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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Memory59 『衝撃』

ここで中断……セイ君達にとっては救いですけど、ニルス君にとっては余計な真似(まね)そのものでした。

だからその、表情が――。


「……あの子、悪鬼の如(ごと)き表情だったわね」

「はい。わたしも、ちょっとゾクっとしました」

「真剣勝負の場にゃ。感情がそうやって、露(あら)わになることもあるにゃ」

「でも、杏ちゃんがうまーくフォローしてるみたいだよー」


きらりちゃんが言うように、細かく話しかけている様子が見られる。

セコンドとして、メンタル管理もきっちりですか? うぅ、私も見習いたいです。


「あれなら、再開しても引きずらずにいけるでしょう。……今の流れを覆されないためにも、双葉さんの対応は適切です」

「覆されるの? 私から見てもニルス・ニールセン、圧倒的なのに」

「サイコシャードもありますしね。しかもあれは」


そう言いながら見やるのは、ガンプラと一緒に回収した装置四基。


「自走するみたいです……タイヤ、チラッと見えました!」

「ステルス機能もあると見ていいな。じゃなかったら、あそこまで見事にやられないだろ」

「また算数の問題に……いや、なりませんよね」

「そう、ならない。このままじゃアイツら」


トオルさんは険しい表情をしながら、レイジさんを……セイ君を見下ろします。

……なお位置関係的に仕方ないのは、留意してほしいです。


「負けるぞ、確実に」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「そう、このままでは、セイ君達は負ける」

「でも、修理していいんでしょ!? それなら壊れた武器を直して、殴られない距離から撃っちゃえば」

「本体だけならともかく、各種武装まで修理するのは不可能です」


リン子さんにも腹を決めるようにと、淡々と語っていく。


「その上『両腕』の粒子発勁がある」

「なら、セイ達も同じように打てばいいじゃない!」

「あれは武術経験者でもある、ニルス・ニールセン君ならではの技法――」


発勁の粒子振動を止めることなく、適切なタイミングで添えることにより初めてできる補助。

血の滲(にじ)むような努力を重ねたのだろう。だからこそ言い切れる。


「仮に私が真似(まね)をしろと言われても、一朝一夕にはできません。というより、できたとしても威力は再び並ぶだけ。
隠し腕を持つ戦国アストレイ相手には、結局数の差で負ける」

「そんな……本当に、間違っていたの」


リン子さんは絶望で胸を震わせながら、涙をこぼす。


「頑張ってるから、勝てるって思ってた。セイとレイジ君なら……私、間違ってない。
母親だから、ちゃんと分かってる。二人なら大丈夫って……そう、思っていたのに……!」

「これが現実です」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「じゃあ……撃ち合いなんてせずに避けてがつーんとやれば!」

「近接戦闘の技量ではレイジ以上。一撃も食らわず倒すのは不可能だ」

「だよねー! というかあたし達はどうするの!?」


りんも頭を抱える、戦国アストレイの性能……いや、ニルスの性能もあるか。

ガンプラとビルドファイター、両方の性能が合わさって、正しく最強に見える。


「……ん?」


そこでともみが、セイ達の方を見て怪訝(けげん)な顔をする。


「恭文さん、あれ」


僕も注目すると……既にビルドストライクは修理完了。

そこにセイは、何やら細工をしていた。爪楊枝(つまようじ)を持って、フレームや外装にこすりつけている。


「ねぇ、あれって」

「なるほど……もしかしたら」

≪ひょっとすると、大逆転かもしれませんよ≫

「大逆転!?」


セイ達には天運があるらしい。それで運は実力のうちとも言う。……僕にはないけどね!

なぜラッキーが実力か。簡単だよ……運は引き寄せることができる。

日々の努力とその場のノリで、しっかり掴(つか)んで初めて『幸運』になる。


セイはもう、とっくに目が覚めている。だから引き寄せようと足掻(あが)いている。

……何が目的かは関係ない。重要なのはその願いが本物であるかどううか。


そして本物は――強い。



魔法少女リリカルなのはVivid・Remix

とある魔導師と彼女の鮮烈な日常

Memory59 『衝撃』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ゼリー状の液体を、破損したフレームに纏(まと)わせ、更に可動域も調整。


『バトル再開まで――十五秒。プラフスキー粒子散布再開』


薄く……あくまでも薄く……動きが鈍くならないよう、駆動部にはくっつけない。

爪楊枝(つまようじ)でちょいちょいと、すり込むように……!


「セイ、何してんだ! もうアイツらは」


あとは……ドライヤーで急速乾燥! その間に外装にも同じセッティング!


「もうアイツらは出てるぞ!」


乾いたら、外装をくっつけて……よし!


「早くしろ……セイ!」

「お待たせ!」


修復が完了したビルドストライクを渡し。


『バトルを再開します』


カウントを表示する空間モニター、それを突き抜けながらフィールドイン。

崩れた城の外周――外堀前に着地し、改めて戦国アストレイと対峙(たいじ)。


「よし、間に合ったぁ!」

「レイジ、言った通り武装はRGシステムのみだ」

――RADIAL GENERAL PURPOSE SYSTEM Ver2.0――

「問題ねぇ!」

――LIMIT BREAK――


再度RGシステムを発動――でも、炎はやはりサイコシャードにかき消されてしまって。


『今度こそ倒す――ボク達の戦国アストレイで』

「負けるのはてめぇだ……!」

『そんなセコンドすらまともにできない、未熟者を引きずって、ですか?』

「その通りだよ」


ニルス君が言うことを認めた上で。


「僕は間違ってた。戦う理由なんて人それぞれでいい。君の理由は本物だ、ニルス君――でも」


引けない自分をさらけ出し、一歩前に踏み出す。


「この場では、僕達が勝たせてもらう!」

『それは虫が良すぎるってもんでしょ。……ニルス』

『引導を渡してあげます』


――そして、二機は再び踏み込み。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

『出力――全開!』


拳と、両腕を使った掌打は正面衝突。

でも伝わらない……衝撃は、粒子振動は、<お互い>に伝わらない。


『何だ、この手ごたえは』

「……凄(すご)いよ、ニルス君は」

『発勁の粒子が届いていない……』

「両腕で発勁を放っていたんだよね、さっきは。今だってそうだ」


お互いに送り込んでいる振動は、波動として現れ、拳の外側でもぶつかり合う。

その途端に、サイコシャードによって爆発してしまうけど。でも止まらず、次の力が送られ、それも爆散。


僕達は青、ニルス君達は赤――お互いに進み、しかし相手の浸食を遮り、混ざり合うことすらない。


『まさか!』

「セイ?」

「僕と同じことをやってるなんて」


発勁を止め、戦国アストレイは二十メートルほど下がる。


『……これは、杏も驚きだよ』

「セイ、お前は何をやったんだよ。同じことって」

「拳を中心に、パーツの各所を瞬間接着剤でコーティングしたんだ」

「はぁ!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


瞬間接着剤……そんなものをどうして。


「そうか……!」


ちょうど陸戦型ジムの合わせ目消し……頭部とマシンガン、武器類で瞬間接着剤を使ったので、すぐ理解できた。


「しまむー、どういうこと?」

「プラモ用の接着剤を使う合わせ目消しは、正確に言えば<溶接>だ」


疑問そうなみんなには、トオルさんがすかさず解説を入れてくれました。


「プラモ同士を溶剤で溶かし、それが乾燥することで合わせ目も消える」

「くっつけるというより、パーツそのものを一つにするのよね。それは私達も、慶ちゃんから教わったけど」

「だが瞬間接着剤は違う。接着剤自体が乾燥により凝固するので、本当の意味ではこちらの方が近い。……無論その成分もな」

「あ、きらり分かった!」


きらりちゃんが拍手を打ち……というか、みんなも分かってくれたみたいです!


「瞬間接着剤は、プラスチックとは違う成分なんだよね! だからセイ君は、それで発勁って言うのを防いでる!」

「そうです!」

「だが、それはニルス・ニールセンも同じときたもんだ」


そうでした。確かにセイ君、そう言ってました。

つまりそれは――驚きながら、前のめりになってしまう。


「つまりビルドナックルも、粒子に対する振動効果があるんですね」

「これでお互いに、必殺効果は封じられた」

「じゃあどっちが勝つの!? みりあ、分かんないよー!」

「さすがに、直撃を取れれば勝てる……まぁ、取れればだけどな」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここからはシンプルな殴り合い――どちらかの一撃が、クリーンヒットすれば勝つ。

また覚悟を決めながら、深呼吸――。


『なるほど……それでは粒子は届かない。しかし、その状態でビルドナックルは』

「打てるさ。ニルス君だって分かってるよね」

『えぇ』


ニルス君も粒子操作で、発勁を打ち込めるんだ……接着剤でコーティングしていても。

だったら分かるし、分からないはずがない。それも、彼の本気が成せる技。


「お互いの内部構造<フレーム>を流れる粒子で、僕達のガンプラは――動く!」

『生意気な!』


そして彼は全速力で踏み込み、左掌底。

レイジは咄嗟(とっさ)に回避するものの、顔面に掌打を食らい、体制が揺らぐ。

更に頭部に亀裂……でも構わず、スタービルドストライクは左フック。


戦国アストレイに同じ傷をたたき込んだと思ったら、今度は右脇に掌打。

お返しに頭部を再び殴ると、右掌底が懐に飛ぶ。

咄嗟(とっさ)に左腕でガードすると……衝撃から左腕が吹き飛んだ。


発勁によるものじゃない。地力の出力により、つぎはぎな腕が耐えきれなかった……!

そうして後方へ飛ばされると、追い打ちをかけるように戦国アストレイが踏み込む。

フィールド全体が揺れて、耳をつんざくような轟音(ごうおん)が響く……それほどの、本気の踏み込み。


着地してからすぐに反撃……というところで、突如機体各所のパーツがひび割れる。


「なんだ!?」

「発勁のダメージ!? でも、どうして!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「遠当てか」

「遠当て? プロデューサー」

「先ほどの踏み込みで、地面に粒子発勁を打ち込み、衝撃を伝導――」


フレームを輝かせながら、戦国アストレイは踏み込む。

口元に着けていたマスクが剥がれ、元のガンダムフェイスを晒(さら)しながら――。


「そうしてスタービルドストライクの動きを止めたんです」

「そんなことまで……! いえ、理論的には可能だわ!」

「フィールドも粒子で形作られているものね」

「……自分は習得していませんが、内部浸透系の衝撃を遠くに放つことは……可能だそうです」


プロデューサーさんは冷や汗を垂らしながら、得意げなニルス君を見やります。


「あ……二重の極み! あの、るろうに剣心の漫画でやっていたにゃ!」

「あれって、実在してるの……!?」

「同じような技法は、ですが。相当な高等技能だろうに、あの年でよく……」

「近づかなくても殴っているって、ずっこいじゃん!」

「いいえ」


みくちゃんと李衣菜ちゃんに答えながら……莉嘉ちゃんの批難を否定しながら、プロデューサーさんが戦慄。


「天才的頭脳と、武術の経験が織りなす技――美しさすら感じさせる」

「さすがに詰んだか。たとえ衝撃の伝導が半減できても、そんなものを何度も食らえば」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


戸惑いながらも、スタービルドストライクの出力を操作。


『――リミットブレイク』


加速するアストレイのフレームが赤く輝き、その出力を向上させる。


『プラフスキーバーストシステム、発動!』


RG……そうか、アストレイもフルフレームモデル! RGシステムに類似する、出力ブーストが使えるのか!


「レイジ、跳んで!」

「おう!」


アストレイは地面を更に踏み砕き、こちらとの距離を一瞬で縮めた。

また、地面から走る衝撃で、僕達を苛(さいな)もうと……でも遅い!


こっちはもう上空! これなら衝撃は届かない……そう、思っていた。

思わされていた。それが間違いだと気づくのに、〇コンマ二秒。


……虚空を跳ぶ僕達に、不可視の衝撃が飛び込んできたから。


「な……!」

「なんだとぉ!」

「まさか、フィールド中の粒子にも作用して……!」


地面どころか、プラフスキー粒子に満たされている空間そのものに作用!?

いや、できる! 現にサイコシャードがあるじゃないか!


『コレが切り札――SS<Strange Shock>理論だよ。……ニルス』


空気中ということもあり、衝撃は地面から伝わったほどじゃない。

でも、ビルドストライクのバランスは崩れて……レイジはすぐに体勢を立て直すも。


『粒子――発勁!』


ニルス君は地面を踏み砕き……再び周囲に衝撃を放ちながら。

それで僕達とビルドストライクを打ち据えながら、右掌底を放つ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


くそ……コイツ、今まで戦った中ではダントツだ。普通に武器が使えても、全く通用しなかっただろうな。

それだけ本気ってことか。……世界を救うってことは、守りたいものがあるからだ。

本気で思い入れているからこそ、コイツはこんなにも強い。本気な奴が弱いわけねぇんだよ。


なら、オレも限界を超えるしかない。もうありったけ……体の中、何の力も残らないくらいに暴れてる。


でも駄目だ。

それじゃあ駄目だ。

それじゃあ、前に進めねぇ。


それじゃあ、あの時間で対抗策を整えた、セイに申し訳が立たない。

セイもまた一つ、限界を超えたんだ。違う本気もアリだって……そう認める勇気を知った。

だったらオレも超えてやる。こんなところでは止まれない。


オレは、やりたいことができたんだよ。

この世界で、コイツと……セイと、やりたいことができたんだよ。

まだ終われない。コイツをもっと、もっと、高いところに引っ張りたいんだ。


――次は、オレがいなくてもいいように。


「ビルド」


この世界に来て、いろいろ漫画ってのを読んで……試したくなったことが、一つ。

衝撃の伝導、そのメカニズムを思い出し、刹那を狙う。


「ナックル――!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


レイジは素早く、スラスターと機体バランスを操作。

身を翻し、出力を全開にしながら……右掌底と拳をぶつけ合う。


……そんな、刹那だった。


「パージ!」


ビルドストライクが『右手を開いた』。

衝突した掌打を、開いた衝撃で弾(はじ)くように、勢いよく。


一瞬、何をしたか分からなかった。でも答えはすぐに出た――戦国アストレイの右腕が、完全崩壊したから。


「……はぁ!?」

『馬鹿な……』

『嘘でしょ――!』

「嘘じゃ……ねぇ!」


レイジは得意げに笑って、アームレイカーを走らせる。

それに伴いビルドストライクは身を翻しながら右回し蹴り。

RGシステムの出力を回転運動で後押しし、左の隠し腕を蹴り飛ばした。


戦国アストレイも衝撃で吹き飛び、また二十メートルほどの距離を取る。

そうして僕達も着地して、改めて対峙(たいじ)した。


「レイジ、今の……何……何なの!?」

「三重(さんじゅう)の極み……もどきってやつだ」

「もどき!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


なんだ、今のは……こちらの掌打に対し、手を開いただけ。それだけだ……なのに!


「……なるほどね」

「アンズ!」

「三重(さんじゅう)の極み――るろうに剣心って漫画に出てくる必殺技だ」

「サムライX……!」


そうか、それなら読んだことがあります。あの手を開いた運動……あれでか!


「刹那のタイミングで二連の衝撃を加えることで、物体・人体を破砕する技法。
三重(さんじゅう)の極みは一度だけ使われた、そこにもう一つ追加する技」

「手を開いたことで……機体の機能に頼らない操作技法<スキル>。それで衝撃の伝導が二乗化され、こちらのコーティングを貫通したのか……!」

「でも、二度は使えない。……これを見て」


アンズの解析データを確認……ビルドストライクの右手はぼろぼろになっていた。

指や関節部がひび割れ、握り込むだけで小さな欠片(かけら)が落ちる。あれでは……もう。


「普通のビルドナックルとやらも、一発が限度。ニルス、慎重にいくよ」

「えぇ……!」


だからこそ、再び右足で地面を踏み締める。……彼らは避けることもせず、衝撃をまともに食らいフリーズ。

動けないでしょう……粒子発勁の遠当てにより、機体を苛(さいな)む振動。それによるスタン効果が、あなた達を戒める。

だからこそ踏み込み、一瞬で捉える。今度は跳躍の隙など与えない。


「今度こそ」


スタービルドストライクの胴体部目がけて、渾身(こんしん)の粒子発勁は打ち込まれ、彼らの道を断つ。


「終わりです!」


油断ではない、全力を尽くし、駆け抜けた末の結果。

だから、驚がくするしかなかった。


手ごたえもなく、突きだした掌打が虚空を貫いたことに。


「な……!」


スタービルドストライクが身を伏せ、こちらの一撃をかわしたことに。


アンズも戦慄する中、一つ気づく。


彼らのフレームがより強く……熱く、輝いていたことに。

その結果補強されていたフレームが再度ひび割れ、粒子が間欠泉のように吹き出し始めていることに。

まさか、自壊寸前まで出力を上げて、強引にスタン状態を払ったのか……馬鹿げている!


粒子発勁の特性は既に知っているはずだ! 出力を上げれば上げるほど、これだけで破砕する危険もあったんだぞ!

それを実行するのか。彼らは……いや。


「イオリ、セイ――!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


覚悟が必要だった。

それくらいしなきゃ、ここまでのミスは取り返せない。

僕のせいで、レイジの道も阻まれるのは……死んだって嫌だ。


だから咄嗟(とっさ)の思いつき。ミホシさんと戦ったときにやった、意図的なレッドゾーン突入をやった。

踏み込むたびに打ち込まれる衝撃……それを、粒子出力ではね除(の)けられるように――!


そうしてチャンスをつかみ取った。

レイジは――スタービルドストライクは両足で地面を踏み締め、かがみ込みながら掌打をかわす。

すれすれで、頭部アンテナを掠(かす)め、砕けるほどの距離感。


『――!』


そうして幸運も掴(つか)んだ。

その踏み込みが、限界を飛び越えた出力が、スタービルドストライクを始点とした衝撃波に発展する。

それに打ち据えられ、戦国アストレイの動きが止まる。粒子発勁の遠当て、そのお返しをしっかりした上で。


「これが……最後の一撃!」


戦国アストレイの腹を狙い――地面から、すくい上げるように。


「ビルド――ナックルゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


輝く拳での右アッパー――。

それが戦国アストレイの胴体を穿(うが)ち、引きちぎりながら、夜闇を切り裂く。

同時にこちらの拳も限界を迎え、完全崩壊。でも十分だ。


放物線を描きながら、赤い武者は吹き飛び、爆炎に包まれたから。


≪――BATTLE END≫


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……戦国アストレイを回収し。


「セイ、やったな!」

「うん!」


ハイタッチをかわす二人に駆け寄る。なおアンズのこととかは、軽く捨て置いてしまった。


「……」

「ニルス君、あの」


その上でぼろぼろな戦国アストレイを突き出し。


「次に戦うときは、ボクが勝ちます!」


そう宣言――すると二人は顔を見合わせ、怪訝(けげん)な様子。


「何か」

「てっきり、また粒子の話かと思ったぜ」

「え……」

「おいおい……バトルに熱中してて、忘れていたのかよ」


……その言葉に戸惑い、面食らってしまった。そうだ、僕は……最後の最後で。


「やっぱりな」

「何で、しょうか」

「お前、言ってたよな。遊びが成り立つのは、平和だからこそだって」

「その通りです。だからこそボクは」

「……だから救いたいんだろ? 好きな遊び<ガンプラバトル>が楽しめる世界を」


そして、彼の言葉で呼吸が止まる。まるで突然、耳元で稲光が走ったような衝撃だった。


「まぁいつでも相手になってやるよ、ニルス。けど……次もオレ達が勝つぜ」


そう言って立ち去る彼を、何も言えず見送っていると。


「ニルス君、昨日は……ごめん」


するとイオリ・セイも、ボクに謝ってくる。


「誤解していた……戦ってよく分かったよ。あの、僕らにできることがあれば言ってね。……じゃあ!」


そうして彼も去っていく。それも見送り、やはりぼう然自失。

ボクは、遊びのために……いや、そんなはずは……そう、なのだろうか。


「ニルス」


自問自答を続けていると、後ろからミスキャロラインがやってきた。もちろんここまで付き合ってくれたアンズも。


「すみません、ミスキャロライン……負けてしまいました。アンズも手伝ってくれたのに」

「立派でしたわよ、二人揃(そろ)って」

「いえ。……謎を解くことばかり考えて、ボクは自分自身のことも分かっていなかった」


世界を救いたい――その思いに、夢に嘘はない。でも、そこには新しい輝きが加えられていた。


「ボクは、ガンプラが好きなんだ――」


遊びだからこそ、本気になれる。でも遊びだからこそ、平和の上でしか成り立たない。

そんな世界が消えるのは寂しくて、悲しくて……それもまた、ボクの心だ。


「安心なさい」


ほほ笑むミスキャロラインと、アンズに背中を叩(たた)かれ。


「ニルスのことは、今後もヤジマ商事が全面的にバックアップさせていただきますわ。
もちろんわたしも協力いたしますわよ……彼女ですもの!」

「いえ、それは……あの」

「おーほほほほほほほほほ! おーほほほほほほほほほほほほ!」

「聞いて、いただけませんか……!」

「ニルス、知ってる? 英雄王ギルガメッシュは」

「もう知ってます! 聞きましたから!」


さて、これからどうするか……いや、イオリ・セイの確約は取り付けたんだ。まずは謎を追ってみよう。

きっとボクの夢は、その先に存在するものだ。……たとえPPSE社を敵に回そうと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ニルス君にはきっちり謝って、会場を去った。レイジに追いついたところで。


「なんちゅう無様なバトルですか」


スタジアム外周の廊下へ出たところで、待ち受けていたマオ君から嫌み……あぁ、そうだよね。言いたくもなるよね。


「マオ、お前……生きていたのか」

「なんで死んだ扱いになっとるんですか! 生きてます! ちゃんとバトルしてますー!
……戦国アストレイ対策もせず、RGシステムによる力押し。ビルドナックル万能説ですか? ほんま情けないわぁ」


マオ君わざとらしくため息を吐き、戦犯である僕を見やる。


「セイはん、もう分かってるでしょ。……ニルス・ニールセンは、ビルダーとしても、ファイターとしても、セイはん達より強かった。
今回勝てたのは、ただ運がよかっただけです。あのタイミングでの中断がなければ」

「……それについては、本当に……何も返す言葉がないよ」

「まぁ次のバトル、きっちり見といてください」


マオ君は不敵に笑って、僕達に背を向けながら歩き出す。


「ワイがほんまのガンプラバトルっちゅうもんを、教えてあげましょう」

「あ、そっか……マオ君、明日は恭文さんと」

「マオ、お前……明日」

「生きてますー! 生きますー! 勝って生き残りますー!」

「まだ何も言ってないだろ」

「言ってなくても分かりますわ! 全く……」


そのまま、マオ君はいつも通りに歩いていく。……その姿に負けていられないと思いながら、両手で頬を叩(たた)く。

まずはビルドストライクの修復……それに、反省会だ。明日までに全部終わらせておこう。


「――心の底から、無様な戦いでしたわね」


すると、後ろから鬼の声が響く。レイジと二人びくりと震え、振り返ると。


「わたくしが再修行をしたというのに……何一つ生かしてませんのね! あなた達は!」

「セ、セシリア……!」


そう、満面の笑みで……セシリアさんが立っていた。なお、その隣には両手を合わせる委員長。

あぁ、いいよ……止められなかったって意味でしょ? うん、分かる。すっごい分かる……!


「セシリア、悪いけど説教は後で」


でもそこで、恭文さんと……あれ! ニルス君と杏さんもやってきた!


「恭文さん!」

「セイ達に頼みがあるのよ。……レイジ、その石なんだけどしばらく貸して」

「……コイツか?」


そこで三人が見ているのは、あの……解析不能とか言う石。

あの、まさか……まさかとは思うんだけど、また異世界話ですかぁ!

いや、言った! 僕達にできることならって言った! でも早速ですかぁ!


「レイジ君、セイ君……お願いします」


それでニルス君は率先して頭を下げる。


「散々暴れた後で、こんなことを言える義理立てでないのは」

「いいぜ」

「え……!」


レイジは躊躇(ためら)いなく石を取り外し。


「でもちゃんと返せよー」

「は、はい! それは……ですが、いいんですか!」

「いいよな、セイ」

「うん……でも、待って! まだ異世界とか、そういう話をするの!?」

「「異世界!?」」

「そうなんですよ! 実は」


そこで恭文さんがすっと踏み込み、僕の口元を押さえてくる。それも……わりと強めに。


「阿呆(あほう)か。その話をここでするな」

「ふ、ふはい……」

「どういうことですの、恭文さん!」

「そ、そうです! 異世界って……そんな!」

「ほらー、セイのせいで犠牲者が二人も増えて」

「「犠牲者!?」」


さらっと僕が巻き込んだみたいに……あぁぁぁぁぁぁぁ! なんかごめんなさいー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


セイとレイジ、大変そうだなぁ。まぁ反省点も多い試合だったが、見応えはあった。

これなら明日……というか、これからの試合もやっぱり期待できる。


それでずっとワクワクしていたかったんだが、そうもいかなくなった。


「……完全に、騙(だま)されたな」


イビツとトウリ――フェンリルからの情報で、プラスフキー粒子工場がダミーだと知らされた。

その裏付けも兼ねて、飛燕を呼びつけた上で調査したんだが……畜生め!


「これ程の工場をダミーとしておくのだ。普通は気付くまい」


王様がフォローしてくれるが、これは痛い。

……大規模な工場が丸々ダミーとは思わなかった。


「それでダーグ、具体的にはどこを調べたのよ」

「違う方向からのアプローチ――消費電力やら、水道の動きなんかをな。そうしたらこの規模の工場にしては明らかに少なかった。
それで思い切って、配下の自動人形部隊に潜入してもらったら……厳重な警備は表だけ。中はザルだった」

「なるほどねぇ……セキュリティが厳しかったのもそのせいと」

「あぁ」


キリエが困り気味に頬杖。現在、ホテルの部屋に陣取り、纏(まと)めた資料を王様達とギアーズ姉妹共々にらめっこ――あぁ、腹立たしい。

PPSE社ではなく、自分が腹立たしい。やすっちもこの話を聞いて、『やられた』って顔をしてたしよぉ。


……俺達は勘違いをしていたんだ。

セキュリティは厳重ではなく、そもそも入り口自体が存在していない。

工場の運用に最低限必要な行き来も視野に入れてないから、侵入自体の取っかかりがない。


それを勝手に勘違いしていたんだよ。厳重だって……この世界では異常なほどだと。

プラフスキー粒子ってお宝の希少性に、目が眩(くら)んでいたとも言える。


……これは、調査方法を根底から見直す必要がある。


「けど、世界大会の会場が粒子工場とはねぇ」

「外からサーチャー、及びダーグのエコーも併用して調べたところ」


シュテルが眼鏡を正し、空間モニターを指す。世界会場近辺のマップだ。


「地下に大規模の空間を確認しました。しかし何かしらエネルギーで、中の詳細な情報は確認不能です」

「間違いなくプラスフキー粒子だな。……ターミナルで調べた所、高濃度の粒子は魔力やらを遮断することもできるようだ」

「じゃあボク達が入ったら、魔法が」

「いや、飽くまでサーチャーみたいな、透視を遮断するだけらしい。中での魔力運用は普通にできるし……言うならGN粒子の通信妨害」


そんなもんまで出してるとなると、中にあるのは相当ヤバいもんだろうなぁ。

……これは、ターミナルとか関係なく、放置できないぞ。そんなもんの真上で大会なんざ……!


「でもさぁ、何でわざわざダミー工場なんて作ったんだろー。一か所だけで作るなんて、面倒なのに」

「それは粒子生成方法を秘密にするためでは」

「いや……そうでもないぞ」

「ダーグさん?」


レヴィとアミタの疑問に答えるため、新しい情報を提示。


「今朝、ターミナルから届いた新鮮な情報だ」


マスターパスを操作して、全員のデバイスに情報を渡す。それぞれ空間モニターを展開して、素早く確認してくれた。


「アルトアイゼンが撮っていた、レイジが持っている石。
映像だけだったから、時間はかかったが……あの小さい石一つで、地区大会の全試合を賄えるらしい」

『……!』


事の重大さに、全員が険しい顔をする。


あの小さいやつで地区大会全試合だぞ?

あり得ねぇよ……幾ら粒子エネルギーが、既存のものを大きく飛び越えてるっつってもよぉ。


「しかもこのデータは、公式戦の制限時間一杯での計算だ」


そこで、ちょっと見方を変えてみる。チェス盤を何ちゃらってやつだ。


「今回のデータ。それに不自然なダミー工場や、レイジ・セイ組への妨害の数々――もしかすると」


正直、今までで一番恐ろしい答えだ。だが触れないわけにも行かず、深呼吸――その上で宣言する。


「実はPPSE社、プラスフキー粒子の作り方を知らないんじゃないか?」

「おい……待て、ダーグ!」

「今バトルで使われている粒子は、作られたものじゃない。……結晶体から取り出したものとか」

「では、レイジとマシタ会長が持っていたという石は」

「プラフスキー粒子の結晶体だ」


ただの予想……だが、こうするといろいろと説明が付く。


「結晶体は元々レイジの家――アリアンという世界の王族が持つ物であり、マシタ会長はそれを盗んだ」

「旦那様の話では、レイジに心当たりはないわ。……でもそれが十年とか前なら」

「まだ幼少期だし、覚えがなくても仕方ないですよ!」

「又は、盗まれても騒ぐ必要がなかった……でしょうか。アリアン王家では決して特別なものではない」

「だが会長はそんなことを知らないから、捕まると思ってレイジと接触するのを恐れ、妨害に走った……まぁ全くの逆効果だがな!」


今日のことだってそうだよ。あのまま放置してれば、勝手に脱落してたってのに……天運って言うのかねぇ。


「それで話を戻すが……ダミー工場を用意するとか、わざわざここ一か所だけで粒子を作るとか、普通なら非効率的だろ」

「えぇ。それは粒子を取り出せる結晶体が一つだけで、工場を複数持ちたくてもできないから。
……同時にプラスフキー粒子が結晶体から取り出せると知られれば、その由来が当然引っかかる」

「そこからマシタ会長の出自、アリアンという異世界の存在がバレて……とんでもない大騒ぎになる。
しかも粒子自体の利用価値も計り知れない。命だって狙われる危険があるぞ。まぁ一番の問題は」

「そんな、巨大な粒子結晶体が存在するとしたら……!」

「それだけで、世界の危険だ」


粒子と反粒子、対消滅については、やすっち達に粒子調査を依頼したとき、説明した通り。

だからこそ粒子の工場がここにあると聞いたとき、まともじゃないと怒りすら感じた。


……問題はその大きさと数だ。オレの予想だが、それは相当に半端ない。

もしかしたらレイジが持っているようなものを、有り余るほど持ち込んだのかもしれない。

もしかしたら数自体は一個だけど、半端なくデカい結晶体が存在するかもしれない。


少なくとも十年以上使い続けて、今なおPPSE社が事業拡大をやめない……やめる理由がないと思うほど、大量に存在している。


……実は集めた情報の中に、裏付けられる物がある。


「マシタ会長の過去は分からないが、秘書の方を調べてみた」

「何か分かったのか」

「元はそれなりに売れてたプログラマーでガンオタ。よく秋葉原(あきはばら)に出入りしているのが見られた。
彼氏はなし。……それが十年前、なんの脈絡なくマシタ会長と突然同せいしていたらしい」

「……なるほど」

「まだあるぞ。同じ時期、大型倉庫を長期間レンタルしている。その大型倉庫を使わなくなったのは、PPSE社が設立された年だ。
その倉庫から社まで、大型トラックで何かを運びだしたのも確認された」


……これで、ほぼ決まりと言っていいだろう。


「ディアーチェ、ターミナル副駅長権限で、今後バックアップ組の指揮はお前に一任する。部下からの情報は紫天の書に送るようにしておく」

「それは構わんが、お前はどうする」

「俺は大会会場の地下……粒子工場に潜入して裏を取る」


というわけで立ち上がり――。


「へーん……しん!」


軽く腕を振り上げポーズした上で、変身――やすっちよりも小さい、十歳くらいの男の子となる。


『――ちっちゃくなったぁ!?』

「……そっか。お前らに見せるのは初めてか。コイツは童子モードっつってな」


声も高くなったので、軽く調整……あーあーあー……うん、いい感じ!


「ほれ、さっきまでの姿だと、場所によっては動きにくいんだよ。
相手を威圧するとか……職務質問されるとか……職務質問されるとか」

「……お前、どんだけ警察の御厄介になったんだ」

「聞きたいか?」


つい自嘲すると、王様は『いい』と首を振ってくる。


「それで、子どもの姿にもなれるんですか! ……でもどうして」

「姿を変えておかないと、やすっち達に迷惑がかかるからなぁ」


それに最悪、子どもだから迷い込んじゃったとか言えば……う、自分で言ってて、ちょっと心が痛い。


「これで飛燕、ブレイヴタウラスとともに潜るが、通信はしないし受けない」

「……そうか。要らぬ心配だと思うが、用心せよ」

「おう」


王様はすぐに了解してくれた。


『――兄弟』


そこで懐のブレイヴタウラスが飛び出し、赤い輝きを放つ。


『大丈夫か? 飛燕の姉御もいるとはいえ』

「お前もいるだろ」

『まぁな。だがよぉ……なーんか、嫌な予感がすんだよ』

「俺もだ。だからとっとと動くんだよ」

『だな』


流石(さすが)に怪人や自動人形、星鎧を妨害できる物があるとは思えない。だが用心に越したことはない。

……戦いの様子はTV中継だな。決勝前のお祭りは楽しみにしていたが、そこが狙い目になるかもしれないし。


「ところでダーグさん」

「何だ、ユーリ」

「ガンプラはどうするんですか? たしか新しい物を作っていましたよね?」

「ああ……昨日の夜に完成した」


だからこんなことを言い出したとも言える。

ジュリアン・マッケンジーとのバトルで得た俺らしさ。それを集約したガンプラだ。

さて、地下で一体何があるか――そうそう、ついでに土産も用意しよう。


マシタ会長が何か不正した証拠でもあれば、やすっち達が大喜びだ。


「待って、ダーグ!」


気合いを入れながら部屋を出ようとすると、レヴィが呼び止めてきた。


「心配するな。ちゃんと安全マージンは確保しつつ」

「宝箱は不用意に明けちゃ駄目だよ!? 石の中に閉じ込められるから!」

『何の話ぃ!?』

「ウィザードリィじゃねぇんだぞ!」

「あ、あの……レヴィは一度、ダンジョン探索で引っかかって」

『「リアルの話ぃ!?」』


ユーリの補足とみんなの頷(うなず)きで、俺と兄弟の常識に亀裂が入った。


ちょっとちょっと……エルトリアもやばい世界だな! リアルであるのかよ、宝箱テレポート!

その辺りも詳しく聞きたくなったが……無理だよなー!


まずはお仕事! それから冒険譚(たん)だ! やるぜー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


というわけで、人気のない場所で密談開始――。

こっちが掴(つか)んだ情報も、ニルスと杏達に提示。

二人は事の重大さを察し、苦い顔で資料を確認していた。


「何と言うことを……! もしこれが事実であれば」

「この会場にいること自体が自殺フラグも同然。いや、それも早計なのかなぁ」

「えぇ。まずはプラフスキー粒子の詳細を調べなければ……この石が結晶体であれば、重大な手掛かりになる」

「キチンとした設備が必要だね。さすがに手持ちのものじゃ」

「教授の友人が近くの大学にいらっしゃるそうなので、早速協力を要請します」

「ちょ、ちょっと待って!」


話を進めようとすると、チナが待ったをかけてきた。


「あの、異世界とか……王子様とか……本気で言ってるんですか!?」

「そうだよ!」


というかセイも、まだ納得していないのか。困惑気味に乗っかってくるし。


「ニルス君達までそんな、レイジの設定を真に受けなくても」

『……はぁ』

「ため息を吐かれたー!?」

「こ、心から呆(あき)れられてる……セシリアさん!」

「……正直信じ難い話ではありますけど」


でもセシリアは比較的冷静。こめかみをグリグリしながらも、何とか受け止めようと苦慮していた。


「話の筋は通っていますわ」

「そんなぁー! で、でも異世界なんて」

「でもチナさん、異世界を見たことがないでしょう?」

「当たり前です!」

「それでなぜ、『ない』と断定できるんですか」


――その言葉に、チナが言葉を詰まらせる。その様子が面白くて、つい笑っちゃう。


「悪魔の証明ってやつだね」

「悪魔の……なんですか、それ」

「悪魔がいると証明するのは簡単。悪魔を連れてくるなり、実在の証拠を示せばいい。
でも”存在しない”と証明するのは無理ゲー。だから今、チナも言葉に詰まった」

「あ……」

「そう……証明とは確認が取れた上で言えることです。いずれにせよ、鍵はレイジさんの出自にあります」


つまり異世界の有無を問う二人は、完全にお門違いで――それを察し、二人揃(そろ)って縮こまってしまう。


「実際今日の中断についても、不自然な点が見受けられました」

「そうかぁ? むしろオレ達が助かってるが」

「でも、戦国アストレイも一時押し返された上で……でしょう? そこで早計したと考えれば」

「……そう考えると腹が立つな! また邪魔した奴に助けられてんのか、オレ達!」

「それも運って言えば運だけどねぇ。……それでレイジ、覚えはやっぱり」

「……実は昨日、お前やニルスから言われてあれこれ考えたんだが」


お、考えてはくれたんだ。それでついニルスと前のめりになるけど。


「全く覚えがねぇ」

「「ですよねー」」

「……となると、やっぱりこの石を調べないと駄目だなぁ。特性も分からず、危険だなんだと言うのもおかしいし」

「危険? 杏さん、どういうことですか」

「ニルスがなぜ、プラフスキー粒子に目を付けたか――それは粒子が次世代エネルギーになり得るから。
でも同時に、その膨大なエネルギーで『粒子災害』と呼ばれるものが起きかねない」

「粒子」

「災害……?」

「この世に存在する全ての物質は、粒子が骨子になっています。それは反粒子と相殺することで、対消滅という現象を起こす」


ピンとこない二人に、ニルスが優しく補足。


「そのとき発生するエネルギーは、既存の核エネルギーを大きく超えます。……お二人も御存じでしょう。
東日本(ひがしにほん)大震災でもそうでしたが、原子力発電所が地震や事故で暴走し、甚大な被害をもたらしたことは」

「それは、学校の勉強で……!?」

「委員長、どうしたの」

「あの、核エネルギーより大きいってことは」


チナはガタガタと震えながら、僕やニルス、杏を一べつ。

その上で……恐怖に苛(さいな)まれながら、結論を出した。


「粒子の力でそういうことが起きたら、もっとヒドいことになるって……そういうこと!?」

「あ……!」

「その通りです。だからこそあり得ないんです……こんな場所に、粒子精製の”工場”があるのは」

「普通なら、きちんとした安全機構を設けるよ。距離も含めてね」

「では粒子学の専門家でもあるニルスさんと、その御友人であるお二人にお聞きします。
現時点でプラフスキー粒子は危険な事故等は一切起こしていません。……それでももし……何か起こるとすれば」

「会場にいる人間どころか、近隣都市を跨(また)ぐ大被害がもたらされます」


セシリアの問いかけに淡々と答え、ニルスは苦い顔をする。

そのざっくりとした説明でも、セシリアには……セイ達には問題の重さが伝わったらしい。


「……よく分かりましたわ」

「大問題じゃないか! 恭文さん、それって止めることは!」

「現状では無理だ。プラフスキー粒子の詳細……つまり本当に危険性があるかも分からないから」


マシタ会長達の方を捕まえれば……でも、まだ時間がかかりそうだしなぁ。

となると、僕達はできることからこつこつと……一つ一つ進めていくしかないわけで。


……それで、奴らにもプレッシャーを与えておくか。これで何もしないとかあり得ないわ。


「だからこそ早急に調べないと。ニルス、杏、第一種忍者として協力を要請しても」

「問題ありません」

「CPも今は暇だし、大丈夫だよ。さすがに見過ごせない」

「ありがと。……みんなも、このことは他言無用でお願い。マシタ会長達に察知されると面倒だから」

「は、はい……イオリくん」

「……とにかく僕達は、大会に集中……でも、本当に異世界……!?」

「まだ疑ってんのか、お前……」


セイ、間違いなくリン子さんの因子も受け継いでいるわ。

なので『もしかして(ぴー)型?』とセイもおちょくりながら、この場は解散。


――僕はまず、明日の……マオとの試合に集中する。さー、まずは帰って機体調整だー。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蒼凪恭文――蒼い幽霊。どんな相手だろうと、必ずワイが……ガンプラ心形流が勝つ。

そう言えたらえぇんやけど、これが難しくて。とりあえず涼を取るのも兼ねて、適当なベンチでお昼寝。

木陰の涼しさと、吹き抜ける風に癒やされながら……脳内バトルを繰り返す。


あのお人、相手や状況によって使うガンプラを変えてくるからなぁ。そやから今まで見た機体全て、おさらいせんと。

……そう思っていたのに、引きつけられるのは……戦い続けるのは、二機に絞られてしまった。

一機はガンダムレオパルド・フェイタリー。もう一機はカテドラルガンダム。


でもその結果は芳(かぐわ)しくなかった。まずフェイタリー……ビームを放っても、尽く避けられる。

M.E.P.E(質量を持った残像)はやっぱり厄介で。しかも月がある舞台なら、あちらさんもサテライトを使う。

ならハイパーサテライトキャノンで先手必勝。アカン……あの機動性やと捉えられん。


しかもフェイタリーについては、限界突破<ブラスター>っちゅう隠し技まである。近接戦闘に持ち込まれたら……!


ほな、カテドラルはどうや。こっちはこっちで、とんでもない粒子制御能力を保有しとる。

フェイタリーもそうやけど、こっちは更に厄介。フィールドそのものを作り替えられたら……!

マグマビットに捕まらん自信はある。というか、世界大会に出ているファイターなら、あの程度決定打にならん。


問題は、そんな出力を使う”何か”があるであろうこと。カテドラルはまだ、本領を発揮していない。


結果シミュレーションを重ねて、重ねて、重ねて……生まれるのは敗北の結果ばかり。

それで焦り、脂汗が滲(にじ)み……気づくと、頭がくらくらしてきた。


「あ……これ、アカン」


一旦中断して、起き上がって頭を振る。改めて吹き抜ける風を受け止めながら、バックに入れていたスポーツドリンクを飲む。


「……ぬるぅ」


そりゃあ夏場の外に、二時間も放置してたら……そう、あっという間に二時間が経過していた。


「蒼い幽霊……今更やけど強敵やなぁ」

「そりゃどうも」


……左脇から聞こえた声に、ハッとして振り向くと。


「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

「やっほー」


地面に座り、頬杖状態な恭文はんがいた。

ヒカリちゃん達も同じポーズで浮いとって……正直ホラー。


「な、何をしとりますの! 視察!? 敵情視察ですか!」

「このクソ熱い中寝そべってるから、熱中症でも起こしたのかと」

「というわけで、ほれ」


ショウタロスがきんきんに冷えた、新しいスポーツドリンクをくれる。


「あ……すみません。でも、見ての通りなので」

「じゃあマオ、ファルコンの定理を解いてみようか」

「解けませんよ! それ、めっちゃ難しい数式ですよね!」

「じゃあ病院、行こうか」

「難易度高すぎでしょ!」


あぁ、何たる余裕。でも……えぇ人やなぁ。

明日はどっちかが負ける状況なのに、ワイの心配までしてくれて。

やっぱこういう余裕があると、女性にモテるんやろうか。


……ワイも……ミサキちゃんと……えへへへへへー。


「そうそうマオ、一つ宣言しておく」

「なんでしょう」

「明日の試合、僕はフェイタリーを使うから」


……でもその発言で、つい目を開いてしまう。


「何のつもりですか」

「というと?」

「なんでカテドラルやないんですか。性能ならあっちが」


まさか、馬鹿にされとるんか。全力を出すまでもないと……ワイが。


「愚問だね――サテライトシステム対決がやりたいからだよ!」


……ワイのこととか関係なかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「考えてみてよ! 同時にサテライトシステムを発動して、大技衝突って……燃えるよね! ワクワクするよね!」


というか、瞳がきらきらー! お星様みたいで……いや、太陽! これは太陽や! 眩(まぶ)しすぎるから!


「X魔王と対戦すると決まってから、ずっと考えてたのよ! なので真正面からぶつかっていくから!」

「恭文、はん」

「まぁそういうわけだ。お前を馬鹿にしていないから、安心しろ……もぐ」

「お兄様、こういうときは趣味全開なんです」

「ははは……」


さすがは師匠のお友達。その様子に気構えていた自分が阿呆(あほ)らしくて、頭をかいてしまう。


「そうですかぁ。確かに……会場中が沸き上がりますな!」

「でしょ?」

「なら受けて立ちましょ! まぁ勝つのはワイですけど!」

「……よし、マオがフラグを踏んだ。明日はホームランだな」

「どういうことですかぁ!」


――そうして、もう一本スポーツドリンクをくれて、恭文さんとヒカリちゃん達は宿舎へ戻っていく。


「あとさ」

「はい?」

「僕はぶっちゃけ、誰に負けてもいい」


でも足を止めて、とんでもないことを言い出した。その上でワイへ振り返り、お手上げポーズ。


「でも大事なところで踏み込まない奴には……負けてあげない」

「……踏み込まない奴には」

「それだけ、覚えておいてね」


そんな言葉には曖昧な笑顔を送り……それだけしか、できなかった。

そうして四人の姿が消えてから、帽子を被り直し、ついため息。


……大事なところで……なるほど。

負けないために下がることではなく、勝つために踏み込む勇気。

それを誰が相手でも実践し、必ず勝利する気構え。


だから敗北は恐れない。恐れるのは、踏み込まないこと――前に出ないこと。


なら明日の試合は、ほんまに覚悟が必要や。あの人はそうして、いつものように戦ってくる。


「……楽しみに、してくれとるんやなぁ」


それくらいワイのこと、見込んで……なのに。


「情けないなぁ、ワイ……」


そういうのも含めて、楽しむ余裕がない。勝つこと……勝つことだけ考えて、焦ってもうてる。

こんな気持ちじゃ、きっとガッカリさせてまう。それが情けなくて、申し訳なくて。


……自然と足は、最寄りの駅へと向けられていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日の試合は終了。明日は恭文さんの……ちょっと不安だけど、楽しみです。

それでホテルに杏ちゃんが戻ってきたかと思ったら――。


「――というわけで杏、しばらくニルスの調査を手伝うから」

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』

「……双葉さん……それは」

「仕事は問題ないでしょ?」

「具体的な調査内容などは」

「詳細は内緒。第一種忍者デンジャラス蒼凪さんの要請だから、文句はそっちに」

「どうしてそうなったのですか――!」


しかも、恭文さんの要請!? デンジャラスって……あー、二つ名でしたね!


「あ、杏ちゃん……駄目だよ。CANDY ISLANDが」

「それ、杏ちゃんじゃなきゃ駄目なのかな。他の人とか」

「いたら頼んでこないってー。じゃあ」


杏ちゃんはさっと荷物を纏(まと)め、バッグを右肩に担ぎます。


「杏ちゃん、駄目ー!」


そこできらりちゃんが、戸惑いながらもしっかりハグ。後ろから抱えて持ち上げます。


「みんな、困ってるよー? 杏ちゃんがいなくて寂しいーって……だから」

「こっちも杏がいなきゃ、困るんだよ……っと」


でも杏ちゃんはさっと腕から抜け出し着地。そのまますたすたと、廊下に向かって歩いていきます。


「杏ちゃん!」

「双葉さん、待ってください。せめて要請の詳細を」

「……プロデューサー、今すぐ世界会場から離れて」

「どういうことですか」

「どうも今回の大会、きな臭いところがあるみたい。いいね……卯月達の安全を最優先で」


それは余りに突然で、一方的な警告。詳細を話せって言ったのに……話せないけど、それくらいの危険がある!?


「じゃあそういうことで」

「待ってください、双葉さん」

「そうだよ! さすがにそれだけは意味が」


でも杏ちゃんは止まらず、そのまま部屋を出ていく。……か、完全に置いていかれた……。


「い、行っちゃった」

「しぶりん、ガン無視だったね」

「まだ信頼が足りないかなぁ……!」

「……Pくん、みーくんにお話ししようよ! 杏ちゃんはアイドルだから、お仕事手伝えないって!」

「いや、無駄だぞ」


そこでアッサリ言い切ったのは、トオルさんだった。


「詳細が話せないのは、俺達を巻き込まないためとも取れる」

「だったら、杏ちゃんも巻き込んじゃ駄目だよ! きらり達、何も間違ってないよね!」

「あ、あの……私も……お話、します。やっぱり、CANDY ISLANDには杏ちゃんも必要で……」

「お仕事とか、そういう話じゃないです。せっかく、みんなで一緒の旅行でもあるのに」

「それも無駄だ。恭文はともかく、杏の奴がやる気だろ」

「……ですよね」


私も気づいた……杏ちゃん、ふだんと全然違うの。

真っすぐに何かを見て、全力で動いている。だらけている感じが一切ない。


その姿は智絵里ちゃん達にも伝わったのか、何も言えなくなる。


「それでニルス・ニールセン君と、杏ちゃんの頭脳を必要としている――それくらいの状況、なんですね」

「しかもあの警告だ。武内さん、言う通りにした方がいい」

「……そうしたいのは山々ですが、決勝前のライブもあります」

「だったなー!」

「とりあえず蒼凪さんに、詳細を確認してみます。こちらも箝口(かんこう)令は守ると言って……何とか」

「……一体、何が起きているんでしょう」


そんな言葉は、余りに無理解かつ空気の読めていないものだった。

こうしている間にも、事態は少しずつ進んでいたのに。


そうして近づいているのに。


レイジ君と、セイ君の別れが――。


(Memory60へ続く)








あとがき


恭文「ダーグの動きについては、フロストライナー様からのアイディアとなります。アイディア、ありがとうございました」


(ありがとうございました)


恭文「それで少し間があきましたが、Memory59、お待たせいたしました。何だかんだで今年も忙しい蒼凪恭文と」

あむ「日奈森あむです。……恭文、プレッシャーって」

恭文「Cはとっ捕まえてるから、それ絡みで調査している……という形で嫌がらせ」

あむ「やっぱりかー!」

恭文「それでボロを出したら御の字。楽しみだねー」


(蒼い古き鉄、とっても楽しげに笑う)


恭文「それで鮮烈な日常Third Season第二巻をご購入のみなさん、本当にありがとうございました」


(ありがとうございました)


恭文「……ところでさぁ、あむ……卯月はどうしよう」

あむ「知るかぁ!」

恭文「いや、でもさ……考えてみてよ。今回の第二巻でも良くないハッスルを」

あむ「主にアンタのせいでしょ! というか、志保達と恋仲って聞いたら驚くからね!?」

恭文「そうだね……おのれのお母さんも驚いていたしね。おのれと猫男が同棲していたと知って」

あむ「がふ!」


(説明しよう! 現・魔法少女は両親達に黙って、逃亡中の猫男を自室に匿っていたのだ!)


あむ「く……やられっぱなしじゃ駄目だ! あたしも、ツッコまなくては」

恭文「ほう、何をツッコむと言うのよ」

あむ「……ジャンヌさんに、セミラミスの件で詰め寄られて」

恭文「がふ!」

あむ「同人版では十時愛梨さんと――」

恭文「げふ!」


(現・魔法少女、蒼い古き鉄との付き合いも長くなったので、こういう突っ込みもできます)


あむ「ほらほら、どうしたのー。蹲っちゃって……相変わらず攻められると弱いなー」

恭文「……あむ、唯世と凛(渋谷)がデートしてたよ」

あむ「マジ!?」

恭文「公園デート」

あむ「こ、公演……!」

恭文「渋谷の」

あむ「渋谷!? 大人空間じゃ! だ、駄目……唯世くん、駄目ー!」


(今年もやっぱり、仲良しなベストカップルでした。
本日のED:『スーパーマリオがやられたときのアレ』)


恭文「……ニンテンドーのストア、全く入れずにNintendo Switchの予約が終わった」

あむ「……あたしも」

恭文「店頭予約、してなかったんだ」

あむ「パパも、ママも、仕事が忙しくて――」

恭文・あむ「「……はぁ」」

武蔵(Fate)……あの子、可愛いわね。と言うかマスターもよく見ると整った顔立ち……」

童子ランゲツ「みぃ?」

武蔵(Fate)「あぁ! でもランゲツ君が一番可愛いー!」

童子ランゲツ「みゃー!」


(おしまい)





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