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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第7話 『ウンメイノハグルマ』


そう……魔導師コンビは部活で大奮闘していると。いいことね、これで二人も立派な雛見沢(ひなみざわ)の一員よ。

……別に寂しくなんてないわよ。事件をきっちりクリアすれば、私も晴れて部員復活だもの。

なので腕がなまらないよう、今日もかけらで遊ぶわ。ちょっと……やめなさいよ。強がりなんかじゃないんだから。


とにかく今日見せてあげるのは、本筋から離れた特殊なかけらよ。これは≪染伝し≫――公由夏美が主役のかけら。

鬼隠しと綿流し、そして祟殺しのかけらができる過程で生み出された、特殊なかけらの一つ。

しかも興味深いのはね、このかけらが映すのは……古手梨花が殺された後の世界なのよ。えぇ、驚きでしょう?


本来であれば私達は、”古手梨花”が死んだ時点でときを巻き戻し、新たなゲームに挑んでいるわ。私達にとっての世界はそこで終わり。

でもね、世界には先があったの。そこで生きている他の人々には、当然ながら未来があった。

私もこの場にたどり着いて、ようやく気づいたことの一つよ。だからこそ今、このかけらの閲覧も許された。


……このかけらも、同じようにして生まれた他のかけらもね、今までは振り返ることができなかった。

それは私が本来のゲーム盤から外れ、盤外となっていることを示すわ。それゆえに外から景色を楽しめる。

それで一つ気づいたのよ。私達は今まで時間をループさせていた……そう思っていたけど、本当は違うかもしれない。


そうして……他者の時間まで丸々巻き戻していたわけじゃない。私達は恐らく……いえ、これもまたいずれね。

今はこのかけらの話だもの。これはね、御三家の血を引きながら、雛見沢(ひなみざわ)とは関わりのない生活を送っていた彼女……公由夏美が惨劇を起こすお話。

そう、彼女には闇が存在した。その闇がとある事件をキッカケに爆発して、家族を殺し、その牙を愛(いと)しい人や同級生に向ける……そんな悲しい惨劇。


キッカケは本当に小さな、幾つかの誤解だった。だけどそれが積み重なることで、今まで押し隠してきた不満と不安が一気に爆発。

それは予想だにしていなかった殺意となり、その身を焦がしてしまった。

新しい街に来たときから抱いていた、周囲への劣等感。ちょっとした話題のずれ、価値観の違い、そしてたかだか知れた能力の優劣。


それらで人は簡単に疎外感を抱き、孤独になってしまう。あなたも、今までにそんな経験はなかったかしら。

だけど……この悲劇の結末から、私達の思わくから外れた希望が一つ浮かび上がった。

それはかけらとは少し異なった、小さくて儚(はかな)げな……最初は塊とも呼べないものだった。


それでも、それは時を経るごとに……小さな力を持つようになるわ。


その力は――。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第7話 『ウンメイノハグルマ』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「く……ふふ」


みんなが危惧する中、魅音は不敵に笑って僕へ指差しする。


「分かってないね、やすっち! これは作戦だよ! あえて自分を追い込んで、限界以上の力を引き出す!
だがアンタは違う! 自分の土俵を使ったことで、気持ちに余裕ができてしまっている! そんなのでどうやって勝つのさ!」

「しかも問題を出す側(がわ)に回ったことで、魅ぃに解かれたら逆転不可能なのですよ? 本当にいいのですか、恭文」

「それはどうかな」


一言そう言っただけで、魅音は驚がくの表情を浮かべる。いや、それは圭一とレナもか。

……みんなは知っているんだね、このセリフが持つ意味を。そしてその力を。


「ま、まさか……その台詞(せりふ)は」

「そう、カードバトラーなら誰しも言いたい言葉だ」

「カードバトラーじゃありませんわよね。数学ですわよね」

「その意味は……実地で確かめようか」


もう僕達に言葉は不要だった。ただ。


「あぁ、やってあげるよ……さぁ、こい!」

≪ではカウントスタート≫


戦いの始まりを告げるだけでいい。こうして命がけなバトルはスタートする。


「ふ……やすっち、わたしを見くびり過ぎたね」


でも問題に取りかかろうとした瞬間、魅音は静かに筆を置いた。


「騙(だま)されそうになったよ。危うく、やられそうになったよ。このわたしを相手に、あれだけのリスクを背負ってのペテン……最高だ。
わたしも部長としてあらゆる戦いを目にしてきたけど……ベストだよ。ベストオブベストオブベストオブベスト……ベスト中のベストに匹敵する」

「……魅音、頭の悪い英語も中二病の症状」

「うっさいし!」


でも、内心では舌を巻いていた。まさかこうも簡単に見抜かれるとは……制限時間の問題かな?


「どうしたのですか、魅音さん。速く問題を解かなくては」

「その必要はないんだよ……沙都子」

「どういうことですの!?」

「やすっちは何て言った?」

――これが解けますか――

「そう、解けるか否かという問いかけだったんだ! これは数学の問題じゃない! あえて言うなら――常識問題!」


そこで教室に激震が走る。そう……常識だ。数学が常識の類いに入る?

残念ながらそこまで入らない。ごく一般的な日常生活で使うものと言えば、せいぜい簡単な足し算と引き算程度だろう。

こんな、明らかに専門家向けの数式などまず使わない! となれば、その”常識”は何を説いていいるのか!


「ま、まさか魅ぃちゃん……というか恭文くん!」

「……!」


あえて慟哭(どうこく)し、魅音を徹底的に調子づかせる。奴は予想通りに鬼の首を取った様子で笑い、三回転半捻(ひね)りで笑う。


「そう! では早速本題に触れようか……答えは”解けない”だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


その問いに衝撃を受ける一同。僕は出題者として、苦々しい顔で聞くしかない。


「理由は?」

「これはファルコンという人が最初に解いたんだけど、その人が死亡後……解き方も消失した!
それゆえに答えが”なく”、数学界でも長年の謎とされている! 解いた人は数学界どころか、歴史に名を馳(は)せるって言われているんだよ!」

「あ……! だから恭文さんは、そんな問題を!」

「村育ちなら知らないって侮ったのかな!? 残念……この園崎魅音に死角はない! さぁ、覚悟を決めて単装砲を出してもらおうかぁぁぁぁぁぁぁ!」

「はい、不正解」


右指を鳴らし、激震する教室に冷や水を浴びせる。……すると誰もが信じられない様子だった。

魅音がここまで断言したにも拘(かか)わらず、僕があっさり否定した上に余裕……哀れみさえ感じさせる表情だったからだ。


魅音は知らなかった。既にこの”悪魔”が打倒されていたことを――敗因はただそれだけだった。


――僕の予想した通りに。


「ど、どういうことよ……どうして蒼凪さんは、あんなにも自信満々に!」

「分からないわよ! 何があると言うの! 不正解だと言わしめる何が……!」

「やすっち、往生際が悪いねぇ。ファルコンの定理は解けない……これは常識」

「……もう違うぞ、魅音」


さすがに呆(あき)れた様子で、圭一がぶー垂れる魅音に補足を加える。


「つい昨日のことだ。この『ファルコンの定理』が解かれた――謎が解明されたと発表されたばかりなんだよ」

『……へ?』


あぁ、やっぱり大半は知らなかったのか。知っているのは圭一や富田君、岡村君……それなりに勉強ができるタイプだけみたい。


「はい、圭一は正解。アメリカの数学者さんが今年の頭に解いて、世界中の著名な数学者さん達に試算を依頼したんだよ。
そうして慎重な検証を重ねた上で、昨日の深夜に発表されたってわけ。もちろん解き方とその原理も公表されているよ」

「な、ななななな……な、ななな……なぁ!? そんな、馬鹿なぁ! そんなはずがぁ!」

「本当だって。というか僕、その頃はオーストラリアに旅行していてね。たまたまそんな数学者さん達と仲良くなったのよ」

≪だからファルコンの定理が解かれたこと自体は知っていたんですよ。公式発表まで黙っていただけで≫


まぁ魅音が知らないのは無理もない。……昨日はレナの件でいろいろ大変だったし?

更に今朝からは僕に付き添っていたもの。そりゃあ情報収集する暇もないわ。


「……っと、話している間に三分経過したね」

左腕の時計を確認して、タイムアウト宣告。魅音は打ち震えながら、崩れるように座り直し。


「残念でした」

「……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


完全敗北を認めるような絶叫――! 元部長兼委員長としての威厳をへし折られた。

……これだけならまだ良かった。問題は”正解を知っていた人間が他にいたこと”だ。


「……先輩、本当に気づいてなかったんだ。今朝のニュースでもやっていたのに」


富田君がそう呟(つぶや)くと、魅音は信じられない様子で顔を上げる。


「僕も見ました! こんな快挙は別分野になりますが、≪マクスウェルの悪魔≫の解決以来と言われています!」

「私も蒼凪さんが問題を出したとき、すぐ正解を言われるんじゃないかって……」


後輩達から哀れまれて、魅音のみならずレナと沙都子、梨花ちゃん……分からなかった奴らに次々と刃が突き刺さる。

ただ梨花ちゃんは除いてほしい。ほら、昭和五十八年で記憶がタイムスリップしているから……ね?

もしかすると≪マクスウェルの悪魔≫も生きている状態かもしれないから。だから、温かく見守ってあげてほしい。


「ふ……こんなんで、勝ったとは思わないことだね」

「はい?」

「おじさん達と真っ向勝負もできず、奇策で足を絡め取っただけのこと! それじゃあ完全勝利とは言えないさ!」


魅音はすっと体を起こし、ふくよかな胸を張って自慢げに唸(うな)る。なのでその往生際の悪さに、とどめを刺そう。


「足を絡め取られた時点で、十分格下認定できるよ?」

「ぐ……いやぁ! まだまだ! これで一勝一敗と考えるなら」

「泣きの一回が欲しいと」


僕が結論に触れると、魅音の頬がぴくりと震える。なお口笛が唐突に響き出すけど、震えきってメロディーが滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だ。


「昔『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』ってバラエティ番組があってね……僕も大好きだったのよ。
そこでカート対決やら、サッカー対決やらをやっていてさぁ。泣きの一回が入るときは……大抵土下座だった」

『土下座!?』

「さぁ、石橋貴明さんや定岡正二さん達を見習って、がーっといこうか」


なので笑顔でスマホを取り出し、魅音を更に威圧。


「し、しかも撮影するつもりよ!」

「この時点で罰ゲーム同然だ! この人も先輩達と同じ……鬼だ!」

「しかも見ろよ、あの笑顔! スク水なのに恥じることなく、堂々と笑っている!」

「……素敵」



後輩諸君の悲喜こもごもな声を受け止めながらも、ちょっと位置調整……うーん、今の光からすると、もうちょっと左がいいかなー。


「しかも写真写りがいいよう、調整する余裕すらあるなんて!」

「これが、これが都会からきた男の力なのかぁ!」

「「あ、蒼凪さんー!」」

「富田君、岡村君」

「「ガッテン承知の助!」」


二人は魅音を押さえつけ……というのはさすがにアレなので、逃げ道をさっと塞ぐ。

しかし富田君、岡村君……おのれら、小学生だよね。ガッテン承知の助って何で知っているのよ。おのれらも梨花ちゃんみたいに昭和(しょうわ)回帰してるとか。


「さて魅音、僕達が無理やり着せる……又は土下座させると犯罪だから、頑張ってね」

「鬼かぁ!」

「いやいや、選択肢は与えているでしょ。泣きの一回か、敗北を受け入れるか」

≪そうですよ。ちなみに、あなたが申し込む場合は≫


なので鋭く……ジャンピング土下座ー!


「なんて手慣れていますの!?」

≪正月のすごろくやら、人生ゲームで負けっ放しですしねぇ。再度の勝負を申し込むときはこれくらい≫

「……それ、きっと運が悪いから……だよね」

「魅音……これは、もう選ぶしかないぞ。生か、死か」

「いずれにせよ条件は変わらず。かあいそかあいそなのです」

「――畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


その結果教室内では、魅音の叫びが響いた。……コレで普通の服に戻れるか……よし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


その日の夕方――またひぐらしが鳴き、空があかね色に染まる。

静かな田園風景の中、異常な集団……もとい、異常な女の子を一人連れた僕達は歩いていた。

なお僕は黒コートに戻り、サングラスもかけて御機嫌。Sing Like TalkingのFirecrackerを口ずさむ程度には御機嫌です。


なお、詩音は夏用セーラー……まぁ分校の生徒じゃないっぽいしなぁ。それはしょうがない。


「いやぁ、普通の服ってのはいいもんだねー。でも……その昔、人類は裸で野山を駆け回っていたと言う」


そうして見るのは、死にかけな顔をした魅音。僕の右側で魅音は、豊かな乳房やメリハリある体つきのほとんどを晒(さら)していた。

胸の先や股間はハイレグの布で隠されているものの、それも包帯みたいなもの。ちょっと暴れるとかなりやばい。


「もしかしたら、今の魅音が自然な姿かもしれないね」

≪魅音さんは今、人本来の強さを取り戻しているんですね。分かります≫

「やかましいわ! 何良い話っぽくまとめようとしてるの! こんな格好で野山を駆け回ったら、身体中傷だらけだっつーの!
保護されてるのが背中だけって何! 逆貧ぼっちゃまじゃん!」

「いいじゃないですか、野獣みたいなお姉にはぴったりです」

「詩音! でもこれ、ちょっとやばい! サイズがキツいし、思ったよりも小さいし! なんかこう、横にはみ出しそう!」


あぁ、それは大変だ。なので足を進めながら、魅音へ優しく笑いかける。


「大丈夫だよ、魅音。はみ出したら圭一がガードしてくれるって」

「――!」

「そうそう、俺が優しく風のように……って馬鹿ぁ! 何言ってんだお前!」

「婚約者だって聞いたけど」

≪そうですよ。富田君達から聞きましたよ? ラブラブカップルだと≫

「大樹! 傑ぅ! というか、誰がラブラブカップル……こら魅音! お前も赤くなるなぁ!」


さすがに僕がガードはできないので、圭一に……でも二人は年若いゆえ、まだまだいろいろあるらしい。

――そう、どうも最近……圭一が新部長に就任したのをきっかけに、村で婚約披露パーティーが行われたらしい。

その結果前原・園崎両家のみならず、村全体を上げてのお祝いに発展したとか。それが圭一達の言っていたお祝い事。


まぁ……それでも容赦なく罰ゲームを敢行した辺りで、富田君達の肝と部活の厳しさが相当なのは察してほしい。


「でもしょうがないよ。ルール的にコートを着るのも駄目だし」

「だったら自分の手だよ! 幸いなことに、おじさんには両手あるから! 明日をこの手で掴(つか)むのと同じように、自分の胸くらいは掴(つか)めるから!」

「レナ、沙都子ー」

「「はーい」」


一声かけると、二人は笑顔で魅音と腕組み。いやぁ、実にほほ笑ましい光景だねぇ。これが仲間か。


「ちょ、掴(つか)めない! わたしの明日が掴(つか)めなくなる! 二人ともやめて!」

「「あははははははははははは!」」

「その笑いも怖いからやめい! 詩音ー!」

「いいじゃないですか、お姉。最近だとお姉や私の年で性交渉をする子もいますし、まぁ避妊だけしっかりと」

「なんでそんな話を!? くそー! どうしてこうなったー!」

「しかもそれ、俺も巻き添えだよな! この流れで俺も巻き添えだよな! ふざけるなぁ!」


圭一の叫びも虚(むな)しく響き、みんなは笑顔……罰ゲームは禊(みそ)ぎでもある。

これは富田君、岡村君が教えてくれたことだ。どれだけゲームで白熱してやり合っても、罰ゲームで笑って終わる。

そうしてノーサイドとして、また新しいゲームをみんなで始める。この絆(きずな)も、そうして培ったものだろう。


「でも恭文、良かったですね。これを着ていたら、間違いなく恭文の単装砲は出ていたのですよ」

「うん、僕もさすがに見せたくない」

「その時点でモザイクかかりましたわね。というか、レナパンが飛んでましたわ」


なら余計に勝ってよかった。アレは避けられる自信がない……僕、鍛えてるのにー! まだ足りないってことなのかなー!


「あぁ、今日はいい日だ。それじゃあ魅音、古手神社へ行こうか。雛見沢(ひなみざわ)を一望しながら、その姿を晒(さら)そう。
そうして魅音は両手を広げ叫ぶんだ。みんな、わがままな私を見てーっと」

「鬼か!」

「それで圭一は制止するんだよ。ふざけるな! お前は俺のものだー! ……ってな感じでハッピーエンドに」

「「なるかぁ!」」

「はうはう……それは感動シーンだよ、恭文くん! よし、今度の部活はそこを目指して」

「「やるなぁ!」」


仲良くツッコむ二人を笑いながらも……疑問がそろそろ抑えきれなくなる。


「魅音ちゃん、みんなもこんにちはぁ」

『こんにちはー』

「こんにちはー。……お、そっちは噂(うわさ)の旅行者君かい。ようこそ、雛見沢(ひなみざわ)へ」

「ありがとうございます。しばらくの間、お世話になります」


そう……時折村の人らしき、おじちゃんおばちゃん達とすれ違うのよ。あとは畑仕事してる人とかさ。

でも全員、特に何も言わないの。マジでこれ、村の中でも浸透しているらしい。


「……しかし村の人達、この痴女を見ても普通にしてるね」

「誰が痴女だぁ!」

「常識的に考えて、今のお姉は痴女そのものでしょ。……とはいえ、やっちゃんの疑問は実に正しいです。実際圭ちゃんも」

「俺も最初は驚いたよ」


圭一は苦笑しながら、遠目に見えるおじいちゃんを見た。

僕達の左手側にいるおじいちゃんは、畑の手入れ中。僕達の姿を見ても笑顔でお辞儀するだけで、特に変わったことはない。


「同時に戦慄した。どんだけ部活のことが浸透しているのかと」

「もはや名物の扱いだしねー。はうはうー」

「ちなみに魅音、その格好で家に帰った場合」

「……婆っちゃと家のお手伝いさん達に大笑いされると思う」

「魅音さんは一応園崎家の頭首代行なのに、誰一人これで怒ったりはしないんですの」


わぁ、家族にも浸透してるんかい。……でも、本当にいい仲間だ。

乱暴で、粗雑で、遠慮なくて……だけど優しくて、ちゃんと繋(つな)がっている。

この繋(つな)がりが事件のせいで歪(ゆが)んで壊れる。たとえ夢みたいな予言であっても、そんなの否定したいに決まっているよ。


苛(さいな)まれている魅音も引っ張りつつ、僕達はまた歩き出す。その間もひぐらしは鳴いていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


圭一、魅音、沙都子と梨花ちゃん……一人一人別れながら、僕とアルト、シオンは竜宮家へ。

一応騒動の直後だし、お父さんにも軽く挨拶をしておこうと。僕の帰りは詩音……というか、葛西さんの車に乗せてもらうこととなった。


「詩ぃちゃん、ごめんね。いろいろ面倒かけちゃって」

「いいんですよ。情報提供者としての責任も果たしたいですし……私もようやく手が空(あ)きましたしね」


それがどういう意味かは聞くまでもない。野菜丼Ver2.0……! というか、まだ諦めてなかったんだ!


「詩ぃちゃん……レナもね、お肉とお魚、お野菜でバランスのいい食生活がいいと思うなぁ」

「まさかレナさん……駄目です! 沙都子の姉枠は私一人で一杯! レナさんの入る余地はありません!」

「おのれ、人から『重い』って言われたことがあるでしょ」

「どうして分かるんですか!?」

≪いや、丸わかりでしょ≫


と、とりあえず沙都子とも約束したので、その辺りは少しずつ話そう。野菜丼についても、もうちょっと温和なところから……!


「よし、じゃあこうしよう! 吉野家から離れて……天丼とかどうだろう!」

「天丼?」

「まぁ長時間の保存には不向きだけどね。……ワンコイン天丼チェーンの≪天丼てんや≫では、野菜天丼ってのがあってね。
ナス、カボチャ、サツマイモ、マイタケ、レンコン、インゲンを盛り合わせたものなんだけど」

「あ、それは美味(おい)しそう。レナもね、サツマイモの天ぷらさんはよく作るよー。さくさくほくほく、それで甘くておいしいんだー」

「でしょ? 僕もお腹(なか)周り……を気にする年じゃないけど、ちょっとサッパリめがいいなーって思ったときは食べるんだよ」


ちなみに野菜丼はみそ汁つきで五五〇円……元々てんやの天丼は完成度も高い関係で、十分お得感がある。

しかも天丼チェーンっていうのも実はそんなに多くはなくて……てんやは現在一人勝ち状態とも言える。

ほら、やっぱり天ぷらだからさ。揚げる手間や持ち帰り時の賞味期限なども絡んで、難しいところも多いんだよ。


「確かに天ぷらなら、野菜でもご飯にも合いますよね。あ、ちなみに私はレンコン派です」

「レンコンもいいよねー。衣とレンコン本体の、食感の違うサクサクで……あれは何個でもいける」

「うんうん! 食感が軽いって大事だよね! 天ぷらって油ものだから、どうしても重たくなるし」

「そうか、それは盲点でした……ならフライヤーと油を持ち込んで、温野菜天丼として沙都子に振る舞います!」


そのとんでも発想に、思わずレナと二人ずっこける。


「あれ……どうしました? あぁ、圭ちゃんとお姉の次は」

「次ってどういうこと!? というか……詩ぃちゃん、冷静に考えてー! どこの世界に学校給食の時間に、揚げたて天ぷらを作りに来る人がいるの!?」

「……僕も、漫画の中でしか見たことがないなぁ」

≪それはいろんな意味でぎとぎとですね≫

「大丈夫ですってー。キャノーラ油でサクッと揚げますから」

「「違う、そうじゃない!」」


あぁ、どうしよう! どんどん状況が悪くなっているような! しかも教室でフライヤー!?

小さい子もいるんだし、それは絶対止めないと! さすがにけが人なんて出たら怖すぎる!

――詩音のバーサーカーぶりに恐怖しながらも、竜宮家に到着。


でも竜宮家は戸締まりされている上、明かりも当然ながら落とされていて。


「あれ、留守……あぁそっか。レナさん」

「……お父さん、園崎の弁護士さんとお話中だったね」


それが長引いているらしく、僕達はレナの鍵で中に入る……入ろうとした。

レナは忘れていたことを苦笑しながらも、懐を探る。……でもすぐに二度、三度と慌てた様子で探り直す。


「あれ……あれ、あれ!?」

「レナさん?」

「おのれ、もしかして」

「ど、どうしよ……鍵、忘れちゃってたぁ!」

≪お父さんのお出かけを忘れていた関係からですね。まぁあなたもまだ冷静じゃないってことでしょ≫

「うぅ、ごめんー!」

「仕方ないなぁ」


懐からピッキングツールを取り出し、しゃがみながら竜宮家玄関に向き合い。


「僕が開けるから、ちょっと待っ」


その瞬間、走るレナパンに右側頭部を殴り倒される。


「てぇぇぇぇぇ!? ……おのれ、何すんの!?」

「当たり前だよ! 何平然とピッキングを敢行してるの!?」

「おのれが鍵を忘れたせいでしょうが! 言っておくけどね、鍵屋(かぎや)を呼んだら六千円くらい取られるんだよ!?」

「なんて理不尽なキレ方なの! とにかく駄目ー! 家主としてピッキングとか認めません!」

「え、じゃあ……トイレの窓とか開いてないかな。そこから身を滑り込ませて」

「完全に泥棒の手口だよね!」

「まぁまぁ。夫婦喧嘩(げんか)はそのくらいにして」


そうして詩音にもレナパン……は走らない。この辺りでレナの意識がかいま見えたような気がした。


「詩ぃちゃん!?」

「園崎の弁護士といるなら、葛西も同席しているはずですし。私、ちょっと確認してきますね」

「お願い、詩音」


――詩音は一旦表玄関を出て、歩道を軽くうろつきながらも通話開始。でもなんだろう、この気づかわれている感覚。

さすがに破壊行動に出るのもあれなので、僕とレナも適当に立ち尽くすしかなかった。


「……そう言えば」


そんな中、小さく口を開いたのはレナだった。――夕暮れの中でまた、ひぐらしが鳴き始める。


「あの、ごめん……そのマクスウェルの悪魔って、何かなぁ」

「あぁ……岡村君が言っていたのか」

「うん。すっかり聞き忘れちゃってて」

「一八六七年頃≪ジェームズ・クラーク・マクスウェル≫が提唱した思考実験だよ」


レナが困っている様子なので……僕との話題に困っている様子なので、さっと補足してあげる。


「スコットランドの物理学者だったこの人は、分子の動きを観察可能な架空存在≪悪魔≫を想定したの。レナは永久機関って分かるかな」

「うん、小説とかで呼んだことは」

「でもそれは純粋力学的な方法では実現不可能と、一八世紀には結論づけられていた。
……そこでマクスウェルの悪魔だ。できないのはエネルギーの動きを監視する『悪魔』の仕業と仮定した」

「……それだけで難問なの!?」

「難問だよ。悪魔が完全にいないと証明しないと、永久機関が可能になるって話だから」


熱力学第二法則で禁じられた≪エントロピー≫の減少……熱力学の根幹に携わる難問だ。


……あるものがいきなり、高温の部分と低温の部分に分かれることはない。

これが熱力科学第二法則だ。でも熱と運動を同一視する熱力学で考えると、答えはまた違う。

マクスウェルは『運動量の高い≪高温≫分子を左から右には移動させず、また同じように運動量の低い≪低温≫分子を右から左に移動させない”悪魔”』を想定した。


ようはその悪魔が邪魔しているだけで、永久機関は可能ですよーって話なんだ。これが大問題なんだよ。

……もし、その悪魔が邪魔ではなくて、永久機関ができるように働きかけたら?

力に対して働きかけができるってことは、逆の動きもできるから。それはこれまでの科学を前提から覆す。


だから一世紀以上もかけ……数々の学者達が、この悪魔の不在証明に挑んだ。その結果悪魔は打破されたんだよ。


「悪魔の証明はこれにも適応される。実在証明は”実例”を示せばいいけど、不在証明には完全な理論が必要になる。
つまり方法論そのものが大きく違う。今回求められたのは後者だから、その構築に一世紀以上かかったのよ」

≪またまた簡単に言うと、エネルギーの監視にもまた別のエネルギーが必要となり、その辺りで矛盾が生じるとしたんです。
結果悪魔は存続できず、殺された。永久機関もやはり無理だと再度証明されたんです≫

「専門的な学力と、それによる理論証明……納得した。でも恭文くん、いろいろ知ってるんだね」

「覚えておくと、こういうときに役立つよ?」

「あははは、そうだねー」


現に魅音の心をはへし折れたわけで。いやー、まさか予想通りに引っかかってくれるとは……あのときは本当に助かった!

でも……それですぐ話題を終わらせてしまったからか、また沈黙が襲ってきて。


「……公平くんが亡くなった事件」


それでレナはまた、話題をもう一つ提示してくれる。それは……レナの友人が亡くなった事件で。


「ネットで調べたんだ。看護師さんが八階から突き落としたって」

「うん」

「殺した看護師さんも、空港で自殺したって……」

「うん」


――入院中だった澤村公平は、担当看護師≪平沼陽子≫に騙(だま)される形で転落死をした。

事件当日に起きた、火災報知器の誤作動……病院の各スタッフが、入院患者に誤作動だと告げる中、容疑者は全く逆のことを伝えた。

火事よ、逃げなさい……と。そうして窓を指差した……八階の窓を。誤作動を引き起こした、その指で。


報知器で起き立ての被害者は、慌てて窓に走り、ベランダによじ登った。左手で真上の、右手で横のサッシを持った上で。

事件直前まで一階の病室で過ごしていたから、咄嗟(とっさ)のことで勘違いしたのよ。廊下に出るより、窓から手すりを飛び越えた方が早いってね。

でもいざ飛び越えようとしたとき、現実に引き戻され……そこを、担当看護師が突き落とした。


でも証拠は残った。一つ、平沼陽子は八階から転落した被害者を見て、即日で澤村公平だと断定した。

二つ、警察・担当医の順に通報した。……え、通報の順に問題があるのかって? ある、大ありだよ。

確かに普通は即死レベルの高さだよ。でもここは病院で、万が一でも助かる可能性があるかもしれない。


だったら最初に連絡を取るのは救急で、死亡が確認されてから警察。担当医なんて基本後だよ。


三つ、被害者が手にしたサッシには指紋が残っていた。飛び降り自殺ならね、そんな……体を支えるような持ち方はしない。

大体手すり……高くても自分の真横に限られるのよ。上を持つことはほとんどない。

恐らく最初はそういう状態だったんだけど、地面がなかったことで慌てて体勢変更したんだろうね。


四つ、最初に自殺と断定された理由だけど、密室状態だったのよ。病室の扉に鍵がかかっていてさ。

でもその鍵は、予(あらかじ)めかけた上で閉めて施錠されるタイプ。つまり、部屋を出ていった人が鍵をかけるだけでも密室になる……前提そのものが崩れるのよ。

それで最後に被害者の病室から出ていったのは、平沼陽子。これは監視カメラでも確認が取れている。


五つ……さっき言ったサッシの指紋、そこには爪痕もあってね……右側には抵抗した際に爪を剥がしたのか、血痕も発見された。


そして六つ……爪の間には、血液型の皮膚片があった。それは被害者以外の血液型でね。

こちらは平沼陽子が死亡後、DNA鑑定が実施。容疑者当人のものだと断定された。手には傷跡も残っていたしね。


こうして事件は解決……なんだけど、やっぱり解せない点が多い。


「自殺する直前、明らかに容疑者は正気を失っていたそうだよ。しかも身辺を調べても、澤村公平を殺す動機が全く見当たらない」

「なら、渚ちゃんは」


釘(くぎ)を刺そうとしたところで、レナが俯(うつむ)きながら……ある女の子の名前を出す。


「渚ちゃんは、今どうしているのかな。あの、渚ちゃんって言うのは」

「……尾崎渚かな」

「……!」


レナは僕の口からその名前が出たことに、衝撃を受ける。でも、すぐに自嘲の笑みを浮かべた。


「ううん、知ってて当然だよね。恭文くん、レナが起こした事件も分かっていて……」

「……いや、おのれに説明されたでしょ」

「……あ」


そう……僕も部活の衝撃で忘れかけていたけど、説明されました。レナの家にお泊まりさせてもらったときに。

レナは完全にすっ飛ばしていたと思い出し、恥ずかしげに顔を伏せる。……ただ。


「それだけじゃない」

「……どういうことかな」

「澤村公平の第一発見者……僕が資料で見たとき、そういう肩書きが付いていた」

「……!」


そう……劉さんが送ってくれた事件資料だよ。だからレナと澤村公平も含めた、三人の関係も大体把握している。


「おのれが雛見沢(ひなみざわ)から転校して……小学校時代からの幼なじみ、だったよね。それで澤村公平とも付き合っていた」

「うん……前にも言ったけど、レナが、橋渡しをしたの。でも、どうして渚ちゃんが」

「垣内(かきうち)からずーっと通っていたそうだよ。週一でお見舞い……そこでズドンだ」


交通費なども結構かかるけど、両親が丸々出していたらしい。事件絡みでいろいろと難しい要素もあったとか。

そういう点はレナも分かるらしく、両手で拳をぎゅっと……強く、強く握り締めていた。


「……そんな事件の、後だったんだ」

「後?」

≪レナさん、そろそろぶっちゃけましょうか。詩音さんが戻ってくる前に……≫

「ん……去年の十月頃に、渚ちゃんに電話、したの」

「尾崎渚に?」

「それで、会おうって話して、駅まで行ったんだけど」


でも、尾崎渚は来なかった――。

レナの表情からそれはよく分かった。今の今まで、そう結論づけていたことも。


「最初は遅れてるのかな……レナが時間を間違えたのかなって、そう思ったの。でも……夜が深くなって、電車が来なくなっても変わらなくて。
もしかしたら、日にちを間違えたかもって……でも、こなくて」


レナから連絡は……とは聞けなかった。レナはこうも結論づけたのだろう。

――あぁ、これが罰なんだ――と。

尾崎渚は自分を罰するために、自分に間違いを突きつけるために、約束したのかもしれない。


だからレナは矛を振るい、傷つけた罪人としてそれを受け入れた。だけどそんな状況は変わった。

澤村公平が死んでいて、尾崎渚はそれを目撃した。その上で自分に会うことを約束してくれた。

だったらという疑問がレナの中で渦巻いて、抑えきれなくなっている。そんな様子が見受けられて――。


「ごめん……もう、この話は忘れて。今の状況とは関係ないし」

「よし、行こうか」

「え」

「尾崎渚のところだよ」


レナが息を飲み、気まずそうな表情でオドオドとする。


「圭一も言ってたでしょうが。黙って相手を思いやるレナもアリだけど……って」

「恭文くん……」

≪会いたいんですよね。尾崎渚さんに≫


アルトと二人、レナの真意を問いただすように……その深い青の瞳を見つめる。それでレナはようやく、静かに頷(うなず)いてくれた。



「で、でも……レナが行っても、きっと」

「何を言ってるの。約束をすっぽかした点だけは、文句を言ったっていいでしょ」

「でも」

「伝えたいことがあるなら、ちゃんと言った方がいいよ。伝えられるうちに」

「……伝えられる、うちに?」

「おのれも引っ越し予定だったし」

「それはお父さんのせいー! というか嘘計画だよね! ……もう、なんなの! レナ、すっごく真面目に話してたのに!」


レナは怒り心頭という様子で腕組みし、僕に背を向ける。


「レナ、やっぱり恭文くんは嫌い! 意地悪なんだもん!」

「それはこっちの台詞(せりふ)だ」

「何それぇ! レナのどこが嫌いなのかな!」

「野人の如(ごと)く逃げ回るところとか……それも殺意を滾(たぎ)らせて、ナタを持って」

「ナタは持ってないよ!? あと逃げ回ったのは恭文くんのせいー!」

「あらあら……また喧嘩(けんか)ですか?」


電話が終わったらしい詩音が、苦笑しながらも戻ってきた。


「ふふ、お邪魔してごめんなさい。まぁ夫婦喧嘩(げんか)は犬も食わないと言いますし、その辺で」


そして走るレナパン二連発――それを顔面に食らい、僕と詩音は派手に倒れる。


「詩ぃちゃん、いい加減にしないとレナ……怒るかな。かなぁ?」

「も、もう怒ってますよね……」

「なぜ僕まで……」

「恭文くんは、意地悪だから特別にお仕置きだよ? ……えへへー」


泣いたカラスがもう笑う――ひぐらしが鳴く中、レナは笑顔を取り戻す。

それで小さく……もうすぐ来る車を、葛西さんとそれに送られるお父さんを、みんなで待つ中。


――会いに行っても、いいんだよね――


そう僕に聞いてくれる。なので大丈夫……文句くらいは言ってやれと、背中を押した。

――でも、僕は一つ……とんでもないミスを犯していた。

レナと、詩音達と別れた後、ホテルで尾崎渚の現状を確かめて判明した事実。


レナも連絡先や垣内(かきうち)の自宅は聞いていたけど、変わっている可能性もあるので……念のために。

現地で途方に暮れるのも馬鹿らしいので、劉さんにその辺りを相談したところ。


「なん、ですって……!」

『……残念ながら事実だ』


その衝撃で思わず、受話器を落としそうになる。……結論から言おう、レナは尾崎渚に会うことができない。

尾崎渚の意志も、レナの意志も関係なく……もう、それは叶(かな)わなくなっていた。


≪あなた、どうしますか≫


それでも、アルトは問いかける。


≪事情を知らなかったとはいえ、レナさんの期待を……希望を煽(あお)ったのは私達です≫

「……うん」


それがミス……レナにそれを言うのなら、現状を確かめてからにするべきだった。僕達はレナを、ヒドく傷つける。


≪私は、知らないままなのもアリだと思います。これを知ったら、レナさんはヒドく傷つく≫

「……」


現状を確認した。その結果引っ越していて、すぐには分からない……そう謝れば済むことだ。

それでレナは傷つかずに済む。でも……そこでちらつくのは、レナの表情。

会えなかったことを、果たせなかった約束を、”自分への罰”だと勘違いしている……レナの、悲しげな顔。


そうだ、それは違う。だから僕はアルトの言葉に首を振る。


「隆さん、重ね重ね済みません……もう二つ、お願いしたいことができました』

『尾崎渚の”居場所”だな』

「はい」

≪それでいいんですね≫

「アルト、おのれの言う通りだよ。知らない方がいいかもしれない……こんなの、僕の自己満足かもしれない。でも」


言い訳かもしれない。一生恨まれるかもしれない。今度こそ、本当に嫌われるかもしれない。

でも……!


「レナには、ちゃんと伝えたいことがある」

≪……そうですか≫


誰にも人を裁く権利なんてないから。だから、僕達はただ事実を明かす……これだって同じだ。

僕が、僕達が嘘をつくことで、隠される真実がある。そうだよ……だから、会ってみようって言ったんだ。


レナの親友がそんな子じゃないって、そう思いたかったから。……僕も何だかんだで、あの村に肩入れしていた。

だからこそ、身を切られるような思いがしながらも、劉さんにもう一つお願いをする。


『それで、もう一つは』

「竜宮礼奈の事件、洗い直しをしていますよね」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


愛知県(あいちけん)・垣内(かきうち)――渚ちゃんの家も分かっていたんだけど、恭文くんは改めて調べてくれた。


「……引っ越した?」

「半年くらい前にね」

「……そっか」


興宮(おきのみや)から高速バスに乗って、垣内(かきうち)のサービスエリアで乗り換え。それから改めて垣内(かきうち)市内に入っていく。

三時間程度の長旅を終えると、ちょうどお昼――私達は適当なフードコートへ入った。

二人で手羽先とみそカツ丼をがっつり食べながら、濃い味グルメに舌鼓を打っているところ。


……まぁ、話題もそれに負けないくらいにヘビーなんだけど。でもそれも、濃厚な味で吹き飛ばされるのが……うぅ、美味(おい)しい。

フードコートってどうなんだろうって思っていたら、名古屋(なごや)名物やらそれ以外のB級グルメも揃(そろ)っている隠れた名所だった。

もしかしてこれも、レナのために調べてくれたのかな。いろいろ大変だから、美味(おい)しいものを食べて元気づけよう……とか。


……本当の恭文くんは、優しいって思う。無茶苦茶(むちゃくちゃ)をするのもね、ある種の照れ隠しなんだって気づいた。

きっと優しいから、誰かを助けたいって思って……でも組織のしがらみとかに縛られない、自由な忍者さんになったんだって思う。

もしかしたらそれは、演技に近いのかもしれない。そういうのをヒーローとするなら、恭文くんの理想とするヒーロー像を演じている。


もしかしたら……私達は、とても近い存在なのかも。私も、”竜宮レナ”を演じている部分が……ないわけではなくて。

変わりたい……変わりたい……理想の自分に変わりたい。そう思って、私達は変身を目指す。


「なのでレナ、想定よりちょっと遠出だよ。今日は垣内(かきうち)市内でお泊まりになるし」

「それは大丈夫だよ。というか、出発前にも言ってくれたのに……でも渚ちゃん、大丈夫かな。学校だってあるし、いきなり押しかけたら」

「……大丈夫だよ」

≪あなたのことをずっと待っていますから≫

「え……」


それに呆(ほう)けるけど、すぐに察する。もしかして恭文くん、渚ちゃんと予(あらかじ)めお話をした?

引っ越し先もたった一日で調べてくれたなら……改めて感謝する。


「それはそうと、レナ」

「うん……」

「見張られてる」


……サラッと言われた事実に血の気が引く。まさか、例の事件絡み……!?

恭文くんも村内で派手に動いたから、目を付けられているとか。


「誰に?」

「数は一人……垣内(かきうち)のSAからついてきてるね」


あの、バスの乗り換え時……でもおかしくないかな。サービスエリアって高速道路上だよ?

仮に事件絡みで尾行していたとしよう。その場合、雛見沢(ひなみざわ)……最低でも興宮(おきのみや)市内からになるはずだよ。

恭文くんが気づいたってことは、それまでそういう気配はなかったはずなのに。一体どういうことなんだろう。


「僕の七時方向にいる、赤スーツの女。髪はブラウンのショート」


カツ丼をかっ込みながら、さっと目線で探してみる……いた。

確かに見つけた。すぐに視線を外したから気づかれていないけど、特徴的な姿はそれでもよく分かる。

その人も普通に食事を……ごめん、普通じゃなかった。アレは、普通じゃなかった。


「ねぇ、本当にこのまま渚ちゃんのところに向かっても……レナ達、巻き込むんじゃ」

「それは大丈夫」


その明確な言い切りが、妙に引っかかった。だって渚ちゃんも……間接的にだけど事件へと関わっていて、それなのに。


「でも、おかしいなぁ」

「おかしい?」

「あの人、刑事だよ。垣内(かきうち)署の」

「え……」

≪南井巴――あなたも聞いている、公由夏美さんを助けた人ですよ。私達も資料でお顔だけ拝見していて≫


あぁ、なるほど。調べている側(がわ)の刑事さんで、身元はハッキリしているからと――いやいや、それなら余計に納得できないよ!


「……恭文くん、それなら……あの人は馬鹿なの?」

「……レナもそう思う?」

「思うに決まってるよ……!」


ねぇ、あの人は馬鹿なの? レナ達を見張って……尾行しようって流れだよね。

なのに、すっごく目立ってるんだけど……! というかテーブル上の料理!


手羽先。

みそカツ丼。

どて煮。

きしめん。

おきつねバーガー。

瀬戸焼焼きそば。

高浜鶏飯。

天むす。

台湾ラーメン――!


愛知県(あいちけん)ってことで、いわゆる名古屋(なごや)飯や愛知県(あいちけん)名物がずらーりだよ! それを凄(すご)い勢いでむしゃむしゃむしゃむしゃ!

しかもね、デザートまで揃(そろ)えてるんだよ! なんだろあれ、鬼饅頭かな……二〇個くらいあるんだけど!

それだけで周囲の目を引いてるんだよ!? しかも……あ、これはレナだ! レナのことを見てる!


でもなんで!? レナ、あんな大食い刑事さんに見張られる覚え、全くないんだけど!


「……仕方ないなぁ」


すると恭文くんはさっと丼や皿、コップを改めてトレーに載せ、移動開始。


「レナ、ついてきて」

「え、あの……恭文くん!?」


レナも慌てて……ご飯が残ったままの丼を抱えてついていく。恭文くんはさっとサングラスをかけ、その足取りも軽い。

それで、まさか……まさかと思いながら、二十メートルほど進むと。


「相席、よろしいでしょうか」

「……!」


堂々と……あの人に声をかけちゃったよ!


「何やってるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「あの、あなた」

「まぁまぁ……南井巴さん、ここで会ったのも何かの縁ということで」

「は……!?」

「レナ、問題ないって。座ろうか」


……目をパチクリさせている南井さんにお辞儀した上で、一旦トレーを置かせてもらい……同じようにした恭文くんにレナパン!

よろめいたところで首根っこを掴(つか)み、ちょーっと脇に引きずり込む。


「え、あの……あなた達」

「ちょっと、待っててください……!」

「あ、はい……」


南井さんには後で謝ろう……そう思いながらも、首根っこを改めて壁に押しつけ、右平手を壁に叩(たた)きつけて威圧!


「あ、レナ……壁ドンって、普通男がするもの」

「恭文くん、どういうつもりかな……かなぁ」

≪あなた、目からハイライトが消えてますよ≫


うん、そうだよね。レナ、今すっごく怒ってるから。……こういうところがあるから、好きになれないんだよ! レナはおかしくないと思うなぁ!


「いや、どういうつもりって……尾行されているなら、普通堂々と『バレてるぞ』って突きつけるものでしょ?」

「一体どこの常識!? 恭文くん、幾ら何でも無茶苦茶(むちゃくちゃ)すぎるよ! もっと常識を持ってー!」

「僕ほど常識的な人間はいないよ?」

「嘘だッ!」


全力で叫んでも、恭文くんはスルリと抜け……ちょ! 壁ドン! 壁ドンから逃げるなぁ!

あぁ、これ以上は駄目だ! というか、カツ丼が冷めるのも嫌だし……仕方なく席に戻って、南井さん……刑事さんには愛想笑い。


「えっと……垣内(かきうち)署の南井さんですよね。御剣いづみさん、御存じですね」

「……その名前が出るってことは、あなたはもしかして」

「えぇ。第二種忍者の」


恭文くんは忍者の資格証をさり気なく提示して、刑事さんの警戒を緩める。


「デンジャラス蒼凪です」

「でんじゃ……!?」

≪どうも、私です≫

「えっと……セクシー大下さんから拝命した、コードネームだ……そうです」

「あ、はい……え、忍者って……でも御剣さんは、そんなの」


レナの補足にも、刑事さんはただ混乱している様子。これが常識だなんて、レナは絶対信じない……!


「というか今の声、そのネックレスから?」

「あの、それも忍者的超技術の小型ロボットというか、そういう感じで……はい」


なんでレナ、いちいち補足してるんだろ……! あぁ、そっか! 圭一くん達もあのときこんな気持ちだったんだ! 何、このいたたまれない気持ち!


「ところで恭文くん、その御剣さんって」

「第一種忍者で、僕の先輩。公由夏美さん絡みの騒動から、この人の身辺警護に回っている……今、御剣さんは」

「別行動よ。派遣人員との会議で……」

「で、僕達を尾行していたのはどうしてですか。それも高速道路のSA上から」

「……そこまで見抜かれているなんて、大したものね」


……そう言いながら、きしめんをずるずる啜(すす)らないでください。なんかもう、台なしです……刑事さん。


「というか……尾行していたのに、これだけ食べるって。バレますよ、普通」

「何を言ってるのよ。一般的食事量からすれば十分控えめじゃない。すぐに動ける量だし」


その言葉に私達はあ然……恭文くんもかけていたサングラスが軽くズレた。

何の疑いもなく、心から……本気で言っている……!? この人は何なの! 大食い選手権の世界チャンピオンかな!


「レナ、任せた」

≪さっきの勢いなら頑張れるはずですよ、頑張ってください≫

「押しつけないでくれるかなぁ……!」


でも、ツッコまない……! レナ一人で、クレイジー忍者と暴食刑事にツッコミ!? 嫌だよ! 過労死するよ!


「それであなた、竜宮礼奈さん……よね」

「……どうして、私の名前を」

≪レナさん、この暴食モンスターとお友達ですか?≫

「ううん」

「誰がモンスターよ。……なら、茨城(いばらぎ)県警に所属していた……そう言えば分かるかしら」


……そこでまた血の気が引いた。あぁ、そうだ……この人の目は、最初からレナに強烈な疑いを向けていた。

それはきっと、私が罪人だから。私が……犯した罪は、消えないから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「どうしてこんなところに。それも、こんな時間に」

「それは……」

「なるほど。茨城(いばらぎ)時代のお友達――尾崎渚さんを訪ねて、かしら」


……マズい。このまま詰問されるとアウトなので、立ち上がり、南井さんの首根っこを引っ張り立ち上がらせる。


「え、ちょ……あなた何を!」

「レナ、ちょっと待っててね……」

「あ……はい。というかこれ、さっきの焼き直し」


慌てる南井さんを隅っこへ引っ張り……今度は僕が壁ドン!

しようとしたら南井さんが僕の手を外し、僕を壁に追い詰めながら……壁ドン!


「……あなた、どういうつもり? 大事な話の最中なんだけど」

「……あれ?」

≪あなた、何平然と壁ドンされてるんですか。少女漫画的にハーレムを作りたいんですか≫

「違うよ!?」


あれ、おかしい! 僕は壁ドンする側(がわ)のはずなのに! なんで二度に亘(わた)ってされてるの!?


「まぁ、とにかく落ち着いてください。その話の前提があるので……ほら、笑ってー。世界は何時だって平和ですよー。ラブ&ピースですよー」

「即行で喧嘩(げんか)を売りに来たあなたが言っても、全く説得力がないわよ……!」

「……レナは尾崎渚の現状を知りません」


暗に結論に触れると、南井さんの顔が不愉快そうに歪(ゆが)む。……この人も現状は知っているわけか。


「それを確かめに来たんですよ。なので今この場で、その話は」

「嘘ね」


それゆえに即行で否定してくる。ただ確証はあるようなので、一応話を聞こう。


「……理由は」

「私の同僚が数か月前、彼女にその話をしてるのよ。知らないはずがないわ。何より私自身も雛見沢(ひなみざわ)に出向いて、面識もある」

≪……ちょっと待ってください。レナさんはそんな話≫


そうだ、全く聞いていない。でもレナは嘘をついた様子なんてなかった。現に初対面的な、よそよそしい空気を出している。


「ゴミ山、分かる?」

「聞いたことは」

「そこを訪れたとき、目があったわ。……いえ、それどころか首を絞められた」

「首を?」

「竜宮家近くで車を止めていたら……給油口を壊され、さらにはガソリンを抜かれたわ。
それで立ち往生していたところ……電話ボックスに駆け込んだら、そこでぐいっとね」


なるほど、それゆえに……この敵意か。それを誤魔化(ごまか)すようにして大食いか。……いや、元々大食いなんだろうけど。


「でも彼女、上手(うま)く味方を捕まえたわね。……それは、自分の立場を分かっていると受け取るべきかしら」

「どういう、意味ですか」

「何せ彼女は学校内で、金属バットを振るい、何人も、何人も、何人も怪我(けが)をさせた重犯罪者だもの」

「……」

「それも親友の……渚さんの彼氏も含めて。確かに彼女の罪は情状酌量の余地ありと許された。
でもね、彼女が生み出した痛みと傷は決して消えない。……今回尾行したのもそういう理由よ。
普通なら諸注意だけで済むわ。でも彼女は違う……警察は『また』と疑うしか」

「異議あり!」


なので笑って……そんなつまらない疑いは、疑いにすぎないと笑い飛ばそう。僕が挙手して叫ぶと、ようやく壁ドン状態は解除される。


「裁判長! 南井刑事の証言は全て臆測です! 一切の証拠が示されていません!」

「裁判長はどこよ! というか、真面目な話に茶々を入れないで!」

「していいの?」


笑顔で通達すると、南井さんは察してくれたらしい……僕が、とてもお怒りだって。その表情が切り替わり、また一歩身を引く。


「警察関係者が、こんな場所で、現在進行形で何もしていない子を、犯罪者扱いする……それを、真面目に追及していいの?」

「っ……!」


確かに、レナは前科者だ。ある程度の警戒をするのも治安上分からなくはない。……でも、それを言葉に出すのは行き過ぎだ。

警察とは風邪薬――悲しいかな、事件が起きた上で処方されるものだ。健康体に治療薬をバシバシたたき込んだら、それはかえって害悪というもの。

はっきり言おう、南井巴の行動は警察官としてあり得ない。それは本人も理解しているらしい。


だから僕は、暗にこう言っている。その辺りをつついて、この場で徹底的に喧嘩(けんか)してもいいのだと――。


「場所、移そうか」


だからこそこの人は、この提案に従うしかなかった。


――とかいうわけで一旦席へ戻り、衆人環視の中ご飯をしっかりと平らげ退店。

その上で店先から少し歩き、裏路地へ周り……拳を鳴らし、徹底抗戦の構え。


「さてレナ、安心していいよ。おのれにかけられた濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)は、食事を邪魔してくれた恨みのついでに晴らしてあげる」

「ねぇ、どうなってるのよ……私が言うのもアレだけど、それが”次いで”っておかしいでしょ」

「刑事さん、もう諦めてください……」

「何よそれ! 死刑宣告そのものじゃない! 御剣さん……いなかったぁ! 一体誰よ! こんな無茶苦茶(むちゃくちゃ)な子を忍者にしたのは!」

「多分、日本(にほん)政府です……」


するとなぜだろう……僕がシャドーボクシングをしている間に、南井さんが頭を抱えて崩れ落ちた。あぁ、胃痛ですね……分かります。


「日本(にほん)はもう、終わっているかもしれない……!」

「……恭文くん達が忍者をできているのって、多分法治国家の奇跡だと思うなぁ」

「僕達が奇跡の申し子って意味ですね、分かります」

「「全然違う!」」

「でもレナ、さすがに警官の首を絞めるのはどうなのよ……」

「無視!? いや、無視はしてない……でもおかしい! やっぱりこの子、明らかにまともじゃない!」


そんな総評はともかく、割と軽く問い詰めてみる。……重くだとレナが更に混乱するしね。


「しかも車のガソリンに細工をしたって? 何のために……軽油で壊れるかどうか確かめたかったの? ガソリンスタンドのお兄さんに教えてもらったとか」

「し、知らない! 本当に知らない! だって私、この刑事さんと会うのも初めてで!」

「うん、それは分かってる」

「え」

「南井さん、どうしてもレナを引っ張りたいなら、教えてほしいところだよ」


右親指でレナを指した上で、楽しい遊びはまだまだ続くと宣告する。


「本当に”竜宮レナ”に襲われたの? それをアンタはこの場で証明できるんだよね」

「それは……」

「でも、それはなしにする」

「え」


……確かにレナは前科者だ。でもだからって証拠もない……実在そのものが疑われる事件の犯人にされる謂(い)われはないよ。

そう、実在を疑われるレベルだ。それならどうして、今の今までレナを放置し続けたのか。


襲ったのなら……それだけ明確な証拠があるのなら、もうとっくに手が伸びていてもおかしくない。

何らかの聴取もあって然(しか)るべき大問題だ。でもそれはなかった……つまり、僕は疑うしかないわけだ。


でもそこを口にする必要は、もうない。だって……。


「……して」

「え」


そこでレナが小さく……悲しげに、拳を握り締めながら呟(つぶや)く。


……僕達の遊びはここまでらしい。レナの……瞳に浮かべた涙を見れば、よく分かる。

レナは状況に戸惑いながらも、声を抑えきれなくなっていた。僕が振り回してもかき消されなかった嘆きは、口から次々と漏れていく。


「どうして警察の人は、レナのこと……そんなふうに悪く言い続けるんですか。それとも、まだ足りないんですか。
反省して、罪を償っているように見えないんですか? だったら私は……どんな罰を受ければ納得してもらえるんですか?
それとも私にはもう、幸せになる権利なんてないんですか」

「……」


まくし立てるような言葉……その訴えに、南井さんは言葉をなくす。

そこに在るのは言い訳や逃避などじゃなかった。むしろ身を切られるような悲痛さ。

罪への後悔、過去への哀惜。そしてどうしようもないほどの喪失感が、そこにはあった。


「分かっています。私が傷つけた友達、迷惑をかけてしまった人達は、もっともっと苦しんで、悲しい思いをしているんだって。
自分でめちゃめちゃにしておいて、知らん顔で逃げてしまったことは……卑きょうで恥知らずな、最低の行為だって。
今更謝っても、もう遅い。誰も許してくれない。そして何かあったら、真っ先に疑われる。どんなに言い訳しても、簡単には信じてもらえない……。
そのうちの一人は……澤村公平くんは、病院で転落死までしているのに」

「竜宮さん……」

「でも……でもだったら、私はどうすればいいんですか! 私が壊したガラスのように、粉々になればいいんですか!?
私がひどいことをした友達と同じ傷を負えば、納得してもらえるんですか!?
それなら……なんで、そうしてくれなかったんですか。私、これでも犯した罪と同じ罰を受けるつもりでいたのに。なんで……なんで……!」


その声は段々重く、低く濁って……南井さんを哀れんでいた瞳は、自然と落ちていく。

鼻をすすり上げるような嗚咽(おえつ)が漏れたかと思うと、レナの瞳から大粒の涙がぽたり、ぽたりと零(こぼ)れる。

そうして顔を覆って泣きじゃくり……その様子を見て、南井さんはぼう然とし、恥辱と後悔に塗れる。


だから、次の言葉は決まっていた。


「……ごめんなさい」

「え」

「かっとなって、ヒドいことを言い過ぎた。あなたはもう、十分に罰を受けたのに……。
それに追い打ちをかけるようなことを、してしまった。本当に……ごめんなさい」


南井さんは……以前見たレナの姿を払い、そっとしゃがみ込む。そうしてレナの涙をハンカチで払いながら、深く、深く……謝罪した。


「それに蒼凪君も……」

「なら壁ドンの恨み、晴らさせてもらおうか」

「……そっち!?」

「僕に壁ドンさせろー! つーか女の子にされるとかおかしいし!」


……そこで走るレナパン。また側頭部を叩(たた)かれた上で……気づくと、笑顔のレナにまた壁ドンされていた。


「あ、あれ? なんでまた」

≪なんて天丼ですか、これ≫

「恭文くん、話が重くなりすぎないように……レナが傷つかないようにって、わざとおどけているのは分かるよ?
でもね、お願いだから……ちょっとはシリアス、頑張ろう?」

「え、今ので全身全霊なんだけど」

「嘘だッ!」


レナのツッコミが激しく飛んだところで――人の気配が近づいてくる。僕がそちらを見ると、そこから青髪ロングの女性が走り寄ってきた。


「南井警部! よか……あれ、恭文君!」

「御剣さん!」

「あ、いづみさんー! お願い、助けて! かつあげされてるの!」

「「「嘘をつくなぁ!」」」



揃(そろ)ってツッコんできただと! ……するといづみさんは僕の状況と、レナの壁ドンを見て……納得した様子で何度も頷(うなず)く。


「あぁ、なるほど……またヒロインを増やしたわけか」

「はう!?」

「恭文君、もう覚悟を決めるしかないって。一人に絞ったら刃傷(にんじょう)沙汰待ったなしだよ?」

「違いますよ! レナは」

「まぁ間違ってはいませんね。私にも壁ドンさせろって言ってきましたし」

「南井さんー!」


あ、てめ……それは裏切りでしょ! というか仕返し!? さっきまでの仕返しか! でも仕方ないよね!

そもそもおのれがあんな馬鹿食いしながら、疑いの視線をぶつけていたことが……は!


「や、恭文くん……そう、だったんだ。刑事さんをお持ち帰りしたくて、それで意地悪して……気を引こうと」


レナが、とんでもない勘違いをー! しかもそれは違う! おのれがやるのとは違う、R18な意味でもお持ち帰りだ!


「そうだよね。刑事さん、美人で、スタイルもよくて……あははは……あははははー」

「レナ、それは違う! 全て南井さんの罠だ! というか、最初に壁ドンしてきたのは南井さんー!」

「私、自慢じゃないけど色目を使われることも結構あってね。でも……壁ドンさせろってのは初めてで、とても新鮮だったかも」


笑顔で補足してきただと……! やめてー!


「しかも十歳近く年下の子に。あなた、なかなか大胆なのね」

「おい馬鹿やめろ! あ、あの……冷静に、落ち着いて話を」

「――――――――お仕置きだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


聞いてくれるはずがなかった。そこで生まれたのは、光すらも超越した速度と風圧……そして衝撃。


「ちょ、ま……ぶげげげげげげげげげげげげげげげ!?」


僕は零距離でのレナパン百連発を食らい、空へと吹き飛ぶこととなった。どうして、こうなったぁ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


染伝しのかけらは覚えているわね。これはその解――≪影紡し≫のかけら。

どう? あなたもこのかけらを見て、真実の一端をつかみ取ったんじゃないかしら。

え……分からない? そうね、その反面舞台が広がったことで、新たな謎にも直面しているわ。


ルールX・Y・Z――それにも深く関わりながら、症候群の余波を広げる政治的巨悪。

この世界での赤坂達は事の異変に気づいてくれるけど、悲劇の連鎖はもう止められない。

そしてせっかく染伝しで生まれた希望も、禍々(まがまが)しい瘴気によって光を奪われ、跡形もなく消しされられてしまう。


最後は巨大な力を持つ何者かによって、その行く手を阻まれ……不本意な撤退を余儀なくされる。決してハッピーエンドとは言えない物語よ。

だけど、それほどに強引な妨害を仕掛けてきたということは、裏を返せば敵の急所に迫ったということなの。

このかけらで敵の正体を知ることはできなかったけど、悲劇が祟(たた)りによって引き起こされたものではない……その事実が見えるのには意味がある。


これもまた、私達が世界を”移動”した後に生まれたもの。今までは決して見えなかった記録よ。

……世界を移動した? そうそう、その話を置いていたわね。私達は恐らく、時間をループなんてしていないわ。

自らの意識と経験を持ちながら、数多(あまた)ある平行世界を渡り歩いているのよ。古手梨花が生きていた、昭和五八年六月以前の時間をね。


この世界もそんなパラレルワールドの一つ。”二一世紀に雛見沢(ひなみざわ)があったら”という可能性の一つ。

……えぇ、そうね。それであなたがいて、起きて、私を助けてくれる可能性の世界。忘れてないわよ……本当よ?


それに気づけたのも、このかけら達のおかげよ。もし私達が一つの世界でループを繰り返していたのなら、”死んだ後の時間”なんて存在するはずないのよ。

まるで断絶してしまった線路のように、その先には進めない。……その可能性に至ったとき、また別のかけらが見られるようになったわ。


それは一見私達とは関係ないかけらだけど、確かに強い光となり、新たな真実を照らし出すの。


その光の名は――南井巴。


(第8話へ続く)








あとがき


恭文「というわけで、澪尽し編第七話……今回と次回は、裏編のお話……絆(きずな)と粋の澪尽し編で、レナが相当にフルボッコなお話」


(でも最終章で、惨劇フラグが折れた後だから、安心して読めるね!)


恭文「でもね、僕がフルボッコだったんだけど! 死ぬわ! 車田(くるまだ)作品の拳を百連発って!」

フェイト「あれはヤスフミが悪いと思うよ! と、というか……こんな大変な事件なのに、どうして声をかけてくれなかったのかな!
そうしたら……無理でしたー! というか、ヴェートル絡みの仕事ー!」

恭文「そうそう……おのれは無職だけど働いていたよね」

フェイト「矛盾してるよ!」


(誕生日に生み出されるパワーワード)


恭文「というわけで、お相手は蒼凪恭文と」

フェイト「フェイト・T・蒼凪です。……みんな、誕生日のメッセージありがとうー!」

茶ぱんにゃ「うりゅりゅー♪」(お花をプレゼント)

フェイト「ありがとう、茶ぱんにゃー。これからもよろしくね」

茶ぱんにゃ「うりゅー♪」


(五月五日はトップページで言った通り、フェイト(とまと設定)と水瀬伊織の誕生日です)


伊織(アイマス)「まぁ途中で眠っちゃったせいで、当日アップはできなかったんだけど。……でもなんというか、その……アイツらは馬鹿なの?」

フェイト「あ、うん……言いたいことは分かる」


(二人が見つめるのは……解体されていくカツオ二匹。なお相当大型です)


恭文(OOO)「伊織、みんなも待っててー! もうすぐカツオが捌(さば)けるから!」

あお「あおー!」


(そう、例の二人は今回、カツオの一本釣りにチャレンジ……食べる分だけ持ち帰り、捌(さば)いています)


フェイト「カツオのたたき、お刺身……あ、煮付けも楽しみだなぁ」

恭文「しかしデカいのを釣ってきたなぁ。しかもダーグからは猪まで送られて……」


(拍手、ありがとうございます)


恭文「ぼたん鍋もあるし、まだまだ二次会は続くよー!」

フェイト「うぅ、とっても幸せだよ。またお返ししていかないと」


(そう言いながら閃光の女神、ガッツポーズ)


恭文「……だったら、ガッツポーズはやめよう?」

フェイト「ふぇ!?」


(閃光の女神、今年も相変わらずのようです。
本日のED:水樹奈々『Bring it on!』)


恭文「いよいよ明日は五月七日――ガンダムビルドファイターズ絡みで発表がある日だけど、何かなぁ」

古鉄≪トライはもちろん、去年のアイランドウォーズでも布石らしきものは打たれていましたしね。それでいよいよの登場だと嬉しいんですが≫

恭文「そこには、白スーツにハットを被ったレイジの姿が!」

あむ「それは別作品のアレじゃん! というか中の人ネタじゃん!」



(おしまい)




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あきゅろす。
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