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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第4話 『カクシゴト』


これは、魅ぃちゃんから聞いた話――北条のお父さんは、沙都子ちゃんと悟史くんの実父じゃない。

沙都子ちゃんのお母さんは、沙都子ちゃんと悟史くんを産んでから再婚と離婚を繰り返し、名字が幾度も変わった。

離婚がどれだけ重いものか、レナにはよく分かる。レナにとってもお父さん達の離婚は……ううん、その話はいいか。


だから二人にとってお父さんとは、名字とは、一定期間を置いて変化し続けるもの。決して定まらないものだった。

それでも悟史くんはまだ良かった。元々大人しいのもあるけど、ある程度大人の事情も受け止め、配慮できたから。

でも沙都子ちゃんは違う。再婚相手に懐(なつ)かなかった。全く、これっぽっちも……ただひたすらに嫌い、疑う。


もちろん仲良くしようと手を伸ばして、払いのけられたお父さん”達”もいい気分はしない。

たとえそれが打算であったとしても……たとえそれが、本当の愛情だったとしても。

それが離婚原因となったこともあるし、それゆえに沙都子ちゃんのお母さんも辛(つら)く当たった。


そんな環境で育った沙都子ちゃんがすがれるのは、同じ”痛み”を知る悟史くんだけだった。

でもその状況が変わったのは、沙都子ちゃん達の名字が”北条”になってから。最初は北条のお父さんにも懐(なつ)かなかった。

村でも割と荒っぽい人で知られていたんだけど……それは、飽くまでも一面にすぎなくて。


きっかけは沙都子ちゃんが興宮(おきのみや)の児童相談所に、嘘の虐待被害を訴えたこと。少なくとも深刻化されるような状況ではなかった。

でも当時の職員さん達は見かねて、沙都子ちゃんの御両親に教育指導を行った。

嘘の虐待被害……お父さん達へのえん罪は確かによくない。それは叱るべきことだ。だけど沙都子ちゃんだけが悪いわけじゃない。


言い方は悪いけど、父親を取っ替え引っ替えして、その意味をちゃんと伝えなかったお母さん。

そんな沙都子ちゃんとすぐに信頼関係が結べると、タカをくくっていたお父さん。

それぞれの責任も重いと……とても真摯に話し合った結果、二人は猛省。


父親……ううん、兄以外の家族に猜疑(さいぎ)的な沙都子ちゃんに信じてもらえるよう、少しずつ努力を始めた。

媚(こ)びるわけじゃない。もう一度家族としてやり直せるように。二人の行いが罪だとしたら、それには償いと禊(みそ)ぎが必要だった。

禊(みそ)ぎは児童相談所の人達に叱られたこと。親という言葉の重さを突きつけられたこと。


なら償いは、一歩ずつ親になっていくこと――。


二人はとても懸命に、家族という目標に進もうとした。悟史くんもその姿にはとても喜び、惜しみなく協力した。

当時の沙都子ちゃんは疑心暗鬼に駆られ、余り聞く耳を持たなかったようだけど。……こんな話もあった。

沙都子ちゃんが裏山で一人遊びながら、トラップを作り始めたのもこのとき。遅くなると、悟史くんが迎えに行くのが恒例だったらしい。


そのときにはえっと……そうだ、ダム戦争の件で村八分が始まっていたんだよね。沙都子ちゃんの一人遊びは、そういうのも理由。

でもお父さんとお母さんは気にするタイプでもなかった。というか、そもそも気にする理由がなかった。


……魅ぃちゃんから北条家のことを聞いたとき、こんな話もしてくれた。


――元々北条家が村八分にされたのは……完全に園崎のせいなんだよ。ここは圧力をかけたって話じゃなくて――

――どういうことかな――

――ダム建設の話が持ち上がったとき、園崎家頭首:園崎お魎……つまりうちの婆っちゃは激怒して、即行で反対意志を示した。
それに他の村人達も同調する形だったんだけど、先走りでもあった。……国は最大限の保証を提示していたんだ。
多額の見舞金と当座の住まいって感じにね。それで納得していた一部の層もいた――

――それが北条家?――

――それと他多数……ダム推進派と呼ばれる人達は、村の中でも決して裕福じゃない層なんだよ。
……でも婆っちゃが計画を初っぱなで蹴ったおかげで、それがパーになった。
北条家はそんな立場の弱い人達を庇(かば)って、婆っちゃを怒鳴りつけただけなんだよ。弱い人達のことも考えろーってね――


つまり北条家はそんな人達の代表になって、先走りを諫(いさ)めた。……とても勇気のある人だと思った。

園崎家がどれだけ強大で、村の中で絶対的かはよく分かる。それに立ち向かうなんて……!


――それは正しかった。抗議をするのであれば、まず村人全体の意見を取りまとめるべきだったんだよ。
何より持つ者である園崎家が、持たざる者である賛成派を批難しても、それは卑きょうってもんだ――

――まぁ、それで生活を保障するーとかじゃないと……そうなっちゃうね――

――でも婆っちゃも喧嘩(けんか)っぱやいからぁ。北条家と徹底的にやり合ったせいで、今みたいな空気になって――

――じゃあその、他の人達は――

――ダム戦争が進むごとに、北条家を取り残す形で抗戦派に回った。ここは鬼ヶ淵死守同盟を盛り上げるとき、オヤシロ様の名前を利用したせいもある――

――村に災いをもたらすなら、祟(たた)りを起こす――

――……村を守るためには必要なことだった。でも問題は、そうして変えた空気を緩和できないこと。変えたわたし達でさえも――


村を守りたかった。家族を、家を守りたかった。その気持ちはみんな同じはずなのに、行き違って、怒りをぶつけ合って。

そんな空気が村八分を呼び起こしていた。それでも……だとしても、北条家は強く生きていた。


なのにその矢先、二年目の祟(たた)りが起こった。


北条夫妻は沙都子ちゃんを遊びに連れていったんだけど、その出先で転落死。岬の展望台から、そのまま海に――。

なお転落死したのはお父さんだけ。お母さんは死体が上がらず、現行法に則(のっと)り行方不明扱いとなっている。

事件が発覚したのは、一人残された沙都子ちゃんが近くの人に訴えかけたから。


それから悟史くんと沙都子ちゃんは叔父夫婦に預けられたけど、そこから執ようないじめが始まった。

二人は北条のお父さんみたいに、荒っぽいけど気は優しい人じゃなかった。

おじさんである北条鉄平は、興宮(おきのみや)や雛見沢(ひなみざわ)でも(悪い意味で)有名なチンピラ。


その奥さんであるおばさんも、似たり寄ったりで……二人とも、北条家の遺産目当てだったらしい。

それでも悟史くんは上手(うま)くやろうとした。でも、沙都子ちゃんは……しかも村の人達は、誰も助けようとしなかった。

ここで足を引っ張るのが村八分状態と、既に三年目を迎えていた連続怪死事件。しかも園崎家がその黒幕とも疑われていた。


つまりね、園崎家に逆らうってことは……祟(たた)りのターゲットに立候補するってこと。この村ではそういう認識が成り立っている。

北条家はその園崎家と一度揉(も)めているから、もし助ければ……そんな恐れが、沙都子ちゃんと悟史くんを更にすり潰していく。


それが限界値に近づきつつあった頃、レナは雛見沢(ひなみざわ)に戻ってきた。


小学校前の記憶なんてあやふやで、最初はどうなるかなって思っていた。でも魅ぃちゃんが本当によくしてくれて、混合クラスにもすぐなじめた。

梨花ちゃんとも、沙都子ちゃんとも、もちろん悟史くんとも仲良くなった。お父さんも主夫状態ではあるけど、多少明るくなった。

いいこと尽くめと言っていい状況……だったんだけど、その途端に難しい状況を知らされて。


魅ぃちゃんが”部活”を始めたのはそのせいだった。元々ゲームとかが大好きで、遊び道具をたくさん持っていたから。

それを使って、みんなが楽しめるゲームをしよう。年齢・経験を問わず……でも遊ぶだけじゃ刺激が足りないから、罰ゲームは凶悪に。

それが嫌だから真剣に遊んで、罰ゲームは笑い飛ばして、また新しいゲームに挑む。


そんな……村の空気を忘れられるような、”私達の世界”を作ろう。しかも部活だから、家に戻るのが多少遅くなっても問題ない。

村の空気を変える力はないけど、せめてって……そして、四年目の祟(たた)りは起こる。

殺されたのは北条の叔母、失踪したのは悟史くん。しかも悟史くん、その前後から様子がおかしかった。


所属していた少年野球チーム『雛見沢(ひなみざわ)ファイターズ』を一時休部して、何やらバイトをしていたらしい。

それでも腕が鈍らないように……なのかな。一人でちょくちょく素振りをしていた。

毎日参加していた部活も、バイトの関係から一旦休部。私達とも学校で話をしなくなっていた。


それでレナは相談もされた。……オヤシロ様の足音が聞こえていたらしい。

ひたひた、ひたひたって……レナも同じ経験をしたから、本当に驚いた。……驚いただけだった。

それでもバイトが終われば、綿流しが終わればって思っていた。バイトもそれまでの約束だったから。


……なぜ知っているのか? 魅ぃちゃんが紹介したもの、そのアルバイト。

だから楽観視していた。あんなことになるなんて思わなかった。一番引っかかっているのは、叔母さんの死に方だ。

夫である北条鉄平も恐れ、おののき、沙都子ちゃんを放り出して逃げるような……その死に方は。


――”バットのようなもの”で数十回に殴打され、頭がぐしゃぐしゃにされるというものだった。


レナは確信している。殺したのは悟史くんだ。もしかしたらアルバイトしていたのは、失踪の資金源だったのかもしれない。

沙都子ちゃんを置いていったのは、板挟みに嫌気が差したから……かもしれない。できれば、考えたくないけど。

沙都子ちゃんを嫌ってなんていない。いつだってお兄さんとして、沙都子ちゃんを全力で守っていた。


でも、でも……人間だから限界値はある。しかも普通の状況じゃない、村の人達全員が敵も同じ。

そんな状態で悟史くんは、大事な子を放り出してしまうほど苦しんで……それはレナの罪だ。

私達が追い詰めたんだ。できる努力があったはずなのに、しなかった。根拠もなく大丈夫と笑って、驕(おご)って、見過ごした。


悟史くんはずっとSOSを出していたはずなのに。ごめんなさい……ごめんなさい。


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい――。




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第4話 『カクシゴト』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


世界はいつだって楽しいことばっかり……とはいかなくて。

突然の来訪者とやり合って、夕飯を食べて、気分を直す。……のも無理で。


「レナさん」


沙都子ちゃんが声をかけてくれるまで、自室の中でぼーっとしてしまった。なので慌てて、何時(いつ)もの笑みを取り繕う。


「沙都子ちゃん、何かな……は、はうー」

「無理、なさらなくていいんですよ」


……無意味だったので苦笑しながら、明るい自分を一旦放棄。もやもやをつい吐き出す。


「駄目だよね、レナ……梨花ちゃんだけじゃない。圭一くんもね、本当に心配してくれてるんだって分かるの。村に来たばかりなのに」

「えぇ」

「なのに、荒らさないで……レナの居場所を、平和を荒らさないでって、思っちゃって。……みんな、レナと同じなのに。
沙都子ちゃんにこういうこと言うと、きっとすっごく怒るだろうけど……レナも結局、何も」

「そんなことはございませんわ」


沙都子ちゃんはレナの手を取って、そんなことはない……大丈夫だと首を振ってくれる。

一年前なら絶対に見られなかった気丈さには、励まされると同時に驚くこともあって。


「わたくしはレナさんや魅音さん、梨花達が作ってくれた部活≪居場所≫に、とても助けられていたんです。
もちろんにーにーだって……にーにー、言ってましたの。魅音達には感謝しなきゃって」

「悟史くんが?」

「例え足りないものがあったにせよ、それだけは間違いありません。何より、無力だったのは……わたくしも同じです。
……わたくしがもっと大人で、叔母様達からも逃げず、戦う強さがあれば……にーにーは」


でも驚く必要はなかった。

沙都子ちゃんにも罪があった。幼さゆえに赦(ゆる)される罪だとしても、沙都子ちゃん自身がそれを罪だと断じていた。


……レナや魅ぃちゃん、梨花ちゃん達と同じように


「みんな、気持ちは同じなんだね」

「えぇ」

「でも」

「でも?」

「あの忍者さんは、好きになれそうもない……」

「あー」


沙都子ちゃんは苦笑気味に納得してくれるので、ちょっと救われた。……無茶苦茶(むちゃくちゃ)だものね、あの人!


「確かに無茶苦茶(むちゃくちゃ)ですわね。スマートな都会流……いえ、それも違いますわね。むしろあの思考は魅音さんや詩音さん寄り」

「ん……でも、それだけじゃないの」

「え」

「あの人、何にも恐れていなかった」

「恐れていなかった?」

「全部分かってる。自分が無茶苦茶(むちゃくちゃ)なのも、押しつけなのも……でも恐れないの。
それで自分がどれだけ傷ついても、嫌われてもかまわない。ただ一点、通すべき筋を通せれば」


狂気というのは言い過ぎなのかな。恐れない、迷わない、躊躇(ためら)わない……その力強さを思い出し、目を細める。


「それだけ考えて、前のめりで、向こう見ずで……それが分からないの。
何で今日来たばかりの村で、知り合ったばかりの相手を守るために、そこまでできるのかなって」

「通すべき筋……察するに、この件でレナさんとわたくし達が話し合えるよう段取りを整えること」

「うん……それで、嘘もついてた」

「嘘?」

「多分リナさんは被害者なんかじゃない。本当は……」


分かってる。それはきっと……でも、レナは嫌な子だったよ? 話も聞こうとしなかったし、帰れとも言った。

そりゃあ向こうが滅茶苦茶(めちゃくちゃ)なのは事実だけど、最初からそのつもりがなかった。そう言われたら否定できないし。

なのに迷わなかった。それがどうしてか分からない。どうしてそこまでできるのか、本当に理解できない。


圭一くん達に頼まれたから? ううん、その圭一くん達も困惑していた。事前に流れは聞かされていたはずなのに。

本当にどうしてなんだろう。やっぱりあの子、おかしいよ。


「……それはきっと、間宮リナさんの一件がどう動くかで変わりますわ」

「……うん」

「そのためにも明日、魅音さんにも相談いたしましょうか。園崎家のことでもありますし」

「うん……」


そうだね、まずは明日……そう思いながら窓の外を見やると。


「……あれ」

「レナさん?」

「何だろう、あの白いの」


なぜか窓の向こう……近くの茂みから、白煙が生まれていて。というか赤い……火!?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


前回のあらすじ――梨花ちゃんに軽く嫌みをぶつけました。でもねみんな、僕達は悪くないと思うの。

だって梨花ちゃん、北条鉄平の件も、間宮リナの件も消極的な待ち姿勢なのよ? 完全に運任せなんだから。

待ちなら待ちガイルと言うべきなんだろううけど、あれはガイルじゃないね。待ちに適していないキャラでやってるよ。


なのでいつも通り、僕達は僕達のパーティを楽しむと決意……しながら、今日はキャンプです。


『――ローウェル社は分かるな』

「アメリカに本社を置く、外資系製薬会社ですよね」

≪というか有名でしょ。ローウェル事件でやらかしたんですから≫

『そこで開発したと思われる、未認可の向精神剤がある。
どうもローウェル社は政府高官を窓口として、その薬を日本(にほん)の公的医療機関で使用……臨床実験をしていたようなんだ』

「は……!?」


その上でPSAの劉さんとお話。一体何かと思ったら、こちらの状況は赤坂さん経由で察知していて……挙げ句コレだよ。


「ちょ、それは」

『当然無許可だ。しかもその副作用も相当強烈……服用すると妄想・錯乱により暴走する。
最近も垣内(かきうち)の管内で、女の子が一人錯乱状態に陥って、警官に怪我(けが)をさせた』

「その薬を服用して……じゃあその子、元々精神科か何かに通っていて」

『本当に許されないことだ』


ちょっとちょっと……さすがに、それは洒落(しゃれ)にならないよ? 非合法な臨床実験だけでもアウトなのに、それを友好国の中で?

……絶対に許されないことだ。そんな真似(まね)を許せば、それは日本(にほん)という国の隷属化を認めるも同じ。

それを……金も絡むとはいえ、日本(にほん)の政治が? ふざけんなよ、おい……!


金と権力のためだからって、限度ってものがあるだろうに! どこの馬鹿だよ!


『怪我(けが)をさせた女の子なんだが……名前は公由夏美』

「公由? それって」

『そう……雛見沢(ひなみざわ)村長:公由喜一郎の親類だ。幸い心神喪失状態で実刑は免れたが、死人が出ていた可能性もある』

「そうですか。しかし雛見沢(ひなみざわ)出身の人間が……それは偶然ですか」

『最初は私もそう思っていたが……お前の話と薬の出自で見事に繋(つな)がった』

「出自?」

『それはとあるプロジェクトから流れた臨床データにより改良。
悪魔の薬として日本(にほん)に再輸入されたようだ。そのプロジェクト、なんだと思う?』


ちょっとした謎かけでもある。いや、この流れでは謎なんて解けているも同然。それが何のプロジェクトかはすぐ理解できた。


「……アルファベットプロジェクト」

『正解だ。蒼凪、君が赤坂警視に見せた推理は正しいらしい。雛見沢(ひなみざわ)では何らかの臨床実験が行われている。
そしてそのデータを用い、私腹を肥やしている奴らがいる』

「……僕も奇麗に繋(つな)がりましたよ。薬の服用で妄想・錯乱状態に陥るなら、研究対象にもその要素があるはず。
同時にそんな薬物があるのなら、それを戦場に……敵の一団にまき散らすだけで効果的だ」

≪アルファベットプロジェクトの目的を達成するための、立派な素材たり得るわけですか。
喉をかきむしるのも、死体から薬物反応が一切出ないのも、その対象が効力発揮した場合の特徴だとするなら≫

『喉をかきむしる?』

≪梨花ちゃんの予言で、富竹ジロウというカメラマンが変死するというのが……その死に様なんですよ≫


うん……僕が予測したこと、そのままだ。全てが奇麗に繋(つな)がっていく。

昼間に気になっていた『みんながキレやすい原因』はこれだったんだ。やっぱりこの村には風土病に近いものがある。

それを研究し、村人達からの生体データを得るための診療所……あとは確証さえ掴(つか)めれば。


『……ちょっと待て』


劉さんがかたかたとパソコンを打っている。いや、音が響いているのよ。それで何だろうと思っていたら……。


『茨城市(いばらぎし)内で長期入院していた、男子学生『澤村公平』が転落死したんだが』

「えぇ」

『それには人為的圧力が見られてな。担当看護師が指名手配され、空港で逮捕劇が行われた。
その途中、看護師は自らの喉をかきむしって死亡。死因は溢(あふ)れた血液による呼吸困難』

「普通に見れば自殺、ですよね」

『ただ雛見沢(ひなみざわ)や興宮(おきのみや)界わいでの勤務履歴はない。……その看護師はな』

「どういうことですか」

『澤村公平はとある事件の被害者でな。同級生の女子生徒が突然、金属バットを持って暴れだしたんだ。
彼はPTSDを疑われ、療養生活へ入った』


うわぁ、それはまた……そこで看護師に圧力を受け、自殺に見せかけ殺された? 恐ろしいわ。

……あれ、PTSD? ちょっと……そこでゾッとするものが走った。


『男子学生には妄想・錯乱の症状があり、精神科によるカウンセリングも同時進行で行われていた』

「その薬を服用していて……でもバレそうになったから、内通者≪看護師≫もろとも口封じ?」

『かもしれん。でだ、問題は二つ……カウンセリングの中で彼は、”オヤシロ様”という存在への恐怖を訴えている』

≪ちょっと、それは≫


オヤシロ様……雛見沢(ひなみざわ)の土地神様を恐れていた? さすがに信じられないでいると。


『念のために断っておくが、澤村公平は雛見沢(ひなみざわ)出身者ではない。だが犯人は違う……少女の名前は竜宮礼奈』

「竜宮礼奈!?」


更なるボールが投げられ、思わず大声を出してしまう。


『知っているのか』

「さっき知り合ったばかりですよ」

『そうか……データによれば、彼女は事件後、カウンセリングを受けて雛見沢(ひなみざわ)に戻ったとある。
……お前達が事件を引きつけるのか、それとも事件がお前達にSOSを送っているのか』


劉さんは何気にヒドいことを言いながら、大きくため息。


『何時(いつ)も悩むところだが……今回もまた行幸か。蒼凪、アルトアイゼン』

≪「はい」≫

『風間代表に代わり、PSAから正式に依頼する。――雛見沢(ひなみざわ)にて現地調査を行い、入江機関の全容を解明しろ。
必要があれば機関のスタッフ、及び保有戦力の確保又はせん滅も許可する。お前達にも相応の危険が伴うが、やってくれるか』

「もちろんです。その依頼、謹んで受けさせてもらいます」

≪またまたパーティですね。楽しみましょう≫

「うん」

『ありがとう。では……差し当たって』


そう、差し当たってやることは……やっぱり梨花ちゃんだよなぁ。及び腰すぎて、口が堅すぎるんだけど。


『その古手梨花嬢から情報を引き出すことだな。あんまりやり過ぎるなよ?』

「善処します。あ、それと」

『ローウェル社絡みと、綿流し連続怪死事件の詳細はすぐに送る。新しいことが分かっても同じくだ』

「お願いします」


電話は終了――さて、まず引っかかるのは……やっぱり。


”何が気になりますか”

”一つ。入江機関は、ローウェル社へのデータ横流しを知っていたかどうか”

”知っていたら機関所属者は全員敵ですしね”

”二つ。入江機関の存在を梨花ちゃんが知っているかどうか”

”知っていれば話は早いんですけどね”

”三つ、僕達の予測通りであれば、それと雛見沢(ひなみざわ)怪死事件はどう絡むのか”


特に三つ目が重要だ。そういう機関はあるけど、事件とは無関係。犯人はまた別にいるって可能性も大いにある。

何にしても、連続怪死事件の概要を改めて調べないと。そっちはかん口令の関係から、赤坂さんでも情報入手が難しかったからなぁ。

でも劉さんやPSAの力なら……あとは果報を寝て待てって感じ?


……なので、今分かる事件から考えてみよう。

竜宮レナの一件……それを鑑みても、やっぱりキーワードは妄想・錯乱……その根っこたる疑心暗鬼なんだよ。


”……梨花ちゃんの予言で暴走する部活メンバー。それらは困難な状況と忌ま忌ましい敵を前にしていました”


アルトも同じ答えに行き着いたらしく、静かに念話を送ってくる。


”そしてレナさんの場合、両親の離婚原因が原因です。もしかするとみんなをキレさせるというのは、少し語弊があるんじゃ”

”だね。みんなはその状況で受けた『ストレス』に対し、疑心暗鬼を強め、妄想・錯乱状態に陥ってるんだ。
だから……詩音も予言の中で、家族を手にかけた。園崎家が犯人という妄想をこじらせた上で”

”でも本当に予言なんですか? あの人の言葉は、まるで自分がそれを見て、幾度も殺されてきたかのような……そんな芯があります”

”予言の形が夢ならまだ分かるよ? 夢の中で何度も、何度も……リアルにしか思えないようなものを見た”

”本当にそう思ってますか?”


アルトに問いかけられ……数瞬言葉に詰まった上で。


”いいや”


首を振るしかなかった。……チーズもいい感じで溶け始めている中、気持ちは高ぶることもなくて。


”梨花ちゃんの静観は普通じゃない。仲間である圭一やレナにすら、一枚壁を作っているような印象すらある。……あの年でアレは異様だ”

”知り合った頃のあなたですね”

”そう?”

”あなたも下手をすれば、力の奴隷となるところだった”


あぁ……そうらしいね。なんでも先生曰(いわ)く、僕には魔法以外の才能があったらしい。

それもとんでもなく異質で、レアスキル認定間違いなしの才能……あの段階で既に開花していたとか。

それは言わば超能力の類い。ただどんな天才も大人になると凡人らしく、その力は既に消失しているらしい。


……僕が十歳まで、いろいろ無茶(むちゃ)な生活を送れたのも、その力のせい……ほんと、いきなり教えられたときはビックリしたよ。

でも同時にこうも言われた。あのときの僕は気づかないうちに、その力が示す方にのみ進んでいた。

自分の意志ではなく、力が示すままに……力を使いこなすのではなく、力に使われている。ゆえに力の奴隷となりかけていた。


だから僕が気になったと……二〜三年ほど前に教えてくれた。なら、感謝しないといけないよね。

今見ている景色も、積み重ねた出会いや……追いかけている星の輝きも、もしかしたら感じ取れなかったかもしれない。

やっぱり僕は幸せなんだ。あのときリインやアルト、先生達と出会えて……本当に。


”まぁ梨花ちゃんについては、また対処を考えようか。発破はかけたしね”

”えぇ。まずはどこからいきます?”

”公由夏美の件もあるし、村長さんと話してみようか”

”ところで”

「……何、してるのかな」


後ろから声が響いた。僕はそれに振り返ることもできず、停止してしまう。


”……背後、取られていますよ”


呼吸が止まるかと思った。その声はとても無機質で、人のそれとは思えないほど冷たかった。


「え……あの、ちょっと」


振り向けば死が待っている。

躊躇(ためら)っても死が待っている。

それは今の季節に似つかわしくない、絶対零度の冷たさを発揮する。


僕の後ろにいるのはもはや人間じゃない。飢えた肉食獣そのものと言っていいだろう。

刃と爪を研ぎ澄まし、僕という獲物を睨(にら)み、食らいつこうとしている。猛獣の本能を御するには、距離も、そのスペックも足りていなかった。

しかしそれでも、ここで死ぬわけにはいかない。殺さなければ、殺される――!


「……って」


静かに懐から小太刀を取り出し、抜刀の構え。


「やめてよ! 何言ってるのかな! まるでレナが殺人鬼か何かみたいだよね!」

「考えが読まれた、だと……まさかこれは、サイコメトリー」

「違うよ! さっきからずーっと声が出てたよ!? 今みたいに!」

「ちょっと何言ってるか分からないわ」

「むぅ……!」

「レナさん、落ち着いてくださいまし! というかあなた達……本当に何をしてますの!?」


というわけで後ろに振り返ると、なぜか涙目な竜宮レナがいた。更に沙都子ちゃんもパチクリしながら、僕達が前にしていたものを見る。

しっかり組まれた土台……その中には煌々(こうこう)と燃える炎。更に鉄の鉄板がほどよく熱されていた。

これを見て分からないとは、なんと残念な。ではシティ派な僕達から教えてあげよう。


≪「……キャンプ?」≫

「こんなところでですか! あ……まさかわたくし達を監視!?」

「これがサイコメトリーの力か……!」

「馬鹿じゃないの!? こんな家の近くでたき火をしてたら、嫌でも気づくよ! ちょっとしたぼや騒ぎみたいになってるし!」

≪……おじいちゃん! まだかな! もう焼けたかな!≫

「おぉそうだね、ハイジ。もうそろそろだねぇ」

「ハイジって何ぃ!? え……待って、それは」


そう、この鉄板はちょーっと特別で……側面の引き出し部分を開けると、とろとろのラクレットチーズが登場。

なお上部では野菜やパンを軽くトースト中。これが今日の夕飯です。


「まさか、ハイジのアレ……!」

「しかもパンがまた上等な!」

「これを……パンに載せて、挟んで……」


トレーに入ったチーズを、トーストしたパンにかけて……!


≪わぁ、美味(おい)しそうー! おじいちゃん、早く食べようよー!≫


熱々のところ、火傷(やけど)しないよう注意しながらかじる。そのまま引っ張ると。


「むにぃぃぃぃっぃぃぃぃぃぃぃい――」


とろとろチーズが糸を引き、ハイジのアレを再現!


「な、なんて美味(おい)しそうですの……ハイジの、ハイジのアレがわたくし達の前に!」

「う……でも羨ましくなんてないもん! だって雛見沢(ひなみざわ)だもん! アルプスじゃないもん! それなら偽物だよ!? 看板に偽りありだよ!?」

「むにー」


そんなことを言う二人は気にせず、見せつけるようにもぐもぐ……もぐもぐー。あ、次のチーズを入れて、溶かして……っと。


≪おじいちゃん、レーターとサーターが羨ましそうに見ているよー≫

「ベーターの亜種を作らないでください! いや、その……羨ましい、ですけど」

「沙都子ちゃん!?」

「駄目だよハイジ。アルプスの掟(おきて)は厳しいんだ……働かざる者食うべからず」


次のパンには炙(あぶ)りベーコンを敷き詰め、その上からチーズをとろーり。

その上からまた別のパンをセットして、ベーコンチーズサンド完成! それをかじって……見せつけるようにむにー!


「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

「対価もなしに欲しがるなんて、そんな甘えはレーター達のためにならないだろう?」

≪うぅ、ごめんねレーター、サーター……これは私達のものなの。好きな相手をメインヒロインに取られた幼なじみの如(ごと)く、歯ぎしりしながら見ていてね?
まぁその間相手はメインヒロインと組んずほぐれつ、純愛ルートと言いながら頑張ってるだろうけど……二人で! あなたと違って二人で!≫

「そうそう。全ては幼なじみに生まれたことが悪い……最近のラブコメでは完全に負け組フラグだからね? 幼なじみ」

「ここまで意味不明でありながら、人の神経を逆なでする言葉が存在したでしょうか……!」

「私はレナだよ! 竜宮レナー! い、いや……いいもーん! 別にレナ、お腹(なか)は空(す)いてないし!?」

「さて、ミルクもそろそろ温まったかなぁ」


更に脇ではミルクも温めていました。それに蜂蜜をたーっぷりかけて、軽く口休めとする。

……おー、あつあつあつ! でも甘くて美味(おい)しいー、それに温まるー。


≪温まるね、おじいちゃんー≫

「そうだねぇ。これが勝ち組≪メインヒロイン≫の味だよ、ハイジ」

「今日の夕飯は沙都子ちゃんがくるから、美味(おい)しいお料理が一杯だもん!
牛肉とごぼうのしぐれ煮!」

≪わぁー! 次はパイナップルにチーズだー!≫


そう、ラクレットチーズはパンだけじゃない。ちょっと独特だけど、パイナップルとも相性抜群なのよ。


「里芋の煮っ転がし!
ホウレンソウのおひたし!
ワカメとお豆腐のおみそ汁だったもん!」

「チーズとパイナップルって、これが合うんだよ。
それにナス。
タマネギ。
ジャガイモ」


しっかり焼かれた野菜は、甘みも十分。特にジャガイモなんて、もう……ほくほくとチーズは最高の取り合わせだ。


「スイスのチーズ職人さん、ありがとうー」

≪メインヒロインのサービスCG大盤振る舞いだね! おじいちゃん!≫

「ハイジの物まねでラブコメ&ギャルゲー要素を持ち出すのはやめてください! 妙に腹が立ちますの! でも、対価……対価……」

「それでお代わりもして、いーっぱい食べたし! あなたみたいに、一人寂しくキャンプなんてしてないし!」


またまたパンと、チーズで……むにー。あぁ、最後はこれに落ち着くよね。それほどの安定感がこの味にはあった。


「むにー」

「聞いてない!?」

≪おじいちゃんー、負け組が何か言ってるよー≫

「ハイジ、駄目だよ」


ホットミルクをフーフー言いながら一口のみ、優しいハイジアルトは諭しておく。


「あれはルーズドッグとしてフェードアウトする覚悟もない、怨霊のような存在だからね。
結局ちゃんと告白もせず、幼なじみという立場に甘んじていた自分が悪いのに……耳を貸したら腹パンされるよ」

「誰が怨霊!? というか誰の話かな!」

≪うん分かったよ、おじいちゃんー。おじいちゃんなんて本命に何度か告白してるのに、家族としてしか受け止められていないしねー。


あ、てめ! そこに触れるか! 僕がいわゆる幼なじみキャラ(テンプレ)に対してピンとこない最大の理由……フェイトとのあれこれを!


そう……フェイトは天然≪ポンコツ≫ゆえに、僕の告白とか完全スルー。既にスルーは七年……!

なのに、なのにだよ! 告白すらツンデレ的に避ける幼なじみキャラがヒロイン!? そんなの認めるかボケェ!

シンデレラだって舞踏会に出向いて、ガラスの靴を落としたからこそ見初められたんだよ!?


そういう奴らはね、舞踏会にも出向かず、ガラスの靴も落とさず、灰かぶりなままの自分をヒロインにしろって言うのと同じだよ!

それをシンデレラだって言い張るのと同じだよ! それが理想の物語って言うのと同じだよ!

そんな暴論、へそで茶を沸かすわ! 魔法使いだってお手上げだっつーの!


≪告白する度胸もないなら、そもそも応えてもらうことなんて期待するなってことだよねー。
そもそも告白しても駄目な人だっているのに。気づかれない人だっているのに≫

「ハイジ、試しにチーズのように焼かれてみるかい? きっと地獄の苦しみだよー」

≪あはははは、お断りだよー。私は全世界のアイドルだもん! 私の喪失は世界崩壊に等しい衝撃だよ!≫

「あはははは、ハイジは馬鹿だなぁ。それは僕のことだよ。僕こそ全世界の至高なんだよ?」

「どっちも馬鹿だよね! どっちも自信過剰すぎるよね! というか無視しないで! レナ達を無視して、険悪にならないでー!」

「相手にすらしないとは、完全に見下してますわね!」

「それならいいもん! レナだって気にしないし! だから平気だよ……そんな、エセアルプスなんかに、負けない!」


そこで響く、鈍い慟哭(どうこく)――竜宮レナのお腹(なか)から、グルグルと音が響いた。


「……レナさん」

「う……あの、違う。今のは嘘……」

≪おじいちゃんー、負け組がフラグを踏んでるよー≫

「そうだねぇ、ハイジ。まるで(ぴー)には負けないと言いながら(ぴー)ヒロインみたいだ」

「はう!?」

「なんて例え方をしていますの、あなたぁ!」

≪あ、ホントだねー。現実にいたんだね、そんな人ー。ちょっと可哀相かもー≫

「……むにー」


そうして再び鳴り響く腹の音。当然竜宮レナは顔が真っ赤になって。


「……嘘だ」

「レ、レナさん!」

「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


この場から脱兎(だっと)……仕掛けたので、首根っこを掴(つか)んで制止。


「あ、ちょっと待った」

「むぎぃ!」


なぜか派手に尻餅をついたけど、まぁその程度じゃ死なないだろう。


「レーター、一つ聞きたいことが」

「あくまでもアルプスで押し通すつもりですの!?」

「茨城(いばらぎ)では大変だったね」


逃げられてもアレなので、即行で話題を出す。


「それと澤村公平、知ってるね。……亡くなったそうだよ」

「――!」


すると竜宮レナは表情がこわ張り、顔面そう白でこちらを見る。


「レナさん……それは」

「あなた、どうして」

「一応断っておく。僕はその件をほじくり返すつもりはないし、おのれが本気でやり直しているなら何も言わない。
……ただその件と、梨花ちゃんの命が狙われている件、どうも繋(つな)がっているっぽいんだ」

「「……!」」

「というわけで情報提供してくれるなら」


笑って……もう一度パンをかじり、むにー! みよ……このチーズの伸びを!


「むにぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

≪等価交換は基本だよね、おじいちゃん!≫

「その前振りでしたのぉ!?」

「最悪だよ、この忍者さん!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――とりあえず火は消した上で、どういうことか説明を開始。

竜宮レナは足がガタガタ震える中、沙都子ちゃんに支えられて家に戻る。

僕も警護ということで上がらせてもらい、改めてレナの部屋に。女の子らしい、清潔感と可愛(かわい)らしさが同居する内装だった。


とりあえず澤村公平の件から説明をした上で、梨花ちゃんの予言について話す。

やっぱり二人とも驚いた様子で……まぁ、だからこそ味方として引き込みやすいんだけど。


……なお、沙都子ちゃんは暴行事件について知らない様子だったので、あくまでも『長期入院していた茨城時代の学友』という話にした。


「レナさんのお友達が、そんな怪しい薬の被害者に!? レナさん!」

「……レナ、茨城(いばらぎ)のお友達とは、連絡……してなくて。じゃ、じゃあ……渚ちゃんは!?」

「渚?」

「あの、尾崎渚ちゃん! 澤村公平くんとお付き合いしていて、レナとも小学校から仲良しだったの! 渚ちゃんはどうしたのかな!」


沙都子ちゃんもその剣幕に怪訝な顔をする。まるで『縁を切られた』かのような言いぐさだから。

それほどの距離感を、幼なじみと言うべき相手に作られるだろうか。


……ただ沙都子ちゃんは空気が読める子なのか、この場でツッコむようなことはしなかった。フェイトにも見習ってほしい。


「その子については聞いてないな。また確認しておくよ。……そうそう、聞いてないと言えば、二人とも予言のことは」

「初耳ですわ!」

「レナもだよ! その話、圭一くんは」

「相談されていたところ、僕が古手神社に来たんだよ。だからね、間宮リナの一件も予言の一幕なんだよ」

「え……!」

≪梨花さんはこう言っていました。間宮リナの行動により、暴走したあなたが……彼女と、それに与(くみ)する者を殺したと≫

「それを圭一達や沙都子ちゃんに見つかったから、間宮リナ達の死体は隠し、犯罪そのものをなかったことにした。
……でもそこで五年目の怪死事件が起きて、おのれが再度暴走……もっとヒドいことをするってね」


竜宮レナは仰天するものの、アルトの言葉に嘘がないと知って、混乱しながら視線を泳がせる。


「そ、そんな……では、今までの事件も」

「ただそこは責めないでほしい。……竜宮レナ」

「レナで……いいよ。フルネーム呼び、面倒だし」

「じゃあレーター」

「この状況でアルプスは引きずらないでほしいかな! ……じゃあ分かったよ!
レナもあなたのこと、恭文くんって名前で呼ぶよ! それでおあいこ! いいよね!」

「おのれ、今日の話を『予言で見たので聞いてください』って言われたら……受け入れた?」

「無視しないでー! というか、そんなの……決まって……!」


そう、決まっている。さすがに受け入れない……信じられないと言うべきだろう。

それは今までの事件でも適応されると知って、レナと沙都子ちゃんが顔を見合わせる。


「た、確かにそうですわ。去年……にーにーが失踪するなんて聞かされたとしても、わたくしには受け入れる余裕が」

「レナ達も、それは変わらない。そうだね、確かに責めるのは違う……梨花ちゃん、ずっと一人で抱えてたんだ」

「……僕も今日知り合ったばかりだから、その予言がマジかどうかは分からない。
でも梨花ちゃんがそんな爆弾を抱え、『また実現したら』と不安を覚えていたのは間違いない」

「今までの事件が的中したのであれば、十分あり得る話ですわね。
それであなたはこの雛見沢(ひなみざわ)に、明確な疑いを持ってやってきたのですね。圭一さん達も御存じで」

「ローウェル社へのデータ横流しと、澤村公平のことは言ってないけどね。今日別れた後に教えてもらったから」

「でも、入江診療所……入江機関……監督が、そんな」


監督? ちょっと気になったので首を傾(かし)げると、レナがハッとして補足してくれる。


「あの、監督っていうのは診療所の所長さんなの。雛見沢(ひなみざわ)ファイターズっていう少年野球の監督さんもやっていて」

「あぁ、それで……どういう人なの?」

「とてもいい人だよ。レナ達だけじゃなくて、村の人達からも信頼されていて。
魅ぃちゃん……園崎魅音ちゃんのおばあちゃんも、体調管理とか任せているし」

「親のいないわたくしとにーにー、もちろん梨花にも、本当によくしてくれました。だから、そんな……あり得ませんわ。
監督が他の人を苦しませるような、そんな薬を作っているなんて」

「それについてはまだ断定できないよ。それに薬というのは、使い方次第で毒になる。
……仮に入江機関が善意から研究を進めていたとしても、それを悪用された可能性だってあるんだ」

≪入江所長が悪人とは言い切れませんよ。そこは安心してください≫

「えぇ、そうですわね。ありがとうございます」


しかし、完全なシロだとも言えない。どうにかして取っかかりと掴(つか)んで、追及するべきだとは思うけど。


「でもそれをわたくし達に話したということは」


そこで沙都子ちゃんが、レナが察する。僕がここで話した理由……そう、”味方になれ”ってことだよ。

取っかかりを掴(つか)む以上、協力者は必要だ。梨花ちゃんとは別口で何とかしないと……とはいえ。


「何もしなくていいよ。入江所長やらとは、改めて直接挨拶するし」

「はぁ!?」

「え、それで……いいのかな!? 疑ってるんだよね!」

「こういうときは先入観なく、まっさらな状態で見るべきなんだよ。
……本当は梨花ちゃんの信頼を掴(つか)みたいところだけど、僕達は難しそうだからなぁ」

「相当及び腰なんだ」

「言ってたよね、梨花ちゃん。レナが相談するまで待つ方法もあるって。
それも前に見た予言で、実際に起こったことらしい。……そう聞くとまた印象が変わるよね」


笑って右指を鳴らすと、レナが渋々と言った様子で呟(つぶや)く。


「……レナを気づかったというより、”決まっていることだから”と静観している」

「それを圭一が止めたからこそ、腹を括(くく)ったわけだけど。それは上納金の話を相談する前も同じだ。
前々から相談されていたらしい圭一頼みもアレだし、好き勝手に動くことにしたの」

「また平然と……」

「そうでもないよ。実際問題……梨花ちゃんが訴える危機が事実なのか。予言が本当に存在しているのか。
それらについての検証も、情報もない段階だ。しかも今言ったように、綿流しまで悠長に待ってはいられない」

≪だったらこっちは勝手に動くだけですよ。それが嫌なら、知っていることをバラせばいいわけで≫

「……梨花と圭一さんはもしかしたら、とんでもない悪魔と契約したのかもしれませんね」

「うん……」

「誰が悪魔だよ。僕達はただ、いつも通り楽しく暴れたいだけだし」


お手上げポーズで答えると、レナ達は困惑……いや、苦笑気味に肩を竦(すく)める。


「まぁ、分かったよ。でも……本当に、何もしなくていいの?」

「今はそれでいい。ただ梨花ちゃんから話をされる可能性もあるから、そのときは……あんまり怒らないであげて」

「あなた、もしかしてそのために……いえ、分かりましたわ。同居人として気づけなかったわたくしにも、落ち度がありますし」

「それは大丈夫だよ。感情論として『相談してほしかった』というのはあるけど……うん、しょせん感情論だしね」

「ありがと。……あと、澤村公平の件も含めて、悪魔の薬についてはきちんと調査が進んでいる」


レナには相応の負荷もかけているので、一応フォロー。


「友人として思うところはあるだろうけど、それが解決するまでは一人で動かないで」

「恭文くん……」

「いいね」

「……分かった」


暗に『危険だから首を突っ込むな』と忠告しているのは、理解してくれた様子。

戸惑いながらも……でもしっかりと、レナは頷(うなず)いてくれた。


「……あ、このことは梨花ちゃん達に言ってもいいよ」

「はぁ!?」

「その方が圧力になるもの」

≪えぇ。それにこっちも正式に依頼を受けましたし、止まる理由がありませんから……何時(いつ)まで持つと思います?≫

「イライラして三回くらい警告してくるけど、僕達がガン無視でマジギレ……そこを徹底的に叩(たた)けば、落とせるね」

「本当にとんでもないですわね、あなた方!」

「それが悪魔の思考だよ! というか……いつも!? これでいつも通りっておかしくないかなぁ!」


おかしくないので問題なし……そこで一つ思い出し、拍手を打つ。


「そうだ、聞きたいことがもう一つあった。事件とは関係ないんだけど」

「もう一つ? なんでございますの」

「しかも事件とは関係ないって……」

「実は圭一と梨花ちゃんから、明日学校に来てほしいって誘われてるんだ。一緒に部活をやろうって」


すると、二人の表情が変化する。それも……とても悪い方向で。


「でも様子がおかしいんだよ。なんの部活かもちゃんと説明してくれないし、まるで”自分達が”楽しめるって顔で……あれ?」

≪どうしました、あなた方。そのときの圭一さん達と全く同じ顔を≫

「……レナさん」

「うん」


二人が素早くスクラムを組み、僕から身を引く。仕方ないので……忍者イヤーで空間盗聴ー!


「つい面食らってしまいましたけど、あの方の思考パターンは」

「私達の部活で求められる、勝利に全力を尽くす姿勢そのもの……!」

「もしや圭一さん達もそう考えたから、わざわざ誘ったのでは」

「なのかな! なのかな! となると」


そして二人は振り返り、今までからは想像できない……満面の笑みを向けてきた。

それが恐ろしい。とても、恐ろしい……! 今僕は、魔窟へ飛び込もうとしている!


「うん、レナ達も歓迎するよ! よろしくね、恭文くん!」

「おーほほほほほほ! そんなに気になるのでしたら、百聞は一見にしかず! 我が部活を体感するといいですわ!
……あ、わたくしのことは呼び捨てで構いませんことよ。もはやわたくし達は一蓮托生(いちれんたくしょう)……義兄妹ですわ!」

「そうそう! それは血よりも来い繋(つな)がりだよ、恭文くん!」

≪……なんでいきなり関係性が重くなるんですか≫

「ねぇ、本当に何の部活なの? しかもレナに至っては、いきなり名前呼び」

「呼ぶって言ったし、呼んでいたよね? だって……お父さんのことで尽力してくれたんだもん。やっぱりちゃんと」


そこでゾッとした。レナの見開かれた目はつや消しで……殺意すら感じさせるほど、大きく開かれていた。


「お礼はしなきゃいけないかなーって……だから学校、きてね。恭文くん?」


呼吸が止まるかと思った。その声はとても無機質で、人のそれとは思えないほど冷たかった。


「え……あの、ちょっと」


振り向けば死が待っている。

躊躇(ためら)っても死が待っている。

それは今の季節に似つかわしくない、絶対零度の冷たさを発揮する。


僕の前にいるのはもはや人間じゃない。飢えた肉食獣そのものと言っていいだろう。

刃と爪を研ぎ澄まし、僕という獲物を睨(にら)み、食らいつこうとしている。猛獣の本能を御するには、距離も、そのスペックも足りていなかった。

しかしそれでも、ここで死ぬわけにはいかない。殺さなければ、殺される――!


「……って」


静かに懐から小太刀を取り出し、抜刀の構え。


「やめてくれないかなぁ! レナのお部屋で刃傷(にんじょう)沙汰なんて駄目ー!」

「また心が読まれた、だと」

「口からダダ漏れでしたわよ!? そのコピペ殺意!」

「……明日は風邪を引くかもしれない」

「それは仮病かもしれない」

「仮病ではないかもしれない」

「やっぱり仮病だね、うん……大丈夫だよー」


レナは笑顔で身をフリフリ。


「客間には暖かいお布団を用意してるし、明日の朝ご飯はほかほか中華粥(がゆ)だもんー。
ショウガもたっぷり効かせるから、真冬でも風邪は引かないよー」

「……逃げ場と救いはないんでしょうかぁ」

「ありませんわよ」

「レナ達がお礼をするから、当然なしだね。だねー」

≪そうですよ、そんなのは許しませんよ。あなたが七転八倒すれば、私が楽しめるでしょ≫

「やかましいわ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そして雛見沢(ひなみざわ)村での初日は、長い初日は終わり……レナの朝ご飯は確かに美味(おい)しかった。

どうもお父さんは主夫業をやっているそうで、お仕事もなく留守番……学校へ行くレナ達を、また別行動の僕を笑顔で見送ってくれた。


「――じゃあ恭文くん、放課後だよー!」

「逃げたら地獄の果てまで追いかけますわよー!」

「その言葉、そっくりそのまま返してあげよう」

「あははは、りょうかーい!」


僕の十八番が流された……だと! つまりお互い逃げる道はなく、部活とやらで戦うしかないのか。

そんな状況に絶望しながらも、明るい村を散策。尾行がある以上、明るい昼間のうちにあれこれ見て回るしかない。

二十一世紀とは思えないのどかな農村風景に心を癒やされつつ、たどり着いたのは≪鬼ヶ淵沼≫。


底なし沼と呼ばれているここから、鬼がわき出たそうだけど……そういうスポットとは思えないほど、日常の風景に溶け込んでるなぁ。


≪そう言えば底なし沼って、実際に底はあるそうですね。ただつもりに積もった泥やゴミやらの層が深いだけで≫

「それも夢のない話だけどねぇ」


沼を見た後は公由村長のお宅へ。ただ村長さんはお留守のようで、後日に回すこととしました。

なので続いては診療所――でも、こちらもお留守でした。どうも訪問診察の最中らしい。

なので留守を預かっていたスタッフさんに、僕の身分と入江先生への用向きを伝え、また明日訪ねますと出直した。


――いろいろ考えながらも、そろそろ時間なので雛見沢(ひなみざわ)分校に向かう。

あ、竜宮家の近辺は警察が見張っているから一応安心……なんだけど。


”アルト、診療所のサーチ結果は”

”ビンゴですよ。あの診療所、地下区画があります。それもかなりの広さで、機材関係もかなり運び込まれている。
……しかもですね、入り口が荷物で封鎖されてたんですよ。奥まったところにダンボールが”

”普通には分からないように、かぁ。人はいたんだよね”

”病室らしきものや、そこで寝ている病人らしき人もチェックしました。十五歳前後の少年でしょうか”

”慎重に裏付けが必要だね”


下手に飛び込むと、火中の栗を拾うどころか大やけどしかねない。ここはやっぱり融和政策かな。


”……ところでさ、やっぱり逃げ場は”

”駄目ですよ。私も遊ぶんですから”

”それはやめて?”


雛見沢(ひなみざわ)の中にあるその学校は木造三階建て。どう見ても二十一世紀の面持ちじゃない。

ただ気になるのはそれくらいで、グラウンドや遊具などの設備はしっかり整っているみたい。

しかし……校門が閉じられてていないとは。東京(とうきょう)だと考えられないよ、これ。


まぁしょうがないのかな。梨花ちゃんいわく、ここは営林署の建物らしいし。そこを間借りして教室にしてるだけなんだよ。

なのでそれらしい機械も見えて、そういうところがまたタイムスリップしたような感覚を与えてくれる。


「恭文くんー!」


そこで窓からレナが手を振ってきた。どうやら教室はあそこらしく、一応一安心。


「アルト」

≪ほら、美少女が手を振ってますよ。挨拶しないと≫

「やっぱり嫌な予感がする……! それもひしひしと!」

≪だとすると余計に疑問ですけど。本当に何の部活ですか≫


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


その謎を解くためにも、招かれるままに教室へ。……うわぁ、やっぱり木造だー。

梨花ちゃん、レナ、圭一、沙都子……更にもう一人がお出迎え。

その一人は緑髪ポニテで、詩音そっくり。その様子を見て拍手。


「おぉそうか。おのれがえっと、園崎詩音のお姉さん」

「そうそう。初めまして、園崎魅音です」

「初めまして、蒼凪恭文です」

≪どうも、私です≫


そっかそっか、双子って言ってたものね。本当にそっくり……でも詩音とはまた違う雰囲気でもある。それがまた不思議かも。


「昨日は現委員長と梨花ちゃん、それにレナが世話になったね。元委員長として礼を言わせてもらうよ」

「ううん、こっちも趣味みたいなもんだし」

「あのね、魅ぃちゃん……レナはお世話されたというより、徹底的に振り回されたんだよ? その趣味に」

「レナ、それは何語?」

「日本語だよ! 今まで私達がずっと会話していた言語だよ! ……ほら、これなんだよ!?
レナに意地悪なの! 明らかに、レナに対してだけ意地悪なの! レナ、優しくない子は好きじゃないかな! かなぁ!」


ちょっと何言ってるかよく分からないので首を傾(かし)げると、レナは拳を握ってきた。やだー、怖いよー。


「あはははは! おじさん以外の部員ともすっかり仲良しって感じだねー! ……あ、そうだ。
上納金の件、間宮リナと関係者を詰問して、頼まれた通り未遂で止めたよ。細かい調査はこれからだけど」

「おぉそうか! よかったな、梨花ちゃん!」

「ありがとうなのです、魅ぃ。詩ぃと葛西にも、後でお礼を言わないと」

「いいっていいってー。あ、でも詩音へのお礼は忘れちゃ駄目だよ? 結構根に持つタイプだから」

「……竜宮さん」


そこですっと入ってきたのは、ノースリーブワンピースを羽織った青髪女性。

肩までの髪に、どことなくスパイシーな香りが……臭いって意味じゃないよ? 本当にスパイスの香りがするの。


そんな女性が僕を見やるので、礼儀正しくお辞儀。


「あなたは……あぁ、前原さん達から伺っています。初めまして、雛見沢(ひなみざわ)分校で教師を務めている、知恵留美子です」

「お邪魔しています。蒼凪恭文です」

「その、頑張って……くださいね」

「え」

「大丈夫です。旅の恥はかき捨てとも言いますし、いい思い出になるはずです」

「あの、なぜいきなり慰めるんですか。まるでこれから地獄が待っているかのように」

「……!」


嗚咽(おえつ)を漏らすなぁ! 顔を背けて打ち震えるなぁ! 先生、こっちを見て……あぁ、やっぱりか!

ただの部活じゃないんだ! 何か、敗者必滅的な要素が存在しているんだ!


「そ、それはともかく……竜宮さん、あなたにお電話よ」

「レナに?」

「園崎運輸・興宮(おきのみや)配達所の斉藤さんから。荷物を届けにきたんだけど、留守で困っているそうなの」

「えぇ! で、でも携帯……あ」

「切ったままだったんでしょ、電源」


軽くツツくと、レナがギョッとしてこちらを見る。


「どうして分かるの!?」

「ここは学校だもの。授業中は切っておくのがマナーでしょ。更に言えば、配達員は竜宮家にとっても馴染(なじ)みのある人だ。
少なくともレナが学生で、ここに通っていると知っていて、場合によっては連絡も許している」

「あ、うん。斉藤さん、Amazonのお荷物とかよく持ってきてくれて」

「やっぱり」

「へぇ……なるほどなるほど。これはレナも手を焼くわけだ」

「昨日はもっとエグかったですわよ。レナさんにボディブロー連発ですもの」


おかしい、沙都子ちゃんがヒドいことを……いや、それ以前に怖いんですけど、コイツら。

なんでその、僕がえさ場に飛び込んだ蝶みたいに見られてるの? そこまでどう猛に笑えるの?


「みぃ……レナは恭文に丸裸なのですぅ」

「はう!?」

「ふ、それも当然! 解けない謎はないし、嘘と矛盾を暴くのは楽しい!」

「とんでもない性癖を暴露しやがったぞ、おい!」


その瞬間、なぜか光が顔面へ直撃。僕はあお向けにバシッと倒れてしまう。


「な、何言ってるのかな、梨花ちゃん! というか恭文くん、ちょっとデリカシーがないと思うなぁ!」

「今の、何。見きれなかったんだけど……というか、梨花ちゃんは無傷」

「レナはレナパンという≪光の拳≫を持っているのですよ」

≪……あの、本当に光速だったんですけど。私のセンサーでも捉えられませんでした≫

「車田(くるまだ)作品の人間じゃないのさ――!」

「レナ、よかったですね。これでレナの拳が世界最強だと認められたも同然なのです」

「はうー! レナがチャンピオンー! ……って、いけない!」


そう、お電話がある。なのでお話はこれで切り上げ、レナは知恵先生と一緒に教室から出ていく。


「ごめんね……魅ぃちゃん、みんな! すぐ戻るから!」

「分かったー」

「ではみんな……その、ほどほどにお願いしますね? 心が壊れない程度に」

『はーい』


嘘だぁ! コイツら、ほどほどにするつもりがない! 今のは明らかに気持ちがこもってなかったぁ!

というか、心が壊れる!? どんだけ恐ろしいことをするつもりなの! 戦々恐々としながらも、近くの机を支えに何とか立ち上がる。


「やすっち、アンタの能力は見せてもらったよ。それが全てでないことを強く祈るね」

「で、では二つほど質問を。……現委員長と元委員長って、何」

「最近世代交代がありましたの。魅音さんが今年度までの委員長であり、初代部活部長」

「圭一がそれを引き継ぎ、つい最近新年度部長兼二代目部活部長になったのですよ。
なお二代目就任と同時に、クラス全員が部活メンバーとなったのですが」

「今日は村外からの挑戦者を出迎えるからねぇ。その実力を元祖部活メンバーであるわたしらで見極めようって話さ!」


なぜ僕がチャレンジャーになっているのだろう。いや、チャレンジャーなのは確かなんだけど、その……なんて言うのかな。

僕は軽いハイキング気分だったのに、なぜかエベレストに挑まされているというか。……そうだ、この空気を表すとしたらコレだ。


「じゃ、じゃあ部活は」

「それは一旦置いといて……間宮リナ達の件だけど」

「答えてくれませんかー!」


魅音は両手で問題を脇に置いて、新しい問題を提示する。それも実に不愉快そうな顔で。


「アンタ、レナには『間宮リナが利用されている』って言ったんだよね」

「うん」

「それについては……本当にごめん。アンタと大石には多分、相当泥を被(かぶ)せる」


それだけで僕も、圭一達も察する。間宮リナ達のやり口が相当にあくどく、処断できるものならしたいレベルだと。


「間宮リナはこっちで止めるよ。店は転勤して、レナ達の前から姿を消す……圭ちゃんや梨花ちゃん達が望んだ方向でね」


暗に『北条鉄平との仲が切れることはしない』と伝えられたので、圭一と梨花ちゃんも安堵(あんど)する。


「それでレナには何も知らせず……か。魅音、何があった。いや、間宮リナは”何をした”」

「それは」

「さすがに納得できませんわ。せめて恭文さんと大石さんには話すべきです」

「うん……そうだね。じゃあやすっち、部活が終わった後でまた」


そこで教室前方のドアががらりと開く。大きな音が響くのでそちらを見ると、レナが顔面そう白で立っていた。


「レナ、お帰りなのです。……レナ?」

「嘘……だよ……」

「レナ、どうした」

「家に、業者さんが来て」

「あぁ、さっき言ってたな」

「持ってきたの、家具だったの。それもたくさん……でもお父さんがいなくて、受け取りできないって」

「家具?」


レナは何も言わずに自分の席に駆けだし、鞄(かばん)を持ってダッシュで飛び出す。


「おい、レナ!」


家具、たくさん……みんながぼう然とする中、そのワードと昨日の話が奇麗に繋(つな)がる。

そうか……魅音の対処は、これが原因か!


「……! おい、恭文!」

「分かってる! 魅音、ごめん! 部活参加は延期で!」

「皆まで言うな! レナを追いかけるよ!」

「了解いたしましたわ!」


結局魅音と沙都子、梨花ちゃんも一緒に教室を飛びだした。レナの足はチーターの如(ごと)き速度で、もう見えなくなっている。

でもマズい……今、レナを一人にするのだけはマズい。そこから魅音が隠したかったものを、見つけてしまったら。


レナは、間宮リナを殺しかねない――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


古手神社の祭具殿――そこは出入り禁止の聖域であり、入れるのは古手家の人間のみ。

それ以外の人間が入れるとしたら、正式に許可を取った上でなくてはいけない。とはいえ特別なものじゃない。

ある女は『雛見沢(ひなみざわ)の黒歴史が詰まっている』とか抜かしたけど、ようは古いものを詰め込んだ物置……こんなことを言ったら、御先祖様に怒られるかしら。


とにかくそんな祭具殿だけど、完全密室というわけじゃない。基本木造だし、換気穴もあるし。

それでも人を寄せ付けぬ空気の中、飛び込んでくる猫がいた。

子猫と言って差し支えないその子は、金色の瞳を緩ませ、体に似合わない俊敏さで飛び込む。


そうしておどろおどろしい仏像や祭具に目もくれず、再奥で輝く宝玉を見上げる。

ビー玉サイズの輝きを……”私”を見上げ、甘い声でひと鳴き。


「みぃ……」


そう……やってくれたのね。助かったわ。


「みぃー♪ ……みぃ?」


そうね、ぱっと見は大したことがないわ。……家具の届け日は明日の予定だった。

でもそれをあなたに協力してもらい、今日に変更しただけ。でもね、今自宅にお父さんはいないでしょう?

恐らくは必至に、”間宮リナ”と連絡を取ろうとしているから。恋人を心配するが故に……疑うゆえに。


そして、レナの被害を隠そうと焦るが故に。でもそれは無理……レナはこれから、その絶望を目の当たりにするのだから。

でも男って馬鹿ねぇ。昨日、あれだけ大石と”梨花”、圭一達が言っていたのに……勝手な真似(まね)はするなと。


「みぃ……みぃー」


……あぁ、あなたの知り合いだって言う魔導師とデバイス? バレてはいないわよね。


「みぃー」


そう。ならそのまま……気づかれないよう、様子を見ていて。


「みぃ?」


あの子は怯(おび)えているようだけど、私は逆。ちょっと楽しんでいるのよ……この世界の有様を。

確かに不確定要素は多い。最初は戸惑いもした。でもあなたという協力者も起きてくれたし、改めて見てみたいの。


……この雛見沢(ひなみざわ)で何が起きているのか。

私達が一体、何と戦うことになるのか。

そして……私達が何を間違え、何を正すべきなのか。


盤外から、俯瞰(ふかん)視点で……そのためにももう少しだけ、力を貸してくれるかしら……ランゲツ。


「みぃー♪」


ありがとう。……協力してくれる分、あなたにも約束しなきゃいけないわね。

私達の勝利を。そして、何者にも折れない不屈の意志を。そのためにも欠片(かけら)を紡ごう。

”今までの世界”を振り返り、これからの世界を見つめ、勝利に必要な鍵を揃(そろ)える。


この雛見沢(ひなみざわ)の未来を、私達自身の未来を戒める≪三つの掟≫を開くために――。


(第5話へ続く)








あとがき


恭文「というわけで、お待たせしました第4話……ようやく我らが部長園崎魅音も登場し、部活メンバーは勢揃い」


(なお、澪尽し編では部長&委員長交代劇があったため、元部長となっています)


恭文「澪尽し編ベースだから、序盤の展開から同人版と大きく変わって……!」

古鉄≪まぁ差異が出せていいじゃないですか。どうも私です≫

恭文「蒼凪恭文です。ぐだぐだ明治維新もいよいよ佳境……こちらは織田幕僚・新選組ともに六十万ポイントを突破」


(というか、新選組を最初期に周回しまくったので、こっちは七十二万弱溜まっています)


恭文「織田幕僚の二連勝かと思ったら、盛り返したからなぁ」

古鉄≪やっぱり落とす素材で……バルバトスの悲劇は繰り返されるわけで≫


(『もっとだ……もっとよこせ、バルバトス――』
『ノッブ!?』
『もっとです……もっとください! バルバトスさん!』
『ノッブー!?』
『卯月、違う! それはバルバトスじゃない!』
『駄目だよ、しぶりん……アイテムのことしか見ていない』)


恭文「こうして鉄血環境突入後のガンプラバトルで卯月は、使用ガンプラをガンダムバルバトスにすることが決定されて」

古鉄≪部屋にはバルバトス全形態が、正座状態で並べられるわけですね≫


(『……小娘の部屋、少し見ぬ間に物々しくなったな』
『うりゅー』
『うりゅ……?』
『あ、それは百均の素材で作ったメガサイズ鉄血メイス(プラスチック製)ですー』)


古鉄≪そして卯月さんとバルバトスはそのうち、≪CPの悪魔≫と言われるほどの活躍を見せて≫

卯月「見せませんよ!」

恭文「いきなり登場した……だと……」

卯月「というかそれだとCP、最終的には……いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

恭文「ちなみに凛がグシオン、未央がフラウロスを」

卯月「それは駄目です! 凛ちゃんはグリムゲルデだと思います!」

恭文「あぁ、なんか分かる」

卯月「はい……でも大丈夫です。中二病は一生引きずるけど、悪いことじゃないってサリエルさんが」


(『卯月ぃぃぃぃぃっぃぃぃっ!?』)


卯月「で、でも私、まだまだ初心者ですし、悪魔なんて呼ばれるレベルでは」

恭文「大丈夫大丈夫。以前も拍手でちょろっと言ったけど、ガンダムフレームやグレイズフレームで簡易RGシステムが誰でも使えるようになるから」

卯月「そうなんですか!?」

古鉄≪更に新バトルシステムで、レスポンスなども上がり……卯月さん、名を挙げられますよ≫

卯月「は、はい! でも悪魔は嫌ですー! いえ、バルバトスは悪魔ですけど!」

恭文「鉄血がビターエンドとはいえ、無事に完結した今だからこそ……鉄血ガンプラを振り返るべきなのだろう。
フレームという共通規格により、価格が抑え気味になっただけじゃない。組み替え遊びなどの幅も広がったし」

古鉄≪BFの流れでオプションパーツも一杯出ましたしね。グシオン(海賊)やマン・ロディもいずれ出したい枠だったりします≫

恭文「特にマン・ロディはそうだね。あれにはグリモアと同じポテンシャルを感じる……現にパワードスーツ風に改造した人もいたし」

卯月「確かに丸っこくて可愛らしいですよね、マン・ロディ。……そう言えばマン・ロディも、ガンダムフレームほどじゃないにしても」

恭文「一応フレーム構造だね。……第八回世界大会は、そんな鉄血組で溢れるのだろう……多分」

卯月「多分ですか!」


(『……私をそのままグシオン枠に当てはめないことに、しまむーの優しさを感じた』
本日のED:GRANRODEO『少年の果て』)


ティアナ「そう言えば漫画版のビルドファイターズA-Rだと、ゲイジングハウンドが出ていたわよね。コンテスト受賞作の」

恭文「あとは第六回世界大会編で、プリンセスが作ったクランシェアスタとか。
AGEは放映から五年以上経過しているから、もう版権縛りはない……! つまり」

ティアナ「外伝なり今後のアニメで、改造機体が出るかもと。それは楽しみだなぁ、AGEのガンプラは今見ても出来がいいし」

恭文「思えば組み替え遊びなどの流れは、ここから来ていた……AGEは偉大なるパイオニアになりつつあるのかもしれない」


(おしまい)






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