凄(すご)いかというと……このノーベルすけべぇ対象最有力候補と言われたこの俺が、直視を躊躇(ためら)うほどだった。


更に言わせてもらうなら、俺がこの格好で家まで帰れと言われたら……海外脱出する。むしろ銀河系かもしれない。


「みぃ……この格好は、あのとき一度切りだったはずなのですよぉ」


梨花ちゃんは涙を流しながら、エンジェルモート(制服が可愛いファミレス)・スクール水着使用のコスでうな垂れる。

誰のリクエストかは想像がつくが……その本人は現在、罰ゲームで蜂に追い回されて失神中。

待望の姿が拝めないでいるのは、まさしく策士策におぼれると言うべき……ちょっと違うか。


ちなみに沙都子は準決勝の罰ゲーム……『カレー禁止中な知恵先生の前で、カレー一皿完食』で気絶したままだ。

知恵先生は……三食カレーなカレージャンキーでな。現在はある失態から、カレー禁止を自らに戒めていた。

そんな先生の前でカレーを食べる……それがどれほどの重圧下は、察してほしい。


あの沙都子が気絶するほど、知恵先生はイカれていることも、加えて察してほしい。


それは他のメンツも変わらない。まさに生き地獄と言わんばかりの姿を晒(さら)し続けていた。

最後まで残ったのは俺と魅音のみ……すると魅音は、俺の手札がダイヤの三だと分かった上で、オープンリーチ勝負を挑んできた!

オープンリーチ……それはすなわち、俺の引くカードが、ダイヤの三か否かで勝負を決める一発勝負。


つまりこのどちらかを選んだ時点で、この長い戦いに終止符が打たれるのだ。そう、打たれるはずだった……。


「じゃあ仕方ない。レナがお嫁にいけないと、お父さんも悲しむので……僕がこの状況、解決してみせよう」

「何!」

「恭文くん!?」

「なので……お願い。女、紹介して?」


その瞬間、レナパンでたたき潰されるアホ一名……この数週間で変わったことと言えば、復活速度が劇的に速くなったことか。


「何するの!?」

「馬鹿なの!? 本命がいるんだよね! この浮気者ぉ!」

「仕方ないでしょ!? 仕事を休めとは言えないし! ……それに大丈夫。
何かあると課長(トオル)に女を紹介するって言って、ピンチを解消する刑事二人もいるから」

「全然大丈夫じゃないよー!」

「ちょっとちょっとやすっちー、この盛り上がる状況で茶々を入れるのは感心しない」

「おのれにだけは言われたくないわ。……左ポケットにさっき入れたカードは、何かな?」


……そこで、魅音の表情が硬直。同時に、俺の脳内で様々な糸が繋(つな)がり、一つの絵面を描き出す。そうか、つまり魅音は。


「魅音、左ポケットを見せてみろ」

「い、嫌だなぁ圭ちゃん! わたしがこの状況でイカサマをするとでも」

「するだろ、お前なら」


躊躇(ためら)いなく断言したことで、魅音の頬に汗が一筋流れる。……思えばオープンリーチ勝負で怪しむべきだった。

コイツは仕掛けた側(がわ)だ。ならば確実なのは、なんだ? ……二枚のカードから、ダイヤの三をなくすことじゃないかぁ!


「やすっち、アンタ……!」

「これで一回戦の借りは返したよ、魅音……」

「借りって何!? もしかして何気に辛(つら)いの!? デートする相手ができないから、わたしに八つ当たりとか!」

「ははははー、そんなまさかー」


あ、これは恨んでるな。魅音も、俺達も、感情が一切こもっていない棒読みで察してしまう。

だが恭文、お前はいいじゃないか……! 状況が邪魔しているだけで、デート自体はOKされる間柄なんだろう!?

……まぁいい! この援護射撃には感謝する他ない! 危うく騙(だま)されるところだったしな!


「魅音、見せろ。今すぐに……カードを」

「あーは……あはははははははははははははははははは! ……さぁ、どっちだ!」

「そっちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


――こうして、恭文の告発により……魅音の左ポケットから、ダイヤの三が発見されて……園崎魅音、不正により失格!


「いよっしゃああぁぁああぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ! 恭文……心の友よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


協力してくれた友に、自らが苦しみながらも、慈悲の手を忘れない友に抱擁……全力の抱擁! 俺は今、男の友情が確かなものだと実感した!


「おー、よしよし。でもおのれも見抜けないと駄目だよー。婚約者が卒業するまで、カモにされ続けるから」

「それは全力で……って、誰が婚約者だぁ!」

「え、でも公由村長や村のおじいちゃん達が」

「デマだデマだ! つーかまだ言い続け……こらぁ! 魅音、お前も真っ赤になってないで否定しろぉ!」

「あ、あと紹介、よろしくね」

「強制支払いかよ!」


やめろ! むしろ俺が紹介してほしいんだ! ……された瞬間、魅音はどうしたと袋だたきにされそうだがな!

やったぜ朝刊一面デビュー! でも全く嬉(うれ)しくない!


「まぁまぁ義兄さん、お姉も私には負けますけど、スタイル抜群で料理も美味(おい)しいですし。女の魅力はたっぷりですよー」


またまたサラッときていた詩音が登場。つーか、またフライを作るつもりか! 沙都子は気絶しているというのに!


「おぉ詩音。ちょうどよかった……ね、デートしてくれる人を知らないかな」

「恭文くん!?」

「あはははー! もしかしてそれ、罰ゲームですか! どれどれ……好きな人とデート……やっちゃん、そういう相手は」

「みー。いるに入るのですけど、キャンセル待ちなのです。ライバルはお仕事なのです」

「それは御愁傷様ですねぇ。でもやっちゃんほどの男なら、これまでのツテで何とかなるんじゃ」

「いや、この好きをLikeに読み替えれば、何とかなるかなぁって……で、適当に買い物したのをウインドウショッピングと言い張れば」

『こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!』


お前、サラッととんでもない不正を考えてやがる! そんなの認められるかぁ!

見ろよ見ろよ……死屍累々だった獣達が、お前の逃げ口上にお怒りだぞ! ウェーブまで発生してやがる!


「でもやっちゃん、また酷(ひど)いですねー。ここにこーんな美人でスタイル抜群な子がいるのに、ガン無視で他の子を紹介してくれなんて」

「いや、それは……さすがに……だって詩音は」

「……もう」


真っすぐにそう言われて、詩音が敵(かな)わないと肩を竦(すく)める。


「私はやっちゃんのそういうところ、結構好きなのになぁ。一日くらいなら付き合いますよ?」

「でもほら、沙都子も気にするだろうし……うん、駄目だ。詩音、ありがとう。気持ちだけ受け取って」

「もちろん……沙都子のねーねーは私ですけどね! たとえ心と体は許しても、これだけは絶対譲りませんからね!」


その瞬間ずっこける一同……お前にとって沙都子はなんなんだぁぁぁぁぁぁぁぁ! つーか愛が重すぎるだろ!


「そもそも僕は男なんだけど! というか、沙都子の存在は自分以上!?」

≪あぁ、これは詩音さんからの軽いお断りですね。そもそも男として見ていないという≫

「詩音、話をしようか。性差別の愚かさについて小一時間くらい……ね!」

「それについてはお断りさせていただきます! あと、沙都子とデートも認めませんからね!?
私の目が黒いうちは、沙都子には指一本触れさせません!」

「なんで僕が沙都子を狙ってるみたいに言うの!? そんなことないからね! 僕は見守る立場なんだよ!」


そうそう……恭文は詩音とも仲がいい。魅音曰(いわ)く『波長が合う』し、沙都子の件もあるせいだろうか。

こちらの関係にも安心を覚えていると、詩音は意地悪げに魅音を見やる。


「それはそうとお姉、とっとと罰ゲームを引いてくださいよ」

「ぐぬ!?」

「おぉそうだった! 魅音、イカサマの分だけ地獄を見るといいぞ……ほらぁ、後ろの亡者どもが誘っているぞ」

「だと思うよ! なんか瘴気が発生してるじ! く……どうか、日頃の行いが報われますように」

「それじゃあ結局地獄行きですわね」


そこで沙都子が、腕組みしながら呆(あき)れた様子で……って、いつ復活を!


「面白そうな気配が漂ってまいりましたので、黄泉(よみ)路より舞い戻って参りましたわ」


一体何者だよ、お前は。本当に地獄へ落としたろうか……部活的な意味で。


「美味(おい)しそうな匂いも漂いますよー。沙都子、待っていてくださいね! 今日はカレーフライをご馳走(ちそう)します!」

「詩音さん、何度も申し上げていますけど、さすがに学校でフライは危ないのでは」

「大丈夫! 先生達の許可は得ています! 給湯室内であれば問題ないですから!」

「よく許したなぁ、知恵先生達……」

「知恵先生の使用も許可したので。カレーのバリエーションが増えると喜んでいました」

「置かせてもらったというか、むしろ寄贈かよ!」


恭文が呆(あき)れながらも、発案者の一人として頭を抱えていた。

だが触れないぞ。詩音がマジで野菜フライにハマったのは……もう触れない! いや、味はいいんだよ!

少なくとも温野菜丼よりは別格だった! ソース付きなら、沙都子でも食べやすいしな!


だが……どこの金持ちだよ! 学校でできたてフライをさくさくーって!


救いがあるとすれば、教室内での調理を諦めてくれたことだ。さすがに油とかがかかったら、洒落(しゃれ)にならん。

そのため分校の給湯室にフライヤーを寄贈して、ちょくちょく使っているという……ここは、自由自治区か。


「ほらほら魅音、早く引けよ。みんなが待ってるぞ」

「く……やすっち、覚えてなよ!」

「ルーズドッグの叫び声ってのは、常に心地がいいものだねぇ。梅雨の蒸し蒸しした空気が一気に吹き飛ぶよ」

≪えぇ、本当に……魅音さん、もうひと仰ぎお願いできますか?≫

「わたしは団扇(うちわ)持ちかぁ!」

「あ、僕が書いた罰ゲームもまだだから、頑張ってね」

「……ちなみに、何を書いたの?」


すると恭文は、実に楽しそうな顔で笑う……。


「全部」


その上で、地雷を踏んだかのような衝撃が走り、全員が一瞬止まる。

それでも……それでも、恭文の意図を……すっごく怖いけど、聞き出そうとして……魅音が、とても抜けた声を出す。


「………………………………は?」

「だから、全部。中にある罰ゲーム……全部」

『――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁ!?』


噴火を思わせる声が、教室中に響き渡った。


「いや、そう書けば嫌でも負けたくなくなるし、背水の陣になるかなーと……実際は駄目だったけど」

≪今回引かなかったのは、本当に運がよかったですねぇ。ある意味お仕置きされている状況ですけど≫


な、なんて恐ろしいものをぉ! というか、その思考がまともじゃない! クレイジーすぎるだろうがぁ!

あぁ、見える! 恭文の背後に見える! 狂気の沙汰ほど面白いとか言っちゃう……伝説の博徒が! コイツ、もしかして息子とかでは!


「ぜ、ぜぜぜぜぜぜぜぜ……全部ぅぅぅぅぅぅぅ!? やすっち、アンタは馬鹿なの!? 死ぬの!?」

「こんな過激な罰ゲーム群になるとは思ってなかったので……いやぁ、失敗失敗」

「笑ってごまかすなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 褒めてない! 全く凄(すご)いとも思ってないから! つーか狂ってるでしょお!」

「おのれらの相手をするのに、これくらいできなくてどうするのよ」

「あ、蒼凪さん……恐るべし!」

「非常勤部員にしておくのは惜し過ぎるわ! そこに痺(しび)れる憧れるぅ!」


あぁ……魅音が完全な及び腰に! さすがに今日の罰ゲーム、限界を超えているしな! レナの格好とか……レナの格好とかぁ!


「ちなみに沙都子は?」

「わたくしはもう引かれましたわよ。……知恵先生の前でカレーを食べる……ですわ」

「うわぁ、御愁傷様……」

「あと、ボクのはまだ引かれていないので、頑張るのですよー」

「どうしよう、梨花ちゃんのも恐ろしい……いや、むしろおぞましい!」

≪あと、私のも引かれてません。この人にハーレムのよさを説教するというものですが≫

「なんでだぁ! なんでそんなものを入れた! 言えやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


それは余りに愚問過ぎた。アルトアイゼンはふわふわ浮かび、きらりと光を放つ。


≪私が楽しいからですが……何か問題が?≫

「大ありだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「あ、それいいな! それなら頑張るよー! ラノベも読みまくってるし、そういうの詳しいから!」


ハーレムのよさを語れる中学三年生女子には、妙な不安しか覚えないのだが……俺だけだろうか。


「やめて! ほんとやめて! 嘘だよね! 即刃傷(にんじょう)沙汰とか嘘だよね! 僕はフェイト一筋で頑張りたいのぉ!」

「恭文くん、よーく思い出してみよう? リインちゃんとか、フィアッセさんとか……現地妻ズの名前もあった時点で、それは無理だよ」

「……リインはもう、離れようがないし……フィアッセさんも、その……幸せにしないと、呪(のろ)い殺される」

「誰に!?」

「でも、でも、でも……うあああぁあああぁああぁあぁあぁぁ!」

「くくくくくくく! ならば悩めるハ王のためにも、いっちょ引いてやろうじゃないのさ!」


魅音は恭文の慟哭(どうこく)すらも弾みとして、腕を回し……!


「正義でも悪でもいい! 神よ! わたしに力をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


右手で運命のシェイクハンド! 罰ゲームボックスから一枚紙を抜き出し、高く掲げる!

……が、そこでフリーズ。ガタガタと震えながら、その紙を……俺に、差し出してきた。


「……何の真似(まね)だ」

「ごめん……読んでぇ。怖くて、今回は、ちょっと無理……」

「ちょっとちょっとー。元部長としてそれはどうなのよー」

「誰のせいだとぉ!? だったらいいよ! 読んでやる……みんな、見てみな! これが園崎魅音の生き様だぁ!」

「魅音!」


魅音は自ら、地獄の釜を開いた……! 結果、素っ頓狂なほど目を見開き。


「なんじゃこりゃああぁああぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁ!?」


教室どころか、噴火どころか、雛見沢(ひなみざわ)全体が空間湾曲を起こす……そんなハウリングが響き渡った。

あぁ……やっぱりまだあったか! とんでも罰ゲームが! 全部か! 全部なのか!

少なくともハーレム説教ではない! それだけはよく分かった!


「だ、だれ……だれぇ! こんなのまた書いたの、誰ぇ!」

「また? つまり、ここまで出た罰ゲームの繰り返し……でもお姉は既に、部活の罰ゲームで汚れた身。
レナさんのR18コスも平気で着こなすし、ハエで箸を捕まえるくらいは楽勝ですし、海江田校長なんて指先一つダウン」

「詩音! わたしをなんだと思ってるのさ!」

「じゃあ早く見せてくださいよ……ほら」


鬼だ……鬼だ、コイツ! 好き勝手なことを言われたくなければ、見せろと! 完全に脅迫じゃないか!

姉妹仲が心配になっているところで、魅音は渋々……書かれた紙を手渡す。詩音はそれを受け取り、素早く朗読。


「えっと……『好きな人とデート(レポート必須)』」

「はう!?」

「それ、レナが書いたやつじゃねぇかぁ!」

「いわゆるネタ被(かぶ)りというものですわね」

「でも、魅音が好きな人というと……」


恭文が音頭を取ってしまったことで、全員が魅音を見つめ……すかさず、俺に視線を移す。

それから横断歩道を渡るかのように、もう一度魅音・俺の順で視線を向けた。


そしてコンマ一秒後、躊躇(ためら)いのないサムズアップが送られる。


「待て待て待て……待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! なんだ、その笑顔はぁ! なんだ、そのグッドサインはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「はうはうはうー! 圭一くんと魅ぃちゃんがデートだよぉ!」

「きゃー! 委員長と元委員長のデート……レポートつきよー!」

「来週の頭くらいに、報告会が決定ですね!」

『委員長、おめでとうございます!』

「だから待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! つーか誰だ! 誰だ……こんなネタ被(かぶ)りをした愚か者は誰だぁ!」

「……にぱー☆」


梨花ちゃんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! その笑顔で……タヌキみたいな笑顔でよく分かったわぁ! 覚えとけよぉ!


「をーほほほほほほ! ついに圭一さんも、年貢を納めるときが参りましたわねー! ここは覚悟を決めて、しっかりエスコートなさいませー!」

「俺はまだ中学生だぞぉ! というか魅音もぉ! そもそもの話、デートぐらいでなんだぁ! この蜂の巣をつついたような大騒ぎは!」

「あら、それは当然でございましてよ。……世の中にはデートをしたくてもできない人もおられるというのに」

「というか、ちょうどボク達の目の前にいるのですよ?」


……すまん、それについては……例外ってことで、頼む。だから恭文も、やめてくれ。その……うつろな目で笑うのは……!


「というかデートぐらい……女の子と遊んだ経験がおありで?」

「遊ぶも何も、お前らと毎日しょっちゅう遊んで大騒ぎしてるだろうが!」

「まぁそうでございますけど、女の子と二人で遊んだ経験は?」

「二人……えっと」


……東京(とうきょう)時代は、勉強勉強の毎日だったから除く。となると、やっぱ雛見沢(ひなみざわ)に来てからか?


レナとはゴミ山で宝探し……あ、そう言えば二人っきりだったな。

詩音とはおもちゃ屋……腕を組んだっけ。

沙都子とは買い物……つい昨日の話だが、一緒に夕飯を食べた。

梨花ちゃんとは……事件絡みで、最近ちょくちょく。


あれ、みんなの視線が厳しい! まるで遊び人を見るかのような目で!


「……圭ちゃんって、結構遊び人なんですねー」

「みぃ……ヒドいやつなのですー」

「考えてみればわたくし達、コレまでとんでもない人と遊んでいたのかもしれませんわね」

「はぅー、不潔だよ圭一くんー」


待て、やめろ! その軽蔑の視線はやめろ! 特に詩音! お前は自分から腕組みしてきただろうが!


「圭一、頑張ってー。みんなに一途(いちず)だよー、みんなに一途(いちず)ー」

≪そうですよ。この人に男の在り方を見せてあげてくださいよ。みんなに一途(いちず)ですよー≫


貴様らもかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! この期に及んでやり返しやがってぇ! というか、なんで奴には軽蔑の視線が向けられないんだぁ!


「でも考えてみれば、お姉と二人きりってのはなかったようですね」

「むぅ……」


そう言えば……なかったなぁ。あれだけ大騒ぎしていたので、かなり意外だが……となると。


「魅音、よかったね。正義と悪も混然一体となって、力になってくれたよ」

「そ、そそそそそそそそそそそそそそ……そういう意味じゃあ! 意味じゃあ!」

「おめでとう、魅ぃちゃん! 初デートだよー!」

「あ……あああああかがだおががだきがおがおが――」

「……お姉? おーい、お姉ー」


詩音が訝(いぶか)しげに呼びかけるものの、魅音の反応はなし。結果お手上げポーズが返ってくる。


「こりゃ駄目だ。最近恒例のヒューズ飛びです」

「誰のせいだ、誰の……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


魅音をそのまま置いていくわけにはいかないので、恭文が主導で保健室に運び込んだ。

知恵先生達にも了解を取り、ベッドの一つに寝かせている。それはもう、見事なまでに放心状態。あれだけ見ても、魅音の感情は……うぅ。


「圭一……魅音のことは、ちゃんと受け止めてあげるんだよ。仕事とかで断られると、寂しいから……ね?」

「頼む、やめてくれ。言葉が重すぎて……泣きたく、なる」

「じゃあ泣け。そして僕に素敵なレディを紹介しろ」

「必死すぎるだろうがぁ! つーか俺こそ紹介してもら……いえ、何でもありません。
なので竜宮さん、その……そんな、”この時期に三日ほど放置した生肉”を見るような目で、見つめないでいただけると……はい」


なお詩音と沙都子は、お邪魔虫は退散と言わんばかりに帰っていった。何だかんだで仲良しな二人である。

それでレナと恭文、梨花ちゃんも続きそうだったが、そこで恭文とレナが目配せ。こちらも仲がいい様子だった。

ただ気になることがあるとすれば、そのときの視線がやたらと真剣だったことか。


「じゃあ圭一、後は任せるのですよ。恭文、レナ、ボク達も」

「ごめんね梨花ちゃん、ちょっとだけお話……いいかな」

「みぃ?」

「雛見沢症候群って、聞いたことがあるよね」


……レナからその名前が飛び出たことで、梨花ちゃんは分かりやすくフリーズする。

足下から頬まで血の気が引いて、なぜそれを……どこでそれを……そう言いたげに、震え始めた。


「雛見沢(ひなみざわ)……レナ、そりゃなんだ」

「雛見沢(ひなみざわ)にあるらしい風土病……レナの友達、その陰謀絡みで殺されたの」

「更に言えば、それが梨花ちゃんの予言と関係している」

「な……!」

「恭文、まさか……あなた、レナにあのことを!? どうして!」

「梨花ちゃんは人の話を聞かないねぇ。……言ったはずだよ」


恭文は呆(あき)れた様子で腕組みし……梨花ちゃんの言葉と動揺を笑い飛ばす。


「腹を括(くく)らないなら、好き勝手にやらせてもらうと――」

「ッ……! だったら」

「あぁ、村から出ていけというのも無駄だよ。PSAから正式に依頼を受けたからね。
この村に隠れている陰謀を全部解き明かして、邪魔な奴らはぶっ潰せって」

≪つまりあなたが口を封じようと、赤坂さんに何を言おうと、既に無意味です。残念でしたね≫

「そんな、ふざけないで! 人の気も知らないで!」

「梨花ちゃん。……場所を移すぞ。ここじゃあ魅音もいる」


――一触即発な二人を宥(なだ)めつつ、一旦校舎の裏へ。人気や盗聴の気配がないのも確認しつつ、まずはその病気やレナの友達について質問。


だが……その流れは、想像した以上に悪いもので。怒り心頭だった梨花ちゃんも、その中身に絶句していた。

レナが過去に起こした事件が、その……とんでも薬品のせいだと!? というか、レナがその病気の患者だってぇ!


「レ、レナ……それは、大丈夫なのか!」

「うん……小康状態を保っているらしくて、疑心暗鬼に捕らわれなければ問題ないって。でも圭一くん……レナは」

「お前が過去に何をしてようと、俺にとっては竜宮レナ……俺達の、最高の仲間だ」


レナが友達を傷つけた件で、薬のせいにできないのは分かる。そういう奴じゃないのは……本当によく分かっている。

だから俺は信じられる。レナは大丈夫だって……だが、本当によかったぁ。レナの病気は問題ないのか。

あ、いや……小康状態って言ってたしな。じゃあ……恭文を見ると、俺の考えをすぐに察してくれる。


「竜宮家の一件、本当にヤバかったんだよ。病気が再発して、手が付けられないことに……」

「公由夏美、だっけか? その子みたいに暴走して、レナも自傷行為に走って……ゾッとしないな、おい」

「それで一番の問題は、症候群患者が両方の実験に付き合わされたこと。現にレナはそうだった」


レナはPCを飲む一方で、入江機関から出されたであろう本物の治療薬も服用させられていた……らしい。

その上で状態を観察し、貴重な治験データとして記録している。そのデータは当然薬の改良データとして活用される……!


「とんでもない奴らだな、おい! だがローウェル事件……なるほど」


ローウェル事件については、俺も社会科の授業で教わった。日本(にほん)でのアレルギーも根強いし、そこに政治的陰謀や金の話が絡むなら……。


「あの繰り返しとなると、それくらいはありそうだ。それでその、雛見沢症候群……だったな。詳細は」

「詳細というか、まだ概要程度だね。脳内に住み着いた寄生虫によって、発症する病気らしいのよ。
で、それを研究していたのが入江機関……入江診療所だ。そこの主は入江恭介二佐と、鷹野三四三佐」

「二佐……三佐だとぉ!? 自衛隊まで絡んでるのかよ!」

「元々アルファベットプロジェクトが、次世代兵器研究会だったからね。そこは安全対策も兼ねてって感じみたい。
……梨花ちゃん、知ってたでしょ。雛見沢症候群のことも、入江機関のことも」

「お願い、します……あなた達はもう、帰ってください。これ以上余計なことをしないで……」

「じゃあ本筋からツツこう。実はこの件、垣内(かきうち)から戻ってくるまでには掴(つか)んでいたんだけどさぁ」

「じゃあ、なんで今まで」


そう問いかけると、レナと恭文が……とても悲しげに、嗚咽(おえつ)を漏らす。


「圭一と梨花ちゃんが、話してくれるまで待ってたんだよ。さすがに綿流しまで何も言わないとか、ないだろうと……信じていたのに……」

≪がっかりですよ。信じていたのに、逆ギレなんて。赤坂さんになんと言えばいいのか……≫

「梨花ちゃん、圭一くん、レナもガッカリだよ。まさかレナ達に当日とか、三日前とかに教えて協力しろと? さすがに無茶(むちゃ)だと思うな」


さり気なく俺達のせいにしやがった! だからその悲しげな顔はやめろぉ! 俺達も悪いが、疑いたくなるんだよ!


「そ、それについては済まん。俺が梨花ちゃんの信頼を掴(つか)んで、事情を引き出せなかったせいだ」

「……レナ……ごめんなさい。でも、お願いします……今は……時がくれば、必ず事情を話します。
恭文も……言葉が過ぎたのであれば、謝ります。でもここで相手に警戒を悟られれば、やぶ蛇を突くことに」

「過ぎたので、あれば?」

「はい」

「過ぎたので……あれ、ば?」


おい、笑顔で何度も問いかけるな! そこをツツくな! 揚げ足取りで場の主導権を握ろうとするなぁ!


「まぁいいや。おのれがその調子なのは理解していたし、こっちも裏付けを取っていたから」

「裏付け?」

「それで精神的にフルボッコ」


あっさり言い切りやがった……! その躊躇(ためら)いのなさに恐怖したのか、さすがの梨花ちゃんも一歩下がる。


「さて梨花ちゃん」

「なん、ですか」

「毎月入江診療所から、梨花ちゃんと沙都子の口座に振り込まれている……多額の金は何」


多額の金……おい、口座関係まで調べたのか! さすがにやり過ぎ……だが、恭文の目はマジだった。

俺も、レナも容易に口を挟めない。その熱意と踏み込みが伝わったのか、梨花ちゃんもおずおずと口を開く。


「それは……ボクと、沙都子が協力している、新薬……栄養剤の実験、です」

「新薬……梨花ちゃん」

「入江は身寄りのないボク達を援助しようと……でも、無償ではボク達も申し訳なくて」

「それで、新薬実験という名目で……」

「はいです。入江機関とか、雛見沢症候群とか……ボク達は、何も……何も知らない」

「その言葉に嘘偽りはないね」

「はい」

「嘘だよ」


そこでレナが断言。しかもつや消しアイズなので、つい身を引いてしまう。


「……圭一くん、怖がらないでほしいかな……かな」

「す、すまん。どこぞのラスボスみたいな空気を出していたので」

「おぉ、レナにはピッタリだぶごぐ!?」


そして走る光の拳……レナ、やっぱ恭文には躊躇(ためら)いなしだな。だが輝いて見えるぞ。


「……梨花ちゃん、その新薬のことなら、実は沙都子ちゃんから聞いてるの」

「え……」

「恭文くん、一応身元引受人になったでしょ? その関係で教えてくれて……日に二回のお注射が必要なんだよね。必ず」

「だったら、どうして」

「その薬もね、許可をもらって調べたんだ」


その言葉に、梨花ちゃんはがく然。


「な……な……!」

「安心して。嫌な予感がしていたから、注射は中断していない。……それも正解だったよ」


そこでレナが出してきたプリントは……薬の成分式? しかもなんか、似たようなのがもう一つ描かれていて。


「レナ、これは」

「こっちは栄養剤のデータ。それでこっちが……プラシルαの分析データ」

「おかしいだろ! これ、どっちもよく似てるぞ!」

「うん、おかしいね。だってこれ、栄養剤なんかじゃなくて……立派な精神安定剤だもの」

≪それも現在認可されているものとは違う。……PSA所属のドクトルがお墨付きをくれました。
こちらの”栄養剤”がオリジナル……プラシルの改良に用いられた治療薬です≫


そうか、これが裏付け……! 梨花ちゃんを見ると、俯(うつむ)き……両手足がより強く震えだしていた。

俺も、もしかしたら舐(な)めていたかもしれない。こいつらの本質を。


「あなた達……ううん、レナも、まさか」

「ごめんね、梨花ちゃん。でも……レナも、もう止まれないんだ」


コイツら、梨花ちゃんに嘘を”つかせた”のか……! そこで倒れていた恭文が、ふらつきながらも復活する。


「あれれ、そうするとおかしいなー。嘘偽りはないって確認したのに、ありまくりって……どういうことだろうー」

「く……!」

≪残念でしたね。私達、こういう遊びは得意なんですよ≫


そうだ、舐(な)めていたのはこの力だ。

真実を暴こうとするときの……それを邪魔する奴らに対する、その突破力!

いや、だからこそあんな無謀なカードが仕込めるんだろうが! それで自分達が勝つことを、一かけらも疑っていない!


これがNINJA……これが、日本(にほん)のNINJAか!


一般ピーポーとしては畏怖を。部長として、仲間としては歓喜を覚えながら震えていると、ある事実に気がつく。

沙都子が調査に協力して、これが分かったってことは……!


「おい、待て……それじゃあ沙都子も」

「知ってるよ。一緒にいろいろ……教えてもらったから」

「な……!」

「それと梨花ちゃん、圭一、とても真面目な話をしようか」

「待ってください! どうして沙都子に……沙都子は、何も知らないんです!」

「それはどうだろう。……二年目の事件、犯人は沙都子でしょ」


そこで――。

梨花ちゃんは……たたき割られたガラスのように、表情をかき乱す。

動揺、怒り、嘆き、恐怖……様々な感情がミキシングして、整った顔が歪(ゆが)んでいく。


「僕も警察の調書を読ませてもらった。近辺に人はいない上、誰かが突き落とされたような痕があったとか。
そんな場で、落下した夫妻の近くにいたのはただ一人……車の中で寝ていた沙都子だ」

「お、おい待て! さすがにそれは聞き捨てならないぞ! 沙都子はそんな奴じゃ……!?」


何言ってんだ、俺は……ついさっき、とんでも病気があるって教えてもらったばかりじゃないか。


「そう、そんな奴じゃない。でももし、沙都子がそのとき……多大なストレスにより、どす黒い感情を滾(たぎ)らせていたとしたら?」

「……これは魅ぃちゃんが教えてくれたんだけど、事件前の沙都子ちゃん、両親に対して疑心暗鬼を強めていたそうなの。
興宮(おきのみや)の児童相談所に、虐待されているって嘘の通報をする程度には」


沙都子もその病気の感染者で、一時期のレナや公由夏美みたいに……そう、だよなぁ!

そうに決まってるよなぁ! じゃなかったら……そんな薬、黙って服用させられるはずがない!

いや、本人に内緒でやっていたのなら、それはもはや人体実験に等しい! しかも、梨花ちゃんは否定しない……!


どうして分かったのかと、どうしてそんなことが言えるのかと、完全に血の気が引いた顔で震え続けていた。


「で、どうなのよ……梨花ちゃん。沙都子の様子から見るに、その辺りの記憶もサッパリなんだろうけどさ」

「もう、やめて……! 私が嫌いなら……私が、忌ま忌ましいなら……私だけを叩(たた)けば、いいでしょ!? なのに、どうして!」

「それで済まないからだよ。沙都子も、梨花ちゃんも、圭一達も……下手をすれば千葉の一派に襲われる」

「な!」

「梨花ちゃん、あり得る……」

「圭一」

「その可能性は十分あるぞ! 現にレナの友達も……その、南井刑事も襲われている!
この”シノギ”の邪魔になるなら……それに沙都子もレナと同じ、症候群患者なんだよな!」


梨花ちゃんは状況を察し、今度こそ……抵抗の意志がへし折れた。


沙都子が入江機関で治療を受け続けているのなら、当然奴らもそのデータを知っている。

沙都子がそこまでの重症患者なら、レナと同じように実験台とされた可能性がある。

いや、これからされると言うべきかもしれない。そのために沙都子やレナを襲う可能性はある……十分にある!


「まさか、梨花ちゃんを殺す奴らは」

「この状況だと、その可能性もある……ように見えるんだよね。僕達からしたらさ。
仮に入江機関の誰かで、それを潰したとする。でも……千葉達を止めない限りは」

「梨花ちゃんの危険も、もちろん私達の……雛見沢(ひなみざわ)の危険も拭えないの。というより……敵の姿が明確に捉えられない」


……落ち着け、前原圭一。

現時点で、梨花ちゃんは隠し事をしていた。俺達どころか、親友である沙都子にもだ。


だが、それでも……だとしても。

……梨花ちゃんが、沙都子に対して向けた言葉に、友情に、嘘偽りがあるか!? いいや、ない! 一かけらたりとも!

間宮リナの一件を止めるときだって、沙都子のことを一番に置いていた! 見殺しにしかけたときだって、本当は苦しんでいた!


気づいていた……手が震えていたのを。足に力を込め、倒れないよう踏ん張っているのを。


だから、俺はこう言う。一瞬でも疑いかけた自分を恥じ、梨花ちゃんにこう言う。


「梨花ちゃん、全部話そう」

「圭一……」

「何より、この馬鹿どもは止まらないぞ」

「馬鹿は酷(ひど)いねぇ」

「馬鹿だろ」


梨花ちゃんに恨まれてでも、梨花ちゃんやみんなが助ける道を選ぶ。あぁ、馬鹿だ……大馬鹿だ。

だがそうしてでも踏み込める勢いには、この俺でも煽(あお)られちまう。……もう腹の読み合いなんて面倒だ。


俺達の目的も、望む未来も一つだ。梨花ちゃんも俺達の視線を受け、ようやく腹を決めてくれる。


「……分かり、ました。でもレナ」

「何かな」

「なぜ、恭文をそこまで……信じられるのですか」


それは俺も疑問だった。レナは、恭文のことを信じていた。その上で一緒に詰問していた。

呼吸と意志を合わせ、全力で……その様子が余りに驚きでもあった。


「ボクは怖い……怖いのです。恭文、あなたの行動は勇敢などではない……敵の恐ろしさを感じもせず、ただ進み続ける蛮勇にすぎません。
それでは、本当の敵は倒せないのです。この雛見沢(ひなみざわ)を覆う敵に……あなた達のこれまでなど、決して通用しない」

「馬鹿だねー。怖いからこそ踏み込む価値もあるし、楽しめるんでしょうが」

「何を、言っているのですか! これは遊びではないのですよ!」

「分かってるよ?」


そう、分かっている。恭文は分かっている……それでもなお、言い切ったんだ。

相手が大きかろうと、それゆえに怖かろうと……それならば、踏み込み楽しむ価値があると。

その思考はまともじゃなかった。梨花ちゃんも奴の目から……鬼の血を感じ取ったのか、言葉を失う。


あぁ、鬼だ。今日のあれから……部活のあれから、気づくべきだった。

コイツの中には、鬼……又はそれに等しい”人ならざる者”が棲(す)み着いてやがる……!


「というかおのれ、結局何かできたのかな」


恭文は諭すようにそう、問いかける。いや、それは梨花ちゃんだけに送られた、痛烈な皮肉かもしれない。


「沙都子にも、レナにも、魅音達にも踏み込むことなく、なのに自分の都合ばかり押しつけてさ。
……そうして怯(おび)えて、一体何ができたの?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


それは皮肉だった。

罪滅しの世界で、レナに言われたこと。罪がある……何もせず、傍観した罪が。

子どもだから、無力だからというのは、理由にならない。恭文は私の姿勢そのものを否定していた。


まず一歩……気持ちから、仲間達に踏み込んでいないと。大事で守りたいと言いながら、そのための行動を起こしていないと。

……ぐうの音も出ない正論だった。圭一にだけ秘密を打ち明け、結局綿流しまでの時間を、漫然と過ごし、消費していた。

赤坂を待っていた? それも言い訳になる。その赤坂が動きやすくなるように、調整することもしなかった。


結局私は、前の世界と何も変わらない。

自分に都合のいい目が出るまで、サイコロを振り続けるだけ……延々と、ただ延々と……それだけを繰り返して、一喜一憂するだけ。


……どこかで誰かに、全く同じことを言われた気がする。

どこだろう……罪滅しの世界じゃない。もっと、別の世界だ。

絶望と希望が二重螺旋(らせん)に織り込まれ、巨大な試練を撃ち砕いた……そんな世界。


信じていない。私は、信じていない。何もできなくても、力がなくても、信じることはできる。

そう諭されたような、気がする。


「レナは……信じてくれたから、かな」

「信じて……?」

「だからレナも、恭文くんを信じたいって思ったの。意地悪で自分勝手だけど……本当のことを探そうとする、この子を」

≪ちょっと、私が抜けていますよ≫

「あはは、ごめんごめんー。大丈夫だよー、レナはアルトアイゼンのことも信じてるからー」


あれは……誰だったのだろう。

そんな言葉も無駄にした私を、きっとその子は笑っているだろうか。


今も声を上げ続ける、ひぐらし達みたいに……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


梨花ちゃんの独白は、身を削るような悲壮さも感じさせながら、静かに始まった。


――雛見沢症候群の名称は、戦前にまで遡る。

雛見沢(ひなみざわ)近隣出身者が、遠方で煩う重度のホームシック。そしてそれに伴う精神不安定などの総称。

雛見沢(ひなみざわ)の人間は、鬼ヶ淵村の昔から、村外へ出ることを嫌う。村を捨てればオヤシロ様の祟(たた)りがあると信じ、ある者は実際に受けたと村に逃げ帰った。


これは魅音からも聞いたことだった。だが……どうもその原因が、雛見沢症候群という風土病によるものらしい。

そしてある医師がこの現象に注目し、様々な文献に基づき、調査を行った。


「高野一二三――鷹野三四さんの縁者だった男だね」

「え……」


恭文がそこで、吹っかけるようにある名前を出した。……雛見沢症候群を見つけた奴が、鷹野さんの縁者ぁ!?


「鷹野の縁者? 恭文、どういうことなのですか」

「発見者の高野一二三から、鷹野さんが研究を引き継いだんだよ。それをAP関係者だった小泉議員が拾い上げ、症候群の本格研究が始まった」

≪その小泉議員と高野一二三は、軍医時代からの盟友とかで。鷹野さんのことも相当可愛(かわい)がっていたそうです≫

「梨花ちゃん、その話は」

「……鷹野が雛見沢症候群の研究に、並々ならぬ尽力をしていたのは……知っていましたけど、そんな」

「梨花ちゃん、意外と何も知らないんだね」


それで恭文がどん引きし始めて、ついギョッとする。


「それでよく僕達のことが蛮勇とか言えたものだ。……はは、これは傑作だ……!」

≪むしろあなたが恐怖を知らないレベルなんですけど、大丈夫ですか? 栄養剤を打ちます?≫

「遠慮なくやり返してきやがった、この性悪!」

「しかも笑うんじゃなくて、どん引きするのがより悪質だよ!」

「この手が……この手が、あなたの顔面に届くのならばぁ……!」

「その場合は殴り返すけど。僕、男女平等だし」

「恭文くん、暴力行為に適応するのは間違ってるんだよ? だよ?」


――その高野一二三医師は、ある仮説を立てた。特異な共通項が、雛見沢(ひなみざわ)という特殊な文化性ではなく……外因性によるものだと。

外因性ってのは、心理的ストレス等を指す心因性と違う。

肉体などの構成要素に異常が生じ、それが引き金となって精神に歪(ゆが)みを与えるというものだ。


その内容は、異常を引き起こす原因が何かによって、幾つかに分類される。

例えば脳の機能が怪我(けが)・病気などで支障を来し、思考や言動、あるいは人格に影響を与える……とか。

そのほかは肉体に何らかの問題が生じ、体内の分泌物が変化して、精神に影響を与えてしまうケース。


大げさに聞こえるかもしれないが……例えば、風邪のときには落ち込みやすいとかだな。

だが梨花ちゃん曰(いわ)く、この病気の根源はそういうところじゃないらしい。


「これは、入江……入江機関の長(おさ)である、入江恭介二佐から説明されたことです」


梨花ちゃんはそこで、改めて認めた。

入江機関やAP……その背後にあるものを知っていると。


「感情とは心で生み出すものではない。それは体内機関が必要に応じ分泌した物質によって、生み出された信号で構成されていると。
つまりその分泌物の生成機関に異常が起きると、分泌物も異常になり……」

「感情の発露やその制御も、おかしなことになるわけか。PC――プラシルαを飲んだ人達みたいに」

「はい。だからその……高野一二三博士は、更なる仮説を立てました。……雛見沢(ひなみざわ)にはある種の風土病がある。
その地から離れるとホルモンの分泌などを狂わせ、過度の被害妄想を膨らませると」

「道理だね。雛見沢(ひなみざわ)におけるオヤシロ様信仰をその見地から見ると、昔の人達が風土病を……その原因を知っているように見える」


自らが村を出ては生きられない理解し、また余所(よそ)から人がくれば感染して、二度と村から出られなくなる。

そんな村に近づけまいとする土着の協議……オヤシロ様の祟(たた)りは、人の生活と理を守ることが根っこにあったのか。


「それが、寄生虫だったよな」

「村でこのことを知っているのは、古手家の人間……つまりボクとボクの両親だけなのです。
ボクの寄生虫だけは、村の誰とも違う……女王感染者と呼ばれるものらしくて」

「女王?」

「どういう理由かは知りませんが、代々古手家の人間にだけ受け継がれているそうです。
女王感染者は他の感染者から敬われ、慕われる……ボクが村のみんなから可愛(かわい)がられている遠因だそうです」

「コミュニティの中心部ってことか!? だが、寄生虫がいるだけで」


いや、待てよ。寄生虫寄生虫……そうだ、あり得るじゃないか。

机に張り付いていたときの自分は嫌いだが、学んできたことまで捨てる必要はないらしい。こういうときに役だってくれる。


「いや、その疑問こそナンセンスなんだろうな」

「みぃ……信じてくれるのですか? ボクのお母さんなどは、結局死ぬまで半信半疑だったのですよ」

「そりゃあぶっ飛んでいるのは確かだが……梨花ちゃん、レウコクロリディウムという寄生虫、知っているか?」

「れうこ……なんですか、それ」

「オカモノアラガイという種類のカタツムリの、触角に寄生するものだね」


お、さすがは恭文……だがレナも知っているようで、ウンザリという顔をする。


「はう……圭一くんも知ってたんだね。レナは恭文くんに教えてもらったんだけど……うぅ」

「レナが吐きそうなのですけど……どういう虫さんなのですか?」

「芋虫のように擬態して、騙(だま)された鳥に捕食され、その体内で卵を産む。それはフンとともに排出。
あとはそれをカタツムリが食べて、子どもが寄生……そういうサイクルをたどってるんだよ」

「とっても面倒そうなのです。だったら寄生しないで、力一杯自活するべきなのです」

「ところがそうでもない。この虫は捕食されるため、感染したカタツムリの脳をコントロールするからな」

「な……!」

「普通カタツムリは、鳥の捕食を防ぐため、暗いところにいる。だが感染すると、明るいところを好むようになるんだ」


そう……雛見沢症候群の概要と推察に近いものだ。科学的な感情生成のメカニズムを考えれば、十分あり得るものなのは分かる。

同時に梨花ちゃんも理解してくれただろう。レナがなぜ、気持ち悪そうにしているか。


「だがこれは飽くまで一例。ヤゴやボウフラなどの水生昆虫に寄生するハリガネムシは、寄生した昆虫の動きを鈍くする」

「鈍く?」

「それも聞いた……カマキリなどの、更に大型の昆虫に食べられるよう誘導するんだよね。
カマキリの体内で育ったハリガネムシは、産卵のため水中へ戻ろうとする。なのでカマキリの脳を操り……水の中へ飛び込ませる」

「神経の異常発達や場所認識、光応答に関する完璧な生理活性物質を作り出してな。
なおこれは、最先端の科学でも不可能なこととされている。……そこを考えれば、症候群の話も荒唐無稽とは言えないさ」


実際猫などに寄生しているトキソプラズマは、人間にも感染し、行動や人格に変化が現れるとされている。

あぁ、十分にあり得るぞ。雛見沢(ひなみざわ)のみに存在する寄生虫が、そう言った症状を起こすことは……!


「それで梨花ちゃん、発症した患者はどうなる」

「……あなた達の想像通りです。極端な被害妄想と、それに起因する過剰な攻撃思想。そして末期に至った際の自傷行為」

「つまりそれは、プラシルαを飲んだときの状態そのまま」

「薬学的見地の話は、ボクにも分かりません。でも……ボクは同じだと、感じました」


つまりプラシルαは、雛見沢症候群を発症させる薬でもあるってことか……寄生虫ではなく、薬学的に!

それを成したのが政府の役人と考えると、全身の血が沸騰しそうだった。


「雛見沢(ひなみざわ)に残る凄惨な伝承も、末期症状に陥った村人達による暴走……とも捉えられます。
そうして長い間痛みを繰り返し、村人達は理解しました。症候群のルールを」

「ルール?」

「まず当時の技術……そして今の医学でも、一度罹患(りかん)すれば治療が不可能」

「治療が、不可能だと! じゃあ沙都子が飲んでいるっていう薬は!」

「あくまでも症状を抑えるもの……それは、レナも同じです。実は茨城での事件、ボクも知っていました。
あなたがカウンセリングでオヤシロ様の名前を出したことで、話が入江機関に伝わり……薬を、送ったのですが」


梨花ちゃんは怒りと恥辱を滲(にじ)ませ、両拳を強く……強く握り締める。


「でも、知らない……私も、入江も知らなかった! 私達の作った薬がそんな、レナや夏美を追い込む毒になっていたなんて!」

「……梨花ちゃん達が作った? どういう、ことかな」

「彼らは……入江機関と、スポンサーでもある秘密結社『東京(とうきょう)』は、ボク達古手家に協力を要請したんです。
特殊個体≪女王感染者≫であるボクを調べれば、症候群の解析及び治療に役立てることができると」

「あぁ、そういう……」


そういう意味での作った……か。梨花ちゃんは症候群研究に関して、とても精力的だったんだろう。

監督のことも信じていた……信じている。今の言葉だけで、それは強く確信できた。


「だから人を寄せ付けない教義ができたんだね。じゃあ次は」

「繰り返しになりますが、発症者は極度の被害妄想に取りつかれます。村人の誰にも起こりえるものです。
教義の中ではそれを、人と鬼の血が混じり、血の凶暴性はオヤシロ様の力で抑えられていると」

「従わないと祟(たた)りがあるというのは、教えという鉄則を守る限り、風土病と共存できるわけだね」

「そんな中で最も重要な……破ることを禁忌とされているのが、発症させないルール。……一つは疑心暗鬼。
捕らわれれば自ら発症の道を進むことになります。だから雛見沢(ひなみざわ)はコミュニティ意識を強くして、村人同士での疑(うたぐ)りあいを避けた」


なるほど……俺達がレナや沙都子にしたのと同じか。一人で考えさせず、仲間と一緒に困難を解決していく。

そもそも疑心暗鬼に捕らわれる状況でないなら、確かに病気との共存も可能だ。


「……そういえば梨花ちゃん、レナに教えてくれたよね。オヤシロ様は怖い神様じゃない。縁結びや隣人愛を象徴するものだって」

「それもこの教義があればこそです。……でもこれは、もう一つの発症条件ほど劇的じゃありません。
概念的にも曖昧だったので、雛見沢(ひなみざわ)はもちろん興宮(おきのみや)界わいでも僅かに残っているのが現状です」

≪じゃあもう一つの条件は……って、聞くまでもありませんよね≫

「雛見沢(ひなみざわ)から離れると、発症確率が高まるんだね。それも離れている時間や距離に比例して……だからホームシックにつながる」

「……その通りです。鷹野や入江曰(いわ)く、これがもっとも分かりやすく、そして教義の根幹となったものだそうです」


ここも、さっき考えた通りか。だがそう考えていくと凄(すご)いよな。

オカルト色の強い教義も、当時の人達が知恵を絞り、作り上げた『対病マニュアル』に早変わりだ。

それが雛見沢(ひなみざわ)の底力……病気への対抗策という根っこがあれど、その強さは変わらないと思う。


だがそこで梨花ちゃんは、少し呆(あき)れ気味にため息。


「ただ、それも昔の話なのですが」

「え、今は違うのか?」

「それなら圭一は東京(とうきょう)に向かった際、真っ先に発症しているのですよ」

「……だよなぁ。というか恭文やレナも」

「垣内(かきうち)くらい離れていれば、一日二日でアボンなのです」


俺は村から来たばかりだから、感染していないとする。恭文も同じ……だが、魅音やレナはどうだ?

レナは今言った通り。いや、確かに茨城で発症はしていたが、離婚という大きなストレスがなかったら……どうだろう。

この教義が意味するところは、村外でのストレスだと思う。


時間が長ければ、距離が遠ければ、戻ってくるまでに受けるストレスも肥大化して、発症する可能性が高くなるってわけだ。

逆を言えば、外でのストレスが少なければ、発症の可能性も低いんじゃないのか?

例えば魅音はダム戦争時代、海外で軍事研修を受けていたらしい。……といっても基本はプロの応急処置やら、指揮官のイロハ。


戦う技術よりも、反対運動で傷ついた人を治療し、そもそもそんな人を出さない士気能力の追及に終始した。

その研修が終わった後は、家族と一緒にアメリカ各部を回って、美味(うま)いものをたらふく食べたそうだし……発症しているだろ、全員揃(そろ)って。


「入江機関の研究によれば、症候群は自然消滅の流れを辿(たど)っていたそうなのです」

「自然消滅!?」

「今も言いましたが、長い年月を経る中で病気の効力そのものが弱くなっているんです。
疑心暗鬼に陥らず、ホームシックに陥らず、普通に過ごせばほぼ無害な虫さんなのです」

「虫そのものも後継を残し続けてはいたけど、変化していったんだね」

「でも同時に、あるときを境に力を取り戻しつつあるとも」

「ここでパワーアップかよ! その原因ってのは」

「五年前のダム戦争です。雛見沢(ひなみざわ)を襲う敵に対し、みんなは怒りを燃やし、ぶつけ続けました。心に鬼を宿して……その煽(あお)りを食らっているんです」


それは、皮肉でもあった。

村を守るために頑張っていたのに、眠りにつこうとしていた寄生虫をたたき起こすだなんて。


……待てよ。ダム戦争から……そこで噂(うわさ)に聞く、連続怪死事件の凄惨な状況が思い起こされる。

というかついさっき、その一端に触れたじゃないか。


「おい、まさか……梨花ちゃん!」

「じゃあ梨花ちゃん、僕から質問……いいね」

「はい」

「雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件は、雛見沢症候群の存在によって説明できる。イエス、ノー……どっち」

「……イエスです」


それは、絶望の宣告だった。もう間違いない。二年目の事件は、沙都子が……あれ?

ちょい待て。それなら三年目と四年目はどうなる。症候群の側(がわ)から説明できるってことは……!


(第11話へ続く)






あとがき

恭文「というわけで、澪尽し編も第二局面……部隊は雛見沢へ戻り、いつも通りにどったんばったん大騒ぎです。お相手は蒼凪恭文と」

あむ「日奈森あむです。……さて、先日六月二十三日は律子さんの誕生日……そして今日は、日高愛ちゃんの誕生日!」


(おめでとうございます)


恭文「あ、それと星梨花の中の人でもある麻倉ももさんもお誕生日なんだよー。二十九日にはナターリアが……三十日には李衣菜が控えている!」

あむ「そんなわけで、今日はまたまた蒼凪荘でパーティ! CPや876プロメンバーも集まって、こっちも大騒ぎだよー!」

律子「御主人様、ありがとうございます。律子はこの感謝を、これからのご奉仕でお伝えできれば……というわけで、ちょっとメイドラゴンを超えるように!」

恭文(OOO)「……無理だけはやめてくださいねー」

ちっちゃん「め!」


(さすがにメイドラゴンはキツいと思う今日この頃)


愛「恭文さん! あむさんもありがとうございます!」

あむ「ううん。涼もだけど、876プロメンバーとはちょくちょく仲良くさせてもらってるし」

愛「これからもよろしくお願いします!」

絵理「うん、よろしく……よろしくだよね? 恭文さん」

恭文「あれ、なんか絵理が凄く押しているような!」

あむ「あんたのせいじゃん……!」


(蒼い古き鉄、状況に困惑中)


恭文「あ、そうそう。最近この近辺で入った一大ニュースと言えば」

あむ「……分かってる。HGUC イフリート改でしょ? プレバンっぽいから」

恭文「ホビー誌ではもう出ている情報らしい。まさか……そんな、Vivid編で店頭販売された様子を描いたのに……!」


(でも、ちゃんと発売したからよし!)


恭文「だね。全く出ないよりはマシだよ。今後のバリエーションも期待できるし」

あむ「あとは、アガルタの女かぁ。いろいろ考察が出てるけど……地底世界なのに不夜城の〇〇ってサーヴァント総称ってのが」

恭文「一部では太陽を落とした女なドレイクが絡む……とか言われていたね。
全開の新宿が序章と一章のキャラが出ていたから、次は二章と三章ではって感じで」

あむ「まぁその辺りも、三日後のニコ生かぁ」

恭文「僕は難易度に怯える今日この頃……でもどうしよう。マジでドレイクオルタとか出たら」

あむ「石と呼符の数は」

恭文「石が今日のログポで九十。呼符が二十八枚……」

あむ「……課金するにしても、十連だけで耐えておこうか」

恭文「うん」


(しかし、現・魔法少女は気づいていた。蒼い古き鉄なら……また、一万円の爆死課金をすると。
本日のED:UNISON SQUARE GARDEN『センチメンタルピリオド』)


恭文「垣内で巴さん達と話せたおかげで、いろいろ情報も集まったし……沙都子にも感謝しなければ」

レナ「だね。でも……梨花ちゃんの気持ちも分かるよ。あんなの、どうやって戦えば」

恭文「適当な奴に押しつける」

レナ「また軽いなぁ!」

恭文「あのねぇレナ、”どうやって戦えば”って答えが出る時点で、個人での壊滅は不可能だと分かるでしょ。
ならそれ以外の方法を模索すればいいんだよ。僕が梨花ちゃんの立場なら、”僕とアルト”を利用するし」

古鉄≪それが妥当ですね。赤坂さんとの繋ぎにもなるなら……まぁあの人も若いってことでしょ≫

レナ「……レナ達も十分若いんだけどね」


(おしまい)





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