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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第5話 『オツゲ』

――今日はあなたに、ちょっとした遊びを教えようかしら。ここにかけらがあるでしょう? その中をよーく見てほしいの。

見えるかしら……中で繰り広げられている惨劇が。そう、これは私と羽入が今まで巡ってきた予言≪世界≫のかけら。

私達はこのかけらを組み合わせ、振り返り、同じ時間を幾百年も繰り返し、探し続けていた。


雛見沢(ひなみざわ)を、私達の未来を縛る三つの錠前≪ルールX・Y・Z≫を破るための道を……え、それは何かって?

そうね、あなたも目覚めたばかりの上、そんな姿だものね。説明しないと分からないのも当然か。

結論から言うと……恭文とアルトアイゼン、圭一が予測した通りってことよ。


恭文達が予測したのが≪ルールX≫。二人が未(いま)だその詳細を知らぬ、雛見沢(ひなみざわ)の風土病を根源としたもの。

その名も”雛見沢症候群”……そのまま? そんなのは名付けた人に言いなさい。

発症すると強い疑心暗鬼に襲われ、周囲の人やその言動を悪意あるものと解釈し、自己防衛のため攻撃行動に出る。


そして末期症状と呼ばれる状態になると、喉をかきむしるなどの自傷行為に走る……そう、それこそが惨劇の根っこ。

”古手梨花”が予言として教えた未来は、本当にあり得ることなの。

レナが間宮リナ達を殺したのも、詩音が魅音達家族を殺したのも、全てこの雛見沢症候群から説明できるわ。


ルールXとはすなわち、雛見沢症候群により巻き起こる疑心暗鬼と惨劇を指すわ。


……そんなルールXを克明に記した……痛く、辛(つら)く、悲しいかけらがこれ。私達が鬼隠しと呼んでいるものよ。

前原圭一は私達の切り札であり、みんなを率いる駒でもあった。しかしそんな成長を遂げるためには、まず学ぶ必要があったの。

仲間を学び、疑わないことを学ぶ。この盤上に上がったときの圭一はまだ、≪仲間を信じる≫という言葉の重さを知らなかった。


僅かの不信感から疑心暗鬼を育て、ルールXに捕らわれる圭一。でもそれは圭一だけが悪いわけじゃない。

レナと魅音達は、村に引っ越してきたばかりの圭一を気づかい、”怖がらせないように”と事件のことを隠した。

でもまぁ、若さゆえの過ちと言うのかしら。揃(そろ)いも揃(そろ)って黒幕チックな空気を出して、拒絶と脅迫に近い強さでやったものだから。


そう……圭一はそれに不快感と不信感を募らせ、事件のことを知って、みんなが黒幕……又はその一味だと疑ったの。

レナが、魅音がそのミスを悟ったときには、もう遅かったわ。圭一の症状は手遅れに近いレベルだった。

結果的に二人は、圭一に殺される。魅音は悲しみと絶望の中で……レナは、笑顔を浮かべながら。


どうして笑顔だったのか? レナはね、圭一に頭を潰される直前まで……手を伸ばしていたそうなの。

抵抗もせず、喚(わめ)きもせず。圭一を怖がらせたせいだと分かったから、怖がらせないように……自分の体を守ることすら放棄して。

骨が折れても、血が流れても、それでも笑って、笑って……暴走した圭一には、それすら目に入らなかったというのに。


それはレナにとってしょく罪だったのかもしれない。

オヤシロ様を信じ込み、祟(たた)りを恐れ……そんな自分の一面が圭一を怯(おび)えさせ、狂気に走らせた。

それが悲しくて、それが腹立たしくて……いずれにせよ、レナは命を対価として差し出した。


結果二人を殺した圭一は、勘違いの上で悲しい遺書を書き、末期症状に苛(さいな)まれながら死んだ……真実の多くを取りこぼしたまま。

それは辛(つら)く悲しいことだけど……でも、大切なことを学ぶためには必要なプロセスでもあった。


ねぇ、羽入……あなたはやっぱり、謝らなくても……いえ、それも傲慢ね。

あなたは私を……そして圭一達も袋小路に巻き込んだことを、誰よりも悔いていたのだから。

それでもね、アレはあなたのせいじゃないわ。だって、発症原因がヒドすぎるでしょ。


圭一が親類のお葬式で、雛見沢(ひなみざわ)を離れた僅か数日……その間に発症するなんて、普通思わないわよ。

実際入江達の調べによると、症候群には弱体化傾向が見られ、時期を置けば消滅する可能性すらあったのに。

……それにね、巻き込んでいる私が言うのも本当にアレだけど……彼が大切なことを学ぶための第一歩として、必要だったんじゃ……とも思う。


ルールXをあぶり出し、やがてそれを打ち破るためには――このかけらしかなかった頃は、そんなこと思いもしなかったけどね。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第5話 『オツゲ』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


家具、たくさん……みんながぼう然とする中、そのワードと昨日の話が奇麗に繋(つな)がる。

そうか……魅音の対処は、これが原因か!


「……! おい、恭文!」

「分かってる! 魅音、ごめん! 部活参加は延期で!」

「皆まで言うな! レナを追いかけるよ!」

「了解いたしましたわ!」


結局魅音と沙都子、梨花ちゃんも一緒に教室を飛びだした。レナの足はチーターの如(ごと)き速度で、もう見えなくなっている。

でもマズい……今、レナを一人にするのだけはマズい。そこから魅音が隠したかったものを、見つけてしまったら。


レナは、間宮リナを殺しかねない――!


なのでさっとサングラスをかけて、右手刀を振り下ろす!


≪The song today is ”RUNNING SHOT Feat. T.NAKAMURA, SENRI KAWAGUCHI & SHIGEO NAKA”≫


よっし! 新バージョンのRUNNING SHOTだ! 走るとなればやっぱりコレだよね!


「え、何! この音楽は何!」

「貴様、また忍術かぁ!」

「忍術ぅ!?」


とにかく圭一達を置いていくように全力疾走――竜宮家までの最短コースを辿(たど)る!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


学校を飛び出て、慌てて家に戻る……必死に、必死に、息が切れるのも構わずに走り続ける。

嘘だ。

嘘だよね……。

だって私は、幸せのために努力した。


逃げるな、戦えって……戦ったのに。嫌う心から、父の幸せを否定する弱さから逃げる心から……逃げなかったのに。

そう思うのと同時に、沸き上がるものがある。ヘドロのように絡みつき、熱のようなそれが示すのは、あの女の顔。

父はもうあの人に丸め込まれて、一挙手一投足で幸せに浸る。アテにならない……本当に騙(だま)されていたとしても、アテにならない。


だったら、私が――。


≪The song today is ”RUNNING SHOT Feat. T.NAKAMURA, SENRI KAWAGUCHI & SHIGEO NAKA”≫


煮詰まり、形を定める”何か”に後押しされていると、突如ドラムの音が響く。というかジャズ……何これ!

今私が走っているのは村の歩道で、ライブ会場でもなんでもない。……そこで気になりながら七時方向を見ると。


「――!」


田んぼを挟んだ一つ向こうの道から、黒コートの男の子が追いかけていた。それもサングラスをかけて、全速力で……!

逃げなきゃ。

何が何でも逃げなきゃ。

いや、レナが悪いとは思うの。レナがね、心配をかけているとは思うの。


さっきまでその、殺意を滾(たぎ)らせていたし? でもね……あれには捕まりたくないー! あれにだけは捕まりたくないの!

そうだ、絶対に嫌だ! 何よりあれは忍術じゃない! あんなの忍術じゃないー!


『こら! 大下! 大下! 大下せんぱーい!』


しかも変な台詞(せりふ)まで入ってー! むしろ言うのはあっちだと思うなぁ! だって村の中で……ねぇ!?

なので方向転換! 左の脇道に入って……いやぁぁぁぁ! やっぱり追いかけてくる!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


レナはたんぼ道から林道へ入り、僕の追撃をかわそうとする。く、さすがに地元民……抜け道も熟知しているわけか!

ならばと、レナが入ったのとはまた別の道を踏み締め、速度を上げる。ふだんは使われていない獣道とも言うけど!

結果僕とレナの間に段差が生まれ、それは一気に広がり三メートルほどになる。


レナは焦った様子でこちらを見上げ、それでも振り払おうとする。く、やっぱりか。


≪逃がしちゃ駄目ですよ。あの人、間違いなく間宮リナを殺そうとしています≫

「分かってる! 圭一、沙都子!」

『聞こえていますわ!』

『こっちは問題ない……そのまま追い込めぇ!』

『ねぇ、忍術って何!? 明らかにミスマッチなんだけど! 明らかに不釣り合いな音楽なんだけど!』

『……もうツッコむ気力もないのですよ。みー』


邪魔する木の根(きのね)を飛び越え、木々や草木をかいくぐり、全力疾走を続けながらレナに警告。

素早くFN Five-seveNを取り出し、マガジンをペイント弾に入れ替え……仕舞(しま)う!

さすがに今の段階で銃は使えないから、一応準備ね!


「動くな、撃つぞ!」

「馬鹿なの!? レナは犯罪者じゃないよ!」

「犯罪者はみんなそう言うんだよ!」

「そういうことじゃないー! だから、付いてこないでよ!」


付いてこないで……計算してみた!


だから付いてこないで。

一緒にいられるとマズい。

マズいと言えば犯罪。

レナは罪を犯そうとしている。

レナは間宮リナを殺そうとしている。

だから付いてこないで。

以下ループ。

うん、間違いないね! これは全力で止めなくては!


「間宮リナを殺そうとするのに、見過ごせるわけないでしょ!」

「違うよ! 恭文くんに捕まりたくないの! というか……怖いよ!? サングラスをかけて全力疾走で追いかけてくるってー!」

「そんな言い訳が通用するか!」

「言い訳!?」

「レナ、興宮(おきのみや)署は逆! 逆だよー! 反対方向に五キロ……五キロ先に興宮(おきのみや)署! ほら、ターンターン!」

「しかも自首を促されてる!?」

≪武道館を目指す気持ちで頑張りましょうか。ほらほら、走って走ってー≫

「そんな応援はいらないよ! というか、ふざけないでー!」


レナは足を止め、右に――文字通りの獣道に飛び込む。僕もすかさず五メートル近いガケを飛び降り、そのまま着地。

レナの踏み締めた道を、折れて戻ろうとする雑草を再びへし折り、追いかけていく。

レナの速力は大したものだった。地元民ゆえの土地勘があるとはいえ、僕の追跡をかわしにかかる。


これは沙都子達の追い込みも無駄だったかなぁ。急に方向転換するとなれば……決して短くはない林(はやし)を抜けるまでの間に、更なる追走を覚悟していた。

でも……そんな林(はやし)を抜ける刹那。

レナが林(はやし)から、元のたんぼ道へ戻ろうとした直前。


なぜかレナの頭上から金だらいが落下し、その頭頂部を派手に叩(たた)く!


「……!?」


雷鳴の如(ごと)く打ち込まれた金だらいにより、レナの進撃が急速停止。

更によろめく足下に何か……ピンと張り詰めたものが引っかかると、レナは前のめりに転(こ)ける。

でもその体が倒れ込む寸前に、真下からネットが出現。それがレナの体をたやすく戒めてしまう。


「はう!?」


驚きながら林(はやし)から抜け、レナの脇に寄ると……どこからともなく圭一と沙都子、魅音達が息を切らせながら登場。


「ま、まさかこれ……!」

「急ごしらえではありましたけど、上手(うま)く……行きましたわね」

「恭文、よくやってくれた。おかげで沙都子がトラップを仕掛けられたからな」

「いや、トラップって……金だらいだったんだけど! というかこのネットは!?」

「わたくしなりの忍術ですわ! おーほほほほほほほほほほ!」


なんて自信満々に……! 今の、僕も直前まで気づかなかったんだけど! というか咄嗟(とっさ)に逃げ込んだ先を予測して、トラップゥ!?

ただ者じゃない……! この子、どうして叔父夫婦にいじめられるのよ! むしろトラップで撃退できるでしょ!


「はう……出してー! 出してよー!」

「それは駄目だ。レナ、みんなで確認するぞ」

「じゃあレナはこのまま、おじさん達で引きずるとして」

「それは嫌だー! うぅ……恭文くんのせいだよ!」

「それは八つ当たりでしょ。……っと、そうだ」


追撃も終わったので……もう一度右手刀!


≪「CUT!」≫


そうして処刑ソングならぬ追撃ソングは終了……ありがとう、セクシー大下さん。また一つの悪を捕らえることができました。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


圭一と恭文は顔が青くなり、怒り心頭でレナを追いかける。魅音と沙都子、私もそれに続く。

その結果が……御覧の有様! 一体なんなの!? というかレナ、明らかに殺意とかがかき消されてるんだけど!

明らかに恭文の奇行に怯(おび)えて逃げていたんだけど! 駄目だ、この忍術は止めないと! 無駄かもしれないけど!


というか、何が大変なんだろう。家具だけなら、模様替えか何かだと思えるのに。


でもそれが勘違いだと、竜宮家に到着してから突きつけられる。


「――では失礼します! ありがとうございましたー!」


元気のいい挨拶が家の前から響き、宅配業者のトラックが走っていく。

あの後……いろんな意味でぼろぼろなレナは、息も絶え絶えで荷物受け取りにサイン。

その結果運び込まれたのは大量の家具。例えば昨日訪れた居間は、新しい家具によって不協和音を奏で続けていた。


家具のほとんどは南国風で、純和風な今や家の外観と全く合わない。装飾や作りの豪華さがそれに拍車をかける。

この家にペルシャっぽい絨毯(じゅうたん)など、一体どこに敷くのだろう。

この家のどこに、ピンクと紫の花柄シルクカーテンをかけるのだろう。

この家のどこに、金の膝掛けを持つソファーが必要なのだろう。


それらは高価な分、むしろ異物が入り込んだような違和感ももたらしていた。

レナはそんな中で佇(たたず)んでいた。ぼう然と……侵略者達を見つめ、立ち尽くしていた。


……模様替えなどと思っていた自分を、いら立ち混じりに恥じてしまう。これはそんなレベルじゃない。


「こんなに高そうな家具ばっかり……どうして」

「レナ」


魅音が声をかけると、レナはハッとして飛び出す。私達が見えていない様子で廊下に出て、また別の部屋へと飛び込んだ。

追いかけるとレナは、置かれていた厳重な金庫に手をかける。手慣れた様子でダイヤルを回し、解錠。

部屋はどうも、お父さんのものらしい。それよりも問題は、開かれた金庫の中身。


「何これ……!」


幾つかの通帳と印鑑。切手の余りや未使用のはがき……それらの底から、新券の万札束が幾つも現れる。

しかもそれらは相当に厚みがある。しかも側(そば)には、同じように金を束ねていたと思われる紙帯があった。

そこには印鑑が押されており、百万円の束だったと想像できる。それが一つじゃない……幾つも、無造作に押し込まれていた。


束がないということは、使ったということ。一般家庭の手提げ金庫に入っている量としては、あり得ない金額だ。

この金の束だけでも十分以上だ。そこで昨日、恭文と大石が言っていたことを思い出す。


――間宮リナさんが起こしていた金銭トラブルに、脅迫していた男の影があるとします。
つまりそれは、間宮リナさんが金品を欲しがった場合、そのまま男の要求になるわけですよ――

――つまり僕達としては……お父さんがそういう要求を受けたか。それに応えたか……それを聞きたいだけなんですよ――


あのときは……事前に流れを聞かされたときも、”そういうもの”だと思っていた。レナとお父さんを納得させる論法だと。

その金額が大きければ大きいほど、二人にかかるプレッシャーも比例するのだから。でも現実を見ると、また違う……寒気を覚えていた。

これを恋愛対象に……結婚を考える相手に要求する? あり得ない……常識的に考えてあり得ない……!


「……恭文、くん」

「あ、僕達のことは気づいてたんだね。よかったー」


恭文も普通に見えるけど、違う……一体”何に”怒りを滲(にじ)ませているのか、よく分かった。


「教えて。結婚詐欺って……どうするの」

「レナ、それは」

「……まずは査定する。どれだけ持っているか」

「やすっち!」

「もう無駄だよ」


魅音が一体何を隠そうとしたのか、よく分かった。恭文の言葉でどれだけ絶望したのかも。


「最初はデート費用だ。でもそこから徐々に要求をエスカレートさせる。
そうして相手の引き出す限度額を見極めた上で、限界ギリギリまで搾り取るわけだ」

「絞り取った、後は」

「当然ドロン」

「そ……っかぁ。やっぱり忍者さんだから、詳しいんだね……」


レナはそう言いながらも震える手で、金庫内の通帳を一つ取り、開いた。

何が書いてあるのか、のぞき込もうとしたけど……やめておこう。表情の変化だけで、何が起こっているのかは分かる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……私がこれを最後に見たのは数か月前だけど、その日付以降……無数の引き出しが記帳されていた。

本来ならただの数字だから、感情なんて表すものじゃない。何かが分かるはずもない。

でもこれがお金を表す数字なら? お金は必要なものだ、生活そのものを表すバロメーターでもある。


だから伝わる……アリアリと、その情景が伝わる。ゼロから九までの十種類に満たない言語が、雄弁と語りかけてくるの。

余りに無残な移り変わりだった。初めのうちはまだいい。食事代か何かで出したと思われる、常識的かつ理解できる数字が並ぶ。

でもそのうち五や十という感じに、切りのいい数字が並ぶようになっていく。


下ろした日付の並び方から、常に財布に現金を持っていたい気持ちが伝わってきた。ストレートに……リナさんと遊ぶためのお金だと。

それらの数字に交じって、突然大きな支出が出てくる。交遊費にしては大きすぎる、数十万というお金だ。

そうだ、この頃……確か、リナさんが新しいマンションに引っ越したような……話をしていたかも。


興宮(おきのみや)辺りの賃貸マンション、その相場は幾らくらいだろう。借りるとしたら普通は敷金と礼金……それぞれ家賃二月分。

……妥当な数字だった。父は新居の頭金を丸々出したんだ。幾ら恋人だからって、それはさすがにあり得ない。

家賃となれば生活費やその他のお金も……だからだろうか。その後は新居祝いだとでも言わんばかりに、威勢のいい数字が並び踊る。


お金の下ろし方も段々と大味になってきた。必要な分だけ下ろすという額から、とりあえず手元に纏(まと)めて……という額に変化する。

その変換が意味するものはただ一つ。


――父の金銭感覚が、生々しく瓦解するさまだった。


着実に減り続ける預金残高に、どうなるのかと不安を持った頃、突然大きな入金を迎えた。

思いつくところは一箇所しかない。私は……色違いのもう一冊を手に取り、確認する。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ちょっとごめん」


なのに、この忍者は……! あっさり通帳を受け取って確認!? 図々(ずうずう)しいでしょ!


「やっぱり……最初は少額の引き出しが続いて、そのうち桁が一つ多くなってる。更に引き出す間隔も開いているね」

「間隔ですの? ……いえ、この札束を見れば一目瞭然ですわね」

「……それどころか、定期預金が解約されてるね」

「「はぁ!?」」


そこで慌てて、レナが見ているもう一冊の通帳に注目してしまう。

……一応知っていた……知っていたつもりだった。結婚詐欺に引っかかっているというのは。

でもこうしてアリアリとお金の流れを語られて、自分の認識不足を突きつけられる。


定期預金は将来の蓄えでもあるはず。もちろんそれは……母が浮気した末に置いていった手切れ金。

父親の考えとして、それを将来の頼りにするのは屈辱だったろう。手元から消し去りたいと思ってもおかしくはない。

でも、父親一人じゃない。レナがいる……レナの進路によっては、一千万単位の学費だってかかるだろう。


レナの父親は主夫同然だし、それでどうやって生活していくの? 恐らくそれすらも、リナとの結婚で何とかなると楽観視していたのだろう。


「その後は……あぁ、家電や家具の類いだね。六桁くらいの支出が連続してる」

≪せがまれるままに買い与えていた、ですか。間違いありませんね、探りを入れられてますよ≫

「……それくらいの頃から、リナさん……うちに、お泊まりするようになった」


レナはぼう然としながら、小さく……しかし、確かに二人の疑問に答えていく。


「お父さんもそれくらいから……興宮(おきのみや)の友人が、リナさんって固有名詞に変わって」

「羽振りのいい男が、明確なカモに様変わりか。これはおのれのことすら目に入ってないね」

「嘘だよ……」


恭文が言ったように無駄だった。言うならこの金庫はパンドラの箱。レナは自ら絶望を開いていた。

いずれにせよ追及は必要だった。奪われた金だけの問題じゃない。このままでは確実に、竜宮家は崩壊する……!


「……なぁ、レナ」


その分かりやすい答えの一つを、圭一が提示した。頭上から見つけた書類を広げ、レナに訪ねる。


「レナ……お前、引っ越すのか」

「え……!」


レナの呆(ほう)けた顔と、書類の中身で私達も察する。

その書類は……不動産屋の印が入った、賃貸マンションの案内書だったから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――警告したけど、手遅れでした。

魅音とは竜宮家で一旦別れ、僕はレナと圭一達を引っ張り、案内に書かれていた不動産屋を訪ねた。

魅音は急いでレナのお父さんを探し、状況を確認すると息巻いていたけど……大丈夫かなぁ。


いや、僕は新参者も同然だし、圭一達も不安は覚えていない。そこは任せても大丈夫でしょ。

なので僕は僕の仕事だ。第二種忍者資格を提示した上で、情報開示をお願いした……その結果、お店の担当者さんから突きつけられたのは。


「あぁ、間宮律子さんの物件ですね。えぇ、予約を承っております」

「え……」


詩音から聞いていた以上に進行していた状況だった。


「あの、確認なんですが……間宮律子さんなんですね。間宮リナではなく」

「えぇ」

「それは、住民票なども確認した上で」

「契約時の取り決めですので」


それは確固たる事実だった。というか僕も抜けていた。結婚相手に本名を教えないなんて、常識的にあり得ない。


≪あなた、これは≫

「源氏名だね」

「源氏名? なんですの、それ」

「風俗産業に従事する人が名乗る≪仮の名前≫だよ」

「ちょっと、恭文さん……!」


沙都子も、圭一も、梨花ちゃんもそのために言葉を失う。でも僕は逆に反省だよ。


「……フラワーロードのお店で知り合ったって時点で、考えるべきだったかぁ」

「葛西さんと詩音は、知っていたかな」

「詩音はともかく、葛西さんは知っていた。僕達が確認を取らなかったせいだ」

「……だな」


――その担当者と話を進めていくうちに、レナの顔色は真っ青を通り越し土気色となる。

その背後に立つ圭一の顔は、その真逆。怒りで真っ赤になり、沙都子と梨花ちゃんも倣う形となった。


まず間宮律子(本名)はこのマンションに、レナのお父さんと住むつもりはなかった。もちろん北条鉄平とも。

予約申込書には同居人として、全く知らない男の名前が書かれていた。今回の詐欺を契機に、ごく潰しの北条鉄平とは縁を切るつもりだったんだ。

考えてみれば上納金を狙う企(たくら)みに、北条鉄平を加えた様子はなかった。まぁ問題は……ん?


とすると……大石さんと沙都子本人にも相談して、予備策を整えておいた方がいいな。

……話を戻そうか。詳細な書類を見せられる中、圭一は小さく呟(つぶや)く。


「おい、なんだよこれ。このマンション……あの定期預金以上の額じゃないか……!」

「園崎の上納金を補填するつもりだったわけか。……馬鹿だねー、こんな真似(まね)をしたら、あっという間に足が着くだろうに」

≪人間、頭を使わないとこうなるんですね。あなたも気をつけないと≫

「心に刻むよ」

「嘘……だ……」

「残念ながら真実だ」

「嘘だぁ! あぁ……ああああぁああぁぁおあぁぁぁぁぁぁぁ! ああああああっぁぁあっぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!」


――その後僕達は泣きじゃくるレナを何とか宥(なだ)め、不動産屋を後にした。

魅音にも連絡したところ、やっぱり……この件を知っていたらしい。だから遠ざける形にした。

せめて二人の中だけでは『自分達を案じ、何も言わず身を引いた女』にしたかったのに、本人がそれをぶち壊すって。


なお雛見沢(ひなみざわ)に戻る途中、レナの自転車だけチェーンが切れた。

そのときに一度、普通に歩き出してから二度横転。レナは目を真っ赤に腫らし、色つきのいい柔らかな頬は泥で薄汚れていた。

そんなレナをあざ笑うように……また慰めるように。夕暮れは僕達を包み、ひぐらしは懸命に鳴いている。


「レナ……元気、出すのです」


梨花ちゃんはそう言うものの、今は無理だと痛感している。……確かに詐欺は未然で止められそうだ。

失ったお金は決して小さくないけど、これからやり直すのであれば、まだ……問題は心がへし折れていることだけど。

なおレナのお父さん、源氏名も知らなかったらしい。その辺りも含め、魅音と園崎お魎が説教中とか。


なぜ園崎家頭首が……と思ったけど、レナはその人柄もあり、村の人達から愛されているそうで。

それは強面(こわもて)で知られる園崎お魎も例外じゃない。やっぱり噂(うわさ)はアテにならないらしい。そう、救いもある。

この件をレナ一人で受け止めていたら、間違いなくその怒りと憎しみを殺意に変換して――。


圭一も、沙都子ちゃんも痛感する。昨日のおせっかいが必要で、梨花ちゃんの予言が事実だったと。

それはレナ自身もだ。僕が話したときも半信半疑って感じだったけど……今は。


「……恭文さん、逮捕はできませんの」

「民事での法的介入はできるかな。十分結婚詐欺の案件だし、被害届を出せば……あと、沙都子ちゃんの協力が必要になる」

「わたくしの? それは、一体」


一応圭一を見やるけど、黙っているのは無理と判断しているらしい。問題なしと頷(うなず)いてくれる。


「言ったよね、間宮律子には金品をねだる男がいるって」

「えぇ。でもあれは、間宮律子が悪者だと思わせないための……”それは”本当ですのね」

「ようはヒモなんだけど」

「待ってください! それは」

「ソイツの名前は北条鉄平」


その名前を出すと、沙都子ちゃんが恐怖で頬を引きつらせ、身構え始める。


「そもそも俺達が上納金強奪を止めたかったのは、そのせいもあるんだ。
間宮律子が死ねば、生活のアテがなくなった北条鉄平は雛見沢(ひなみざわ)に戻るかもしれない。そうなれば、お前は」

「そう、でしたの。……でしたら遠慮なさらないでください」

「沙都子、駄目なのです! それは」

「レナさんの痛みを……こんな鬼畜を放置する方が、わたくしにとってはずっと屈辱です!」


足を止めての激高に、梨花ちゃんが息を飲む。レナもその言葉を受け、ぼう然と……でも確かな感謝を持って、沙都子を見ていた。


「駄目だよ……」


でも、レナはすぐにその感謝を覆い隠し、悲しみのままに呟(つぶや)く。


「そんなの、駄目だよ。レナだって嫌だよ。沙都子ちゃんが去年みたいになるのは、絶対嫌だよ……レナ達のためになんて、嫌だよ!」

「……よいのでございます。わたくしも立ち向かうべきときがきた……そういうことでございましょう?」

「沙都子……! 恭文、どういうことなのですか! あれほど……それだけは嫌だと説明したのに!」

「”あれほど”は説明されてないわ。梨花ちゃん、その状況を傍観しようとしたのに」

「……!」

「というかレナ、沙都子も……早計してるよね。僕は『どっちか犠牲に』なんて一言も言ってないでしょ」


呆(あき)れてお手上げポーズを取ると、みんながぼう然とする。……いや、ただ一人圭一は険しい様子で思案していた。


「あぁ、そうだな。お前は協力しろと言っただけだ。つまり……何か方法があるんだな」

「沙都子はこれから、僕の義理妹になるの」

「「……はぁ!?」」

「恭文、どういうことなのですか!」

「確かに沙都子の親権は北条鉄平が持ってる。でも今回の詐欺で、北条鉄平は共犯の疑いが出てきたのよ? それで十分でしょ」

「「「あ……」」」


思い出してほしい。北条鉄平は間宮律子に計画を……竜宮家の資産状況を『説明されている』。

それに賛同していたのは、マスターの証言だけでバッチリ。あとはそのまましょっ引けば……?


≪北条鉄平が親権を誇示するのは、北条家の遺産が目当てだから。沙都子さんは現在その筆頭相続人です。
しかしそれができるのは、彼が相応に信頼できる人物だからこそ。そこにケチがついたら手もありますよ≫

「しかもお前はこの村の人間じゃない! 北条家の村八分やら、園崎家のことなんて気にせず振る舞える!
……それに話を聞く限り、北条鉄平は間違いなく『スネに傷あり』だ。この結婚詐欺だって『数あるうちの一回』だしな」

「そう、そこがネックだ。そもそも奴が沙都子を引き取るのには、相応のリスクがあるのよ」

「リスク、なのですか?」

「学校にだって通わせなきゃいけない。衣食住も保証しなきゃいけない。体裁すら整えられないなら、児童相談所が警察を伴ってくる可能性だってある。
……そのリスクを園崎に頼らない形で、邪魔されない形で明確にするのであれば、問題はなくなるわけだ」


そのためのワードは既に揃(そろ)っていた。僕自身をそこに組み込むことで……ただ問題も多少あるので、お手上げポーズを取ってしまう。


「まぁ一時凌(しの)ぎだけどね。とにかく今回の件が刑事事件として扱われても、そういう方向でフォローはできるって話」

「そう、だったのですか……みぃ」

「なので北条沙都子さん」

「は、はい」


沙都子は僕がさん付けで呼んだから、すぐに背筋を伸ばす。


「今日からしばらくの間、僕があなたの保護責任者となります。なのでこの件でたとえ北条鉄平が戻ってきても、あなたにはついて行く義務がありません。
その辺りの理由付けは先ほど言った通りですが……理屈は分かりますね」

「……はい」

「僕が協力してほしいこと……いえ、お願いしたいことは、ただ一点です。
僕は責任を負う以上、あなたが本気で困っているのなら、どこであろうと駆けつけ……必ず助けます。
園崎家が……いいや、誰かがその邪魔をするのなら、誰であろうとどいてもらう」

「――!」

≪心配はいりませんよ。今、この村には私達がいます≫


そう言いながらしゃがみ、沙都子に右小指を出す。


「だから恐れないでください。怖いことを、怖いと言うことを……約束してくれますか」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


その言葉でハッとさせられる。恭文は私と圭一が言ったことを……覚えていたのだと。


――北条家はダム戦争の遺恨を未(いま)だ引きずるが故に、村八分状態が続いています。
つまり村人が自主的に、沙都子を助けることはしない。祟(たた)りを恐れてもいますから――

――なら、沙都子さん自身の訴えはどうです? 暴力を振るわれるのなら、私達も介入できます――

――駄目です。沙都子は……兄の失踪を、自分のせいだと思っています。自分が子どもで、兄に縋(すが)って、わがままばかりで……弱い子だったから。
だから強くなろう。どんな痛みにも、どんな苦しみにも負けないくらい、強くなろう……耐えて、耐えて、耐え抜いて――

――その負い目から、沙都子が自分から『助けて』と言うのは無理……本当なら認めるべき美徳なんだけどな――

――それも状況次第ってことか――


沙都子が痛みに耐えて、耐えて、声を上げる勇気を捨てないように。自分には味方がいるんだと……手を差し伸べていた。

それに圭一も笑顔で頷(うなず)く。ボクも声を上げる。なおレナは……今は、自分のことで精一杯だから。


「そうだぞ、沙都子。お前には俺達もいる!」

「沙都子、ボクにも約束してくれますか。ボクはもう、一番の親友を助けられないのは嫌なのです……!」

「……分かりましたわ」


沙都子は呆れ……その奥にこみ上げる感情を、零(こぼ)れる雫を目元から払い、恭文と約束を交わす。


「でも、あなたも約束してください。……わたくしとレナさんの希望になると」

「約束します。そういうわけでレナ」

「……嘘吐(うそつ)き」


その様子を見ていたレナは、鋭い視線で恭文を見る。


「リナさん、やっぱり悪い人だった。嘘、ついてたんだね」

「レナ、それは」

「ごめん」


でもその視線とは裏腹に、言葉はとても脆(もろ)くて、痛みを伴っていて。


「ごめん……ごめんね。魅ぃちゃんだけじゃない。恭文くんもレナとお父さんが傷つかないようにって、いっぱい気づかってくれたのに。
なのにレナ、傷つけるようなことばかり言って。好きじゃないとか……言っちゃって」

「別にいいよ。嘘は嘘だ」

「よくないよ! なんでかな……なんで、そんなふうに身を削れるのかな。沙都子ちゃんのことだってそうだよ。きっと、凄(すご)く大変なのに」

「その分小ずるい奴らの邪魔ができるんだよ? むしろ楽しいでしょ」

≪まぁそういうことです≫


恭文とアルトアイゼンの変わらない言葉と態度を受けて、レナは笑う……呆(あき)れた様子で、力なく笑い、涙をこぼす。

そこには口にこそしないけど、感謝と謝罪の気持ちがたっぷりと込められていた。

夕暮れに輝く涙は、レナが閉ざしていた疑いや怒りを払うように流れ――。


「……オヤシロ様に、言われたの」

「……!?」


だからこそ、レナは今まで黙っていたことを口にした。それは私でも知らない……背筋がゾッとするほどの事実で。

だって、オヤシロ様というのは……!


「レナ、それは」

「リナさん……間宮律子とのことで悩んでいたとき、枕元にオヤシロ様が現れたの。
それで言ってくれた。嫌うな、逃げるなって。だからレナ、あの人のこと、好きになろうとして……なんでだろう」


レナがまた涙をこぼす。同時に自分の失策を、レナの涙が零(こぼ)れるたびに思い知らされた。


「レナ、オヤシロ様の言う通りにしたよ? 圭一くん達が心配してくれても、信じないで、ヒドいことも言ったよ。
ごめんね、ごめんねって……でも、嫌いたくないから、もうやめてって……なのに」

「レナさん……」

「夢かもしれない。でも、茨城(いばらぎ)からこっちに戻ってきたときもそうだったの。オヤシロ様に言われて、それで……」


そう、レナのオヤシロ様信仰……依存とも言うべき性根は、両親の離婚に端を発する。

ようはその辺りの原因が、村の外に出た自分達への祟(たた)りだと認識しているの。もちろんそれは勘違い。

恭文に語ったように、村人そのものが村の開放を望み、新しい風を巻き込もうと四苦八苦している。祟(たた)りはそれを閉ざす錠に等しい。


それはオヤシロ様当人にも……本当に危ういところだったんだ。

レナはただ、間宮律子達に家族を傷つけられただけじゃない。……オヤシロ様にも裏切られるんだ。

信じていたオヤシロ様に、オヤシロ様の言葉に。言う通りにしてなお、悪化した状況に絶望したレナは……


もし”こんな状態のレナ”が、一人でこの事実を知っていたら……!


「そっか。オヤシロ様はレナのことを心配して、助けてくれたんだね」


私は古手の巫女(みこ)として、何かしら言えたはずだった。でも……また、この男に先を取られてしまって。

自分の突拍子もない話を、容易(たやす)く受け入れた恭文……レナは、信じられない様子で見始める。


「信じて、くれるの?」

「霊障って分かる? 僕、実際に遭遇したことが何度かあってね。あとは」


恭文が私達を手招き。なので疑問に思いながら、身を寄せると。


「絶対内緒だよ? ……魔術、とか」

『魔術ぅ!?』


コイツ自身が信じられない話をぶつけてきた……!


「ガチなのだよ。世の中にはそういう学問を学び、納める人達がいてね。あと、土地神についても以前接触したことがある」

≪とあるロストテクノロジーのアイテムなんですが、それが土地に染みついた記憶を呼び起こすアイテムだったんです。
では”その記憶は一体誰のものか”という話になったとき、まぁ神様ではないかと≫

「想像以上にとんでも体験してるな、おい! ……レナ、オヤシロ様が枕元に立つくらいは普通らしいぞ」

「そ、それもいろいろ複雑だよぉ……」

「だが俺も信じるぞ」


更に圭一も乗っかり、笑ってスクラム解除。


「レナがそういう気持ち、持ってくれていたことは分かっていたしな」

「わたくしもですわ。ちゃんと伝わっていましてよ、レナさん」

「圭一くん、沙都子ちゃん……」


その言葉がまた衝撃的だった。……私は、さっぱり分かっていなかったから余計に。


「ま、まさか二人揃(そろ)って、こんなとんでも体験を……」


怯(おび)えるレナの言葉で二人はずっこける。


「いや、さすがにこんな体験はしていない! なぁ、沙都子!」

「えぇ! ただ……レナさんは少々、誤解をしていたのではと、思うのです」

「誤解?」

「嫌うな、逃げるな……でしたわよね。嫌うというのは、別に受け入れろという意味ではございませんことよ」

「ど、どうしてかな。かなぁ」

「憎しみを深くするな……相手を殺したいと思うほどに」

「……!」


その言葉でレナが息を飲み、自らの過ちを悟る。


「逃げるなというのは、言葉通りの意味でしてよ。問題から逃げるな……でもそれは、間宮律子を叩(たた)くだけではございませんわ。
家族と向き合い、話し合うのも戦いのはずです。それが無理なら、信頼できる誰かに相談する。そういう意味だったのではございませんこと?」

「あ……」


更に続く言葉が、ハンマーのようにレナの心を殴りつけた。


それは私にも突き刺さるものだった。

私も結局、沙都子やレナの問題から逃げていた。前の”予言”で上手(うま)くいったからと、今に対処しなかった。

それを成したのは圭一であり、恭文とアルトアイゼンであり……母のようにレナを諭す、沙都子であり。


自分の無力さをかみ締めるように、拳を握り締める。ううん、私は……この瞬間、とても無力だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


沙都子ちゃんの言葉が衝撃的だった。でもどうして……ううん、考えるまでもない。

昨日、恭文くんが予言のことを教えてくれたからだ。言葉とは真逆に、二人を嫌ったレナは……殺して、もっとヒドいことをして。

……いつか誰かにも、そんなことを言われた気がする。そのときのレナは……私は、全てを疑い、世界が狂ったように感じていて。


圭一くんも、魅ぃちゃんも、沙都子ちゃんも、梨花ちゃんも、誰も信じられない。そんな私を受け止め、言葉をかけてくれた人が……いたと思う。

ううん、いた。そうだ、あれは……ここではない、遠い世界のどこか。


私はその子にナタを振るって、殺そうとした。夕暮れから夜闇に移り、満月が輝き始める中……全力で、正しさを誇って。

でも一撃一撃受け止められるたびに、その戦いを楽しむたびに、心の霧は晴れていって――。


私は、とどめを刺せなかった。


『――あの二人を殺すことは、正しいことだと思ってた。……でもあの二人を殺した日から、もう世界はおかしくなっていたんだと思う』


違う、違うよ……何を勘違いしているの!? おかしくなっていたのは世界じゃない、私だよ!

仲間を疑って、ありもしない妄想に取り憑(つ)かれて! 泣いていたのに……私が傷つけて、泣いていたのに!


『だということは、あの二人を殺すのは……正しいことじゃなかったのかな』


そうだよ、正しいはずがない! 二人を殺しても、幸せな生活は戻ってこなかった!

みんなと部活して、笑い合って、かぁいいものを探して、見つけて……そんな日々は戻ってこなかったの! むしろ壊れるばかりだった!


『正しいかどうかはともかく、最善手ではなかったな』

『最善手……って』


でも、その意味が分からなかった。正しいことと最善手はイコールじゃない。その考え自体がなかった。

だから彼は私を抱きながら、力強く叫ぶ。


『そんなことも分からないのかよ!』


月明かりに照らされた彼――生まれ変わったらと、そんな未来を約束した彼。

彼は戸惑う私に、道を示してくれた。


『何かヤバかったり、疑いそうになったり、辛(つら)いことがあったりしたときはな――』

「困ったときは……疑いそうになったり、辛(つら)いことがあったときは……」


それはとても簡単なことだった。


「仲間に、相談する……!」

「あぁ、そうだ。レナ、お前には俺達がいる! 確かに一人の力は弱い! 恭文や大石さんみたいな力もない! だが」


そうして彼は……圭一くんは、戸惑う私に手を伸ばす。ううん、うな垂れるしかなかった両手を取ってくれる。


「こうやって手を繋(つな)げば――一人じゃ届かない場所まで手を伸ばせるだろ!」

「……そうだね」


本当だ……レナが、勘違いをしていただけなんだ。こんなにも簡単だったのに。


「そうだよね……」

「親父さんとちゃんと向き合ってみろよ、レナ」


声を上げなきゃ、手を伸ばさなきゃ、それすら分からないのに。


「黙って相手の気持ちを思いやるレナもいいけど、心の底から幸せそうに笑っているレナが、俺は大好きだぜ」

「そう、なんだよね――!」


後悔と、仲間達への申し訳なさから……涙は止まらなかった。

自分の不幸をオヤシロ様の祟(たた)りだと思っていた。だから私は、オヤシロ様の言うことを信じよう、守っていこうって誓ったんだ。

でも……本当はそれも違っていた。私は全てをオヤシロ様のせいにして、逃げていたんだ。

そうして雪だるまのように膨らんで、どうしようもなくなってから嘆いて、恨んで……結局破滅した。


祟(たた)りなんてどこにもなかった。オヤシロ様も関係なかった。


ただ私の心が弱かったんだ。一人で背負いきれないことを認める、そんな勇気すら出せなくて――!


「うぅ……あぁ……うあぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあ! あああぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」


――しばらくの間、私は泣き続けた。でも最後には……ちゃんと、みんなへの感謝を伝えて。

でも、伝えきれなかったこともあって。あの子に素直な気持ちをぶつけるには、もうちょっと……時間が、かかりそう。

でも……でもね、いつかはちゃんと伝えるよ? もうちょっとだけ私が、強くなったら。


≪誰かのため≫に繋がるゲームを楽しむ……とっても、とーっても、意地悪なあなたに。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


レナが落ち着いてから、僕達はまた歩き出す。登校時、圭一とレナ、魅音達が待ち合わせに使っているという水車小屋近くに向かうと。


「お迎え御苦労、元委員長!」

「いえいえ、どう致しまして! 現委員長!」


待ち受けていた魅音が圭一とハイタッチ。魅音は様子を一瞥(いちべつ)した上で、僕に『ありがとう』とアイサイン。

それからレナを見て、優しく頭を撫(な)で始めた。


「元気を出して、レナ。アンタにそんな顔は似合わないよ」

「魅ぃちゃん……」

「さて、婆っちゃが待っている。ついでにご馳走(ちそう)も山ほど待っているよ」

「え、圭一くん……これ」

「俺というか、恭文だな」


そうそう、僕……ちょ、それは違う! 圭一からの言付けを伝えただけなのに……あぁ! レナが目を丸くして!


「ちょ、待って! 僕は圭一の言付けを伝えただけだよ! ほら、魅音に電話したとき!」

「言われたねー。高級旅館に二名で予約よろしく……やすっち、やるねー。早速レナをハーレムに加えるとは」

「はう!?」

「おいこら待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 一名! 一名って言ったよね! 圭一の言付けは正確に伝えたよね!」

≪あれ、おかしいですね。私のログにも二名だと≫

「アルトォォォォォォ!」


すると閃(ひらめ)く光の拳――それに顔面を叩(たた)かれ、派手に地面を転がる。


「ハ、ハーレムってなんなのかなぁ! かなぁ! 恭文くん、それは浮気だと思うな!」

「ご、誤解だ。僕は本命に……ひと、すじ」

≪何を言ってるんですか。圭一さんにも言われたでしょ? みんなに一筋であれと≫

「なのです。圭一は恭文がモテていると聞いて、欲望丸出しだったのですよ。弟子にしてほしいとも言っていたのです」

「ちょ、梨花ちゃん! それは」


再び閃(ひらめ)く光の拳は、圭一の急所を的確に捉え、大きく吹き飛ばす!


「ふごぉ!」

「圭一くんもアウトォ! というかレナ、浮気する人は好みじゃないもん! 魅ぃちゃん、予約は一名……一名だからぁ!」

「ぼ、僕が二名入れたって濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)は、晴れないのでしょうかぁ」

≪いいじゃないですか。レナさん、好みでしょ? 特に声が≫

「おい馬鹿止めろ!」


三度閃(ひらめ)く光の拳は、なぜか突っ伏した地面から打ち上げられ……僕の体は五メートルほど宙に舞い、そのまま落下する。


「ぐべぼぉ!? く、空間接続……だと」

「光の速度と言えば、もはや何でもありですわね……」

「……あと恭文くんには、個人的にお話があるから。明日も学校、きてね?」

「さっきまでベソをかきまくっていたくせに、なぜ平然とできる……!」

「いいの。恭文くんが意地悪だから、レナも意地悪することにしたの。おかえしだよ、だよー?」

「嘘だッ!」

「それこそ嘘だッ!」


そう言いながらつや消しアイズでこちらを見るな……! というか嫌だ、行きたくない! どうにも嫌な予感しかしないー!


「あははははは! レナパンが出せるなら、まだまだ盛り返せるね!」

「えぇ。……そういえば魅音さん、レナさんのお父様は」

「あ、詩音と葛西が引っ張って説教中。Not暴力的な意味で」

「……それは、ダメージがデカそうだな、おい」


圭一、おのれ……よくすっと立ち上がれるね。僕、ちょっと頭がくらくらしてるのに。これが慣れか。


「そういうわけだからレナ、失ったお金やら法的対処やら……いろいろ考えることはあるけど、それはまた後日、みんなでやろう」

「魅ぃちゃん」

「今日は久々に騒ごうよ。……ね?」

「……うん!」


そして慣れるほど、この仲間達の絆(きずな)は深くて……そんな様子を、梨花ちゃんに頭を撫(な)でられながら見つめていた。

……僕はフェイト達に、ここまでの信頼を寄せているか。今一つ自信がなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そう……レナの方は何とかなったの。でも失敗したわね……まさか、レナがそう解釈するなんて。

ううん、あなたのせいじゃないわ。私の指示が悪かったのよ。次からはきっちりはっきり、一から十まで伝えましょう?


……あぁ、これ?


えぇ、ここにいるとやっぱり暇だから、またかけらでね……このかけらは≪罪滅し≫。

鬼隠しと対になるかけらであり、前の世界である≪皆殺し≫の一つ前で起きた奇跡。

そう……このかけらは私達にとって、重要な意味を持つもの。可能性という奇跡を示すかけらだった。


なにせ抗(あらが)えないと思っていた”昭和五十八年六月”に、風穴を開けられるのではないかと初めて思えたから。

この世界でルールXに捕らわれたのは竜宮レナ。原因はもちろん間宮リナの一件……えぇ、あなたも聞いた通りよ。

レナは結婚詐欺の話も、竜宮家の財政危機も、全て一人で聞いてしまい、抱え込み、その結果の凶行だったの。


しかもその後、綿流しの事件を受けて……レナは園崎家と雛見沢(ひなみざわ)全体に疑いを持ってしまった。

結果学校を占拠し、村に救う暗部を暴こうとしたの。……本来であれば私達は、レナが学校に仕掛けたトラップで爆殺されるところだった。


でも、圭一がそれを止めたの。


この世界での……二つ前の世界での圭一は、鬼隠しでの記憶を呼び起こした。

それは本来あり得ない奇跡。でもだからこそ圭一は、自分と同じ状態に陥ったレナと向き合い、その誤解を解くことに成功した。

このゲーム盤を支配する大きな法則≪ルールX≫に真正面から挑み、これまでのかけらで学んできたことを生かし、打ち勝てることを証明したの。


……まぁその世界での奇跡も最後には≪ルールY≫に取り込まれて、全て台なしになるんだけど。


え、ルールYはなんだって? そう言えば説明していなかったわね。

ルールYは、古手梨花を殺そうとする絶対意志そのもの。幾度やり直そうと変わらない敗北という結論そのもの。

それも打破しなければ、私達はやっぱり先に進めないってわけ。まぁ、ある意味風穴は空(あ)いてるんだけど……二十一世紀は、さすがにねぇ。


……大丈夫よ。言ったでしょ? これは重要な意味を持つ、奇跡を示すかけらだって。


確信したわ。学ぶことで私達は成長できる――勝ち目のないゲームに、僅かの勝ち目を作り出すことができる。

このかけらによって、ルールXはほぼ完全に打ち破られたと言えるわ。だから圭一も、沙都子も、魅音もレナをすくい上げた。

ルールは無敵の存在ではなく、打ち破れることも教えてくれたわ。その希望はゲーム盤の外にいる私達にも示されている。


全てのきっかけと、そしてターニングポイントとなる重要なかけら。だから言い切れる。

もう症候群なんて下らないものに踊らされない。……もちろん、あの無茶苦茶(むちゃくちゃ)な魔導師達もね。


仮にその目があったとしても、今の圭一なら払ってくれるわ。仲間として受け入れ、信じることで――。

あの二人を部活に誘ったのって、そういう意味もあると思うの。みんなが同意したのも同じ。


……”あなた”は気づいているかしら。それともまだ、怯(おび)えたままかしら……くすくす。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


翌日――今回は興宮(おきのみや)のホテルでぐっすり休んでから、公由村長の自宅へ。

頭頂部が寂しい痩躯(そうく)のおじいさんは、僕を笑顔で客間に招き、お茶までご馳走(ちそう)してくれた。


「すみません。突然押しかけてしまって」

「いやいや。君みたいな若い子が、雛見沢(ひなみざわ)に興味を持ってくれるのは嬉(うれ)しいんだよ。この村はね、今外に解放しようと動いていてね」

「梨花ちゃんから軽く聞きました。別荘地の解放や、新しい名物の模索をしていらっしゃるとか」

「そうなんだよ。で……夏美ちゃんのことだったね。それで魅音ちゃんも」

「まぁね」


そう、魅音にも朝一番で付き合ってもらっていた。元委員長として、その辺りは融通が利くらしい。

……そうそう。竜宮家の件だけど、園崎お抱えの弁護士が代理人として立ち、間宮律子へ勧告することが決まった。

つまり刑事事件ではなく、飽くまで民事事件として片を付ける。なので僕と沙都子が交わした義兄妹契約はお預け。


その片付け方が徹底的か、それとも緩やかかは協議中だけど……何にしてもこれで終わりだ。

そう遠くないうち、間宮律子は予定通りに左遷を食らう。間宮律子は感謝をするべきだろう。


闇の力で制裁されることもなく、法の裁きを受けることもなく、日の本で罪を数えられるのだから。

……無論、それだけの知性と誇りがあの女にあれば……だけど。


「断っておくと、僕が雛見沢(ひなみざわ)にきた件とは無関係です。そちらはプライベートなので」


なので一旦置いて……笑顔での融和政策です。


「ただPSA……忍者の嘱託組織から、臨時調査と状況説明をお願いされまして。
特に公由村長は御親族とのことですし、心配されているのではないかと。それに魅音も、顔なじみなんだよね」

「うん。人見知りな子だから、こっちに来たときは目一杯可愛(かわい)がってる感じ。後ろから付いてくるのがもう、可愛(かわい)いんだー」

「夏美ちゃんも、魅音ちゃんのことが好きだからねぇ」


魅音は笑顔で言うものの、未(いま)だに状況を信じられない様子。……同時に怒りも持っていた。

そんな子が、そんな薬害に遭っていたなんて……しかも御両親や周囲の理解も得られず。

その状況に憤ってくれていたからこそ、公由村長への説明も手伝うと言ってくれた。


「だが忍者というのは、そんなことまでしてくれるのかい」

「今回はかなり特殊です。……失礼ですが夏美さん、御両親と上手(うま)くいっていなかったようで。
その辺りも精神の病に関わることなので、夏美さんのためにも誤解がないように対処するべきだと」

「わたしも園崎家頭首代行として……ううん、夏美ちゃんの友達として、公由のおじいちゃんには理解してほしくて。
……今回の件は夏美ちゃんの罪というより、夏美ちゃんが飲んでしまった薬の罪だから。それだけは、誤解しないでほしい」

「……本当にありがとう。私も寝耳に水で、ギョッとしていたところなんだよ」


だよねぇ。いきなり親族が警官を襲って、怪我(けが)をさせたなんて聞いたら……しかもそれが違法薬品のせいだもの。

穏やかな様子だけど、村長の目には確かな怒りもあった。身内を傷つけられたことに対する、正当な怒りだ。


「じゃあその薬は、一体どういうものなんだね」

「現在再カウンセリングと状況確認、更に薬本体の成分分析も途中なので、現段階で分かっていることだけになります。それでも」

「大丈夫だ。魅音ちゃんは」

「わたしはもう聞いているから。……簡単に言えば、飲んだ人間に妄想・錯乱を引き起こすものなんだって。
しかもね、それには幻覚も伴うの。夏美ちゃん自身は……血管に、ウジがはい回るように感じたことが」

「何だって……! だが、そんなことが!」

「現実問題として、血管にウジのような虫が湧くことはあり得ません。それだけのサイズであれば、どこかの血管で詰まりますし」


改めてPSAに現状を確認したので、おぞましい様子の村長さんには補足しておく。


「ですが……公由村長、うつ病が薬での治療を可能とするのは、御存じですか」

「それは、テレビで見たことがあるよ。確か脳内物質のバランスが崩れて、鬱状態が生み出されるんだよね。それを薬で正す」

「その通りです。人間の体と精神は密接に関係しており、体の異常は精神の異常に繋(つな)がる……これまでの研究で判明していることです」


だからこそ鬱屈としたときは、適度な運動が進められるわけだ。人間はただ休めば、心まで晴れるわけじゃないらしい。

体を動かし、疲れることも気分転換のトリガーになる場合もある。……だからこそ、あり得るのよ。

血管にウジがはい回ることはあり得ないけど、”そう誤認する”ことなら。


「つまり夏美さんの場合、問題の薬物による生理的反応でそう誤認したんです。一時的な血流の増加などが原因で」

「だがそんなことで……いや、幻覚や妄想もあるって言ってたねぇ」

「専門家の話では、起爆剤になり得るものがあると確実だそうです。例えばホラー映画とか。
昔に流行(はや)った『エイリアン』という映画では、人間の体内に寄生・成長するエイリアンが腹を食い破るシーンがありましたし」


そういうシーン……映画だけに限らず、『そう言えば』と思った瞬間、五感はその現実≪虚実≫を形作る。

しかもそれは当人にしか見えないものだから、当然第三者は認識できず、否定してしまう。……だから余計に、周囲への敵意と疑いが強まるわけで。


「夏美さんはその薬のせいで、周囲への攻撃行動に出てしまった。全ての人間が……その言動と行動が敵に見えてしまったのは事実です。
それも普通じゃない。……殺さなければ、自分が死ぬというレベルで」

「飽くまでも自分を守るために……じゃあ、夏美ちゃんは何かしらの罪には」

「問われません。魅音が言ったように、これは夏美さんの罪じゃない。心の病と薬の罪です」

「怪我(けが)をした刑事さんも、夏美ちゃんとは管轄の関係で顔見知りでね。事情を察した上で配慮してくれたんだよ」

「そうかぁ……よかったぁ」


その辺りは既に決定しているので、問題なしと断言。それで公由村長は表情を緩めて安堵(あんど)。……ではツツこうか。


「それでですね、その件に絡んで一つお話が」

「何かな」

”アルト”

”監視や盗聴の類いはなし。そのままどうぞ”

”ありがと”

「……雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件について」


……僕がその名前を出した途端、温和だった公由村長の表情がこわ張る。

猜疑(さいぎ)心を隠すことなく、表面上の穏やかさを消すこともなく、机越しに僕へと詰め寄った。

いや、それは魅音も同じだ。視線に冷たさが宿り、上から問いただすような威圧感も感じる。


この辺りは魅音にも話していなかったからね。ちょっとしたアドリブってやつさー。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日来訪予定の忍者くんに備えて、地下の『入江機関』へ。そこに控えていた、ハーフジャケット姿の男と軽く相談。


「蒼凪恭文……」


小此木(おこのぎ)は後ろで一つ結びにした髪を揺らしながら、テーブルに何枚かの資料を出してくる。それを受け取り、さっと確認……これは。


「あらあら、凄(すご)いわね。TOKYO WARや核爆発未遂事件解決の立て役者さんなの」

「後者に至ってはそんなもんじゃないですぜ、三佐。平安法にまつわる敵の動機を見抜くだけでなく、核爆弾解体もこの坊主が主導だ。
更に異能力戦にも通じているようで、HGS患者相手だろうが容赦なく戦えるとか。はっきり言えば強敵です」

「あらあら……天下の山狗部隊を率いるリーダーが弱気だこと」

「へへ、面目ねぇ。ただそれは真正面から、少年漫画みたいに打ち合えばの話だ。数と戦術、経験じゃあガキに負ける道理もありません」


その言葉には安堵(あんど)しながら、この状況で飛び込んだ哀れな子羊を見やる。……問題は忍者じゃないわね。

この状況でそんな子を送ってきた、赤坂という刑事の方よ。


「ところでその、赤坂というのは」

「公安の刑事です。五年前……大臣の孫を誘拐したとき、軽く邪魔してくれた若造」

「あなたにとっても因縁試合ね。チケットはまだ余っているかしら」

「何を仰(おっしゃ)ります。そんなのに拘(こだわ)って、計画が失敗したらどうなりますか」

「……それもそうね。個人の勝敗など、戦略的観点の勝ち負けには関わらない」

「えぇ」


犬飼大臣の孫を誘拐したのは、この小此木達だ。

ダム建設なんて愚行が行われれば、私が祖父から受け継いだ研究も、神となる道のりも消えてしまう。

……もちろんこのプロジェクトは私個人のものではなく、国家的策略と予算の上で成り立っているのだけど。


とにかく建設を阻止するため、圧力として孫を誘拐した。だから元々彼は帰すつもりだった。

そういうメッセージだったもの。そうしてプロジェクトの円滑な進行を守るのが、防諜(ぼうちょう)部隊山狗の使命。


「ただ警戒はしておきます。あの坊主個人だけならともかく、PSAや現地警察のツテも多いですし。……特にこの二人」


次に出された資料には、五十代前後の刑事達が映っていた。えっと……。


「鷹山敏樹と大下勇次? 何よ、横浜って管轄違いもいいところじゃない」

「その二人は別格です。ブレーメンやNET……そんなタチの悪い連中を、二人だけでぶっ潰した」

「馬鹿を言わないでよ。どっちも教科書に載るような国家的テロ組織じゃない。それを」


たかだか所轄の刑事二人だけで……でも、小此木の目は本気だった。

この刑事達にはそんな肩書きに縛られない、それだけの力があると――。


「もちろん核爆発未遂事件も同じくです。そのとき、坊主と共同で捜査をしていたようで」

「……あの坊やが主導って言ったわよね」

「戦力としての働きが大きいのはこっちです。しかも奴らはつい最近まで国際的捜査組織にも所属していた」

「そっちのツテを持ちだされる可能性もあると。なら小此木、今言った通りでお願い」

「へへ、了解しやした」


まぁ、問題はないでしょう。たかだか刑事二人が助けに入ったところで、私達の計画は止められない。

この雛見沢(ひなみざわ)を贄として、私は神の頂に迫る――えぇ、至れるのよ。既にその駒は揃(そろ)っている。


文化的遺伝子というのを知っているかしら。人が迎える本当の死が命ではなく、記憶ならば……そう、人は忘れられたときに死ぬ。

過去に名を挙げた偉人達は、今なお人々の記憶に、そしてデジタルな記録に残され生き続けている。

それらはもはや神であり、一つの偶像たり得ると私は思う。だから私は神に至る。


……忘れられない名は永遠であり、正しく神の領域。私の名は……私達が追い求めたものは今、一つの座に召し抱えられるの。


そうして私達は神になる。……ほら、決して荒唐無稽じゃないでしょう? 簡単なのよ、神になるなんて……ね。


(第6話へ続く)





あとがき


恭文「ごめん、部活はまた延期……次回になってしまった。……レナが逃げるからー」

フェイト「レナちゃんのせいじゃないと思うな! ヤスフミが追いかけてくるせいだよ!」

恭文「え、でもそれなら撃つしか」

フェイト「それこそ犯罪だよ!?」

恭文「かめはめ波を」

フェイト「殺すつもり!? というかシリアスー!」

恭文「馬鹿野郎! レナに飲まれてシリアスをやったら、間違いなくバッドエンドだよ!?」

フェイト「どういうことなの!?」


(蒼い古き鉄は悟空師匠から教わり、かめはめ波を撃てます。……え、本編? 何のことやらサッパリ)


恭文「というわけで、本日の澪尽し編……でもこれでようやく、序盤のバッドエンド分岐イベントは全てクリア。
ここからはようやく綿流しの事件に踏み込んでいきます。お相手は蒼凪恭文と」

フェイト「フェイト・T・蒼凪です。でも、これはヒドい……娘さんもいるのに」

恭文「この結婚詐欺が最悪な形で発覚した『罪滅し編』で、レナがこう言っていたのよ。
お父さんはいわゆるいい男ではなくて、その上母との離婚で傷心状態が続いている。そんなときに優しくしてくれる女性が出てきたら……と」

フェイト「あぁ、そういう……浮気をされた上での離婚だったよね」


(傷ついているときほど、悪魔はその隙を見逃さないものです)


恭文「とにかくどんどん暴れていくよー。頑張るよー」

フェイト「で、でもヤスフミ、いいの!? 村長さんとかに話しちゃって!」

恭文「肝腎なところは言ってないって」

フェイト「というか、こんな大変なことをどうして黙ってたのー! 私、奥さんとして助けに」

恭文「このときは奥さんじゃなかったよね!」

フェイト「そうだったー!」

恭文「というか、中卒の無職にうろつかれても……うん」

フェイト「無職!?」


(説明しよう。閃光の女神は高校には進学せず、中学卒業と同時に執務官となったため……地球では中卒の無職です)


フェイト「ち、違うよー! 今は専業主婦だよ!? 奥さんだもの!」

恭文「このときは、無職だったでしょ?」

フェイト「そうでしたー! でも、それならヤスフミは小学校中退の……忍者さんだったー!」

恭文「でもこのときは中途半端だった」

フェイト「え」

恭文「分身の術、できなかったし」

フェイト「そこ!?」


(そこが一番重要なようです。
本日のED:柴田恭兵『RUNNING SHOT Feat. T.NAKAMURA, SENRI KAWAGUCHI & SHIGEO NAKA』)


恭文「というわけで、次こそ部活だ……! 本当は綿流し直前まで何個か部活をやろうと思っていたけど、記念小説に回す!」

あむ「だね……! それより事件だよ、事件事件! でもどうするの!? 鷹山さん達まで目を付けられてるし!」

恭文「いっそ呼び出して、奴らのお望み通り暴れてもらうとか」

あむ「いや、望んではいないと思うよ!? というか鷹山さん達も仕事があるのに!」

恭文「だよねー。さすがにそれは……いや、待てよ」

梨花「みぃ……どうしたのですか?」

恭文「ミステリックスレンダー美少女」

沙都子「なんですの。わたくし達をじろじろ見て」

恭文「お嬢様系はつらつ少女」

レナ「うぅ、また悪いこと考えてる。レナのことをいじめようとしてるんでしょ」

恭文「家庭的な幼なじみ系ヒロイン」

レナ「それ、散々負けフラグとか言ってたやつだよね! 怒られるよ!?」

恭文「よし、これでいける」

レナ・沙都子・梨花「「「何が!?」」」

あむ「紹介するつもりだ……女の子として紹介するつもりだ! この鬼畜!」

恭文「じゃあ副会長とか? かつお節ラーメンで手を打てば……あ、上手いものでサリさんを釣るって方法も」

あむ「それもやめてあげて!」


(おしまい)



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