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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第2話 『ヒナミザワ』


井の中の蛙(かわず)は幸せでした。

井戸の外に何も興味がなかったから。


井の中の蛙(かわず)は幸せでした。

井戸の外で何があっても関係なかったから。


そしてあなたも幸せでした。

井戸の外で何があったのか知らなかったから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――沙都子が叔父の鉄平に連れ去られた……また。でも対処方法がない……何もない。

最初は誰かの家で預かれないかという話が出た。それも無理だった。雛見沢(ひなみざわ)において、北条は忌み嫌われた家。

そもそも沙都子の問題に関わろうとする人間はいない。それは御三家と呼ばれる私も、魅ぃも同じで。


その結果圭一を攻め立てたレナは。


「圭一くん……魅ぃちゃんが駄目なら、他の裕福な家を探したら?」

「え」

「私、雛見沢(ひなみざわ)に立派な豪邸を建て住んでる人、知ってるよ」


圭一の話をし出した。


「白々しいよ。あれだけ立派な家に住んでて……自分の家だけは蚊帳の外? 仲間なんでしょ、救ってよ圭一君が。
魅ぃちゃんは駄目だってさ、冷たいから。じゃあ仲間思いの圭一君がお手本示さなきゃ駄目だね」


そう……雛見沢(ひなみざわ)は現在、外の風を受け入れようと改革の真っ最中。圭一が転校してきたのもその流れがあるゆえ。


「あれだけ大きなお家に家族三人だけで住んでるんだっけ? じゃあ空き部屋なんか幾らでもあるよね。
余ってるお部屋、幾つか沙都子ちゃんに分けてあげればいいじゃない」


レナは笑顔で、とても嬉(うれ)しそうに、圭一を攻め立てる。……先ほど、圭一が魅ぃを攻め立てたように。


「それでめでたく沙都子ちゃんの悩みは解決! あら何? これでもう終わり? あっけない話だったね!
はいはい解決御苦労様! じゃあもう今日はういい!? 私帰るねランランラン!
今日は久しぶりに宝探しにでも行こうかな!昨日まではずっと沙都子ちゃんことが心配で、遊ぶ気になんかならなかったしぃ!
今日はどんな宝物が見つかるかな、はうー……。
………………何か言ってよ! 私だけ喋(しゃべ)り尽(ず)くめ!? 黙ってんじゃないわよ、聞いてんの前原圭一!」


そうして、教室の空気を凍らせた。ふだんのレナからは絶対想像できない激情を放ち……全力で。

圭一に教えた。今まで通りに……自分がどれだけ、魅音を傷つけていたのかと。


「……レナ、怖いのです」


そうして凍り付いた空気を……レナが肩で息をして、席に座ってからぽつりと呟(つぶや)き、砕く。


「うん……ごめんね、梨花ちゃん、魅ぃちゃん」

「いや、その……うん」

「圭一くんには、謝らなくていいよね」


――レナは笑顔を浮かべ、そう宣告。自分の正しさを、自分の心を誇った。

それが妙にいら立って……私は。


「……レナ、それならレナはどうなのですか」


これも戯れと、小石を投げ込む。沙都子が壊れていく状況……その戯れに、小石を一つ。

それがレナを深く傷つけると知りながら、それでも黙ってはいられなかった。


……もしかしたら、奇跡が起こるかもしれないでしょ?


「レナの家は裕福なはずです。……両親の離婚で、親からの慰謝料が大量に入ってきたから」


魅音が、そして圭一がギョッとする。もちろんレナ自身が一番動揺しているのだけど。


「離婚原因は『母親の浮気』。確か、イースター社……でしたね。あなたの母親はそこのデザイナー部門で、今も重要なポストに就いている。
そんな立場の人間にふさわしい付き合いというものがあり、その中で彼女は浮気をし……あなたと父親を捨てた」

「り、梨花ちゃん……それは」

「デザイナーとしての才能が認められず、就職も難しく、実質専業主夫化していた父親を……その男よりもずっと見劣りがする父親を」

「……!」

「でもあなた達はその痛みと引き替えに、通常では考えられない億単位の慰謝料<手切れ金>を与えられた。
沙都子一人を引き受け、養っても余りあるほどには。圭一、レナに任せるといいのですよ。
元々は三人暮らしだったのですから、一人を引き受けるくらいは容易(たやす)いのです」


にぱーっと笑うと、レナの頬が引きつる。私の意図を察し……私がなぜ知っているかという混乱も会わせ、その表情が蒼よりも深くなる。


「これで問題解決なのですね。レナ、ありがとうなのです……ボクもこれで、いつも通りの日常が遅れるのですよ。
……どうしたのですか。なぜ黙っているのですか? 自分のことを棚に上げ、圭一だけを責めて……今もあんなに楽しそうだったのに」


そこでレナが黙るので、さっきの言葉を返してあげよう。


「………………何か言ってよ! 私だけ喋(しゃべ)り尽(ず)くめ!? 黙ってんじゃないわよ、聞いてんの竜宮レナァ!」


この中で沙都子を一番に心配してくれたのは、圭一だった。……正直、それが本当に嬉(うれ)しかった。

いや、このパターンに入るのは絶対に嫌なんだけど、圭一は転校してから間もないのに、ここまで思ってくれるのだから。

それに比べて魅音とレナは……いいや、自分はと嫌になることもあるけど。だからこそ、こんな石を投げたくなったのだろう。


私も圭一みたいに、諦めず声を上げれば……なんて、らしくないかもだけど。


……私の言葉で再び凍り付く、教室の空気。それを破ったのは……再び立ち上がったレナだった。


「……ごめん、梨花ちゃん」

「レナが今まくし立てたのは、ボクなのですか? おかしいのです……レナは、圭一を、殺してやると言わんばかりに睨(にら)んで」

「――!」

「自分の家が裕福なのも隠して、正義の味方面で攻め立てて……最後には笑顔を浮かべていたですよね。……レナは最低なのです」


更に石を……更に声を……そう思っていると、圭一が立ち上がり……レナへ踏み込み。


「レナ」

「圭一くん、あの」


何の躊躇(ためら)いもなく、冷たい瞳で右ストレートを打ち込む。

レナの柔らかな頬が歪(ゆが)み、歯の一本が血とともに吐き出され、その体は椅子や机を幾つか巻き込みなぎ倒される。


「け、圭ちゃん!」

「魅音、梨花ちゃんもすまなかった。……コイツの姿を見てよく分かったよ……さっきの俺が、最低だってな……!」

「だったら殴っちゃ駄目だよ! ……レナ、大丈夫!?」


……レナはぼう然としていた。殴られた痛みを……紅(あか)くなった頬を撫(な)で、嗚咽(おえつ)を漏らし始める。


「すっかり騙(だま)されたよ、竜宮レナ……お前、沙都子のことを心配なんてしてないんだな」

「圭ちゃん!」

「だったらなんで黙ってた……俺一人がまくし立てて終わりか! 何とか答えろよ、竜宮レナァ!」


レナはそれでも何も答えず、介抱してくれた魅音を払い、教室から飛び出した。


「レナ!」


魅音は止める間もなく追いかけ、圭一は……いら立ちながら、その後を追いかける。


「圭一……」


僕が声をかけても、圭一は止まらない。二人の後を追いかけ……どこからか、声が響く。


――ごめん、なさい……――

――安っぽい謝罪なんていらないんだよ! 答えろ……何とか答えろよ! 沙都子を助けろよ! できるんだろ! もう一人枠が空(あ)いてるんだろ!――

――ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……――

――圭ちゃん、もうやめて……レナも、辛(つら)かったんだよ!――

――今一番辛(つら)いのは沙都子だろうが! もういい、お前らなんて仲間じゃない……このクズどもがぁ!――

――圭ちゃん!――

――ごめんなさい……!――


――石を投げ込む。波紋を生み出しては、変化がないかと目を凝らす。しかし変わらない。

何一つ変わらず、全ては予定調和に進む。いや、一つ変化はあったのだろう。


”り、梨花……なんであんなこと言ったですか!?”

”変化があるかと思って”

”不正解なのです!”

”まぁいいじゃない。”この手”は駄目だって分かったんだから……くすくすくす”

”梨花ぁ……”


”この世界の圭一”は私の言葉で、魅音とレナに強い疑心暗鬼を持ち……北条鉄平共々、その手にかけたのだから。

それでも二人は手を伸ばした。圭一が北条鉄平を殺したと知って、それを何とか救いたくて……それでも届かず、殺されて。

その後の逃避行が上手(うま)く行ったかどうか、それを知る術はない。だってそのときにはもう、私は――。


……まさか”鬼隠し”と”祟殺し”のツーパターンが同時に襲ってくるって。石の投げ方も考えないと。

さて……次の世界は、どんなふうに殺されるのかしら。楽しみね……羽入?




とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。

とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜

第2話 『ヒナミザワ』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


前回のあらすじ――”祟殺し”の展開がきそうだったので、何とか打破しようと行動開始。

……え、祟殺しは何かって? 私と羽入がこれまで見た”予言”には、幾つかのパターンがあるわ。

それを示す名前を付けているの。いちいち誰彼が暴走したって話すのも大変だから。


圭一が綿流しを境に疑心暗鬼へと捕らわれ、レナと魅音を殺害するのが≪鬼隠し≫。

詩音が園崎家も含めた、雛見沢(ひなみざわ)全体を疑い、家族すらも手にかけていく≪綿流し≫。

そして……北条鉄平が帰還し、沙都子が捕らわれ、結果鉄平殺しを圭一が実行する≪祟殺し≫。


なお今まで見た”予言”の中では、綿流しが一番多かったわね。祟殺しはもう、起きたら運が悪かったと諦めるレベル。

しかもこのパターン、救いようがないから。レナと詩音も加えて実行した挙げ句、お互いに疑い合い、共倒れとなった≪憑落し≫もある。

そんなわけで前の世界と同じ手を使いたかった。そうすれば確実に沙都子が救える。


村人を団結させ、その上で敵を迎え撃つの。赤坂も前の世界みたいに来るなら……そう思っていたのに。


「今すぐ間宮リナ達を詰問しましょう。……全部知っているんだぞと」


この世界の圭一は、”二十一世紀の前原圭一”は、それを却下して詩音達と交渉。

その結果が……余りにアッサリとした答えに、私と詩音はあ然とし。


「「……はぁ!?」」

「……梨花ちゃん、もしかして本当に気づいてなかったの?」

≪だから言ったでしょ。早急すぎるって≫


うわ、この忍者達は気づいていたんだ! それで哀れむような目を……腹が立つわね!

というかなんで!? それ、ただの告げ口よね! それでどうして解決……そこまで考えて、ようやく納得できた。

自分が早計だったのも理解した。そうだ、解決する。私は前提から間違っていた……恭文も言ってたじゃないの!


目的は、事件を未然に防ぐことだって!


「それは詩音もだな。梨花ちゃんは北条鉄平のことはあれど、間宮リナ達の計画を教えてくれたんだぞ。
これが事件後に伝わったならともかく、今は起こる前。当然裏付けを取って、事前対処するのが基本だろ」

「そして事件さえ起こらなければ、園崎組が『ケジメ』を付ける必要はない。ですよね、葛西さん」

「えぇ……まぁ」

「しかも奴らは、図書館なら大丈夫ってタカを括(くく)っていた。そこで『全部知っているんだぞ』って告げられたら……どうなる」

「そりゃあ、ビビりますけど!」

「ならそれでいいんじゃ……そういう話だ」


圭一がまたアッサリと意図を説明し、私達は納得するしかなかった。


「幸い奴らは手口をあらかたバラし、梨花ちゃんはそれを聞いている。もし話した通りに動いているなら、裏付けも楽なはずだ」

「……それも元として、間宮リナ達を我々で追及すると。それなら、確かに」

「一応第二プランもあるんですが、これが一番だと思います」

「第二プラン? 前原さん、ちなみにそれは」

「園崎が管理している事務所の鍵、全て交換するんです」


圭一が出した第二案は余りに予想外で……無茶苦茶(むちゃくちゃ)で。


≪「「「「はぁ!?」」」」≫


つい、声を荒げてしまった。


「いや、あの……圭ちゃん!? 確かに第一プランより手間……相当かかってますけど!
というか、業者の手配だけで数日はかかりますよ! 無理ですよ!」

「無理ならフォーマットの似たドアと交換する。理由は……立て付けが悪くなってるから、交換してしばらく様子を見るとか。
……もちろん間宮リナ達には気づかれないようにだぞ?」

「あぁ、なるほど」


でも恭文とアルトアイゼンは、納得した様子で……またか、この忍者!


「ドアを一つずつ横にずらしていく形なら、日曜大工の範ちゅうでできるものね」

≪やりますね、圭一さん。……さては何件か忍び込んだでしょ≫

「さすがにそれはない!」

「あの、確かに……数十分もあればできるとは思いますが。
しかしリナ達はキーチェーンごとコピーしているんですよね。それなら」

「葛西さん、コピーしたての鍵って回しにくいですよね」

「えぇ、まぁ」

「つまりはこうです。奴らは元々の鍵が使えず、焦り始める。一つ、また一つと試しても上手(うま)く回らない……それが本命の鍵でも」


……その様子を想像してみる。普通なら冷静にやれば……とも思う。

でも違った。

前提から奴らはおかしいんだ。


「奴らはヤクザの事務所に無断で押し入り、その上納金を奪おうとするこそ泥。当然命がけの作業。
そんな中で、突然トラブルが起きたら? そんなところを、誰かに見つかったら? 焦りが更に手元を震わせ、解錠を難しくする」

『……』

「そうして仲間内でもいざこざが起きる。鍵のコピーをミスったのか。いや、鍵そのものが違っていたのか。
一度ついた火種は消せない。しかもぼやぼやして、誰かに気づかれてもエンド……だから仕切り直しという形に」


圭一の堂に入った語り口調で、つい息を飲む。それで黙り込むと、当の圭一が呆(ほう)けて、目をパチクリ。


「……ですよねー。いや、俺もちょっと穴だらけだし、そもそも失敗した場合のリスクが」

「……いえ、完璧です!」


でも、そんな静寂を詩音が破り、圭一の両手を取って感激顔。


「そうですそうです……私にも覚えがありますよ! 思い出すなー、一年前……女子寮から抜け出したとき!」

「経験者かよ!」

「葛西、こっちをやってみましょうよ。試すだけならタダですし」

「いえ……盗まれると、タダでは」

「責任は私が取りますってー」

「詩音さんが取れる責任では……いや、しかし……はぁ、分かりました」


葛西、いいの!? ”こっち”でいいの!? さすがにリスクが高すぎでしょ!


「一つ目の案を採用ということで」

「葛西ー!」

「いえ、前原さんの気づかいを無駄にするわけには……はい」


あぁよかった。葛西がまともで……詩音に流されなくて、よかったぁ。

でも私、恥ずかしい……! ちょっと話せばすぐ解決したことだったのに、沙都子を見殺しにするなんて!

それと同時に腹立たしい! いや、私自身もだけど……圭一の勝ち誇ったような顔が!


「葛西さん、ありがとうございます!」

「いえ。うちもこの御時世で、時代遅れな制裁は避けたいので」

「……どうだ梨花ちゃん、やってみるものだろ」

「……詩音の無茶(むちゃ)経験と、葛西の懐があればこそなのですよ」


素直に認められずそっぽを向くと、圭一はそれでもいいと言わんばかりに、私の頭を撫(な)でてくる。


「いや、実際助かっています。……実は間宮リナと仲間(なかま)数人が図書館に集まったという話は、私の耳にも届いていまして」

「みぃ……そうなのですか?」

「ただ『なぜか』は調査中でした。金銭絡みと思っていたのですが、まさか上納金までとは」

「葛西、そう言うってことは……間宮リナは」

「フラワーロードの『従業員』ですが、同僚と金銭トラブルを起こし、最近は出勤も滞っているそうで」


一応補足――フラワーロードというのは、興宮(おきのみや)の歓楽街。そこの従業員となると、『お姉さんがいるお店』になる。


「更にあちらこちらに借金も相当あるらしく、リナの名前を聞いていい顔をする人間はいません。
……そんなリナが北条鉄平と組んで、結婚詐欺をやっているというのは聞いたことが」

「……葛西?」


葛西は北条鉄平との関係を知っていた。その事実がサラッと漏れて、詩音の冷たい視線が向けられる。


「すみません。北条悟史くんのこともあるので、詩音さんの耳には」

「いえいえ、分かってます。……圭ちゃんの言う通りですしね。沙都子を守るのなら、助けるのなら、正しい手段で行うべし」

「あぁ、そうだ。もちろんお前自身も守るんだぞ? お前ももう、沙都子の幸せなんだ」

「どうでしょうね。野菜嫌い克服のため、相当いじめてますし」

「それでも何だかんだで受け入れてるじゃないか。ただまぁ……あれだ、海外の吉野家みたいな温野菜丼は……やめてやれ」

「うわぁ……!」


恭文も知っているのね、海外の吉野家……牛丼屋で出している『野菜丼』。私も圭一から聞いて戦慄したんだけど。


「温野菜丼? 前原さん、それは」

「丼ご飯の上に、ブロッコリーとカリフラワー、ニンジン、キャベツなどの茹(ゆ)で野菜が載っています。肉などは……なしで」

「それは……できれば、別々で食べたいですね」

「それを……今日のお昼に持ってきやがったんですよ! 詩音のアホは!」

「……詩音さん」

「アホってなんですかぁ! 葛西もその、哀れむような目はやめてください!」


そう、葛西は哀れんでいた。サングラスの奥で瞳が揺れ、沙都子に合掌までし始める。


「なお、味の感想としては【別々に食べたかった】――その一点に尽きる」

「みぃ……さすがのボクも、沙都子が可哀相(かわいそう)だったのです。
レナも同じくだったので、きっと今日のお泊まりでは美味(おい)しいものが一杯出てくるのですよ」

「梨花ちゃままでー! 私はただ、沙都子の健康を願っているのに……ちゃんとドレッシングも用意して」

「下がご飯だぞ!? というか、そもそも丼としての調和はどうしたぁ!」

「ちなみに吉野家ではつい最近、ヤングコーン・オクラ・ブロッコリー・サツマイモ・赤パプリカ。
黄パプリカ・インゲン・ニンジン・キャベツ・ニラ・玉ネギ――合計十一種類の温野菜が載っている【ベジ丼】を出しました」


そこで恭文がさっと補足。……いや、それもまた凄(すご)いんだけど。


「でもそれは食べやすいように、ごま油ベースのうま塩だれに絡めています。牛丼との相掛けもOK。……詩音、さすがにそれは逆効果だよ」

「私の、やっぱり駄目ですかぁ?」

「やっぱり。僕も生のトマトが苦手だから分かるけど、そんなふうに押しつけられたら……引くよ」

「引く!?」

「それにあっちの野菜丼も、相応の研究がされた上でのレギュラーメニューだし。素人が半端に真似(まね)したら……ただの飯まずだよ」

「飯まず!? そ、それは嫌です……沙都子に料理ができない女とは思われたくありません!」

「沙都子ちゃんはおのれの彼氏か!」


そんな飯まず温野菜丼を改善すべく、詩音がまた良くないハッスルをするのだけど……それは、また後日ということで。


「でも梨花ちゃまも災難でしたねー」


恭文から向こうの温野菜丼についていろいろ聞いてすぐ、詩音はお冷やを一気に飲み干し、私に笑いかけてくる。


「まだ記憶の混乱が続いているのに」

「……入江もお手上げな、不治の病なのです。それに詩ぃの飯まずも」

「私は飯まずじゃありませんー! 見ていてください……沙都子や梨花ちゃまが目を丸くするような、最高の温野菜丼を作ってみせますから!」

「……既にみなさん、目を丸くしていると思われますが」

「全くだ……!」

「そういうときは、甘いものでも食べてリフレッシュしようか」


恭文は笑ってメニューを取り、でかでかと載っているいちごサンデーへくぎ付けになる。


「よし、それじゃあここは私がおごりますよ! 好きなもの、じゃんじゃん注文してください!」

「じゃあいちごサンデー」

「俺もだ!」

「ボクも頼むのですー」

「私も」

「ちょ、葛西は違いますよ!」

「い、いえ。私はついでですので、お気になさらず」


ごつい顔なのに葛西は甘いものが好きらしい。それがおかしくて、みんなで笑いながらお茶の時間。

なおこのお店のいちごサンデーはほっぺが落ちる勢いだった。外見だけで中身は判断できないらしい。


――その後私達はお店を出て、その軒先でお互いにお辞儀。


「「「詩音、ごちそうさまでした」」」

「いえいえ。そういえばやっちゃん、宿泊先はどうするんですか」

「興宮(おきのみや)のホテルを取ってあるけど」

「あららー。それで素敵な女性を連れ込んで、アバンチュール……もう、やっちゃんったらー。駄目ですよ、私には心に決めた人が」

「はははは、しないってー。僕も本命がいるし」

≪七年スルーですけどね。しかも凄(すさ)まじい天然ドジで≫

「言うな!」


……恭文と詩音はノリも似ているのか、すっかり仲良くなった。その様子がほほ笑ましいのか、葛西の表情が緩む。


「葛西、お話を聞いてくれて、ありがとうなのです」

「こちらこそありがとうございました。……間宮リナの件は、上手(うま)く処理しますので」

「よろしくです」

「よろしくお願いします、葛西さん。じゃあ詩音、またな……温野菜丼は、もうやめるように」

「そうと決まれば試作ですね! 丼としての基本――ご飯との融和を目指して、調理工程から見直さないと!」


駄目だ、温野菜丼から離れようとしない! あぁ、明日も沙都子が地獄に……北条鉄平が帰還しなくても、壊れそうになるんじゃ!

ただ私達も止めるのが大変だと分かっているので、葛西にただただ平服。


「「――葛西さん、よろしくお願いします!」」

「よろしくなのですよ、にぱー☆」

「……それは、自分が止めろということでしょうか」

「葛西、考え方を変えるのです。……間宮リナを生かすよりも楽だと」

「はぁ……いや、しかし詩音さんですから、逆に難しいとも」


そうして話を纏(まと)めた上で、興宮(おきのみや)を出て。


「あぁ……ちょっと待ってください」


温野菜丼について考察していた詩音が、突如真剣な表情で呼び止めてきた。


「なんだ……まさか、俺達に試作を手伝えと? 絶対にお断りだ」

「詩ぃ、まず自覚をしてください。あの温野菜丼を出し続ける限り、あなたは飯まずです」

「揃(そろ)ってひどくありませんか!? というか、梨花ちゃまは一緒に持ってきたカボチャの煮付け、美味(おい)しいって言ってくれましたよね!」

「あれを百点満点とするなら、温野菜丼はその後四百年の評価を帳消しにするひどさなのですよ。にぱー」

「世紀をまたぐんですか、私のこん身作……こら葛西! こっそり笑うなぁ!」


さすがにそれは嫌なので、本気で下がろうとすると……詩音は手を振って詰め寄ってくる。


「とにかく、そっちじゃないんです。実は店を出る前、マスターからちょっと言われまして」

「あ、もしかして騒ぎすぎて、僕達が迷惑を」

「そっちでもないんです。……例の間宮リナと北条鉄平が、数日前――あの店に来ていたそうで」


詩音は厳しい表情を浮かべながらも、右人差し指をピンと立てた。


「そのとき二人は、新しいターゲットの話をしていて」

「ターゲット……結婚詐欺か!」

「店に来た客をたらし込んだとか。しかもソイツ、相当羽振りがいいようで……もっと搾り取れるって楽しそうに」

「どうしようもない奴らだな、おい……!」


そこでつい身構えてしまう。そうして思い出されるのは、危惧していた彼女のこと。

オレンジショート髪を揺らし、いつも笑顔を絶やさない……だけど本当はとても冷静な子。

彼女もまた、『予言』の中で過ちを犯した。そのときのことが思い出され、血の気が引き始める。


「問題は、そのターゲットの名前が」

「あぁ」

「……”竜宮”、なんですよ」


そこで圭一が息を飲む。強く……驚いたように。


「おい、それは……!」


あぁ、やっぱりだ。


「ここでアレがくるなんて……やっぱり、神様は意地悪なのです」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


なぜ詩音が結婚詐欺の話をしたか。そしてなぜ梨花ちゃんが動揺しているのか。

その答えも二人と別れてから、圭一と梨花ちゃんに確認。


ひぐらしが鳴き始める中、人気のない公園にて話を進める。


「竜宮ってのは、俺達の仲間――<竜宮レナ>の親父さんだ」

「前原圭一、園崎魅音・詩音、古手梨花、北条沙都子……竜宮レナ」


さらさらとみんなの名前と特徴をメモした上で、手帳を仕舞(しま)う。


「随分仲良しなんだね。圭一も転校してきたばかりだって言うのに」

「俺の場合は、みんながよくしてくれた結果さ。あとは」

「部活なのですね。ボク達は主要メンバーなので」

「へぇ……部活なんてあるんだ。何部? 五人だからバスケとか」


……するとなぜだろう。二人がとても……不敵な笑いを浮かべた。


「興味があるなら、分校に来るといいのですよ。先生達にはボクから話しておくのです」

「あぁ、こい。きっと楽しめるぞ……なぁ、梨花ちゃん」

「はいです」

「……ねぇ、その言い方はおかしい。なんか”おのれらが”楽しめるって感じが」

≪いいじゃないですか。この人を面白おかしく弄(いじ)るのは楽しいですよ。特にハーレムネタは≫

「それはやめて!」


あぁ、二人がまた不敵な笑みを……鬼の顔だよ、あれ! 何なの、部活って! すっごく嫌な予感しかしない!


「じゃ、じゃあ話を戻すけど」

「待て。ハーレムってなんだ」

「何でもないから」

≪この人、女性にフラグを立てまくっていて……現地妻ズなんて組合も結成されているんです≫

「バラすなぁぁぁぁぁぁぁ!」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


きゃああぁぁぁぁぁぁぁ! 圭一がキレたー! なぜか詰め寄られたんだけど!


「男の夢を……明治(めいじ)維新の波にかき消された古きよき文化を継承していると言うのかぁ!
羨ましいぞおい! 俺にもその業運を分けてください、お願いしますお師匠様ぁ!」

「圭一、本音ダダ漏れなのです」

「してないよ! というか古き良き文化なの!? ハーレム!」

「しかも現地妻……みぃ、ボクのことも狙っていたのですね」

「狙ってないよ!」

「しかも本命がいるのに、フラグが立つってどういうことなのですか」

≪ピンチな女性を助けて、惚(ほ)れられるんです≫

「やっぱりボクを狙っていたのですね。恭文は狼なのです」


あらぬ誤解を受けているー! ちくしょう……このパターンはお馴染(なじ)みすぎる!


「全く、なんとけしからん奴だ! しかもハーレムを構築しておきながら、受け入れられないだと……貴様はそれでも男かぁ!」

「男だからこそ本命一筋でいたいのよ!」

「馬鹿野郎! 一人ではなく”みんな”に一筋でいろぉ!」

「凄(すご)い論破をされた!? それより話……話ー! ……竜宮って、同じ名字の人は」


そこで圭一も梨花ちゃんを見やる。そっか、転校してきたばかりだから、さすがに把握していないと。


「村にはいないのです。それで、ボクが見た予言についてなのですけど」

「うん」

「幾つかあるのです。こう、分岐というか別ルートというか。でも大きなきっかけは今年の綿流し。
例年のように事件が起こり、それによってみんなの日常が少しずつ壊れ始めるのです。……例えば詩音と沙都子」

「沙都子ちゃんはあれかな、察するに北条鉄平絡み」

「そうです。そして仲間の一人が沙都子の現状を顧みて、北条鉄平を秘密裏に殺害。その子は北条鉄平が祟(たた)りを受けたと、偽装を試みたんです」


梨花ちゃんの話は余りに詳しすぎた。妙な違和感がしながらも、とりあえず黙って続きを聞く。


「そして詩音も……連続怪死事件の黒幕が園崎家だと疑ってかかり、家族や親しい人達を次々と殺害」

「な……おい、梨花ちゃん!」


圭一はあり得ないと言わんばかりに止めかけたけど、すぐ反省して首振り。


「いや、それは……暴走ってことだよな」

「その通りなのです。……詩ぃは鷹野(たかの)と富竹(とみたけ)、それに圭一と一緒に、古手神社の祭具殿に入りました」

「俺もかよ! でも、待ってくれ。確か祭具殿って、神聖な場所じゃ」

「古手の巫女(みこ)以外……又はその案内がない限り、決して入ってはいけない不可侵領域なのですよ。
……その後、富竹は喉をかきむしり……肌を突き破り、血が流れ、それが喉に詰まりそうになっても、かきむしり続け、鬼ヶ淵沼の脇で変死」


いきなりホラー的な描写が出て、軽く驚いてしまう。つーか死に方の説明が詳しすぎる。


「鷹野はドラム缶に詰め込まれ、焼死体として発見されます。
詩ぃは綿流しが終わった後、その速報を聞いて……今度は自分が殺されると疑心暗鬼に陥り」

「その前に、犯人である園崎家を潰しちゃおうと」


梨花ちゃんは神妙な顔で頷(うなず)く。


「同時にあだ討ちでもあります。あなたも知っている通り、沙都子の兄≪北条悟史≫は去年の綿流しに失踪していますから」

「なるほどね……」

「そんな、”予言”もあったのですよ」


……梨花ちゃんは気づいているのだろうか。もうこれは予言で済まされない詳細さだってさ。

まぁいいや。大まかな流れも分かってきたし……ここもさらっとメモしておく。


「あ……」


そこで梨花ちゃんが思い直したように、拍手を打つ。


「ごめんなさい、説明が抜けていました」

「だよね。その鷹野と富竹って」

「鷹野……鷹野三四は入江診療所に勤める看護婦で」


なお今だと『看護師』って言うけど、梨花ちゃんは昭和五十八年とのジェネレーションギャップに悩んでいる最中。

そこをツッコんでも話の腰が折れるだけなので、温かくスルーしようと思います。


でも、スルーできない要素もあるわけで。ここで出てくるか……入江診療所。


「入江診療所……」

「知っているのですか」

「赤坂さん、雛見沢(ひなみざわ)滞在時に怪我(けが)をしたんだよね。その治療でよくしてもらったって聞いていたから」

≪実はあなた以外にも、当時の先生がいるなら改めてお礼を伝えたいと言っていまして。後日伺う予定だったんです≫

「そうだったのですか。それなら大丈夫なのです……所長の入江もそうですが、スタッフのほとんどは診療所設立当時から在住していますです」

「その鷹野さんも?」

「はいです」


それはつまり、入江機関設立当初から……とも取れるわけで。なら鷹野三四も入江機関のスタッフと見ていいかな。


「じゃあ富竹さんというのは」

「その鷹野と親しいカメラマンなのです。年に数回雛見沢(ひなみざわ)へやってきて、写真を撮っていくのですよ。
雛見沢(ひなみざわ)周辺の自然とか……あと、綿流しのお祭りも」

「俺も転校してきてから面食らったが、題材としてはありなんだよな。どこもかしこも、二十一世紀とは思えないしよ」

「ちなみに、親しいって言うのは。そんな人達だったら祭具殿侵入が禁忌ってことも、当然……単なる顔見知りじゃないよね」

「みぃ……男女の秘め事に首を突っ込むのは、野暮(やぼ)というものなのです」

「あぁ……そういうことね」


なら、その富竹って人も入江機関のスタッフ? 年数回ってことは、出張してくる感じなのかな。

それなら入江診療所も調べたいなぁ。忍び込んで、データにアクセス……いや、やめておこう。

少なくとも僕が直接的に侵入するのは禁止だ。当然防犯システムも張っているだろうし、人がいなくても危険過ぎる。


やるなら外部回線を通じて……とはいえ、アクセスがバレたら無駄に警戒させる。そこが一番の問題だ。

もし入江機関やプロジェクトが、梨花ちゃん殺害に絡んでいた場合……火に油を注(そそ)ぐことにもなる。

何より梨花ちゃんは現時点でも、多くのことを隠している。確証を掴(つか)まないうちに、不用意な行動は避けるべきだ。


「動機は」

「鷹野は村でも有名なオカルトマニアなのです。雛見沢(ひなみざわ)の伝承――鬼ヶ淵村と呼ばれたころの風習や、オヤシロ様信仰について調べ、考察しているのです」


――梨花ちゃんの話……伝承ではこうだ。

雛見沢(ひなみざわ)はその昔『鬼ヶ淵村』と呼ばれ、地獄を追い出された人食い鬼が村人を襲った。

しかし『オヤシロさま』と呼ばれる神の仲裁により、鬼と人間が共棲(きょうせい)するようになった。

ただし、これはあくまでも村の成り立ちを示す一説にすぎないと、梨花ちゃんは付け加える。


別の伝説によると、村民は自らを『その鬼と人との血が交わった末えい』だと自称し、下界との交流を断絶。

定期的に下界の村を襲って生けにえを求めてきたとも言う。……そこにはダム戦争終了後に復興された、綿流しの祭りも絡む。

綿流しは村から集めた布団を、古手神社の巫女(みこ)……今だと梨花ちゃんが祭具用のくわで切り裂く。


その綿を村人が川に流す儀式なのよ。


「――流す前、綿を軽く体にぽんぽんとくっつけて流すのです。それは体についた穢(けが)れを祓(はら)い、流す――禊(みそ)ぎの意味があります」

「罪を流す……ううん、許すか。それだけ聞くと、オカルト要素は皆無だけど」

「綿流しは鬼ヶ淵村時代……村民を村に縛り付けるために、村の戒律を破った者を処罰する拷問≪儀式≫という説があります」

「……つまり?」

「綿は腸(わた)――戒律を破った者の腹を割き、腸を引きずり出す。ゆえに腸流し」

「……なるほどね」

「しかしそれも一説に過ぎません」

「またぁ!?」


圭一が仰天すると、梨花ちゃんはとても困った様子で唸(うな)る。


「みぃ……雛見沢(ひなみざわ)の歴史は過去の事件・事故、戦争などの影響で、重大な文献が幾つか消失しているのです」

「だから古手家の後継者であり、巫女(みこ)でもある梨花ちゃんでも正確なところが分からない?」

「そうなのです。ある文献では……雛見沢(ひなみざわ)を襲った鬼は『横暴を働いた当時の領主や村人達』とされています」

「人の欲望……それが暴走した姿こそ鬼の正体と。じゃあオヤシロ様は」

「その”鬼”達をオヤシロ様が怒り、討伐という名目で消し去ったことが鬼隠しであり、オヤシロ様の祟(たた)り」

「鬼隠し……」

「簡単に言えば神隠しなのです。とにかくそのお話では、暴走したオヤシロ様を当代の古手家頭首『古手桜花』が鎮めたとされています」

「オヤシロ様が暴走?」

「怒りは生きていく上では必要なものです。しかし、度が過ぎれば……それはオヤシロ様も例外ではなかった」


だからその古手桜花――梨花ちゃんの御先祖様がオヤシロ様を沈めて、鬼への虐殺行為をやめさせたと。

この説も信ぴょう性はあるなぁ。いずれにせよ鬼ヶ淵村の成り立ちには、オヤシロ様と鬼に相当する”何者か”がいたのは間違いない。

今話に出た、古手桜花さんみたいにね。……それがリアルな鬼か、人か、神様なのかは分からないけど。


「その惨劇は戒めとされ、恐れた領主は雛見沢(ひなみざわ)の統治を御三家に委任。これが今の御三家を形作るきっかけとなります」

「今で言うところの自治体を勝ち取っていたのかよ。それくらい、オヤシロ様が暴れたってことか」

「だから村人達もオヤシロ様の怒りを静めるべく、『供物流し』を始めました。これが今の綿流しに繋(つな)がる」

「……確かに別の一説だな。その話だと腸を流すとかは出てこないんだろ?」

「はい。でも……トンチキ創作なのですよ、これ」


あれ、梨花ちゃんがすっごい呆(あき)れた表情を浮かべてる。つじつまは通っているのに。


「オヤシロ様の正体は別次元から訪れた異次元生命体≪ハィ=リューン・イェアソムール・ジェダ≫で」

「「はぁ!?」」

「オーバーテクノロジーと言うのでしょうか。それを用い、村に恩恵を授けたそうなのです。
領主達が暴挙を働いたのも、その独占を狙ってのこと」

「や、恭文ぃ!」

「落ち着け! いや、成り立つ……確かに成り立つけど!」


でも壮大な歴史を追っていたはずなのに、急に現代感覚丸出しって! 全力でSF色をクライマックスって!

は……これが最初からクライマックス!? さすがに違うかな! 違うよねー!


「ハィ=リューンは自分と同じ世界からやってきた怪物を、ばっさばっさと斬り倒していたとか。
しかもボクの御先祖様と恋に落ち、結婚したのです。その子どもが古手桜花なのですよ」

「どこのラノベだよ!」

「そこからの古手家は≪異次元生命体の子孫≫ってことになってるの!?
いや、鬼の末えいって話はさっき出たよね。なら無理はないのか」

「つーか古手桜花さんとオヤシロ様は親子で、村を巡って宿命の対決をした展開になるんだが。
悲劇的で面白いとは思うんだが……創作的すぎて、史実としての信ぴょう性が疑わしすぎるぞ」

「みぃ……これを書いた奴は今頃、天国か地獄のどちらかでギッタンバッタン。痛い青春時代のせいで、かあいそかあいそなのです。
なのでボクはこの話をいずれ出版社に持ち込んで、世界的に広めてやろうと思っているのです」

「やめてやれ! 本気で痛い青春時代の小説だったら哀れ過ぎる! むしろそれが原因で祟(たた)られるぞ!」


うん、痛い……限りなく痛い。なんていうか、何時の世にもいるんだなぁ……中二病って。

それが一応の結論ではったけど、同時に……こういうのが事実なのかもしれないと思う部分もあって。


≪あなた、本筋を忘れちゃ駄目ですよ? 楽しいのは分かりますけど≫

「や、やっぱり?」

≪やっぱりです≫

「恭文はこういうお話、大好きなのですか?」

「とっても!」

「だよなぁ。でも……その、懐中電灯みたいな目はやめようぜ?」

「みぃ……恭文の瞳が百万ボルトなのです」


うぅ、残念だなぁ。でもアルトが言う通り、その辺りのワクワクを出すと進めないしね。事件を解決してから、のんびり調べたいと思う。


≪まぁよく分かりましたよ。鬼の伝承もそうですが、根っこにあるのはオヤシロ様信仰……それが今も息づいているんですね≫

「ただ誤解しないでほしいのですが、それもまた必要なことだったと……ボクは思うのです。
この村は豪雪地帯に位置し、観光客を呼べるような名物もなく、立地も厳しい。
そんな寒村で村人が生きていくためには、強い団結力が必要だったのです」

「……一人に石を投げられたら二人で石を投げ返せ」


そこで圭一がぽつりと呟(つぶや)く。


「二人に石を投げられたら、四人で石を。
八人に棒で追われたら、十六人で追い返せ。
三十人に中傷されたなら、六十人で怒鳴り返せ。
そして千人が敵ならば村全てで立ち向かえ。
一人が受けた虐(いじ)めは全員が受けたものと思え。
一人の村人のために全員が結束せよ。
それこそ盤石な死守同盟の結束なり。
同盟の結束は岩より硬く、水を通さないダムすらも通さない」

「圭一、それは」

「ダム戦争時代――この村を守り抜いた≪鬼ヶ淵死守同盟≫の盟約だ。魅音が教えてくれた。
……俺さ、魅音の力強さに最初はビビったけど、すぐに凄(すご)いって思ったんだよ。
だって……村人が一丸となって、国の考えを変えたんだぜ!? その力強さ、想像できるか!」

「……確かにね。生半可じゃあ無理だ」

「あぁ!」


犬飼(いぬかい)大臣の孫誘拐事件……その影響については、臆測も大きいので一旦置いておこう。

でも、熱意は本物だった。村を救いたい、守りたい――その気持ちは村人の総意だった。そうなるよう纏(まと)めた。

纏(まと)めることもまた努力とするならば、その成果を、その熱を誇るのもまた必然。


そんな熱さに看過されて、自分も――そう憧れるのもまた、必然だった。赤い炎のように燃え上がる、圭一の目を見ればよく分かる。


「まぁ」


ただ圭一は褒めたたえるのみではなく、自嘲気味な言葉を放つ。


「相当荒っぽいのは、反省点もあると思うがな。魅音と詩音なんて投石騒ぎを起こして、留置場にぶち込まれたらしいしよ」

「みぃ……その辺りはエセ死守同盟もいたので、話半分の方がいいと思うのです」

「エセ死守同盟? なんだそりゃ」

「死守同盟の強行的姿勢を利用すれば、協力費の名目で金や物資を奪える……そういうチンピラ風情がいたのですよ。
無論、御三家や村人がそれを許すことはなかったのですが。……だからこそある程度の平和的統率が取れていたのです」

「そっか……自分達がそんな偽物と同じことをしたら、村を守るって名目すら嘘になる。力を貸してくれた人達にも申し訳が立たないもんな」

「だからこそ綿流しの祭りは今のように……大々的に復興されたのです。村を守れたこと、その神輿(みこし)となってくれたオヤシロ様への感謝も込めて」

「でも、そこで雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件が起こった」


梨花ちゃんは困り気味に頷(うなず)き、軽くため息。


「綿流し復興がなされたのには、もう一つ理由があります。……それは村全体の活性化です。
先ほども言いましたが、雛見沢(ひなみざわ)村には『これぞ』という名物がありません。だから村全体の付加価値を上げる必要があるのです」

「綿流しはその第一歩ってわけ?」

「はい。鬼ヶ淵村時代のように、この村に閉じこもっているだけでは生きていけない――それは御三家の総意です。
それゆえに園崎家は保有する土地の一部を、別荘地として売り出し始めています。圭一の家はその第一号なのですよ」

「まぁ、俺の場合は別荘じゃなくて本宅だけどな」

「あとは、これは公由――雛見沢(ひなみざわ)の村長が教えてくれたのですが、この近くに高速道路が通るそうなのです。
まだ計画中の段階ですが、村の重役達は総力を挙げ、水面下で誘致をしています」

「高速道路が通れば、観光客の増加も見込める。もちろん別荘としての利便性も増え、村はより潤うと」


圭一の結論に、梨花ちゃんは困り顔で頷(うなず)く。……そう考えていくと、ちょっとおかしいことになるような。


「……なぁ、そう考えると園崎家……いや、御三家どころか雛見沢(ひなみざわ)村民には、犯行の動機がないんじゃ」


圭一も僕と同じ結論に達して、怪訝(けげん)そうな顔をする。


「……そうなのです。もう一度言いますが、村を外へ開き、人を招き入れる……新しい風を呼び込む。
それは連続怪死事件が起きる前から、御三家の総意で決定しています」

「だったら余計に分からないぞ。連続怪死事件なんて尾ひれは邪魔だろ」

「だね。現に僕とアルトがネットで調べても、綿流し関連の情報は出てこなかった。事件のせいで情報規制がかかっているからだ」

≪ただそれも表面上。より詳しく個人サイトなどを見ていくと、独自考察をしている人達も結構いました。オカルトマニアの間では有名らしいですよ≫

「みぃ……それは初耳なのですが、みんなが困っているのは事実なのです。……ボクも最初は疑ってはいました。
鬼ヶ淵死守同盟の空気を引きずり、オヤシロ様信仰で村の徹底支配を考えているのかと……でも」


梨花ちゃんはそこで言葉を止める。僕達……いや、この場合は途中介入した僕かな。

まだ信じきれてないっぽいね。ここで理由を説明してくれないとは。……だからやり方を変えよう。


「まぁそうだよね。そもそも園崎家は既に村の支配者なんでしょ? 村長もいるのに」

「はい。つまり園崎には、ボクを殺す動機がない」

「園崎への求心力を高める……そんな目的は達成済みなわけだ。しかも梨花ちゃん自身まだ幼いから、村内の政治的問題にも絡まない」

「梨花ちゃんは御三家ではあるが、結局のところ象徴の一つにすぎないってことだな。
……じゃあ、村外の奴らが? 何のために……通り魔とかならまだ分かるが」

「そういうものでは、ないのです」


それだけでよく分かった。犯人の正体も分かる、でも動機が分からないってそんな感じかな。

更にソイツは、梨花ちゃん一人では抗(あらが)えない力を持っている……まぁ一旦置いておこう。

あとは覚悟か。……仮に詩音が園崎を疑い、暴走をしても、僕が止める。さすがに連続殺人は見過ごせないわ。


「じゃあ話を戻そうか。……というかごめんね、僕のせいで脱線しちゃって」

「大丈夫だ。というか、協力者のお前に情報提供をするのは当然だろ」

「甘いねぇ。僕が犯人側のスパイだったらどうするのよ」

≪そうですよ。悪い狼かもしれませんよ……本当は梨花さんも狙っていて≫

「それ、絶対違う意味の狼だよね!」

「……何言ってんだよ。お前だってさっき、俺を信じてくれただろ?」


圭一が呆(あき)れた様子で言ってきたので、つい面食らってしまう。


「だったら俺もお前を信じなきゃ、対等じゃないだろ。……仲間ってのはそういうもんだ!」

「……そうだね……うん、その通りだ」


信じる、信じられる……かぁ。なんだろうね、やっぱり圭一の言葉には熱がある。

リンディさんやフェイト達と同じ言葉なのに、心を動かされる。……なら、このままでいいかな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


忍者派遣組織PSA(パラダイムシフトアーツ)。一応NGOの体裁を保っているこの組織は、現在締め切り直前の漫画家が如(ごと)く忙しさだった。

その原因は公安及び検察庁から協力を要請された一件。そんな中私が訪ねたのは、まとめ役でもある劉蓮明(リュウ レンメイ)。


「垣内(かきうち)署の山沖(やまおき)署長に返信は!」

「そちらは大丈夫です! 南井(みない)警部と公義夏美さんの方にも、既に護衛担当が配置についたと!」

「よし! 少しキツいが全員気合いを入れろ! ここが正念場だ!」

『了解!』


都内にあるPSA本部ビルには、後方支援の担当者達が顔を揃(そろ)え、右往左往の大騒ぎ。

そんな中を突き抜けるようにして、劉氏の専用オフィスへと入る。


「失礼します」

「――では、よろしくお願いします」


グレーのスーツを理路整然と着こなし、その仕草や雰囲気は貴族を思わせる。そんな劉さんはこちらに振り返り、温和な瞳を向けた。


「やぁ、ミスいづみ……すまないね、忙しいところ」

「ミスはやめてください。私、これでも三十代後半ですよ? ……それで」

「公安の赤坂警視には確認を取った。こちらが事情を知っていて驚かれたようだが、納得もしてくれたよ」

「そうですか。でも恭文君は、ほんと……! 予言ってマジなんですか」

「マジだ。まぁそういう事情なら、PSAに登録している忍者の中でも……蒼凪が一番適任だ。魔導師だからな」

「……えぇ」


恭文君がいる雛見沢(ひなみざわ)。その最寄りのターミナルでもある興宮(おきのみや)――そこから遠く離れ、愛知県(あいちけん)・垣内(かきうち)市。

雛見沢(ひなみざわ)や興宮(おきのみや)などに比べると正しく都会と言うべき町だけど、そこでとある事件が起きた。

垣内(かきうち)署に所属する≪南井巴警部≫が、女子学生≪公由夏美≫に暴行されるという事件だ。ただこの件は既に無罪放免が決定している。


公由夏美は家族や友人とのすれ違いなどで、元々心の病を抱えてしまっていた。それが妄想・錯乱を引き起こし、南井警部に暴力として向けられた。

そのときの彼女に責任能力がなかったこと。南井警部が比較的軽傷で済んだこと。

何より元々地元警察の一人として、彼女と親しかった南井警部の懇願により、前述の結末を迎えた。


それだけなら当事者同士で片付いた問題とも言えるし、PSAや私が動く必要はない。恭文君が赤坂さんから受けたらしい仕事も持ちだす必要がない。

問題は……公由夏美が精神科から処方されていた向精神剤。


「それで、問題の薬品については」

「現物は公由夏美嬢が持っていたものだけ……南井警部への暴行”未遂”直前にも、精神安定から飲んでいたそうだ。
どうも彼女は最近、同級生の男子学生から告白されたそうでね。その流れで友人とぎくしゃくしたらしい」

「担当の医師は」

「そちらも垣内(かきうち)署に引っ張り取り調べたそうだが、何も知らなかった。無論薬の名称も偽装。
……だが薬物が向精神剤としては余りに強烈で、この国で認可されていない成分だったのは間違いない。
現在、問題の薬品がどれほど前から、一体何人の患者に服用されていたか。そして服用患者が異常行動を起こしていないか、調査中だ」


未認可の向精神剤。その効果が強烈な分、副作用も計り知れない。公由夏美の一件もそれが原因。

垣内(かきうち)署の山沖署長から連絡をもらい、PSAは……まぁ、さっきスタッフが話していた通りに人員配備。事件解決までは護衛する手はずとなっている。

薬品の問題はそれほどに大きい。ただ違法な薬品が見つかっただけじゃない。


それが正規のルートに流れ、公由夏美のように……心の病気で悩む人達の手に渡っている。

彼女達はそれが立ち直る一歩であり、健全な精神を取り戻す救いだと思いながら飲むんだ。

でも実際は違う。飲んだ途端に世界が変わる。周囲は悪意で満たされ、自衛のためには戦うしかなくなる。


そうして気づいたときには……公由夏美は本当に運がよかった。それは薬の罪であり、彼女の罪ではないだろう。でも暴力を振るったことは変わらない。

もしかするとずっと、死ぬまで傷つけた人に謝り続けるかもしれない。いいや、”殺した人”だろうか。

そんな危険な薬が作られ、極々普通の病院で処方されたこと。それを今の今まで気づけなかったこと。


普通の犯罪じゃない。この事件の裏には、それが成し得るだけの何者かが存在している。

でもなんというか、これにはすっごく覚えがあるような。


「絵面を書いたのはコイツのようだ」


劉さんは呆(あき)れ気味に資料を差し出す。数枚のそれを受け取り、確認……。

まずは赤い錠剤の写真をチェック。これが問題の薬か。


次に目を向けたのは七十前後の老人。とんでもない有名人が登場したので、目を細めた。


「千葉明彦――現・厚生大臣」

「同時に平安法の反対派で、医療制度の問題点改革に情熱を注(そそ)いでいる……表向きはな。
裏の顔はアルファベットプロジェクトの首魁(しゅかい)。検察庁も公安と内偵を行っていたが、少し前に捜査中断が決まった」

「赤坂警視も加わっていた一件ですね」


なるほど。アルファベットプロジェクトの概要を考えれば、未認可の医薬品を作ることは容易(たやす)いと。


「だが、現時点でどう絡んでいるかがさっぱり分からない。何らかのデータがプロジェクトから流れ、それが悪魔の薬に繋(つな)がったのは間違いないんだが」

「それを調べればいいんですね」

「いや、そちらについては」

「失礼します」


そこで黒スーツを纏(まと)った、黒髪ロングの女性が入ってくる。いわゆるクールビューティーで、スタイルは……うぅ、やっぱり唯子レベルかぁ。


「お久しぶりです、いづみさん」

「こちらこそ。御無沙汰しています、沙羅さん」


彼女は『山仲沙羅(やまなか さら)』さん。二十代後半ながら忍者資格持ちで、PSA代表『風間章太郎』の秘書。


「劉代表代理、現時点での調査結果をお持ちしました。垣内(かきうち)署から南井警部達への護衛についての礼状も」


そう言いながら沙羅さんは、劉さんにファイルバインダーを三つほど手渡す。


「ありがとうございます」

「あの、もしかして沙羅さんが」


でも確かこの人、専門は企業関連の調査だったはず……いや、考えて然(しか)るべきか。

千葉と協力して、私腹を肥やしている企業がいるはずだ。その線から調べたと。


「それ、私も見せてもらっても」

「お願いします」


劉さんは応接用のソファーに移り、その隣に座らせてもらい確認。向かい側には沙羅さんが奇麗な佇(たたず)まいで着席する。

バインダーを開き、書かれていた名前に軽い寒気が走る。


「ローウェル社……沙羅さん」

「問題の薬品はまだ詳細な成分分析が必要だったので、千葉とアルファベットプロジェクトの周囲を調査しました。
候補は幾つかあったのですが……千葉は海外視察を隠れみのに、ローウェル社の幹部と何度か会談を行っています」

「ちょっと、待ってください。ローウェル社って≪ローウェル事件≫もありましたよね。しかも」


ローウェル社は世界トップスリーに入るほど、巨大かつ実績のある医療薬品の製造・販売を専門とした――。


「アメリカの会社じゃないですか……!」

「えぇ」


海外の製薬会社だった。しかもこの会社は十数年前、ローウェル事件と呼ばれる薬害問題を起こしている。

ローウェル社製の医療薬品≪プラシル≫を服用した患者が、原因不明の熱病に冒され、死亡者も多数出した。

しかもこの薬は当初からいわく付き。構成成分に不可解な点が見られ、専門家も安全性に欠けると指摘したほど。


しかし、それでも……プラシルは日本(にほん)国内の審査を容易(たやす)く通過し、一般病棟にも流通した。その結果の惨事だ。

ではなぜ、そんな薬が審査会を通過したか。……結論から言えば、審査会上層部に賄賂が送られていた。

ローウェル社がそれまで積み重ねてきた実績と信頼もあったそうだけど、そんな言葉は金の前では嘘になる。


これらが内部告発により明らかとなり、ローウェル社の幹部はもちろん、賄賂や研究員……多くの事件関係者は逮捕。

しかもそれはアメリカ政府の与党内部にも及び、彼らは体勢の一新を強いられた……そんな一大事件。

今でも事件の余波を巡って、FBIやらが調査をしているとのことだった。


そうか……何か流れに覚えがあると思ったら、これはローウェル事件の焼き増しなんだ。いや、焼き増しっていうか再犯?

又は仮釈放中に余罪が発覚したと言うべきか。いずれにせよまともじゃない……!


「……そうなるとこれは、臨床実験である可能性が高いな」


劉さんが不愉快そうに呟(つぶや)く。


「臨床実験?」

「例えばだ。精神疾患の治療を口実にしたとしても、実際に人間をサンプルとして『兵器たり得る薬物の効能』を実験する機会は少ない」

「あ……!」

「更に言えば自国の一般人に協力を求めたとしても、倫理的な観点から見てもリスクが大きすぎる。ならば――」

「国内ではなく海外――それも生活水準が一定に達している文明国で、臨床実験を行えばいい!
そうすれば国内で行う実験と類似した条件下で、詳細なデータを入手しやすくなる……!」


冗談じゃない……! そう思ったが、私はまだ甘かった。劉さんは更なる情報を提示してくる。


「まずローウェル事件……内部告発というのが一般的な話になっているが、実際は違う。ローウェル社自ら暴露した」

「は……!?」

「議会で追及された結果だそうだ。その結果事件が明るみに出て、国内での死亡事故との繋(つな)がりも……この暴露がどうなっていたか。
国内の死亡事故は全部闇に葬られていたそうだ。で、ここで関わるのが千葉だよ」

「どういうことですか」

「当時の医薬局次長≪大沼茂≫は単なるスケープゴート。実際には彼と繋(つな)がりの深かった元外務大臣≪今村陽平≫の勢力を弱めさせる目的があったらしい。
当時強い発言力を持ち、アジアよりの外交を推進しようとしていた外相の存在が、それと反対する西側諸国にとっては目障りだったわけだ」

「あれ、待ってください……確かその当時、西側よりの外交を指示していたのは」

「そう……当時の奥野防衛省長官。その盟友の千葉だった」


つまり真の目的は薬害の糾弾ではなく、日本(にほん)の政治方針を転換させること!?

そのためにわざと問題となる危険薬を日本(にほん)へ持ち込んで、それを暴露することで関係者……それも自分達に反抗的な人間を社会的に抹殺……!

本当になんなの。人の命を差し置いて……外交ってのは、そこまでやるわけですか。


これでもいい年をした大人だけど、正直理解できない。同時に突きつけられていた。

スケールが違う……自己の利益を守るため、汚職を働く奴らとは……規模も構想の高さも。


できることならその大きさを、犠牲を生むことなく活用してほしかったけど。


「でも、それじゃあおかしいことが……なんで、千葉は今更こんなことを」


そうだ、劉さんは既に目星を付けている。千葉が一連の黒幕だと……代表である風間さんがいないのもそのせいだろう。


「スケールの違い、とでも言えばいいのかな。別に奴は某国の意志でなんて動いていない。それどころか知りもしないだろう。
だから大沼が捕まって、自分が助かった理由なんてただ運が良かった程度にしか思っていない。それをもう一度始めたってことは決まっている」

「大沼はこの件では無実……実際にやっていたのは、医薬局次長の肩書きを利用した千葉です」

「だから大沼が逮捕されて、そのほとぼりが冷めてきたから再開したんだろう。……それだけこの薬が生み出す金は、ばく大ということだ。
そもそも向精神剤は活用できる場面が多い。医薬品として、麻薬として……戦場での発破として。しかしその効能ゆえに審査も難しい」

「その厳しさゆえに、許諾さえ取れればライバルも少ない。需要はあるから価格も青天井――安定して大金を稼ぐことができる金の卵」

「その通りだ」

「それは分かりますけど」


そうだ、分かる。それくらいは分かるんだけど、何でまた日本(にほん)で?

日本(にほん)と同レベルの文化力を持つ国は、他にも多数存在する。しかも日本(にほん)ではローウェル社やプラシルの悪名も未(いま)だ根強い。

わざわざ面倒をかけてまで、日本(にほん)を選ぶ理由が理解できなかった。……普通なら。


そこでアルファベットプロジェクトの存在だ。劉さんが言うように、そのデータが流れているならこう考えられる。

――アルファベットプロジェクトが抱える案件とその臨床データは、それほどに価値があるのだと。


「実際国内の審査会では、プラシルの改良型である『プラシルα』が申請され、却下されているしな」

「あんな事件を起こしたのに、その薬の後継を作ったんですか!? いい加減な……!」

「そうでもない。奴ら日本(にほん)市場に見切りを付けているらしい。この国はあくまでも実験場というわけだ」

「その上で日本(にほん)と同じくらい発展していて、市場も広く、安定した国で売ろうとしている」

「恐らく申請された薬剤データはダミー。どこかにあるぞ……本当のプラシルαが」


それはもしかしたら、問題の薬かもしれない――劉さんは眉間に皺を寄せて、そう結論づけた。


本当に皮肉なものだった。アルファベットプロジェクトは本来、この国を守るために動いたものだよ。

なのに実情はどう? 政治家達に裏金を回す土壌となり、国外の薬物実験に協力して――。

千葉は……こんなことに関わっている奴らは、一体何を考えている!


自国を、その国民を実験場のように提供して! それでなぜ国民の代表≪政治家≫として胸を張れる!

これは単なる不正じゃない! 日本(にほん)の尊厳を切って金に換えてきた売国行為――奴らのやっていることは、侵略者と同じだ!


(第3話へ続く)





あとがき

恭文「というわけで、鮮烈な日常Third Season第3巻をご購入のみなさん、ありがとうございました。
なお作者は『収録内容で解説し忘れたことがあるのに、それを忘れてしまった』というアホなスパイラルで一日を無駄に使い潰しました」


(ご購入、本当にありがとうございます。……でもなんだろう……何を忘れたの。何か、何か忘れているのに……!)


恭文「お相手は蒼凪恭文と」

あむ「日奈森あむです。……恭文、PSAについてはアイディアが前に来ていたし、ちょくちょく出てはいたから知っているけど」


(アイディア、ありがとうございます)


あむ「ハイなんちゃらって……! それに南井さん達って」

恭文「南井巴さんは『ひぐらしのなく頃に絆』で追加された新キャラクターでね。同時期に起きていたまた別の事件を追っている刑事さん」

(絆第三巻に収録されている『解々し編』の主人公でもあります。CVは井ノ上奈々さんです)

恭文「まぁそれがアルファベットプロジェクトやらにまた絡むんだけど……その集大成が『澪尽し編・裏』。
そして公由夏美は漫画『ひぐらしのなく頃に 鬼曝し編』にて登場したキャラクター」


(あれも凄い漫画だった……)


恭文「なお絆と粋には、これをベースとする出題編の『染伝し編』と、回答編の『影紡し編』が収録されています」

あむ「でもとんでもない話じゃん! 外国の危ない薬が持ち込まれて、普通の病院で出されて……それで実験!?」

恭文「劇中でも山沖署長が言っていたけど、国益を守るためにも絶対に許されない行為だ。
ただまだ話していないところがあって……その辺りの説明はまた次回だね。今回は尺が足りなかったから」


(おかげで貯金(書きためた分)がざっくざく)


恭文「それと梨花ちゃんが言っていた異次元生命体の話は、元々は『PS2版ひぐらしのなく頃に祭 オフィシャルガイドブック』に掲載された書き下ろし小説」

あむ「え」

恭文「『言祝し編』だね」

あむ「実際に話として出されていたの、アレ!」


(なお言祝し編はその後、3DSのひぐらし絆、PS3&PSVitaのひぐらし粋に収録されます。もちろんボイスつき)


恭文「ただ原作者の竜騎士07さんが監修してはいるけど、書いたライターさんはまた別の人。
改めて調べてみると、公式設定かどうかって辺りから議論されているようだし……今回は飽くまでも一説として」

あむ「鬼が出てきたとか、末えいがいたとか……そういうのと同じ『もしもの話』?」

恭文「そうそう」


(そういう世界もあったかもしれないって考えれば、楽しいかもしれない)


恭文「それはそうとあむ、まーたフェイトがそわそわしてるんだけど」

あむ「……あぁ、エイプリルフールが近いから」

ミキ「いつものこととはいえ、分かりやすい……」


(はたして閃光の女神は、今年こそエイプリルフールで嘘をつけるのか。乞うご期待です。
本日のED:キン肉マンより『牛丼音頭』)


詩音「……何でキン肉マン!?」

恭文「そんなシーンがあったのよ。なお温野菜丼繋がり」

詩音「でも、温野菜丼がそこまで駄目な評価だったなんて……」

恭文「その辺りは環境の違いもあるから。ほら、例えば米一つとってもジャポニカ米だけじゃなくて、タイ米のような長粒米もあるし」

圭一「米の段階から考えるのかよ! つーかそこまで変わってるのか、アメリカの牛丼!」

恭文「現地アレンジの一つとして捉えるなら、他の料理でも見られることだよ。イタリアンピッツァとアメリカンピザみたいにさ」

詩音「はい?」

恭文「アメリカのピザも原型はイタリアンピッツァだけど、ほぼ別料理ってアレンジが加えられているでしょ。
生地は基本ボリューミーだし、具材もオイリーで狂おしいほど何でもあり。更にお一人用ではなくパーティメニュー」

詩音「あぁ……そう言えば」

恭文「更に言うとそのアメリカンピザが日本に伝わり、宅配ピザとして認知度を高めた結果、アメリカンピザベースな『日本式ピザ』が誕生している。
大手がレギュラーメニューに入れている『テリヤキ系』やら『マヨ系』とか、日本だからこそ生まれたメニューだよ。
……更にそれらをパズルのように組み合わせ、一枚に四種類も盛り付けるフレーバーのハイブリッド化も」

詩音「え……あれも日本独自なんですか!?」

恭文「アメリカでもハーフ&ハーフは一応あるけど、そもそもあっちは……大抵出来合いを選ばない。チーズピザにトッピングの形式で注文しているのよ。
しかも、生地自体もテクニカル化が進んで、もはやアメリカンピザからも遠くなっている」

圭一「クリスピーとかか。確かにパンピザからは遠く離れるが」

恭文「いいや。日本のドミノが開発したミルフィーユや、ピザハットのチーズポケット……耳にウインナーが入ったタイプとか。
非日常感まで漂わせる改善と装飾は、日本の独壇場と言っていい」

圭一「そっちか……!」

葛西「前に事務所で特殊耳が二種類入ったクオーターを頼んだことがありますが、ピザの概念を破壊しかねないビジュアルで仰天した覚えがあります」

恭文「なおこの手の現地アレンジは、ラーメンなどにも見られる傾向でして。
その辺りを語り出すとキリがないので、飽くまでも一例として聞いてもらえると」

圭一「分かった。……そう考えると、温野菜丼で驚くのもおかしいってことか。
俺もテリヤキマヨチキンは好きだが、イタリアの人達から見たら腰を抜かしかねないと」

恭文「いずれにせよ日本が生み出した『Beef Bowl』が世界に広まり、その中で生まれた派生製品なのは確かだよ。
……詩音、分かる? 温野菜丼がその手の類いだとするなら、容易に真似できないって」

詩音「私、研究が足りなかったんですね……甘く見てました!」

梨花「……恭文、なんでそんなに詳しいのですか。というか……え、宅配ピザ?」

圭一「梨花ちゃん、宅配ピザも……あ、いや。雛見沢は配達範囲外だったか」

恭文「それだけじゃないよ。アメリカの『ドミノ・ピザ』が日本に参入したのが一九八五年……昭和六〇年。
一応これが日本で初めてできた宅配ピザだったから」

圭一「今の梨花ちゃんにとっては知識外でもあったのか……」

葛西「……我々の世代では画期的な商品でした。しかし蒼凪さん、本当にお詳しいですね」

恭文「ありがとうございます」

古鉄≪この人、いわゆる身近メシの勉強は欠かさないんですよ。お土産代わりにふりかけも収集していますし≫

梨花「みぃ……話がエンドレスになりそうなのです」


(おしまい)









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