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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
サイト開設八周年記念小説 『春うららかな/ちらし寿司(ずし)ケーキ』


新暦七十六年・三月三日――ミッドチルダ本日も平和そのもの。今日は海上隔離施設にて、ちょっとした催しです。


「――ギンガ、終わったよー」

「はい」


手伝ってくれたアニタ二尉の呼びかけで、ギンガとナカジマ三佐が入ってくる。


「わぁ……みんな、奇麗だよ」

「あぁ、よく似合ってる。アニタ、悪かったな」

「ありがとうございます、三佐」


私達は色とりどりの着物を纏(まと)い、髪も結って、お洒落(しゃれ)というものをさせてもらった。

着物の着方は独特なので、カルチャースクールで免許皆伝なアニタ・フランク二尉に手伝ってもらって……。


「つーかこのためだったのかよ。アタシが大きくなれるかって聞いてきたの」

「うん。アギトサイズを用意するとなると、特注か人形のものを使うしかなくて……それ、私が小さい頃に着ていたものなんだけど、どうかな」

「え……!」


さすがにそれは想定外で、私達もアギトさん共々おののく。


「そ、そんな大事な物を!?」

「じゃあ、もしかしてアタシらのも……!」

「おいおい、さすがにそんな子沢山じゃねぇぞ。ルーテシアとアギトのはスバルとギンガのお古だが、お前らのはレンタルだ」

「私のも……」

「予算の問題からな。まぁ大事に使ってくれ」

「はい」

『はい!』


そうだ、レンタルだろうと、これは借り物……汚さないよう、大切にしなくては。全員揃(そろ)って深く、深く、魂に刻みつけた。


「だが、動きにくい……この格好で、一体何をやるんだよ」

「そうっスよ。救助訓練とは思えないし」

「外出実習はまだ先でしたね。となれば、姉達は」

「まぁそう慌てんな。準備はできてるから、来てくれ」

『はい』


赤色の着物を……その裾を翻しながら、静かに歩いていく。着物を着ているときは、やや内股(うちまた)に歩くと美しいらしい。

ふだんとは違う歩き方だけど、奇麗に見えるのは……恭文さんが見たら、どう思うだろうか。


ただ、問題があるとすれば。


「ディード、どうしたの?」


右手で軽く胸元を撫(な)でていると、ルーテシアお嬢様に心配されてしまう。


「いえ……やはり、胸の辺りが」

「あぁ……ディードは大きめだしね」

「うん、形とかすっごい奇麗だった。羨ましいよ」


……私より大きいギンガやフランク二尉に言われると、いろいろ複雑というか……はい。

前だったらこんなこと、考えなかったのに。大きな胸なんて戦闘機動の邪魔で、不要な荷物。

でも……時折、”あの人”の視線を受けることがあって。そういうときは、ちょっと嬉(うれ)しく感じる。


あの人は大きな胸が好きらしいから。私に興味を持ってもらえるのは、視線を向けてもらえるのは、何だか……恥ずかしいけど、嬉(うれ)しい。


「私も苦しいっスー。この……和装ブラジャー? なんか潰れた感じがして」

「確かに……」

「でもこの方が奇麗に見えるんですよね、フランク二尉」


なお和装ブラジャーというのを着けているのは、私だけじゃない。ウェンディとノーヴェ、ディエチも同じ。


「そうだよ。和服のときに普通のブラを着けてると、帯の上に乗っかった感じになるんだ。
ちょっと苦しいかもだけど、和装ブラジャーを着けている方が美しく見えるの」

「そういうものかぁ。……アタシはさ、服なんてそんなに気にしたことないんだ。
そもそもドクターのところにいたときは、ずーっとバトルスーツだったし」

「ここでも指定の服だしね」

「だから服なんて、寒さや暑さを簡単にしのげて、動きやすくて、丈夫なら同じだって思ってたんだ」

「私もです」


ノーヴェに同意しながらも、もう一度胸を撫(な)でてみる。


「でも……戦闘用じゃない服にも、ちゃんと意味があるんだな。奇麗に見えるようにとか」

「それも文化だよ。……女の子なんだし、お洒落(しゃれ)もできるようになると楽しいよー。
特にノーヴェはスタイルもいいんだし、それを強調するようにすれば……ふふふふふ」

「……お、おう」

「フランク二尉、一応収容者なんですから、余り弄(いじ)るようなことは」

「ギンガは見ての通りくそ真面目で、アドバイスとか聞いてくれないんだよー。素はとてもいいのにさ」

『あぁ……』

「みんなはどうして納得!?」

「……大変そうだね」


そこで地の底から這(は)うような声を放つのは……セインだった。

セインはチンク姉様共々両手で胸をぺたぺた……なお、オットーも意味が分からずぺたぺた。


「大きいと、大変なんだね……私には全然分からないけど」

「姉もだ……! しかもこの着物は子ども用……」

「い、いや……二人もその、素敵だって。ほら、セインもすらっとしてモデル体型だし」

「ギンガ張りにグラマラスなアニタに言われても、何一つ響かないよ!」

「姉も、もうちょっと成長したかった……!」

「……どうでもいいがお前ら、俺の前だってのは……いや、なんでもねぇ」


何があるかは分からないけど、今日は少し特別な日らしい。それにドキドキしながらも、私達はいつものリフレッシュルームへと歩いていく。

それで考えているのは、やっぱり恭文さんのことばかりで。私は……また、おかしくなったのだろうか。




サイト開設八周年記念小説 『春うららかな/ちらし寿司(ずし)ケーキ』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「さぁ、どうぞ」


――リフレッシュルームに入ると、そこはいつもと装いが変わっていた。

ピンク色の花……桜が色づき、その脇には着物を着せられた人形達が並べられる。

赤い壇に乗せられた……男性と女性の人形は、無機質な表情ながらも愛らしく、その美しさに全員が目を引かれる。


「わぁ……これ、どうしたッスか!」

「三月三日は地球だと、桃の節句――ひな祭りなんだ」

『ひな祭り?』


ギンガの言葉で、全員が小首を傾(かし)げる。


「あれ……そういや」

「アギト、知ってるの?」

「ネットで見たことがあるぞ。地球のお祭りとか何とか」

「女の子の健やかな成長と、幸せを願ってお祝いするんだよ。うちもギンガやスバルが小さいときには、ささやかながらやってな」

「みんなは文化的なことも含めて、ここで勉強中でしょ? この間はクリスマスやお正月、節分もやったし、今回はひな祭りってわけ」

「なるほど、それで……三佐、みなさんも感謝します」

『ありがとうございます』


チンク姉様に倣って、みなさんにお辞儀。特に三佐とギンガには……ここまでしていただく義理立てもないのに。


「いいさ。これも仕事だ」

「じゃあよ、あの……着物を着た人形も」

「ひな人形っつってな、一種の厄よけで飾り始めたもんなんだよ。まぁひな祭りの基本だ。
……本来ならあそこまで立派なもんは持ち込めないし、何よりツテもなかったんだが」

「なので僕が作ってみた」


そこでエプロン姿のまま登場したのは……恭文さんだった。


「恭文ー!」


するとウェンディは笑顔で抱擁……その瞬間、ちょっとだけ嫌な気持ちになってしまった。

ウェンディのスキンシップが激しいのはいつものことなのに……その、変な気分に。


「あぁ、柔らかい……温かい。ふわふわだぁ」

『……はい!?』


あれ、恭文さんが甘えん坊な……というか、随分疲れているような。いつもなら、こう。


「恭文、どうしたっスか! いつもなら」

――こら、くっつくな! というか着物ではしゃぐな!――

「とか言って抵抗するのに! それなのに……私のハグを堪能するなんて! おかしいっス! まともじゃないっス!」

「ウェンディ、よく似合ってるよ。とっても奇麗」

「ありがとうっスー♪ ……って、そうじゃなくてー!」

「その前に離れなさい! なぎ君もー!」


ギンガは二人を強引に引きはがし、荒くなった息を整え、両手を叩(たた)いて軽く払う。


「恭文……え、どうしちゃったの? いや、いろいろ驚きではあるよ!? 今の発言とか、人形を作ったって辺りとか!」

「作ったって言っても二個だけだしね。あと、絶対に触らないで」

「いやまぁ、ああいうのはアタシ達の専門外だし、壊してもあれだから」

「首から下がないから」


諸注意は守るつもりだったけど、余りに予想外な発言。恭文さんと人形を交互に二度見して、吐息混じりの声が漏れる。


『……は?』

「屏風(びょうぶ)や着物、土台などはブレイクハウトで作れたんだけど、人形本体はなかなか難しくて。だから着物の中身は空洞なのよ」

「厄よけになってんのか、それ!」


その辺りは自信がないらしく、恭文さんも顔を背けた。でも……形だけ見ると、特に問題はないような。


「ちょっとなぎ君、どういうこと!? 私達も初耳なんだけど!」

「……仕方ないでしょうが! おのれ、この話をしたのがいつか覚えてる!? 四日前だよ、四日前!」

≪おかげでこの人、制作依頼直後から徹夜突入ですよ。文字通り二時間程度しか寝てません≫

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』

「そ、そうなの!?」

「あ……だからお前、今日はテンションがおかしいのか!」


アギトさんの結論に、全員が納得。よく見ると、目の下にクマが……。


「いや、ほんとごめん。ギンガに連絡係を頼んでたのに、ここ数日使い物にならなくて……」

「あの、アタシも……なんか、ごめん。いや、形だけでもいいって。こう、とても奇麗に作られてるしさ」

「そうです。見る分には問題ないかと」

「お父さん、ありがとう」


別に触って動かし、遊ぶわけでもなし……ノーヴェ姉様と、ルーテシアお嬢様とフォローしつつ、土台の上に置かれたひな人形を見てみる。

白い肌に紅が差され、くりくりとした瞳が美しい。着物の柄も、今着ているものと遜色がないように見える。


「うん、大丈夫っスよ。首だけとか思えないっス。……というわけでー」


ウェンディは事情を察し、また恭文さんに全力のハグ。……そこで胸にじわじわと、痛みが走った。


「今日はいっぱい、私に甘えていいっスからねー」

「そうする……あぁ、ほんといい匂い。このまま眠ってしまいたい」

「お前、今日は躊躇(ためら)いなしかよ……いや、この場合俺達が悪いんだが」

「というかギンガですね、ギンガ。しかもそれで引き受けさせるって」

「だ、だって思い出したときにはもう、レンタルとかも締め切っててー!」

「その結果があれだよ?」


アニタ二尉が指差しするのは、当然あの二人。

ウェンディはあやすように恭文さんを受け止め……すりすりしてくる、恭文さんを受け止め……!


「では……この、扇子を持っている手は」


そんないら立ちは忘れるように、話を振って間に入り込む。少し、申し訳ないけど。


「それも差し込み式なんだ」

「でも意外。恭文、こういうのも作れちゃうんだ」

「コイツ、地球の方じゃあガンプラバトルで慣らしてるからな。ブレイクハウトもあるし、打診を頼んだんだよ」

『……四日前に』

「あぁ」


三佐も申し分ないと笑いながら……ギンガに厳しい視線を送る。


「ご、ごめんなさい……」

「ガンプラバトル……あぁ、恭文が前に見せてくれた、ガンダムのプラモを戦わせるやつっスね!」

「でだ、恭文にはもう一つ……準備してもらっているものがあって」

『え……』


いや、それは……この人形だけで手一杯だったのに。さすがにどん引きで、三佐達に厳しい視線を向けてしまう。


「待て待て……その目はやめろ!」

「ねぇチンク姉、もしかしてアタシ達は間違ってなかったんじゃ」

「それは違うぞ。これは……あれだ、いわゆるブラック企業というものだな。解決すべき問題ではあるが、管理局を潰しても無意味だ」

「世界って、複雑なんだね……」

「だから違うっつーの! そっちは恭文だけじゃなくて」

「私達も手伝ったのよ。さすがに見てられないし」


奥の方から登場したのは、スバルとティアナ、エリオ、キャロ、フリード達だった。

しかも何やら大荷物で……さっとシートが敷かれ、お盆や鮮やかなケースが置かれていく。


「スバル! みんなもありがとー」

「ううん。でもギン姉、連絡は……ほんと、早めにしよう?」

「なぎさん、半泣きになりながら資材を集めてましたし」

「造形も三回くらいやり直してたよね。塗装もメリハリがないとか言って……その結果が、”コレで”」

≪私としてはこのままの方が嬉(うれ)しいんですけど。ほら、欲望が全開で≫

『絶対駄目!』

「ご、ごめんなさい……!」


ギンガ、いいところなしですね。スバル達でさえあれほど肩を持つなんて……でもどうして。

ギンガは真面目だし、その手のことでミスをするようには……何かあったのだろうか。


「悪いな、後で俺からも言っておくし、報酬も上乗せする。で……メインの方は問題ないんだな」

「もちろん。特にティアナとキャロは頑張ってくれました。……ウェンディ、ありがと」

「いいっスよ。レアキャラが見られて、得した気分っス」


恭文さんはある程度持ち直したようで、ウェンディから離れてハイタッチ。

それから全員でシートに着席し、すぐさま”食事”の準備が整えられる。


「みんなで作ったんだ。僕だけじゃ到底無理だった……僕だけじゃ、この頂きにたどり着くことは不可能だった」

『……うん、知ってた』

「アンタ、重すぎるわよ……!」

「ま、まぁまぁ! それじゃあ早速御開帳……といきたいけど」


そこでスバルが時計を確認。少し心配そうに、ルームの入り口を見た。


「父さん」

「さっき確認したら、受付は済ませてる。もう少し」

「……ごめんー! 遅くなっちゃった!」

「お母さん」

「噂(うわさ)をすればだな」


車いすで入ってきたのは、メガーヌさんとヒロリスさんだった。


「全く……ヒロちゃんのトイレが長いから!」

「仕方ないだろ!? 三日ぶりだったんだよ!」

「お前ら、食事前になんつう話を……!」


メガーヌさんはエリオとスバル、ヒロリスさんが介助をして、シートの上に着席。

なお恭文さんには、ジッとしてもらった。私の隣で、ジッとしてもらった……本当に、それだけでいいので。


「恭文くん、スバル達もありがとう。本当は私もお手伝いしたかったんだけど」

「いえ。メガーヌさん、今日は定期検査もあったんですし……ヒロリスさん、付き添いありがとうございます!」

「いいさ。合法的に仕事もさぼれるしね。で、それが――」

≪ボーイが四日間働きづめの上、作らされた一品か≫

「いや、大まかなところはスバル達に任せたので」

「味見はちゃんとしてるから、安心してね。気に入ってくれるといいけど――」


スバルはドキドキしている様子で、笑いながら料理を見せてくれる。


それは黄色・白・桜・緑に彩られたご飯のケーキ。

黄色い着物を着た人形。

汁物や煮物らしきものもあり、その全てが鮮やか。


まるで今咲き乱れる、この桜達のようだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――時は遡る。必死に……三日間、寝る間も惜しんで人形を作り上げたところで、僕は力尽きた。

まぁまぁあとの準備はなのはとフェイトが頑張ってくれるし……そう、思っていたら。


「ウソダドンドコドーン!」

「いや、ほんとごめん。でも他に頼れる人、いなくて」

「ウソダドンドコドーン!」

「恭文、しっかりして! うん、分かる……否定したい気持ちは分かる! でも現実……これが現実なんだよ!」

≪ほんと、運が悪いですねぇ。高町教導官とフェイトさんが、揃(そろ)って本局から緊急呼び出しって≫


そう……本来の調理担当だった二人は、呼び出しを受けて現在本局。

なのははヴィヴィオの養子縁組みに絡んだ、改めての面接。

フェイトは六課解散後に戻る予定の、次元航行部隊との打ち合わせ。


なお、はやてとリインは本日、解散後に部隊員が所属する各部隊へ挨拶中……だからこそ僕がヘルプとして呼び出された。

サリさんも出身孤児院の慰問に出ている。ようは僕達と同じように、ひな祭りのお手伝いだ。


結果僕は……ぐっすり寝ていたところを突然たたき起こされ。

うとうとしながら拒否していると、キャロの転送魔法を食らい。

眠眠打破ぐいっと飲まされ……御覧の有様だよ!


何これ! ねぇ、サイト開設八周年記念小説だよね! なのに何で主人公の僕が、こんなひどい目に遭ってるの!?

くそぉ……せめてジンがいてくれれば! 休暇で家族サービスしていなければ!

つーか他にも料理ができる奴はいるでしょ! ギンガさんもさぁ! 何のための部隊だよ!


機動六課、やっぱり僕に迷惑しかかけねぇ!ちくしょうめぇぇぇぇぇぇぇ!


「ねぇ、ギンガさんって殺しても罪にならないよね」

「なるから! いや、それについては……ほんとごめん! ギン姉には私からもちゃんと言っておくよ!」

「じゃあどうだろう、出前で全部済ませるのは」

「……私達もそれは考えたの。でも、どこも予約で手一杯」

「じゃあどうだろう、スーパーで買ってくるのは」

「恭文、さすがにそれは……」

「くきゅー」


あぁ、やっぱり駄目か! でもね、言いたくなる気持ちは察して……くれてるよね! エリキャロ、随分頭が柔らかくなったなぁ!


「と、とにかく……材料は揃(そろ)っている」

「それはフェイトさん達が調整していたから。でも、何を作るの?」

「ひな祭りの基本と言えば……ちらし寿司(ずし)だね」

「なぎさん、私達も手伝うから頑張ろうね。……はい」


もう仕方ないので、キャロがくれた眠眠打破(二本目)を受け取り、ぐいっと飲み干し……調理開始!

その前に慌ててネットのレシピを読み込み、届いている材料と合わせ……うっし!


「まず、米を研いだらザルに上げて、水気を切っておく」

「水には着けないんだ」

「酢飯にするしね」


ニンジン、レンコン、タケノコ、水で戻した干しシイタケを切り、レンコンは水に晒(さら)す。

ここで切った者は、研いだ米と一緒に炊飯器へシュート! 超――エキサイティーングー!


「水は目盛りより少なめにして……味付けにしょう油、酒、みりん、干しシイタケの戻し汁を入れて、スイッチオン」

「恭文、戻し汁も入れていいの?」

「乾物(かんぶつ)の戻し汁は、うまみがたっぷり入ってるから。特にシイタケのうまみは絶品……次は錦糸(きんし)卵だね。キャロ、任せていい?」

「それは大丈夫だけど」

「今の僕じゃ……薄焼き卵の、繊細な作りはできない」

「……大丈夫……もう、分かってるから」

「アンタ、さっきの包丁さばきもちょっと危なかったものね」


卵を混ぜ、塩砂糖で味付け。薄焼き卵を作る。これがまた難しいのよ。

「溶き卵は目の細かいザルでこして、多めの油を卵焼き器に投入。中火から強火で温めて」

「うん……」


いい感じで火が温まってきたので、ここでぬれ布巾の登場。


「キャロ、この上に卵焼き器を置いて」

「了解」

「え、いいの!? 温めたのが駄目になるんじゃ!」

「こうして温度を均一にするのよ」


卵焼き器とぬれ布巾が触れて、じゅわぁという音がする。

それからすぐ卵焼き器を戻し、余分な油を軽く取ってから……卵を投入。このとき、許しながら煎れると、奇麗な薄焼きになりやすい。

火は卵を入れたと同時に、軽く音がする程度の弱火。この火加減が大事です。


「焼けた!」

「うん、奇麗な色合いだ。これを細切りにして、錦糸(きんし)卵は完成」


次は飾り付けに使うニンジンとレンコン、絹さやの下処理。

絹さやは筋を取り、ニンジンさん達と塩入りのお湯でサッと茹(ゆ)で、水に取って冷ます。

この鍋に酒を少し加え、今度はエビに火を通す。エビは背わたを取るのも忘れずに。


丁御他エビを熱いまま、すし酢につけ込む。


「恭文、この酢は」

「米酢、砂糖、塩で味付けしたものだよ。スバル、寿司桶(すしおけ)は」

「えっと……これだね!」


スバルが用意された荷物の中から、五十センチほどの寿司桶(すしおけ)を取り出してくれる。


「ご飯が炊きあがったら、それに移して」

「了解!」


――そうこうしている間にご飯が炊きあがったので、スバルは一粒も残すことなく、寿司桶(すしおけ)に移動。

なお、混ぜるのはエリオに任せることとする。僕は……そろそろ、限界。


「エビを捕りだしたすし酢を、ごはんにかけ……縦に切るよう混ぜる、だったね」

「そうだよ。しゃもじが重くなってきたら、混ぜるのはやめて」

「切るように、さくさくと……ん?」


言っている間に、しゃもじの感覚が重くなったらしい。


「エリオ、団扇(うちわ)は」

「用意してるよ」

「じゃあひたすらに扇(あお)いで」

「分かった」


すかさず混ぜるのをやめ、団扇(うちわ)で扇(あお)いで冷やしていく。


「冷えるのは表面だけだから、ときどきひっくり返していくといいよ。一気にやることで、すし飯に艶が出る」

「うん、ホントだ……キラキラし始めた」

「奇麗」

「くきゅー」


いい感じにできたので、全員で一口味見。レンコンとニンジンの食感も確かめておく。


「うん……いいじゃない! そうよそうよ、ちらし寿司(ずし)ってこれだわ!」

「ニンジンもちゃんと火が通ってるね。しかし……疲れた体には、このさっぱりとした酢飯が突き刺さる」

「あとは盛り付けだよね。えっと、エビを入れなかったのは形が崩れるから」

「うん。お皿に品良く盛って、別に用意していたサーモンをちらせば」

「それなら私に任せてほしいな」


そこでキャロが名乗りを上げる。


「実はネットで軽く調べたら、面白そうなことがあって」

「面白そうなこと?」

「……なら、私もいいかしら」


更にティアナも立候補。やや恥ずかしげにしながら、頬を指先で撫(な)でる。


「いや、アンタの人形と、さっきの……薄焼き卵? それを見ていたら一つ思いついて」

≪大丈夫ですよね。テーブルの上が賑(にぎ)やかになるのは、いいことですよ≫

「だね。よし……じゃあキャロ、盛り付けは任せた。僕は余った材料で副菜を準備するから」

「私も手伝うよ! とりあえず……包丁は、任せて。恭文は……ね? 危ないから」

「お願い……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


というわけで、なぎさんからバトンを受け取り早速盛り付け開始。ふふふふ……実は、面白いのを見つけてしまったの。


「それでキャロ、どうするの?」

「はい。まず用意するのは、以前の調理実習で使っていたケーキの型と、ラップ」

「ケーキ!?」

「そしてホウレンソウ……と言いたいけど、ここは春らしく菜の花。それに桜でんぶです」

「……くきゅー」


でもこんな大量に……それぞれ一キロくらいあるんだけど。これ、間違って注文したんじゃ。

……まずは菜の花を塩ゆでして、水気を切り、みじん切りにする。桜でんぷはそのままで問題なしっと


「仕上がったすし飯を三分の一ずつに分けます」

「うん」

「その上で一つには桜でんぶを、一つには菜の花のみじん切りをたっぷり混ぜる。
……とはいえ味がどう変化するか分からないので、まずは少量で試してみましょう」


分けたすし飯の一部に桜でんぶをふりかけ、さっとかき混ぜる。するとつやつやの白米が、一気に桜色となった。

菜の花の方は鮮やかな緑が混ざり、また違う味わいを想像させる。


「キャロ、この……桜でんぶって一体」

「つくだ煮の一種です。お魚を材料にしてるんですけど」

「魚かー。でも色合いが奇麗……」


スバルさんと一緒に、混ぜた試作品を試食。……うん……これは。


「あ、美味(おい)しい。桜でんぶが入っている方は、思っていたよりも魚って感じだ」

「菜の花は爽やかな苦みと、しゃきしゃきって食感がいいです」

「うん。えぐみもないから食べやすい。それで、これを」


スバルさんも分かってきたようなので、二人して笑いながら……まずは混ぜ込みご飯二種を本格作成!


「――ケーキの型にラップを敷き詰め、錦糸(きんし)卵、デフォルトすし飯、桜でんぶ飯、菜の花飯の順に……均一に重ねていきます」

「うん」

「力一杯は駄目ですよ? お米と卵が潰れないのを意識して」

「了解!」


八センチほどのケーキ型にしっかり詰めた上で……ひっくり返し、ひし形のお皿の上に載せる。


「あとは形が崩れないよう、慎重に…………外していけば……」


ドキドキしながら、型を外す。更にラップも取ると……あら不思議。


「わぁ……キャロ!」

「あとはエビを載せて、ちょっとした飾り付けで完成です」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――というわけで、完成したのがこちらになります!」


スバルは元気よく、両手でちらし寿司(ずし)をアピール。


「え……じゃあこれ、お寿司(すし)なんっスか! お米のケーキじゃなくて!」

「そうなの。ネットで軽く調べたら、やってる人が多かったんだ。ちらし寿司(ずし)ケーキ」

「それで、以前アタシ達が使ったケーキの型も応用して……すげぇな、おい!」

「くきゅー♪」

「じゃあキャロちゃん、この真ん中の……バラのお花は」

「サーモンの薄切りを束ねたものです。ハムを使う場合もあったんだけど、お寿司(すし)なら魚かなぁっと」

「また奇麗に作ってるわねー」


あぁ、だからやや肉厚な花びらだったんですね。でもなんと美しい……。

ちりばめられたエビやレンコン、ニンジンの彩りもさることながら、ケーキのような円形を形作るのも……また胸が高鳴る。


≪じゃあよこっちの……茶巾袋みたいなおひな様達は≫

「ティアさん作だよ。えっと……中身がちらし寿司(ずし)で、そこに薄焼き卵の着物を被(かぶ)せて」

「頭はウズラの卵。それはエリオのアイディアで……いやほんと、フェイトさんが注文ミスしてくれて助かったわ」

「頭はどうしようかって、途中まで悩みましたしね」


もちろんただ被(かぶ)せただけじゃない。大葉で扇を表し、帯をかんぴょう……でしょうか。

他の具材も見事に合わせ、可愛(かわい)らしいおひな様に仕立てていた。


「……ウズラの卵、ミスだったのかよ。だが基礎部分<ちらし寿司(ずし)>に頭を載せた?」

「コイツが作った人形も一応込みで」

「そういうことか」

「じゃあ恭文さんが不可能だったとか……強調していたのは」

「実を言うと、僕にはこの形にする発想がなかった」

「なんだよね。僕もキャロとスバルさんが盛り付けたものを見て、本当に驚いて」


あぁ、そういう意味だったのですね。だから盛り付け担当の三人は照れくさそうな……しかし、誇らしげな顔で笑う。


「なんだなんだー、どうなるかと思ったら……ティアナちゃん達、大活躍だったんだ」

≪これならブロンドガール達も安心だな≫

「ま、まぁ私のことはいいですから……食べましょうか」

『はい』


奇麗なケーキ……切り崩すのがもったいなく思うほど。なので写真を撮って保存した上で、さっと配膳。

それを受け取り、使い慣れ始めた箸で摘まみ、零(こぼ)さないよう慎重に頂く。

……さっぱりとした酢飯と、そこに紛れた具材の食感……色とりどりの花を思わせるような味わいに、頬がほころぶ。


「美味(おい)しい……これは美味(おい)しいぞ、みんな!」

「あぁ! しかも……レンコンとニンジンが、花の形になってるんだな」

「鮮やかで細やか。気持ちまで温かくなるお料理だ」

「えぇ」


チンク姉様とノーヴェ、ディエチ姉様に同意しつつ、レンコンをもう一口。

サクサクで美味(おい)しい。これが、季節の味というものなんですね。


「いやー、一回の食事なのに、味がたくさんあってぜい沢っスね」

「菜の花って初めて食べたけど……この爽やかな苦み、好きだなぁ」

「ボクは……桜でんぶ。いや、デフォルトの味わいもなかなかだけど」


ウェンディとセイン、オットーも鮮やかな色と味に心躍らせていく。


「うん……この副菜の煮しめもいいじゃねぇか。恭文、腕を上げたな。
ちらし寿司(ずし)の酸味に口が慣れたところで、いい気分転換になる」

「絹さやとレンコンのさくさく感、溜(た)まらないですよねー。お酒が欲しくなるけど……今日は、我慢」

「大人の辛(つら)いところだねぇ。まぁ酒と言っても甘酒くらいしかないけど」

「父さん……フランク二尉も駄目」


そこでギンガが言葉を詰まらせ、顔を背ける。


「ごめんなさい、今回は言う権利がありませんでした……!」

「反省しないとね。でもみんな、本当にありがとう……ルーテシアの母として、お礼を言わせてもらうわ」

『ありがとうございます!』

「ううん。細かいレシピ構築や指示だしは、全部恭文が……恭文?」


そう……恭文さんは無言だった。先ほど三佐とアニタ二尉は、副菜の煮しめを褒めたのに。

一体どうしたのかと思っていたみんなは、自然と――私の膝上に注目する。


「……みんな、しー」

≪えぇ、お願いします。後で驚かせますから≫


ルーテシアお嬢様と、アルトアイゼンに揃(そろ)って頷(うなず)いてくれた。……恭文さんは限界を超えて、自然と就眠。

それで……私にもたれかかってきたので、そのまま受け止め、私の膝を枕として貸してあげる。


「あぁん、ズルいー! 恭文くん、それなら私が」

「アンタが受け止めるとR18でしょうが!」

「そんなことないわよ! ……せいぜいR15くらいで」

≪同じことだろ≫

「ほんとだ! さすがに認められねぇからな、おい!」


その上でのお食事はちょっと躊躇(ためら)われたので、一旦お皿を置いて……心地よさそうな頬を、その頭を撫(な)でてあげる。

どうしてだろう。こうしていると、やっぱり幸せで……温かくて。いつか分かるのだろうか、この気持ちの正体が。


桜舞い散る中、また新しい疑問にぶつかり……心は、ときめき続ける。


(サイト開設八周年記念小説――おしまい)






あとがき


恭文「というわけで、明日(2017/03/04)でこのサイトが開設から八周年。みなさん、いつもありがとうございます。
みなさんの応援があればこそ、とまとは今日もカオスに突き進んでいます」


(ありがとうございます。そして今後とも、何とぞよろしくお願いします)


恭文「お相手は蒼凪恭文と」

あむ「日奈森あむです」

恭文「今年の記念小説は……『機動六課の日常』当時のお話。元ネタは『衛宮さんちの今日のご飯』なんですが」

あむ「それか! じゃあ作る描写も」

恭文「漫画の方に載っていたのもあるし、ネットで見たレシピも参考にしてる。……ごめん、ちょっとちらし寿司買ってくる」

あむ「アンタは昼間に食べたじゃん! イリヤや静謐(ちびアサシン)達と一緒にさ!」


(そう、蒼凪荘も今日はひな祭りでした)


恭文「イリヤ達も喜んでくれてよかったよ。特にイリヤとちびアサシンは、うちにきて初めてのひな祭りだったし」

あむ「だからアンタもゼルダの伝説はAmazon注文にして、ずーっとうちにいたしね」

恭文「さすがに家主が放置ってのもアレだしね」


(蒼い古き鉄、お父さんも頑張っています)


恭文「でもNintendo Switch、盛況だったみたいだね。なのはやはやて、李衣菜からメールがきたけど、池袋のビックカメラやLABIは行列ができていて」

あむ「まぁ当然かぁ。……あれ、なのはさんも? ヴィヴィオちゃんは」

恭文「そのヴィヴィオも一緒だから……」

あむ「そっかー! 二人してゲーマーだった!」


(『ヴィヴィオも自分用のNintendo Switch、予約してたからー』)


恭文「そんなヴィヴィオ達から、実はお土産をもらっていて」

あむ「おみやげ?」

恭文「これ」


(蒼い古き鉄が取り出したのは、『HG スクランブルガンダム』――特価九六七円)


あむ「やす! え、確かスクランブルガンダムって、定価二三七六円じゃ!」

恭文「Amazonでも現在、一六八七円だね。……これは、僕仕様を作れという話か」

あむ「そう言えばタツヤさん、ホットスクランブルガンダムを作っていたよね。今Gジェネとか、VSシリーズとかでゲスト出演しているやつ」

恭文「ファンネルも装備しているアレだね。でもどうするかなぁ……変形とかはあえて排除して、剛性を高めて。
問題はバックパックと武装……いろいろ考えてみようっと」


(というわけで、今後ともとまとの方、何とぞよろしくお願いします。
本日のED:BACK-ON『The Last One』)


アブソル「お父さん、お母さん、みんなもありがとう」

ラルトス「ありがとー」

静謐(ちびアサシン)「初めてのひな祭り……それにしてはちょっと大きくなりすぎてたけど、でも嬉しかった」

イリヤ「うん!」

フェイト「喜んでくれたなら、何よりだよ。……あ、早めにひな人形、片付けないと」

恭文「そうだ! ひな祭りを過ぎてから飾り続けると、お嫁にいけなくなるという……ぐぅ」

フェイト「さ、寂しい気持ちは……ぐっと、堪えて」

アブソル「大丈夫だよ、お父さん。私達、お父さんとずーっと一緒だから」(着物姿でぎゅー)


(おしまい)



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