小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第8話 『ゴウキュウ』
前回のあらすじ――恭文くんに天の裁きが下りました。あー、スッキリしたー。
全く……恭文くんは不真面目すぎると思うな! もっとシリアス、頑張るようにしないと!
……でもね、感謝してるっていうのは……嘘じゃ、ないんだよ? レナがどんどん考え込んで落ち込んだらって、気づかってくれてるの。
でもきっと、そう聞いても頷(うなず)いてくれないよね。恭文くん、すっごく意地悪なんだから。
とにかく……みんなでフードコートへ戻り、恭文くんには罰ゲームとしていちごパスタを食べてもらう。
それで御剣さん……いづみさんと、南井さんにも改めて挨拶をして。
「なんで、マウンテン名物までここに……うぅ」
≪口に染みますか?≫
「身体全体に染みる。ヤバい、もう長くないかも……骨が、軋(きし)んで」
「峰打ちだから安心していいよ?」
「おのれは剣豪か……!」
まぁ恭文くんがあっちこっち青あざだらけで、顔の形が軽く変わっているけど……気にしない。
「それで竜宮さん、あなたは……尾崎渚さんを訪ねてきたのね。蒼凪君はあなたをエスコートしていただけ」
「……はい」
「で、南井さんがSAでレナちゃんを見つけて、尾行して……逆に恭文君がいつも通り飛び込んだと」
「……やっぱりいつも通りなんですね。この法治国家の奇跡」
「誰か修正する方はいなかったんですか……! 完全に思考が愉快犯なんですけど! 状況を引っかき回すだけの人なんですけど!」
「残念ながらこの子の場合、変に型へ嵌(は)めない方が効率的なんですよ。
基本は起爆剤――対個人に特化した遊撃手で、南井さんが言うような仕事ぶりが本領ですし」
その辺りはいづみさんも頭が痛い要素らしくて、こめかみをグリグリ……それだけで、長年の苦労が忍ばれる。
ここまでの状況から全てを察し、南井さんと二人……シンクロしながらコーヒーを飲んだ。精一杯の同情心も送りつつ。
「……そうだ、起爆……南井さん、本当に無事でよかった!」
「はい?」
そこで御剣さんは、急に顔面蒼白(そうはく)。……またみそカツ丼を注文し、今か今かと待ち受けていた南井さんに迫る。
「え、無事って」
「爆発したんですよ! あなたがSAまで乗っていた警察車両!」
「……なんですって! じゃあ、花田(はなだ)君は!」
「花田さん? いえ、車両には誰も乗っていませんでしたけど」
爆発……とんでもない話を聞いて、思わずカップを落としかける。というか南井さんが実際に落としかけたので、慌ててコースターを添えてフォロー。
「というかあなた、花田さんと一緒だったんですか? 使用記録にはあなた一人の名前だけで、みんな心配していたんです」
「はぁ!? いや、そんなはずは……」
「……いづみさん、今すぐにその爆破車両の調査結果、確認してください」
……すると、恭文君が食べる手を止め、いちご色のフォークを置く。その上で楽しげに指を鳴らす。
「鑑識、もう向かわせているんですよね。爆発したのはどこですか」
「垣内(かきうち)のSA内だよ。だから……君達がバスで移動中のことだ」
「恐らくですね、通信系に火花が走るよう、セッティングされていたはずです。燃料系も弄られていたかな?
なので警察無線が使われると、そこから火花が走って……漏れたガソリンやら、起爆剤がドガン」
≪あり得ますね。”事故に見せかける”のなら、燃料系と配線系の細工が基本ですよ≫
「ちょっと待って。あなた、どうしてそこまで分かるの?」
「南井さん、僕達を追う前に垣内(かきうち)署へ連絡したでしょ。僕達を追跡するから、その花田さん……同乗していた人に連絡するようにって」
楽しげな恭文くんの言葉に、南井さんがゾッとする。……どうやらその通りみたい。
でもね……楽しげなのはおかしい! ううん、おかしくない……のかな。
段々と分かってきたの、恭文くんの踏み込み方。きっと……恭文くんは。
とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。
とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜
第8話 『ゴウキュウ』
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「南井さん、僕達を追う前に垣内(かきうち)署へ連絡したでしょ。僕達を追跡するから、その花田さん……同乗していた人に連絡するようにって」
楽しげな恭文くんの言葉に、南井さんがゾッとする。……どうやらその通りみたい。
でもね……楽しげなのはおかしい! ううん、おかしくない……のかな。
段々と分かってきたの、恭文くんの踏み込み方。きっと……恭文くんは。
「――爆発事故が起きたのは、その連絡を垣内(かきうち)署のオペレーターが行った後。違いますか、いづみさん」
「……その通りだよ」
「それで花田さんと別れるとき、車の置き場所を指示されたんじゃ。そうだなぁ……SAのスタンドで給油してきます。
どこどこに車を置いておきますので、何分後かに待っていてください……みたいな」
「――!」
≪もちろん、車の中から何らかの連絡を入れてもアウト。それでもドガン……スタンドに寄るってのも巧妙ですねぇ。
ガソリンの匂いがしても、そのせいだと気に止めなかったら≫
「なら次の確認……南井さんの近辺で車が異常を起こす話、レナの件もありましたよね」
あ……! そうだ、さっき言っていた、レナの家近くで止めた車からガソリンが……って言うの!
「ま、待って……でも、レナはそんなことしてない。というか、そもそもできないよ!」
「それも分かってる。南井さんの話だと、車から離れていたのはほんの数分だよ? 給油口を壊して、ガソリンを全て抜くのは無理だ。そもそもそれだけ派手にやったら、音で気づかれるでしょ」
≪南井さん、他には≫
「あった……あったわ。数か月前、うちの妹と車で出かけている途中……妹の車が車上荒らしにあって、ドガン。それで」
それで南井さんは、とても申し訳なさげに……レナを見る。
「そのとき現場で、竜宮さんの姿を見たわ」
「え……ま、待ってください! それっていつの」
「雛見沢(ひなみざわ)を訪れて……垣内(かきうち)に戻ってから、すぐよ。時刻は夜八時くらいで」
「そんなのあり得ません! レナ、垣内(かきうち)にきたのも初めてで……そんな時間にいたら、お泊まりになっちゃう!」
「そう、よね。じゃあもしかして私、あのときからずっと……!?」
そう、それも冷静に考えればおかしいって分かる。でもそれをかき消すようなおかしさがあった。
だってそれだと……車絡みの異常、三度目だよ? もう偶然じゃあ片付けられない。
明らかに誰かが、南井さんの存在を……その命を踏みにじろうとしている。
「三つ目。レナに尾崎渚の件で話をしたって言いましたよね。その、同僚の方が……それも花田さんじゃ」
「……えぇ」
「今日、車両記録を書いたのも花田さん」
「それも、正解。それじゃあ……やっぱり」
「あの、待って!」
話の腰をへし折るのも承知の上で、一つ確認を取らせてもらう。
「渚ちゃんの件って何かな! それに……南井さんの部下が報告!?」
「あぁ……そうなの。渚さんの件で、どうしても伝えたいことがあって。
それを花田君……今話に出た私の同僚に伝えてほしいって、お願いしたんだけど」
「そんな人は知りません! 刑事さんが訪ねてきたのなんて、つい最近……あの、うちのお父さん絡みで、興宮(おきのみや)署の刑事さんだけで」
それは事実なので、南井さんには全力で頷(うなず)く。つまり、その花田さんという刑事さんは、嘘をついていた。
渚ちゃんのことをお話せず……でもどうして? そんな嘘、付く理由があるとは思えない。
そもそも付いて意味があるの? というか、一体何を……お話ししようとしていたのかな。
「当の花田さんと連絡は」
『言われるまでも』という勢いで、南井さんは電話をかけていた。でも通じない……その様子に、いづみさんも表情を険しくする。
「出ない……」
「でもできる……えぇ、できますよ。もし……もしあなたが先に乗り込んで、”誰かしら”が同じことをしていたら……!」
南井さんは……何も知らず、何も分からず、車の中で焼き殺されていた。その事実に恭文くん以外の全員が言葉をなくす。
「しかし公由夏美の件が判明する前から……南井さん、そもそも尾崎渚とはどうして知り合ったんですか」
「……澤村公平さんの事件よ。興宮(おきのみや)署の大石刑事という人がいるんだけど」
「最近知り合いました。いろいろありまして」
「そう、なら話が早いわね。……元々私は、彼の依頼で竜宮さんの事件を調べていたの」
「大石さんの依頼で……!?」
「それについては本当にごめんなさい。ただ大石さんはね、雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件をどうしても解決したいのよ。
……一年目の被害者――現場監督さんは、大石さんが警察官になったころから、お世話になり続けた人だから」
あぁ、それで……確かに大石さんが村に来ると、村民の視線はいろいろと厳しい感じになる。
オヤシロ様の事件を掘り返す……それで、黒幕とされている園崎家に盾突く人でもあるから。
でも、大石さんも……レナ達と同じだったんだ。大事な人を祟(たた)りでなくして、苦しんで。
「それで四年目に失踪した北条悟史君、だったわよね。竜宮さんとお友達グループの同級生」
「はい」
「事件前後の様子を調べる中で、どうしてもあなた達との交友関係も選択肢に入ってしまって。……その結果、あなたの事件が引っかかった」
「だから茨城(いばらぎ)県警に勤めていた南井さんが……と。じゃあその依頼を受けてから、澤村公平とも知り合って」
「彼女である渚さんともね。それで彼女は元々第一発見者で……容疑者である平沼陽子とも親しかったの。
ただ当初は自殺として扱われていた事件。彼女が……彼女だけが、自殺するはずがないと訴えていた」
「まぁそうでしょうね。彼女がお見舞いにくる当日に自殺なんて、普通は考えない……気分が盛り上がるものでしょ。仲も悪くはなかった」
「えぇ」
だから渚ちゃんは、自殺じゃないと訴えて……するとそこで、店内にアナウンスが響く。
「――五番のお客様ー! ソースカツ丼大盛り、でき上がりましたー!」
五番……そう、南井さんの注文だった。
「……僕が取ってきます。南井さん、番号札を」
「え……」
恭文くんは視線で『大丈夫』と訴えてきたので、南井さんは苦笑しながら番号札を渡す。
……また気づかってくれた。レナがこの話に……渚ちゃん達との繋(つな)がりに、引きつけられていたから。
それでもお礼を言うこともできず、立ち上がる恭文くんを見送るしかなかった。
「それで、渚ちゃんの訴えを……あの、南井さんが」
「本当に、たまたまね。それで茨城(いばらぎ)県警時代、お世話になった刑事さん……本条(ほんじょう)さんって言うんだけど、その方に協力してもらって再調査したの。
……その結果、自殺ならあり得ないような状況証拠が出てきた。もちろん平沼陽子の不審点もね」
「なら雛見沢(ひなみざわ)にきたのも」
「その調査絡みよ。……ただ、その辺りは修正も必要だけど……本当にごめんなさい」
「い、いえ! あの……レナは、大丈夫です」
南井さんはもう、レナに対して強烈な疑いを持ってはいなかった。ううん、それどころか反省して、改めてレナを知ろうとしてくれた。
それだけで……その姿勢だけで、凄(すご)くチョロい感じだけど、この人を許し始めていて。本当に、どうしてなんだろう。
「お待たせしましたー。ソースカツ丼大盛りです」
おどけて恭文くんが戻ってきて、カツ丼を優しく配膳。南井さんは恭文くんにも、しっかりとお礼を伝える。
「その花田さんの身辺調査、早急に進めないと……ですよね、いづみさん」
「……うん。でもごめんなさい、護衛を担当していながら……油断が過ぎました」
「いえ。むしろあなたを巻き添えにしていた可能性もあります。今回は不幸中の幸いと言うことで。
……でも驚いたわ。あなた、さっきまでとは別人みたい」
そう言いながら南井さんが、感服した様子で恭文くんを見やる。……まぁ、さっきまでは完全に愉快犯でバーサーカーだったしね。
「もしかしてプロファイリングの勉強を?」
「いえ、特には。……元々好きなんですよ、人に解けない謎を解くのが」
「恭文君、むしろ本領はこっちなんですよ。だからこその対個人であり、愉快犯的性質も役に立つ」
「……対個人でなし得る最大成果、それで道を開く≪起爆剤≫――納得しました」
「……いづみさん、誰が愉快犯ですか」
「君だよ」
憮然(ぶぜん)としながらもいちごパスタをまた食べ始める。それでもヘビーらしく、その様子がおかしくて、つい三人で笑ってしまった。
南井さんもそれに合わせ、カツ丼をがつがつ……命を狙われたのに、とても気丈な食べっぷりだった。
でも起爆剤……うん、確かにそうかも。炎が熱く、激しく燃え上がるためには火種が必要。それを維持する燃料も必要。
恭文くんはその火種と燃料なんだよ。状況を派手に動かし、混乱させ、重要なただ一人に食らいついていく。
確かにそれだけなら、揚げられる炎は一瞬かもしれない。でも、後から続く炎があれば?
その炎が広く、強く燃え上がるための突破口を開く……それは、一つの正義を体現しているのかもしれない。
「ただ南井さん、単独行動はもう控えた方がいいですよ。今回の件でボロが出た以上、今度はもっと直接的に……」
「それも、重々承知している」
「あと壁ドンもやめましょう」
「あなたがしてくれるから?」
「ちょ、駄目!」
思わず走らせてしまうレナパン……うぅ、暴力ヒロインは駄目だと知っているのに、恭文くんにはぶつけるこの劣情。レナは自分が恨めしいです。
「安心せい、峰打ちじゃー」
「う、嘘だ……」
「嘘じゃないよー。……でもそれなら、そろそろ行かないと」
南井さんも危ないし、御剣さんだってそのガードの途中。だから……と思っていると、南井さんは首振り。
「それなら大丈夫よ。私も渚さんには一度会いたいし、付き添うから」
「南井さん」
「迷惑をかけてしまったお詫(わ)びと、あなたに助けられたお礼……両方込みだけど、受け取ってくれるかしら」
レナが気になって尾行したからこそ、南井さんは一命を取り留めた。
そう言われて、妙に気恥ずかしくなりながらも、ありがとうと頷(うなず)きを返す。
――でも南井さんは、本当のことを全部話してはいなかった。
南井さんはレナのことを心配して、気づかっていただけじゃない。恭文くんのことも心配していた。
レナの怒りを、レナの憎しみを……一身に受ける覚悟だった、あの子のことを。
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予期せぬ遭遇を迎えながらも、僕達はいよいよ尾崎渚の居場所へと向かう。……そうして思い出すのは、昨日の電話。
南井さんには感心されて、恐縮してしまった。だって……劉さんの話という前振りがあったわけで。
『それで、もう一つは』
「竜宮礼奈の事件、洗い直しをしていますよね」
『まぁな。……気づいていたか』
「一応」
――思い出してほしい。
澤村公平を殺した容疑者≪平沼陽子≫には、今までそんな……享楽殺人や快楽殺人をする兆候は一切なかった。
いわゆる異常犯罪を起こした犯人はね。細かく調べてみると、それらしい兆候があるものなのよ。
ここは単純な……表面上の嗜好(しこう)だけじゃない。たとえ表面上は冷静を装っていても、言動や対人関係、これまでの経歴とかがそのかけらを示す。
それをつなぎ合わせるのが、プロファイリングの基本だ。
今の捜査は刑事の勘や見込みのみならず、そういうリストを参照した上で行う……のが理想と言われている。
その辺りの浸透具合については、話が逸(そ)れるので一旦置いておこう。……はっきり言うけど、澤村公平の事件はまだ理解の及ぶものだった。
普通の……そう言った兆候が見られる異常犯罪としては。でもこれにはそんな兆候がない。
突然人が変わり、担当患者を殺し、狂ったように暴れて……結局自分すらも壊した。そんな異常なことがあるだろうか。
普通ならない。普通の殺人なら……でも、ここに外部的要因を加えれば?
……薬物だ。実際麻薬や違法ドラッグを過剰摂取した被疑者が、凶行に走って死亡した事件もある。
もう言うまでもないよね。実際垣内(かきうち)署の南井巴刑事は、それで公由夏美に襲われたんだ。
彼女の場合、心理的ストレスがあった。でもそれが表面化したのは、抗うつ剤の性質も備えたプラシルα……!
もしかしたら……本当に、もしかしたらなんだけど。
『竜宮礼奈は、その辺りで覚えが』
「ないみたいです。……垣内(かきうち)に向かう中で、詳しく聞いてみようと思います」
『分かった。こちらも新しい事実が判明次第、すぐに連絡する』
「お願いします」
レナもまた、その薬を飲んだ可能性がある。……レナもまた、兆候のない凶行をもたらした一人だ。
両親の離婚というストレスはあれど、それを認識し、治療に勤(いそ)しんでいたのも事実。
学校でも事件を起こす前は、そういう兆候が見られなかったらしい。だからこそ友人達の傷は深く、どこまでも強く刻まれていて。
もちろん、レナ自身にも……深く、深く爪痕を残していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……いづみさんが調達した車に乗り込み、一時間弱。車はどんどん都心部から離れ、山や青い空で一杯の景色に向かっていく。
いよいよかと身構えながら、運転席の南井さんが静かに語り出す。
「竜宮さん、半年前……本当に覚えていない? ゴミ山で目が合ったんだけど」
「いえ、全く……」
でも、レナには全く覚えがない。なので、眉間に右指を何度か当てながら、シンキング……あ、なるほど。
「南井さん、目が合った距離は」
「坂の上から見ていたから、三十メートル程度かしら」
「なら覚えてないのも致し方ないかぁ」
それでサッと結論を出すと、南井さんやレナがギョッとする。
「蒼凪君、それは」
「よーく考えてみてください。自分が……もし、自分を見ている人と軽く目が合っても、覚えていられますか?
それも話したわけでもなければ、顔見知りでもなく、ただふと目が合っただけ。それから半年以上会うこともなかった」
「あ……」
「なの、かな。でも半年前、半年前……カーネル人形を見つけた辺りだから」
……ちょっと引っかかったけど、ここはツッコまない。まぁ人それぞれ考え方があるし、とやかく言うのは違うさ。
「……恭文くん、レナ……何か変なこと言った?」
「え、何が?」
「だって今、一瞬凄(すご)い目に……」
「あ、顔に出てた……いや、ごめん。気にしなくていいから」
「気になるよ! もうね、はっきり言っていいんだよ!? 大丈夫! レナ、段々振り回されるのも慣れてきたから! 全部受け止めるよ!」
「言葉がいちいち重いんだけど!」
「……ごめんね。恭文君、カーネル・サンダース……さんの自伝を読んで感動して以来、カーネルさんと敬意を込めて呼んでいるから」
するとレナが、運転席の南井さんが不思議そうな顔をする。
「蒼凪君、ドライバーとして命令します。もうちょっと時間がかかるから……できる限り、楽しく、賑(にぎ)やかに、暇が潰せるように話しなさい」
「この話一つで持たせろと!?」
「大丈夫大丈夫。起爆剤としてのあなたをフル活用するなら、車内を演芸場の如(ごと)くドッカンと爆破できるわよ」
「危うく爆殺されかかった人が言う台詞(せりふ)じゃない!」
「恭文君、期待してるよー」
「レナも楽しみだよ。だよー!」
≪頑張ってくださいね≫
「おのれらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
でも逃げ場はない。……なので恥ずかしながら、軽く。
「……近くにケンタッキー、なかったかしら」
南井さんのとんでもない……よだれ混じりの発言が爆発。
こちらの話≪ターン≫を始まる前に根こそぎ吹き飛ばし、更に僕達も揃(そろ)ってずっこけてしまう。
『南井さん!?』
「いや、だって……食べ物の話をされたら、普通お腹(なか)が空(す)くでしょ!? そんな、食いしん坊キャラにしないでよ!」
「まだしてない! あれだけ食べておいて、即行ってのは早々ないと思うなぁ! その時点でおのれは十分食いしん坊キャラだよ!」
「嘘をつくなぁ!」
「嘘じゃないから! というか前……前をちゃんと見て! 脇見運転しないで! 店を探さないでぇ!」
そんな話をしている間に、目的地へ到着する。……住宅らしき建物がほとんどない、本当に閑散とした田園風景。
そんな最中、車は小さな駐車場に入って停車。その入り口に掲げられた看板を見て……レナは。
「――!」
息を飲み、後部座席から身を乗り出し……助手席のヘッドレストを掴(つか)みながら、全身を小刻みに震わせ続ける。
その目が真っすぐ見据えているものは、この施設入り口に掲げられた看板。
――武蔵川霊園。
「恭文、くん……どういう、こと」
さすがに今回はおどけることはできない。ただ静かに、視線を伴わない声を受け止める。
「どういう、ことかな……ねぇ、……ねぇってばぁ!」
「レナ、行くよ」
「――!」
「ここまで黙っていたことは、ごめん」
それでいづみさんも、南井さんも……僕も改めて確信する。
レナは本当に、今の尾崎渚がどうなっているのか。あの子の身に何が起こっているのか、全く知らないんだ。
「でも、僕もレナに伝えたいことがある」
「何を、かな」
「……それも、ここから出た後ね。竜宮さん……辛(つら)いかもしれないけど、しっかりして。彼女もきっと、あなたのことを待っていると思うから」
だからレナの手を引いて、僕達は霊園に入る。何度か来ているらしい南井さんは、躊躇(ためら)いなく先導してくれる。
「……ここよ」
「あ……」
レナの目の前に提示されたのは、真新しい墓石――『尾崎家之墓』。そのそこに立てられた卒塔婆(そとうば)には、はっきりとした墨文字が刻まれる。
まだ風雨に色あせることなく、読み取れるそれは、亡くなった後の年月を容易に想像させる。
「……そだ」
レナは小さく呟(つぶや)き。
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁああぁぁあぁぁぁ! ああああああ! ああああぁああぁ……うああああああああぁぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁ!」
弾(はじ)かれたように墓のそばに駆け寄り、喉から血が迸(ほとばし)るかと思うほどの大声で叫喚。
墓石を抱きかかえるようにして、すがりつき、額を擦(こす)りつけ、そうしてあの子の名前を呼び続ける。
「渚ちゃん……渚ちゃん! どうして……どうしてぇ――!?」
レナは泣きじゃくって濡(ぬ)れそぼった顔を上げ、卒塔婆(そとうば)に刻まれた日付を見つける。そうして、がく然と目を剥いた。
「これ……」
――尾崎渚 平成一八年十月十四日――
「……事故だったそうだよ」
そうして僕は、レナにまた一つ嘘をつく。それを察した南井さんが止めようとするけど、視線で制する。
これは僕が始めたことだ。どういう結果になろうと、僕が背負う……そうじゃなきゃ、意味がない。
「移動途中で車に轢(ひ)かれて……おのれと約束した場所に、向かう途中で」
「……嘘吐(うそつ)き」
尾崎渚は、事故死じゃない……殺された可能性が高い。
「なんで! なんで嘘ついたのかなぁ! ねぇ、なんで……なんで!?」
「竜宮さん」
「笑ってたの!? レナが渚ちゃんと会うの、どきどきしてたの……不安に思ってたの、笑ってたの!? ねぇ、そうなの!?」
「……ごめん」
「謝らないでよ! ねぇ、そうなの!? ねぇ……ねぇってばぁ!」
彼女は道路のど真ん中で寝転んでいた。それがライトの陰に隠れていて……気づかなかったトラックに轢(ひ)かれて、頭部が圧壊した。
でもそんな状況は普通に考えてもおかしい。しかも尾崎渚の遺体には、薬物反応と打撲や擦り傷まであった。
だから……垣内(かきうち)署はこう推測した。尾崎渚は何者かに車で連れ去られていた。薬物で眠らされてね。
でも途中で目を覚まし、車から脱出……そのまま道路に叩(たた)きつけられ、傷を負った。
それでもなんとか……何とか歩道に戻ろうとしたところで、力尽きたんだよ。薬物のせいか、脳しんとうなどの落下ダメージのせいかは不明。
それを確かめるにしても、頭が潰れていて判別不可能だった。それで停止したところが、運悪く……車から見えづらいところで。
いずれにせよ被害者を車に乗せていた奴は、遠慮なく彼女を見殺しにした。彼女の生死を、その後の人生を捨て置いたんだ。
だけどレナに今、それを言ったらどうなるか。殺意を滾(たぎ)らせ、犯人を是が非でも殺そうとするかもしれない。
だから何も言わない……これも、数えるべき罪だから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
責め続ける言葉が止まらない……分かっているのに、分かっていたのに。恭文くんは、アルトアイゼンは、そんなことをしない。
じゃなかったらここまで一緒に来ないよ。梨花ちゃんのことだってあるのに、それも放り出して……。
私のためだ。
「謝り、たかった……渚ちゃんに、ずっと……謝り、たかったぁ……! ずっとずっと、いつか謝ろうって思ってた……!
ヒドいことして、ごめんなさい……ヒドいこと言って、黙っていなくなって……!
それに、それにあの後何も話せなくて……それから、それから……! 勇気出して、いっぱいいっぱい勇気出して、電話した!
出てくれたとき、お話しできたとき、とっても嬉(うれ)しかった!」
私が、渚ちゃんがこないのは罰だって言ったから。
「会ってもいいって言ってくれて……もう一度会ったら、どんなことを言われてもいい! どんなことをされても……たとえ殺されても!
そう思って……そう覚悟してでも、私は渚ちゃんに会いたかった! なのに、なのに……!」
渚ちゃんと会う約束した……あの日、ずっと待ち続けていた。時間を過ぎても、夜になっても、電車がこなくなっても、待ち続けた。
ひょっとしたら……ひょっとしたら、日付を間違えたのかもしれない。そう思って、翌日も待っていた。
でも渚ちゃんは、とうとう来なかった。だから、泣いていた。
駅のある興宮(おきのみや)から、バスで何時間もかかる距離をひたすら歩いて、歩いて、歩き続けながら……泣き続けた。
その後数日間、熱を出して起き上がれなくなった。それが引いてから……思った。
あぁ、これは罰なんだと。それを一生背負っていこうって、思った。でも……違った。
本当の罰は、そんなものじゃなかった。今までそう思ってきたものが、生やさしく思えるほど辛辣で、残酷で。
だから、恭文くんに八つ当たりしてた。レナのことを笑って楽しいかって……罰して、面白いかって。
違うのに。
そんなの違う……絶対に違う!
恭文くんは意地悪だけど、こんなことを面白がる子じゃない!
笑うのは、負けないためだ! 楽しむのは、奮い立たせるためだ!
悲しいこと、怖いこと、立ち止まっちゃう人達に……大丈夫だって、示すためだ!
きっと超えられる! 大丈夫、大丈夫だからって……自分がどんなに悲しくても、怖くても、止まらず戦うために!
まだ知り合って一週間も経(た)ってないけど、分かる……それは、凄(すご)く分かってる!
だって、レナも……そうして止まらない恭文くんに、助けてもらったから。
もう分かってる。恭文くんが伝えたかったこと……渚ちゃんは、ちゃんと来てくれた。
渚ちゃんは来てくれた。不幸な事故で来られなかっただけで、私との約束を守ろうとしてくれた。
罰を与える子じゃない。レナと同じ気持ちだったんだって……! 分かってるのに、分かってるのに。
恭文くんを罵る声が止まらない。胸を、肩を叩(たた)く手が止まらない。今も私のこと、受け止めてくれているのに。
さっきも私のこと、信じてくれたのに……結局私は、そんな不器用な優しさに甘えることしかできない。
それでもっと、もっと自分が嫌いになる。嫌いで、嫌いで……怖くなる。
「刑事さん……私は、どうすればいいんですか」
「……竜宮さん」
「私はもう、許してもらえないんですか? どうやったら私、この罪を償うことができるんですか」
「それは」
「死刑になればいいんですか!? みんなにしてしまったことと同じ報いを、この身体に受ければいいんですか!?
犯罪者はいつまでも、何をやってもずっと……犯罪者なんですか!? 私……もう、分からない。
どうしたらいいのか、何をすればいいのか……もう、分からない……うぅぅ……ああぁぁああぁ! ああぁああぁあぁぁぁぁ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……過ちを犯した者に罰を与えるのは、当然のことだ。でもそれだけでは終われない。
そこに許しがなければ、そこに再起の道筋がなければ、犯罪者は一生……罪の重さと良心の呵責(かしゃく)に、苦しみ続ける。
もちろんそれが、本当の罰という見方もできる。でも、その結果また間違いを犯し、人生そのものを壊す人もいる。
レナの場合、許しを得る機会を……永遠に失ってもいた。そんな人達はどうすればいいのか。
これ以上の罰なんてない。レナはこれから一生、この重荷を背負うのか。
思い出すのは……二年前、大下さんと、水嶋さんと訪れた横浜の刑務所。……そう言えば水嶋さん、言ってたっけ。
懲罰施設としての刑務所は、残念ながら既に破綻している。更生に目を背けたからこそ、日本(にほん)の再犯率は世界的に見ても高いって。
そうだ、まだ伝えたいことはある……でも。
今の僕が、それを言っても……レナに伝わるかどうか。
「……竜宮さん」
そこで南井さんは、内ポケットにしまっていた封筒を差し出す。
「これを読んで」
手紙の宛先は南井さん……差出人は、尾崎渚。
「これは……」
「渚ちゃんが最期にくれた手紙よ。あなたにだけは、読んでほしいの」
「渚ちゃんが……?」
レナは恐る恐る……中から便せんの束を取り出し、広げて読み始める。
衝撃を受けた様子で、レナは南井さんを見やる。……南井さんの頷(うなず)きが返ると、レナは更に読み進め始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
拝啓――南井刑事様。
先日はいろいろと、私のために御尽力いただきまして、ありがとうございました。
あの後何度かお電話を差し上げたのですが、タイミングが悪く……その都度外出中とのことでしたので、お手紙をお送りすることにしました。
実は、御報告があります。先日礼奈と、電話にて話をすることができました。
それも信じられないことに、私からかけたわけじゃありません。礼奈からかかってきたんです。
でも……私には余りにも突然すぎて。それに礼奈も何だか、ぎこちない感じで……。
お互いに何から話していいかも分からず、結局余り会話できなかったのが残念でしたが。
それでも一度会って、お互いにゆっくり話をしよう……ということになりました。
なぜ、あんな事件を起こしてしまったのか。
なぜ、何も言わずに黙っていなくなってしまったのか。
そして今、お互いどんな思いを抱えて、暮らしているのか――。
そのことを会ったときに、思い切ってぶつけてみようと考えています。
もちろんそのことで、私も、礼奈も……過去の傷を更に深めてしまうかもしれない。
そしてひょっとしたら、やっぱり会わなければよかったと……後悔するかもしれない。そんな不安は今でもあります。
…………でも、私はやっぱり、礼奈と話をすることから始めたいんです。
贖罪(しょくざい)とか、懺悔(ざんげ)とか、そんなものはもういらない。
何もかも打ち明けて、話して、ぶつけ合って……それでも礼奈が、私の友達でいてくれるかを……私は、あの子に訪ねたい。
そして私も、今度こそ本当の意味で、あの子の友達になれるかを確かめたい。
だって、私は今でも――礼奈のことが大好きだから。
礼奈のせいで悲しいことも味わったけど、彼女との楽しい思い出も、間違いなく……たくさんあるんです。
その思いを、私はあの子に伝えたい。そして、あの子が表に出せなかった悩みを、苦しみを、受け止めてあげたい。
あの子が昔、私にそうしてくれたように――。
会ったとき、あの子は笑ってくれるかな。話すときの癖は、まだ残っているかな。
いろんな不安だらけだけど、でもそれと同じくらい……期待もあります。
だから私は信じて、礼奈と会ってきます。そして刑事さんにいい報告ができるよう、頑張っていきたいと思います。
結果は後日、お電話にて御報告します。もしお忙しくてまた連絡が行き違う場合に備え、自宅の電話番号を書いておきます。
お手すきのときにでもお電話をいただけましたら、とても嬉(うれ)しいです。
それでは、また。
今度お会いできたときには、園芸部でできた一番奇麗なお花を持っていきますので、楽しみにしてください。
尾崎渚
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
涙が零(こぼ)れる……涙が、止まらない。
渚ちゃんの声、渚ちゃんの気持ち、それが詰まった温かい手紙。
「渚、ちゃん……なぎ、さ……ちゃ、ん……!」
涙をこぼす。それは頬を伝い、雫と成り、便せんのあっちこっちを濡(ぬ)らしては染みを作っていく。
でもその涙は、さっきまでとは違う。ただ嬉(うれ)しくて、有り難くて。
その気持ちを伝えられないことが……悲しく、辛(つら)くて。
「ごめんなさい……ごめんなさい、渚ちゃん……! 私も、私も……ずっと、ずっとあなたに伝えたかった……伝えたかったのに……!」
「……きっと、伝わっていたわよ。渚さんは、あなたの……大切な友達なんだから」
「うっ……うぅううう……うわぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁ!」
ありがとう。
ありがとう、渚ちゃん。
私のことを許してくれて……本当に、ありがとう……渚ちゃん……!
「うっぐ……うぐ……うぅあ……」
罪は消えない。
償いも、ないかもしれない。
これ以上の許しも、ないかもしれない。
でも、それでいい。
ちゃんと背負っていこう。
それでも……それでもと、手を伸ばしてくれた友達を、裏切らないように生きていこう。
それだけで十分だと、そう思うから。……だけど、それも違う。だったら私も……踏み出さなきゃ。
嫌って、憎んで、憎みかけたあの子に、踏み出さなきゃ。
渚ちゃんが踏み出してくれたように、今度は……私が。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……大丈夫? 竜宮さん」
「……はい」
レナは真っ赤に泣きはらした目を、何度もハンカチで拭い……それで、南井さんに頷(うなず)く。
「罪を償うのはね……忘れないことよ」
「え……」
「忘れるのが、一番いけないんだと思う」
そこで南井さんが、ぽつりと呟(つぶや)く。
「だってそれを忘れてしまうと、あなたは自分の過ちがどれほど酷(ひど)いことを引き起こしたのか、反省する機会を失うから。
だから、罪を忘れていなければ……その間違いを償うためにも、いいことをしようと、常に強く思うことができるはずよ。
忘れないためには……あなたは、生きなさい。いつまでも精一杯……渚さんの分まで、幸せになる」
「……私には、そんな資格がありません。むしろ私なんか」
「なるのよ」
ぴしゃりと……力強く、南井さんはレナの弱気を断じる。
「ならなきゃ駄目。でなきゃ、渚さんはあなたを不幸にするため、生まれてきたことになる。
大切に思ってきた友達の≪生きてきた時間と思い≫を、そんなふうに無駄なものにしても、あなたは平気なの?」
「ッ……!」
「竜宮さん……それでも、もし心が咎(とが)めるというのなら、あなたは他の友達のために、その幸せのために、もっともっと頑張りなさい。
そしてもう二度と、今日のような後悔をしないために……伝えるべきものはちゃんと伝えて、自分は一人じゃないって信じる勇気を持ちなさい」
「それで……償いが、できるんですか」
「亡くなった人がどう思っても、その友達があなたを許すわ。自分のために頑張ってくれた、優しいあなたを認めてくれるわ」
「そうして、罪を数えるんだよ。一つ一つ、向き合って……変わっていくことでね」
ほほ笑みかけながら、いづみさんが僕の頭をなで回してくる。
「罪を、数える……」
「たとえ償えなくても、たとえ許されなくても、数えることはできる。数えて、向き合って、そこから変わることはできる。
ある子はそう言って、罪を突きつけ続けているよ。……そのために力を振るうことも自分の罪として、突きつけながらね」
やめてー! 僕を撫(な)でながら言ったら、それは……きゃー! レナが面食らった顔でこっちを!
「そうね……罪を数える。竜宮さん、あなたの罪を数えなさい。忘れず、下ろさず、でも諦めず……前へ進むために、あなたの可能性を信じなさい」
南井さんもやめてー! こっちを見るな……それをやると、なんかこう……居心地が悪い!
「それで私も……あなたのことを、許してあげられる気がする」
すると南井さんは、静かに自分の右手を差し出してくる。その手と南井さんの顔を見比べ、レナは戸惑いの表情。
それでも……それでもレナは、優しくその手を、恐れながらもしっかり取ってくる。
「……ね?」
「……はい」
レナはまだ戸惑い、迷い、悲しさと罪悪感が、心を蝕(むしば)み続けていた。
でも、それでも決意の表情で、南井さんに頷(うなず)いた。南井さんに釣られるように、笑みが浮かんだ。
「……そうだ、恭文くん」
「え……な、何かな」
「一つ確認。最初から知ってたの?」
「……会いに行こうって言った後、確認を取って……そこで」
≪一応隠すのもありって言ったんですけど、この人が……本当にすみません、レナさん≫
おいコラ待て! おのれ、僕が悪いって体で……すっと離れるなぁ!
首元から離れたアルトを、レナは素早くキャッチ。そのまま自分の首元にかけてしまう。
「ならアルトアイゼンも罰ゲームだね。今日一日、レナにお持ち帰りされて……レナのデバイスになるんだよー」
≪……アルトって呼ばなければいいですよ≫
「アルトー!?」
「ん、了解ー。……でも、ここまで嘘をついてたんだよね」
「ごめん」
「謝っても駄目。だから罰ゲームだよ? ……目を瞑(つぶ)って」
もうそれは覚悟していたので、目を閉じる。レナパン千発くらいは覚悟していると……僕を、日だまりのような温かい温(ぬく)もりが包んだ。
慌てて目を閉じると、レナが思いっきり、全力の抱擁。それも頬ずりまでして、凄(すご)く密着していて……!
「レ、レナ!」
「駄目……罰ゲームだよ?」
「これのどこがー! むしろ御褒美ではー!」
「そっかぁ。レナにぎゅーってされて、恭文くんは嬉(うれ)しいんだね。でも困ってもいるなら、このままだよ」
「なぜだぁ!」
「まぁそうよね。美少女に壁ドンされた上、抱擁って」
「やっぱ刃傷(にんじょう)沙汰だって。もう頑張るしかないって」
やめてー! 大人二人が揃(そろ)って煽(あお)るな! というかレナ……力入れすぎ!
「ありがと」
鯖(さば)折りの可能性も考えていると、レナが小さく……甘い声で、ささやきをくれる。
「レナ、恭文くんが引っ張ってくれなかったら、渚ちゃんを誤解したままだった。
渚ちゃんが向かい合おうとしたことも、そのために踏み出してくれたことも知らないで……だからね、もういいの」
「レナ……」
「ありがと……大好きだよ、恭文くん。だから恭文くんも、罪を数えて……絶対、絶対幸せになるの」
それは、レナの許しだった。
レナは僕を許す。それで僕にも、呪(まじな)いをかける。
罪を数えて、笑って、幸せになる……そうしなければ、この出会いも不幸になる。
そんなことだけは嫌だと、強い抱擁で伝えてくれる。だから……僕も。
「分かった。ありがとう、レナ」
レナを抱擁……しかかったところで、レナが突如として離脱。
首元でアルトを輝かせながら、舌を出して笑ってくる。
「駄目だよ、罰ゲームなんだから……レナ、浮気者は嫌いなんだよ? レナを抱き締めていいのは、レナに一途(いちず)な人だけなのー」
「ごめんなさい」
「なんで謝るのぉ!?」
「本命がいるって言ったよね! レナに一途(いちず)とか、完全に路線変更でしょ! そんな予定は……ない!」
「むかぁぁぁぁぁぁぁぁ! やっぱり恭文くんなんて嫌いだよ!」
「え、でも大好きって」
「嘘嘘! あんなの嘘! 罰ゲームだから、恭文くんを惑わせただけだもん! レナの本心じゃないし! べーっだ!」
レナはまた舌を出しながらも、笑顔を浮かべて後ずさる。
……するとそこで、なぜか……南井さんが急に崩れ落ちた。
「……って、南井さん!? あの、ごめんなさい! もしかしてレナ、ぶつかって」
「違うの……あははは、縁石に躓(つまず)いちゃって」
「……やっぱり南井さん、少し休んだ方がいいですよ。爆殺されかかった件、動揺してるんじゃ」
「ですね。帰りは僕が運転しますから」
「でもあなた、ペダルに足が届かないでしょ? 小柄なんだし」
「そこまで小さくないわ! ……がはぁ!」
認めてしまった……自分が小さいと、小柄だと認めて……! それに崩れ落ちると、みんなが笑う。
それでも何とか立ち上がろうとしたとき、同じように復帰した南井さんの懐から……紅(あか)い錠剤が幾つか落ちた。
まだ封も切られていないそれを見て、レナは拾い上げる。
「南井さん、これ……って」
「あぁ、ごめんなさ」
「PC!?」
PC……レナの叫びで、僕達も揃(そろ)って身をこわ張らせる。
「どうして南井さんがそれを!」
「知っているの? この薬のことを」
「この薬、私……ちょっと前まで飲んでいました。それで……!」
「……レナ、どうしたの」
「これ……これのせいで私、いつも急に自分が分からなくなって……! あのときもこれを飲んで、それで……」
「あのとき……まさかそれって、茨城(いばらぎ)の傷害事件で!」
「やっぱりそうか……!」
劉さん、洗い直しは正解でしたよ! こういう形の確認は想定外だったけど!
「レナ、ちょっと貸して!」
レナに断った上で、ケースを取る。目を瞑(つぶ)り、術式発動――ブレイクハウトで成分を”理解”する。
成分データを一度書式に起こした上で、空間モニター展開。その中身をアルト共々、イメージインターフェイスで瞬間解読。
「ちょ、何よこれ!」
≪私の能力と思ってください≫
「凄(すご)いわね、忍者の子機≪デバイス≫!」
「いや、これは二人だけの特技と言いますか……でも恭文君、いきなりこれは」
「なんなの……」
一応こういう薬物判定にも備えて、ある程度のサンプルは揃(そろ)えてある。それも……!
「なんなの、これ……! アルト!」
≪……あり得ませんよ。これが病院で処方されていた? 毒をまき散らすのと同じですよ≫
「え……!」
「あなた達、何をしてるの!」
≪この人の異能力――物質変換。分子構成を理解・分解・再構築するもので調べました≫
「異能力ぅ!?」
「蒼凪君、あなた……HGS患者だったの!? 超能力よね、それ!」
「まぁそんなところです。恭文君はその中でも、特に物質への理解に優れているので」
御剣さんが補足して、南井さんも納得する。僕達の能力が、決して眉唾じゃないと。
「つまりあなた達は、感覚的にでも分かったってことよね。この薬の成分だけで……危険なものだと」
「えぇ」
「……竜宮さん!」
「は、はい」
「蒼凪君もだけど、ちょっと……この後寄り道してもいいかしら! あなた達の力が必要なの……お願い!」
――それを断る必要は、どこにもなかった。南井さんに付き従う形で、僕達は霊園を飛び出す。
レナが……薬の被害者が改めて出たことで、流通ルートやその裏側の流れも、捜査が進展していくことだろう。
僕達は確かに、真実に近づきつつあった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
科警研本部――南井さんは相馬さんという主任さんに、恐ろしい勢いで懇願し、レナのカウンセリングと薬物の分析を進めた。
三十台後半くらいに見えるその人は、頭を痛めながらも了承。……本来なら手続きも必要なんだよ。
でもね、ここまでで証拠のもみ消しやらが図られていて、その危惧を考えると……早急に行う必要があった。
しかもレナの身に危険が及ぶこともあり得た。ローウェル社の絡みも知らないであろう、尾崎渚や澤村公平も殺されたからね。
とにかく成分分析のデータも送った上で、改めて……その相馬さんに話を聞く。なお、レナにはアルトといづみさんが付いているから問題なし。
さすがに心配なので僕も、南井さんに付き添う形で……休憩所で、疲れた様子の相馬さんに突撃。
「南井……さっきも言ったが、後でおごれよ」
「それはもちろんです。ガッツリ食べにいけるところ、紹介しますよ」
「……お前のペースには合わせないからな。普通盛りでいけ」
「やっぱりこの人、健啖(けんたん)家だったんですか……!」
「捜査の勢いより、食べる勢いの方が怖くておっかないって専らの評判だぞ」
「相馬さん……!?」
南井さん、それは理不尽です! 落ち着いて……落ち着いてー!
「それで、レナ……竜宮礼奈の状態は」
「小康状態には違いなさそうだな。以前に処方された薬が、よほど身体に適合していたらしい。
普通の専門医なら、問題なしと様子見の診断を下しているはずだ」
「普通なら?」
奥歯に物が挟まる言い方だ。……相馬さんは人気がないのを確認した上で、その真意を語る。
「いわゆる潜在的なトラウマってやつだな。過去に起こした事件の記憶が、本人の心に相当の重圧をかけているらしい。
無意識のうちに、現実逃避的な思考と言動を選ぶ傾向にある。慎重に確かめなければ、前向きで楽観的な性格ゆえと誤解されかねないところだ」
「現実逃避……?」
「あぁ。内心では疑っているのに、強がってそう信じようとする。
例えば”こうであってもらいたい”という願望や理想が絶対だと、決めつけてかかるって感じにな」
「蒼凪君」
「えぇ、あります。実際仲間の一人が、レナはそう思い込もうとしている……それが崩れることを極端に嫌がると」
圭一の見立ては正しかったわけか。その結果、レナは理想を守るために暴走して……やっぱりあのときも、相当危なかったんだね。
「それに彼女の腕には、ごく薄くだが切り傷の跡が残っていた。聞いてみたところ、どうやら過去には自傷行為もやっていたらしい」
「自傷行為……まさか、ウジ虫とか」
「それだ。それを外に出すために、刃物で傷を作り、悪く濁った血ごと外に出そうとした」
「公由夏美と同じ症状ですね。相馬さん、これは確認なんですが……実際問題、そんなことは」
「そちらさんの調査とほぼ同じ意見だ。虫そのものが出てくる可能性は極めて低いが、そう錯覚する場合はある」
まず虫……というのとは少し違うけど、血管の中に”何かがいる”と感じることは、不安神経症患者の症例にもある。
ストレスから触覚神経が過敏、あるいは異常に電気信号を脳に伝えて、脈動を本来異常の振動として感じさせる……といった具合にね。
それを思考の混乱から虫が出てくると錯覚させ、資格神経系にありもしない幻像を投影することは、別に不思議な夢物語じゃないのよ。
更に魅音と公由さんに言った通り、ホラー映画などで見たという”経験”があれば、可能性は更に大きくなる。
「記憶と、視覚イメージの混乱……ですか」
「そういうことだ」
「そういえば……公由夏美さんなんですけど、公園で倒れたとき」
「お前さんが襲われたアレだな」
「えぇ。彼女、喉から虫がわいて出るような感覚に捕らわれて、喉をかきむしったと……入院中に。
しかもそれは、薬の服用を思考が求めたとたん、より強くなって……相馬さん」
「服用中、あるいは効用が切れたことで、そういった自傷行為に走る薬はあるか……だな」
「えぇ」
そこで相馬さんが僕を見やる。僕とアルトの成分分析データがあるから、今更な説明とも思っているらしい。
ただ僕達が渡したのは成分データ。決して専門的な見解じゃないから。つまり……薬の分析結果にも絡む話なのか。
「……結論から言えば、ある」
あっさりと肯定され、逆に南井さんが言葉を失ってしまう。
「自殺は”自己顕示の欲求”から起きる行動だ……なんて話を以前、したことがあったよな」
「えぇ、伺いました……精神にストレスを抱えている人は、自らの身体を傷つける。
ときには命さえも壊すことで、不安定な自我の存在を確かめる場合がある……と」
自殺をなぜするのか……その回答の一つと言えるね。自我を保つ思考と、自らを傷つける行為……これらは一見矛盾するものだ。
でも実は、一つの概念から発したものである場合が多いそうなのよ。僕も勉強したことがある。
「確か……対人関係や仕事、勉強などで上手(うま)くいかない理由を、自らのせいと思う気持ち。
いわゆる劣等感から生じた内罰感情……それが、自身への視覚的な懲戒へと駆り立てる、ですよね」
「蒼凪君、よく知ってるわね」
「前に自殺の現場を捜査したとき、専門家の人に教えてもらったんです」
「その通りだ。ただ……その精神状態が深刻な場合、そこから思考が更に進むこともある。いわゆる自己の他者化とでも言えばいいのかな」
「自分を、他人と見なす……ですか」
「言い換えれば変身願望。自分の劣っているところ……嫌いなところを他人のものとして、自分自身から切り離し、存在を否定してしまうのさ。
そして本人は、自分が理想に描く人物像を脳内に作り上げる。往々にしてそれは、責任感が強い奴ほど陥りやすい」
他者を貶(おとし)め、傷つけることを嫌う余り、不遇の原因が自分以外にあるということを、本能的に認めない……。
確かに美徳かもしれない。でもそういう子は他者に対しての憎悪を、突発的に抱いたとき……相当危うい。
今まで絶対と思ってきた価値観や信念に混乱を来し、自己矛盾に陥る。
ゆえに他者への責める気持ち、批判する感情を打ち消すように、無理やり『いい子』を保とうと努める。
抱いた黒い感情は自分のものではないと、拒絶するようになっていき、禍々(まがまが)しい心を抱く自分には……激しい憎悪を抱く。
やがてそれは殺意へと変わり、自己の存在否定へと発展する。
「……それが自殺に至る心理メカニズムですか。ならば、そう言った心理に追い立てる薬があると」
「そうだな……例えば抗興奮系によって、現実と妄想の認識を混乱させる。
そして精神伝達能力の向上によって、高まった凶暴な攻撃性が思考の錯そうによって自分すら攻撃対象とする……という感じだ。
だから一見理解不能とも思える異常行動は、実は”新たに生まれた価値観”を持った人格が自我を確立するための本能的行動ということになる」
「つまり、人格の分裂……!?」
「それは……」
――つまるところ、相馬さんの話はこうだった。
抑圧されて育つなど、不本意な生き方を強いられてきた人間ほど、無意識下に黒い感情……敵意、憎悪、怨恨などを有する。
そこから派生した破滅願望を抱いていることが多いけど、それらは普通であれば……本来の人格が持つ理性や感情によって制御される。
なのでよほどのキッカケがない限り、表に出ることはない。……その均衡が、薬の服用によって破られたとしたら?
「どちらかと言えば、空想の類いだがね。例えば黒い感情によって生まれた別の思考は、本来の人物が持つそれとは違う……もう一つの人格を作り出す。
そして、生まれた人格は”自分を今の状況にした対象”全てに攻撃的感情を持つようになる。
さらにはその存在を否定し続けた、本来の人格にも強い憎しみを持ち始める。……その結果が錯乱した凶行……最後は自殺だ」
……相馬さんの説明を聞いているうちに、僕も……南井さんも理解する。
今までは怪奇で不可解だった一連の事件が、全て現実味を帯びた、一つの要素で引き起こされてきた……その可能性は高くなっていく。
これは澤村公平の一件だけじゃない。雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件にも、適応されるものだった。
レナの語っていた……公由夏美も恐れていたとされるオヤシロ様は、やっぱりいなかったんだ。
少なくとも、祟(たた)りを起こす悪い神様はいない。全ては薬物……病気による思考の混乱と、感情的爆発が成した悲劇。
「……ありがとうございます、おかげで助かりました。これで松岡くんの資料が揃(そろ)えば、今後の捜査にも目処(めど)が立ってきます」
「松岡って……岐阜(ぎふ)県警のか」
「えぇ、そうですけど……そう言えば相馬さん、松岡さんとは同じ職場で、先輩後輩の間柄だったとか」
それですぐ思い当たったのかと、そう思っていると……相馬さんは苦い表情で大きく舌打ち。
「……相馬さん?」
「……そっちの資料は諦めるんだな。恐らく、お前の手元には届かない」
「え」
「さっき、岐阜(ぎふ)県警から俺のところに抗議があってな。松岡が俺の頼みで、とある薬の分析を上層部に無断で行ったと。
一体なんのことだと思ったものの、確かに以前……似たようなことで依頼をかけたことがあったし、素直に頭を下げておいたが……そうか、なるほどな」
「……圧力ですか」
状況は理解できたので、結論に触れると……南井さんの顔が真っ青になる。
「その松岡さんに分析を依頼したことを、誰かが岐阜(ぎふ)県警のお偉方に内報した」
「馬鹿な! そんな人、私には……!?」
そう……内通者の疑いなら、それはもうたっぷりかかっている。……件(くだん)の花田さんだ。
南井さんがそう言いかけ、止まったことが何よりの証拠。薬の分析についても一部始終を知っていたんでしょ。
「あ、でも……どうして松岡くんは、相馬さんのお名前を? 私が依頼したのに」
「決まってるだろ、お前を守るためだ。依頼主の名を正直に話して……どうなる」
「あ……」
少し想像力を少し働かせれば、分かることだった。岐阜(ぎふ)県警と愛知(あいち)県警の署長はね、実は犬猿の仲なのよ。その関係から組織的に仲も悪い。
特に本部長のお膝元である大沢(おおさわ)署のお偉方は、南井さんのことをそれはもう目の敵にしているらしい。
垣内(かきうち)署も署長派と副署長派で派閥が割れていて、副署長派の方が本部長に乗っかる形で、南井さんをこき下ろしているとか。
その状況で、南井さんが正規の手続きを踏まず、依頼をかけていたと分かれば……その顛末は言うまでもない。
その松岡さん、本当にいい人なんだね。咄嗟(とっさ)の判断で、南井さんが追及されないよう守ってくれたんだよ。
「ッ――!」
南井さんは臍をかむ思いで、拳を平手に叩(たた)きつける。
……自分の迂闊(うかつ)さで、松岡さんや相馬さんに迷惑をかけた……そんな悔しさと申し訳なさで、唇を噛(か)みちぎりそうだった。
「松岡くんには、申し訳ないことをしてしまいました。それに相馬さん、あなたにも御迷惑を」
「本気でそう思うなら……真相を暴いてみせろ、南井警部。それ以外にできることがあるか?」
「……!」
相馬さんの鋭い眼光は、南井さんを叱責していた。謝るなと……それを受け、南井さんも息を飲む。
「いいか南井、俺達は、謝れば済む……どんなに酷(ひど)くてもせいぜい三か月程度。無駄遣いを控えればいいだけの話だ。
だが……お前は違う。お前には義務があるんだ。それをしっかりと自覚しろ」
「相馬さん……」
「絶対正義ってのは、この世には存在しない。内部に深く入り込めば入り込むほど顕著だ。
諸々(もろもろ)のしがらみやら何やらで、自分の信念なんて通したくても通し切れるもんじゃなくなる。
でもな……たとえ一つでも、どんなに小さくても、信じたいのさ。
俺達は、確かに悪と戦って、正義を貫いている……そんな実感をな。恐らく松岡も同じ考えだろう。……そこの忍者もな」
お手上げポーズで返すと、相馬さんも『ほらな』と笑ってくる。
「それとさっき、松岡から途中までだが、薬の分析資料をFAXで受け取った。
それと坊主達の解析結果を基にショートカットすれば、恐らく数時間で報告できるだろう。……あとは、任せろ」
「……はい!」
南井さんは敬礼して、踵(かかと)を返す。
「蒼凪君、悪いけど竜宮さんとの宿泊先は変更して! 雛見沢(ひなみざわ)には明日、私が直接送るから!」
「分かりました。じゃあ相馬さん、よろしくお願いします」
「おう」
僕も相馬さんにお辞儀して、南井さんを追いかけていく。……南井さんには、ちゃんと話さないと駄目か。
僕が雛見沢(ひなみざわ)にいる理由……アルファベットプロジェクトのことも、含めて。
あとは……次の一手だ。南井さんを襲う方向は、さすがにもうないでしょ。いづみさんも絶対離れないだろうから、隙はない。
となると、あとは証拠のもみ消し……敵が政治の世界にも精通しているとなると、狙うは。
「……穀倉の大学病院かな」
「蒼凪君?」
「南井さん、レナが薬を処方された殻倉の大学病院、強制捜査をかけるとしたら、手間がいりますよね」
「……そうね。裁判所と厚生労働省の許可も必要だし、成分分析の結果次第では他にも……やっぱり、その方向もあり得るわよね」
「えぇ」
さすがというか……南井さんも気づいていたか。
南井さん達が正規のルートで強制捜査をかけるとしたら、今言ったように相応の準備が必要になる。
その間に……穀倉の大学病院から、証拠関係を一切合切引き払われたら? それも合法的に可能だ。
たとえば公安や内閣調査室――そういったところに情報をリークして、先に強制捜査を行わせる。
……それで終わりだ。自分達に届かない程度に、痛みを払って、逮捕者を出して決着。あとはほとぼりが冷めるまで待てばいい。
実際ローウェル事件でも、似たようなことが行われていたそうだし。となると……その辺りも手はずを整えないと。
南井さん本人の安全は……いづみさんに任せるとして、僕はレナとその周囲かな。梨花ちゃんの件も含めて一石二鳥とも言える。
そこは、本当に油断しないよう頑張らないと。今回だって隙(すき)を突かれた。
でもそれは……逆を言えば。
「そうだ……蒼凪君」
「はい」
「……あなた、警察官になるつもり、ないかしら」
「ありません」
即答すると、南井さんが派手にずっこけた。あぁ、やっぱり疲れてるんだなぁ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
蒼凪の奴は大丈夫か……PSA本部で心配になっていると、沙羅さんが慌てて飛び込んできた。
「劉代表代理、あの薬、詳細な成分分析が終わりました」
「そうですか」
「それと科警研本部主任の相馬氏と、蒼凪君達からも内密なデータ提供が」
……そこでつい、頬を引きつらせてしまう。おいおい、今度は一体何が……と聞くまでもないか。
「竜宮礼奈ですね」
「はい。どうも彼らは南井警部と接触したようで……その流れで確認が取れました。
彼女に伝えられていた名前は≪PC≫。彼女はつい最近まで、穀倉の大学病院に通っていて……そこで処方を」
「それで」
「とにかく相当な危険物です。二十八ページを」
沙羅さんから書類を受け取り、促されるままページをめくる。……そこに書かれていた文字にゾッとした。
『未認可』だけならまだよかった。問題は『危険度クラスAA』というワードと、概要説明。
「相馬主任は成分分析のみならず、竜宮礼奈のカウンセリングも行ってくれました。それに基づく結果なのですが」
「……えぇ」
「あの薬は……はっきり言えば”麻薬”です」
概要を簡潔に言うと、こうだ。公由夏美と竜宮礼奈が処方された薬は、麻薬認定されてもおかしくないほどの劇薬……。
成分分析の結果、専門家は断言したのだ。問題の薬は麻薬で、それが公的機関でバラまかれていたと。
(第9話へ続く)
あとがき
恭文「というわけで、澪尽し編第8話。一見雛見沢と無関係な南井さんとその周囲ですが、これもまた……ネタバレはやめよう」
(我慢我慢ー)
恭文「というわけで、蒼凪恭文と……ふぐぅ!」
古鉄≪どうも、私です。現在この人は、束さん作成の重力増加ドームにて修行中。現在……百二十倍の重力にチャレンジです≫
(まずは軽くランニングー! それから筋トレー!)
古鉄≪CCCコラボで、更なるパワーアップを決意した様子。でも悟空師匠のようにはいきませんか。動きが重いですよ≫
恭文「むしろ、ベジータさん……!」
(どすんどすんどすん……なお真・主人公はふわふわー)
恭文「百倍の……壁を……超えてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ヒカリ(しゅごキャラ)「可能性に挑戦しているなぁ……」
シオン「お兄様、素敵です」
ショウタロス「そのまま突っ走れー。ほれほれ、まだまだだぞー」
(なおしゅごキャラ達は、安全ゾーンにて待機です)
恭文「ふんぬぅ……! ぐぬぅ! うんしょお! 次の……ビルス様との修行までに、もっと、鍛えて……おかなくてはー!」
(腕立て伏せをしているようです)
古鉄≪そうそう……本編の話ですけど、そろそろ本筋≪雛見沢≫に戻りましょう。まだまだやってない話もありますしね≫
シオン「南井刑事達については、またちょこちょこですか」
古鉄≪そんなところです。そして次回、衝撃の展開が……≫
ヒカリ(しゅごキャラ)「……名古屋飯食い倒れはまだか!」
古鉄≪ありません≫
ショウタロス「それなら前回やっただろ……」
(というわけで、蒼い古き鉄は修行修行修行……三百倍に到達するのはいつか。
本日のED:『草加さんがやらかすときのBGM』)
沙都子「……こうしてフラグを盤石にしていくわけですわね。いつも」
古鉄≪フラグって言うな!≫
恭文「僕の台詞を取るなぁ! というかフラグって……そうだね、騒動フラグが成立しつつある」
沙都子「上手く逃げましたわね」
フェイト「うぅ、ヤスフミが楽しそう……私はお仕事で大変だったのにー」
恭文「それは自業自得でしょ」
フェイト「だよねー!」
(おしまい)
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