小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第1話 『ランニュウ』
――彼女は、謝り続けていた。
ごめんなさい。
ごめんなさい……。
ごめんなさい――。
何度も、何度も、何度も、何度も――気が滅入(めい)るほどに謝っていた。
何をしたのだろうか。まぁこういう仕事をしているから、この手の謝罪には覚えがある。
大事なものを壊した。
誰かを傷つけた。
誰かを殺した。
はたまた、その全てか。
普通の人なら、彼女に許しを与えるだろう。傷つけた誰かに、許しを与えてほしいと願うだろう。
こんなに謝っているなら……こんなに心から悔いているのなら。でもそれは押しつけだ。
八神一家が報復襲撃を受けたとき、エイミィさんはこんなたとえ話をしたそうだ。
誰かが美味(おい)しいお肉を奪った。それは、別の誰かが食べるのを楽しみにして、心から待ち望んでいたお肉。
たとえ奪った者がそれを悔い、お肉を弁償したとする。奪われた者がそれを許したとする。
だとしても消えない。奪った罪と、奪われた痛みは消えない。いつまでも……いつまでも。
そう、罪は消えない。なかったことにはできない。だからこそ許しは絶対的なものじゃない。
許せと迫る人々は、責任が取れるのだろうか。もし彼女の謝罪が演技だとしたら。
許せと迫るあなたは、分かっているのだろうか。謝っても取り戻せないものだってあると。
そう……許すことは責務でもなければ、美徳でもない。自己責任で行う禊(みそ)ぎだ。
今にケジメを付け、先を見据える。許したことで、相手の人生にも深く関わる。とても勇気のいる行為だ。
だから何も言えなかった。そんなに謝っても、許してほしいとも……いつか許されるとも言えない。
でも、意味はあると思う。悔いる気持ちがあるなら、前を見て……また、一歩ずつ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
”……起きてください”
頭の中に響く声で、ぼんやりとした夢から覚める。喫茶店の窓から差し込む木漏れ日を受け、ついうたた寝してしまった。
”ん……おはよ、アルト”
”おはようございます。さて……そろそろですよ”
”だね”
時計を確認し、冷めかけのココアを飲み干し、会計を済ませる。
二〇〇七年・五月末――ミッドを飛び出し、僕達は東京(とうきょう)・池袋(いけぶくろ)へ来ていた。
まずはエレベーターに乗り、ワールドインポートマートビル屋上へ。
そうして入るのはサンシャイン水族館。平日の昼間ということもあり、人もまばら。
今日はそんな場所で待ち合わせです。すると僕のとなりに、一人の男性が近づいてくる。
暖色系のスーツを着た、三十代前後の男性……いや、実年齢はもっと若いのよ。
ただ風格はただ者ではなく、スーツに隠れた体も鍛え抜かれていた。
その人は温和な笑みを浮かべながら、極々自然に……僕と適度な距離を取りながら、中のコバンザメを見やる。
「待たせてしまったね」
「いえ。……赤坂衛(あかさかまもる)さんですね」
「あぁ」
「初めまして、蒼凪恭文です」
「初めまして、赤坂衛です」
そう、この人は赤坂衛――警視庁公安部・資料室第七室に所属する警部さんで、今回の依頼主です。
ちなみに公安部資料室は、内調別室並みの極秘部門。秘密警察の批判もあるような、極秘の強襲捜査部隊だ
……そういう部隊に対し、わざわざ『凄いことやっているんですよ!』って銘打つ馬鹿はいない。
だから表向きは捜査とは無関係な部署を装い、人知れず悪を追いかけているわけだ。
ミッドでフェイトのお仕事を手伝っていた僕は、突然アクセスを受けたわけで……正直ビビったよ。
資料室については僕も軽く聞いていた上、睨まれるようなことをした覚え……結構あるからなぁー。
「それで、話の内容は」
「場所を移そうか」
赤坂さんに連れられるまま、館内のショーブースに移動。すり鉢状の客席に座り、始まったアシカショーに注目する。
「蒼凪恭文君――失礼とは思ったが、いろいろ調べさせてもらったよ。第二種忍者としては若手ながら、その実績は折り紙付き。
TOKYO WARでは特車二課に協力し、柘植行人一味を鎮圧。
更に一昨年起きた核爆発未遂事件……鷹山敏樹・大下勇次両刑事とともに、内閣情報調査室と警備局の不正を暴いた」
あらら、鷹山さん達の名前まで出すなんて……つーかTOKYO WARまで持ちだされると、こそばゆくて首裏をかいてしまう。
「過激派一味を鎮圧したのはもちろん、爆弾解体で『三度目の核攻撃』という国家的危機を救った。その年では驚くべき成果だ」
「僕一人の力じゃありませんよ。どれもこれも」
「それでも君の力が、この国や我々の基盤そのものを救う一因となった。それもまた事実だ。
まぁいろいろとルール無視な暴れ方もしているようだけど、それも御愛敬(あいきょう)といったところかな」
「で……御丁寧に下調べした上で、何をしたいんですか。僕はパーティを楽しみたいだけで、公安とやり合うつもりはありませんけど」
「ある女の子の護衛を頼みたい。……確認なんだが、君は霊障やHGSなどの異能力にも造詣が深いとか」
「まぁ、それなりに」
自分で体験したこともあるし、知り合いにも能力者がいるし……何より、僕自身魔導師だしね。
「では予言というものを、信じるか」
「まぁ能力者次第ですね。見える人は本当に見えるそうですし」
「そうか。……これを見てくれ」
ショーが続く中、赤坂さんがバックからファイルボードを取り出し、僕に手渡してくる。
それも他者に気づかれないよう、自然な形で。それに驚きながら受け取り、確認……ふむ。
「……雛見沢(ひなみざわ)?」
「そこで五年前、大臣の孫を誘拐したテロリストが逃げ込んだ。まだ新米だった私は、その村へ内密の救出作戦に向かってね」
「捜査秘匿は」
「大丈夫だよ。……そこで古手梨花という少女に出会った。今は小六くらいだ。
事件の方は地元の刑事さんに助けられて、孫は無事に救出できた。
だが……問題はその後だ。私はこの少女から、とある予言を聞かされたんだ」
「……中身は」
「雛見沢(ひなみざわ)はその当時、ダム戦争で大騒ぎだった。ダムで村が沈みそうになっていたんだよ」
そこは資料にも書かれている。村人は総出で反対運動を起こしていた……その主導を握ったのは。
「村は園崎家・古手家・公由家という御三家が、実権を握っていて……園崎家が音頭を取って、ダム建設を反対していた」
「もう凄(すご)かったよ。村が一丸となって、連日工事現場に座り込みや殴り込み。投石や怒号が飛び交うのは当たり前」
「二十一世紀ですか、それ」
「僕も全く同じことを思った。ただその運動の甲斐(かい)もあって、国は計画を撤回。
雛見沢(ひなみざわ)は今も存在しているし、その子も元気に過ごしている」
「じゃあその子が誘拐されたのは?」
何となしに聞いてみた。赤坂さんの言い方だと、その子の誘拐と運動は同時期。
その子を取り戻したのとほぼ同じ時期に、計画も撤回されたから。
しかも犯人は、なぜかそんな村に逃げ込んでいた。ダム戦争であっちこっち騒がしく、潜伏に向かないであろう村に……となれば。
「……詳細は不明。犯人一味も逃亡中……今なおね。ただ問題の大臣……犬飼(いぬかい)建設大臣は、ダム建設計画に関わる一人だった」
「そうですか。じゃあ話を戻して……予言の内容は」
「彼女は五年前、自分が殺されると予言した。それで私に『死にたくない』と言ったんだ」
「理由は。古手家は御三家なんですよね」
古手梨花ちゃんについても、ある程度情報が纏(まと)まってる。古手神社という村神社の一人娘で、両親はそこの神主と妻。
オヤシロ様……ようは雛見沢(ひなみざわ)の土地神様だけど、その生まれ変わりとして近所のじいちゃんばあちゃんから大事にされているらしい。
「ダム戦争を終わらせた家の子でしょ? しかもこの資料の状況なら、恨みつらみはないだろうし……村外?」
「分からない。その村では綿流しという祭りが毎年六月にあるんだが、その夜に毎年連続怪死・失踪事件が起きる。
……まず四年前、ダム工事の現場監督が部下に惨殺される。バラバラ事件で、右腕は見つからない。
三年前はダム賛成派の筆頭だった北条家夫妻が、旅行中に転落死。二年前は梨花ちゃんの両親が変死。
一年前は北条家の縁者が、頭部を割られて死亡。夫妻の遺児の一人が失踪した……らしい」
”確かに怪死事件ですね。しかもそれは”
「そうだ……」
アルトの声は聞こえてないだろうけど、赤坂さんは肯定。
「毎年一人が死に、一人が行方不明になる。彼女はそれを”オヤシロ様の祟(たた)り”と言った」
ダム建設計画でオヤシロ様が怒って、祟(たた)りが続いて……だから予言? いや、今の段階だと判断できないな。
「事件は実際に起こっているんですか」
「実はこの件、かん口令が敷かれている。そのため私の方にも、詳しい情報が届いてないんだ。
マスコミも取材を自粛させられてるし、警察関係者も所轄署・署員でもない限りは……だが、地元警察なら」
「現地に行って調べるしかないと」
今の話、ほとんどは予言で聞かされたものか。……でも、かん口令が敷かれているのは間違いない。
つまりよ、”それだけの事件が起こっている”のは間違いないんだよ。
”でもネットなんかもあるのに、それで完全自粛ですか。警察が止めても、現地の住人達が”
”寒村らしいから、ネットも使えないとか? いや、それはさすがに……”
雛見沢(ひなみざわ)の住人が駄目でも、近隣の都市部なら? そんな事件なら噂(うわさ)になってもおかしくないでしょ。
……その事件が土地神の祟(たた)りとするなら、それだけ恐れているってことかな。そういう事例ならまだ。
「でも彼女の予言は、それとは別に当たっている」
「というと」
「私の妻だよ。妻は私が救出作戦で出張していたとき、病院に入院していてね。
ちょうどうちの娘が産まれる直前だったんだ。その妻が危ない目に遭うから、東京(とうきょう)に帰れって警告してくれてね。
……最初は信じていなかったんだが、妙な不安に駆られて『気をつけるように』と連絡したんだ」
「そうしたらドンピシャだった……あれ」
そこで一つ引っかかって、赤坂さんに質問。
「それがどうして分かったんですか。無事だったら思い過ごしとか」
「さほど経(た)たずに屋上で転倒事故が起きたんだ。階段のタイルが一枚、剥離しかかっていてね。
……妻は私の帰りを待っているとき、毎日屋上に行っていた。だが私の連絡を受けて、それも控えていて」
「警告しなければ、行くつもりだった」
「もちろん事故が起きたことは痛ましいことだが、彼女の言葉がなければ……妻と娘は、もしかしたら」
……だからこそ、その恩に報いたかった。そんな気持ちが表情から読み取れ、安堵(あんど)する。
この人の言葉に、感情に嘘はない。この人は小さな予言者に対し、全力の感謝と返礼を届けたいんだ。
「分かりました、引き受けましょう……ただし、諸経費は覚悟しておいてください」
「いいのかい。まだ話の途中だが」
「事件のことはさて置き、赤坂さんは梨花ちゃんに感謝を伝えたい。まずはメッセンジャーとしてなら喜んで」
「……ありがとう」
「ただ幾つか質問が」
赤坂さんは”やっぱりか”と言わんばかりに苦笑。
「続きは車の中で話そうか。行きたいところはあるかい」
「そうですね……なら秋葉原(あきはばら)で」
「アニメやゲーム、好きなのかい?」
「美味(おい)しいドネルケバブの店があるんですよ」
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アシカショーを一通り見てから、改めて移動開始。尾行などの気配はないのを確認した上で、地下駐車場へ。
赤坂さんが用意していたセダンに乗り込み、のんびり都内のドライブです。
”アルト”
”車に盗聴器のようなものはありません”
”ありがと”
”それと雛見沢(ひなみざわ)……かん口令は間違いないですね。村や近辺のことはともかく、綿流しの情報が出ないんです”
”そう……”
まぁそうだよねぇ。村の祭りで毎年連続怪死事件が起きますーなんて、触れ回ったら大問題だ。
納得しつつも、赤坂さんに質問をぶつけていく。
「――質問その一。どうして今なんですか、かん口令だってすぐ敷かれたわけじゃないでしょ」
「……情けない話だが、そんな恩人のことをすっかり忘れていたんだ。日々の忙しさに流されていてね。
妻が助かった後、すぐ連絡するべきだったんだろうが……それすらも」
「……公安にブラック企業って言葉、適応できましたっけ」
「無理だよ。適度に休みも入るしね」
まぁ仕方ないか。赤坂さんの忙しさはどこぞの政治家以上だろうし。
公安は国家の闇に潜んで甘い汁を吸う連中、カルト的な政治犯などと言った、一筋縄ではいかない相手と戦っている。
どっちかっていうとこの人はね、一般警察よりは僕達側の人間なんだよ。僕達忍者も”そういう奴”が相手だし。
その中で救いようのない事実と向き合ったこともあるし、死ぬかもしれないという戦いに身を投じたこともあるだろう。
それを超えてきたのは赤坂さんの自信であり、強さだ。それは外見からすぐ見てとれる。
この強さを蓄積していく日々の中で、五年前のことを鮮明に覚えておくのは辛(つら)いはず。
「次につい最近までうちの部署は、不正支出の捜査をしていたんだ。ただその捜査は途中で打ち切りになった」
「膿(うみ)がデカ過ぎたと」
「問題は他にあった。……その支出の大まかな流れに、アルファベットプロジェクトというのがあった。
簡単に言えば、原爆・生物・化学兵器の開発だ。ただこれはそのままというわけではない」
原爆に生物……二年前の大騒動を思い出し、ゾクッとしてしまう。
「ちょっと、それは……」
「君にはそれに対し、不満を言う権利がある。……もちろん特車二課・第二小隊、鷹山・大下両刑事もね」
「えぇ」
それはみんなの戦いを無駄にする愚行だ。まぁ、そんな”ぐるぐるレース”が僕達の仕事でもあるけどさ。
「しかもそれ、名目ですよね。赤坂さんはさっき、不正支出って」
「あぁ」
そういうのってね……裏金に流用されがちなのよ。
とんでも計画を裏で立て、その費用を工面。それが各政治家の懐へ流れこんでいくのよ。ホント、腹立たしいわ。
TOKYO WARもそうだけど、数々の事件で襟を正せって言われている中だよ?
「そういう名目で金を工面し、何かに流用されていたんですね」
「もちろん実際にスタッフや施設が動いているわけだから、一部だけどね。その金も入江機関という場所に流されている。
村には入江診療所という病院があり、機関は裏ネームだ。御丁寧に機関長<入江京介>の名前まで書いてたよ」
「こんな場所に……いや、こんな場所だから開発できるものがある。……まさか」
赤坂さんが進行方向を見ながら、頷(うなず)きを返してくる。
……そこを見て、梨花ちゃんのことを思い出したのか。
赤坂さんは、この入江診療所に助けてもらったとか? とにかく何かしらの覚えがあったんだよ。
「じゃあ犬飼(いぬかい)建設大臣の誘拐事件も、そのプロジェクト絡み」
「かもしれない。……雛見沢(ひなみざわ)の反対運動に関わらず、ダム建設は終わっていたんだ」
「雛見沢(ひなみざわ)に……本当に、そんな秘密があるのなら」
もう言うまでもないけど、ダムで村が沈めば、それはその秘密もろともとも言える。
だとすると……沸き上がった謎に対し、一気に頭が動いていく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
彼は右人差し指を立て、眉間に軽く……何度も当てながら、考えに耽(ふけ)っていく。
「その秘密を隠したくはあるけど、完全な封殺……雛見沢(ひなみざわ)そのものが消えることまでは想定外。
雛見沢(ひなみざわ)には存続してもらった上で、何かを成したい。それでアルファベットプロジェクトは兵器絡みの話だから」
そこで一瞬言葉を止めて、溢(あふ)れる考えを纏(まと)めているようだった。今あり得る方向は――。
「そこに、奴らの兵器工場がある。いや、違う……そこまで大がかりじゃない。そもそも隠匿はどうする。
入江機関の規模は。その診療所の大きさは」
彼は慌てて資料のページを確認し、その辺りの情報を確認。
診療所は決して大がかりなものじゃない。表面上は自然なものだ。
「入江機関が診療所を装っているのなら……装う、装う……その必要は何。そうだ、リスクがありすぎる」
「リスク?」
「工場なり、研究機関を作っているとしても、普通村人との接触は避けるはずです。
カモフラージュが必要でも、人の出入りが恒常的にあるようなカバーは、さすがに」
「確かにね。しかも診療所は通常業務も含めると、決して楽な仕事じゃない。……なお、仕事はキッチリやっていたよ。
大臣の孫を救出する際、私は怪我(けが)をしてね。その治療を診療所の先生がしてくれたんだ」
まぁそれが、入江機関の長たる入江京介なんだけど。しかし彼は……雛見沢(ひなみざわ)に踏み入れてもいないのに、ここまで予測するのか。
「なら、奴らの研究には……村人との接触が必要不可欠なんじゃ。もっと言えば定期的状態観察。
それなら診療所というカバーも納得できる。そうして運営することそのものが、研究対象の理解と状況進展に繋(つな)がる」
「……つまり?」
「奴らは雛見沢(ひなみざわ)の住人に対し、何らかの人体実験を行っている」
……それはゾッとしない話だった。だが疑問は解けている。
なぜ診療所なのか。なぜそのカバーを用い、村人達との接触を多くしているのか――なるほどね。
彼の得意分野は戦闘技能ではなく、むしろ細かな情報を総合しての推理<リーズニング>だと聞いていたんだ。
実際戦闘を介さない、完全な推理によって犯人を追い詰めることもあるらしい。
核爆発未遂事件でもそうだ。平安法に由来する犯人の動機を最初に見抜いたのは、彼なんだから。
こういうの、何て言うんだろうなぁ。安楽椅子探偵って言うのかな。でも……なんというか。
「……まぁ、赤坂さんはとっくにお気づきでしょうけど」
「いやいや……でも君、楽しそうだね」
楽しそうに笑っているのは、おじさん的にちょっと引っかかるっていうか。
軽く指摘すると、蒼凪君は苦笑しながらお手上げポーズ。
「好きなんですよ。人が解けない謎を解くのも……嘘と矛盾を見抜くのも」
「もしかして、それでこの仕事に?」
「それが誰かのために繋(つな)がるから」
「……なるほど」
自分のスリルや楽しみだけではなく、誰かのために繋(つな)がる道を選ぶ。……改めて納得した。
なぜ第二小隊やハマの伝説が、彼とともに戦ったのか。彼にはあるからだ……少し危なっかしいけど、燃えたぎる正義が。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そう、人に解けない謎を解くのは好き。嘘と矛盾を見抜き、真実を暴くのも好き。
だってこの世に解けない謎はないんだから。デカグリーン<江成仙一>さんも言ってたよ?
……なんだけど、実はこれで全部じゃない。
「ただ、まだ疑問が残る」
「どういうことかな」
「兵器の人体実験ですよ? その時点で村人全員、死んでいたっておかしくない」
「……確かにね。すぐ誰かしらを殺すものではないのか」
「それでその兵器、死んでも証拠が残らないんですよ」
そう、ここも疑問の一つだ。……だからこそ、雛見沢(ひなみざわ)に乗り込む必要が出てくるんだけど。
「ほら、仮に誰かしらが……殺人ウィルスとかのせいで死んだと分かったら」
「入江診療所で引き取り、データを改ざんすることは可能だろうけど」
「もちろん政府機関が知っているなら、外に情報を漏らさないよう配慮しているはずです。
でも、そういうものに完璧はない。……それが村外……例えば旅行中だったらどうしますか。海外とかで亡くなったら」
「どんなセキュリティにも穴がある」
そう、穴はある……あらゆる状況に備えて対処なんて、基本的には不可能だ。
……TOKYO WARのとき、偽のスクランブルが出されたようにね。
「この時点で奴らの研究対象は、形になってきたと思います。……即大量死に繋(つな)がるほどではないけど、使い方次第で兵器になり得るもの。
それらは村人全員に広まり、その状態観察も兼ねて診療所が開かれている」
「分かりやすい爆弾などではないね。やっぱり生物兵器……ウィルスの類い。それも雛見沢(ひなみざわ)でやる意味もある」
「実験がやりたいなら、場所は幾らでもありますしね」
「孫誘拐による圧力が事実なら、やっぱり”雛見沢(ひなみざわ)だからこそ”の理由がある。
その場合一番考えられるのは……雛見沢(ひなみざわ)にのみ発生している、特殊な生物」
「又は鉱物……とにかく、通常では見られない”何か”です」
そういうものはあり得るのか。それはね、十分あり得る……風土病ってあるしね。
ウィルスに限らなければ、土地特有の鉱物や植物でもいい。場合によっては強い毒性を持つから。
例えばだよ。毒性のある植物があるとする……長期間成分に触れていると、体に害を成す植物だ。
でも雛見沢(ひなみざわ)住人は平気なんだよ。その土地で暮らすうち、遺伝子レベルでの抗体ができた。
毒を扱うなら、必然的に解毒薬も必要になる。自分が被毒した場合の備えとしてね。……そのために長期間の研究を始めた。
雛見沢(ひなみざわ)住人を実際に検査・観察することで……合法的に、怪しまれず、村民全ての身体データを入手するための診療所。
でもね、そうなるとまた問題が出てくるのよ。入江診療所は少なくとも、五年前から存在していた。
それまで全く、兵器として活用できる目処(めど)が立っていないことになる。金の問題があるから?
……やっぱり現地調査が必要だね。これ以上は臆測の域を出ないし、一つ一つ確証を掴(つか)んでいかないと。
「その件と古手梨花の予言が関係しているなら、古手家はもしかして知っていたんじゃ」
「そうなると御三家もかなり怪しくなる。……もう一度確認するけど、本当にいいんだね」
「だったら余計に、僕が行くべきです」
もし古手梨花ちゃんが本当に事情を知っているなら、信頼を勝ち取ることで……幸い、ここに赤坂さんというキーもいる。
僕は既に『赤坂さんの知人であり派遣社員』という名目を得ているんだから。ヘマさえしなきゃ、決して難しくないはずだ。
”アルト、雛見沢(ひなみざわ)に入ったらBCフィールド全開で”
”えぇ”
僕なら最悪感染しても、ブレイクハウトによる肉体変換で無効化も可能だ。……それができるだけの判断力を、残していれば……だけど。
何にしても放っておけないよ。下手をすれば村人全員の命に関わることだ。
アルファベットプロジェクトが何を企(たくら)んでいるか。
なぜ入江機関が必要なのか。どうして古手梨花が殺されるのか。
雛見沢(ひなみざわ)連続怪死事件はなぜ起こり続けるのか。
その謎を解けば、きっと――。
「じゃあ最後に……どうして僕に? しかもこれ、公安の中でもトップシークレットでしょ」
「一つは君の実績。二つ目に……まぁさっきも確認したが、異能力についての造詣だよ。
実力あるエージェントならごまんといるが、そこに異能力問題のエキスパートとなれば……さすがにね」
「そういうのは医者や退魔師の仕事でしょうに」
「それに彼女も……私みたいな強面(こわもて)男が数人で来たら、さすがに怯(おび)えるだろう?」
赤坂さんのジョークには曖昧な笑みしか返せない。
改めて資料を確認しつつ、腹を決める。……放っておけないよね。
「それでたった今追加された三つ目。……ここにある情報だけで、これだけのことを予測できる。
君のその頭脳に賭けてみたくなった」
「……恐縮です。でも……大丈夫なんですよね。全部終わって逮捕とか嫌ですけど」
「大丈夫。調査を黙殺する条件で、許可は取ってあるから」
「でも僕は黙殺しませんよ」
赤坂さんはぎょっとするけど。
「分かってる。……君に頼む以上、覚悟はできているから」
「ありがとうございます。あ、ちなみに僕に本気出してほしい場合は、深町本部長のように『ぶっ殺せ!』というと最効率で」
「警官として言っちゃ駄目な言葉だよね、それ……!」
さて……新しい旅と冒険のスタートだ。楽しくなりそうだねー。
”楽しそうなところ、申し訳ないんですけど”
”何?”
”フェイトさんの方、どうします”
”……あ”
そうだった……『カラバのクーデター』絡みで、動けないよう仕事を振られまくってるんだ。
僕も手伝っていたけど、期限は定めていなかったしなぁ。
”まぁこっちの方が緊急性も高そうだし、ちょっとお出かけしてこようっと”
”ですね。まだ謎も解いていませんし”
”うん”
それは神と人が力を合わせ、最後に振るったサイコロによる答え<目>。
二〇〇七年・五月末――僕やフェイト達の人生をも左右する大事件の直前。サイコロの目に従い、駒は動く。
僕とアルトも盤上の駒となる。全ては、あの子達を救うために。
とまとシリーズ×『ひぐらしのなく頃に』クロス小説。
とある魔導師と古き鉄の戦い〜澪尽し編〜
第1話 『ランニュウ』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
つい最近――管理世界『カラバ』にてクーデターが勃発。
それによりヴェートルという管理世界へ、そこの公女と公子、その側近騎士が亡命を果たした。
カラバは管理世界の中でも珍しく、自主政権による統治が認められていた。あの、王制なんだけどね。
そのため管理局はクーデターを鎮圧することもできず、そのままクーデター派を新政権として認める形に。
クーデターで王族と関係者は……公女達と側近騎士一人を除いて、虐殺されたというのに。
しかもクーデター派は王権奪取後、ヴェートル政府に要求をぶつけた。公女達を引き渡せと――。
ヴェートル政府は管理局に相談もなく、この要求を即時拒否。その結果……ヴェートル主要都市の一つ『EMP』にてテロが発生するようになった。
主犯はアイアンサイズと呼ばれる、男女二組のテロリスト。ヴェートル中央本部や現地警察組織も手を焼く強敵らしい。
クーデター派の圧力と思われるけど、証拠はなし。それを探そうにも……上が、動くことを許してくれない。
ヴェートルは管理局が提唱する管理システムを否定して、局への治安維持権限譲渡を拒否。
管理世界入りする前から存続している、警察組織とか……管理世界側が作った半民間治安維持組織とかで、世界の平和を守っていた。
私もそうだし、母さんもそんな現状を悲しんでいて。だからこそ管理局は、制裁の如(ごと)くヴェートルを見殺しにしている。
もっとあの世界の人達が、私達のことを信じてくれたら……管理世界とその運営システムは、先人達の積み重ね。
嘘偽りのない……矛盾など一かけらもない、平和への道しるべなんだから。母さんがそう言っていたもの。
それを信じてほしいのは、ヤスフミも同じ。管理局員として一緒に頑張っていけたらって、ずっと思ってた。
なのにまた……私達が動けないよう、上から仕事を振られ続けて、大変な状況なのに。
「……なぎ君、別の仕事を受けたんですか!?」
「うん……」
本局……自分の執務室にて、補佐官のシャーリーに愚痴ってしまう。もちろん、書類は処理しながら。
「内容は」
「地球でのお仕事とだけ。何も答えてくれないの」
「いやまぁ、フェイトさんの手伝いも期限を定めていませんし、問題はありませんけど」
「でも、せっかく一緒に頑張ってたのに。この調子でいけば、ヤスフミも局の仕事を見直してくれて、局入りだって」
「……それはないと思いますよ。なぎ君、言っていたじゃないですか。いずれは地球に戻るって。例のサツキ・トオル君のこともありますし」
「うん……」
そう、言ってた。行方不明の友達……探しても見つからなくて、だからガンプラバトル選手権に出るって。
その子と約束したそうなの。いつか……世界の大きな舞台で、バトルしようって。
ヤスフミがガンプラバトルに集中しだしたのも、そのせい。今でも約束を信じている……会えるって、信じているから。
だから局入りはしないって断言してた。局に入ったら、大会に出るのも難しいから。
そんなことないって言っても無駄。……だって私の現状が……クロノの現状が、それを示していてー!
実際今も、世界大会の予選をやっている真っ最中! 参加できないって言われたら、否定そのものができないよ!
でも、でも……私は、やっぱり納得できなくて。
「でもそれは、私や母さんが力を貸せば、いずれ何とかなると思うんだ」
「なりませんって。そもそもフェイトさん、地球じゃ無職の中卒でしょ?」
「はう!?」
「というか、リンディさんも無職のおばあちゃんなわけで。……一方なぎ君はどうか。
TOKYO WARを解決し、日本(にほん)を救ったヒーローの一人であり、諸先輩方からも認められる忍者のホープ。
今回の依頼だって、そういうなぎ君の実力を見込んで……ですよね」
「でも、それは私達だって同じだよ。ヤスフミが今みたいな無茶(むちゃ)を自重して、私達のことを信じて……大人になってくれれば。
そうだよ……そうすればきっと、本局でも指折りのエースになれると思うんだ。それで私達と一緒に」
「……でも地球だと無職のニート」
「ニート!?」
ま、待って……私、働いているよ! 母さんも……いや、地球は管理外世界だから、管理局のこととか話せないけど!
「そんなニートが『探す・手伝う』と言っても、できることなんてありませんよ。というか、何かしましたか?」
「それ……は……あの、頑張るよ。ヤスフミが大人になってくれれば、母さんも安心するし、信じてくれるならきっと大丈夫。
母さんも、いつも言っているから。私達が仲間や組織を信頼し、自分を預け、大人になることで、どんな困難もクリアできるって」
「なぎ君のツテと行動力でも見つからないなら、ニートには無理ですって。まずは社会復帰で高校に行くところから」
「ふぇ……ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
またニート扱いされたぁ! というか、シャーリーが手厳しい! みんな、心配してるのに……。
ヤスフミ、どんどん好き勝手というか、無茶(むちゃ)が増えて。このまま離れるのは嫌なのに。
「それにもしかしたら今回も……そのための旅かもしれませんよ」
「え」
「なぎ君があっちこっち旅するの、探しているせいでもあるんですよね。だからガンプラも、工具も必ず持ち歩いて」
「……でも」
「私、なぎ君には天職があると思うんです」
「天職?」
「でもうまく言えなくて……自分でやりたいことを選んで、やりたいようにやる仕事」
いや、それは仕事って言うのかなぁ。仕事なんだから、自分でやることを選ぶなんて無理だよ。
実際今だって……それでも上を信じて、一緒に頑張っていくのが大人だよ。母さんもそう教えてくれたんだから。
「シャーリー、それは仕事じゃないよ。……だから今のヤスフミは子どもなんだよ。地球でどれだけ認められても、意味がない。
ヤスフミは管理局員として、私達と一緒に……たくさんの世界を守るお仕事が一番だと思うんだ。
大人として、周囲や仲間を信じて、自分を預けて……そんなみんなから振られた仕事を全力でやり抜いて」
「いや、それは違う……でもなんだろう。うまく言えないというか、言葉にすると後悔するというか」
「そう、後悔だよ。だからね、ヤスフミを探そうと思うの。あの、シャーリーも手伝ってくれないかな。GPSとかで調べれば」
「あ、無駄です。電子能力ならなぎ君とアルトアイゼンが上ですし、恐らく切られてます」
「ふぇ!?」
「というか、電話……通じます?」
「え……!」
まさかまた……慌てて通信機を取り、連絡する。でも繋(つな)がらない……全く繋(つな)がらない。
私がしつこく止めたから? それでまた……! どうして、こうなるの。ただ分かってほしいだけなのに。
これがヤスフミのためで、みんなのためでもある。母さんの言う大人になることが、幸せなんだって。
――なお数年後、シャーリーの疑問は氷解することになる。とても、予想外な形で。
ヤスフミに合う職業――自分の意志で、やりたいことを選択できる。そんな自由がある仕事<いきかた>。
そう、それは――海賊だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
カラバとヴェートルの件は一旦すっ飛ばし、準備を整えた上で雛見沢(ひなみざわ)に出発。
なお都心から電車に揺られ、何回か乗り継ぎを重ね……ようやく、たどり着いた。
『――次の駅は、興宮(おきのみや)……興宮(おきのみや)ぁ』
雛見沢(ひなみざわ)は××市鹿骨(ししぼね)市の外れ……山と森林で他地区から隔絶された場所にある。
人口合計二千人にも満たない寒村で、岐阜県(ぎふけん)との県境付近に所在。僕達が降り立った興宮(おきのみや)地区から、坂を上ったところにある。
「ついたー!」
≪お疲れ様でした≫
興宮(おきのみや)は、都会と言うには寂しく、ゴーストタウンというには発展しすぎ。
そんな田舎らしい駅前や街並みを見つつ、梅雨前の暖かい空気を切り裂き、僕達は歩く。
雛見沢(ひなみざわ)地区までの急な坂を上り、歩きで三十分ほどかけ……正しく農村と言うべき風景に遭遇。
”ここが……”
”雛見沢(ひなみざわ)村ですね。しかし、本当に寒村ですねぇ。GPSでも詳細マップが取れませんよ”
”祭りの気配は未(いま)だなしか”
”ならここは、”ダーツの旅”の勢いで”
”第一村人を発見だね”
でも、風の向くまま気の向くままとはいかない。
まずは最初の目的地に直行。それは古手神社――古手梨花ちゃんの実家だ。
”今のところBCフィールドには反応ありません。入った途端にヒャッハーするわけじゃあないみたいで”
”でも何かあるはずだよ。上手(うま)く情報を集めていかないと”
平日の昼間だけどのんびり歩いていくと、厳かな石階段を見つける。
入り口には鳥居が敷かれ、そこの右側には『古手神社』の看板。……ここか。
階段をすたすたと駆け上がると、神社本体と御対面。しかし平日の昼間ということで、人の気配はなし。
……いや、裏手に二人……小さい気配と、僕より大きめな気配を発見。
こっそり、足跡とこちらの気配を立ちながら近づくと。
「つまり、今は……沙都子を見捨てろと?」
……すると修羅場らしい。青髪ロングの少女が、Yシャツスラックスの男の子をにらみ付けていた。
茶髪に品のいい、今風のカット。村の雰囲気とそぐわない……その、子は……!
「大局的に見れば……なんて、勝手な言い分だと思います。だからボクの、この判断を認めてもらいたいわけじゃないのです。
……でも他にいい方法が見つからない異常、この選択しか思いつかないのです」
”ちょっとあなた、確かあの人は”
”うん……!”
「圭一、あなたはこの先、感情的にならないでほしいのです。……詩ぃとレナは、沙都子を助けようと強攻策に出るでしょう。
これを何としても、あなたの力で止めてほしいのです……だから」
そうだ、『前原圭一』……向こうは知らないだろうけど、その名前には覚えがある。それがなんで、こんな寒村に。
……いや、それはいいか。今の様子を見れば分かる……沙都子という子を見捨てろ。
どんな事情があろうと、そういう話をあの子はした。それに対して、前原圭一は。
「駄目だな」
「……!」
「梨花ちゃんの言いたいことは分かった。けどそれって、ようするに駆け引きだろ?
そんなの俺には似合わないし、したくもないだから、梨花ちゃんの予言する未来が本当だとしても……悪いけど、俺は御免だね」
「圭一……」
間違いない。あの子は古手梨花……前原圭一も、予言については知っているのか。
「沙都子が村の連中から、白い目で見られているってのは以前聞いた。ダム工事賛成派が、沙都子の両親だって話だよな。
でもだからって……叔父の北条鉄平に連れ去られ、沙都子が追い詰められて……その状況を利用してしか、アイツを救ってやれないのは変だ。
他にいい機会があるかもしれないし、それに……そんなやり方で村の連中に信用されたいとは思わない」
「……村の人達を一つに纏(まと)めなければ、この先の敵とは戦えない。その敵に勝てなければ、みんなが不幸になる……それでもですか」
「言っただろ? 俺はそんな運命なんて、信じちゃいないって。敵がどういう奴かはまだ分からない。
けど俺達の幸せをぶち壊そうとするなら絶対許さないし、絶対……負けたりはしない!」
……その言葉には力があった。
人を信じさせるだけの熱意があった。
フェイトやリンディさん達の『信じて』という泣きごととは雲底の差。
信じたい。賭けてみたい――そう思わせる、業火のような情熱を言葉に込める。
あのとき……”警察署”で見かけた、震えながら泣いていた少年とは、まるで別人だった。
それに対し女の子は、静かにため息を吐いた。呆(あき)れた様子で……とても、悲しげに。
「むしろ、教えない方がよかったのかもしれません」
「いや、教えてくれて良かったぜ。梨花ちゃんだって、沙都子を叔父に渡したくないんだろ」
「なら、どんな手段があると言うのですか」
「決まってる。沙都子がその鉄平に連れ去られないよう、リナの盗みを防ぐのさ!」
「……」
女の子はその言葉に失望した様子だった。きっとここにくるまで、何度も考えたのだろう。
そんな方法があれば、あるものか……しかしなかった。なくて、これしかないと思って……。
「圭一……間宮リナを殺させず、しかも成功して興宮(おきのみや)出ていかないようにするのですよ?
つまりリナに、園崎組の上納金強奪を諦めさせる。そうなると警察や園崎組の関係者にも相談できません。……どうやって防ぐつもりですか」
「梨花ちゃん、忘れたのか? 沙都子のためだったら、どんな状況でも力を貸してくれる……そんな奴が、部活メンバーにはいるじゃないか」
「あ……」
「それ、僕にも教えてほしいなぁ」
介入タイミングと判断し一声かけながら登場。
黒コートを翻し。
サングラスを輝かせながら――。
そんなさっ爽とした出現に、二人が息を飲む。
「……!」
「だ、誰だ!」
「問われて名乗るもおこがましいが、知らないならば聞かせよう。……僕は」
ギョッとする二人は気にせず、指を鳴らしながら一回転。
「デンジャラスゥゥゥゥゥゥゥゥ――蒼凪!」
≪どうも、私です≫
そのままビシッと天を指差すと、なぜか二人はぼう然……馬鹿みたいに口を開く。
「……圭一、東京(とうきょう)のお友達なのですか?」
「待てぇ! なぜ何の躊躇(ためら)いもなく、俺の友達だと決めつける! いや、むしろ押しつけだろ、それはぁ!」
「ボクの知り合いには、こんな不審人物は存在しないのです。だから……ちょっと、私の半径三メートル以内に近づかないでよ」
「バリアを張るなぁ! 違う! 本当に違う! それは俺の言葉だぁ!」
「誰が不審人物だよ、失礼な」
「お前だぁ!」
「馬鹿野郎!」
仕方ないので資格証を出すと、二人がまた驚き、目を見開く。
「セクシー大下さんから拝命した、由緒ある名前だ!」
「だ……第二種忍者ぁ!? しかも、俺達より年上だと!」
「みぃ……!? まさかあなたは、今の話を」
「まぁまぁそう慌てないで。……赤坂衛さんって、知ってるよね」
そう問いかけると、青髪ロングの少女――古手梨花は声を震わせ、細い体で後ずさる。
「あなたは……まさか」
「梨花ちゃん?」
「赤坂……赤坂の知り合いなの!?」
「結論から言う。僕達は赤坂さんの依頼を受けて、梨花ちゃんを助けに来た」
「――!」
それだけで……梨花ちゃんがぼろぼろと涙を流しただけで、よく分かった。
梨花ちゃんが気まぐれで予言を出したわけじゃないこと。赤坂さんに対して、明確にSOSを出したこと。
そのSOSが本気で、今も……赤坂さんの手を、誰かの助けを必要としていることが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
恭文……蒼凪恭文。さっき聞こえた女の声は、首元の宝石らしい。
アルトアイゼンと呼ばれるAI搭載型のデバイスで、パートナーだとか。忍者ゆえの特殊装備と言うべきかしら。
とにかく話は一旦中断し、圭一には恭文達から事情説明。その間に私は、赤坂からの手紙を受け取り、読んで――!
「じゃあ……その、公安の刑事も、梨花ちゃんの予言を聞いて」
「そう。で、おのれはいつその話を」
「俺は……昨日だ。梨花ちゃんが殺される……村に潜んでいる、何者かに。そう聞かされて、力になろうと決めて……梨花ちゃん」
「間違い、ないのです」
圭一には大丈夫と答える。間違いない……この二人は、仲間だ。
「あなた達は……霊障などの異能力に詳しいから、赤坂に頼まれたのですね。
ボクの予言がそういう類いのものなら、詳しい人がいいだろうと」
「手紙にも書いてただろうけど、赤坂さんは本当に感謝してたんだ。梨花ちゃんは大恩人だから」
≪ただ赤坂さん自身は、まだこちらの方に来られないんですよ。来るにしても準備が必要なので≫
「何なのですか、もう……赤坂ぁ……!」
しかも簡単にだけど、解決した事件まで……分からないのですよ。
TOKYO WARってなんですか。いきなり……二〇〇七年とか言われて、戸惑っているのに……!
「じゃあ圭一、状況説明の続き、お願い」
「分かった。……梨花ちゃんの見た予言には、種類があるらしい。そのうちの一つに……北条鉄平の帰還というのがある。
間宮リナという女のヒモなんだが、このヒモは仲間と一緒に、園崎組の上納金を盗もうと計画した」
≪検索完了……興宮(おきのみや)界わいで幅を利かせる、広域指定暴力団ですね。しかし園崎……もしや、園崎家と関係が≫
「園崎魅音と詩音姉妹は、俺達の仲間だ。同時に園崎組の組長とその奥さん――園崎茜さんの娘。
茜さんは園崎家現頭首、園崎お魎さんの娘……つまり二人は孫。更に言えば、魅音は次期頭首でもある」
「表も裏も、園崎が牛耳っていると」
「……ボクが聞いたのは、今日……興宮(おきのみや)の公立図書館なのです」
泣いてばかりではいられないと、涙を払い深呼吸。冷静に……ボク達の状況を理解しようと努める。この新キャラに情報提供。
「ここなら園崎の息もかかってないし、バレないと……でも実際は勘違いなのです。
あなたが言うように園崎家は、雛見沢(ひなみざわ)や興宮(おきのみや)のみならず、鹿骨(ししぼね)市全体に影響をもたらす一族なのです」
「政治家もいるしな。……実は最近、村でその……ちょっと、大きな祝い事が……あって」
圭一、顔を背けないで。もう認めるしかないの……あなただって、悪い気はしなかったでしょ?
「そのときに園崎の関係者も来ていたんだが、もう凄(すご)いメンツだったぞ」
「じゃあその場所も園崎の息が」
「それは大丈夫なのですけど……奴らの格好や雰囲気が、場の空気にそぐわなすぎて。目立ちまくりだったのです。
リナに至っては数メートル離れても漂う、どぎつい香水全開で。胸元なんて開きまくってて」
≪つまりTPOを弁(わきま)えなかったが故に、園崎に話が伝わり……上納金強奪は失敗。間宮リナと協力者達は消される。間抜けですねぇ≫
「……はい」
本当に、知ったときは『馬鹿か』と罵りたくなった。気づいていないのはリナと、園崎の恐ろしさをよく知らない奴らだけ。
こうして間宮リナは殺され、悲劇が起こる。そして――。
≪では梨花さん、その結果どうなるんですか≫
「リナというヒモを失った北条鉄平……つまり沙都子の叔父は、雛見沢(ひなみざわ)に戻ってきます。
でも鉄平は家事もろくにできないため、沙都子を連れ戻す」
「しかも今なお鉄平は沙都子の親戚だから、それを止める手段がないらしい。沙都子はそのまま鉄平にいびり倒され……心が壊れる」
「でも、圭一がその状況で音頭を取って、村人全員を巻き込むよう煽(あお)れば問題解決?」
「そうなのです。……北条家はダム戦争の遺恨を未(いま)だ引きずるが故に、村八分状態が続いています。
つまり村人が自主的に、沙都子を助けることはしない。祟(たた)りを恐れてもいますから」
≪なら、沙都子さん自身の訴えはどうです? 暴力を振るわれるのなら、私達も介入できます≫
「駄目です」
アルトアイゼンの言うことは最もだった。助けを求めれば……声を上げれば……でも。
「沙都子は……兄の失踪を、自分のせいだと思っています。自分が子どもで、兄に縋(すが)って、わがままばかりで……弱い子だったから。
だから強くなろう。どんな痛みにも、どんな苦しみにも負けないくらい、強くなろう……耐えて、耐えて、耐え抜いて」
「その負い目から、沙都子が自分から『助けて』と言うのは無理……本当なら認めるべき美徳なんだけどな」
「それも状況次第ってことか」
「何より……もう一度言います。園崎の影響は警察や行政にも及んでいるのです。沙都子だけが声を上げても、誰もが無視する。
それが園崎家――現頭首:園崎お魎の意向だからです。……だから、これしかないのです。これしか方法が」
「いや、僕も圭一に賛成だ」
……この男もか。やっぱり雛見沢(ひなみざわ)に来たばかりだから、状況の困難さが分かっていない。
本当ならこの男を上手(うま)く言いくるめて、説得できればと思っていたのに。
「梨花ちゃんは幾ら何でも早計過ぎる。仮にそうするとしても、それは最後の最後――最悪の事態に備えて取っておくべきだ。
今試せる手があるのなら、やらない理由がない。アルトはどう?」
≪同じくですよ。それで圭一さんには、その手段がある。だから園崎詩音さんの存在をほのめかした≫
「……圭一」
「蒼凪さん、いいのか。初対面だし……何より忍者として言いたいことがあるんじゃ」
「それが……なーんにも」
恭文は経験者としてはあり得ない、とんでもない放り出しを見せつけた。
「まず……奴らがくすねた、上納金が納められた施設の鍵束。それらのコピーが明日の夜七時までに終わる。そうだよね」
「あぁ」
「でも僕はこの村に来たばかりで、地理どころか状況についての知識もない。しかも時間もないときたら、変に暴れると逆効果だ」
≪私達にできることは後詰めくらいなんですよ。あなたにいい知恵があるなら、まずは聞いてみたいんです≫
「みぃ……頼りにならないエージェントなのです」
「そう言わないでよー。あと、僕のことは名前でいいよ」
恭文が肩を竦(すく)めて、端的に答える。……その言葉を信頼の証(あか)しと受け取った圭一は、いつものように不敵な笑いを浮かべた。
「なら恭文、済まないが今回は俺に乗ってくれ! ……いい考えがあるんだ」
……圭一の顔を見ていると、今まで悩んでいた自分が馬鹿らしくなってくる。罪悪感でもう、ゴチャゴチャだったのに。
でも、いいのかもしれない。
「なぁ、梨花ちゃん」
圭一は、この運命を”金魚すくいの網”だと言った。その少年がどんな奇跡を起こしてくれるのか……私は、見てみたくなった。
「あ、そうだ……梨花ちゃん、ごめん」
「どうしたのですか」
「もう一つ、赤坂さんから預かり物があったんだ。手紙とは別に入れていて」
恭文はコートを探り、手帳サイズのケースを取り出す。私の脇に寄り、それを開いて……見せてくれた。
「……これは……」
「こっちが赤坂さんの奥さんで、雪絵さん。この子が……美雪ちゃん」
赤坂と、奥さんと……五歳くらいの女の子が、一緒に写っている写真。笑顔で、楽しそうに……あぁ、そうか。
これは私が作った未来なんだ。どういう理由であれ、私の声が届いたから。
「梨花ちゃんにちょっと似てるな」
「……そうですか?」
「髪型はショートだけど……ほら、目元とか」
「みぃ……」
圭一にそう言われて、どう答えていいか分からず、曖昧に鳴く……それで精一杯だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
私達は早速詩音へ連絡。興宮(おきのみや)の喫茶店で待つことにする。
そのお店なら私も知っていた。わりと汚い店だけど、チョコサンデーだけは無駄に美味(おい)しい。
その筋の人も密談などに使っている場所だ。そんな店まであと少し。
「ねぇ梨花ちゃん、予言を変えるために抗(あらが)ったことはある」
やや暮れかかった空の下、足を止めずに恭文がそう聞いてくる。……それでつい、苦い顔をしてしまった。
思い出すのは、未来は変えられると思っていた自分。だけど変えられないこともあるんだと突きつけられる前の自分。
フラグっていうのかしら。時の中では、『どうしてこうなった』にもちゃんと理由がある。
両親が死ぬのも、悟史が『転校』してしまうのも、どうしようもなかった。私は余りに無力だった。
今の状態を言うなら、私の死にフラグが立っている感じ。そのフラグをへし折ろうとしたけど、やっぱり駄目で……やめよう。
ヘコむのは後だ。ただ恭文は私の様子から大体のことを察してくれたらしい。
「今回は圭一に譲るけど、僕の力を示すよ。どういう形であれね」
「そっか……これは俺が梨花ちゃんに、それを示す場でもあるか。なら気合いを入れないとな」
「……はい。ただ、詩音には気をつけてください」
「分かってる。詩音、飄々(ひょうひょう)としているけど思い込みが激しいしな」
圭一はさすがに分かっている。……ただ恭文はサッパリだろうから、ちょっと補足しておこう。
「詩音……園崎詩音は、沙都子のことをとても可愛(かわい)がってくれています」
「確か、兄の悟史と親しかったんだよな。それで沙都子のことを頼まれて」
「じゃあお姉ちゃんなんだ」
「そうなのです。そして鉄平夫妻の粗暴は雛見沢(ひなみざわ)でも有名だったので、これが沙都子の危険に繋(つな)がると知ったら」
「……一応聞く。園崎詩音は、園崎組の権力を」
「使えます」
「恐ろしい中学生だこと」
恭文は呆(あき)れ気味に頭をかきながらも、納得した。
……その場合、詩音がとても分かりやすく、短絡的な手段を取りかねないと。
大丈夫かと思いながらもお店に到着。中へ入ると。
「あ、梨花ちゃまー。こっちですこっちです」
緑髪ロングで、ノースリーブシャツにスカートという出(い)で立ちの女性が、元気よく手を振ってくる。
あのボンキュッボンなスタイルの女が、園崎詩音。詩音はカウンターに座り、その隣にはひげ面・グラサンな男。
あちらは葛西で、詩音の……付き人みたいなもの。園崎組の組員としては重鎮で、園崎茜の懐刀でもある。
……どう見てもまともな取り合わせじゃない。まぁ客層も同じ感じだけど。
とにかく私達はお辞儀した上で、二人の隣へ座る。
「詩音、紹介するのです。こちらはボクを訪ねてきてくれた、蒼凪恭文――第二種忍者さんなのですよ」
「へ!?」
早速答えを突きつけると、詩音が面食らう。葛西も警戒しているのか、目の奥で瞳を輝かせた。
「どうも。第二種忍者のデンジャラス蒼凪です」
≪どうも、私です≫
「……どうも。園崎詩音です。こちらは私の付き人みたいなもので」
「葛西と申します。梨花さん、前原さん、これはどういう」
「すみません、葛西さん。ちょっと大事な話なので、恭文にも手伝ってもらっていて……あ、なおデンジャラスはコードネームらしくて」
「今響いた謎の声は、忍者特有の超装備だそうなのですよ。凄(すご)いのです」
「どういうことですか……」
あぁ、やっぱり疑問に思ってたんだ。二人とも戸惑いはあるけど、ちょっと納得した様子だし。
とにかく私達もカウンターへ座り、早速お話開始。
「で……どういう状況なんですか。しかも葛西までって」
そこで詩音の視線がやや鋭くなる。温和な笑顔は変わらないけど、問い詰める気満々。
葛西もグラサン越しから、変わらずに眼光を送っていた。
「あー、ここはそれなりの話もできる場所ですから」
「だろうねぇ。何人か睨(にら)みつけてくるもの」
恭文は無言でされた水を飲みながら、平然と言ってくる。そこで詩音が大きくため息。
「葛西ー」
「すみません、話の内容が分からなかったので……それで梨花さん」
「はい。その……今日のことです。園崎組に関わる重大事件を耳にしてしまったのです。
詩音、葛西、間宮リナという女性に聞き覚えはありませんか。紫髪ショートで、やや派手めな」
「私はない、ですね。葛西」
「……園崎系列の店で働いているホステスですね」
「そのホステスが取り巻き達と、園崎の上納金を奪おうと計画しているのです」
あぁ、私も気づいた。二人だけじゃなくて、周りの人間も視線が厳しくなる。それが肌にちりちりと突き刺さってきた。
「その相談を図書館でしていたらしい。梨花ちゃんは読書感想文の題材を探しているとき、たまたまそれを聞いた」
「その直後、たまたま出くわした圭一に相談したのです」
「じゃあ、そちらのデンジャラスさんは」
「五年くらい前、梨花ちゃんと仲良くなった刑事さん……から頼まれて、届け物をしにきたんだ。
そうしたら、たまたま物騒な話をしていてさ。見過ごせなくて……まぁボディガードだと思って」
「なるほど……それで私達に声をかけたわけですね。あれですか、やっちゃんは事件が起きてからじゃないと動けないとか」
「少し違う。……ここで北条鉄平と沙都子が絡むんだ」
圭一の言葉で、詩音の視線が鋭くなる。理不尽ではあるが、不快感と怒りを交えたものになった。
「どういうことですか」
「その男、間宮リナのヒモらしい」
「はぁ!?」
詩音は目を丸くし、葛西へ振り返る。葛西はやや苦い顔をしながら頷(うなず)いた。その事実は知っていたみたい。
「そんな間宮リナが園崎組の上納金に手を付ける。そうした結果、間宮リナと協力者達は当然……問題はその後だ。
ヒモな北条鉄平は行き場をなくす。そうして雛見沢(ひなみざわ)にある実家へ戻り、生活のため沙都子を引っ張る」
「は……!?」
「北条鉄平、死んだ叔母共々家庭内暴力を振るっていたんだよな。それで村の人達も助けられなかった。
ダム戦争からの遺恨があるから……それでも、奴らが親族だから。梨花ちゃんはそれを危惧してる」
圭一が混乱している状況に乗じて、まくし立てるように状況説明。その上で、イエスかノーで結論を求める。
「詩音、俺は北条鉄平が……殺された叔母がどういう人間かは知らない。だから教えてくれ。梨花ちゃんの予想は、あり得るのか」
「それは……あ、あり得ます。アイツらは沙都子達にひどいことばかりしていて」
「……俺達はそれを止めたい。そのためには、どうしても詩音と葛西さんの協力が必要なんだ」
「……前原さん、それは……上納金に手を出すのを、見過ごせということですか?」
さすがにあり得ないと言わんばかりに、葛西の声に覇気がこもる。しかし圭一は怯(ひる)まずに首を振る。
「さすがにそれは言えません。ただまぁ、制裁したら制裁したで、こちらの第二種忍者が潰しにかかりますが」
「御冗談を……幾ら忍者と言えど、園崎組を敵に回すなど」
「……恭文はTOKYO WARや核爆発未遂事件を解決した、超腕利きエージェント。そう言ってもですか」
……あぁ、やっぱり有名な事件なのね。二人の表情が一気に変わったもの。
「ちょっと、TOKYO WARって……!」
「これは、驚きました。あの事件を……なるほど、ただ者でないのも当然か」
「みぃ……やっぱりその事件、有名なのですか?」
「有名ですよ! 梨花ちゃま、どうしてそれを……あ、そっかー」
詩音は私の”嘘”に思い当たったのか、右手でおでこをパチンと叩(たた)く。
「圭ちゃん、その辺りってまだ」
「治ってないらしい。まぁこんな話も聞かされたし、致し方ないが」
「圭一、園崎さん」
「詩音で大丈夫ですよ、可愛(かわい)い忍者さん。……梨花ちゃま、悪い夢を見ていたそうで……今が昭和五十八年だと勘違いしていて。
スマホやネット関係もさっぱり分からないし、知識も少し前から逆行していて」
「……病院は」
「早退して行ったのです。その後、図書館まで出向いて……今は、二〇〇七年」
「えぇ」
そうらしいの。一体どうしたら、二十四年も時代が進むのか……! しかもスマホやパソコン、ネットやら以外は、生活環境も変わりなしって。
「魅音が楽しみにしていたファミコンは、もう出ている」
「出ているどころか何世代も切り替わって、今はプレイステーション3とWiiの時代ですよ?」
「じゃあ、中森明菜さんは」
「現在も活躍されていますが、アイドルではなく本格的な歌手としてです。……彼女もいろいろありましたが、すばらしいことです」
「東京(とうきょう)ディズニーランドは、開演直後」
「直後どころか、開演して二十年以上経(た)ってます! 二〇〇一年にはディズニーシーっていう兄弟施設もできたんですから!」
……状況が余りに特異的過ぎて、頭を抱え震えてしまう。
そんな私の隣で、恭文は静かにメモ……それで納得して、相づちを打ち始めた。
「これは、確かに……初代ファミリーコンピュータの発売は、昭和五十八年・七月。
中森明菜さんはその頃デビューしていたし、ディズニーランドは四月に開演していた」
「見事に時事ネタを振ってやがるな……!」
「みぃ……これは、徐々に思い出していくのです。それで話を戻すですけど」
「おぉそうだ。……僕としては”事件が起きなければ”何も言いません。
起きたのに隠したら暴きますし、隠した奴は全員地獄行きにしますけど」
嘘は許さないと宣言すると、葛西も困った様子。……恭文相手に権力や半端な圧力は通用しない。
圭一は今上げた事件を、その証明とも言っていた。ヤクザどころか国家権力相手でも怯(ひる)まず戦ったらしくて。
「ただそちらが間宮リナを突きだしても、やっぱり北条鉄平の帰還は止められない」
「まぁ、そうなりますな」
「ほんと、忌ま忌ましいにも程がありますね。あれだけ沙都子を苦しめておきながら……」
「いっそ中島みゆきさんの『世情』でも流しながら、市中引き回しにする? そうすれば感動シーンに変わって、更生するかも」
「するかぁ! というかお前もか! お前も梨花ちゃんに続いて昭和(しょうわ)ネタ全開かぁ!」
「……蒼凪さん、自分が言うのもあれですが……今時、金八先生第二シリーズのネタは通用しないかと」
この中で一番年上な葛西ですらビックリな、恭文のボケ。
ほら……詩音にいたっては、何が起きたのかって目をパチクリさせて。
「でも詩音や園崎組が、北条鉄平を始末するよりはマシでしょ」
「……!」
「……まぁ、確かにな」
詩音の目には怒りの炎が宿っていた。……詩音はとても強い。
だけどその強さには危うさがある。思い込んだら一直線というけど、詩音はそのまま狂気に身を委ねかねない。
そういう、『予言』もあったの。家族や友達を殺しに殺して、結局その動機そのものが勘違いだったと気づく。
そうして絶望し、最後は本当に狂って死ぬの。そんな詩音の狂気がかいま見えて、嫌な予感が走る。
もしかしたら詩音は八つ当たりでも、たとえ無茶(むちゃ)でも、完全に沙都子を守りぬくため北条鉄平達を……恐怖に震え始めていると。
「詩音、ちょっと考えてただろ。だがこれだけは言っておく……絶対にやめろ」
「圭ちゃん」
「沙都子はきっと悲しむぞ。悟史だってお前に手を汚させるために、沙都子のことを頼んだわけじゃない」
「また、分かったような口を」
「じゃあお前はこう思っているのか。……悟史は大事な妹と、大事な友達が不幸になっても平気な奴だって」
「そんなわけありません! 悟史くんは」
「それが答えだ」
圭一が、そんな詩音に道を示す。そう……詩音が強い子なら、悟史は優しい子だった。
沙都子のため、家族のため、いつも大人であろうとして……必死に頑張って。
そんな優しい子が、沙都子と詩音の不幸を願うはずがない。そう、詩音もよ。
沙都子のために、詩音が傷つき、不幸になる。そんな状況……望むはずがないのだから。
だから詩音は恥じる。自分の取る手が、悟史の裏切りでもあると……恥じて、悲しげに頭を抱える。
「じゃあ、どうすれば……圭ちゃんも言った通り、見逃すのは無理です。
突きだしても同じ……もちろん、沙都子を預けられる場所もこの雛見沢(ひなみざわ)には」
「だな。だから考えたんだ……そもそも”犯罪”が起きなければいい。
奴らの計画が失敗し、立ち消えになるよう調整すればいい。というわけで葛西さん」
「はい」
「前提を置きます。梨花ちゃんが聞いた話によると、奴らは鍵束のコピーを作っている最中。
それは夜の七時頃に完成して、即刻決行です。つまり、対策するなら今日中にしないといけない」
「ではお聞きします……具体案は」
「今すぐ間宮リナ達を詰問しましょう。……全部知っているんだぞと」
……その余りにアッサリとした答えに、私と詩音はあ然とし。
「「……はぁ!?」」
「……梨花ちゃん、もしかして本当に気づいてなかったの?」
≪だから言ったでしょ。早急すぎるって≫
うわ、この忍者達は気づいていたんだ! それで哀れむような目を……腹が立つわね!
というかなんで!? それ、ただの告げ口よね! それでどうして解決……そこまで考えて、ようやく納得できた。
自分が早計だったのも理解した。そうだ、解決する。私は前提から間違っていた……恭文も言ってたじゃないの!
目的は、事件を未然に防ぐことだって!
(第2話へ続く)
あとがき
恭文「というわけで、とまかのを仕上げる時間を稼ぐため、パイロット版的にこちらを投入……どうも、蒼凪恭文です」
古鉄≪どうも、私です。こちらはヴェートル事件直前に私達が遭遇した事件……一応サイト開設八周年記念となっております≫
恭文「それゆえにメルとまの上に配置されているわけだね」
(ただ話数が十話を超えそうなので、記念小説枠には入れない形に)
恭文「まぁ介入タイミングは、以前同人版で火野の僕がやったのと同じ感じですが、あちらはベースが祭囃し編」
古鉄≪こちらは澪尽くし編となっており、話の流れが大分変わります。というか、買えないといろいろアウト≫
(だからこそ話数が……ぐぅ)
恭文「そうそう……澪尽し編だけど、実は祭と粋とではいろいろ変更点もあって」
古鉄≪最大の特徴は裏編があることですよね。粋の前にDSで出た『ひぐらしのなく頃に絆』での追加シナリオ解決編と言いますか。
今回、裏については触れず、祭でもやった表の方を進めていくわけですが≫
恭文「ただこの表も、今回改めて触れて……PS2の祭よりもパワーアップをしていると実感」
古鉄≪あっちこっち変更されて、フルボイスゆえに新規音声も入っていますから。……つまり、原作の全てをやるなど不可能≫
恭文「ポイントを抑えていかないとねぇ」
古鉄≪あとはあの人の扱いをどうするか……ところで、とまかのがここまで遅れたのは≫
恭文「申し訳ない……! ゼルダもやっていたから!」
(真・主人公、テイルブレードを射出)
恭文「待て待て! ゲームの話を書くんだから、ゲームも頑張らないと駄目でしょ!?」
古鉄≪それもそうですね。つまり≫
恭文「勉強したと思ってもらえると……! でもゼルダ、ヤバい……時間泥棒すぎる。
ただふらつくだけで楽しいって。ただ山登りするだけで楽しいって」
古鉄≪ガケを上り、地図や祠<ミニダンジョン>を探していくのが楽しいんですよね≫
恭文「まだ序盤だと思うけど、マスターソードもゲットしたしね。壊れても十分で復帰できるから、気兼ねなく使える工具となりました」
(伝説の剣で木を切る主人公)
恭文「でもそれは一旦封印……小説を書かなくては……ボーリングをしなくては」
古鉄≪雪山ボウルでのお金稼ぎはほどほどに……いや、あれもハマりますけど≫
(また遊ぶこと全開な蒼い古き鉄に、無慈悲なテイルブレードが襲う!
本日のED:諌山実生『プレイス・オブ・ピリオド』)
圭一「……これがリマスター終盤の出番に繋(つな)がるわけだな!」(HGBF アメイジングストライクフリーダムを組みながら)
恭文「圭一もそれに手を出したか! カッコいいよね! よりストライクの意匠も組み込まれているのが、もう!」(とか言いながら、ダークハウンドをいじいじ)
圭一「三個買いしてしまったぜ……!」
恭文「僕も三個買いで。一個は普通に作って、もう一個はHGCE ストライクフリーダムと組み合わせる」
圭一「あー、それも面白そうだな。もうちょっとフリーダム要素の強い形態にすると」
恭文「腹ビームも便利だし……切っているときにブッパすると、大抵避けられないよ?」
圭一「そういう追加もありだな。……お前の場合はやり口がエグいが!」
恭文「あとは予備パーツで……そうそう、バックパックはスクランブルガンダム用に」
圭一「スクランブルガンダム?」
恭文「それもあるけど、スクランブルガンダムガンダムにアメストのバックパックが合うって聞いて。くっつけてみたくなったの」
(おしまい)
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