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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第6話 『ブカツ』


――ルールXとYについては説明したわね。ちゃんと覚えている?

そう……ルールXは雛見沢症候群による暴走と惨劇。

ルールYは古手梨花殺害にまつわる絶対的意志。この村で渦巻く陰謀の矛先とも言えるわ。


ならルールZは何か。ふふ、気になっているようね。そういう積極的な姿勢は好ましいわ。

では、このかけらを見て。


……怖い? そうね、ここにいる詩音は鬼そのものだから。

これは≪綿流し≫のかけら。詩音が祭具殿侵入や富竹達の死をきっかけに、雛見沢症候群を発症。

お魎を、公由を、沙都子を、古手梨花を殺害し、最終的に双子である魅音も殺してしまうかけら。


それも詩音が園崎家の陰謀だと疑い、疑心暗鬼を滾(たぎ)らせたゆえよ。でもそれは勘違いだった。

このゲーム盤の上では何が起ころうとも、全てが≪祟(たた)り≫やら≪園崎家の暗躍≫やらで片付けられると思い知らされるかけら。


……それこそがルールZなのよ。


もっと言えば祟(たた)りを恐れる風潮が蔓延(まんえん)している……圭一もよく気づいたと思うわ。

え、ルールXではないのかって? あなたもよく気づいたわね、いい子よ。

このかけらだけを見ると気づきにくいことだけど、全てのルールが内包されているのよ。


ルールXに捕らわれた詩音が――。

ルールYに勘違いして翻弄されながら――。

ルールZの存在に気づいていく、少しややこしいかけら。


でもルールの全てが内包されているということは、ゲーム盤の法則を全て教えてくれるかけらでもあるわ。

……そう言えば詩音という駒も、ゲーム盤の見地からは≪外からきた駒≫扱いになるのかしら。

初めは悟史失踪の原因として、沙都子を毛嫌いしていた詩音。


しかしこのかけらともう一つのかけらを経て、大切な何かを学び取り、ルールXに抗(あらが)い、ルールZと戦う力をもたらす。

このかけらがとにかく滑稽なのは……それがとても狡猾(こうかつ)に隠されていて、ぱっと見だけではそう見えないことだけど。


では、そんなルールZが前面に押し出されるとどうなるのか……次はこれを見て。

沙都子を助けるため、圭一が鉄平を殺す世界≪祟殺し≫のかけらよ。

このかけらでは沙都子を取り巻くルールZの存在と、ゲーム盤における最も強敵な法則であるルールYがその姿を現す。


そもそも沙都子が村八分にされている主な原因は、これまで起こった連続怪死事件よ。

一年目はまだよかったわ、現場監督は悪い人ではないけど、同じ作業員ともいざこざが絶えない人だったし。

でもね、二年目の北条夫妻……つまり沙都子の両親が転落死したことは、余りにも象徴的すぎた。


それでみんな、『これは祟(たた)りじゃないか』と疑うようになったの。一種の法則性を偽装してしまったわけ。

ならその遺児である沙都子と悟史は? 北条夫妻が祟(たた)りに遭ったとしたら、その原因はダム戦争時代の衝突しかない。

だからこそ村人達は沙都子達から目を背ける……いえ、恐れているの。自分が祟(たた)りに遭ったらって、ずっとね。


どう? 鬼隠し、綿流し、そして祟殺し――それぞれの視点、それぞれの惨劇から、雛見沢(ひなみざわ)を縛る錠前の姿は浮き彫りにされたかしら。

このかけらから学ぶことは多いわ。私達が戦う敵とその結末……それらが全て揃(そろ)い、明かされる欠片(かけら)だもの。

この時点ではルールYに到達できない。戦えるとしたらルールZの打破……つまり、沙都子の救出だけよ。


だけど圭一は……私達は戦い方を間違えた。沙都子が鉄平に連れ去られたとき、何もできなかった。

子どもである私達も、大人である入江達も……ここは以前、嘘の虐待通報をした件も絡むわ。

役所に訴えたとしても、”また嘘では”と疑われてしまうの。というか、実際疑われて先生達も動けなかった。


だから圭一は袋小路の中、極論に走ってしまった。それを察した魅音やレナがフォローするも、それは新たな疑いを呼び起こすだけ。

具体的には綿流しのアリバイを偽装する。鉄平の死体を別所(べっしょ)に移す……などね。

でも圭一に意図を隠してやらかしたものだから……この欠片(かけら)から学ぶことの一つよ。


誤った方法で手に入れた結果は、誤ったものでしかない――。


圭一は鉄平を殺し、完全犯罪寸前まで進んだ。でも罪の意識から孤立し、結局幸せを逃す。


魅音は頭首代行として、園崎家の一人としてルールZと戦うこともできたのに、それから逃げた。

いえ、手を汚した圭一から……かしら。園崎の力で影ながらフォローしたけど、ただそれだけ。

その力を、その意志を、沙都子を救うため正しい声として出すことは絶対にしなかった。


レナも魅音と同じ。自らの資産を明かさず、結局他人(たにん)事として済ませた。……無論、その蓄えに対して思うところがあるのも分かるけど。

でも結局声を上げなかった。誰かの家に預けることが無理ならと、戦い方を考えなかった。


それはもちろん、私も同じ。私はそもそも諦めていた。運が悪かったと逃げて、解決する道を考えようともしなかった。

いえ、最初は考えた。でも結局諦めてしまったの。何もできない、どうせ無駄だと……羽入が言うように。


……それをみんなが学び取ったからこそ、一つ前の世界でまた奇跡を起こせたのだろう。

そして私達も学び取ることができた。信じることはできるし、それだけで一つの駒たり得ると。

たとえその姿が、誰に見えなくとも。たとえその声が、誰に届かなくとも――。


惨劇に打ち勝つ力は、惨劇じゃない。

暴力に打ち勝つ力も、暴力じゃない。

それを学び取ることが必要だった。


でも××達は余りにも強大。最後に立ちふさがる壁を打ち崩すには、まだ……あ、そうそう。

亜種でレナと詩音が加わり、結果的に部活メンバー総倒れとなる≪憑落し≫もあるけど、見たい? 結構スプラッタよ。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第6話 『ブカツ』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件について」


……僕がその名前を出した途端、温和だった公由村長の表情がこわ張る。

猜疑(さいぎ)心を隠すことなく、表面上の穏やかさを消すこともなく、机越しに僕へと詰め寄った。

いや、それは魅音も同じだ。視線に冷たさが宿り、上から問いただすような威圧感も感じる。


この辺りは魅音にも話していなかったからね。ちょっとしたアドリブってやつさー。


「どういうことかね」

「やすっち……いいえ、第二種忍者蒼凪恭文。園崎家頭首代行としても聞かせていただきたい。それと今回の件は」

「問題の薬が作られたのは、とあるルートからのデータ流出があったせいなんだよ」

「データ?」

「簡単に言えば臨床実験のデータ。その詳細と出元はまだ調査中だけど、どうも興宮(おきのみや)近辺らしくて。
それで雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件については、相当エグい殺され方もしているとか。一年目なんてバラバラ死体ですし」

「……つまり君は、こう言いたいのかね。事件の裏には、何らかの実験が……そんな馬鹿な。現に犯人が捕まった事件も」

「でも詳細は不明なんですよね。警察はもちろん地元の人間であるあなた方も真相が分からない……特に三年目、古手夫妻が殺された件は」


正確にはお父さんが変死して、お母さんが失踪したらしいけど。その辺りの実例も出すと、公由村長もむやみな否定を躊躇(ためら)ってくれる。


「まず今回夏美さんが巻き込まれた薬害被害は、医療・政府の両面に働きかける権力が必要です。
でなければ未認可の薬品を医療現場に流し、処方させるなんてできない」

「そう言った権力が、雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件の真実を隠していると」

「失礼な話をするなら……僕は概要を聞いたとき、真っ先に園崎家を疑いました」

「君……いや、それは仕方のないことだ。実際村の中でもそういう声はあるからね」

「でも、我々園崎家は違います」

「分かってる」


それは梨花ちゃんからも確認を取っているので、村長共々驚く魅音は制止。


「さっき話した別荘の件もそうだけど、御三家は外の風を迎え入れようとしている。それは間違いないね」

「……その通りです」

「あと、梨花ちゃんからも聞いたけど……高速道路の誘致を行っているとか」

「そこまで知っているのかね……魅音ちゃん」

「バレた上での信頼かぁ。梨花ちゃんを叱るべきか、変な疑いを強めなかった点に感謝するべきか……迷うところだね」


軽く頭をかきながらも、魅音は今までの調子を取り戻し、頭首としての仮面を外す。


「うん、その通りだよ。この近くに高速道路が通れば、雛見沢(ひなみざわ)の環境は劇的に変わる。別荘地としての利便性も高まるしね。
……でも公表できない状況なんだよ。もし祟(たた)りの所在が明らかになっていない中、事故なんて起きれば?」

「間違いなく関連づけられるね。現に今、雛見沢(ひなみざわ)はアングラだとちょっとしたホラースポット扱いだ」

「でしょ? だからこそ言い切れる……園崎家には祟(たた)りを起こす理由がない。もちろん公由のおじいちゃんにも、古手家にもね。
御三家が第二の北条家として、村人から滅多打ちにされる可能性が高いんだから」

「そこで封鎖社会に逆戻りするような、祟(たた)りによる戒律を敷くかって話だね。これは梨花ちゃんの受け売りだけど」

「心配をかけてしまってるんだねぇ。幼くとも古手家次期頭首ということか」


公由村長は躊躇(ためら)いがちにお茶を飲み、自嘲……その上で大きく息を吐く。


「君の……というか、魅音ちゃんと梨花ちゃまの言う通りだよ。むしろ我々は祟(たた)りの風潮に大迷惑している」

「それは園崎家頭首でもあるお魎さんも」

「魅音ちゃん、その辺りは」

「婆っちゃも同じ。……やすっち、アルトアイゼンもここだけの話にしてね。レナや沙都子を助けてくれた、アンタ達を信頼して話すから」

「分かった」

「園崎家頭首には、代々頭首にのみ語り継がれるブラフがあるんだ。まぁ村の求心力を集めるコツというか」

≪ブラフ?≫


魅音はアルトに頷(うなず)き、何てことはないと語る。


「村にまつわる天災や事件……それこそその日のお天気占いだっていい。
園崎家が糸を引いているって見せかけて、その存在を強大に見せるの」

「……なるほど。園崎家は表裏ともに雛見沢(ひなみざわ)と興宮(おきのみや)界わいの支配者であり守護者。
土地を守るため、自分達を得たいの知れない何かに見せようとしたわけか」

「そういうこと。これを聞かされたのは去年……北条悟史が失踪してから。詩音が一時期ヒドく落ち込んで……それで」

「……魅音ちゃんも、お魎さんがやったと思って、詰め寄って……かい?」


沈痛な面持ちで察した村長に頷(うなず)き、魅音は浮かびかけていた涙を払う。


「ただ、婆っちゃ自身は北条家に申し訳ないことをしているって……ずっと思っているし、悟史と詩音の交際も認めていた」

「それならそれで、頭首として雪解け宣言くらいはすれば……と思うけど、難しいのかねぇ」

「……難しいねぇ。君の言いたいことも分かるが、村の中ってのはまた違うルールで動いているんだよ。だが交際って……二人は、そんなに」

「悟史がどう思っていたかは知らないけど、詩音はね。だから沙都子のことも……村に味方が少ないからって」


公由村長も詩音とは長い付き合い。でもその辺りは察していなかったらしく、申し訳なさを滲(にじ)ませながら頷(うなず)いた。


「何よりそのブラフがあるから”そう振る舞っていた”だけで……婆っちゃもね、ずっと調べていたそうなの。
でもいなかった。村の人にそんなことをしている奴は誰も、いなかったの。だけどさ、村の外となるとまた動機が」

「そう……こちらはまた別の意味で動機がない。外である以上、ターゲットの選出にも手間がかかる。
何より雛見沢(ひなみざわ)は表面上寒村だし、その高速道路の恩恵だって地域全体のものでしょ?」

「そこなんだよ! 婆っちゃもそれに対する妨害って考えたこともあるけど、影響で言えば道路が通っているところ全域でしょ!?
しかも雛見沢(ひなみざわ)に近い興宮(おきのみや)と鹿骨(ししぼね)界わいは、既に園崎家のテリトリー! そっち絡みでは祟(たた)りを起こす理由がないんだよ!」

「園崎家に対する攻撃とも考えられるけど、それにしてはやり口が回りくどい。だから余計に分からないってとこかな」

「そうなの!」

「なら考え方を変えよう。被害者が全員、何らかの共通点を持っていたら?」


もちろんオヤシロ様の祟(たた)りなんて、あやふやなものじゃない。というか、それは理由になり得ないでしょ。


「それも村に害をなしたって意味合い以外で」

「……違法薬の臨床実験かい!」

「この事件の問題点は三つあります。一つは雛見沢(ひなみざわ)で何らかの事件が起こった場合、それが『オヤシロ様の祟(たた)り』とされてしまう風潮。
二つ、その祟(たた)りの糸を引いているのが、村の実質支配者である園崎家だと思われ、オヤシロ様と園崎の同一視が進んでいること」

「あれ……それって!」

「魅音からブラフの話を聞いて、さっき思いついたの」


そう……この事件で言う祟(たた)りってのは、ハッタリの結果とも捉えられるのよ。

つまりみんな、ありもしない怪奇に自分から怯(おび)え、震えていると言っていい。……もちろんそう思える根拠はあるよ。


「それで三つ目……動機です」

「動機?」

「被害者は誰も彼も、村に害を成した悪人とは言えないこと。確かに一年目の現場監督は分かります。立場上尖兵(せんぺい)となりましたし。
……でも二年目の北条夫妻は? 話に聞いたところ、北条夫妻はあくまでも貧しい村民の意見をぶつけただけですよね」


又聞きに等しいので確認すると、公由村長は戸惑いながらも頷(うなず)く。


≪村に害を成したという意味では、それに逆ギレした園崎お魎の方が駄目でしょ≫

「確かにね。独断で意見を押し通し、重要な政府との説明会で村を真っ二つにしたわけで」

「それは……」

「痛いところを突いてくるなぁ。というかそれ、わたしが婆っちゃに言ったことだ」

「言ったのかい!」

「詰め寄ったときにね」


うわぁ、やっぱ村社会ではそういうの、アウトな発言なんだ。公由村長、目をパチクリさせているし。

魅音も滅多(めった)にやらないと言った様子で苦笑していたし。……ようは僕が不しつけなだけなんだよ。


「婆っちゃもわりと武闘派だから……なんてのは言い訳にならない。やすっちももう知っている通り、この村は観光・産業ともに名物足るものがない」

「あるとしたら、手つかずの山や森林くらいだからねぇ。それもね、高速道路が通ることで、土地価格の高騰が見込めるそうだけど」

「ダム戦争当時はそんな話も草案段階で、誘致できる状況でもなかった……土地の貧しさはそのまま、暮らす人の貧しさに直結するしね。
うん……確かにその口火を切った北条家が、村に害をなしたって言われると弱いかも」


それはいずれ、村を守る者として応えるべき声の一つだ。それを害と結論づけることに無理がある……公由村長は苦い顔で、その事実を飲み込んだ。


「あとは三年目の古手夫妻だけど」

「それについては理由があるよ。ダム戦争当時、古手夫妻は反対運動や北条家への村八分をよしとせず、落ち着くよう制止した。
その日和見主義的な対応にオヤシロ様が怒って、祟(たた)りを起こしたと」

「でも反対運動そのものを妨害したわけじゃない。落ち着くよう制止したことのどこが、村への害になるんですか」


これも同じことなので突きつけると、困り果てた様子で頭をかいた。


「四年目の北条叔母だってそうです。北条鉄平共々乱暴者だったそうですけど、村にどう害をなしたんですか。
何より失踪したと言われる北条悟史が何をしたと? ……そう考えると『祟(たた)りで殺された』とするには弱いんです。なので」

「何かね」

「一年目と二年目は偶然ですね」

「偶然だって! いや、だが確かに……北条夫妻の転落事故で、”もしや”という空気が流れたのは事実だし」

「その中で僕が気になるのは、三年目……梨花ちゃんの御両親が被害者となった事件です。
公由村長、今”もしや”と仰(おっしゃ)いましたね。もしかして三年目を警戒して……起こったとき”やっぱり”って思ったんじゃ」

「……!」


僕の方こそやっぱり……だね。村長、一気に顔が青くなったもの。


「君の、言う通りだ。確かに……二年目で続けてだし、だがどうして」

「先ほど、古手夫妻が変死を遂げた理由を反論されましたよね。わりと強い口調で」

「……すまなかったね。外から来た君に不愉快な思いを」

「そうじゃありません。僕の経験上、ああいうときの心理ってのは限られています。
……その正否に拘(かか)わらず、本人が『正しいと信じ込もうとしている』精神状態だからです」

「あ……」


ようするにそんな、あやふやな理由しかないから、無理やりに関連づけているのよ。

村長さんがこれだし、恐らく他の村民も……そこでつい、魅音に厳しい視線を向ける。


「ただそれは公由村長のせいではありません。……察するに園崎家も家訓通りに行動したんだろうし」

「園崎家が黒幕っぽく振る舞ったことで、偶然が必然だと勘違いして……土壌が仕上がったわけだ。となると、四年目が起きたのも必然だ」

「魅音ちゃん、それはどうしてだい」

「綿流しの晩に一人が死に、一人が行方不明になる……それは逆を言えば、誰が死のうと、誰が消えようと、全部オヤシロ様の祟(たた)りになるってことだもの」

「……!」

「もう動機なんて関係ないんだ。この村では一年に一回、法では裁けぬ殺人が起こる……そんな状況を、今の私達は許容している……!」


遠くで鳥の声が響く中、二人がぼう然と凍り付く。……なので拍手を軽く打って、気を取り直すように笑顔。


「まぁ証拠もないですし、あくまでも予測の一つとして聞いてください。……オヤシロ様が実は悪い神様で、霊障を起こしていた可能性もあるわけで」

「あ、あぁ。だが……その状況を、夏美ちゃんを傷つけた奴らが利用しているとしたら……魅音ちゃん」

「中に犯人がいないなら、十分あり得ると思う。それに服薬した人の状態が”アレ”でしょ?
……その結果猟奇的殺人を犯したとしても、やっぱり不思議はない。やすっちもその可能性は聞いてるんだよね」

「うん。公由夏美の状態だけでも断言できるそうだよ」

「それだけ連中の研究しているものが危険ってことか」


さて……どうするかなぁ。風土病絡みについては、やっぱり確証がないから言えない。

まぁ今回は二人を……御三家を巻き込むことが目的だし、これくらいでいいか。もちろん警戒はしつつね。


「公由さん、この件はまだ調査中のところも多いので、『かもしれない』という程度に留(とど)めてください。
それで内密に。ただ……もし調査を進めた結果、雛見沢(ひなみざわ)近辺に何らかの陰謀が働いていた場合」

「どうすれば、いいんだね」

「村長として当然の対応をしてもらえれば十分です。村民に危険が及ぶなら、何を差し置いてでもお知らせします」


今年も綿流しが近い。もしまた、そんな実験が行われるのなら……もちろん穴はある。

なぜ一年に一回だけなのか。それならもっと、類似事件があってもいいのでは。でもその疑問を解く答えもない。

だからあらゆる要素を考え、状況には備える。僕が訪ねたのもそのためのコネクションを作りたかったから。


そういう趣旨は理解してもらえたようで、公由村長は表情を緩める。


「今日お伺いしたのも、『万が一の場合にはよろしくお願いします』というお話をしたかったからなので……大丈夫でしょうか」

「……分かった。ただ協力する分、ちゃんと情報は教えてもらえるかな。あと」

「もちろん夏美さんとその御家族についても、秘密裏にPSAで護衛しています。御安心を」

「なら大丈夫だ。魅音ちゃんもそれで」

「問題ないよ。ただやすっち」


そこで魅音が笑顔でバックブロー……振るわれる右拳をさっと防御する。


「防御するなぁ! というか、それならそれで予(あらかじ)め話してよ! ビビったじゃん!」

「え、でも梨花ちゃんが」

――魅ぃは致命的に空気が読めない子なので、秘密の話をするときなどは要注意なのですよ――

「……って言っていたから、つい警戒を。ごめんごめん」

「梨花ちゃんー!」

「あぁ……」

「こらそこ! なんで納得したぁ!?」


軽いジョークのつもりだったのに、本当にKYなんだ。おじいちゃん、哀れむような視線すら向けてきたよ。

それに魅音がぷりぷりするのを宥(なだ)めつつ、僕と公由村長はお辞儀し合う。


「蒼凪くん、夏美ちゃんのことも含めて……よろしく頼むよ」

「全力を尽くします。……あ、それなら」


せっかくだからと、両手を叩(たた)いて一つ提案。


「PSAの担当者……劉さんと言うんですけど、一度お話しするのはどうでしょう」

「え、今から話せるのかい」

「都合の確認が必要ですけど。ネット経由で回線も繋(つな)げば、テレビ電話のように顔を見て話せます」

「おぉ、そりゃ凄(すご)いね。……じゃあ申し訳ないけど、準備してもらえるかね」

「わたしも手伝うよ、やすっち。こういうのは得意なんだー」

「じゃあお願い」


こうして平和なお話し合いは終了。なおせっかくだからとお昼までご馳走(ちそう)に……あぁ、美味(おい)しかった。

ご飯とおみそ汁、たくあんと煮っ転がしというシンプルな組み合わせだったけど、本当に美味(おい)しかった。


なおたくあんは絶品で……ちょっとあの味、目指すわ。あれだけで名物になるよ、雛見沢(ひなみざわ)。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


たくあん、ちょっとだけお土産にもらってしまった。公由さんにはお礼をしなくては……というわけで、壊れかけの家財や機械を修理した。

元の形や味わいは壊さないよう、物質変換でちょいちょいっとねー。もちろん魔法だとバレないようにしたので安心。

お互い笑顔を送り合った上で、村長宅から出て……いよいよ入江診療所へ。


なお、せっかくだからと魅音も付き合ってくれることに。


「でも魅音、学校に戻ってくれてよかったのに」

「いいっていいってー。……レナから『逃げないように見ていて』とも頼まれたし」

「……昨日泣いたカラスが笑っていたわけね」

「まだまだ涙目だけどね」


それに納得しながら、清潔な中へ入ると。


「いらっしゃい、魅音ちゃん」

「どうもー、鷹野さん」


金髪ボブロングの看護師さん……鷹野さんが、僕を出迎えてくれる。なお名前はネームプレートでバッチリです。


「あら、あなたは……この村の子じゃないわね。どうしましたか」

「すみません、体調が悪いわけではなくてですね……入江京介先生、いらっしゃるでしょうか」

「えぇ。……あ、もしかしてあなた、蒼凪恭文君?」

「はい。赤坂さんという人に頼まれて、会いに来ました」


そう伝えると鷹野さんは確認を取った上で、笑顔で僕を案内。茶髪を二つ分けにした、白衣の男性と会わせてくれる。

なお茶髪と言っても決して派手ではなく、むしろ清潔さすら感じられる整え方。眼鏡の奥で輝く瞳も、優しげにほほ笑んでいた。


「初めまして。私が入江診療所所長の入江京介です」

「初めまして、蒼凪恭文です。えっと……監督さん」

「はい。……あ、魅音さん達からですね」

「正確には圭ちゃんと梨花ちゃんからだって。それでやすっち、赤坂さんだっけ?」

「うん」


その辺りも昨日軽く伝えていたんだけど……覚えがあるらしい、懐かしそうに表情が緩んだから。


「五年前、怪我(けが)をしてこちらに運び込まれた刑事さんです。そのときは雨が降っていたとか」

「えぇ。係の者から伺って、思い出しました。確か捕り物中に負傷された方で」

「その赤坂さんから、今更ですがお礼を伝えたいと……僕はこういうものでして」


というわけで資格証を提示すると、入江先生がギョッとする。

脇に控えていた鷹野さんも、驚きながらも笑い始めた。


「第二種忍者……本当に、あなたのような若者が」

「聞いてはいたけど、これは驚きね」

「こちらがお届けものです」


赤坂さんから預かっていたお手紙を取り出し、入江先生に手渡す。


「赤坂さん、その当時に奥さんが妊娠していまして。五体満足で戻り、子どもと会えたのも先生のおかげだと感謝しているそうです」

「そうでしたか」

「それと今年の綿流し観覧も兼ねて、家族での旅行も計画しているそうです。
奥さん共々直接お礼を言いたいそうなので、今更かもしれませんが……予定をつけることは可能でしょうか」

「事前に連絡を頂けるのでしたら。ただ綿流し当日は私も詰めていますし、余り長々とは」

「分かりました。では本人にはそのように伝えておきます」

「この手紙も大切に読ませていただきます。蒼凪さん、遠いところ本当にありがとうございます」


――こうして軽い面通しは終了し、僕達は診療所から出た。しかし入江京介……うん、沙都子達から聞いていた通りだね。

僕のことも驚いてはいたけど、子どもとか関係なく真面目に接していた。あの対応が嘘だとは確かに思えない。


逆に底が読めないのは鷹野三四さんかな。温和な大人の女性って感じに見えるけど、何か含みがあるような……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


というわけで、ほぼ昨日と同じ流れ……コピペという形で雛見沢(ひなみざわ)分校にお邪魔した。あぁ、いよいよ地獄の窯が開かれるのかぁ。

教室にいた奴らはもう、とてもすばらしい笑みで……逃げられるならすぐに逃げたい気分だった。


「さて……昨日はレナが大変だったけど、気を取り直して部活だぁ!」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

「……おのれら、なんでそんなに気合い十分なのよ。何がおのれらをそこまで駆り立てるのよ」

「え、だってレナ、お礼をするって言ったよね」

「レナが漫画の敵キャラみたいになってる。ひゃっはー」

≪ほんと雛見沢(ひなみざわ)は地獄だぜー≫

「誰が世紀末!? 無茶苦茶(むちゃくちゃ)って意味なら恭文くんの方だと思うな!」

『待ってください!』


するとどこからともなく、二十人近いの子ども達が登場。一気にギャラリーとなって僕達を取り囲んだ。


「その勝負、僕達にも見届けさせてください!」

「そうです!」

「あ、紹介するのです。ボク達のクラスメートなのですよ」

「富田、岡村、その他大勢! 揃(そろ)ってあなたの挑戦を見届ける所存ですわ!」

『その通り! あ、初めまして!』

「初めまして。ならさ、そろそろ聞かせてよ」


なのでまず、置いてけぼりな質問をぶつけようか。じゃないと進めないわ、一歩も。


「そもそも部活とはなんでしょうか……! というか、なんで僕がチャレンジャーになってんだぁ!?」

「ふ、よくぞ聞いてくれた!」


魅音は中学生離れしたプロポーションを見せつけるように、三回転半捻(ひね)りで僕を指差し。

更に圭一もテンション高く飛び込み、二人で拳を打ち合わせながら演舞開始――!


「我が部は!」

「複雑化社会に対応するため!

「活動ごとに提案される様々な条件下」

「ときには順境、逆境から如何(いか)にして勝利をもぎ取るか! 部活会則――第一条! 狙いは一位のみ!」

「部活会則第二条ぉ! 勝利のためならば、ありとあらゆる努力が求められるぅ!」


そうして二人は東方が赤く燃えるような感じで、拳をぶつけ合う。


「「見よ! これこそが――我らが雛見沢(ひなみざわ)栄光の部活!」」

「ねぇ富田君、岡村君、ようするにどういう部活なのかな」


仕方ないので先ほど名前が出た後輩二人にお話してみる。


「「……ちょっとぉ!?」」

「簡単に言うと、いろんなゲームで勝負です!」

「負けたら登校拒否も視野に入る、恐ろしい罰ゲームが待っていますが……!」

「ありがとう」


では……そんな簡潔なことを全く教えてくれなかった奴らに、笑顔で報復です。


「ねぇ元祖部活メンバー、恥ずかしくないの? 後輩二人の理路整然とした説明に負けるって」

≪ほんとですよ。面の皮が厚いってレベルじゃないでしょ≫

「やめろぉ! わたし達の恥じらいに直接訴えかけるなぁ! というか、圭ちゃんがぁ!」

「始めたのはお前だろうがぁ!」


あぁ、医院長同士がなんて醜い……とっくみあいを始めたよ。いいぞ、もっとやれー。


「しかもわたくし達まで、さらっと巻き込まれ事故でございましてよ!」

「……みんな、分かったですか? 二人の性格が……ボク達が一昨日から、どれだけ弄ばれたか」

「一番の被害者はレナだよ!? でもね……レナは弱いから、いじめないでほしいなぁ」

≪「絶対嘘だ……」≫

「嘘じゃないもん!」


だったらその、燃えるような瞳はやめない? いや、他の奴らもだけどさ……!


「というか、梨花ちゃんこそ隠し事というエッセンスで、僕達を惑わせているくせにー」

「それはつまり、ボクの魅力にドキドキなのですか? みー、それは悪くない気分なのです」


あははは、そういう意味でもないんだけど……とにかくゲームで勝負か。

しかもそれほどの罰ゲームということは、真剣でやるのは当然であり礼儀。手を抜くのも失礼ということになる。

そして僕達は、挑まれた勝負に背を向けるほど老いていない……何せまだ十六だしね!


「でもそれなら早く言ってくれればいいのにー。……全力でやらせてもらおうか!」

≪そうですね、やりましょう≫

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


逃げずに、媚(こ)びずに、引かずに挑戦を受けて立ったからか、ギャラリーな富田君達も大盛り上がり。

なので再び三回転半捻(ひね)りで魅音達を指差すと、また歓声が響く。気分は正しくヒーロー!


「で、ちなみに罰ゲームって何をやるの? レナが幼なじみヒロインの敗北シーンを演じるとか」

「はう!?」

「なんでだぁ! というかやめてやれ! 似合いすぎて逆に心が痛くなる!」

「圭一くん、それはどういう意味かなぁ! かなぁ!」

「竜宮さんの、幼なじみヒロインの敗北シーン……ですとぉ!」

「それは切ない。でもアリだ……アリです! 蒼凪さん、それは素敵だと思います!」

「富田くん! 岡村くんー!」


何と……レナのヒロイン力を理解しているとは。幼いながらも二人の力強さに感心し、つい握手を交わしてしまう。……これが友情の始まりだった。


「ははははは! 早速それなら、おじさん達もやりがいがあるってもんだよ! では蒼凪恭文君、アルトアイゼン君!
君達には入部試験を受ける権利を与えよう! 見事その力の全てを使い尽くし、勝利を手にしてみせよ!」

「ね、ねぇ……敗北シーンのためじゃないよね! そんなの罰ゲームじゃないよね! ……違うって言ってよ、魅ぃちゃんー!」


それも罰ゲームに入るらしく、レナの言葉は一蹴された。

さぁ……ショータイムだ! 派手に暴れるぞー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――ゲームをするので何かと思えば……ジジ抜きでした。


「……あ、クイーン四枚捨てるね」

「はい!? ちょ、やすっち……序盤だよ!? 初手からそれなの!?」

「どういうことなのですか……!」


ではここで説明しましょう。五十二枚のカードに一枚のジョーカーを差し込み、押しつけ合うのがババ抜き。

ジジ抜きはそれと違い、五十二枚あるトランプの中からランダムで一枚を抜き出し、その上でゲームを始める。

つまり、十三ある数字の一グループだけが三枚となり、ペアを作れない。一枚だけ『ジジ』となる。それを押しつけ合うのよ。


ババ抜きと違い序盤からアウトカードが分からないため、出されていくカードの流れを見て、判断する必要がある。

でも珍しいなぁ。実は僕もやるのが初めて。ほら、大体がババ抜きでしょ。


「貴様、やっぱりハーレムの星で生まれたハ王か!」

「違うよ! 僕はテッキイッセンの星で生まれたテッキイッセンマンだよ!」

「なんですのそれ!」

≪正体を隠して暴れなきゃいけないときに備え、この人が密(ひそ)かに考案した覆面ヒーローの設定です≫


胸を張って全力で自慢すると、沙都子やレナはあきれ顔。


「普通に覆面では駄目なのでございますか?」

「ねぇ、忍者ってどういう字を書くか知ってるよね。忍ぶ者だよ? 忍んでないよね、それ……なんでヒーローになっちゃうのかな」

「テッキイッセンマン……何それ、面白そう!」

「魅音さん!?」

「やすっち、わたしに設定制作とか協力させて! スーツデザインも一手に引き受けるから!」


なんと……! 魅音は柔らかな胸を目一杯張って、自信満々にアピール。更に圭一も自分を右親指で指し自己主張。


「待て魅音! それならばリアル少年足る俺の力も必要なはずだ!」

「お、そうだね! しかも今の圭ちゃんはリアル中二病! でるか……痛みを伴った左腕が! 不思議な当て字の漢字群が!」

「いや、それはむしろお前の領域だろ」

「いいの!? ありがとー!」

「圭一くん、魅ぃちゃん……そこは、応援するところでいいのかなぁ」

「この忍者、どんどん間違った方向に進みそうですわね……」

「……みー」


そんなわけで順当にカードを捨てていくけど……何か、おかしい。具体的にはみんなの目が……あの、動きすぎ。

相手の手札を選ぶとき、『どのカードにするか』って動きはある……でもそれだけじゃないの。

何かをこう、鋭く観察しているような。だから、始める前から気になっていることをツツいてみる。


「そういえばやけに傷だらけだね。このカード」

「だよなー。俺も最初はそう思ったんだよ」


……その言葉で嫌な予感が走っている間に、おかしさはどんどん高まっていく。


「はい、上がりですわー」


奴らはおかしい。僕のカードを取るときは迷いがなく、今のようにすんなり上がってる。

やっぱり視線の動きもおかしい。手札を無駄に多方向から見てるのよ。駄目だ、普通にやっていたんじゃ追いつけない。


「これでやすっちはドベだねー。そろそろやばいんじゃないのー?」

「まだ三回目だよ? これからこれから」

「お、自信あるねー。レナ、それくらいじゃないと燃えてこないから嬉(うれ)しいよー」

「……レナ、最初に言ってたよね。弱いって……やっぱり嘘をついていたのか」

「う、嘘じゃないよ! 弱いけど頑張るんだよ!? ……でも」


そこでなぜか全員が、恐怖していると言わんばかりに怯(おび)えた顔をする。


「恭文くんにQのカード、初手で最低二枚は来るって……凄(すご)いよね」

「そう? 僕は昔からこんな感じだけど……ハーレムじゃないよ!? というか、クイーンって女王様だよね! 結婚しているよね!」

「レナは何も言ってないよ?」

「いや、目で語っていた。僕の幼なじみと全く同じ目だ……!」

≪そうですよ。この『ハ王が』って言ってましたよ≫

「反論しづらい方向でいじめてきたし! うぅ、それならレナも本気で行くんだからー!」


なんて言いながらも四回戦目スタート。……一つ試したいことができたので、手札の背を空(あ)いた手で隠してみる。


「む」

「うんうん、その調子だよー。恭文くん、さすがー♪」


やっぱり……! 視線の動きで気づいたよ!

コイツら、カードの傷で中身を見抜いてたし! 何、このガン牌(ぱい)ジジ抜き!

てーか麻雀でガン牌(ぱい)はあっても、トランプでこれなんて聞いたことがないし! これなら納得だよ!


手を考えないと絶対に押し負ける。大丈夫、幾つかの傷は特徴的だからすぐ覚えられる。その上で反撃だ。

ただこの場合、僕一人では無理。なので……沙都子に狙いを絞る。


更にそこである程度選択肢を想定。最悪の事態にも活路があることを確認した上で、この場に波紋を呼び起こす。


「沙都子」

「なんでございましょう」

「単刀直入に言う。……僕を、勝たせろ」


……その唐突な申し込みに誰もがざわめく。ゲームも止まり、魅音とレナにいたっては嘲笑を浮かべていた。


「あら、命乞いでございますの? 幾ら何でも諦めが早いのでは……しかもそれを、魅音さん達の前で堂々と申し入れるなんて」

「沙都子、部活第一条……目指すは勝利のみ、だったよね」

「えぇ」

「そして第二条、ありとあらゆる努力が許される」

「その通りだよ、恭文くん。だからレナ達も本気……そんな交渉には誰も乗らないよ」

「沙都子、温野菜丼は美味(おい)しかったのかな」

「……!」


そのワードを出されることは屈辱に等しいらしく、沙都子の表情が一気に歪(ゆが)む。


「有事に備え、僕は沙都子の身元引受人となった。その手続きももう済ませている。となると、考えるべきは衣食住だ。
衣服と住むところは問題なさそうだけど、沙都子は偏食で緑黄色野菜が苦手とか……その改善を詩音が手伝っているんだよね」

「ど、どうしてそれを……梨花ぁ!」

「すまん、それは俺も絡んでいる。お前の差し入れに温野菜丼はあり得ないと、詩音に申し入れたからな。……まさか、恭文……!」

「となると、現状姉代わりな詩音とも上手(うま)くやっていくべきで。挨拶もしなきゃいけないわけで。
つまり、協議の必要が出てくるわけだよ……食事内容を! もっと言えば、温野菜丼の是非を!」

「ひ――!」


沙都子が悲鳴を上げ、僕が何を言いたいか察してくれる。そう……温野菜丼が今後も出てくる可能性だ!

圭一と梨花ちゃんですら飯まずと断言したお手製温野菜丼を! 毎日出されるかもしれない! それは耐え難い恐怖だろう!


「脅しに走りやがったよ、この忍者!」

「人の弱みに付け入るのは駄目だと思うなぁ!」

「え、何を言ってるのよ。おのれらだって初心者な僕にガン牌(ぱい)ジジ抜きでカモろうとしたでしょ」


だから念のため、何をしてもOKってところを確認したのに……おい、顔を背けるな。魅音も吹けない口笛を吹くなー、こっちを見ろー。


「一応警告しておくと、詩音は温野菜丼を出すことについては……全く、これっぽっちも、一かけらも悪びれていないし、諦めていない」

「え……マジかよ……!」

「私も、さすがにあれは可哀相(かわいそう)だと思ったのに……」

「むしろ虐待レベルじゃ」

「児童相談所に通報した方がいいのでは」


後輩諸君も怯(おび)え竦(すく)む様だったらしい、詩音の温野菜丼は。
他の料理は美味(おい)しいらしいのに……まぁ、それだけ難易度が高いということだろう。


「そ、そそそそそそそそそ……そんな、脅しには乗りませんわぁ! 幾ら詩音さんでも、愚かな真似(まね)を続けるはずがぁ!」

「圭一、梨花ちゃん、二人も聞いていたよね。新作温野菜丼への熱意を」

「みー、恭文の言う通りなのです」

「沙都子、奴はやる気だ。……それだけは言っておく」

「いやああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


沙都子はゲームどころではなくなった。手札を落としかねないほどガタガタ揺れて、完全に閉じこもってしまう。


「沙都子、もう一度言う。……僕を、勝たせろ。さすれば詩音を説得し、肉・魚も含めたバランス型こそ至高と説得しよう」

「で、でも……でもぉ! それはぁ!」

「えぇい! ならばおのれにはもう頼まん! ……より最悪な食生活に落ちるといいさ。野菜嫌いどころか、むしろ野菜を滅ぼす魔王になってしまえ」

「どういうことですの!? というか、あり得ませんわぁ! さすがの詩音さんでも、あれよりヒドくなることなんて」

「あり得るよ」

「…………………………………………え…………………………」

「あり得る。……沙都子、吉野家は知っているね。牛丼屋さんだ」


顔が真っ青な沙都子は、意味も分からずコクコクと頷(うなず)く。


「その吉野家ではつい最近、ヤングコーン・オクラ・ブロッコリー・サツマイモ・赤パプリカ。
黄パプリカ・インゲン・ニンジン・キャベツ・ニラ・玉ネギ――合計十一種類の温野菜が載っている【ベジ丼】を出した。
食べやすいよう、ごま油ベースのうま塩だれに絡めていてね。……詩音はそれに対し、とても興味をそそられていた」

「そ、そんなおぞましい料理が存在していますの!? この現代社会にぃ!」

「そうは言うけど、味自体は悪くないんだよ。それだけ入っているとそれぞれの食感だけでも食べ飽きないし、塩だれもご飯と合っているからね。
……ちなみにこの商品、今の吉野家社長さんが鶴の一声で導入したものでね。その理由が……自分が食べたかったから」

「どういうことですのぉ!?」

「いわゆるヘルシー・健康路線へのアピールも兼ねた商品なのよ。だから売り上げは二の次だったんだけど、三十代以上の客層に受けているみたい」

「あぁ……そういう趣旨の商品だったのかぁ。確かに葛西やうちの父さんとか、健康診断の数値を気にしていたからなぁ」

「詩音にも全く同じ話をしたんだけど、その食いつきは尋常じゃなかった。意味……分かるね」


沙都子は理解したくないと言わんばかりに首振りするので、もう一押し。


「ベジ丼も売り上げは二の次と言ったけど、相応の研究がされた上で出された企業製品。
それを、料理を始めたての詩音がコピーして……一体どんな惨事になるか!」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ!? り、梨花ー! レナさんー!」

「沙都子、それも詩ぃの愛なのです。逃げ道はないと思うのですよ?」

「沙都子ちゃん、大丈夫だよ! 少なくとも温野菜をそのままドガーンからは脱却するんだから! その……うん、塩だれなら大丈夫……かなぁ」


何という引きの早さ……! 即行で裏切り、沙都子から離れてきた! おのれらも嫌だったか、温野菜丼! ならばここで駄目押し!


「今日のお昼、詩音はきた?」

「いえ。そう言えば昨日も……!」

「今なら、まだ間に合うよ」


……沙都子はそこで全てを察する。

息を飲み、わなわなと震えながら、二日も来ない意味を悟る。


ふ……ほぼ毎日こっちに来ていることは、既に魅音から聞き取り済みだ。

そんな詩音が来ない理由、それはもちろん……温野菜丼の改良しかない!

もうレナのこととかすっ飛ばす勢いで、ベジ丼も参考にして改良を重ねていると見ていい!


それを持ってこられたら、本当に逃げ場はない。現に沙都子はこれまでの野菜弁当でも、結局逃げずに完食を続けた。

しかし、ここには僕がいる! 僕に協力すれば……僕を勝たせれば――!


「分かりました! 分かりましたわぁ! 協力いたします! でも……今回だけですわよ!?」

「ありがとう、沙都子!」

「で、でも……あの」

「バランスのいい食生活については、しっかり提案するから安心して」


右手でサムズアップをすると、沙都子はようやくホッとした表情を浮かべる。

……まぁ、それでも野菜中心の献立にはなるだろうけど……黙っておくことにしよう。


「……やるね、やすっち。早速情報戦からの部活メンバー懐柔に走るとは思わなかったよ」

「悪いねー、僕……”何でもあり”の方が強いのよ。……さて、レナ」


そこで笑いながら、レナを威圧。するとレナは『まさか』という表情で身を引いた。……それこそが隙(すき)ぃ!


「な、何かな! 悪いけどレナは負けないよ! そういう手には乗らないんだから!」

「左のカード、クローバーの四だね」

「はう!?」


そこを狙い、さり気なく……本当にさり気なく、重要な傷を隠している一枚に触れる。

レナは予想外の攻撃に反応してしまい、その札を狙っていた奴は即座に目を付けた。そう、それはもちろん……沙都子だ!


「あら、それは見過ごしていましたわ。……ごめんあそばせー」


沙都子もしたたかなので、改めてカードをチェックした上で引く。結果残り一枚だった沙都子の手札と合わさり、アッサリと捨てられた。


「上がりですわ!」

「はうー! 早速連携してきたー!」

「やったね、沙都子!」

「今のはナイスアシストでしてよ!」


こうして沙都子と仲良くなりつつ、反撃開始……! ふふふふ、罰ゲームなど回避してみせる!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……それじゃあ遅かったでござる。


「……屈辱だ」

≪撮影しておきますね。ほら、笑ってー≫

「笑えるかぁ! というかやめろぉ!」


結局僕はみんなに追いつけず……スク水姿になった。

股間の単装砲が見えないように配慮しながら、悔しさで打ち震えてしまった。


……最大の勝利を得るための対価として、一応の覚悟はしていたものの。


「うぅ、協力を受け入れた分ちょっと罪悪感ですわ」

「くくくくくく……! そっちが連携するなら、こっちもって話さ! やすっち、ミスジャッジだったね!」

「いやぁ、そうでもないよ? 沙都子も気にしなくていい……約束ももちろん守るから」

「えぇ、よろしくお願いします……本当に、心から……!」

「沙都子、ベジ丼でかわいそかわいそなのです」

「やめてくださいましー!」

「はうはうー。スク水姿の恭文くん、かあいいよー! おっもちかえりー!」


でもそこで嫌な予感が走り、慌てて立ち上がり二時方向へ回避。

レナは凄(すご)い勢いで踏み込み、光悦(こうえつ)とした表情で僕のいた場所を抱きしめていた。


「危な! 何、今の速度!」

「レナはお持ち帰りモードに入ると、それくらいできるよ」

「やっぱり車田(くるまだ)作品の人だった!」

「いや、でも……竜宮さんの言うこと、分かるかも」

「男の子なのに、委員長と違って線も細くて可愛(かわい)らしい感じだから……う!」


おいこら待て! 今、ギャラリーとなっていた女子の数人が呻(うめ)いたような!


「委員長が汚物とするなら、蒼凪さんは男の娘?」

「そうだ! 私達が見たかったのはこれよ!」

「汚物は消毒だー!」

「お前ら……次の部活は覚悟しとけよぉ」


やめて……そんな目で僕を見ないでー! あと圭一も謎のライバル意識をぶつけてくるな! 突き刺さる! 凄(すご)い突き刺さる!


「でも恭文、やっぱりクイーンが集まりやすいのですね。結局毎回だったのですよ」

「だよなぁ。この時点でチート……のはずなんだがなぁ」


あれ、今度はみんなそろって哀れむ目で見始めた。とろけた顔のレナも急に真顔。


「でも同時に……まぁこれは最初からでしたけど、恭文さんがジジな数字を持っていることが」

「恭文くん、お祓(はら)いとかしたらどうかな。かな」

「……した上でこれだよ! お守(まも)りも効果ないよ!」

「はう!?」

「マジかぁ! やすっち、アンタなんで……!」


ねぇ、泣かないでよ! 僕はそれでも頑張ってるんだから! 必死に抗(あらが)ってるんだからそれで許してよ!

……ただまぁ、屈辱ではあるもののワクワクはした。そんな気持ちを思い出しながら、まとまったガン牌(ぱい)トランプを見る。


「でもこれ、楽しいね。かなり本気でやるし」

「でしょ? 我が部活の目的はそこなんだよ。全力を尽くす意義に目覚め、これからの社会で生き抜く力を蓄える!
もちろんジジ抜きに留(とど)まらず、我が部活はそれ以外のどんなことにでも行える!」

「例えば早食いとか、お祭りの射的とか、勉強とか運動とか……そういう感じだねー。
綿流しのお祭りも、レナ達部活メンバーが暴れる舞台なんだー。勝負できるところいっぱいだしー」

「なるほど。こういうの、いいなぁ」


ついしみじみと言ってしまう。……全力でぶつかって……かぁ。

魔導師の模擬戦では、どうしてもそういうのが難しいからなぁ。僕がやると瞬間転送や物質変換も込みだし。

何より同年代の……本当に一般人な子と、何かしら全力で勝負ってのは。体力勝負だと僕が勝っちゃうし。


だから今日は楽しかった。スク水なのは辛(つら)いけど、それでもさ。


「そうかそうか、負けてもそう思ってくれるのなら幸いだよ! では蒼凪恭文、アルトアイゼン」

「うん」

「君達を我が部活メンバーの一員に加えたいと思う!」

「え……でも僕、こっちに引っ越してくる予定は」

≪私もまるっとOKですか≫

「なら非常勤メンバー! みんな、異議はないかな!」

『異議なし!』


みんな笑顔で言い切ってくれる。あのレナまでもが……それが嬉(うれ)しくて、みんなには深々とお辞儀。


「ありがとう、みんな」

≪ありがとうございます≫

「もう、別にいいってー! そういう堅苦しいのはなしなし!」

「特にレナ……あんなに嫌い、呪(のろ)っていた僕に対して」

「それはやめてー! やっぱりだ、やっぱりレナを許してくれないんだー!」

「違うよ、レナ!」


レナが勘違いしているので、一喝して否定。レナはハッとしながら僕をまじまじと見つめ。


「僕はただドSなだけなんだ! 踏みつけられるより踏みつける方が趣味なだけなんだよ!」

「何断言してるのかなー!」


なぜか絶望して蹲った。あぁ、足腰弱いんだね、分かります。


「梨花ちゃん、やっぱり恭文くんは頭がおかしいよ!」

「もう慣れるしかないと思うのですよ。恭文、アルトアイゼン、これからもよろしくなのですよー」

「うん、よろしく」

≪よろしくお願いします≫


まずは梨花ちゃんとしっかり握手。それからみんなにもというところで。


「沙都子ー! おやつにかぼちゃプリンを持ってきまし」


詩音が教室へ入ってきた。そうして僕を見て……なぜか大爆笑してくれる。

それが止まったのは五分後。そりゃあまぁ、この状況なら僕でも笑い続けるしかないわ。


「――あー、おかしかった! それであなた、そんな格好なんですか! 昨日までいろいろ暴れた腕利きとは思えませんよ!」

「……やかましい。ところで詩音、温野菜丼の改良なんだけど」

「ふ……それなら進んでいますよ! 明日改良品『温野菜丼Ver2.0』を持ってくるのでお楽しみに!」

「いやぁあぁぁぁぁあぁあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


うわぁ、やっぱりかぁ。……沙都子、分かってる! 約束だものね。


「いや、でもね……詩音、野菜ばっかりも体に悪いと思うんだよ。ベジタリアンの人だってあれだよ? ちゃんとタンパク質も確保して」

「えぇ! だから米を使わず、代わりにトウモロコシ粉を利用したクスクスに置き換えました! これで完璧です!」

「どこが!?」

「そもそも米ですらなくなっているって、どういうことですのぉ!」

「で、でもほら……肉! 肉は大事だよ! ブロッコリーは一旦お皿に戻して……小さいからこそ、肉・野菜・魚の三本柱で……ね!」

「……やっちゃん、まさか」


あ、あれー!? 詩音さんー! なぜ僕に敵意を向けるんですかー! おかしいなー! おかしいなー!


「可愛(かわい)い私の沙都子を丸め込んで、メイドにしようって腹ですか!? ハーレムに加えようと!」

「違うわボケ! つーか沙都子とは義兄妹の契りを交わしてるんだよ!」

「そうですわ! それゆえに庇(かば)ってくれているのです、恭文さんは!」

「はぁ!? この私を差し置いて……なんですかそれ! 沙都子、どういうことですか! 私の何が駄目なんですか! はっきり言ってください!」

「「……温野菜丼Ver2.0なんて劇物を構築する点とか?」」


あ、これは聞いてないわ。僕に敵意を向けて……ちょ、やめて! 大丈夫大丈夫、お姉ちゃんの座は取らないから! そもそも僕は男だし!


「そうですか……沙都子はスク水を着た兄妹が欲しいんですね! だったら私も頑張りますよ!」

「それは絶対違うと思うよ!? ……でもこれ、大丈夫かなぁ。興宮(おきのみや)まで行ったらさすがに」

「間違いなく変質者扱いされますわね。魅音さん」

「着替えるなんて当然駄目。わたしらだって同じルールだし」

「ですよねー。あ、でもコートを羽織れば」


脱いでいた黒コートを取り出し、さっと羽織って。


「……駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


すぐに駄目だと気づいてコートを投げ捨てる。


「コートを羽織ってそれだと、たとえ見えなくても余計変質者扱いなのですよ」

「大石に叱られるかもねー。アイツねちっこいから、かなり大変だよー?」

「く、どうすればいい。考えろ……考えるんだ。絶対途中で警察を呼ばれる」

「恭文くん、KOOLだよ! KOOLになるの!」

「レナさん、それは死亡フラグっぽいからおやめになっては」

「というか部活第七条に、罰ゲームの内容に逆らわざるべしってのがあるしねー」


マジですか! あぁ、だとすると最後の手段に走るしか……でも一つ気づいた。無理かどうかは試してからと思い、圭一を指差す。


「分かった! 圭一をボコって僕に変装させて、僕は圭一に変装して普通の格好で」

「なんでじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 問題の根本的解決になってないだろうが!
ただ俺が理不尽にボコられるだけだろうが! 現実逃避もいいとこだろうが!」

「大丈夫だよ、圭一。――父さん、母さん、ただいま!


僕が突如出した声に、圭一本人ですら驚がく。打ち震えながら首を振る。


「なん……だと」

「声帯模写!? わぁ、圭一くんそっくりだよ! だよ!」

俺の名前は前原圭一! 好きなことは……ストライクのコクピットで寝ることかな!
あはははー! お前が僕に敵(かな)うはずないじゃないか!


「それは違うキャラじゃねぇか! 俺と声がそっくりなヤマト君だろうが! 違和感ありまくりだろ! 一発でバレるぞ!」

「す、凄(すご)い。一体どっちが圭ちゃんなんだ! わたしには分からない!」

「声でなく外見で判断しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


圭一が精神崩壊しかけたので、気分をよくしつつ魅音へ指差し。


「というわけで魅音、追加勝負を申し込む!」

「追加勝負?」

「まさか元祖部長たるものが、新人部員の挑戦一つ受けられないのかな」


にやりと笑うと、魅音が僕と同じ笑いを返す。それは挑戦を受けた、王者が浮かべる余裕の笑い。


「考えたねぇ、やすっち……いや、考えていたんだよね。沙都子と組んだ辺りから」

「ど、どういうことですの! 魅音さん!」

「幾ら沙都子と組もうと、こちらが徒党を組んだらアウト……となれば狙うは一発逆転。それで全部こっちにってわけだ」

「……確かに、罰ゲームの内容に逆らっているわけじゃない。ただ新しい勝負によって、結果が塗り替えられるだけ。
これなら問題はない……だがなんで魅音なんだ? それなら現部長の俺が」


”後で説明する”と圭一を制しておく。そう、すぐに分かることだしね。


「で、どうするの。まさか逃げるんじゃ」

「そんなわけがあるか! この園崎魅音、どんな相手やどんな勝負だろうと……逃げの文字はない!」

「なら決定だね」

「で、勝負の条件は?」

「一回こっきりの大一番。他者からのアドバイスやカンニングの類いは禁止。園崎魅音がこれまで培った知恵のみで解決してもらう。
僕が勝ったら元の服に戻す。魅音が勝ったら、焼き肉食べ放題をご馳走(ちそう)しよう」

「いいんだね? おじさんは食い荒らすよ……マナー良く、高級カルビを食い漁(あさ)るよぉ?」

「マナー良くなら問題なし。……無論これだけじゃない。負けた方はやっぱり薄着になってもらう。
例えば……あそこにあるめっちゃ際どいハイレグとかね!」


そうして指差すのは、教室の隅にある四次元ロッカー。

そこには確かに、もう布切れではと言わんばかりのきわどいハイレグがあった。

全員の視線がそこへ集まり、まさかという顔をする。だってあれを僕が着たら、完全にアウトだし。


「な……恭文、本気か! 魅音のスタイルでそれを装着したら、それだけでR18物だぞ!
お前は魅音のわがままボディを甘く見ている! 下手をすればこっちがもん絶死するぞ!」

「圭一くん、それは完全にセクハラだよ? その前に恭文くんが着た場合を……かあいいよー!」

「元より承知の上! ……僕を部員として迎えてくれたみんなに、礼を尽くす必要があるでしょ」


――そこで電流走る。


「ま、まさか蒼凪さん! 元部長に勝負を申し込んだのは……!」

「俺達のために……!」

「みんなー! 魅音のわがままボディが見たいかー!」

『――見たいー!』

「ついでに写真も撮りたいかー! 今なら保存用・布教用・使う用とやりたい放題だー!」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


スク水姿なのも忘れて煽(あお)りに煽(あお)ると、男どもが一斉に乗ってくれる。

拳を振り上げ、僕達は叫ぶ……わがままボディが見たいと! だって絶対に奇麗だし!


「……恭文ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! お前は男だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! だが欲望に忠実すぎるだろ!」

「馬鹿だねぇ、圭一は! 男が欲望に忠実じゃなくてどうするのよ!」


そう宣言すると、圭一は『分かっている』と言わんばかりに静かな笑いを浮かべる。そして僕達は静かに握手。

この瞬間、確かに男の友情は結ばれたのだった。もっと言うとコノシュンカンヲマッテイタンダー。


「……圭一と恭文が分かり合ったようなのです」

「変態同士、すぐ仲良くなれるわけですわね」

「さてお姉、どうします? 部長じゃなくなっていますし、余計なリスクとは思いますが」

「皆まで言うな。……やすっち、負けたら分かってるんだろうね」

「覚悟の上だよ。どうせおのれらのことだから、僕の単装砲を隠すこともさせてくれないんでしょ?」


すると魅音だけでなく、全員が鼻で笑った。あれか、僕のを見るのも辞さない覚悟ですか。

なんだ、この狂気の集団は。既に祟(たた)りが始まってるんじゃないの?


「というわけで……みんなー! やすっちの単装砲が見たいかー!」

『見たいー!』

「もっと可愛(かわい)く飾り付けしてほしいかー!」

『してほしいー!』


ちょ、今度は魅音が女子達を煽(あお)ってきた! というか、小学生にそれは犯罪では!


≪いいぞ、もっとやれー。おー!≫

「おのれも乗るなぁ! ならば勝負だ、魅音!」

「いいとも! 勝負内容は」


それは既に決めてある。なので用紙を取り出し……記憶のままに模写!


「これだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


そうして描かれる数式を魅音に突き出すと、その表情が引きつる。


「園崎魅音に問題です! この『ファルコンの定理』を解けますか!?」

「な、な……!」

「あ、制限時間は三分ね」

「しかも速! ちょ、こういうのはアリ!?」

「魅音、部活はどんな勝負も行うんだよね」

「――!」

「どんな相手や勝負だろうと、逃げの文字はないんだよね」


なので笑って指差すと、魅音がギョッとする。


「ふふ、お姉としたことが口を滑らせましたねー」

「ここで逃げたら魅音さんは……ですがこの勝負、余りに恭文さんが有利ですわ! 魅音さんの学習量は一般的小学生以下!」

「チンパンジーか魅ぃちゃんかってレベルだもんね……うちの学校、世界の首都が言えれば入れるし」

「沙都子ぉ! レナァ!」

「……いや、待て……これは……」


ふ、圭一はさすがに知っていたか。下級生の子達も何人か察したようだけど、口出しはしない。

既に条件付けはしているからね! 更に口を出そうとしても無意味!

素早く富田君、岡村君にアイサインを送ると、二人と男子達は女子達の前に立ってガード。


その断崖絶壁のようなディフェンスに、魅音側の女子達も手の打ちようがない……!


「く……ふふ」


みんなが危惧する中、魅音は不敵に笑って僕へ指差しする。


「分かってないね、やすっち! これは作戦だよ! あえて自分を追い込んで、限界以上の力を引き出す!
だがアンタは違う! 自分の土俵を使ったことで、気持ちに余裕ができてしまっている! そんなのでどうやって勝つのさ!」

「しかも問題を出す側(がわ)に回ったことで、魅ぃに解かれたら逆転不可能なのですよ? 本当にいいのですか、恭文」

「それはどうかな」


一言そう言っただけで、魅音は驚がくの表情を浮かべる。いや、それは圭一とレナもか。

……みんなは知っているんだね、このセリフが持つ意味を。そしてその力を。


「ま、まさか……その台詞(せりふ)は」

「そう、カードバトラーなら誰しも言いたい言葉だ」

「カードバトラーじゃありませんわよね。数学ですわよね」

「その意味は……実地で確かめようか」


もう僕達に言葉は不要だった。ただ。


「あぁ、やってあげるよ……さぁ、こい!」

≪ではカウントスタート≫


戦いの始まりを告げるだけでいい。こうして命がけなバトルはスタートする。


(第6話へ続く)





あとがき


恭文「というわけで、卯月誕生祭も後夜祭へ突入している中……とまとひぐらしです」


(昨日(4月24日)は島村卯月の誕生日! おめでとうー!)


恭文「なお圭一や梨花ちゃん的に重要イベントもあったようですが、そんなのはスルーします」

卯月「いいんですか、それで!」

恭文「敵の名前とか判明していますが、僕は聞いていません。……なぜだ!」

卯月「警戒されてるんですね……」


(だから勝手に動きます)


恭文「というわけで、部活が終わったら一気に綿流し直前まで跳ぶ予定。逆を言えばそれまでさしたる対策が……うがぁぁぁぁぁぁ!」

卯月「お、落ち着いてください! えっと、島村卯月です! みなさん、たくさんのメッセージありがとうございます! 私、これからも頑張ります!」


(なお蒼い古き鉄も先人達を見習い、似顔絵カフェラテをプレゼントしたらしい)


卯月「はい。あれ、とても凄かったですー。お店のみたいで」

恭文「アブソル達も喜ぶから、ちょこちょこ練習していたんだ。気に入ってくれて何よりだよ」

卯月「味も美味しかったですけど、見ていてもとっても楽しかったです! 茨木ちゃんとずーっと見ちゃってました!」


(『うりゅりゅー♪(私もだよー♪)』)


酒呑童子「白ぱんにゃもやけど、アンタも茨木にはほんまようしてくれて……ありがとなぁ」

卯月「あ、酒呑さんー」

酒呑童子「……あの子は鬼やけど、本質的……性格的には全く”鬼”とちゃう。
鬼はな、愛しいものを愛しいが故に殺し、食らう……そういう一面もある生き物やから。
……あの子がほんまに鬼やったら……アンタも、白ぱんにゃも、とうの昔に食い殺され取るで」

卯月「……!」

恭文「だね、よく知ってるわ」


(蒼い古き鉄、今年のバレンタインでそういう一面を垣間見た模様)


恭文「まぁ残念ながら、こっちも実力行使で押さえ込めるけど」

酒呑童子「うちもここにいる間は、旦那はんやみんなの流儀に合わせるって決めとるしなぁ。それも面白いわぁ」

卯月「でも、茨木ちゃんは」

酒呑童子「そやから違うんよ。……ごめんなぁ、誕生日に怖い話をして。でも……どうしても知っておいてほしくてなぁ」

卯月「私、茨木ちゃんを……困らせているんでしょうか」

酒呑童子「それもちゃう。……あの子はアンタやぱんにゃ達に救われとる。鬼になり切れん自分を受け入れる場所があるから。
でも鬼らしくあろうとするあの子も、できれば理解してほしいって……もっと言うと、アンタを小娘呼ばわりし続けるところとか」

卯月「……はい?」

酒呑童子「悪気はないんよ。ただあの子の母親から鬼らしく振る舞えって言われとるから、その結果で……ほんまごめんなぁ」

卯月「あの……話の結論はそこですか!?」

酒呑童子「そこよぉ。アンタ、何回か名前呼びしてほしいってお願いしてたんやろ?」

卯月「あ、はい」

酒呑童子「結局誕生日の昨日もアレで……うちからも言うたんやけど」

恭文「いや、分かる……そう言えばアイリ達がお散歩中、見かけたそうだし。卯月を名前呼びする練習していたとか」


(『うづ……うづむす……うづ……生娘……これはちがぁぁぁぁう!』
『あうー?』
『いああいー』
『ぬお!? お前達、いつからそこに……というか宙に浮いてるぅ!?』
『ミュウー?』
『汝の仕業かぁ! ……あ、でもちょっと楽し……いやいやいや!』)


酒呑童子「まぁうちはアレよ、アンタと茨木が仲良うしとるんは嬉しいし、うち自身アンタのことも好きやから……これからもよろしくってことよ」

卯月「酒呑さん……分かりました! あの、私も茨木ちゃんのこと、大好きなので……小娘呼ばわりも気にしてませんし」

酒呑童子「そっかぁ。それならよかったぁ……ほんなら酒呑にお酒飲ませて、勢いで言わせるんは」

卯月「絶対に辞めてください! アルコールハラスメントですよ!?」

恭文「ホントだよ! 羅生門のアレを繰り返すつもり!?」

酒呑童子「聖杯やなければ大丈夫かなぁって」

恭文「駄目駄目! あれで僕達がどれだけ大変だったと!?」

酒呑童子「そっかぁ。それは残念やなぁ」


(蒼凪荘の鬼さん、嬉しそうに笑顔)


酒呑童子「あと、アンタは旦那はんの好みやないって自分の体型を気にしとるみたいやけど、大丈夫……うちの方が全然アレやもん」

卯月「えぇ!?」

恭文「酒呑ー!?」

酒呑童子「おかげで今の今まで、指一本触れてもくれんし……寂しいわぁ。ホワイトデーのお返しも義理っぽい感じやったし」

卯月「恭文さん、どういうことですかー!」

恭文「あれ、なぜ問い詰められているの!? 結婚している身としては正しいことでは!」


(『そんな訳で島村卯月、これからも笑顔で頑張って……うたい続けます! 目指せ! 茨木ちゃん単機でのラスボス撃破ー!』
本日のED:島村卯月(CV:大橋彩香)『S(mile)ING!』)


あむ「また解説していない……! というか、冒頭のアレは何!? 誰視点!?」

古鉄≪後々分かるサムシングです。なお元ネタは……ひぐらし終盤のアレとだけ≫

あむ「それ自体がネタバレってことですか!? ……それはそうと」

旋風龍「メイメイメイメイメイドラゴンー♪ 誰が呼んだかメイドラゴンー♪」(蒼凪荘のメイドラゴン、張り切って新しい料理を出している)

あむ「……メイドラゴンが居着いてる」

古鉄≪時流にも乗りましたしね。さて、あとは事件までにやっていないイベントとなると……マスターと魅音さん・詩音さんの声が同じネタとか≫

あむ「それもやるんだ……!」

古鉄≪綿流しまでの部活話は、それだけでも短編として記念小説に出せますしね。加速したら一気にシリアス一直線ですよ≫


(おしまい)




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