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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第9話 『アクマノクスリ』


なぜ南井巴が……雛見沢(ひなみざわ)の住人でもなければ、古手梨花達と関わりのない刑事が、希望になるか?


「みー」


それをひも解くためには、また別のかけらが必要ね。これは≪解々し≫のかけら――少女達の思いが込められたかけらよ。

一見古手梨花とは関係なさそうに見えるけど、実はそうじゃないの。


これはね、誰もが知らなかった……又はその重要さに気づかなかった真実を掴(つか)むために、とても大切なものなの。

惨劇が起こる一年前、昭和五十七年……この世界だと平成一八年だったかしら。

悟史がいなくなり、次の年に来るであろう袋小路をどうやって抜け出すか。それを悩んでいた頃、一人の女性刑事がこの雛見沢(ひなみざわ)を訪れたわ。


そう、それが南井巴よ。彼女が目を付けたのは、部活メンバーの一人である竜宮レナ。

彼女が茨城(いばらぎ)で起こした傷害事件……その事実は部活メンバーのほとんどが知らず、また圭一でさえ詳細を把握していなかった。

だけど……確かに繋(つな)がりがあった。レナの過去には古手梨花と羽入、そして黒幕ですら気づいていなかった陰謀で生み出された闇が絡んでいた。


その真相を暴き出すため、南井巴が困難に立ち向かうってお話よ。

でも一筋縄ではいかない……彼女はその中で様々な現実を突きつけられる。それは大人ゆえに、組織の一員として戦うが故の壁。

正義を貫くためには権力が、理解してくれる仲間が必要。それを手に入れるプロセスから逃げていては、正義は貫けない。


たとえ組織の正義と個人の正義が相反し、折り合うことがなくとも……いえ、ないからこそかしら。

彼女はそれを思い知り、正しい手段と心を持って培い、あの場にいるわ。

残念ながら……恭文や、噂(うわさ)のあぶない刑事みたいなのが特殊例ってことよ。


……ねぇ、もし彼らならどうするかしら。


――偉そうなことをほざくな、青二才が。
力も、後ろ盾もない貴様が、気安く正義を語れるほどこの世界は甘くはない――。


これは彼女が実際に言われたことよ。山沖署長って人からね。

もし恭文とアルトアイゼンが同じことを言われたら……個人の限界を、権力のない現界を突きつけられたら。


「……みぃー」


そう……あなたには聞くまでもない答えね。彼らの道は、手にしてきた力は、南井巴や山沖署長とは違う。

あなたは信じているのね。そんな彼らの強さを……そうね、それもまた道の一つ。

彼らは組織の正義ではなく、結局個人の正義を選んでいる。きっと噂(うわさ)のあぶない刑事達も同じね。


自分のために、自分がやるべきことを自分で選び、やり通す。そんな身勝手な生き方もまた、一つの正解だった。

……でもね、南井巴が、彼女の周囲が諭した道もまた、一つの正解なの。


「みぃ?」


彼女は決して妥協したわけでもなければ、現実に負けたわけでもないわ。

警察の正義と、自分の正義……両方が折り合い、より強い力とする道を選んだ。探した。もがいた。

陰陽の理念って言うのかしら。どちらも王道であり本道。決して間違いはなく、貫く正義もまた変わりがない。


……だからこそ今まで弱々しかった光が、はっきりとその姿が見えるほどに強く、大きく輝きだした。

それは彼女の選んだ道が、彼女の苦しんだ過程が、決して間違っていなかったことを示すわ。

その光によって今、私でさえ存在を知らなかったものが浮かび上がろうとしている。


レナの絶望を伴いながら。


「……みぃ」


……とても、残酷なことだと思うわ。でも信じてもいるの。

この一歩がまた、新しい輝きを生み出すと。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第9話 『アクマノクスリ』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「相馬主任は成分分析のみならず、竜宮礼奈のカウンセリングも行ってくれました。それに基づく結果なのですが」

「……えぇ」

「あの薬は……はっきり言えば”麻薬”です」


概要を簡潔に言うと、こうだ。公由夏美と竜宮礼奈が処方された薬は、麻薬認定されてもおかしくないほどの劇薬……。

成分分析の結果、専門家は断言したのだ。問題の薬は麻薬で、それが公的機関でバラまかれていたと。


「まずこの薬が使われていたのは、臨床試験の一環だそうです。ですが公由夏美及び竜宮礼奈の話を聞く限り、本人の同意は一切得ていません」

「精神疾患を治療する効能はある……が、問題点はやはり『未認可』と『危険度AA』という二つの事項ですね」

「後者に至っては、薬事法を超え……麻薬取締法の対象とされるものです。違反した場合の罪状はほぼ間違いなく、十年以下の実刑が相応。
たとえ医療関係者でも、取り扱い免許取得には相当の審査と手続きが必要です」

「地方と言えど……大学病院ほどの権威機関が、通常の患者に対して処方できるものですか」

「ドクトルの見解も聞きましたが、あり得ないそうです」


だろうな……そこで気になるのは、やはり薬の成分だ。妄想・錯乱を引き起こすとは聞いていたが、正直驚きでもあった。


「具体的な危険性は……あぁ、次のページですね。……シナプス細胞の能力向上?」


脳や神経系存在する、情報伝達を司(つかさど)る≪シナプス細胞≫……その能力を向上させる成分が、あの薬にはあるそうだ。

それによって一時的に思考の情報処理速度が上がり、服用者の精神状態を整理することができる。

簡潔に言おう。この薬を飲むと、誰であろうと即席の聖人君子になれるわけだ。


それがどう精神疾患に効くのか……そもそも、人間のストレスとは何か。その大半は、感情的思考処理が的確に行われないせいだ。

他車との衝突、軋轢(あつれき)、挫折……自分の言動・行動によって生じた不本意な結果。それを受け入れなければならないとき、人は当然困惑し、後悔する。

それらの鬱積したマイナス感情を、どのように解消すべきか整理し、迷い、悩み抜く際に苦痛≪ストレス≫が生じる。


本来であればそのストレスは、何らかの解決策を見いだした際、軽減……やがて消滅する。

例えば運動や娯楽鑑賞など、べつのものに意識を発散することで行う≪気分転換≫。

あるいは家族や友人・恋人などの会話によって、悩みの内容を反面分析する≪思考整理≫。


他にも時間が解決すると言われるように、悩みを一時的に放置。記憶内の情報が希薄化した段階で、強引に処理してしまう≪開き直り≫などがある。

そう言った行動によって、大抵の悩みは深刻かする前に消滅する。そう、大抵は――。


だがときには、その出口を見つけられないまま精神的苦痛が蓄積し、その結果マイナス感情と思考を継続させてしまう者もいる。


それは気分転換できる趣味もなく。

相談する相手も持たず。

なおかつ無責任に問題を放置することができず――。

自分の殻に閉じこもってしまう性格の方々だ。


その精神状態は、抗議的な意味での『鬱』と呼ばれるもので、世に言われる後天的精神疾患のほとんどは、これに端を発しているとのこと。

そんな精神状態を医学的に解消する手段は様々……医療カウンセリングによって、閉塞した思考を解きほぐす介助行為。

神経伝達能力を向上させる成分……今回の薬に見られるようなものを投与して、患者自身が有する問題を解消する。


「……ようするに患者の思考能力を上げて、頭の中に溜(た)まった悩みを一気に押し流させると」

「えぇ。問題はこの薬に、抗精神伝達系の成分が多量に含まれていることだそうです。
これのせいで、せっかく処理されたはずの精神状態が思考内に留(とど)まり、理性で制御できる以上の情報量が、心の中に蓄積される」

「どういう、ことですか」

「理性というのは関所のようなものだそうです。人間が受ける数多(あまた)ある情報を、表へ出す前に検閲。
常識や道徳に従って正しいか否かを判断し、実際の発言・行動を修正する役割を果たします。これは悩みに対しても同じだそうです。
……もし、もしも……理性≪関所≫で封鎖できる以上の情報量がなだれ込んだら」

「そりゃあ、まぁ……!?」


……一瞬、サラッとでかかった恐ろしい結論を、改めてかみ砕き……慎重に、言葉に移していく。


「理性が、感情に打ち負かされると……!」

「その通りです。おまけに薬の組成式を見ると、抗興奮剤の成分まで含まれていたようです。
これは感情の激発を沈静化する一方で、認識力に混乱が生じ、妄想と現実の区別がつかなくなる副作用があります」


感情が理性≪関所≫を上回り、何の修正もなく吐き出される。その時点で服用した人間は”正気ではない”。

抗興奮剤の影響を考えると、思考や感情がどのような過激な結論に至ったとしても、本人にとっては全て夢の中で起こったこと処理できる。

罪悪感から逃れるため、自らを正当化するものじゃない。そんな悪質かつ狡猾(こうかつ)な発想から出たものではない。


思考が自動的勝つ強制的に、そうなってしまうんだ。……これが、妄想・錯乱の根っこなのか。

ゆえに責任の所在を求めるとき、本人には罪を犯した意識が全くない。当然審議にも時間がかかり、その結論も賛否両論となる場合も多い。

よくある麻薬常用者のように、自ら選んで服用して……その上でなら分かる。だが、こんな薬を知らぬうちに処方されていたとなると……!


「奴らは、正気なのか」

「代表代理」

「国の政治を預かる身でありながら、国民にここまでの危機をもたらし……それが、金のため? ふざけるな――!」


今すぐ千葉の首を落として決着がつくなら、そうしたいほどの怒りに駆られていた。

だがそれはできない。落として決着する話ではないからだ。この薬と雛見沢(ひなみざわ)の件がどう絡むか……そこもきちんとした立証が必要。

入江機関の実態調査も進んでいない。そんな先走りだけはできないと、強く……強く心に刻みつける。


「……一番タチが悪いのは、安易に感情の安定を得られる点です。飲んでいる本人にとっては平常心を取り戻せるものなので、常習化の危険もあります」

「だから麻薬……」

「正しく悪魔の薬です。それと代表代理、先日仰(おっしゃ)っていましたよね……本物のプラシルαがどこかにあると」

「”これ”なんですね」

「構成成分の大本(おおもと)は旧プラシルと同じです。旧プラシルでも幻覚などの症状はありましたし……改良どころか改悪ですよ。
となると、気になるのが竜宮礼奈の状態です。相馬主任の話では、彼女は小康状態……この薬ももう飲んではいないんです」

「……彼女は”両方の”被検体にされた?」


沙羅さんは首肯……それで大体の筋書きが読めてきた。その分、余計にいら立ちも募るが。


「雛見沢(ひなみざわ)の風土病……やはり実在するようです。アルファベットプロジェクトを設立した小泉議員ですが」

「えぇ」

「元々軍の医療関係で働いていましたが、発見者はそのとき知り合った戦友……高野一二三という軍医です。
第二次世界大戦時代、徴兵された雛見沢(ひなみざわ)出身者にだけ異常行動が見られたことから、この病気――雛見沢症候群の存在に気づいた。
彼はそれから数十年に亘(わた)り、独自に研究を続けていたそうです。それを権力者となった小泉が拾い上げ、プロジェクト内で大々的に推し進めた」

「ではその、症候群の症状も」

「妄想・錯乱による異常行動……旧日本軍で起きていたものは、戦地での過度なストレス、ホームシックが原因だったようです。
……これは個人的推測なのですが、雛見沢(ひなみざわ)を離れると祟(たた)られる……オヤシロ様の伝承は、こういったところから来たのでは」

「村を離れて、ホームシックになると……なるほど」


実際にそれで、日本軍が”被害”を被っていたのなら……だとしたら余計に皮肉だがな。


「次に……垣内(かきうち)SAで起こった車両爆発事件ですが」


また別の資料を渡されるので、素早くチェック。……これは、凄(すご)い偶然だな。


「何の因果か……南井刑事が竜宮礼奈を疑っていたことで、あの場で遭遇したことで、命を救われたわけか」

「えぇ。そして蒼凪君の見立て通り、問題の車には仕掛けが施してありました。御丁寧にC4≪プラスチック爆弾≫も込みです」

「連中も泡を食っていることだろう。例の花田刑事は」

「現在行方を捜索中です。結婚もしていますが、自宅にも戻っていません
それと山沖署長の依頼で、署員の信用調査を行ったのですが……」

「引っかかったんですね、花田が」

「花田の妻は、千葉と恋愛関係にあります。それも結婚前から」


……愛人と偽装結婚させているわけか。この上ないほど明確な証拠だな。


「花田が垣内(かきうち)署に仕込まれたスパイなのは間違いありません。それも千葉直属ですから……彼を確保すれば、必然的に千葉にも繋(つな)がる。
現在垣内(かきうち)署の捜査課が総動員で、花田の行方を捜索しているところですが」

「花田の妻は」

「口封じも考え、こちらで確保しました。……それより問題なのは」

「本丸である千葉に迫ること……警察は動きにくくなりますね」

「えぇ。殻倉の大学病院を強制捜査するのなら、厚生労働省と裁判長の許可が必要になります。
しかもこの分析結果では、麻薬取締官事務所――麻取の領分にも関わります。麻取と警察の仲が劣悪なのは、有名な話ですから」

「捜査に口出しをされて、邪魔になるのは明白。我々の出番か」


……まともな追及では千葉にまで届かない。

殻倉の大学病院を調べるにしても、向こうに先手を打たれる可能性も高い。

花田についても、行方を眩(くら)ませているなら……プロファイリングによる行動分析も必要か。


あぁ、これで詰みにはならない。もう一手……二手から三手必要だ。となると、思いつくのは。


「状況を受け、公安と検察庁も調査員を送っていますが……どこまで迫れるか。何より千葉の手が回っていないとも限らない」

「一番手っ取り早いのは、プラシルαの製造・密輸方法を見つけることか……」


恐らくは海外からの密輸だ。ただ世界同時多発テロの影響で、空港の検閲も相当厳しくなっている。普通の方法ではすぐ摘発されるだろう。

それは海路でも同じ。陸路はそもそも論外……テレポートで運んでいるとかだったら、さすがに笑えないぞ。


「恐らく、垣内(かきうち)空港かと」


だが沙羅さんにはもう宛てがあったようで、さらっと答えを出してくる。


「垣内(かきうち)空港の国際線導入に際し、役員に就任した方々がいるのですが……その全てが元ローウェル社の重役達です」

「そういうことか。南井刑事の父親は、その事実を掴(つか)んで……」

「そうそう……その南井雄介氏と花田ですが、少々奇妙なことが」

「奇妙なこと?」

「これは山沖氏も絡んでいるところですが……しらかば山荘事件、御存じですね」

「えぇ。有名な事件ですから」


改めて別の資料を渡され、中身をチェック……これは。


「沙羅さん」

「裏切り者が花田なら、その経歴や名前も詐称かと思いまして。急きょ洗い直した結果……これで”動機”が成り立ちます」

「彼女と妹さん、そして山沖署長は、仇(かたき)をとても近いところに置いていたわけか。もしや花田も垣内(かきうち)空港に」

「あり得ます。ただ、いつ……どのタイミングで運ばれてくるかが。それで空振りをした場合、こちらも無傷ではいられません」


現地調査が必要か。南井刑事の安全確保もあるし、花田の性格次第ではまた出てくる可能性もある。

向こうもいづみが付いているのは知っているし、襲うなら対策も……ならば、こちらも不確定要素を付け加えるだけ。


「沙羅さん、後は」

「それならご安心を。……既に会長が清掃員として入り込んで、内部状況を調査中です」

「……大丈夫なんですか」

「……恐らくは。それよりも代表代理には、こちらに伺ってほしいんです」


そこで沙羅さんがメモを渡してくる。……なんだこれは、都内の料亭?


「今夜、警察庁広報室室長の前野氏と、公安の秋山氏が内密に会談を行います」

「広報室室長……確か南井巴は、そこの特務係長でもありましたね」

「えぇ」

「私はこの会合にお邪魔しろと。アポイントメントは」

「当然ありません。ですが、問題はないでしょう?」

「えぇ」


そう、頭を抱えてもらうだけだ。……南井刑事の道も、山沖署長の道も、確かに一つの正義だろう。

だがPSA(うち)の正義は違う。結局のところ我々も、アイツらと同じ……ただ好きにやりたいだけだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


レナ共々宿泊先を変える……それはいいんだけど、変えた後は? さぁ一体何をするかと思ったら。


「……巴くぅん……その、他になかったのかねぇ」


六十代近いおじいちゃんは、浴衣姿で頭を抱えていた。……この方が山沖署長……そう、署長の自宅に押しかけました。

なおレナは、いづみさんと南井さん……巴さんの妹さんと”改めて”お風呂中。栗髪ショートカットで、おでこを出した可愛(かわい)らしい人だった。

本当に、本当に……衝撃的だったよ。そこそこ広めな日本(にほん)邸宅を訪ねたかと思ったら、コレだもの。


しかも二人揃(そろ)ってお風呂中だったようで、ギョッとしながら……今もギョッとしているけど。


「署長、正義のためです。婚約者との一時など忘れてください」

「いや、もっと……他にこう、安全な場所が」

「他にはなかったんですよ。仮に爆破されても心が痛まない場所」

「巴くぅん!?」

「だって二度目のときみたいに、車上荒らしとか……無関係な人を巻き込んでも嫌ですし」

「私とまどかくんがいるんだが! というか、お手伝いの赤城さんも!」

「赤城さんはもう帰ったし、あなた達は警察官でしょ? 市民のため、二十四時間戦い抜きなさい」


うわぁ……本気で言ってる。というか、躊躇(ためら)いなしですか、署長なのに。

署長はまさか、そんな無茶(むちゃ)振りをされるとは思ってなかったらしく……シワの刻まれた頭を抱え、子鹿のように震え始めた。


「大丈夫、こっちには忍者も二人いますから」

「えぇえぇ、そこは大丈夫ですよ。スティンガーもありますし」

「そうそう。戦車で攻め込まれても問題なし……え」


そう言いながらスティンガーを取り出すと、なぜか二人揃(そろ)ってギョッとする。


「ちょっとぉ! なによそれぇ!」

「あ、でも対物ライフルも必要かなぁ。前みたいに狙撃されて、誰かがミンチよりヒドいことになるのは嫌だし」

≪PSAに要請しましょうか≫

「だね」

「やめたまぇ! 君達は、うちを戦場にするつもりかねぇ!」

「そうよそうよ! いや、戦場にするのは別にいいわよ!? でも周辺住民への被害を考えなさい!」

「巴くぅん!?」

「でも戦車を持ちだされたら、結局速く倒さないと辺りが火の海に」


すると巴さんは拍手を打ち、納得した様子で笑顔。


「それもそうね。ならやってしまいなさい」

「巴くぅん!?」

「「署長、さっきから『巴くぅん!?』しか言ってませんね」」

「君達のせいだぁ!」

≪……あなた……一体何をしたんですか。私達はともかく、巴さんがコレっておかしいでしょ。一応部下ですよね≫

「私が聞きたいんだよ、それはぁ! というか、疑問に思うなら彼を止めたまえ!」

「止める必要はないわよ、アルトアイゼン。それに……署長も人が悪い」


その一言で。


「したというか、これからまた、するところだったもの。ねぇ、署長……」


巴さんが浮かべた、悪鬼の如(ごと)き笑みで。

山沖署長が言葉を失い、小さく……小さく萎(しぼ)んでいく。


あぁ、やっぱりか……! 署長の家に妹さんがいるって時点で察するべきだった。しかも、垣内(かきうち)署の警官で巡査らしいし。

あの……妹のまどかさんと山沖署長、恋愛関係なんだ! そりゃあお姉ちゃんとしては認められないよ!


「蒼凪君、あなたもハーレムが定められてはいるけど、おじいちゃんになってからは自重しなさい。
それまでに娶(めと)った奥さん達を大事にしなさい。……そこから若い嫁とか、変態だから」

「変態!?」

「いや、そもそも定められていませんよ! くそぉ……どうしてこうなったぁ!」

「あと、竜宮さんを泣かせたら……分かっているわね? 今日の件はノーカンにしてあげるけど」

「あなたはレナの姉か何かですかぁ!」

「いや、その前に……ハーレムとはどういうことかね! 君はまさか、我ら男の夢を体現しているとぼうげげこがぁぁ!?」


署長が殴り飛ばされたぁ!? 署長なのに! 部下なのにぃ!

認めない……署長のハーレムは認めないんだ! だったら僕のも否定してぇ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


南井巴……彼女は尾崎渚の事件直後、垣内(かきうち)署から広報室に異動している。

表向きは彼女の能力を高く評価した上で……広報室の仕事は、簡単に言うとマスコミ対策だ。

起きた事件の情報をマスコミに提供する。その取捨選択を任されたスポークスマンと言える。これもまた表向きの印象だが。


実は事件情報の提供と一口に言っても、実に奥深い要素がある。

情報一つで犯人への攻撃にもなるし、逃亡の手助けにもなる。被害者・加害者の両家族に対する威圧ともなりかねない。

場合によっては世論を動かし、警察や政治活動そのものにも影響する。


意外に思われるだろうが、ネットの発達も相まってまだまだ未開発な分野で、近年その働きが注目されつつあった。

実は垣内(かきうち)署の山沖署長は、自身の経験からそんな広報活動の影響を痛感し、重要性を訴えてきた第一人者でもある。

彼は南井刑事の優秀さを見込み、広報室からの依頼を受けて……彼女を異動させた。


彼女自身事件被害者でもあるし、その経験が広報室の発展に役立つと考えられたから。……では、真意は?


『表向きの理由は、垣内(かきうち)署での研修期間中、彼女の優秀な能力に着目して……そういう話になっています』


秘密の会合に向かう前……沙羅さんから改めて、彼女の概要について聞いた。それはもう、波乱万丈の逆転劇で。


『実際は』

『いわゆる副署長派……ここは捜査二課も含まれますが、彼らは南井刑事を随分嫌っているようで。
自分達のツテを使い、権力闘争で蹴落とそうとした。それだけならまだしも、公安が彼女をマークしていた』

『やはり澤村公平と尾崎渚の一件で……つまり、広報室への異動は緊急退避』


公安の狙いは簡単だ。彼女が事を荒立て、黒幕に危害を加えられる……最悪殺される状況を狙っていた。

そうして相手が尻尾を出したところで、一気呵成(いっきかせい)に叩(たた)くつもりだったんだ。まぁ公安ならよくあることだ。


『彼女自身はそれを』

『その当時は知りませんでした。ただ先ほど山沖署長に確認したところ、そこは既に話していると。……とても疲れ果てた様子でしたが』


それはそうだ。気づかいで垣内(かきうち)署から追い出したら、本人が堂々と戻ってきたんだからな。

それも決して身勝手ではなく、各所を説得し、納得させるだけの材料を揃(そろ)えた上で。……生半可な覚悟と努力ではないよ。


具体的にはこうだ。彼女と同じ大学出身の官房長が、広報室にいた南井刑事を激励した。

そこで官房長の口から『プロファイリング捜査』の話が出たので、彼女は”たまたま”持っていた資料を見せた。

それは大変驚かれたそうだ。膨大な英文資料を判読し、更に実際の捜査で効果を実証している。それをエリートとはいえ、若手の女性刑事が……だ。



そのデータは官房長官の一声で、科警研に見てもらうこととなった。更に彼女は”偶然にも”その実行例の詳細を全て管理していた。

それを科警研の総務部長に、レポートとして提出した……これもまた、大変に喜ばれた。それこそ救いの神と言わんばかりだったそうだ。

……ではなぜ、彼女の資料一つで官房長や科警研がそこまでしたのか。それは日本(にほん)において、プロファイリング捜査が浸透していないためだ。


そもそもプロファイリングとは、統計学と犯罪心理学に基づき、犯人の行動を読み取り、逮捕に繋(つな)げるという捜査手法だ。

ここで重要なのは、犯人像を絞り出すこと。例えば男か女か……それだけでも大きな足がかりとなる。

ようはその”足がかりの構築”がプロファイリングの本領だが、決して万能ではない。


プロファイリングを逆手に取られる可能性もあるし、そうでなくてもそもそも間違っている場合がある。

犯人像の間違いは、そのまま誤認逮捕の可能性にも繋(つな)がる。慎重な研究と実証が必要な項目でもあった。

しかし長年『捜査官のカン』に頼りがちだった日本(にほん)の捜査状況では、プロファイリングは新しい視点を生み出すものだった。


そのため科警研……科学警察研究所も注目はしていたが、基本内容は理解できても、それを運用・分析するためのデータがなかった。

しかもその収集を行おうにも、立ちはだかるのはセクショナリズムの壁……ようは縄張り意識だ。

手柄を科警研に奪われるのではと危惧する、現場の刑事達に導入を抵抗され、遅々として進んでいなかった。


さらには日本(にほん)では元々、プロファイリングが必要とされるほどの凶悪事件が少ない。

二〇〇四年からテストケース的に現場研修が行われているものの、それでもデータが不足している状況だった。

そんな中で、彼女のデータがどれほどの価値を持つか……それはお察しの通りだ。官房長もそんな状況を憂う一人だったからな。


しかも彼女が茨城(いばらぎ)県警時代に纏(まと)め、更に尾崎渚の事件が起きるまでの二か月間――垣内(かきうち)署の捜査で実証してきたものを、無償で提供した。

それを受けて、科警研の総務部長は所長を呼び出し、彼女にヒアリングを行った。

それはまぁ、南井刑事が女性という好奇めいた興味もあったが……彼女はそれすらも利用。


話から手ごたえを掴(つか)んだ所長は、実際の捜査に当たらせてみようと鶴の一声で決定。

その結果、プロファイリング捜査手法の本格導入とノウハウ共有を目的とした、科警研主導の研究スタッフが結成されることになった。

……もちろん彼女は広報室所属。なので広報室係長として、この件についての報道対応を任された。


テレビ局に企画書も持ち込んだそうだ。三か月以内に迷宮入りの難事件を解決すると、大見得(みえ)を切ってな。

密着取材も許可を出したらしく、テレビ局は大喜びで飛びついてきた。……もう言うまでもないが、それが尾崎渚の件だ。

尾崎渚の事件は、ここに至るまで……全く、これっぽっちも、捜査が進展していなかった。


彼女は広報室に異動してから、彼女の事件に関わるため、再び垣内(かきうち)に戻るため、チャンスを待ち続けた。

背水の陣も込みではあるが、それを掴(つか)んだ上で……あの場にいるわけだ。


『で、察するにその辺りは……前野室長も理解していると』

『えぇ。本来は彼女をこの事件から遠ざけつつ、改めて出世コースに乗るよう調整したかったそうです』

『しかし沙羅さん、山沖署長というのは、そんなに出世を拘(こだわ)る人なのですか』

『よくある下世話な出世欲とは違います。……組織の中で偉くなり、認められること、仲間を作ること。
その上で行使できる正義があるからこそ、それを蔑(ないがし)ろにするのは許せない……そんな方です』

『……なるほど』


無目的に出世を目指すのではなく、正しいことを成すために……その前提の上で偉くなれ、か。

……南井刑事共々、どっかの誰かさん達と相性は悪そうだ。いや、頭を抱える人間がもう一人増える……それは愉快だな。

そんな楽しさで笑いながらも、堂々と部屋のふすまを開けて。


「失礼する」


面食らっている男性二人には構わず、ふすまを閉じ……我が物顔で上座に座った。


「警察庁広報室室長の前野氏と、公安の秋山氏とお見受けします」

「あぁ、そうだが……何者だ」

「うちの代表ならこう言うでしょう。『I am NINJA』と――初めまして。代表代理を努めています、劉と申します」

「PSA……! 一体どういう了見だ。事と次第によっては」

「もう御存じのはずですよ? うちの若い奴が、そちらの領分に踏み込みかけていますので」


秋山氏に優しく……丁寧に語りかけると、ゾッとした様子で黙り込んでしまう。

あぁ、分かっているさ。蒼凪の奴も、下手をすれば以前の南井巴が如(ごと)く……ただ、まぁなぁ。


「あ、そうそう……外で見張っている方々ですが、少し働き過ぎのようですね。顔色が悪かったので寝てもらいました。
代わりにうちの人員を配置していますので、その辺りは御了承を」

「よく言うぜ。で、お前さんは何の用できた」

「一つは……まぁご忠告ですか? さっき言った若い奴をダシにすると、痛い目を見るという点。
……アイツらは少し”あぶない”んですよ。デカい相手ならワクワクして、笑いながら潰しにかかる」

「だろうな。何せあのTOKYO WARと核爆弾爆破未遂事件で活躍した英雄様だ。……まぁ安心しろ。
こっちでも動きは掴(つか)んでいるが、部下の命を救ってくれた一人だ。無碍(むげ)な真似(まね)はさすがに許さん……だよな、秋山」

「え、えぇ……それは、もちろん」


ふむ……どうやら前野室長は、ある程度ざっくばらんに話せそうだな。むしろこっちを食ってかかろうという、強烈な気概すら感じさせる。


「誤解のないように言っておくが、少なくとも俺や前野さんはお姫さん……南井刑事や、今一緒にいる子達を釣り餌代わりにするつもりはない」

「お姫さん?」

「南井雄介、知ってるんだろう? 俺とこの秋山は、元々南井さんの部下だった。それでまぁ、南井さんもあんなことになっちまって、つい……な」

「それは蒼凪恭文君についても同じだ。……TOKYO WARの件もそうだが、格爆破未遂事件ではこちらも助けられた側(がわ)だ。
個人的にも……いや、公安の人間は全員、彼や鷹山刑事達の行動に感謝し、尊敬している。そこは信じてほしい」

「そうですか……」


……三発目の核が爆破されていたら、一体どうなっていたか。日本(にほん)の情勢にも関わる大問題だった。

下手をすればTOKYO WARで危惧されたように、実質的な日本(にほん)国家の死もあり得た。

前例のない凶悪テロとその犠牲により、諸外国からの治安維持干渉を受け、日本(にほん)はマッカーサー来日以前に戻る。


それは戦後積み重ねた数十年の否定……ゆえに、国家的な死だ。しかしそうまで評価されているとは……なかなかに感慨深いな。


「今日の密談も、そうならないよう状況整理をしようって流れでな。どうせそれも察知してたんだろ」

「えぇ。では……雛見沢症候群やアルファベットプロジェクト、小泉議員や高野一二三についてもあなた方は」

「小泉のクソジジイはともかく、その症候群と高野ってのは……秋山」

「これから話そうと思っていたところです。……さすがはPSAと言うべきか……そこまで掴(つか)んでいるんですか」

「ではここからは参加させてもらいましょう。その手土産と言ってはなんですが、こちらも一つ情報提供を」


……彼らは本当に、南井雄介刑事を慕っていたらしい。


「南井雄介とその奥方を殺し、南井姉妹を不幸のどん底にたたき落とした犯人……その目星がつきました」

「な……!」

「……詳しく、聞かせてもらおうか」


そう提示しただけで、食いつき、その姿勢は前のめりとなり、瞳は野獣のように滾(たぎ)る。

……どうやら今日の会合、なかなかに楽しめそうだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


垣内(かきうち)署の闇を見た……そんな中。


「それで蒼凪君、あなた……ずーっとフリーランスで続けるつもり?」


巴さんが真剣な様子で……みんながお風呂から上がるまでの余談として、語り始めた。


「あなたくらい能力があるなら、もっと上を目指してもいいでしょうに」

「すみません。そういう話は別所(べっしょ)で耳タコなので、遠慮していただけると」

「知らないわよ! ……偉くなることを甘く見たら駄目よ。組織の中では、権力と横の繋(つな)がりがものを……うぇ」


すると巴さんが嗚咽(おえつ)。あぁ、これは……。


「……食べ過ぎるから」

「ち、違うの……ちょっと複雑な関係の人に、そんな説教をかまされたことがあって。こう、同じことを言っているかと思うと……うぇ」

「……本当に、心の底から嫌われているんですね。その人」

≪えぇ……まぁ当然とも言えますが≫

「わ、私を見るのは……やめてくれぇ。……だが南井くんの言う通りではある」


そんなことを言われても……散々威厳が底辺を突き抜けた先にいるのに。

僕の微妙な表情から察したのか、山沖署長はまた打ち震えながら、懇願するように手を握ってくる。


「……署長、まさか小姓まで抱えるなんて」

「違うぅ! 私にそっちの気はない……君もどん引きしないでくれぇ! と、とにかくだね」

「えぇ」

「今日の事件、君の言う通りだったよ」


あぁ、やっぱりかぁ。車に仕掛けを施し、ドガン……南井さん、また殺されかけたんだよ。


「花田くん……花田は姿を消し、車にも君が推理した通りの仕掛けが施されていた。C4(プラスチック爆弾)が燃料系に引火する形だ。
実際現場の鑑識もそうだが、私やまどかくんも肝を冷やしたよ。……それで蒼凪くん、君は彼の性格をどう読むかね」

「何人か前に殺ってますね。それでその成果を間近で見て楽しむ……愉快的知能犯」


じゃなかったら、自分で手を下すこと前提な……そんな計画を立てるはずがない。で、そうなると読める部分もあるわけだ。


「勤務態度やお二人に見せた人柄はともかく、中身は相当歪(ゆが)み、自分の責任を他者に押しつけるタイプと見ました。
だから失敗を認めることも基本的にはない。多分次のチャンスを狙っていますよ、今も」

≪まぁいづみさんもいますけど、それを知った上で腕利きのテロリスト……HGSのような能力者を雇う可能性もありますしね。油断はできません≫


ただ……それだと、今言ったことと反比例もするんだよね。そういうのは自分で手を下して、初めての愉悦だし。

僕自身花田某とは面識もないし、実のところ印象はブレブレ。だからあらゆる可能性を考え、準備するべきってスタンスなのよ。


「そうだな……科警研及びPSAの分析結果も、君と似たり寄ったりだ。だがそれも当然かもしれないねぇ。
君はその年で、TOKYO WARなどの大きな事件に関わり、戦い抜いている」

「僕だけの力じゃありませんよ。アルトもいたし、前を往(ゆ)く先輩達だっていた」

「……特車二課・第二小隊かね」

「えぇ」

「君は追いかけているのかね、彼らを」

「かっこいいでしょ? みんな」

「だが彼らは、間違ってもいる」


その言葉に目を細めてしまう。


「彼らの在り方は、まともな警察官ではない。それは噂(うわさ)の鷹山・大下両刑事も同じだろう」

「何が言いたいんですか」

「君は若い。もっとまともに……正しく積み重ねる道を選んではどうかね。……不愉快な話をしているとは思」


署長がちゃんと自覚しているので、お礼にハリセンで一撃ー! 顔面にクリーンヒット……超! エキサイティーング!


「ぶべぼ!?」

「ちょ、蒼凪君!?」

「いや、不愉快な話をしている自覚はあるので、殴っても問題ないかと」

「どういうことよぉ!」

「変態に人権はないかなって」

「あ、それはそうね」

「わ、私の自宅なのに、味方が……味方が、いないぃ……」


分かり切ったことを聞くので、大きくため息を吐く。


「山沖さん、これが信頼を積み重ねるということですよ。いざってとき、味方をしてくれる人間がいないと……困るでしょ?」

「それは私が言いたかったことだよぉ!? 何先取りしてくれてるんだね!」

「まぁ言いたいことは分かりますけど、お断りです。僕は……僕達は結局、今手を伸ばしたいし、暴れたいだけなんです」


もちろん山沖署長や南井さんが言うような、個人の限界はよく分かる。学歴一つとっても、きちんとしていれば説得力がまるで違う。

……僕自身、小学校もまともに出ていないから、そういう格差を感じたことも一度や二度じゃない。

でも、それでも……やっぱり変わらない。既に道は示してもらった。その背中を追い続けたいとも思った。


山沖さんは険しい顔をするけど、全く気にならない。そよ風のように流してしまう。


「それは茨(いばら)の道だ。権力も、後ろ盾もない今の君が正義を語れるほど、この世界は甘くないぞ。
君が真に正義を成したいのであれば、自己満足で終わる道は捨てるべきだ」

「何を勘違いしてるの、変態」

「は……!?」

「それはお前達の正義だ。でも、僕達の正義じゃない……お前に言われるまでもなく、みんな自覚してたよ。”まともじゃない”って」


山沖さんや巴さんの言いたいことは、よく分かる。フェイトやリンディさんも言っていたしね。


……本当に巨大な……今回のような悪と戦うには、個人の力なんて微々たるものだ。

組織の力とは言うけど、それだってふだんからの積み重ね。場合によっては学歴も絡んで、信頼関係が結べない場合もある。

だから出世は大事だし、たとえ学歴社会と批判されようと、そう言った経歴の積み重ねも推奨される。

それは本人……及び支えてくれる家族の身分証明にも繋(つな)がるから。支援がないのなら、余計に重要視される。


組織内の肩書きだって同じだよ。そこに進むまでには、相応の努力と苦労があって……初めて得られるものだから。

まぁ切れすぎて、後藤さんのように島流しされる人もいるけどね。


とにかくだよ、そう言った繋(つな)がりや積み重ねにより、巨大な権力とも対等に渡り合えるのよ。

それが正当な手段だ。悪もまたおのが欲望と利益を守るため、全力であろうとするなら……こちらも同じだけの努力が求められるから。

そういう意味では特車二課・第二小隊のみんなも、鷹山さん達も間違っている。


偉くなって、経験を後継に伝えて、その後継が自分達のときより円滑に、大きく動けるよう支えていく。

人を守る組織に属しながら、その流れから外れて、自分達で暴れちゃおうって人達だもの。確かにまともじゃない。


でも……。


「誰にも間違いなんて、言わせない。みんなは正しかった……正しいことをやり続けた」

「蒼凪くん……」

「だから僕もやり続ける。……僕が”面白い”と思ったのは、こっちだ」

≪ちょっと、そこは複数形でしょ? 何で忘れてるんですか≫

「ごめん。そうだね……僕達で、やり続けるんだ」

「むぅ……」

「署長、あなたの負けです。でも……そうね」


巴さんは苦笑しながらも、僕とアルトをまじまじと見つめる。


「私の道は、あなた達とは違う。個人での限界を超えるために、組織の中で正しい繋(つな)がりと成果を積み重ね、一緒に戦う仲間を集う」

「たとえそれが、本当の信頼じゃなくても?」

「それを普通に求めるのも傲慢。利害関係を作り、そこから始まる関係も大事。でもあなたの道もまた、本道かもしれな……うぇ」


利害関係から始まるものでいい。そう清濁併せのむ巴さんも、またカッコよかった……んだけど。


「……署長」


嗚咽(おえつ)を漏らす様から、これもまた署長の言葉と判断。すると署長は僕達の視線を受け、またしどろもどろ。


「それは、私のせいじゃないだろ……なぁ、そうだろう? そうだよねぇ」

「……署長、あなたには自覚がないんですね」

「巴くぅん!?」


あぁ、やっぱりだ。この二人は……本気で嫌い合っていないとしたら、それは信頼関係の表れでもあるのだろう。

ある意味では甘えだ。こんな無茶(むちゃ)を言っても、山沖署長なら受け止めてくれる。署長もそれは分かっているから、信頼に応えている。

その姿が明るくて、羨ましくて……僕、リンディさんやフェイトに、ここまでのこと……できるかな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


前野室長と秋山氏は状況に納得し、三人での会談は滞りなく進む。まずは……今日の一件について。


「……そもそも南井……南井巴を出向させたのは、事件解決が狙いじゃない。アンタも知っている通り、警察に限らず官公庁は前例主義。
一度こういう前例を作ってしまえば、後を通すのが楽になる。そうしてプロファイリング捜査の手法を、現場に浸透させる≪前線基地≫を築きたかったんだ」

「それは当然、発起人と言うべき南井刑事の出世にもなる。たとえ尾崎渚の件が解決できなかったとしても……」

「南井は飽くまで広報担当で潤滑油。テレビ局の件はフカシをこいたと言われるだろうが、それだけの話だ。
何より垣内署の捜査本部だけでは手がかり一つ見つからなかった、今回の一件でここまでの進展を見せた。十分すぎるだろ」

「前野室長と山沖署長の考えとしては、お姫さんをそうして上に押し上げられれば万々歳。
南井刑事自体が大きなパイプにもなるし、上にそういう奴がいればやっぱりプロファイリング関係の進展がしやすい」

「アンタが言うように、万々歳なわけだ」


それはまた……南井刑事が聞いたら怒りそうな話だ。だがそういうのも含めて、今回のプロジェクトは動いているんだろう。


現場と科警研との連携。

プロファイリングを用いた本格的な未解決事件捜査。

その捜査活動も含めた、警察庁の広報活動。


それらも全て含めた前例≪テストケース≫作りが、今回の本質だ。だからこそ失敗が許される……組織的な都合に限り、だがな。


「だがお姫さんは前線基地ところか、そこから城内に攻め込んできた。敵さんはよっぽど慌てて……今日の事件ですよ」

「あなた方もやはり、南井刑事は狙われていたと」

「アンタも聞き及んでいるであろう、垣内(かきうち)署からうちにくる前の”アレ”……半年前の爆破事件は脅しみたいなものだった」

「そちらも報告書で確認を。ガソリンの匂いと、あからさまな細工の痕がこれ見よがしにあった」

「お姫さんほど注意力があるなら、ギリギリで気づいていただろう。……むしろ仕掛けた奴の方がビビったんじゃないのか?」


そういう意味では、彼女には天運があったのだろう。ではなぜ、仕掛け側がビビったのか。

爆破しますよーと警告するような状態だったのに、それがドガン……当然彼女が気づかなかった可能性を、真っ先に疑うだろう。

ただこれは、”車上荒らしに気づいていなければ”の話。気づいていた場合でも、やはり心臓に悪い。


爆発だ……車が一つ、前触れもなく爆発するんだ。炎で焼かれるかもしれない。

衝撃で飛んできたガラスや車体の破片が、散弾の如(ごと)く彼女を射ぬくかもしれない。そうなれば、もはや警告どころの騒ぎではないだろう。


「お姫さん、前世ではよっぽどの聖人君子だったんだろうなぁ。もうそうとしか思えない運のよさだぞ」

「全くです。恐らく敵さんも度肝を抜いて、足跡を消すのに躍起になっていると……そう言えば、花田の奥方は」

「うちのドクトルが丁重に尋問していますが……やはり、千葉の愛人だったようです。
花田とはいわゆる仮面夫婦。生まれていた子どもについても、千葉の子どもでした」

「花田は指一本触れていないと。同時に奴が裏切らないための監視役?」

「そういう流れのようです。だから、逆にそれ以外のことを知らないんです。彼女自身も千葉に心酔していて、花田は眼中にはない」


一体どんな気持ちだったのだろうか。


幾ら親分とはいえ、その愛人と家庭を作り、子どもまでいた。しかしその全てがデタラメ。

家に帰っても見張られ、自分が悪の眷属(けんぞく)だと突きつけられる日々。そこのどこに安息があるというのか。


「で、秋山……劉さんも、そのアルファベットプロジェクトやら、症候群ってのはなんだ」


自分からとも思ったが、秋山氏からアイサイン。なので邪魔した者らしく、道を譲った。


「まずアルファベットプロジェクトは、略称AP――核(Atomic)、生物(Biological)、化学(Chemical)の頭文字を取ったABCで、そう呼んでいるんです。
次世代兵器研究会と言った方がいいでしょうね」

「……聞いたことがあるな。あの小泉のジジイが各所に手を回して脅した末に、金をむしり取って立ち上げた……時代遅れの研究会」


前野室長は忌ま忌ましげに名前を吐き出し、ビールをあおる。


前野室長は元公安の人間として、ローウェル事件発覚の際には最前線で活躍していた。


「俺はな……今でもローウェル事件には、あのジジイが絡んでいたと信じている。
戦後数十年の短期間で、財閥並みの資産を築くなんて……汚い真似(まね)をしてこなきゃ不可能だ」

「えぇ……全くです」

「なお、346プロは除くがな」

「346プロ? 前野さん、それはなぜ」

「芸能事務所ってのは、ヤクザとかと繋(つな)がって……いわゆる枕営業をやらせるとこもある。
ようは346プロがデカくなったのは、そのせいだって疑いが出たんだよ。それで政治家連中に、所属アイドルを売春婦の如(ごと)く提供する」


なるほど……そうして仕事と金を得てきたのなら、と。政治家にもそんな真似(まね)をしていたのなら、当然不正の温床にもなりかねない。

それで公安も調査していたが……得に問題がなかったらしく、前野室長はあきれ果てた様子で笑う。


「でも、実際には何もなかったんですけどね。美城の経営者と、ついてきたスタッフが本当に優秀だったとしか」

「あんときゃあたまげたよな。相当上手(うま)く隠しているのかと思ったら、それすらないってのが……」

「こっちの面目丸つぶれですよ。……それはイースター社も同じですか」

「だな。星名一族から、専務だった一之宮に経営が移ってからは、より業績を増している。血縁経営から脱して、いい効果が生まれているようだ。
……だが、小泉のジジイはクロだ。元々軍医だし、データ流出とヤバい実験に関与していたと言われても、俺は全然驚かない」

「全くです。それでも結局……検察庁の特捜部も追い切れませんでしたね。
死ぬ前に紫綬(しじゅ)褒章なんて下されたときには、何の悪い冗談かと公安一同、抗議を叩(たた)きつけたくなりましたよ」

「ああいう輩(やから)は絶対ろくな死に方はしない……させてたまるかと思ってたのに……この前、見事に天寿を全うか。……神も仏もありゃあしねぇ」

「……お気持ち、よく分かります」


追従でもなく、秋山氏は本心からそう告げ、前野室長にビールを注(そそ)ぐ。

彼に取ってローウェル事件は、公安での勤務時代でもっとも……屈辱的で、泥を舐(な)めた事件だったようだ。

単純に解決できなかっただけではない。捜査中、兄同然に慕っていた南井雄介氏を謀殺された。


挙げ句その犯人を捕らえて、仇(あだ)を討つこともできなかった。

しかもその黒幕と睨(にら)んでいた、フィクサー気取りの政商も……捕縛の網を逃げ切った末に、偽善者のままこの世を去った。

それが警察官にとってどれだけ屈辱か。かつキャリア志向な前野室長のプライドをどれだけ傷つけたか……心中察するに余りある。


だが同時に確信もする。どれだけ多くの事件に関わって、功績を立てたところで……失敗の傷が完全に癒やされることはない。

その徹底した使命感こそ、エリートの存在意義だ。


蒼凪にもこうあってほしいと思うのと同時に、苦しみ過ぎるのもあれかと……少し悩んでしまう。


「まぁそれはいいとして……APの何が問題なんだ?」


同時に自分の痛みを引きずりすぎず、すぐさま本題に戻れる快活さ。これもまた前野室長の魅力だろう。


「ようは戦争特需のうまみを忘れられない連中が、もっともらしく国防・国益だとか言って、新兵器の開発ごっこをしているだけだろ。
核なんて論外。生化学も国際条約の関係上、開発なんて不可能。本気でやっているのかすら怪しいもんだ」

「小泉のじいさまが生前肝いりになって、後押ししていた研究……それが雛見沢症候群というやつなんです。
その研究機関を寒村地に作って、ばく大な額の出資を行っていたそうです」

「寒村地? おい、そりゃあまさか」

「えぇ。蒼凪君が調査に出向いている、雛見沢(ひなみざわ)……研究機関の名義は入江機関。表向きは入江診療所という、村の施設ですけどね」

「病気の内容は……劉さん」

「そちらもまだ調査中でして」

「一種の風土病……どうも寄生虫だかウィルスやらが脳内に入り込んで、宿主の意識を乗っ取ってしまうとか」

「……それなら、この分析結果がヒントになるかもしれません」


そこで取り出すのは、プラシルαの分析結果。お二人に手渡すと、その凄惨たる内容に目を細める。


「我々の調査では、その入江機関で蓄積されたデータが、千葉の一派によりローウェル社へ横流しされた疑いが」

「その結果が、この悪魔の薬……理性が潰れるほどの激情を生み出し、妄想・錯乱まで引き起こすのが、雛見沢症候群の特性? 秋山」

「やはりそうか……!」


秋山氏は丁重に資料を置いて、自分の鞄(かばん)から何枚かの書類を取り出す。


「これはプラシルと、その改良型≪プラシルα≫の組成式を映したものです」


カプセルの色はともかく、構成と組成式は……ほぼ同じ。やはり公安もここまで掴(つか)んでいたのか。


「どういうことだ」

「いわゆるコピー薬ってことですよ。以前の薬は日本(にほん)での事件があって以来、海外でもさっぱり売れなくなったそうですしね。
とはいえ、一時は精神安定薬としてそれなりのニーズがあったために、その改良には巨額の研究資金が投入されています。
しかし、それ以上に高い効能を持った薬が現れたとなれば、話は少々変わってくる……」

「つまり……それが製品化される前に、プラシルの新型に差し替えて発表しちまえばいいってわけか」


ほとほと呆(あき)れた話だと、前野室長は苦笑い。


「まぁ雛見沢症候群ってのは特殊な病気で、それ専用に作られた薬のデータを、そのまま流用するわけにはいきません。
ですから彼らなりに分析して、成分構成を汎用性の高いものへと作り替える。
その試薬を国内で販売するために、厚生労働省の認可を申請中というわけです」

「だがプラシルの悪名は国内でも根強い。そのままの名前で売り出せるわけが」

「えぇ。一度の審査で新薬の許可が下りるってことは、確かにほとんどありません。
薬事審査会の連中も、十三年前のことがあってか、かなり慎重なんです。実際少し前の申請は、結局却下されました」

「当然だな。死亡事故を起こしたこともそうだが、収賄が疑われるのは目に見えている」

「また臨床試験の協力を各方面の医療機関に求めているみたいなのですが、どこからも拒否されているようです」


これも当然と、前野室長は首肯……単純に収賄の話だけには留(とど)まらない。

権威ある医師に依頼して、新薬の動物実験などを行う例はよくあるそうだ。

その場合内容と処方は慎重に進められ、安全を確保した状態で行われる。


それだけに試験薬を引き受けるのは、その医師や病院全体の信用にも関わってくる。リスクが高いものに難色を示すのも当然だった。

だがそれ以前の問題として……それほどの実力と名声を持つ医師は、それこそ製薬会社から引く手あまたで多忙なものだ。

ゆえにその協力を得るため、見合う対価の謝礼と研究費を支払う必要がある。いわゆる使途不明金も、その中に含まれるかもしれない。


つまりだ。医師達への運動なく、審査会を通すことは不可能と言っていい。ローウェル社の場合、悪名の問題があるから余計にだ。


結果データ集めには企業側も必死。謝礼も含めての『実弾』が飛び交う状況となる。

そんな感じにでき上がった研究データは、それこそ億単位の代物となる。おかげで賄賂天国……。


だからこそ、そんなデータは製薬企業にとっては垂涎(すいぜん)もの。なら、ローウェル社がまた実弾をばら撒(ま)いていると思いがちだが……。


「秋山、ローウェル社は賄賂をばら撒(ま)いているのか」

「いえ、それが全く……これっぽっちもです」

「……不可解だな」

「えぇ……ですが、竜宮礼奈達の件で氷解しました」

「比較試験か……」


そう……入江機関で研究中のデータを流用し、コピー薬を作る。

その薬を同じ病……雛見沢症候群を煩っている患者に処方して、比較試験を行っているわけだ。

竜宮礼奈がプラシルαをつい最近まで服用しながら、小康状態を保っていたのはそういう事情からだ。


恐らくは公由夏美も……澤村公平も、そんな一人だろう。澤村公平は雛見沢(ひなみざわ)出身ではないが、それなら殺された動機も納得がいく。

尾崎渚については、そんな彼の事件を洗い直すよう訴えたから? それで目を付けられ、僅かなリスクでも見過ごせないと……!


「だからこそ、審査会に出している試薬はダミーなんです。……ローウェル社に対するアレルギーは、もう日本人に浸透している。
それなら日本(にほん)での販売を諦め、もっと膨大な人口を擁する国で販売した方が効率的」

「劉さんが仰(おっしゃ)る通り……日本(にほん)はそれに繋(つな)げるための、単なる実験場というわけです。つくづくふざけた話ですよ」

「同時に狡猾(こうかつ)かつ皮肉めいた話だ。……国防・国益のため……お題目でもそう銘打っていたのが、秘密組織であるAPだからな」


沙羅さんと話したときにも思ったことだが、本当に皮肉だ。APの行動により、国民の安全と健康すら脅かしているのだから。

前野室長は苦々しい顔で、唾棄したい思いを必死に飲み込む。


「で、その売国奴が千葉と……秋山、お前達の調べでもそこは」

「消去式に留(とど)まっていますけどね。……小泉のじいさま亡き後、APを仕切っているのは官房長官の奥野。
そして厚生大臣の千葉ですし。それと直下にいる入江二佐と鷹野三佐ですが」

「二佐? おいおい、自衛隊関係者まで出向いてるのか」

「えぇ。……ただ、こちらは売国奴的な真似(まね)をするタイプじゃありませんね。まず入江京介二佐ですが、元々は脳外科のエキスパート。
鷹野三四三佐は、本名は田無美代子……雛見沢症候群の発見者である高野一二三に引き取られた孤児です。
高野氏が亡くなった後、彼女が研究を引き継ぎ、彼の親友でもあった小泉のじいさまが後押しした」

「完全に研究者畑というわけか……」


……そこまではまだ掴(つか)んでいなかった。一進一退と言うべきか……って、勝負しているわけではないが、代表代理として多少意識してしまう。


「で、残るは現場ではなく、やっぱり上というわけになります。その上も黒っぽいのは奥野か千葉。
奥野は今度の衆議院選挙で与党が勝った場合、次期幹事長の座は間違いないので」

「やはり千葉が一番臭くなるわけです。立場的にも元医薬局局長で、大沼茂もスケープゴートとして逃れている」

「その件も知っていたのか。やはりPSAと言うべきか……っと、そうだ。なら、例の澤村公平も怪しくなってくるな。
というか、その澤村公平を殺した看護師の女はどうなる。この報告書によると、公由夏美と同じく喉をかきむしったんだよな」

「彼女からは薬物反応も検出されています。……口封じのためプラシルαを飲まされた可能性が。
これはまだ推測の段階ですが、末期状態に陥るといわゆる自傷行動に出るのでは」

「とすると、公由夏美も相当に危なかったわけか。自我を確立させるための自傷行為……人間ってのは、思ったより自分のことを知らないものなんだな」


前野室長は感慨深げに呟(つぶや)きながら、こちらの分析結果を閉じる。


「それで前野さん、このこと……お姫さんには」

「荒川を使う。だが千葉のことはまだだな……危険過ぎる」

「ですね……」


それも致し方ない処置だろう。話に聞く限り一本気な性格だし、そのまま千葉の追及に走りかねない。

だが政治家と戦うためには、並大抵の戦力では太刀打ちできない。現に、南井雄介氏は奥方もろとも……。


「そちらは」

「蒼凪とアルトアイゼンには、全部教えるつもりです。それで暴れさせた方が最効率だ」

「いいんですか、それで」

「囮にもなるでしょう。南井刑事より厄介と判断されれば」

「ちょっと……!」

「今のアイツらを止めるのなら、神頼みしかありませんよ」


謀殺や権力による情報操作など、全く通用しない……それすらはね除(の)ける”個”だと告げると、秋山氏ががく然。

対称的なのは前野室長だ。面白そうに笑って、こみ上げる歓喜を必死に堪えていた。


「前野さん、笑いごとじゃありませんよ……」

「悪い悪い。だが秋山、事実ではあるだろう? 現にハマの伝説共々、核爆弾の直撃でも死ななかったそうじゃないか」

「まぁ、確かに……一応聞きますけど、彼は人間ですよね」

「……それについては、我々も最近悩んでいるところでして。その二人共々被爆すらしていなかったので」


実はあの事件後、蒼凪はしばらく海鳴(うみなり)に帰れなかった。被爆の可能性もあったので、念入りに……長期間検査が続いたんだ。

だが結果は、全くの無傷……関係者は全員、タチの悪い夢を見せられているような有様だった。

人体の奇跡とか、医学の奇跡とか、そういうレベルじゃない。もっと恐ろしい何かを突きつけられたよ。


ゆえにこめかみを押さえ、本気で唸(うな)っていると、二人揃(そろ)ってとても同情的な視線を向けてくる。……それはやめてほしいが。


「だが、それはこっちとしても助かる。姫さんを囮(おとり)にしたら、南井さんに祟(たた)られちまうからな。
あと秋山、例の件は頼むぞ。……上からの命令に逆らわせる上に、いろいろ無理も言っているが」

「その点は御安心を。南井さんの秘蔵っ子となれば、自分にとってはおと……もとい、妹弟子みたいなものですしね。上手(うま)く部長にもねじ込んでおきます」

「頼むぞ。……使わずに済むならいいが……あ、劉さんも御協力を。邪魔した手土産のついでってことで」

「それはもちろんです」

「よろしくお願いします。……それと……この千葉の第二秘書が、塚田って言うんですが……なかなか面白いことが分かりましたよ」

「面白いこと?」

「お姫さんと学友だったんですよ。それで、スケープゴートにされた大沼茂の娘と――」


こうして男三人での密談は、深夜まで続いた。……蒼凪とアルトアイゼンは大丈夫だ。

言ったらあれだが、閉鎖的な狭い村内。人気も少ない以上、敵も刺客を差し向けるのは難しい。

更に五年目の予言……祟(たた)りに絡んで何か企(たくら)んでいるとしたら、奴にかまけて自ら出てくるのも愚策。


何らかの駐留部隊がいる可能性もあるが、あの二人なら軽く蹴散らせるだろう。更に情報戦を仕掛けて、効果的になる環境でもない。

……だからこそ、我々がバックアップだ。千葉の件から入江機関やAPにメスを入れれば、向こうの状況も変わってくる。

だがその場合……まぁさっきも触れたが、かなり厄介なことになる。


祟(たた)りの原因は雛見沢症候群。そして自らの死を予言した古手梨花は――。


症候群について、知っていることになる。……入江機関の関係者だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


恭文とアルトアイゼン、レナは明日には戻ってくるらしい。……できれば恭文については、そのまま出ていってほしかったけど。

丸く輝く月を見ながら、どうにも憂鬱な気持ちになってしまう。こういうとき、羽入がいてくれたら……。

彼らは分かっていない。私達が戦うべき敵の強大さを……私達が挑むのは、個人の力では成し得ない奇跡なのに。


やはり彼らはこの場に現れたジョーカー。このまま好き勝手をされるくらいなら、いっそ帰れと勧告するべきだろう。


「怖い……」


でも、聞いてくれるだろうか。何よりそれで、せっかく……ここで生まれた、赤坂との繋(つな)がりが消えてしまうのは。

それが怖くて、迷い続けていた。もう六月……綿流しまであとひと月を切っている。


私が”最後に”死ぬ日も、あと少し。その恐怖からブドウジュースを飲む気にもなれず、ただただ打ち震える。


「この世界が、怖い……」


希望はあるのに。圭一は覚えていてくれた……圭一は、あの奇跡を覚えていてくれた。

それなら、一緒に戦える。それなら、奇跡を信じられる。そう思いたい……思いたいのに……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


楽しいわね、この世界は。今までにない……予想外の盤面になってきたわ。同時に今までの集大成でもある。

でも”梨花”は駄目ね。変化に怯(おび)えて、自分で踏み出すことから逃げている。これではまた時間切れで……前の世界みたいになってしまう。


「みぃ……」


気づいていないのね。いえ、覚えていないのかしら。あのとき……前の世界で、レナがなんて言ったか。

……まぁ心配しても無駄かしら。結局彼らも、圭一も、好き勝手にやるんだろうし。

とにかく盤外の駒も揃(そろ)ったわ。千葉とローウェル社の癒着に端を発する悪意……それを暴くこともまた、強大な敵を駆逐する一手に繋(つな)がるわ。


恭文達とレナも、明日には戻ってくる。ここからが第二局面……彼らも見えたでしょう。


「みぃー!」


えぇ、そうよ。ちゃんと見えたはずよ。この世界を、この盤面を裏側から見ることでね。


倒すべき敵の存在と形――アルファベットプロジェクトとそれに絡んだ暗躍。

その達成に不可欠な、超えるべき大きな壁――APが培った権力と悪辣なる知性。

それを成せるだけの希望と正義――南井巴や山沖署長、前野室長達のような、善良な心で組織を動かす人達。


それは彼らが進む上で必要なものであり、同時に彼らという駒を切り札≪ジョーカー≫に変えるためのもの。

……あなたを救うためには、どうしても必要な切り札なのよ。だから待っていなさい。


あなたの運命も、あなたの恐怖も、金魚救いの網みたいなもの……簡単に打ち破れるわ。


(第10話へ続く)







あとがき


恭文「というわけで、書き上がっていたのに三日ほどアップを忘れていた澪尽し編第九話……次回こそ雛見沢!」

あむ「もうやめなよ! 戻る戻る詐欺になりつつあるじゃん!」


(いろんな人のいろんな話を盛り込むと、尺が……!)


恭文「お相手は蒼凪恭文と」

あむ「日奈森あむです。……恭文、FGOで鬼ヶ島が……」

恭文「エウリュアレやオリオンの無双が始まる。あ、宝具強化がきたからメイヴもか」


(説明しよう。倒す鬼は全て男性属性。そのためイベント特攻がないのに、エウリュアレとかが大活躍するのだ)


恭文「あと今年初参加の人には、石を周回用に使ってでも……金時を全てゲットすべしと言いたい」

あむ「あー、強いもんね。NPチャージもあって使いやすいし、火力もあるし」

恭文「まぁクイック宝具だから、マーリンとかに見られるようなバスター支援は対象外だけど……それを抜いても強烈だからなぁ。
自分で星を出して、吸い取って、クリティカルでNPチャージして、宝具二連発ってことも十分視野に入るし」


(注:編成次第な部分もあります)


恭文「弱点があるとすれば、回避・無敵関係のスキルがないくらい? でもそれも礼装や味方のサポートでなんとかなるし」

あむ「キャスターの敵……あとは魔神柱も、ちょくちょく頼ってるもんね」

恭文「うんうん。まぁライト版だし、去年よりは取りやすくなってるでしょ。……去年は初期設定値が酷かったからなぁ」


(一度修正されましたしね)


あむ「あ、そうだ。今は同人版、豪快な奴らを書いてるんだよね」

恭文「来月の分をチョコチョコとね。なお今回、鎧が大活躍します」

あむ「だよねぇ。ゴーカイシルバー登場直後だもの」


(そちらも明日辺り、でき上がっている分だけでもサンプルをだせればと思います。
本日のED:高橋秀幸(Project.R)『鋼の心 ゴーカイシルバー』)


ガブリエレン(らららーらららーららららら〜)

恭文「ガブリエレン、ご機嫌だね」

ガブリエレン(梅雨は羽根がシケるけど、あじさいは奇麗だから好きなんだー)

恭文「確かにね。僕もあじさい、好きだよ。歩いているときに見かけると、つい魅入っちゃう」

ガブリエレン(小さな花がたくさん集まって、奇麗だよねー。……えへへー)(ぎゅー)

恭文「な、なぜそこでくっつく」

ガブリエレン(くっつきたいからだよー♪)


(おしまい)





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あきゅろす。
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